ゲスト
(ka0000)
犬群
マスター:湖欄黒江

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/06/06 15:00
- 完成日
- 2015/06/14 15:17
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
ゾンネンシュトラール帝国中部、シュレーベンラント州。
帝都バルトアンデルスに程近い州北部は、古くから水運の要所であると同時に、帝国有数の農業地帯でもある。
広大な牧草地を利用した牧羊、そしてイルリ河流域の肥沃な土を使った穀物生産は、
帝国建立以来、長らく人民の衣食を支えてきた。
しかしながら、13年前の革命戦争によって、地権者の版図は大きく塗り替えられた。
今日、シュレーベンラントの農地の大半を支配するのは、新興ブルジョワの大地主たち。
有力な紡績会社十数社から成る業界団体『シュレーベンラント紡績協会』は、
貪欲な地主たちの意志をまとめ上げ、生産効率と利益を飽くまで追求し続ける――
(連中の要求は底なしだ。そんなときに)
シャーフブルート村の、北の外れに置かれた協会支部。
前領主・ブランズ卿の私邸だったという支部の建物は、
地域の警備と労働監督を務める民会警備会社・FSDの詰所を兼ねている。
その一室で、北区区長・フェリックスは、
壁に張り出された今季の生産目標を横目に見ながら、書類仕事の手を進めていた。
目下、北区の抱える問題は、別区から流入しつつあるコボルドの一群である。
(半端な狩りをしやがって)
南部のFSDは、州一帯におけるコボルドの急激な繁殖と、大移動の兆候を報告した。
何らかの理由で古巣を追われたコボルドの群れが、
あちこちで集散を繰り返しながら北部へなだれ込みつつある。
原因は不明だが、別区の長は、かつての剣機騒ぎに続く『歪虚の大攻勢』を警戒しているようだった。
歪虚との予期せぬ遭遇、物資や人員の損耗を恐れる各区の駆除作業は全くの不徹底で、
そのつけは丸ごと、北区のフェリックスへ回される格好となった。
●
「区長は『突撃隊』以来の、社長の懐刀だからな」
と、昼食休憩の折に語らうFSD社員たち。
彼らの住居は、邸宅の庭に設営されたテント群だった。
質素を美徳とした前領主の邸宅は、100名を越す北区の警備員たちを到底収容し切れず、
邸内は住み込みの協会関係者と事務員、それに区長の居室で手一杯だ。
外から客を招くこともある協会支部の、丁寧に手入れされた庭先に、
軍隊を思わせる薄汚れたキャンプが並ぶのを嫌う支部員も少なくない。
実際、刈り入れられた庭木のすぐ後ろに、
黴の生えた空の酒瓶や、土色になった紙巻煙草の吸殻が山を作る有様だった。
社員の大半は、革命戦争当時に義勇軍へ加わった、根なし草の荒くれ者たち。
お上品な支部員の嫌悪の声も何処吹く風と、気ままな男所帯の生活を続けていた。
彼らが怖れるものは、北区を治める区長・フェリックスただひとり。
身長2メートル、筋骨隆々とした冷酷非情な巨漢で、乗馬と射撃の腕にかけては社内で右に出る者はいない。
革命戦争の際、とある旧帝国側の村を夜襲し、
明け方には女・子供を含む村人全員を、大きな納屋に押し込めて火をかけたという噂まである。
そんな区長が事務室へ閉じ籠っている間、
他の社員たちは皆、庭の土の上に直接乗せたテーブルを囲んで、まずいシチューを啜る。
これでも、村の労働者たちに比べれば随分ましな食事なのだが、
FSDでは誰しもが今夜、酒場へ繰り出して好き勝手な食べ物をつつくのを楽しみにしていた。
区長さえ店に下りてこなければ、毎日相も変らぬ草原と、羊と、血色の悪い労働者たちを睨み続ける、
退屈な日々の束の間で羽根を伸ばせる筈だった。
「社長の信頼が厚い、と言えばそうなんだが、
戦後に社長へ取り入ったような、他の区長どもからすりゃ目の上のたんこぶだよ。
あの気性で、同僚に好かれる訳もなし……会社が宣伝に励んでて、円満な経営をアピールしたい今の内、
さっさと栄転なさって出てってもらいたい、ってのが本音だろうよ」
「だからって、うちにコボルド狩りを押しつけるのか? 後で復讐されるんじゃ……」
「他所は他所なりに営業努力、まぁ協会支部とか内務課とか地主とか? そういうとこにマメに挨拶してんだよ。
そうやってコネ作っとけば、うちの区長が何言ったって、上は簡単に首を切れねぇって踏んでんだろ。
ところが、戦場から叩き上げの俺らの区長は、腹の底じゃああいうお客を見下してるからさ。
今更愛嬌振りまこうたって、上手く行かないわな」
「部下の俺たちは、損ばっかりか」
そこで言いだしっぺの古株社員が、磨り減ったスプーンの先で仲間たちを指してみせる。
「どうかね。社長は近頃、革命戦士の荒っぽいイメージを捨てて、実業家の顔で有名になろうと宣伝中だぜ。
帝都じゃ、市が計画中の貧民街の再開発に一枚噛んで、いよいよ地元の名士様へ……ってとこらしい。
そうなると、突撃隊の強面の皆さんも行く末危ういんじゃないか?
そういう流れの中で、区長が切り捨てられたら」
「勿体ぶらずに結論を言えよ」
「俺らにも出世のチャンスがあるかも、ってことだよ。
北区が他所と併合でもされなきゃ、後釜は差し当たり、班長の誰かが選ばれるだろ。
FSDん中じゃ出世ってもたかが知れてるが、協会関係にコネが作れりゃ……」
「おい、後ろ」
仲間の掣肘を受けて、話の最中だった古株社員も振り返る。
テント村に、『処刑人』フェリックス区長のお出ましだった。
灰色の髪を角刈りにし、厳つい形をした顎は、髭を当たった後でもうっすらと青い。
切れ長の目に収まった、小さな黒い瞳は鮫を連想させる。
およそ表情のない男だったが、一方で、隙あらば近場の者を取って頭から食いかねない、
押し殺された獰猛さをその目に湛えていた。
風貌に不似合いの優雅なバリトン声で、
「……全員、整列」
椅子を蹴って、テントからあたふたと飛び出す社員たち。
昼食の時間とはいえ、少しでも整列が遅れれば、
煮えたぎったシチューの鍋に頭を突っ込まれる――という前例があった。
「喜べ。次の狩りの日程が決まった」
●
通達によれば、コボルド狩りは一週間後の早朝、
シャーフブルート村から南東へ10キロほど下った湖のほとりで行われる。
一帯は所謂カルストと呼ばれる石灰質の地形が広がっており、
そこかしこに、雨水の浸透で石灰岩が溶け出した結果の小さな窪地や洞窟が点在している。
州南部から逃れ出たコボルドの群れはまず、そうした地形に急場の巣を作るだろう。
巣を突いて群れを追い立て、囲んで退治する。この地方では典型的なコボルド駆除の手順だった。
「今回は労働現場の人員を確保する為、駆除要員を第1から第3班、計30名に限定する。
その代わり、特別措置としてハンターの駆除作業参加を予定している。
ハンターは6名、巣穴潜りを彼らに任せる。質問は?」
ないようだった。フェリックスはさっさと踵を返して、邸宅へ戻っていく。
緊張の解けた社員たちは、テントに取って返すと、冷めて一層まずくなった食事の残りを片づけ始めた。
ゾンネンシュトラール帝国中部、シュレーベンラント州。
帝都バルトアンデルスに程近い州北部は、古くから水運の要所であると同時に、帝国有数の農業地帯でもある。
広大な牧草地を利用した牧羊、そしてイルリ河流域の肥沃な土を使った穀物生産は、
帝国建立以来、長らく人民の衣食を支えてきた。
しかしながら、13年前の革命戦争によって、地権者の版図は大きく塗り替えられた。
今日、シュレーベンラントの農地の大半を支配するのは、新興ブルジョワの大地主たち。
有力な紡績会社十数社から成る業界団体『シュレーベンラント紡績協会』は、
貪欲な地主たちの意志をまとめ上げ、生産効率と利益を飽くまで追求し続ける――
(連中の要求は底なしだ。そんなときに)
シャーフブルート村の、北の外れに置かれた協会支部。
前領主・ブランズ卿の私邸だったという支部の建物は、
地域の警備と労働監督を務める民会警備会社・FSDの詰所を兼ねている。
その一室で、北区区長・フェリックスは、
壁に張り出された今季の生産目標を横目に見ながら、書類仕事の手を進めていた。
目下、北区の抱える問題は、別区から流入しつつあるコボルドの一群である。
(半端な狩りをしやがって)
南部のFSDは、州一帯におけるコボルドの急激な繁殖と、大移動の兆候を報告した。
何らかの理由で古巣を追われたコボルドの群れが、
あちこちで集散を繰り返しながら北部へなだれ込みつつある。
原因は不明だが、別区の長は、かつての剣機騒ぎに続く『歪虚の大攻勢』を警戒しているようだった。
歪虚との予期せぬ遭遇、物資や人員の損耗を恐れる各区の駆除作業は全くの不徹底で、
そのつけは丸ごと、北区のフェリックスへ回される格好となった。
●
「区長は『突撃隊』以来の、社長の懐刀だからな」
と、昼食休憩の折に語らうFSD社員たち。
彼らの住居は、邸宅の庭に設営されたテント群だった。
質素を美徳とした前領主の邸宅は、100名を越す北区の警備員たちを到底収容し切れず、
邸内は住み込みの協会関係者と事務員、それに区長の居室で手一杯だ。
外から客を招くこともある協会支部の、丁寧に手入れされた庭先に、
軍隊を思わせる薄汚れたキャンプが並ぶのを嫌う支部員も少なくない。
実際、刈り入れられた庭木のすぐ後ろに、
黴の生えた空の酒瓶や、土色になった紙巻煙草の吸殻が山を作る有様だった。
社員の大半は、革命戦争当時に義勇軍へ加わった、根なし草の荒くれ者たち。
お上品な支部員の嫌悪の声も何処吹く風と、気ままな男所帯の生活を続けていた。
彼らが怖れるものは、北区を治める区長・フェリックスただひとり。
身長2メートル、筋骨隆々とした冷酷非情な巨漢で、乗馬と射撃の腕にかけては社内で右に出る者はいない。
革命戦争の際、とある旧帝国側の村を夜襲し、
明け方には女・子供を含む村人全員を、大きな納屋に押し込めて火をかけたという噂まである。
そんな区長が事務室へ閉じ籠っている間、
他の社員たちは皆、庭の土の上に直接乗せたテーブルを囲んで、まずいシチューを啜る。
これでも、村の労働者たちに比べれば随分ましな食事なのだが、
FSDでは誰しもが今夜、酒場へ繰り出して好き勝手な食べ物をつつくのを楽しみにしていた。
区長さえ店に下りてこなければ、毎日相も変らぬ草原と、羊と、血色の悪い労働者たちを睨み続ける、
退屈な日々の束の間で羽根を伸ばせる筈だった。
「社長の信頼が厚い、と言えばそうなんだが、
戦後に社長へ取り入ったような、他の区長どもからすりゃ目の上のたんこぶだよ。
あの気性で、同僚に好かれる訳もなし……会社が宣伝に励んでて、円満な経営をアピールしたい今の内、
さっさと栄転なさって出てってもらいたい、ってのが本音だろうよ」
「だからって、うちにコボルド狩りを押しつけるのか? 後で復讐されるんじゃ……」
「他所は他所なりに営業努力、まぁ協会支部とか内務課とか地主とか? そういうとこにマメに挨拶してんだよ。
そうやってコネ作っとけば、うちの区長が何言ったって、上は簡単に首を切れねぇって踏んでんだろ。
ところが、戦場から叩き上げの俺らの区長は、腹の底じゃああいうお客を見下してるからさ。
今更愛嬌振りまこうたって、上手く行かないわな」
「部下の俺たちは、損ばっかりか」
そこで言いだしっぺの古株社員が、磨り減ったスプーンの先で仲間たちを指してみせる。
「どうかね。社長は近頃、革命戦士の荒っぽいイメージを捨てて、実業家の顔で有名になろうと宣伝中だぜ。
帝都じゃ、市が計画中の貧民街の再開発に一枚噛んで、いよいよ地元の名士様へ……ってとこらしい。
そうなると、突撃隊の強面の皆さんも行く末危ういんじゃないか?
そういう流れの中で、区長が切り捨てられたら」
「勿体ぶらずに結論を言えよ」
「俺らにも出世のチャンスがあるかも、ってことだよ。
北区が他所と併合でもされなきゃ、後釜は差し当たり、班長の誰かが選ばれるだろ。
FSDん中じゃ出世ってもたかが知れてるが、協会関係にコネが作れりゃ……」
「おい、後ろ」
仲間の掣肘を受けて、話の最中だった古株社員も振り返る。
テント村に、『処刑人』フェリックス区長のお出ましだった。
灰色の髪を角刈りにし、厳つい形をした顎は、髭を当たった後でもうっすらと青い。
切れ長の目に収まった、小さな黒い瞳は鮫を連想させる。
およそ表情のない男だったが、一方で、隙あらば近場の者を取って頭から食いかねない、
押し殺された獰猛さをその目に湛えていた。
風貌に不似合いの優雅なバリトン声で、
「……全員、整列」
椅子を蹴って、テントからあたふたと飛び出す社員たち。
昼食の時間とはいえ、少しでも整列が遅れれば、
煮えたぎったシチューの鍋に頭を突っ込まれる――という前例があった。
「喜べ。次の狩りの日程が決まった」
●
通達によれば、コボルド狩りは一週間後の早朝、
シャーフブルート村から南東へ10キロほど下った湖のほとりで行われる。
一帯は所謂カルストと呼ばれる石灰質の地形が広がっており、
そこかしこに、雨水の浸透で石灰岩が溶け出した結果の小さな窪地や洞窟が点在している。
州南部から逃れ出たコボルドの群れはまず、そうした地形に急場の巣を作るだろう。
巣を突いて群れを追い立て、囲んで退治する。この地方では典型的なコボルド駆除の手順だった。
「今回は労働現場の人員を確保する為、駆除要員を第1から第3班、計30名に限定する。
その代わり、特別措置としてハンターの駆除作業参加を予定している。
ハンターは6名、巣穴潜りを彼らに任せる。質問は?」
ないようだった。フェリックスはさっさと踵を返して、邸宅へ戻っていく。
緊張の解けた社員たちは、テントに取って返すと、冷めて一層まずくなった食事の残りを片づけ始めた。
リプレイ本文
●
「まぁ……!」
村から馬を走らせ、ようやく辿り着いた狩りの現場で、シュシュシレリア(ka4959)は感嘆の声を上げた。
カルスト台地の頂上から見渡せば、鏡のように空を映した湖。
周囲は青々とした草地が、なだらかに隆起しながらどこまでも続き、
そこかしこに、羊と見紛うほど真っ白な石灰岩の岩柱群がわだかまる。
初夏の陽気の下、空と湖の青、草の緑、雲と岩の白がくっきりと映えて、
「本当に、風光明媚、という言葉がぴったりでございますわ」
「何、毎日見てりゃすぐ飽きちまうもんさ」
茶々を入れたのは、FSDコボルド駆除班30名のひとり。
彼らに加えて区長・フェリックスとハンター、計36名が2班に分かれて作業を行う。
「地図を確認しろ」
区長の指示で全員、配布された地図を広げ始める。
「過去に発見された、主な窪地や洞穴の位置が記してある。
だが、それで全てではない。新たな巣穴が見つかった場合は、必ず班の担当者が記録をする」
作業に初めて参加するハンター向けの説明だった。
周辺は、古くから近隣の村が利用する放牧地のひとつながら、
草に隠れた陥没や縦穴のせいで羊を失ったり、牧童が怪我をすることの多い場所でもあった。
経験豊富な牧童たちが、それら天然の罠の位置を仲間や弟子、子供に伝えていくのがかつての習いであったが、
今や地方農業の空洞化により、そうした口伝も絶え始めて久しい。
「区長殿。駆除の手筈について、それがしから提案があるのだが」
ダリオ・パステリ(ka2363)が言った。後方で待ち構え、巣から飛び出したコボルドを包囲するFSD騎馬隊、
その囲みの中で必ず1箇所、射撃を集中させられる地点を作って、確実に仕留めるようにと進言するが、
「要らん心配をするな、万事心得ている。
こちらが必要なのは、奴らの巣穴に潜って、怪我しないで済む人間だけだ」
区長は素っ気なく答える。
「それは重畳、我々の仕事もやり易いというものだ」
笑顔を繕うダリオ。彼は先日、帝国軍第一師団の依頼で労働者を装い、シャーフブルート村に潜入したばかり。
今回はヨアヒムなる偽名を使って参加したが、今のところ正体のばれた様子はない。
(ただこき使うだけの労働者など、いちいち顔も憶えておらんか)
ダリオと同じく、身分をやつして村に潜り込んだドロテア・フレーベ(ka4126)。
FSD社員の肩書を得た彼女だが、
「区長さん? 誘き出しはハンターの役目だそうだけど、私も手伝ってはいけないかしら」
ドロテアが発言すると、他のFSDたちに緊張の色が走る。
区長は1分ほど、何も言わずにドロテアの顔を見つめた後、
「殉職手当は、出ない」
「良いわ、別に家族なんかいないもの。葬式も要らない、死んだらここに埋めてって下さいな」
そうして区長の了解が得られると、FSDの同僚たちが一斉に口笛を吹き、手を叩いて囃し立てる。
「やってみな、カザリンちゃん!」
「よっ、クソ度胸!」
●
「クソ度胸だな、『カザリン』。流石は有名警備会社の新入り、気合十分だ」
本隊に先行し、共に巣穴を探していたグライブ・エルケイル(ka1080)が言う。
「手が足りないんじゃないかと心配してあげてるのよ、ハンターさん」
「ほう。だが、手柄は譲らんぞ」
グライブは、馬上から犬の手綱を引きつつ、
「――覚醒者とばれたら、やり辛いんじゃないのか」
「あー……そうね。やり過ぎたら、貴方の手柄ってことに」
「僕に譲ってもらっても良いんだけどね」
クィーロ・ヴェリル(ka4122)。刀を佩いて騎馬し、ふたりの後をついていく。
彼も望遠鏡を使って、コボルドの住処らしき地形を探していたのだが、
「あそこ、地図にないけど、大きな窪みができてない?」
クィーロの示した方向を見て、グライブとドロテアも頷く。
「凄ぇな、怪獣の加勢だぜ」
魔獣装甲を着るシルヴィア=ライゼンシュタイン(ka0338)へ、FSDが軽口を飛ばす。
シルヴィアとダリオ、シュシュシレリアが加わった第2班には区長がおらず、
彼の威圧から解放された社員たちは至極気楽そうだった。シルヴィアが答えずにいると、
「それとも、鎧の下のほうがもっとおっかない顔してるのかね?」
「ご想像にお任せします」
装甲の下から意想外に幼い、少女の声が返ってきて、冗談を言った社員も目を丸くする。
「見つけたようです。準備のほどを」
シュシュシレリアの合図を受け、シルヴィアが走り出す。FSDも配置に急いだ。
手慣れた様子で包囲網を作る騎馬隊を後ろに、3人のハンターは巣穴――
岩柱の隙間にできた、幅の広い亀裂を取り囲む。それぞれ馬を下り、岩陰へ隠れると、
「いつでも、よろしゅうございます」
「では、シルヴィア殿」
シルヴィアが軍用ライフルを巣穴へ撃ち込むなり、3匹のコボルドが慌ただしく飛び出してきた。
(いきなり、当たりを引いてしまいましたわね)
シュシュシレリアがそのまま隠れていると、コボルドはダリオとシルヴィアの攻撃を避け、
一見安全そうな広い場所、その実FSDの包囲網の只中へと突き進む。
FSDは馬の足を僅かに進めたなり、一斉射撃で3匹ともを仕留め、
「上出来だ、この調子で次も頼むぜ!」
コボルドの死骸を囲みつつ、こちらへ手を振ってみせる。
●
同じ頃、第1班も、小さな窪地に固まっていたコボルドの群れを発見していた。
こちらは5匹。岩の合間に隠れていた群れは、斥候のドロテアの姿を見るなり、
全員死に物狂いの突撃で彼女を踏み越えようとする。
ぶつかる間際、得物の小太刀で切りつけながら後退を試みたが、
1匹を倒した代わり、何匹かの爪を腕や脚へ引っかけられてしまった。
(この為のハンターという訳か。さて、FSD……あまり良い噂を聞かないが、果たして腕前のほどは)
ドロテアの後方で待ち構えていたグライブが、機導術・デルタレイの光線で2匹を殺害。
残り2匹は広いほうへ分かれて走ろうとするが、
「おいおい、そっちじゃねぇだろ?」
覚醒状態となったクィーロの騎馬が併走し、逃げ道をコントロール、やがて包囲網の中へ――
「撃て!」
区長の号令が下り、射撃が始まった。動きの素早いコボルド相手に百発百中とはいかないが、
それでも包囲網を抜けられる前に無事、片づけることができた。クィーロが、
「ちょろい獲物だな。これじゃ、俺の取り分ないぜ?」
「けど、固まってぶつかられると、結構圧力あるわね」
「怪我の具合はどうだ」
負傷したドロテアを気遣うグライブだったが、
「大したことないわ、すぐ塞がる……連中には秘密にしといて」
遠方では、最初の狩りを終えたFSDが次を急かしている。グライブは興奮した犬を抑えつつ、
「機導術での支援も回数に限りがある。
あまり狩りが長引くようだと、手が行き届かないかも知れん。無茶はするな」
だがドロテアは既に、遠くの岩場をうろつく小さな影を見つけていた。
今度は4匹。一帯には本当に、コボルドの大群が潜んでいるらしい。
●
FSDの制式装備である魔導小銃は、
馬上での取り回しを考えて全長を切り詰め、軽量化を図った分、射程や威力に若干の難があるようだった。
(数を揃えれば、命中率は補えますが)
新たに発見されたコボルドの群れ、その数10体を前に、シルヴィアは考える。
(今の段階で、敵数を減らしておくべきでしょう)
ライフルを掃射するシルヴィア。先頭の数匹が次々に倒れ、残りは四方八方へ散らばって逃げていく。ダリオが、
「あの2匹を追う!」
隠しておいた馬へ飛び乗り、FSDの包囲が手薄な側へ逃げようとするコボルドを追跡し始めた。
シルヴィアとシュシュシレリアも騎乗して、FSDの支援へ回る。
射撃が始まると1匹が、狙いを外した新米らしき若い社員の足下まで接近してしまう。
「いけません!」
すかさず、シュシュシレリアがホーリーライトの光弾でこれを倒した。
「済まんが、これより先へは通せんぞ」
ダリオの馬が、別方向へ逃げたコボルドに先回りする。鞍から落ちそうなほど低く身体を傾けると、
「はぁっ!」
敵と正面からすれ違いながら、剣で切りつける。コボルド1匹が鼻面を削がれ、その場にもんどりうつ。
残る1匹は、駆けつけたFSDの騎馬隊が背中を撃って仕留めた。
「良いぞ、ハンター!」
ダリオへ嬉し気に声をかける社員たちだったが、
「しかし、今回はかなり数が多い……まだやれるか?」
「問題ない。多少怪我をしたとて、聖導士のシュシュシレリア殿がおられるからな」
「美人だよな。怪我がなくても是非、お手当てして頂きたいもんだね」
ダリオは軽口を受け流しつつ、巣穴の捜索を続けた。
●
こちらは第1班、最初の遭遇からもう10匹――いや、20匹は殺したか。
怪しいと踏んだ場所を調べるたび、最低3匹はコボルドが顔を出す始末だった。
朝早くに村を発った筈が、いつの間にか太陽は頭の真上近くまで昇り、
隊を先導するドロテアもいよいよくたびれてきた。
これまで見つけた群れに共通する特徴は、巣の周りに糞の少ないこと、
そしてやたらに獰猛で、彼女やグライブが傷をつけても容易に怯まないこと。
「かなり飢えてるわね」
「俺もそう思う。ろくに餌も獲れないまま、必死で逃げてきたという感じだな」
「コボルドの必死なんざ、たかが知れてるけどな。
あー、歪虚でも出てこねぇかな。雑魚を蹴散らすのもたまにゃ良いが、そろそろ退屈しちまった」
クィーロがFSDを振り返ると、皆、曖昧な笑みを見せて、
「そんときゃまさに、おたくらハンターの出番って訳だ」
「任せとけ」
笑ってみせるクィーロだが、
(覚醒状態が切れちまいそうだぜ)
駆除作業が長引きつつあるのが、次第に心配になってきた。
気の急くクィーロには幸運なことに、その後すぐ、これまでで1番大きな群れと行き当たった。
大きな洞穴に隠れていた10匹。草むらに残った大量の足跡でそうと分かると、
「運動強化、もう使い切っちゃったわよね」
「デルタレイもな。悪いが、攻撃はクィーロとFSDに任せるとしよう」
洞穴の入口は、地下数メートルまでほぼ垂直に潜っている。ドロテアが大きな石を拾って放り込んだ。
彼女が飛び退くと同時に、わらわらと這い上がってくるコボルドたち。
グライブとクィーロが馬を乗り入れて、群れを追い立てた。
「逃げんなコラァ!」
ばらけた群れの一部へクィーロが突撃する。最後尾を戦馬の前脚で蹴殺し、更に2匹を、
「ははっ、頑張るじゃねぇかワン公!」
刀でばさり、ばさりと切り伏せた。そのまま馬を走らせながら、汚れた刀を血振るいして高々と掲げる。
その頬を風が撫ぜるにつれて、銀色に輝いていた彼の髪が、ゆっくりと黒に戻っていく。
(……ああ、冷めちゃったか)
群れの残りは包囲網にぶつかって、射撃の餌食となった。
FSD社員の多くは元義勇兵で、銃や馬の扱いはお手のもの。しかしグライブの観察では、
(練度に若干、ばらつきがあるようだな)
ドロテアもまた思う、
(革命軍本隊の近くで激戦を潜り抜けてきた奴と、単なる盗賊同然だった奴との違いかしら)
練度の差は、射撃の正確性にも現れる。腕の悪い者が担当していた方面から、生き残りが漏れていく。
と、そこで、
「下手くそどもが」
今まで指揮しかしていなかったフェリックスが、おもむろに拳銃を抜く。
馬上で片手撃ちの構えを取ると、その姿勢のまま微動だにせず、やがて引き金を1度、2度と引いた。
どちらも見事、コボルドの背のど真ん中へ命中。
部下たちは大慌てで死骸へ駆けつけ、その片耳をナイフで切り落とす。駆除数の記録代わりだった。
●
「残りは、あちらの3匹だけでございます!」
シュシュシレリアの助けを借りて、FSDが間近へ迫ってきた1匹を柄の長い刺叉で抑え込む。
ホーリーライトの魔法で息の根を止めると、
「ありがとよ、嬢ちゃん」
前方では、ダリオの騎馬がコボルドの逃走を妨害中。発見時は12匹もいたコボルドの群れだったが、
シルヴィアの制圧射撃が半数を片づけ、どうにか仕留め損ねはなしで済みそうだった。すると、
「そろそろ終わっちまうぜ」
社員たちは顔を見合わせ、何やら企んでいる。ひとりが銃を構えると、
「さぁ、張った張った!」
「俺、当たりに100!」
「ドミニク班全員、外れに200だ!」
コボルドに命中させられるかどうか、賭けているようだった。
「あの、逃げてしまいますよ?」
「その内誰か当てるさ! 次、俺だ!」
いささか呆れ顔のシュシュシレリアを前に、のんびり射撃を楽しむFSD。
いよいよ逃げられそうになり、ダリオも自力で始末をつけてしまおうかと考え出したところ、
「支援させて頂きます」
シルヴィアが現れた。愛銃を肩づけして狙いを定めると、指切りで3点射を放つ。
正確なリズムで発射された弾丸は、瞬く間にコボルド3匹を殺してみせた。
賭けを邪魔された社員たちだが、至って呑気に拍手などする。口々にシルヴィアの腕を褒めそやすも、
「巣に」
「うん?」
「子供が残っております。如何致しましょうか」
彼女の言う通り、巣穴にはまだ幼いコボルドの子供が5匹ほど、奥のほうで身を寄せ合って鳴いていた。
巣を覗き込んだ社員は刺叉に手を伸ばし、
「区長さえいなけりゃなぁ」
もっとも、同情でそう言った風でもなく、彼はすぐ拳銃を抜いてコボルドの子を皆殺しにしてしまう。
「もうじき合流の時間だろ」
「やー、良い運動になった」
「最高記録じゃないの、今日は……」
●
2班の合流と帰還は、夕暮れになって行われた。
死骸から集めて回ったコボルドの耳、その数何と81枚。
「弾薬の用意が足りたのは、幸運でした」
「怪我をされた方が、ほとんどいらっしゃらないのも良かったですわ」
「巣からは何も見つからなかったし、大量発生の原因は外にあるみたいだね。
兎に角、今夜は馬を休ませてやらなくちゃ。グライブさんの犬も……」
ゆっくり馬を歩かせながら、話し込む仲間たち。
ダリオはその後ろでひとり、隊の先頭、区長と並んだドロテアのほうを注視していた。
(FSDと労働者が対峙したとき、どのような事態が起こり得るか。
上手く、探り出してもらいたいものだ)
「他所の区の尻拭いをさせられた気がしますわ」
「そう思うか」
フェリックスは、少々血で汚れたドロテアの着衣――傷自体は癒えていたが――を見ても、眉ひとつ動かさない。
「連中が駆除を半端で終わらせたか、さもなくば未発見の生息地を、何者かに一挙に襲われたかでしょう」
「大きな巣が残っているような場所は、人間にも今のところ用がない」
「歪虚でしょうか」
区長は答えない。全くの無関心にすら見えた。
初めから、歪虚の相手をすることなど考えていないのだろう。彼にとり、戦いとは革命戦争のこと、
(前時代の遺物か。始末に困るわね――お互いに)
「まぁ……!」
村から馬を走らせ、ようやく辿り着いた狩りの現場で、シュシュシレリア(ka4959)は感嘆の声を上げた。
カルスト台地の頂上から見渡せば、鏡のように空を映した湖。
周囲は青々とした草地が、なだらかに隆起しながらどこまでも続き、
そこかしこに、羊と見紛うほど真っ白な石灰岩の岩柱群がわだかまる。
初夏の陽気の下、空と湖の青、草の緑、雲と岩の白がくっきりと映えて、
「本当に、風光明媚、という言葉がぴったりでございますわ」
「何、毎日見てりゃすぐ飽きちまうもんさ」
茶々を入れたのは、FSDコボルド駆除班30名のひとり。
彼らに加えて区長・フェリックスとハンター、計36名が2班に分かれて作業を行う。
「地図を確認しろ」
区長の指示で全員、配布された地図を広げ始める。
「過去に発見された、主な窪地や洞穴の位置が記してある。
だが、それで全てではない。新たな巣穴が見つかった場合は、必ず班の担当者が記録をする」
作業に初めて参加するハンター向けの説明だった。
周辺は、古くから近隣の村が利用する放牧地のひとつながら、
草に隠れた陥没や縦穴のせいで羊を失ったり、牧童が怪我をすることの多い場所でもあった。
経験豊富な牧童たちが、それら天然の罠の位置を仲間や弟子、子供に伝えていくのがかつての習いであったが、
今や地方農業の空洞化により、そうした口伝も絶え始めて久しい。
「区長殿。駆除の手筈について、それがしから提案があるのだが」
ダリオ・パステリ(ka2363)が言った。後方で待ち構え、巣から飛び出したコボルドを包囲するFSD騎馬隊、
その囲みの中で必ず1箇所、射撃を集中させられる地点を作って、確実に仕留めるようにと進言するが、
「要らん心配をするな、万事心得ている。
こちらが必要なのは、奴らの巣穴に潜って、怪我しないで済む人間だけだ」
区長は素っ気なく答える。
「それは重畳、我々の仕事もやり易いというものだ」
笑顔を繕うダリオ。彼は先日、帝国軍第一師団の依頼で労働者を装い、シャーフブルート村に潜入したばかり。
今回はヨアヒムなる偽名を使って参加したが、今のところ正体のばれた様子はない。
(ただこき使うだけの労働者など、いちいち顔も憶えておらんか)
ダリオと同じく、身分をやつして村に潜り込んだドロテア・フレーベ(ka4126)。
FSD社員の肩書を得た彼女だが、
「区長さん? 誘き出しはハンターの役目だそうだけど、私も手伝ってはいけないかしら」
ドロテアが発言すると、他のFSDたちに緊張の色が走る。
区長は1分ほど、何も言わずにドロテアの顔を見つめた後、
「殉職手当は、出ない」
「良いわ、別に家族なんかいないもの。葬式も要らない、死んだらここに埋めてって下さいな」
そうして区長の了解が得られると、FSDの同僚たちが一斉に口笛を吹き、手を叩いて囃し立てる。
「やってみな、カザリンちゃん!」
「よっ、クソ度胸!」
●
「クソ度胸だな、『カザリン』。流石は有名警備会社の新入り、気合十分だ」
本隊に先行し、共に巣穴を探していたグライブ・エルケイル(ka1080)が言う。
「手が足りないんじゃないかと心配してあげてるのよ、ハンターさん」
「ほう。だが、手柄は譲らんぞ」
グライブは、馬上から犬の手綱を引きつつ、
「――覚醒者とばれたら、やり辛いんじゃないのか」
「あー……そうね。やり過ぎたら、貴方の手柄ってことに」
「僕に譲ってもらっても良いんだけどね」
クィーロ・ヴェリル(ka4122)。刀を佩いて騎馬し、ふたりの後をついていく。
彼も望遠鏡を使って、コボルドの住処らしき地形を探していたのだが、
「あそこ、地図にないけど、大きな窪みができてない?」
クィーロの示した方向を見て、グライブとドロテアも頷く。
「凄ぇな、怪獣の加勢だぜ」
魔獣装甲を着るシルヴィア=ライゼンシュタイン(ka0338)へ、FSDが軽口を飛ばす。
シルヴィアとダリオ、シュシュシレリアが加わった第2班には区長がおらず、
彼の威圧から解放された社員たちは至極気楽そうだった。シルヴィアが答えずにいると、
「それとも、鎧の下のほうがもっとおっかない顔してるのかね?」
「ご想像にお任せします」
装甲の下から意想外に幼い、少女の声が返ってきて、冗談を言った社員も目を丸くする。
「見つけたようです。準備のほどを」
シュシュシレリアの合図を受け、シルヴィアが走り出す。FSDも配置に急いだ。
手慣れた様子で包囲網を作る騎馬隊を後ろに、3人のハンターは巣穴――
岩柱の隙間にできた、幅の広い亀裂を取り囲む。それぞれ馬を下り、岩陰へ隠れると、
「いつでも、よろしゅうございます」
「では、シルヴィア殿」
シルヴィアが軍用ライフルを巣穴へ撃ち込むなり、3匹のコボルドが慌ただしく飛び出してきた。
(いきなり、当たりを引いてしまいましたわね)
シュシュシレリアがそのまま隠れていると、コボルドはダリオとシルヴィアの攻撃を避け、
一見安全そうな広い場所、その実FSDの包囲網の只中へと突き進む。
FSDは馬の足を僅かに進めたなり、一斉射撃で3匹ともを仕留め、
「上出来だ、この調子で次も頼むぜ!」
コボルドの死骸を囲みつつ、こちらへ手を振ってみせる。
●
同じ頃、第1班も、小さな窪地に固まっていたコボルドの群れを発見していた。
こちらは5匹。岩の合間に隠れていた群れは、斥候のドロテアの姿を見るなり、
全員死に物狂いの突撃で彼女を踏み越えようとする。
ぶつかる間際、得物の小太刀で切りつけながら後退を試みたが、
1匹を倒した代わり、何匹かの爪を腕や脚へ引っかけられてしまった。
(この為のハンターという訳か。さて、FSD……あまり良い噂を聞かないが、果たして腕前のほどは)
ドロテアの後方で待ち構えていたグライブが、機導術・デルタレイの光線で2匹を殺害。
残り2匹は広いほうへ分かれて走ろうとするが、
「おいおい、そっちじゃねぇだろ?」
覚醒状態となったクィーロの騎馬が併走し、逃げ道をコントロール、やがて包囲網の中へ――
「撃て!」
区長の号令が下り、射撃が始まった。動きの素早いコボルド相手に百発百中とはいかないが、
それでも包囲網を抜けられる前に無事、片づけることができた。クィーロが、
「ちょろい獲物だな。これじゃ、俺の取り分ないぜ?」
「けど、固まってぶつかられると、結構圧力あるわね」
「怪我の具合はどうだ」
負傷したドロテアを気遣うグライブだったが、
「大したことないわ、すぐ塞がる……連中には秘密にしといて」
遠方では、最初の狩りを終えたFSDが次を急かしている。グライブは興奮した犬を抑えつつ、
「機導術での支援も回数に限りがある。
あまり狩りが長引くようだと、手が行き届かないかも知れん。無茶はするな」
だがドロテアは既に、遠くの岩場をうろつく小さな影を見つけていた。
今度は4匹。一帯には本当に、コボルドの大群が潜んでいるらしい。
●
FSDの制式装備である魔導小銃は、
馬上での取り回しを考えて全長を切り詰め、軽量化を図った分、射程や威力に若干の難があるようだった。
(数を揃えれば、命中率は補えますが)
新たに発見されたコボルドの群れ、その数10体を前に、シルヴィアは考える。
(今の段階で、敵数を減らしておくべきでしょう)
ライフルを掃射するシルヴィア。先頭の数匹が次々に倒れ、残りは四方八方へ散らばって逃げていく。ダリオが、
「あの2匹を追う!」
隠しておいた馬へ飛び乗り、FSDの包囲が手薄な側へ逃げようとするコボルドを追跡し始めた。
シルヴィアとシュシュシレリアも騎乗して、FSDの支援へ回る。
射撃が始まると1匹が、狙いを外した新米らしき若い社員の足下まで接近してしまう。
「いけません!」
すかさず、シュシュシレリアがホーリーライトの光弾でこれを倒した。
「済まんが、これより先へは通せんぞ」
ダリオの馬が、別方向へ逃げたコボルドに先回りする。鞍から落ちそうなほど低く身体を傾けると、
「はぁっ!」
敵と正面からすれ違いながら、剣で切りつける。コボルド1匹が鼻面を削がれ、その場にもんどりうつ。
残る1匹は、駆けつけたFSDの騎馬隊が背中を撃って仕留めた。
「良いぞ、ハンター!」
ダリオへ嬉し気に声をかける社員たちだったが、
「しかし、今回はかなり数が多い……まだやれるか?」
「問題ない。多少怪我をしたとて、聖導士のシュシュシレリア殿がおられるからな」
「美人だよな。怪我がなくても是非、お手当てして頂きたいもんだね」
ダリオは軽口を受け流しつつ、巣穴の捜索を続けた。
●
こちらは第1班、最初の遭遇からもう10匹――いや、20匹は殺したか。
怪しいと踏んだ場所を調べるたび、最低3匹はコボルドが顔を出す始末だった。
朝早くに村を発った筈が、いつの間にか太陽は頭の真上近くまで昇り、
隊を先導するドロテアもいよいよくたびれてきた。
これまで見つけた群れに共通する特徴は、巣の周りに糞の少ないこと、
そしてやたらに獰猛で、彼女やグライブが傷をつけても容易に怯まないこと。
「かなり飢えてるわね」
「俺もそう思う。ろくに餌も獲れないまま、必死で逃げてきたという感じだな」
「コボルドの必死なんざ、たかが知れてるけどな。
あー、歪虚でも出てこねぇかな。雑魚を蹴散らすのもたまにゃ良いが、そろそろ退屈しちまった」
クィーロがFSDを振り返ると、皆、曖昧な笑みを見せて、
「そんときゃまさに、おたくらハンターの出番って訳だ」
「任せとけ」
笑ってみせるクィーロだが、
(覚醒状態が切れちまいそうだぜ)
駆除作業が長引きつつあるのが、次第に心配になってきた。
気の急くクィーロには幸運なことに、その後すぐ、これまでで1番大きな群れと行き当たった。
大きな洞穴に隠れていた10匹。草むらに残った大量の足跡でそうと分かると、
「運動強化、もう使い切っちゃったわよね」
「デルタレイもな。悪いが、攻撃はクィーロとFSDに任せるとしよう」
洞穴の入口は、地下数メートルまでほぼ垂直に潜っている。ドロテアが大きな石を拾って放り込んだ。
彼女が飛び退くと同時に、わらわらと這い上がってくるコボルドたち。
グライブとクィーロが馬を乗り入れて、群れを追い立てた。
「逃げんなコラァ!」
ばらけた群れの一部へクィーロが突撃する。最後尾を戦馬の前脚で蹴殺し、更に2匹を、
「ははっ、頑張るじゃねぇかワン公!」
刀でばさり、ばさりと切り伏せた。そのまま馬を走らせながら、汚れた刀を血振るいして高々と掲げる。
その頬を風が撫ぜるにつれて、銀色に輝いていた彼の髪が、ゆっくりと黒に戻っていく。
(……ああ、冷めちゃったか)
群れの残りは包囲網にぶつかって、射撃の餌食となった。
FSD社員の多くは元義勇兵で、銃や馬の扱いはお手のもの。しかしグライブの観察では、
(練度に若干、ばらつきがあるようだな)
ドロテアもまた思う、
(革命軍本隊の近くで激戦を潜り抜けてきた奴と、単なる盗賊同然だった奴との違いかしら)
練度の差は、射撃の正確性にも現れる。腕の悪い者が担当していた方面から、生き残りが漏れていく。
と、そこで、
「下手くそどもが」
今まで指揮しかしていなかったフェリックスが、おもむろに拳銃を抜く。
馬上で片手撃ちの構えを取ると、その姿勢のまま微動だにせず、やがて引き金を1度、2度と引いた。
どちらも見事、コボルドの背のど真ん中へ命中。
部下たちは大慌てで死骸へ駆けつけ、その片耳をナイフで切り落とす。駆除数の記録代わりだった。
●
「残りは、あちらの3匹だけでございます!」
シュシュシレリアの助けを借りて、FSDが間近へ迫ってきた1匹を柄の長い刺叉で抑え込む。
ホーリーライトの魔法で息の根を止めると、
「ありがとよ、嬢ちゃん」
前方では、ダリオの騎馬がコボルドの逃走を妨害中。発見時は12匹もいたコボルドの群れだったが、
シルヴィアの制圧射撃が半数を片づけ、どうにか仕留め損ねはなしで済みそうだった。すると、
「そろそろ終わっちまうぜ」
社員たちは顔を見合わせ、何やら企んでいる。ひとりが銃を構えると、
「さぁ、張った張った!」
「俺、当たりに100!」
「ドミニク班全員、外れに200だ!」
コボルドに命中させられるかどうか、賭けているようだった。
「あの、逃げてしまいますよ?」
「その内誰か当てるさ! 次、俺だ!」
いささか呆れ顔のシュシュシレリアを前に、のんびり射撃を楽しむFSD。
いよいよ逃げられそうになり、ダリオも自力で始末をつけてしまおうかと考え出したところ、
「支援させて頂きます」
シルヴィアが現れた。愛銃を肩づけして狙いを定めると、指切りで3点射を放つ。
正確なリズムで発射された弾丸は、瞬く間にコボルド3匹を殺してみせた。
賭けを邪魔された社員たちだが、至って呑気に拍手などする。口々にシルヴィアの腕を褒めそやすも、
「巣に」
「うん?」
「子供が残っております。如何致しましょうか」
彼女の言う通り、巣穴にはまだ幼いコボルドの子供が5匹ほど、奥のほうで身を寄せ合って鳴いていた。
巣を覗き込んだ社員は刺叉に手を伸ばし、
「区長さえいなけりゃなぁ」
もっとも、同情でそう言った風でもなく、彼はすぐ拳銃を抜いてコボルドの子を皆殺しにしてしまう。
「もうじき合流の時間だろ」
「やー、良い運動になった」
「最高記録じゃないの、今日は……」
●
2班の合流と帰還は、夕暮れになって行われた。
死骸から集めて回ったコボルドの耳、その数何と81枚。
「弾薬の用意が足りたのは、幸運でした」
「怪我をされた方が、ほとんどいらっしゃらないのも良かったですわ」
「巣からは何も見つからなかったし、大量発生の原因は外にあるみたいだね。
兎に角、今夜は馬を休ませてやらなくちゃ。グライブさんの犬も……」
ゆっくり馬を歩かせながら、話し込む仲間たち。
ダリオはその後ろでひとり、隊の先頭、区長と並んだドロテアのほうを注視していた。
(FSDと労働者が対峙したとき、どのような事態が起こり得るか。
上手く、探り出してもらいたいものだ)
「他所の区の尻拭いをさせられた気がしますわ」
「そう思うか」
フェリックスは、少々血で汚れたドロテアの着衣――傷自体は癒えていたが――を見ても、眉ひとつ動かさない。
「連中が駆除を半端で終わらせたか、さもなくば未発見の生息地を、何者かに一挙に襲われたかでしょう」
「大きな巣が残っているような場所は、人間にも今のところ用がない」
「歪虚でしょうか」
区長は答えない。全くの無関心にすら見えた。
初めから、歪虚の相手をすることなど考えていないのだろう。彼にとり、戦いとは革命戦争のこと、
(前時代の遺物か。始末に困るわね――お互いに)
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最終発言 2015/06/01 23:58:39 |
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相談しましょ! ドロテア・フレーベ(ka4126) 人間(クリムゾンウェスト)|25才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/06/06 13:31:43 |