ゲスト
(ka0000)
憧れの蒼き世界-美食編-
マスター:スタジオI

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~6人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/06/16 15:00
- 完成日
- 2014/06/22 06:39
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
エンリコは、鍛え上げられた腕で、白いボールを力強く握った。
「こう握って、こう回転させるのか!」
腕を横から弓のようにしならせ、ボールを投げ放つ。
白球は轟音をあげながら飛び、その先で待ち受けている恋女房・シモーナの掌に納まった。
「それとも、こうか!」
エンリコの掌が次の白球を、四本の指で挟むように握った。
長身から、オーバースローの構えで投げ放つ。
ボールは、高速で直進しながらも、シモーナの手元で急角度に落ちた。
エンリコは、快心の笑みを浮かべた。
「これだ! この握りと回転なら、リアルブルーにさえ通じるに違いない!」
シモーナは受け止めた二つの白いボール――ライスボールを、交互にモグモグと食べた。
「アナタ、ドッチも同じヨ、味変わってナイ」
独特のたどたどしい口調の後、シモーナは溜息をついた。
エンリコは頭を抱え、食堂の天井に向かって悲痛な叫びをあげた。
「これも違うのか! 一体、スシとは何なんだ!? スシを回転させれば庶民の味になると聞いたが、どう回転させればいいんだ!?」
●
事の起こりは昨日、リアルブルー人がエンリコの経営する食堂に訪れた事だ。
エンリコの住むポルトワール郊外には、リアルブルーが住んでいないどころか、訪れる事すら滅多にない。
正直、会話をするのさえ、その日が初めてだった。
「リアルブルーの料理では、何が一番美味いんだ?」
エンリコの料理に舌鼓を打ってくれた客に、会計の時、尋ねてみた。
――スシだ――
客は、そう答えた。
「スシ? それはどんなモノなんだい?」
――白米を握ったものに、魚を乗せた料理だよ――
「白米! ちょうどそれが手に入ったところだ! 魚なら、サーモンのいいのがある! せっかくだからサービスだ、作らせてくれ!」
魚はサーモンの他に、地元で水揚げされた鯛やヒラメなどの安くて美味しい魚が入ってきていた。
白米は農耕推進地域「ジェオルジ」にいる親戚が送ってきたものがある。
エンリコは客を半ば強引に引き止め、言う通りの料理を作ってみた。
白米はボリュームがあっても食べやすいよう、三角形に握ってみた。
味がないので、塩も振ってみた。
サーモンには、香ばしさを出すため火を通してみた。
ライスボールの上に乗せただけでは不安定だったので、白米の中に埋め込む形にした。
「出来た、スシだ!」
それを一口食べると、客は大喜びした。
――美味い、懐かしい味だ――
エンリコは、リアルブルーで一番美味いと言われる料理を、一発で作れたのだと悦に入った。
それは、長い時間ではなかった。
――だが、これはスシじゃない――
「違うのか? 言われた通りに作ったんだが」
――スシは、ライスに酢がしみ込んでいる。 基本的には魚も生だ――
エンリコは、ライスボールを酢の中にドボンと入れてみた。
サーモンも生のままの切り身を乗せてみる。
「今度こそ、間違いなくスシだ! 食ってみてくれ!」
客は一口それを喰うと、ブチ切れて食堂を出て行った。
「待ってくれ! 何が悪かったんだ!?」
エンリコは慌てた。
食堂の外に出た客に追いすがった。
●
田舎育ちの青年であるエンリコにとって、リアルブルーは憧れである。
初めて料理を喰ってもらい、美味いと言われ喜んだのも束の間、言われた通りに料理をしたら、今度は怒り出してしまった。
もうわけがわからず、パニックになっていた。
「安い魚を使ったのがいけなかったのか? スシはウチのような安食堂で出すモノじゃないのか!?」
――そんな事はない、回るスシはリアルブルーでも庶民の味だった――
「教えてくれ! 俺はスシを! リアルブルーの味をもっと知りたいんだ!」
――今日は時間がない、だが、来週、仲間を連れてまたここに来る――
「その時に教えてくれるのか!?」
――すまんが、作り方は来週までに自分で習得しておいてくれ。スシの話をしていたら、無性に食いたくなっちまった。来週連れてくる仲間たちと一緒に今度こそ本物のスシを食いたい。あんたの腕なら出来るさ、満足させてくれたらリアルブルーの料理をもっと教えてやってもいい――
そう言葉を残し、リアルブルーの男は去って行った。
調べろと言っても、こんな田舎でリアルブルーの料理本など手に入るわけがない。
そもそも、エンリコも、女房のシモーナも字が読めない。
必死になって食堂の常連客たちに、スシの事を尋ねてみた。
一人だけ、それに関して聞きかじっている者がいた。
曰く――
スシは、握るだけじゃない
巻いたり
散らしたり
押したりもする。
茶色い袋に入れる場合もある
時には軍艦だったりする
「軍艦!? 軍艦って何だ!? 海水に浮かべるのか!? 大砲を付けるのか!?」
もうわけがわからなかった。
約束の日は、刻一刻と近づいてくる。
今回成功すれば、スシのみならず、リアルブルーの料理を教えてもらえ、この食堂は大きく発展するだろう。
だが、失敗すれば終わりだ。
皆にとっても憧れであるリアルブルーに対し、地元の恥を晒したと責められ、エンリコ夫妻の居場所は、故郷から無くなる。
「アンタ、仕方ナイヨ、ハンターズソサイティに頼モウ」
妻の提案に、エンリコは一縷の望みを託すことにした。
エンリコは、鍛え上げられた腕で、白いボールを力強く握った。
「こう握って、こう回転させるのか!」
腕を横から弓のようにしならせ、ボールを投げ放つ。
白球は轟音をあげながら飛び、その先で待ち受けている恋女房・シモーナの掌に納まった。
「それとも、こうか!」
エンリコの掌が次の白球を、四本の指で挟むように握った。
長身から、オーバースローの構えで投げ放つ。
ボールは、高速で直進しながらも、シモーナの手元で急角度に落ちた。
エンリコは、快心の笑みを浮かべた。
「これだ! この握りと回転なら、リアルブルーにさえ通じるに違いない!」
シモーナは受け止めた二つの白いボール――ライスボールを、交互にモグモグと食べた。
「アナタ、ドッチも同じヨ、味変わってナイ」
独特のたどたどしい口調の後、シモーナは溜息をついた。
エンリコは頭を抱え、食堂の天井に向かって悲痛な叫びをあげた。
「これも違うのか! 一体、スシとは何なんだ!? スシを回転させれば庶民の味になると聞いたが、どう回転させればいいんだ!?」
●
事の起こりは昨日、リアルブルー人がエンリコの経営する食堂に訪れた事だ。
エンリコの住むポルトワール郊外には、リアルブルーが住んでいないどころか、訪れる事すら滅多にない。
正直、会話をするのさえ、その日が初めてだった。
「リアルブルーの料理では、何が一番美味いんだ?」
エンリコの料理に舌鼓を打ってくれた客に、会計の時、尋ねてみた。
――スシだ――
客は、そう答えた。
「スシ? それはどんなモノなんだい?」
――白米を握ったものに、魚を乗せた料理だよ――
「白米! ちょうどそれが手に入ったところだ! 魚なら、サーモンのいいのがある! せっかくだからサービスだ、作らせてくれ!」
魚はサーモンの他に、地元で水揚げされた鯛やヒラメなどの安くて美味しい魚が入ってきていた。
白米は農耕推進地域「ジェオルジ」にいる親戚が送ってきたものがある。
エンリコは客を半ば強引に引き止め、言う通りの料理を作ってみた。
白米はボリュームがあっても食べやすいよう、三角形に握ってみた。
味がないので、塩も振ってみた。
サーモンには、香ばしさを出すため火を通してみた。
ライスボールの上に乗せただけでは不安定だったので、白米の中に埋め込む形にした。
「出来た、スシだ!」
それを一口食べると、客は大喜びした。
――美味い、懐かしい味だ――
エンリコは、リアルブルーで一番美味いと言われる料理を、一発で作れたのだと悦に入った。
それは、長い時間ではなかった。
――だが、これはスシじゃない――
「違うのか? 言われた通りに作ったんだが」
――スシは、ライスに酢がしみ込んでいる。 基本的には魚も生だ――
エンリコは、ライスボールを酢の中にドボンと入れてみた。
サーモンも生のままの切り身を乗せてみる。
「今度こそ、間違いなくスシだ! 食ってみてくれ!」
客は一口それを喰うと、ブチ切れて食堂を出て行った。
「待ってくれ! 何が悪かったんだ!?」
エンリコは慌てた。
食堂の外に出た客に追いすがった。
●
田舎育ちの青年であるエンリコにとって、リアルブルーは憧れである。
初めて料理を喰ってもらい、美味いと言われ喜んだのも束の間、言われた通りに料理をしたら、今度は怒り出してしまった。
もうわけがわからず、パニックになっていた。
「安い魚を使ったのがいけなかったのか? スシはウチのような安食堂で出すモノじゃないのか!?」
――そんな事はない、回るスシはリアルブルーでも庶民の味だった――
「教えてくれ! 俺はスシを! リアルブルーの味をもっと知りたいんだ!」
――今日は時間がない、だが、来週、仲間を連れてまたここに来る――
「その時に教えてくれるのか!?」
――すまんが、作り方は来週までに自分で習得しておいてくれ。スシの話をしていたら、無性に食いたくなっちまった。来週連れてくる仲間たちと一緒に今度こそ本物のスシを食いたい。あんたの腕なら出来るさ、満足させてくれたらリアルブルーの料理をもっと教えてやってもいい――
そう言葉を残し、リアルブルーの男は去って行った。
調べろと言っても、こんな田舎でリアルブルーの料理本など手に入るわけがない。
そもそも、エンリコも、女房のシモーナも字が読めない。
必死になって食堂の常連客たちに、スシの事を尋ねてみた。
一人だけ、それに関して聞きかじっている者がいた。
曰く――
スシは、握るだけじゃない
巻いたり
散らしたり
押したりもする。
茶色い袋に入れる場合もある
時には軍艦だったりする
「軍艦!? 軍艦って何だ!? 海水に浮かべるのか!? 大砲を付けるのか!?」
もうわけがわからなかった。
約束の日は、刻一刻と近づいてくる。
今回成功すれば、スシのみならず、リアルブルーの料理を教えてもらえ、この食堂は大きく発展するだろう。
だが、失敗すれば終わりだ。
皆にとっても憧れであるリアルブルーに対し、地元の恥を晒したと責められ、エンリコ夫妻の居場所は、故郷から無くなる。
「アンタ、仕方ナイヨ、ハンターズソサイティに頼モウ」
妻の提案に、エンリコは一縷の望みを託すことにした。
リプレイ本文
●
エンリコの経営する片田舎の食堂。
この日、ここに六人のハンターが派遣をされてきた。
「自分と同じリアルブルーに食べさせたスシというのは、どういったものだったのですか?」
黒縁眼鏡の青年、初月 賢四郎(ka1046)の質問に対し、エンリコは質問以外の部分に反応した。
「あんたリアルブルーの人か!」
顔を輝かせ、妻のシモーナと抱き合い、ダンスを踊る。
「やった! リアルブルーが来てくれたぞ!」
「コレデカッタモ同然ヨ!」
「いや、自分も寿司の専門家ではないので」
冷静で理知的な賢四郎ではあるが、そこまで喜ばれると結構、引いた。
「まあいい。とにかくスシだな!」
エンリコは、キッチンに入ると、先日の再現を開始した。
炊いた白米を握り、食べやすいように三角に握り、塩を振り、焼いたサーモンの切り身を入れる。
「やはり――今、エンリコさんが作っているのはスシではありません、『シャケオニギリ』という別の料理です」
「これを酢に漬けると、スシになるんだろう?」
「なりません『酸っぱくてぐしゃぐしゃなシャケオニギリ』になるだけです」
その様子をエルフの小柄な少女、マートーシャ・ハースニル(ka0209)が傍らから見ていた。
(リアルブルーの料理……興味有りますね。自分で食べるも、未来の主にお出しするも良し……)
メイドの技術を研鑽するため、また、スシの作り方の習得するため、依頼に参加したのだ。
「すみません賢四郎さん、そのシャケオニギリを試食させていただけますか?」
「どうぞ、ですがこれはスシとは違いますよ?」
シャケオニギリを食べたマートーシャは、自分の中におぼろげながら、何かが浮かんでくるような気がした。
●
「いいですか、事に於いては、常に情報を収集し、事前の備えがあってこそでしょう。中途半端な調査から正解が導き出される可能性は極めて低い!」
賢四郎の言葉に、うなだれるエンリコ。
「そうは言うが、こんな田舎じゃリアルブルーの料理に関する本なんか誰も持っていない。もし本があったとしても、俺もシモーナも文字が読めないんだ」
本任務には、期せずしてドワーフの娘が三人参加している。
その中の一人、銀髪巨乳のドワーフ娘、レーヴェ・W・マルバス(ka0276)が鞄から二冊の本を取り出した。
「依頼を受けた時に話は聞いておったからのお、知人にこれを借りて来たんじゃ」
『愛蔵版コミック あばれ寿司太郎! 第一巻』
『女寿司職人 さゆり 第八巻』
表紙に輝く宝石の如く美しい食べ物の写真に、エンリコは頬を上気させた。
「これがスシか! スシの作り方が書かれている本なのか!」
「コレデカッタモ同然ヨ!」
また手を取り合い、ダンスを始める夫妻。
「いや、この文献はグルメマンガとかいうもんじゃ、本格的な作り方が書いてあるわけでもないのじゃ」
「そうなのか」
しゅんとするエンリコ。
「じゃが、試しに作ってみた事はあるのぅ、その時はそれなりにはできたが」
頼もしげな笑顔を浮かべるレーヴェ。
エンリコはさっそく、教えを乞うことにした。
●
「酢飯は、ご飯に酢をかけて団扇で仰ぎながらシャリを切る様に混ぜる!」
賢四郎の指導に従い、エンリコは炊き置きの白米で寿司のシャリを作ってみた。
次は握りの段階である。
ネタはマグロの赤身を包丁で薄く切ったものだ。
「手でシャリを一口サイズである程度の形をつくりネタと合わせて握る、気持ち柔らかく握って米を潰さぬよう底に窪みをつくるのがポイントじゃ。上から下へ転がすように、最後は両脇を〆て形を整える。これをネタに体温が移らぬよう手早くの」
レーヴェの指導のまま完全、とはいかなかったが、さすがはプロの料理人。一応の形を、エンリコは作り出した。
人数分を握って、全員で試食してみる。
「うむ、酢飯が固いのう……」
三角笠をかぶった、エルフの老人、緑梢(ka1489)が、ダメ出しをした。彼もスシを食べた事があるとの話だ。
「美味しいです――先程いただいた、シャケオニギリの方が好みではありますが」
マートーシャがポツリと呟くと、隣に座った女性も感想を述べる。
「前から食べたかったけど、こういう味なんだなー」
ドワーフ三人娘の一人、赤褐色の肌のウルカ(ka0272)がイタズラっぽくニッと笑う。
すると突然、賢四郎が感情的になって立ちあがった。
「この寿司を作ったのは誰だぁ!」
プルプルしつつ、マグロ寿司を頭上に掲げる賢四郎。
今まで理知的だった賢四郎の豹変に、エビフライ頭のドワーフ娘・クレナ(ka0451)が思わずツッコミを入れた。
「あんた間近で見とったやろ? エンリコさんや!」
「間近で見ていたから言えるんです! このままでは客を満足させる味には至りません!」
賢四郎によると、道具が良くないのだという。
エンリコの使っているのは、普通の包丁だ。
それで生魚の切り身を作ろうとすると、どうしても断面がいびつになってしまう。
スシの滑らかな食感が得られないのだという。
「エンリコさん、これに近いものはありますか?」
マンガの中で主人公が研いでいる柳葉包丁を指し示した。
「いや、ない」
「ないのか? じゃあ作ればいい! どんな形なんだ?」
ウルカはマンガを覗き込み、そこに描かれた柳葉包丁を目に焼き付ける。
もう一人の鍛冶屋ドワーフ、クレナも眼鏡を漫画に近づけて、そのイラストを凝視した。
「なるほどな、同じ方向に一息でいけるように普通よりごつい長い奴やな? てことは、へろへろにならんよう刃の厚みを増して……通常の三倍長く、幅を三分の一に……」
エビフライ頭は中の身がぎっしりのようで、ディフォルメされたイラストから、その構造と機能とを、たちまち分析してしまった。
だが――。
「理屈はわかったが、これをそのままに作るのは並大抵な事やないで」
眉を潜めるクレナ。
「なせばなるなー」
ウルカの方は能天気で、早速、鍛冶道具を取り出し始めている。
「待ってください、もう一つ、作ってもらいたいものがあります」
「なんや?」
「『寿司は玉に始まり玉に終わる』とも言われます。そう、甘い厚焼き玉子が不可欠なのです。その為には、専用の玉子焼き用のフライパンが……」
賢四郎の追加オーダーは、彼女らを奮い立たせた。
●
柳葉包丁完成を待ちながら、エンリコとハンターたちはひたすらスシ修行に明け暮れる。
賢四郎をアドバイサーに、エンリコ、レーヴェ、マートーシャが調理担当として修行に付き合った。
そんな中、マイペースな翁・緑梢は、試作品を酒の肴に食べながら、シモーナと話している。
「清潔な布巾はありますかな?」
シモーナがそれを出すと、水に濡らして絞るように指示。緑梢はそれを受け取り、一口大の酢飯とシャケの切り身をのせる。
「わしは以前リアルブルーの知り合いに、スシを馳走になったんじゃがな。見た目は簡単に作れそうじゃろ? 作り方を教えてくれんかと聞いたら『素人には無理だ』と言われての」
布巾をぎゅっと固めに絞り、開くと、ころりとした手鞠寿司が出てきた。
「で、その変わりに教えてもらったのが、このテマリズシじゃ。見た目も可愛いし簡単じゃろ?」
ハンターたちが駆け寄ってきた。
「シャケオニギリとほぼ同じ材料なのに、全く違う味です」
マートーシャもこの味にご満悦だ。
「綺麗ですね、土産ものとして売れば、名物にもなりそうです」
賢四郎は故郷の料理の話で本気になりつつ、これを奇貨にこの世界でリアルブルーでの知識・概念を売って商売にできないかと画策していた。
「生産性も高いし、子供や女性にも受けそうです」
「女子供だけではないぞよ」
緑梢は酒を器に注いで鯛を酒漬けにして火で軽く炙る。そして旅のお供の調味料として持っていた山椒を、酢飯に混ぜて手鞠寿司に乗せた。
「どうじゃ! 大人の味じゃ」
確かに子供ばかりではなく、のんべえの男の舌にも合いそうな味になる。
「調味料は、常に持ち歩くんじゃ。やはりあるなしで違うからのう」
「調味料! 緑梢さん、ワサビの事を知らんかのう?」
レーヴェに尋ねられ、緑梢は、ホースラディッシュという草の根から作った調味料を出した。
「練りワサビそっくりな味ですね。充分、スシの味を引き立ててくれます」
お墨付きを与える賢四郎。楽しそうな店内を見ながら、緑梢はシモーナに爺ウィンクをした。
「ま、でも一番の調味料は、料理へ熱意と愛情じゃろな?」
●
エンリコから紹介された鍛冶場に行っていたクレナとウルカが、食堂に帰ってきた。
リアルブルー御一行来店予定前日の夕刻だった。
「や、やっと出来たなー」
二人ともヘロヘロだ。
腕には傷や、火傷が増え、掌には潰れたばかりのマメの跡がある。
「すまん、これが精一杯やった」
クレナが取り出した包丁は、文献で見たものとはだいぶ形が違っていた。
率直に言ってしまえば不格好。本来の柳葉包丁の洗練性からはやや程遠い。
玉子焼き用フライパンの方も、手習い作感が漂っている。
気まずそうな顔をしている二人の前から、レーヴェが包丁を取り上げた。それを閃かせ、鯛を一匹捌いてみる。
「この切れ味! 見事じゃ! ようやったな二人とも」
とたん、ドヤ顔になるウルカ。
「なー! 大丈夫だって言っただろー?」
クレナも、眼鏡を光らせる。
「見た目はごつくても、理論は完璧やさかい」
賢四郎は、フライパンを感心した顔で眺めている。
「こっちも美味い玉が焼けそうです、形はまあ、クリムゾンウェスト流ってとこですね」
「クリムゾンウェスト流ですか、私が考えているスシも、そうなるかもしれませんね」
「ほう、こないだ作っておったアレか?」
マートーシャに、緑梢が尋ねる。
「はい、でもまずは、お二人が作って下さった新しい道具を使いこなすのが先です。それで本当に美味しいスシを作る事が出来たら、私のスシも完成するかもしれません」
残り時間はあとわずかだ。
ハンターたちはそこに情熱の全てを込め、最後のスシ修行を開始した。
●
「こんな田舎食堂で、本当にスシが喰えるのか?」
翌日正午過ぎ、店の玄関を開けたリアルブルー人のお客を、エンリコが威勢よく出迎える。
「らっしゃい!」
頭に鉢巻をまき、コック服を板前服ぽく着こなしている。
「いらっしゃいませ、どうぞカウンターへお座り下さい」
メイド姿のマートーシャが案内をする。
カウンターは寿司屋っぽく、小改造した。グルメマンガを元に、少し近づけてみたのだ。
「アガリをどうぞ」
マートーシャが熱い緑茶を出した。
『魚脂は口の中にしつこく残るでなこれを洗い流すのに適しているのじゃよ』
というレーヴェの主張から、市場を探してきたのだ。
紅茶とは製法が違うだけなので、比較的簡単に手に入った。
「本格的だなあ」
これにはお客も少し戸惑う。
「ご注文をどうぞ」
「じゃあ、まずマグロを」
エンリコが慣れた手つきで素早くスシを握った。
ルビー色に輝く寿司が、二貫セットで寿司下駄の上に置かれる。
半信半疑に食べた男は、目を輝かせた。
「うまい! リアルブルーの味そのままだ!」
「本当か?」
最初は恐る恐る、だが徐々にペースをあげて注文が飛び交い始める。
「た、鯛あるかな?」
「イカとか握れる?」
「タコは?」
「ヒラメ!」
「ホタテ!」
勢いづいて、ガツガツとスシを喰うお客たち。
「まるで故郷に帰ってきたみたいだ!」
ほころんだ顔を見合わせる。
エンリコも、ハンターたちも一週間の苦労が予想以上に報われ、満足げだった。
「そろそろシメで、玉もらおうかな」
「俺も厚焼き玉子!」
「玉一丁!」
お客は、本日最後のスシを注文し始めた。
クレナとウルカが造った専用フライパンの出番だ。カステラのようにふわふわなのが、これで焼ける。
全員を満足させる完璧なシメのはず――だった。
「みんなシメは玉派なのか、俺はイクラ派だ。一丁頼む」
一人の客がした注文に、カウンターの中でレーヴェが首を横に振った。
「サーモンの卵か? あれは握れんぞ、潰れてしまうからのう」
ごく一部の熟練した職人は、見事にイクラを握れるらしいが、さすがに一週間の特訓ではそこまで至らなかった。
「握らなくていいよ、軍艦で」
「軍艦って舟みたいにちっさいネタを詰めたスシじゃな、海苔が必要と聞いたが準備できてないのじゃ」
レーヴェの答えに、お客たちが急に肩をすぼめた。
「そうか、海苔はないよな」
「巻寿司も出てこなかったもんな」
「故郷の寿司屋になら当たり前にあるもんだから、つい」
「あの匂いが懐かしい」
「なんか、帰りたくなっちまったな」
暖かく膨らんでいた雰囲気が、一気に冷たくしぼんだ。
中途半端に故郷気分を刺激された後、それが偽りであり、ここは遠い異郷なのだと思い知らされた。ホームシックにかかったのか、すすり泣いている者までいる。
お客はすっかり意気消沈し、会計を済ませた。本当は緑梢のテマリズシを土産におススメするつもりだったのだが、とてもそんな雰囲気ではない。
お客が出口に向かおうとした、その時だった。
「マートーシャ、アレを食べてもらうんだな!」
ウルカが声をあげた。
「え、でも、あれはリアルブルーのスシとは」
戸惑うマートーシャ。
「大丈夫! あんな美味い巻きズシならリアルブルーの人だって満足するんだな!」
「巻ズシが出来るのか?」
お客は思わず立ち止まる。
マートーシャは、キッチンに入った。
まずナッツを細かくすりつぶし、ワイン、醤油、ハーブ等と共に煮詰め、ソースを作る。
炊いた米を使いオニギリを作り、オニギリに薄く斬った肉を巻き、ソースを塗り、オーブンで焼く。
それを皿に乗せ、自ら給仕した。
「これは?」
「肉巻ヤキオニギリ?」
「最初にシャケオニギリを食べた時から考えていて、今朝、皆さんと完成させたクリムゾンウェストのスシです」
お客は皆、スシのイメージからかけ離れたその姿に戸惑っていた。
やがて一人が『せっかく作ってくれたのだから』と、一口齧る。
「美味い! 干し肉とナッツ風味の醤油ソース、焦げた米の香ばしさが絶妙だ!」
他のお客たちも、次々にマートーシャスシを食べた。
「熱い米の中から溶けたチーズが出てきて、はふっあふっ!」
食べ終えたお客の顔に、生気が蘇った。
「思っていた巻きズシとは違うけど、これはこれで美味い」
「リアルブルーにずっといたら、味わえない味だったな」
キッチンの奥にいた賢四郎が、お客の前に出て頷く。
「そうですね、僕たちがここへ来たから、この新しいスシが――文化が生まれたんだんだと思います」
かつて人類は、魚という海の動物と、稲という陸の植物を交わらせ、スシという珠玉の味を誕生させた。
紅と蒼、二つの世界の交わりはこれから、どんな文化を生み出すのだろう。
ほのかな期待を人々に抱かせた、田舎の小さな食堂での出来事だった。
エンリコの経営する片田舎の食堂。
この日、ここに六人のハンターが派遣をされてきた。
「自分と同じリアルブルーに食べさせたスシというのは、どういったものだったのですか?」
黒縁眼鏡の青年、初月 賢四郎(ka1046)の質問に対し、エンリコは質問以外の部分に反応した。
「あんたリアルブルーの人か!」
顔を輝かせ、妻のシモーナと抱き合い、ダンスを踊る。
「やった! リアルブルーが来てくれたぞ!」
「コレデカッタモ同然ヨ!」
「いや、自分も寿司の専門家ではないので」
冷静で理知的な賢四郎ではあるが、そこまで喜ばれると結構、引いた。
「まあいい。とにかくスシだな!」
エンリコは、キッチンに入ると、先日の再現を開始した。
炊いた白米を握り、食べやすいように三角に握り、塩を振り、焼いたサーモンの切り身を入れる。
「やはり――今、エンリコさんが作っているのはスシではありません、『シャケオニギリ』という別の料理です」
「これを酢に漬けると、スシになるんだろう?」
「なりません『酸っぱくてぐしゃぐしゃなシャケオニギリ』になるだけです」
その様子をエルフの小柄な少女、マートーシャ・ハースニル(ka0209)が傍らから見ていた。
(リアルブルーの料理……興味有りますね。自分で食べるも、未来の主にお出しするも良し……)
メイドの技術を研鑽するため、また、スシの作り方の習得するため、依頼に参加したのだ。
「すみません賢四郎さん、そのシャケオニギリを試食させていただけますか?」
「どうぞ、ですがこれはスシとは違いますよ?」
シャケオニギリを食べたマートーシャは、自分の中におぼろげながら、何かが浮かんでくるような気がした。
●
「いいですか、事に於いては、常に情報を収集し、事前の備えがあってこそでしょう。中途半端な調査から正解が導き出される可能性は極めて低い!」
賢四郎の言葉に、うなだれるエンリコ。
「そうは言うが、こんな田舎じゃリアルブルーの料理に関する本なんか誰も持っていない。もし本があったとしても、俺もシモーナも文字が読めないんだ」
本任務には、期せずしてドワーフの娘が三人参加している。
その中の一人、銀髪巨乳のドワーフ娘、レーヴェ・W・マルバス(ka0276)が鞄から二冊の本を取り出した。
「依頼を受けた時に話は聞いておったからのお、知人にこれを借りて来たんじゃ」
『愛蔵版コミック あばれ寿司太郎! 第一巻』
『女寿司職人 さゆり 第八巻』
表紙に輝く宝石の如く美しい食べ物の写真に、エンリコは頬を上気させた。
「これがスシか! スシの作り方が書かれている本なのか!」
「コレデカッタモ同然ヨ!」
また手を取り合い、ダンスを始める夫妻。
「いや、この文献はグルメマンガとかいうもんじゃ、本格的な作り方が書いてあるわけでもないのじゃ」
「そうなのか」
しゅんとするエンリコ。
「じゃが、試しに作ってみた事はあるのぅ、その時はそれなりにはできたが」
頼もしげな笑顔を浮かべるレーヴェ。
エンリコはさっそく、教えを乞うことにした。
●
「酢飯は、ご飯に酢をかけて団扇で仰ぎながらシャリを切る様に混ぜる!」
賢四郎の指導に従い、エンリコは炊き置きの白米で寿司のシャリを作ってみた。
次は握りの段階である。
ネタはマグロの赤身を包丁で薄く切ったものだ。
「手でシャリを一口サイズである程度の形をつくりネタと合わせて握る、気持ち柔らかく握って米を潰さぬよう底に窪みをつくるのがポイントじゃ。上から下へ転がすように、最後は両脇を〆て形を整える。これをネタに体温が移らぬよう手早くの」
レーヴェの指導のまま完全、とはいかなかったが、さすがはプロの料理人。一応の形を、エンリコは作り出した。
人数分を握って、全員で試食してみる。
「うむ、酢飯が固いのう……」
三角笠をかぶった、エルフの老人、緑梢(ka1489)が、ダメ出しをした。彼もスシを食べた事があるとの話だ。
「美味しいです――先程いただいた、シャケオニギリの方が好みではありますが」
マートーシャがポツリと呟くと、隣に座った女性も感想を述べる。
「前から食べたかったけど、こういう味なんだなー」
ドワーフ三人娘の一人、赤褐色の肌のウルカ(ka0272)がイタズラっぽくニッと笑う。
すると突然、賢四郎が感情的になって立ちあがった。
「この寿司を作ったのは誰だぁ!」
プルプルしつつ、マグロ寿司を頭上に掲げる賢四郎。
今まで理知的だった賢四郎の豹変に、エビフライ頭のドワーフ娘・クレナ(ka0451)が思わずツッコミを入れた。
「あんた間近で見とったやろ? エンリコさんや!」
「間近で見ていたから言えるんです! このままでは客を満足させる味には至りません!」
賢四郎によると、道具が良くないのだという。
エンリコの使っているのは、普通の包丁だ。
それで生魚の切り身を作ろうとすると、どうしても断面がいびつになってしまう。
スシの滑らかな食感が得られないのだという。
「エンリコさん、これに近いものはありますか?」
マンガの中で主人公が研いでいる柳葉包丁を指し示した。
「いや、ない」
「ないのか? じゃあ作ればいい! どんな形なんだ?」
ウルカはマンガを覗き込み、そこに描かれた柳葉包丁を目に焼き付ける。
もう一人の鍛冶屋ドワーフ、クレナも眼鏡を漫画に近づけて、そのイラストを凝視した。
「なるほどな、同じ方向に一息でいけるように普通よりごつい長い奴やな? てことは、へろへろにならんよう刃の厚みを増して……通常の三倍長く、幅を三分の一に……」
エビフライ頭は中の身がぎっしりのようで、ディフォルメされたイラストから、その構造と機能とを、たちまち分析してしまった。
だが――。
「理屈はわかったが、これをそのままに作るのは並大抵な事やないで」
眉を潜めるクレナ。
「なせばなるなー」
ウルカの方は能天気で、早速、鍛冶道具を取り出し始めている。
「待ってください、もう一つ、作ってもらいたいものがあります」
「なんや?」
「『寿司は玉に始まり玉に終わる』とも言われます。そう、甘い厚焼き玉子が不可欠なのです。その為には、専用の玉子焼き用のフライパンが……」
賢四郎の追加オーダーは、彼女らを奮い立たせた。
●
柳葉包丁完成を待ちながら、エンリコとハンターたちはひたすらスシ修行に明け暮れる。
賢四郎をアドバイサーに、エンリコ、レーヴェ、マートーシャが調理担当として修行に付き合った。
そんな中、マイペースな翁・緑梢は、試作品を酒の肴に食べながら、シモーナと話している。
「清潔な布巾はありますかな?」
シモーナがそれを出すと、水に濡らして絞るように指示。緑梢はそれを受け取り、一口大の酢飯とシャケの切り身をのせる。
「わしは以前リアルブルーの知り合いに、スシを馳走になったんじゃがな。見た目は簡単に作れそうじゃろ? 作り方を教えてくれんかと聞いたら『素人には無理だ』と言われての」
布巾をぎゅっと固めに絞り、開くと、ころりとした手鞠寿司が出てきた。
「で、その変わりに教えてもらったのが、このテマリズシじゃ。見た目も可愛いし簡単じゃろ?」
ハンターたちが駆け寄ってきた。
「シャケオニギリとほぼ同じ材料なのに、全く違う味です」
マートーシャもこの味にご満悦だ。
「綺麗ですね、土産ものとして売れば、名物にもなりそうです」
賢四郎は故郷の料理の話で本気になりつつ、これを奇貨にこの世界でリアルブルーでの知識・概念を売って商売にできないかと画策していた。
「生産性も高いし、子供や女性にも受けそうです」
「女子供だけではないぞよ」
緑梢は酒を器に注いで鯛を酒漬けにして火で軽く炙る。そして旅のお供の調味料として持っていた山椒を、酢飯に混ぜて手鞠寿司に乗せた。
「どうじゃ! 大人の味じゃ」
確かに子供ばかりではなく、のんべえの男の舌にも合いそうな味になる。
「調味料は、常に持ち歩くんじゃ。やはりあるなしで違うからのう」
「調味料! 緑梢さん、ワサビの事を知らんかのう?」
レーヴェに尋ねられ、緑梢は、ホースラディッシュという草の根から作った調味料を出した。
「練りワサビそっくりな味ですね。充分、スシの味を引き立ててくれます」
お墨付きを与える賢四郎。楽しそうな店内を見ながら、緑梢はシモーナに爺ウィンクをした。
「ま、でも一番の調味料は、料理へ熱意と愛情じゃろな?」
●
エンリコから紹介された鍛冶場に行っていたクレナとウルカが、食堂に帰ってきた。
リアルブルー御一行来店予定前日の夕刻だった。
「や、やっと出来たなー」
二人ともヘロヘロだ。
腕には傷や、火傷が増え、掌には潰れたばかりのマメの跡がある。
「すまん、これが精一杯やった」
クレナが取り出した包丁は、文献で見たものとはだいぶ形が違っていた。
率直に言ってしまえば不格好。本来の柳葉包丁の洗練性からはやや程遠い。
玉子焼き用フライパンの方も、手習い作感が漂っている。
気まずそうな顔をしている二人の前から、レーヴェが包丁を取り上げた。それを閃かせ、鯛を一匹捌いてみる。
「この切れ味! 見事じゃ! ようやったな二人とも」
とたん、ドヤ顔になるウルカ。
「なー! 大丈夫だって言っただろー?」
クレナも、眼鏡を光らせる。
「見た目はごつくても、理論は完璧やさかい」
賢四郎は、フライパンを感心した顔で眺めている。
「こっちも美味い玉が焼けそうです、形はまあ、クリムゾンウェスト流ってとこですね」
「クリムゾンウェスト流ですか、私が考えているスシも、そうなるかもしれませんね」
「ほう、こないだ作っておったアレか?」
マートーシャに、緑梢が尋ねる。
「はい、でもまずは、お二人が作って下さった新しい道具を使いこなすのが先です。それで本当に美味しいスシを作る事が出来たら、私のスシも完成するかもしれません」
残り時間はあとわずかだ。
ハンターたちはそこに情熱の全てを込め、最後のスシ修行を開始した。
●
「こんな田舎食堂で、本当にスシが喰えるのか?」
翌日正午過ぎ、店の玄関を開けたリアルブルー人のお客を、エンリコが威勢よく出迎える。
「らっしゃい!」
頭に鉢巻をまき、コック服を板前服ぽく着こなしている。
「いらっしゃいませ、どうぞカウンターへお座り下さい」
メイド姿のマートーシャが案内をする。
カウンターは寿司屋っぽく、小改造した。グルメマンガを元に、少し近づけてみたのだ。
「アガリをどうぞ」
マートーシャが熱い緑茶を出した。
『魚脂は口の中にしつこく残るでなこれを洗い流すのに適しているのじゃよ』
というレーヴェの主張から、市場を探してきたのだ。
紅茶とは製法が違うだけなので、比較的簡単に手に入った。
「本格的だなあ」
これにはお客も少し戸惑う。
「ご注文をどうぞ」
「じゃあ、まずマグロを」
エンリコが慣れた手つきで素早くスシを握った。
ルビー色に輝く寿司が、二貫セットで寿司下駄の上に置かれる。
半信半疑に食べた男は、目を輝かせた。
「うまい! リアルブルーの味そのままだ!」
「本当か?」
最初は恐る恐る、だが徐々にペースをあげて注文が飛び交い始める。
「た、鯛あるかな?」
「イカとか握れる?」
「タコは?」
「ヒラメ!」
「ホタテ!」
勢いづいて、ガツガツとスシを喰うお客たち。
「まるで故郷に帰ってきたみたいだ!」
ほころんだ顔を見合わせる。
エンリコも、ハンターたちも一週間の苦労が予想以上に報われ、満足げだった。
「そろそろシメで、玉もらおうかな」
「俺も厚焼き玉子!」
「玉一丁!」
お客は、本日最後のスシを注文し始めた。
クレナとウルカが造った専用フライパンの出番だ。カステラのようにふわふわなのが、これで焼ける。
全員を満足させる完璧なシメのはず――だった。
「みんなシメは玉派なのか、俺はイクラ派だ。一丁頼む」
一人の客がした注文に、カウンターの中でレーヴェが首を横に振った。
「サーモンの卵か? あれは握れんぞ、潰れてしまうからのう」
ごく一部の熟練した職人は、見事にイクラを握れるらしいが、さすがに一週間の特訓ではそこまで至らなかった。
「握らなくていいよ、軍艦で」
「軍艦って舟みたいにちっさいネタを詰めたスシじゃな、海苔が必要と聞いたが準備できてないのじゃ」
レーヴェの答えに、お客たちが急に肩をすぼめた。
「そうか、海苔はないよな」
「巻寿司も出てこなかったもんな」
「故郷の寿司屋になら当たり前にあるもんだから、つい」
「あの匂いが懐かしい」
「なんか、帰りたくなっちまったな」
暖かく膨らんでいた雰囲気が、一気に冷たくしぼんだ。
中途半端に故郷気分を刺激された後、それが偽りであり、ここは遠い異郷なのだと思い知らされた。ホームシックにかかったのか、すすり泣いている者までいる。
お客はすっかり意気消沈し、会計を済ませた。本当は緑梢のテマリズシを土産におススメするつもりだったのだが、とてもそんな雰囲気ではない。
お客が出口に向かおうとした、その時だった。
「マートーシャ、アレを食べてもらうんだな!」
ウルカが声をあげた。
「え、でも、あれはリアルブルーのスシとは」
戸惑うマートーシャ。
「大丈夫! あんな美味い巻きズシならリアルブルーの人だって満足するんだな!」
「巻ズシが出来るのか?」
お客は思わず立ち止まる。
マートーシャは、キッチンに入った。
まずナッツを細かくすりつぶし、ワイン、醤油、ハーブ等と共に煮詰め、ソースを作る。
炊いた米を使いオニギリを作り、オニギリに薄く斬った肉を巻き、ソースを塗り、オーブンで焼く。
それを皿に乗せ、自ら給仕した。
「これは?」
「肉巻ヤキオニギリ?」
「最初にシャケオニギリを食べた時から考えていて、今朝、皆さんと完成させたクリムゾンウェストのスシです」
お客は皆、スシのイメージからかけ離れたその姿に戸惑っていた。
やがて一人が『せっかく作ってくれたのだから』と、一口齧る。
「美味い! 干し肉とナッツ風味の醤油ソース、焦げた米の香ばしさが絶妙だ!」
他のお客たちも、次々にマートーシャスシを食べた。
「熱い米の中から溶けたチーズが出てきて、はふっあふっ!」
食べ終えたお客の顔に、生気が蘇った。
「思っていた巻きズシとは違うけど、これはこれで美味い」
「リアルブルーにずっといたら、味わえない味だったな」
キッチンの奥にいた賢四郎が、お客の前に出て頷く。
「そうですね、僕たちがここへ来たから、この新しいスシが――文化が生まれたんだんだと思います」
かつて人類は、魚という海の動物と、稲という陸の植物を交わらせ、スシという珠玉の味を誕生させた。
紅と蒼、二つの世界の交わりはこれから、どんな文化を生み出すのだろう。
ほのかな期待を人々に抱かせた、田舎の小さな食堂での出来事だった。
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
---|
面白かった! | 7人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!
MVP一覧
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
相談卓 マートーシャ・ハースニル(ka0209) エルフ|13才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2014/06/15 23:45:02 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/06/12 18:46:25 |