ゲスト
(ka0000)
【春郷祭】華の舞踏会
マスター:松尾京

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/06/08 15:00
- 完成日
- 2015/06/17 03:45
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
同盟領内に存在する農耕推進地域ジェオルジ。
この地では初夏と晩秋の頃に、各地の村長が統治者一族の土地に集まって報告を行う寄り合いが行われる。その後、労をねぎらうべくささやかなお祭りが催されていたのだが、昨年の秋から状況が一変。同盟の商人や各地からの観光客が集まるお祭りとして賑わっていた。
そして今年の春。遠き辺境の地での戦いが終息に向かったのを見計らい、延期にしていた春の村長祭を開催する運びとなった。
今回は辺境のお祭りとの共催となり、より一層の盛り上がりが予想されるが、今回のジェオルジ村長祭はどんな催しが行われるのか。
夕刻。
日が沈むに従って、晩景へと空が美しく変化してくる頃。
村のその周辺では上品に照明が焚かれ、一つの舞台が照らし出されていた。
磨かれた木板の床面に、高さのない平台のような見た目。そして花々できらびやかに飾られたその舞台は、どこか、格調高い。
雅やか、とまではいかないが、明らかにジェオルジの文化にはないルックスであり……。
有り体に言えば、ヴァリオス的な趣味の、舞踏用のホールの床面のようであった。
舞台へ集まってきている人びとは、村人も多かったが――ここにいる全員が、農村住まいとは思えない格好をしていた。
女性は、ドレス。男性は、黒のコート。
家族で来るものや、単身で参加するもの、恋人同士など、顔ぶれは様々だが、皆、社交の正装の様な格好に身を包んでいる。
というのも当然の話で、今回のこの催し――舞踏会では、衣装をただで貸し出しているのだった。
その上でヴァリオスの一部の富裕層が嗜んでいるという舞踏会に自由に参加できるとなると、興味本位で来てみよう、と思う人びとが出てくるわけであった。
何となく都会の優雅な暮らしを聞きかじって、舞踏会というものに参加してみたい、と思っていた村娘などは、家族を引っぱって舞台に向かっている。
「わぁ、夜になると、一段と素敵な会場ね! 私、一度でいいから、こういうところで踊ってみたいと思ってたの。ねぇ、早く行きましょ」
彼女に限らず、女性はこの舞台に魅力を感じるものも多いようで、自分のドレス姿と合わせて、皆既に楽しそうな表情を浮かべている。
男性も、この馴染みのない雰囲気にとまどいつつも、興味を持って参加する者が多かった。
その様子を見ながら、村長は、横に立つヴァリオスの商人に言った。
「農村で舞踏会とは、珍しいですなぁ。おかげで、皆楽しそうだが」
ヴァリオスの商人――まだ若い男である彼は笑った。
「踊るのはみんな、好きですからね。何も金持ちの専売特許じゃない」
言って、美しい衣装で歩く人びとを眺める。
「正装して踊る、なんて、馴染みがない人もいるかも知れないけど……。舞踏会は、楽しいですよ。ひとたびそこに入れば、別世界だ。普段言えないことも言えるし、新しい出会いもある」
向こうじゃ金や家柄を誇示したいだけの人もいたけど、と言って続ける。
「ここでは、ただ楽しみたい人が踊ればいいから、またいいと思うんです。祭ですから、楽しんでほしいですね」
もっとも、この商人も酔狂ではない。既にかなり名を売っているし、これが商機に繋がれば、とも思っている。
とはいえ、花々に飾られた舞踏会場――このおとぎ話の中の様な光景を、浮き立つような気持ちで見ているのも、また本当であった。
「それにしても、思ったより参加者が多いですな」
「今回は、ハンターの皆さんを呼んだものですから。彼らがいると出しものが楽しくなるよ、と知り合いから聞いたもので」
実際は、ハンターが参加することで、村人にとっての敷居をより低くしようという目論見があったのだが……不安が杞憂に終わった今となっては、それもどうでもよかった。
「ハンターの皆さんにも、この空気を味わって頂ければいいですね」
それは本心だ。
弦楽器奏者たちが、準備を始める。
華の舞踏会に、皆がステップを踏み出してゆく。
この地では初夏と晩秋の頃に、各地の村長が統治者一族の土地に集まって報告を行う寄り合いが行われる。その後、労をねぎらうべくささやかなお祭りが催されていたのだが、昨年の秋から状況が一変。同盟の商人や各地からの観光客が集まるお祭りとして賑わっていた。
そして今年の春。遠き辺境の地での戦いが終息に向かったのを見計らい、延期にしていた春の村長祭を開催する運びとなった。
今回は辺境のお祭りとの共催となり、より一層の盛り上がりが予想されるが、今回のジェオルジ村長祭はどんな催しが行われるのか。
夕刻。
日が沈むに従って、晩景へと空が美しく変化してくる頃。
村のその周辺では上品に照明が焚かれ、一つの舞台が照らし出されていた。
磨かれた木板の床面に、高さのない平台のような見た目。そして花々できらびやかに飾られたその舞台は、どこか、格調高い。
雅やか、とまではいかないが、明らかにジェオルジの文化にはないルックスであり……。
有り体に言えば、ヴァリオス的な趣味の、舞踏用のホールの床面のようであった。
舞台へ集まってきている人びとは、村人も多かったが――ここにいる全員が、農村住まいとは思えない格好をしていた。
女性は、ドレス。男性は、黒のコート。
家族で来るものや、単身で参加するもの、恋人同士など、顔ぶれは様々だが、皆、社交の正装の様な格好に身を包んでいる。
というのも当然の話で、今回のこの催し――舞踏会では、衣装をただで貸し出しているのだった。
その上でヴァリオスの一部の富裕層が嗜んでいるという舞踏会に自由に参加できるとなると、興味本位で来てみよう、と思う人びとが出てくるわけであった。
何となく都会の優雅な暮らしを聞きかじって、舞踏会というものに参加してみたい、と思っていた村娘などは、家族を引っぱって舞台に向かっている。
「わぁ、夜になると、一段と素敵な会場ね! 私、一度でいいから、こういうところで踊ってみたいと思ってたの。ねぇ、早く行きましょ」
彼女に限らず、女性はこの舞台に魅力を感じるものも多いようで、自分のドレス姿と合わせて、皆既に楽しそうな表情を浮かべている。
男性も、この馴染みのない雰囲気にとまどいつつも、興味を持って参加する者が多かった。
その様子を見ながら、村長は、横に立つヴァリオスの商人に言った。
「農村で舞踏会とは、珍しいですなぁ。おかげで、皆楽しそうだが」
ヴァリオスの商人――まだ若い男である彼は笑った。
「踊るのはみんな、好きですからね。何も金持ちの専売特許じゃない」
言って、美しい衣装で歩く人びとを眺める。
「正装して踊る、なんて、馴染みがない人もいるかも知れないけど……。舞踏会は、楽しいですよ。ひとたびそこに入れば、別世界だ。普段言えないことも言えるし、新しい出会いもある」
向こうじゃ金や家柄を誇示したいだけの人もいたけど、と言って続ける。
「ここでは、ただ楽しみたい人が踊ればいいから、またいいと思うんです。祭ですから、楽しんでほしいですね」
もっとも、この商人も酔狂ではない。既にかなり名を売っているし、これが商機に繋がれば、とも思っている。
とはいえ、花々に飾られた舞踏会場――このおとぎ話の中の様な光景を、浮き立つような気持ちで見ているのも、また本当であった。
「それにしても、思ったより参加者が多いですな」
「今回は、ハンターの皆さんを呼んだものですから。彼らがいると出しものが楽しくなるよ、と知り合いから聞いたもので」
実際は、ハンターが参加することで、村人にとっての敷居をより低くしようという目論見があったのだが……不安が杞憂に終わった今となっては、それもどうでもよかった。
「ハンターの皆さんにも、この空気を味わって頂ければいいですね」
それは本心だ。
弦楽器奏者たちが、準備を始める。
華の舞踏会に、皆がステップを踏み出してゆく。
リプレイ本文
●繋ぐカドリル
花々に彩られた舞台で、舞踏会ははじまっていた。
最初は、カドリル。穏やかな音楽とミドルテンポのダンスが、フロアの上に花開いてゆく。
慣れない正装に身を包み、離宮 宵(ka5003)は居心地の悪そうな表情をしていた。
約束していた親友が来なかったせいである。
「ドタキャンなんてひどいぜ、あっちゃん……」
あとでアイス奢らそう……と、行き場のない感情を持て余していたが……。
飾られた花々を見ていると、いつしか気分が上向いていく。
そのとき、薔薇の飾りがついた赤いドレスを着た少女――マリエッタ“タリーア”フリート(ka3279)と目が合う。
マリエッタは、自然に宵に手をのばした。
「一人なら、踊るのね。マリーも踊るのよ」
宵は、応じた。ゆっくりと二人は踊りだす。互いに自己紹介をすると、宵は聞いた。
「ねえ、マリエッタさん。花は好き?」
「薔薇がとても、好きなのよ」
二人はしばし、花の話で盛り上がった。
ダンスを終え、マリエッタと離れると……宵は、近くにいたパルケット(ka4928)と自然、踊りだす。
髪を綺麗に結い、ビジューが星のように輝く黒いドレスを着たパルケットは……その白く透けるショールも相まって、大人っぽく見える。けれど一カ所気になって、宵は聞いた。
「えっと、パルケットさん……もしかして機嫌悪い?」
「元からこういう顔だよ」
仏頂面で答えるパルケット。実際は、機械作りに行き詰まって、ヤケで参加したからでもあったが……舞踏会の経験があるから、ダンスはなめらかだった。
するとその顔も少しずつにこやかになる。二人でしばしそうして、ダンスを楽しんだ。
蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)は紫煙を燻らせ、踊る皆を微笑ましく見守っていた。
ドレスはマーメイドライン。胸覆いは白、腰から裾は火炎色から真紅のグラデーション。白いファーを纏った蜜鈴は、色香を漂わせる。
舞台に上がったところで、一人となった宵と行き会い――二人で踊りだす。
輪を通り抜けるような軽いステップ。いつしか蜜鈴の口を小さくついて出ている、音楽に合わせた即興の歌。宵は言った。
「綺麗だね。歌も、それに踊りも」
蜜鈴は直接は答えずに、微笑んだ。
「祭事に歌と踊りは、つきものじゃ」
それに花を添えられれば何より、というように。
宵と別れると、蜜鈴の前にマリエッタが現れた。
「マリーと一緒に踊るの」
蜜鈴はしなやかな所作で手を取る。
マリーの楽しげな踊りに、蜜鈴は合わせていった。
「それほど楽しげな踊りを見せられれば、妾まで愉快になるよ」
「お祭りはそういうものなのね。だからもっと踊るのよ。きっと、楽しいのよ」
二人の踊りは、不思議な調和を見せていった。
黒のドレスとハイヒール。印象も相まってどこか猫のような少女――小鳥遊 時雨(ka4921)は、誰かと踊ろうと、辺りを見回していた。
と、そこで舞台袖にいた浅黄 小夜(ka3062)を見つけた。
小夜は黒猫の人形・シオン君と一緒に、踊りや花を楽しみながら食事をしている合間だった。
「ねーっ、せっかく来たんなら、一緒におどろっ」
時雨が手を差し出すと、小夜は遠慮がちに見上げた。
「あ、でも小夜……正装も、してへんし……」
「そのままでも充分、かわいいし平気だよっ」
小夜は、ここにいるだけでも楽しかった。
けれどせっかくのお祭り、踊ってみるのもいいかな、とは思っていた。
時雨に引かれるようにして、踊りだす。
「踊りは……上手に出来るかは、わからんけど……」
「私も人前で踊るのは初めてだし、不慣れだから大丈夫っ! 思いっきり楽しんじゃおっ?」
たどたどしくも、明るいダンスは、そうして二人に笑顔を運んだ。
ばいばーい、と手を振る時雨と別れたところで、小夜は宵と行き会う。
時雨にもらった楽しさのままに、小夜は彼とも踊った。ぽつぽつと、話す。
「小夜さんは、去年の祭にも出たんだ」
「うん……去年も、まめしとか……楽しかった。今年も、お花がたくさんみたいで、楽しい、です」
「花は俺も、好きだよ」
ゆっくりとしたムードの中、二人は踊りと会話を交わした。
マリエッタは蜜鈴と離れたあと――宵と別れ、一人外に出ようとしている小夜を見つけた。
「もう踊らないのは、もったいないのね。マリーと踊るのよ」
同年代の少女に手を差し出され、小夜も、迷った挙げ句に手を取った。
会話を交わしながら、小夜は気付いたように言う。
「小夜との踊り……もし退屈だったら……ごめんなさい」
「マリーね、お顔、いつも眠そうな顔なのよ。でも、とっても楽しいの」
そうして、ステップはどこまでも楽しげに続けた。少女二人、ダンスフロアに花が咲いたような踊りが、しばし続いた。
小夜と別れると……マリエッタはそれを見ていた時雨と、自然に踊りだす。
「うんうん。確かに、一緒に踊ると楽しそうっていうのが伝わってくるよ」
「あなたも楽しそうなのね。マリーも嬉しいの」
踊りを楽しむもの同士、軽やかな踊りが続いた。
次にマリエッタが行き会ったのは、優雅な紳士。
黒のフロックコートにアスコットタイ、白手袋に銀のカフスという、ルキハ・ラスティネイル(ka2633)だ。ルキハはにこりと笑った。
「あら、可愛い子ね♪ あたしちゃんアナタみたいな子も好きよ?」
マリエッタの手を取ると、エスコートするように踊る。
「アナタ、お顔はとっても眠そうだけれど。瞳がきらきらしていて素敵よ」
「マリーだけじゃなく、ここには、きらきらがいっぱいなのね。友達と一緒の人は、ぽかぽかも。きらきら、ぽかぽか、ぴかぴか。たくさんの魔法が溢れてるのが、マリーは好きなのよ」
「うふ♪ アナタ、大人になったら素敵な女性になるわよ?」
思わせぶりな言葉を最後に、二人はダンスを終えた。
ルキハが次に見つけたのは、一人の男性。
クランクハイト=XIII(ka2091)だ。結社のメンバーが集まっていると小耳に挟んで、踊るつもりはなかったが参加していた。
「そこのアナタ。せっかくの舞踏会、踊らないの?」
「私ですか。見ての通り、いい歳ですから。皆さんのようにはしゃぐと、うっかりやっちゃいそうなので、ええ」
クランクハイトが笑顔で答えると、ルキハは率先して踊りだす。
「楽しいわよ♪ 踊っちゃいましょうよ、ね」
「……ふむ、そうですね。では、着替えるのも面倒なので、このままで。――死に神と踊るなんて、酔狂ですね、貴方も」
「今宵の御縁に感謝、ね♪」
内心歓喜しつつ、ルキハはしばし、クランクハイトとのダンスに興じた。
クランクハイトを次に誘ったのは、マリエッタだ。
よく動くマリエッタに、クランクハイトはついていきながらも、その動きはぎこちない。
実のところ、他人と踊った経験は全くなかった。
「だから、見ているだけにするつもりだったのですがねぇ……」
「踊っていれば、楽しいのね。それで充分なのよ」
マリエッタの言葉に、クランクハイトはふむ、と頷く。まあ、たまの酔狂なら悪くないのだろう、と思った。
舞台の端に寄っているパルケットに、ダンスを終えたクランクハイトが行き会った。
パルケットも、宵との踊りで、ダンスが楽しくなってきた頃だ。クランクハイトも、少しばかり流れに身を任せる気分となっている。
二人はどちらからともなく手を取り、踊りだす。
「ダンスは不慣れで、申し訳ありませんが――」
「合わせるから、大丈夫だよ」
二人の気遣いが、互いに心地よさを運ぶ。
「ハンターってだけじゃなく、神父さんなんだね」
「ええ、貴方は?」
「ハンターと、それから機械の研究家みたいなもの、かな」
神父と機械研究家が踊るのも、舞踏会ならではであろうか。しばしそんな時を、二人は過ごす。
舞台の外。
クレア=I(ka3020)は、くるりと一回転して、ふわりとドレスを見せてみせる。
「似合うかしら?」
「うん。よく似合ってるよ。今日の女神様はひときわ輝いてる」
微笑んで返すのは、バーリグ=XII(ka4299)。クレアにドレスをプレゼントした本人だ。
クレアはバーリグに礼を言うと――行き会う同結社の人間と軽い挨拶を交わす。
そして、ツヴァイ=XXI(ka2418)のもとへと歩いた。今宵のパートナーであり、片恋相手。
クレアを見ると……ツヴァイは一緒に、自然とひとけのない方向へ移動する。
「何か、飲むか? 食べるのも、いいが」
ツヴァイが気にかけると、クレアは柔らかく笑った。
「私だけ飲むのも寂しいわ。迷惑じゃなければ、付き合って?」
逆に、饗されている料理からグラスを取って、ツヴァイに渡す。ツヴァイは頷いて、しばしワインを共にする。ちらとクレアを見て言った。
「……まあ、似合っているんじゃないか?」
「……本当? 嬉しいわ」
ツヴァイは花を一つ取って、クレアの髪に挿した。
「今度、お前に似合うものを買ってやる。今はそれで我慢しろ」
髪をすくように撫でると……クレアも、少し頬を染めて、笑みを浮かべた。
「私はこれで充分……ありがとう」
バーリグはクレアを見送ったあと、舞台に上がった。一人のパルケットを見つけると、声をかける。
「美しいレディ。もしよければ俺をパートナーにしてくれませんか?」
「私でいいなら……」
エスコートするバーリグ。それに合わせるように、パルケットは踊った。
「こんな美人と踊れて、俺は幸せ者だな」
時間をかけて徐々に打ち解けると、バーリグはいつもに近い、軽い口調で言う。
パルケットは、舞踏会ではこういうことを言われるのはよくあると経験上、わかっている。ただ、それでも悪い気はしなかった。
「……ありがとう」
遠火 楓(ka4929)は、とりあえず相手を決めず、舞台に上がっていた。
ワインレッドのドレスに、毛先を巻いたポニーテールと赤い花の髪飾りが映える。そんな楓を誘ったのは、パルケットとの踊りを終えたバーリグだ。
「麗しいレディ。よければ、一緒に踊ってくれませんか?」
手をさしのべるバーリグに、楓はとりあえず従った。
「……どうも」
導くようなダンスに、楓はついていく。踊れなくはないが、足を踏まないように注意する。
「……うまく踊れなかったら謝るわ」
「女性はそのくらいの方が可愛いものだと思うよ」
バーリグは言って、笑った。
ダンスを終えてバーリグと離れると、楓は、黒レースのマーメイドドレスの女性――セレナ=XVIII(ka3686)と行き会った。
セレナは微笑み、手を差し出す。楓も流れに乗るように、手を取った。
セレナのステップは、優しく、踊りやすかった。
「あなた、上手なのね」
「ありがとう……。私、あまり賑やかなのは苦手なのだけれど……貴方と一緒は、楽しいわ」
セレナは言って、微笑んだ。
三人の参加者が舞台に上がる。
膝丈のかわいらしいプリンセスラインのドレスを着た、シャーロット=アルカナ(ka4877)と――その両側に並ぶ、エリザベタ=III(ka4404)とイーター=XI(ka4402)。
シャーロットが二人を引っぱると、どこか親子のようにも見えた。もっとも、エリザベタはイーターを不機嫌そうに見ていたけれど。
「イーターさま、わたしに教えてくださいな!」
シャーロットはまずイーターと踊った。ゆっくりと、導くようなステップで、二人は音楽に乗った。
エリザベタはクリスティーナ=VI(ka2328)の元へ歩いた。彼もまた仲間の一人だ。
「可愛いクリス。よかったら一曲、どうかしら?」
「喜んで。愛しい人」
クリスティーナは恭しく手を取り、ダンスをはじめる。
エリザベタの踊りは、上品だ。クリスティーナもまた、普段の不真面目さは見えず、優雅なステップだった。
「今宵は、どう? クリス」
「いい夜で、素晴らしい舞踏会だ。君や、バーリグ……他にも可愛い恋人が来ている」
微笑んで語るクリスティーナは……ダンスを終えると、エリザベタの指先に軽く口づけた。
「楽しんで」
そこに、シャーロットがやってきた。
「お母さま、わたしともおどりましょう!」
「ええ、もちろん」
嬉しげなシャーロットとも、エリザベタはカドリルを楽しんだ。けれどシャーロットは、最後にひらりとドレスの裾を摘み上げてお辞儀し、言う。
「イーターさま、しっかりお母様をエスコートしてくださいまし!」
エリザベタはちょっとだけ、唇を突き出した。
二人のペアが会場にやってきていた。
快活で優雅な振る舞いのロザーリア・アレッサンドリ(ka0996)と、しとやかに歩くウェンディ・フローレンス(ka3505)。
「よーし、ワルツ行こうか!」
情報を聞きかじっただけなのか、そんなことを言うロザーリアに、ウェンディは後ろから言った。
「ワルツは基本、男女ペアで踊るそうですわよ」
「……へ?」
今気付いたというように振り返るロザーリア。
「恋人同士も多いそうですよ。行きます?」
「……い、いやいや、あたしらそういうのじゃないし!」
「それに今やっているのはカドリルですわよ」
Oh……とうなだれると、じゃあそれで、とロザーリアは答えた。
(いつものそそっかしさと、見栄っ張りかしら。まあ、そこが可愛いと言いますか何と言いますか)
そんなふうに思うウェンディを、ロザーリアは舞台へエスコートしてゆく。
「やっぱ綺麗だね、このコは……」
「何か言われました?」
「え? いやいや、別に……」
ロザーリアが首を振りつつも眺めるウェンディは、ネイビーのドレス。ロザーリアは、オレンジだ。ロザーリアが視線に気付いて言う。
「このドレスも悪くないでしょ?」
「もちろんですわ」
さながら夕日と夜。色も対となったように、二人は踊りはじめた。
「さ、ウェンディ。カマンカマン♪」
ロザーリアはリードするようにステップを踏んでゆく。それも見栄っ張りの結果ではあったのだが……ウェンディは素直に導かれた。
踊りの心得がない、ということではなく――ウェンディからすれば、乗っかってあげているのだ。
(ホントにリードしているのは、私ですわね)
ま、でもそれはバレないように。私の手のひらの上で――と。
「ん? 何? そんなにダンス、楽しい?」
「ええ、とても」
くすり、とウェンディは笑った。
可愛い人、と思いながら。
寄せては返す振り付けの中で、偶然手を取り合った二人がいる。イーディス・ノースハイド(ka2106)と神谷 春樹(ka4560)。
二人は――多数の相手のうちの一人であったのに……不思議と、お互いが一番、馬が合う。
「ノースハイドさんとこうしていると……何だかすごく楽しいな」
「私も、今同じことを思っていたんだ」
イーディスは遠慮がちに答えた。
自覚は無い。けれど互いが、気になった。
●弾むガロップ
舞台上の空気は一転、賑やかになる。音楽は、楽しく、弾むよう。ダンスも、その風合いへ変遷する。
カグラ・シュヴァルツ(ka0105)は、濃紺のドレスを着たシュネー・シュヴァルツ(ka0352)を連れてきていた。
いや、見方によってはシュネーがカグラを引っぱってもいる。カグラは無表情で呟いた。
「まさか私が道連れにされるとは思いませんでしたね」
「ここに連れ出した張本人だもの……相手してもらうわ……」
シュネーは意地でも離さぬとばかり、カグラの腕を取っている。
「単独で放り出したはずなのですがね。まあ、いいでしょう」
参加しただけでも上出来、と、カグラはシュネーと一緒に踊ることにした。
シュネーはずんずんと、ガロップへ参加する。ゆったりした音楽だと余計恥ずかしいからだが――人前に出て思考がぶっ飛びはじめているからだとも、カグラにはわかった。
踊りはじめたシュネーを、カグラは支えていくことにする。
複雑なステップを際立たせ……シュネーが回転すれば無理なく加速させる。アクロバティックな動きは、持ち上げてダイナミックに見せた。
体を動かすこと自体に抵抗はないシュネーは、軽い身のこなしだ。
「さすがですね」
「……スポーツだと思えば、どうにかなるわ」
だがその激しく巧みな動きに、村人を中心とした参加者の視線が集まっていた。
「さて、いい感じに目立ってきましたね……と。もう逃げましたか」
目立つ、という言葉を聞くと。シュネーは動きを止め……舞台から急いで逃走していた。
「うん。何だか、楽しそう」
逢見 千(ka4357)はガロップの舞台に上がり、見回している。周りを眺めながらも、青いドレスをかすかに揺らし、明るい音楽に乗り始めていた。
千のドレス姿は、いっそうしとやかに映る。そんな千を最初にダンスに誘うのは、バーリグだ。
「これは、雅で美しいレディ。是非、俺と共に踊りませんか?」
「うん、いいよ。楽しい曲だし、一緒に踊っても」
軽やかな旋律が流れると、二人は踊りだす。
「私、ダンスは不慣れで練習ついでになっちゃうかも知れないけど……」
「もちろん、構いませんとも。美女の練習に立ち会えるのなら、光栄」
バーリグが答えれば、千はくるくると楽しく舞った。バーリグも合わせて、明るく踊った。
ガロップは、人を巻き込むような楽しさがある。横で踊るルキハとも、千は自然と合わせる形になっていく。
「あら! アナタ、いいノリね♪ 素敵よ」
「あなたも。えっと……」
「ルキハ、よ♪」
千は微笑んで頷くと、少々素速い動きにも何とかついていく。それも、楽しさを生む。
「あ、せっかくだから――アナタも、一緒に踊りましょうよ」
ルキハが言って誘い入れたのは――先ほど一緒になった、クランクハイト。
「私はもう、十分うまくない踊りをさらしたつもりでしたが……」
クランクハイトは最初は渋々な表情を作りつつも――
「最後にパーッと踊って終わるのも、いいわよ、ね♪」
「……うん。せっかくの、舞踏会だし」
ルキハと、千も言うと、誘われるままに参加した。
千を中心に、その輪は明るいリズムを刻んでいく。夜空の下、こうして踊るのも悪くない、と千は思った。
エリザベタは、シャーロットに促されるまま、イーターとのガロップをはじめていた。
顔はいまだ、むすっとした状態で。
「……もう。何、よっ」
感情のぶれを揉み消すように、速い振り付けに乗せて、イーターを振り回そうとする。
が、イーターは悠々、エスコートするようにダンスを続けるだけだ。
「大人しく踏まれなさい、よっ」
足の一つでも踏み付けてやろうとするエリザベタの動きも、あしらうように躱す。転びそうになったエリザベタの体は抱き留め、次の流れに繋げながら。
イーターの表情のかすかな変化を逃さず、エリザベタはむっとする。
「別に転びそうになんてなってないわ。わざとよ」
そんなやり取りも、シャーロットは楽しそうに眺めている。
「……お母さまったら。とても楽しそう!」
●想いの輪舞
流麗な旋律が舞台へ流れる。艶やかな音楽と共にはじまるのは、最後の演目――ワルツだ。
時雨が、ワルツの舞台へ上がっていた。ここでも、誰かと一緒に楽しく踊れればいい、と相手を探していたのだった。
その視線の先。見つけたのは、ドレス姿の楓であった。
楓はガロップでは壁の花をしていたが……ワルツは高校時代の経験で踊れるため、上がってきていた。
「あれー、楓がいるーっ」
時雨はぴょんぴょんと跳ねて、楓へ身振りでアピールする。
楓はちら、と気付きつつ、顔を背ける。
「……あー、何か喧しい声が聞こえたけど、きっと気のせいね」
「って、するー!?」
結局時雨は自分から楓に近づいていって、腕を取った。
「もーお、つれないんだからー、このこのっ」
「……はいはい、冗談冗談」
楓は時雨に手をさしのべ直す。
「お手をどうぞ。お手並み拝見」
「んー、こほんっ。……お手柔らかに、ね?」
時雨も改まったように手を取り……二人は踊りはじめた。
楓が男性パートで、時雨をリードしていく。楓は、ふん、と微笑む。
「で、お上品には出来るのかしら。足を踏まないでよね、レディ?」
「も、もちろんだよっ」
時雨は緊張しながらも、精いっぱい背伸びして、ついていく。せっかくの機会だ、ムードだけでも出したい、と。それでも少し、ぎこちなかったけれど。
「……ま、フォローはしたげるよ」
楓が言うと、時雨も少しずつ慣れてきたように……楓のペアとして、踊りを楽しんだ。
蜜鈴は、ワルツもたおやかに舞っている。
相手はバーリグ。バーリグの誘いに、蜜鈴は雅やかに手を取り……恋人達の舞いの中に、参加していた。
「ワルツの誘いに乗って頂けるとは。とても、幸福な時間だ」
「謀略の無い、心よりの舞踏じゃ。楽しまねば損であろ?」
蜜鈴は夜空を見上げた。空の星。流れる音色。楽しげな皆の表情。
「一夜限りの夢……なればこその至福じゃ……今宵の夢が永遠に続くように、とな」
全てを眺めつつ、蜜鈴は妖艶に舞った。
蜜鈴と踊り終えたバーリグだったが、もう一人二人、相手が欲しかった。
とはいえ、ワルツは相手が定まった参加者も多い。タイミングもあって、バーリグは手持ちぶさたになった。
そこへ、クリスティーナが歩いてきた。ためらいも無く手をのばす。
「良ければ一曲、どうだ?」
「……俺らでか。まあ、それも悪くない、か?」
バーリグは冗談交じりで答えたが――そういうことを本気で言ってくるのがクリスティーナでもある。
遠慮無くバーリグの手を取って、ワルツをはじめた。
「しょうがねえな……っ、と」
「ん……?」
互いに立ち止まる。二人が男役として相手をリードする動きをしようとしたためだ。何となく見合った。
「じゃんけんするか?」
クリスティーナはいいだろう、と答え、互いに手を出す。
結果は、バーリグの勝ち。クリスティーナは苦笑しつつ、女性役として手を取った。
「いや~、最後に踊るのが男とはなぁ」
「いいじゃないか。お前も俺の『可愛い恋人』さ」
いつも通りのクリスティーナに……バーリグは諦めたようにステップを踏んだ。
カグラは、逃走したシュネーを連れ戻していた。
「ひどいわ、カグラ兄さん……」
「いきなり舞台から逃げた罰、とは言いませんが。最後の曲くらいは参加しましょう」
言って、シュネーを優しく舞台上へエスコートする。シュネーは渋々ながらも……カグラに手を差し出す。
「相手がいないもの。だから……兄さん、お付き合いよろしくね」
「……いいでしょう。では、踊りますか」
そして、流れるように、踊りだす。
息は、ぴったり合っていた。今度は暴走することもなく、シュネーは踊った。
「これなら次回があっても参加できますね」
「……それはごめんだわ」
憎らしげな声を出しつつも……シュネーはカグラに寄り添うように踊った。
ツヴァイが、クレアをワルツの舞台へと導いていた。
手は二人、重ねて。ゆるやかに、ステップを踏み始める。
ツヴァイは終始、無表情であった。
「……ダンス、か。人が多くて、嫌になる」
そうしてさらに無表情になるのは――しかし、照れ隠しでもある。
途中、人に当たりそうになると……ツヴァイはクレアを引き寄せ、ダンスを続けた。ステップも、しっかりとクレアをリードしていた。
「それでも、一緒に踊ってくれて嬉しいわ」
答えるクレアも、ツヴァイの優しさはしっかりと、触れる手から、言葉から、その無表情からも……伝わっていた。
ゆっくりとターンして、二人が引き合い、距離がゼロになる。
「今日はとてもいい日だわ。……ありがとう」
「……踊っているだけさ」
ツヴァイは表情を変えず、無骨に返す。それでも、クレアは微笑んだ。
二人のワルツは、いつまでも続いていく。
エリザベタは舞台袖に降り、ぷんぷんとしている。イーターをぎゃふんと言わせられなかったからだ。
と――ワルツの音楽が響きわたってくると……イーターはまたやってきた。
エリザベタを舞台へ導くと、その指先に唇を落とす。
「一曲、踊って頂けませんか? マイフェアレディ?」
「……こういう時に限って声を出すのやめなさいよ」
感情の針を振れさせながら……それでも断るのはしゃくだから、エリザベタはイーターと踊った。
イーターは余裕さえあるように、くっくっと笑っている。エリザベタはそれを見つつも感情を立てなおし、イーターのリードにも抵抗しようとした。
「貴方に躾けられる覚えはないわ」
「――ドレス、似合っているぞ?」
イーターは、耳元で言う。するとエリザベタはまた感情の制御を失うのだった。
……少しくらい、仕返ししてやる。
と、エリザベタは背伸びした。それは、そっと、頬に。
どう? と言わんばかりのエリザベタに――イーターは、お返しした。優しく、おでこに。
エリザベタは立ち止まってしまう。
けれど、イーターに笑われるのはしゃくだ。
だから……また手を取って。二人はダンスを続けた。
「――まぁ!」
――そのやりとりを見ていたシャーロットは、口元を抑え、感嘆する。
母の恋路を、見守る娘として……嬉しそうに、自身も微笑んでいた。
「ふふっ、ヤッパリおにあいですわ♪」
舞台袖でたたずむセレナへと、手を差し出す参加者がいた。
ステラ=XVII(ka3687)だ。すらりとした男性正装で、一見するだけでは女性とわからない。くすりと微笑みで――あえてナンパをするかのように、セレナへ声をかける。
「素敵なお嬢さん、僕と一曲、踊って頂けませんか?」
「あら……素敵な方ね」
セレナは自身も笑みを浮かべ、手を重ねる。舞台へ導かれながら、ステラを眺める。
「ステラ。あなたのドレス姿も、見てみたかったけれど――」
「こんな僕じゃ、嫌い……?」
笑ってダンスをはじめるステラに……セレナは首を振った。
「嫌いなわけ、ないじゃない」
ステラがリードをすると、示し合わせたかのように、セレナはステップを踏む。その様は、まるで理想の恋人同士。
それを確認するようにステラは顔を寄せて呟く。
「セレナの相手をするのなら、それに見合う僕じゃないとね?」
「あら……そう?」
セレナはしかし、ご機嫌斜め、という表情を作った。少し責めるような口調で言う。
「私を放って、ナンパしてたでしょ」
ステラは微笑みを崩さない。セレナの言っていたことは事実だ。カドリルやガロップの間――ステラは村の女性の参加者を誘い、踊っていた。
自分を女性だと気付かぬ村の娘を、紳士的にリードし、時に抱き寄せ……優しいダンスを共にしていた。セレナはその様子を、しっかりと見ていたのだ。
「おや……何か、ご不満でしたか」
確信犯的に笑うステラの肘を、セレナは抓ってみたりする。
「ふふ。もう少し、優しくしてもらいたいな」
「……いいわよ」
気が済んだというように手を離すと……セレナは艶やかな声で返した。
「あとで二人きりの時に。ゆっくりとね……?」
視線で意思の疎通をし合うと、二人はゆっくりとしたダンスを続けた。
月明かりの下、ステラはきらきらと輝いて、星のように見えた。セレナは呟く。
「本当に、素敵な人ね」
「それはどうも……。でも、月の輝きには叶わないよ」
セレナを見ながら、ステラは言った。
イーディスと春樹は、ワルツで再び出逢った。
「相手がいなくてさ。よかったら、相手をしてくれない?」
舞台上、春樹はイーディスに手をさしのべている。イーディスは少しはっとして、見合った。
「わ、私がキミの相手でいいのかい」
「ノースハイドさんが、よければ」
イーディスは、少し照れたように手を取った。
「ありがと。断られたらどうしようかと」
「断るだなんて……失礼だし。その、考えてないさ」
二人はゆっくりとダンスをはじめる。イーディスは流れの中で、少し、意を決した。
「その。な、名前で呼んでいいかな? キミも、私をイーディと呼んでくれると……嬉しい」
「もちろん。えっと、イーディ。こ、これでいいかな」
二人は、何となく一瞬、目を逸らす。ダンスが、ぎこちなく崩れそうになった。
「あっ、平気?」
「あ、ああ。えと……別に、踊れないわけじゃ、ないんだが……その、キミが相手だと何故か少々気恥ずかしいね。キミは、大丈夫かい……?」
「あ、うん。一応、勉強も練習もしたんだけど。実際に女の子と踊るのは、初めてだから……僕も、緊張してる」
イーディスの、背中が大きく開いた青いAラインドレス――それも、春樹を意識させてしまっていた。
イーディスは、教えるように、春樹の手を引く。
「再開しよう。ステップは、そう。私の腰に、手をあてて」
「……あぅ、ゴ、ゴメン。もしかして変なところ触った?」
「い、いや、気にしないでいい」
赤面する春樹に、イーディスも恥ずかしげに答えた。
そんなダンスが、いつまでも続く――
イーディスは、舞台から降りながら、春樹に言う。
「今日はキミのおかげで楽しめたよ。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
それから、イーディスは少しもじもじとして春樹を見る。
「あ、えと、その……は、春樹さえよければ、また会いたいな」
「……僕なんかでよければ。むしろ、僕がお願いしたいよ」
春樹はどぎまぎしたように、笑った。
ルキハは、ワルツを楽しむ面々を眺めつつ――祭と夜の風情を肴に、ワインと軽食を愉しんでいた。周りの人とも、酒と雑談を交わしながら。
「私も踊って見たかったなぁ。相手がいれば……」
「あら、今からでも遅くないわよ♪ それに、出会いを作るのがこういう場でしょ?」
ルキハを二枚目の紳士と目論んで近づいてきた村娘と、最終的にガールズトークのようなことをしつつ。
「こうした舞踏会で、人と人との繋がりが生まれていくのね。笑顔も、この活気も、アタシは大好きよ」
煌びやかな夜に乾杯、と、夜空にも酒杯を掲げるルキハだった。
花々に彩られた舞台で、舞踏会ははじまっていた。
最初は、カドリル。穏やかな音楽とミドルテンポのダンスが、フロアの上に花開いてゆく。
慣れない正装に身を包み、離宮 宵(ka5003)は居心地の悪そうな表情をしていた。
約束していた親友が来なかったせいである。
「ドタキャンなんてひどいぜ、あっちゃん……」
あとでアイス奢らそう……と、行き場のない感情を持て余していたが……。
飾られた花々を見ていると、いつしか気分が上向いていく。
そのとき、薔薇の飾りがついた赤いドレスを着た少女――マリエッタ“タリーア”フリート(ka3279)と目が合う。
マリエッタは、自然に宵に手をのばした。
「一人なら、踊るのね。マリーも踊るのよ」
宵は、応じた。ゆっくりと二人は踊りだす。互いに自己紹介をすると、宵は聞いた。
「ねえ、マリエッタさん。花は好き?」
「薔薇がとても、好きなのよ」
二人はしばし、花の話で盛り上がった。
ダンスを終え、マリエッタと離れると……宵は、近くにいたパルケット(ka4928)と自然、踊りだす。
髪を綺麗に結い、ビジューが星のように輝く黒いドレスを着たパルケットは……その白く透けるショールも相まって、大人っぽく見える。けれど一カ所気になって、宵は聞いた。
「えっと、パルケットさん……もしかして機嫌悪い?」
「元からこういう顔だよ」
仏頂面で答えるパルケット。実際は、機械作りに行き詰まって、ヤケで参加したからでもあったが……舞踏会の経験があるから、ダンスはなめらかだった。
するとその顔も少しずつにこやかになる。二人でしばしそうして、ダンスを楽しんだ。
蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)は紫煙を燻らせ、踊る皆を微笑ましく見守っていた。
ドレスはマーメイドライン。胸覆いは白、腰から裾は火炎色から真紅のグラデーション。白いファーを纏った蜜鈴は、色香を漂わせる。
舞台に上がったところで、一人となった宵と行き会い――二人で踊りだす。
輪を通り抜けるような軽いステップ。いつしか蜜鈴の口を小さくついて出ている、音楽に合わせた即興の歌。宵は言った。
「綺麗だね。歌も、それに踊りも」
蜜鈴は直接は答えずに、微笑んだ。
「祭事に歌と踊りは、つきものじゃ」
それに花を添えられれば何より、というように。
宵と別れると、蜜鈴の前にマリエッタが現れた。
「マリーと一緒に踊るの」
蜜鈴はしなやかな所作で手を取る。
マリーの楽しげな踊りに、蜜鈴は合わせていった。
「それほど楽しげな踊りを見せられれば、妾まで愉快になるよ」
「お祭りはそういうものなのね。だからもっと踊るのよ。きっと、楽しいのよ」
二人の踊りは、不思議な調和を見せていった。
黒のドレスとハイヒール。印象も相まってどこか猫のような少女――小鳥遊 時雨(ka4921)は、誰かと踊ろうと、辺りを見回していた。
と、そこで舞台袖にいた浅黄 小夜(ka3062)を見つけた。
小夜は黒猫の人形・シオン君と一緒に、踊りや花を楽しみながら食事をしている合間だった。
「ねーっ、せっかく来たんなら、一緒におどろっ」
時雨が手を差し出すと、小夜は遠慮がちに見上げた。
「あ、でも小夜……正装も、してへんし……」
「そのままでも充分、かわいいし平気だよっ」
小夜は、ここにいるだけでも楽しかった。
けれどせっかくのお祭り、踊ってみるのもいいかな、とは思っていた。
時雨に引かれるようにして、踊りだす。
「踊りは……上手に出来るかは、わからんけど……」
「私も人前で踊るのは初めてだし、不慣れだから大丈夫っ! 思いっきり楽しんじゃおっ?」
たどたどしくも、明るいダンスは、そうして二人に笑顔を運んだ。
ばいばーい、と手を振る時雨と別れたところで、小夜は宵と行き会う。
時雨にもらった楽しさのままに、小夜は彼とも踊った。ぽつぽつと、話す。
「小夜さんは、去年の祭にも出たんだ」
「うん……去年も、まめしとか……楽しかった。今年も、お花がたくさんみたいで、楽しい、です」
「花は俺も、好きだよ」
ゆっくりとしたムードの中、二人は踊りと会話を交わした。
マリエッタは蜜鈴と離れたあと――宵と別れ、一人外に出ようとしている小夜を見つけた。
「もう踊らないのは、もったいないのね。マリーと踊るのよ」
同年代の少女に手を差し出され、小夜も、迷った挙げ句に手を取った。
会話を交わしながら、小夜は気付いたように言う。
「小夜との踊り……もし退屈だったら……ごめんなさい」
「マリーね、お顔、いつも眠そうな顔なのよ。でも、とっても楽しいの」
そうして、ステップはどこまでも楽しげに続けた。少女二人、ダンスフロアに花が咲いたような踊りが、しばし続いた。
小夜と別れると……マリエッタはそれを見ていた時雨と、自然に踊りだす。
「うんうん。確かに、一緒に踊ると楽しそうっていうのが伝わってくるよ」
「あなたも楽しそうなのね。マリーも嬉しいの」
踊りを楽しむもの同士、軽やかな踊りが続いた。
次にマリエッタが行き会ったのは、優雅な紳士。
黒のフロックコートにアスコットタイ、白手袋に銀のカフスという、ルキハ・ラスティネイル(ka2633)だ。ルキハはにこりと笑った。
「あら、可愛い子ね♪ あたしちゃんアナタみたいな子も好きよ?」
マリエッタの手を取ると、エスコートするように踊る。
「アナタ、お顔はとっても眠そうだけれど。瞳がきらきらしていて素敵よ」
「マリーだけじゃなく、ここには、きらきらがいっぱいなのね。友達と一緒の人は、ぽかぽかも。きらきら、ぽかぽか、ぴかぴか。たくさんの魔法が溢れてるのが、マリーは好きなのよ」
「うふ♪ アナタ、大人になったら素敵な女性になるわよ?」
思わせぶりな言葉を最後に、二人はダンスを終えた。
ルキハが次に見つけたのは、一人の男性。
クランクハイト=XIII(ka2091)だ。結社のメンバーが集まっていると小耳に挟んで、踊るつもりはなかったが参加していた。
「そこのアナタ。せっかくの舞踏会、踊らないの?」
「私ですか。見ての通り、いい歳ですから。皆さんのようにはしゃぐと、うっかりやっちゃいそうなので、ええ」
クランクハイトが笑顔で答えると、ルキハは率先して踊りだす。
「楽しいわよ♪ 踊っちゃいましょうよ、ね」
「……ふむ、そうですね。では、着替えるのも面倒なので、このままで。――死に神と踊るなんて、酔狂ですね、貴方も」
「今宵の御縁に感謝、ね♪」
内心歓喜しつつ、ルキハはしばし、クランクハイトとのダンスに興じた。
クランクハイトを次に誘ったのは、マリエッタだ。
よく動くマリエッタに、クランクハイトはついていきながらも、その動きはぎこちない。
実のところ、他人と踊った経験は全くなかった。
「だから、見ているだけにするつもりだったのですがねぇ……」
「踊っていれば、楽しいのね。それで充分なのよ」
マリエッタの言葉に、クランクハイトはふむ、と頷く。まあ、たまの酔狂なら悪くないのだろう、と思った。
舞台の端に寄っているパルケットに、ダンスを終えたクランクハイトが行き会った。
パルケットも、宵との踊りで、ダンスが楽しくなってきた頃だ。クランクハイトも、少しばかり流れに身を任せる気分となっている。
二人はどちらからともなく手を取り、踊りだす。
「ダンスは不慣れで、申し訳ありませんが――」
「合わせるから、大丈夫だよ」
二人の気遣いが、互いに心地よさを運ぶ。
「ハンターってだけじゃなく、神父さんなんだね」
「ええ、貴方は?」
「ハンターと、それから機械の研究家みたいなもの、かな」
神父と機械研究家が踊るのも、舞踏会ならではであろうか。しばしそんな時を、二人は過ごす。
舞台の外。
クレア=I(ka3020)は、くるりと一回転して、ふわりとドレスを見せてみせる。
「似合うかしら?」
「うん。よく似合ってるよ。今日の女神様はひときわ輝いてる」
微笑んで返すのは、バーリグ=XII(ka4299)。クレアにドレスをプレゼントした本人だ。
クレアはバーリグに礼を言うと――行き会う同結社の人間と軽い挨拶を交わす。
そして、ツヴァイ=XXI(ka2418)のもとへと歩いた。今宵のパートナーであり、片恋相手。
クレアを見ると……ツヴァイは一緒に、自然とひとけのない方向へ移動する。
「何か、飲むか? 食べるのも、いいが」
ツヴァイが気にかけると、クレアは柔らかく笑った。
「私だけ飲むのも寂しいわ。迷惑じゃなければ、付き合って?」
逆に、饗されている料理からグラスを取って、ツヴァイに渡す。ツヴァイは頷いて、しばしワインを共にする。ちらとクレアを見て言った。
「……まあ、似合っているんじゃないか?」
「……本当? 嬉しいわ」
ツヴァイは花を一つ取って、クレアの髪に挿した。
「今度、お前に似合うものを買ってやる。今はそれで我慢しろ」
髪をすくように撫でると……クレアも、少し頬を染めて、笑みを浮かべた。
「私はこれで充分……ありがとう」
バーリグはクレアを見送ったあと、舞台に上がった。一人のパルケットを見つけると、声をかける。
「美しいレディ。もしよければ俺をパートナーにしてくれませんか?」
「私でいいなら……」
エスコートするバーリグ。それに合わせるように、パルケットは踊った。
「こんな美人と踊れて、俺は幸せ者だな」
時間をかけて徐々に打ち解けると、バーリグはいつもに近い、軽い口調で言う。
パルケットは、舞踏会ではこういうことを言われるのはよくあると経験上、わかっている。ただ、それでも悪い気はしなかった。
「……ありがとう」
遠火 楓(ka4929)は、とりあえず相手を決めず、舞台に上がっていた。
ワインレッドのドレスに、毛先を巻いたポニーテールと赤い花の髪飾りが映える。そんな楓を誘ったのは、パルケットとの踊りを終えたバーリグだ。
「麗しいレディ。よければ、一緒に踊ってくれませんか?」
手をさしのべるバーリグに、楓はとりあえず従った。
「……どうも」
導くようなダンスに、楓はついていく。踊れなくはないが、足を踏まないように注意する。
「……うまく踊れなかったら謝るわ」
「女性はそのくらいの方が可愛いものだと思うよ」
バーリグは言って、笑った。
ダンスを終えてバーリグと離れると、楓は、黒レースのマーメイドドレスの女性――セレナ=XVIII(ka3686)と行き会った。
セレナは微笑み、手を差し出す。楓も流れに乗るように、手を取った。
セレナのステップは、優しく、踊りやすかった。
「あなた、上手なのね」
「ありがとう……。私、あまり賑やかなのは苦手なのだけれど……貴方と一緒は、楽しいわ」
セレナは言って、微笑んだ。
三人の参加者が舞台に上がる。
膝丈のかわいらしいプリンセスラインのドレスを着た、シャーロット=アルカナ(ka4877)と――その両側に並ぶ、エリザベタ=III(ka4404)とイーター=XI(ka4402)。
シャーロットが二人を引っぱると、どこか親子のようにも見えた。もっとも、エリザベタはイーターを不機嫌そうに見ていたけれど。
「イーターさま、わたしに教えてくださいな!」
シャーロットはまずイーターと踊った。ゆっくりと、導くようなステップで、二人は音楽に乗った。
エリザベタはクリスティーナ=VI(ka2328)の元へ歩いた。彼もまた仲間の一人だ。
「可愛いクリス。よかったら一曲、どうかしら?」
「喜んで。愛しい人」
クリスティーナは恭しく手を取り、ダンスをはじめる。
エリザベタの踊りは、上品だ。クリスティーナもまた、普段の不真面目さは見えず、優雅なステップだった。
「今宵は、どう? クリス」
「いい夜で、素晴らしい舞踏会だ。君や、バーリグ……他にも可愛い恋人が来ている」
微笑んで語るクリスティーナは……ダンスを終えると、エリザベタの指先に軽く口づけた。
「楽しんで」
そこに、シャーロットがやってきた。
「お母さま、わたしともおどりましょう!」
「ええ、もちろん」
嬉しげなシャーロットとも、エリザベタはカドリルを楽しんだ。けれどシャーロットは、最後にひらりとドレスの裾を摘み上げてお辞儀し、言う。
「イーターさま、しっかりお母様をエスコートしてくださいまし!」
エリザベタはちょっとだけ、唇を突き出した。
二人のペアが会場にやってきていた。
快活で優雅な振る舞いのロザーリア・アレッサンドリ(ka0996)と、しとやかに歩くウェンディ・フローレンス(ka3505)。
「よーし、ワルツ行こうか!」
情報を聞きかじっただけなのか、そんなことを言うロザーリアに、ウェンディは後ろから言った。
「ワルツは基本、男女ペアで踊るそうですわよ」
「……へ?」
今気付いたというように振り返るロザーリア。
「恋人同士も多いそうですよ。行きます?」
「……い、いやいや、あたしらそういうのじゃないし!」
「それに今やっているのはカドリルですわよ」
Oh……とうなだれると、じゃあそれで、とロザーリアは答えた。
(いつものそそっかしさと、見栄っ張りかしら。まあ、そこが可愛いと言いますか何と言いますか)
そんなふうに思うウェンディを、ロザーリアは舞台へエスコートしてゆく。
「やっぱ綺麗だね、このコは……」
「何か言われました?」
「え? いやいや、別に……」
ロザーリアが首を振りつつも眺めるウェンディは、ネイビーのドレス。ロザーリアは、オレンジだ。ロザーリアが視線に気付いて言う。
「このドレスも悪くないでしょ?」
「もちろんですわ」
さながら夕日と夜。色も対となったように、二人は踊りはじめた。
「さ、ウェンディ。カマンカマン♪」
ロザーリアはリードするようにステップを踏んでゆく。それも見栄っ張りの結果ではあったのだが……ウェンディは素直に導かれた。
踊りの心得がない、ということではなく――ウェンディからすれば、乗っかってあげているのだ。
(ホントにリードしているのは、私ですわね)
ま、でもそれはバレないように。私の手のひらの上で――と。
「ん? 何? そんなにダンス、楽しい?」
「ええ、とても」
くすり、とウェンディは笑った。
可愛い人、と思いながら。
寄せては返す振り付けの中で、偶然手を取り合った二人がいる。イーディス・ノースハイド(ka2106)と神谷 春樹(ka4560)。
二人は――多数の相手のうちの一人であったのに……不思議と、お互いが一番、馬が合う。
「ノースハイドさんとこうしていると……何だかすごく楽しいな」
「私も、今同じことを思っていたんだ」
イーディスは遠慮がちに答えた。
自覚は無い。けれど互いが、気になった。
●弾むガロップ
舞台上の空気は一転、賑やかになる。音楽は、楽しく、弾むよう。ダンスも、その風合いへ変遷する。
カグラ・シュヴァルツ(ka0105)は、濃紺のドレスを着たシュネー・シュヴァルツ(ka0352)を連れてきていた。
いや、見方によってはシュネーがカグラを引っぱってもいる。カグラは無表情で呟いた。
「まさか私が道連れにされるとは思いませんでしたね」
「ここに連れ出した張本人だもの……相手してもらうわ……」
シュネーは意地でも離さぬとばかり、カグラの腕を取っている。
「単独で放り出したはずなのですがね。まあ、いいでしょう」
参加しただけでも上出来、と、カグラはシュネーと一緒に踊ることにした。
シュネーはずんずんと、ガロップへ参加する。ゆったりした音楽だと余計恥ずかしいからだが――人前に出て思考がぶっ飛びはじめているからだとも、カグラにはわかった。
踊りはじめたシュネーを、カグラは支えていくことにする。
複雑なステップを際立たせ……シュネーが回転すれば無理なく加速させる。アクロバティックな動きは、持ち上げてダイナミックに見せた。
体を動かすこと自体に抵抗はないシュネーは、軽い身のこなしだ。
「さすがですね」
「……スポーツだと思えば、どうにかなるわ」
だがその激しく巧みな動きに、村人を中心とした参加者の視線が集まっていた。
「さて、いい感じに目立ってきましたね……と。もう逃げましたか」
目立つ、という言葉を聞くと。シュネーは動きを止め……舞台から急いで逃走していた。
「うん。何だか、楽しそう」
逢見 千(ka4357)はガロップの舞台に上がり、見回している。周りを眺めながらも、青いドレスをかすかに揺らし、明るい音楽に乗り始めていた。
千のドレス姿は、いっそうしとやかに映る。そんな千を最初にダンスに誘うのは、バーリグだ。
「これは、雅で美しいレディ。是非、俺と共に踊りませんか?」
「うん、いいよ。楽しい曲だし、一緒に踊っても」
軽やかな旋律が流れると、二人は踊りだす。
「私、ダンスは不慣れで練習ついでになっちゃうかも知れないけど……」
「もちろん、構いませんとも。美女の練習に立ち会えるのなら、光栄」
バーリグが答えれば、千はくるくると楽しく舞った。バーリグも合わせて、明るく踊った。
ガロップは、人を巻き込むような楽しさがある。横で踊るルキハとも、千は自然と合わせる形になっていく。
「あら! アナタ、いいノリね♪ 素敵よ」
「あなたも。えっと……」
「ルキハ、よ♪」
千は微笑んで頷くと、少々素速い動きにも何とかついていく。それも、楽しさを生む。
「あ、せっかくだから――アナタも、一緒に踊りましょうよ」
ルキハが言って誘い入れたのは――先ほど一緒になった、クランクハイト。
「私はもう、十分うまくない踊りをさらしたつもりでしたが……」
クランクハイトは最初は渋々な表情を作りつつも――
「最後にパーッと踊って終わるのも、いいわよ、ね♪」
「……うん。せっかくの、舞踏会だし」
ルキハと、千も言うと、誘われるままに参加した。
千を中心に、その輪は明るいリズムを刻んでいく。夜空の下、こうして踊るのも悪くない、と千は思った。
エリザベタは、シャーロットに促されるまま、イーターとのガロップをはじめていた。
顔はいまだ、むすっとした状態で。
「……もう。何、よっ」
感情のぶれを揉み消すように、速い振り付けに乗せて、イーターを振り回そうとする。
が、イーターは悠々、エスコートするようにダンスを続けるだけだ。
「大人しく踏まれなさい、よっ」
足の一つでも踏み付けてやろうとするエリザベタの動きも、あしらうように躱す。転びそうになったエリザベタの体は抱き留め、次の流れに繋げながら。
イーターの表情のかすかな変化を逃さず、エリザベタはむっとする。
「別に転びそうになんてなってないわ。わざとよ」
そんなやり取りも、シャーロットは楽しそうに眺めている。
「……お母さまったら。とても楽しそう!」
●想いの輪舞
流麗な旋律が舞台へ流れる。艶やかな音楽と共にはじまるのは、最後の演目――ワルツだ。
時雨が、ワルツの舞台へ上がっていた。ここでも、誰かと一緒に楽しく踊れればいい、と相手を探していたのだった。
その視線の先。見つけたのは、ドレス姿の楓であった。
楓はガロップでは壁の花をしていたが……ワルツは高校時代の経験で踊れるため、上がってきていた。
「あれー、楓がいるーっ」
時雨はぴょんぴょんと跳ねて、楓へ身振りでアピールする。
楓はちら、と気付きつつ、顔を背ける。
「……あー、何か喧しい声が聞こえたけど、きっと気のせいね」
「って、するー!?」
結局時雨は自分から楓に近づいていって、腕を取った。
「もーお、つれないんだからー、このこのっ」
「……はいはい、冗談冗談」
楓は時雨に手をさしのべ直す。
「お手をどうぞ。お手並み拝見」
「んー、こほんっ。……お手柔らかに、ね?」
時雨も改まったように手を取り……二人は踊りはじめた。
楓が男性パートで、時雨をリードしていく。楓は、ふん、と微笑む。
「で、お上品には出来るのかしら。足を踏まないでよね、レディ?」
「も、もちろんだよっ」
時雨は緊張しながらも、精いっぱい背伸びして、ついていく。せっかくの機会だ、ムードだけでも出したい、と。それでも少し、ぎこちなかったけれど。
「……ま、フォローはしたげるよ」
楓が言うと、時雨も少しずつ慣れてきたように……楓のペアとして、踊りを楽しんだ。
蜜鈴は、ワルツもたおやかに舞っている。
相手はバーリグ。バーリグの誘いに、蜜鈴は雅やかに手を取り……恋人達の舞いの中に、参加していた。
「ワルツの誘いに乗って頂けるとは。とても、幸福な時間だ」
「謀略の無い、心よりの舞踏じゃ。楽しまねば損であろ?」
蜜鈴は夜空を見上げた。空の星。流れる音色。楽しげな皆の表情。
「一夜限りの夢……なればこその至福じゃ……今宵の夢が永遠に続くように、とな」
全てを眺めつつ、蜜鈴は妖艶に舞った。
蜜鈴と踊り終えたバーリグだったが、もう一人二人、相手が欲しかった。
とはいえ、ワルツは相手が定まった参加者も多い。タイミングもあって、バーリグは手持ちぶさたになった。
そこへ、クリスティーナが歩いてきた。ためらいも無く手をのばす。
「良ければ一曲、どうだ?」
「……俺らでか。まあ、それも悪くない、か?」
バーリグは冗談交じりで答えたが――そういうことを本気で言ってくるのがクリスティーナでもある。
遠慮無くバーリグの手を取って、ワルツをはじめた。
「しょうがねえな……っ、と」
「ん……?」
互いに立ち止まる。二人が男役として相手をリードする動きをしようとしたためだ。何となく見合った。
「じゃんけんするか?」
クリスティーナはいいだろう、と答え、互いに手を出す。
結果は、バーリグの勝ち。クリスティーナは苦笑しつつ、女性役として手を取った。
「いや~、最後に踊るのが男とはなぁ」
「いいじゃないか。お前も俺の『可愛い恋人』さ」
いつも通りのクリスティーナに……バーリグは諦めたようにステップを踏んだ。
カグラは、逃走したシュネーを連れ戻していた。
「ひどいわ、カグラ兄さん……」
「いきなり舞台から逃げた罰、とは言いませんが。最後の曲くらいは参加しましょう」
言って、シュネーを優しく舞台上へエスコートする。シュネーは渋々ながらも……カグラに手を差し出す。
「相手がいないもの。だから……兄さん、お付き合いよろしくね」
「……いいでしょう。では、踊りますか」
そして、流れるように、踊りだす。
息は、ぴったり合っていた。今度は暴走することもなく、シュネーは踊った。
「これなら次回があっても参加できますね」
「……それはごめんだわ」
憎らしげな声を出しつつも……シュネーはカグラに寄り添うように踊った。
ツヴァイが、クレアをワルツの舞台へと導いていた。
手は二人、重ねて。ゆるやかに、ステップを踏み始める。
ツヴァイは終始、無表情であった。
「……ダンス、か。人が多くて、嫌になる」
そうしてさらに無表情になるのは――しかし、照れ隠しでもある。
途中、人に当たりそうになると……ツヴァイはクレアを引き寄せ、ダンスを続けた。ステップも、しっかりとクレアをリードしていた。
「それでも、一緒に踊ってくれて嬉しいわ」
答えるクレアも、ツヴァイの優しさはしっかりと、触れる手から、言葉から、その無表情からも……伝わっていた。
ゆっくりとターンして、二人が引き合い、距離がゼロになる。
「今日はとてもいい日だわ。……ありがとう」
「……踊っているだけさ」
ツヴァイは表情を変えず、無骨に返す。それでも、クレアは微笑んだ。
二人のワルツは、いつまでも続いていく。
エリザベタは舞台袖に降り、ぷんぷんとしている。イーターをぎゃふんと言わせられなかったからだ。
と――ワルツの音楽が響きわたってくると……イーターはまたやってきた。
エリザベタを舞台へ導くと、その指先に唇を落とす。
「一曲、踊って頂けませんか? マイフェアレディ?」
「……こういう時に限って声を出すのやめなさいよ」
感情の針を振れさせながら……それでも断るのはしゃくだから、エリザベタはイーターと踊った。
イーターは余裕さえあるように、くっくっと笑っている。エリザベタはそれを見つつも感情を立てなおし、イーターのリードにも抵抗しようとした。
「貴方に躾けられる覚えはないわ」
「――ドレス、似合っているぞ?」
イーターは、耳元で言う。するとエリザベタはまた感情の制御を失うのだった。
……少しくらい、仕返ししてやる。
と、エリザベタは背伸びした。それは、そっと、頬に。
どう? と言わんばかりのエリザベタに――イーターは、お返しした。優しく、おでこに。
エリザベタは立ち止まってしまう。
けれど、イーターに笑われるのはしゃくだ。
だから……また手を取って。二人はダンスを続けた。
「――まぁ!」
――そのやりとりを見ていたシャーロットは、口元を抑え、感嘆する。
母の恋路を、見守る娘として……嬉しそうに、自身も微笑んでいた。
「ふふっ、ヤッパリおにあいですわ♪」
舞台袖でたたずむセレナへと、手を差し出す参加者がいた。
ステラ=XVII(ka3687)だ。すらりとした男性正装で、一見するだけでは女性とわからない。くすりと微笑みで――あえてナンパをするかのように、セレナへ声をかける。
「素敵なお嬢さん、僕と一曲、踊って頂けませんか?」
「あら……素敵な方ね」
セレナは自身も笑みを浮かべ、手を重ねる。舞台へ導かれながら、ステラを眺める。
「ステラ。あなたのドレス姿も、見てみたかったけれど――」
「こんな僕じゃ、嫌い……?」
笑ってダンスをはじめるステラに……セレナは首を振った。
「嫌いなわけ、ないじゃない」
ステラがリードをすると、示し合わせたかのように、セレナはステップを踏む。その様は、まるで理想の恋人同士。
それを確認するようにステラは顔を寄せて呟く。
「セレナの相手をするのなら、それに見合う僕じゃないとね?」
「あら……そう?」
セレナはしかし、ご機嫌斜め、という表情を作った。少し責めるような口調で言う。
「私を放って、ナンパしてたでしょ」
ステラは微笑みを崩さない。セレナの言っていたことは事実だ。カドリルやガロップの間――ステラは村の女性の参加者を誘い、踊っていた。
自分を女性だと気付かぬ村の娘を、紳士的にリードし、時に抱き寄せ……優しいダンスを共にしていた。セレナはその様子を、しっかりと見ていたのだ。
「おや……何か、ご不満でしたか」
確信犯的に笑うステラの肘を、セレナは抓ってみたりする。
「ふふ。もう少し、優しくしてもらいたいな」
「……いいわよ」
気が済んだというように手を離すと……セレナは艶やかな声で返した。
「あとで二人きりの時に。ゆっくりとね……?」
視線で意思の疎通をし合うと、二人はゆっくりとしたダンスを続けた。
月明かりの下、ステラはきらきらと輝いて、星のように見えた。セレナは呟く。
「本当に、素敵な人ね」
「それはどうも……。でも、月の輝きには叶わないよ」
セレナを見ながら、ステラは言った。
イーディスと春樹は、ワルツで再び出逢った。
「相手がいなくてさ。よかったら、相手をしてくれない?」
舞台上、春樹はイーディスに手をさしのべている。イーディスは少しはっとして、見合った。
「わ、私がキミの相手でいいのかい」
「ノースハイドさんが、よければ」
イーディスは、少し照れたように手を取った。
「ありがと。断られたらどうしようかと」
「断るだなんて……失礼だし。その、考えてないさ」
二人はゆっくりとダンスをはじめる。イーディスは流れの中で、少し、意を決した。
「その。な、名前で呼んでいいかな? キミも、私をイーディと呼んでくれると……嬉しい」
「もちろん。えっと、イーディ。こ、これでいいかな」
二人は、何となく一瞬、目を逸らす。ダンスが、ぎこちなく崩れそうになった。
「あっ、平気?」
「あ、ああ。えと……別に、踊れないわけじゃ、ないんだが……その、キミが相手だと何故か少々気恥ずかしいね。キミは、大丈夫かい……?」
「あ、うん。一応、勉強も練習もしたんだけど。実際に女の子と踊るのは、初めてだから……僕も、緊張してる」
イーディスの、背中が大きく開いた青いAラインドレス――それも、春樹を意識させてしまっていた。
イーディスは、教えるように、春樹の手を引く。
「再開しよう。ステップは、そう。私の腰に、手をあてて」
「……あぅ、ゴ、ゴメン。もしかして変なところ触った?」
「い、いや、気にしないでいい」
赤面する春樹に、イーディスも恥ずかしげに答えた。
そんなダンスが、いつまでも続く――
イーディスは、舞台から降りながら、春樹に言う。
「今日はキミのおかげで楽しめたよ。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
それから、イーディスは少しもじもじとして春樹を見る。
「あ、えと、その……は、春樹さえよければ、また会いたいな」
「……僕なんかでよければ。むしろ、僕がお願いしたいよ」
春樹はどぎまぎしたように、笑った。
ルキハは、ワルツを楽しむ面々を眺めつつ――祭と夜の風情を肴に、ワインと軽食を愉しんでいた。周りの人とも、酒と雑談を交わしながら。
「私も踊って見たかったなぁ。相手がいれば……」
「あら、今からでも遅くないわよ♪ それに、出会いを作るのがこういう場でしょ?」
ルキハを二枚目の紳士と目論んで近づいてきた村娘と、最終的にガールズトークのようなことをしつつ。
「こうした舞踏会で、人と人との繋がりが生まれていくのね。笑顔も、この活気も、アタシは大好きよ」
煌びやかな夜に乾杯、と、夜空にも酒杯を掲げるルキハだった。
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相談卓 イーディス・ノースハイド(ka2106) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2015/06/07 19:07:09 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/06/08 02:32:12 |