理想と現実

マスター:楠々蛙

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2015/06/22 19:00
完成日
2015/06/27 19:03

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 ある所に、一人の少年が居た。

 誰しも、かつてはこうだっただろう?
 低い視点から見るその世界は、自分の為に在るのだと、疑う事なく無条件に信じていた頃があった筈だ。
 今は短いこの手でも、きっといつか空に浮かぶ雲を掴める事ができる筈だと、今は小さいこの歩幅でも、きっといつかは世界の果てを踏み締める事ができる筈だと、疑う事すら知らずに信じていた。
 今は小さなこの身体に宿る大きな理想。大きくなったら、きっと叶えてみせるのだと、いや絶対に叶えるのだと、無邪気に誓った事があった筈だ。
 けれど、少しずつ理解できる様になった現実は理想を否定する。
 人は地に縛られ、自由に空を飛び回る事はできない。よしんば雲に触れたとしても、それは単なる水滴の塊で、ただ虚しく手を濡らすだけなのだと。
 この世界は丸く閉じていて、世界の果てなど、この世の何処にも存在しないのだと。
 理想が叶う日は永遠にやって来ないのだと突き付けられて、思い知る。そして気付くのだ。
 大きくなったこの身体の中で、あの頃に誓った筈の理想が萎んでしまっている事に。それを嘆く心すら、途絶えてしまっている事に。
 誰しもが通るであろう通過点。しかし、そこを通って初めて得られる物もあるだろう。それが、失った物と同等の価値を秘めている事だってある筈だ。
 だが、それでも、やはり失った物は決して取り返しの付かない大事な物である事に違いはない。
 
ある所に、一人の少年が居た。
彼は、通過点の前に立つ者。
彼はこの世界の何処にでもありふれた、しかし、世界にたった一人しかいない男の子。


「任務内容は雑魔の討伐だ」
 ハンターソサエティの男性事務職員が依頼内容を語る。
「とある町の近隣にある湿地帯で、雑魔が発生したらしい。目撃証言によると、蛇型の雑魔だそうだ。十匹以上の蛇がウジャウジャしていたらしい。ぞっとするな、おい」
 彼は顔を顰めてみせて、更に続ける。
「大きさも馬鹿でかいと来た。平均して、大体十メートル程。一番デカいのはな、おい、聞いて驚け、軽く二十メートルは超えていたとよ。胴回りも一メートルはあったとさ。……まったく、昔向こうで見た映画みたいだな、まるで。こっちに来てから、驚かされっぱなしだよ。しかしまあ、敵が常識外れなら、あんたらだって同じだろ。あの映画の登場人物共みたいに、あっさりと丸呑みされる様なヘマはしないだろうさ。神様に健闘を祈るまでもないだろ」
 リアルブルー出身の職員が肩を竦めて、笑みを浮かべる。しかし、
「と、それだけで済めば良かったんだが。どうにも神様は底意地が悪いみたいでな、ちょっと問題があるんだわ」
 一転して、苦い顔を浮かべた。
「今回の依頼人は、湿地帯近くの町で顔役をしている商人なんだが。その息子が、討伐に同行したいと言ってるんだと。要するに、自分も剣を取って雑魔退治をやるんだと息巻いているらしい。つまり、今回の任務は基本的に雑魔の討伐なんだが、大人しくしてくれそうにもない護衛対象まで付いてくるって事だな」
 こちらの非難がましい視線に気付いたのだろう。彼は、居心地悪そうにしながらも、負けじと視線に言葉でもって返した。
「俺を責めるなよ。文句があるなら、直接依頼人に言いやがれ」


依頼人邸内客室
「申し訳ない」
 集合したハンター達に、開口一番に依頼人が発した言葉は謝罪だった。
「君達が被るリスクをいたずらに増す依頼だという事は、重々承知しているつもりだ。勿論、相場の報酬よりも多く支払う準備もしてあるが、それで解決する問題ではないだろう。だがそれでも、頼まれてくれないだろうか」
 更に依頼人は頭を下げる。
「私の息子──カイルは、君達と同じハンターに憧れているんだ。昔、この家に長期間ハンターが滞在していた事があってね。彼に剣の手解きを受けている内に、憧れを抱く様になったらしい。今でも、毎日稽古は欠かしていない様だ。しかし、カイルには覚醒者としての素質がない。精霊との契約ができなかったんだ。ハンターが必ずしも覚醒者でなければいけないわけでない事は知っているが、過酷な道だろう」
 彼は一度顔を上げると、首を横に振りながら続けた。
「私は何も、息子にハンターの仕事を体験させてやりたいなどという甘い考えでこんな事を頼んでいるのではない。あいつに現実というものを教える為なんだ。その憧れが、その理想が、どれだけ過酷なものなのか、思い知りさえしれば諦めてくれるやもしれん。……もしも、それでも己が理想を捨てないのであれば、その時は……、いや、それは私がどうにかするべき問題だな。ここで語るべき事ではなかった。失礼した」
 再び彼は頭を下げる。
「勿論、君達は雑魔の討伐を最優先に考えて貰って構わない。息子は剣の腕なら、手解きをしたハンターから筋が良いと評価を受けていた。多少の護身なら心得ている筈だ。それに、ある程度の負傷は覚悟している……つもりだ。せめて重い怪我を負わない程度に気に掛けてやって欲しい」
 彼の表情は窺えないが、肩が僅かに震えている様だった。
「息子の教育など、本来なら親の務めなのだろうが、私の言葉など聞き入れて貰えんだろう。なに、そういう心情なら、私にも覚えがあるからな。父親への反抗は仕方のない事だろう。それにあれの母は、息子を産んでから二年程して流行り病でな」
 そこで一度言葉を切って、依頼人は続けた。
「君達はただ、ハンターとしての仕事を全うしてくれれば良い。現実のハンターが決して理想だけで務まるものでないという事を、息子が理解してくれれば良いのだ。どうにか頼まれてくれないだろうか」
 更に深く彼が頭を下げた時、客室の扉が激しい音を立てて開かれた。
 手荒く扉を開いたのは、十二、三歳程の少年。
「ふざけんなよ、親父。俺は絶対に諦めないからな」
 彼は依頼人──父親に向けて言い放つと、次は室内のハンター達を見回した。
「あんた達が俺を連れて行かないってんなら、それでも良いさ。なら、一人ででも行ってやる。俺は、ハンターになるんだ。ドラゴンだって倒せる様な、強いハンターに。なら、蛇の雑魔程度に一々尻込みして居られるか」
「馬鹿者が、お前一人で何ができる?」
 依頼人が顔を上げて、少年に言い放つ。
「やれるさ、やってやる!」
「何故わからない。お前には無理なんだ」
「無理なもんか。わかるもんか。俺はやる、絶対になるんだ!」
 少年は言い捨てると、部屋を飛び出していった。
「……すまない、見苦しいものをお見せした。息子にも非覚醒者がハンターとなる事が過酷な道になる事は何度も言い聞かせているのだが、頑なにハンターに拘るんだ。いや、私の言い方も拙いのだろうが。まったく、商談には幾らかの自負はあるのだが、父親としては不甲斐ないばかりだ」
 三度、父親が頭を下げた。
「どうか、よろしくお願いしたい」

リプレイ本文

「なあ、お前もハンターなんだよな?」
「そうですよ、見てわからないです?」
 雑魔が縄張りとしている湿地帯の道すがら、ふと投げられたカイルの問い掛けに、ターニャ=リュイセンヴェルグ(ka4979)が答える。
「……こんなちまいのまで」
 カイルが自分の肩程にしか届いていない頭に手をやる。
「わふ、何か馬鹿にしてますです?」
 その手を振り払いながら、ターニャは膨れ面を浮かべた。
「どうしますか、彼の事」
 二人のやり取りを後方で眺めながら、ラシュディア・シュタインバーグ(ka1779)が同じくカイル達の後ろを行く四人に問う。
「口で言っても聞く耳持たねえと思うぞ。親父さんが言っていた様に、実戦で手前の実力を知って貰うしかないだろ」
 柊 真司(ka0705)が、それに答える。
「だな。まずあの坊主には、身を持って痛感して貰う他はなかろうぜ」
 アーサー・ホーガン(ka0471)が同意を示す。
「そうですね。彼も剣士であるのなら、武でもって示してこそ、より伝わるというもの。ですが、無下に切って捨てる事は避けたく思います」
 織宮 歌乃(ka4761)は、同じく憧れを抱く者として意見を述べた。
「ハンターに憧れる気持ちがわからないわけじゃないですが、彼には居場所がある。それを捨ててまで求める価値があるものなのか、考え直して欲しいと俺は思います」
 それぞれ返って来た答えに対して、ラシュディアが自らの意見を示す。
「まあ、良いじゃない。ハンターになる理由なんて皆それぞれよ。人の生き方は、神の下に自由であるべきだわ。あの子に対して私達ができる事は、私達の生き方を見せ付ける事だけ。その上で答えを決めるのは、あの子自身。ま、精々、無駄死にはしない様に、窘める事くらいはしましょう」
 多数の意見を聞き終えて、セリス・アルマーズ(ka1079)が総括を述べる。
「まあ、坊主の件は一先ず置いといて、俺らの本分を全うするとしようや」
 アーサーの言葉に、四人が頷いた。

「確かに常識外れのでかさだな」
 水草の陰から、沼の中にある孤島に居座る蛇の群れを窺いながら、柊が呟く。
「あの職員が言っていた通り、俺らも向こうじゃ立派な常識外れだけどな」
 彼と同じく、リアルブルー出身のアーサーが、その呟きに応じる。
「神の敵と私達を一緒にしないで頂戴」
 信仰深いセリスが、軽口を垂れる二人を睨んだ。
「そろそろ始めますよ。早く戦闘準備を整えて下さい」
 少々苛立ちが混じった語調で、ラシュディァが声を掛ける。普段は温厚な彼も、歪虚を前にすると目の色が変わるのだ。文字通りに。
「ああ悪い。いつでも始めてくれて良いぜ」
 柊が応じるが、織宮が制止する。
「ちょっと待って下さい。カイル様」 
「な、何だよ」
「叶えたい理想があるのなら、言葉ではなく剣威でもって示すと良い。あなたにとって、ここはその為の舞台なのだから」
「……ああ、俺だってその為に来たんだ」
(無論、足らぬ事とてありましょうが)
 心中で彼女は呟く。
「ふん、では行くぞ」
 臨戦態勢に入り、性格が豹変したターニャが孤島を目掛けて投石する。放たれ石は一行が潜む側とは、逆方向の岸に落下。その際の音に釣られて、蛇達の意識がそちらに逸れる。
「今だ、連中を火焙りにしろ」
「言われずとも。灼火の責苦を、恨めしき化物共に」
 呪詛と共に、ラシュディアが火球を雑魔の群れに放つ。
 魔法による炎熱は、生物の肉を焦がしても、空気分子を震わす事はしない。雑魔の知覚を撹乱する事は叶わないが、しかし、大蛇の半数を焼死に至らしめた。
 爆炎が消えぬ内に、ラシュディアを除いた五人、否、カイルを含めた六人が進撃。
「先を制して、我らが手に必ずや勝利を」
 織宮の支援スキルが発動し、味方の脚力、神経伝達速度が強化。更に奇襲によって、雑魔の群れは混乱。神が振るう賽の目の判定を待つまでもなく、こちらにイニシアチブがある事は明らか。
「夢の軌跡を、刃で奏でましょう!」
織宮の澄んだ声が、味方を、何より己を鼓舞する一声を発した。
「応とも!」
 先陣を切ったのは、柊。
 彼はまず、火を灯した三本の松明を放り投げる。
 雑魔達とて、よもや人間と松明を誤認する事もなかろう。しかし、どちらが標的であるか、正誤の判断を下す隙は生じる。それは一瞬をようやく満たす程の間。だが、覚醒者足る彼らにとっては、十二分。
 続いて柊は、杖型の魔導計算機を振り抜くと、周囲の状況を把握し最も有効な位置関係を算出した上で、扇状の火炎を放射する。
「ゲテモノは、よおく火を通さないとな!」
 三匹の大蛇を巻き込まんとした攻撃は、二匹を掠め一匹を黒炭へと変えた。
「その程度では生温いわ」
 逃れた内の一匹を狙ったのは、聖なる象徴が刻まれた手甲を構えたセリス。
「神と、その信徒に仇為す不届き者は、灰も残らず滅ぼさなければ」
 手甲に魔力を集め、大蛇の頭目掛けて振り下ろす。
「打つべし、叩くべし、滅ぼすべし!」
 大蛇の頭が爆ぜて、辺りに体液を飛び散らせる。
「こうやって、ね?」
 振り向いた彼女の、信仰心に満ち溢れた微笑みには返り血が跳ねていた。
(……マジ怖い、この残念美人)
 恐怖に震える柊を余所に、火の手から逃れたもう一匹を織宮が捉える。
 抜刀、踏み込み、斬撃。三つの所作を、電光石火の居合として組み合わせ、大蛇の胴を断つ。カイルの傍らへと即座に移動し、残心。
 苛烈なハンター達の攻めを目にして、戦場で固まっている彼の隣へ。
(ここが彼の正念場。しかし、やはり夢想は現実を前にして、弾けるしかないのでしょうか)
 無理もない。寧ろ、覚醒者としての力も持たない少年にとって、この戦場に立つ事だけでも並の胆力では叶わない事の筈。更に武勇を示せと言うのは、酷な事だろう。
 ここはきっと分水嶺。少年が理想を手放すかどうかの。少なくともまだ、彼の手は腰に提げた剣の柄に掛かっている。
「よお、デカブツ。俺が相手してやるぜ!」
 怪蛇の前に躍り出たのは、大剣を構えたアーサー。
 大剣の大質量に己の膂力を乗せて、上段から渾身の一撃を怪蛇の頭を目掛けて振り下ろす。しかし、
「チッ、浅いか」
 威力を追求し過ぎるあまり、精度を犠牲にした斬撃は、直撃に至らず怪蛇の頭部を掠めた。しかし、外れても尚、超威力によって相応のダメージを怪蛇に与える。
「ならば更に畳み掛けるまでだ。くたばれ、化物」
 自身よりも遥かに長大な長柄の得物を振り回して、ターニャが怪蛇の胴へと斬り掛かる。が、怪蛇は自らの尾を盾として、斬撃に応じる。グレイブの刃が尾を斬り飛ばすが、致命の一撃とまでは至らない。
「俺だって、やってやるさ!」
 カイルが咆哮を上げて、疾駆。
 鞘に収まるサーベルを抜刀。残る大蛇の内の一体の懐へ踏み込み、携えた刃で胴を薙ぐ。その一連の流れる様な所作は、まさしく織宮の写し技。
 刃は大蛇の肉を切り、
「くっ」
 しかし、骨を断てない。見様見真似が為の練度不足、そして何より、速度と力が不足しているからだ。
 カイルは、僅かに骨に食い込んだ刀を放棄して一気に後退。しかし、大蛇の尾がカイルを追う。
「止せ」
 咄嗟に彼を庇おうとした織宮を、ターニャが制止。瞬時に彼女の意図を汲んだ織宮が、踏み止まる。
「こんの」
 尾から逃れられないと判断したカイルは、鞘を手に取りもう片方の腕を裏に合わせて、薙ぎ払いを受ける。衝撃にカイルが弾かれ、地に転がる。
 無防備になった彼を、怪蛇が狙った。顎を広げ、長い胴をバネとして用い、カイルへと突進。
 しかし、その前にターニャが立ち塞がった。グレイブの柄で怪蛇の顎を受け止め、衝撃に押されるも、カイルへと達する直前で停止。
 だが、怪蛇の攻めは止まらずに、顎を閉じてグレイブを噛み締め、伸び切った胴を巻き直してターニャを締め付けんとする。が、
「やらせるかよ」
 横合いから柊が放った銃撃によって阻まれた。
 怪蛇が着弾の衝撃に耐え切れず顎を開く。解放されたグレイブを旋回させて、ターニャが刃ではなく石突による強打を怪蛇の頭に浴びせる。
「痛感したか、足手纏い」
 彼女は振り返る事無く、少年へと冷酷に告げた。
「剣戟の歌なれば光こそを謳い」
 強打を受けて動きが鈍った怪蛇を、織宮が襲う。
 低姿勢から放たれた、昇焔の斬線。切先が地に転がる石に触れ火花を散らし、烈火に転ずる。
 灼光を纏う斬撃を、頭を引いて怪蛇が躱す。しかし、掠めた炎が頭部の感覚器官を焼いた。強打のダメージに加えて、完全に怪蛇は前後不覚に陥る。
「今度こそ終いだな。デカブツ!」
 アーサーが大剣による渾身の一撃で、今度こそ怪蛇の頭を叩き斬る。
 群れの頭を失って、残りの大蛇が逃げ出そうとするが、
「神は常に見て居られる。何処にも逃げ場なんてないのよ?」
 内の一匹の頭を、セリスが放った矢が地に縫い止め、
「俺が貴様らを見逃すと? 一匹たりとも逃がしはしないし、一匹たりとも生存を許さない」
 最後の一匹を催眠の雲が覆う。
 眠りに落ちた大蛇の首を、ラシュディアは踏み締める。気道を圧迫され、大蛇が目覚めて苦しみ喘ぐ。
「貴様らは、苦しんで、苦しみ抜いて、そして死ね」
 大蛇に額に当てられたのは、死神の口付け。デリンジャーの銃口から飛び出した凶弾が、大蛇の脳髄をグチャグチャに掻き乱して、命を刈り取った。

「これが、ハンター……」
 戦闘が終わり、雑魔達の死骸が消えて逝くのを見て、カイルが呟く。
「そう、これが俺達とお前の間にある、決定的な差だ。厳しい言い方だけどな。今のままじゃ、たとえハンターになっても、くたばるだけだぜ」
 柊が、少年に改めて現実を突き付ける。
「こんな場所で、無造作に転がる屍になる覚悟がありますか? これは私見ですが、大切な居場所を持っている人間が、そんな覚悟を持つべきじゃない」
 ラシュディアが、ゆっくりと頭を振りながらカイルに語り掛ける。
 一度何もかもを失った彼は、恋人や友人ができようとも、きっとその覚悟を捨てる事はできない。けれど、友人よりも恋人よりも、死を隣に置く事を良しとする生き方は、今ある居場所を捨ててまで得ようとする程に、価値があるとは思えない。
「ふう……、そこの迷える少年剣士君」
 戦闘後のテイータイムを満喫しながら、セリスはカイルに問う。
「私はね、君の生き方にとやかく言う気はない。覚悟の持ち方だって、それぞれだしね。死ぬ覚悟もあれば、生き抜く覚悟だってある。けれど、やっぱり危険である事に変わりはないんだよ。それでも、君はハンターになりたいの?」
「俺は……」
 問いに対する答えを探して、少年は口ごもる。そんな彼を導く様に、織宮がそもそもの基点となる、起点に対する問いを投げる。
「カイル様、あなたは何故ハンターになりたいと思ったのですか? 自分の剣を示したかったのですか、名誉が欲しかったのですか、憧れに追い付きたかったのですか?」
 織宮が挙げた動機は、間違いというわけではなかったろう。そのどれもが当て嵌まるとカイルは思った。けれど、少年は首を横に振った。
「俺は、世界を見てみたかったんだ。ただ世界を巡るって事じゃなく、色んな立場から色んな世界を見てみたかった」
 師から教わったのは、剣だけではない。様々な世界の話を聞いた。そのどれもが、少年の胸を躍らせた。それだけで、少年の心に火を灯すに十分だった。
「世界はプリズムなんだってさ。角度によって、光の見え方が異なるんだって。ハンターってのは、世界中の色んな人間から色んな依頼を受けるんだろ。ハンターは色んな視点に立つ事ができるんだ。もしも、この世界の色んな輝きを見る事ができたら、それは命を懸けるに値する事だって、俺は思ったんだ」
「世界を知る前に、己を知るべきだな。貴様には、まず素質がない。今のままでは、そもそもからして、賭け金が不足している。結局何も得られずに、無意の死を迎えるだけだ」
 狼の様に冷酷な視線を保ったまま、ターニャは少年が語る夢を、にべもなく切り捨てた。
「……まあ取り敢えず依頼の完了を伝えに戻るとしようぜ。ここじゃ冷えるしな」
 アーサーが提案し、一行は帰路を辿って行く。
「……わかってんだよ、んな事は」

「そうか、ありがとう。そして済まなかった」
 報告を聞き終えた後、依頼主は感謝と謝罪を口にする。そして、息子の方へと視線を向けた。
「それでお前はどうする。己の無力を噛み締めて尚、まだ理想を捨てる気はないのか?」
 父親の問いに、息子は報告の終始閉じていた唇の奥から絞り出す様に、声を漏らす。
「……わかってたさ。俺に力が足りていない事は。いつまでもガキじゃ居られない。現実だって嫌でも知れる。けどっ、理想を見限る為の言い訳に、現実に目を背けるのは御免なんだよ!」
 あらん限りの声量を費やして、少年は己の心情を吐露した。
「それは違うぜ、坊主」
 アーサーがカイルの叫びを否定する。
「現実を見るってのは、理想を見据えるって事なのさ。麓から山を見上げる様なもんだ。今から登ろうとする山が、手前に見合った高さかどうかを見定めるんだよ。肝心なのは、自分に高過ぎると判断した時にどうするか。違う山を選ぶのも、その山に見合う様に自分を鍛え直すのも良い。だが、自惚れたり先走ったりすれば、お前はその山──理想に殺される」
 織宮が後に続ける。
「憧れた感情を現実に結ぶ行為を、夢を叶えると言います。現実を無視して、理想を実現する事は絶対に叶いません」
「彼らの言う通りだな。今のままでは、理想が現実に敗れるだけだ」
「それでも俺は……」
 それでも少年は、顔を下げる事はしない。それを見た父親は溜息一つ零して言った。
「ならば、現実に敵う様にまずは己を鍛えてみせろ。街の自警団と話を付けておいた」
「っ、どういう」
「言っておくが、私はお前の理想を認めんぞ。だが、それでもお前が理想を追い求めるというのなら、現実を踏破してみせろ。お前に掴める理想があるとするのなら、それはその先にしか有りはせん」
「……そんな事、言われなくともやってやるさ」
 少年は言い捨てて退室しようとするが、扉を潜る前に室内へと振り返り、一瞬の躊躇いを見せた後に一礼した。
「ご、御指導ありがとうございました!」
 紅潮した顔を上げて、今度こそカイルは足早に退室していく。
「あらまあ、案外素直な良い子じゃない」
「中々可愛いところもありますです」
 セシリーとターニャが、ホクホクとした笑みを浮かべる。
「こんなに良い居場所を離れてまで見たいもの、か。それはそれで価値あるものなのかもしれませんね」
 ラシュディアが呟きを漏らす。
「中々良い息子さんをお持ちの様で」
 柊が依頼人に笑みを向けると、彼も微笑みを浮かべて応えた。
「ああ、私の自慢の馬鹿息子だよ」
 

依頼結果

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MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 蒼き世界の守護者
    アーサー・ホーガン(ka0471
    人間(蒼)|27才|男性|闘狩人
  • オールラウンドプレイヤー
    柊 真司(ka0705
    人間(蒼)|20才|男性|機導師
  • 歪虚滅ぶべし
    セリス・アルマーズ(ka1079
    人間(紅)|20才|女性|聖導士
  • 山岳猟団即応員
    ラシュディア・シュタインバーグ(ka1779
    人間(紅)|19才|男性|魔術師

  • 織宮 歌乃(ka4761
    人間(紅)|16才|女性|舞刀士
  • 黒衣の小狼娘
    ターニャ=リュイセンヴェルグ(ka4979
    人間(蒼)|12才|女性|闘狩人

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依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/06/19 18:28:14
アイコン 相談しましょー
セリス・アルマーズ(ka1079
人間(クリムゾンウェスト)|20才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2015/06/22 00:49:06