【審判】ワールドグレイヴ

マスター:藤山なないろ

シナリオ形態
ショート
難易度
不明
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~3人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
8日
締切
2015/06/27 19:00
完成日
2015/07/08 20:35

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●???

 通されたのは、仄暗い虚の中だった。不吉を孕んだ蒼く黒い負のマテリアルがそこを照らしている。
 そこで男は、いくつかの言葉を交わした。取引とも、契約とも呼べる言葉を。
 今。男の視線の先にはどろりと凝る黒い闇があった。光を呑み込んだその闇を、彼は見通す事が出来ない。触れる事も出来ないだろう。『こうして此処にいる』だけで、男は消耗している。なおも一歩を踏みだそうとすれば、忽ち命を損なう事は目に見えていた。
「まるで世界の裏側だね」
 男は嘯いたが、答える声は無かった。確かにそこにいる。粘質な気配がそれを示している。
 沈黙する闇の中で、深く、思索しているのだろう。

 ――こんな歪虚が、いたのか。

 男は気安げな表情を浮かべながら内心で驚嘆を抱いていた。もう少し簡単にことが運ぶと見ていたのだが、と。
 事の運びを想起する。知識と思考を添わせれば、すぐにそこにたどり着く。

 ――ホロウレイドに囚われるあの二人には良い薬かな、と。

 たとえそれが劇薬だとしても。
 どちらかが、あるいはその両方が斃れたとしても――男は斟酌しなかった。

「……そのくらいじゃなきゃ、ね。意味が無い」
 愉しみだな、と。男は笑みを浮かべるのだった。

 闇の中で、独り。


●ホロウレイド

 ──それは、一瞬の出来事だった。

 グラズヘイム国王アレクシウス・グラハム陛下のお傍には、幾人もの先達近衛騎士、そして近衛騎士長までもがついていた。すなわち王国最強の戦力がそこにあった。だが、万全を期した“ヤツ”にとってはそれすらも障害足り得なかったということだ。
『すぐに……すぐに、聖導士が参ります故、どうか!』
 持ち場を離れて駆け寄り、抱き起した身体は重い。
 ぬるりとした暖かな感触。残酷な現実に頭の奥が焼き切れそうだった。
『……ット……ろ…………』
 少しずつ体温を失いながら、それでも訴えかける目は強かったのに。
『陛下! アレクシウス陛下……ッ!』
 やがて両の腕は落ち、唇が震えを止め、そうして最後に瞼が閉ざされた。

●罪を忘るることなかれ

 ──王国暦1009年。
 王国西方に位置するイスルダ島から王国本土に侵攻してきた歪虚軍に対し、当時の王アレクシウス・グラハム自ら率いる王国軍が激突。激戦を繰り広げたのちに指揮官と思しき敵に痛打を与えるが、一方で王国軍は王が戦死。両軍入り乱れた混乱の中、後退し、何とか立て直した時には、歪虚の本隊は既にイスルダ島へと撤退を終えていたのだった──。

『──────ッ!!』
 叫び声と共に目を覚ましたのは、真っ白なベッドの上。飛び起きたばかりの上半身はじっとりと滲む汗に不快を訴え、早鐘のような鼓動が繰り返し耳元へ打ちつけられているようで耳障りだった。
「……また、か」
 息切れにも似た苦しさ。発した声は、どうしようもなく掠れていた。渇いた喉を潤そうと、サイドボードのグラスへ手を伸ばす。喉を伝う水は、夏の気配に生温く溶けていた。

 王国近代史で最も重要な事件とされる『ホロウレイドの戦い』から5年後の昨秋。この国は再び惨劇の舞台となった。黒大公ベリアルの復活。王都は歪虚の侵攻を許し、大きな犠牲を払うこととなった。命を失った者だけではない。生き延びた者の中には、家を、家族を、職を、故郷を、何もかもを失った者もいただろう。
 ホロウレイドの傷を抱えたままの人々にとって、あの侵攻がどんな切欠をもたらしたのかは想像に難しくない。
 なぜなら俺自身が──“そう”であったからだ。

 主君の流した血の感触は、今もこの手に纏わりついて消えることがない。



 真っ直ぐ王国騎士団本部へ向かう気にはなれず、都から少し離れた所まで愛馬を走らせた。歪虚でもいようものなら、感情のままに切り伏せられる。邪な思いだ。ダンテを否定することなど俺にはできない。
 しばらくそうしていると、街道の先に複数の騎士の姿が見えた。
「何かあったのか」
「団長! それが……」
 騎士は、道の先にいる青緑色の髪の女性をちらりと見て、苦い顔をする。
 視線の先を見ると、ヴィオラ・フルブライト(kz0007)が小さく十字を切って死者に祈りを捧げているところだった。街道の途上、10人ほどの集団で移動していたエクラ教の巡礼者達が殺されたのだそうだ。
「……単独犯なら、厄介だろうな」
 現場をみて一言、呟く俺にヴィオラが物思いを止めて振り向いた。
「エリオット殿、どうしてここへ?」
「丁度近くを警邏中だったんだ。逃げたのは強力な歪虚だった、という証言を聞いて、な」
 最初に現場を確保した騎士団が丁寧に周囲の茂みを捜索しているが、目立った成果は上がっていないらしい。現場は未だ成長途上の若い騎士ばかりなのも理由の一つだろうか。
 ──ホロウレイドの後、近衛騎士のわずかな生き残りとして帰還した俺は、騎士団の現場騎士たちからの推挙や、“様々な都合を求める為政者”達によって王国騎士団の長に就くこととなった。理由は……自分では良く解らない。正直、戦闘能力で言えば俺とダンテは似たようなものだし、軍事を取り仕切るのならゲオルギウスの方が遙かに相応しい。だが、今俺はこうしてここに居る。
 ならば、と生き残った騎士と共に、出来ることがあると信じて6年の月日を足掻いてきた。拡大に限度がある以上、若い騎士を育てることは騎士団の再建に必須事項。現場に無理をさせながら、成長を促しながら、それでも前に進むしかない。だが、それを“周囲”に押しつけることはできない。彼らもまた、あの戦いの犠牲者なのだから。
「エリオット殿、彼らを襲った歪虚の討伐は聖堂戦士団で行います」
 先ほどからヴィオラ殿は苛立っているように思えた。騎士団の未熟なやり取りに、ではない。恐らく彼女は“俺”に苛立ちを覚えているのだろう。それも“仕方のないこと”だと思うが。
「ヴィオラ殿、歪虚の討伐であれば我々騎士団で……」
「結構です。関係者が死んだことは痛ましいですが、事件としては大した話ではありません。我々だけで十分。騎士団にはもっと重要な役目があるでしょう?」
 異論はあった。こちらの事情もあった。
 だが、確かに本件の被害者はエクラ教の敬虔な信徒だ。巡礼の最中に殺されたとあってはなおのこと。
 聖堂戦士団の長が犯人検挙に乗り出すのは当然だろう。
 小さく息を吐き「承知した」とだけ答えると、全ての騎士に撤収を命じた。

●審判

 王国騎士団本部へ戻ると、当直騎士が一丸となって飛び出していった。何か事件があったのだろう。
「……こちらも随分騒がしいな」
「はい。それとエリオット様、大変申し上げにくいのですが……」
 白の隊の女性騎士フィアがエリオットを見つけて駆け寄るが、言いにくそうに視線を落とす。彼女がこんな言い方をするときは、話が決まっている。
「場所はどこだ」
「……ありがとうございます。場所は王都近くの街道沿いです」
「解った。すぐ戻る」

リプレイ本文

●再会は人混みの中で

 第3街区の目抜き通り。ソサエティも間近という場所でエリオットが偶然にも声をかけたのは、以前依頼で知り合った誠堂 匠(ka2876)という青年だった。
「エリオット、さん?」
「やはり匠か。急ですまないが、実は……」
 少々面食らった様子で振り返る匠に告げられたのは、王国騎士団長より緊急の助力を求める旨の話だった。
 騎士団の人手不足は変らずのようだと嘆息したい気持ちも半分。けれど、昨今の情勢に無理も無いと匠は一も二もなく首肯する。その中でも、彼が我々を“信頼して、頼ってくれた”のだから……答えは決まっている。
 青年は、約束を交わすと集合を決めて準備に散開していった。

 それから時を置かずして、王都西門には騎士団長ほか6名のハンターの姿があった。
「初めましてですね。改めまして、よろしくお願い致します」
「あぁ、急な招集だが応じてくれて助かった。今回は頼む」
 依頼主と挨拶を交わしているのはリーリア・バックフィード(ka0873)。そのすぐ傍で、ルカ(ka0962)がこくりと首を縦に振る。
「とんでもありません。お手伝いなら喜んで!」
 真新しいバイクを撫でながら「試運転も兼ねて、丁度いいですから」と言ってルカは笑う。
 そんな様子を神代 廼鴉(ka2504)が馬上から見渡し、
「んじゃ、まぁそろそろ行こうぜ」
 と突けば、応じるリーリアもふわりと馬に跨ると街道の先を見据えた。
「急を要する依頼。時は金より重い命ですね」

●有翼の獅子

「……なんだあれ」
 王都を出発してしばらくの後、廼鴉が呻きにも似た声をあげた。
「倦怠だかマンネリだか、巨人は見慣れた心算だったが……」
 少年たちの視線に映ったもの、それは。
「翼を持った、巨大な獅子」
 美しい銀の瞳で、アイシュリング(ka2787)があまりの異様を捉える。圧倒的な存在感に、無意識的にルカが呟く。
「有翼の獅子は聖マルコの象徴……似て非なるも、グリフォンは傲慢を象徴する動物とも……」
「マルコ、とは?」
 少女の呟きを耳にしたリズレット・ウォルター(ka3580)が不思議そうに首を傾げる。ハッと気づいたルカは慌てて「なんでもないんです」と片手を振った。
 そうこうしている間に徐々に近づく距離。接敵まで、あと僅か──リーリアは手綱を握り直し、周囲に届けるように声を張る。
「相手が何であれ……今は救うべき生命を救うと致しましょう」
「同感だ。あんなもん、野放しにできねえ」
 自らの“本質”を押し隠すように、廼鴉が口角を上げた。その目に映る障害を、排除する勇気を奮うために。



 なだらかな街道の上、聖導士の女は盾を構えながらも自らの傷を癒す事で精一杯だった。迫り来るバイクの駆動音や馬の足音に気付いても、振り返る余裕などない。
「助けが、きたの?」
 けれど、直後に獅子から大振りの一撃を叩きこまれ、女は吹き飛ばされてしまう。盾で受けたことで怪我は最低限に抑えられたが、これでは一向に手が出せない。それに、“もう一撃”、来る──!
 覚悟した直後、女の前に滑り込んできたのは2つの影だった。

 隣接状態にあった歪虚と女との間に割り込んだのは白銀の甲冑を纏う騎士。剣を引き抜くと袈裟掛けに一閃──前足を深く切りつけると、反射的に獅子から叫び声が上がる。
「動けますか? 負傷は?」
 もう一つの影は、ルカ。彼女が確認する限り、女は意識がはっきりしているし、大きな怪我もない。これなら街道の脇へ誘導して戦闘から離脱させた方が良いだろうと判断。ルカの補助を受け、立ち上がった聖導士が場を離れようとした時、アイシュリングが女へ声をかけた。
「待って、少し聞きたいことがあるの」
 アイシュリングと同様、廼鴉も女を引きとめた。彼女がすぐに戦闘離脱するとは思っていなかったのかもしれない。
「敵の情報を教えてほしいの。今、前衛が敵を食い止めている間に」
「無理の無い範囲で、だが。アドバイス頼むぜ?」
 それを受け、首肯する女。曰く、防戦一方ではあったが獅子の攻撃にはある特徴があったと言う。
「そう、二回攻撃ね」
 アイシュリングが繰り返し呟いた直後、少女の目の前で女の体に土砂が纏わりついていった。ストーンアーマー、その術者はリズレットだ。
「貴方を護れるよう、力の限りを尽くそう。よろしく頼む」
 手短に挨拶を交わすと、リズレットは女と共に戦場から離れるべく退避を開始した。

 そうして“女が離脱する余地を守った”のは、リーリアたちだった。
「無理をせず退避して下さい」
 凛と響く声だけをその場に残し、ドレスの裾を翻しながら駆ける。リーリアが握るのは鞭。隣接を避けた様子見の一撃、渾身の力で叩きつけると獅子の巨体が大きく怯んだ。それを好機と、匠が攻め込み獅子へ狙いを定める。
 匠の脳裏に過るのは、先のエリオットの一撃。随分容易いことのように映ったが、武術を学んできた青年にはその意味するところがよく理解できた。
 ──やはり、彼は相当な手練れのようだ。
 小さく喉を鳴らしながら、視線は前方、巨体の上へと向ける。狙うのは、翼。大きさから考えても、飛翔能力を持つ可能性が高い。ならば、潰さねばまずい──冷静な思考に並行する心は、しかし青年らしい熱を保っていた。
 様々な物を背負った騎士の、戦い。心に、留めよう。
 誓って、引金に触れる。エア・スティーラーから放たれた弾丸は、翼の根本を穿つ。獅子は明白に痛みを知覚しているようだが、大きな獣はそれ故に骨格も頑健なのだろう。翼の機能は損なわれていない。
 そこへ廼鴉が畳みかけるように青白い薄雲を放つ。スリープクラウドは敵の体を蝕まんと爆発的な広がりを見せた。
「効果の有無はわかんねーが……!」
 放たれた魔術は、確かに巨体を覆い尽くした。が、しかし。
「……ォォォォン……!」
 雲間を貫くように伝う怒号。風が雲を運び、そして再び現れた獅子の姿は、
「ダメか、効いてねぇ」
 ……怒りに震えていた。「発動すれば絶対」でない以上、運悪く抵抗された可能性も有る。だが、それをこの一度で判じることはできない。しかし検討する間もなく、怒号を飲み込んだ獅子はハンターらを見下ろし、その大きな腕を振り被った。
 当初「逃げる人を追わず、聖導士を狙っていた」──そのことに理由があるのではないか、とアイシュリングが探るような視線を送る傍で、ルカも同様に思考を巡らせる。胸元にエクラアンクを揺らしながら、少女はキッと獅子を見上げて構える。
 獅子はもう一度聖導士を狙うのか、あるいは別の対象を狙うのか?
 ハンターらが警戒態勢の中、荒々しい雄叫びを伴い、巨大な体躯に見合う巨大な腕で払われた横薙ぎの一閃──その中心にいたのは、“エリオット”だった。当の男は襲い来る腕めがけて剣を叩きつけることで攻撃を相殺。
「もう一撃、来るぞ!」
 先ほどと別の腕から振り下ろされた二連撃。廼鴉の警告を受け、エリオットは二撃目もうまく回避して見せる。だが……これはつまり、敵の狙いが変わったと言うことだ。
「十字架を狙ったといえば、そうかもしれないわ。けれど……」
 アイシュリングは男の持つ盾の模様を思い返しながらも、思案に顔を曇らせる。
 ただ、狙いがどうであれやるべきことに変わりはない。そこからのハンターらの反撃は、まさに怒涛だった。

 リーリアが小さく息を吐き出すと同時、薄い唇から無意識的に『Run』という“音”が漏れた。
 少女の脚に集中するマテリアル。力の噴流を感じながら、リーリアは地を蹴った。両脚から放出される金色の粒子が彼女の軌跡を美しく描き、そして──少女は、先の一撃で動きが鈍る獅子の腕を一気に“駆けあがった”。
 僅か数秒で少女は獅子の背へ到達。そこから見下ろす景色を堪能するでもなく、少女は一息にシュテルンシュピースを突き立てる。
「翼をもがれ、牙を砕かれ、爪を折られなさい」
 穂先が穿つのは翼。だが、翼はまだ動きを止める気配がない。
 体格に見合う分のタフさはあるようね──嘆息し、アイシュリングの紡ぐマテリアルがやがて鋭い風となって奔る。それは違えることなく目標を切り裂き、衝撃に羽が周囲へ舞い散った。
 翼への集中攻撃に、獅子は体を揺らして暴れ出す。しかし、逃れることは許さないとばかりに間断なくルカが照準を合わせた。
 ──どうか祈りが届きますように。
 魔導拳銃から放たれた、思いのほか軽い銃声。それは空を裂き、遂に翼を撃ち壊した。

 翼を失った獅子の絶叫が平野中に轟く。巨体から発せられる声は、想像だにしない大音響で近くのハンターの声すらかき消した。だが、ハンターの攻撃手は休まらない。咆哮する口めがけ、リズレットが意識を集中。マテリアルを指先へ注げば、徐々に赤々とした炎へとエネルギーが変換されてゆく。そうして……最後に収束したのは一本の炎の矢。
「この瞬間を、待っていた」
 呟き。それを契機に放たれるファイアアローは、大口から堂々と侵入を果たし、喉奥へ突き立つ。絶叫が遮断され、獅子の目が狂わんばかりの怒りに燃えた──その時だった。
 突如、獅子の体が“燃え始めた”。否、あれは“自ら炎を放ち始めた”と言う表現が適切かもしれない。
 まるで、憤怒の炎。触れるものすべてを焼き尽くさんばかりの、灼熱の地獄。
 それは偶然にも獅子の体に乗り、攻撃を仕掛けていたリーリアを焼き尽くしていく。
「……ッ!!」
 少女は炎にまかれ、獅子の背より落下した。
 この後、退避していた聖導士がリーリアを治療するのだが、火傷が致命傷に程遠いことは救いだった。
 とはいえ、あの状態の獅子に近づけばリーリアのように焼かれ、被害は拡大するばかりだろう。
 だが、それは歪虚を自由にさせる理由にはなり得ない。
「……引付けます。その隙に攻撃を」
「あぁ、任せる。行くぞ」
 匠の宣言。それを合図に反撃が再開。匠はあえて獅子の視界に陣取ると、躊躇なく拳銃の引き金を引く。寸分の狂いなく、それは確かに獅子の顔面を、その片目を穿ち抜いた。あまりの苦痛にのたうつ獅子の死角へとエリオットが走りこむ。その隙をカバーするように、更なる銃撃を繰り出したのは廼鴉。
「こんな炎、近づきたくもないが──近寄ってくれる奴がいるなら、支援はするさ」
 殺気立つ獅子の横っ面めがけて放たれた銃弾が鼻っ面を撃ち抜いた。獅子は鳴き声と言うに程遠い濁音を撒き散らし、崩れる。圧倒的な攻勢。そして合図を受けたエリオットの剣が喉元に突き立つと、獅子は力なくその“体を横たえ、二度と動き出すことはなかった”。

 ──何か、途方もない違和感がある。
 戦いを終えたばかりの匠の中で渦巻く疑問。それは、改めて周囲を観察してようやく具体的なものとなった。
 “獅子の遺体”が、残ったままだ。
「エリオットさん、なぜ“遺体”が……?」
 歪虚は命を落とすと、基本的にその姿ごと消えてしまう。例外的に、歪虚となって日が浅い場合などで残ることもあるが、此度の場合は“そうではなかった”ようだった。
「……そうか、こいつは憤怒か! 今すぐにここを離れろ!」
 突如、エリオットが険しい表情で周囲に退避を促し始めた。全員が急ぎその場を離れた矢先──凶悪な爆発音を立て、瞬く間に炎が巻き起こった。大地が揺れ、吹き飛んだ焼土が周囲に飛び散り、道は跡形もなく消し飛んでいる。
 邪悪な炎が消失したその場所には、巨大なクレーターが産み落とされていた。



 帰途についたハンターらは各々バイクや馬に跨りながら王都を目指していた。
 救助者の女を後ろに乗せながら、エリオットは匠の横に馬をつけると真っ直ぐに声をかける。
「匠、先程は助けられた。礼を言う」
「とんでもない。……あの、話は変わりますが、貴女が襲撃された時の様子を教えて頂けませんか」
 幾つか出された匠からの質問に、女は真摯に状況を振り返った。
「突然、どこからか獣が降ってきたの。辺りには私達しかいなかった。なのに……あいつは私達を、中でもなぜか私を狙っていたのは皆の言う通りよ」
 先の戦いを思い出したか、女は苦い思いを隠して懸命に微笑んで見せる。
「こんな回答で、役に立つ?」
「はい、十分に」
 頷く匠の目には、女の首元に輝く“エクラ”の十字が存在を主張しているように感じられた。

●夕暮れの街で

 王都まで救助者を送り届けると、彼女を待っていた仲間達は大いに喜びあった。そんな光景を見守るハンターの中で、リズレットはふと気づいて後ろを振り返る。後方からひっそり見守るエリオットの姿は、随分疲れているように見えた。
「王国騎士団長と言えば、休む暇もないだろう」
 賑わう輪を離れてエリオットに近づくと、リズレットは疲労の滲むその顔を見上げる。
「ただ、貴殿が無理を、無茶をする事で、悲しむ者が居る事は、忘れない様にして欲しい」
「そうか、そうだな……。心に留めよう」
 少年は男の表情が僅かに和らいだような気がして、口元を緩める。そこへエルフの少女がやってきた。
「そうしてくれるといいけれど。……あなたは自罰的でありながら、傲慢さも感じるわ」
 男にとって、少女──アイシュリングの視線は射抜くような鋭さを伴って感じられる。
「貴方の立場がそうさせるのかもしれないけれど……その義務感が執着のようになってはいないかしら」
 驚いた様子で目を見開くエリオット。感情の出ない青年にとって、珍しい表情だ。
「人はすべてを支配できる神にはなれないわ。受け入れて、手放すことも必要よ」
 アイシュリングの言い分に首肯し、リズレットが手を差し出す。
「偶には誰かに頼るのも、悪い事ではない。また、力を貸せる機会が有れば、何時でも言って欲しい」
 伸びた手を前に逡巡した後、それを握り返した男はどこか苦い面持ちのようにも見えた。
「……これでも、俺としては頼ったつもりだったのだが」
「大丈夫です、解りましたよ。信頼に応えられたなら良いのですが」
 去り際、匠とエリオットはそんな会話を交わし、王都西門を後にした。

 騎士団本部に帰還した騎士団長の執務室に、ある少女がやってきた。
「ルカです。あの、先ほどは……」
 少女は慎重そうな声色で「失礼します」と告げ、入室。出迎えに立ち上がる男の前に少女が一つの紙袋を差し出した。理解が追いつかず首を傾げる男の前で、紙袋の中身を開けて見せた少女は懸命に説明を始める。
「顔色が良くなかったような気がして。くまも薄く出ていましたし」
 少女がおずおずと手渡したのは、小さなガラス瓶。
「香水、です。枕元にこれを1滴染み込ませたハンカチを置くと、よく眠れるかもしれません。良ければ試して下さいね」
 そう言い残し、少女はぺこりとお辞儀をすると丁寧に部屋を辞していった。
 青年は綺麗な細工の瓶を摘むと、そっと蓋を開けた。
「……鈴蘭、か」
 室内灯を受けた透明の液は、キラキラと輝いて見えた。

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重体一覧

参加者一覧

  • ノブリスオブリージュ
    リーリア・バックフィード(ka0873
    人間(紅)|17才|女性|疾影士

  • ルカ(ka0962
    人間(蒼)|17才|女性|聖導士

  • 神代 廼鴉(ka2504
    人間(蒼)|18才|男性|魔術師
  • 未来を想う
    アイシュリング(ka2787
    エルフ|16才|女性|魔術師
  • 黒の懐刀
    誠堂 匠(ka2876
    人間(蒼)|25才|男性|疾影士

  • リズレット・ウォルター(ka3580
    人間(紅)|16才|男性|魔術師

サポート一覧

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依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
神代 廼鴉(ka2504
人間(リアルブルー)|18才|男性|魔術師(マギステル)
最終発言
2015/06/27 11:04:08
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/06/20 17:39:37