• 東征

【東征】彼の地へ 〜凱旋の狼煙〜

マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態
イベント
難易度
難しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2015/05/28 19:00
完成日
2015/06/05 04:21

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


「……此処は」
 転移門を潜り抜け、初めに感じたのは懐かしい山土の香り。すぐに、故郷であるエトファリカの香りだと理解した。望んでいた故郷の香りには違いは無くとも――しかし少女は動悸する自身の胸を鎮める事はできなかった。
「何故、此処に」
 少女、朱夏は周囲を見渡した。すぐ近くには応援の為に訪れた沢山のハンター達。周囲にあるのは、見覚えのある山だった。フウビ山。都に出るはずの転移が――失敗した?
 転移門は繋いだ。数多の人命を賭したのに、何故。思考だけが巡る。巡る中で、溢れ落ちた言葉は。
「……ヒュウガの里」
 今、朱夏達がいる一帯の名だった。フウビ山とマルサキ湾に挟まれ、エトファリカの都へ通じる幹線道路があるこの道はエトファリカの都、天ノ都に向かう為には『必ず通らなくては行けない場所』だ。
「朱夏殿」
「解っている。罠だ」
 武僧の押し殺した声に、短く答えた。転移の位置を、外された。恐らくは恣意的に。それを成し得る者に、心当たりがあった。
「山本五郎左衛門」
 押し殺した感情と共に、エトファリカが誇る武家を屠った憤怒の高位歪虚の名を呟いた、その時だ。
「転移門が閉じるッ!」
「……!」
 喧騒を他所に、無情にも溶けるように消えていく転移門。そして――。
『黒竜の力で転移門を開けば、我が主が気付くに決まっておろう。愚かな』
 愉悦を孕んだ、老人の声が響いた。けたたましく笑う老人の姿は無い。いかなる術を用いたか、脳裏に響き続ける不快な声。
『のう、西方からの増援達よ。呪うがよいさ。己の決断を。ぬしらに縋った、この地のニンゲンの愚かさを』
 言葉に。蹂躙され、それでも諦めずに死地を抜けた誇りを穢された東方の人間たちの顔に、憎悪が滲む。朱夏も、そうだ。だが、それ以上に絶体絶命な状況が彼女に思考を強いさせていた。
 死ぬ。
 応援に来た、ハンター達が。
 ――それだけは。
「……皆様。私に、命を預けては下さりませんか」
 自然と、口をついて出ていたのは――それでも、死地への、誘いに過ぎなかった。
「私に、策がございます」


 山中に分け入った朱夏に案内され辿り着いた場所は、深緑の中に大きく口を開けたひとつの洞、であった。洞内に光は無く、黒々とした闇は錆びた不吉を孕んでいる。
『このフウビ山は、一見するとただの山でございますが。古き祖を祀る大墓――古墳でございます。此の暗がりを抜けると、山を巡り、里の幹線道路の先に是と同じ出口が在ります』
 洞の闇に、光を見出すように。口調に力を込めて、朱夏はこう結んだ。
『二手に分かれ、片方は妖怪共を受け止め、引き出し――残る本命が、この道を抜け山本を、討つ』
『危険すぎるな。我ら全員で迂回は出来ぬのか』
 大柄な武僧の言葉に、朱夏は首を振った。
『難しいだろう。この道を抜けた先に妖怪共が居ては孤軍の私たちは座して死を待つしかない。足の速い妖怪に取りつかれて追撃されても同じだ』
『ならばこの古墳――隘路で挑むのはどうだ。寡兵でも勝機は掴めるやもしれん』
『……相手はあの山本だ』
 山本の名に終に武僧は吐息と共に口を閉ざした。落胆の影が見えず、朱夏は武僧の意図を知る。
 ――周知の為、か。
 直情的な朱夏には出来ぬ小業だった。胸中で詫びながら、続ける。
『奴は妖怪どもを喚ぶ。いかに我らでも、無限の妖怪には勝てぬ。古墳に逃げ込むなら山本を討つか手傷を負わせ撤退させた後でなくては、此処で死ぬ定めは覆せん』
 重く、息を吐いた。死ぬのは構わない。だが、徒に死ぬ訳には、いかなかった。これまでに力尽きた同胞の為にも。死地を承知で赴いたモノノフ達――ハンター達の、為にも。
 至らぬ自身を嘆きながら朱夏は頭を垂れた。

『モノノフの皆様……お貸し、いただけるでしょうか。運命を切り開いた皆様のお力を――お命を』


「正面から抗うか。この山本と悪路王に対して、あまりに無謀よのぉ……!」
 陽動へと殺到する妖怪達と悪路王。その後方に、居た。
 山本五郎左衛門。元は東方の術者であった彼は、古に歪虚に身を落とした。古びた狩衣を纏い、伸ばしっぱなしの汚れた白髪がその時の長さを思わせる。一見すると老人にしか見えぬが、時折その顔に線が引かれ、眼球が生まれては消える。
 周囲には符が乱れ散っていた。多数の符が数多の五芒星を為し、そこから続々と妖怪達が這い出て来た。緑色の肌を持つ奇妙な人間。女性の顔を有した巨大な蜘蛛。一つ目の巨人。
 憤怒の妖怪たちが、戦場に召喚されていた。高位の歪虚であり優れた術者であった山本だからこそ為せる異能。

 それをやや離れた場所から見つめる一団が居る。

 彼らは、人だった。
 その身体は軒並み大柄で、闘争の香りを色濃く感じさせる鍛え抜かれた肢体を晒していた。使い込まれた得物も。戦場の中で浮き立つことのないその眼差しも。何れも強兵である事を示している。
 ただ、彼らは在る一点において人ではなかった。

 ――彼らの額には、角。

 鬼、であった。

「アカシラ姐」
「来たかい?」
 その中心にひとつの人影――短髪の鬼が走り寄りアカシラと呼ばれた焔の如き長い赤髪の鬼の耳元で囁いた。
「あぁ。姐御の言うとおりだった。墓を抜けて来たみてぇだな」
「ハ。少しでも頭が回るようで良かったよ」
 鍛え抜かれた身体だが女性的なフォルムを持つ鬼女は、その報せに鋭い歯を剥いて嗤った。
「アクロはどうする」
「適当な所で遣いを出しな。アンタに任すよ」
「お預けかよ……へい、へい」
 短髪の鬼の背中を力強く叩き、声を張る。
「さ、て。踊ろうか。久方ぶりに楽しくやれそうだねェ……!」
 慮外な大きさの――刀、と呼ぶべきであろうか。焔の様な意匠を宿した赤き魔刀を肩にかけての言葉に、他の鬼達は似たような笑顔を返す。


「気づいておらん、だと?」
 案内役を買って出た先ほどの武僧――シンカイというらしい――の、木々に身を隠しながらの呟き。視線の先、妖怪たちを次々と召喚する山本と、彼を取り囲む妖怪たち。少し離れた位置には、『鬼』達が居る。
 古墳を抜けて直ぐに気配を感じて、急ぎ駆けつけた道中だった杞憂だったか。
「しかし……鬼。それもアカシラ達、か。腐れ爺め」
 妖怪仕えの『鬼』達として広く知られる、残存する武門に並ぶ程に精強な集団だった。護衛として手元に置かれたのだろう。
「まあ、よい」
 眼前の戦場は――この上なく、意味のある戦場だ。昂りのままにハンター達に向き直り、こう言った。
「さて、さて。遠き異国より参られたモノノフ達よ。我らが帝は宴会好きでなぁ……今頃激憤して我らの帰りを待ちわびておる」 
 に、と武人の笑みを浮かべ、こう、声を張った。
「戦果をぶら下げて帰ろうではないか。盛大な宴の後だと笑い飛ばしてやれば……くく、帝め。ヘソで茶を沸かすだろうよ。
 行こうか、モノノフ達よ。この地に打ち上げようではないか。我らの帰還と、そなたらの凱旋の狼煙を……!!」

リプレイ本文


 彼方から鬨の声が響く。戦場の混沌が大気を震わせ、上がる血煙が酸鼻さを漂わせる。
 身を隠したハンターと武僧シンカイは、眼前。手勢に囲まれる山本達を視界に捉え、時を、待っていた。
 彼方から眺めると、妖怪達は続々と陽動部隊へと流れていくのが解る。
「帝に土産か。確かに悪くない」
 三条 時澄(ka4759)が見つめる先には、山本の姿があった。故あって再び剣を取った男にとって、東方を蝕む男を前に躊躇する理由などないのだろう。
「ふむん、山本の爺が大将かのう。なら、あの首落とせばよいのじゃな?」
「応とも。腐れ爺に引導を渡せるのならそれに越したことはない」
 続く毒婦のような赤い笑みを浮かべた紅薔薇(ka4766)の言葉に、武僧シンカイはくつくつと笑ったようだった。

「……応援に来たつもりが、敵の策に嵌ったか」
 蘇芳 和馬(ka0402)の声。悔しげな色はない。不敵ですら在る声色であった。
 ――食い破るまで、と。その心境故に、だろう。
「へっ、熱烈歓迎、ってやつか」
「嬉しくて涙が出てきそうだぜ」
 応じたのはジャック・エルギン(ka1522)とボルディア・コンフラムス(ka0706)。和馬と似た声色で、闘志を剥き出しにしての言葉だ。
「この礼はきっちり返さねーとな」
「おうよ」
 口の端に犬歯を覗かせたジャックの笑みに、ボルディアもまた同じ笑みを浮かべて頷いたようだった。
「クク……我もお返しに燃え盛る炎で持って答えるとしよう」
 続いた声は、ヴィルマ・ネーベル(ka2549)。愛馬を優しい手つきで撫でながら片頬を釣り上げて笑うが、容姿故か。厳かさよりは愛嬌が勝る。
 人徳だろう。
「さっさと片付けて都に行こうぜ」
 猛々しい面々の言葉に、ラルス・コルネリウス(ka1111)は諦観にも似た声色で告げた。それは、彼の隣に在るエルフの少女――フェイ(ka2533)の影響もあるかも知れない。凛とした姿勢で真っ直ぐに”敵”を見つめる少女もまた、戦意は十分と言った様子だった。零れた溜息に気づいたフェイは、本当に微かな笑みを浮かべた。
「君ら人から学んだのよ? 諦めない不撓の心を」
「……はいよ」
 偽りはないという事は分かっていたか。ラルスは短くそう応じた。
「前に出過ぎるなよ?」
「でも、にに様……あの、角!」
 興奮した様子の実妹の雪加(ka4924)の動向に、鶲(ka0273)はそれとなく目を光らせながらも、どうしても注意が泳ぐ。
 遠くに在る、角を抱く“亜人”、鬼。
 ――俺たちの祖先である修羅と同一、なのか?
 祖霊であり英霊である存在を強く意識せざるを得ない立ち姿に、血が騒ぐ。
「……まさか、いきて本物の鬼に逢える日が来ようとは、な」
 不意に湧いた言葉に、視線が流れた。オウカ・レンヴォルト(ka0301)。大柄の青年が紡いだ言葉に、因縁めいたものを感じた。篭もる感慨が、どうにも胸に響いた。

 ――西では見かけない珍しいものばかりですね。
 鬼に、妖怪。自然も、何もかもが違う。フレデリク・リンドバーグ(ka2490)の心が弾む。
「本の中のものかと……これは、深く関わるのが、楽しみですね」
 関わりの先にあるものは、ただ闘争。それすらも興味のうちと笑う男の声は――。
「……さァ、行こうか、モノノフ達!」
 武僧シンカイの声と、続く疾走に、飲み込まれた。



 疾走。疾走。疾走。
 ハンター達側の右翼は鬼達へ殺到していく。左翼は山本とその側近達の元へ。
 戦地にありながらどこか弛緩した雰囲気を醸していたそこは、瞬く間に正真正銘の戦場へと転じた。

 ハンター達の右翼。”鬼”達に対応する面々が往く。至近の茂みから、一息に距離を詰める。
「魔刀も気になるけど!」
 息を弾ませながら、クレール(ka0586)。気になるどころか舐めるように観察したいのが本心であったが、
「私の故郷のルーツ……絶対に取り戻します!」
 その思いのほうが強かったのだろう。視線は真っ直ぐに鬼達へと向けられていた。
 未だこちらへと気づいていない自然体の鬼達の元へと急ぐ、が。

 ――。

 ちり、と。気配がハンター達を貫く中。悠然と鬼たちの一団が振り向いた。一様に得物を構え、その誰しもが傲然たる笑みを浮かべている。
 ――気づかれていた。
 ヒースクリフ(ka1086)は視線を走らせる。動き出しは遅かったが、応戦の構えは十二分に取れている。射程に入る。銃撃も可能な距離だ。後続、弓矢を構えた鬼を見据えて銃口を向けると同時、クレールが機導術を紡ぐ。
「よォ。待ちかねたぜ」
 最前で拳を鳴らす鬼がそう告げた瞬後――矢弾が交差する最中で、前衛同士が激突した。

「……貴殿がアカシラ、か?」
 鬼達とハンター達がその威を交わす中。
 その鬼は、悠然と立ったまま動かなかった。待っていたのだろうな、と言葉を投げた和馬は思った。周囲の鬼は手を出してはこないことも証左と受け取れる。
「あァ、そうさ」
 鈍い音を立てて、魔刀が振られた。アカシラも然ることながら、刀も尋常な大きさではない。マテリアルの光輝が残光を生む中、燃えるような赤髪の鬼は言う。
「アンタは? 名前ぐらいあるんだろう」
「……蘇芳、和馬」
 小太刀を二振り構え、腰を落とす。
「蘇芳神影流。少々手合わせ願う」 
「応、承ろうじゃないか……そっちのデカイのは?」
 届いた視線に、こちらも応戦の構えを見せていたオウカは、煌々と輝く七支刀を手に僅かに会釈し。
「……初めまして。オウカ・レン……いや」
 逡巡を振り払い、こう告げた。
「御神楽謳華と、言う。よしなに」
 RBに置いてきた名、であったか。だが、鬼にとってはむしろ善き名であったらしい。
「和馬に謳華、か」
 裸の肩に長刀を掛けたアカシラはくつくつと笑い、
「来な。遊んでやるよ」


 ――爺ちゃんたちへのみやげ話になると思ったんだけどな。
 心配されるかな、と。イェルパート(ka1772)は苦笑を零した。どこか涼風のような爽やかさは、嘆いたってしょうがないという前向きさによるものだろう。
「どうにか此処を乗り越えて、天の都へ行こう!」
 弾むような声に、応、と声が上がる。同道する面々の、鬨の声だった。
 最前を往くのはウィンス・デイランダール(ka0039)とボルディア、そして来い、と言われて付いてきたシンカイだ。
 三人は妖怪達の只中へと馬を走らせる。馬上から跳ね飛んだシンカイ、その前方へとウィンス、ボルディアが猛突。
「立ちふさがるか……上等だ、ゴクロウザエモン……!」
「――――ラァッ!!」
 両者の手には、槍。形は違えど大きくなぎ払われた一撃に、空隙が生まれる。その隙間にシンカイが身を滑らせ、姿勢を崩した妖怪に追撃の飛び蹴りをして飛び込んだ。
「モノノフ達よ、続けェ!」
「ぬぅぅぅ!」
 先ほどまでの愉悦は何処かへと吹き飛んだか。山本は今もなお印を結びながら、双眸に憤怒を宿した。
「小癪なァ……やれェ!!」
 瞬後には突出した三人に妖怪達が群がってくる。飛び退り、馬を後退させるハンター達を前に、後続のハンター達が動く。
 今が攻機で、正念場だった。
 ――失敗したら、みんな危険、なのね。
「ん、頑張らないと、なのよ……っ!」
 モニカ(ka1736)は瞬く間にごった返した戦場の中で、一際大きい鎧武者達のうち二体が動くのを見た。間合いにはまだ遠い。緊張を抱きながらも、弓を射る。
 フレデリクの馬がモニカを追い抜いた。ウィンスやボルディア達から後続へと溢れてくる妖怪達へと騎馬突撃。足を止めずに、すれ違いざまに機導剣で一閃を見舞う。悔しげに追いすがる妖怪。眼前、フレデリクを止めようとする妖怪を重装馬は主の意に沿って器用に躱す。
「……思っていたよりも頑健、ですね」
 そうして、呟いた。ウィンス達の突撃を踏まえても、手応えは重い。
『こちら右翼。鬼達には気づかれていた!』
「……フェイ、聞いたか!」
 奇襲が成功した今こそが攻機だ。ラルスは叩き込まれた通信が誰のものかは解らない。情報だけ拾い上げて仲間へとそう告げると、斧を手に踏み込んだ。
「こちらは大丈夫そう、だけど……?」
「構わん! 焼き払えば良いのじゃ!」
 疑問声のフェイも、気勢強く振り払ったヴィルマも魔術を紡ぐのを止めようとはしない。火球が前衛達を包む歪虚達へと殺到し、その身を灼いた。
 J・D(ka3351)も銃撃を重ねる。見回しながら、
「あの陣」
 怪しいな、と見て取ったのは。残った鎧武者達が立ちはだかる先にある幾つもの陣だった。札が並び、五芒星を描いたそれは
「試す価値はあるよなァ!」
 走らせる、と。鎧武者達が反応した。明らかに過敏。明らかに、急所だと見えた。
 鎧武者二体が、遠間にも関わらず剣を掲げる。
「オイオイ……」
 嫌な予感を抱いた瞬間、斬撃が、飛んできた。
「いやいや、やべェ、危険すぎるぜ、ッたく……!」
 向かうは死地だとも容易に知れて進路を変え、無線機へと叩きつけるように叫んだ。
「あの鎧武者共! あのフダを守ってやがる!」
 少しでも状況が動けばいい、と。
「気合入れて連れてけ!」


 果たして。残った鎧武者がJ・Dへと視線を送った頃。
 『彼ら』は疾走を開始した。

 山本五郎左衛門の元に。

 ――ここに来れて、良かったのかもしれませんわね。
 加速する風景。時間。その中で、望外の奇襲ではあったが、イレス・アーティーアート(ka4301)は全力で駆け抜けながら、思った。
 東方の現状を、脅威を体感できた。それだけでも価値がある。
「でも、末永いお付き合いはしたくありませんわね」
 『横から見ると』状況がよく見えた。視線の先で、メオ・C・ウィスタリア(ka3988)が往く。
「ヤマモトだかサンモトだか知らないけどさぁ、もう歳なんだし無理するもんじゃないよぉ?」
「ぬ、……っ!」
 戦馬に騎乗し、赤い鷹の幻影を曳いたメオは戦斧「アムタトイ」を振るった。真っ直ぐに至るメオに気づいてはいたが、抜けて来ることは想定外であったか。
 轟、と振られた戦斧が狩衣と噛み合う。布を裂く感触に続いて、硬い手応えがメオの手を震わせた。山本は、わずかに身を揺るがせただけで、老人とは思えぬ踏ん張りを見せた。
「楽にはいかなそうだなぁ」
 馬を走らせながら茫、と呟くメオを他所に、ハンター達は止まらない。猛追だ。単身の山本に紅薔薇――そして、その疾駆を追うように、伊勢 渚(ka2038)の銃撃が弾ける。足元に爆ぜた銃弾に、山本の足が止まる。
「さっ、そっクビ……斬り落ちて死ね!!」
「テメーの首を都入りの土産にしてやるぜ!!」
 渚が作った隙に、少女が跳ね、男が奔った。紅薔薇とジャックの猛突が山本の首筋へと奔る、が。
「舐めるな猪武者ァ!」
 紡いでいた術を解いたか。空いた両手で刀を真っ向から受け止める。転瞬。紅薔薇とジャックは直ぐに飛び退ったが、山本の形相が瞬く間に変じていった。
 額。頬。首元。胸元。先ほど切れ落ちた裾から覗く肌。ありとあらゆる場所から大小様々な沢山の《目》が湧く。ぎょろりぎょろりと、ハンター達の動勢を見据えるように数多の眼球が蠢くその中で、唯一血走った双眸が光る。
「狂犬共めがよく吠える!」
 口角に散る泡は、すでに激昂を示している。両の手で新たに印を切りながら、
「良かろう! この山本五郎左衛門が直々に貴様らを調伏してくれるわ!」
 咆哮と共に、印が刻まれる。

 ――。

 同時。殷々と、音が響いた。
 横合いから。イレスと時澄が至っている。イレスが放った渾身の刺突が奔り、時澄の「虎徹」が鞘走りの音を曳いて奔る。化生した姿に、時澄の心はいっそ平静に至っていた。
「人でないのならば、躊躇う理由もない」
「貫きますッ!」
 言葉と共に、イレスの槍と剣撃が、届いた。
「させるかよ!」
 どの『眼』で見ていたか。山本はその側撃に対応してみせた。だが――。
 山本の身から、アカイロが跳ねる。
「ぬ、ぅゥ!」
 受けた筈。それでも、その身に傷がついた。断ち切るには至らなかったが、それでも、ハンター達の猛追は東方の高位歪虚である山本に――届く!
「…………ッ!」
 其の事実が、一層の激情を燃やしたか。山本が新たに印を結ぶ。一呼吸。僅かな間に、山本の身の裡から、負のマテリアルが鳴動した。
「間に合わない! 避けて!」
 機を伺っていたノイ・ヴァンダーファルケ(ka4548)だが、警戒を叫んだ。単純な術なのだろうと知れた。だが、それだけに止めることが適わない。
 ――死ぬのは御免!
 まずはそれが第一義だった。鞭を走らせるよりも、眼前で膨れ上がる『炎』の方がノイにとっては最優先事項だった。
「術とも呼べぬ温い炎じゃがのぅ! とくと味わえぃ!」
 同時――その身を中心に、爆炎が生まれた。それは瞬く間に広がり、周囲のハンター達を飲み込んでいった。


 左翼、妖怪と描く戦場は混迷を深める一方で、右翼は違った。
「あっちは奇襲成功したって!」
 無線機に耳を済ましていた雪加が声高に言うと、鶲は犬歯を剥き出しにして猛々しく笑う。
「さァ……同じ角持ち同士、楽しくやろうや!」
 その額には、覚醒を顕すように角が宿る。一撃を見舞った後、鶲はすかさず間合いを”外す”。妖怪達の戦線から引きはがすような動きに、鬼達全体が応じていた。
 粗野な外見が目立つ鬼達だが、其の動きは統率がとれている。
 ――訓練されている証拠、か? 
 律動する鬼達の側面につきながら扼城(ka2836)は鬼達の隙を見出そうと機動するが、存外適わない。刺突で一撃を入れる事はできるだろう。だが、撤退する前に飲み込まれて終わる。それが目に見えていた。
「クレール。狙えるか」
「やれるだけ、やってみます!」
 威力には劣るけど、と機導術を刻む。三筋の光輝が走り、錫杖を構えた鬼と、周囲の鬼に炸裂する。
 ハンター達は治療手が分かり次第、それを前衛後衛ともに狙う手筈だった。
 然して、すぐに知れたのだった。治療を担う鬼は和風甲冑に似た盾を手にしており、手堅く守りを固めている。集団の練度も高かった。霊闘士の鬼が治療を担う鬼を背に射線を抑えている。扼城のように突破を図るが、鬼達の前衛を突破する事が適わない。
「……積極的ではないな」
 ヒースクリフ(ka1686)は意外な思いを抱いていたのだった。守勢を固めた鬼達は存外、手堅い。
「しゃらくせェ!」
 錫杖を大地に突き立てた。鬼から湧き上がったマテリアルの光は、ハンターも鬼も隔てなく一息に治療を行う。
「おい、アカシラの姐御! こいつら結構やるぞ!」
「ぐはは、死んじまう、死んじまう!」
 ――なんて、楽しげなんだ。
 全力で挑みながらも、ヒースクリフはそんな印象を抱いた。死地の筈だ。傷も決して軽くはない。互いに。なのに、こんなにも朗らかに笑えるものか。
 闘争を好むのか。それとも、それだけの鬱屈を抱いていたのか。解らない。解らないが――拒絶する心持には、なれなかった。
「おい、アカシ――」
「五月蠅ぇ!! 黙ってな!」


「アタシは今気が立ってる!」
 堂々たる宣言と共に、アカシラは暴威を奮っていた。その矛先はオウカへと向けられている。
「ふざけンじゃないよ小僧!!」
「……ぐ、ぅ!」
「オウカ!」
 魔刀の一閃を、回避することができなかった。オウカの身が、後方へと弾かれる。援護の為に和馬が横合いから斬りかかり、雪加が手にした和弓から矢が放たれ、前進しようとするアカシラを押しとどめた。
「とっても強いんですね……! 私も貴方みたいに強くなりたい……!」
 仲間の危機よりもなお、在りし日の祖霊を示すようなアカシラに、雪加の憧憬が突き刺さる。苛立たしげなアカシラは舌打ちを零す、が。さりとて冷たくあしらう積りも無かったようだった。
「今治療を!」
 仲間達が作った間隙を縫うように、戦場を見渡していたミルフルール・アタガルティス(ka3422) がすかさず癒やしの光を届ける。
「まだやれるか、オウカ殿」
「あぁ……」
 痛打ではあったが戦闘不能に至るほどではない。ミルフルールに手を引かれて身を起こしながら、オウカは思考する。
『やっぱり、鬼と言うだけあって、酒と闘争が好き、なのか』
『あァ。ご覧の通りだよ……と』
 ――言葉と、刃を交わす中。アカシラは、オウカの傷が癒えていないことを見てとった。瞬後のことだった。怒髪天を衝く勢いで、激昂したのは。
「傷を負った状態で戦場に来るンじゃあない、阿呆たれェ!」
 和馬の斬撃を器用に受け流しながらの、大喝だった。
「こんなクソったれな地までわざわざ来て死にたいわけじゃァないんだろう? あァ!?」
 言葉と激情を浴びながら、オウカは思い至る。激憤には落胆があった。だが、その根にあるものは何か、と。
 戦場で、あろうことか敵から説教を受けていたオウカは、曳かれるように疑念を口にしていた。
「……どうして、歪虚側に?」
 応答は、無かった。



 二振りの槍が、日本刀と噛み合う。
 鎧武者二体。夫々に一体ずつ引き受けたウィンスとボルディアは激戦の最中にいた。銃撃と比しても遜色しない刺突は幾度と無く鎧を穿つ。手応えはある。鎧武者の怒気も感じる、が――未だ、落ちぬ。それは、鎧武者にしても同様であったろうが。
「カカッ! 見た目はダセェがガッツあるじゃねェか!」
 いっそ快活に笑い飛ばしたボルディアと対照的に、ウィンスは気難しげな表情を崩さない。
 ――不甲斐ねぇ。
 視線の先。二体の鎧武者のせいで怪しげな術を崩し切れない。シンカイがそちらに回ったが、決定打足り得ない。妖怪達を押し通せそうではあるが、それだけに口惜しさが勝る。
「……だからこそ、か。お前だけは此処で止める……!」
 決意と戦意と共に、騎馬を走らせた。

「あらかた掃討できたかな! ……って」
 大蜘蛛達の集団を機導術の炎で巻き上げたイェルバートの弾む声が響いた、が。彼方に展開された陣から湧き出す妖怪達が見え、慨嘆する。
「鎧武者をはやく倒すのよ!」
「心得たのじゃ!」
 シンカイと相対していない方の鎧武者に銃撃を放つモニカ。そこに、ヴィルマの炎弾が続く。猛炎が大気と歪虚を焦がす中、一人のエルフが往った。
「J・Dさん!」
 フレデリクだ。シザーズハンドを携えたエルフは残る武者鎧へと張り付く。更に。炎に紛れるように、横合いから飛び込んだラルスが鎧の隙間へと刃を差し込ませた。
「……内部は空、か?」
 鎧の奥の感触に怖気を感じ、飛び退る、が。
「ッし!」
 気勢が響いたのが、先だった。
 J・Dだ。騎馬で突撃し、這い出る妖怪達に目も暮れずに符術の陣を散らしていく。騎馬で押し退けることは能わなかったが、銃撃を重ねる事で陣が崩れ、顕れようとしていた妖怪が消失する。
「……マダだ、マダ抑えとけよ!」
 反応する鎧武者達だが、ハンター達の手で妨害され、J・Dまで至らない。その間に、男は陣を一つ、また一つと潰していくのであった。


 山本も、陣が崩されていく様を黙って見守っていたわけではない。
 ただ、何も出来なかったのだ。陣を補強しようと放った札はノイのナイフに射落とされ、ジャックの大剣に、イレスの槍に払われる。なれば、と思えば間合いを詰めた紅薔薇と時澄が得物を振るう。時澄と紅薔薇に注意を向けると、メオの突撃や渚の銃撃が重なり、その間にもハンター達は陣を破壊していく。
「ええい、鬱陶しいッ!」
 結局のところ、山本としては群がる前衛を炎術で焼き払う他、無い。
「こちらのセリフですわ!」
 術の出先を潰そうと狙うイレスの槍を持ってしても、その術だけは阻めないようだった。
 だが、それ以外の符術は潰すことができる。確信故に、イレスは斃す事よりも、そちらを優先させている。
「おォ……ッ!」
 他方、ジャックはその中で攻勢に出ていた。大規模な術が紡げない、紡がないのならば、と。渾身の斬撃を見舞い続ける。
 一方的にも見える展開だった、が。それはあくまでも、ハンター達がリスクを背負っていたが故のことだ。
 ハンター達の治療を担っていたメイ=ロザリンド(ka3394)にはそれが良く見えていた。悔しげな声は、言葉にもなりはしない。山本の熱よりもなお胸を焦がすのは紛れもなく焦りだった。

 ――癒しの法術が、尽きてしまった。

「ダメ……ッ!」
 それはそのまま、この戦線の破綻を意味してしまう。畏れを飲み込んで、攻勢に出る。光の波動が少女の細いからだから弾け、山本を飲み込んだ。
 光の大瀑布は一瞬。直後にはハンター達は山本を自由にさせぬために動き山本の手を、腕を、全身の目を、肩を、首を切り続け、打ち続けるが――落ちぬ。
「疾ッ!」
 鋭い呼気と共に、時澄。片時も山本から距離を外さぬ刃が山本の足を止め。
「山本ォ……ッ!」
 紅薔薇が、姿勢が泳いだ山本を切り上げる。だが、それでもなお、落ちぬ。

 ――旧きより在る高位歪虚を、この手勢では削り切れなかった。

「……!」
 だが。今。山本は大きく目を剥いたのだ。
「……キサマラァ……!」
 獣に似た形相に変じながら怨嗟の声を上げる山本の視線の先で、最後の陣が潰えて、消えた。確かに山本を討ち果たす事は出来なかった。それでも――ハンター達は、万金に値する時を稼いだ。
 なればこそ。
「…………ユルサヌゾォオオオッ!!」
 《憤怒》の歪虚は咆哮し、其の異能を顕現させた。


 瞬後、喚起の声が響く。
「姐御! 山本が!」
 乱戦の中ではあったがハンターも、鬼も、それを見た。山本の傷という傷から赤い赤い血が立ち上り、瞬く間に轟炎に至るのを。
「……へぇ」
 和馬達と切り結んでいたアカシラが、愉快げに口の端を釣り上げた。
「迦具土、か。こりゃまた、随分追い詰められたね」

 鬼達も、そうだった。望外の展開に目を剥いたか、隙が生まれる。それを見過ごすハンター達ではなかった。
「……悪いが、退場して貰おう」
 扼城が、一息に踏み込んだ。変形剣が剣閃となって奔る。狙いは違わず――治療手である鬼を貫いた。
「セイがヤラれた!」「ズリぃ!」「人でなし!」
「……ズルくない」
 苦々しげに言う扼城は急に陽気に騒がしくなった鬼の陣営を怪訝に思いながら、距離を外す。すると、瞬く間に他の鬼達が駆け寄り、セイと呼ばれた鬼を担ぎ上げた。
 ――何だ?
 扼城と同じ違和感を、ヒースクリフも感じていた。守勢を通し切った鬼達は今、撤退しようとしている。
「お前ェら、中々やるじゃねェか」「名前は?」「俺はテン」
「我はミルフルール。以後が有るかどうか分からないが、見知りおくが良いよ♪」
「……ヒースクリフ」
 ヒースクリフは陽気な鬼達の勢いに圧倒されてはいたが、胸を張って答えたミルフルールに引き出されるように、名乗り返していた。
 その時だ。

「アクロがそっちに向かったぞ!!」

 彼方から響いた声に、鬼達の眼の色が変わった。転瞬。遠い戦場で、陽動部隊の動きが変じる。妖怪達を抜いて突破してくるハンター達と、朱夏。

「撤退部隊がこちらに向かっています!」
 雪加は無線機に向かってそう告げた。
 此処に、一つの誤算があった。
「後方からは、『悪路王』が迫ってます……対応を!」

 撤退する彼らよりもこちら近しい位置に――『悪路王』がいた事だった。



 山本はその身から産んだ轟炎を爆発させ周囲のハンター達を薙ぎ払うと、爆炎に呑まれて姿を消していた。巻き込まれたハンター達の中でも、前衛を担っていた者達はそれまでの損耗も重なり、斃れた者も少なからずいた。
 ――それ故に得た武勲も、大きかったのだが。
 武者鎧も、その場に居た妖怪達も山本と共に退いたようだった。あるいは、轟炎に焼きつくされたのかもしれない、が。
 ハンター達は撤退準備に移っていた。鬼達は悪路王に合流すべく撤退。彼らより後方の陽動部隊は妖怪達に追われながら幹線道路を進むしかない。奇妙な構図になっていた。
「撤退準備を」
 フェイが細かに指揮を飛ばしながら、『受け入れ』の準備を整える。
 まだ動けるハンター達が慌ただしく動く。
「……まだやれんのか?」
「あー」
 殿に立つウィンスの問いにボルヴィア。傷は重い、が。今は悪路王を止める事に専念せねばならない。そうでなければ、合流は叶うまい。
「正直シンドイが、やるしかねェな」

 眼前。三面六臂の怪物、悪路王と彼に付き従うアカシラ達、鬼の一隊が至ろうとしていた。


「貴様らァ!! 良くもセイを……ッ!」
 最前。悪路王は雷光を身体に漲らせ、怒号を奔らせながら距離を詰めてくる。幾人かがフェイを見た。想定している状況とは異なる、が。
「……やりましょう」
 やらねばならない。やらねば、悪路王を止められない。
 言葉に今動けるのは二十余人のハンターとシンカイ。その中でも、魔術、弓、射撃を成せる者が得物を構えた。

 そして。
 描かれたのは、十余人による猛射だった。全くの同時に機を合わせて放たれたそれは、本来であれば後続の陽動隊の為のもの、であったが。
 悪路王と後続の『鬼達』をまるごと飲み込もうとした猛威が弾けた。
 音が引き、爆炎が引くと、その姿が明らかになる。
 悪路王は、足を止めていた。そして――。
「鬼を、かばった……?」
 イェルパートの呟き。後続の鬼達は特に傷を負うでもなく、平然としている。だが、悪路王は違った。

「……見捨ては、せん……! もう二度と、死なせるものか……ッ!」
 震える口元から怒気を吐き出しながらも、鬼達全てを庇ったその身から濁濁と血が溢れている。火炎も。銃弾も。矢玉も。あらゆるものをその身で受け止めた代償が、その身に刻まれていた。

 そこに、前衛のハンター達が突撃を開始。ヒュウガの里に、幾度目かの鬨の声が、響く中。
「――――ッ!」
 悪路王の双眸には紛うこと無き憤怒が宿っていた。だが、そこに違う何かが過り……消えた。寸前、傍らに追いついたアカシラが何事かを悪路王に囁いたのをハンター達は見ていたのだが。詳細は解らない。ただ。
「……やむを得ん。負傷者を運ぶぞ……!」
 軋む程の憎悪と憤怒を宿らせた声ではあったが、悪路王は確かにそう言ってアカシラが背負っていた負傷者――セイを抱えると、猛加速して森の中へと消えていった。
 僅かにアカシラの視線が空へと泳いだ間に、鬼の一団が悪路王に続く。アカシラの表情は長髪に覆われて明らかではなかった。
 振り返ったアカシラはニィ、と歯を剥くと。
「いらん藪は突っつかないで、あっちに集中しな」
 言って、森の中へと立ち去ろうとする。指差す先には、陽動部隊達が妖怪に追われながらこちらへと至ろうとしていた。
 これからが、本番だった。
 アカシラの去り際に、オウカは一つの瓶を投げた。清酒だ。
「……また、逢おう」
「ハ」
「次は手ェ抜くんじゃないよ、坊や」
 今度こそ走り去ろうとするアカシラに、
「同じ東方の修羅として、次は必ずお前ぇに本気を出させてやるよ」
 と、言葉が投げかけられた。鶲だ。
「……そいつァ良い。アタシも楽しみにしてるさ。だが……いや」
 微かに、ほんの微かに足を止めたアカシラはついと笑みを向けると。
「本当に、楽しみだよ」
 疾走し、その場を後にした。


 果たして、陽動部隊と合流した一同はそのまま撤退に移る。
 悪路王を退けた集中砲火を、更にアースウォールで形成した隘路を利用しての運用に、主を欠いた妖怪達は見事に嵌り込んだ。猛火に包まれて消滅した同胞を見て、その足が鈍る。
 山本がいれば、あるいは、召喚陣が残っていれば、結果は違っていただろう、が。

 ――見る見るうちに、その距離が開いていく。

 じきに妖怪達の追跡は止んだが、ハンター達と東方の者達は足を止める事はなく幹線道路を駆け続け――そして。
「結界だ。此処までくればまずは安心だ」
 ひたりと足を止めたシンカイがそう告げた。と、同時。フェイが深い息を零した。撤退の為の作戦に貢献したが、それ故にやりきったという思いは強いのだろう。
「欠落者は?」
「居るわけねぇだろ」
 どこか陽気なシンカイの声に、ウィンスがぶっきらぼうに応じる。勝鬨を上げるべきなのだろうが達成感よりも疲労のほうが色濃い。周囲の警戒は続けながらもハンター達は思い思いの姿勢で休息を貪っている。

 その時だ。
「お?」
 ど、とシンカイの身体が揺れた。ラルスだ。酒を片手に男はどこか憐憫を滲ませた口調でこう言った。
「強く生きろよ! たとえ敵に間違われても!」
「む、ぬ?」
 幾人かが目を背け、笑いをこらえているようだった。唐突に湧き上がった朗らかな空気に、東方人二人は戸惑うばかり。
「朱夏よ」
「……私に聞くな」
「俺のどこが敵に見えるのだ」
「……西方では、そなたのような者は面妖に映るのかもしれん」
「そうか」
 シンカイは小さく顎を引き、こう結んだ。
「味方から撃たれなくて良かったと思うべきであろうなぁ……」
 二つの深い慨嘆が、東方の地に重く響いたのだった。

 ――百年越しでの帰還、か。
 紫煙を吐き出した渚は胸中でそう呟いた。遠き祖先の故郷。響くものが無いといえば、嘘になる。
「ただいま……こっちの空気も悪くないぜ、ご先祖様よ」
 揺蕩う煙は空へと昇っていく。緩やかで、儚くとも――此の戦場で掴んだ《生存》という結果と共に。

 それは、狼煙に相違ないのだろう。
 西方人類の凱旋の狼煙が。今、確かに上がったのだった。

依頼結果

依頼成功度成功
面白かった! 27
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

  • 修羅の血
    ka0273
  • 蘇芳神影流師範代
    蘇芳 和馬ka0462
  • 未来を示す羅針儀
    ジャック・エルギンka1522
  • 【騎突】芽出射手
    モニカka1736
  • 白煙の狙撃手
    伊勢 渚ka2038
  • 劫火の軍師
    フェイka2533
  • 交渉人
    J・Dka3351
  • 撓る鋼鞭
    ノイ・ヴァンダーファルケka4548
  • 不破の剣聖
    紅薔薇ka4766

重体一覧

  • 未来を示す羅針儀
    ジャック・エルギンka1522
  • 九代目詩天の信拠
    三條 時澄ka4759
  • 不破の剣聖
    紅薔薇ka4766

参加者一覧

  • 魂の反逆
    ウィンス・デイランダール(ka0039
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 修羅の血
    鶲(ka0273
    人間(紅)|12才|男性|闘狩人
  • 和なる剣舞
    オウカ・レンヴォルト(ka0301
    人間(蒼)|26才|男性|機導師
  • 蘇芳神影流師範代
    蘇芳 和馬(ka0462
    人間(蒼)|18才|男性|疾影士
  • 明日も元気に!
    クレール・ディンセルフ(ka0586
    人間(紅)|23才|女性|機導師
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • 勝利をもぎ取る強運
    ラルス・コルネリウス(ka1111
    人間(紅)|20才|男性|機導師
  • 未来を示す羅針儀
    ジャック・エルギン(ka1522
    人間(紅)|20才|男性|闘狩人
  • 絆の雷撃
    ヒースクリフ(ka1686
    人間(蒼)|20才|男性|機導師
  • 【騎突】芽出射手
    モニカ(ka1736
    エルフ|12才|女性|猟撃士
  • →Alchemist
    イェルバート(ka1772
    人間(紅)|15才|男性|機導師
  • 白煙の狙撃手
    伊勢 渚(ka2038
    人間(紅)|25才|男性|猟撃士
  • 礼節のふんわりエルフ
    フレデリク・リンドバーグ(ka2490
    エルフ|16才|男性|機導師
  • 劫火の軍師
    フェイ(ka2533
    エルフ|17才|女性|魔術師
  • 其の霧に、籠め給ひしは
    ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549
    人間(紅)|23才|女性|魔術師

  • 扼城(ka2836
    人間(蒼)|25才|男性|闘狩人
  • 交渉人
    J・D(ka3351
    エルフ|26才|男性|猟撃士
  • いつか、その隣へと
    ティアンシェ=ロゼアマネル(ka3394
    人間(紅)|22才|女性|聖導士
  • 麗しき脳筋
    ミルフルール・アタガルティス(ka3422
    エルフ|13才|女性|聖導士
  • たかし丸といっしょ
    メオ・C・ウィスタリア(ka3988
    人間(蒼)|23才|女性|闘狩人
  • 青き瞳の槍使い
    イレス・アーティーアート(ka4301
    人間(紅)|21才|女性|闘狩人
  • 撓る鋼鞭
    ノイ・ヴァンダーファルケ(ka4548
    人間(紅)|14才|女性|疾影士
  • 九代目詩天の信拠
    三條 時澄(ka4759
    人間(紅)|28才|男性|舞刀士
  • 不破の剣聖
    紅薔薇(ka4766
    人間(紅)|14才|女性|舞刀士

  • 雪加(ka4924
    人間(紅)|10才|女性|猟撃士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質問卓
フェイ(ka2533
エルフ|17才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2015/05/28 08:37:27
アイコン 1.右翼:山本対応
フェイ(ka2533
エルフ|17才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2015/05/28 09:15:15
アイコン 3. 左翼:アカシラ部隊対応
フェイ(ka2533
エルフ|17才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2015/05/28 15:52:46
アイコン 2. 右翼:山本奇襲援護
フェイ(ka2533
エルフ|17才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2015/05/28 15:42:23
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/05/25 21:20:56
アイコン 相談卓
ティアンシェ=ロゼアマネル(ka3394
人間(クリムゾンウェスト)|22才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2015/05/28 10:28:27