• 東征

【東征】幽世より送られし隠仁

マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/06/23 19:00
完成日
2015/06/30 10:48

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 遠く、淡い、夢を見た。
 里には数多の鬼が集うていた。
 その中には『アクロ』が居た。アタシはその隣で笑っていたのだろう。
 鬼達に囲まれながら。快活に。そうして、次の戦場へと臨んだのだ。それを終えたら、更に次の戦場へ。

 我ら鬼ならば。アクロとならば。
 歪虚に屈することなく、仲間を、隣人達を見捨てることなく、戦うことが出来る。

 そう思っていた、優しい日々の夢だった。



 ぱちり、と火が爆ぜた。夜闇に包まれた深林に、音が響く。同時に。赤髪の鬼――アカシラは目を覚ました。
「起きたンですかい、姐御」
 夜警についていた単髪の鬼の言葉に、アカシラは溜息を吐く。
「アンタのイビキが喧しくてね。眠りが浅くていけない」
「呵呵ッ! まァ此処は結界から深く離れてる。ニンゲン達も早々来はしねェから油断しちまったかね」
 身を起こしたアカシラは長大な魔刀を引き寄せて毛布を羽織る。刀を抱え込むようにして身体の支えとすると、眠たげに目を細めたまま、続ける。
「人間もアチラコチラで騒いでいるようだけどねェ……まァ、アタシらが動くのは『今じゃない』……ってこたァ山本も解ってるだろう。間違っても狙われるような所には置かないだろうさ」
 言いながらアカシラは胸の下、毛布の隙間で短く印を切った。
 ――”見張り”は?
 アカシラの部隊の中でのみ使われる符合で、『言葉』を交わす。
「違いねェな。これからデケェ仕事が待ってるし」
 ――今日もまた、露骨に見張ってる。
 対する単髪の鬼も、毛布でその身を覆うと合図を返した。
「何事も無く眠れるならそれに越した事はねェなァ……ああ。久々に里で寝てェ」
 ――今日はなにか変だ。来客が居る。
 アカシラは思わず周囲を探りそうになったが、思い直して止めた。アカシラは単髪の鬼ほど夜目は効かない。
「あんな寝床でも、無いよりゃマシだしね……」
 ――どんな奴だィ?
「いやはや、全く」
 ――骨だ。
 ――骨?
 ――気障ったらしい骨の妖怪が、見張りのそばにいる。
「…………ふぁ。ま、アタシはもう少し寝るよ」
「へい、へい」
 寝る前に一つ伸びをしながら、少しだけ視線を巡らせる。確たる姿は伺えず、小さく舌打ちを零して身を丸めた。
 自分たちの周囲に、変化が訪れようとしている。悪路王。西方の援軍。人間たち。”骨”とやらも、その一つだろうか。思索しながら――眠りにつくまでに、さして時間はかからなかった。


「ははァ、そういう経緯で、歪虚の身ならぬ鬼を、ですか。いやはや、このクロフェド、憤怒の皆様の寛大さには驚嘆しきりでございます」
 アカシラ達から遠くはなれた樹上に、彼らは居た。巨大な単眼を頭部に据えた妖怪と――道化服を纏った骨、としか呼べぬ存在が。クロフェド・C・クラウン。”レチタティーヴォ”の主筆の異容であった。
「寛大なものか」
 殆ど眼球しかない妖怪の頭部だが、目の下にある小さな口を震わせて応じたようだった。
「ワシは好かぬ。鬼も人も、我らにとって別は無い。山本様と悪路王の酔狂が無ければ――」
「ホホッ、そも、此のような”見張り”も不要、ですか」
「左様。山本様の一の部下たるワシが、たかが鬼共の見張りなどと……だが、まあ」
 じ、と野営する鬼達を見下ろす目は酷く、冷たい。
「奴らは所詮、ヒトよ。山本様や悪路王がどう言うた所で、所詮は我らとは違う。いずれ道を違える他ない事など、分かりきっておる。裏切れば即処断してくれるわ」
「……成る程、成る程」
 クツクツと嗤う妖怪に、クロフェドは心底愉快げに手を打った。からりからりと、骨が鳴り、眼窩の中央で赤光が煌々と輝く。

「それでは、この私、クロフェドめがお手伝いさせていただきましょうか?」
「ぬ……? ふむ。それは――」
 懸案するように思考する妖怪は、気づきもしなかったことだろう。
 己を見据えながら、クロフェドが、
 ――レチタティーヴォ様の大演の為、と申し上げられないのが残念でございますが。
 と、その髑髏の裏で思っていようことなど。


「田舎には違いねぇが、辺境とはだいぶ空気が違うもんだな」
 王国騎士団副団長にして赤の隊隊長、ダンテ・バルカザールは深呼吸を一つして言うと傍らから、声が届いた。
「ふむ。どちらがお好みかな?」
 武僧、シンカイである。
 王国の決定は速かった。東方を救援せよと、人員調整と補給の後にすぐに先遣された赤の隊の住まいとして、彼が預かる寺を開放することとなった。彼の住まいは結界の中でも南方に近しい、境界線に近しい土地であった。
「さぁて、な。下手すりゃこの一年、王国に居ない時間の方が長ぇからな。ここも新鮮でいいとは思うが――」
「……お主らは騎士、だろう? 国はいいのか」
「なぁに、俺らがこうしていることにも意味はある。兵は経験を積み、己を知り、敵を識る。王女様もまぁ、喜ぶ。貴族共は怒るかもしらねェが……」
 つ、と見据える先。
「俺らは強らなきゃならん。そしてそれは速いに越したこたァねぇ。そういう意味では、この国の危機を餌にしてるようで悪ィがな」
「構わんよ。戦う理由は人夫々だ」
「ハ。話が解るヤツで良かったぜ。後は飯さえ美味ければ文句ねェンだが」
「くく……如何せん肉が出んからな」
「……王女様に頼むしかねェか……」
 ダンテは派遣された団員たちを代表するように、深く、嘆息を零した。


 結界がある限り、安全――とは、騎士達は考えてはいなかった。常在戦場。そう言っても差し支えない程に戦場を渡り歩いてきたダンテの部下達は、すぐに周囲の探索と警邏、妖怪掃討を始めた。自分たちが拠点と定める寺周辺の情報を仔細に集めていく。異境の地で、今後の方策を定める為と有事に対応するために、ダンテ達は騎士団と、不足すればハンター達を雇って調査を推し進めていた。

 ――その過程で、それは、現れた。

 初めに感じたのは、蟲の音だ。耳障りな羽音が重なり、唸る中。
「……鬼、だと?」
 ぞるり、と影が歩を進めた。見据えて警戒を示した二名の騎士とハンター達の前に現れたのは――鬼。
 力が充溢していたであろう体躯はもはや見る影もない。
 腐敗し、損壊し、蟲が集り、舞う。まるで何かに動かされているかのようなぎこちなさで鬼達は歩を進めていた。
「鬼は歪虚ではない、と聞いていたが」
「どちらにせよ、敵だ」
 ぞる、ぞる、と。雑草を擦過するように、続々と鬼はその姿を露わにする。
 その数、十五余。強敵ではない、と。騎士の経験がそう告げている、が。
 ――ちり、と。騎士二人の脳裏で、何かが掠めた。
 確証は、無い。だが……何故だろう、逃がす気には、なれなかった。
「潜まれる方が厄介だ。此処でやるぞ」
 短くそう言い、得物を構えるのだった。

リプレイ本文


 蕭と、風が吹き上がる。黒竜の加護によるものかどこか清浄さを感じさせていた風が、今日は違っていた。風に乗り届いたのは、くすみ淀んだ腐肉の香り。この世界ではありふれた悲劇が、今、東方の地を穢そうとしていた。

「鬼――」
「まさかこの目で拝める、とはな。長く生きてみるものだ」
 鶲(ka0273)の呼気に、抑えきれぬ怒気が滲む。まるで、冒涜の気配に引き出されるように。対して、煙草を咥えた弥勒 明影(ka0189)の目には興味の色があった。 
「しかし、死者を傀儡とする術、とはな……なんとも裏がありそうな話ではないか」
 愉快げに煙草の感触を味わいながら、そう言った。
「……これは、亡者、か」
「東方に来て初っ端から腐った鬼共と喧嘩たぁツイてねぇなぁ」
 クローディオ・シャール(ka0030)の得物と盾を構えながらの呟きに、泰然と、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)が応じる。苛立たしげなジャックだが、どうやら慣れぬ風土に依るものらしい。空いた右手で腹を擦っていた。どうにも座りが悪いようだ
「本当に、悪趣味な……!」
 吐き捨てたのは、ユージーン・L・ローランド(ka1810)。信心深い彼には、眼前の所業は許容できようもない。握る手に在る指輪の存在が、強く意識された。
 ――必ず、祓う、と。決意とともに。
「はー……あんたらが角がある鬼ですかい?」
 興味深げにいう鬼百合(ka3667)の視線は、眼前の鬼の”角”へと向けられた。くるりくるりと、手にもった杖が小器用に回る。
「どうしてそんな風になったかしりやせんけど……同じ鬼としてちゃんとメイドに帰してやりやすぜ」
 鬼を名乗る少年は、いっそ軽やかに告げる。その痩身を護るように眼前に立つ女――アンバー・ガルガンチュア(ka4429)は、巨大な鎚を構えたまま、思考していた。
 想起されたのは、これまでの鬼にまつわる事。
 悪路王の、人類に対する怒り。鬼たちの所在。そして今回の、亡鬼たちとの遭遇。
「……彼らの集落は結界の外にある、のでしょうか……」
 推察は、大凡違いはないように思われた。鬼は現実としてこの世に有り、遺体もどこかにあったと知れる。
 ――歪虚の手先となり利用されている鬼達、ですが……結界から閉めだされた、とも……いえ、今は、置いておきましょう。
 思考が散れば、武技が鈍る。今は、眼前の敵を散らす。そう任じ、得物を構えた。

 ぞるり、ぞるりと亡鬼達は間合いを詰め、そして――疾走。
 それが、合図だった。


「あー」
 盛大な慨嘆が木霊した。ユーリヤ(ka5142)である。少女のすぐ隣を、鬼百合が放った火球が抜け、亡鬼達を巻き込んで爆ぜる。ハンター達も夫々に相対すべく疾走を開始。ユーリヤにとっては映画顔負けの混戦が成ろうとしていた。
「働きたくないでござる……でもお飯の食い上げはイヤだし……」
 戦場に叩かれて尚も葛藤する少女を他所に、
「オォォォ…………ッ!!」
 雄々しい咆哮が森林を叩いた。ジャックだ。金髪の偉丈夫がさながらムービーシーンのように疾駆。鬼達は無機質に迫るだけ、ではあるのだが。
「あっつ……」
 熱い。ユーリヤにとっては余りに熱すぎる戦場だった。
「……頑張ろ」
 マテリアルを編み上げる。数に劣るハンター達は多勢に無勢を強いられるのは目に見えていた。騎士たちも前衛に加わってはいても、なお。
「はい、おねーさん気をつけてー」
 アンバーの横合いから拳打を見舞おうとする亡鬼に炎矢を放ち、その動きを縫い止める。
 同時。アンバーの体が、大きく撓った。大槌の超重量で亡鬼を打ち砕き、打ち上げる。
「来なさい、亡者たち……私が再び冥府へ誘ってあげましょう」
 誇るでもなく淡々と言うアンバー。暴虐の一方で、ユーリヤは渋い顔をする。
「……げ、こいつらルーチンじゃないんだ……ってか速い……ゾンビはのそのそ動くもんじゃん」
 残念ながら、今どきのゾンビは全力で走るしアクロバティックな機動だってお安い御用だった。

 互いの前衛が、噛み合っていく。
 轟、と振るわれた金棒の一撃をかわした鶲は歯を剥いて嗤った。剛打だ。それはただの屍体ではなく、”鬼”の屍体である証左と知れる。
「真っ当に戦えるんなら……死しても尚戦いを望むってんなら、良いぜ」
 黒塗の太刀で切り上げる。金棒で受けの構えを取りながら距離を外す鬼に尚も踏み込み、斬撃。手応えはあれども、血は上がらない。当然、動きも止まぬ。
 続いた殴打を、鶲は身体で受け止める。肉を抜き、骨に響く慮外の膂力を。
「修羅の血を受け継ぐ者として相手してやる! 鬼らしく派手に暴れて死に花咲かせな!」
「――」
 雄叫びに、返る言葉はない。それでいい、と少年は往った。屍体とはいえ、鬼の膂力。それこそ修羅を感じさせる戦闘強者の気配に、真っ向から突き進んでいく。
「私が支える。好きにやれ」
 その傍らに、クローディオが立った。盾と共に構えられた両刃には鈷杵の意匠。宝具である刃にマテリアルが集まり――転瞬、麗々たる容姿に見合わぬ剣閃が走った。鶲を囲もうとした鬼を、その手で祓う。斬撃には一切の容赦など、ありはしなかった。亡鬼を解放するためだと、解っていたから。
「応!」
 気勢を上げ鶲は応じ、後ろを任せてさらに踏み込んだ。


 雄叫びよりもその堅牢さとそれ故に可能とした前進が、多数の亡鬼の目を引いていた。
「カカッ! どんどん出てくるじゃねぇか……!」
 混戦だ。そのど真ん中でジャックは猛攻を受け止め、支え、押し返しながらも――周囲を把握するべく目まぐるしく視線を巡らせる。つい、と右後方に至る明影と視線が絡んだ瞬後、ジャックは盾を器用に操り、一体の亡鬼をいなし、殴打と共に転がした。
 視線を戻すまでもなく、そのまま次の亡鬼と相対するジャックの意を組んだか、明影の手が奔り、銃撃を放った。魔導銃から放たれた銃弾が、姿勢不十分の亡鬼を穿つ。腱を撃たれたか立ち上がれなくなった鬼を確認すると、抜剣した。
「己が意思もなく、死して尚蠢くなど貴様等としても屈辱だろう?」
 介錯の手が、振り下ろされたと、同時。
「……疾く、眠らせて差し上げます」
 ジャックの後方にひたりと付いていたユージーンは、位置取りと――鬼達の動きに機を合わせて、紡いでいた法術を解き放った。
 鎮魂の、法術を。
 顕現と同時、ユージーンを中心に、ジャックを囲んでいたゾンビ達の多くの足が鈍る。
「おーっし……!!」
「っ!」
 喝采の声を上げながら、ジャックはユージーンを引きずるようにして大きく『後退』。
 取り残された亡鬼達は、一塊となって立ち往生する。。
「にーさんがた! いっきますぜーー!!」
 遅滞無く、声が響いた。鬼百合の、伸びやかな声が。すぐに結果は刻まれる。再び顕現した炎球は亡鬼達をいとも容易く飲み込み――爆炎が、森林を紅く照らした。


 鶲とクローディオの前線にアンバーが合流し、ユーリヤが後衛火力としてその威を振るう。
「んー……ま、多少とはいえ連携をとる、ってわかればこんなもんだよね」
 風刃を放ちながら、ユーリヤは戦場を俯瞰し、亡鬼達の拙い連携を破砕する。鶲とクローディオを囲もうとする亡霊達の足を縫い止め、アンバーが踏み込む余地を作り――極々自然に、殲撃が振るわれる。
「――っ!」
 声なき気勢と共に、鈍く、そして高く、土が爆ぜた。アンバーの長身から繰り出された大槌が、亡鬼の身体を破砕。亡者であれども、破砕された身では抗う術もない。
「お見事です」
 弾けた腐肉を意に介さないアンバーは、むしろ度々の援護を成したユーリヤを称賛したようだった。惨状の只中で向けられた柔らかな笑みにユーリヤは片手をひらひらと返しながら、
「あー……いやー、前衛の資格のカバーは後衛の役目だよん……っと」
 と言いながら、続けて魔術を放つ。

 ――前線、鶲達の動きが鈍りつつあった。 

 交わす刃が重なるだけ、鶲の傷は深くなっていく。
 ――これといって、動力源になりそうなものはない、か……。
 傷よりも、その事実が重かった。亡鬼はただの歪虚に過ぎず――そして、切り刻まなくては、終わらない。
「一度下がれ、鶲」
「おう……!」
 鶲の背に手を翳し治療を施し終えたクローディオの言葉に、鶲は素直に後方へと跳躍した。その動きに引き出されるように亡鬼達はクローディオに殺到する。むせ返るほどの腐臭の只中で、クローディオは術を編み上げた。
「この光を持って、その身を浄化する」
 詠唱、あるいは宣告と共に、術が成る。
 殷、と。光輝と共に高音が響き、クローディオを中心に爆光が顕現。瞬く間に展開された法術が亡鬼達を飲み込んだ。入れ替わるようにアンバーと鶲が前進、クローディオが敵に飲み込まれる前に前線を再構築する。
「……もうすぐです、皆さん!」
 大槌の柄で金棒の一撃を受け止めながら、武人らしい気迫と共に、アンバーが告げる。
「増援が、途切れました……っ!」


 ――。
 ユージーンが紡ぎ続ける法術は、まるで結界のように機能していた。敵の圧力は加速度的に減じていく。
 終わりが、見えようとしていた。その只中で、ジャックは忸怩たるものが胸中にこみ上げてくるのを自覚していた。
「気に入らねェ……」 
「気が進まんのなら、俺がやるぞ?」
 その言葉が意味する所を、男は察したのだろう。明影が翳した機剣を、ジャックはつまらなそうな表情のまま見やり、鼻を鳴らす。
「やらねェとは言ってねェ」
 見下ろすまでもない。倒れ伏している亡鬼達の中に、未だ動き続けるものが、確かに、居る。
 足掻こうとしている。抗おうとしている。
 ――誰に? 俺達にだ。
 そう思うと、苦さが勝った。
 その、眼前に。幾度目かの炎が、降ってきた。
「……っ」
 鬼百合だ。その顔には、ジャックが抱いているそれと同じ色が滲んでいる。違うとすれば――その発露の仕方、か。
「オレたちが、そんなに憎いんですかぃ。それとも……、……っ」
 哀れだった。そして、事ここに至れば、答えもまた、了解できていた。だから、鬼百合は言葉を飲み込んで、火球を放つ。ひたすらに。終わりを迎えさせるために。
 その光景を、ユージーンと明影は静かに見つめていた。
 ユージーンは、その優しげな風貌に自らが劫火に焼かれているかのような苦痛を滲ませ。
 明影は彼らの煩悶を、苦しみながらも力をふるう選択を慈しむように、目を細めながら――またひとつ、蠢く鬼の首を落とした。


 ――動きが、止まるまで。あるいは、動きが止んでも尚、トドメをさしていく。
 分かりやすかった。動ける個体は、動こうと足掻き続けた。無表情に。無感情に。それでも、人間に対して、生者に対しての執着を示しながら。

 ひたり、と。最後の刃が振り下ろされた。
 誰もが動きを止め、暫し。
 再び、風が、戦場を撫でた。凄惨な戦場を洗い流すように、柔らかな風であった。
 


 先ほどまでの喧騒など嘘のように、森の中に静寂が落ち込んでいる。
 遺体は、ただの一つとして消えなかった。だが、亡鬼は、亡者であるが故に徹底的に潰され、断ち切られ、破壊されていた。
「……悪ぃ、が。調べなきゃなんねぇだろ」
 ぽつり、と。鶲。本隊に連絡しに行ってくれねえか、と続けると、応じた騎士二人は森の中を走っていく。シンカイか、ダンテでも来れば状況の照会も叶えられるため、到着を待つこととした。

「……ご遺体が残る、ということは。普通の歪虚ではない、ということですよね」
「そいじゃ、ちょいと調べさせてもらいやすよぅ」
 沈黙を押し開くように告げたユージーンの言葉を背に軽く手を合わせた鬼百合は、手近な鬼の遺体を調べ始める。
 屍体は、『消えなかった』。それ故に、何かがあるのではないかと。小さく祈りを捧げたクローディオが続くと、鶲は表情を押し殺したまま、遺体を一箇所に集め始める。足取りは重くとも、本隊が集うまで時間はあるだろう。調べる時間は、十分にあった。

「襤褸だけを着て……防具をつけていないんですね」
 周囲警戒をしていたアンバーが、まとまり始めた屍体を眺めて、そう言った。怪訝そうに見回したユージーンは至近の遺体に目を落とし、呟く。
「そういえば、どれも似たような服装、ですね。これらの遺体は戦場にあったのではなく……ひょっとして、埋葬されていた、のでしょうか」
 だとすれば、これだけの数が纏まって、しかも似たような装いで現れることに筋が通る。
 ――やはり、”里”が、何処かに。
 推察ではあるが、同時に落ちついた理解にアンバーがほう、と息を吐く中。
「確かに……」
 そこに、興味を覚えたのだろう。生まれ故か、懐やポケットを中心に探していた鬼百合が、上着全体を調べ始める、と。
「……ん、お?」
「どうした?」

「『シシャにご留意』……」
「――こっちもだ。同様の文言が書かれている」

 鬼が身にまとっていた襤褸の裏地に書きなぐられていた文字を、鬼百合とクローディオの二人は同時に見つけたようだった。
「んだそりゃ……シャレのつもりか?」
 遠方にまで足を運んで態々つきつけられたダジャレに、いよいよ嫌気がさしたジャック。
「留意……となると、文意が変ではありますね。注意ではない、となると」
「……意図は読めずともそれを書いた何者かが居る、ということだ」
 思索しながらのアンバーに、口の端に煙草を咥えた明影はそう告げた。
「まさか、木偶と化した奴らが書いたわけはあるまい……動く屍体は『暴食』に属する。妖怪と歪虚は別だと聞いていたが……これを妖怪と歪虚の繋がり、と取るべきか?」
 ことの運びが心底愉快で堪らないのだろう。くつくつと嗤う声が、森間を抜けて響く。
 ――なんだかもりあがってんなー。
 ユーリヤは茫洋とそれらの様子を眺めながら、胸中でそう吐いた。ゾンビに触れることも、現状に深く踏み込むことも衛生的にノーサンキュー。可能ならば帰りたい所なのだが――。
 すると。
「すまぬ……遅参した」
 王国騎士団赤の隊の一部と、武僧シンカイが戻ってきたようだった。


「小奴らが亡鬼に成り果てていたのが真実ならば……成り立ての歪虚は、時にその身体を遺すと聞く」
 恐らく、そうだったのだろうよ、と。状況を聞き、調査を終えたあとで改めて手を合わせた武僧はそう告げた。
「……そのために、わざわざ」
 呟きは、誰のものとも知れなかった。ただ。
「どうか、迷わずに――彼らが正しき命の道へ戻れますよう、お導きください」
 ユージーンの祈りの声は、その場にいる者達の耳朶を打った。祈りは遠けき土地に響き、沁みこんでいくようだった。

 ――後日。鬼の亡骸たちはシンカイが預かる寺に丁重に葬られることとなった。
 ハンター達による手向けの花々が彼らの所在を示すように、風に揺れる。こうして鬼達は真実の安寧を手に入れた。誰にも侵されることのない、安らかなる眠りを。

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MVP一覧

  • 修羅の血
    ka0273
  • ノブレス・オブリージュ
    ジャック・J・グリーヴka1305
  • 瑞鬼「白澤」
    鬼百合ka3667

重体一覧

参加者一覧

  • フューネラルナイト
    クローディオ・シャール(ka0030
    人間(紅)|30才|男性|聖導士
  • 輝きを求める者
    弥勒 明影(ka0189
    人間(蒼)|17才|男性|霊闘士
  • 修羅の血
    鶲(ka0273
    人間(紅)|12才|男性|闘狩人
  • ノブレス・オブリージュ
    ジャック・J・グリーヴ(ka1305
    人間(紅)|24才|男性|闘狩人
  • はるかな理想を抱いて
    ユージーン・L・ローランド(ka1810
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • 瑞鬼「白澤」
    鬼百合(ka3667
    エルフ|12才|男性|魔術師
  • 琥珀の麗人
    アンバー・ガルガンチュア(ka4429
    人間(紅)|22才|女性|闘狩人
  • とびだせゲーマー魂
    ユーリヤ(ka5142
    人間(蒼)|15才|女性|魔術師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
弥勒 明影(ka0189
人間(リアルブルー)|17才|男性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2015/06/22 21:13:58
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/06/22 00:23:56