ゲスト
(ka0000)
【聖呪】禁じられた遊び
マスター:藤山なないろ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/06/12 12:00
- 完成日
- 2015/06/25 17:55
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
常ならば涼風が流れる王都の夜は、この日ばかりは違った。日中の熱が王都を包み込み、誰しもが恨み言と共に眠れぬ夜を過ごしていた頃、ある一室に、一人の男が訪れようとした。
エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)。甲冑は外している。襟元を寛げてはいるが男の肌には薄く汗が滲んでいた。凡夫とは程遠いこの男にしても、熱篭もる夜は過ごしにくいものであるらしかった。あるいは、目元に滲む疲労も少なからず影響しているのかもしれない。何せ、人々は寝静まろうとする頃までこの男は書類と向き合っていたのだから。
ノックをする前に戸が開いた。
「や、遅かったね」
陽気な口調でヘクス・シャルシェレット(kz0015)。絹のシャツを纏ったヘクスは薄い笑いを浮かべた。部屋には窓一つ無いが、不思議と風の流れを感じる。換気口は在るのだが、それだけでなく冷気が包んでいた。如何なる魔導具を用いているかはエリオットにはわからぬが、只ならぬ金が動いていることは知れた。
「もう少し、内装にも手をかけたらどうだ」
「エリーはそういうの、苦手じゃない? 必要なら取り寄せるけど……ま、座って」
部屋の造りも。進められた椅子もどうにも安っぽいのだが、それすらも誂えたものかも知れない。追求を諦めたエリオットは深く息を吐いて座す。
「それで。今回はどうした」
「ふふ、決まってるじゃないか」
つ、とワイングラスを掲げて、言う。
「漸く辺境から帰ってこれたんだ。色々片付いたし、久しぶりに親交を深めようと思ってさ」
「……」
どうにも胡散臭いものを感じながらも、グラスを掲げ。
「ご苦労だったな」
と言うあたり、この男の人の善さが知れようものだった。
●
「で、何か聞きたいことはない?」
酒が巡り始めた頃に飛び出した言葉に、エリオットは眉を潜めた。
「どうした、急に」
「いやぁ」
つ、とワインで口元を湿らせてから。
「これからちょっと、暫く雲隠れするからさ。その前に聞きたいことないかな、って」
「……」
つ、と。エリオットの目が細められる。脳裏ではどのような思いが巡っているだろうか。騎士団長の元に集う情報は多い。それらを踏まえると、眼前の男の動向には幾つか疑わしい点はある。
だが。
「……無いな」
酒を呷ったエリオットはそう言い切った。
「何処に往くにしても、必要なことなのだろう。ならばそれをしたらいい」
「おやまあ」
心底愉快げにくつくつと笑うヘクスだったが、
「それじゃあ、そうしようかな」
無言で再び掲げられたグラスに触れるか触れないかの距離で合わせて、笑みを深めたのだった。
●禁じられた遊び
──“雲隠れ”の結果が、これか。
数日後、エリオットは王城のエントランスホールで顔を顰めていた。
「や、エリー。偶然だね」
その男──“ヘクス・シャルシェレット”は、いつものへらっとした笑いを浮かべて片手をあげる。
「……新手の遊びか?」
「やだなぁ、まだ何もしてないじゃないか」
いつもの様子で、いつものように軽口をたたく。その途方もない違和感に青年は耐えかねた。
「遊んでほしいならそう言えば……エリー?」
“ヘクス”の言葉を遮って、強引に腕を掴む。「今日は随分積極的だね?」と喉の奥でくつくつ笑う男に隠しきれない苛立ちを覚えながら、青年は王城に用意された自室へ“ヘクス”を連行した。
「一体、どういうつもりだ」
部屋に入るなり、エリオットは“ヘクス”を睨みつけた。元より眼光鋭い男だが、今は常よりなお鋭い。来客をもてなす素振りもなく、それはまるで取り調べにも似た。
「エリーがこの部屋に誰かを呼んだのって、これが初めてなんじゃない?」
「……ヘクスの為に、場所を選んでやっただけだ」
素直な答えに口元を綻ばせた“ヘクス”だが、ややあってその目は冷たい光を宿した。
「冷静になりなよ、“エリー”。此処に“僕”を入れるべきじゃなかったね。……解るだろ?」
これ以上の詮索を許さない──そんな笑顔。
「咎める気はない。これは必要なことなのだろう。だが、これだけは言っておく」
ぐい、と“ヘクス”の襟首を掴むと間近い距離で言い放った。
「“お前”に、その名で呼ばれる謂われはない」
●試される信頼
騎士団本部へ帰還したエリオットは、執務室に着くなりこう尋ねた。
「フィア、俺の次の休暇はいつだ」
目を丸くする白の隊の女性騎士に対し、青年は改めて問う。
「王都も落ち着いてきた頃合いだ。すまないが、少し私用がある。2、3日まとめて休みを取りたいんだが」
「えっ!? は、はい! ええとっ」
慌てて手帳を開こうとしたフィアだが、狼狽しすぎたのか手帳をとり落とした。困惑気味の男は、相手が落ち着いたのを見計らって、一言。
「……どうかしたのか」
余計な確認だった。
「どうか? したのか? 貴方がそれを聞きます??」
軽く訊ねてみただけなのに、フィアが怖い顔をする。気づいた男は本能的に口を閉ざした。
「初めての事ですよ!? エリオット様がまとまった休みを取るだなんて!!」
余りの剣幕に「すまん、やはり休みは見送る」などと口にすれば、今度は鬼のような形相で睨みつけてくるのだ。
「フィア、俺は一体どうしたらいいんだ」
「いいから黙ってお休み下さい! あぁ、皆に早く知らせなきゃ……っ」
「調整しときます!」とだけ残し、バタンと威勢のいい音を立てて執務室の扉が閉ざされた。
有史以来初の騎士団長エリオット連休事件に、王国騎士団が沸きたった。青年がどれだけ尽力してきたか理解しているからこそ、もっと現場を頼ったり、時には休暇をとってほしかったのだろう。上長が休まないと部下って休みにくいし。
そんな中、王都第3街区のハンターズソサエティ支部に怪しい風貌の男が現れた。
旅人が被るような風雨除けのローブをフードからすっぽりかぶり、その奥に覗く真っ青な瞳を誤魔化すように黒縁メガネが存在を主張している。ローブの中の服自体は軽装だが、口元を覆い隠すようにストールが巻かれている。
男は、ぎっしりと金が詰め込まれた革袋をドンと受付に置く。
「王国北部の治安調査に同行者を募りたい。歪虚と遭遇する可能性は高いが、これで頼めるか?」
受付嬢が見上げると、その容姿にはとても見覚えがある。
「えっ、貴方は……」
咄嗟に男の手が受付嬢の口を塞ぎ、同時に彼は目についた適当な依頼書のサインをさも自分の名のように告げた。
「俺は……カインだ。ただのエンフォーサーの、な」
依頼人カインが用意した馬を駆り、ハンターは王国北部へ向かった。やがてとある村の付近に差し掛かった時、彼らは北の地平に黒い染みのような何かを見つけることになる。
「……やはり、パルシアの北か」
カインの呟きは重い。男はハンターに向き直り、言う。
「ついでだ。あの一団、潰していくぞ」
その数分後、言うほど容易い相手じゃないことを、ハンターらは身をもって理解することとなる。
常ならば涼風が流れる王都の夜は、この日ばかりは違った。日中の熱が王都を包み込み、誰しもが恨み言と共に眠れぬ夜を過ごしていた頃、ある一室に、一人の男が訪れようとした。
エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)。甲冑は外している。襟元を寛げてはいるが男の肌には薄く汗が滲んでいた。凡夫とは程遠いこの男にしても、熱篭もる夜は過ごしにくいものであるらしかった。あるいは、目元に滲む疲労も少なからず影響しているのかもしれない。何せ、人々は寝静まろうとする頃までこの男は書類と向き合っていたのだから。
ノックをする前に戸が開いた。
「や、遅かったね」
陽気な口調でヘクス・シャルシェレット(kz0015)。絹のシャツを纏ったヘクスは薄い笑いを浮かべた。部屋には窓一つ無いが、不思議と風の流れを感じる。換気口は在るのだが、それだけでなく冷気が包んでいた。如何なる魔導具を用いているかはエリオットにはわからぬが、只ならぬ金が動いていることは知れた。
「もう少し、内装にも手をかけたらどうだ」
「エリーはそういうの、苦手じゃない? 必要なら取り寄せるけど……ま、座って」
部屋の造りも。進められた椅子もどうにも安っぽいのだが、それすらも誂えたものかも知れない。追求を諦めたエリオットは深く息を吐いて座す。
「それで。今回はどうした」
「ふふ、決まってるじゃないか」
つ、とワイングラスを掲げて、言う。
「漸く辺境から帰ってこれたんだ。色々片付いたし、久しぶりに親交を深めようと思ってさ」
「……」
どうにも胡散臭いものを感じながらも、グラスを掲げ。
「ご苦労だったな」
と言うあたり、この男の人の善さが知れようものだった。
●
「で、何か聞きたいことはない?」
酒が巡り始めた頃に飛び出した言葉に、エリオットは眉を潜めた。
「どうした、急に」
「いやぁ」
つ、とワインで口元を湿らせてから。
「これからちょっと、暫く雲隠れするからさ。その前に聞きたいことないかな、って」
「……」
つ、と。エリオットの目が細められる。脳裏ではどのような思いが巡っているだろうか。騎士団長の元に集う情報は多い。それらを踏まえると、眼前の男の動向には幾つか疑わしい点はある。
だが。
「……無いな」
酒を呷ったエリオットはそう言い切った。
「何処に往くにしても、必要なことなのだろう。ならばそれをしたらいい」
「おやまあ」
心底愉快げにくつくつと笑うヘクスだったが、
「それじゃあ、そうしようかな」
無言で再び掲げられたグラスに触れるか触れないかの距離で合わせて、笑みを深めたのだった。
●禁じられた遊び
──“雲隠れ”の結果が、これか。
数日後、エリオットは王城のエントランスホールで顔を顰めていた。
「や、エリー。偶然だね」
その男──“ヘクス・シャルシェレット”は、いつものへらっとした笑いを浮かべて片手をあげる。
「……新手の遊びか?」
「やだなぁ、まだ何もしてないじゃないか」
いつもの様子で、いつものように軽口をたたく。その途方もない違和感に青年は耐えかねた。
「遊んでほしいならそう言えば……エリー?」
“ヘクス”の言葉を遮って、強引に腕を掴む。「今日は随分積極的だね?」と喉の奥でくつくつ笑う男に隠しきれない苛立ちを覚えながら、青年は王城に用意された自室へ“ヘクス”を連行した。
「一体、どういうつもりだ」
部屋に入るなり、エリオットは“ヘクス”を睨みつけた。元より眼光鋭い男だが、今は常よりなお鋭い。来客をもてなす素振りもなく、それはまるで取り調べにも似た。
「エリーがこの部屋に誰かを呼んだのって、これが初めてなんじゃない?」
「……ヘクスの為に、場所を選んでやっただけだ」
素直な答えに口元を綻ばせた“ヘクス”だが、ややあってその目は冷たい光を宿した。
「冷静になりなよ、“エリー”。此処に“僕”を入れるべきじゃなかったね。……解るだろ?」
これ以上の詮索を許さない──そんな笑顔。
「咎める気はない。これは必要なことなのだろう。だが、これだけは言っておく」
ぐい、と“ヘクス”の襟首を掴むと間近い距離で言い放った。
「“お前”に、その名で呼ばれる謂われはない」
●試される信頼
騎士団本部へ帰還したエリオットは、執務室に着くなりこう尋ねた。
「フィア、俺の次の休暇はいつだ」
目を丸くする白の隊の女性騎士に対し、青年は改めて問う。
「王都も落ち着いてきた頃合いだ。すまないが、少し私用がある。2、3日まとめて休みを取りたいんだが」
「えっ!? は、はい! ええとっ」
慌てて手帳を開こうとしたフィアだが、狼狽しすぎたのか手帳をとり落とした。困惑気味の男は、相手が落ち着いたのを見計らって、一言。
「……どうかしたのか」
余計な確認だった。
「どうか? したのか? 貴方がそれを聞きます??」
軽く訊ねてみただけなのに、フィアが怖い顔をする。気づいた男は本能的に口を閉ざした。
「初めての事ですよ!? エリオット様がまとまった休みを取るだなんて!!」
余りの剣幕に「すまん、やはり休みは見送る」などと口にすれば、今度は鬼のような形相で睨みつけてくるのだ。
「フィア、俺は一体どうしたらいいんだ」
「いいから黙ってお休み下さい! あぁ、皆に早く知らせなきゃ……っ」
「調整しときます!」とだけ残し、バタンと威勢のいい音を立てて執務室の扉が閉ざされた。
有史以来初の騎士団長エリオット連休事件に、王国騎士団が沸きたった。青年がどれだけ尽力してきたか理解しているからこそ、もっと現場を頼ったり、時には休暇をとってほしかったのだろう。上長が休まないと部下って休みにくいし。
そんな中、王都第3街区のハンターズソサエティ支部に怪しい風貌の男が現れた。
旅人が被るような風雨除けのローブをフードからすっぽりかぶり、その奥に覗く真っ青な瞳を誤魔化すように黒縁メガネが存在を主張している。ローブの中の服自体は軽装だが、口元を覆い隠すようにストールが巻かれている。
男は、ぎっしりと金が詰め込まれた革袋をドンと受付に置く。
「王国北部の治安調査に同行者を募りたい。歪虚と遭遇する可能性は高いが、これで頼めるか?」
受付嬢が見上げると、その容姿にはとても見覚えがある。
「えっ、貴方は……」
咄嗟に男の手が受付嬢の口を塞ぎ、同時に彼は目についた適当な依頼書のサインをさも自分の名のように告げた。
「俺は……カインだ。ただのエンフォーサーの、な」
依頼人カインが用意した馬を駆り、ハンターは王国北部へ向かった。やがてとある村の付近に差し掛かった時、彼らは北の地平に黒い染みのような何かを見つけることになる。
「……やはり、パルシアの北か」
カインの呟きは重い。男はハンターに向き直り、言う。
「ついでだ。あの一団、潰していくぞ」
その数分後、言うほど容易い相手じゃないことを、ハンターらは身をもって理解することとなる。
リプレイ本文
●調査初日
集合場所へ来てみれば、オルドレイル(ka0621)たちに用意されていたのは名軍馬ゴースロン。きっちり人数分揃えられているうえに、受付嬢から聞いた分では報酬額まで通常より上乗せと来たものだ。
──カインと名乗っている男、どこかの御曹司か国の人間か。
俄かに信じがたいといった面持ちで、オルドレイルが依頼主を見上げる。だが、当の男は懐疑的な視線も意に介さない様子で少女に視線を返し、
「依頼を請け負ったハンターか。今回は頼む」
悪びれる様子もなく、そう告げた。
「闘狩士のオルドレイルだ。こちらこそ宜しく頼む」
「舞刀士のブラウよ。……あら?」
オルドレイルに続いて、ブラウ(ka4809)も雇い主の元へ進み出る。だが、少女は男のいる風上から流れてきた風を浴びた途端、目を丸くした。
「カインさん、どこかで見た顔だと思ったら貴方だったのね?」
どうやら、ブラウは男の素生に気づいたようだ。久方ぶりの対面に、少女は他愛無い話を振る。
「お久しぶりね? お元気だったかしら?」
「あぁ、ブラウか。俺は見ての通りだ、変わりはない」
──一体どこがどう"変わりない"のか、問い質したい気はしますが。
クリスティア・オルトワール(ka0131)の形の良い唇から盛大な溜息が洩れた。ブラウへの受け答えを見る限りでは、知り合いに自分の素生がばれたことを焦る素振りはない。本当に隠す気はあるのかと、疑いたくもなる。
「クリスティアさん、どうかしたんですか?」
「いいえ、何も」
レオフォルド・バンディケッド(ka2431)に問われ、首を振るクリス。彼女は男の被るフード目がけて呆れ気味に視線をぶつけるばかりだった。思えば男とは1年ほどの付き合いになる。この程度の"下手"な変装をクリスが見紛うはずもない。だが、此度は依頼の内容が内容だ。男の本来の立場を考えると、公に動くことが出来ない理由があるのではないか……だからこそ、それを見過ごすことは、少女なりに男を慮ってのことだった。ただ一つ、思うことがあったのだとすれば。
──噂の連休事件、本当の休暇でなかったのですね。
過労気味の男がやっと休むことを覚えたのかと、内心喜んでいたのだが……本当に、それが残念だった。
「しかし、カインさんって何者なんだろう?」
物憂げなクリスをよそに、レオはきょとんとした顔で首を傾げている。クリス同様、男の正体に気がついたヴァルナ=エリゴス(ka2651) は少年の疑問に苦笑を浮かべるばかり。
「……何者か、ですか」
「だって、北部の調査はともかくゴースロンを人数分用意するなんて只者じゃない気がするな」
全くもって少年の言う通りだ。誰がどう見ても普通じゃない。
「うーん……王国祭で聞いた様な声だったけど……」
唸るレオフォルドは曇りのない眼で男を見ている。これはもう時間の問題だろうとヴァルナは小さく息をついた。
●調査2日目
ハンターたち調査隊は2日目に王国北部へ到達。昼食の折、ブラウが作ってきたというマフィンを皆で食べ終え、適度なリラックス状態で調査を継続していた昼下がりのこと。
「カインさんはベテランハンターなんですか?」
「いいや。気付けば歴はそれなりだが……未熟であることは認識している」
「自分はまだまだ見習い騎士なんです。教わる事が多いと思いますが、引き続きよろしくです」
とある村付近に差し掛かったレオたちは、北の地平に“何か”を見つけた。
「そういえば、ここの西でゴブリンの大群と戦ったんですよ。まだ周辺は気が許せないようですが……って何でしょうか、あの黒い影は」
遠方に見える黒い染みのようなもの──それが近づいてくると、ブラウの瞳は鋭さを増す。染みの正体は、強靭な脚力を持って此方へ駆けてくる黒く大きな獣だった。犬、と評するには些か過ぎた生き物だ。なぜならそいつらには"3つの頭"がついていたのだから。
「ケルベロスのようね。けど、どこか様子がおかしいわ。……群の後ろに控えているのはゴブリン?」
ブラウの疑問に一同が注目する。あれは、指揮官だろうか。すかさずヴァルナが先を行く男へ告げた。
「先頭はカインさんにお任せします。私もすぐ後ろに続きますが、細かい判断はお任せします」
「俺は構わんが、端から接近戦を挑んでいいのか?」
少々の懸念を示す男に、オルドレイルが毅然と答える。
「まずはケルベロスの頭数を減らそう。初手はクリスティアの魔法で先制、その後覚醒し攻撃に移る」
──今までの振る舞いを見ていてわかるが、さて。
オルドレイルはカインの出方を伺っていた。男は提案を素直に受け入れて頷く。
「……解った。指示通り、俺は先頭を行く」
素生の怪しげな男だが、この戦闘で実力の程も知れるだろう──そう考え、少女は男の背を見送った。
両雄は陣を保ちながら徐々に接近。後方に居たクリスが頃合いを見計らうと、馬上でスタッフを翳した。集うマテリアル。力の奔流が大気へ溶け、前方の空間へ青白い雲状のガスが顕現。それは敵陣先頭をゆく4頭のケルベロスを瞬く間に包み込んだ。
「どうやら、効いたようですね」
平原を吹き抜ける風が煙が連れ去った後、大地に倒れ伏すように残ったのは眠りに落ちた獣たちだった。
──しかし直後、ハンターらは手痛い反撃を食らうこととなる。
眠る同胞を飛び越すように、6体の獣が前方へ躍り出た。地を這うような唸り──連中の猛撃は、先頭のカインへ集中する“はずだった”。
「カインさん、自分が盾になります!」
咄嗟に飛び出したのはレオ。少年は身をていしてカインの前に立ちはだかった。菱形の盾を構えて守りを固めるレオに、獣の3つ首が襲いかかる。一つ目の噛み付きを寸でのところで避けたが、その隙を狙って二つ目の首が襲いかかる。牙は敢え無く胴部へ直撃した。
「レオフォルド!」
声を張るカイン。レオは想像以上の威力に馬ごとぐらついたが、咄嗟に口角を上げて見せる。
「ここは……自分に、任せて……ゴブリン、を」
けれど、最後の一撃──三つ目の首が残っていた。存在を主張する嗜虐的な無数の牙が少年の首元へ食らいつく。
脅威の威力で畳みかけられた3連撃。少年は敢え無く落馬し、その場に崩れ落ちた。ひしゃげた全身鎧から流れ出るレオの血液。傍にいたブラウは一度鼻を動かすと、口元を緩めた。
「ふふっ、あぁ……久しぶりの匂いだわ。もっと嗅いでいたいけれど怒られちゃうわね」
だが、レオが倒れた今、敵の次の狙いは先頭に居たカインであり、同時にそのすぐ傍に居たブラウにも敵の魔手が及ぶのは必然だった。敵は4mもの巨体を持つが故に、1人の人間を複数体で取り囲んで攻撃するのはスペース的に難しい。そこで連中は“スペースを確保したうえで攻撃できる別の対象を探した”のだ。
わき目も振らずに飛びかかる獣が、ブラウの華奢な肢体を食い千切るべく容赦なく牙を剥く。
「……ッ」
ブラウは、この苛烈な連続攻撃を耐えることが出来なかった。一撃で意識を失いかけたところ、間髪いれずに二度目の猛撃。ブラウはそのまま落馬し、草原に力なく横たわった。残る三つ目の牙がどこに突き立ったのか──それは少女が乗っていたゴースロンに向けられた。いくら戦馬といえどケルベロスの噛みつきを耐えきることはできず、馬はその場で命を落とした。
「あら……貴方のようなヒトでも、そんな顔、するのね……」
意識を手放す間際、少女は大地からカインを見上げると、ごく僅かに微笑んだのだった。
「ギヒ、シシ……愚カナリ」
僅かな間に2人のハンターが倒れ、響くゴブリンの笑い声。その呪いのような言葉に怨念めいた色が混ざったことに気づいて、ヴァルナは咄嗟に身構える。が、しかし──
「人ヨ……闇ヲ、恐レヨ……」
突如、ヴァルナの馬が地面に縫いつけられたようにぴたりと動きを止めた。そこへ後方から迫っていた別の獣たちが、カインとヴァルナを左右から挟みこむように飛び出してくる。夥しい牙に飾られた貪欲な口。そこから放たれたのは赤々と燃え盛る暴力的なまでの炎だった。ヴァルナが下馬する前に炎は此方を焼き尽くすだろう。それを察知したカインは、咄嗟にヴァルナを庇うように進み出ると、両翼へ向け剣を一度凪ぎ、炎を打ち払った。
「今、剣が光って……」
目の前の出来事を不思議に思うも、ヴァルナは冷静に首を振り、改めて剣を握りしめた。至近の獣へと馬を駆り、改めて見据える。敵は大型、かつ巨体を持つ互いの動きを阻害しないように多少距離をあけて布陣していることもあり、薙ぎ払いで捉えるのは1体が限度だった。攻めの構えからマテリアルを剣へ送り込み、そしてひと思いに薙ぎ払う。横一閃──獰猛な首の2つがごとりと落ち、残った1つが雄叫びをあげた。まだ、息がある。そこへカナタ・ハテナ(ka2130)が目がけて狙いをすませた。
「ケルベロスの心臓は……どこにあるのかの」
大口径ライフルの引金は思いのほか軽く、高めの金属音と共に太く大きい銃声が木霊する。前衛の脇をすり抜けた銃弾は、1つ首の獣胴部にぽっかりと風穴を穿ち、そのまま命までもを奪いさった。
「確かに……これでは1、2体捉えるのがやっと、ですね」
クリスの火球は放たれた先で大きく爆ぜ、周囲を巻き込んでゆく。だが、なるべく複数の敵を狙いたくとも敵のサイズ故にどうしても射程内に1体、多くて2体巻き込めればせいぜいだ。それでも、少しずつ敵を追い詰めていることは事実。炎に全身を焼かれながら雄叫びを上げる番犬へ、今度はオルドレイルが接近。
「デカイ図体だな、狙いやすくて助かるぞ」
獣の足元へ滑り込んだ少女は、一際強く大地を蹴った。
「首は3つあっても足は犬と同じだろう?」
間合いに捉えた敵影、そしてそのまま渾身の力で鞘から抜刀し……
「──腱をもらうぞ」
青ざめた刀身を一気に振り抜いた。裂けた腱から吹き出す獣の体液を避けるように、馬首を翻す。だが──連中がそれを、黙って見逃すはずがない。
反撃は、余りにも強烈。オルドレイルは何とか初撃を回避するが、残る2回攻撃を直撃し落馬。そのまましばらく意識を取り戻すことはなかった。
●事後
その後、半数のケルベロスを討伐した時点でゴブリンは逃走を開始。ハンターらも半数近い重体者を抱えており、ゴブリンの逃走幇助に獣が立ちはだかったことも起因してゴブリンの追撃を断念。最終的に全てのケルベロスを討伐した時点で戦闘は終了となった。
「事情で俺は村へ入れんが、3人を村へ運ぼう。依頼はここで終了とする。後のことは……すまないが頼む」
カインからの通達。小柄なブラウを馬へ乗せたヴァルナは、カインの言葉に頷く。だが……
「一つだけ、お聞かせ頂けませんか」
少女は真っ直ぐな眼差しを男に向けた。カインはそれに応えるように被っていたフードを脱ぎ去り、口元を覆っていたストールを首元まで緩める。現れた黒髪を大雑把にかき上げると、
「構わない。なんだ」
そう告げた。瞬間、カナタは男の容貌に何かを思い出したらしい。敵の能力を綴る目的で取り出したメモ帳を、白い指先で懸命に捲り始める。
「騎士団を動かさず、わざわざ身分を偽ってまでご自身が出向いたのはなぜですか」
ヴァルナの真剣さを前に、男は眼鏡を外す。そして誠実に口を開こうとしたその時……カナタがぽんと手を叩き合わせた。
「何処かで見た様な気がしてたのじゃ。カインどんの正体は王国騎士団長エリオットどんその人じゃ」
「あぁ、黙っていて悪かった」
カイン改め、グラズヘイム王国騎士団長エリオットを、手帳の“絵”と見比べながら、カナタは懐疑的な視線を送る。
「しかし、じゃ。情報が欲しければ諜報部、敵を倒したければ軍を使えばよい。名を偽ってまで個人で動くとは、よそに干渉されず調べたい事が……?」
「随分、大袈裟だな」
青年は頬を掻きながら、こう説明する。
「パルシアに亜人の襲撃があるのは知っての通りだ。あの村は王国騎士団への当たりが強いという情報が届いている。その長である俺が周辺をうろついたら、村も無用な警戒を強めるだろう」
淡々と告げる男に、クリスは溜息を吐く。
「だから、身分を伏せたのですか」
「強いて言えば、本件は諜報を得意とする青の隊、中でもゲオルギウスに一任している。部下に任せた仕事に上長が直接出向くなど、ゲオルギウスの顔を潰すことは避けたい。彼を信頼していない訳ではないからな」
「ですが、それは身分を隠した理由ですよね?」
苦笑を浮かべながら、クリスは男を窘めるような瞳で見上げる。
「なぜそうまでして動かれたのです? 漸くお休みを取られると聞いて、喜んでいたのですよ」
「すまない。……自分で見なければ気が済まないということもあるが」
クリスの指摘に青年は逡巡する。言いにくそうに口ごもる男を不思議そうにヴァルナたちが見守っていると、ややあって罰の悪そうな声がした。
「ある男が、振り返ることなく前へ前へ進んで行く。俺はそれを……王都から、この立場から、見送ることしかできなかった」
「……それは、"焦り"ですか?」
余り表情に出ない男が、珍しく目を伏せている。ヴァルナはそれを慮ると、穏やかに笑んだ。
「力無き人々を守るのが騎士の務め。……エリオット様は立ち止まってなどいませんよ」
後のことは頼む──言い残して背を向けるエリオットをカナタが呼びとめた。
「いつか逢えたら話しておきたいと思ってたのじゃが……ヘクスどんは裏でクラベルと繋がり何か企んで居る」
衝撃的な発言だが、男が驚く様子はない。どうやら情報が既に耳に入っていたようだ。カナタは自身が感じていた疑念を一つ一つ丁寧に告げる。エリオットはそれを伝えるべき相手──そう思ったからだろう。
「敵に協力し信用させた所で罠に嵌め一網打尽にしようというのか、敵を上手く誘導操作し一定の脅威を与え結果、国の軍事化を推し進め強化を図ろうとしているのか、あるいは王女を倒させ国盗りを狙っているのか……真意は判らぬが止めるなら今じゃ」
切な訴えだった。だが、カナタの言い分を聞き終えても青年は表情を変えない。
「真意も解らないうちに、どう言う意図であいつを止めろと言うんだ? 万一、お前の言った"敵の誘導"が正しいのなら、俺にはあいつを止める理由がない」
真っ直ぐカナタを見つめる目から、ヘクスへの思いの強さが伺える。
「だが……忠告には礼を言う。お前も、無茶はするな」
淀みなく断言し、男は倒れたハンターたちを運び終えるとハンターたちと道を別った。
パルシア村は、傷を負ったハンターらの受け入れを認めたが、同時に凶悪なゴブリンが逃走したという背景にしばし村内のあらゆる警戒を強めてしまう。
重体者の介抱もあり、ハンターたちは幾つかの理由から調査を続けられず、回復を見計らって王都へ帰還することとなった。
集合場所へ来てみれば、オルドレイル(ka0621)たちに用意されていたのは名軍馬ゴースロン。きっちり人数分揃えられているうえに、受付嬢から聞いた分では報酬額まで通常より上乗せと来たものだ。
──カインと名乗っている男、どこかの御曹司か国の人間か。
俄かに信じがたいといった面持ちで、オルドレイルが依頼主を見上げる。だが、当の男は懐疑的な視線も意に介さない様子で少女に視線を返し、
「依頼を請け負ったハンターか。今回は頼む」
悪びれる様子もなく、そう告げた。
「闘狩士のオルドレイルだ。こちらこそ宜しく頼む」
「舞刀士のブラウよ。……あら?」
オルドレイルに続いて、ブラウ(ka4809)も雇い主の元へ進み出る。だが、少女は男のいる風上から流れてきた風を浴びた途端、目を丸くした。
「カインさん、どこかで見た顔だと思ったら貴方だったのね?」
どうやら、ブラウは男の素生に気づいたようだ。久方ぶりの対面に、少女は他愛無い話を振る。
「お久しぶりね? お元気だったかしら?」
「あぁ、ブラウか。俺は見ての通りだ、変わりはない」
──一体どこがどう"変わりない"のか、問い質したい気はしますが。
クリスティア・オルトワール(ka0131)の形の良い唇から盛大な溜息が洩れた。ブラウへの受け答えを見る限りでは、知り合いに自分の素生がばれたことを焦る素振りはない。本当に隠す気はあるのかと、疑いたくもなる。
「クリスティアさん、どうかしたんですか?」
「いいえ、何も」
レオフォルド・バンディケッド(ka2431)に問われ、首を振るクリス。彼女は男の被るフード目がけて呆れ気味に視線をぶつけるばかりだった。思えば男とは1年ほどの付き合いになる。この程度の"下手"な変装をクリスが見紛うはずもない。だが、此度は依頼の内容が内容だ。男の本来の立場を考えると、公に動くことが出来ない理由があるのではないか……だからこそ、それを見過ごすことは、少女なりに男を慮ってのことだった。ただ一つ、思うことがあったのだとすれば。
──噂の連休事件、本当の休暇でなかったのですね。
過労気味の男がやっと休むことを覚えたのかと、内心喜んでいたのだが……本当に、それが残念だった。
「しかし、カインさんって何者なんだろう?」
物憂げなクリスをよそに、レオはきょとんとした顔で首を傾げている。クリス同様、男の正体に気がついたヴァルナ=エリゴス(ka2651) は少年の疑問に苦笑を浮かべるばかり。
「……何者か、ですか」
「だって、北部の調査はともかくゴースロンを人数分用意するなんて只者じゃない気がするな」
全くもって少年の言う通りだ。誰がどう見ても普通じゃない。
「うーん……王国祭で聞いた様な声だったけど……」
唸るレオフォルドは曇りのない眼で男を見ている。これはもう時間の問題だろうとヴァルナは小さく息をついた。
●調査2日目
ハンターたち調査隊は2日目に王国北部へ到達。昼食の折、ブラウが作ってきたというマフィンを皆で食べ終え、適度なリラックス状態で調査を継続していた昼下がりのこと。
「カインさんはベテランハンターなんですか?」
「いいや。気付けば歴はそれなりだが……未熟であることは認識している」
「自分はまだまだ見習い騎士なんです。教わる事が多いと思いますが、引き続きよろしくです」
とある村付近に差し掛かったレオたちは、北の地平に“何か”を見つけた。
「そういえば、ここの西でゴブリンの大群と戦ったんですよ。まだ周辺は気が許せないようですが……って何でしょうか、あの黒い影は」
遠方に見える黒い染みのようなもの──それが近づいてくると、ブラウの瞳は鋭さを増す。染みの正体は、強靭な脚力を持って此方へ駆けてくる黒く大きな獣だった。犬、と評するには些か過ぎた生き物だ。なぜならそいつらには"3つの頭"がついていたのだから。
「ケルベロスのようね。けど、どこか様子がおかしいわ。……群の後ろに控えているのはゴブリン?」
ブラウの疑問に一同が注目する。あれは、指揮官だろうか。すかさずヴァルナが先を行く男へ告げた。
「先頭はカインさんにお任せします。私もすぐ後ろに続きますが、細かい判断はお任せします」
「俺は構わんが、端から接近戦を挑んでいいのか?」
少々の懸念を示す男に、オルドレイルが毅然と答える。
「まずはケルベロスの頭数を減らそう。初手はクリスティアの魔法で先制、その後覚醒し攻撃に移る」
──今までの振る舞いを見ていてわかるが、さて。
オルドレイルはカインの出方を伺っていた。男は提案を素直に受け入れて頷く。
「……解った。指示通り、俺は先頭を行く」
素生の怪しげな男だが、この戦闘で実力の程も知れるだろう──そう考え、少女は男の背を見送った。
両雄は陣を保ちながら徐々に接近。後方に居たクリスが頃合いを見計らうと、馬上でスタッフを翳した。集うマテリアル。力の奔流が大気へ溶け、前方の空間へ青白い雲状のガスが顕現。それは敵陣先頭をゆく4頭のケルベロスを瞬く間に包み込んだ。
「どうやら、効いたようですね」
平原を吹き抜ける風が煙が連れ去った後、大地に倒れ伏すように残ったのは眠りに落ちた獣たちだった。
──しかし直後、ハンターらは手痛い反撃を食らうこととなる。
眠る同胞を飛び越すように、6体の獣が前方へ躍り出た。地を這うような唸り──連中の猛撃は、先頭のカインへ集中する“はずだった”。
「カインさん、自分が盾になります!」
咄嗟に飛び出したのはレオ。少年は身をていしてカインの前に立ちはだかった。菱形の盾を構えて守りを固めるレオに、獣の3つ首が襲いかかる。一つ目の噛み付きを寸でのところで避けたが、その隙を狙って二つ目の首が襲いかかる。牙は敢え無く胴部へ直撃した。
「レオフォルド!」
声を張るカイン。レオは想像以上の威力に馬ごとぐらついたが、咄嗟に口角を上げて見せる。
「ここは……自分に、任せて……ゴブリン、を」
けれど、最後の一撃──三つ目の首が残っていた。存在を主張する嗜虐的な無数の牙が少年の首元へ食らいつく。
脅威の威力で畳みかけられた3連撃。少年は敢え無く落馬し、その場に崩れ落ちた。ひしゃげた全身鎧から流れ出るレオの血液。傍にいたブラウは一度鼻を動かすと、口元を緩めた。
「ふふっ、あぁ……久しぶりの匂いだわ。もっと嗅いでいたいけれど怒られちゃうわね」
だが、レオが倒れた今、敵の次の狙いは先頭に居たカインであり、同時にそのすぐ傍に居たブラウにも敵の魔手が及ぶのは必然だった。敵は4mもの巨体を持つが故に、1人の人間を複数体で取り囲んで攻撃するのはスペース的に難しい。そこで連中は“スペースを確保したうえで攻撃できる別の対象を探した”のだ。
わき目も振らずに飛びかかる獣が、ブラウの華奢な肢体を食い千切るべく容赦なく牙を剥く。
「……ッ」
ブラウは、この苛烈な連続攻撃を耐えることが出来なかった。一撃で意識を失いかけたところ、間髪いれずに二度目の猛撃。ブラウはそのまま落馬し、草原に力なく横たわった。残る三つ目の牙がどこに突き立ったのか──それは少女が乗っていたゴースロンに向けられた。いくら戦馬といえどケルベロスの噛みつきを耐えきることはできず、馬はその場で命を落とした。
「あら……貴方のようなヒトでも、そんな顔、するのね……」
意識を手放す間際、少女は大地からカインを見上げると、ごく僅かに微笑んだのだった。
「ギヒ、シシ……愚カナリ」
僅かな間に2人のハンターが倒れ、響くゴブリンの笑い声。その呪いのような言葉に怨念めいた色が混ざったことに気づいて、ヴァルナは咄嗟に身構える。が、しかし──
「人ヨ……闇ヲ、恐レヨ……」
突如、ヴァルナの馬が地面に縫いつけられたようにぴたりと動きを止めた。そこへ後方から迫っていた別の獣たちが、カインとヴァルナを左右から挟みこむように飛び出してくる。夥しい牙に飾られた貪欲な口。そこから放たれたのは赤々と燃え盛る暴力的なまでの炎だった。ヴァルナが下馬する前に炎は此方を焼き尽くすだろう。それを察知したカインは、咄嗟にヴァルナを庇うように進み出ると、両翼へ向け剣を一度凪ぎ、炎を打ち払った。
「今、剣が光って……」
目の前の出来事を不思議に思うも、ヴァルナは冷静に首を振り、改めて剣を握りしめた。至近の獣へと馬を駆り、改めて見据える。敵は大型、かつ巨体を持つ互いの動きを阻害しないように多少距離をあけて布陣していることもあり、薙ぎ払いで捉えるのは1体が限度だった。攻めの構えからマテリアルを剣へ送り込み、そしてひと思いに薙ぎ払う。横一閃──獰猛な首の2つがごとりと落ち、残った1つが雄叫びをあげた。まだ、息がある。そこへカナタ・ハテナ(ka2130)が目がけて狙いをすませた。
「ケルベロスの心臓は……どこにあるのかの」
大口径ライフルの引金は思いのほか軽く、高めの金属音と共に太く大きい銃声が木霊する。前衛の脇をすり抜けた銃弾は、1つ首の獣胴部にぽっかりと風穴を穿ち、そのまま命までもを奪いさった。
「確かに……これでは1、2体捉えるのがやっと、ですね」
クリスの火球は放たれた先で大きく爆ぜ、周囲を巻き込んでゆく。だが、なるべく複数の敵を狙いたくとも敵のサイズ故にどうしても射程内に1体、多くて2体巻き込めればせいぜいだ。それでも、少しずつ敵を追い詰めていることは事実。炎に全身を焼かれながら雄叫びを上げる番犬へ、今度はオルドレイルが接近。
「デカイ図体だな、狙いやすくて助かるぞ」
獣の足元へ滑り込んだ少女は、一際強く大地を蹴った。
「首は3つあっても足は犬と同じだろう?」
間合いに捉えた敵影、そしてそのまま渾身の力で鞘から抜刀し……
「──腱をもらうぞ」
青ざめた刀身を一気に振り抜いた。裂けた腱から吹き出す獣の体液を避けるように、馬首を翻す。だが──連中がそれを、黙って見逃すはずがない。
反撃は、余りにも強烈。オルドレイルは何とか初撃を回避するが、残る2回攻撃を直撃し落馬。そのまましばらく意識を取り戻すことはなかった。
●事後
その後、半数のケルベロスを討伐した時点でゴブリンは逃走を開始。ハンターらも半数近い重体者を抱えており、ゴブリンの逃走幇助に獣が立ちはだかったことも起因してゴブリンの追撃を断念。最終的に全てのケルベロスを討伐した時点で戦闘は終了となった。
「事情で俺は村へ入れんが、3人を村へ運ぼう。依頼はここで終了とする。後のことは……すまないが頼む」
カインからの通達。小柄なブラウを馬へ乗せたヴァルナは、カインの言葉に頷く。だが……
「一つだけ、お聞かせ頂けませんか」
少女は真っ直ぐな眼差しを男に向けた。カインはそれに応えるように被っていたフードを脱ぎ去り、口元を覆っていたストールを首元まで緩める。現れた黒髪を大雑把にかき上げると、
「構わない。なんだ」
そう告げた。瞬間、カナタは男の容貌に何かを思い出したらしい。敵の能力を綴る目的で取り出したメモ帳を、白い指先で懸命に捲り始める。
「騎士団を動かさず、わざわざ身分を偽ってまでご自身が出向いたのはなぜですか」
ヴァルナの真剣さを前に、男は眼鏡を外す。そして誠実に口を開こうとしたその時……カナタがぽんと手を叩き合わせた。
「何処かで見た様な気がしてたのじゃ。カインどんの正体は王国騎士団長エリオットどんその人じゃ」
「あぁ、黙っていて悪かった」
カイン改め、グラズヘイム王国騎士団長エリオットを、手帳の“絵”と見比べながら、カナタは懐疑的な視線を送る。
「しかし、じゃ。情報が欲しければ諜報部、敵を倒したければ軍を使えばよい。名を偽ってまで個人で動くとは、よそに干渉されず調べたい事が……?」
「随分、大袈裟だな」
青年は頬を掻きながら、こう説明する。
「パルシアに亜人の襲撃があるのは知っての通りだ。あの村は王国騎士団への当たりが強いという情報が届いている。その長である俺が周辺をうろついたら、村も無用な警戒を強めるだろう」
淡々と告げる男に、クリスは溜息を吐く。
「だから、身分を伏せたのですか」
「強いて言えば、本件は諜報を得意とする青の隊、中でもゲオルギウスに一任している。部下に任せた仕事に上長が直接出向くなど、ゲオルギウスの顔を潰すことは避けたい。彼を信頼していない訳ではないからな」
「ですが、それは身分を隠した理由ですよね?」
苦笑を浮かべながら、クリスは男を窘めるような瞳で見上げる。
「なぜそうまでして動かれたのです? 漸くお休みを取られると聞いて、喜んでいたのですよ」
「すまない。……自分で見なければ気が済まないということもあるが」
クリスの指摘に青年は逡巡する。言いにくそうに口ごもる男を不思議そうにヴァルナたちが見守っていると、ややあって罰の悪そうな声がした。
「ある男が、振り返ることなく前へ前へ進んで行く。俺はそれを……王都から、この立場から、見送ることしかできなかった」
「……それは、"焦り"ですか?」
余り表情に出ない男が、珍しく目を伏せている。ヴァルナはそれを慮ると、穏やかに笑んだ。
「力無き人々を守るのが騎士の務め。……エリオット様は立ち止まってなどいませんよ」
後のことは頼む──言い残して背を向けるエリオットをカナタが呼びとめた。
「いつか逢えたら話しておきたいと思ってたのじゃが……ヘクスどんは裏でクラベルと繋がり何か企んで居る」
衝撃的な発言だが、男が驚く様子はない。どうやら情報が既に耳に入っていたようだ。カナタは自身が感じていた疑念を一つ一つ丁寧に告げる。エリオットはそれを伝えるべき相手──そう思ったからだろう。
「敵に協力し信用させた所で罠に嵌め一網打尽にしようというのか、敵を上手く誘導操作し一定の脅威を与え結果、国の軍事化を推し進め強化を図ろうとしているのか、あるいは王女を倒させ国盗りを狙っているのか……真意は判らぬが止めるなら今じゃ」
切な訴えだった。だが、カナタの言い分を聞き終えても青年は表情を変えない。
「真意も解らないうちに、どう言う意図であいつを止めろと言うんだ? 万一、お前の言った"敵の誘導"が正しいのなら、俺にはあいつを止める理由がない」
真っ直ぐカナタを見つめる目から、ヘクスへの思いの強さが伺える。
「だが……忠告には礼を言う。お前も、無茶はするな」
淀みなく断言し、男は倒れたハンターたちを運び終えるとハンターたちと道を別った。
パルシア村は、傷を負ったハンターらの受け入れを認めたが、同時に凶悪なゴブリンが逃走したという背景にしばし村内のあらゆる警戒を強めてしまう。
重体者の介抱もあり、ハンターたちは幾つかの理由から調査を続けられず、回復を見計らって王都へ帰還することとなった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/06/07 14:31:12 |
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質問所 カナタ・ハテナ(ka2130) 人間(リアルブルー)|12才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2015/06/09 00:57:48 |
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作戦相談所 カナタ・ハテナ(ka2130) 人間(リアルブルー)|12才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2015/06/12 02:46:00 |