ゲスト
(ka0000)
その光景が色褪せる前に
マスター:波瀬音音

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/06/26 15:00
- 完成日
- 2015/07/05 10:00
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
村と呼ぶにも規模の小さすぎる、森の中に幾つか住居が点在するだけの小さな集落がある。
いや、もはや集落とすら呼べないだろう。
僅かに細々と暮らしていた人々はこの地を去るか、或いは息を引き取るなどして、今やただ一つの家を除いては人の姿もないのだから。
その唯一の家の住人――ティアナは、イーゼルに立てかけたキャンパスに筆を走らせるのが日課である。
彼女の父親は少し離れた街へ出稼ぎへ出ており、月に一度ほどしか家に帰らない。母親は、数年前にまだ若い彼女を残してこの世を去った。
それでも彼女がこのような場所で暮らしているのは、ひとえの絵画の技術の研鑽の為だった。
森だけではない。近くには草原もあるし、天気が良い時は遠くに山並みも見える。絵のモチーフや風景画の題材には困らなかった。
彼女の一日の大半は、自給自足の為の小さな畑の仕事と、絵画の練習に費やされる。
描いた絵のうちいくつかは、出稼ぎから戻った父親が再度出立する際に売って金にするために持っていく。
そのようにして、父娘は娘の絵の修業に重きをおきながらも生計を立てていた。
けれどもその生活も、もうすぐ終わる。
努力が報われたのだ。
近くの街に住む画家にそのセンスを買われ、その画家に師事するべく彼女も移住することになったのである。
自分で働く必要もあるけれど、生活費も画家やその後援者がある程度は援助してくれるという。
もちろん、父は大いに喜んだ。
彼が出稼ぎに行っていたのもティアナの為だったから、娘の新たな生活に目処が立ち次第、今度は彼が一人でかの家に暮らすつもりだという。
家にはティアナが描いた絵画がたくさん飾られているから、寂しくはないと。
●
その日の畑仕事と日課を終えたティアナは、夕食のスープを煮込んでいる間に森へ踏み入った。
食用にもなる山菜や茸類が自生しているのを採取する為である。この辺りの知識は、家にあった書籍と父親から得たものだった。
いつもより多めに採取でき、「これなら何日かはもちそう」とほくほく顔で家に戻ろうとし――異変に気がついた。
木々の向こうに見える自宅。
その前に、大人の男ひとり分ほどはある背丈を持つ四本足のイキモノが立っている。
ティアナからは後ろ姿しか見えなかったけれども、その全身真黒な体躯だけでも明らかに普通の動物ではないことは分かった。
次の瞬間、そいつは前足を振り上げ――玄関のドアへ、叩きつける。
鉤爪のような鋭さを持っているのか、ドアはいとも簡単に切り裂かれた。そして叩きつけられた勢いも相俟って、ドア自体も家の内側へと倒されてしまう。
いけない。
ティアナは直感した。
恐らくは夕食の匂いに誘われたのだろうけれども、あの家の中には自分以上に父が大切に思ってくれている作品の数々と――今日仕上げたばかりの、大事な作品がある。
でも、行けない。
これもまた、悟ってしまう。
もし自分がそれらを守ろうとして家の中へ戻っても、きっと守るどころか、命をも喪ってしまう。
そうなれば、誰が一番悲しむ?
言うまでもない。
ティアナは踵を返す。
幸い、四本足は夕食だったものに夢中になっているのか、勢い良く走りだす彼女に気づきはしなかった。
徒歩でも二時間ほど行けば辿り着ける最寄りの街には、ハンターズソサエティの支部がある。
少しでも、一刻でも早く――大事なものを一つでも多く守るために、彼女は走った。
いや、もはや集落とすら呼べないだろう。
僅かに細々と暮らしていた人々はこの地を去るか、或いは息を引き取るなどして、今やただ一つの家を除いては人の姿もないのだから。
その唯一の家の住人――ティアナは、イーゼルに立てかけたキャンパスに筆を走らせるのが日課である。
彼女の父親は少し離れた街へ出稼ぎへ出ており、月に一度ほどしか家に帰らない。母親は、数年前にまだ若い彼女を残してこの世を去った。
それでも彼女がこのような場所で暮らしているのは、ひとえの絵画の技術の研鑽の為だった。
森だけではない。近くには草原もあるし、天気が良い時は遠くに山並みも見える。絵のモチーフや風景画の題材には困らなかった。
彼女の一日の大半は、自給自足の為の小さな畑の仕事と、絵画の練習に費やされる。
描いた絵のうちいくつかは、出稼ぎから戻った父親が再度出立する際に売って金にするために持っていく。
そのようにして、父娘は娘の絵の修業に重きをおきながらも生計を立てていた。
けれどもその生活も、もうすぐ終わる。
努力が報われたのだ。
近くの街に住む画家にそのセンスを買われ、その画家に師事するべく彼女も移住することになったのである。
自分で働く必要もあるけれど、生活費も画家やその後援者がある程度は援助してくれるという。
もちろん、父は大いに喜んだ。
彼が出稼ぎに行っていたのもティアナの為だったから、娘の新たな生活に目処が立ち次第、今度は彼が一人でかの家に暮らすつもりだという。
家にはティアナが描いた絵画がたくさん飾られているから、寂しくはないと。
●
その日の畑仕事と日課を終えたティアナは、夕食のスープを煮込んでいる間に森へ踏み入った。
食用にもなる山菜や茸類が自生しているのを採取する為である。この辺りの知識は、家にあった書籍と父親から得たものだった。
いつもより多めに採取でき、「これなら何日かはもちそう」とほくほく顔で家に戻ろうとし――異変に気がついた。
木々の向こうに見える自宅。
その前に、大人の男ひとり分ほどはある背丈を持つ四本足のイキモノが立っている。
ティアナからは後ろ姿しか見えなかったけれども、その全身真黒な体躯だけでも明らかに普通の動物ではないことは分かった。
次の瞬間、そいつは前足を振り上げ――玄関のドアへ、叩きつける。
鉤爪のような鋭さを持っているのか、ドアはいとも簡単に切り裂かれた。そして叩きつけられた勢いも相俟って、ドア自体も家の内側へと倒されてしまう。
いけない。
ティアナは直感した。
恐らくは夕食の匂いに誘われたのだろうけれども、あの家の中には自分以上に父が大切に思ってくれている作品の数々と――今日仕上げたばかりの、大事な作品がある。
でも、行けない。
これもまた、悟ってしまう。
もし自分がそれらを守ろうとして家の中へ戻っても、きっと守るどころか、命をも喪ってしまう。
そうなれば、誰が一番悲しむ?
言うまでもない。
ティアナは踵を返す。
幸い、四本足は夕食だったものに夢中になっているのか、勢い良く走りだす彼女に気づきはしなかった。
徒歩でも二時間ほど行けば辿り着ける最寄りの街には、ハンターズソサエティの支部がある。
少しでも、一刻でも早く――大事なものを一つでも多く守るために、彼女は走った。
リプレイ本文
●
夕闇迫る頃合いに、ハンターたちは集落へと向かっていた。
「絵描きさんて、作品を、自分の子供みたいに言うでしょ。
守らなきゃって思うし、それにね。その大切な絵を、見てみたいもの」
ネムリア・ガウラ(ka4615)が言うと、
「画家のみならず、クリエイターにとって作品は子供のようなもの。
みすみす破壊させたりは致しません」
メリル・E・ベッドフォード(ka2399)もその言葉に強く肯く。
奇しくも、エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)やクドリャフカ(ka4594)は自らも絵を描くことに覚えがある。それだけに、ティアナの絵に対して思うところは強かった。
集落のある森に到着する直前。
エヴァはペットの狛犬とともに土と木に塗れ匂いを消し、クドリャフカは土や木の汁を肌や服に擦りつけてカモフラージュを施す。
またネムリアは、野生の動物霊の力を宿して聴力を上げた。
研ぎ澄まされた聴覚が、微風に流されてきた木々の音の中に僅かに潜む低い獣の声を感じ取る。
「まだ結構、奥のほうにいるみたい」
ちょうどネムリアが雑魔の声のことを仲間に伝えたときに、彼女たちは森の入口へと到着した。
集落のメインストリート――と呼ぶにはあまりにも寂しい獣道も見えたけれど、薄暗くなり始めたこともありその奥までは視認することは出来なかった。獣の影も、だ。
「ちょーっと釣り出す必要がありそうですねー」
アシュリー・クロウ(ka1354)は強気に前に足を踏み出す。
というよりも、そもそもハンターになった目的が『リアルな冒険活劇を書くための取材』である彼女には、好奇心に勝る力などないのかもしれない。
「一刻も早く新作を拝むためにも、芸術を理解できない獣にはお帰り頂きましょう!」
そう力強く宣言し、彼女は獣道を奥へと踏み入っていった。
一方で他のハンターたちは、集落の南端近くに留まっていた。
エヴァは持ってきていた干し肉に、たいまつの火をくべる。
その焼ける様を見ながら、思う。
積み重ねられたその絵がどれだけ大切な思い出なのか。
全く同じとは言えずとも、同じく筆を取って生きる者としては少しは分かるつもりである。
エヴァ自身にとって、その手とそれが生み出す色が自らの存在証明を表現する手段であるように――ティアナにも、何かしらの大切な想いがあったからこその懇願であるはずなのだから。
『全力を尽くしましょう!』
そう首から下げた単語カードが、彼女の強い意思を示していた。
エヴァが灯したたいまつの火が、周辺をやや明るくする。
そのおかげもあり、周辺の様子を探っていたクオン・サガラ(ka0018)は、探していたものを発見することが出来た。
(これですか……)
低い草花を出来るだけ音を立てないように踏み歩き、クオンは一本の木に触れる。
それはティアナの情報にあった、縦割れした木の一本だった。
縦割れ、と言っても、厳密に言えば彼女が言っていた落雷による影響のようなものではないだろう。
実際落雷など起こっていなかった、というのも勿論のことだけれど、物的証拠がその木自体にある。
いまクオンが触れている木は、そこまで育っているものではない。むしろ森のなかにある木々の中では、まだ幼い部類に入るであろう高さだった。
落雷によるものならもっと高さのある木に落ちるだろうし、二次被害もあるだろう。ところが今回は、その二次被害もない。
ただ純粋に、この一本を含む複数本に、縦割れと焼け焦げた痕がついているだけなのだ。
(あまり高いところから攻撃出来るわけでもない、っていうことですかね)
だとすると、雷といっても火事を心配するほどではないかもしれない。
そんなことを考えながら、再び移動を開始した。
●
アシュリーは一人前へと歩を進めていたけれども、それもあまり長い時間ではなかった。
(お)
辺りが薄闇に包まれていてもすぐに分かった。
獣道を中心にしつつ森の中を踏み鳴らす、黒い獣の後ろ姿が視界に入る。
一方で雑魔はまだ、アシュリーには気づいていないようだった。一本の木に脚を激しく叩きつけ、グルル、と低い唸り声を上げる。
ティアナから救援要請がきてから、やや時間も経っている。用意していた夕食も彼女一人分だったろうから、もしかしたらまた腹が減っているかもしれない。
それならこれは、とアシュリーは腰に提げた袋から干し肉を取り出し、
「ほらほら、こっちですよ?」
と、わざわざ見せびらかすようにそれを振る。
けれども、雑魔は思ったよりも反応を見せなかった。そも、アシュリーの存在自体にまだ気づいていないらしく、相変わらず木を睨めつけている。声が届かなかったのは、木の葉が揺らぐ音が大きかったせいだろう。
(うーん、仕方ないですねー)
作戦変更。アシュリーは一旦獣道を外れ、森の中へ。
腹が減っては力が出ない、とでもいうのか、ちょうど頭を低くしていた雑魔の側面に躍り出ると、
「ご自慢のその角、へし折らせてもらいますよ!」
エストックを雑魔の角に叩き込む!
刺突用の剣である以上は普通、打撃には向かないものの――マテリアルを込めていれば話は別である。
つまり、効果は覿面。
文字通り頭部を弾かれた雑魔は一気に意識が覚醒したのか、殺意さえも感じる眼差しで彼女を睨んだ。
ふと、身体同様に黒かったはずの頭部に生えた角が一瞬黄金色に光ったかと思うと――。
そこから上空へと上昇した同色の光が、次の瞬間にはアシュリーのすぐ右側の地面へと落下し、生えていた草を焼いた。
一瞬で焼ききってしまった為に逆に燃え移ることもなかったけれど、危なっかしいことには変わりはない。
などと、アシュリーが悠長に考えている暇も最早なかった。
咄嗟に避けはしたものの、あの雷光は間違いなくアシュリーを狙っていた。
ということは――彼女を雷で焼こうとしていたわけで。
「干し肉より焼いた肉がお好みってことですかー!!」
猛然と突進を開始した雑魔から逃れるように、アシュリーもまた全力で南への逃走を開始した。
「見つかったのかな」
「そのようですね」
クドリャフカとメリルが肯き合う。クドリャフカは木の上に、メリルはそこから少し北へ離れたところに居た。メリルもメリルで雑魔の捜索はしていたけれど、どうやら思っていたよりも北にいたらしい。
小さな雷が落ちて地面に轟いた低い音と、次いで聞こえたアシュリーの叫びから、他のハンターたちは彼女が雑魔に接触したことを察した。
少し経って、全力で逃げてきたアシュリーが獣道を辿って仲間たちの許へと戻ってくる。
その姿は、やや傷ついていた。
『大丈夫ですか?』
「いやー、出来るだけ付かず離れず逃げようと思ったんですけどね。
一回突進食らって転倒しそうになったんで、これはヤバイと思って距離つけました!」
単語カードと表情で心配するエヴァに、アシュリーは苦笑いを浮かべる。ぎりぎり態勢を保つことが出来たのは、攻撃を捨て守りに入っていたからだろう。
アシュリーが戻ってきた頃には、エヴァが焼いていた干し肉もいい感じの匂いを辺りに漂わせていた。
アシュリーが見た攻撃のモーションと、クオンが木を見て気づいたことを短い時間で情報として共有し。
雑魔がやってくる前に、ハンターたちはそれぞれ都合のいい場所に身を隠す。
そして焼かれた肉だけが道端に落ちているところへ、興奮した様子の雑魔がやってきた。
実のところ走り始めて間もなくから、雑魔がここまできた目的は香ばしい匂いを少し遠くにまで漂わせるこの肉へと変わっていた。
逃げる獲物よりもただ待っているだけの餌の方が、空腹の身には眩しいものに見えるのだ。
角を傷つけられたことの痛みも忘れて雑魔は肉を貪り始め――。
やがて完全に油断したところ、一発の銃弾が雑魔の前足を穿った。
短く低い悲鳴を上げながらも、雑魔はもう片方の前足で踏ん張って何とか転倒を免れる。
それでも一瞬の出来事故に、銃弾がどこから放たれたかは分からない。当然、それを放ったのがクドリャフカであるということも。
そのことが雑魔の混乱を誘っている間に、
「スズメ、お願い!」
穏やかで、それでいて凛としたネムリアの声に応じ、魔力を纏った彼女のペットである柴犬が雑魔に突撃する。
ダメージと勢いを受けて再度雑魔がよろめいたところを、メリルの牽制射撃を挟んでから
「さっきのお返しですよ!」
横から現れたアシュリーが再びエストックで雑魔の頭を強打する。
ただ、当然ながら雑魔も黙ってやられているわけではなかった。
側面から攻撃を仕掛けてきたアシュリーよりも先に、少し距離はありながらも正面におり、柴犬を自らの許へ帰還させていたネムリアを視界に捉えた。
そして、角が黄金色に光る。
「避けてください!」
「わっ!?」
クオンの警告が飛んだけれど、柴犬が戻ってきたことで一瞬注意が逸れていたネムリアの反応は僅かに遅れた。
角から放たれ一旦上空に上がった光は、ネムリアの真上で再び雷光と化す。
情報共有の甲斐あってもそれが突き落とされたネムリアはなんとか脳天からの直撃は免れたものの、腕を掠める。幸いにも鞭を握るのとは逆の手だったけれど、僅かに火傷のような痕がついた。
攻撃を終えた雑魔は反転し、逃げにかかろうとする。
けれども最初に脚を抉られた影響でその動きは鈍く、振り返ったら振り返ったですぐさま
「行かせはしません……!」
クオンが放った矢が、一歩踏みだそうとした雑魔の足元へ襲いかかり動きを止め、その間にも
「それじゃあ野良犬に猟犬のやり方を教育してあげようか」
木から飛び降りていたクドリャフカが、手にした拳銃から冷気を纏った銃撃を放つ。
「犬には骨を、蛆には腐肉を、龍には無垢なる魂を、キミに相応しいのは鉛玉だけどね」
雑魔の抵抗は、それでも続いた。
近距離に接近してきたアシュリーやネムリアをまとめて薙ぎ払おうと、傷んだ脚を振るう。
当たりこそしなかったものの、二人とも距離は取った。
いや――ただ攻撃を避けるにしては、大げさなまでの距離のとり方だった。
それもその筈だ。
「……!」
声にならない声。
森のなかに潜んでずっとタイミングを待っていたエヴァが、燃えさかる火球を雑魔に投げつける!
それは的確に雑魔だけを巻き込んで爆発し。
すぐに収まった後に出てきた雑魔の姿は、全身火傷だらけになっていた。
黒い煙を吐き出しながら、数歩よろけたかと思うと、一転して全力で逃走を図ろうとする。
けれども、そちらへは行かせない。集落と、ティアナの家があるから。
再度クオンの矢が雑魔の動きを封じ。
予め仲間たちにスキルの発動を伝えた上で――メリルは、唱える。
「どうぞお休みなさいませ」
いましがた爆発が起こっていたばかりの空間をすっぽり覆い隠すように、今度は青白い雲状のガスが広がる。
ガスが消え失せた頃には、雑魔は深い眠りについていて――その後、まともな抵抗も行うことは出来なかった。
●
雑魔討伐完了の報せを受けティアナが自宅に戻ってくるのを、ハンターたちはその家の前で待っていた。
「本当に、ありがとうございます……!」
結局のところ戦闘中は一度も雑魔をここに近づけることもなかったから、夕食を食い散らかされたリビングはともかくアトリエ兼寝室に被害はない。
そのことに心から安堵するティアナに、クドリャフカは尋ねる。
「ねぇ、絵を見せてもらってもいいかな」
「え?」
意外なことを言われて、ティアナは目を丸くした。
「ちょっと昔に描いたものもあるので、少し恥ずかしいですけど……」
ティアナは言葉通り少し照れながらも、その小さな画廊にハンターたちを招き入れる。
様々な絵が壁に掛けられていた。
湖畔を描いた風景画はその水の澄んだ様が鮮やかな青で描き出されており。
草原を吹き抜ける風を妖精風に見立てた抽象画は、穏やかな微風だけでなく時に吹き荒れる嵐までもが一つの風景の中に描かれている。
それらを一枚一枚見ながら、クドリャフカは思いを馳せる。
彼女自身も風景画を好む絵描きである。とある偵察の時に描いたモノを褒められたのが絵を描く切っ掛けだったっけと思い出し。
(早く元の世界に帰ってせんせに会いたいなぁ)
と、大切な人を思う彼女の目は、無意識のうちに恋する乙女のそれになっていた。
そしてイーゼルの上には、父娘の人物画。
その娘の顔を見れば、わざわざ問うまでもなくそれがティアナと父親であることが分かる。
父に褒められ頭を軽く撫でられる娘の姿を描いているけれど、ラフスケッチのままで色は塗られていない。
『まだ途中ですか?』
「いえ、これはこれでいいんです」
エヴァが筆談で示した問いに対し、ティアナは首を横に振った。
この方が、この家でこうして育ったことをより示しているから、と彼女ははにかむ。
そんな時、
「もしよろしければ、一つお願いがあるのでございます」
「なんでしょう」
先ほどのクドリャフカ以上にティアナが驚くことを口にした者がいた。
メリルである。
「ティアナ様の絵を一つ、私にお譲り頂けませんでしょうか」
ティアナは今日一番の驚いた表情を見せた。
返答をすぐに返せずにいたティアナを見、メリルは微笑う。
「この周辺には"本来の世界のあり様"が残っているように思います」
この掛け替えの無い世界で戦う理由は人それぞれだけれど――。
「私はこの景色を、世界を、そこにすむ人々、栄えた文化を、芸術を、守りたいと願っております。
ティアナ様の絵には、それを思い返させてくれる力があるように思うのでございます」
そう穏やかに力説するメリルに、まだ少しの間驚きを隠せずにいたティアナだったけれど――やがて、此方も静かに微笑んだ。
「……そう言って頂けると、私も嬉しいです。そういうことなら、お譲りします」
今一度頭を下げるティアナに見送られて、ハンターたちは彼女の家を後にする。
そんな中、メリルは一枚の風景画を抱えていた。
彼女は残りの報酬を、ソサエティに返還しようと考えている。
「私はもう、十分に素晴らしい報酬を頂きましたので」
と、彼女はその理由を語った。
本来の世界のあり様。
朝の陽光が森を、山を、世界を――鮮明に照らし出す、その様を、大事に携えて。
夕闇迫る頃合いに、ハンターたちは集落へと向かっていた。
「絵描きさんて、作品を、自分の子供みたいに言うでしょ。
守らなきゃって思うし、それにね。その大切な絵を、見てみたいもの」
ネムリア・ガウラ(ka4615)が言うと、
「画家のみならず、クリエイターにとって作品は子供のようなもの。
みすみす破壊させたりは致しません」
メリル・E・ベッドフォード(ka2399)もその言葉に強く肯く。
奇しくも、エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)やクドリャフカ(ka4594)は自らも絵を描くことに覚えがある。それだけに、ティアナの絵に対して思うところは強かった。
集落のある森に到着する直前。
エヴァはペットの狛犬とともに土と木に塗れ匂いを消し、クドリャフカは土や木の汁を肌や服に擦りつけてカモフラージュを施す。
またネムリアは、野生の動物霊の力を宿して聴力を上げた。
研ぎ澄まされた聴覚が、微風に流されてきた木々の音の中に僅かに潜む低い獣の声を感じ取る。
「まだ結構、奥のほうにいるみたい」
ちょうどネムリアが雑魔の声のことを仲間に伝えたときに、彼女たちは森の入口へと到着した。
集落のメインストリート――と呼ぶにはあまりにも寂しい獣道も見えたけれど、薄暗くなり始めたこともありその奥までは視認することは出来なかった。獣の影も、だ。
「ちょーっと釣り出す必要がありそうですねー」
アシュリー・クロウ(ka1354)は強気に前に足を踏み出す。
というよりも、そもそもハンターになった目的が『リアルな冒険活劇を書くための取材』である彼女には、好奇心に勝る力などないのかもしれない。
「一刻も早く新作を拝むためにも、芸術を理解できない獣にはお帰り頂きましょう!」
そう力強く宣言し、彼女は獣道を奥へと踏み入っていった。
一方で他のハンターたちは、集落の南端近くに留まっていた。
エヴァは持ってきていた干し肉に、たいまつの火をくべる。
その焼ける様を見ながら、思う。
積み重ねられたその絵がどれだけ大切な思い出なのか。
全く同じとは言えずとも、同じく筆を取って生きる者としては少しは分かるつもりである。
エヴァ自身にとって、その手とそれが生み出す色が自らの存在証明を表現する手段であるように――ティアナにも、何かしらの大切な想いがあったからこその懇願であるはずなのだから。
『全力を尽くしましょう!』
そう首から下げた単語カードが、彼女の強い意思を示していた。
エヴァが灯したたいまつの火が、周辺をやや明るくする。
そのおかげもあり、周辺の様子を探っていたクオン・サガラ(ka0018)は、探していたものを発見することが出来た。
(これですか……)
低い草花を出来るだけ音を立てないように踏み歩き、クオンは一本の木に触れる。
それはティアナの情報にあった、縦割れした木の一本だった。
縦割れ、と言っても、厳密に言えば彼女が言っていた落雷による影響のようなものではないだろう。
実際落雷など起こっていなかった、というのも勿論のことだけれど、物的証拠がその木自体にある。
いまクオンが触れている木は、そこまで育っているものではない。むしろ森のなかにある木々の中では、まだ幼い部類に入るであろう高さだった。
落雷によるものならもっと高さのある木に落ちるだろうし、二次被害もあるだろう。ところが今回は、その二次被害もない。
ただ純粋に、この一本を含む複数本に、縦割れと焼け焦げた痕がついているだけなのだ。
(あまり高いところから攻撃出来るわけでもない、っていうことですかね)
だとすると、雷といっても火事を心配するほどではないかもしれない。
そんなことを考えながら、再び移動を開始した。
●
アシュリーは一人前へと歩を進めていたけれども、それもあまり長い時間ではなかった。
(お)
辺りが薄闇に包まれていてもすぐに分かった。
獣道を中心にしつつ森の中を踏み鳴らす、黒い獣の後ろ姿が視界に入る。
一方で雑魔はまだ、アシュリーには気づいていないようだった。一本の木に脚を激しく叩きつけ、グルル、と低い唸り声を上げる。
ティアナから救援要請がきてから、やや時間も経っている。用意していた夕食も彼女一人分だったろうから、もしかしたらまた腹が減っているかもしれない。
それならこれは、とアシュリーは腰に提げた袋から干し肉を取り出し、
「ほらほら、こっちですよ?」
と、わざわざ見せびらかすようにそれを振る。
けれども、雑魔は思ったよりも反応を見せなかった。そも、アシュリーの存在自体にまだ気づいていないらしく、相変わらず木を睨めつけている。声が届かなかったのは、木の葉が揺らぐ音が大きかったせいだろう。
(うーん、仕方ないですねー)
作戦変更。アシュリーは一旦獣道を外れ、森の中へ。
腹が減っては力が出ない、とでもいうのか、ちょうど頭を低くしていた雑魔の側面に躍り出ると、
「ご自慢のその角、へし折らせてもらいますよ!」
エストックを雑魔の角に叩き込む!
刺突用の剣である以上は普通、打撃には向かないものの――マテリアルを込めていれば話は別である。
つまり、効果は覿面。
文字通り頭部を弾かれた雑魔は一気に意識が覚醒したのか、殺意さえも感じる眼差しで彼女を睨んだ。
ふと、身体同様に黒かったはずの頭部に生えた角が一瞬黄金色に光ったかと思うと――。
そこから上空へと上昇した同色の光が、次の瞬間にはアシュリーのすぐ右側の地面へと落下し、生えていた草を焼いた。
一瞬で焼ききってしまった為に逆に燃え移ることもなかったけれど、危なっかしいことには変わりはない。
などと、アシュリーが悠長に考えている暇も最早なかった。
咄嗟に避けはしたものの、あの雷光は間違いなくアシュリーを狙っていた。
ということは――彼女を雷で焼こうとしていたわけで。
「干し肉より焼いた肉がお好みってことですかー!!」
猛然と突進を開始した雑魔から逃れるように、アシュリーもまた全力で南への逃走を開始した。
「見つかったのかな」
「そのようですね」
クドリャフカとメリルが肯き合う。クドリャフカは木の上に、メリルはそこから少し北へ離れたところに居た。メリルもメリルで雑魔の捜索はしていたけれど、どうやら思っていたよりも北にいたらしい。
小さな雷が落ちて地面に轟いた低い音と、次いで聞こえたアシュリーの叫びから、他のハンターたちは彼女が雑魔に接触したことを察した。
少し経って、全力で逃げてきたアシュリーが獣道を辿って仲間たちの許へと戻ってくる。
その姿は、やや傷ついていた。
『大丈夫ですか?』
「いやー、出来るだけ付かず離れず逃げようと思ったんですけどね。
一回突進食らって転倒しそうになったんで、これはヤバイと思って距離つけました!」
単語カードと表情で心配するエヴァに、アシュリーは苦笑いを浮かべる。ぎりぎり態勢を保つことが出来たのは、攻撃を捨て守りに入っていたからだろう。
アシュリーが戻ってきた頃には、エヴァが焼いていた干し肉もいい感じの匂いを辺りに漂わせていた。
アシュリーが見た攻撃のモーションと、クオンが木を見て気づいたことを短い時間で情報として共有し。
雑魔がやってくる前に、ハンターたちはそれぞれ都合のいい場所に身を隠す。
そして焼かれた肉だけが道端に落ちているところへ、興奮した様子の雑魔がやってきた。
実のところ走り始めて間もなくから、雑魔がここまできた目的は香ばしい匂いを少し遠くにまで漂わせるこの肉へと変わっていた。
逃げる獲物よりもただ待っているだけの餌の方が、空腹の身には眩しいものに見えるのだ。
角を傷つけられたことの痛みも忘れて雑魔は肉を貪り始め――。
やがて完全に油断したところ、一発の銃弾が雑魔の前足を穿った。
短く低い悲鳴を上げながらも、雑魔はもう片方の前足で踏ん張って何とか転倒を免れる。
それでも一瞬の出来事故に、銃弾がどこから放たれたかは分からない。当然、それを放ったのがクドリャフカであるということも。
そのことが雑魔の混乱を誘っている間に、
「スズメ、お願い!」
穏やかで、それでいて凛としたネムリアの声に応じ、魔力を纏った彼女のペットである柴犬が雑魔に突撃する。
ダメージと勢いを受けて再度雑魔がよろめいたところを、メリルの牽制射撃を挟んでから
「さっきのお返しですよ!」
横から現れたアシュリーが再びエストックで雑魔の頭を強打する。
ただ、当然ながら雑魔も黙ってやられているわけではなかった。
側面から攻撃を仕掛けてきたアシュリーよりも先に、少し距離はありながらも正面におり、柴犬を自らの許へ帰還させていたネムリアを視界に捉えた。
そして、角が黄金色に光る。
「避けてください!」
「わっ!?」
クオンの警告が飛んだけれど、柴犬が戻ってきたことで一瞬注意が逸れていたネムリアの反応は僅かに遅れた。
角から放たれ一旦上空に上がった光は、ネムリアの真上で再び雷光と化す。
情報共有の甲斐あってもそれが突き落とされたネムリアはなんとか脳天からの直撃は免れたものの、腕を掠める。幸いにも鞭を握るのとは逆の手だったけれど、僅かに火傷のような痕がついた。
攻撃を終えた雑魔は反転し、逃げにかかろうとする。
けれども最初に脚を抉られた影響でその動きは鈍く、振り返ったら振り返ったですぐさま
「行かせはしません……!」
クオンが放った矢が、一歩踏みだそうとした雑魔の足元へ襲いかかり動きを止め、その間にも
「それじゃあ野良犬に猟犬のやり方を教育してあげようか」
木から飛び降りていたクドリャフカが、手にした拳銃から冷気を纏った銃撃を放つ。
「犬には骨を、蛆には腐肉を、龍には無垢なる魂を、キミに相応しいのは鉛玉だけどね」
雑魔の抵抗は、それでも続いた。
近距離に接近してきたアシュリーやネムリアをまとめて薙ぎ払おうと、傷んだ脚を振るう。
当たりこそしなかったものの、二人とも距離は取った。
いや――ただ攻撃を避けるにしては、大げさなまでの距離のとり方だった。
それもその筈だ。
「……!」
声にならない声。
森のなかに潜んでずっとタイミングを待っていたエヴァが、燃えさかる火球を雑魔に投げつける!
それは的確に雑魔だけを巻き込んで爆発し。
すぐに収まった後に出てきた雑魔の姿は、全身火傷だらけになっていた。
黒い煙を吐き出しながら、数歩よろけたかと思うと、一転して全力で逃走を図ろうとする。
けれども、そちらへは行かせない。集落と、ティアナの家があるから。
再度クオンの矢が雑魔の動きを封じ。
予め仲間たちにスキルの発動を伝えた上で――メリルは、唱える。
「どうぞお休みなさいませ」
いましがた爆発が起こっていたばかりの空間をすっぽり覆い隠すように、今度は青白い雲状のガスが広がる。
ガスが消え失せた頃には、雑魔は深い眠りについていて――その後、まともな抵抗も行うことは出来なかった。
●
雑魔討伐完了の報せを受けティアナが自宅に戻ってくるのを、ハンターたちはその家の前で待っていた。
「本当に、ありがとうございます……!」
結局のところ戦闘中は一度も雑魔をここに近づけることもなかったから、夕食を食い散らかされたリビングはともかくアトリエ兼寝室に被害はない。
そのことに心から安堵するティアナに、クドリャフカは尋ねる。
「ねぇ、絵を見せてもらってもいいかな」
「え?」
意外なことを言われて、ティアナは目を丸くした。
「ちょっと昔に描いたものもあるので、少し恥ずかしいですけど……」
ティアナは言葉通り少し照れながらも、その小さな画廊にハンターたちを招き入れる。
様々な絵が壁に掛けられていた。
湖畔を描いた風景画はその水の澄んだ様が鮮やかな青で描き出されており。
草原を吹き抜ける風を妖精風に見立てた抽象画は、穏やかな微風だけでなく時に吹き荒れる嵐までもが一つの風景の中に描かれている。
それらを一枚一枚見ながら、クドリャフカは思いを馳せる。
彼女自身も風景画を好む絵描きである。とある偵察の時に描いたモノを褒められたのが絵を描く切っ掛けだったっけと思い出し。
(早く元の世界に帰ってせんせに会いたいなぁ)
と、大切な人を思う彼女の目は、無意識のうちに恋する乙女のそれになっていた。
そしてイーゼルの上には、父娘の人物画。
その娘の顔を見れば、わざわざ問うまでもなくそれがティアナと父親であることが分かる。
父に褒められ頭を軽く撫でられる娘の姿を描いているけれど、ラフスケッチのままで色は塗られていない。
『まだ途中ですか?』
「いえ、これはこれでいいんです」
エヴァが筆談で示した問いに対し、ティアナは首を横に振った。
この方が、この家でこうして育ったことをより示しているから、と彼女ははにかむ。
そんな時、
「もしよろしければ、一つお願いがあるのでございます」
「なんでしょう」
先ほどのクドリャフカ以上にティアナが驚くことを口にした者がいた。
メリルである。
「ティアナ様の絵を一つ、私にお譲り頂けませんでしょうか」
ティアナは今日一番の驚いた表情を見せた。
返答をすぐに返せずにいたティアナを見、メリルは微笑う。
「この周辺には"本来の世界のあり様"が残っているように思います」
この掛け替えの無い世界で戦う理由は人それぞれだけれど――。
「私はこの景色を、世界を、そこにすむ人々、栄えた文化を、芸術を、守りたいと願っております。
ティアナ様の絵には、それを思い返させてくれる力があるように思うのでございます」
そう穏やかに力説するメリルに、まだ少しの間驚きを隠せずにいたティアナだったけれど――やがて、此方も静かに微笑んだ。
「……そう言って頂けると、私も嬉しいです。そういうことなら、お譲りします」
今一度頭を下げるティアナに見送られて、ハンターたちは彼女の家を後にする。
そんな中、メリルは一枚の風景画を抱えていた。
彼女は残りの報酬を、ソサエティに返還しようと考えている。
「私はもう、十分に素晴らしい報酬を頂きましたので」
と、彼女はその理由を語った。
本来の世界のあり様。
朝の陽光が森を、山を、世界を――鮮明に照らし出す、その様を、大事に携えて。
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相談用 アシュリー・クロウ(ka1354) エルフ|20才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2015/06/25 23:50:18 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/06/23 19:52:32 |