【審判】ローズクォーツを供にして

マスター:鹿野やいと

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
6日
締切
2015/06/25 22:00
完成日
2015/07/08 20:35

このシナリオは4日間納期が延長されています。

みんなの思い出

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オープニング

 エクラ教では巡礼という行事が奨励されている。成人、結婚、子供の誕生など人生の節目に置いて、教会の定めた特定の市町村の聖堂を特定の順で周り、最後に王都イルダーナの聖ヴェレニウス大聖堂へと続く旅である。巡礼は強制ではないため、3年に1度出かける熱心な者から、子供の頃に親に連れられて行ったきり、という者まで様々だ。彼らは途中の宿泊代以上の大した金銭は持ち合わせていない。盗賊にとって襲う旨みはさほどでなく、襲えば聖堂戦士団のみならず騎士団や各地の領主にも目の敵にされる。彼らの安全は治安を預かる者達の威信が掛かっているからだ。よって彼らの旅は比較的安全に行われる。歪虚の脅威を抜きにすれば、であるが。
「酷いものですね」
 ヴィオラ・フルブライト(kz0007)は小さく十字を切って死者に祈りを捧げた。森と森に挟まれた街道の途上、10人ほどの集団で移動していた巡礼者達は、1人残らず巨大な爪、あるいは牙のようなもので殺されていた。最初の襲撃で2人、振り返って彼らが事態を把握するまでに4人。残りは追いかけて順次背中から爪を袈裟懸けに振り下ろしている。分散しないように最後尾を襲った手際、追走して1人残らず仕留めるだけの速力と手強い個体なのは間違いない。歪虚はその後、逃走したらしく今は周囲に痕跡はない。最初に現場を確保した騎士団が丁寧に周囲の茂みを捜索しているが、目立った成果は上がっていなかった
「……単独犯なら、厄介だろうな」
 ヴィオラが物思いを止めて振り向くと、騎士団長エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)が目の前にいた。
「エリオット殿、どうしてここへ?」
「丁度、近くを警邏中だった。逃げたのは強力な歪虚だった、という証言を聞いて気になった節はあるが」
 御苦労なことだと、ヴィオラは言いかけた言葉を飲み込んだ。今ここで現場を調べている騎士団は若者ばかりだ。人員の半数、それも主力といえるメンバーをイスルダ島の戦い――ホロウレイド――で失った彼らは、まだ経験も少ない若い彼らに無理をさせていくしか道がない。赤の隊は今でこそ外征で多くの実戦経験を積んでいるが、青の隊や白の隊のほとんどの者は十分ではない。先年の黒大公の襲撃ではその事が浮き彫りになり、それを支えようとした多くのベテランが戦死した。エリオットは過去も今も、増え続ける重荷を生真面目に全て受け止める気なのだろう。そんなことはできるはずもない。どこかで破綻するとわかっているのに。
「エリオット殿、彼らを襲った歪虚の討伐は聖堂戦士団で行います」
「ヴィオラ殿、歪虚の討伐であれば我々騎士団で……」
 言い募るエリオットにヴィオラは言葉を被せて遮った。
「結構です。関係者が死んだことは痛ましいですが、事件としては大した話ではありません。我々だけで十分。騎士団にはもっと重要な役目があるでしょう?」
 エリオットはしばし考えた後、小さく息を吐いて「承知した」とだけ答えると、全ての騎士に撤収を命じた。仕事から解放されたためか、あるいはぴりぴりした空気に怯えていたのか、騎士達は一様にほっとしたような表情を浮かべていた。



 有志の司祭と信者達によって遺体は回収された。続いて現れた聖堂戦士団が引継を終えてしばらくして、逃げ延びた旅行者に聴取を行っていた人物が現場に到着した。女性の名はアイリーン。ヴィオラが聖堂戦士団の長になる前からのつきあいだ。よく梳かれたセミロングの金髪が印象的で、所作の硬いヴィオラと比べると非常に女性的であった。
「アイリーン、歪虚の目撃情報は集まりましたか?」
「はい。一通りは」
 アイリーンはメモを読み上げる。巡礼者を襲った歪虚の外見はトラの顔を持つワシのようだったという。翼長は街道の幅と比較で少なくとも10m以上あった。歪虚は巡礼者を殺した後、通りがかった旅行者に発見された。旅行者が悲鳴をあげて逃げようとすると、歪虚も向きを変えて飛び去った。
「……いなくなったのですか?」
「はい。……変ですよね」
「妙ですね」
 旅行者は非覚醒者ばかりで武術の心得のある者もなく、襲われたらひとたまりもなかった。容易くほふれる獲物を前に、何故飛び去ったのか。
「姿を見られたから逃げた……? いえ、それなら目撃者も皆殺しにすれば済むはず」
 歪虚は可能な限り破壊する一方の思考をとるものが多い。狩りの続きが出来るというのに、引き上げるというのは妙な話だ。
「殺しに満足したから、でしょうか?」
「それも説明としては弱いですね」
 ヴィオラはしばし考え込むが、思考の無為さに早々に見切りをつける。
「良いでしょう。直接その歪虚を調べてみましょう。討伐には私も参加します。知能の程度、あるいは趣味嗜好。似たような歪虚が今後も現れるなら対策せねばならないでしょう」
「しかし団長、森の中を捜索するなら騎士団の手を借りても良かったのでは?」
「……良いのです。強力な歪虚相手なら非覚醒者を並べても被害が増えるだけです。王都に戻ったらハンターへの依頼をだしましょう」
「了解しました」
 ヴィオラが指示を出すまでもなく、聖堂戦士団は今日この場で野営して歪虚の逃走を警戒する任務に当たった。1人1人に声を掛け終わると、ヴィオラはアイリーンの連れた馬にまたがり、揃って王都への道を引き返していった。
「もう6年になるのですね」
 ヴィオラは自分の言葉に忠実な戦士達を眺め、感慨深げに呟いた。使徒の声を聞いた、その事実をもって団長になったヴィオラに対し、当初のうちはほとんどの聖堂戦士が反抗的だった。それが現在のように忠実な答えを返すようになったのは、イスルダ島の敗戦以降のことだ。国王が死に、騎士団の半数が倒れる大敗北において、聖堂戦士団の損害は2割程度。その指揮をとり仲間を死地より救い出したヴィオラは、戦乙女として仲間の崇拝に近い尊敬を勝ち取った。しかしそれは彼女にとって孤独の始まりでしかなかった。敗戦の記憶を戦乙女と戦った勝ち戦の記憶に摩り替えるために、彼らはその崇拝の念を決して捨てようとはしない。それが叶わなかった者の中には戦士団を去った者も居た。そのほうが幾分か健全だっただろう。今の彼らは、死んだ心を生きていると誤魔化して立つ死者のようなものだ。騎士団の弱卒ぶりを笑えるような体裁では決して無い。
「ヴィオラ」
 呼ばれてヴィオラの意識は現実に引き戻される。視線が合うと、アイリーンは柔らかい笑みでヴィオラを誘った。
「今日はもう帰って休みましょう?」
「……そうですね」
 時折立場が逆転する。ヴィオラもまた死者に引きずられるとき、アイリーンが必ず手を引いて呼び戻す。一つ年上なだけの彼女に、私的な場ではヴィオラは全く頭が上がらない。それが何故だか、自分が人間である証明のようにヴィオラには感じられた。

リプレイ本文

 森の入り口に差し掛かった一行は森に侵入する前に各々準備を整え始めた。敵は空を飛び逃げる歪虚。闇雲に追うだけでは追いつけないだろう。追走役の葛音 水月(ka1895)は小さくジャンプを繰り返して靴の調子を確かめている。ロジャー=ウィステリアランド(ka2900)とネイハム・乾風(ka2961)は、木々の間に潜伏するために迷彩の服を着込んでいる。その間ヴィオラ・フルブライト(kz0007)は、じっと森を見つめながら事件の経緯に思いをはせていた。ハンター達は幾つかの推論をあげていたが、確信を得るものがなかったからだ。
「可愛い顔が曇ってるけどどうかしたのかにゃーん?」
「!!」
 背後から声を掛けてきたギルベルト(ka0764)の腹にヴィオラは振り向きざま肘を叩き込む。予想外に速く鋭く容赦ない肘を食らい、ギルベルトはうずくまりながら大仰に痛がった。
「いってぇー! ……ヒヒヒヒ」
「なにやってるんですか……」
 準備を終えたユーロス・フォルケ(ka3862)があきれた顔でその様子を見ていた。ヴィオラは大きくため息をつきながら服装を整えた。
「不可抗力です。……おしりを触られました」
「はあ?」
「僕ちん流のスキンシップよんスキンシップ、元気なるっしょ」
「なりません」
 ヒヒヒと笑いながらギルベルトは立ち上がる。ギルベルトは現場に到着してからずっとこの調子だ。
(だって面白そうじゃん?)
 歪虚は知能がある。そして強力となればこれ以上彼にとって楽しいことはない。理解されづらいと見えた嗜好だが、その高揚の半分はネイハムも理解していた。
「慌てないでください。準備が終わればすぐですよ」
「?」
「逃げ回れないように、先に準備を整えます」
 地図を見ながら淡々と言うネイハムに感じるものがあったのか、ギルベルトはヒヒヒと更に笑みを深めていった。
 こうして着々と準備が整う中、ヴァージル・チェンバレン(ka1989)は巡礼者の装束を羽織っていた。外套は簡素なものだが巡礼者のよく使う灰白色の物を選んでいる。
「キラキラしたもの首にかけないと。鷲の子はこれが好きなのよ」
 雨音に微睡む玻璃草(ka4538)はヴァージルの衣装の上から聖印をかけた。ヴァージルはされるがままだったが、推測自体には異論はあった。
「先程ウォルターが調べたが、巡礼者は聖印を必ずしも見える位置につけていたわけではないらしい」
「そうなのですか?」
「ええ、間違いございやせん」
 断言するウォルター・ヨー(ka2967)はメモを書き綴った紙をヴィオラに渡す。そこには襲われなかった旅人との外見的特長の差が細かく記されていた。経歴思想、持ち物、当時の対応。わかる範囲全てだ。決定的な情報はなかったが、整理された情報はそれだけでも価値がある。
「お辛うござんしょう。前途の幸福を祈る旅の途上で理不尽に合うってな、どうにもやりきれやせんな」
「…………そうですね」
 ヴィオラは努めて感情を露にしないように受け答えする。同じ信仰を持つ者の死は心穏やかに受け止めることは出来ないだろう。ウォルターにはその感情が痛いほどにわかった。同時に苦痛は羨望の対象でもあった。ヴィオラは職務として考えを切り離し、部下達に周囲の警戒や事後の対応を申しつけてまわっていく。ヴァージルはヴィオラが離れたのを確認し、足下に未だ残る血の跡を一瞥した。
「祈りなど……。これこそ神など存在しないことの証明にも思えるがね」
 ウォルターはヴァージルの呟きを聞きとがめて視線を向ける。責めるわけではない。ただそれでは、報われない人も居る。祈りなど無為となれば、人は誰に祈れば良いのか。ヴァージルは肩を竦めたきり、それ以上のことは何も言わなかった。ヴィオラに声が届いたのかはわからない。少なくとも、彼女は出発まで一言も神の加護に言及することはなかった。



 森の木々は植生がそこそこにまばらで、木々の下の地面にも柔らかい陽光が降り注いでる。浅い川は飲めるほどに澄んでいて、事件さえなければ穏やかな景色だった。ヴァージルとアイリーンは腐葉土の湿り気が残る大地を静かに歩く。土に足音が吸われるため、ゆるりと歩くと自然そうなった。残りの者は2人を遠巻きにして思い思いに身を隠していた。ギルベルトとウォルターは木の上に。移動は困難だが覚醒者の身体能力を持ってすれば可能だ。移動の際には木々がよく揺れるので、その点のみ非常に気を使った。葛音とユーロス、フィリアは周囲の茂みに。木々はまばらだが、身を隠すのに十分な太さの木もある。ネイハムとロジャーは偵察も兼ねて更に先行している。一番囮に近い葛音、ユーロス、フィリアの3名は小さな変化も見逃すまいと、静かにその場で待ち続けた。
「こないですねー……」
「慌てちゃだめよ。良い子にだけ青い鳥はやってくるのよ」
「でもつまらないのです」
 フィリアが歌うように遠まわしな台詞を喋り続けるが、葛音は平気らしい。ユーロスには少し理解ができなかった。
「つまるつまらないじゃないだろ」
「どうしてです? きっと楽しいですよ」
 葛音の返答も理解に苦しむ。同じ言葉を使ってるが意味が通じてる気がしない。いや、価値観がどこか違うのだろう。生まれた土地の事件で切迫するユーロスは楽しいとはどうしても思えない。真剣に取り組んでるのはわかるが、ギルベルトも馬が合わなかった。
「リンゴが好きな蛇は一匹だけじゃないわ。まだ居るのよ」
「?」
 ユーロスはそれ以上言及するのは止めることにした。ほどなくして変化があった。最初に気づいたのは樹上で待機してた二人組。特に合図をしたわけではないが、ほどなくヴァージルも気づいた。
「こちらを見ているな」
 茂みの向こう、低い位置に歪虚は隠れていた。ヴァージルは視線で傍らのアイリーンに知らせる。アイリーンは頷き返すと、そろって進む方向を変えた。旅人は歩みの速度を変えない。気づいていないものと判断したのか、歪虚は歩みを速めながらも茂みの向こうから出ない。ヴァージルは十分に広い場所に出ると頃合と見て歩みを止めた。誘われているとも知らずに歪虚は飛翔し、奇声をあげながらヴァージルめがけて迫った。アイリーンが歪虚めがけて投げナイフで応戦する。命中箇所から黒い液体を吹き出すが、勢いを減じることはない。鉤爪を広げて飛び掛ってきた歪虚を、抜き放った剣で受け止めた。
「ヒャッハハハハ!! 死になぁ!!」
 ギルベルトとウォルターが頭上から飛び降りた。瞬脚のスキルで木の幹を蹴った2人は、それぞれが左右の翼を狙う。ウォルターの剣が右の翼を斬りつけられ、ギルベルトのナイフは翼の根元に深く突き刺さる。痛みで叫びをあげる歪虚は大きく翼を左右に振り払い、2人のハンターを弾き飛ばす。受身を取ったギルベルトは透明なナイフについた黒い血液を舌で舐め取った。
「浅い!?」
「ヒャハ! 骨の感触、最高じゃん! ヒヒヒヒヒ!」
 口が裂けたかのような笑みを浮かべ、ギルベルトは再び茂みに姿を隠す。本来ならその場で切り込むのが正解だが、ほかの仲間が既に飛び掛っていた。別の茂みから飛び出した葛音がワイヤーを歪虚の右足に巻きつけた。
「逃がしませんよ。おっきなトラトリさん、僕と力比べしましょう」
 葛音1人だけなら空に逃げる選択肢もあったが、正面からヴァージルに掴みかかられ動きがとれない。動きが再び止まった歪虚の背を目掛け、ふわりとフィリアが跳んだ。
「ティータイムの時間よ。白いテーブルクロスを引きましょう」
 フィリアは軽くステップを踏むように背中に着地し、同時に傘の先端を突き刺す。その傘の中身は波打つ刃の片手剣。切っ先は深々と突き刺さり、歪虚は悲鳴をあげた。歪虚は攻撃から逃れようと更に体を大きく動かす。フィリアは背中に捕まったまま、剣を何度も突き刺した。
「あっ!」
 歪虚はちぎれることも構わず力を入れて羽ばたいた。葛音のワイヤーを巻きつけていた足がちぎれる。フィリアを振り落として飛んだ歪虚は、戦うことを諦め逃走をはかった。ユーロスはショットアンカーで逃げようとする歪虚を狙うが、歪虚は距離をとって別方向へ逃げていく。
「ありゃ、逃げちゃったよ」
 ギルベルトがぽかんとした顔で眺める。声は落胆の色が濃い。楽しみが終わってしまったからだ。歪虚が逃げた先には残りの2人が伏せている。
「つまらない結果になりましたね」
 歪虚を射程に捉えるとネイハムは銃、ロジャーは弓で歪虚を狙う。銃弾と矢の奇襲を受けた歪虚はひとたまりもなく、今度こそ地面に落ちていった。
「さて、死んだかな……っておい」
 ロジャーの声は銃声によってかき消された。ネイハムは動きを止めた歪虚に更に銃弾を撃ち込んでいる。2発、3発、4発。一発ごとに狙いはつけるが、動けなくなった歪虚は撃たれるままだ。歪虚はついに羽ばたきを止める。痙攣を繰り返していた歪虚だが、足先から塵に変わりはじめて行く。
「なんだ。もう少し楽しめると思ったのにな」
 ネイハムはつまらなさそうに呟き、銃を収める。終わってみればハンター達の圧勝だ。ハンター達は続々と死体の側に集まってくる。ネイハムは晴れやかな顔のギルベルトに恨みがましい視線を向けていた。
「……なに? なんか僕ちんの顔についてる?」
「……別に」
 ネイハムは素っ気無く言って視線を逸らす。ポジションの問題、役割の問題で一番楽しいところはギルベルトと葛音でもっていってしまった。まだ仕事は残っているが楽しみとは別の話だ。ギルベルトは視線の意味に遅ればせながら気づき、ネイハムの肩をばしばしと叩いた。一方、ヴィオラは消えいく歪虚に向けて十字を切る。アイリーンも続き、ロジャーもこの時ばかりは神妙な顔で手を合わせた。滅び行く者への怨恨は昇華されなければならない。しかしウォルターは苦い思いのまま、ヴィオラの横顔を見つめ続けていた。
(やっぱりそうだ。僕はもう、貴方にはなれない)
 彼にとって優しさは余裕のある者の証だった。悪徳・貧困・暴力の中では決して生まれることの無い物だ。
(神よ。何故僕をお見捨てなさったのか。僕とあの人に何の違いがあったのですか?)
 不幸は試練として受け入れろとでも言うのだろうか。ならば死んだ巡礼者は試練を乗り越えられなかった落伍者となってしまう。運命として受け入れるのなら、それこそ信仰に価値はあるのだろうか。
「難儀だな。信仰に縛られるというのは」
 声の主はヴァージルだった。祈るヴィオラを詰まらなさそうに見ている。彼の言うとおり、苦悩と向き合うための信仰がかえって苦悩を増やしている。ウォルターはその言葉を否定するかどうか、最後まで答えがでなかった。



 歪虚の退治の後、一行は森の内部を調査した。広くなく地形も複雑でない森の中を調査するのは容易かったが、成果を上げることはできなかった。半数のメンバーが歪虚の巣、あるいは拠点の存在を考えていたが、それらしい場所も見つからなかった。徒労を感じた一向は川べりで一時の休息を取る。疲れ果てたロジャーは、流れる清流で喉を潤していた。
「結局巣は見つからずかよ。子供でも守ってるのかと思ってたけどなあ」
「あれ、そんなもン探してたの? 歪虚は子供なんて作らないよーん?」
「なに?」
 ヒヒヒとギルベルトは意地悪い顔を浮かべる。ロジャーは怪訝な顔で見返すが、ギルベルトは笑うだけで特に返事をしない。
「歪虚は厳密には生き物じゃないらしい」
 代わりに答えたのはネイハムだった。歪虚は生き物と同じ方法で増えるわけではないので、鳥の姿を持っていても卵生とは限らない。例外もあるが生物と同様に考えると不都合は多いだろう。
「なんだよ、先に言えよ」
「今回の件は特殊です。例外も有り得ましたので、その可能性の調査も必要がありました」
 黙ったままのヴィオラに代わりアイリーンがフォローを入れる。ふてくされていたロジャーはすぐに気をよくして、自然な動作でアイリーンの肩を抱く。拒絶も失礼かと思ってしまい、アイリーンは逃げ遅れた。
「そうそう。歪虚がどうやって増えるかも調べないといけないからねえ」
「いえ、今回はそういう意図では……」
「因みに」
 ロジャーの視線は間近になったアイリーンに向けられる。精一杯のキメ顔でロジャーは次の台詞を吐き出した。
「人間の子供の作り方なら俺が教えて差し上げますよ?」
「……最低」
 冷たい視線が突き刺さる。具体的には路上を歩くゴキブリを見るかのように、機会があれば容赦なく踏みつぶそうという目だ。顔を真っ赤にすれば可愛げがあるが、戦場で働く女達はその程度では動じない。殴り殺されないうちにロジャーは腕をほどいて逃げることにした。ため息でロジャーの横暴を無視し、ユーロスが話を引き継いだ。
「こんだけ探してわからねえなら、上位からの命令とかじゃねぇか?」
「上位からの命令で巡礼者を……ですか」
 ヴィオラは思うところがあったのか口元に手を当て考え込んだ。
「巡礼者じゃなくても良かったのかもな。陽動や威力偵察なら怒りを煽れば十分だろ」
 巡礼者を襲う意味が薄い以上、彼の言う陽動や威力偵察は順当な推測だ。しかし王都の守りはこの程度ではがせるほど薄くはないし、過去の黒大公の襲撃を思えば威力偵察も意味は薄い。この歪虚の個体がそういう趣味嗜好だった、という価値の薄い結論が今のところ一番有力だった。議論は行き詰まったかに見えたが、ヴィオラとアイリーンには一つだけ、巡礼者が狙われる直接的な理由に心当たりがあった。しかしそれは王国の秘中の秘。この推測が確かとわかるまで、例え仲間と言えども語るわけには行かない。結局その日、一行は迷走する推論を携えて王都への帰路につくことになった。

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参加者一覧

  • 猛毒の魔銀
    ギルベルト(ka0764
    エルフ|22才|男性|疾影士
  • 黒猫とパイルバンカー
    葛音 水月(ka1895
    人間(蒼)|19才|男性|疾影士
  • 俯瞰視の狩人
    ヴァージル・チェンバレン(ka1989
    人間(紅)|45才|男性|闘狩人
  • Xカウンターショット
    ロジャー=ウィステリアランド(ka2900
    人間(紅)|19才|男性|猟撃士
  • 白狼鬼
    ネイハム・乾風(ka2961
    人間(紅)|28才|男性|猟撃士
  • ミストラル
    ウォルター・ヨー(ka2967
    人間(紅)|15才|男性|疾影士
  • たたかう者
    ユーロス・フォルケ(ka3862
    人間(紅)|17才|男性|疾影士
  • 囁くは雨音、紡ぐは物語
    雨音に微睡む玻璃草(ka4538
    人間(紅)|12才|女性|疾影士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質問卓
ロジャー=ウィステリアランド(ka2900
人間(クリムゾンウェスト)|19才|男性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
アイコン 相談卓
ロジャー=ウィステリアランド(ka2900
人間(クリムゾンウェスト)|19才|男性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2015/06/25 22:06:46
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/06/21 22:46:10