ゲスト
(ka0000)
6月のためのドレスのための
マスター:言の羽

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~8人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/06/07 09:00
- 完成日
- 2015/06/15 08:20
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
とある街のとある通りは、各種工房がずらりと軒を連ねていることから、職人通りと呼ばれていた。煉瓦で舗装された道の両脇には、工房で作成された品々を直売することを示す看板が出され、毎日が市のようだ。
そんな職人通りの一角に小さな服飾工房があった。普段着からよそ行きまで男女問わず、予算に合わせて作ってくれる。一方で、工房主のインスピレーションによる作品も展示販売されることがあるのだが、オーダーメイドに比べて安価なため、ひそかにチェックしている者も多いらしい。
腕がよく値段も適正で、いい店だ。いい店なのだが――実は工房主が非常にクセのある人物だった。
***
「あああぁぁんっ、もおぉおおぉっ!!」
月と星が煉瓦道を照らす夜。ランプに火を灯し自身の工房にこもっていた工房主は、近所の飼い犬がつられて吠え出すほどの雄叫びをあげた。
シャツとパンツという、言葉にすればシンプルなコーディネートながら、運針の邪魔になるからと袖がなく大胆に肌を露出するデザインで、体のラインが丸わかりのピッチリサイズを着こなしている。片方の手首に装着された針山が、一種の身分証のようにも見える。
「ダメだわ、いいデザインが全っ然浮かばない。こんなんじゃ街の女の子たちのハートをつかめっこないわ!」
足元には何枚もの紙切れが落ちている。先ほどの雄叫びとともにバラまかれたものだ。そのすべてに、中途半端なデザイン画が描かれている。よくよく見れば描かれた女性の中には、ヴェールをかぶっている者やブーケを持つ者がいる。
「はあ……せっかく結婚式を挙げるには最高の時期だっていうのに、ウェディングドレスのひとつも提案できないだなんて。縫製を生業とする者としてはイケてないんじゃないかしら」
ペンを指先でくるくる回しながら、肩で大きくため息をつく。それから参考資料を広げた机に頬杖をついた。
少しの間、静かな夜が過ぎて。
吠えたりなかったらしい犬の鳴き声がした頃。工房主は両目をカッと見開いて覚醒した。
「そうよ!! アタシ、ここのところ潤ってないんだわっ!」
床板が悲鳴をあげるほどに繰り返し踏み鳴らして――
「らぶよっ、らぶが足りないのよおおおおおおぉっ!」
今夜二度目の雄叫びをあげた。ご近所の皆様、ご愁傷様です。
「そうよそうよ、結婚式って言わばらぶの絶頂期じゃない。その幸せな時間を彩るドレスを作る者がらぶ日照りだなんて、ピンとくるわけないじゃないのっ」
潤っていないのなら潤せばいい……のだが、工房主には今のところそういった相手がいない(だからこそ日照りなわけで)。
自分で賄えないのなら、他者に頼るしかあるまい?
「ハンターに頼みましょう」
工房主は指を鳴らし、誰も見ていないのにキメ顔で告げる。
「ハンターのらぶで、アタシを潤してもらいましょう!」
そうと決まれば善は急げ。夜が明けたら即、ハンターオフィスへ向かおう。
工房主(通称ジルバ、本名ナイショ、年齢もナイショ、性別は男性、体格は筋肉質)はキメ顔のまま強くうなずいたのだった。
そんな職人通りの一角に小さな服飾工房があった。普段着からよそ行きまで男女問わず、予算に合わせて作ってくれる。一方で、工房主のインスピレーションによる作品も展示販売されることがあるのだが、オーダーメイドに比べて安価なため、ひそかにチェックしている者も多いらしい。
腕がよく値段も適正で、いい店だ。いい店なのだが――実は工房主が非常にクセのある人物だった。
***
「あああぁぁんっ、もおぉおおぉっ!!」
月と星が煉瓦道を照らす夜。ランプに火を灯し自身の工房にこもっていた工房主は、近所の飼い犬がつられて吠え出すほどの雄叫びをあげた。
シャツとパンツという、言葉にすればシンプルなコーディネートながら、運針の邪魔になるからと袖がなく大胆に肌を露出するデザインで、体のラインが丸わかりのピッチリサイズを着こなしている。片方の手首に装着された針山が、一種の身分証のようにも見える。
「ダメだわ、いいデザインが全っ然浮かばない。こんなんじゃ街の女の子たちのハートをつかめっこないわ!」
足元には何枚もの紙切れが落ちている。先ほどの雄叫びとともにバラまかれたものだ。そのすべてに、中途半端なデザイン画が描かれている。よくよく見れば描かれた女性の中には、ヴェールをかぶっている者やブーケを持つ者がいる。
「はあ……せっかく結婚式を挙げるには最高の時期だっていうのに、ウェディングドレスのひとつも提案できないだなんて。縫製を生業とする者としてはイケてないんじゃないかしら」
ペンを指先でくるくる回しながら、肩で大きくため息をつく。それから参考資料を広げた机に頬杖をついた。
少しの間、静かな夜が過ぎて。
吠えたりなかったらしい犬の鳴き声がした頃。工房主は両目をカッと見開いて覚醒した。
「そうよ!! アタシ、ここのところ潤ってないんだわっ!」
床板が悲鳴をあげるほどに繰り返し踏み鳴らして――
「らぶよっ、らぶが足りないのよおおおおおおぉっ!」
今夜二度目の雄叫びをあげた。ご近所の皆様、ご愁傷様です。
「そうよそうよ、結婚式って言わばらぶの絶頂期じゃない。その幸せな時間を彩るドレスを作る者がらぶ日照りだなんて、ピンとくるわけないじゃないのっ」
潤っていないのなら潤せばいい……のだが、工房主には今のところそういった相手がいない(だからこそ日照りなわけで)。
自分で賄えないのなら、他者に頼るしかあるまい?
「ハンターに頼みましょう」
工房主は指を鳴らし、誰も見ていないのにキメ顔で告げる。
「ハンターのらぶで、アタシを潤してもらいましょう!」
そうと決まれば善は急げ。夜が明けたら即、ハンターオフィスへ向かおう。
工房主(通称ジルバ、本名ナイショ、年齢もナイショ、性別は男性、体格は筋肉質)はキメ顔のまま強くうなずいたのだった。
リプレイ本文
●今は伝えない
白いレースのテーブルクロス。片手でつまめる甘いお菓子。繊細な花の絵が描かれたカップとお揃いのソーサー、中身はハーブティー。ひらひらとした服を着てお化粧ばっちりな乙女たち。これで話題は恋バナとくれば、これはもう完璧な女子会――のはずなのだが、その場にいるふたりの性別はどちらも男だった。
「だからね、ジルバちゃん。私は片想い中ってわけ」
カップを両手で包み込むようにして持ちながら、エミリオ・ブラックウェル(ka3840)は正面に座る依頼人に語りかけている。ジルバも両手で頬杖をついて話の続きを待っている。
「相手は可愛い従妹、なんだけどね。彼女が生まれた瞬間に一目惚れしちゃったのよ」
ガタイのいいジルバは横に置いておくとして、エミリオは黙っていれば美少女だ。しかし彼は女装が好きなだけで身も心も男性であり、恋愛対象もまた女性だった。
苦笑いを浮かべるエミリオは、ことさらゆっくりとカップに口をつけた。
「……彼女はまだ恋愛感情に疎いし、私の想いにも気付いて貰えてない……大切にしたい気持ちと、独占欲で縛りつけたい気持ち。相反する気持ちを行ったり来たりしてるのよ」
「わかるわぁ」
遠くを見るような眼差しに、ジルバがしてあげられることは相槌をうつことだけだ。
カップを置いて、エミリオは笑った。
「いいのよ、まだ『従兄のお兄ちゃん』枠でも。いずれ『従兄』ではなくて『男』として見て貰うつもり♪」
言い切るエミリオはとても可愛く、そしてカッコよかった――ジルバがきゅんきゅんしてしまうくらいには。
「そうそう、気分転換に外出は如何? 件の彼女を紹介するわ♪ そのかわりに着替える場所を貸してもらえると嬉しいんだけど」
「あら、それくらいお安い御用よ」
工房の一角、壁とカーテンに囲まれた試着室で、エミリオは思う。――少しは脱スランプにお役に立ててるかな?
着替えが終わった後、二人がやってきたのは街中にある広場だった。多くの人がいたのだが、目的の人物が誰なのかはジルバにもすぐにわかった。ほぼ一枚の白い布地を器用に着付けた衣装。エミリオと同じ服装の少女、アルカ・ブラックウェル(ka0790)だった。
「アルカちゃん、お待たせ♪」
「やっほー、エミリオ! 今日も綺麗だね!」
ふたりはお互いの頬にキスをして、それからハグを交わす。アルカの無邪気な笑顔から、キスもハグもただのイトコとしてのものだと察するに十分だった。
エミリオはアルカの手をとると、二人で一礼して見せた。
「私達の一族に伝わる舞踊をお見せするわ……楽しんでね♪」
舗装されているとはいえただの地面で、音楽もなく、二人は舞い始める。向かい合い、時には背中越しに、二人でひとつ、対の動きを披露する。
最初は遠巻きに見ていた周囲の人々も、追いかけ重なるような二人の歌声に引き寄せられ、観客となった。
(私の彼女への想い、感じ取って☆)
視線も指先も絡めてから、片手だけ離して、天に掲げる。片足を軸に回りながら、掲げた手の中に隠されていたのだろう白い花弁を散らす。天の祝福を表しているのだろうか。
魅せられた観客たちは二人に惜しみない拍手を送った。
――実はこれ、恋歌なのよ。
アルカが帰った後で、エミリオは教えてくれた。想いを遂げた男女が、運命に感謝を捧げるという内容なのだと。
彼女はいまいちわかってないけど、と笑うエミリオがとてもいじらしくて、ジルバはつい、彼をきつく抱きしめたのだった。
●気づいてほしい?
「雪峰楓24歳、ただいま恋しています」
真っ赤な顔を両手で隠しながら、雪峰 楓(ka5060) はジルバに挨拶した。女子会セットの中で恥じらう彼女はまさしく恋する乙女で、とても初々しかった。
「そういうの大好きよ。どんどん話してちょうだい」
ぐぐっと前のめりに食いつくジルバ、その豊満な胸筋がテーブルに乗る。
「えっと、お相手はお侍さんなんですけど」
ジルバは「オサムライ」というものが何を指すのかは知らない。けれど楓がちらりと隣に座る女性を盗み見たので、頬が緩むのを抑えるのが大変だった。
女性は楓の同伴者で、桜宮 飛鳥(ka5072) と名乗っていた。ハーブティーに不慣れなのか、ちびちび飲み進めている。
「その方、すらりとしていて凛々しくて。とても格好いいんですよ。初めてお会いした時から胸が高鳴って、何かあればその方のことばかり考えていて、ため息が出てしまって」
いったん愛する人の話を始めれば怒涛のように言葉が溢れ、流れ落ちる滝のように止まる気配を見せない。恋する乙女とはそういうものなのだ。
出会いの話を詳しく尋ねる合間にも、ジルバの視線はこっそりと飛鳥へ向けられていた。友達になったのは割と最近だというが、よくまあこれでバレていないものだ。
「それにしても……」
工房を見渡して、楓は嘆息した。作りかけの服を着たトルソが立っているのだが、そのなかのひとつが、真新しい白い布地をまとっている。ウェディングドレスになる予定のものだ。
「わたくしの故郷ではマイナーな衣装でしたけど、いいですよね!! 白無垢ももちろん素敵なんですが……なんか女の子の夢が詰まっているような気がします!!」
これまたジルバの知らない「シロムク」という単語が出てきたのだが、話の流れで婚礼衣装の種類とわかる。
女の子の夢、というのはジルバが特に大事にしているもののひとつに含まれる。それは女の子を輝かせてくれる。特に人生の晴れ舞台を彩る最たる存在がウェディングドレスなのだ。
「わたくしも、もうそれなりの年ではないですか。お嫁にいくこととか、それこそドレスを着てその方の隣に……とか、色々と考えてしまうのです。って、あらやだ、まだお付き合いもしていないのに」
嫁入り前の乙女は妄想に胸を膨らませてしまうものだ、仕方ない。
「飛鳥さんはウェディングドレスをどう思います?」
勢いに任せて、楓は飛鳥に問いかける。急に話を振られた飛鳥は目をぱちくりとさせた。
「……ああ、こちらの花嫁衣裳か。これはこれで好きだぞ」
――好きだぞ。
この部分だけ切り取っての脳内リピートは恋する乙女の持つ特殊能力である。なんならそこに自分に呼びかけてくれた時の声を合成することもできる。楓も心の中では歓声をあげていることだろう。
「ジルバさん、女の私から声をかけたらやっぱりはしたないでしょうか」
「あたしは全然アリだと思うわよ」
「ですよね!」
楓の勢いは衰えることを知らず、当の想い人である飛鳥を置いてきぼりにしていく。その飛鳥も、障害もあるだろうが頑張ればいいさと、あくまで他人事であるのだが。
「しかし、その片思いの相手、誰なんだ?」
「ふふっ。意外とあなたの近くにいるんじゃなぁい?」
「あらやだ、もう、そんなことないですよ♪」
お茶だけで酔ったのかというほどテンションの高い楓とジルバ。肝心のところだけを霧の中に残したまま、華の女子会は続く。
●仲間たちの愛のかたち
結社の仲間だという6人に誘われて、ジルバはショッピングに出かけた。最後尾から彼女たちの様子を眺めているのだが、実に飽きない。
ヴィス=XV(ka2326)は静刃=II(ka2921)にべたべたするのが好きらしい。腕と指を絡めながら楽しく会話しているかと思いきや、不意打ちで頬にキスをして怒られている。
その後ろにはすれ違う女の子に声をかけるステラ=XVII(ka3687)がいて、片眉を上げたセレナ=XVIII(ka3686)にたしなめられている。セレナがステラの服の端をつまんでいるのが可愛らしい。
エリザベタ=III(ka4404)は前方の4人を慈愛の表情で眺めている。――のだが、隣を歩くイーター=XI(ka4402)だけは視界からはじき出そうとしているのが感じ取れる。イーターのほうもそれをわかっているのか、4人を見ようとすればどうしても視界に入る絶妙なポジションへと逐一移動している。
(面白いわねえ)
ジルバが頭のメモ帳へひっきりなしに書き込んでいる合間に、一行は衣料品店に入っていく。扉は前に出たイーターが開けていた。
「これ、絶対静刃に似合う!」
ヴィスが呈示したのは、銀色に白の刺繍が入ったワンピースだった。シスターとして露出の多い服や派手な服は控えなければならない静刃も、これならと手を伸ばしかけた。
が、後ろはこんな感じと、背中側が大きく開いたデザインを見せられた。
「戻してきてくださいっ」
「えー? 上着はおれば見えないぜ」
「ダメです!」
静刃が首を縦に振らないので、ぶーぶー言いながらも元の位置に戻すヴィス。自分も一緒に選ぶから、と静刃は彼女のそばについた。
「ねえ、あなたのお店はどんな感じなのかしら」
店の隅から生暖かく見守っていたジルバに声をかけたのはセレナだった。
「扱っている衣装の種類やデザインに興味があるの」
「そうねえ、一言では説明できないわ。あたしの店を実際に見てもらうほうが間違いないわね」
「ええ、是非! ドレスができたら見に行きたいと思っていたのよ!」
普段はあまり感情的にはならないセレナがはしゃいでいる。というのも、彼女の大切な人であるステラの服は、何時も彼女が選んでいるのだという。
放っておいたら男性みたいな服装ばっかりするんだからと唇をとがらせたセレナに、ジルバは背後を見るように促した。言われたとおりにセレナが振り返れば――
「可愛らしいあなたみたいな人に似合うんじゃないかな……?」
ステラが女性客に声をかけていた。
「ステラ! もう、またなの……!」
セレナが怒って近づくと、ステラは女性たちに軽く手を振ってからセレナに向き直った。
「おや、僕は褒めていただけなんだけど……ほんとすぐセレナは拗ねるんだから……」
「拗ねてるんじゃなくて、妬いてるのよ!」
ジルバが聞いている限りでは、どちらでも変わらない。犬も食わない類のものであることは間違いないのだ。何よりステラが、嬉しそうに笑っている。
「少しお話しませんか?」
セレナの次は静刃が訪れた。ヴィスはどうしたのかと問えば、居場所を指で示した。喧嘩しているエリザベタとイーターを構いに向かっている。
「かつて、私には愛した男性がいました。心を焦がすほど、他に誰も見えない程に愛した、たったひとりの……」
店の壁に寄り掛かり、ゆっくりと小さな声で語る。
自身で手を下しての死別で幕を下ろした想い。そんな最悪の別れを経てしても、色褪せることなく思い出せるのだという。
「……ごめんなさい。続きは忘れてしまいました」
口に出しているうちに、胸につかえるものがあったのか。静刃は微笑み、誤魔化した。ジルバも続きを促しはしない。
日常の時間が流れる店の中。でも、と静刃がジルバの瞳をのぞきこむ。
「誰かを好きになるというのは人それぞれの形があります。自分の好きは自分だけのもの。貴方の好きは貴方だけのもの。誰かに聞いて参考にするのは勿論良いけれど、あくまで参考に」
彼女の歩んできた道はどれだけ険しかったのだろう。満足げに戻ってきたヴィスと連れ立って、髪飾りのコーナーへ向かっていった。無意識のうちなのか、今度は彼女のほうから自然と手をつないで。
エリザベタとイーターが何を喧嘩していたのかといえば。
「イーター……我が子たちの面倒をみるのは私の役よね……?」
店のドアを開けるのは自分であるべきだったとのエリザベタの主張をイーターが軽くいなすことで発生した、とても一方的な、言いがかりともいえるものだった。殴ってみたり、蹴ろうとしたり。その手数すべてをイーターはやんわり受けていた。
むきになって放たれた渾身のパンチ。それすらもイーターは軽く受け止め、手のひらで包み込んだ。そのまま勢いを殺さず流せば、エリザベタの体勢は難なく崩れる。そこを引き寄せた。
「……そろそろ、次、いかないとだろう?」
目と鼻の先から届く囁き声。
反射的に、エリザベタはイーターと距離を取った。と思ったのだが、近くにいる。すぐ後ろをついてくる。
「ついてこないでちょうだい!」
不機嫌に告げても、イーターは楽しげに、しかし静かに笑うばかり。
エリザベタは気づいていないのだ。受け止められた手は繋がったままだということに。
喧嘩がひと段落した頃、ジルバはステラとアクセサリの棚を見ていた。残念ながら自分には似合わないと言うジルバ、その手をそっとステラがとった。酷使するがゆえ皮膚が厚い、職人の手だ。
「……僕はね、あなたのはとても素敵な手だと思うよ」
ステラがまた妬いてしまうから内緒ね、と付け加えて、ウインクした。
ちょっとごめんね、と男性客に絡まれているセレナのもとへ向かうステラの背中を見送りながら、ジルバは思った。セレナがやきもち焼きになってしまうのも納得だと。
それからヴィスと静刃もアクセサリを見にやってきて、エリザベタの機嫌もすっかり良くなった。
「まあ、可愛いアクセサリがあるわ。母さんが我が子達に買いましょうか?」
お揃いのデザインで各自の瞳の色に揃えるという。異を唱える者もなく、エリザベタはひとつひとつ個人の瞳の色と見比べながら選んでいった。
「――じゃあこれ、いただくわ。お代は他を見てからでいいかしら」
別の装飾品に集まる皆をエリザベタが追いかける。その隙を見て、イーターが店員に小声で話しかけた。
「俺が払おう。釣りはとっておけ」
彼以外の5人分にもうひとつ分を上乗せして渡す。しかし店員はこれでちょうどだと返した。トレイに並べられているのは6つのネックレスだった。
「何してるのイーター!」
気づいたエリザベタが叫ぶ。声音には心なしか焦りがにじんでいる。
「……リザ。俺の分まであるのか」
え、そうなの? と結社の仲間が、ついでにジルバも、エリザベタを凝視した。
「あ、あなただけ仲間外れにするわけにはいかないじゃない」
そっぽを向いた理由はエリザベタ自身にもよくわからない。けれど皆が二人をはやし立てるには十分すぎるほどの火種だった。
「責任とって結婚?!」
「式を挙げる際にはお手伝いを」
「……他の皆にも伝えなくちゃ」
「あら、ウェディングドレスが必要なの?」
エリザベタの否定もなんのその、目をキラキラさせて追撃をかける。
この間、イーターは黙っていた。エリザベタが自分の動向をうかがっていることを確認してから、やっとひとつ提案する。
「……リザだったら、深いワインレッドのドレスなども、似合うだろうな?」
瞬間、エリザベタが叫んだ。
「いぃぃぃたぁぁぁあ!」
噛みつくように迫るエリザベタをまたも軽くいなして、イーターは笑い声をあげた。
いろんならぶがあるものだと、ジルバは思う。自分の中にあって乾いていた大事なものがぴちぴちに潤ったことを感じながら。
白いレースのテーブルクロス。片手でつまめる甘いお菓子。繊細な花の絵が描かれたカップとお揃いのソーサー、中身はハーブティー。ひらひらとした服を着てお化粧ばっちりな乙女たち。これで話題は恋バナとくれば、これはもう完璧な女子会――のはずなのだが、その場にいるふたりの性別はどちらも男だった。
「だからね、ジルバちゃん。私は片想い中ってわけ」
カップを両手で包み込むようにして持ちながら、エミリオ・ブラックウェル(ka3840)は正面に座る依頼人に語りかけている。ジルバも両手で頬杖をついて話の続きを待っている。
「相手は可愛い従妹、なんだけどね。彼女が生まれた瞬間に一目惚れしちゃったのよ」
ガタイのいいジルバは横に置いておくとして、エミリオは黙っていれば美少女だ。しかし彼は女装が好きなだけで身も心も男性であり、恋愛対象もまた女性だった。
苦笑いを浮かべるエミリオは、ことさらゆっくりとカップに口をつけた。
「……彼女はまだ恋愛感情に疎いし、私の想いにも気付いて貰えてない……大切にしたい気持ちと、独占欲で縛りつけたい気持ち。相反する気持ちを行ったり来たりしてるのよ」
「わかるわぁ」
遠くを見るような眼差しに、ジルバがしてあげられることは相槌をうつことだけだ。
カップを置いて、エミリオは笑った。
「いいのよ、まだ『従兄のお兄ちゃん』枠でも。いずれ『従兄』ではなくて『男』として見て貰うつもり♪」
言い切るエミリオはとても可愛く、そしてカッコよかった――ジルバがきゅんきゅんしてしまうくらいには。
「そうそう、気分転換に外出は如何? 件の彼女を紹介するわ♪ そのかわりに着替える場所を貸してもらえると嬉しいんだけど」
「あら、それくらいお安い御用よ」
工房の一角、壁とカーテンに囲まれた試着室で、エミリオは思う。――少しは脱スランプにお役に立ててるかな?
着替えが終わった後、二人がやってきたのは街中にある広場だった。多くの人がいたのだが、目的の人物が誰なのかはジルバにもすぐにわかった。ほぼ一枚の白い布地を器用に着付けた衣装。エミリオと同じ服装の少女、アルカ・ブラックウェル(ka0790)だった。
「アルカちゃん、お待たせ♪」
「やっほー、エミリオ! 今日も綺麗だね!」
ふたりはお互いの頬にキスをして、それからハグを交わす。アルカの無邪気な笑顔から、キスもハグもただのイトコとしてのものだと察するに十分だった。
エミリオはアルカの手をとると、二人で一礼して見せた。
「私達の一族に伝わる舞踊をお見せするわ……楽しんでね♪」
舗装されているとはいえただの地面で、音楽もなく、二人は舞い始める。向かい合い、時には背中越しに、二人でひとつ、対の動きを披露する。
最初は遠巻きに見ていた周囲の人々も、追いかけ重なるような二人の歌声に引き寄せられ、観客となった。
(私の彼女への想い、感じ取って☆)
視線も指先も絡めてから、片手だけ離して、天に掲げる。片足を軸に回りながら、掲げた手の中に隠されていたのだろう白い花弁を散らす。天の祝福を表しているのだろうか。
魅せられた観客たちは二人に惜しみない拍手を送った。
――実はこれ、恋歌なのよ。
アルカが帰った後で、エミリオは教えてくれた。想いを遂げた男女が、運命に感謝を捧げるという内容なのだと。
彼女はいまいちわかってないけど、と笑うエミリオがとてもいじらしくて、ジルバはつい、彼をきつく抱きしめたのだった。
●気づいてほしい?
「雪峰楓24歳、ただいま恋しています」
真っ赤な顔を両手で隠しながら、雪峰 楓(ka5060) はジルバに挨拶した。女子会セットの中で恥じらう彼女はまさしく恋する乙女で、とても初々しかった。
「そういうの大好きよ。どんどん話してちょうだい」
ぐぐっと前のめりに食いつくジルバ、その豊満な胸筋がテーブルに乗る。
「えっと、お相手はお侍さんなんですけど」
ジルバは「オサムライ」というものが何を指すのかは知らない。けれど楓がちらりと隣に座る女性を盗み見たので、頬が緩むのを抑えるのが大変だった。
女性は楓の同伴者で、桜宮 飛鳥(ka5072) と名乗っていた。ハーブティーに不慣れなのか、ちびちび飲み進めている。
「その方、すらりとしていて凛々しくて。とても格好いいんですよ。初めてお会いした時から胸が高鳴って、何かあればその方のことばかり考えていて、ため息が出てしまって」
いったん愛する人の話を始めれば怒涛のように言葉が溢れ、流れ落ちる滝のように止まる気配を見せない。恋する乙女とはそういうものなのだ。
出会いの話を詳しく尋ねる合間にも、ジルバの視線はこっそりと飛鳥へ向けられていた。友達になったのは割と最近だというが、よくまあこれでバレていないものだ。
「それにしても……」
工房を見渡して、楓は嘆息した。作りかけの服を着たトルソが立っているのだが、そのなかのひとつが、真新しい白い布地をまとっている。ウェディングドレスになる予定のものだ。
「わたくしの故郷ではマイナーな衣装でしたけど、いいですよね!! 白無垢ももちろん素敵なんですが……なんか女の子の夢が詰まっているような気がします!!」
これまたジルバの知らない「シロムク」という単語が出てきたのだが、話の流れで婚礼衣装の種類とわかる。
女の子の夢、というのはジルバが特に大事にしているもののひとつに含まれる。それは女の子を輝かせてくれる。特に人生の晴れ舞台を彩る最たる存在がウェディングドレスなのだ。
「わたくしも、もうそれなりの年ではないですか。お嫁にいくこととか、それこそドレスを着てその方の隣に……とか、色々と考えてしまうのです。って、あらやだ、まだお付き合いもしていないのに」
嫁入り前の乙女は妄想に胸を膨らませてしまうものだ、仕方ない。
「飛鳥さんはウェディングドレスをどう思います?」
勢いに任せて、楓は飛鳥に問いかける。急に話を振られた飛鳥は目をぱちくりとさせた。
「……ああ、こちらの花嫁衣裳か。これはこれで好きだぞ」
――好きだぞ。
この部分だけ切り取っての脳内リピートは恋する乙女の持つ特殊能力である。なんならそこに自分に呼びかけてくれた時の声を合成することもできる。楓も心の中では歓声をあげていることだろう。
「ジルバさん、女の私から声をかけたらやっぱりはしたないでしょうか」
「あたしは全然アリだと思うわよ」
「ですよね!」
楓の勢いは衰えることを知らず、当の想い人である飛鳥を置いてきぼりにしていく。その飛鳥も、障害もあるだろうが頑張ればいいさと、あくまで他人事であるのだが。
「しかし、その片思いの相手、誰なんだ?」
「ふふっ。意外とあなたの近くにいるんじゃなぁい?」
「あらやだ、もう、そんなことないですよ♪」
お茶だけで酔ったのかというほどテンションの高い楓とジルバ。肝心のところだけを霧の中に残したまま、華の女子会は続く。
●仲間たちの愛のかたち
結社の仲間だという6人に誘われて、ジルバはショッピングに出かけた。最後尾から彼女たちの様子を眺めているのだが、実に飽きない。
ヴィス=XV(ka2326)は静刃=II(ka2921)にべたべたするのが好きらしい。腕と指を絡めながら楽しく会話しているかと思いきや、不意打ちで頬にキスをして怒られている。
その後ろにはすれ違う女の子に声をかけるステラ=XVII(ka3687)がいて、片眉を上げたセレナ=XVIII(ka3686)にたしなめられている。セレナがステラの服の端をつまんでいるのが可愛らしい。
エリザベタ=III(ka4404)は前方の4人を慈愛の表情で眺めている。――のだが、隣を歩くイーター=XI(ka4402)だけは視界からはじき出そうとしているのが感じ取れる。イーターのほうもそれをわかっているのか、4人を見ようとすればどうしても視界に入る絶妙なポジションへと逐一移動している。
(面白いわねえ)
ジルバが頭のメモ帳へひっきりなしに書き込んでいる合間に、一行は衣料品店に入っていく。扉は前に出たイーターが開けていた。
「これ、絶対静刃に似合う!」
ヴィスが呈示したのは、銀色に白の刺繍が入ったワンピースだった。シスターとして露出の多い服や派手な服は控えなければならない静刃も、これならと手を伸ばしかけた。
が、後ろはこんな感じと、背中側が大きく開いたデザインを見せられた。
「戻してきてくださいっ」
「えー? 上着はおれば見えないぜ」
「ダメです!」
静刃が首を縦に振らないので、ぶーぶー言いながらも元の位置に戻すヴィス。自分も一緒に選ぶから、と静刃は彼女のそばについた。
「ねえ、あなたのお店はどんな感じなのかしら」
店の隅から生暖かく見守っていたジルバに声をかけたのはセレナだった。
「扱っている衣装の種類やデザインに興味があるの」
「そうねえ、一言では説明できないわ。あたしの店を実際に見てもらうほうが間違いないわね」
「ええ、是非! ドレスができたら見に行きたいと思っていたのよ!」
普段はあまり感情的にはならないセレナがはしゃいでいる。というのも、彼女の大切な人であるステラの服は、何時も彼女が選んでいるのだという。
放っておいたら男性みたいな服装ばっかりするんだからと唇をとがらせたセレナに、ジルバは背後を見るように促した。言われたとおりにセレナが振り返れば――
「可愛らしいあなたみたいな人に似合うんじゃないかな……?」
ステラが女性客に声をかけていた。
「ステラ! もう、またなの……!」
セレナが怒って近づくと、ステラは女性たちに軽く手を振ってからセレナに向き直った。
「おや、僕は褒めていただけなんだけど……ほんとすぐセレナは拗ねるんだから……」
「拗ねてるんじゃなくて、妬いてるのよ!」
ジルバが聞いている限りでは、どちらでも変わらない。犬も食わない類のものであることは間違いないのだ。何よりステラが、嬉しそうに笑っている。
「少しお話しませんか?」
セレナの次は静刃が訪れた。ヴィスはどうしたのかと問えば、居場所を指で示した。喧嘩しているエリザベタとイーターを構いに向かっている。
「かつて、私には愛した男性がいました。心を焦がすほど、他に誰も見えない程に愛した、たったひとりの……」
店の壁に寄り掛かり、ゆっくりと小さな声で語る。
自身で手を下しての死別で幕を下ろした想い。そんな最悪の別れを経てしても、色褪せることなく思い出せるのだという。
「……ごめんなさい。続きは忘れてしまいました」
口に出しているうちに、胸につかえるものがあったのか。静刃は微笑み、誤魔化した。ジルバも続きを促しはしない。
日常の時間が流れる店の中。でも、と静刃がジルバの瞳をのぞきこむ。
「誰かを好きになるというのは人それぞれの形があります。自分の好きは自分だけのもの。貴方の好きは貴方だけのもの。誰かに聞いて参考にするのは勿論良いけれど、あくまで参考に」
彼女の歩んできた道はどれだけ険しかったのだろう。満足げに戻ってきたヴィスと連れ立って、髪飾りのコーナーへ向かっていった。無意識のうちなのか、今度は彼女のほうから自然と手をつないで。
エリザベタとイーターが何を喧嘩していたのかといえば。
「イーター……我が子たちの面倒をみるのは私の役よね……?」
店のドアを開けるのは自分であるべきだったとのエリザベタの主張をイーターが軽くいなすことで発生した、とても一方的な、言いがかりともいえるものだった。殴ってみたり、蹴ろうとしたり。その手数すべてをイーターはやんわり受けていた。
むきになって放たれた渾身のパンチ。それすらもイーターは軽く受け止め、手のひらで包み込んだ。そのまま勢いを殺さず流せば、エリザベタの体勢は難なく崩れる。そこを引き寄せた。
「……そろそろ、次、いかないとだろう?」
目と鼻の先から届く囁き声。
反射的に、エリザベタはイーターと距離を取った。と思ったのだが、近くにいる。すぐ後ろをついてくる。
「ついてこないでちょうだい!」
不機嫌に告げても、イーターは楽しげに、しかし静かに笑うばかり。
エリザベタは気づいていないのだ。受け止められた手は繋がったままだということに。
喧嘩がひと段落した頃、ジルバはステラとアクセサリの棚を見ていた。残念ながら自分には似合わないと言うジルバ、その手をそっとステラがとった。酷使するがゆえ皮膚が厚い、職人の手だ。
「……僕はね、あなたのはとても素敵な手だと思うよ」
ステラがまた妬いてしまうから内緒ね、と付け加えて、ウインクした。
ちょっとごめんね、と男性客に絡まれているセレナのもとへ向かうステラの背中を見送りながら、ジルバは思った。セレナがやきもち焼きになってしまうのも納得だと。
それからヴィスと静刃もアクセサリを見にやってきて、エリザベタの機嫌もすっかり良くなった。
「まあ、可愛いアクセサリがあるわ。母さんが我が子達に買いましょうか?」
お揃いのデザインで各自の瞳の色に揃えるという。異を唱える者もなく、エリザベタはひとつひとつ個人の瞳の色と見比べながら選んでいった。
「――じゃあこれ、いただくわ。お代は他を見てからでいいかしら」
別の装飾品に集まる皆をエリザベタが追いかける。その隙を見て、イーターが店員に小声で話しかけた。
「俺が払おう。釣りはとっておけ」
彼以外の5人分にもうひとつ分を上乗せして渡す。しかし店員はこれでちょうどだと返した。トレイに並べられているのは6つのネックレスだった。
「何してるのイーター!」
気づいたエリザベタが叫ぶ。声音には心なしか焦りがにじんでいる。
「……リザ。俺の分まであるのか」
え、そうなの? と結社の仲間が、ついでにジルバも、エリザベタを凝視した。
「あ、あなただけ仲間外れにするわけにはいかないじゃない」
そっぽを向いた理由はエリザベタ自身にもよくわからない。けれど皆が二人をはやし立てるには十分すぎるほどの火種だった。
「責任とって結婚?!」
「式を挙げる際にはお手伝いを」
「……他の皆にも伝えなくちゃ」
「あら、ウェディングドレスが必要なの?」
エリザベタの否定もなんのその、目をキラキラさせて追撃をかける。
この間、イーターは黙っていた。エリザベタが自分の動向をうかがっていることを確認してから、やっとひとつ提案する。
「……リザだったら、深いワインレッドのドレスなども、似合うだろうな?」
瞬間、エリザベタが叫んだ。
「いぃぃぃたぁぁぁあ!」
噛みつくように迫るエリザベタをまたも軽くいなして、イーターは笑い声をあげた。
いろんならぶがあるものだと、ジルバは思う。自分の中にあって乾いていた大事なものがぴちぴちに潤ったことを感じながら。
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/06/06 21:19:49 |
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相談卓 ステラ=XVII(ka3687) 人間(クリムゾンウェスト)|22才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/06/07 02:11:15 |