ゲスト
(ka0000)
林道の鎌鼬
マスター:硲銘介
- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
- 1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/06/03 19:00
- 完成日
- 2015/06/10 13:09
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
林道を往く一人の男。旅人である彼はそこを抜けた先の町へと向かっていた。
先日まで滞在していた隣町から目的地へはこの道を辿るのが最も早い。他の道を往けば数倍はかかってしまう程だ。
頻繁に使われる道だけあって整備は行き届いており、道行は極めて快適だ。
だというのに真昼間、晴天の林道に彼以外の利用者は見当たらなかった。
砂利を踏む男の足音と鳥や虫の鳴き声が林から聞こえてはいるが、こうも人の気配が無いというのは少々気味が悪い。
そういえば――男は依然立ち寄った先で聞いた話を思い出す。
最近、この林道に怪異の噂があった。
そこを通ろうとする者が大勢襲われているというのに、その犯人を誰も目にしていないというのだ。
被害に遭った者は鋭利な刃物で切り裂かれた様な傷を負っていた。異変を感じてすぐさま逃げ出した者は軽傷で済んだというが、中には死人も出ているとか。
盗賊か何かが潜んでいるのでは、という憶測も出たがどんな腕利きでも誰の目にもつかず襲い掛かるなど出来るものなのか。
いいや、きっと不可能だろう。だからこそ、見えざる襲撃者の噂はやがて一つの形に纏まっていった。
曰く――かまいたち。風と同化した鼬の様な空想上の生き物の仕業ではないかと囁かれるようになったのだという。
しかし男は、かまいたちという怪物の話を以前にも耳にした事があった。
魑魅魍魎――その正体は、目に見えるかどうか分からないほどの小粒の石。
突風に吹かれた小石が肌を掠め、まるで風に裂かれたように見えるのだという。おあつらえ向きにこの林道の地面はそんな小石で溢れている。
なんとも、話題の襲撃者の正体がただの小石とは拍子抜けもいいとこである。尤もこの手の話は尾ひれが付いて語られるのが常で、化生の実体など所詮はこんなものだ。
あぁ、悠々とここを通り抜けて隣町で自慢げに語ってやるのはいいかもしれない。そう思えばこの静まった道が面白くもある。
男は軽い笑みを浮かべながら歩みを続けていった。
――と、数分前の余裕も最早懐かしい。そんなものは一気に何処かへ消え去ってしまった。
男の目前にはズタズタに引き裂かれた荷馬車が倒れている。壊れた荷台からごろりと転がるそれ――無惨に裂かれた人の死体が凄惨さを物語る。
死者が出ているなど、ただの噂と信じきっていた男はそれを前にして呆然と立ち尽くしていた。
そう、立ち尽くしてしまった――噂が真実だと悟ったならば、すぐにその場を走り去るべきだったのだ。
――瞬間、男の全身に無数の裂傷が奔る。突然の痛みに悲鳴を上げつつ、男は周囲を見渡す。
周りには誰もいない。人も、林に住まう小動物の姿も見当たらない――だが、体が裂かれる痛みは再び訪れる。
かまいたち――不可視の刃を手にした怪物の姿を夢想する。たかが小石などと笑うことはもう出来ない。頭に浮かべたおぞましい姿に男は堪らず駆け出した。
やってきた方か向かっていた方か、そんな事は構わずただただ林道の出口へ向かい男は走る。
慌てふためく男の走りは不恰好で決して速くはない。だが、それでも着実に最初の位置からは移動している。
だというのに、かまいたちの追撃は止まない。後を付いてくる姿も足音も無く、男の体に裂傷を刻んでいく。
それが幾度繰り返されたか、男の走った後には赤い血が斑に飛び散っていた。息を切らしつつ逃げるも、やがて足が縺れてその場に転がってしまう。
倒れた男へも容赦なくかまいたちは攻め立てる。増え続ける体中の痛みが男の恐怖を加速させる。立ち上がることすら忘れ、男は手足を振り回し見えざる敵を追い払おうと必死にもがく。
惨めな抵抗、それが襲撃者を捉える事など無い――と思われた。
だが、男の右手に奔る激痛と共に――其れは姿を現した。
男の右手に深々と突き刺さる何か。手のひらを突き破ったそれは血塗れになりその形を現出させていた。
大きさは女の片手でも覆える程に小さいが、血に赤く濡れた虫がそこにはいた。
蜂の様に尻に刃物の様な武器をぶら下げた虫。恐ろしい凶器を持った姿も勿論印象的ではあるが、何よりも驚くべきは――その姿が透明だった事だ。
男は全てを理解した。血で汚れてようやく姿を現したその小さな虫こそが、かまいたちの正体だった。
風のように速い訳でも、小石のように小さい訳でもない。ただ単純に、そいつは見えなかったのだ。
その正体に辿り着いた男は、軽い錯乱状態にあったさっきまでとは段違いに落ち着いていた。“何か”、未知という鎧が剥がれた存在への畏怖は激減する。
そうして冷静になってみれば周囲からは虫の羽音が幾つも聞こえていた。一、二、三……二十はいると数えて無駄だと悟る。
右手に突き刺さったまま暴れる虫に視線を移すと、なんとなくそれを握り潰してみた。すると呆気なく、それは死に絶えた。
ハ――血塗れの男は小さく笑う。蓋を開ければ風と小石にも劣る正体だ。この様な生物がいる事がそもそも驚きだが、ただの虫でしかない。
その特殊性は脅威だが、透明の正体が分かってしまえば対処法など幾らもあるだろう。
近々、かまいたちの調査にハンターを派遣するなどという話も聞いていたが……覚醒者ならばこいつらも容易く殲滅出来るのだろうか。
……少しばかりの心残り、この怪異の正体を誰にも伝えられない事が惜しく思う。かまいたちなどと嘯いて結果がこんな下らぬオチ、さぞや笑いを取れただろうに――――
林道を往く一人の男。旅人である彼はそこを抜けた先の町へと向かっていた。
先日まで滞在していた隣町から目的地へはこの道を辿るのが最も早い。他の道を往けば数倍はかかってしまう程だ。
頻繁に使われる道だけあって整備は行き届いており、道行は極めて快適だ。
だというのに真昼間、晴天の林道に彼以外の利用者は見当たらなかった。
砂利を踏む男の足音と鳥や虫の鳴き声が林から聞こえてはいるが、こうも人の気配が無いというのは少々気味が悪い。
そういえば――男は依然立ち寄った先で聞いた話を思い出す。
最近、この林道に怪異の噂があった。
そこを通ろうとする者が大勢襲われているというのに、その犯人を誰も目にしていないというのだ。
被害に遭った者は鋭利な刃物で切り裂かれた様な傷を負っていた。異変を感じてすぐさま逃げ出した者は軽傷で済んだというが、中には死人も出ているとか。
盗賊か何かが潜んでいるのでは、という憶測も出たがどんな腕利きでも誰の目にもつかず襲い掛かるなど出来るものなのか。
いいや、きっと不可能だろう。だからこそ、見えざる襲撃者の噂はやがて一つの形に纏まっていった。
曰く――かまいたち。風と同化した鼬の様な空想上の生き物の仕業ではないかと囁かれるようになったのだという。
しかし男は、かまいたちという怪物の話を以前にも耳にした事があった。
魑魅魍魎――その正体は、目に見えるかどうか分からないほどの小粒の石。
突風に吹かれた小石が肌を掠め、まるで風に裂かれたように見えるのだという。おあつらえ向きにこの林道の地面はそんな小石で溢れている。
なんとも、話題の襲撃者の正体がただの小石とは拍子抜けもいいとこである。尤もこの手の話は尾ひれが付いて語られるのが常で、化生の実体など所詮はこんなものだ。
あぁ、悠々とここを通り抜けて隣町で自慢げに語ってやるのはいいかもしれない。そう思えばこの静まった道が面白くもある。
男は軽い笑みを浮かべながら歩みを続けていった。
――と、数分前の余裕も最早懐かしい。そんなものは一気に何処かへ消え去ってしまった。
男の目前にはズタズタに引き裂かれた荷馬車が倒れている。壊れた荷台からごろりと転がるそれ――無惨に裂かれた人の死体が凄惨さを物語る。
死者が出ているなど、ただの噂と信じきっていた男はそれを前にして呆然と立ち尽くしていた。
そう、立ち尽くしてしまった――噂が真実だと悟ったならば、すぐにその場を走り去るべきだったのだ。
――瞬間、男の全身に無数の裂傷が奔る。突然の痛みに悲鳴を上げつつ、男は周囲を見渡す。
周りには誰もいない。人も、林に住まう小動物の姿も見当たらない――だが、体が裂かれる痛みは再び訪れる。
かまいたち――不可視の刃を手にした怪物の姿を夢想する。たかが小石などと笑うことはもう出来ない。頭に浮かべたおぞましい姿に男は堪らず駆け出した。
やってきた方か向かっていた方か、そんな事は構わずただただ林道の出口へ向かい男は走る。
慌てふためく男の走りは不恰好で決して速くはない。だが、それでも着実に最初の位置からは移動している。
だというのに、かまいたちの追撃は止まない。後を付いてくる姿も足音も無く、男の体に裂傷を刻んでいく。
それが幾度繰り返されたか、男の走った後には赤い血が斑に飛び散っていた。息を切らしつつ逃げるも、やがて足が縺れてその場に転がってしまう。
倒れた男へも容赦なくかまいたちは攻め立てる。増え続ける体中の痛みが男の恐怖を加速させる。立ち上がることすら忘れ、男は手足を振り回し見えざる敵を追い払おうと必死にもがく。
惨めな抵抗、それが襲撃者を捉える事など無い――と思われた。
だが、男の右手に奔る激痛と共に――其れは姿を現した。
男の右手に深々と突き刺さる何か。手のひらを突き破ったそれは血塗れになりその形を現出させていた。
大きさは女の片手でも覆える程に小さいが、血に赤く濡れた虫がそこにはいた。
蜂の様に尻に刃物の様な武器をぶら下げた虫。恐ろしい凶器を持った姿も勿論印象的ではあるが、何よりも驚くべきは――その姿が透明だった事だ。
男は全てを理解した。血で汚れてようやく姿を現したその小さな虫こそが、かまいたちの正体だった。
風のように速い訳でも、小石のように小さい訳でもない。ただ単純に、そいつは見えなかったのだ。
その正体に辿り着いた男は、軽い錯乱状態にあったさっきまでとは段違いに落ち着いていた。“何か”、未知という鎧が剥がれた存在への畏怖は激減する。
そうして冷静になってみれば周囲からは虫の羽音が幾つも聞こえていた。一、二、三……二十はいると数えて無駄だと悟る。
右手に突き刺さったまま暴れる虫に視線を移すと、なんとなくそれを握り潰してみた。すると呆気なく、それは死に絶えた。
ハ――血塗れの男は小さく笑う。蓋を開ければ風と小石にも劣る正体だ。この様な生物がいる事がそもそも驚きだが、ただの虫でしかない。
その特殊性は脅威だが、透明の正体が分かってしまえば対処法など幾らもあるだろう。
近々、かまいたちの調査にハンターを派遣するなどという話も聞いていたが……覚醒者ならばこいつらも容易く殲滅出来るのだろうか。
……少しばかりの心残り、この怪異の正体を誰にも伝えられない事が惜しく思う。かまいたちなどと嘯いて結果がこんな下らぬオチ、さぞや笑いを取れただろうに――――
リプレイ本文
●
林道近くの町に着いたハンター達は手分けして事件の情報を集めていた。
現場である林道の地図を入手した火椎 帝(ka5027)はユーリィ・リッチウェイ(ka3557)と共に街中を歩く。
「鎌鼬……何か怖そー」
聞こえてくる噂にユーリィがぽそりと呟くと、帝も思っている事を溢し始める。
「かまいたちってイタチ系の生き物なのかな……確かに人を沢山殺めてしまったかもしれないけど、動物なら愛情持って育てれば理解してくれるかもしれないよ」
――あわよくば捕獲してペットに。あくまで表面上は排除目的な為か、帝は最後の言葉は語らず呑み込んだ。
その真意を知ってか知らずか、ユーリィは目線を逸らし含みのある言葉を口にする。
「……でも正体は意外だったり、ね」
「え? ユーリィさん……今?」
呟きを聞き逃した帝が尋ねるも、ユーリィはにこりと笑って返した。
「ううん、何でもないよ。とりあえず、近隣の住民にお話を聞いてみようか。ターゲットは……やっぱり子供か、女のヒトがいいかな?」
「そういうものですか」
「うん、女のヒトって噂とか好きだもんね」
そう言ってユーリィはくすくすと笑う。あどけない少女の微笑み――にしか見えないのだが、帝はそれに何か違和感を感じた。
周囲を眺めユーリィは狙い目の人物を探していく。主な目標とするのは十代後半から二十前後の若者や、世間話が好きそうな暇なマダム達だ。
昼間の往来ではその様な人は容易く見つかる程に溢れており、ユーリィは彼らから巧みに話を聞き出していく。
「ねぇ、お兄ちゃん。ボク、教えて欲しい事があるんだケド……」「お姉さん達、鎌鼬って怖いお話知ってますか? 噂話なんか聞いてみたいなぁ」
愛らしい見た目と物言いに気を許した相手は男女の別なく、ユーリィの質問に答えていく。
特筆すべきは挿まれる雑談が不必要な方向へ膨らもうとする時にはさりげなく話題を変換する手腕。やられた相手が一切気づかないというのが驚嘆に値する。
ユーリィが引き出した情報を隣で地図に書き込んでいく帝も、その馴れた様子には驚かされた。
「……あはは、ユーリィさん……見た目より凄いんだ……」
診療所を訪れたルナ・レンフィールド(ka1565)。彼女は実際に被害に遭った者達から話を聞きにやってきていた。
体中の至る所に包帯を巻きつけた男と話すルナ。その背後では何故かある厚手の布団が何故か蠢いていた。
「些細な事でも構わないんです。匂いや音、何でもいいから普段と変わった事なんてありませんでしたか?」
「さぁな、何せ逃げる事で精一杯でな。他に気を配る余裕なんて無かったんだ。情報が要るんなら……ホレ、見てみるか」
男はそう言うと右腕の包帯を解き、傷口を露出させた。既に治療されてはいるが、未だ痛々しく痕が残っていた。
痛みを想像しルナは思わず目を細める。それと同時に彼女の背後の布団が盛り上がり、その中から雪村 練(ka3808)の瞳が覗いた。
じっくりと傷口の形を観察した練は何か納得したように唸ると、布団と共に再び地面に伏せた。
「っ……なんですか、これ」
診療所の奥、事件に遭った者の遺体を目にした馬張 半平太(ka4874)が辛そうに口を開く。
目の前の遺体には無数の裂創が全身に刻まれていた。所謂カマイタチ現象ではここまでの被害は出ないだろう。
「この状況を引き起こした敵がいるようですね」
半平太はそう口にし、自身の予想より深刻な現実を確認する。同時に、駆け出しである自分には荷が重いものと気負ってしまう。
彼は共にこの場を訪れたハンターへ視線を移すとその反応を窺った。
「そんなに大きくない傷跡は鎌鼬ぽくないけど、逃げ切れないくらいの短時間で死んでるなら……小さいのが沢山いるのかもしれないね」
「――――」
「小さい鎌鼬……クク……カワイイじゃないか……」
独自の分析と想像をぶつぶつ語る水流崎トミヲ(ka4852)、黙って傷の状態を目に焼き付けるフェイル・シャーデンフロイデ(ka4808)。
両者は対照的な反応を見せていたが、どちらも事件に対しての理解を深めようとしていた。
そんな二人の姿勢に半平太は気を持ち直す。尻込みする気持ちを抑え、再びやる気を滾らせるのだった。
●
情報収集を終えたハンター達は集結し、互いの成果を照らし合わせかまいたちの正体について論議していた。
「正体が何であれ、このデスドクロ様の暗黒秘術、冥き地獄の波動たるインフェルノデスゲイザーを一発放てば害獣の駆除終了となる訳だが……」
「――いやいやいやいや」
その議論を――半ば強引に――引っ張っている男こそデスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)。
他の面々が殆ど話半分で聞き流す中、練が律儀に男の狂言染みた発言にツッコミを入れている。だが、自身の秘めたる能力について熱弁する彼の言葉は尚も続く。
「その場合の問題点は二つ。一つは一帯が生物の棲めない正気まみれの地となること。もう一つは鎌鼬の正体が分からねぇまま、もやもやしたモンが残っちまうってこった」
「うーん、見えない何かかぁ……なんだろうね?」
デスドクロの話が一通り済んだ辺りで、本題についてルナが話題変換する。しかし、男の迸りはまだ治まってはいなかった。
「状況から考えて、敵の正体はインビジブルフェアリーの確率が極めて高ェ。こいつは姿隠しと風の魔術を使う邪妖精の一種だ」
「……小っちゃな妖精たん……いいなぁ、それ」
「こればっかりは幾億の聖戦を経験してきた者だけが分かる、怪異知識の差からの推測だからな。素人がかまいたちと間違えるのも仕方の無ぇ話だ、ガッハハハ!」
デスドクロが語るかまいたちの正体にトミヲが早速反応して思いを馳せる。フェイルも同様に反応を見せるが、その中身はまるで異なる。
「見えない妖精ねぇ……そう例えるにはやってることが血生臭い、現実はおとぎ話ほど綺麗じゃないってことか」
皮肉のようにフェイルは言う。他の者達も見えない妖精を信じている訳ではないようだが、他の具体案は出ない。
再び議論が白熱する中、トミヲが密かにデスドクロに視線を送っていた。
「しかし……デスドクロ・ザ・ブラックホール、何者なんだ一体……僕と同じ気配を感じる――そう、リアルブルーの魔法使いの気配を……」
ぶつぶつとトミヲは謎の言葉を呟いていた。偶然それを耳にした練は布団の中から再び同じ言葉を繰り返すのだった。
「――いやいやいやいや」
●
見えない相手への対抗策を用意してハンター達は事件現場の林道を往く。
凄惨な出来事があったとは思えぬほど林道の様子は穏やかだった。木々は風にそよぎ涼しげな音を立て、姿こそ見せぬが小動物や鳥の声があちこちから聞こえていた。
その穏やかな道を進んで暫く、一行は一斉に足を止めた。のそのそと布団と共に這う練も例外ではなく、動きを止めて周囲に呼びかける。
「……気がついたか?」
らしくない、妙に緊迫した真剣な声で問いかける練。
「は、はい……生き物の気配が――消えました」
答えたのは半平太だ。一行の中で最も経験の浅い彼は緊張に装備を構えなおしながら警戒を強める。
が、一方の練は半平太の言葉を受けてぷるぷると布団を揺らし悶えていた。
「……くぅー、これこれ。一度はやってみてーよな、このやり取り?」
「は……はい?」
マイペース過ぎる練とその発言に首を傾げる半平太をよそに、ルナが帝へ確認する。
「帝君、地図はどう?」
「はい。丁度この先ですね、かまいたちが現れるというのは」
地図に書き込まれたおおよその出現地帯に踏み入った事を帝が告げると、トミヲが無駄に良い声を上げた。
「犯人はこの林道の奥にいる筈だ!」
その言葉と共にトミヲはユーリィとフェイルにウィンドガストの魔法を付加する。
二人は周囲に緑色の旋風が起こったのを互いに確認すると頷き、そして――林道の先へ走り出した。
林道を駆ける二人。彼らの役割は囮である。
見えない何かの急接近を警戒し武器を構えたフェイルはその表情を一転させる。
「見えね~だけでこっちには追いつけねぇとか、マジ期待ハズレなんですけど~? 当ててこいよなあ、鎌鼬ちゃんよぉ!」
挑発的な言葉を吐きながら、普段の無気力さからは想像できない恍惚の笑みを浮かべるフェイル。
彼に続き、ユーリィも地を駆ける。それと同時に超聴覚を駆使し、周辺からの異音を探る。
事前情報では音は何も無かったとあるが、実際に傷を負わされている以上何らかの行動は起きている。ならば微小だろうと音は発生している筈である。
普通の人間ならば聞き逃す極小の音でも、動物霊の力を身に宿す霊闘士ならば捉える事も不可能ではない。ユーリィは走りながら神経を研ぎ澄ませる。
……周囲を回るウィンドガストの風の音。地を打つ二人の足音。そして――それに混じる羽音のようなもの。
「――っ!」
次の瞬間、二人の体に僅かな傷が奔る。見えざる敵は確かにそこにいる。
「みんな! 来たよ!」
傷を抑えながらユーリィが叫ぶ。思惑通り、敵は囮に食いついた。ならば、次なる策を披露するまでである。
「俺様の王者の闘気に中てられて妖精どもが逃げ出しやしないか心配だったが――このまま極力オーラを抑えつつ、2%の力で戦う事にするぜ」
ユーリィから敵接近の報せを受けたハンター達はそれぞれ動き始める。大仰な台詞を吐きつつデスドクロは持参したブランデーの酒瓶を開けると、その中身を口に含み始めた。
同様に布団の中に身を隠した練も何か黒い液体を口に含む。その液体の正体は墨汁、練は自ら口に入れたその味と匂いに顔を歪める。
ルナも墨を利用する事を考えたが、前者二人の様に口に含んだりはしない。あらかじめ水に溶かし、それを詰めた袋を取り出し機を窺う。
「見えないのならば見えるようにすればいいじゃない、トミヲ! 帝君、よろしく頼んだよ!」
「僕、曲芸師じゃないんだけど……ま、いっか」
トミヲがワインの瓶を取り出し、傍らの帝が刀を構える――全員の準備が整った。
「皆さん、来ます!」
半平太が叫ぶ。囮役の二人が敵を引きつけたままこちらに誘導してきたのだ。その二人の後方に向かい――それぞれの策が炸裂する。
デスドクロ、練の二人は口に含んだそれを勢いよく噴出し、ルナは手にした袋の中身をばら撒く。そして、トミヲが投げたワインの瓶を帝が空中で一閃し、様々な液体が降り注ぐ。
飛び散る飛沫を避ける囮の二人の後方に――何かが現れた。或いは濡れた透明の液体で、或いは墨汁の黒で浮き彫りとなったその無数の姿は――
「ギョエエー! ハ、ハチだぁー!?」
トミヲが叫び声を上げるのも無理は無い。何も無かったその場所に突然無数の虫が現れたのだ。
「透明な虫!?」
「はわっ、何これ! う~、ちょっと苦手かも……」
「げっ。なんだこいつら、虫……!?」
明かされたかまいたちの正体に半平太、ルナ、帝の三人がそれぞれ声を上げる。三人とも反射的に拒絶の意志を見せている。
それもそうだろう、現れたのは蜂の様に尻に刃物をぶら下げた無色透明の虫。特定のマニアであれば泣いて喜ぶかもしれないが、一般の感性で見た場合の評価はご察しである。
「噂って残酷ぅ~、鎌鼬とか見えない妖精の正体はぁ~ちんけな虫けらだったとはねぇ……さくっと害虫駆除っちゃうか」
けらけらと笑いながら、フェイルはナイフと鞭をそれぞれ獲物の距離に合わせ振り回す。姿さえ見えれば虫の速度を捉える事はさほど難しくは無く、ぼたぼたと次々地面に落として行く。
「風の音よ、眠りに誘え!」
「拡散機導砲、発射」「ホーリーライト……いけぇ!」
ルナが唱えたスリープクラウドで動きの鈍った敵に練と半平太の魔法が放たれる。デルタレイとホーリーライト、二種の光の魔法が虫達を焼いていく。
次々と散っていく虫達。だが、ハンター達の攻勢は止まらない。
密かにかまいたちのペット化を狙っていた帝は、じろりとその正体を睨む。深呼吸した後、剣心一如で精神統一し呼吸を整え、そして、
「全っ然可愛くないじゃん……ふざけんなよ!!」
――理不尽な怒りのままに刀を振りぬいた。
見えない。その利を剥がされたかまいたちはハンター達の前ではただの虫に過ぎなかった。
数分と経たず、林道の平和を乱した害虫は駆除された。ハンターの中には約一名、怒り心頭で虫達を蹂躙する者がいたとか。
●
その場に現れた虫達を一掃した後、ハンター達は林道全体を歩き回ったがそれ以上の敵には出会う事無く調査は終了した。
「はい、出来たよ」
手持ちの水で帝の傷口を洗い流すルナ、それが終わると彼女は微笑みながらそう言った。
「すみません、お手間を取らせて」
「気にしないでいいよ。帝君、張り切ってたもんね」
ルナが言う通り、虫達の正体が発覚した後の帝は率先してその殲滅に加わっていた。防御すら忘れた攻撃一辺倒の攻めは苛烈だったが、受けた傷も多くこうして手当てされる事となった。
「……お見苦しいところを見せました」
虫達の姿が消え冷静さを取り戻した今、帝は自分の行いを思い出し顔を赤くしていた。そんな様子を見てルナはくすくすと笑う。
手当てを終えたルナはその場で演奏を始めた。リュートの音が静けさを取り戻した林道に染み渡っていく。
鎮魂の祈りを込めた演奏が続く中、蜂蜜の瓶を抱えたトミヲがとぼとぼと戻ってきていた。
その蜂蜜は敵殲滅後、生き残りが集まらないかと置いておいた物だが様子を見る限り不発に終わったらしい。
「集まらなかったなら食べるまで……さ。にしても……ハチ、かあ……鎌鼬たん……」
ちゅぱちゅぱと指につけた蜂蜜を舐めながらトミヲは溜息を吐く。どこか他人事では無いような気がして、帝も苦笑いする。
林道の簡単な片付けと残っていた遺体の回収。危険が除かれたのなら後は町の者達がなんとかするだろうとは練の談だが、確かに今ハンター達に出来る事はやった。
他に出来る事と言えばこうしてルナが楽を奏でるように、亡くなった者への祈りを捧げる事だけだろう。リアルブルーでの日本のやり方と、帝は手を合わせてお悔やみの言葉を告げた。
「これでようやく、林は静かになったかな……どうか、ゆっくりお休みくださいね」
やがて演奏も終わり、ハンター達もその場を立ち去った。人気の失せた林道にはまず動物達の声が戻った。そして、人の往来が再び盛んになるのももうすぐの事である――――
林道近くの町に着いたハンター達は手分けして事件の情報を集めていた。
現場である林道の地図を入手した火椎 帝(ka5027)はユーリィ・リッチウェイ(ka3557)と共に街中を歩く。
「鎌鼬……何か怖そー」
聞こえてくる噂にユーリィがぽそりと呟くと、帝も思っている事を溢し始める。
「かまいたちってイタチ系の生き物なのかな……確かに人を沢山殺めてしまったかもしれないけど、動物なら愛情持って育てれば理解してくれるかもしれないよ」
――あわよくば捕獲してペットに。あくまで表面上は排除目的な為か、帝は最後の言葉は語らず呑み込んだ。
その真意を知ってか知らずか、ユーリィは目線を逸らし含みのある言葉を口にする。
「……でも正体は意外だったり、ね」
「え? ユーリィさん……今?」
呟きを聞き逃した帝が尋ねるも、ユーリィはにこりと笑って返した。
「ううん、何でもないよ。とりあえず、近隣の住民にお話を聞いてみようか。ターゲットは……やっぱり子供か、女のヒトがいいかな?」
「そういうものですか」
「うん、女のヒトって噂とか好きだもんね」
そう言ってユーリィはくすくすと笑う。あどけない少女の微笑み――にしか見えないのだが、帝はそれに何か違和感を感じた。
周囲を眺めユーリィは狙い目の人物を探していく。主な目標とするのは十代後半から二十前後の若者や、世間話が好きそうな暇なマダム達だ。
昼間の往来ではその様な人は容易く見つかる程に溢れており、ユーリィは彼らから巧みに話を聞き出していく。
「ねぇ、お兄ちゃん。ボク、教えて欲しい事があるんだケド……」「お姉さん達、鎌鼬って怖いお話知ってますか? 噂話なんか聞いてみたいなぁ」
愛らしい見た目と物言いに気を許した相手は男女の別なく、ユーリィの質問に答えていく。
特筆すべきは挿まれる雑談が不必要な方向へ膨らもうとする時にはさりげなく話題を変換する手腕。やられた相手が一切気づかないというのが驚嘆に値する。
ユーリィが引き出した情報を隣で地図に書き込んでいく帝も、その馴れた様子には驚かされた。
「……あはは、ユーリィさん……見た目より凄いんだ……」
診療所を訪れたルナ・レンフィールド(ka1565)。彼女は実際に被害に遭った者達から話を聞きにやってきていた。
体中の至る所に包帯を巻きつけた男と話すルナ。その背後では何故かある厚手の布団が何故か蠢いていた。
「些細な事でも構わないんです。匂いや音、何でもいいから普段と変わった事なんてありませんでしたか?」
「さぁな、何せ逃げる事で精一杯でな。他に気を配る余裕なんて無かったんだ。情報が要るんなら……ホレ、見てみるか」
男はそう言うと右腕の包帯を解き、傷口を露出させた。既に治療されてはいるが、未だ痛々しく痕が残っていた。
痛みを想像しルナは思わず目を細める。それと同時に彼女の背後の布団が盛り上がり、その中から雪村 練(ka3808)の瞳が覗いた。
じっくりと傷口の形を観察した練は何か納得したように唸ると、布団と共に再び地面に伏せた。
「っ……なんですか、これ」
診療所の奥、事件に遭った者の遺体を目にした馬張 半平太(ka4874)が辛そうに口を開く。
目の前の遺体には無数の裂創が全身に刻まれていた。所謂カマイタチ現象ではここまでの被害は出ないだろう。
「この状況を引き起こした敵がいるようですね」
半平太はそう口にし、自身の予想より深刻な現実を確認する。同時に、駆け出しである自分には荷が重いものと気負ってしまう。
彼は共にこの場を訪れたハンターへ視線を移すとその反応を窺った。
「そんなに大きくない傷跡は鎌鼬ぽくないけど、逃げ切れないくらいの短時間で死んでるなら……小さいのが沢山いるのかもしれないね」
「――――」
「小さい鎌鼬……クク……カワイイじゃないか……」
独自の分析と想像をぶつぶつ語る水流崎トミヲ(ka4852)、黙って傷の状態を目に焼き付けるフェイル・シャーデンフロイデ(ka4808)。
両者は対照的な反応を見せていたが、どちらも事件に対しての理解を深めようとしていた。
そんな二人の姿勢に半平太は気を持ち直す。尻込みする気持ちを抑え、再びやる気を滾らせるのだった。
●
情報収集を終えたハンター達は集結し、互いの成果を照らし合わせかまいたちの正体について論議していた。
「正体が何であれ、このデスドクロ様の暗黒秘術、冥き地獄の波動たるインフェルノデスゲイザーを一発放てば害獣の駆除終了となる訳だが……」
「――いやいやいやいや」
その議論を――半ば強引に――引っ張っている男こそデスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)。
他の面々が殆ど話半分で聞き流す中、練が律儀に男の狂言染みた発言にツッコミを入れている。だが、自身の秘めたる能力について熱弁する彼の言葉は尚も続く。
「その場合の問題点は二つ。一つは一帯が生物の棲めない正気まみれの地となること。もう一つは鎌鼬の正体が分からねぇまま、もやもやしたモンが残っちまうってこった」
「うーん、見えない何かかぁ……なんだろうね?」
デスドクロの話が一通り済んだ辺りで、本題についてルナが話題変換する。しかし、男の迸りはまだ治まってはいなかった。
「状況から考えて、敵の正体はインビジブルフェアリーの確率が極めて高ェ。こいつは姿隠しと風の魔術を使う邪妖精の一種だ」
「……小っちゃな妖精たん……いいなぁ、それ」
「こればっかりは幾億の聖戦を経験してきた者だけが分かる、怪異知識の差からの推測だからな。素人がかまいたちと間違えるのも仕方の無ぇ話だ、ガッハハハ!」
デスドクロが語るかまいたちの正体にトミヲが早速反応して思いを馳せる。フェイルも同様に反応を見せるが、その中身はまるで異なる。
「見えない妖精ねぇ……そう例えるにはやってることが血生臭い、現実はおとぎ話ほど綺麗じゃないってことか」
皮肉のようにフェイルは言う。他の者達も見えない妖精を信じている訳ではないようだが、他の具体案は出ない。
再び議論が白熱する中、トミヲが密かにデスドクロに視線を送っていた。
「しかし……デスドクロ・ザ・ブラックホール、何者なんだ一体……僕と同じ気配を感じる――そう、リアルブルーの魔法使いの気配を……」
ぶつぶつとトミヲは謎の言葉を呟いていた。偶然それを耳にした練は布団の中から再び同じ言葉を繰り返すのだった。
「――いやいやいやいや」
●
見えない相手への対抗策を用意してハンター達は事件現場の林道を往く。
凄惨な出来事があったとは思えぬほど林道の様子は穏やかだった。木々は風にそよぎ涼しげな音を立て、姿こそ見せぬが小動物や鳥の声があちこちから聞こえていた。
その穏やかな道を進んで暫く、一行は一斉に足を止めた。のそのそと布団と共に這う練も例外ではなく、動きを止めて周囲に呼びかける。
「……気がついたか?」
らしくない、妙に緊迫した真剣な声で問いかける練。
「は、はい……生き物の気配が――消えました」
答えたのは半平太だ。一行の中で最も経験の浅い彼は緊張に装備を構えなおしながら警戒を強める。
が、一方の練は半平太の言葉を受けてぷるぷると布団を揺らし悶えていた。
「……くぅー、これこれ。一度はやってみてーよな、このやり取り?」
「は……はい?」
マイペース過ぎる練とその発言に首を傾げる半平太をよそに、ルナが帝へ確認する。
「帝君、地図はどう?」
「はい。丁度この先ですね、かまいたちが現れるというのは」
地図に書き込まれたおおよその出現地帯に踏み入った事を帝が告げると、トミヲが無駄に良い声を上げた。
「犯人はこの林道の奥にいる筈だ!」
その言葉と共にトミヲはユーリィとフェイルにウィンドガストの魔法を付加する。
二人は周囲に緑色の旋風が起こったのを互いに確認すると頷き、そして――林道の先へ走り出した。
林道を駆ける二人。彼らの役割は囮である。
見えない何かの急接近を警戒し武器を構えたフェイルはその表情を一転させる。
「見えね~だけでこっちには追いつけねぇとか、マジ期待ハズレなんですけど~? 当ててこいよなあ、鎌鼬ちゃんよぉ!」
挑発的な言葉を吐きながら、普段の無気力さからは想像できない恍惚の笑みを浮かべるフェイル。
彼に続き、ユーリィも地を駆ける。それと同時に超聴覚を駆使し、周辺からの異音を探る。
事前情報では音は何も無かったとあるが、実際に傷を負わされている以上何らかの行動は起きている。ならば微小だろうと音は発生している筈である。
普通の人間ならば聞き逃す極小の音でも、動物霊の力を身に宿す霊闘士ならば捉える事も不可能ではない。ユーリィは走りながら神経を研ぎ澄ませる。
……周囲を回るウィンドガストの風の音。地を打つ二人の足音。そして――それに混じる羽音のようなもの。
「――っ!」
次の瞬間、二人の体に僅かな傷が奔る。見えざる敵は確かにそこにいる。
「みんな! 来たよ!」
傷を抑えながらユーリィが叫ぶ。思惑通り、敵は囮に食いついた。ならば、次なる策を披露するまでである。
「俺様の王者の闘気に中てられて妖精どもが逃げ出しやしないか心配だったが――このまま極力オーラを抑えつつ、2%の力で戦う事にするぜ」
ユーリィから敵接近の報せを受けたハンター達はそれぞれ動き始める。大仰な台詞を吐きつつデスドクロは持参したブランデーの酒瓶を開けると、その中身を口に含み始めた。
同様に布団の中に身を隠した練も何か黒い液体を口に含む。その液体の正体は墨汁、練は自ら口に入れたその味と匂いに顔を歪める。
ルナも墨を利用する事を考えたが、前者二人の様に口に含んだりはしない。あらかじめ水に溶かし、それを詰めた袋を取り出し機を窺う。
「見えないのならば見えるようにすればいいじゃない、トミヲ! 帝君、よろしく頼んだよ!」
「僕、曲芸師じゃないんだけど……ま、いっか」
トミヲがワインの瓶を取り出し、傍らの帝が刀を構える――全員の準備が整った。
「皆さん、来ます!」
半平太が叫ぶ。囮役の二人が敵を引きつけたままこちらに誘導してきたのだ。その二人の後方に向かい――それぞれの策が炸裂する。
デスドクロ、練の二人は口に含んだそれを勢いよく噴出し、ルナは手にした袋の中身をばら撒く。そして、トミヲが投げたワインの瓶を帝が空中で一閃し、様々な液体が降り注ぐ。
飛び散る飛沫を避ける囮の二人の後方に――何かが現れた。或いは濡れた透明の液体で、或いは墨汁の黒で浮き彫りとなったその無数の姿は――
「ギョエエー! ハ、ハチだぁー!?」
トミヲが叫び声を上げるのも無理は無い。何も無かったその場所に突然無数の虫が現れたのだ。
「透明な虫!?」
「はわっ、何これ! う~、ちょっと苦手かも……」
「げっ。なんだこいつら、虫……!?」
明かされたかまいたちの正体に半平太、ルナ、帝の三人がそれぞれ声を上げる。三人とも反射的に拒絶の意志を見せている。
それもそうだろう、現れたのは蜂の様に尻に刃物をぶら下げた無色透明の虫。特定のマニアであれば泣いて喜ぶかもしれないが、一般の感性で見た場合の評価はご察しである。
「噂って残酷ぅ~、鎌鼬とか見えない妖精の正体はぁ~ちんけな虫けらだったとはねぇ……さくっと害虫駆除っちゃうか」
けらけらと笑いながら、フェイルはナイフと鞭をそれぞれ獲物の距離に合わせ振り回す。姿さえ見えれば虫の速度を捉える事はさほど難しくは無く、ぼたぼたと次々地面に落として行く。
「風の音よ、眠りに誘え!」
「拡散機導砲、発射」「ホーリーライト……いけぇ!」
ルナが唱えたスリープクラウドで動きの鈍った敵に練と半平太の魔法が放たれる。デルタレイとホーリーライト、二種の光の魔法が虫達を焼いていく。
次々と散っていく虫達。だが、ハンター達の攻勢は止まらない。
密かにかまいたちのペット化を狙っていた帝は、じろりとその正体を睨む。深呼吸した後、剣心一如で精神統一し呼吸を整え、そして、
「全っ然可愛くないじゃん……ふざけんなよ!!」
――理不尽な怒りのままに刀を振りぬいた。
見えない。その利を剥がされたかまいたちはハンター達の前ではただの虫に過ぎなかった。
数分と経たず、林道の平和を乱した害虫は駆除された。ハンターの中には約一名、怒り心頭で虫達を蹂躙する者がいたとか。
●
その場に現れた虫達を一掃した後、ハンター達は林道全体を歩き回ったがそれ以上の敵には出会う事無く調査は終了した。
「はい、出来たよ」
手持ちの水で帝の傷口を洗い流すルナ、それが終わると彼女は微笑みながらそう言った。
「すみません、お手間を取らせて」
「気にしないでいいよ。帝君、張り切ってたもんね」
ルナが言う通り、虫達の正体が発覚した後の帝は率先してその殲滅に加わっていた。防御すら忘れた攻撃一辺倒の攻めは苛烈だったが、受けた傷も多くこうして手当てされる事となった。
「……お見苦しいところを見せました」
虫達の姿が消え冷静さを取り戻した今、帝は自分の行いを思い出し顔を赤くしていた。そんな様子を見てルナはくすくすと笑う。
手当てを終えたルナはその場で演奏を始めた。リュートの音が静けさを取り戻した林道に染み渡っていく。
鎮魂の祈りを込めた演奏が続く中、蜂蜜の瓶を抱えたトミヲがとぼとぼと戻ってきていた。
その蜂蜜は敵殲滅後、生き残りが集まらないかと置いておいた物だが様子を見る限り不発に終わったらしい。
「集まらなかったなら食べるまで……さ。にしても……ハチ、かあ……鎌鼬たん……」
ちゅぱちゅぱと指につけた蜂蜜を舐めながらトミヲは溜息を吐く。どこか他人事では無いような気がして、帝も苦笑いする。
林道の簡単な片付けと残っていた遺体の回収。危険が除かれたのなら後は町の者達がなんとかするだろうとは練の談だが、確かに今ハンター達に出来る事はやった。
他に出来る事と言えばこうしてルナが楽を奏でるように、亡くなった者への祈りを捧げる事だけだろう。リアルブルーでの日本のやり方と、帝は手を合わせてお悔やみの言葉を告げた。
「これでようやく、林は静かになったかな……どうか、ゆっくりお休みくださいね」
やがて演奏も終わり、ハンター達もその場を立ち去った。人気の失せた林道にはまず動物達の声が戻った。そして、人の往来が再び盛んになるのももうすぐの事である――――
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
相談卓 デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013) 人間(リアルブルー)|34才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2015/06/02 23:03:06 |
||
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/06/02 18:33:22 |