ゲスト
(ka0000)
歯車のはじまり
マスター:西尾厚哉
- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
- 1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/06/21 09:00
- 完成日
- 2015/06/28 19:53
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「お手紙ちょうだい、絶対ちょうだい」
泣いて懇願すると、彼は少し困ったような顔をした。
「ピア、レイはこれから忙しくなる。困らせるようなことを言っちゃいかん」
祖父のなだめる声。
「じゃあ、レイにこの時計、はんぶんこして。おじいちゃま、レイのためにはんぶんこして」
祖父は私の為に作ってくれたペンダント型の時計から、歯車を3つ取り出してレイにお守りのペンダントを作ってくれた。
ずっとずっと前の話だ。
「レイ・グロスハイムですか? はい。在籍してお…」
「会えますかっ!?」
身を乗り出して叫んだピア・ファティに、イルリヒトの事務局員は反射的に体を反らせた。
イルリヒトに入学したから、とっくの昔に卒業してどこかの師団の所属になっているのだと思っていた。
あっちこっちの師団やら駐屯部隊やら、当たって探してもいないはずだ。
小さい頃、一緒に育ったレイ。まだここにいたなんて。
「この書類に必要事項を書いて後日…」
局員が差し出そうとした書類には目もくれず、ピアはまたしても身を乗り出す。
「ここまで辿り着くのに3年もかかったんですっ!」
「そう仰いましても…」
規則ですからと突っぱねようとする局員の視界に入った人影があった。
ピアの背後から近付いたその影は、彼女の頭上から腕を伸ばして書類の束を局員に差し出す。
「失礼。訓練に変更が出たので連絡をお願いします」
ピアは頭上の腕を伝って、声の主を振り返る。若い男の声に一瞬それがレイではないかと期待を持ったが、残念ながらその顔には覚えがなかった。
「ご面会?」
視線が合って、相手は少し微笑んでピアに言う。
「あ、あの、面会というか、レイ・グロスハイムに会いたくて」
ピアの言葉に局員が「あ」と顔をしかめた。理由は青年の返答にあった。
「レイに?」
青年の目が微かに好奇に光る。
「レイは第二訓練宿舎にいます。僕も今から行くところで。一緒に行きますか?」
「ブレガ教官、困りま…」
「はいっ!」
またもや局員の言葉を遮って、ピアが叫ぶ。
局員の額にピキキと青筋が立ったが、青年は笑ってピアに手を差し出した。
「じゃ、どうぞ」
「ブレガ教官!」
「僕が責任持ちますから」
青年は局員に言い、ピアは顔を輝かせて青年の後に続いたのだった。
いつもはバイクで移動するけれど、と言いつつ、ピアが馬で来たために合わせて馬で出発してくれた彼はトマス・ブレガといった。
レイが彼と同じく教官をしていると知って、ピアはレイが偉くなったんだと少し誇らしく思う。
もう10年以上会ってない。どんな雰囲気になっているだろう。
訓練宿舎は馬で数時間も離れた場所だ。
イルリヒトに行くまでにピアが通って来た道でもある。
感情に任せて甘えてしまったけれど、と恐縮していたピアは、そのうちレイとの思い出話を夢中になってトマスに話していた。
彼がひとつひとつに興味深そうに相槌を打ってくれたからかもしれない。だから長いと思えた3時間もあっという間だった。
人里離れた場所にぽつりと建つイルリヒト第二訓練宿舎は古くいかめしい雰囲気の建物で、更に数キロ先に見える森にはピアは覚えがあった。そこを通って来たからだ。
ちょうど何かの訓練が終わったのか、少し疲れたような顔の少年達が走って来た。
その一番後ろから歩いて来る青年をトマスは指差す。
「レイだよ」
歩きながら手に持ったファイルを見るその額に垂れかかった髪は間違いなくレイの金髪、こちらに気づいて向けた目も思い出にある灰色。
「レイ!」
ピアは駆け出していた。
腕を広げて彼にハグしようとした途端
「触るな! 臭い!」
鋭い声が響いた。
「えっ…」
ファイルを盾代わりにされ、ピアは慌てて自分の腕をくんくんと嗅ぐ。お風呂は入ったよ? 何で臭い?
そして「あ」と思いだした。あの森。天気がいいからと寄り道した。そこで、踏んだのよね、何かの『落し物』
「でも、踏んだのは馬だし」
などと呟きつつ…そういうことじゃなくて。
「レイ、見違えちゃった。ピアよ、小さい頃一緒に暮らした」
言う途中で胡散臭そうに細めた視線を一度向けたきり、相手が歩き出してしまった。
ピアは慌てて後を追う。
「ほら、歯車のペンダント、渡したじゃない。おじいちゃんがはんぶんこしてくれて…」
「それって、レイの部屋にあったやつ?」
トマスが口を開くとぴたりと足が止まり、鋭い視線がこちらを向いた。
「外部の者は外に出ろ」
記憶にあるレイとは違う冷たい口調だった。
そっぽを向いて立ち去るレイをピアは呆然と見送った。
「レイはいつもあんな物言いだから。案外本当に忘れているのかも」
トマスが慰めるように言う。
「でも…歯車のペンダントがあるなら、これを見たらきっと…」
自分の胸元を探るピアの顔色から血の気が引いた。
ない。
いつも自分の首元にあるはずのペンダント型の時計が…ない。
「嘘…昨日お風呂の時はあったし、朝ごはんの時も…」
くらーっとした。
あれだ。森の中で馬がぐらついた時。油断してたからものすごく体勢を崩した。
「糞溜まり…」
「踏んだまり?」
ピアの呟きにトマスが首を傾げる。
「もっ、森で馬が糞溜まり…落とした…ペンダント落としたああ! どうしようっ」
「ちょっと落ち着きましょうか」
自分の胸ぐらを掴んで叫ぶピアに苦笑して、トマスは彼女を引き離す。
「森って、どこの森? まさか先にある森じゃないよね?」
「まさかもとさかもその森ですっ。お天気いいから寄ってみたんですっ」
それを聞いてトマスは更に苦笑した。
「あの。そこ、ゴブリンの巣窟だよ? 運が良かったんだね」
「えっ…」
「んー、コボルトもいたな。因みに新人訓練生の訓練場でもある。でも、一応…」
トマスはピアを上から下まで眺め回す。
「君、ハンターだし?」
「機導師…です…」
「ふうん…」
何が面白いのか、トマスはくくっと笑った。
「でも流石に一人で相手できる量じゃないね。君、仲間を募ってそのペンダントやらを探して来たら。見つかったら僕がもう一度場をセッティングしてあげる」
「ほんとうっ?」
「まあ、もしハンター達で手余りなら加勢するよ。あそこは訓練場なわけだし」
これにはピアも微かに眉をひそめる。
「ゴブリンにハンターが新人訓練生の力を借りることはないわ」
「ん、じゃあ、頑張って?」
これは失礼、というように笑うトマスを少し見つめ、ピアはぺこりとお辞儀をして身を翻した。
トマスは口を歪め、ぽそりと呟く。
「レイに機導師の幼馴染がね…」
その2人の様子を二階の窓から見下ろしていた者がいた。
レイだ。
「処分しとくべきだったな…」
彼の呟きも誰にも聞こえてはいなかった。
そしてその2人も知らぬところ。
細く尖った指がちかりと光ったペンダントをとりあげていた。
舐めるように眺めた後、それは自分の額にずぶずぶとペンダントを埋め込んだのだった。
泣いて懇願すると、彼は少し困ったような顔をした。
「ピア、レイはこれから忙しくなる。困らせるようなことを言っちゃいかん」
祖父のなだめる声。
「じゃあ、レイにこの時計、はんぶんこして。おじいちゃま、レイのためにはんぶんこして」
祖父は私の為に作ってくれたペンダント型の時計から、歯車を3つ取り出してレイにお守りのペンダントを作ってくれた。
ずっとずっと前の話だ。
「レイ・グロスハイムですか? はい。在籍してお…」
「会えますかっ!?」
身を乗り出して叫んだピア・ファティに、イルリヒトの事務局員は反射的に体を反らせた。
イルリヒトに入学したから、とっくの昔に卒業してどこかの師団の所属になっているのだと思っていた。
あっちこっちの師団やら駐屯部隊やら、当たって探してもいないはずだ。
小さい頃、一緒に育ったレイ。まだここにいたなんて。
「この書類に必要事項を書いて後日…」
局員が差し出そうとした書類には目もくれず、ピアはまたしても身を乗り出す。
「ここまで辿り着くのに3年もかかったんですっ!」
「そう仰いましても…」
規則ですからと突っぱねようとする局員の視界に入った人影があった。
ピアの背後から近付いたその影は、彼女の頭上から腕を伸ばして書類の束を局員に差し出す。
「失礼。訓練に変更が出たので連絡をお願いします」
ピアは頭上の腕を伝って、声の主を振り返る。若い男の声に一瞬それがレイではないかと期待を持ったが、残念ながらその顔には覚えがなかった。
「ご面会?」
視線が合って、相手は少し微笑んでピアに言う。
「あ、あの、面会というか、レイ・グロスハイムに会いたくて」
ピアの言葉に局員が「あ」と顔をしかめた。理由は青年の返答にあった。
「レイに?」
青年の目が微かに好奇に光る。
「レイは第二訓練宿舎にいます。僕も今から行くところで。一緒に行きますか?」
「ブレガ教官、困りま…」
「はいっ!」
またもや局員の言葉を遮って、ピアが叫ぶ。
局員の額にピキキと青筋が立ったが、青年は笑ってピアに手を差し出した。
「じゃ、どうぞ」
「ブレガ教官!」
「僕が責任持ちますから」
青年は局員に言い、ピアは顔を輝かせて青年の後に続いたのだった。
いつもはバイクで移動するけれど、と言いつつ、ピアが馬で来たために合わせて馬で出発してくれた彼はトマス・ブレガといった。
レイが彼と同じく教官をしていると知って、ピアはレイが偉くなったんだと少し誇らしく思う。
もう10年以上会ってない。どんな雰囲気になっているだろう。
訓練宿舎は馬で数時間も離れた場所だ。
イルリヒトに行くまでにピアが通って来た道でもある。
感情に任せて甘えてしまったけれど、と恐縮していたピアは、そのうちレイとの思い出話を夢中になってトマスに話していた。
彼がひとつひとつに興味深そうに相槌を打ってくれたからかもしれない。だから長いと思えた3時間もあっという間だった。
人里離れた場所にぽつりと建つイルリヒト第二訓練宿舎は古くいかめしい雰囲気の建物で、更に数キロ先に見える森にはピアは覚えがあった。そこを通って来たからだ。
ちょうど何かの訓練が終わったのか、少し疲れたような顔の少年達が走って来た。
その一番後ろから歩いて来る青年をトマスは指差す。
「レイだよ」
歩きながら手に持ったファイルを見るその額に垂れかかった髪は間違いなくレイの金髪、こちらに気づいて向けた目も思い出にある灰色。
「レイ!」
ピアは駆け出していた。
腕を広げて彼にハグしようとした途端
「触るな! 臭い!」
鋭い声が響いた。
「えっ…」
ファイルを盾代わりにされ、ピアは慌てて自分の腕をくんくんと嗅ぐ。お風呂は入ったよ? 何で臭い?
そして「あ」と思いだした。あの森。天気がいいからと寄り道した。そこで、踏んだのよね、何かの『落し物』
「でも、踏んだのは馬だし」
などと呟きつつ…そういうことじゃなくて。
「レイ、見違えちゃった。ピアよ、小さい頃一緒に暮らした」
言う途中で胡散臭そうに細めた視線を一度向けたきり、相手が歩き出してしまった。
ピアは慌てて後を追う。
「ほら、歯車のペンダント、渡したじゃない。おじいちゃんがはんぶんこしてくれて…」
「それって、レイの部屋にあったやつ?」
トマスが口を開くとぴたりと足が止まり、鋭い視線がこちらを向いた。
「外部の者は外に出ろ」
記憶にあるレイとは違う冷たい口調だった。
そっぽを向いて立ち去るレイをピアは呆然と見送った。
「レイはいつもあんな物言いだから。案外本当に忘れているのかも」
トマスが慰めるように言う。
「でも…歯車のペンダントがあるなら、これを見たらきっと…」
自分の胸元を探るピアの顔色から血の気が引いた。
ない。
いつも自分の首元にあるはずのペンダント型の時計が…ない。
「嘘…昨日お風呂の時はあったし、朝ごはんの時も…」
くらーっとした。
あれだ。森の中で馬がぐらついた時。油断してたからものすごく体勢を崩した。
「糞溜まり…」
「踏んだまり?」
ピアの呟きにトマスが首を傾げる。
「もっ、森で馬が糞溜まり…落とした…ペンダント落としたああ! どうしようっ」
「ちょっと落ち着きましょうか」
自分の胸ぐらを掴んで叫ぶピアに苦笑して、トマスは彼女を引き離す。
「森って、どこの森? まさか先にある森じゃないよね?」
「まさかもとさかもその森ですっ。お天気いいから寄ってみたんですっ」
それを聞いてトマスは更に苦笑した。
「あの。そこ、ゴブリンの巣窟だよ? 運が良かったんだね」
「えっ…」
「んー、コボルトもいたな。因みに新人訓練生の訓練場でもある。でも、一応…」
トマスはピアを上から下まで眺め回す。
「君、ハンターだし?」
「機導師…です…」
「ふうん…」
何が面白いのか、トマスはくくっと笑った。
「でも流石に一人で相手できる量じゃないね。君、仲間を募ってそのペンダントやらを探して来たら。見つかったら僕がもう一度場をセッティングしてあげる」
「ほんとうっ?」
「まあ、もしハンター達で手余りなら加勢するよ。あそこは訓練場なわけだし」
これにはピアも微かに眉をひそめる。
「ゴブリンにハンターが新人訓練生の力を借りることはないわ」
「ん、じゃあ、頑張って?」
これは失礼、というように笑うトマスを少し見つめ、ピアはぺこりとお辞儀をして身を翻した。
トマスは口を歪め、ぽそりと呟く。
「レイに機導師の幼馴染がね…」
その2人の様子を二階の窓から見下ろしていた者がいた。
レイだ。
「処分しとくべきだったな…」
彼の呟きも誰にも聞こえてはいなかった。
そしてその2人も知らぬところ。
細く尖った指がちかりと光ったペンダントをとりあげていた。
舐めるように眺めた後、それは自分の額にずぶずぶとペンダントを埋め込んだのだった。
リプレイ本文
訓練生達の遠巻きの視線を感じながら、八原 篝(ka3104)はトマス・ブレガの顔を見上げる。
イルリヒト教官のトマスに森の様子を聞いておきたいと提案したのは彼女で、皆もそれに賛同した。
「ソルジャーやメイジがいることがあるけれど稀です。いたらレベルの高い訓練生が押さえに行く。でも……」
トマスは少し笑う。
「雑魚も馬鹿じゃない。定期的に我々が攻撃しに行くことを学んでる。敵意は満杯。そしてそろそろ、その『定期』の時期が来る」
内部資料だが、と言いつつ、彼は森の見取り図を見せてくれた。
森に沿った道が東端にあるが、森の奥はわざと整備していない。
「奴らも根城はあちこち変える。虎視眈々と待っているだろう。こちらもその方が有難い」
笑みを湛えるトマスの目に、八原はどこか残酷さを感じてしまう。
訓練宿舎を後にしたあと、別の部分で引っかかっていたのがルシオ・セレステ(ka0673)。
皆を見た彼が最初に口にした言葉
『本当にハンターを募ったんだ?』
ピアは気づかなかったようだが、あの男、言うに及んで「本当に」とは。森の情報も全部を話してくれているだろうね?
「近くの町で森のことを少し聞いたよ」
ルシオの懸念を感じとったようにメリーベル(ka4352)が口を開いた。
「イルリヒトの訓練場だってことは誰もが知ってる。殺気立ってるから近づかない、と」
「私、ほんとに運が良かったってことなのね……」
ピアがしょんぼりする。
八原が空を見上げた。東の空に雲。
「日が暮れる前には森を出たい。少し急がない?」
彼女の言葉に全員が馬の歩を少し速めた。
道すがら、ピアに状況を確認する。
彼女はやはり道から外れて森の中に入ったらしい。
「でも、途中で引き返してるわ」
「もしかして、糞溜まりとは……」
ルシオが言えば、ピアは恐縮して
「はい、奥のほうです……」
「道筋を覚えているかね? 糞溜まりではない場所で落とした可能性もある。辿れば見つかると思うんだが?」
ウィルフォード・リュウェリン(ka1931)の問いにぶんぶんと首を振るピアは、これもまた想定内。
「で、でも、行けば思い出すかも!」
ピアは自分に言い聞かせるように、うんと頷いて拳を握りしめる。
「で、どんなペンダントか教えてくれないかな?」
バジル・フィルビー(ka4977)がくすくすと笑ってピアの顔を見ると、ピアは嬉しそうに人差し指と親指で、これくらい、と円を作ってみせた。
「銀製なの。鎖もよ。蓋がついてるわ。祖父が細かい彫り物を施してくれて」
「それって、他者の手に渡ると拙いものなの?」
メリーベルの問いにピアは肩を竦める。
「私にとっては祖父の形見だけど、歯車のない壊れた時計ね……」
「お祖父さんは時計職人ですか?」
寂しそうな表情になったピアを少し気遣うようにマキナ・バベッジ(ka4302)が尋ねる。
「ううん。錬金術師。時計を作るのは趣味だったのかな。好きだって言ってた」
それを聞いてルシオが「ん?」と首を傾げる。
「レイとやらとはよくイルリヒトに行くことになったものだね?」
「相応にすったもんだはあったかも。よく覚えてないけど」
ピアは笑って答える。
「レイは頭が良くて優しくて、10年たってすごく立派になって……」
……邪険にされたんだよね。
『それって、別の女ができたってことじゃないの?』
と、頭に浮かんだ言葉を八原は口を引き結んで飲み込んだ。
でもこの人、恋愛対象としてレイを見てるのか?
八原はじーっとピアを見つめてしまう。
3年がかりで幼馴染を探し尽くす真意は何?
あのトマスがどこまで親身になってくれるかも分からないというのに。
森に到着し、八原に言われてピアは皆と同じように馬の手綱を木の幹に結わえつけた。
彼女の顔が少し上気しているのは、ひたすらレイとの思い出話を喋りまくったせいだ。
ピアもレイも両親がいない。ピアの祖父はひとりで2人の子供を育てたことになる。
祖父が他界した今、ピアの家族は血縁でなくてもレイだけということなのかもしれない。
「しかし……本当に臭うな」
ウィルフォードが鼻をひくつかせ、ピアは「えっ」と顔を強張らせる。
「踏んだのは……馬ですよね?」
マキナがピアの馬の足をひとつひとつ調べた。そして後ろ脚の蹄の奥にへばりついている「それ」を見つける。
「糞でしょうか……?」
どれどれと皆で覗き込んだ。触ってみるのはちょっとためらう。異臭はするが、何かはよくわからない。
「あ」
メリーベルが身を屈めていたピアのロスヴァイセの裾についた染みを見つけた。
「ここに飛んでる」
それは確かに『落し物』っぽい色。
「うわー、気づかなかった!」
いや、普通気づくでしょと突っ込みたくなるメリーベル。
「とりあえず糞溜まりを目指して行くか」
ウィルフォードが嘆息交じりに先を促す。心許ないがピアの記憶を頼りに進むしかないだろう。
「ええと、あそこまで真っ直ぐ……」
走り出しそうになったピアの手をルシオが慌てて掴んだ。
「ピア、戦闘はなるべく避けたいのだ。分かれて探す必要がある時、ピアはマキナとバジル、ウィルフォードの傍から離れずにね」
ルシオに言われてピアはこくんと頷いた。
「分かりました。ごめんなさい、気持ちが逸っちゃって……」
「もう、あっちは気づいたのかも」
鋭敏視覚を使った八原が遠くで揺れる草を見て言う。あれは風のせいではない。
「見えたのか?」
ウィルフォードが振り向いた。
「そうではないけれど。獣の類と思いたいね」
「でも……道からは離れて移動したほうが良さそうよ」
メリーベルが身を屈めて先まで視線を辿らせて言う。
ところどころに馬の蹄に混じって、明らかに人の足より大きく細長い跡。
銀製のものなら遠目からでも分かるだろう。敢えて木立に足を踏み入れる。
「前と違う雰囲気があればすぐ教えて?」
メリーベルに言われ、ピアは神妙な顔で頷いた。
暫くして、ピアが森の奥を指差した。この辺りから踏み込んだと思う、と彼女は言う。
いよいよ糞溜まりに行くか、と彼女の指す方向に。
小一時間ほどした時、森がすっと暗くなった。八原が見た雲がこちらまで来たのだ。
ゴブリンを誘き寄せてもと倒木や石の下を見る時だけ、ルシオとメリーベル、バジルがライトを使った。
更に一時間、黙々と皆で地面を探し回る。
「あ、臭い」
バジルがうっと呻いた。
「あったわ、糞溜まり。これ、馬糞よ」
メリーベルが指先で草をかきわける。
「これくらい踏んだところで馬がぐらつくようには思えないが」
確かに蹄の跡はあるがと思いつつルシオが呟いた。
いずれにしても落とした可能性が高いのはこの範囲だろう。
「少し離れるよ。短伝話、注意しておいて」
八原が言い、彼女とメリーベル、ルシオが移動した。
「ファティさん」
マキナが手は休めず声を潜めてピアに話しかける。
「ご自身の作品、何かあるんですか?」
「近所のお婆ちゃんに、座ったまま動ける椅子を。特大の犬小屋みたいで、みんなで大笑い」
横にいたバジルが想像して少し噴き出した。
「何か作るのは好きなの。メリーベルさんの持つドライブ・ソードなんて見るとぞくぞくするわ。お祖父ちゃんは武器を作るのは好きじゃなかったけど、戦う人がいるから安全に暮らせるんだって思う」
「幼馴染がイルリヒトに行ったのもそういう考えということかね」
ウィルフォードが独り言のように呟き、そしてピアを見た。
「彼とは離れていた時間の方が長いだろう。昔の面影を追うのは相手には迷惑かもしれんぞ。昔話が必ずしも嬉しい者ばかりじゃない」
バジルとマキナが気遣わしげにピアの顔を見たが、ピアはこくんと頷く。
「そうね……でも、祖父が亡くなったことだけは伝えたいの。祖父はレイのことを最後まで気にしてた」
ウィルフォードは考えられる可能性を真摯に伝えてくれている。
もしかしたら糞まみれになったペンダントを拾い上げることになるかもしれなくても、彼も素手で草をかきわけ、ずっと真剣に探してくれている。
そういう人の言葉は大切だ。
「しっ……」
ふいに八原が口の前に指を立てた。彼女の視線の先を辿り、ルシオが素早く繋いだ短伝話をウィルフォードが受けた。
何かが近づく。
息を殺し、草むらに身を潜める。
―― ギャー!
コボルトだ。木陰から飛び出したそれはいきり立ち、次いで数体が躍り出る。
その後ろから姿を見せたのはゴブリン二体で、威嚇するようにコボルトに棍棒を振り上げた。両者で何か揉めている?
様子を伺いながら、ピアのペンダントを持っている輩はいないかと目を凝らす。
注意深く場所を移動したマキナは、ふと足元の異質な感触に目を地に向けた。
そして眉を潜める。
腐りかけたゴブリンの腕。ピアの馬の足を見た時の異臭が甦る。
「リュウェリンさん」
小声で呼んだ。バジルとピアも素早く移動する。
『マキナ、どうした?』
耳にルシオの声が届いた。
「ゴブリンの死体です」
マキナの返事に暫くしてルシオ達も移動してきた。ゴブリン達はまだ揉めている。
「君はゴブリンの死体を踏んだのではないか?」
「嘘……」
ウィルフォードの言葉にピアの顔が青ざめた。
八原が「待って」と目を細める。
「引き摺られてる?」
草跡を身を屈めて辿る。
「八原さんっ……!」
急にマキナが小さく声をあげた。声に反応して身を翻した八原のいた場所にどかりと斧が振り下ろされる。
全員で「それ」を凝視した。ゴブリン達もぴたりと動きを止める。
なんだこれは。
元はゴブリンなのだろう。ソルジャーか。斧を握る、骨に皮がへばりついただけのような腕がそうだ。
でも、体が一回り大きい。木切れ、鉄屑、へこんだヘルム、割れた盾、ごてごてと体を覆い尽くしているせいだ。手に持つのと同じ斧すらも肩から突っ立っている。
剣機ゾンビ……
「気づかれたよ!」
ゴブリンとコボルトの殺気にメリーベルがドライブ・ソードを抜く。
「あっ!」
ふいにピアが腕を伸ばして剣機に飛びかかろうとしたので、バジルが仰天して彼女を止めに動いた。
「時計! 額にっ……」
ピアの声に、皆が目を向ける。相手の額から垂れさがる鎖。それが身を翻したのでマキナと八原が動いた。
2人に続くこうとするピアをバジルが必死になって止める。
「放して!」
「分かっているから落ち着け!」
ウィルフォードが一喝した。
「ウィルフォード、2人を援護する!」
バジルの声にウィルフォードは頷いてピアの腕を掴む。
背後でルシオのホーリーライトの光が炸裂し、ゴブリンの声が響いた。
「ここから離れるよ!」
そう言いつつ近づいたルシオから放たれたプロテクションの光に包まれながらもピアは「でも!」と叫ぶ。
「私も戦えるわ!」
ウィルフォードがアースウォールを立てる。
「その必要があればな!」
更にウォールを越えた数体にファイアーボールを。
「少なくとも君は依頼主で、僕達は君の安全も確保せねばならない」
「行くよ! 数が増えてる!」
メリーベルがピアの手を掴み、撤退を開始した。
「あいつ、どこに?!」
剣機を追いながら八原が言うが、マキナにもそれは分からない。
「先回りします!」
マキナが離れる。
八原も足を速めた途端、目の前に斧が振り下ろされた。慌てて身をかわす。
もう一体いたか!
身構えた時、光が走った。ホーリーライトだ。
「間に合った!」
バジルが叫ぶ。
「マキナが一人で追ってる! 行って!」
八原の声にバジルは身を翻した。そして彼女は体勢を立て直そうとしている相手を睨みつける。
「一発で送ってやるわ」
チャクラムから高速射撃で放たれた矢弾が、がらくたで飾り立てられた相手の頭を鋭い咆哮と共に跳ね飛ばした。
瞬脚で前に回り込んだマキナは、ランアウトで更に踏み込み、ワイヤーウィップで足を撃つ。相手が倒れ込む前に額の鎖を握った。
……が、抜けない。
ぐっと力を込めた時、どろりとした目と自分の目が合った。敵意剥き出しのその目は反撃に転じようとしていた。斧が振り上げられる。
マキナが唇を噛み締めた時、白い光が飛んだ。
自分とは反対側に跳ね返る斧を視界の隅に捉えながら、マキナは鎖を引く。
そして
―― プツッ……
いきなり途切れた力にマキナは後方に後ずさり、弧を描いて飛んで行く銀の色に夢中で手を伸ばしながら草の上に倒れ込んだ。
再びホーリーライトが光る。
奇声を上げる相手に目を向けた時、相手は踵を返し逃亡に転じた。
八原が放った矢弾が木の幹に当たる。
「大丈夫?」
「フィルビーさん……」
バジルの声にマキナはふうと息を吐いた。
「時計は?」
相手の逃げた先を見て尋ねる八原にマキナは握った手を開いて見せた。
『篝! 加勢がいるか?』
短伝話でルシオの声が届いた。
「取り戻したよ。鎖は切れたけど」
八原は答え、2人を見た。
「とりあえず……目的は達成。合流しよう」
ピアはペンダントを握り締めてへたりこんだ。
「腰が抜けました……有難うございます……」
「はいはい、頑張って立って?」
苦笑しながら手を差し出すメリーベル。
良かった。本当に。
皆もほっとするのだが、分からないのは剣機ゾンビの存在だ。この森にはゴブリンとコボルトだけのはず。
その疑問を抱えながら馬を繋いだ場所に戻った一行は、並んで待つイルリヒトの生徒達、その前に立つトマス・ブレガを見た。
「終わったか」
トマスはそう言い、訓練生を振り向いた。
「そういうことだ。君達、残念だが解散だ」
バイクと馬に分乗し去っていく生徒に続いてその場をあとにしようとするトマスを八原が呼び止めた。
「剣機がいるよ!」
トマスが振り向く。
「元はゴブリンの死体だ」
ルシオがトマスの表情を探るように言う。もしかして知っていたのでは、と思ったのだが、彼は信じ難いという面持ちだった。
「一体は八原さんが。もう一体は逃げました。元より僕達と戦うことよりも別の目的を持っているような動きをしていた。僕は……その二体だけとは限らないと思います」
マキナが静かに言う。
「……了解した。情報感謝するよ。近く調査を出そう」
またこの目だ、と八原は思う。どこか残虐な色。
再び背を向けようとするトマスにメリーベルが口を開く。
「待って。ピアとの約束は?」
それを聞いてトマスは「ああ」という表情でピアを見た。
「ピアさん、落ち着き先が決まったら教えてください。後日改めて」
「お、お願いします!」
さっさと背を向けるトマスにぺこんとお辞儀をするピアが何だか憐れだ。
「いいの。今の私、臭いし。大丈夫よ。トマスさん、親切だもの」
本当にそうかな、と皆が思う。
「万が一、あいつが約束を違えたら抗議してやるよ」
メリーベルの言葉にピアは少し笑って頷いた。
「必ずレイに会います」
彼女はきゅっとペンダントを胸に押しつけたのだった。
イルリヒト教官のトマスに森の様子を聞いておきたいと提案したのは彼女で、皆もそれに賛同した。
「ソルジャーやメイジがいることがあるけれど稀です。いたらレベルの高い訓練生が押さえに行く。でも……」
トマスは少し笑う。
「雑魚も馬鹿じゃない。定期的に我々が攻撃しに行くことを学んでる。敵意は満杯。そしてそろそろ、その『定期』の時期が来る」
内部資料だが、と言いつつ、彼は森の見取り図を見せてくれた。
森に沿った道が東端にあるが、森の奥はわざと整備していない。
「奴らも根城はあちこち変える。虎視眈々と待っているだろう。こちらもその方が有難い」
笑みを湛えるトマスの目に、八原はどこか残酷さを感じてしまう。
訓練宿舎を後にしたあと、別の部分で引っかかっていたのがルシオ・セレステ(ka0673)。
皆を見た彼が最初に口にした言葉
『本当にハンターを募ったんだ?』
ピアは気づかなかったようだが、あの男、言うに及んで「本当に」とは。森の情報も全部を話してくれているだろうね?
「近くの町で森のことを少し聞いたよ」
ルシオの懸念を感じとったようにメリーベル(ka4352)が口を開いた。
「イルリヒトの訓練場だってことは誰もが知ってる。殺気立ってるから近づかない、と」
「私、ほんとに運が良かったってことなのね……」
ピアがしょんぼりする。
八原が空を見上げた。東の空に雲。
「日が暮れる前には森を出たい。少し急がない?」
彼女の言葉に全員が馬の歩を少し速めた。
道すがら、ピアに状況を確認する。
彼女はやはり道から外れて森の中に入ったらしい。
「でも、途中で引き返してるわ」
「もしかして、糞溜まりとは……」
ルシオが言えば、ピアは恐縮して
「はい、奥のほうです……」
「道筋を覚えているかね? 糞溜まりではない場所で落とした可能性もある。辿れば見つかると思うんだが?」
ウィルフォード・リュウェリン(ka1931)の問いにぶんぶんと首を振るピアは、これもまた想定内。
「で、でも、行けば思い出すかも!」
ピアは自分に言い聞かせるように、うんと頷いて拳を握りしめる。
「で、どんなペンダントか教えてくれないかな?」
バジル・フィルビー(ka4977)がくすくすと笑ってピアの顔を見ると、ピアは嬉しそうに人差し指と親指で、これくらい、と円を作ってみせた。
「銀製なの。鎖もよ。蓋がついてるわ。祖父が細かい彫り物を施してくれて」
「それって、他者の手に渡ると拙いものなの?」
メリーベルの問いにピアは肩を竦める。
「私にとっては祖父の形見だけど、歯車のない壊れた時計ね……」
「お祖父さんは時計職人ですか?」
寂しそうな表情になったピアを少し気遣うようにマキナ・バベッジ(ka4302)が尋ねる。
「ううん。錬金術師。時計を作るのは趣味だったのかな。好きだって言ってた」
それを聞いてルシオが「ん?」と首を傾げる。
「レイとやらとはよくイルリヒトに行くことになったものだね?」
「相応にすったもんだはあったかも。よく覚えてないけど」
ピアは笑って答える。
「レイは頭が良くて優しくて、10年たってすごく立派になって……」
……邪険にされたんだよね。
『それって、別の女ができたってことじゃないの?』
と、頭に浮かんだ言葉を八原は口を引き結んで飲み込んだ。
でもこの人、恋愛対象としてレイを見てるのか?
八原はじーっとピアを見つめてしまう。
3年がかりで幼馴染を探し尽くす真意は何?
あのトマスがどこまで親身になってくれるかも分からないというのに。
森に到着し、八原に言われてピアは皆と同じように馬の手綱を木の幹に結わえつけた。
彼女の顔が少し上気しているのは、ひたすらレイとの思い出話を喋りまくったせいだ。
ピアもレイも両親がいない。ピアの祖父はひとりで2人の子供を育てたことになる。
祖父が他界した今、ピアの家族は血縁でなくてもレイだけということなのかもしれない。
「しかし……本当に臭うな」
ウィルフォードが鼻をひくつかせ、ピアは「えっ」と顔を強張らせる。
「踏んだのは……馬ですよね?」
マキナがピアの馬の足をひとつひとつ調べた。そして後ろ脚の蹄の奥にへばりついている「それ」を見つける。
「糞でしょうか……?」
どれどれと皆で覗き込んだ。触ってみるのはちょっとためらう。異臭はするが、何かはよくわからない。
「あ」
メリーベルが身を屈めていたピアのロスヴァイセの裾についた染みを見つけた。
「ここに飛んでる」
それは確かに『落し物』っぽい色。
「うわー、気づかなかった!」
いや、普通気づくでしょと突っ込みたくなるメリーベル。
「とりあえず糞溜まりを目指して行くか」
ウィルフォードが嘆息交じりに先を促す。心許ないがピアの記憶を頼りに進むしかないだろう。
「ええと、あそこまで真っ直ぐ……」
走り出しそうになったピアの手をルシオが慌てて掴んだ。
「ピア、戦闘はなるべく避けたいのだ。分かれて探す必要がある時、ピアはマキナとバジル、ウィルフォードの傍から離れずにね」
ルシオに言われてピアはこくんと頷いた。
「分かりました。ごめんなさい、気持ちが逸っちゃって……」
「もう、あっちは気づいたのかも」
鋭敏視覚を使った八原が遠くで揺れる草を見て言う。あれは風のせいではない。
「見えたのか?」
ウィルフォードが振り向いた。
「そうではないけれど。獣の類と思いたいね」
「でも……道からは離れて移動したほうが良さそうよ」
メリーベルが身を屈めて先まで視線を辿らせて言う。
ところどころに馬の蹄に混じって、明らかに人の足より大きく細長い跡。
銀製のものなら遠目からでも分かるだろう。敢えて木立に足を踏み入れる。
「前と違う雰囲気があればすぐ教えて?」
メリーベルに言われ、ピアは神妙な顔で頷いた。
暫くして、ピアが森の奥を指差した。この辺りから踏み込んだと思う、と彼女は言う。
いよいよ糞溜まりに行くか、と彼女の指す方向に。
小一時間ほどした時、森がすっと暗くなった。八原が見た雲がこちらまで来たのだ。
ゴブリンを誘き寄せてもと倒木や石の下を見る時だけ、ルシオとメリーベル、バジルがライトを使った。
更に一時間、黙々と皆で地面を探し回る。
「あ、臭い」
バジルがうっと呻いた。
「あったわ、糞溜まり。これ、馬糞よ」
メリーベルが指先で草をかきわける。
「これくらい踏んだところで馬がぐらつくようには思えないが」
確かに蹄の跡はあるがと思いつつルシオが呟いた。
いずれにしても落とした可能性が高いのはこの範囲だろう。
「少し離れるよ。短伝話、注意しておいて」
八原が言い、彼女とメリーベル、ルシオが移動した。
「ファティさん」
マキナが手は休めず声を潜めてピアに話しかける。
「ご自身の作品、何かあるんですか?」
「近所のお婆ちゃんに、座ったまま動ける椅子を。特大の犬小屋みたいで、みんなで大笑い」
横にいたバジルが想像して少し噴き出した。
「何か作るのは好きなの。メリーベルさんの持つドライブ・ソードなんて見るとぞくぞくするわ。お祖父ちゃんは武器を作るのは好きじゃなかったけど、戦う人がいるから安全に暮らせるんだって思う」
「幼馴染がイルリヒトに行ったのもそういう考えということかね」
ウィルフォードが独り言のように呟き、そしてピアを見た。
「彼とは離れていた時間の方が長いだろう。昔の面影を追うのは相手には迷惑かもしれんぞ。昔話が必ずしも嬉しい者ばかりじゃない」
バジルとマキナが気遣わしげにピアの顔を見たが、ピアはこくんと頷く。
「そうね……でも、祖父が亡くなったことだけは伝えたいの。祖父はレイのことを最後まで気にしてた」
ウィルフォードは考えられる可能性を真摯に伝えてくれている。
もしかしたら糞まみれになったペンダントを拾い上げることになるかもしれなくても、彼も素手で草をかきわけ、ずっと真剣に探してくれている。
そういう人の言葉は大切だ。
「しっ……」
ふいに八原が口の前に指を立てた。彼女の視線の先を辿り、ルシオが素早く繋いだ短伝話をウィルフォードが受けた。
何かが近づく。
息を殺し、草むらに身を潜める。
―― ギャー!
コボルトだ。木陰から飛び出したそれはいきり立ち、次いで数体が躍り出る。
その後ろから姿を見せたのはゴブリン二体で、威嚇するようにコボルトに棍棒を振り上げた。両者で何か揉めている?
様子を伺いながら、ピアのペンダントを持っている輩はいないかと目を凝らす。
注意深く場所を移動したマキナは、ふと足元の異質な感触に目を地に向けた。
そして眉を潜める。
腐りかけたゴブリンの腕。ピアの馬の足を見た時の異臭が甦る。
「リュウェリンさん」
小声で呼んだ。バジルとピアも素早く移動する。
『マキナ、どうした?』
耳にルシオの声が届いた。
「ゴブリンの死体です」
マキナの返事に暫くしてルシオ達も移動してきた。ゴブリン達はまだ揉めている。
「君はゴブリンの死体を踏んだのではないか?」
「嘘……」
ウィルフォードの言葉にピアの顔が青ざめた。
八原が「待って」と目を細める。
「引き摺られてる?」
草跡を身を屈めて辿る。
「八原さんっ……!」
急にマキナが小さく声をあげた。声に反応して身を翻した八原のいた場所にどかりと斧が振り下ろされる。
全員で「それ」を凝視した。ゴブリン達もぴたりと動きを止める。
なんだこれは。
元はゴブリンなのだろう。ソルジャーか。斧を握る、骨に皮がへばりついただけのような腕がそうだ。
でも、体が一回り大きい。木切れ、鉄屑、へこんだヘルム、割れた盾、ごてごてと体を覆い尽くしているせいだ。手に持つのと同じ斧すらも肩から突っ立っている。
剣機ゾンビ……
「気づかれたよ!」
ゴブリンとコボルトの殺気にメリーベルがドライブ・ソードを抜く。
「あっ!」
ふいにピアが腕を伸ばして剣機に飛びかかろうとしたので、バジルが仰天して彼女を止めに動いた。
「時計! 額にっ……」
ピアの声に、皆が目を向ける。相手の額から垂れさがる鎖。それが身を翻したのでマキナと八原が動いた。
2人に続くこうとするピアをバジルが必死になって止める。
「放して!」
「分かっているから落ち着け!」
ウィルフォードが一喝した。
「ウィルフォード、2人を援護する!」
バジルの声にウィルフォードは頷いてピアの腕を掴む。
背後でルシオのホーリーライトの光が炸裂し、ゴブリンの声が響いた。
「ここから離れるよ!」
そう言いつつ近づいたルシオから放たれたプロテクションの光に包まれながらもピアは「でも!」と叫ぶ。
「私も戦えるわ!」
ウィルフォードがアースウォールを立てる。
「その必要があればな!」
更にウォールを越えた数体にファイアーボールを。
「少なくとも君は依頼主で、僕達は君の安全も確保せねばならない」
「行くよ! 数が増えてる!」
メリーベルがピアの手を掴み、撤退を開始した。
「あいつ、どこに?!」
剣機を追いながら八原が言うが、マキナにもそれは分からない。
「先回りします!」
マキナが離れる。
八原も足を速めた途端、目の前に斧が振り下ろされた。慌てて身をかわす。
もう一体いたか!
身構えた時、光が走った。ホーリーライトだ。
「間に合った!」
バジルが叫ぶ。
「マキナが一人で追ってる! 行って!」
八原の声にバジルは身を翻した。そして彼女は体勢を立て直そうとしている相手を睨みつける。
「一発で送ってやるわ」
チャクラムから高速射撃で放たれた矢弾が、がらくたで飾り立てられた相手の頭を鋭い咆哮と共に跳ね飛ばした。
瞬脚で前に回り込んだマキナは、ランアウトで更に踏み込み、ワイヤーウィップで足を撃つ。相手が倒れ込む前に額の鎖を握った。
……が、抜けない。
ぐっと力を込めた時、どろりとした目と自分の目が合った。敵意剥き出しのその目は反撃に転じようとしていた。斧が振り上げられる。
マキナが唇を噛み締めた時、白い光が飛んだ。
自分とは反対側に跳ね返る斧を視界の隅に捉えながら、マキナは鎖を引く。
そして
―― プツッ……
いきなり途切れた力にマキナは後方に後ずさり、弧を描いて飛んで行く銀の色に夢中で手を伸ばしながら草の上に倒れ込んだ。
再びホーリーライトが光る。
奇声を上げる相手に目を向けた時、相手は踵を返し逃亡に転じた。
八原が放った矢弾が木の幹に当たる。
「大丈夫?」
「フィルビーさん……」
バジルの声にマキナはふうと息を吐いた。
「時計は?」
相手の逃げた先を見て尋ねる八原にマキナは握った手を開いて見せた。
『篝! 加勢がいるか?』
短伝話でルシオの声が届いた。
「取り戻したよ。鎖は切れたけど」
八原は答え、2人を見た。
「とりあえず……目的は達成。合流しよう」
ピアはペンダントを握り締めてへたりこんだ。
「腰が抜けました……有難うございます……」
「はいはい、頑張って立って?」
苦笑しながら手を差し出すメリーベル。
良かった。本当に。
皆もほっとするのだが、分からないのは剣機ゾンビの存在だ。この森にはゴブリンとコボルトだけのはず。
その疑問を抱えながら馬を繋いだ場所に戻った一行は、並んで待つイルリヒトの生徒達、その前に立つトマス・ブレガを見た。
「終わったか」
トマスはそう言い、訓練生を振り向いた。
「そういうことだ。君達、残念だが解散だ」
バイクと馬に分乗し去っていく生徒に続いてその場をあとにしようとするトマスを八原が呼び止めた。
「剣機がいるよ!」
トマスが振り向く。
「元はゴブリンの死体だ」
ルシオがトマスの表情を探るように言う。もしかして知っていたのでは、と思ったのだが、彼は信じ難いという面持ちだった。
「一体は八原さんが。もう一体は逃げました。元より僕達と戦うことよりも別の目的を持っているような動きをしていた。僕は……その二体だけとは限らないと思います」
マキナが静かに言う。
「……了解した。情報感謝するよ。近く調査を出そう」
またこの目だ、と八原は思う。どこか残虐な色。
再び背を向けようとするトマスにメリーベルが口を開く。
「待って。ピアとの約束は?」
それを聞いてトマスは「ああ」という表情でピアを見た。
「ピアさん、落ち着き先が決まったら教えてください。後日改めて」
「お、お願いします!」
さっさと背を向けるトマスにぺこんとお辞儀をするピアが何だか憐れだ。
「いいの。今の私、臭いし。大丈夫よ。トマスさん、親切だもの」
本当にそうかな、と皆が思う。
「万が一、あいつが約束を違えたら抗議してやるよ」
メリーベルの言葉にピアは少し笑って頷いた。
「必ずレイに会います」
彼女はきゅっとペンダントを胸に押しつけたのだった。
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最終発言 2015/06/17 07:01:46 |
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相談卓 マキナ・バベッジ(ka4302) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/06/21 07:57:09 |