ゲスト
(ka0000)
鉄火の女神
マスター:湖欄黒江

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/06/12 22:00
- 完成日
- 2015/06/20 22:41
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
『リアルブルーにおける経済圏の拡大と資本の集中は極めて緩やかに進行したが、
クリムゾンウェストと比して、遥かに広大な生存可能領域がその原因と考えられる。
歪虚に対する団結の不要もまた、共同体の内外に様々な分裂と対立をもたらした。
一方で、有史以来絶えることのない対人類戦争が、地球の技術発展に大きく寄与したことも確かである。
人類間の闘争の技術は、人類対歪虚のそれと違って、対立する双方で容易に交換可能な性質を持ち……』
青年画商・ベッカートがサロンで待たされている間、
ルートヴィヒ・フォン・ペンテジレイオスの第2書斎からは、
主の朗々たる声が、止むことなく響き渡っていた。
執事曰く、主人は口述筆記の最中だそうだ。
終わり次第面会が許されるとのことで、ベッカートはひとり、
書斎からの声にそれとなく耳を傾けながら待っていたのだが、
『……「地球派」「蒼界派」などと呼ばれるこれら芸術諸派は、
各時代毎の芸術、あるいは文化全般における旧弊へのアンチテーゼとして、己が活動を喧伝したものだが、
多くは非知識階級出身の転移者がもたらす、伝聞に基づいた彼らの地球観は、
リアルブルーに関する大量の記録資料がもたらされた今日、急速に更新されていくことだろう。
しかし、誤謬の歴史もまた歴史の一部であれば……』
話題が変わったかな、と思う。どこかで聞き損ねた箇所があったのだろう。
恐ろしく高価な調度に埋もれて、ベッカートは物思いに耽る。
貧民街の芸術家・マティ。ついこの間まで、ルートヴィヒの求めを果たすことで頭が一杯だったが、
先日帝都で会ったときは、随分美しい女性だったのだなと今更ながらに感嘆した。
彼女のほうも少しずつではあるが、自分に打ち解けてきてくれている気がする。
別に、下心のある訳ではないが――
『お姉ちゃんのバカ!』
何だ何だと身を起こす。突然、書斎のルートヴィヒが少女の声色を使ったかと思うと、
『「お姉ちゃんはひとりでイルニエルの家を守ってるつもりになって、
私の気持ちなんて考えてくれたこと、なかったじゃない!」
……ベルス、舞台の中央で泣き崩れる。ゼゾ、マオの手を引いてベルスの下へと連れていくと、
もう片方の手でベルスの肩に触れ……触れ……えー。
戦争による共同体の解体と再構成は、同時に統治機構の効率化と、物的・知的財産の集約の契機ともなり、
更なる飛躍に向けた、文明の揺籃期とすら呼び得ただろう。
さながら、使い古した剣を火に投じて焼き直すかの如く……あー、何か違うな。上3行、削除。
当会が選りすぐった作品は、いずれも今日の政治的・文化的一大革新の最中、
正しく火中に生まれ出ずる新たな美の、誕生の歓喜と苦悶を内包した傑作である。
帝国のみならず、西方世界一般の美術史上においても、不朽の価値を持つものと筆者は信じる……うー、
マオ、「ゼゾ、貴方の手を通じて、妹の痛みが伝わってくるようだわ」。
抑圧の化身、全員が剣を取り落とし、その場に倒れ伏す。
戦争の鉄火はさながら、剣を火に投じて焼き直すかの如く、停滞した文明の再生手段でもあった。
芸術愛好家諸氏におかれては是非、2度3度と足を運び、
その煌々たる炎を眼に焼きつけ、来たるべき変革の時代の道行を照らす灯明として頂きたい……今日は終わり!』
●
3人の筆記者が、ベッカートと入れ替わりに書斎を立ち去っていく。
残された主人は安楽椅子にもたれ、
「私という人間は、実に思考力散漫でね。
ひとつことにじっと集中するというのが、どうも苦手だ。
思いつくままやりたいから、いっそ3枚同時に書いちゃおうと考えたのさ。
パンフレットの序文も先程完成したよ」
「終わりの部分は、外で聞かせて頂きました。お素晴らしい名文で……」
「ひでぇもんだろ」
ルートヴィヒがそう言って、舌を出す。
「ま、あれくらい俗文のほうが、鑑賞の邪魔にならなくて良いさ」
「は、ははぁ」
話題は、後日に控えた帝都バルトアンデルスでの美術展覧会のこと。
『鉄火の女神――革命13年の帝国美術』と題した現代美術展で、
ルートヴィヒも出資金の大部分と、目玉作品の貸与を引き受けていた。
「主催者のエンゲルスとは昔、同じ先生のところに師事してまして。
お互い絵描きにはなれず、歳もいくつも変わらないのに、あいつは随分出世したものです」
「今や、前衛芸術家たちのオピニオンリーダーか。しかし、私は君にも見所があると思ってるよ?」
はにかむベッカートだが、胸中は複雑だ。
かつての同輩の大見せ場。応援したくもあり、けちをつけたくもあり。
もっとも、今回の展示作品には、
彼がルートヴィヒに売ったマティ作のモザイク画2枚も加わっており、その点は素直に喜ぶことができた。
「ありがとうございます……?」
礼を言いつつ、ベッカートの目は書斎の一隅に吸い寄せられる。
何やら、白い布を被せられた大きな塊がひとつ。
「気になるかね? そうそう、君には特別、あれを早めに見せておきたかったんだ。
展覧会へ急遽出品が決定した、私の所蔵品だ」
●
覆っていた布を取り払うと、中から現れたのは、建物から剥されたと思しき1枚の石壁。
灰色の壁面には、黒いペンキでジグザグのマークが書きつけられていた。
そのマークは、稲妻あるいは木の根を模しているようにも見え、
「昨日、会場の外壁に落書きされていたんだ」
こともなげに言うルートヴィヒだが、ベッカートはマークの正体に得心行って唖然とする。
「ヴルツァライヒ……」
「如何にも。いつかのビラ事件で、少々話題になったね。
この印が実際何を表しているのかは未だ不明だそうだが、意図は明白。脅迫だ。
エンゲルスはすぐ消せと騒いだんだが、たまたま居合わせたもんで、壁ごとうちにもらってきたんだ」
「彼、あるいは展覧会に対する脅迫、でしょうか?」
「どうかな、私のせいかも知れんよ。何せほら――私宛ての脅迫状がこんなに!」
書斎の棚から、手紙の分厚い束を取り出すルートヴィヒ。
手渡された手紙をベッカートが確かめると、どれもここ1週間以内の消印となっていた。
「この分だと、私が確実に姿を見せる開会初日を狙ってくるな。会場に火をつけるという脅迫もあった」
当人は至って淡々としているが、成る程、革命後の帝国を否定する反体制派にとり、
新体制下の経済を支える大資本家・ルートヴィヒは、不倶戴天の敵に違いない。その上、彼は――
「会場警備にハンターを参加させるよう、手配しておいたよ」
「それは心強い。マティの一件でも、彼らは見事な働きを見せてくれましたし……」
「展覧会初日に、ハンターと暗殺者の大立ち回りか。うむ、実に帝国の現在を象徴した事件となるな」
髭をつまみながら、ルートヴィヒはしげしげと石壁を見下ろす。
「私が死んだら、死体が匂い出すまで、これと一緒に会場へ飾っといてくれ」
『リアルブルーにおける経済圏の拡大と資本の集中は極めて緩やかに進行したが、
クリムゾンウェストと比して、遥かに広大な生存可能領域がその原因と考えられる。
歪虚に対する団結の不要もまた、共同体の内外に様々な分裂と対立をもたらした。
一方で、有史以来絶えることのない対人類戦争が、地球の技術発展に大きく寄与したことも確かである。
人類間の闘争の技術は、人類対歪虚のそれと違って、対立する双方で容易に交換可能な性質を持ち……』
青年画商・ベッカートがサロンで待たされている間、
ルートヴィヒ・フォン・ペンテジレイオスの第2書斎からは、
主の朗々たる声が、止むことなく響き渡っていた。
執事曰く、主人は口述筆記の最中だそうだ。
終わり次第面会が許されるとのことで、ベッカートはひとり、
書斎からの声にそれとなく耳を傾けながら待っていたのだが、
『……「地球派」「蒼界派」などと呼ばれるこれら芸術諸派は、
各時代毎の芸術、あるいは文化全般における旧弊へのアンチテーゼとして、己が活動を喧伝したものだが、
多くは非知識階級出身の転移者がもたらす、伝聞に基づいた彼らの地球観は、
リアルブルーに関する大量の記録資料がもたらされた今日、急速に更新されていくことだろう。
しかし、誤謬の歴史もまた歴史の一部であれば……』
話題が変わったかな、と思う。どこかで聞き損ねた箇所があったのだろう。
恐ろしく高価な調度に埋もれて、ベッカートは物思いに耽る。
貧民街の芸術家・マティ。ついこの間まで、ルートヴィヒの求めを果たすことで頭が一杯だったが、
先日帝都で会ったときは、随分美しい女性だったのだなと今更ながらに感嘆した。
彼女のほうも少しずつではあるが、自分に打ち解けてきてくれている気がする。
別に、下心のある訳ではないが――
『お姉ちゃんのバカ!』
何だ何だと身を起こす。突然、書斎のルートヴィヒが少女の声色を使ったかと思うと、
『「お姉ちゃんはひとりでイルニエルの家を守ってるつもりになって、
私の気持ちなんて考えてくれたこと、なかったじゃない!」
……ベルス、舞台の中央で泣き崩れる。ゼゾ、マオの手を引いてベルスの下へと連れていくと、
もう片方の手でベルスの肩に触れ……触れ……えー。
戦争による共同体の解体と再構成は、同時に統治機構の効率化と、物的・知的財産の集約の契機ともなり、
更なる飛躍に向けた、文明の揺籃期とすら呼び得ただろう。
さながら、使い古した剣を火に投じて焼き直すかの如く……あー、何か違うな。上3行、削除。
当会が選りすぐった作品は、いずれも今日の政治的・文化的一大革新の最中、
正しく火中に生まれ出ずる新たな美の、誕生の歓喜と苦悶を内包した傑作である。
帝国のみならず、西方世界一般の美術史上においても、不朽の価値を持つものと筆者は信じる……うー、
マオ、「ゼゾ、貴方の手を通じて、妹の痛みが伝わってくるようだわ」。
抑圧の化身、全員が剣を取り落とし、その場に倒れ伏す。
戦争の鉄火はさながら、剣を火に投じて焼き直すかの如く、停滞した文明の再生手段でもあった。
芸術愛好家諸氏におかれては是非、2度3度と足を運び、
その煌々たる炎を眼に焼きつけ、来たるべき変革の時代の道行を照らす灯明として頂きたい……今日は終わり!』
●
3人の筆記者が、ベッカートと入れ替わりに書斎を立ち去っていく。
残された主人は安楽椅子にもたれ、
「私という人間は、実に思考力散漫でね。
ひとつことにじっと集中するというのが、どうも苦手だ。
思いつくままやりたいから、いっそ3枚同時に書いちゃおうと考えたのさ。
パンフレットの序文も先程完成したよ」
「終わりの部分は、外で聞かせて頂きました。お素晴らしい名文で……」
「ひでぇもんだろ」
ルートヴィヒがそう言って、舌を出す。
「ま、あれくらい俗文のほうが、鑑賞の邪魔にならなくて良いさ」
「は、ははぁ」
話題は、後日に控えた帝都バルトアンデルスでの美術展覧会のこと。
『鉄火の女神――革命13年の帝国美術』と題した現代美術展で、
ルートヴィヒも出資金の大部分と、目玉作品の貸与を引き受けていた。
「主催者のエンゲルスとは昔、同じ先生のところに師事してまして。
お互い絵描きにはなれず、歳もいくつも変わらないのに、あいつは随分出世したものです」
「今や、前衛芸術家たちのオピニオンリーダーか。しかし、私は君にも見所があると思ってるよ?」
はにかむベッカートだが、胸中は複雑だ。
かつての同輩の大見せ場。応援したくもあり、けちをつけたくもあり。
もっとも、今回の展示作品には、
彼がルートヴィヒに売ったマティ作のモザイク画2枚も加わっており、その点は素直に喜ぶことができた。
「ありがとうございます……?」
礼を言いつつ、ベッカートの目は書斎の一隅に吸い寄せられる。
何やら、白い布を被せられた大きな塊がひとつ。
「気になるかね? そうそう、君には特別、あれを早めに見せておきたかったんだ。
展覧会へ急遽出品が決定した、私の所蔵品だ」
●
覆っていた布を取り払うと、中から現れたのは、建物から剥されたと思しき1枚の石壁。
灰色の壁面には、黒いペンキでジグザグのマークが書きつけられていた。
そのマークは、稲妻あるいは木の根を模しているようにも見え、
「昨日、会場の外壁に落書きされていたんだ」
こともなげに言うルートヴィヒだが、ベッカートはマークの正体に得心行って唖然とする。
「ヴルツァライヒ……」
「如何にも。いつかのビラ事件で、少々話題になったね。
この印が実際何を表しているのかは未だ不明だそうだが、意図は明白。脅迫だ。
エンゲルスはすぐ消せと騒いだんだが、たまたま居合わせたもんで、壁ごとうちにもらってきたんだ」
「彼、あるいは展覧会に対する脅迫、でしょうか?」
「どうかな、私のせいかも知れんよ。何せほら――私宛ての脅迫状がこんなに!」
書斎の棚から、手紙の分厚い束を取り出すルートヴィヒ。
手渡された手紙をベッカートが確かめると、どれもここ1週間以内の消印となっていた。
「この分だと、私が確実に姿を見せる開会初日を狙ってくるな。会場に火をつけるという脅迫もあった」
当人は至って淡々としているが、成る程、革命後の帝国を否定する反体制派にとり、
新体制下の経済を支える大資本家・ルートヴィヒは、不倶戴天の敵に違いない。その上、彼は――
「会場警備にハンターを参加させるよう、手配しておいたよ」
「それは心強い。マティの一件でも、彼らは見事な働きを見せてくれましたし……」
「展覧会初日に、ハンターと暗殺者の大立ち回りか。うむ、実に帝国の現在を象徴した事件となるな」
髭をつまみながら、ルートヴィヒはしげしげと石壁を見下ろす。
「私が死んだら、死体が匂い出すまで、これと一緒に会場へ飾っといてくれ」
リプレイ本文
●
「お初にお目にかかります。急な面会に応じて頂き、ありがとうございます」
依頼主・ルートヴィヒの屋敷を訪れた真田 天斗(ka0014)。
会場警備に先立って、脅迫状を確認しておきたかった。
「手口を予想できればと……それに、
気になったことはとことん調べないと、気が済まないのが私の悪い癖でして」
「うん」
主人の書斎で手紙の束を受け取り、読み始める。ルートヴィヒが、
「差出人は3人だ」
「どれも、署名はされていませんが」
手紙は全て別々の紙と封筒、別々の日付の消印で出されていた。しかし、
「まず、同じ安インクで書かれたものが数枚」
紙についた独特の匂いを嗅ぐと、天斗にもすぐ分かった。
1枚ごと文字をわざと崩して書いて、筆跡鑑定を防ぐつもりだったのだろうが、
「文体も内容も同じだ。会場で私を殺す、と言っている。ヴルツァライヒを名乗る手紙が更に2種類」
残りの手紙――片方の数枚は繰り返し、ルートヴィヒを名指しで脅迫しながら、
『退廃した革命成金どもの供宴を、炎を以て浄化する』等、施設への放火をほのめかしていた。
「教養のある人物と見ました。先のものに比べて語彙が豊富ですし、字も丁寧だ。旧貴族か……」
犯人像を推理する天斗だったが、書き手の身元を明かす手がかりは見つからなかった。
「今は、実行犯を現場で捕縛するより他ないでしょうね。それで、これが最後の1枚」
広げられた手紙には、例のシンボルを添えて、真っ赤なインクでこう書き記されていた。
『旧キ誓約ニヨリテ我ラ、ぞんねんしゅとらーるノ土ト永久ノ絆ヲ結ビタリ。
我ラ「根乃国」ノ臣下ナリ。冥府ニ在リテハ死馬ヲモ駆リ、古刀、錆槍モテ不忠僭上ノ徒ヲ絶ヤサン』
●
天斗は脅迫状を確認した後、警備会社に関する資料を預かり、その他細々とした聞き込みも終えると、
「最後に――貴方について、脅迫状に書かれていた、あれは真実ですか?」
「完全に、完璧に、真実だ。
それじゃ、展示会最後の作品を君に預けるから。よろしく頼むね」
「連中のトレードマークか。面白いな、脅迫の壁画を展示するとは」
落書きされた石壁を前に、ウィルフォード・リュウェリン(ka1931)が言う。
天斗が石壁を会場へ持ち帰った頃、既に会場の周囲は暗く、人通りも絶えていた。
屋内こそ、人々が展覧会の仕上げに忙しく走り回っているが、
「表には、人目につかない暗がりも多いからな。植え込みだとか、ごみ捨て場だとか……、
これもそういう隙で書かれたんだろう」
「何にせよ、反体制なんて貧乏人のやることと、相場が決まってるわ。
私の獲物、仕事の種になってくれるのは感謝するけどね」
手頃な椅子にもたれて、欠伸をするリーゼロッテ(ka1864)。
ウィルフォードは顎を擦りつつ、
「……あまり派手な警備をやると、かえって奴らの宣伝活動を手伝ってしまいそうだな。
反体制派に怯える要人たち、帝国の治安の悪化、そういう印象を作られてはまずい」
アルテア・A・コートフィールド(ka2553)とフェリア(ka2870)は、
会場の他の場所で見回りと、ビラ貼りを行っていた。
「展示物が気になるみたいですね?」
フェリアが不審物等を捜索しつつ、連れ立つアルテアへ話しかけると、
「そりゃ……かなり変わった企画だし。中々ない機会だと思って」
答えつつ、アルテアは手製のビラを貼る。
目につく場所へ警備員巡回中の知らせを貼り、少しでも犯行の抑止になればと思ったが、
「折角の展覧会を潰そうなんて、無粋にも程があるよね!」
「本当ですね。無事仕事を終えて、後でゆっくり回れれば……」
と、どこかで鈴の音。微かな音だったが、
「展示物でしょうか?」
「いや、こんな音を立てそうなものはなかった筈……!」
●
音の正体は、リーゼロッテが仕掛けた鳴子の罠だった。
「動かないで下さい!」
早速駆けつけたメリル・E・ベッドフォード(ka2399)が、会場裏手のごみ捨て場で怪しい3人組に出くわす。
相手は鳴子に驚いて逃げ出す寸前だったが、行く手をメリルに阻まれたと見るや、
「銃は使うな、今なら女ひとりだ!」
抱えていた小さな樽や火打石を放り出すと、棍棒やナイフを手に、狭い路地へと殺到してくる。
メリルのスリープクラウドの魔法も間に合わず、
「退け!」
体当たりと共に、棍棒の1撃を受けてしまった。メリルは仕込杖を振り回して応戦、
暗闇の中で互いの姿もろくに見えないまま、しばし揉み合いになる。すると、
「おわっ!」
3人組のひとりが突然、鋭い足払いを食らって顔面から石畳へ叩きつけられる。
半ばパニックに陥った残りふたりが、出鱈目に辺りを打つも、
「とんだ素人ね」
あっという間にもうひとり、組み伏せられた。
遠くに見える街灯で見当をつけ、路地の出口へ急いだ最後のひとりも、
メリルが道を塞ぐように吹き込んだ催眠ガスの雲に巻かれ、昏倒してしまう。
ちょうど、灯りを手にしたウィルフォードが駆けつけると、
「放火未遂です……灯りを貸して頂けますか」
メリルが拾い上げた樽には、油がたっぷり詰まっていた。
3人組は、これでごみ捨て場に火を放つつもりだったらしい。
格闘の途中で加勢したのはリーゼロッテ。犯人たちを、慣れた手つきで縛り上げる。
メリルが彼女の袖に切り傷を見つけて、
「お怪我の具合は。大事ありませんか?」
「かすり傷よ。それより、貴方のほうこそ血まみれだけど?」
●
放火犯の棍棒は、メリルの額にばっちり傷をつけていた。
覚醒者であれば数日で跡形もなく消える程度の怪我だったが、
(思わぬ形で、用意した変装具が役立ちましたね)
メリルは会場の人混みに紛れつつ、帽子で隠した頭の包帯にそれとなく手をやった。
(マティ様にも心配されてしまいました)
裏路地での大立ち回りの翌日、展覧会初日の会場にて一般客を装っていたメリルは、
偶然にも帝都貧民街の芸術家・マティと出会った。
「正直、人前は得意じゃないけど。仕事だから」
「作品、拝見させて頂きました。素晴らしかったです……、
私も仕事中なので、あまりゆっくりは見られませんでしたが」
会場のあまり人気のない端のほうで、少しの間だけ話をした。
「けど、人生って皮肉なものね。私のパトロンが、よりにもよってあの男だなんて」
メリルが怪訝そうな顔をすると、
「弟さんからは何も聞かされて……ああ」
離れた場所から誰かに呼びかけられ、マティは小さく手を上げつつ、
「行くわ。あのときの皆さんにも、よろしく伝えておいて下さい。
アトリエの件、今のところ順調だって」
(マティ様のパトロン)
パンフレットによれば、マティ作のモザイク画の所蔵者は、今回の依頼主であるルートヴィヒその人だった。
(何か、特別な因縁でもあるのでしょうか?)
考えつつ、メリルは会場を見張る。
展覧会初日は盛況で、帝都中から集った紳士淑女が、3階建ての洋館の中にごった返している。
順路のあちこちに、メリルの求めで揃いの制服を着た警備員たち。
加えて、アルテアが仕立てた腕章をつけたハンターが4人。
リーゼロッテが入口で入場者整理と、クロークサービスを兼ねた荷物検査、
フェリアが屋外を巡回、天斗は3階奥の警備本部に詰め、アルテアはルートヴィヒの護衛についている。
残るメリルとウィルフォードは、腕章なしの覆面警備員といった役回りだ。
●
天斗と警備会社の下へ、昨夜捕まえた放火犯に関して第一師団憲兵隊から連絡があった。
連中は見知らぬ人物に金で雇われただけ、脅迫状については知らない様子、とのこと。
(ヴルツァライヒ、『根の国』か)
天斗のいる警備本部では、制服姿の男たちが数人、交替を待っていた。
単なるごろつき程度なら、非覚醒者の彼らでも対処できなくはない。
(問題は、プロの暗殺者が紛れ込んだ場合。ルートヴィヒ様は兎も角、エンゲルス様も要注意ですね)
改めて会場の見取り図を確認する。警備員とハンターの巡回路、来客の避難経路。死角や障害はないか――
(SOTの頃みたいですね)
不意に、胸がざわついた。
果たして卓上の魔導短伝話からフェリアの声が響くと、応答の後、腕章を取って階下へ向かう。
女だった。荷物検査の際、鞄の中から聴こえた水音を不審がられると、いきなり場内へ走り出した。
リーゼロッテと警備員がすぐに取り押えるが、
(あの女、中にいる誰かを探していた)
居合わせたフェリアが、組み伏せられる直前の女の視線を追った。
その先には、挙動不審な若い男がひとり。そそくさと奥へ消えようとする。
『仲間と思われます。拘束できますか?』
「任せろ」
フェリアから伝話を受けたウィルフォードは、
早足で階段を上がろうとする怪しい男にさっと近づくと、周りを巻き込まずに済むタイミングを狙って、
(眠れよ、坊や)
スリープクラウドで男を即座に眠り込ませる。倒れかかった男の肩を抱き、
「済みません、連れの具合が悪いようで……」
素早く会場から連れ出す。周囲の人々の関心は、ほとんどが入口の騒ぎに向けられていて、
(良かったわ。お蔭で、これ以上の混乱は起きずに――)
フェリアの安心も束の間、上階から1発の銃声が響く。
●
(こんなところで銃を使うなんて……!)
暗殺者の放った銃弾は、ぎりぎりでアルテアの盾に受け止められた。
彼女の背後には、ステッキ片手のルートヴィヒが身を屈めている。
挨拶回りを早々に切り上げて、アルテアをお供に場内を歩き始めたばかりだった。
警備本部を出た直後、突然の銃声に駆けつけた天斗は、
茫然としている客たちをかわしつつ、暗殺者へ後ろから近づいた。
敵は安物の燕尾服を着た、中肉中背の地味な男。
彼の手には、掌で覆ってしまえるほど小さな拳銃が握られ、銃口は数メートル先のルートヴィヒ――
を庇い立てたアルテアへ向けられている。
気づけば、天斗は『止めろ』と叫んでいた。
助走をつけて繰り出したパンチは、暗殺者の明らかに訓練された身のこなしに的を外された。
2度目の発砲。これも、アルテアが盾でしっかりと防いだ。
「僕の後ろでじっとしていて!」
言われた通りに、ルートヴィヒは屈んだまま動かないでいる。
暗殺者は振り向きざま、3発目を天斗の腹へ撃ち込んだ。
誰か、女性が絹を裂くような悲鳴を上げ、それを合図に皆がほうぼうへ逃げていく。
幸か不幸か、暗殺者の動きは冷静そのもので、
まるで靴紐を結ぶ程度のことのように悠々と、慣れた手つきで拳銃に弾を込め直す。
(こいつ、絶対素人じゃない)
アルテアが、その小柄な体躯に青い光をまとったかと思うと、盾の下から機導術の電撃を放った。
敵は決死の覚悟だ。力ずくで止めない限り、あくまでルートヴィヒを狙い続けるだろう。
電撃が男を一瞬痺れさせると、防弾ベストで致命傷を免れた天斗も再度攻撃を試みる。
男は狙いを少しずつ散らして連射し、アルテアの防御を崩そうとするが、
彼女の手に握られた盾は縦横へ自在に動いて、どうにか全弾を防ぎ切った。
直後、天斗の拳が横合いから男の顎を打ち抜き、気絶させる。
結局、その男が展覧会最後の刺客だった。
●
数ある珍奇な美術品の中、アルテアの目に留まったのは、街中に建つ聖堂を描いた小さな油彩画。
革新的な前衛芸術の祭典を謳い、異様なスタイルの抽象画やオブジェが並ぶ場内で、
ひたすらにタッチの緻密さだけを誇るようなその具象絵画は、一見ひどく地味に思えたが、
「気に入ったかね」
ルートヴィヒが話しかけると、
「……1階入口の鉄の女神像と、3階奥のガラスモザイク2枚と、これが」
「ふむ。実は、これも私のコレクションでね。面白い画だろう?」
「単なる腕自慢じゃない、こんな光の当て方、どうやって……」
「かつて、神霊樹に記録されたヴィジョンを、
画板上にただただ正確に写し取るのに腐心した修道僧の一派がいたそうだ。
筆と絵具でもって、万物をふたつならしめる聖光の御業へ近づこうとしたんだね。
作者は更に1歩進んで、現にあらざる真の『聖光』を見出そうとした。
何と彼は、20年もこいつにつきっきりだったそうだ!
朝から晩まで聖堂を見つめて20年、その間目にした全ての光をぶち込んだ。
だから、画の中の世界は昼でも夜でもない。その全てがここにある」
アルテアは、熱心に語るルートヴィヒと画とを見て、
(良かったな。この人も画も、守ることができて。
いつか僕もこんな風に、本当に人を引き込める画が描けたなら……)
それは、暗殺騒動で展覧会がお開きになってしまった夕方のこと。
明日からはまた元通り、展示を続けるそうだったが、
「主催者始め関係者は大わらわだというのに、あの方は不敵なものですね」
感心したようにフェリアが言う。ウィルフォードが、
「女の鞄からは劇薬、僕の捕まえた男の袖にはナイフが1本。
素人同然の連中さ。拳銃の男を本命とした陽動かな?」
「無関係な別口かもね。
あの気ままな道楽者っ振り、色んな人に辟易されてるんじゃないかしら――顔色悪いわよ?」
リーゼロッテが天斗に声をかけると、
「いえ……それより、あの方の来歴は。脅迫状にも書かれていましたが」
そう言って天斗が見たのは、帝国の名家の生まれであるフェリアのほうだ。彼女はふっと溜め息を吐いて、
「ルートヴィヒ・フォン・ペンテジレイオス。
大公爵の長子ながら、13年前の革命でいち早く革命軍側に同調した『裏切者』。
その功によって財産没収を免れ、廃嫡されながらも未だ莫大な資産を所有し続ける。
旧体制の支持者たちにとっては、まさに不倶戴天の敵でしょうね」
「成る程、脅迫なんか今更って訳だ」
ウィルフォードは肩をすぼめ、
「見回りがてら、折角の貸し切りを楽しむとしようか。依頼主は中々良い趣味をしてそうだし」
「あっ、それなら私も……」
そうしてフェリアとウィルフォードはふたり、屋内の『巡回』へ向かう。
(旧貴族の裏切者……マティ様も元は貴族の家柄だったそうですから、確かに『皮肉』かも知れませんね)
合点の行ったメリルは、
「そういえば、例の画。真田様もご覧になりましたか?」
天斗を誘って、マティのモザイク画を見にいった。
残されたリーゼロッテがひとり、展示物の合間の壁に背を預けて立っていると、
「……」
何故か、ルートヴィヒが正面に立ってこちらをじっと見つめ始める。
氏と一緒にいたアルテアも面白がっている様子で、並んでリーゼロッテを見上げた。
「私は、展示物ではございませんわよ?」
リーゼロッテが笑みを作って言うと、
「うむ。君も恐らく、アルテア君と同じで作る側だな」
「ホント!? そうだったの?」
顔を見合わせるふたりのハンター。氏は得意げに、
「君の場合は、敵の血で描く」
「……ええ。それも、とっても上手に」
リーゼロッテは笑顔のまま、そう答えた。
「お初にお目にかかります。急な面会に応じて頂き、ありがとうございます」
依頼主・ルートヴィヒの屋敷を訪れた真田 天斗(ka0014)。
会場警備に先立って、脅迫状を確認しておきたかった。
「手口を予想できればと……それに、
気になったことはとことん調べないと、気が済まないのが私の悪い癖でして」
「うん」
主人の書斎で手紙の束を受け取り、読み始める。ルートヴィヒが、
「差出人は3人だ」
「どれも、署名はされていませんが」
手紙は全て別々の紙と封筒、別々の日付の消印で出されていた。しかし、
「まず、同じ安インクで書かれたものが数枚」
紙についた独特の匂いを嗅ぐと、天斗にもすぐ分かった。
1枚ごと文字をわざと崩して書いて、筆跡鑑定を防ぐつもりだったのだろうが、
「文体も内容も同じだ。会場で私を殺す、と言っている。ヴルツァライヒを名乗る手紙が更に2種類」
残りの手紙――片方の数枚は繰り返し、ルートヴィヒを名指しで脅迫しながら、
『退廃した革命成金どもの供宴を、炎を以て浄化する』等、施設への放火をほのめかしていた。
「教養のある人物と見ました。先のものに比べて語彙が豊富ですし、字も丁寧だ。旧貴族か……」
犯人像を推理する天斗だったが、書き手の身元を明かす手がかりは見つからなかった。
「今は、実行犯を現場で捕縛するより他ないでしょうね。それで、これが最後の1枚」
広げられた手紙には、例のシンボルを添えて、真っ赤なインクでこう書き記されていた。
『旧キ誓約ニヨリテ我ラ、ぞんねんしゅとらーるノ土ト永久ノ絆ヲ結ビタリ。
我ラ「根乃国」ノ臣下ナリ。冥府ニ在リテハ死馬ヲモ駆リ、古刀、錆槍モテ不忠僭上ノ徒ヲ絶ヤサン』
●
天斗は脅迫状を確認した後、警備会社に関する資料を預かり、その他細々とした聞き込みも終えると、
「最後に――貴方について、脅迫状に書かれていた、あれは真実ですか?」
「完全に、完璧に、真実だ。
それじゃ、展示会最後の作品を君に預けるから。よろしく頼むね」
「連中のトレードマークか。面白いな、脅迫の壁画を展示するとは」
落書きされた石壁を前に、ウィルフォード・リュウェリン(ka1931)が言う。
天斗が石壁を会場へ持ち帰った頃、既に会場の周囲は暗く、人通りも絶えていた。
屋内こそ、人々が展覧会の仕上げに忙しく走り回っているが、
「表には、人目につかない暗がりも多いからな。植え込みだとか、ごみ捨て場だとか……、
これもそういう隙で書かれたんだろう」
「何にせよ、反体制なんて貧乏人のやることと、相場が決まってるわ。
私の獲物、仕事の種になってくれるのは感謝するけどね」
手頃な椅子にもたれて、欠伸をするリーゼロッテ(ka1864)。
ウィルフォードは顎を擦りつつ、
「……あまり派手な警備をやると、かえって奴らの宣伝活動を手伝ってしまいそうだな。
反体制派に怯える要人たち、帝国の治安の悪化、そういう印象を作られてはまずい」
アルテア・A・コートフィールド(ka2553)とフェリア(ka2870)は、
会場の他の場所で見回りと、ビラ貼りを行っていた。
「展示物が気になるみたいですね?」
フェリアが不審物等を捜索しつつ、連れ立つアルテアへ話しかけると、
「そりゃ……かなり変わった企画だし。中々ない機会だと思って」
答えつつ、アルテアは手製のビラを貼る。
目につく場所へ警備員巡回中の知らせを貼り、少しでも犯行の抑止になればと思ったが、
「折角の展覧会を潰そうなんて、無粋にも程があるよね!」
「本当ですね。無事仕事を終えて、後でゆっくり回れれば……」
と、どこかで鈴の音。微かな音だったが、
「展示物でしょうか?」
「いや、こんな音を立てそうなものはなかった筈……!」
●
音の正体は、リーゼロッテが仕掛けた鳴子の罠だった。
「動かないで下さい!」
早速駆けつけたメリル・E・ベッドフォード(ka2399)が、会場裏手のごみ捨て場で怪しい3人組に出くわす。
相手は鳴子に驚いて逃げ出す寸前だったが、行く手をメリルに阻まれたと見るや、
「銃は使うな、今なら女ひとりだ!」
抱えていた小さな樽や火打石を放り出すと、棍棒やナイフを手に、狭い路地へと殺到してくる。
メリルのスリープクラウドの魔法も間に合わず、
「退け!」
体当たりと共に、棍棒の1撃を受けてしまった。メリルは仕込杖を振り回して応戦、
暗闇の中で互いの姿もろくに見えないまま、しばし揉み合いになる。すると、
「おわっ!」
3人組のひとりが突然、鋭い足払いを食らって顔面から石畳へ叩きつけられる。
半ばパニックに陥った残りふたりが、出鱈目に辺りを打つも、
「とんだ素人ね」
あっという間にもうひとり、組み伏せられた。
遠くに見える街灯で見当をつけ、路地の出口へ急いだ最後のひとりも、
メリルが道を塞ぐように吹き込んだ催眠ガスの雲に巻かれ、昏倒してしまう。
ちょうど、灯りを手にしたウィルフォードが駆けつけると、
「放火未遂です……灯りを貸して頂けますか」
メリルが拾い上げた樽には、油がたっぷり詰まっていた。
3人組は、これでごみ捨て場に火を放つつもりだったらしい。
格闘の途中で加勢したのはリーゼロッテ。犯人たちを、慣れた手つきで縛り上げる。
メリルが彼女の袖に切り傷を見つけて、
「お怪我の具合は。大事ありませんか?」
「かすり傷よ。それより、貴方のほうこそ血まみれだけど?」
●
放火犯の棍棒は、メリルの額にばっちり傷をつけていた。
覚醒者であれば数日で跡形もなく消える程度の怪我だったが、
(思わぬ形で、用意した変装具が役立ちましたね)
メリルは会場の人混みに紛れつつ、帽子で隠した頭の包帯にそれとなく手をやった。
(マティ様にも心配されてしまいました)
裏路地での大立ち回りの翌日、展覧会初日の会場にて一般客を装っていたメリルは、
偶然にも帝都貧民街の芸術家・マティと出会った。
「正直、人前は得意じゃないけど。仕事だから」
「作品、拝見させて頂きました。素晴らしかったです……、
私も仕事中なので、あまりゆっくりは見られませんでしたが」
会場のあまり人気のない端のほうで、少しの間だけ話をした。
「けど、人生って皮肉なものね。私のパトロンが、よりにもよってあの男だなんて」
メリルが怪訝そうな顔をすると、
「弟さんからは何も聞かされて……ああ」
離れた場所から誰かに呼びかけられ、マティは小さく手を上げつつ、
「行くわ。あのときの皆さんにも、よろしく伝えておいて下さい。
アトリエの件、今のところ順調だって」
(マティ様のパトロン)
パンフレットによれば、マティ作のモザイク画の所蔵者は、今回の依頼主であるルートヴィヒその人だった。
(何か、特別な因縁でもあるのでしょうか?)
考えつつ、メリルは会場を見張る。
展覧会初日は盛況で、帝都中から集った紳士淑女が、3階建ての洋館の中にごった返している。
順路のあちこちに、メリルの求めで揃いの制服を着た警備員たち。
加えて、アルテアが仕立てた腕章をつけたハンターが4人。
リーゼロッテが入口で入場者整理と、クロークサービスを兼ねた荷物検査、
フェリアが屋外を巡回、天斗は3階奥の警備本部に詰め、アルテアはルートヴィヒの護衛についている。
残るメリルとウィルフォードは、腕章なしの覆面警備員といった役回りだ。
●
天斗と警備会社の下へ、昨夜捕まえた放火犯に関して第一師団憲兵隊から連絡があった。
連中は見知らぬ人物に金で雇われただけ、脅迫状については知らない様子、とのこと。
(ヴルツァライヒ、『根の国』か)
天斗のいる警備本部では、制服姿の男たちが数人、交替を待っていた。
単なるごろつき程度なら、非覚醒者の彼らでも対処できなくはない。
(問題は、プロの暗殺者が紛れ込んだ場合。ルートヴィヒ様は兎も角、エンゲルス様も要注意ですね)
改めて会場の見取り図を確認する。警備員とハンターの巡回路、来客の避難経路。死角や障害はないか――
(SOTの頃みたいですね)
不意に、胸がざわついた。
果たして卓上の魔導短伝話からフェリアの声が響くと、応答の後、腕章を取って階下へ向かう。
女だった。荷物検査の際、鞄の中から聴こえた水音を不審がられると、いきなり場内へ走り出した。
リーゼロッテと警備員がすぐに取り押えるが、
(あの女、中にいる誰かを探していた)
居合わせたフェリアが、組み伏せられる直前の女の視線を追った。
その先には、挙動不審な若い男がひとり。そそくさと奥へ消えようとする。
『仲間と思われます。拘束できますか?』
「任せろ」
フェリアから伝話を受けたウィルフォードは、
早足で階段を上がろうとする怪しい男にさっと近づくと、周りを巻き込まずに済むタイミングを狙って、
(眠れよ、坊や)
スリープクラウドで男を即座に眠り込ませる。倒れかかった男の肩を抱き、
「済みません、連れの具合が悪いようで……」
素早く会場から連れ出す。周囲の人々の関心は、ほとんどが入口の騒ぎに向けられていて、
(良かったわ。お蔭で、これ以上の混乱は起きずに――)
フェリアの安心も束の間、上階から1発の銃声が響く。
●
(こんなところで銃を使うなんて……!)
暗殺者の放った銃弾は、ぎりぎりでアルテアの盾に受け止められた。
彼女の背後には、ステッキ片手のルートヴィヒが身を屈めている。
挨拶回りを早々に切り上げて、アルテアをお供に場内を歩き始めたばかりだった。
警備本部を出た直後、突然の銃声に駆けつけた天斗は、
茫然としている客たちをかわしつつ、暗殺者へ後ろから近づいた。
敵は安物の燕尾服を着た、中肉中背の地味な男。
彼の手には、掌で覆ってしまえるほど小さな拳銃が握られ、銃口は数メートル先のルートヴィヒ――
を庇い立てたアルテアへ向けられている。
気づけば、天斗は『止めろ』と叫んでいた。
助走をつけて繰り出したパンチは、暗殺者の明らかに訓練された身のこなしに的を外された。
2度目の発砲。これも、アルテアが盾でしっかりと防いだ。
「僕の後ろでじっとしていて!」
言われた通りに、ルートヴィヒは屈んだまま動かないでいる。
暗殺者は振り向きざま、3発目を天斗の腹へ撃ち込んだ。
誰か、女性が絹を裂くような悲鳴を上げ、それを合図に皆がほうぼうへ逃げていく。
幸か不幸か、暗殺者の動きは冷静そのもので、
まるで靴紐を結ぶ程度のことのように悠々と、慣れた手つきで拳銃に弾を込め直す。
(こいつ、絶対素人じゃない)
アルテアが、その小柄な体躯に青い光をまとったかと思うと、盾の下から機導術の電撃を放った。
敵は決死の覚悟だ。力ずくで止めない限り、あくまでルートヴィヒを狙い続けるだろう。
電撃が男を一瞬痺れさせると、防弾ベストで致命傷を免れた天斗も再度攻撃を試みる。
男は狙いを少しずつ散らして連射し、アルテアの防御を崩そうとするが、
彼女の手に握られた盾は縦横へ自在に動いて、どうにか全弾を防ぎ切った。
直後、天斗の拳が横合いから男の顎を打ち抜き、気絶させる。
結局、その男が展覧会最後の刺客だった。
●
数ある珍奇な美術品の中、アルテアの目に留まったのは、街中に建つ聖堂を描いた小さな油彩画。
革新的な前衛芸術の祭典を謳い、異様なスタイルの抽象画やオブジェが並ぶ場内で、
ひたすらにタッチの緻密さだけを誇るようなその具象絵画は、一見ひどく地味に思えたが、
「気に入ったかね」
ルートヴィヒが話しかけると、
「……1階入口の鉄の女神像と、3階奥のガラスモザイク2枚と、これが」
「ふむ。実は、これも私のコレクションでね。面白い画だろう?」
「単なる腕自慢じゃない、こんな光の当て方、どうやって……」
「かつて、神霊樹に記録されたヴィジョンを、
画板上にただただ正確に写し取るのに腐心した修道僧の一派がいたそうだ。
筆と絵具でもって、万物をふたつならしめる聖光の御業へ近づこうとしたんだね。
作者は更に1歩進んで、現にあらざる真の『聖光』を見出そうとした。
何と彼は、20年もこいつにつきっきりだったそうだ!
朝から晩まで聖堂を見つめて20年、その間目にした全ての光をぶち込んだ。
だから、画の中の世界は昼でも夜でもない。その全てがここにある」
アルテアは、熱心に語るルートヴィヒと画とを見て、
(良かったな。この人も画も、守ることができて。
いつか僕もこんな風に、本当に人を引き込める画が描けたなら……)
それは、暗殺騒動で展覧会がお開きになってしまった夕方のこと。
明日からはまた元通り、展示を続けるそうだったが、
「主催者始め関係者は大わらわだというのに、あの方は不敵なものですね」
感心したようにフェリアが言う。ウィルフォードが、
「女の鞄からは劇薬、僕の捕まえた男の袖にはナイフが1本。
素人同然の連中さ。拳銃の男を本命とした陽動かな?」
「無関係な別口かもね。
あの気ままな道楽者っ振り、色んな人に辟易されてるんじゃないかしら――顔色悪いわよ?」
リーゼロッテが天斗に声をかけると、
「いえ……それより、あの方の来歴は。脅迫状にも書かれていましたが」
そう言って天斗が見たのは、帝国の名家の生まれであるフェリアのほうだ。彼女はふっと溜め息を吐いて、
「ルートヴィヒ・フォン・ペンテジレイオス。
大公爵の長子ながら、13年前の革命でいち早く革命軍側に同調した『裏切者』。
その功によって財産没収を免れ、廃嫡されながらも未だ莫大な資産を所有し続ける。
旧体制の支持者たちにとっては、まさに不倶戴天の敵でしょうね」
「成る程、脅迫なんか今更って訳だ」
ウィルフォードは肩をすぼめ、
「見回りがてら、折角の貸し切りを楽しむとしようか。依頼主は中々良い趣味をしてそうだし」
「あっ、それなら私も……」
そうしてフェリアとウィルフォードはふたり、屋内の『巡回』へ向かう。
(旧貴族の裏切者……マティ様も元は貴族の家柄だったそうですから、確かに『皮肉』かも知れませんね)
合点の行ったメリルは、
「そういえば、例の画。真田様もご覧になりましたか?」
天斗を誘って、マティのモザイク画を見にいった。
残されたリーゼロッテがひとり、展示物の合間の壁に背を預けて立っていると、
「……」
何故か、ルートヴィヒが正面に立ってこちらをじっと見つめ始める。
氏と一緒にいたアルテアも面白がっている様子で、並んでリーゼロッテを見上げた。
「私は、展示物ではございませんわよ?」
リーゼロッテが笑みを作って言うと、
「うむ。君も恐らく、アルテア君と同じで作る側だな」
「ホント!? そうだったの?」
顔を見合わせるふたりのハンター。氏は得意げに、
「君の場合は、敵の血で描く」
「……ええ。それも、とっても上手に」
リーゼロッテは笑顔のまま、そう答えた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/06/08 20:43:11 |
|
![]() |
仕事の時間です 真田 天斗(ka0014) 人間(リアルブルー)|20才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/06/12 21:39:31 |