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マスター:鹿野やいと

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2014/07/11 19:00
完成日
2014/07/19 16:29

みんなの思い出

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オープニング

■若い大尉
 ビクトル・ブランチ大尉は苛烈なことで有名であった。
 王国や帝国であれば勇猛果敢と称されるところ、それがポルトワールで悪名として広がったのはその刃が主に人に向けられたからだろう。
 侠客ヴァネッサの出現以降、ポルトワールのダウンタウンは目に見えて治安は良くなったものの、悪人が途絶えたわけではない。
 彼はそのダウンタウンの鎮圧で近年功績を挙げ、地元では知らぬ者のいない有名人となった。
 有効なら火をつけることも毒を撒く事も躊躇わない、地獄の鬼の化身として。
 しかしその功績とは裏腹に、ビクトル大尉の外見には恐ろしげなところが一つもなかった。
 鍛えているようだが背は低く骨太でもない。やや丸顔でとても美形とは言えない風采の上がらぬ相貌だ。
 軍務を離れた彼には愛嬌が有り、丸い顔と相まって優しい雰囲気を作っている。
 彼を訪ねた回船問屋アルテアガ商会のベンハミンはその事に驚きながらも、内心安堵していた。
「僕が海軍に入ったのは15の年です。軍歴は長いですが大したことはしていません。職務に忠実だったとは信じていますが、それだけのことです」
 雑談に応じる彼の横顔は年相応で、やんちゃな少年のような活力が垣間見えていた。
 ビクトルに席を進められ、ベンハミンはゆっくりとソファーに腰を下ろす。
 軍人の宿舎らしい質素な調度品ばかりだが、手入れはされているらしくすわり心地は悪くない。
「で、用件はなんです。わざわざ茶飲み話をしにヴァリオスから来たわけではないでしょう」
 促されたベンハミンは鞄の中から白い封筒を取り出し、それをビクトルの前に置いた。
 ビクトルは華美な封筒を手に取り、しげしげと眺めた。
「これは何です?」
「結婚式の招待状でございます」
「誰の?」
「アルテアガ商会の大旦那、ファビオ・アルテアガ様と新婦のクラリッサ・アルボス様の結婚式です」
 新婦の名前を聞いたビクトルは眉根を寄せた。険しくなる顔を誤魔化すように、手で顔を覆う。
「この結婚式に出席しろと?」
「はい。今日はその件を是非にと、大尉の姉君であるクラリッサ様より申し付かっております」
「止めてくださいよ。僕はもう縁を切った身です」
 ビクトルは疲れた顔で封筒を机の上に放り出す。
 ベンハミンにはその仕草の一つ一つが、婦人のクラリッサと良く似ているように見えた。
 クラリッサは貧しい出身ながらも立ち居振る舞いに品があり、働き者で勉強家だった。
 目の前の若者も同じように働き者で勉強家だと聞いている。役割に真面目だったがゆえに恐れられる事になったが、そう演じる事のできる彼は好ましく思えた。
「……姉上にどこまで聞いているんです?」
「おおよその事は。6年前、御両親を失くされて以後大変な赤貧であった折、姉君の負担になるまいと軍に入ったと聞いております」
「置き手紙には縁を切るとしか書いてませんよ。僕は僕の自由で姉の下を出た。それを勝手に美談にされてもらっては困る」
 深く溜息をつき、ビクトルは視線を下へと向ける。目の前にいるベンハミンと視線を合わせようとしない。
「商会の名前は僕も聞いています。ヴァリオスでもそこそこ長い歴史のある店でしょう。旦那のほうがどう思うかは知りませんが、こんなチンピラが身内なんて話、親族は良い顔をしないのでは?」
「それは……」
 確かにビクトルの言うとおりだった。ファビオの親兄弟親族は揃って、クラリッサが貧しい家だということを快く思っていなかった。
 財産目当てなのだろうと口悪く言う者も居た。差別は無いといいながらも生まれが悪い、品が無いと貧乏人を悪く言うのが常の家だ。
 ビクトルが参列すればどのような反応をするか、長い間アルテアガの家に仕える彼にはわかりきった事だった。
「お引取りください。新婦は天涯孤独。僕も天涯孤独。それで良いじゃないですか」
 反論がない事を肯定と受け取ったのか、ビクトルは席をたった。
 最初に公務の最中に見かけた、冷たく感情の無い表情に戻っている。
 ただ普段のような恐ろしさはなく、その瞳には空虚な気配だけしかなかった。
「ああそれと……。お幸せに、とだけお伝えください」
 それ以降、ビクトルは苛烈な海軍大尉の顔を崩すことはなかった。

■諦めない若旦那
 ハンター達がヴァリオスにあるアルテアガの私邸に招かれたのは、それから一週間の後の事だった。
 アルテアガの私邸はヴァリオスの古い商人らしく、堅牢ながらも美しい白いレンガで組まれている。
 待ち受けていた主人は邸と同じく、整った外見ながらも有無を言わせぬ力強さを備えていた。
「これが顛末だ。しかし、そんなことで私は諦めん!」
 並んだハンター達に事の経緯を説明し終えたファビオは、大声でそう宣言して机に拳を振り下ろした。
 品良く顔立ちの整った金髪碧眼の美形だが、それだけに収まらない覇気が彼にはあった。
「そんなクソッたれな事を気にするぐらいなら、始めからクラリッサとは結婚せん。俺がそれを飲み込めない度量の小さい男と思われるのも我慢ならん! それにもましてなにより! もう一ヶ月後には結婚だというのに嫁が寂しそうな顔をしている」
 ハンター達は部屋に入る前にすれ違った婦人の表情を思い出した。
 清楚な佇まいが印象的な小柄で細身の女性だったが、今思えばその笑顔は作り笑いめいていたかもしれない。
 職業柄のこととその時は深く考えなかったが、結婚式を前にした女性には見えなかった。
「金がないからと軍に入ったのは弟の意思かもしれん。だがクラリッサは弟の悩みに気付いてやれなかったと、そのことを今でも悔いている」
 2人の父は商売の途上で船が遭難して帰らず、母は2人に不自由をさせまいと無理をしてこの世を去った。
 確かに弟が居ないことで金銭的には楽をした。だがそれは、死に別れたのと変わらないだろう。
 あの時、正直に苦しさを打ち明ける勇気があれば、一緒に過ごせていたのかもしれない。
「多くは望まん。弟くんにも弟くんの生活があるからな。だが結婚式にはなんとしても出てもらう! 君達の仕事はビクトルの首に縄つけてでも連れて来ることだ。方法は問わん。もう一度交渉してもいいし、別の用事だと騙しても良い。文字通りふんじばってきてもいいぞ。あいつの礼服はこっちで用意するから身一つで構わん。結婚式の後の晩餐だけの出席でもいい」
 用意されたカレンダーには式の日取りやそれに伴う準備にかかる日程がびっしりと書き込まれている。
 タイムリミットは3週間。しかし移動の事を考えれば残り2週間を切っている。
「頼んだぞ。俺とクラリッサは準備も仕事もあるからポルトワールには迎えない。何か必要なものがあったらベンハミンに言ってくれ。他に質問は?」
 ファビオに問われ、ハンター達は差し当たっての方針を今決めることにした。

リプレイ本文

 ヴァリオスを出立しポルトワールに到着した一行は、昼過ぎの休憩後を狙って海兵隊の事務所に顔を出す。
 海兵隊は今日も軍警としての巡回任務に忙しく、一歩遅ければ大尉とは出会えないところだった。
 一行が通された白く清潔な応接室で、ビクトル大尉は眉を寄せて難しい顔で現れた。
 他の士官達が困惑顔な中、1人だけ価値観がずれているという事を示している。
 申し出の為赴いたのはシルヴィア=ライゼンシュタイン(ka0338)、レホス・エテルノ・リベルター(ka0498)、如月 鉄兵(ka1142)の3名。
 3人は直立不動のままビクトル大尉の言葉を待つ。
 たっぷり間を空けた大尉は、視線を上に向けながら大きく溜息をついた。
「君達の協力に感謝する。……しかしだね。理由のない善意を警戒する人間もいる。それは覚えておきたまえ」
 聞いていたとおりの偏屈であった。捻じ曲がっているというよりは疑り深い。
 軍人らしい闊達さはなく、同じ軍出身の3人とは異質な空気をまとっている。
「それも処世術と許してくれ。君達の申し出を歓迎するよ」
 3人が揃って軍隊式に返事をすると大尉は、「あとのことはカミロ少尉に聞いてくれ」とだけ言って腹心の下士官を連れて部屋を出た。
 裏があるにしても悪意ではないことは伝わったらしいが、説得は当初の予想通り難しいものになりそうだった。
「しかし警備の手伝いなんて、暇だね君達も」
 柄の悪い青年といった風情のカミロ少尉が気さくな風情で話しかけてくる。
 3人から見て最初のプランに問題のなさそうな好人物に見えた。
「実は少尉殿、警備の手伝いというのは本題ではないのです」
「大尉の家族のことに関わることなんです」
「あぁ?」
 レホスの前で片眉を吊り上げる彼は、大尉よりよほど純粋で素直に見えた。


 ハンター達が警備業務の手伝いを始めて数日後、カミロ少尉の手伝いで根回しの為の会合が開かれた。
 海兵から参加したのは大尉の部隊でも指揮権のあるハシント中尉、カミロ少尉、バスコ軍曹の3名。
 時刻は日付も変わろうかと言う頃。場所は宿舎に近い行きつけの酒場だ。
 周囲の席は仕事あがりの海兵ばかりで、女性は忙しく働きまわるウェイトレスのみ。
 喧騒の酷い場所だがそれだけに密談を聞かれる心配はなさそうだった。
 日中の熱気は過ぎ、開いた窓から涼しい風が流れこむ。
 見上げれば灯りと雲の合間に星を見ることが出来るかもしれないが、船を下りた荒くれ者達は目の前の酒と女に夢中だった。
 全員が席につくとエアルドフリス(ka1856)が注文したエールが人数分振舞われた。
 彼らのテーブルだけ、周囲の喧騒とは隔離されていた。
「街の平和を守る、勇敢なる諸兄に乾杯」
「乾杯。社交辞令は良い。話を進めてくれ」
 肩をすくめ、エアルドフリスはまず最初の一杯を飲み干した。彼だけエールでなく水なので格好が付かない。
 カミロ少尉、朴訥そうなカミント中尉、筋骨隆々なバスコ軍曹もそれに合わせてエールを飲み干す。
 海兵隊の主だった3名は外見に差はあれど実際的な人物ばかりで、あの大尉の子飼いなのだと窺い知れた。
 女性から隔離された男衆なら隣に座るエイラ・エラル(ka2464)の色香に惑うかと思われたが、挨拶の時に社交辞令を口にしただけで欠片も動じていない。
 無関係な隣の席の酔っ払い達が今にもエイラに声をかけようとしていたのを、如月が鋭い視線で追い払っていた。
「……というわけで、この時期に彼に休暇をとらせたいのです。可能ですか?」
「そりゃ可能だがね」
「可能は可能ですけど……」
 エアルドフリスの一通りの説明を聞き、3人は顔を見合わせる。
「彼の抜けた分の穴は私達が協力して埋めます。ですから説得に協力して貰えませんか?
 彼が首を縦に振りされすれば、みんな幸せになれるんです」
 メイリアス=フロストフォール(ka0869)が3人の顔を順に見る。
 彼ら3人さえ了承すれば、海兵への根回しは成ったも同然だ。彼らをなんとしても口説き落とさねばならない。
 悩む3人の中で最初に返事をしたのはバスコ軍曹であった。
「私達下々の兵は夜に酒と菓子でも振舞って貰えればどちらでも構いませんよ」
 歩兵の長である軍曹は厳つい顔に似合わぬ愛嬌のある表情を作った。
 残った二人の尉官が恨みがましく舌打ちする。要するに職務を盾に逃げたのである。
「それぐらいなら良いわよ、晩酌にも付き合ってあげるわ」
「それは兵どもも喜びますな」
 エイラの色香は遊びなれた彼らからしても強い。
 酒の席で口説ける機会があるというのなら、夢を見るには十分すぎる報酬だろう。
 折り合いのつかない残り2人はどうしたものかと唸っていた。エアルドフリスは後一押しと更に言葉を重ねる。
「彼が唯一の肉親の門出に立ち会えないとは寂しい話だ。留守でも大丈夫だとあんた方からも口添え願えないかね?」
「そうは言われてもな……」
「お願いします」
 メイリアスはそっと朴訥そうな中尉の手をとった。
 友人のエリシャのアドバイスどおり、相手の手を握り目を見つめる作戦に出る。
 エリシャはエイラに比べれば色香は少ないが、それでも体温がじかに伝わると関係なかった。
 これが交渉の一環とわかりながらも、若い中尉は少しも抵抗できなかった。
「……わかった」
「マジかよ。しゃーねえな」
 尉官の片方が折れた。これで2:1になり、残った少尉も諦めた。
 エイラは笑みを浮かべ、少尉の空の杯にワインを注いだ。
「結婚か……」
 後ろで話の流れを見ていたルーガ・バルハザード(ka1013)は遠い目をしていた。
 聞き逃さなかったシルヴィアがルーガの顔を見る。
 話し合いは円満にこちらの要求が全て通ったというのに、彼女は不機嫌な顔をしていた。
「結婚は良いですよね、みんな幸せそうで」
「相手が居る者はそうだろうな」
 シルヴィアは場を和ませようとしたがルーガ相手に裏目に出てしまう。
 ルーガは苛立ちを募らせて、鋭い目つきで男と楽しく会話を続けるエイラを見ていた。
 その段階でようやく何を見て不愉快になっているのかようやくシルヴィアにも理解できた。
「くっ……何故私には白馬の王子がいまだに来んのだ!」
 思わず大声で喋り、その事に気付いてないルーガ。
 話しかけたことを思い出されないうちにシルヴィアは自身の席へと戻る。
 酒場の喧騒で同じテーブルにつく者は全員聞こえていたが、聞こえたからと言って何も言えなかった。
 世の女性の大半にそんなものはこない。それを臨むのは理想が高すぎる。
「休暇が決まったら当日は貴方達の手足となって働くわ。士官が居ないと面子も立たないでしょう?」
「あ……ああ。その時のローテーションはこちらで用意する」
 エイラは何事もなかったかのように話を続け、海兵達もそれに続く。
 誰もが優しさと同情にあふれていた。


 根回しを終えた一週間後の夕方、再び応接室。呼び出されたビクトル大尉の渋面はさらに深くなっていた。
「何のことはない。君達の用件はそれか」
 椅子に座ったままの大尉は居並ぶ2人の尉官に腹心の軍曹まで全部敵なのだと悟る。
 戦時では大尉を信奉し死を恐れず戦う子飼いの兵だが、こういう時には誰も彼も薄情且つ道徳的だった。
「これでもういけない理由はないよね」
「おかげさまでね」
 勝ち誇るようなリケ・アルカトゥラ(ka1593)を見ながら、ビクトルは右手で顔を覆った。
「このとおり、手紙も預かっています」
 シルヴィアは頃合と見て大尉に封筒を差し出す。
 諦めた顔つきで大尉は封筒を預かり、のろのろとした仕草で封をペーパーナイフで開いた。
 中には手紙が2通。シルヴィアがファビオに頼み込んだ1通と、リケがクラリッサに頼んだ1通だ。
 封筒を逆さに振ると中から小さなイヤリングが零れ落ちた。
 それが何を意味するのかはビクトル以外にはわからない。ビクトルはそれを並べて眺め、しばらく無言になった。
 沈黙に耐え切れず、シルヴィアが身を乗り出した。
「ファビオ氏はこの通り、出自の事も何一つ気にしてないと言っています。クラリッサさんもです。どうか一目だけでも、会ってもらえませんか」
「……」
「ファビオ氏は本気よ。それは私達で確かに見てきたわ。貴方が思ってるような懸念は起こらないわ」
「それにお前はお前の手腕で今の地位まで来て、部下からの厚い信頼もある。最初に苦労した分、これからはきっと違うさ。今のお前を、姉に見せてやれよ」
 沈黙したままのビクトルにエイラ、リケと続けて言葉を重ねる。
 大尉の反応は鈍い。最初からいけない理由があったわけでなかった。
 行きたくない気持ちに、後付で理由をつけていたに過ぎない。
 言葉を返さない彼を見て、メイリアスは予想が当たっていたことを確認する。
(やっぱり意地になってるだけなんだ)
 意地になっているから、正攻法だけでは説き伏せられない。 
「大尉はクラリッサさんのこと、嫌いになってしまったんですか?」
「そういう話ではない」
 心配そうにレホスが訪ねると、それには明確に答えが帰って来た。
 リケはそこに畳みかける。
「いつ死ぬかもわからない、況してや人間は生きる時間が短い…取り戻せないことや取り戻せること、たくさんあってもなかなか全部をどうこうする時間もないよな。でもさ、こうして1つ。普段は思い出すことのない問題かもしれないが、解決できる機会が巡ってきたんだよ。損得でいうならそうだな、人生の晴れ舞台で綺麗なかっこしてるのに悲しい顔した女がいるって、それだけで勿体ないんだぞ! お前の記憶の中の最後の姉を塗り替えないか? 素敵な笑顔の姉にさ」
 リケの言葉を聞きながら、大尉は封筒に同封されたイヤリングを見つめていた。
 それは彼の懐かしくも優しい思い出の品だという。
 思い出は確実に彼の心を揺さぶっていた。
「大尉。ボクは、リアルブルーに家族を残してこっちに来たんだ。もしかしたら、もう二度と会えないかもしれない。大尉が少しでもお姉さんのことを思うなら、この機会にお姉さんと会っておくべきだよ。会いに行ける今のうちに」
 ビクトルは顔をあげ、レホスと視線が合わさる。
 レホスの真摯な視線に、ビクトルは思わず視線をそらした。
「……もちろん、貴殿の思慮深さは、間違っていない、と私は思う。だが……女なら、なお家族には見届けてほしいと思うのではないかね、自分の晴れ姿を。名前を出すのが無理なら匿名での参加でも良い。式が終わってから挨拶に行っても良い。それでも嫌なら、せめて手紙を書いてあげられないか?」
 ルーガの言う譲歩は最後のラインだった。
 ビクトルは指輪を大事そうに封筒にしまいこむと、懐から紙巻煙草を取り出した。
「君達は随分あの執事の美談に毒されているな? 僕はそんな出来た人間じゃないぞ」
「そうじゃないよ! 大尉はお姉さんの事はどうでもいいの!?」
「……」
 きつい口調になってしまったレホスは口を噤む。
 ビクトルにとっては手を伸ばせば届く距離にある。それなのに彼は掴もうともしない。
 レホスは嫉妬と羨望の綯い交ぜになった感情を、必死に押さえつけていた。
 自分よりはマシでしょう。などと言ってしまえば、誰も彼をも傷つけてしまう。
 察したリケはレホスを背中を撫でさする。レホスはそこで、自分の体の震えに気が付いた。
 ビクトルは黙したままだった。肯定も否定もせず、ゆっくりとした動作で安物の紙巻煙草に火をつける。
 たっぷりと吸って紫煙を吐き出し、視線を手の上でさまよわせていた。
「大尉には帰る場所がある。それは替え難いものですよ」
 優しく語りかけるようなエアルドフリスの言葉に、ビクトルは視線をさまよわせる。
 ビクトルは一口吸っただけの煙草を灰皿でもみ消した。
「わかった、行くよ。ハシント中尉、カミロ少尉。私の留守を頼む」
「はっ」
「はっ」
 聞いていた二人の部下がそれまでのにやけた顔を消し、毅然とした声で返事をする。
「まったく……。どんな顔をして会えと言うんだ」
「自業自得ではなくて? 軍の礼服なら笑顔でなくても許されるかもしれませんよ」
「笑わないでくれるかな。人並よりは小さいがプライドもある」
「最初から素直になっていれば、誰も笑ったりしませんでしたよ」
 くすくすと笑うエイラにビクトルは憮然とした顔を返す。
 先程と違ってその表情には、状況を受け止めるだけの余裕があった。
 部下にまで同じく笑われてるのがどうにも気に食わないらしく、部下に何度も視線を送っている。
 もはや普段の威厳も何もあったものではないが、かえって愛嬌も人間味もあった。
 普段の鉄仮面の如き彼は彼の一面にすぎない。
 兵隊相手にはそれで良いのかもしれないが、エイラは無様な今の大尉にこそ魅力を感じていた。
「大尉」
 黙っていた如月が唐突に声をあげる。何事かと自然に視線が集まった。
「笑顔でなかったら、きっと後悔しますよ」
 ビクトルは小さな眼を見開き、鉄兵を見つめ返した。
 鉄兵は普段と変わらないややむすっとした顔だったが、注目を集めて恥かしかったのか、すぐに視線をそらした。
「わかった。腹を決めるよ」
 ビクトルはもうハンターたちを見ていなかった。
 不在時の仕事を割り振りながら、確かな足取りで部屋を出て行く。
 彼が退室するのを見送って、エアルドフリスは口の端に笑みを浮かべて如月の肩を軽く叩いた。
 これで出席に加えて彼の笑顔を確約できた。それがどんなものであれ、きっとビクトルの気持ちは伝わるだろう。
 ハンター達はカレンダーで残りの日数を数えた。出立の日を明後日に控えていた。


 数日後、約束どおりビクトル大尉は軍の礼服で結婚式に現れた。
「姉上、御結婚おめでとうございます」と努力の甲斐なく引きつってしまった笑顔で彼は言う。
 昔と変わらず笑顔が苦手なままの彼を、夫妻は親族達の最前列に座らせた。
 新婦はその時しばらく泣き止まず、式の進行はしばらく滞ったという。
 彼の話はしばらくは商人達のゴシップとなったが、幸せなだけの話は噂として長続きしなかった。

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MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 凶獣の狙撃手
    シルヴィア=ライゼンシュタイン(ka0338
    人間(蒼)|14才|女性|猟撃士
  • 理由のその先へ
    レホス・エテルノ・リベルター(ka0498
    人間(蒼)|18才|女性|機導師

  • メイリアス=フロストフォール(ka0869
    人間(紅)|20才|女性|猟撃士
  • 幸運ランクE
    ルーガ・バルハザード(ka1013
    エルフ|28才|女性|聖導士

  • 如月 鉄兵(ka1142
    人間(蒼)|25才|男性|霊闘士
  • 笑顔を咲かせて
    リケ・アルカトゥラ(ka1593
    エルフ|13才|女性|霊闘士
  • 赤き大地の放浪者
    エアルドフリス(ka1856
    人間(紅)|30才|男性|魔術師

  • エイラ・エラル(ka2464
    エルフ|20才|女性|闘狩人

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談用
リケ・アルカトゥラ(ka1593
エルフ|13才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2014/07/11 18:32:36
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/07/07 21:58:04