メメント・マーテル

マスター:ゐ炉端

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/06/16 07:30
完成日
2015/06/25 21:55

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 ――走る、走る、走る。

 濡れる草木を跳ね飛ばし、葉の刃が肌を傷付けるのも構わず、少女はひた走った。背後に迫るのは、跳ねるような息遣いの獣。狩りを愉しむように地を駆ける無数の気配。

 岩壁を転がり落ちて、少女は地に膝をついた。顔を上げると、掘り返した穴と、若い男の死体が視界に入る。この場所は知っている。森の中を我武者羅に走り回っているうち、知らずに戻ってきてしまったのか。その更に上を見上げた。
 木の上に逃れれば、やり過ごせるだろうか。だが、湿り気を帯びた樹木を登り切る自信も、そこが安全地帯かという保証もない。少女は周囲を再び見回した。目につくのは、先程掘り返した深い穴と、哀れな若者の遺体。右手には護身用に持ち出した無骨な鉄パイプ。そして、左手には亡き母からの、大切な形見の人形。
 それは兎のようで、猫のようで、カバのようにも見える。今は亡き母が、娘の為に唯一残してくれたもの。生前、余命幾何かの母が、残して逝く我が子の為にと、震える手で、霞む眼で、作ったもの。縫い合わせた糸は血のように赤く、表面はまるで皮膚のように滑らか。心地好い弾力があり、僅かに染みた母の香り。

(お母さん、助けて……!)

 土にまみれ、綻びだらけの人形を胸に押し当てて、少女は心の中で叫んだ。しかし、迫る獣の息遣いは無情にも迫り、願いなど嘲笑うかのように再び降り出した雨が、木の葉を叩く。今にも止まりそうなほど乱れた動悸。パニックに陥ってはいけない。こういう時こそ、冷静にならなければ――。

 少女は人形を握りしめると、柔らかくなった地面を一歩、踏み出した。



 雨音の強まる外の様子を一瞥し、ハンターズソサエティの職員を務める少年――ショーン・ネビウは深くため息を吐いた。いつもはそろそろ依頼を求めるハンター達で賑わう時間だが、この雨のせいか、疎らにしか見えない。『バケツをひっくり返したような雨』という表現が相応しい程の激しい雨が窓を叩く。

「こんな天候の中悪いのだけど、急いでお願いしたいことがあるんだ」
 湿った空気と雨の匂いが混じり合い、ただでさえ重苦しい空気のオフィスのテーブルに、資料が置かれる。それは何のことは無い。近くの森に出現した、狼の魔獣を討伐する。ごくごく単純な討伐依頼のように思えた。
「それだけなら急ぎでもないのだけどね。……でも、どうやらこの森に、10歳くらいの女の子が迷い込んでいるらしい」

 件の少女――病気で母を早くに亡くしたリロは、その母から貰った形見ともいえる手作りの、兎のような猫のようなカバのような、そんな――周りの人間から見れば――気味の悪い不細工な人形を持ち、いつも持ち歩いていた。
 歪な人形を持ち歩く内気な少女が、周囲の輪に上手く溶け込めるわけもなく、イジメの対象になるのも、ある意味必然だったのかもしれない。片親となり、少女をよく見ていられなかった父。愛していないわけじゃないのは、少女が良く知っている。だから、余計な心配はかけまいと、黙っていた。母を失い、これ以上、余計な心労をかけたくないと、子供心に、少女は思っていたのかもしれない。
 だが、いじめっ子の少年達によって、大切な人形は近くの森の奥に隠されてしまった。その森は比較的安全――とはされていたが、勿論、子供だけで遊びに行くことは禁止はされている。しかし、遊び盛りの子供達が聞く耳を持つわけがなく、いつもと同じ、本当に些細な悪戯心から、少女の大切な人形を、土を深く掘り、埋めてしまったのだ。
 いじめっ子の少年は、少女の内気な性格を見越して、ただ只管に困るだけだろうと思っていたが、予想に反し、少女は家を飛び出して、一人、森へと向かっていってしまった。焦る少年の制止をも振り切って。

「それと同時に、これが現れた」
 ショーンはテーブルの上の資料に視線を落とした。雑魔の出現など、このクリムゾンウエストにおいては珍しい事ではないが、今回に限ってはタイミングが悪い。
「依頼は近くの森に巣食う魔獣の討伐と、この少女を連れ帰ること。……ただ、彼女の生死は問わないそうだ」
 普段あまり感情を見せる方でないショーンであったが、まだ幼い風貌を残す少年には、その一文は残酷にも思え、表情を僅かに歪ませる。状況が状況だし、最悪の結果であっても仕方はないのだろう。
 でも、と、言葉を続ける。
「願う事ならば、彼女には生きて、無事に戻ってきて欲しい」
 それは、目の前にいる人も、同じ気持ちのはずだと、彼は思う。そうでなければ、ハンターとして、ここに居るはずはないと、信じているから。

「……辛い任務になるかもしれない。それでも、引き受けてくれるかい?」

リプレイ本文


●深緑の音楽隊

 水滴を溜め、首を垂れる草花が、鬱蒼とした森の奥へと続く。雨音は遠のき、分厚かった雲は白く薄らいで、陽は灯篭のように、その奥から弱々しく光を零していた。また降り出すかもしれないが、少なくとも今すぐにという心配はないだろう。

「……では、手筈通りに」
 メリエ・フリョーシカ(ka1991)の言葉に仁川 リア(ka3483)が頷いた。
「絶対、そのリロって子は生きたまま助けるよ。そのためだったら何だってするからね、僕は」
 幼い頃に両親を亡くし、死んだ母から貰ったペンギンの縫ぐるみを大切にしているリアは、どこか自分に似た境遇を感じ、決意を言葉に変える。彼女にも、彼女のお父さんにも、悲しい思いはさせてはいけないと。
「ええ、やりましょう。それで救える命があるのなら」
 ライフルを担ぎ直し、メリエは言った。肩にライトを固定し、滑り止めに地下足袋、狼を誘き寄せる為の角笛の確認も忘れていない。覚醒状態へと入り、彼女の瞳が鮮やかなブルーへと変わって、青い燐光が混じった陽炎が、肩甲骨の辺りから立ち上がる。
「さぁ、派手にいきましょう」
 抜かるんだ土へ一歩踏み出す。目指すは、少女が向かったとされる、人形の埋められていた場所。少女を保護するにも、狼を討伐するにも、中りを付けるならそこだろう。

 少女の探索を担当するマリエル(ka0116)、誠堂 匠(ka2876)と別れ、距離が離れたのを確認して、首から下げた角笛を雄々しく勇壮に吹き鳴らすメリエ。習うようにリアはオカリナを吹き、キーリ(ka4642)はハーモニカを、ルーエル・ゼクシディア(ka2473)は木製の横笛を奏でる。
「なんか、戦う音楽隊みたいだよね」
 円陣を組み、互いの死角を補うようにゆっくりと進みながら、ふと、リアが手を休めて呟いた。
「さぁさ、おいでなさい狼さん。この物語の赤ずきんは手強いのよ」
 続けてキーリがそんなことを言ったので、隣を歩いていたルーエルが、少し複雑そうな表情を浮かべた。ふわふわの猫耳がついた帽子を見て、赤ずきんというよりは、猫好きの猫頭巾という感じだ。
「え? 私赤ずきんに見えない? ……えー」
 そこは心のフィルターを通して見てくれないかなと言わんばかりの視線を投げてみるが、突如張り詰めた空気に、二人の表情が引き締まる。
「上手く、誘導できたみたいだね」
 横笛から口を離し、ルーエルは悪意の渦巻く方向へと視線を向けた。猛々しい息遣いを弾ませた強い敵意。耳を澄まさずとも、葉を跳ねあげ、雨露を吹き飛ばし、風を切って駆ける獣の気配が分かる。
「早速、お出ましのようですね」
 抜身の太刀を右手に構え、メリエは意識を尖らせた。キーリは一歩引いて、円陣の内側へと下がる。真正面から殴り合えば、腹の中に納まるのは目に見えている。そのまま猟師の助けを待つのも一興かもしれないが。……そしたら、腹を裂いて石を詰め、深い湖にでも沈めようか。
「魔獣では、音楽は理解できなさそうだけど」
 臨戦の構えでルーエルは呟き、その時を静かに待つ。

 漆黒の影が草葉から飛び出し、その巨体をルーエルの前に躍らせた。少し怯みながらも、中腰で構えたパイルバンカーをカウンター気味に打込む――より早く、遠吠えの大音響と共に到達した衝撃波がルーエルへと襲い掛かる。
「ぐっ!?」
 ダメージこそ高くないが、予期せぬ攻撃に体勢を崩し、眼前の黒狼に大きな隙を見せてしまうルーエル。しかし、メリエの『薙ぎ払い』がそれをフォローし、黒狼に手痛いカウンターへと変わる。
「さぁこの毒りんごを……は、赤ずきんじゃなかったか。まぁいいや、アースバレット!!」
 悲痛な声を上げ仰け反る黒狼へ、キーリの『アースバレット』が飛んで頭部へと直撃し、黒狼を草陰へと沈ませた。
「フフ。腹いっぱいに喰らいなさ――」 
 急に自分へと影が落ち、ハッしてキーリは頭上を見上げる。鋭利な軌道を描き振り下ろされた重々しい爪撃は、リアが振るう白銀の穂先を持つ槍が捉え、その攻撃を相手の爪ごと叩き割った。
「連携が得意なんだね? でも、それは僕らもなんだよね」
 その台詞を嘲笑うかのように、背後から更にもう一体の黒狼が飛び出すが、体勢を立て直し、リアの背へと一歩踏み出したルーエルのパイルバンカーが火を噴き、その胸部へと杭を打ち込む。
「森の音楽会へようこそ……なんて言ってる余裕、無さそうだね」
 初手は辛うじて防いだが、どうやら黒狼の耐久力は、その巨大さに比例して高いようだ。いやそれ以上に、まだ姿が見えないが、遠距離から攻撃してくる敵が一番の厄介者か。優先的に仕留めたいところだが、こう視界が悪いのでは、狙いを付けるどころか、どこにいるかも把握できない。
「迂闊に近づくと危ないね。背後も取れないんだから慎重に動くべきかな」
 リアがメリエの死角を補いつつ、飛びかかる黒狼の腹に一撃を加える。追撃にメリエが太刀を振るおうとするが、横合いから発せられた衝撃波に邪魔され、それが叶わない。その隙に狼は茂みに飛び込み、また別の狼が代わって攻撃を仕掛けてくる。
「皆が円陣で盾になってくれるのは助かるんだけど、こういう時、自分の低身長っぷりを呪うわ。敵がっ、見えっ、ないっ、ものっ」
 円陣に守られ、仲間の隙間から顔を覗かせるキーリと、金色の瞳を持つ黒狼の視線が交わる。あ、ヤバイと思うより早く、メリエの放った『強打』による一撃が入り、草むらへと吹き飛ばした。
「ありがとっ猟師さん!」
 キーリから放たれた魔法の石礫がその後を追い、鈍い音と共に弾け飛んだ。一瞬攻撃が途切れたのを察知して、ルーエルが『ヒール』で、メリエのダメージを癒す。その瞬間木々が騒めき、メリエは肌でそれを感じた。

「かかったな、バカめっ!」

 このタイミングを計っていた。自分の視界正面から、それが放たれる瞬間を。
 腰丈程ある草の壁を押し倒し到達した衝撃波。それをあえて正面から受け、その向こうに――銀狼の姿を捉えた。ライフルの照星から、その頭部を覗く。
「集団狩猟が、貴様等の特権だと思うなよ」
 引き金を絞り、メリエは小さく呟いた。


●穏やかなる燈

『連れて帰ってきます。だから謝るんですよ』
 マリエルはリロの人形を隠した場所を聞いた後、少年にそう約束した。何の確証も無い約束。偽善的で酷い事を言っている自覚はあった。でも、信じて行動しなければ、何も変わらない。生きていて……と、祈りのような願いを込めながら『シャイン』を灯したメイスで少女の痕跡を探しながら、歩む。
 雨のせいで少女の痕跡が薄れているのもあるが、それ以上に茂った草木も、捜索を困難にしている。厳しい状況だと匠も思うが、だからと悠長にするつもりもない。可能性が僅かでも、この手に届く命があるなら、信じて進むだけだ。
 遠くで囮班のものだろう、吹奏楽器の音色が聞こえてきた。当然、魔獣の耳にも届いている筈だ。上手く誘き寄せられるだろうか。こちらは二人。囮に誘き寄せられなければ、必然的に不利な戦いを強いられることになる。自分達が危険に遭うのならばそれでもいい。しかしその結果、少女にまで危険が及ぶことになれば、元も子もなくなる。
 二人は慎重に気配を殺し、息を呑み、鼓動を抑え、僅かな痕跡を辿った。草木を分ける音、足音、声、振動、風の流れ、あらゆるものにアンテナを張り、何一つ、洩らさないように。
 雨に濡れた木々を伝い、岩場を下る。少しすると、少し開けた場所へとたどり着いた。

「!!」
 最初に目についたのはうつ伏せに倒れた男の遺体。身体はズタズタに切り裂かれ、脈を取らずとも息絶えてる事が明らかなほどの損傷が見られる。その酷い有様に、マリエルは思わず目を背けた。

(……既に犠牲者が? けど、女の子の姿は見当たらない)
 匠は地面に膝をついて、男の遺体に触れた。死後硬直が始まっており、死んでから数時間は経過していることが窺える。損傷の具合を見ても、魔獣に襲われたのだと推測は容易だが。
(しかし、掘り返した穴はどこだ?)
 地面を注意深く、舐めるように見ていく。場所を間違えたのだろうか。そこには引き摺られた男の遺体があるだけで、他には――
(――何故引き摺った跡がある?)
 それに、男の遺体の脇から不自然に飛び出した一本の鉄パイプ。よく見ると、その下の土が柔らかい。まさかと思い、匠は遺体をゆっくりとずらした。水を吸って、柔らかくなった土。掘り返された形跡がそこにはあった。
「リロちゃん? ……いるの?」
 マリエルが小声で声を掛けるが、もし、匠の推測が合っているのならば、聞こえるはずがない。

 匠はマリエルと視線を合わせ、互い頷いて、その下の土を掘り始めた。『二度』掘られた穴の土は、雨が降ったこともあって、素手でも軽々と掘ることが出来る。やがて現れたのは土塗れの小さな体。衰弱し、弱り果ててはいるが、肩は僅かに上下して、呼吸しているのだとハッキリわかる。マリエルは「ああ……」と、小さく言葉を零し、その体をゆっくりと抱き起した。
(……生きていてくれて、本当にありがとう)
 泥で顔も服も汚しながら、それでもマリエルは抱きしめる。もう大丈夫だよ、と伝えるように。
「……かぁ……さ……」
 ボソボソと、少女は虚ろに呟くのを聞いて、匠も安堵の表情を浮かべた。
「良く頑張ったね。……大丈夫。必ず君を無事に――」
 言い終わるより早く、匠は動いた。少女の発見で一瞬気を緩ませたのもあった。だがもう、悲劇は繰り返さないと心に決めていた男の身体は、意識するよりも早く『ランアウト』で前に飛び出し、草葉から飛び出して来た黒狼へと、刀を深々と突きさした。
「――連れて帰る」
 手負いだろうか。その一刀がトドメとなって、黒狼を地面へと叩き伏せた。
「大丈夫。絶対に守るから」
 未だに残る敵の気配を察知して、マリエルが少女を背にメイスを構える。
(こんなに頑張った子を、死なせなんか絶対にしない)
 マリエルには母親の記憶はない。だが今だけは、この子のお母さんの代わりになって、身を盾にしてでも守り抜かなければいけない。震え、弱々しくも必死に掴むその手が、マリエルに『生きたい』と、強く訴えているような気がした。
「リロちゃんのお母さん……今だけ、私に力を貸して……貴女の大事な娘さんを絶対守るから」
 覚醒し、慈母のような柔らかな燈がマリエルを包む。

 ガサッ!

 宙を舞い、飛び掛かる巨影。阻止すべく飛び出た匠の前に、もう一体の黒狼が立ちはだかる。
「邪魔だ!!」
 柔らかくなった地に、滑止めにしたロープの跡が刻まれる。深く踏み込んで繰り出した斬撃は腹を裂いて、その胴を二つに分断した。この間にマリエル達への黒狼の攻撃を許してしまったが、身を盾に少女を庇うマリエルがそれを絶対に許さない。

「君達がいると、迷惑だからね。これで終わりにするよ」

 緑の帳を裂いて届く、リアの声。銀の銃身から放たれた弾丸がその背を穿ち、体勢を崩したところに、滑り込みながら立膝に構えるメリエの大口径ライフルが火を噴き。更にマリエルの『セイクリッドフラッシュ』が放たれて、黒狼を消滅させた。

(これは偶然……? それにしては……)
『アースバレット』を銀狼へと叩き付けながら、キーリは考える。追撃に入った囮班と救出班が、狼達を挟撃する形となっているが、お伽噺でも、こう上手く事が運ぶことは珍しい。
「逃しはしない。全員、浄化してあげるよ」
 キーリがそんなことを思う中、最後に残った銀狼へルーエルの『ホーリーライト』が放たれ、魔獣の掃討は完了した。


●母標

 衰弱していた少女を休ませる為、清流の側の木陰に一行は集まっていた。ダメージを負い、治療も必要だったが、それ以上に酷く泥を被っており、汚れを落としたいというのもあった。キーリの『リトルファイア』に暖められ、服を乾かしながら静かに時を過ごす。
 匠とルーエルは、犠牲になった青年の遺体を大切に、布で覆った。どこの何者かはまだハッキリしていないが、きちんと弔わなければいけない。聞けば、少女を守って亡くなったのだという。きっと、勇敢な若者だったのだろう。

 少しして落ち着いたのか、少女に生気が大分戻ってきたように見えた。マリエルはそんな少女に寄り添い、肩を抱く。

「そのお人形、素敵だね。命懸けで守ってくれてありがとうだって」
 その勇気があればもうイジメられないよ。と、キーリは言葉を続ける。
「うんうん。これを機に、イジメっ子も仲直りできるといいね」
 ルーエルはいじめっ子の様子を思い返しながら言った。なんとなくだが、もしかしたらその子は、少女に好意を持っていたのではないだろうかとも思う。少なくとも、今後の事は心配は要らないそうに思えた。
「本当に、君は強い子だね」
 心からそう思い、メリエは言った。とても10歳そこらの少女とは思えない行動力に感心しきりだ。
「あ。何か困った事があったら、ここに連絡するといいよ。大丈夫。無料奉仕も大好きって物好き、結構いるからさ」
 にっこりと微笑んで、メリエは少女にメモ紙を手渡す。

「……」
 そのメモを掌で広げながら、少女はボンヤリと思う。

 母の居ない世界に、生きる価値などあるだろうか。ただそこにあるのは母への執着だけで、他のものはどうでも良い。だから母の遺した人形を隠されたと聞いて、自らの安全もかなぐり捨てて飛び出した。半ば自棄になっていたのかもしれない。それが少女に残された全てだったから、自分の安全など二の次だった。
 しかし、少女は思い出す。かつて幸せだった頃の、温かな母の記憶を。やがて母への執着は生への渇望へと変わり、少女に道を標し、誘った。まるで母が導いているかのように。人形の埋まっていた場所へと。
 ただ土の中に隠れただけでは、狼たちの追跡からは逃れられなかっただろう。しかし偶然にも降り出した雨が、匂いを拭い、音を消した。
「……守ってくれたんだね、きっと」
 ポツリとリアが呟いて、少女は視線を不細工な人形へと落とした。猫のような、兎のような、カバのような、不思議な造形の人形。ハンターは皆、素敵だとか、可愛いとか言うけれど、気を遣ってくれていることは、痛い程察していた。彼女の心情を代弁するような歪な造形。
 それでも、リアは続ける。
「そのぬいぐるみさん、大事な物なんだよね」
 柔らかな口調には、自分への慰めもあるのだろうか。自分が出来なかった分、少女が幸せになって欲しいと願う心には偽りはない。だから少女は頷いた。死者が望むのは生者の幸せで、この人形はただ、それを思い出させるものなのだ。

「……しっかり持って、離さないようにね」
 匠は優しく微笑んだ。人形自体には価値はない。だが、彼女が生きる限り、それには価値がある。匠は願いを込めて、言ったのだ。

 少女が幸せに生きられるように、と。

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MVP一覧

  • 黒の懐刀
    誠堂 匠ka2876

重体一覧

参加者一覧

  • 聖癒の奏者
    マリエル(ka0116
    人間(蒼)|16才|女性|聖導士
  • 強者
    メリエ・フリョーシカ(ka1991
    人間(紅)|17才|女性|闘狩人
  • 掲げた穂先に尊厳を
    ルーエル・ゼクシディア(ka2473
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • 黒の懐刀
    誠堂 匠(ka2876
    人間(蒼)|25才|男性|疾影士
  • 大地の救済者
    仁川 リア(ka3483
    人間(紅)|16才|男性|疾影士
  • メテオクイーン
    キーリ(ka4642
    エルフ|13才|女性|魔術師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/06/12 17:16:15
アイコン 相談卓
仁川 リア(ka3483
人間(クリムゾンウェスト)|16才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2015/06/16 00:54:43