ゲスト
(ka0000)
【東征】煙々羅
マスター:葉槻

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 6~9人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/06/16 19:00
- 完成日
- 2015/06/29 22:29
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
静謐なる境内に血風が舞った。
屈強な僧侶の上腕が二分の一の長さを残して切断され、彼は苦悶の表情を浮かべて3歩後退する。
まだ少女の風貌を残した尼僧が治癒術を施し、かろうじて動脈からの流血を抑えるが、皮膚の再生など当然追いつかない。
「さぁ、次は何処にする? 左腕? それとも脚にしてやろうか?」
その歪虚は落ちた腕を拾って切り口を喰みながら至極楽しそうに嗤った。
「さぁ、如何する? 残るはお前とそこな女のみ。逃げるか? 逃げるか?」
きゃらきゃらと甲高い声で嗤いながら鮮血に染まった色打ち掛けを翻して、もう1人の歪虚が問う。
「女は俺が喰ろうてやろう。頭の先から褄先まで、俺が残さず喰ろうてやろう」
筋骨隆々、人であれば『偉丈夫』といった歪虚の視線が舐めるように尼僧の全身を這う。
その視線を振り切るように尼僧は僧侶へと治癒術を続ける。
「……ここは私が抑えます、僧正様はお逃げ下さい。僧正様さえご無事なら、この寺院の再建も叶いましょう」
「無茶を言う。利き腕をもがれた我に何が出来よう? ジケイ殿こそ逃げて、生き……ぐああっ!」
色打ち掛けを纏った歪虚が、右袖を払うだけの仕草で男の視界を奪った。
「やっぱ逃がしてあーげない。遊びましょ~」
キャラキャラと嗤う歪虚の腕を取ると、僧正と呼ばれた男は気合いと共に全身から気を迸らせる。
「破ァッ!!」
「ぎゃぁっ!?」
「逃げろ、ジケイ殿! 行って、現状を御上に!!」
「おのれ、よくも姉様を!」
「わはは、やるでは無いか腐れ坊主!!」
歪虚がこぞって僧侶へ襲いかかる中、尼僧は走り出した。
「っち、女ぁっ!」
「およし、『ふうぜん』逃がしておやり」
「なんでさ、『ひじり』姉」
尼僧を追う為に身を起こした『ふうぜん』に、既に息絶えた男の腹に肘まで手を入れ、湯気を上げる内臓をまさぐりながら『ひじり』と呼ばれた歪虚が制止をかける。
「その方が面白いじゃ無いか」
「えー、殺そうよ-、コロコロしちゃおうよー」
男の生首を掲げて滴る血を舌先で受け止めながら、一番小柄な歪虚が特に何の感慨もなさそうに言う。
「他の雑魚なんかに獲られるくらいなら、俺が殺して喰いたい」
諦めが付かない、と地団駄を踏むように『ふうぜん』が不満を漏らす。
「そりゃね、運が悪けりゃのたれ死ぬかも知れないけどね」
肝を取り出して、それを喰みながら『ひじり』が嗤う。
「運が良けりゃ、沢山の人間を連れてまた帰ってくるさ」
「あ、納得。流石姉様、あったまいー」
「『みいろ』もちょっとは考えて行動おし」
叱られて、不満げに唇を突き出してむくれる『みいろ』を見て、『ふうぜん』は溜息を吐いた。
「……死体はどうする? 流石にこれ全部喰うのは胃が凭れそうだ」
「ほっとけば怨霊にでもなるかもだし、そのままでも雑魚が美味しく食べるんじゃない? ボクももうおなかいっぱーい」
鮮血で汚れた唇回りを色打ち掛けの袖で乱暴に拭うと、『ひじり』は立ち上がった。
「さぁ、次はもっと楽しいといいねぇ」
くつくつと嗤いながら『ひじり』は尼僧の逃げた方角を一瞥して立ち去った。
●
尼僧――慈恵は夢から目を覚ました。
もう10年も前の事。まだ10年しか経っていない過去の事。
もう何度この過去を悪夢に見たことだろう。
ここは天の都。
龍尾城城下町であるここは結界により、唯一『人』が住まうことが赦された地だった。
寝汗を吸った襦袢が貼り付いて気持ち悪い。
障子戸を開け、外の空気を吸う。
夜明け前の済んだ冷たい空気が肺いっぱいに広がり、暗澹とした胸の内が少し軽くなった気がした。
今日、漸く積年の願いが叶う。
再びあの懐かしい山門を潜り、境内に入れるのだと思うと一刻も早くと急く気持ちと同時に、今はどうなっているのかという不安に行きたくないという思いも沸き上がる。
それでも、行かねばならない。
慈恵は静かに両目を閉じて経を唱えると、禊ぎをする為に襖を開けた。
静謐なる境内に血風が舞った。
屈強な僧侶の上腕が二分の一の長さを残して切断され、彼は苦悶の表情を浮かべて3歩後退する。
まだ少女の風貌を残した尼僧が治癒術を施し、かろうじて動脈からの流血を抑えるが、皮膚の再生など当然追いつかない。
「さぁ、次は何処にする? 左腕? それとも脚にしてやろうか?」
その歪虚は落ちた腕を拾って切り口を喰みながら至極楽しそうに嗤った。
「さぁ、如何する? 残るはお前とそこな女のみ。逃げるか? 逃げるか?」
きゃらきゃらと甲高い声で嗤いながら鮮血に染まった色打ち掛けを翻して、もう1人の歪虚が問う。
「女は俺が喰ろうてやろう。頭の先から褄先まで、俺が残さず喰ろうてやろう」
筋骨隆々、人であれば『偉丈夫』といった歪虚の視線が舐めるように尼僧の全身を這う。
その視線を振り切るように尼僧は僧侶へと治癒術を続ける。
「……ここは私が抑えます、僧正様はお逃げ下さい。僧正様さえご無事なら、この寺院の再建も叶いましょう」
「無茶を言う。利き腕をもがれた我に何が出来よう? ジケイ殿こそ逃げて、生き……ぐああっ!」
色打ち掛けを纏った歪虚が、右袖を払うだけの仕草で男の視界を奪った。
「やっぱ逃がしてあーげない。遊びましょ~」
キャラキャラと嗤う歪虚の腕を取ると、僧正と呼ばれた男は気合いと共に全身から気を迸らせる。
「破ァッ!!」
「ぎゃぁっ!?」
「逃げろ、ジケイ殿! 行って、現状を御上に!!」
「おのれ、よくも姉様を!」
「わはは、やるでは無いか腐れ坊主!!」
歪虚がこぞって僧侶へ襲いかかる中、尼僧は走り出した。
「っち、女ぁっ!」
「およし、『ふうぜん』逃がしておやり」
「なんでさ、『ひじり』姉」
尼僧を追う為に身を起こした『ふうぜん』に、既に息絶えた男の腹に肘まで手を入れ、湯気を上げる内臓をまさぐりながら『ひじり』と呼ばれた歪虚が制止をかける。
「その方が面白いじゃ無いか」
「えー、殺そうよ-、コロコロしちゃおうよー」
男の生首を掲げて滴る血を舌先で受け止めながら、一番小柄な歪虚が特に何の感慨もなさそうに言う。
「他の雑魚なんかに獲られるくらいなら、俺が殺して喰いたい」
諦めが付かない、と地団駄を踏むように『ふうぜん』が不満を漏らす。
「そりゃね、運が悪けりゃのたれ死ぬかも知れないけどね」
肝を取り出して、それを喰みながら『ひじり』が嗤う。
「運が良けりゃ、沢山の人間を連れてまた帰ってくるさ」
「あ、納得。流石姉様、あったまいー」
「『みいろ』もちょっとは考えて行動おし」
叱られて、不満げに唇を突き出してむくれる『みいろ』を見て、『ふうぜん』は溜息を吐いた。
「……死体はどうする? 流石にこれ全部喰うのは胃が凭れそうだ」
「ほっとけば怨霊にでもなるかもだし、そのままでも雑魚が美味しく食べるんじゃない? ボクももうおなかいっぱーい」
鮮血で汚れた唇回りを色打ち掛けの袖で乱暴に拭うと、『ひじり』は立ち上がった。
「さぁ、次はもっと楽しいといいねぇ」
くつくつと嗤いながら『ひじり』は尼僧の逃げた方角を一瞥して立ち去った。
●
尼僧――慈恵は夢から目を覚ました。
もう10年も前の事。まだ10年しか経っていない過去の事。
もう何度この過去を悪夢に見たことだろう。
ここは天の都。
龍尾城城下町であるここは結界により、唯一『人』が住まうことが赦された地だった。
寝汗を吸った襦袢が貼り付いて気持ち悪い。
障子戸を開け、外の空気を吸う。
夜明け前の済んだ冷たい空気が肺いっぱいに広がり、暗澹とした胸の内が少し軽くなった気がした。
今日、漸く積年の願いが叶う。
再びあの懐かしい山門を潜り、境内に入れるのだと思うと一刻も早くと急く気持ちと同時に、今はどうなっているのかという不安に行きたくないという思いも沸き上がる。
それでも、行かねばならない。
慈恵は静かに両目を閉じて経を唱えると、禊ぎをする為に襖を開けた。
リプレイ本文
●
ハンター達は慈恵の案内の下、ほぼ枯れ木と枯れ草しか見当たらない荒野を牛の歩みに合わせてのんびりと進む。
時折襲いかかってくる雑魔は、ローテーションを組んでしっかりと周囲を警戒しながら進んでいた為、対応に後れを取ることも無く各班がきっちりと始末を付けていた。
「……口に合うか分からないが、どうだい?」
ファン・リーエ(ka4772)がヴァレス・デュノフガリオ(ka4770)へと緑茶入りのコップを差し出した。
「ぉ、ありがと♪ ……ん、いいね。落ち着くよ♪」
ファンの心遣いに笑顔でお茶を受け取るとすぐに一口飲んで、ほっと一息吐いた。
そんなヴァレスを見てファンも微笑むと、皆へとお茶を配りに行く。
お茶を受け取った観那(ka4583)も、鞄からクッキーを取り出すと皆へと配り始めた。
「甘味は心身の疲れをとるに最適です。慈恵様もいかがでしょう……?」
観那に勧められてクッキーを一つ手にすると、「有り難うございます」と丁寧に慈恵はお礼を言った。
一口囓ると、サクッとした食感にふわりと甘い香りが鼻腔まで届いた。
ミルクの風味がして、口の中の水分がクッキーを溶かし、唾液腺が刺激されたことによって顎関節の奥に痛みすら感じる。
それほど、慈恵にとっては久しぶりの甘味だった。
ファンのお茶を大切そうに一口飲むと、慈恵は観那に微笑み返した。
「……とても甘くて美味しいです」
慈恵の微笑みに観那も安心したように笑って他のメンバーへとクッキーを手渡しに行く。
そんなやりとりをライナス・ブラッドリー(ka0360)は馬上から哨戒をしながら見守っていた。
視線に気付いたのか、顔を上げた慈恵と視線がぶつかると、慈恵が先にそっと微笑みながら会釈をして視線を逸らした。
ライナスは慈恵の様子を気にしつつ、しかし無理に話しを聞き出すようなことはせずに見守っていた。
「牛とともに歩くなど久方ぶりじゃな。昔の、村から村への移動を思い出すのう」
最高齢である守屋 昭二(ka5069)がのんびりと馬を牽きながら言う。
空はどんよりと曇ったまま、太陽もなく歩きやすいといえば歩きやすい。ただし、正のマテリアルが決定的に少なく、負のマテリアルの満ちた風に晒され続けるのは、ロニ・カルディス(ka0551)の予想以上に気力を低下させ、気分を消沈させられる。
「何故、馬ではなく牛なのですか?」
素朴な疑問としてレイア・ユキムラ(ka3845)が問いかけると、慈恵は静かに答えた。
「馬は牛よりも水と新鮮な草を必要としますので、今のエトファリカでは希少なのです」
結界内の限られた土地で飼育するにあたって、力仕事をさせられ、かつ雌であれば乳が搾れ、非常食という意味でも馬より牛の方が重宝されるという現状にを知り、ジェニファー・ラングストン(ka4564)は口をつぐんだ。
「……聞けば目的地は歪虚との戦いの跡地とか。出来れば、簡単でも良いので弔いの言葉の一つもあげられればよいのですが」
榊 刑部(ka4727)の申し出に、慈恵は「お心遣い感謝いたします」と頭を下げた。
道中、村であっただろう土地に出た。
朽ちて梁の落ちた家屋、焼けて落ちた屋根、涸れた井戸。
放置されたまま骨となった人のなれ果てを見て、一同は足を止めることなくただ、手を合わせて黙祷を捧げて前を見る。
そうして、3つの夜を越え、ついに廃寺の山門前まで一同は辿り着いたのだった。
●
一同が礼儀として下馬し、山門そばにあった馬止めに各自手綱を掛けると、徒歩で山門を潜った。
前庭へと足を踏み入れると同時に現れた複数の歪虚は、煙の中に様々な顔が浮かび上がっては怨嗟の声を上げながら襲いかかってきた。
「3班はそのまま牛車の警護を! 1班、2班で殲滅にあたる!」
ロニの鋭い指示が飛ぶと同時に、ロニから光の波動が広がり、3体の煙の歪虚を飲み込む。
そこへ観那が薙刀を構えて踏み込んで斬り付けると、次いで精神統一を終えた刑部が黒漆太刀で一体を仕留めた。
観那は煙のような歪虚を見て、その表情全てが苦悶の表情であることに気付いた。
「これは……被害者のなれの果てですか……?」
おぉぉ、と怨嗟のように聞こえた声は、泣いているようにも聞こえた。
「……それでも、無残に薙ぎ払うこと、どうかお許し下さい」
東方の未来の為に、と観那は自分の身長の二倍以上ある岩融を構え直すと、眼前の敵を睨み付けた。
ライナスもこの歪虚達を見た瞬間より牛車と共に背後に庇っている慈恵が蒼白になっていることから、此処に縁のあった人々であろうと予測する。
それでも、早く苦しみから解放してやりたいという思いから引き金を引いた。
ゆらりと揺れて、塵となって消えていく様子を見ながら、その魂の冥福を祈る。
「成仏ぞよ~」
ジェニファーはナイフを握り締め、スラッシュエッジで敵を攻撃していく。
『PTSDになりそうじゃの』と、慈恵をちらりと見るが、蒼白ではある物のしっかりと立って、傷ついた者がいればヒールを唱える程度の気丈さは持ち合わせているらしかった。
ならば、と牛車と慈恵から離れすぎない程度まで移動しながら、敵を討って出ていった。
「殺された人間の怨念がうずまいとる……まるで戦場じゃな」
昭二は煙状の歪虚を見て、物理攻撃が効かないのではないかと不安になっていたが、仲間達が剣や薙刀で斬り付けているのを見て、己の不安が杞憂であった事を知った。
「仲間の盾になるくらいしか出来んかと思ったが……」
覚醒により60代まで若返った外見で、それ以上にまるで10代の少年のような動きで景幸を振り抜くと、仲間の攻撃をくぐり抜けて近寄ってきた歪虚に一太刀浴びせた。
「ごめんね」
ヴァレスは揺らめく歪虚に小さく謝罪すると、成仏を祈りながらデリンジャーで撃ち抜いた。
その後に続いてファンが納刀したまま走り込み、気合いと共に居合い斬る。
レイアはスキルを使わず、自分の持ち前の技量だけで戦い続けていた。
「……こういうのを兵共が夢の跡と言うのだったか……? ……いや、ちがうか」
1人呟いて、首を傾げながら煙の顔面に不知火を突き入れる。
そうして歪虚を倒し尽くし、一同がほぅ、と一息吐いたその時、一陣の風が巻き上がった。
「……待った、待ったぞ。長かったな、随分と時間が掛かったな」
ゲラゲラと耳障りな低音の笑い声が周囲に響く。
砂煙から目元を庇っていた一同が、風の収まりと共に声のした方を見ると、そこには3人の人影があった。
……否、人型をした3体の歪虚がそこにはいた。
「久しいな、女」
「……お前達は……」
ニタニタと嗤う大柄の歪虚を見て、慈恵は錫杖を強く握り締めた。
「ひぃふぅみぃ……9人か。そこそこ連れてきてくれたね。お礼を言おうか? ジケイ?」
裾と袖口が黒く変色した、赤を基調とした色打ち掛けを羽織った歪虚が、妖艶に微笑う。
ライナスと昭二、ジェニファーがじりじりと慈恵のそばへと寄る。
「ねーねー、お前達は強いの? ここにいた連中はみんな弱くてね、オレね、ホントイラーってしちゃったんだよねー」
少年のような小柄な歪虚がまるで偶然街中で再会した昔馴染みに語るように軽い口調で話しかけてくる。
「イラーってしちゃったから、サクッと殺しちゃったんだけど、お前達は大丈夫? ちゃんとオレと遊んでくれるのかな?」
ニコニコと友好的な笑顔を向けながら、掌から抜き身の刃を具現化させ構えた。
「……他の歪虚とは違う……ね」
離れていても分かる程の酷い負のマテリアルの奔流にヴァレスの肌が粟立つ。
「そうか、君達が……!」
ファンが激昂し斬り掛かりに行くが、その刃はあっさりと躱され、代わりに背中を袈裟懸けに斬り付けられた。
「リーエ!」
ヴァレスが冷静にデリンジャーを構え、発砲。
しかしその銃弾も躱されてしまう。
「速い!」
「皆さん逃げて下さい。この歪虚は10年前に此処一体を滅ぼした歪虚です。逃げて下さい!」
慈恵が前に出て行こうとするのを、ジェニファーが押さえた。
「尼さんは大人しくしておれ!」
「レイア・ユキムラ……いやさ、幸村 レイア! 推して参る!」
レイアが刀を構え走り寄るが、大柄な歪虚にその刃も難なく躱されたあげく、頭を掴まれて投げ飛ばされた。
「……あ゛ぁ? 何だそのちんたらした走りは? ここの坊主どもだってもうちょっとマシな戦い方したぞ?」
観那も色打ち掛けの歪虚に強撃を仕掛けるが、やはり掌から現れた抜き身の刃に軽く打ち払われ、逆に斬り付けられた。
「これなら」
ロニがロザリオを握り締めながらレイクイエムを歌い始めると、その歌声に歪虚達は頭を押さえ始めた。
「なんだよ、その歌……!」
「っく、頭が痛ぇ……!」
少年の歪虚と大柄な歪虚が悶える中、色打ち掛けの歪虚は、柳眉を釣り上げながらロニを見た。
「……なるほど。あたし好みの色男じゃないか。お前の肝は美味そうだねぇ」
歪虚と目が合った瞬間、ロニの中に抗い難い衝動が芽生え、心臓が躍った。
「う、美しい……」
「!? ロニさん!? しっかりして下さい!!」
刑部は驚いてロニの腕を掴むが、その手を振り払ってロニは歪虚の方へと近付いて行こうとする。
「正気に戻って下さい!」
慈恵の叫び声と共にロニの全身を光が包み込む。ロニは我を取り戻すと、慌てて歪虚から距離を取った。
「あらやだ。邪魔しないでおくれよ」
歪虚は口元だけで愉しそうに嗤いながら、慈恵を睨み付けた。
レイアが体勢を整え、再び刀を構えながら問い掛ける。
「あぁ、そういえばお前は名乗ったんだったね。じゃぁ、自己紹介しちゃおうかな」
そう少年の歪虚が笑い戯けながら一礼した。
「オレはミイロ。魅了の“魅”に色彩の“彩”で魅彩だよ。で大きいのがフウゼン。風に座禅の“禅”で風禅。で、あっちのが、ヒジリ。聖なるかな、の“聖”で聖」
「冥土の土産を奮発してやったんだ、感謝しろよ」
そう風禅が嗤うと再び周囲に風を起こし、それを自身の身体に纏わせた。
「さぁ、誰から喰ろうてやろうか」
その瞬間から場の空気が変わった。
「何だ。それで全力か?」
ジェニファーのナイフを刃で受け止めて、寝かせた三日月のように口角の両端を釣り上げた風禅は、力業だけで後ろにいた昭二へぶつけるようにジェニファーごと押し返す。
「止まって見えるよ?」
ヴァレスが振り落ろした刀は魅彩の刃によって弾かれて、そのまま腹部を蹴り飛ばされた。
「それであたしたちとヤリ合おうなんざ、ちょっと身の程を知らずにも程があるよ!」
聖が大きく右腕を振り上げると砂塵が舞い、刑部の視界を奪った。
戦い始めて数分後。しかし、誰もが肩で息をし、大なり小なり傷を負っている一方で、歪虚はほぼ無傷でそこに立っていた。
「下らない。詰まらない。退屈だ。白けちまって、お前達の登場を、期待して待ってた俺達の怒りが分かるか? あぁ!?」
風禅が吠えると、周囲の空気まで震えたように感じられた。
魅彩が素早く慈恵に駆け寄り、その華奢な肩を掴んで押し倒して馬乗りになると刃を振りかざした。
「折角、姉様がお前を生かしてやったのに。何だよ、こんなツマンない連中連れてきやがって!」
その怒りに満ちた双眸に射抜かれて、慈恵は動けないまま刃が自分の喉元に振り下ろされるのを見つめることしかできなかった。
――バキーン。
ライフルの弾が凶刃を弾き、魅彩が怒りの眼差しでその銃口の先……ライナスを見つめる。
「へぇ、良く当てたね」
心無しか、嬉しそうに。それ以上に本能のままに怒気を孕んだ声音で魅彩は告げる。
しかし、その一撃が執拗にロニを攻撃していた聖の動きを止めた。
「……帰ろ」
「はぁ!?」
「え!? ちょ!? 姉様!?」
「……だぁってぇ。今、こいつら殺しちゃっても、全然楽しくないじゃない。だから逃がしてあげる。10年待ったの。この10年の間にあたし達はずっと強くなって、お前達が“復讐”に来るのを待っていたの。だけれどね、お前達はちっとも強くなくて面白くない。この怒りのままにお前達を殺しても良いんだけれど、それじゃあたしが満たされないから、出直しておいで」
「ちょ、聖姉!」
「文句があるならお前から殺してやろうか?」
聖から魅彩に向かって放たれた濃厚な負のマテリアルに、一同は息苦しささえ覚えた。
「……わかったよ」
「風禅も、行くよ」
「……へいへい」
3体の歪虚は来た時と同様に一陣の風を起こすと、再び忽然と姿を消したのだった。
「待てっ!!」
「落ち着いて、ここでの深追いは危険だよ」
ファンの肩を掴んで、いつも通り穏やかな笑顔でヴァレスは言った。
「そう、だな……あぁ、分かっている……ッ!」
手も足も出なかった。
猫が鼠をいたぶるようにあの3体は慈恵を入れて10人を相手に遊んでいたのだ。
「悔しいのじゃ。次は必ず一太刀浴びせてみせようぞ」
ジェニファーはギリギリと柄を握り締めて再戦を誓うと、風に消えた跡を焼き付けるように睨み付けた。
●
少しだけ休憩を取った後、一同は本来の任務へと戻った。
慈恵の案内通り、本堂の落ちた屋根の下から地下蔵への扉が見つかり、男達が総出で発掘作業を行った。
一方で土蔵へは女性陣で行く事になった。
土蔵の扉を開けると、そこには折り重なるように倒れたまま朽ちていった遺骨がそのまま放置されており、それを見たファンは暫し絶句した後、黙祷を捧げた。
「本当は丁重に弔いたい、が……」
「……お気持ちだけで十分です」
ファンの横で両手を合わせ、何かしらの経を唱えていた慈恵が緩やかに首を振った。
「またどのような歪虚が現れないとも限りません。早く物資を運びましょう」
酷い臭いに観那が柳眉を寄せつつも、意を決したように奥へと入っていく。
壁の黒茶色に変色した血液と、人の死体から出る脂で出来た染み、腐りきれず残った骨……やはり、とファンがもう一度慈恵を呼び止めた。
「物資を運び出したらこの蔵を燃やしてはどうだろうか。幸いにして周囲にはもう燃える物も無いから延焼は気にしなくていいだろうし」
ファンの言葉に慈恵は暫く目を伏せた後「はい」と返した。
食材を全て出し終わった後、腐った物資や庫裡に残っていた薪などをくべて、ランタンの油を掛けた。
慈恵は経を唱え、ファンが着火を行った。
「恨んでくれても構わない……だが骸を晒し、この世を恨み留まるよりは……」
皆が黙祷を始めた横で、ファンはそう呟いてから再度黙祷を捧げた。
また境内に残る遺骨を含め、被害者達を想い、昭二と刑部もそれぞれ自身が知る経を唱え弔った。
ロニもエクラ教の聖句を唱え冥福を祈る。
「……再びここを訪れる事があるのならば、その時にはきちんとした弔いが出来たら良いですね」
刑部は曇天の空を見る。
枯れ葉が一枚、風に乗って飛んで行った。
ハンター達は慈恵の案内の下、ほぼ枯れ木と枯れ草しか見当たらない荒野を牛の歩みに合わせてのんびりと進む。
時折襲いかかってくる雑魔は、ローテーションを組んでしっかりと周囲を警戒しながら進んでいた為、対応に後れを取ることも無く各班がきっちりと始末を付けていた。
「……口に合うか分からないが、どうだい?」
ファン・リーエ(ka4772)がヴァレス・デュノフガリオ(ka4770)へと緑茶入りのコップを差し出した。
「ぉ、ありがと♪ ……ん、いいね。落ち着くよ♪」
ファンの心遣いに笑顔でお茶を受け取るとすぐに一口飲んで、ほっと一息吐いた。
そんなヴァレスを見てファンも微笑むと、皆へとお茶を配りに行く。
お茶を受け取った観那(ka4583)も、鞄からクッキーを取り出すと皆へと配り始めた。
「甘味は心身の疲れをとるに最適です。慈恵様もいかがでしょう……?」
観那に勧められてクッキーを一つ手にすると、「有り難うございます」と丁寧に慈恵はお礼を言った。
一口囓ると、サクッとした食感にふわりと甘い香りが鼻腔まで届いた。
ミルクの風味がして、口の中の水分がクッキーを溶かし、唾液腺が刺激されたことによって顎関節の奥に痛みすら感じる。
それほど、慈恵にとっては久しぶりの甘味だった。
ファンのお茶を大切そうに一口飲むと、慈恵は観那に微笑み返した。
「……とても甘くて美味しいです」
慈恵の微笑みに観那も安心したように笑って他のメンバーへとクッキーを手渡しに行く。
そんなやりとりをライナス・ブラッドリー(ka0360)は馬上から哨戒をしながら見守っていた。
視線に気付いたのか、顔を上げた慈恵と視線がぶつかると、慈恵が先にそっと微笑みながら会釈をして視線を逸らした。
ライナスは慈恵の様子を気にしつつ、しかし無理に話しを聞き出すようなことはせずに見守っていた。
「牛とともに歩くなど久方ぶりじゃな。昔の、村から村への移動を思い出すのう」
最高齢である守屋 昭二(ka5069)がのんびりと馬を牽きながら言う。
空はどんよりと曇ったまま、太陽もなく歩きやすいといえば歩きやすい。ただし、正のマテリアルが決定的に少なく、負のマテリアルの満ちた風に晒され続けるのは、ロニ・カルディス(ka0551)の予想以上に気力を低下させ、気分を消沈させられる。
「何故、馬ではなく牛なのですか?」
素朴な疑問としてレイア・ユキムラ(ka3845)が問いかけると、慈恵は静かに答えた。
「馬は牛よりも水と新鮮な草を必要としますので、今のエトファリカでは希少なのです」
結界内の限られた土地で飼育するにあたって、力仕事をさせられ、かつ雌であれば乳が搾れ、非常食という意味でも馬より牛の方が重宝されるという現状にを知り、ジェニファー・ラングストン(ka4564)は口をつぐんだ。
「……聞けば目的地は歪虚との戦いの跡地とか。出来れば、簡単でも良いので弔いの言葉の一つもあげられればよいのですが」
榊 刑部(ka4727)の申し出に、慈恵は「お心遣い感謝いたします」と頭を下げた。
道中、村であっただろう土地に出た。
朽ちて梁の落ちた家屋、焼けて落ちた屋根、涸れた井戸。
放置されたまま骨となった人のなれ果てを見て、一同は足を止めることなくただ、手を合わせて黙祷を捧げて前を見る。
そうして、3つの夜を越え、ついに廃寺の山門前まで一同は辿り着いたのだった。
●
一同が礼儀として下馬し、山門そばにあった馬止めに各自手綱を掛けると、徒歩で山門を潜った。
前庭へと足を踏み入れると同時に現れた複数の歪虚は、煙の中に様々な顔が浮かび上がっては怨嗟の声を上げながら襲いかかってきた。
「3班はそのまま牛車の警護を! 1班、2班で殲滅にあたる!」
ロニの鋭い指示が飛ぶと同時に、ロニから光の波動が広がり、3体の煙の歪虚を飲み込む。
そこへ観那が薙刀を構えて踏み込んで斬り付けると、次いで精神統一を終えた刑部が黒漆太刀で一体を仕留めた。
観那は煙のような歪虚を見て、その表情全てが苦悶の表情であることに気付いた。
「これは……被害者のなれの果てですか……?」
おぉぉ、と怨嗟のように聞こえた声は、泣いているようにも聞こえた。
「……それでも、無残に薙ぎ払うこと、どうかお許し下さい」
東方の未来の為に、と観那は自分の身長の二倍以上ある岩融を構え直すと、眼前の敵を睨み付けた。
ライナスもこの歪虚達を見た瞬間より牛車と共に背後に庇っている慈恵が蒼白になっていることから、此処に縁のあった人々であろうと予測する。
それでも、早く苦しみから解放してやりたいという思いから引き金を引いた。
ゆらりと揺れて、塵となって消えていく様子を見ながら、その魂の冥福を祈る。
「成仏ぞよ~」
ジェニファーはナイフを握り締め、スラッシュエッジで敵を攻撃していく。
『PTSDになりそうじゃの』と、慈恵をちらりと見るが、蒼白ではある物のしっかりと立って、傷ついた者がいればヒールを唱える程度の気丈さは持ち合わせているらしかった。
ならば、と牛車と慈恵から離れすぎない程度まで移動しながら、敵を討って出ていった。
「殺された人間の怨念がうずまいとる……まるで戦場じゃな」
昭二は煙状の歪虚を見て、物理攻撃が効かないのではないかと不安になっていたが、仲間達が剣や薙刀で斬り付けているのを見て、己の不安が杞憂であった事を知った。
「仲間の盾になるくらいしか出来んかと思ったが……」
覚醒により60代まで若返った外見で、それ以上にまるで10代の少年のような動きで景幸を振り抜くと、仲間の攻撃をくぐり抜けて近寄ってきた歪虚に一太刀浴びせた。
「ごめんね」
ヴァレスは揺らめく歪虚に小さく謝罪すると、成仏を祈りながらデリンジャーで撃ち抜いた。
その後に続いてファンが納刀したまま走り込み、気合いと共に居合い斬る。
レイアはスキルを使わず、自分の持ち前の技量だけで戦い続けていた。
「……こういうのを兵共が夢の跡と言うのだったか……? ……いや、ちがうか」
1人呟いて、首を傾げながら煙の顔面に不知火を突き入れる。
そうして歪虚を倒し尽くし、一同がほぅ、と一息吐いたその時、一陣の風が巻き上がった。
「……待った、待ったぞ。長かったな、随分と時間が掛かったな」
ゲラゲラと耳障りな低音の笑い声が周囲に響く。
砂煙から目元を庇っていた一同が、風の収まりと共に声のした方を見ると、そこには3人の人影があった。
……否、人型をした3体の歪虚がそこにはいた。
「久しいな、女」
「……お前達は……」
ニタニタと嗤う大柄の歪虚を見て、慈恵は錫杖を強く握り締めた。
「ひぃふぅみぃ……9人か。そこそこ連れてきてくれたね。お礼を言おうか? ジケイ?」
裾と袖口が黒く変色した、赤を基調とした色打ち掛けを羽織った歪虚が、妖艶に微笑う。
ライナスと昭二、ジェニファーがじりじりと慈恵のそばへと寄る。
「ねーねー、お前達は強いの? ここにいた連中はみんな弱くてね、オレね、ホントイラーってしちゃったんだよねー」
少年のような小柄な歪虚がまるで偶然街中で再会した昔馴染みに語るように軽い口調で話しかけてくる。
「イラーってしちゃったから、サクッと殺しちゃったんだけど、お前達は大丈夫? ちゃんとオレと遊んでくれるのかな?」
ニコニコと友好的な笑顔を向けながら、掌から抜き身の刃を具現化させ構えた。
「……他の歪虚とは違う……ね」
離れていても分かる程の酷い負のマテリアルの奔流にヴァレスの肌が粟立つ。
「そうか、君達が……!」
ファンが激昂し斬り掛かりに行くが、その刃はあっさりと躱され、代わりに背中を袈裟懸けに斬り付けられた。
「リーエ!」
ヴァレスが冷静にデリンジャーを構え、発砲。
しかしその銃弾も躱されてしまう。
「速い!」
「皆さん逃げて下さい。この歪虚は10年前に此処一体を滅ぼした歪虚です。逃げて下さい!」
慈恵が前に出て行こうとするのを、ジェニファーが押さえた。
「尼さんは大人しくしておれ!」
「レイア・ユキムラ……いやさ、幸村 レイア! 推して参る!」
レイアが刀を構え走り寄るが、大柄な歪虚にその刃も難なく躱されたあげく、頭を掴まれて投げ飛ばされた。
「……あ゛ぁ? 何だそのちんたらした走りは? ここの坊主どもだってもうちょっとマシな戦い方したぞ?」
観那も色打ち掛けの歪虚に強撃を仕掛けるが、やはり掌から現れた抜き身の刃に軽く打ち払われ、逆に斬り付けられた。
「これなら」
ロニがロザリオを握り締めながらレイクイエムを歌い始めると、その歌声に歪虚達は頭を押さえ始めた。
「なんだよ、その歌……!」
「っく、頭が痛ぇ……!」
少年の歪虚と大柄な歪虚が悶える中、色打ち掛けの歪虚は、柳眉を釣り上げながらロニを見た。
「……なるほど。あたし好みの色男じゃないか。お前の肝は美味そうだねぇ」
歪虚と目が合った瞬間、ロニの中に抗い難い衝動が芽生え、心臓が躍った。
「う、美しい……」
「!? ロニさん!? しっかりして下さい!!」
刑部は驚いてロニの腕を掴むが、その手を振り払ってロニは歪虚の方へと近付いて行こうとする。
「正気に戻って下さい!」
慈恵の叫び声と共にロニの全身を光が包み込む。ロニは我を取り戻すと、慌てて歪虚から距離を取った。
「あらやだ。邪魔しないでおくれよ」
歪虚は口元だけで愉しそうに嗤いながら、慈恵を睨み付けた。
レイアが体勢を整え、再び刀を構えながら問い掛ける。
「あぁ、そういえばお前は名乗ったんだったね。じゃぁ、自己紹介しちゃおうかな」
そう少年の歪虚が笑い戯けながら一礼した。
「オレはミイロ。魅了の“魅”に色彩の“彩”で魅彩だよ。で大きいのがフウゼン。風に座禅の“禅”で風禅。で、あっちのが、ヒジリ。聖なるかな、の“聖”で聖」
「冥土の土産を奮発してやったんだ、感謝しろよ」
そう風禅が嗤うと再び周囲に風を起こし、それを自身の身体に纏わせた。
「さぁ、誰から喰ろうてやろうか」
その瞬間から場の空気が変わった。
「何だ。それで全力か?」
ジェニファーのナイフを刃で受け止めて、寝かせた三日月のように口角の両端を釣り上げた風禅は、力業だけで後ろにいた昭二へぶつけるようにジェニファーごと押し返す。
「止まって見えるよ?」
ヴァレスが振り落ろした刀は魅彩の刃によって弾かれて、そのまま腹部を蹴り飛ばされた。
「それであたしたちとヤリ合おうなんざ、ちょっと身の程を知らずにも程があるよ!」
聖が大きく右腕を振り上げると砂塵が舞い、刑部の視界を奪った。
戦い始めて数分後。しかし、誰もが肩で息をし、大なり小なり傷を負っている一方で、歪虚はほぼ無傷でそこに立っていた。
「下らない。詰まらない。退屈だ。白けちまって、お前達の登場を、期待して待ってた俺達の怒りが分かるか? あぁ!?」
風禅が吠えると、周囲の空気まで震えたように感じられた。
魅彩が素早く慈恵に駆け寄り、その華奢な肩を掴んで押し倒して馬乗りになると刃を振りかざした。
「折角、姉様がお前を生かしてやったのに。何だよ、こんなツマンない連中連れてきやがって!」
その怒りに満ちた双眸に射抜かれて、慈恵は動けないまま刃が自分の喉元に振り下ろされるのを見つめることしかできなかった。
――バキーン。
ライフルの弾が凶刃を弾き、魅彩が怒りの眼差しでその銃口の先……ライナスを見つめる。
「へぇ、良く当てたね」
心無しか、嬉しそうに。それ以上に本能のままに怒気を孕んだ声音で魅彩は告げる。
しかし、その一撃が執拗にロニを攻撃していた聖の動きを止めた。
「……帰ろ」
「はぁ!?」
「え!? ちょ!? 姉様!?」
「……だぁってぇ。今、こいつら殺しちゃっても、全然楽しくないじゃない。だから逃がしてあげる。10年待ったの。この10年の間にあたし達はずっと強くなって、お前達が“復讐”に来るのを待っていたの。だけれどね、お前達はちっとも強くなくて面白くない。この怒りのままにお前達を殺しても良いんだけれど、それじゃあたしが満たされないから、出直しておいで」
「ちょ、聖姉!」
「文句があるならお前から殺してやろうか?」
聖から魅彩に向かって放たれた濃厚な負のマテリアルに、一同は息苦しささえ覚えた。
「……わかったよ」
「風禅も、行くよ」
「……へいへい」
3体の歪虚は来た時と同様に一陣の風を起こすと、再び忽然と姿を消したのだった。
「待てっ!!」
「落ち着いて、ここでの深追いは危険だよ」
ファンの肩を掴んで、いつも通り穏やかな笑顔でヴァレスは言った。
「そう、だな……あぁ、分かっている……ッ!」
手も足も出なかった。
猫が鼠をいたぶるようにあの3体は慈恵を入れて10人を相手に遊んでいたのだ。
「悔しいのじゃ。次は必ず一太刀浴びせてみせようぞ」
ジェニファーはギリギリと柄を握り締めて再戦を誓うと、風に消えた跡を焼き付けるように睨み付けた。
●
少しだけ休憩を取った後、一同は本来の任務へと戻った。
慈恵の案内通り、本堂の落ちた屋根の下から地下蔵への扉が見つかり、男達が総出で発掘作業を行った。
一方で土蔵へは女性陣で行く事になった。
土蔵の扉を開けると、そこには折り重なるように倒れたまま朽ちていった遺骨がそのまま放置されており、それを見たファンは暫し絶句した後、黙祷を捧げた。
「本当は丁重に弔いたい、が……」
「……お気持ちだけで十分です」
ファンの横で両手を合わせ、何かしらの経を唱えていた慈恵が緩やかに首を振った。
「またどのような歪虚が現れないとも限りません。早く物資を運びましょう」
酷い臭いに観那が柳眉を寄せつつも、意を決したように奥へと入っていく。
壁の黒茶色に変色した血液と、人の死体から出る脂で出来た染み、腐りきれず残った骨……やはり、とファンがもう一度慈恵を呼び止めた。
「物資を運び出したらこの蔵を燃やしてはどうだろうか。幸いにして周囲にはもう燃える物も無いから延焼は気にしなくていいだろうし」
ファンの言葉に慈恵は暫く目を伏せた後「はい」と返した。
食材を全て出し終わった後、腐った物資や庫裡に残っていた薪などをくべて、ランタンの油を掛けた。
慈恵は経を唱え、ファンが着火を行った。
「恨んでくれても構わない……だが骸を晒し、この世を恨み留まるよりは……」
皆が黙祷を始めた横で、ファンはそう呟いてから再度黙祷を捧げた。
また境内に残る遺骨を含め、被害者達を想い、昭二と刑部もそれぞれ自身が知る経を唱え弔った。
ロニもエクラ教の聖句を唱え冥福を祈る。
「……再びここを訪れる事があるのならば、その時にはきちんとした弔いが出来たら良いですね」
刑部は曇天の空を見る。
枯れ葉が一枚、風に乗って飛んで行った。
依頼結果
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依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/06/14 05:45:55 |
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相談場所 ファン・リーエ(ka4772) 人間(クリムゾンウェスト)|15才|女性|舞刀士(ソードダンサー) |
最終発言 2015/06/16 17:52:59 |