エクラの聖光にKISSをしな!

マスター:冬野泉水

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
5~7人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2014/07/11 15:00
完成日
2014/07/17 23:07

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 グラズヘイム王国の都、イルダーナ。
 その第二街区にあるグラズヘイム王立学校は、王国が誇る修学の館である。芸術、戦闘技術、神学その他あらゆる学問を修め、王国繁栄の礎となる人材を育てることを目的としている。
 講師陣は一級であると同時に、在籍している様々な生い立ちの生徒も一様にして秀才であると言われている。
 だが、その卒業生全員が、品性方向、頭脳明晰な者ばかりではないというところが、王国に限らず、全世界共通で嘆かれる教育の限界でもあった。

 ●

「Wait、マスター。この水、呪われてるぜ……」
「バカ言ってないでさっさとお飲み! 安くしたりしないよ!」
 所変わって第六街区にある居酒屋に、その男はいた。王都の華やかさを消し去ったかのような厭世観漂うこの街区は、かろうじて『王国』としての品性は保っているが、その実態はただの歓楽街で、彼がいるこの通りは、まともな神経の持ち主であれば、ほぼ近寄らない。
 歓楽街の更に奥、最奥と言って良い場所の居酒屋が、この男の馴染みである。
「ジル。あんた、今日は祈りの日じゃなかったのかい?」
 恰幅の良い女主人に咎められ、怠そうに顔を傾けた男――ジェラルド・ロックハートは目の覚めるような碧眼を僅かに伏せた。
「『歓ぶ者と共にあり、泣く者と共にあれ』って言うだろ? 今この瞬間を愉しんでいる者と共にあることが、今の俺の使命だろ」
「まったお得意のエクラ教かい? まったく、折角の王立学校卒が泣いてるんじゃないのかい、ロックハート司教さん」
「ウェイウェイ、マスター。それはねーよ。司教とかいうね、神聖な存在と同列に扱われちゃ困るわけ。司教とかいうのは、セドリック大司教や聖女のことを言うんだぜ」
「はいはい」
 ただの飲んだくれに説教されてもありがたくもない。
 女主人は店で一番の酒と言われるどす黒い液体を、男の空のグラスに並々と注いでやった。


 ジェラルド・ロックハートは生後一週間で神の光を見た、と自称している。それが嘘か真かはさておき、彼はその言動とは裏腹に、非常に敬虔なエクラ教信者である。その証拠に、エクラ教の教義はほぼ全て暗記しており、時にはその教典を良いように使うことも厭わない。
 王立学校の神学科を卒業して早数年、司教の位は手にしたものの、特段どこの教会に属することもせず、ふらふらと世界中を渡り歩いては教えを説きつつ女も口説き、聖光に感謝しつつエクラの名の下に適当な修道院や教会で一夜を明かす。
 傍目に見れば、ただのなまぐさ司教を地で行く男である。
 第六街区の酒場を出て、第二街区へ向かうジルの耳に歪虚襲撃の話が入ってきたのは、昼間の休息の終わりを知らせる王立学校の鐘が鳴り響く頃だった。
「Hey、そこのお嬢さん。その話、ちょっと俺に詳しく聞かせてくれないかい?」
 花屋の少女を捕まえ、身を乗り出しているジルに、少女は酷く驚き、そして頬を染めた。
それはそうだ、二メートル近い長身に、目の覚めるような鮮やかな金の髪を長く伸ばした蒼眼の美丈夫が眼前にいるのだから。ましてや、その男が司教の制服を着ていれば尚更だろう。
「どうした? 俺の顔に何かついてるかい、Lady?」
「い、いえっ」
「そうかい? ……で、歪虚だって?」
「あ、そ、そうなんです! ここから南の村に小さな教会がありますよね、そこに大きな熊みたいなのが出たって……」
「オーライ。ありがとうな」
 ぽん、と少女の頭を高い位置から撫でて、ジルは南の方へのそのそと歩き出した。

 ●

 イルダーナから南へ数キロの場所にある小さな村の入口には、村人の拠り所である小さな教会がある。王立学校を卒業したての司教が一人、老いた司教が一人の二人で切り盛りしている、地元密着型の信仰拠点である。
 その村に熊のような歪虚が現れたのは三日前のことだ。最初は小熊のような大きさで、村人総出で追い払うことができたが、次の日には二倍近い大きさになり、その次の日には三倍近い大きさになって現れたという。犠牲者が出ずにここまで凌いだのは奇跡に近い。
 だが、今度現れれば間違いなく――。
「司教さま……」
「案ずるでない。既に王都に人はやっておる。すぐに助けが来るさ」
 震える若者を老司教が宥めていると、誰もやってこないはずの教会の扉が重い音を立てて開いた。
 現れたのは、熊のように体躯の大きな男。
「Heyhey、邪魔するぜ。熊が出たってのはここかい?」
「あなたは……?」
「ジェラルド・ロックハートだ。聖堂戦士団の一人で階級は司教。他に聞きたいことは?」
「いえ……」
「ウェイウェイ、もっと聞いてくれて良いんだぜ?」
 本当にこの人は司教なのか。それも、あのヴィオラ・フルブライト率いる聖堂戦士団の人なのか。
 怪訝の極みのような視線に肩を竦めたジルは両腕を広げて見せた。
「マジだって。王立学校でも聖女にでも問い合わせてくれよ。ただし、全部終わったらな」
 大地の振動が教会を揺らす。
 獣の咆哮のような声が、大気を震わせた。


「……時に、熊さんよ。おめー、神は信じるか?」
 教会の扉を突っ切ろうとする熊を背負った杖でぶん殴ったジルは、吹っ飛んだ獣に問いかけた。当然、答えはない。
 代わりに鋭い牙を剥き出しに、腐敗した顔を歪めている。
「Wait、落ち着けよ。エクラの教えにもあるだろ? 『歪虚は粛清のみ。それこそが聖光の導』ってな。俺、こう見えて敬虔な信者だからさぁ……文句は聖堂教会に頼むぜ」
 教義には逆らえないんだよね、と乾いた笑いを漏らしたジルに、熊は地面を抉りながら突進する。
「言い忘れたが、俺はお前らをしばき倒す時に、教えには無い一つの言葉を贈っている」
 杖の先についた大型の鎖を振り回し、熊の足を絡めとったジルは、地に再び伏した熊に杖を振り上げる。
「すなわち――『エクラの聖光にKISSして詫びな!』」
 杖とは名ばかりの鈍器が熊の頭蓋を粉砕した。
 黒い破片をまき散らして砕け散った獣の残骸を足で蹴飛ばして、なまぐさ司教は杖を背負ったまま葉巻に火をつける。
「し、司教さま!!」
 一服しようと息を吐いたジルに、若い司教の声が飛ぶ。
 指差す方向を見て、ジルは思わず咥え直した葉巻を落としてしまった。
「Oh……マジかよ」
 視界の先には、新たな歪虚が群がっていた。

リプレイ本文

「お主、ちょっと肩を貸すのじゃ!」
 熊同士の乱闘にすっかり腰を抜かした若司教に、実に上から目線で命じたのはトルテ・リューンベリ(ka0640)だった。小柄な、けれども態度だけは立派な少女に、若司教は目をぱちくりとさせる。
「早ぅせぬか。ほれ、ほれ!」
「え、えっ」
 急かされるままに立ち上がった若人の掌と肩を踏んづけて、トルテは教会の尖った装飾へ飛び移り、あれよという間に屋根に登った。
 実に壮観――ただし、雑魔がいなければ、だ。せめてぬいぐるみの熊であったなら、まだ可愛げもあったものを。
「皆、熊は二時、四時、そして八時の方角じゃ!」
 叫んだトルテの声に反応して、熊が鼻先を教会の方へ変える。するすると屋根から降りた小さな貴人は、若司教を教会の中へと押しこむ。
「Hey! そこの兄ちゃん達ィ! ちょっと力を貸してくれねーか!」
 ドン、と地面を抉るように鎖を叩きつけた男が叫ぶ。熊はその声に反応し、再び男へと顔を向けた。
「Shit!」
 手近な熊を杖先で弾き飛ばし、その反動で男が大きく後退る。
 先に体勢を立て直した熊と男に割って入ったのは、アルフェロア・アルヘイル(ka0568)だった。
「お手伝いします! 大丈夫でしたか?」
 庇うように男を後退させ、ついでにその顔もちらりと拝む。
 年の頃は三十手前、だろうか。老け顔でも童顔でもなく、さらさらの金髪が僅かに波打つ。
 あらあら、なかなか男前じゃない。
 そんなことを考える彼女を尻目に、男はふぅ、と息を吐いて集合したハンター達を見た。
「兄ちゃん達、ハンター……だよな?」
 武装した集団はとても一般人には見えない。ふむ、と顎を撫でる男にアルフェロアが律儀に頭を下げた。
「わたくしアルフェロア・アルヘイルと申します。お名前伺ってもよろしいかしら?」
「ジェラルド・ロックハートだ。アル……なんだっけ?」
「アルフェロア、です。もし、ジェラルド様。他の残党を倒すの手伝って貰えると、凄く助かるのですが……」
 潤いに満ちた唇を寄せ、やや上目遣いにお願いしたアルフェロアを、とんでもなく高い位置からの視線がじっと見下ろす。
「Oh……悪いな、ねーちゃん。俺、胸より腰つきにうるさい男でね。その唇は捨てがたいが」
 あのね、相手を弄る時はね。
 何故かアルフェロアの脳裏にある仲間の忠告が過った。ジルの反応が今までの男と違うからなのかもしれない。
「……あ、あー。良いか?」
 苦手な空間の気配に、原村睦月(ka2538)が咳払いをする。ともすれば少女の頬に手をかけそうになっていたジルは「Oh」と取ってつけたような軽い声を上げた。
「そうだな。大人の会話は無粋な熊をぶっ飛ばしてからだな……OK、You! 一発ド派手に暴れようや!」
 地面に突き立てた杖を引っこ抜き、ぶん、と振り回したジルは誰よりも早く熊へ向かって吶喊した。

 ●

 気に入ったぜ、と短く笑ったのは文月 弥勒(ka0300)だ。
「どこのだれだか知らねえが、手伝うぜブラザー!」
 ジルと反対側に走りだした弥勒が裂帛の気合とともに、振り下ろした熊の大きな掌を剣でがっちりと支えるように受け止めた。
「悪ぃが俺は熊公に話しかける趣味はなくてな……美少女になって出直してくるこった」
 そんな減らず口を叩き、熊の掌を弾く。すぐさま攻勢に転じ、熊をじわじわと後方へ押しやっていく。
「同志……共に、エクラの聖光の下に!」
 同時に、教会の入口付近まで迫っていた熊には、セリス・アルマーズ(ka1079)ががっちりと盾を構えて相対する。
「良いねぇ……ハッ、こんなデカブツ、血が滾るぜ!」
 ボルディア・コンフラムス(ka0796)もまた、ジルに近い熊を一体、身の丈以上の大剣で背負うように受け止めた。
「鳴神抜刀流、原村睦月。いざや!」
 ジルの傍では、睦月が抜刀の構えを見せる。研ぎ澄まされた精神力の先に、吠える獣の急所が映る。
 熊は見える範囲で五体。これで、ジルを含め、一対一の構図が四。
 最後の一体は、レイオス・アクアウォーカー(ka1990)が後衛ぎりぎりのところまで誘導していた。
「ほら、こっちだ!」
 しっかりと仲間が熊を一体ずつ抑え込んだと同時に、レイオスは残った熊の腕を鋒で掠りながら、我が身を囮にじりじりと後退していく。
 最後の砦として構えるのは、アルフェロアとトルテだ。
 一対一、そして後方戦線――ともすれば乱戦の布陣が整ったのである。


「――ハァッ!!」
 鳴神抜刀流の構えを取り、地面を蹴った睦月はジルが支える歪虚の懐に滑り込んだ。間髪入れずにその大きな腹に力を込めた斬撃を、その力が絶えるまで何度も叩き込む。
 どん、と背を地面につけるように倒れた熊はしかし、未だ消滅には至っていないようだ。
 対する睦月は、度重なる力の発揮で息が上がり始めている。
 だが、勝ちは見えた。
「まずは……一匹……!」
 ぐ、と息を詰め、短い声と共に振り下ろした愛刀は、倒れた熊の喉元吸い込まれる。
 血泡を吐いて悶えながら動きを止める熊を見届ると、睦月の体が淡く輝き始めた。
「大丈夫か、サムライGuy」
「問題ない。この状況にも備えてきたからな」
 曲がりなりに聖導士のジルに傷を癒してもらい、睦月は頷いた。回復の早さから、この男はやはり戦闘経験が豊富なのであろう、と冷静に考えることも忘れない。
「一匹は倒したし……後は皆の援護に行こうと思うんだが」
「オーケイ。俺に手伝ってんだろ?」
 話が早くて助かる。仲間たちも消耗が始まっている頃だし、ジルの援護はありがたい。
「それじゃあ、まず――」
 一番近いボルディアのところから、と言いかけた睦月の声をかき消すように、その声は発せられた。
「オオオラアアアァァ!!!」
 耳を劈く雄叫びに混じって、ボルディアの声が響く。大剣を振り回して熊を弾くその姿は、実に楽しそうに見えた。
「良いねぇ……俺もやる気になってきたぜ。この前、こいつを新調したばっかなんだ。試し斬りの相手にゃ丁度よさそうだな!」」
 耐久力のある熊に口角を上げて、ボルディアは再度気合の声とともに突進した。再び大剣と熊の胴体がぶつかる音と、遅れて衝撃が地面を揺らす。
「……あそこは、」
 できれば彼女に任せたい、と呟きかけた睦月だったが、一歩遅かった。
「おもしれぇな、気に入ったぜ! おい、あいつの援護に行こうぜ!」
「え、いや……」
 仲間の援護は吝かではないが、しかし――。
「YEAH! FOOOOOOOOO!!」
 睦月の思案を余所に、鎖を振り回したジルがボルディアと熊を挟みこむように踏み込んだ。腕の骨を叩き折った彼女は、奇っ怪な声を上げる熊のような男へ熊を突き飛ばす。
「倒しちまって構わねぇだろ! なぁ、神父さんよ!」
「Of course! 一緒にこいつを光の御下に捧げてやろうぜ!」
 今更、止めたところで変わりはしない。否――そもそも、止める必要など無い。
「……やれやれ、というやつだな」
 乗っかろうとする自分に呆れるように溜息をついて、睦月も加勢するべく走り出した。




「きゃ……っ」
 杖を弾かれて突き飛ばされたアルフェロアが声を上げた。大丈夫か、とすかさずトルテの回復が彼女を追う。
「あらあら……随分破れたわね」
 憂いを帯びた声で言う彼女の服は、長時間の戦闘に耐えかねてあちこちに綻びが見えるが、その下の白い肌はトルテのおかげで傷ひとつ付いていない。
「シャリス神の御心に従い、お主らには神罰を与えようぞ」
 アルフェロアを庇うように立ったトルテが輝く光を放つ。熊の視力を奪ったその隙に、レイオスが熊に肉薄する。
「悪ぃな。これ以上アルフェロアを剥がすと、俺達の目のやり場が無い!」
 大きく踏み込んだレイオスの強打が熊の胴体に命中する。大きくよろけた熊を追うように、支援に回った弥勒の弓がその背を貫いた。
「援護なら任せろーバリバリ」
「助かるぜ」
 弥勒の弓が尽きると同時に、レイオスが熊の喉元へ剣を突き立てる。食い込んだ剣を薙いで、熊の首を討ち取った。
「いやー、絶景、絶景」
 熊を踏みつけて弥勒がニッと笑った。レイオスもその言葉の意味するところは分かっている。
 仄かに上気した肩、白い腕、首元そ流れる細い銀の糸。
「お……お主ら、何を見ておるのじゃ!」
 慌てたトルテがアルフェロアを腕で隠すが、小さい体では彼女を覆いきれない。
 むしろ、一部制限されたが故の艶が増している。
「良いねぇ……男の浪漫だぜ」
「だな」
 弥勒とレイオスのしみじみとした感想は、およそこの場の空気とはかけ離れていた。
 当の本人も恥じらいを見せているが、隠せるものでもないので諦めているようだ。
「ちょ……は、早く何か着るものを渡さないと!」
 女性経験が皆無に近い睦月の慌てた声が届くまで、男二人は女性の色香を存分に堪能したのだった。



 さく、と乾いた土の音がする。
 顔を上げた青年は、そこでふと灰色に染まる空の向こうに、溌剌たる友人の姿が浮かんだ。
「そういえば今日はまだ顔を見てないな。まぁセリスに限ってケガなんかしないと思うが」
 そんな彼の思いが、戦場の乙女へ届く。
「――ぅっ!!」
 甲冑の踵を滑らせて後退したセリスは、衝撃に反してほぼ無傷だ。
 だが、彼女はそれを信仰心の賜物と理解した。
 藍青のマントを棚引かせ、彼女は言葉の通じぬ熊にドヤ顔で宣言する。
「私の信仰心は、鋼より堅いわ!」
 言った傍からがっちりと熊の掌を拳で組み合う。傍目に見れば今にも襲われそうな女性の図にしか見えないが、生憎セリスは本気だ。
「かかったわね……!」
 組んだ手と手の間には杖が挟まれている。仄かな光を放つそれが、一瞬で眩い光線を熊の目に突き立てた。声を上げた熊を腕力に任せ、セリスが杖ごと殴り飛ばす。
「ほらよ。しっかり決めなぁ!」
 飛ばされた先には、ボルディアが大剣を構えていた。体勢を立て直す前に、熊の背中を剣の腹で叩く。
 大きく前方によろけた熊の至近距離で、セリスはワンドをその腹に突きつけた。
「これが……エクラの聖なる光! ゴッドォォ フィストォォォオ!」
 捻り上げるように熊の大きな体躯を叩き上げたセリスは、僅かに宙に浮きながら三度飛ばされた熊に背を向ける。
 そして、狙ったかのように叫んだ。
「成敗!」
 弾けたホーリーライトが熊の体を裂いた。ボルディアが止めを差す間でもなく、大きな雑魔はその体をこの世に留めきれないようだ。
 セリスの倒した熊を最後に、ハンター達は無事、大きな被害を出すことなく歪虚の掃討を終えたのであった。



 王都イルダーナ、第四街区。
「味は保証するが、狭いぜ」
 歪虚の討伐後、レイオスとアルフェロアによって発案された懇親会という名の飲み会の場として、ジルは酒以外も飲めるとある酒場を紹介した。
「マスター、今日はミルクの気分なんだぜ……」
「弥勒。そもそも酒は駄目だぞ?」
 一応、年長者として睦月が釘を刺す。
「そーいや、シスターはどこ行った?」
「ちょっと用事が……それよりも飲みましょう、ジェラルド様?」
 ぐい、と胸にジルの腕を収めたアルフェロアである。ふぅ、と息を吐いたジルは、そっと少女の腰を抱いた。
「良いかい、Lady。俺は胸より腰つきが好きだと何度……」
「おおい、オヤジィ! もっと酒……じゃねぇや、ジュース持ってこい!」
 空のジョッキを机に叩きつけてボルディアが声を張り上げた。
 奇しくも、仕事終わりに一杯という頃だ。
 酒場が飲めや騒げやのどんちゃん騒ぎとなるのに、そう時間はかかるまい。


 一方、聖堂戦士団の窓口に足を運んだセリスに、話を聞いた聖導士は歓喜の声を上げていた。
「全然捕まらないんですよ、あの人! ああああもう! 今すぐに行きたいけど宿直が……と、とにかく、一晩引き止めて下さい。絶対明朝行きますから!」
 でないと報せを聞いた私が殴られます、と懇願されたセリスが酒場に戻る頃には、仲間たちは完全に出来上がっていた。
「戻ったか。妾達は先に始めておるぞ!」
「ああ、うん。見れば分かるわ」
 ミルク瓶を大量に転がしているトルテや、空気に酔い始めたアルフェロア、淡々と酒を飲みつつも酔っていそうな睦月――そして、なまぐさ司教を中心に盛り上がる成人男子と少年少女。
 ここまで一滴も入れていないセリスが眉を寄せるほど、酒の匂いが充満している。
「うーん、なかなか……」
 ひどい光景である。
「お前神父の癖に物騒な戦い方すんなあ! いいぜ、そういう変な奴は大好きだ! オラ飲めぇ!」
「飲んでやるぜぇ! お前もなかなかの腕っ節だったぜ。ああいうスタイルは大好きだ!」
「なぁ、ブラザーってもしかして脳き……いや、何でもない」
「もごもごすんなよ、boy! 俺のあの杖は、鈍器なんだぜ」
 マジかよすげぇなと弥勒が笑う隣で、レイオスがジルのジョッキに酒――飲んでいるのとは別の種類だ――を足した。
「しかし、ジェラルドはよく飲むな。いっそ飲み比べでもするか、奢るぜ?」
「良いねぇ……だが、今はやめとくぜ。お子様に見せられない姿になっちまう」
「お、お子様ではないわ!!」
 脊椎反射のごとき鋭さで言い返したトルテである。確かにこの中では抜きん出て幼いが、決してお子様ではない。むしろもっと高貴な存在なのだ、と自負する彼女は「おにょれー!」とぷるぷる震えている。
「で、ジェラルド司教はいくつなんだ?」
 ふとした睦月の質問に、ジルは顔の前で手を振った。ここ数時間で学んだ彼の癖で、翻訳すると「知ったら悲しくなる」とのことらしい。
「あらあら……なんだか暑いわね。あと、少し眠い……のかしら?」
 とろんとした目でジルを見上げるアルフェロアは胸元を少し開けた。ジル以外の男性陣は喉を鳴らし、その谷に飛び込まんとしている。
「うーん……この混沌とした感じ」
 出遅れたセリスは一杯の酒を飲み干し、周りの状況をしみじみとこう分析した。
 この勢いが明朝まで続くかと言われると、そんなことはは絶対に無理なわけで。
 要するに、仲間は全員、この男のペースに飲まれていたのだ。



「むー……」
 鳥の鳴き声と眩しさで目が覚めたのはトルテが最初だった。
「妾達は確か……うぐぐ、なんじゃ、この臭いは……!」
 鼻をつまんだ少女が見た光景は、酔いつぶれて床で転がる仲間や他の客、カウンターで眠る店主――ほぼ全員が酩酊している惨状だった。
 だが、ジルの姿だけはない。
「……逃げられたか。戦士団の人になんて言おうかな」
 流石に夜通し起きていられなかったセリスが身を起こし、ジルが呑んだのであろう空のグラスを手に苦笑する。
 そのグラスには、大きく誰かの口紅で『Good luck!』と殴り書かれていた。

End.

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MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 壁掛けの狐面
    文月 弥勒(ka0300
    人間(蒼)|16才|男性|闘狩人

  • アルフェロア・アルヘイル(ka0568
    人間(紅)|19才|女性|聖導士

  • トルテ・リューンベリ(ka0640
    人間(蒼)|11才|女性|聖導士
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • 歪虚滅ぶべし
    セリス・アルマーズ(ka1079
    人間(紅)|20才|女性|聖導士
  • 王国騎士団“黒の騎士”
    レイオス・アクアウォーカー(ka1990
    人間(蒼)|20才|男性|闘狩人

  • 原村睦月(ka2538
    人間(蒼)|24才|男性|疾影士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
レイオス・アクアウォーカー(ka1990
人間(リアルブルー)|20才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2014/07/11 01:16:02
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/07/06 17:13:29