ゲスト
(ka0000)
魅惑の夢魔(ただし筋肉)
マスター:有坂参八

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/07/13 07:30
- 完成日
- 2014/07/18 11:57
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「ジョニー……ついさっき、変な奴にあったんだ」
「なんだロドリゴ、神妙な顔をして」
ある晴れた昼さがり。
街の食堂兼酒場のマスターであるジョニーは、店に入ってきた常連客のロドリゴを見るなり、奇妙な違和感を覚えた。
息が荒い。顔が紅潮している。額には汗が粒となって浮かんでいる。
病気だろうか? そう思いながらも、ジョニーはロドリゴに話の続きを促した。
「さっき届け物をした帰り道だ。森の入り口あたりに、妙な男が立ってたんだ……」
そして、彼の回想。
◆
森の入口で、ロドリゴはその「妙な男」に出会った。
筋骨隆々で、街では巨漢と呼ばれるロドリゴでさえ顔を見上げなければならない程に背が高い。
頬骨の張った精悍な顔つき。割れた二重あご。一切頭髪のない頭部。青黒のイブニングシャドー。ごつい。
さらにその男は、上半身裸だった。人間離れする程に青白い肌はしかし、汗の様な液体を大量に浮かびあがらせ、太陽の光に輝いている。
おかしい。この男はおかしい。
真っ昼間から上裸で往来に仁王立ちする男に好奇心を持つほど、ロドリゴは愚かな男ではない。
ロドリゴはこの上裸男を、避けて通りすぎようとした。
そう、遠ざかろうとはしたのだ。目を合わせたのが失敗だった。
『…………!』
ロドリゴと上裸男の視線があったその瞬間だ。
男はロドリゴに向かい駈け出した。猛然と。まるで闘牛かという勢いで。
反応する暇も無かった。気づいた時には、ロドリゴの視界は、自分の二倍ほどもある筋肉の壁に視界を塞がれる。
「な」
『…………!』
気づいた時は、ロドリゴは男に抱きしめられていた。右と左の腕で、強く優しく。
ロドリゴは背筋が凍る感覚を覚えた。
こいつの素性は判らない。だがこいつがとりあえずヤバイのは間違いない。
「おッ……くそ……離せッ!」
男は何も答えない。恐怖である。
これが世に言う貞操の危機かと、ロドリゴは必死でもがき、男を振り払おうとするが、全く歯がたたなかった。
それどころか男のホールディングパワーはますます強くなっていく。肌の表面が微妙にぬるぬるしていて大変気色悪い。
「おいッ……だれ、か…………だ……ッ!」
同時にロドリゴは筋肉の壁に呼吸を遮られ、彼の意識は徐々に遠のいていく。
やがて、視界が黒く染まり、ロドリゴは気を失った。
◆
「で、気づいたら上裸男は消えてて、自分はその場に一人で倒れてたと」
ジョニーはロドリゴの話を、胡散臭そうな顔つきで聞き終えた。
「ああ、初めは悪い夢を見たのかと思ったさ。だが間違いないね、ありゃぁ歪虚だ」
そう答えるロドリゴの顔は未だに赤く染まり、息は荒いままだ。
「そうかね? 本当に歪虚ならいまごろ無事にここまで来れてないだろう」
「いや…無事に済んでないんだよこれが」
「?」
訝しむジョニーを、ロドリゴはじっと見つめる。
視線が妙に熱っぽかった。逆にジョニーは寒気を感じた。
「あの男に抱きつかれてから、こっち、ずっとな……」
ロドリゴがジョニーに対して距離を詰める。
ジョニーは本能的に一歩下がるが、ロドリゴはさらに一歩詰め寄る。
ロドリゴは一度深く息を吸い込み、両腕を大きく広げながら叫んだ。
「今度は俺が男に抱きつきたくてしょうがなくなっちまったんだよォォォ~~~~ッ!」
「うぉぉぉ、寄るんじゃねぇッ!?」
突如猛ダッシュしてきたロドリゴに背を向けて、ジョニーは脱兎の如く自分の店から逃げ出した。
逃げてどうするかはわからないが、とにかく今のロドリゴに抱きつかれてしまってはイケない。色んな意味で。
「……そうだ、ハンターだ、ハンターに頼みゃどうにかなる!」
十数分後、ハンターオフィスにて。
「その歪虚は、数年前に一度、同型の個体の出現例があります」
「あるのかよ! そんなのが!」
職員の言葉に思わず叫んだジョニー。背後ではジョニーを追いかけてきた挙句、警備に取り押さえられたロドリゴが暴れているが、それはこの際ほうっておく。
「抱きついた男に、同姓への欲求を目覚めさせてしまう特殊能力……所謂、インキュバスの一種ですよ。筋肉モリモリなので、筋肉夢魔とでも呼びましょう」
「どうでもいいわ」
「奴らは男にしか興味がありません。男同士の愛こそ真実の愛だと考えているんです。真実の愛を広め、そして世界を滅ぼすのが奴の歪んだ目的なのでしょう」
「まあ確かに世界中全ての男が男にしか興奮しなくなったらそりゃ人類が滅ぶ……て回りくどいなオイ!」
その歪虚、恐ろしいは恐ろしいが、ぶっちゃけそれよりは傍迷惑というのが勝る。
いささかうんざりし始めた表情のジョニーに、職員は滔々と解説する。
「脅威度の区分としてはそれほど大した歪虚ではありません。過去の事例では、該当の歪虚を討てば被害者達の性癖も元に戻っていますから、まあ安心していいですよ」
「おいまて、じゃあそれまでロドリゴはこのまんまかよ」ちらと背後のロドリゴを見る。
職員はジョニーの肩に手を乗せ微笑んだ。
「お幸せに」
「殺すぞ」
「やめてくれ、俺のために争わないでくれ!」
「違うわ!」
取り押さえられたまま叫ぶロドリゴに、ジョニーが思わず叫び返す。
「とりあえず、アレだ、その歪虚を倒せばいいんだな」
「倒せばいいです、はい」
と、ジョニーの問いに職員。となれば、後の対処はシンプルだ。
「ハンターを呼んで筋肉夢魔を倒してもらいましょう。それまではロドリゴさんとお幸せに」
「殺すぞ」
「やめてくれ、俺のために……」
「うるせェーッ!」
ジョニーの貞操やいかに。走れ、ハンター。
「なんだロドリゴ、神妙な顔をして」
ある晴れた昼さがり。
街の食堂兼酒場のマスターであるジョニーは、店に入ってきた常連客のロドリゴを見るなり、奇妙な違和感を覚えた。
息が荒い。顔が紅潮している。額には汗が粒となって浮かんでいる。
病気だろうか? そう思いながらも、ジョニーはロドリゴに話の続きを促した。
「さっき届け物をした帰り道だ。森の入り口あたりに、妙な男が立ってたんだ……」
そして、彼の回想。
◆
森の入口で、ロドリゴはその「妙な男」に出会った。
筋骨隆々で、街では巨漢と呼ばれるロドリゴでさえ顔を見上げなければならない程に背が高い。
頬骨の張った精悍な顔つき。割れた二重あご。一切頭髪のない頭部。青黒のイブニングシャドー。ごつい。
さらにその男は、上半身裸だった。人間離れする程に青白い肌はしかし、汗の様な液体を大量に浮かびあがらせ、太陽の光に輝いている。
おかしい。この男はおかしい。
真っ昼間から上裸で往来に仁王立ちする男に好奇心を持つほど、ロドリゴは愚かな男ではない。
ロドリゴはこの上裸男を、避けて通りすぎようとした。
そう、遠ざかろうとはしたのだ。目を合わせたのが失敗だった。
『…………!』
ロドリゴと上裸男の視線があったその瞬間だ。
男はロドリゴに向かい駈け出した。猛然と。まるで闘牛かという勢いで。
反応する暇も無かった。気づいた時には、ロドリゴの視界は、自分の二倍ほどもある筋肉の壁に視界を塞がれる。
「な」
『…………!』
気づいた時は、ロドリゴは男に抱きしめられていた。右と左の腕で、強く優しく。
ロドリゴは背筋が凍る感覚を覚えた。
こいつの素性は判らない。だがこいつがとりあえずヤバイのは間違いない。
「おッ……くそ……離せッ!」
男は何も答えない。恐怖である。
これが世に言う貞操の危機かと、ロドリゴは必死でもがき、男を振り払おうとするが、全く歯がたたなかった。
それどころか男のホールディングパワーはますます強くなっていく。肌の表面が微妙にぬるぬるしていて大変気色悪い。
「おいッ……だれ、か…………だ……ッ!」
同時にロドリゴは筋肉の壁に呼吸を遮られ、彼の意識は徐々に遠のいていく。
やがて、視界が黒く染まり、ロドリゴは気を失った。
◆
「で、気づいたら上裸男は消えてて、自分はその場に一人で倒れてたと」
ジョニーはロドリゴの話を、胡散臭そうな顔つきで聞き終えた。
「ああ、初めは悪い夢を見たのかと思ったさ。だが間違いないね、ありゃぁ歪虚だ」
そう答えるロドリゴの顔は未だに赤く染まり、息は荒いままだ。
「そうかね? 本当に歪虚ならいまごろ無事にここまで来れてないだろう」
「いや…無事に済んでないんだよこれが」
「?」
訝しむジョニーを、ロドリゴはじっと見つめる。
視線が妙に熱っぽかった。逆にジョニーは寒気を感じた。
「あの男に抱きつかれてから、こっち、ずっとな……」
ロドリゴがジョニーに対して距離を詰める。
ジョニーは本能的に一歩下がるが、ロドリゴはさらに一歩詰め寄る。
ロドリゴは一度深く息を吸い込み、両腕を大きく広げながら叫んだ。
「今度は俺が男に抱きつきたくてしょうがなくなっちまったんだよォォォ~~~~ッ!」
「うぉぉぉ、寄るんじゃねぇッ!?」
突如猛ダッシュしてきたロドリゴに背を向けて、ジョニーは脱兎の如く自分の店から逃げ出した。
逃げてどうするかはわからないが、とにかく今のロドリゴに抱きつかれてしまってはイケない。色んな意味で。
「……そうだ、ハンターだ、ハンターに頼みゃどうにかなる!」
十数分後、ハンターオフィスにて。
「その歪虚は、数年前に一度、同型の個体の出現例があります」
「あるのかよ! そんなのが!」
職員の言葉に思わず叫んだジョニー。背後ではジョニーを追いかけてきた挙句、警備に取り押さえられたロドリゴが暴れているが、それはこの際ほうっておく。
「抱きついた男に、同姓への欲求を目覚めさせてしまう特殊能力……所謂、インキュバスの一種ですよ。筋肉モリモリなので、筋肉夢魔とでも呼びましょう」
「どうでもいいわ」
「奴らは男にしか興味がありません。男同士の愛こそ真実の愛だと考えているんです。真実の愛を広め、そして世界を滅ぼすのが奴の歪んだ目的なのでしょう」
「まあ確かに世界中全ての男が男にしか興奮しなくなったらそりゃ人類が滅ぶ……て回りくどいなオイ!」
その歪虚、恐ろしいは恐ろしいが、ぶっちゃけそれよりは傍迷惑というのが勝る。
いささかうんざりし始めた表情のジョニーに、職員は滔々と解説する。
「脅威度の区分としてはそれほど大した歪虚ではありません。過去の事例では、該当の歪虚を討てば被害者達の性癖も元に戻っていますから、まあ安心していいですよ」
「おいまて、じゃあそれまでロドリゴはこのまんまかよ」ちらと背後のロドリゴを見る。
職員はジョニーの肩に手を乗せ微笑んだ。
「お幸せに」
「殺すぞ」
「やめてくれ、俺のために争わないでくれ!」
「違うわ!」
取り押さえられたまま叫ぶロドリゴに、ジョニーが思わず叫び返す。
「とりあえず、アレだ、その歪虚を倒せばいいんだな」
「倒せばいいです、はい」
と、ジョニーの問いに職員。となれば、後の対処はシンプルだ。
「ハンターを呼んで筋肉夢魔を倒してもらいましょう。それまではロドリゴさんとお幸せに」
「殺すぞ」
「やめてくれ、俺のために……」
「うるせェーッ!」
ジョニーの貞操やいかに。走れ、ハンター。
リプレイ本文
●兄貴と私達
ハンター達が森の入り口に立つ筋肉夢魔を見つけたその瞬間。
敵はロケットスタートで突進してきた。
「うお、何アレめちゃくちゃ気持ち悪いっす……!?」
獣耳を伏せて一歩下がったのはフューリ(ka0660)。
だが、そのフューリの背を、天竜寺 舞(ka0377)がそっと押し返した。
驚愕の表情で振り返ったフューリに、紅眼の少女はにこりとスマイル。
「あたしマッチョは苦手なんだよね。貴方達の犠牲は忘れないよ!」
「えっえっ、僕が囮!? 嘘っすよね? 嘘って言ってほしいっす!」
戸惑う間に筋肉夢魔はフューリの眼前、彼の視界は肉壁に染まる。
「ぎゃー! 来ないでー!」
間一髪避け、歪虚に背を向けて走り出す。
生暖かい視線で見送る、他一同。
「あの、さ。 私まともに依頼受けるの初めてなんだけど……どうしてこんな変な歪虚が相手なのかな?」
と、疾風 桜花(ka1485)。オートマチックを抜いて戦闘態勢は取ったものの、若干気圧されている……というか、引いている。
「ガチムチホモとか、歪虚は何を考えてあんなものを生み出したんだ」
ヴァンシュトール・H・R(ka0169)は、既にげんなりした表情を浮かべている。逞しい肉体に何かトラウマがあるようだ……主に軍とか、軍とか、あと軍とか。
「筋肉ダルマでなければ、人によっては画になったかもしれませんけども……」
「いやいやいや、どっちにしろ悪夢だよこんちくしょう!」
ぽそりと呟いたユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)に、加山 斬(ka1210)がヤケクソ気味に返す。ぶっちゃけこの後の展開が透けて見えるだけに、逃げ惑うフューリの後ろ姿が、彼には笑えない。
ユーリの隣では、マリア・ベルンシュタイン(ka0482)が、衝撃の光景を唖然と眺めている。
「こ、恋人同士でなく……男の人同士で……わ、私の常識は狭かったのですね……」
「マリア、あまり長く見てはいけません」
ふるふると震えるか細い肩に、そっと手を掛けるユーリ。義妹同然の存在である愛すべき箱入娘には、この光景は色々とよろしくない。と、思う。
「ま、こんな性癖……もとい性質の歪虚じゃ、男が囮になるしかねぇんだろうな。癪だけど」
自分とは対照的な肉体美の歪虚に苛立たしげな視線を向けつつ、ドワーフの青年、アクアレギア(ka0459)は吐き捨てる。フードを深く被り直し、自身もやや緊張した足取りで、前に踏み出した。
レギアの言う通り、筋肉夢魔の性癖を考える以上は、悲しいかな作戦は自ずと決まってしまう。
地獄めいた鬼ごっこを続けるフューリに、ヴァン、レギア、斬が加勢する様に接近していく。女性陣四人は、その後方から攻撃の機会を伺う形だ。
「……む、夢魔さんコチラ〜! ほら、イイ筋肉もあるっすよー!!」
絶妙にうっすら割れた腹筋をチラッ☆チラッ☆とアピールしつつ、巧みに歪虚を引き付けるフューリ。
勿論その運動量は半端ではなく、既に吐息荒く汗びっしょりなのだが、逆にそれが筋肉夢魔の興奮を煽っている。
「うっぷ……兎に角早く終わらせよう」
まずはヴァンがーー反芻する記憶を押さえ込みながらーーリボルバーを抜き『強弾』で発砲。筋肉夢魔の足が止まる。
「うおおらぁ、タマ取ったらぁ!」
次いで、斬が攻めの構えから踏込、強打へと繋ぐ渾身の一撃を見舞う。
筋肉夢魔は背中を攻撃され、エビ反り姿勢でのたうち回った。
「とっとと終わらせて……ッ!?」
その隙にレギアが機動砲を発動し、さらに追撃……しようとして、ふと手を止めた。
背後に走る悪寒。それは本能に近い直感であった。
「レギア君、あぶない!」
桜花の叫びが聞こえた。次いで銃声。
振り返ると、正面の筋肉夢魔とまったく同じ姿の筋肉ダルマが、胸に銃撃を受けてよろめいていた。
自らの嗜好(?)から背の低いレギアを特に注視していた桜花が、いち早く奇襲者の存在に気がついたのだ。
そう、それは二体目の筋肉夢魔。南無三、敵は一体ではない!
「ハッ、こんなこったろうと思ったぜ!」
しかし、なんとなく予感がしていただけに、レギアは冷静だ。
二体目の夢魔に向き直り、自分に絡みついた腕を払って反撃……腕?
肩を、背を、全身を包む生暖かい感触。訝しんで、レギアは首だけで振り返った。目の前には筋肉夢魔の顔。
……これは一体目の夢魔?
しかしフューリを見やると、彼も既に筋肉夢魔に押し倒されながら「みぎゃー」と儚い悲鳴を上げていた。
二体目は既に、ヴァンと斬をロックオンして追跡中だ。
じゃあ俺に抱きつくコイツは三体目? だが、気付いた頃にはもう遅い。
「てめ、この、離せ! 俺様にんな趣味は……んっ」
フューリ同様押し倒され、レギアも暫くは果敢にもがく……が、やがて『ちゅっ♪』という不穏な音が響くと、死んだように動かなくなった……
◆
「あ……鼻緒、切れちゃった、なのよ……」
同日、町の菓子屋『極楽鳥』にて。
ジュード・エアハート(ka0410)とモニカ(ka1736)は、店で新しく導入する制服の選定を行っていた。
色々あって、夏らしく浴衣風のデザインが一番いいだろう、という事になったのだが……
突如、下駄の鼻緒が切れてしまったのだ。それも二人同時に、だ。
ジュードとモニカは顔を見合わせ……何故か、たまたま仕事で不在だった赤毛の親友の、屈託無い笑顔を思い出す。
「フューリ君、大丈夫かな……」
ジュードが呟き、二人は祈る様に空を見上げる。
真昼の青空に、なぜか星がキラリと輝いた気がした。
◆
「んふふふ……ヴァンさん、いい匂いっす〜」
「あ、ちょっと、邪魔だってばもう! てか気持ち悪い!?」
男の魅力に目覚めたフューリが、ヴァンの腹に抱きつき、愛おしそうに頬ずりする。
彼を引きずり、ヴァンは必死に筋肉夢魔の抱擁を避けつつ逃げていた。動きが妨げられ反撃の余裕さえなく、全力疾走している状態だ。
そしてもう一方の、斬。どうにか隙をついて回収したレギアをお姫様だっこしながら、残る二体の筋肉夢魔を相手に逃走劇を演じている。
「クソ……重いっ!」
「うるせっ、俺も別に、す、すす、好きでやってんじゃねぇよっ!」
何故か傷ついた表情で反論するレギアは、その癖しっかり斬の首に手を回してしがみつき、彼の胸に真っ赤に染まった顔を埋めていた。
無論、この状況に女性陣が何もしていない訳ではない。スピードで上回る筋肉夢魔を多少持て余しつつも、その背中を追って攻撃を加えようとしている。
「悪いけど、そう好きにはさせないよっ!」
桜花は斬とレギアを追う筋肉夢魔の一体に、横合いから跳び蹴りを入れて姿勢を崩した。
同時にもう一体の筋肉夢魔は、舞が瞬脚で以てその背後を取っている。
「隙ありっ!」
携えたショートソードを低く横薙ぎに、相手の脛を切り払う。飛燕とスラッシュエッジを併用した正確な斬撃が、筋肉夢魔の動きをかすかに鈍らせる。
「よし……って、うわ」
筋肉夢魔は、徐に舞に向き直り、怒りのチョップを繰り出す。舞は間一髪かわしたが、銀色の前髪が数本、はらりと落ちた。
『邪魔をするな』と言わんばかり舞を一瞥、夢魔は再びターゲットへ向けて走りだした。
一方、こちらはヴァンとフューリ。そろそろヴァンの持久力が限界に近づきつつある。
「ハァハァ……ヴァンさん……もう諦めましょっ。諦めて俺と仲良くするっす……!」
「嫌だって! ええい、この子引っ剥がす為にも早く倒れてくれないかな!?」
と、牽制射撃してみるも、相手の勢いは衰えない。
むしろ射撃の為に速度を落としたことで追いつかれた。そして抱きつかれた。
「うぎゃー!? いやー!? 誰か助けてー!」
悲痛な叫び。口から魂の様な白い何かが飛び出しているが、きっと気のせいだ!
「ようやく足が止まりましたね……マリア!」
その隙に、夢魔の背を追っていたユーリが、駆けながら振り返った。
視線の先には、敵に気付かれないままに、死角に回り込んだマリアが居る。
「こ、これ以上被害を広げるわけには参りません……!」
動き回っていた筋肉夢魔が、ようやくマリアの射程に収まる。ロッドの先にマテリアルを集中し、ホーリーライトを発動すると、放たれた光は筋肉夢魔の脳天を直撃した。
マリアの狙い通り、不意をつかれて大きくよろめく夢魔。その背中に、ユーリが迫る。
「やッ!」
攻めの構えで長剣を上段に振りかぶり、大きく踏込んでから打ち下ろす、強打。
肩口からばっさりと切り裂かれた筋肉夢魔は、くねくねと身を捩りつつ(何故か)桃色の光の粒子となって消滅した。
「倒した……のでしょうか?」
駆けつけたマリアが、恐る恐る、放心して立ち尽くすヴァンをみやる。
「ふ、ふふふっ……」
「あの……ヴァン、さん?」
マリアを無視してヴァンはふらりと体をゆらし……自分の腰にすがりついていたフューリを、そのまま押し倒した。
「さあフューリ、男の友情を確かめあおうじゃないか。なぁに、ただの友情さぁ」
「きゃーっ。ヴァンさん、ケダモノっすー♪」
言葉とは裏腹、ぱたぱたと尾を振りながら、フューリは自ら服を……いや、これ以上の説明は省こう。
マリアとユーリは居たたまれない顔で、そっと二人の世界から目を逸らした……
そして、男性ハンター最後の生き残りの斬。
レギアを抱えつつの逃避行が身を結び、彼に気を取られた筋肉夢魔の一体を、舞と桜花は撃破していた。
だが犠牲者の性癖が元に戻る様子は無い。『どうせ筋肉夢魔全部倒さないと治らないんだろコレ……』とは、誰もが思った事であろう。
そして、やがて走り続け消耗した斬が筋肉夢魔に抱きつかれてしまうのもお約束、もとい必然であった。
「ああっ、斬さん!」
舞が悲鳴を上げる。ほんのちょっとだけ、わざとらしいのはご愛敬。
だが、ここで予想外の出来事が起こる。
筋肉夢魔に抱きしめられても、斬は一切興奮する素振りが無いのだ。
『!?』と、歪虚が初めて動揺を見せる。
「ふ、こんな事もあろうかと……俺は今朝ここに来る前に、総ての煩悩を捨て去って置いたのさ!」
斬が行った、筋肉夢魔を封じる防衛策とは、即ちーー
「今の俺は……『 賢 者 モ ー ド 』だッ!」
なんたることか……それは男にのみ許された、一時的に性的欲求を滅却する事のできる秘儀!
例え男が好きになろうとも、性欲と共に衝動を抑えるという荒技!
澄み渡る明鏡止水の瞳で、抱きつく筋肉夢魔を見つめ返す斬。その肌は、なんかツヤツヤしている。
「ユーリ。その、賢者……って」
「知らなくても全く問題ありませんよ、マリア」
控えめに尋ねてきたマリアに、ユーリは努めて穏やかに答える。
この状況、早くカタを付けねば劇毒……ユーリは、ロングソードの柄をギリ、と握りしめた。
「なんか……よくわかんないけど、とりあえず凄いワザなんだね?」
舞の方は割と本気で感心したように、男同士が絡み合う薔薇の園を目に焼き付けている。
だが、一見して完璧な斬の賢者モード防御には、誤算があった。
仮に思春期真っ盛りの健康な男児が自主的に賢者モードに突入したとして、そこに彼好みの異性が、裸で吐息も荒く密着してきたらどうなるか?
そう、若さ故の回復力ですぐに復帰してしまうだろう……今の斬は夢魔の力で同性が大好きになっており、何より彼は健康だった。
そして彼の腕の中には(いつのまにか)服をはだけさせた細身のドワーフ美青年!
「うぉぉぉぉ、レギアぁぁぁぁぁっ!」
「ちょ……痛ッ! 痛ぇんだよ……もっと優しく……んっ、やめ」
がばっ。とレギアに覆い被さる斬。その唇に指をーーいや、やはり説明は省こう。省かねばならない。大人の事情で。
重要なのは、四人の男性ハンターの尊い犠牲の元、今や二体の夢魔を討ったことだ。
惨劇を生み出し、渾身のドヤ顔を浮かべる筋肉夢魔は、それが最後の一体。
「こうなったら、速攻でケリを付けるわよ」
桜花が拳銃を構える。
もはやそれしか、犠牲になった男性陣を元に戻す手段はあるまい。他の男性陣はともかく、その幼い容姿故に彼女にとっての守護対象となるレギアを、これ以上痴態に晒すのは忍びない。
筋肉夢魔の方もあとは女を始末するだけと言わんばかり、女性陣に迫る。
「そ、そうですね。せめて、早く被害者のみなさんを助けなければ……!」
「マリア、援護をお願いします」
ユーリは背後をマリアに任せ、舞と共に前衛へ。それぞれ両サイドから筋肉夢魔に攻め込む。
繰り出されたチョップを剣で受けると、何故かガキン、と鈍い金属音が響いた。
「背中がお留守だよっ!」
その隙に、舞が筋肉夢魔の背後から斬撃。一撃離脱して、効率的な反撃を許さない。
そして筋肉夢魔を捉える、銃弾と光弾。
桜花とマリアが同時に放った攻撃は、筋肉夢魔を宣言通りの速攻にて葬ったのだった。
●(色んな意味で)事後
筋肉夢魔が倒れると同時に、男性陣は正気に返った。
恐らくは今頃、依頼人達の方も事が収まっているだろう……心に受けた傷は、どうか分からないが。
「貴方達が命がけで身体を這ってくれたおかげで、無事に倒す事ができました……どうか……安らかに眠ってください」
放心する男性陣に対して、ユーリがまるで故人を偲ぶかのような口振りで、言葉を送る。
「あの一連の流れは夢、夢っすよね……」
虚ろな瞳で項垂れるフューリ。首筋についた紅い印が痛ましい。
隣のヴァンは、何故かフューリと一切目を合わせない。げっそりした顔で乱れた服を直しつつ、掠れる声で呟いた。
「もう、もう……次からはきちんと仕事を選ぼう……」
一方、レギアと斬は二人並んで、体育座りで自己嫌悪に陥っていた。
時々互いの顔を覗いて、気まずそうに再び視線を落とす。
「その、なんか、乱暴でごめん……」
謝る斬に対し、レギアは
「…………うん」
と、妙にしおらしく。
何があったのかは訊かずに置くのが武士の情けかと、桜花はレギアをそっとしておく事にした。
その側ではマリアが男性陣にヒールを掛けているが、果たして心の傷は癒せるかどうか。
だが、それでも動かずにいられないのが、彼女の優しさであろう。ユーリに、怪我はない? と声をかけられ、マリアは気丈な微笑みを返した。
そして舞は、今回の一連の事件の顛末を、自分のメモに熱心に書き取っている。何かの創作に使うつもりらしい。
「後でこういうのが好きな腐女子に売りつけよう。見知らぬ世界で生活費はいくらあってもいいからね♪」
腐女子ってなんだろう……と訪ねる気力は、その場の誰にも残されていない。
後々作られただろう薄い本が彼女の懐の足しになったかも、また別の話。
兎にも角にも歪虚を撃退したハンター達は、やがて重い腰を上げて街に戻り……同じ様にげっそりした表情の依頼人達から、報酬を受け取ったのであった。
ハンター達が森の入り口に立つ筋肉夢魔を見つけたその瞬間。
敵はロケットスタートで突進してきた。
「うお、何アレめちゃくちゃ気持ち悪いっす……!?」
獣耳を伏せて一歩下がったのはフューリ(ka0660)。
だが、そのフューリの背を、天竜寺 舞(ka0377)がそっと押し返した。
驚愕の表情で振り返ったフューリに、紅眼の少女はにこりとスマイル。
「あたしマッチョは苦手なんだよね。貴方達の犠牲は忘れないよ!」
「えっえっ、僕が囮!? 嘘っすよね? 嘘って言ってほしいっす!」
戸惑う間に筋肉夢魔はフューリの眼前、彼の視界は肉壁に染まる。
「ぎゃー! 来ないでー!」
間一髪避け、歪虚に背を向けて走り出す。
生暖かい視線で見送る、他一同。
「あの、さ。 私まともに依頼受けるの初めてなんだけど……どうしてこんな変な歪虚が相手なのかな?」
と、疾風 桜花(ka1485)。オートマチックを抜いて戦闘態勢は取ったものの、若干気圧されている……というか、引いている。
「ガチムチホモとか、歪虚は何を考えてあんなものを生み出したんだ」
ヴァンシュトール・H・R(ka0169)は、既にげんなりした表情を浮かべている。逞しい肉体に何かトラウマがあるようだ……主に軍とか、軍とか、あと軍とか。
「筋肉ダルマでなければ、人によっては画になったかもしれませんけども……」
「いやいやいや、どっちにしろ悪夢だよこんちくしょう!」
ぽそりと呟いたユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)に、加山 斬(ka1210)がヤケクソ気味に返す。ぶっちゃけこの後の展開が透けて見えるだけに、逃げ惑うフューリの後ろ姿が、彼には笑えない。
ユーリの隣では、マリア・ベルンシュタイン(ka0482)が、衝撃の光景を唖然と眺めている。
「こ、恋人同士でなく……男の人同士で……わ、私の常識は狭かったのですね……」
「マリア、あまり長く見てはいけません」
ふるふると震えるか細い肩に、そっと手を掛けるユーリ。義妹同然の存在である愛すべき箱入娘には、この光景は色々とよろしくない。と、思う。
「ま、こんな性癖……もとい性質の歪虚じゃ、男が囮になるしかねぇんだろうな。癪だけど」
自分とは対照的な肉体美の歪虚に苛立たしげな視線を向けつつ、ドワーフの青年、アクアレギア(ka0459)は吐き捨てる。フードを深く被り直し、自身もやや緊張した足取りで、前に踏み出した。
レギアの言う通り、筋肉夢魔の性癖を考える以上は、悲しいかな作戦は自ずと決まってしまう。
地獄めいた鬼ごっこを続けるフューリに、ヴァン、レギア、斬が加勢する様に接近していく。女性陣四人は、その後方から攻撃の機会を伺う形だ。
「……む、夢魔さんコチラ〜! ほら、イイ筋肉もあるっすよー!!」
絶妙にうっすら割れた腹筋をチラッ☆チラッ☆とアピールしつつ、巧みに歪虚を引き付けるフューリ。
勿論その運動量は半端ではなく、既に吐息荒く汗びっしょりなのだが、逆にそれが筋肉夢魔の興奮を煽っている。
「うっぷ……兎に角早く終わらせよう」
まずはヴァンがーー反芻する記憶を押さえ込みながらーーリボルバーを抜き『強弾』で発砲。筋肉夢魔の足が止まる。
「うおおらぁ、タマ取ったらぁ!」
次いで、斬が攻めの構えから踏込、強打へと繋ぐ渾身の一撃を見舞う。
筋肉夢魔は背中を攻撃され、エビ反り姿勢でのたうち回った。
「とっとと終わらせて……ッ!?」
その隙にレギアが機動砲を発動し、さらに追撃……しようとして、ふと手を止めた。
背後に走る悪寒。それは本能に近い直感であった。
「レギア君、あぶない!」
桜花の叫びが聞こえた。次いで銃声。
振り返ると、正面の筋肉夢魔とまったく同じ姿の筋肉ダルマが、胸に銃撃を受けてよろめいていた。
自らの嗜好(?)から背の低いレギアを特に注視していた桜花が、いち早く奇襲者の存在に気がついたのだ。
そう、それは二体目の筋肉夢魔。南無三、敵は一体ではない!
「ハッ、こんなこったろうと思ったぜ!」
しかし、なんとなく予感がしていただけに、レギアは冷静だ。
二体目の夢魔に向き直り、自分に絡みついた腕を払って反撃……腕?
肩を、背を、全身を包む生暖かい感触。訝しんで、レギアは首だけで振り返った。目の前には筋肉夢魔の顔。
……これは一体目の夢魔?
しかしフューリを見やると、彼も既に筋肉夢魔に押し倒されながら「みぎゃー」と儚い悲鳴を上げていた。
二体目は既に、ヴァンと斬をロックオンして追跡中だ。
じゃあ俺に抱きつくコイツは三体目? だが、気付いた頃にはもう遅い。
「てめ、この、離せ! 俺様にんな趣味は……んっ」
フューリ同様押し倒され、レギアも暫くは果敢にもがく……が、やがて『ちゅっ♪』という不穏な音が響くと、死んだように動かなくなった……
◆
「あ……鼻緒、切れちゃった、なのよ……」
同日、町の菓子屋『極楽鳥』にて。
ジュード・エアハート(ka0410)とモニカ(ka1736)は、店で新しく導入する制服の選定を行っていた。
色々あって、夏らしく浴衣風のデザインが一番いいだろう、という事になったのだが……
突如、下駄の鼻緒が切れてしまったのだ。それも二人同時に、だ。
ジュードとモニカは顔を見合わせ……何故か、たまたま仕事で不在だった赤毛の親友の、屈託無い笑顔を思い出す。
「フューリ君、大丈夫かな……」
ジュードが呟き、二人は祈る様に空を見上げる。
真昼の青空に、なぜか星がキラリと輝いた気がした。
◆
「んふふふ……ヴァンさん、いい匂いっす〜」
「あ、ちょっと、邪魔だってばもう! てか気持ち悪い!?」
男の魅力に目覚めたフューリが、ヴァンの腹に抱きつき、愛おしそうに頬ずりする。
彼を引きずり、ヴァンは必死に筋肉夢魔の抱擁を避けつつ逃げていた。動きが妨げられ反撃の余裕さえなく、全力疾走している状態だ。
そしてもう一方の、斬。どうにか隙をついて回収したレギアをお姫様だっこしながら、残る二体の筋肉夢魔を相手に逃走劇を演じている。
「クソ……重いっ!」
「うるせっ、俺も別に、す、すす、好きでやってんじゃねぇよっ!」
何故か傷ついた表情で反論するレギアは、その癖しっかり斬の首に手を回してしがみつき、彼の胸に真っ赤に染まった顔を埋めていた。
無論、この状況に女性陣が何もしていない訳ではない。スピードで上回る筋肉夢魔を多少持て余しつつも、その背中を追って攻撃を加えようとしている。
「悪いけど、そう好きにはさせないよっ!」
桜花は斬とレギアを追う筋肉夢魔の一体に、横合いから跳び蹴りを入れて姿勢を崩した。
同時にもう一体の筋肉夢魔は、舞が瞬脚で以てその背後を取っている。
「隙ありっ!」
携えたショートソードを低く横薙ぎに、相手の脛を切り払う。飛燕とスラッシュエッジを併用した正確な斬撃が、筋肉夢魔の動きをかすかに鈍らせる。
「よし……って、うわ」
筋肉夢魔は、徐に舞に向き直り、怒りのチョップを繰り出す。舞は間一髪かわしたが、銀色の前髪が数本、はらりと落ちた。
『邪魔をするな』と言わんばかり舞を一瞥、夢魔は再びターゲットへ向けて走りだした。
一方、こちらはヴァンとフューリ。そろそろヴァンの持久力が限界に近づきつつある。
「ハァハァ……ヴァンさん……もう諦めましょっ。諦めて俺と仲良くするっす……!」
「嫌だって! ええい、この子引っ剥がす為にも早く倒れてくれないかな!?」
と、牽制射撃してみるも、相手の勢いは衰えない。
むしろ射撃の為に速度を落としたことで追いつかれた。そして抱きつかれた。
「うぎゃー!? いやー!? 誰か助けてー!」
悲痛な叫び。口から魂の様な白い何かが飛び出しているが、きっと気のせいだ!
「ようやく足が止まりましたね……マリア!」
その隙に、夢魔の背を追っていたユーリが、駆けながら振り返った。
視線の先には、敵に気付かれないままに、死角に回り込んだマリアが居る。
「こ、これ以上被害を広げるわけには参りません……!」
動き回っていた筋肉夢魔が、ようやくマリアの射程に収まる。ロッドの先にマテリアルを集中し、ホーリーライトを発動すると、放たれた光は筋肉夢魔の脳天を直撃した。
マリアの狙い通り、不意をつかれて大きくよろめく夢魔。その背中に、ユーリが迫る。
「やッ!」
攻めの構えで長剣を上段に振りかぶり、大きく踏込んでから打ち下ろす、強打。
肩口からばっさりと切り裂かれた筋肉夢魔は、くねくねと身を捩りつつ(何故か)桃色の光の粒子となって消滅した。
「倒した……のでしょうか?」
駆けつけたマリアが、恐る恐る、放心して立ち尽くすヴァンをみやる。
「ふ、ふふふっ……」
「あの……ヴァン、さん?」
マリアを無視してヴァンはふらりと体をゆらし……自分の腰にすがりついていたフューリを、そのまま押し倒した。
「さあフューリ、男の友情を確かめあおうじゃないか。なぁに、ただの友情さぁ」
「きゃーっ。ヴァンさん、ケダモノっすー♪」
言葉とは裏腹、ぱたぱたと尾を振りながら、フューリは自ら服を……いや、これ以上の説明は省こう。
マリアとユーリは居たたまれない顔で、そっと二人の世界から目を逸らした……
そして、男性ハンター最後の生き残りの斬。
レギアを抱えつつの逃避行が身を結び、彼に気を取られた筋肉夢魔の一体を、舞と桜花は撃破していた。
だが犠牲者の性癖が元に戻る様子は無い。『どうせ筋肉夢魔全部倒さないと治らないんだろコレ……』とは、誰もが思った事であろう。
そして、やがて走り続け消耗した斬が筋肉夢魔に抱きつかれてしまうのもお約束、もとい必然であった。
「ああっ、斬さん!」
舞が悲鳴を上げる。ほんのちょっとだけ、わざとらしいのはご愛敬。
だが、ここで予想外の出来事が起こる。
筋肉夢魔に抱きしめられても、斬は一切興奮する素振りが無いのだ。
『!?』と、歪虚が初めて動揺を見せる。
「ふ、こんな事もあろうかと……俺は今朝ここに来る前に、総ての煩悩を捨て去って置いたのさ!」
斬が行った、筋肉夢魔を封じる防衛策とは、即ちーー
「今の俺は……『 賢 者 モ ー ド 』だッ!」
なんたることか……それは男にのみ許された、一時的に性的欲求を滅却する事のできる秘儀!
例え男が好きになろうとも、性欲と共に衝動を抑えるという荒技!
澄み渡る明鏡止水の瞳で、抱きつく筋肉夢魔を見つめ返す斬。その肌は、なんかツヤツヤしている。
「ユーリ。その、賢者……って」
「知らなくても全く問題ありませんよ、マリア」
控えめに尋ねてきたマリアに、ユーリは努めて穏やかに答える。
この状況、早くカタを付けねば劇毒……ユーリは、ロングソードの柄をギリ、と握りしめた。
「なんか……よくわかんないけど、とりあえず凄いワザなんだね?」
舞の方は割と本気で感心したように、男同士が絡み合う薔薇の園を目に焼き付けている。
だが、一見して完璧な斬の賢者モード防御には、誤算があった。
仮に思春期真っ盛りの健康な男児が自主的に賢者モードに突入したとして、そこに彼好みの異性が、裸で吐息も荒く密着してきたらどうなるか?
そう、若さ故の回復力ですぐに復帰してしまうだろう……今の斬は夢魔の力で同性が大好きになっており、何より彼は健康だった。
そして彼の腕の中には(いつのまにか)服をはだけさせた細身のドワーフ美青年!
「うぉぉぉぉ、レギアぁぁぁぁぁっ!」
「ちょ……痛ッ! 痛ぇんだよ……もっと優しく……んっ、やめ」
がばっ。とレギアに覆い被さる斬。その唇に指をーーいや、やはり説明は省こう。省かねばならない。大人の事情で。
重要なのは、四人の男性ハンターの尊い犠牲の元、今や二体の夢魔を討ったことだ。
惨劇を生み出し、渾身のドヤ顔を浮かべる筋肉夢魔は、それが最後の一体。
「こうなったら、速攻でケリを付けるわよ」
桜花が拳銃を構える。
もはやそれしか、犠牲になった男性陣を元に戻す手段はあるまい。他の男性陣はともかく、その幼い容姿故に彼女にとっての守護対象となるレギアを、これ以上痴態に晒すのは忍びない。
筋肉夢魔の方もあとは女を始末するだけと言わんばかり、女性陣に迫る。
「そ、そうですね。せめて、早く被害者のみなさんを助けなければ……!」
「マリア、援護をお願いします」
ユーリは背後をマリアに任せ、舞と共に前衛へ。それぞれ両サイドから筋肉夢魔に攻め込む。
繰り出されたチョップを剣で受けると、何故かガキン、と鈍い金属音が響いた。
「背中がお留守だよっ!」
その隙に、舞が筋肉夢魔の背後から斬撃。一撃離脱して、効率的な反撃を許さない。
そして筋肉夢魔を捉える、銃弾と光弾。
桜花とマリアが同時に放った攻撃は、筋肉夢魔を宣言通りの速攻にて葬ったのだった。
●(色んな意味で)事後
筋肉夢魔が倒れると同時に、男性陣は正気に返った。
恐らくは今頃、依頼人達の方も事が収まっているだろう……心に受けた傷は、どうか分からないが。
「貴方達が命がけで身体を這ってくれたおかげで、無事に倒す事ができました……どうか……安らかに眠ってください」
放心する男性陣に対して、ユーリがまるで故人を偲ぶかのような口振りで、言葉を送る。
「あの一連の流れは夢、夢っすよね……」
虚ろな瞳で項垂れるフューリ。首筋についた紅い印が痛ましい。
隣のヴァンは、何故かフューリと一切目を合わせない。げっそりした顔で乱れた服を直しつつ、掠れる声で呟いた。
「もう、もう……次からはきちんと仕事を選ぼう……」
一方、レギアと斬は二人並んで、体育座りで自己嫌悪に陥っていた。
時々互いの顔を覗いて、気まずそうに再び視線を落とす。
「その、なんか、乱暴でごめん……」
謝る斬に対し、レギアは
「…………うん」
と、妙にしおらしく。
何があったのかは訊かずに置くのが武士の情けかと、桜花はレギアをそっとしておく事にした。
その側ではマリアが男性陣にヒールを掛けているが、果たして心の傷は癒せるかどうか。
だが、それでも動かずにいられないのが、彼女の優しさであろう。ユーリに、怪我はない? と声をかけられ、マリアは気丈な微笑みを返した。
そして舞は、今回の一連の事件の顛末を、自分のメモに熱心に書き取っている。何かの創作に使うつもりらしい。
「後でこういうのが好きな腐女子に売りつけよう。見知らぬ世界で生活費はいくらあってもいいからね♪」
腐女子ってなんだろう……と訪ねる気力は、その場の誰にも残されていない。
後々作られただろう薄い本が彼女の懐の足しになったかも、また別の話。
兎にも角にも歪虚を撃退したハンター達は、やがて重い腰を上げて街に戻り……同じ様にげっそりした表情の依頼人達から、報酬を受け取ったのであった。
依頼結果
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守れ、僕らの貞操…! フューリ(ka0660) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2014/07/13 02:48:42 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/07/08 14:43:52 |