ゲスト
(ka0000)
明るい山道に
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/07/12 22:00
- 完成日
- 2014/07/18 18:19
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●アニタの依頼
学者の護衛をお願いしたい。
案内人が受けたのはそんな依頼だった。
山の麓の村、実り豊かな里山と広がる畑、景色は美しく長閑で穏やかな初夏の風邪が吹き抜けていく。
「どなたですか?」
案内人に紹介されたのは、軽装の上に白衣を羽織った妙齢の学者。右手を差し出しながら、彼女はアニタと名乗った。
初めまして! あたしの名前はアナスタシア・リヴィエール。長いからアニタって呼んで頂戴。
実はね、この前馬車で出会ったお爺さんに、面白い話を聞いたのよ。
そのお爺さん、この村で猟師をしていた人なんだけど
……ここ、とても豊かな村よね。畑も山も本当に何でも美味しいんだから!
お爺さんが言うには
――それは山に古くから住む年寄り狼が、山の生き物と村が衝突しないようにって尽力していたからだ――
なんですって。
若い頃に狼に襲われそうになった時も、その年寄り狼が割って入って助かったって言ってたわ。それに、山の狼たちが村へ降りてきたことなんて、一度も無かったって。
……そう、『尽力していた』のよ。
お爺さんは、ある日山から下りてきたやつれた黒い狼に襲われたの。
何とか逃げて、生き延びて、いろんな人の力を借りて、今ではとても元気なんだけど……
ねえ、不思議に思わない?
この山は変わらず豊かなのに、どうしてその狼だけが、凶暴になって仕舞ったのか。
あたしは、それを調べたいの。
でも、雑魔だったら困るじゃ無い?
私はしがない生物学者、戦うなんて出来ないのよ。
だから、ハンターに護衛をお願いしたいの。
アニタは山の見張り番から貰ったという資料を捲る。日付と天気と、今日もなにも無し、とばかり書かれたそれに溜息を吐いた。
「でも、本当になにも無かったのね。この穏やかな山に、何があったのかしら……」
山の方へと視線を向けるが、青く茂る葉がざわめくばかり、山は何も答えない。
出発の支度をしながら案内人は空を眺めた。良い天気だった。
この村のことは知っている。山に入ったことは無いが、果物の木が何種類か植わっていると聞いているし、それをもぐ為に山の中の道は整備されていたはずだ。
今まで安全だった山のこと、お爺さんを襲ったのは、ちょっと気が荒れていたとか、そんなことだろう。狼だって、きっと気分で生きているのだ。
朗らかに空想する案内人を放って、アニタは軽装の上に白衣を羽織った。
「ねえ、案内人さん」
「はーい、なんです?」
「生け捕りに出来るかしら?」
「雑魔なら無理ですね! ちょっと気の荒れた、ただの狼っていうなら、ハンターさんの腕次第です」
●護衛とピクニックと
「うーん、山歩きの護衛を一往復ですか……狼も、その襲撃でいなくなっちゃってるかも知れないんですよね? うーん……まあ、ピクニックがてら、と。暇しているハンターさん探してみましょう」
案内人はそうして集めたハンター達を連れてアニタとともに山に入る。木々の隙間から差し込む日差しは温かく、明るく、散歩には最適な天気だ。
「こんな日こそ、天気晴れ、今日も何も無しーって、感じですよね」
シートを抱えバスケットを提げて。お弁当にはサンドイッチとジュースに村の葡萄酒。足が弾む。アニタは学者らしい真面目な顔で遊びじゃ無いと言っているけれど、素敵な日ははしゃいでしまう。それにそろそろお腹もすいた、お昼時だ。
「そろそろ休憩にしませんか? その辺り、ちょうど良いと思いますよ」
見つけたのは拓けた草地、大きな切り株があって、その周りには何も無い。拓けた場所はシートを広げて休むのに良さそうだ。
案内人が指さした先、茂みから狼が三匹飛び出してきた。
学者の護衛をお願いしたい。
案内人が受けたのはそんな依頼だった。
山の麓の村、実り豊かな里山と広がる畑、景色は美しく長閑で穏やかな初夏の風邪が吹き抜けていく。
「どなたですか?」
案内人に紹介されたのは、軽装の上に白衣を羽織った妙齢の学者。右手を差し出しながら、彼女はアニタと名乗った。
初めまして! あたしの名前はアナスタシア・リヴィエール。長いからアニタって呼んで頂戴。
実はね、この前馬車で出会ったお爺さんに、面白い話を聞いたのよ。
そのお爺さん、この村で猟師をしていた人なんだけど
……ここ、とても豊かな村よね。畑も山も本当に何でも美味しいんだから!
お爺さんが言うには
――それは山に古くから住む年寄り狼が、山の生き物と村が衝突しないようにって尽力していたからだ――
なんですって。
若い頃に狼に襲われそうになった時も、その年寄り狼が割って入って助かったって言ってたわ。それに、山の狼たちが村へ降りてきたことなんて、一度も無かったって。
……そう、『尽力していた』のよ。
お爺さんは、ある日山から下りてきたやつれた黒い狼に襲われたの。
何とか逃げて、生き延びて、いろんな人の力を借りて、今ではとても元気なんだけど……
ねえ、不思議に思わない?
この山は変わらず豊かなのに、どうしてその狼だけが、凶暴になって仕舞ったのか。
あたしは、それを調べたいの。
でも、雑魔だったら困るじゃ無い?
私はしがない生物学者、戦うなんて出来ないのよ。
だから、ハンターに護衛をお願いしたいの。
アニタは山の見張り番から貰ったという資料を捲る。日付と天気と、今日もなにも無し、とばかり書かれたそれに溜息を吐いた。
「でも、本当になにも無かったのね。この穏やかな山に、何があったのかしら……」
山の方へと視線を向けるが、青く茂る葉がざわめくばかり、山は何も答えない。
出発の支度をしながら案内人は空を眺めた。良い天気だった。
この村のことは知っている。山に入ったことは無いが、果物の木が何種類か植わっていると聞いているし、それをもぐ為に山の中の道は整備されていたはずだ。
今まで安全だった山のこと、お爺さんを襲ったのは、ちょっと気が荒れていたとか、そんなことだろう。狼だって、きっと気分で生きているのだ。
朗らかに空想する案内人を放って、アニタは軽装の上に白衣を羽織った。
「ねえ、案内人さん」
「はーい、なんです?」
「生け捕りに出来るかしら?」
「雑魔なら無理ですね! ちょっと気の荒れた、ただの狼っていうなら、ハンターさんの腕次第です」
●護衛とピクニックと
「うーん、山歩きの護衛を一往復ですか……狼も、その襲撃でいなくなっちゃってるかも知れないんですよね? うーん……まあ、ピクニックがてら、と。暇しているハンターさん探してみましょう」
案内人はそうして集めたハンター達を連れてアニタとともに山に入る。木々の隙間から差し込む日差しは温かく、明るく、散歩には最適な天気だ。
「こんな日こそ、天気晴れ、今日も何も無しーって、感じですよね」
シートを抱えバスケットを提げて。お弁当にはサンドイッチとジュースに村の葡萄酒。足が弾む。アニタは学者らしい真面目な顔で遊びじゃ無いと言っているけれど、素敵な日ははしゃいでしまう。それにそろそろお腹もすいた、お昼時だ。
「そろそろ休憩にしませんか? その辺り、ちょうど良いと思いますよ」
見つけたのは拓けた草地、大きな切り株があって、その周りには何も無い。拓けた場所はシートを広げて休むのに良さそうだ。
案内人が指さした先、茂みから狼が三匹飛び出してきた。
リプレイ本文
●
狼が現れた。
ハンター達の前に現れたのはいずれも大きく、痛んだ毛並みを逆立てて痩せた四肢には不釣り合いに発達した筋を浮き上がらせた狼の形の何か。ぽっかりと空洞の眼下が淀んで膿のような粘液を垂らし、剥いた牙からは茶色く腐敗して溶解する肉片が滴っている。
足立 真(ka0618)は顔を顰めてそれを睨む。これが、狼か。
「おい、アニタ。もしあいつらが本物の狼だったとして、何匹必要だ?」
背後に庇った依頼人を振り返りながらロープを取り出し輪を作った。
「アニタさん、期待には応えたいが……ひとまず隠れていて貰えますか?」
ケイト・グラス(ka0431)がアニタを切り株へ隠し、足立が輪を狼へ向かって投げた。輪をその鼻先に受けた狼が地面を蹴って、輪の軌跡を手繰るように足立へ飛び掛かろうとした。
そこへ燈京 紫月 (ka0658)の放った一筋の矢が落ちて、狼は足を止める。鋭い爪が小さな野花を刈り取った。
ケイトに庇われながらアニタは切り株から狼を覗く。
「なに、あれ……何なの、動く剥製?」
「剥製なら、捕らえることが出来なくとも構いませんか?」
「何言ってるの、あなたたちだって危ないのよ、あんなの、速く逃げないと」
焦燥を顕わにしたアニタの声にケイトは笑う。あの狼、お宝を守っているかも知れないじゃないか。
フィーネル・アナステシス(ka0009)は切り株の横を守りながら、戦慄き喚くアニタの声とケイトの声に髪を戦がせて肩越しに向かう。
「ではぁ、倒してしまっていいってことですね? 今回の原因も気になりますしぃ……雑魔を倒して村の人も助けませんとねぇ」
深呼吸を一つ、腕を伸ばして杖を構えた。
足立も肩越しに振り返って口角を上げた。後退した狼との距離を測り、グリップに弾倉の重みを感じながらピストルを握る。
「そういうこと。あたしも、子供の頃から犬に負けたこと無いんだ」
前に出た足立とケイトに迫ろうとした一匹の前にまた、矢が落ちた。
「う、後ろは……僕が守りますっ」
すらりと左腕を伸ばして弓を握る。継ぎの矢を番える右腕に紫と緑の光を纏い、燈京の声が凜と響いた。
「私も、尽力致しましょう」
短杖を握って紫条京真(ka0777)が言った。
狼が一斉に飛び掛かってくる。
●
1匹目の狼が濁った黄味を帯びた牙を剥いて足立に飛び掛かった。
「っく、……犬に負けないと言っただろ」
腹に食い付いてきた狼に、グローブを嵌めた腕を噛ませ、その牙を捉えて引き寄せる。至近に寄せて突きつけるピストルでその眼下から脳天へ撃ち抜いた。
割れた頭から赤黒い血肉をどろりと溢しながらその狼が、がう、と低く唸った。
2匹目と3匹目が続き、長く鋭利な爪でケイトを狙う。
切り株に隠すアニタを庇ったケイトが狼の爪を体に受ける。シャツの上からも容赦なく食い込む爪に歯がみしながら、鞭を撓らせる。
そこへ燈京の矢が落ちた。
矢に怯んだ狼に鞭を叩き込み、肋の浮く胴を弾き飛ばしながら、傷の深い胸を庇った。
「ハハッ――ありがとね」
「いいえ、大丈夫ですか? 次が来ます……」
右腕の光を揺らめかせ燈京は矢をつがえて弦を引く。進ませない、と唇を噛んで不安に揺れそうな目が、それでも真っ直ぐに狼を睨む。
弾かれた狼は胴を拉げさせながら長い舌を舐めずって立っていた。
「これぇ、雑魔ですよねぇ」
数度の攻防を、普通の狼ならば倒れているであろう傷を負いながら平然と立っているそれらを見て、フィーネルは長い杖を構え直す。身のうちに高まるマテリアルの熱を感じる。一つ呼吸を数えれば視界が澄んで光の矢が狼へ至る軌跡が浮かぶ。
「それなら、援護しますよぉ」
その線通りに光が伸びて、頭を半分無くした狼を弾く。
紫条もそれに合わせ、短杖を奮い光を放つ。
2人の追い打ちを受けた狼は地に伏せりながら、片方だけの眼球のない暗闇の眼窩をハンターに向けた。
「単独になるな」
噛まれた腕の可動を確かめて足立が叫んだ。見えずとも、マテリアルはこの体の内で燃えている。
「2人以上で当たれ!」
狼にチームプレイを許すと厄介だ。
撃ち抜いた狼は追撃を受けて尚生きている。後の二匹はまだ地面に沈むほど爪を立ててこちらを狙っていた。
傷を負った狼がその赤黒い欠片を散らしながら足立に迫る。
陽光に煌めいたその爪を躱した後ろから、もう一匹が飛び掛かり、右足に食らいついた。更に襲いかかってくる狼の眼前に燈京が矢を落としその爪牙を阻むと、狼を振り解いた足を癒やす淡い光が包んだ。
「立てますか?」
杖を足立に向けながら紫条が尋ねる。同じ青い星を識る黒い瞳同士が邂逅する。
「ああ、助かった」
右足へマテリアルの熱を流せば、殆どの痛みは引いていった。
「まず、数を減らしましょう」
「そうだな、あんたも頼む」
「はい、次の矢は――当てます」
地面に刺さった矢を越えて迫る血まみれの狼へ向け、燈京が弦を引き絞る。弦に番えた矢筈を伝い、二色の光が矢に流れ、光の軌跡を描き真っ直ぐに狼を貫いた。既に頭の半分を無くしていた狼の、脚を1本刈り取っていく。
それでも尚、食らいつこうと吠え掛かる狼に、紫条が短杖から光弾を叩き込む。
仲間を癒やした同じ杖から放たれる光の撃が、狼の暗い眼窩を貫く。
眩く鋭い衝撃は、その巨躯を弾き飛ばした。
最初の一匹が完全に沈黙した。
ぴくりとも動かぬまま、風に毛並みを揺らし、その体を次第に土塊のように溶かしていく。
燈京の矢に阻まれて牙を届かせるに至らなかった狼と、足立に傷を負わせながらも振り解かれた狼は共に、もう1人前に出ていたケイトへとその狙いを切り替えた。
一匹は呻りながらケイトへ迫り、もう一匹は牙から血を滴らせながら更に跳躍し、その後ろで杖を構えたフィーネルへ飛び掛かった。
「……っ! これは、雑魔で間違いないだろうねっ」
アニタは隠れて見ているだろうか。期待には応えたいと思ったが、雑魔ではそうもいかない。
それならば、ハンティング。討伐しなければ。
迫る狼を鞭でいなす。アニタは依頼主だ、指1本触れさせない。
鞭を見切ったように狼が飛び掛かってくる。その牙が鞭を振るう腕を越えて逆の肩に食らい付いてきた。
「くぅ……っ」
鞭を握り締めながら呻く。指が痺れて力が抜けそうだ。温い血が伝うのを感じる。
フィーネルは飛び掛かってきた狼を、両手で握り横に据える杖に受け、迫る爪牙に膝を折った。
長い杖を食い折りそうな鋭い牙に、前腕の爪は今にも顔に届き頬を引き裂きそうだ。
「でも、これぐらいで、倒れませんよ……」
踏みしめた草を躙る、土に足が沈むほど。杖を握る指が震え、支える腕が軋む。
かたかたと杖と牙が鳴って狼が呻り、杖ごと押し倒すように後ろ足が地面を蹴った。その圧迫に地面に足が沈み、体が後ろへ押されていく。
依頼人を庇っている以上、ここから下がるわけには行かない。きっと狼を睨む。
ケイトは肩に構わず動く腕で鞭を振るう。長くしなやかな曲線を描き、肩を離した狼を踊らせるように嬲り幾筋もその毛並みを抉る傷を与えるが、それ以上には貫けない。
「っは、きついね」
対峙する狼を睨みながら周囲に目を走らせるが、今は少し、己の怪我には構う余裕が無いかも知れない。
その肩へ紫条の光が届いた。立て続けに治癒と攻撃をこなして息を上げながら、短杖の切っ先は真っ直ぐ伸ばされた腕の先でケイトの傷を捉えていた。
「治療は私が、あなたは雑魔を」
「どうもね……よし、ハンティングだ!」
打ち据えても至近に迫るままの狼へ、ケイトは一度引いた鞭を構え直した。
杖で牙を防ぐままに、地面に屈するフィーネルと、再び飛び掛かろうと一旦引いて地面を蹴った狼の間へ矢が落ちた。背後から放たれたその一矢が作る僅かな隙に、フィーネルは杖を構え直し、狼からの距離を取り直した。
「僕も、……僕も、援護しますからっ」
「あらぁ、ありがとね。これ、すこし強すぎますけどぉ……雑魔なら構いませんよねぇ」
土を払って杖を立てる。再度迫ってくる狼へ狙いを定めて光の矢を放った。
フィーネルの杖から放たれた矢が迫り来る狼を貫き、衝撃で弾いたその巨躯を地面に叩き付けた。
とどめを刺すように、燈京の矢が仰向け転がった狼の喉へ落ちる。
狼の体は崩れて土塊と幾らかの肉片に変わった。土塊の中、真っ直ぐ落ちた矢が墓標のごとく残っている。
その傍らで紫条の光に灼かれ、ケイトの鞭に叩かれた狼が息を絶え絶えに藻掻きながら地面に伏せた。
●
戦闘の落ち着きを見たアニタが切り株から顔を出した。
気絶してる狼にハンカチを被せ、ぷち、とその体毛を抜く。握った手の中でそれはどろりと崩れ、ハンカチに染みを残して消えた。
「いいわ。終わらせて……」
染みを見詰めて、狼の正体を残念がりながらアニタは言った。その言葉が終わらぬうちに、一発の銃弾がその狼を打ち抜いた。
「怪我は無いか」
「あなたたちの方が、怪我してそうに見えるわ」
銃口から煙を上らせながら足立が側に戻った。
狼は体を貫いた銃弾の衝撃に動けない体をびくりと跳ねさせた。再び地面に伏せると屍に戻ったその体を溶かし、骨の欠片と腐乱した僅かな肉片を残して消えた。
「おっわりましたねー。はぁ。やっぱり雑魔でしたか」
何処に隠れていたのか、案内人も顔を出した。紫条が放り出されていたシートとバスケットを拾う。
「お昼ご飯、まだでしたね。お腹が空きました」
「ぐしゃぐしゃになって仕舞いましたけどね」
「でも、お弁当楽しみです」
良い天気、爽やかに吹き抜けていく風。シートを広げていると、小さな兎が顔を覗かせ、跳ねて逃げていった。頭上で葉掠れを聞き見上げると、リスが枝を渡っていった。
小鳥の歌が聞こえる。山に穏やかな時間が戻ったようだ。
崩れたサンドイッチを食べた後、フィーネルとケイトの提案で山の中を見回ることになった。
「ここから先には、入らなかったのね……」
猟師の老人から聞いた村人と狼が出会わない境界はすぐに見つけることが出来た。
急に道が険しくなり、動物の足跡が幾つも窺える。
「あらぁ、あれ……狼みたいですねぇ」
その境の先で数匹の獣が横切ったように見えた。フィーネルの言葉にアニタが、双眼鏡を覗く。
レンズの向こうには若い狼が見えた。穏やかな目をして、こちらを向くが降りてくる様子は無い。
「お爺さんの言っていた狼ですかぁ?」
「それにしては随分……若いみたい――見る?」
「じゃあきっと今のボスじゃ無いかな」
隣で目を凝らしたケイトが言う。今は彼らが、この山と村の人たちの為に尽力しているのだろう。
「お爺さんに教えてあげたいですねぇ」
差し出された双眼鏡を覗きながらフィーネルがほっとした声で言った。
「さっきのはこの山の雑魔では無かったみたいですね! これならもう安心です」
案内人がぱたりと手を叩いてくるくるとはしゃぐ。
「ま。財宝が無いのは残念だったけどね」
ケイトが肩を竦めながら苦笑した。
皆が無事で良かったと紫条が、もう狼が降りてくることも無いのかなと燈京が笑む。
足立も少し固い笑顔を見せた。
「昔みたく、住民の方々と森の動物たちとの共存ができるといいんですけどねぇ」
フィーネルが小鳥のさえずりに耳を澄ませ、小動物たちの行き交う音、もう聞こえない穏やかな目をした狼の足音を思い頬を緩ませた。
良い天気、今日も何も無し!
狼が現れた。
ハンター達の前に現れたのはいずれも大きく、痛んだ毛並みを逆立てて痩せた四肢には不釣り合いに発達した筋を浮き上がらせた狼の形の何か。ぽっかりと空洞の眼下が淀んで膿のような粘液を垂らし、剥いた牙からは茶色く腐敗して溶解する肉片が滴っている。
足立 真(ka0618)は顔を顰めてそれを睨む。これが、狼か。
「おい、アニタ。もしあいつらが本物の狼だったとして、何匹必要だ?」
背後に庇った依頼人を振り返りながらロープを取り出し輪を作った。
「アニタさん、期待には応えたいが……ひとまず隠れていて貰えますか?」
ケイト・グラス(ka0431)がアニタを切り株へ隠し、足立が輪を狼へ向かって投げた。輪をその鼻先に受けた狼が地面を蹴って、輪の軌跡を手繰るように足立へ飛び掛かろうとした。
そこへ燈京 紫月 (ka0658)の放った一筋の矢が落ちて、狼は足を止める。鋭い爪が小さな野花を刈り取った。
ケイトに庇われながらアニタは切り株から狼を覗く。
「なに、あれ……何なの、動く剥製?」
「剥製なら、捕らえることが出来なくとも構いませんか?」
「何言ってるの、あなたたちだって危ないのよ、あんなの、速く逃げないと」
焦燥を顕わにしたアニタの声にケイトは笑う。あの狼、お宝を守っているかも知れないじゃないか。
フィーネル・アナステシス(ka0009)は切り株の横を守りながら、戦慄き喚くアニタの声とケイトの声に髪を戦がせて肩越しに向かう。
「ではぁ、倒してしまっていいってことですね? 今回の原因も気になりますしぃ……雑魔を倒して村の人も助けませんとねぇ」
深呼吸を一つ、腕を伸ばして杖を構えた。
足立も肩越しに振り返って口角を上げた。後退した狼との距離を測り、グリップに弾倉の重みを感じながらピストルを握る。
「そういうこと。あたしも、子供の頃から犬に負けたこと無いんだ」
前に出た足立とケイトに迫ろうとした一匹の前にまた、矢が落ちた。
「う、後ろは……僕が守りますっ」
すらりと左腕を伸ばして弓を握る。継ぎの矢を番える右腕に紫と緑の光を纏い、燈京の声が凜と響いた。
「私も、尽力致しましょう」
短杖を握って紫条京真(ka0777)が言った。
狼が一斉に飛び掛かってくる。
●
1匹目の狼が濁った黄味を帯びた牙を剥いて足立に飛び掛かった。
「っく、……犬に負けないと言っただろ」
腹に食い付いてきた狼に、グローブを嵌めた腕を噛ませ、その牙を捉えて引き寄せる。至近に寄せて突きつけるピストルでその眼下から脳天へ撃ち抜いた。
割れた頭から赤黒い血肉をどろりと溢しながらその狼が、がう、と低く唸った。
2匹目と3匹目が続き、長く鋭利な爪でケイトを狙う。
切り株に隠すアニタを庇ったケイトが狼の爪を体に受ける。シャツの上からも容赦なく食い込む爪に歯がみしながら、鞭を撓らせる。
そこへ燈京の矢が落ちた。
矢に怯んだ狼に鞭を叩き込み、肋の浮く胴を弾き飛ばしながら、傷の深い胸を庇った。
「ハハッ――ありがとね」
「いいえ、大丈夫ですか? 次が来ます……」
右腕の光を揺らめかせ燈京は矢をつがえて弦を引く。進ませない、と唇を噛んで不安に揺れそうな目が、それでも真っ直ぐに狼を睨む。
弾かれた狼は胴を拉げさせながら長い舌を舐めずって立っていた。
「これぇ、雑魔ですよねぇ」
数度の攻防を、普通の狼ならば倒れているであろう傷を負いながら平然と立っているそれらを見て、フィーネルは長い杖を構え直す。身のうちに高まるマテリアルの熱を感じる。一つ呼吸を数えれば視界が澄んで光の矢が狼へ至る軌跡が浮かぶ。
「それなら、援護しますよぉ」
その線通りに光が伸びて、頭を半分無くした狼を弾く。
紫条もそれに合わせ、短杖を奮い光を放つ。
2人の追い打ちを受けた狼は地に伏せりながら、片方だけの眼球のない暗闇の眼窩をハンターに向けた。
「単独になるな」
噛まれた腕の可動を確かめて足立が叫んだ。見えずとも、マテリアルはこの体の内で燃えている。
「2人以上で当たれ!」
狼にチームプレイを許すと厄介だ。
撃ち抜いた狼は追撃を受けて尚生きている。後の二匹はまだ地面に沈むほど爪を立ててこちらを狙っていた。
傷を負った狼がその赤黒い欠片を散らしながら足立に迫る。
陽光に煌めいたその爪を躱した後ろから、もう一匹が飛び掛かり、右足に食らいついた。更に襲いかかってくる狼の眼前に燈京が矢を落としその爪牙を阻むと、狼を振り解いた足を癒やす淡い光が包んだ。
「立てますか?」
杖を足立に向けながら紫条が尋ねる。同じ青い星を識る黒い瞳同士が邂逅する。
「ああ、助かった」
右足へマテリアルの熱を流せば、殆どの痛みは引いていった。
「まず、数を減らしましょう」
「そうだな、あんたも頼む」
「はい、次の矢は――当てます」
地面に刺さった矢を越えて迫る血まみれの狼へ向け、燈京が弦を引き絞る。弦に番えた矢筈を伝い、二色の光が矢に流れ、光の軌跡を描き真っ直ぐに狼を貫いた。既に頭の半分を無くしていた狼の、脚を1本刈り取っていく。
それでも尚、食らいつこうと吠え掛かる狼に、紫条が短杖から光弾を叩き込む。
仲間を癒やした同じ杖から放たれる光の撃が、狼の暗い眼窩を貫く。
眩く鋭い衝撃は、その巨躯を弾き飛ばした。
最初の一匹が完全に沈黙した。
ぴくりとも動かぬまま、風に毛並みを揺らし、その体を次第に土塊のように溶かしていく。
燈京の矢に阻まれて牙を届かせるに至らなかった狼と、足立に傷を負わせながらも振り解かれた狼は共に、もう1人前に出ていたケイトへとその狙いを切り替えた。
一匹は呻りながらケイトへ迫り、もう一匹は牙から血を滴らせながら更に跳躍し、その後ろで杖を構えたフィーネルへ飛び掛かった。
「……っ! これは、雑魔で間違いないだろうねっ」
アニタは隠れて見ているだろうか。期待には応えたいと思ったが、雑魔ではそうもいかない。
それならば、ハンティング。討伐しなければ。
迫る狼を鞭でいなす。アニタは依頼主だ、指1本触れさせない。
鞭を見切ったように狼が飛び掛かってくる。その牙が鞭を振るう腕を越えて逆の肩に食らい付いてきた。
「くぅ……っ」
鞭を握り締めながら呻く。指が痺れて力が抜けそうだ。温い血が伝うのを感じる。
フィーネルは飛び掛かってきた狼を、両手で握り横に据える杖に受け、迫る爪牙に膝を折った。
長い杖を食い折りそうな鋭い牙に、前腕の爪は今にも顔に届き頬を引き裂きそうだ。
「でも、これぐらいで、倒れませんよ……」
踏みしめた草を躙る、土に足が沈むほど。杖を握る指が震え、支える腕が軋む。
かたかたと杖と牙が鳴って狼が呻り、杖ごと押し倒すように後ろ足が地面を蹴った。その圧迫に地面に足が沈み、体が後ろへ押されていく。
依頼人を庇っている以上、ここから下がるわけには行かない。きっと狼を睨む。
ケイトは肩に構わず動く腕で鞭を振るう。長くしなやかな曲線を描き、肩を離した狼を踊らせるように嬲り幾筋もその毛並みを抉る傷を与えるが、それ以上には貫けない。
「っは、きついね」
対峙する狼を睨みながら周囲に目を走らせるが、今は少し、己の怪我には構う余裕が無いかも知れない。
その肩へ紫条の光が届いた。立て続けに治癒と攻撃をこなして息を上げながら、短杖の切っ先は真っ直ぐ伸ばされた腕の先でケイトの傷を捉えていた。
「治療は私が、あなたは雑魔を」
「どうもね……よし、ハンティングだ!」
打ち据えても至近に迫るままの狼へ、ケイトは一度引いた鞭を構え直した。
杖で牙を防ぐままに、地面に屈するフィーネルと、再び飛び掛かろうと一旦引いて地面を蹴った狼の間へ矢が落ちた。背後から放たれたその一矢が作る僅かな隙に、フィーネルは杖を構え直し、狼からの距離を取り直した。
「僕も、……僕も、援護しますからっ」
「あらぁ、ありがとね。これ、すこし強すぎますけどぉ……雑魔なら構いませんよねぇ」
土を払って杖を立てる。再度迫ってくる狼へ狙いを定めて光の矢を放った。
フィーネルの杖から放たれた矢が迫り来る狼を貫き、衝撃で弾いたその巨躯を地面に叩き付けた。
とどめを刺すように、燈京の矢が仰向け転がった狼の喉へ落ちる。
狼の体は崩れて土塊と幾らかの肉片に変わった。土塊の中、真っ直ぐ落ちた矢が墓標のごとく残っている。
その傍らで紫条の光に灼かれ、ケイトの鞭に叩かれた狼が息を絶え絶えに藻掻きながら地面に伏せた。
●
戦闘の落ち着きを見たアニタが切り株から顔を出した。
気絶してる狼にハンカチを被せ、ぷち、とその体毛を抜く。握った手の中でそれはどろりと崩れ、ハンカチに染みを残して消えた。
「いいわ。終わらせて……」
染みを見詰めて、狼の正体を残念がりながらアニタは言った。その言葉が終わらぬうちに、一発の銃弾がその狼を打ち抜いた。
「怪我は無いか」
「あなたたちの方が、怪我してそうに見えるわ」
銃口から煙を上らせながら足立が側に戻った。
狼は体を貫いた銃弾の衝撃に動けない体をびくりと跳ねさせた。再び地面に伏せると屍に戻ったその体を溶かし、骨の欠片と腐乱した僅かな肉片を残して消えた。
「おっわりましたねー。はぁ。やっぱり雑魔でしたか」
何処に隠れていたのか、案内人も顔を出した。紫条が放り出されていたシートとバスケットを拾う。
「お昼ご飯、まだでしたね。お腹が空きました」
「ぐしゃぐしゃになって仕舞いましたけどね」
「でも、お弁当楽しみです」
良い天気、爽やかに吹き抜けていく風。シートを広げていると、小さな兎が顔を覗かせ、跳ねて逃げていった。頭上で葉掠れを聞き見上げると、リスが枝を渡っていった。
小鳥の歌が聞こえる。山に穏やかな時間が戻ったようだ。
崩れたサンドイッチを食べた後、フィーネルとケイトの提案で山の中を見回ることになった。
「ここから先には、入らなかったのね……」
猟師の老人から聞いた村人と狼が出会わない境界はすぐに見つけることが出来た。
急に道が険しくなり、動物の足跡が幾つも窺える。
「あらぁ、あれ……狼みたいですねぇ」
その境の先で数匹の獣が横切ったように見えた。フィーネルの言葉にアニタが、双眼鏡を覗く。
レンズの向こうには若い狼が見えた。穏やかな目をして、こちらを向くが降りてくる様子は無い。
「お爺さんの言っていた狼ですかぁ?」
「それにしては随分……若いみたい――見る?」
「じゃあきっと今のボスじゃ無いかな」
隣で目を凝らしたケイトが言う。今は彼らが、この山と村の人たちの為に尽力しているのだろう。
「お爺さんに教えてあげたいですねぇ」
差し出された双眼鏡を覗きながらフィーネルがほっとした声で言った。
「さっきのはこの山の雑魔では無かったみたいですね! これならもう安心です」
案内人がぱたりと手を叩いてくるくるとはしゃぐ。
「ま。財宝が無いのは残念だったけどね」
ケイトが肩を竦めながら苦笑した。
皆が無事で良かったと紫条が、もう狼が降りてくることも無いのかなと燈京が笑む。
足立も少し固い笑顔を見せた。
「昔みたく、住民の方々と森の動物たちとの共存ができるといいんですけどねぇ」
フィーネルが小鳥のさえずりに耳を澄ませ、小動物たちの行き交う音、もう聞こえない穏やかな目をした狼の足音を思い頬を緩ませた。
良い天気、今日も何も無し!
依頼結果
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依頼相談掲示板 | |||
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相談用スレッド ケイト・グラス(ka0431) 人間(リアルブルー)|22才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2014/07/12 15:03:39 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/07/09 22:36:27 |