• 東征

【東征】スノウメヰデン2

マスター:神宮寺飛鳥

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/06/17 12:00
完成日
2015/06/23 21:41

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

「それでは確認します。あなたのお名前は?」
「ホリィ・アンダーテイカー」
「何してる人?」
「さすらいのハンター」
「なんで東方に来たの?」
「世界平和のため」
 しきりに頷き、ハジャは目の前の少女に視線を戻した。
 白い雪のような少女だった。ホリィと名乗った少女は無感情な瞳でハジャを見上げている。
「上出来だ。ところでそれは何食ってんの?」
「おだんご」
 もごもごと咀嚼しながら少女は応える。男は苦笑を浮かべ、エトファリカ連邦国の首都、天ノ都の景色に想いを馳せた。

「――東方に遠征?」
 エルフハイム内でもハジャがヨハネと密会できる場所は限定されている。
 二人は森の中、木を挟んで背中合わせに立つ。ヨハネは腕を組み、淀むこともなく軽やかに言い切った。
「そう。エトファリカに行って欲しいんだ」
「あんな最果てに行ってどうしろと?」
「エトファリカにはエルフハイムの浄化術と似通った術が発展しているのを知っているかい?」
 エルフハイムの秘術とも言うべき浄化術。それは結界を用い、その内側を殲滅する力だ。
 一方エトファリカの結界術は真逆。防衛の力、穢れを拒絶する力を持つという。
「それ以外にも似通っている点は枚挙にいとまがない。特に、“人柱”と“地脈”を利用している点は酷似しているね」
「何かそれには理由があると?」
「どうかな。それを知る為にも、是非向こうの技術を盗んで来て欲しいんだよ。器を連れてね」
 その提案にはさすがに驚いた。思わず幹の向こう側に回り込む。
「正気か? 姫様をそんな遠くにまで持ち出すのかよ?」
「これから彼女は多くのことを学習しなければならない。これは必要なことなんだ」
「あそこは激戦区だぞ? 万が一死んだらどうする?」
「ハジャ……君も何か勘違いしているようだね」
 ヨハネは小さく溜息をこぼし、親友に向き合う。
「あれは道具だ。壊れたら作り直せばいい。それならそれで使い道がある」
 その言葉の真意をハジャは理解していたが、どうにも腑に落ちないものがあった。
 ハジャもまた道具。これまで主であるヨハネと共にあり、彼の影の刃として名前すらない人生を歩んできた。
 だからこそ、器は道具。道具は役割を果たしさせすればそれでいい。そんなものは今更説明されるまでもないが……。
「ジエルデはどうする?」
「彼女には別件の任務を与える。しばらく森に戻らないようにするよ」
「じゃあ秘密裏にって事か……」
「黙っているようにお願いすれば器は喋らないよ」
 そりゃそうだ。だからこそ先の事件も全く明るみに出なかったのだから。
「……はあ。わかったよ。どうせ行ってすぐ戻るだけだからな」
「ありがとう。器をどうやって東方に持ち込むかは……」
「適当になんとかすらぁ。任せとけよ、相棒」



 そう言って二人がハンターとして身分を偽りやってきた東方。
 そこでは今、各地にある龍脈を歪虚から奪還し、結界と転移門を強化する作戦が実行されていた。
 間近に龍脈と結界増幅の術式建造物である城を見物できるこの上ない好機として、喜んで依頼を受けたのだが……。
「あれが目標地点か。小さいとは言え拠点、雑魚がうじゃうじゃいるな」
 物陰から様子を窺うハンター達の中、ハジャがぼやく。
 半分ほど崩れた城の周りには憤怒の歪虚がうようよしている。さほど強力な個体は見当たらないが、数は厄介だ。
 あの城のどこかに神殿としての中心部があり、そこで闇に閉ざされている龍脈を開放すれば、天ノ都の結界が強化されるはずだ。
「いる」
「ああ、かなりいるな」
「違う。もっと嫌なもの」
 ホリィの言葉に首を傾げるハジャ。その視線を追うように顔を上げると、頭上から何かが落下してくるのが見えた。
 それは黒い影だ。影はハンター達の背後に降り立つと、にゅるりとその姿を変えていく。
「あらぁ? どうしてこんな所にいるのかしらぁ?」
 影は蛇のような形を形作っている。蝙蝠の翼を生やした蛇、と表現するしかない。
 それは紅い瞳でハンター達を眺めると、再びその姿を変えていく。
 影を服と成したのは吸血鬼。紛れも無く見覚のある最悪の宿敵、剣妃オルクス……であったが。
 オルクスは本来成人女性の外見を持つはずだが、目の前のそれは十歳くらいの少女。その外見はホリィとそっくりだ。
 普段ならばその場に非覚醒状態で留まる事を本能が拒絶する程の力の持ち主だが、今はそこまで強烈な負の波動は感じない。
「龍脈の再起動に来たのかしらぁ? フフフ……そう、私達の狙いは同じって事ね」
 さり気なくホリィを庇い拳を構えるハジャ。しかしオルクスは肩を竦め。
「勘違いしないで。私はここで事を構えるつもりはないわぁ」
「どういうつもりだ?」
「単純なことよぉ。私も龍脈と神殿である城の様子を見に来ただけ……。東方の戦いに深入りするつもりはないの。あなた達が龍脈を再起動するというのなら、邪魔をするつもりはないわぁ。むしろ、そうねぇ……せっかくだから、ここは私と手を組まない?」
 すっと目を細め、吸血鬼は笑う。
 理解の及ばぬ提案だ。人と歪虚という括りを取り払って尚、このバケモノとエルフハイムは深い確執を抱いている。
「私は龍脈を再起動させるところが見たいの。だけど私が龍脈を再起動させようものなら、あそこの憤怒連中が邪魔してくるわぁ」
「当たり前だろ。アホなのか?」
「だぁかぁらぁ~、あなた達がやってくれると助かるって話してるのよぉ。どうせ私は正しく龍脈を扱えないしぃ、再起動も出来るかどうか……ああ、死んでる身体って本当に不便だわぁ」
 大げさに肩を竦め、それから少女は宙に浮いたまま足を組み。
「ねぇ、そちらのハンターさんはどう? 私に龍脈の再起動を見せてくれるのなら、城までの道中は共闘してあげるわよぉ?」
「はあ!? 人間に手を貸すのか!?」
「別にここは大局に影響する程の龍脈じゃないしぃ……ねぇ?」
 素っ頓狂な声を上げるハジャ。だが、その気持ちはよく分かる。
 相手はあの四霊剣だ。何の狙いもなくこんな提案をしてくるだろうか?
「それとも……私とあそこの憤怒の集団、同時に相手にして生きて帰れる自信あるぅ?」
 思わず息を呑む。そうだ、ハンター達の戦力でも憤怒を突破し、城内の龍脈を再起動する事は可能だろう。
 だが、このバケモノを相手にしながらではどうだ? 難易度は劇的に上昇する。作戦遂行は困難を極めるだろう。
「さあ、選びなさいなぁ。あなた達は……どちらの道を選ぶのかしらぁ?」
 楽しげに笑うオルクスの視線はホリィを見つめている。そしてホリィもまた、オルクスを見ていた。
 二人は酷似しているが、同時に絶望的なまでに対象的だ。
 うっとりと口角を持ち上げるオルクス。ホリィはそれに冷たく敵意を孕んだ視線で拮抗していた。

リプレイ本文

●共闘
「どうしてこんな所にいるのかしら、は此方のセリフよ。オルクス」
 エイル・メヌエット(ka2807)はホリィを庇うように前に出る。
 不変の剣妃オルクス。それがどのような存在なのか、エイルは過去の邂逅から学んでいた。
「東方まで来て、しかも人間と共闘しようなんて……どういう風の吹き回し?」
「言ったでしょう? 私の興味は今、龍脈と城に向いているの。それ以外の事は二の次ってだけ」
 空に浮かび、普段よりも幼い外見に変化したオルクスが城を見やる。
「あなた達にとっても、その子にとっても、今は私という存在が有益な筈よぉ?」
「なんじゃ? お主らこの歪虚と顔見知りなのか?」
 紅薔薇(ka4766)の質問に何人かのハンターが頷く。
「以前頭を吹き飛ばしてやった事があるけれど……」
「なんというか、色々あるんだよ、うん」
 淡々と応じる雲類鷲 伊路葉 (ka2718)。ヴァイス(ka0364)は頬を掻き、微妙な苦笑いである。
「不変の剣妃か……。西方には剣の名を冠する歪虚がいるというが、まさか東方でお目にかかれるとはのう」
 まじまじと剣妃を眺める紅薔薇。見るからに、感じるからに高位の歪虚だが、悪感情は湧いてこなかった。
「あのー……別に襲ってこないっていうのなら、協力してもいいんじゃないかなー?」
 おずおずと挙手したツヅリ・キヨスミ(ka5023)。剣妃はにこやかに手を振っている。
「私、オルクスの事はよくわかってないですけどー、術師として一流なら、戦いにも興味あるかなーなんて」
「そうですね……少なくとも、戦力としては申し分ない筈。使えるものは使ってもいいのでは……?」
 シュネー・シュヴァルツ(ka0352)も共闘に前向き。オウカ・レンヴォルト(ka0301)は腕を組み。
「俺もオルクスの事は噂話程度にしか知らないが……共に闘ってくれるなら、今は仲間という事だ、な」
「あ、ちなみに訊かれるまでもないのですが、僕は大歓迎ですよ!」
 加茂 忠国(ka4451)は白い歯を輝かせ親指をぐっと立てている。
「何やら前回かなりくっきり三途の川を見た気がしますが、美しいオネーサマとの共闘であればリアルに死なない程度でオールオッケーです! あ、今は小さくなっているようですが、それはそれで問題ありません!」
「うーん……それは問題ないのかしら……?」
 冷や汗を流すエイル。ヴァイスは皆の意見を聞きつつ顎をいじり。
「リクはどうだ?」
「いや、この流れで今から一人でオルクスを倒そうっていうのは無茶ですよ。それに、共闘にも利点はあります」
「ん……まあ、そうだな……」
 キヅカ・リク(ka0038)の返事にヴァイスは頷く。
 正直な所、この怪物の本性を知っている身としては素直に信頼して良いのかは迷う所だ。
「……わかった。俺も同意しよう」
「お前達がそう言うのなら反対はしないが、いつ裏切られてもいいように警戒は怠るなよ。そいつは裏切りの常習犯だからな」
 ハジャの警戒心むき出しの視線をかるくいなし、剣妃は微笑む。
「少なくとも、龍脈の再起動をやってもらわないと困るんだから、それまでは裏切らないわよぉ」
「まあ、それに関しちゃどっちもどっちって感じもするけどな」
 ソフィア =リリィホルム(ka2383)からすれば、執行者であるハジャもオルクスも警戒すべき相手だ。
 どちらにせよ、これは公平な交渉ではないのだ。剣妃はそれを前提に共闘を持ちかけてきている。
 ならば憤怒の歪虚蔓延る現段階でオルクスとやりあうより、事が終わってから衝突する方が遥かにマシ。そのように考えるハンターは何人もいた。
「では、段取りを決めておこうかの」
「そうだな。オルクスもこちらの作戦に組み込んで構わないな?」
 紅薔薇とヴァイスに反応し二人の側に降り立つオルクス。こうして四霊剣を交えた作戦会議が始まった。

 龍脈を再起動に向かう班とそれを支援し敵を殲滅する班に別れる。
 そんな相談が進む中、ソフィアに近づいてきたのはホリィであった。
 ホリィは明確にソフィアと目を合わせ、迷わず直進してくる。それはソフィアにとって意外な展開であった。
「ホリィだっけ。一応初めまして、か……!?」
 驚いたのはホリィがソフィアに抱きついて来たからだ。
 ソフィアの胸に頬を当て、少女は目を瞑っている。一見すると微笑ましい様子だが、ソフィアは咄嗟にホリィを突き飛ばした。
「どういうつもりだ、お前……!?」
「きっと会いに来てくれるって信じてた。だって……あなたも私に会いたかったでしょう?」
 思わず冷や汗が頬を伝う。今話をしているのは、目の前の少女なのか? それとも……。
「ソフィアさん……どうしたの?」
 只ならぬ様子に駆け寄るエイル。ソフィアは思わず目を反らし。
「いや……なんでもない」
 遅れて近づいてきたシュネーも首を傾げる。尻餅をついたホリィにエイルは手を差し伸べ。
「はい、手」
 引き起こすとそのまま両手で少女の手を包み込んだ。
「久しぶりね。これ、お守りに……ああっ!?」
 懐から取り出した木の実に即座に口に放るホリィ。ソフィアは少女の口を左右にひっぱり。
「それは食べられないのよ! ぺっ! ぺっしなさい!」
「……本当は何があったんですか?」
 騒ぎを横目にシュネーが問う。ソフィアは頬を掻き。
「わたしにも何がなんだか」
「協力して龍脈再起動できたら、美味しいお菓子で気分転換……お、終わったら! 終わったらだから!?」
 ホリィに追い回されたエイルが結局押し倒され、お菓子を強奪される様に二人は小さく溜息を零した。

「久しぶりだね、ハジャ。大体半年ぶりくらい?」
「ん? お前は……そうか、あの時のガキか」
 キヅカに声をかけられ、ハジャは肩を竦める。
「こんな所まで来ちまって。すっかり業界人か?」
「この半年間、色んな所を見てきたんだ。まだ道半ばだけどね」
 二人の間に嘗ての禍根は感じられない。男は溜息を一つ。
「な~んか微妙に知り合い多くてやり辛ぇなぁ。ま、死なない程度にがんばんな」
 伊路葉の横顔を一瞥しひらひら手を振り背を向けるハジャ。キヅカはその背中を見つめていた。

 龍脈の眠る神殿である城へ、ハンター達は真正面からの突撃を選択した。
 先陣を切るのは戦馬に跨ったヴァイスだ。その接近に反応し、憤怒の歪虚が集まってくる。
「この数……例の待ち伏せよりはマシだが」
「ヴァイスぅ、その馬降りた方が良くないかしらぁ?」
 その横に翼を広げたオルクスが舞う。吸血鬼の声にヴァイスは頷き。
「大丈夫だ。こいつは歪虚にもある程度耐性がある」
「ある程度ねぇ~」
 憤怒の妖怪達は正面に集まりヴァイスを迎え撃つ。
「そのまま突っ込みなさいなぁ」
 剣妃は自らの手首を引き裂き青い血を吹き出す。
 結晶化しや血は無数の槍となり、集まった憤怒に突き刺さっていく。
 怯んだ戦列へヴァイスは駆け寄り、馬上から大剣を振るう。その衝撃で無数の歪虚が吹き飛んだ。
「俺達も続く、ぞ……」
 小銃を連射しつつ走るオウカ。伊路葉はライフルの引き金を引きつつ。
「まったく……東方なんて、吸血鬼に似合いそうもないわよ?」
「まあ、強いのは事実ですから。せいぜい利用させてもらいましょう」
 同じくライフルの引き金を引くキヅカ。前衛達が前に乗り出した頃、憤怒の中でも遠距離攻撃が可能な個体が前に出る。
 手足の生えた提灯のような歪虚が火炎弾を一斉発射するが、剣妃は両腕を広げ、空中に発生させた障壁で全て無力化する。
「流石オルクスオネーサマ!」
「敵だと恐ろしいけど……味方だと妙に頼もしいわね」
 瞳を輝かせる忠国。エイルは微妙な様子である。
「オルクス、空の邪魔者を、切り払ってもらえる、か?」
「別に構わないけど……結構疲れるのよ、これ」
 空中から鳥型の歪虚が集まり始めたのを見上げるオウカ。急降下してくる鳥にソフィアは足に力を込め。
「だったら自分で行くだけだ!」
 マテリアルを放出し空中へ大きく跳んだ。そこから銃撃で鳥を撃ち落とす。
 ふと、落下するソフィアの足元に血の障壁が浮かび上がる。下を見るとオルクスが手を振っていた。
 ハンターを反射する障壁を足場に跳び、ソフィアは振動刀で鳥を両断する。
「クソ……無駄にやりやすいぞ」
 冷や汗を流しながら別の障壁に足を着き、空を舞う。タイミングは完璧だ。
「上は任せて! どんどん進もう!」
 空中の敵をマジックアローで撃ち落とすツヅリ。忠国がスリープクラウドを敵陣に放つと、シュネーと紅薔薇が飛び込んでいく。
「隙だらけじゃな。斬って斬って斬りまくるぞ!」
 光斬刀を抜いた紅薔薇が魔法の影響で動きの止まった敵を次々に切り裂き、シュネーはその抜けを埋めるように立ち回る。
「……ひどく順調ですね」
 ふと側面を向くシュネーの視線の先、歪虚が襲いかかる。だがその牙はシュネーに届かない。
 蒼血の障壁がガードした直後、カウンターで刃を振るう。
 敵は次々に集まってくる。伊路葉が制圧射撃でその足を止めると、キヅカが聖剣を手に駆け寄る。
 炎を纏った斬撃が憤怒を焼き払う。続け、入れ違いに飛び込んだオウカが拳銃を構えると、火炎放射が道を切り開く。
 馬上で大剣を振るうヴァイスが憤怒の防衛線を突破すると、前に出てきた大型の歪虚が立ちふさがる。
 無数の肉を継ぎ合わせ、和風の鎧で覆った四本腕の巨人は錆びついた刀を振りあげ、一斉に四方向に衝撃波を放つ。
 しかし剣妃が障壁を発生させ無効化すると、あまりに何事もなくハンター達はきょとんとする。
「ふと思ったんですけど」
「なんだ」
「僕達、ズルくないですか」
「……かもしれん」
 キヅカの真顔に真顔で応えるヴァイス。
 剣妃オルクス。人類の天敵たる怪物だが、なんだかものすごく頼りになりすぎます。
「ん……。ありがとう、な。オルクス」
 礼を言ってから七支刀を構えるオウカ。
「さて……往くとしようか。生憎と、貴様にかまってなど、いられない」
 駆け出すハンター達。伊路葉は大型の足を狙い、引き金を引く。
「跪きなさい。ここで撃ち潰すわ」
 放たれた弾丸は脚部に命中後、傷口周辺を凍結させる。
 敵が膝をついた所へ左から回りこむソフィア。
「ホリィ、右側から……って」
 なんで完璧なタイミングで右から回りこんでいるのだろうか。
 そして何故どや顔でこっちを見ているのだろうか。
「……でぇえい! なんなんだもうっ!!」
 左右から同時に二人が腕を斬り落とす。寸分違わぬ連携にエイルは呆然としていた。
「ホリィ……以前はあんな感じだったかしら?」
 腕を失い、しかし反撃に動き出そうとする巨体。エイルはメイスを掲げ、そこから眩い光を放った。
 温かい波紋と共に甲高い音色が響き渡り、歪虚の動きを止め、
「――ひゃんっ!?」
 無言で横を向くエイル。見ればオルクスが浮遊状態から落下し、尻餅をついていた。
 しかも自重でなんか地面に沈んでいる。そしてお尻が抜けなくなっている。
「大きいお友達もそろそろ寝る時間だよっ! くらえー!」
 杖の先端に集中した光を太い矢として放つツヅリ。跳躍したオウカが袈裟に斬りかかると、シュネーが更に一撃。そして紅薔薇が跳びかかり、巨体の首を跳ね飛ばした。
「ふん……相手にならんのう!」
 倒れこみ光となって霧散する歪虚。城内への突入口はもう目前だ。
「大丈夫、か……? オルクス?」
「なんか急に落ちたんですけどぉ~!?」
 首を傾げるオウカ。何か喚いている剣妃から、エイルはそっと目をそらした。
「僕達突入班はこのまま龍脈へ向かいます」
「かなり余裕がありますから、こちらはこのまま追撃を阻止しつつ、可能な限り敵を減らしておきますね」
 キヅカの声に頷くシュネー。敵の数は多く、このままでは一斉に城に雪崩れ込む事になる。
 壱班を先行させ、弐班は入口付近で後続の数を減らしてから追う事になった。
「おっと。マメに出入口は塞いでおきましょうか!」
 ある程度の敵を城内に引き入れた後、その出入口に岩を出現させる忠国。
 馬から降りたヴァイスが大剣を構える。これならば落ち着いて敵を減らせそうだった。



●闇の祝福
「腕は鈍っちゃいないようだな、ハジャ」
 城内にも憤怒の歪虚は潜んでいる。屋内、かつ傷んだ建築物故に立ち回りには気を遣う必要があった。
 ハジャはこうした状況の方がむしろ得意なのか、ソフィアをカバーしつつ前衛として立ち回っていた。
「ホリィ、龍脈の場所は感じ取れる?」
 伊路葉の問いに頷くと、少女は足元に視線を向けた。
 階下に続く階段を見つける前に、ホリィは抜けた床に飛び降りていく。
「あ、ちょっと……!? もう……こういうところは相変わらずなのね」
「この辺の敵は殲滅したけど、下の階はわからないね。僕は階段を探して追いかけます」
 慌てるエイル。帰れなくなっても面倒だと提案するキヅカ。ソフィアは舌打ちしつつ穴へ飛び降りた。
 考えた後、エイルも穴へ落ちる。下で抱き留めてくれたソフィアに礼を言いつつ裾を叩く。
「ホリィはどっちに……?」
 周囲を見渡すと、薄暗い部屋の片隅にホリィは膝をついていた。
「何をしているの?」
 問いかけるエイル鼻先にホリィの木刀、楔が突きつけられる。
「試したい事ができた」
「え?」
 次の瞬間、ホリィの木刀とソフィアの振動刀が衝突し、マテリアルの光が散る。
「どういうつもりだ?」
「ソフィア、私と一つになろう? 私だけがあなたを受け入れてあげられる」
 器の背から伸びた光が文字通りの触腕となり飛びかかる。
「あなたの怒り、哀しみ、憎しみ……それが私の基本構成材質。私には、あなたを貪る権利がある」
 ニィっと、無表情な少女の頬が引きつり。足場を吹き飛ばす程の衝撃で踏み出した。
「やめなさい、ホリィ!」
 ソフィアの前に立ちはだかるエイル。ホリィは足を止めず、楔を振り下ろした。

「わわ……なんだかいっぱい集まってきたよ!?」
 一方、一階。忠国のアースウォールを粉砕した巨躯の歪虚が一体、それから飛行型とその他もろもろがわらわらとやってくる。
 驚くツヅリの隣に浮かび、剣妃はその肩を叩く。
「大丈夫よぉ。前衛は仲間に任せ、遠距離から彼らの対処できない敵を叩けばいいの」
「うん……でも流石にオルクスみたいにやるのは無理かなあ」
 苦笑を浮かべるツヅリ。剣妃はウィンクし。
「誰にでも始まりと終わりがあるわ。道半ばかどうかというだけ。終着点が見えているのなら、真っ直ぐに進みなさい」
 複雑な表情で言葉を受け取るツヅリ。目の前の怪物にどんな感情を抱けばいいのか、悩んでしまう。
「この調子で暴れられては、城が崩れそうですね……」
「ここで仕留める、か」
 シュネーに続きオウカが構える。紅薔薇はふと剣妃に目を向け。
「のう、剣妃よ。その力を妾に貸して貰えんかの?」
「フフフ……闇の力をご所望なのね」
 きらきらと輝く結晶の塵が紅薔薇を取り囲む。
 その両腕と両足に結晶が鎧を成し、手にした剣を覆っていく。
 光斬刀はまるでショートしたようにバチバチと火花を鳴らし、刀身に青白い光の刃を形成する。
「ぬおー!? こ、これは壊れるのではないか!?」
「多分大丈夫よぉ」
「多分!? ま、まあよい……直ぐに終わらせれば済む事じゃ!」
 一歩踏み出した瞬間、紅薔薇の身体を鎧が大きく前に進ませる。
 まるで何かに引き寄せられるように敵へ突っ込んだ紅薔薇が刃を振るうと、刃の軌跡を追従するように無数の結晶の刃がせり出し、敵を薙ぎ払った。
「なんだ、あの動きは!?」
「私の血なんだから、浮かせたり飛ばしたりは自由でしょ?」
 驚くヴァイスに普通に応えるオルクス。
 なるほど、確かにこの吸血鬼は浮いたり飛ばしたりは得意だ。鎧そのものが紅薔薇を引っ張り、押し出してその動きをサポートしている。
「すまんが大技を使うぞ。皆、注意して欲しいのじゃ!」
 敵集団へと飛び込んだ紅薔薇が連撃を放つと、空中に残った青い斬撃が爆ぜるように周囲に結晶の刃を突き出す。
 その余波で集団は壊滅。しかし紅薔薇もその場に膝を着いた。
「すさまじい力じゃが、なるほど……強烈な負のマテリアルを纏うという事は、想像以上に消耗するのじゃな」
 そこへ迫る巨躯。紅薔薇へ刃を繰りだそうとする所へ忠国が壁を作りその姿を隠すと、せり上がった床を足場にシュネーが跳躍する。
 空中を回転し、敵の頭上を飛び越えつつワイヤーを放つ。糸を首に絡めると、巨人が顎を上げた。
 ツヅリが杖を振るい、集めた風で巨人を切りつける。オウカが拳銃に収束させたマテリアルを放出し貫くと、紅薔薇は立ち上がり。
「世話をかけたな。邪魔者はそろそろ消えるが良い!」
 刀を頭上に掲げると、本来持つ光と与えられた闇の力が輝きを増していく。
 足元から青い光が瞬くと紅薔薇は跳んだ。そして巨人めがけ、高まったマテリアルの一撃を振り下ろした。
 激しい閃光とと共に真っ二つにされた巨体が塵に還っていく。着地した紅薔薇の身体から闇の力が消え去った。
「大丈夫ぅ~?」
「中々の痛みじゃ……しかし、痛みがあればこそ強くなれる。感謝するぞ、剣妃よ」
「どういたしまして。それにしても力の使いすぎで魔力がなくなってきちゃったわ……」
 困った様子の剣妃。そこに歩み寄り忠国が白い歯を見せ笑った。

「やっと階段が見つかったと思ったら、どうなってるのこれ?」
 呆然とするキヅカ。見れば何故か傷ついたエイルが膝を着き、ソフィアがホリィと戦っている。
「専門家的にはどうでしょう?」
「い、いや……俺にもさっぱり……」
「止めるのが先決でしょう」
 リボルバーを抜いた伊路葉が威嚇射撃を行う。器は三人を一瞥し、触腕の一つを伸ばした。
 散開し回避した伊路葉が更に銃撃する。当てるつもりはないが、気のない銃撃は触腕に弾かれてしまう。
「ヨハネさ~ん。俺やめたほうがいいって言ったよね~っ」
「エイルさん、ソフィアさん、無事ですか!」
「私は大丈夫! それより、あの子を攻撃しないで!」
 キヅカの呼びかけに叫ぶエイル。ソフィアは既に触腕に捕縛され、首を締められている。
「く、そ……全然、避けらんねぇ……っ」
「前より憎しみが薄くなってる……」
 触腕から伝うマテリアルからは悍ましい程の負の感情が伝わってくる。
 抱きつかれた時も感じた呪いとしか表現のしようがない“何か”が、自分を引きこもうとしている。
「もっと苦しくした方がいい?」
 首への力が強まったその時、エイルがホリィへと駆け寄った。
 当然触腕により迎撃されるが、腕がエイルに触れた時、マテリアルの光がその腕を弾いた。
 予想外の反応に呆けた器に飛びつくと、抱きしめたままエイルは押し倒すように地べたに転がった。
「もうやめて、ホリィ。そんな事をしなくてもあなたはあなたよ!」
 ホリィから不気味な光が収まるとソフィアが膝を着く。
 伊路葉とキヅカが駆け寄るが、既にホリィは落ち着いていた。
「愛……そう。あなたは愛されているのね」
「え?」
「ここではもうやめる。それより、龍脈はあっち」
 何事もなかったかのように指差すホリィ。がっくりと肩を落とすハジャ、キヅカはその背中を軽く叩いた。

「ぬはあああっ! こ、これは……生涯未だ経験したことのない感じです!」
 廃墟に響き渡る忠国の声。見れば忠国に背後からすがりついたオルクスが首筋に噛み付き、血を吸っているではないか。
 だがこれは裏切りではなく、忠国の望み通りである。つまり献血です。
「大丈夫なの、か?」
「私の勘違いならいいんだけど、加茂さんやつれてきてる?」
 オウカとツヅリが顔を見合わせる。忠国の表情は幸せそうだが、顔色はすこぶる悪いぞ。
「大丈夫です……幼女に血を吸ってもらえるとかご褒美ですし……そもそもこれはある意味においてちゅーと言えない事もない……そう……唇と唇ではないだけで、ちゅーしていると……」
「確かにちゅーちゅーしてるっ!」
「あの……止めてあげないとあの人死んでしまうんじゃ」
 納得した様子のツヅリ。シュネーはそろそろツッコまないと収拾が突かないと考え、とりあえず言ってみた。
「そのくらいにしておけ、オルクス」
 ヴァイスの声にしぶしぶ牙を抜く。忠国はふらりと倒れこみ、返事がない。
「死んだのではないかの?」
「忠国君~起立~」
「ハイッ」
 唐突に飛び起きる忠国。目が座っているが、多分魅了的なアレである。
「覚醒者の血は吸血鬼にとって最高の燃料。お陰で回復したわ。ありがとうねぇ♪」
 とかやっていると、傷んだ壁を突き破り別方向からの侵入あり。今度は巨体が二つ、雑魚も倍である。
「そういえばここ、侵入経路はいくつかあるんでしたね……」
 身構えるハンター達。その時、下方へ続く階段から壱班の面々が上がってくる。
「色々ありましたが、龍脈は発見しました」
「道中の雑魚も片付けておいたわ……うん?」
 キヅカに続き伊路葉が忠国に視線を移す。
「加茂くん!? ど、どうしたの?」
「僕は大丈夫です、エイルさん」
「あのね、医者的な観点から判断すると、全く大丈夫じゃないわ」
「これは僕の意志でもあるんです。女性の前で情けない姿を見せるわけにはいきませんからね……」
 帽子をくいっと持ち上げ笑う忠国。でも顔色は悪いぞ。
 エイルのヒーリングスフィアを合図にハンター達は再び動き出した。二方向からの同時攻撃だが、それよりも気になるのは……。
「あ。これ床抜けますね」
 これ以上敵が城に入ってきたらそうなる。キヅカの声にオウカは駆け出す。
「あのデカブツ、を……倒せ、ば!」
 雪崩れ込んできた雑魚が邪魔をする中、オウカは火炎を纏った七支刀を振るう。
 飛行型はこちらの状況お構いなしに急降下し、体当たりしてくる。飛び退くシュネーだが、歪虚が地面に激突すると宜しくない。
「少しは周囲を見てほしいね」
 キヅカはライフルを構え、その先端から三つの光を放つ。光線はそれぞれ空中の敵を貫いた。
「そっちのデカブツは……ヴァイス、あなたに任せたわぁ」
 青い結晶がヴァイスの大剣を覆う。何で自分にとも思ったが、今は考えている場合ではない。
「仕方ない……力を使わせてもらうぞ!」
 構えた大剣を体ごと回転するように放ち、敵集団を薙ぎ払うヴァイス。しかし激しい衝撃に壁が吹き飛んだ。
「おいおい、城を壊してくれるなよ?」
「す、すまない! だが加減が良くわからないんだ!」
 冷や汗を流すソフィア。拳銃を連射しつつホリィを見やるが、本当に何事もなかったかのように戦っている。
 忠国がスリープクラウドで、そしてエイルがレクイエムでそれぞれの方面の敵を足止めする中、伊路葉は剣妃に問う。
「ねぇオルクス、あなた人間以外の形を取る事はできないの?」
「出来なくはないけど、城が使えない以上規模は小さいし、あんまり意味ないと思うわぁ」
「そう……ならせめて弾にエンチャントはできない?」
「私は銃ってモノに詳しくないんだけどぉ、それってどういうモノなの?」
 相談する二人を横目にメイスと盾を構えるエイル。正面から提灯が火炎を吐き出したからだ。
 しかし、その炎はホリィの剣で払われる。少女はエイルの前に立つと、視線を送り。
「あなたは下がっていて……エイル」
「でも、私だって戦えるわ」
「そういう問題じゃない。あなたが傷つくと困る人がいる」
 近づく敵を次々に斬り伏せるホリィ。エイルは首を傾げつつ、癒しの光を周囲に放った。
「動きの止まった敵なら、私だって余裕なんだからー!」
 忠国は敵が現れたら直ぐにスリープクラウドで動きを妨害してしまう。これがかなり効果的で、敵の初動を抑え、かつ数を減らす事ができる。
 走り回りながら敵を切り裂くシュネーと紅薔薇。動こうとする敵はツヅリが魔法で狙撃していく。
 ヴァイスは最前列で大剣で敵を蹴散らしていた。その破壊力は本人が畏怖する程である。
「だが、この反動……紅薔薇の奴、涼しい顔しやがって」
 一方、打ち合わせを終えた伊路葉。ライフルの先端に細長い結晶のバレルを装備している。
 結局銃の構造を剣妃が理解してくれなかった。ので、発射後の弾丸をどうにかするくらいしか思いつかなかった。
 負のマテリアルが収束し、青い光を放つ。引き金を引くと発射された弾丸がバレルを通過しながら血を纏い、纏った血そのものが加速する。
 実弾というよりは光学兵器地味た閃光がまとめて敵を直線に薙ぎ払う。威力は凄まじいが、狙いはかなり大雑把だ。
「ちょっと、真っ直ぐ飛ばしてくれる?」
「う~ん……弾丸の回転に併せて斥力を作るのが難しいのよ~」
「あの人達何してんの? レールガン作ってるの?」
 遠い目のキヅカ。飛行型の敵はあらかた片付いた。
「あのデカブツの動きを止めてやる。よく狙いな!」
 キヅカがデルタレイで道を作り、ソフィアは跳躍した。巨体の肩に振動刀を突き刺すと、雷撃を流し込む。
「今だ! 撃て伊路葉!」
 引き金を引くと再びバレルが発光。弾丸は射線上の敵を貫通し、巨体の腹を吹き飛ばした。
「こちらもケリをつける、ぞ」
 オウカに頷き返すヴァイス。仲間の支援を受け、正面に突き出した大剣ごと敵に突っ込んでいく。
 立ちはだかる雑魚を蹴散らし、四本腕の攻撃は血の障壁が弾き、ヴァイスの一撃は巨体の胸に突き刺さった。
 敵の内側から血の結晶が爆ぜると、上半身が肉片と散る。飛び退いたヴァイスはやはり膝を着き、その剣から闇の力は消え去っていった。



●正と負
「これが龍脈……ですか?」
 城の地下に用意された祭壇。そこには地の底へ続く井戸のような穴を無数の鳥居のような物が囲っている。
 注連縄で覆われていたようだが、今はそれも途切れている。ここには肉で作られたフタのような物があったが、その歪虚は先に壱班が破壊していた。
「確かにここまで近づけばマテリアルの力を感じるね?」
 井戸を覗きこむツヅリ。鳥居には呪文のようなものが刻まれているが、西方魔術のそれとは全く体系が異なるようだ。
「でもこの呪文……紋章? ホリィさんが持ってる剣にあるのと似てるね?」
 ツヅリの言う通り、エルフハイム式の術と西方の術には何かの繋がりがあるのかもしれない。しかし、今は細かい所まではわからなかった。
「ホリィ……やれそう、か?」
 オウカに頷き返し、ホリィは木刀を井戸の前に突き刺す。
 全身から溢れるマテリアルの光を楔を通じて大地へ流し込むと、一度大地そのものが揺れた。
 地震は直ぐに収まった。脈動と共にマテリアルは井戸のようなものから溢れ出し、やがて目に見える光となって部屋を照らしだす。
「意外と簡単なんですね……」
「元々、ハンターでもできるという話だったものね」
 息を吐いたシュネーに頷く伊路葉。ヴァイスはすっとオルクスの前に身を乗り出し。
「さて、龍脈の再起動は成った。共闘はここまでの約束だった筈だが……」
 彼の言う通り、契約はここに果たされた。オルクスは興味深そうに龍脈とホリィを交互に眺め。
「フフ……ここから私と戦うつもり?」
「できればそんな事はしたくないがな。どうあれ、ここまで共に戦ったんだ。せめて今日くらいは何事も無く別れたい」
 苦悩を隠さず俯くヴァイス。オルクスは首を横に振り。
「知っての通り、私もだいぶ消耗したわぁ。ここであなた達と戦う利点は全くない……安心なさい」
「なら、少し話でもしませんか? その腹部の傷は何なのかとか」
「これ? これは人間につけられた傷よ。オルクス・エルフハイムの死因でもあるわ」
 キヅカの問いにオルクスは上着をめくりながら応える。
「あの時代には沢山の勇敢な戦士がいたわ。私を殺したあの男は……そうね、ヴァイスによく似ていたわ」
「お、俺か?」
「優しいヒトだったけれど、それだけでは生きられない。ヒトは立場や過去、様々な束縛の中に生を終える」
「わかる気がします。一人じゃどうにもならない柵や悲しみがこの世界には一杯あるから」
 キヅカの声にオルクスは頷く。
「あなた達ヒトは歪虚に抗うけれど、滅びはヒトの本能なのよ。ヒトはその本質からして闇に堕ちるさだめにある。誰よりも何よりも、ヒトという種が歪虚を望んでいるのよ」
「ヒトが滅びたがっている……私はそんな風には思わないよ」
「確かに、人は死ぬ時は死ぬ。元々儚い生き物じゃ。じゃが、妾はただ死ぬ為だけに剣を志したわけではない」
 ツヅリと紅薔薇の言葉にオルクスは微笑み。
「それでも多くの英雄は絶望の中に生を終える。あなた達がどんなに崇高であったとしても、ヒトという闇全体を晴らすことは出来ない」
 目をつむりながら語るオルクスはどこか寂しげで、一瞬これがバケモノだという事を忘れそうになる。
「あんたはその……ヒトの可能性を信じていたのか? どんな英雄でも、どんな理想もいつかは闇に堕ちるというのなら……」
 ヴァイスは目を逸らす。
 かつてオルクスが器と呼ばれる存在だったなら、目の前の姿が彼女の過去の姿だったとしたら。
「あの子はあんたと同じ道を歩む事になるのか?」
 器の少女、ホリィ。穢れを集め、闇を払う人柱。
 それが心を持ってはいけないと言われているのが今なら、過去の器はどうだったのだろうか。
 もしその願いがどんなに美しく高潔であったとしても、ヒトという種全体の闇を抱え込めば、器はきっと壊れてしまう。
「いや……あんたに聞くのは筋違いだな。スマナイ……」
「――ねえ、オルクス。この子は、あなたのようにはしないわ」
 ホリィの手を握り、エイルは剣妃を見つめる。
「いつか器を満たしてみせる。暖かな絆の光で」
 オルクスは目を丸くした後、小さく笑い。
「果たしてそれはどうかしらねぇ?」
「どういう意味……?」
「過去の器……それが愛されていなかったと思う?」
 自らの傷跡をなぞり、剣妃は悲しげに笑う。
「愛はいつか終わる。理想は絶望に変わる。裏切らずに居られないヒトという生き物は私達暴食と同じ。最も“愛”から遠い存在なのよ」
 話は終わりと言わんばかりに踵を返す剣妃。紅薔薇はその背中に声を投げかける。
「だとしても、お主らが居なければ龍脈の再起動は無理じゃったろう。東方を代表して礼を言わせて欲しいのじゃ」
「あらあら。けれど用心する事ね。私は悪い、と~っても悪い吸血鬼なのだから♪」
 ふわふわと姿を消したオルクス。紅薔薇は深く溜息を零し。
「はぁ~。いいのう、剣妃。先っぽだけでも良いから斬ってみたかったわ」
「多分その機会はそのうち来ると思いますけど、あれ、斬ってもあんまり意味ないですよ……」
「なぬ!? 斬り放題なのか!?」
 予想外の反応に唖然とするシュネー。
「オルクス、悲しそうな顔してた」
「それがどうした。化物の事情に余計な首を突っ込むのはやめろ」
 キヅカの隣に立つハジャ。そして肩を強く叩く。
「知ってどうする。この世界には知らない方がいい事なんて腐るほどある」
「僕一人ではどうにもできない事はわかってる。けど、あの日も今も僕は認めたくないって思ったから」
 その手を掴み、振り払う。そして少年は男と向き合った。
「力なんかない。強くもない。それでも僕は、知らん顔は出来ない。だから今、僕はここにいる」
 深々と溜息を零し、エイルはホリィに目を向ける。
「……なんだか、やり辛くなっちゃったな」
 あの人型の災厄、吸血鬼の王は倒すべき宿敵だ。
 しかしその口から出た愛という言葉に戸惑いを隠せない。
「彼女にも、誰かを愛したり愛された時代があったのだとしたら……」
 孤独ではなかった器が、何故あのような末路を辿ったのか。考えるだけで憂鬱だった。
「先の事はどうなるかわからねぇ。だから今はただ、感じるままにすればいい」
 歩み寄り、ソフィアは腕を組む。
「ホリィ、わたしが欲しいのか」
「うん」
「それはお前の“意志”か?」
 逡巡した後、少女はハッキリと頷いた。
「そう。私はあなたを奪いたい」
「…………予想し得ない形でだが、まあ、こいつもこいつなりにヒトになろうとしてるんじゃねぇか?」
「それはそれで困っちゃうんだけど……もう……前途多難ね」
 首を傾げるホリィの前で二人はがくりと肩を落とした。
「今度は上手くやる。次は二人共貰っていく」
「上等だクソガキ。返り討ちにしてやる」
「…………えっ!? 今二人って言った!?」
 慌てるエイル。その肩をオウカがむんずと掴み。
「すまん……少し、いいか?」
 そしてグッタリした忠国の首根っこを掴み、エイルの前に突き出した。
「さっきから、息してない、ぞ」
 忠国以上に真っ青になったエイルが慌てて救命措置を開始する。
「自業自得な気もするけれど……命を落とすんじゃかわいそうよね」
「本人は晴れやかな表情ですけどねー」
 他人事な様子の伊路葉とツヅリ。ヴァイスはずっと一人で考え込んでいたが、迷いを振り払うように頭を振る。
「ヴァイスさん?」
「ん……いや。大丈夫だ。忠国を連れて、天ノ都に帰還しよう」
「そうですね。あ、それとハジャ。リサ助けてくれてありがとうね」
「は? 急だな」
「彼氏としてお礼を言うのは筋かなと思って」
 しばしの硬直。後、キヅカは猛然と階段を駆け上がり出した。
「てんめぇええ!? どうしてそうなったんですかねええええ!? キューピット!? 俺キューピットだったの!? どこまで進んでんだコラァア!!」
 その後を執行者が追跡する。壁とか走って。
「無事に終わりましたし……“めっちゃうまいもの”でも食べに行きましょうか」
 笑いかけるシュネーの言葉に従い、ハンター達は城を後にした。
 幸いというべきか、周囲に敵影はなし。この近辺の歪虚は片っ端から殲滅してしまったようだ。
 こうして剣妃オルクスとの共闘という特異な作戦は終わった。
 次に吸血鬼と出会った時、彼らはその意味を知ることになるのだろうか。



「む。息を吹き返した、な」
「うぅ……デカい男の背中で目を覚ましたくなかった……」
「ワガママな男じゃのう……」

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    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • 和なる剣舞
    オウカ・レンヴォルト(ka0301
    人間(蒼)|26才|男性|機導師
  • 癒しへの導き手
    シュネー・シュヴァルツ(ka0352
    人間(蒼)|18才|女性|疾影士

  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • 大工房
    ソフィア =リリィホルム(ka2383
    ドワーフ|14才|女性|機導師

  • 雲類鷲 伊路葉 (ka2718
    人間(蒼)|26才|女性|猟撃士
  • 愛にすべてを
    エイル・メヌエット(ka2807
    人間(紅)|23才|女性|聖導士
  • それでも尚、世界を愛す
    加茂 忠国(ka4451
    人間(蒼)|15才|男性|魔術師
  • 不破の剣聖
    紅薔薇(ka4766
    人間(紅)|14才|女性|舞刀士

  • ツヅリ・キヨスミ(ka5023
    人間(紅)|16才|女性|魔術師

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依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
鬼塚 陸(ka0038
人間(リアルブルー)|22才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2015/06/16 23:10:14
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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/06/12 11:47:17
アイコン 質問卓
エイル・メヌエット(ka2807
人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2015/06/16 21:47:24