ゲスト
(ka0000)
【GFD】金槌亭で休息を
マスター:石田まきば

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/06/27 19:00
- 完成日
- 2015/07/05 04:36
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●休日 ユレイテルの場合
「……久しぶりの気がするな」
前にこの場所を訪れてから三カ月は経っているだろうか。事務所にこもってばかりではつい仕事に手を付けてしまうからと、ユレイテルは食事を摂りに金槌亭へと足を運んでいた。
(気分転換にもなるだろう)
クネーデルズッペなら油っこさもないだろう、と注文を終えて席に着く。
役人として過ごしていた頃に比べれば、確かに扱う物事の重要性や背負うべき責任は大きくなったけれど、仕事量が増えている、と言う訳ではない。
当時から定期的な報告を兼ねてオプストハイムとナデルハイムの往復は行っていたし、マーフェルスに事務所を構えてからは更に移動が頻繁になる事を織り込んで、不在時の代理の育成には力を入れて足場を整えていた。
移動の多い生活はとっくに慣れていると言ってもいい。
長老会議への参加という具体的な業務は増えたが、最近の議案と言えば自分の選挙への立候補による彼らの対応と、人形師であるジエルデへの対応、器の今後……本当に『会議』をするべき案件は自分が長老になったことで大きく減ったことは既に知っている。
いつも通りの案件、例えば役人や警備隊の人事や、出て行った同胞への対処、高齢になった同胞のオプストへの転居願い等……それこそ常に起きるからこそ『いつも通りの対応』で事足りるものは部下達が細かい手順を全て済ませ、長老会は承認するだけなので会議は名目だけの集まりだ。呼び出される頻度は格段に減り、全員が集まるほどの案件でなければ代理でも事が足りた。
なにせ恭順派の集まりと言っても過言ではないのだ。決まった通りに、古いしきたりに則って事を進めるだけで仕事が成立するのだ。維新派としてはその在り方に不満が無いと言う訳にもいかないのだが、そこに口を出せる立場ではないことも分かっていた。少なくとも、今はまだその時ではない。
自分は維新派の立場を利用し、そして利用されて今の席を手に入れている。父リヒャルトもまだ現役で長老の席についているのがその証拠だ。
『お前は私の後継ぎとしては認められない』
実家で話す機会を得た時の言葉を思い出す。
確かにそうだ。父の背を見て育った割に、父の元で部下として、いずれは後継ぎとして勉強をする道を選ばなかった。役人の席を得た途端、家出同然にナデルハイムに居を移し独立したことはそれなりに父の人生設計を裏切っていたようだ。
『では、彼女は……いえ、何でもありません』
ならば監視役として寄越したパウラの意図は? 聞きかけたがやめた。父親は答えてくれないだろう。
パウラは確かにあの父に向けて報告書を送っている。しかしこれまでに不利益は起きていない。
(長老就任時にそれがどこまで影響したのか……)
資料として使われたはずだ。馬鹿正直なパウラのことだから聞いたままそのままを纏めているのだろう、良くも悪くも真っ直ぐな少女だ。本人は自らを恭順派だと思っているのだろうが、彼女ほど先入観無く物事を見れる存在は珍しい。エルフハイムと言う閉鎖社会においては貴重だ。
(親としての手心……も多くは無いがあったのだろう)
互いに冷静に相手を見るための緩衝材として、あれ以上の人選はなかったのかもしれない。
(………)
結局。職場を離れても、考えるのは仕事のことばかりだ。
それが自分の目標で生き甲斐なのだから、別に悪いことではないと考えている。
間違いと言うわけでもないだろう。
「イベントを、自分でも楽しむこと」
自分の考え方に柔軟性があるように、努めてきているつもりだけれど、あまり得意ではない分野と言うものがある。
「そういえば、今はリゼリオで催しがあるのだったか?」
今後、どれほどまでに手を、そして足を延ばしていけばいいのか……
「おまちどうさま」
カチャリ
「……あ、ああ。感謝する」
カウンターの向こうから店主がズッペを出してきた。そうだ、食事に来たのではなかったか。
スプーンを手に一口食べて、再び手が止まる。首を振ってまた一口、また止まる。
長い休日になりそうだった。
●休日? カミラの場合
「主人! 戻ったぞ!」
ドアベルを掻き消すほどの声量は本人の気分が高ぶっているからだろう。この師団都市マーフェルスを治めている権力者の声だとすぐに感じ取り、主人は皿を拭く手を止めた。
「特別審査員のお仕事は終えられたので?」
カミラがリゼリオに出張に出ていた事は、この都市に暮らす者なら大体の者が予想していた。料理人だということは周知の事実で、イベントの告知が出た後も、審査員は皇帝陛下かカミラか、どちらかになるだろうと予想をして子供達が賭け事遊びをする程度の知名度だからだ。
「ああ、あまり長居もしていられないからな……きちんと全部試食もして、わかる範囲でレシピを確認してきたぞ!」
我らが帝国の食材事情を考えると、どこまで再現できるかはわからないが。そう言いながらも目は輝いているから、きっと足りないものがあっても応用するなどして全て、試作するなり楽しむつもりでいるのだろう。
「息子なら……」
「わかっている、非番で帰ってきているだろう?」
借りていいか? すぐに誰かに話したいのだとその目が言っている。もう何度この目を見ただろう。
「奥に」
「助かる! イサ! イサーク! レシピの書き取りと改良に手を貸してくれ!」
「カミラ様、お帰りなさいませ!」
ドタバタと自宅スペースから降りてくる足音に落ち着きのなさを感じるけれど、それもまた自分の息子なのだから後で注意するとしよう。
料理人に憧れた息子は気付けばエルヴィンバルト要塞の厨房で働くことになった。それはひとえにこの酒場が要塞に近く、師団兵たちが立ち寄ってくれるほどの縁があったからだとも思っている。いつかここを継ぐのだと言ってくれているだけで十分だ……
(……やはり落ち着きは必要か)
再び皿を拭く作業を再開する。
(……おや)
カウンター席に座っているエルフ――その男が誰かということは勿論把握している――の手が完全に止まっていた。
「……そういえば御用達の店だったな……」
遠い目をしている。失念していたのだろうと推測し、エルフと言っても人とそう変わらないなと改めて思う。口に出すことはないが。
「お客様」
もし差支えなければと、控えめに声を掛けた。
「夕方ごろになるでしょうが……新レシピの試作料理がお出しできると思います」
「……?」
申し出の意図を測りかねているようだ。接点は少なくとも、接客業の長い主人には多少の表情が読める。
「これも何かのご縁です、お暇でしたら……味の感想を教えていただけたらと」
「……久しぶりの気がするな」
前にこの場所を訪れてから三カ月は経っているだろうか。事務所にこもってばかりではつい仕事に手を付けてしまうからと、ユレイテルは食事を摂りに金槌亭へと足を運んでいた。
(気分転換にもなるだろう)
クネーデルズッペなら油っこさもないだろう、と注文を終えて席に着く。
役人として過ごしていた頃に比べれば、確かに扱う物事の重要性や背負うべき責任は大きくなったけれど、仕事量が増えている、と言う訳ではない。
当時から定期的な報告を兼ねてオプストハイムとナデルハイムの往復は行っていたし、マーフェルスに事務所を構えてからは更に移動が頻繁になる事を織り込んで、不在時の代理の育成には力を入れて足場を整えていた。
移動の多い生活はとっくに慣れていると言ってもいい。
長老会議への参加という具体的な業務は増えたが、最近の議案と言えば自分の選挙への立候補による彼らの対応と、人形師であるジエルデへの対応、器の今後……本当に『会議』をするべき案件は自分が長老になったことで大きく減ったことは既に知っている。
いつも通りの案件、例えば役人や警備隊の人事や、出て行った同胞への対処、高齢になった同胞のオプストへの転居願い等……それこそ常に起きるからこそ『いつも通りの対応』で事足りるものは部下達が細かい手順を全て済ませ、長老会は承認するだけなので会議は名目だけの集まりだ。呼び出される頻度は格段に減り、全員が集まるほどの案件でなければ代理でも事が足りた。
なにせ恭順派の集まりと言っても過言ではないのだ。決まった通りに、古いしきたりに則って事を進めるだけで仕事が成立するのだ。維新派としてはその在り方に不満が無いと言う訳にもいかないのだが、そこに口を出せる立場ではないことも分かっていた。少なくとも、今はまだその時ではない。
自分は維新派の立場を利用し、そして利用されて今の席を手に入れている。父リヒャルトもまだ現役で長老の席についているのがその証拠だ。
『お前は私の後継ぎとしては認められない』
実家で話す機会を得た時の言葉を思い出す。
確かにそうだ。父の背を見て育った割に、父の元で部下として、いずれは後継ぎとして勉強をする道を選ばなかった。役人の席を得た途端、家出同然にナデルハイムに居を移し独立したことはそれなりに父の人生設計を裏切っていたようだ。
『では、彼女は……いえ、何でもありません』
ならば監視役として寄越したパウラの意図は? 聞きかけたがやめた。父親は答えてくれないだろう。
パウラは確かにあの父に向けて報告書を送っている。しかしこれまでに不利益は起きていない。
(長老就任時にそれがどこまで影響したのか……)
資料として使われたはずだ。馬鹿正直なパウラのことだから聞いたままそのままを纏めているのだろう、良くも悪くも真っ直ぐな少女だ。本人は自らを恭順派だと思っているのだろうが、彼女ほど先入観無く物事を見れる存在は珍しい。エルフハイムと言う閉鎖社会においては貴重だ。
(親としての手心……も多くは無いがあったのだろう)
互いに冷静に相手を見るための緩衝材として、あれ以上の人選はなかったのかもしれない。
(………)
結局。職場を離れても、考えるのは仕事のことばかりだ。
それが自分の目標で生き甲斐なのだから、別に悪いことではないと考えている。
間違いと言うわけでもないだろう。
「イベントを、自分でも楽しむこと」
自分の考え方に柔軟性があるように、努めてきているつもりだけれど、あまり得意ではない分野と言うものがある。
「そういえば、今はリゼリオで催しがあるのだったか?」
今後、どれほどまでに手を、そして足を延ばしていけばいいのか……
「おまちどうさま」
カチャリ
「……あ、ああ。感謝する」
カウンターの向こうから店主がズッペを出してきた。そうだ、食事に来たのではなかったか。
スプーンを手に一口食べて、再び手が止まる。首を振ってまた一口、また止まる。
長い休日になりそうだった。
●休日? カミラの場合
「主人! 戻ったぞ!」
ドアベルを掻き消すほどの声量は本人の気分が高ぶっているからだろう。この師団都市マーフェルスを治めている権力者の声だとすぐに感じ取り、主人は皿を拭く手を止めた。
「特別審査員のお仕事は終えられたので?」
カミラがリゼリオに出張に出ていた事は、この都市に暮らす者なら大体の者が予想していた。料理人だということは周知の事実で、イベントの告知が出た後も、審査員は皇帝陛下かカミラか、どちらかになるだろうと予想をして子供達が賭け事遊びをする程度の知名度だからだ。
「ああ、あまり長居もしていられないからな……きちんと全部試食もして、わかる範囲でレシピを確認してきたぞ!」
我らが帝国の食材事情を考えると、どこまで再現できるかはわからないが。そう言いながらも目は輝いているから、きっと足りないものがあっても応用するなどして全て、試作するなり楽しむつもりでいるのだろう。
「息子なら……」
「わかっている、非番で帰ってきているだろう?」
借りていいか? すぐに誰かに話したいのだとその目が言っている。もう何度この目を見ただろう。
「奥に」
「助かる! イサ! イサーク! レシピの書き取りと改良に手を貸してくれ!」
「カミラ様、お帰りなさいませ!」
ドタバタと自宅スペースから降りてくる足音に落ち着きのなさを感じるけれど、それもまた自分の息子なのだから後で注意するとしよう。
料理人に憧れた息子は気付けばエルヴィンバルト要塞の厨房で働くことになった。それはひとえにこの酒場が要塞に近く、師団兵たちが立ち寄ってくれるほどの縁があったからだとも思っている。いつかここを継ぐのだと言ってくれているだけで十分だ……
(……やはり落ち着きは必要か)
再び皿を拭く作業を再開する。
(……おや)
カウンター席に座っているエルフ――その男が誰かということは勿論把握している――の手が完全に止まっていた。
「……そういえば御用達の店だったな……」
遠い目をしている。失念していたのだろうと推測し、エルフと言っても人とそう変わらないなと改めて思う。口に出すことはないが。
「お客様」
もし差支えなければと、控えめに声を掛けた。
「夕方ごろになるでしょうが……新レシピの試作料理がお出しできると思います」
「……?」
申し出の意図を測りかねているようだ。接点は少なくとも、接客業の長い主人には多少の表情が読める。
「これも何かのご縁です、お暇でしたら……味の感想を教えていただけたらと」
リプレイ本文
●
「少しばかり寝過ぎちまったぜ。取り敢えずは飯を……くぁ」
欠伸を噛み殺したナハティガル・ハーレイ(ka0023)が戸をくぐる。
「ユレイテルじゃねーか。珍しく1人で昼飯か?」
「休暇になったのだが……手持無沙汰でな」
「休暇の過ごし方が分からずにボサッとしてたって訳か。全く、不器用な野郎だぜ」
お前らしいなと苦笑を向けた。
「やあ! 同席しても構わないだろうか?」
表情と同じく朗らかな声の主はリアム・グッドフェロー(ka2480)。
「勿論」
二人の食事が何かを尋ねてから店員を呼ぶ。
「これとそれと……このステーキも足してもらおうかな」
皿が倍に増えた。
「それ全部どこに消えてるんだ?」
増えた皿はリアムが一人でたいらげている。
「よく言われるんだけど、どうしてだろうね?」
笑顔のまま、手は止まっていない。
「食べ物には感謝の心だよ、美味しいものを美味しく食べないのは糧となった命に対して失礼だからね!」
ステーキを食べやすいサイズに切り分けながら答える。
「貴殿の体格は」
見積もってもナハティガルの半分くらいでは、という言葉は飲み込まれた。
「ユレイテル君、食事の時くらい難しい事を考えるのはやめないかい?」
腰を浮かせ手を伸ばし、眉間のあたりを指の腹で押す。
「繰り返すけど、美味しく食べなくちゃ。皺つきランチなんてご法度だよ!」
「たまには小難しい事は考えず、風の向くまま気の向くままに過ごす! 誰にだって魂の洗濯は必要だぜ?」
この後行ってみようぜと誘うナハティガルに続き、リアムは少し論点を変えた。
「私が一つアドバイスするとしたら、自分の感情は無視しない事かな」
自然は森や動物などの“ヒト以外”に限った言葉ではない。ヒトもまた自然の一部。『あるがままの状態』なのだから。
素直に、嘘をつかず、目を逸らさないままで。
(それだけの事でも、難しくはあるけどね)
知らず苦笑いが浮かぶ。
「あくまでこれは私自身の心得さ、いつ何処でどうなるか分からないからね」
リアムがこうして言葉にして誰かに伝えるのは、予防線でもあった。
自分が信じている考え方が普通ではない自覚はあるのだ。だからいつか道を逸れた時に。誰かが気付いてくれるように。
そして嘘は得意ではないから、素直に生きる道を選んだ証を、出会った人に少しずつ残していく。
(これが私の自然だからね)
「頼もー! ですのー」
元気いっぱいの声を響かせて。干しパルムになりそうなパルパルを支えながら、チョココ(ka2449)は店内を見渡した。
「あ、ユレイテルお兄さま、ごきげんようですのー」
笑顔で手を振る。彼のいる四人用の卓はまだ一つ空いていた。
「お二方もお久しぶりですの。皆さんで会食ですの?」
言いながら再び周囲を見渡し、ユレイテルに視線を戻した。
「シャイネお兄さまはご一緒じゃないんですね、わたくし、お二人は一心同体だと思ってましたの」
「それは知らなかったな!」
「面白いなそれ……っくく……」
「……恐れ多い話だ」
三者三様の反応に首を傾げるチョココだった。
「むむー」
メニューの一覧を眺めるチョココ。
「困った時の最強呪文はこれですわ! 全メニュー! 全部お願いしますの!」
ナハティガルがむせた。
「チョココ君とはいい友人になれそうだね。あとで試作料理が出るらしいのだけど、一緒にどうかな」
「素敵ですの。勿論、試作料理も所望致しますわ。全部ー!」
リアムの誘いにチョココだけでなくパルパルの目も輝きはじめる。
「ああ、でもそれは夕方になるらしいよ」
「そうなんですの? それじゃあやっぱりこのメニューの……」
「一度に頼んではテーブルに乗り切らないと思うのだが」
「全部食うのか?」
「一人で食べるより大勢で、ですの」
少なくともこの卓の3人は数に入れていると言えば、ナハティガルがにやりと笑う。
「俺らこの後出てくるぜ?」
メニューに夢中で耳に入って居なかった。
「夕方には戻ってこよう」
すまないが今は満腹だからとユレイテル。
「そうですのー……」
「ふむ、ではチョココ君、こうしようか」
しゅんとした所にリアムの助け舟。上から順に一品ずつ順に出してもらうようにして。食べきれなくなったらそこで中断……ということで話がついた。
●
最終巻をパタンと閉じる。エルティア・ホープナー(ka0727)の読後感は最高潮に達していた。
(とても充実していたわ)
読み終えたシリーズ全巻はすぐ横に積み上がっている。
立ち上がろうとしたところでうまく力が入らないことに気付く。
「お腹が空いたのかしら?」
頁を捲り続けたい欲求が他の全てを忘れさせていたのだ。
「……シーラ……も、来てないのね……」
幼馴染の姿もない。だから、ふらふらとした足取りでその場を後にした。
「何事も見聞を広げておいて損は無い。何かを『変えたい』と願うなら、先ずは知る事から始めねえとな」
「来た事くらいあるのだが……」
抗議に聞こえないふりをしたナハティガルはやや強引に連れまわした。賑わいを見せる市場を冷やかし、屋台も並ぶ公園の方角へと向かって歩き回る。
(悪いことじゃないが、仕事に真面目すぎるんだと思うぜ)
目的が無いだけで視点も変わるものだ。それは、ユレイテルにとってもプラスとなるはずだ。
「エア。餓死してないか」
シルヴェイラ(ka0726)がそう声を掛けて幼馴染が返事をしなかったことなど一度もない。だからいつも通りに様子を見に来たのだが。
図書館からは、ページを捲る微かな音さえもしなかった。
「どこに行ったんだ?」
四六時中共にいるわけではない。彼女だって一人で出かけることもある。
(待っているか)
クッションのすぐそばに積み上げられたままの本を棚に戻した後。最後の一冊、シリーズの一巻を手に椅子へと座った。
しばらくは読んでいたのだが。
「……行くか」
物語が詰まらなかったわけではない。シルヴェイラは幼馴染の本へ愛情を理解しているし、その選ぶセンスも認めている。
(なにしてるんだか……)
子供じゃあないことくらいわかっている。これは心配などではない。他にやる事もないから、暇つぶしに探しに行くだけだ。
「……その本も頂くわ」
エアは本の為なら労力を惜しまない。それが空腹を通り越した限界状態であっても。
食事の為の外出も本を買い漁る時間と化した。積み上げた本の一番上、開いた状態の本を読みながら、前を見ず歩く。
(あら、美味しそうな香りと……森の匂いがするわね……?)
奇跡的に足を止め、金槌亭へと入っていく。
「喉乾いただろ」
「感謝する」
飲み物を渡し、ナハティガルもコロッケを頬ばる。
「ああやって……遊ぶものなのか」
ユレイテルの視線を追えば、キャッチボールをする親子。家族連れが多い時間帯らしい。
(息子が生まれていたら……あいつが傍に居たら……)
記憶にある姿を重ねて見てしまうのは、それが実現しないものだから。
「……家族、か」
振り切るように、無意識に零れ出た言葉が現実に戻す。隣に座る友人は聞こえていないふりをしたようだ。
「ユレイテル」
「ああ」
「お前は家族を護り抜ける男になれよ……」
「……肝に銘じておこう」
「あー……そうねぇ、とりあえずエールとヴルストセット貰えるぅ? 後なんかお勧め系そして灰皿」
長居する気はちっとも隠さずどっかり座る鵤(ka3319)。
灰皿と共に届いたエールはすぐにぐびり、一息で飲み干した。
「っあー、やっぱ初めの一杯は格別だわぁ。あ、もう一杯貰える?」
ヴルストの焼ける匂いに期待しながらジョッキを揺らす。
(繁盛してるみたいだしぃ?)
どこかそわそわとした空気もある気がするが。
「ねーね―お兄ちゃん、今日なにかあるのぉ?」
隣の卓に声を掛ける、既に酔っぱらいモードだ。
「ギルドフォーラムのメニューレシピを元にした新作料理が出るらしくてよぉ」
それを待っているらしい。試食扱いのそれらは感想をくれれば振る舞い扱いだそうで。
「そうなのぉいい話ー♪ でも新作ならどんなのかわかんないんじゃないのぉ?」
「ここらで一番の腕利き様が調理するのにハズレはねぇな!」
「へぇー、ついでにお兄ちゃんのお勧め教えてくれなぁーい? おっさん今日初めてでぇー」
「いいぜいいぜ、コレとかうめぇぞ、味見するか?」
「ありがとー……女子向けかと思ったけど結構ジューシィー」
定番のカレーとプレーンと一緒に並べられた野菜入りヴルストのことだ。今日のはニンニクが効いている。
「他もいろいろあるぜ!」
「どれどれー」
そのまま仲良く呑み始める、既に隣の卓に合流していた。
(空腹だったと思うんだが)
キッチンを使った痕跡もなかったので、近場の飲食店から順に回るシルヴェイラ。道中の書店ではエアの風貌を伝え聞き込みも重ねる。
「まったく、倒れてはいないだろうけどね」
脳内ではすでに本を読んでいるいつもの姿が浮かぶ。財布の中身の方が心配になってきた。
●
試作料理が並ぶカウンター。集まる客の流れに混ざりながら、キヅカ・リク(ka0038)は記憶に引っかかるものを覚えた。
(なんか見たことあるって思ったら、前に参加した戦闘にいた……第三師団長……!)
エプロンつけてカウンターの奥に居るとか、馴染み過ぎてスルーしそうになったけれど。
「マスター……? あの人って」
視線で確認を取れば、頷かれる。今回のメニューは自ら腕を振るったものでもあるらしい。
「……ここまで熱心なんだ」
話は聞いていたが予想以上だ。
(とりあえず香辛料ぶっぱして食べるルミナちゃんとは大違い……)
程度にもよるけれど、それは帝国民の一般的な食べ方なので異常なのはカミラの方と言う説もあるが。
隣の席に積み上げられた本、困り顔で声を掛けている店員。全ての感覚を目の前の物語に向けているエアには他の誰の声も届かな……
「エルティア殿?」
「あら、ユレイテル……森の匂い……貴方だったのね……」
「エア!」
思わず呼びかけたシーラは、不思議そうな二人の視線を受けて我に返る。
「あ、いや……珍しいな、エア。外で食事なんて」
きみも偶然だね。これはユレイテルに向けてだ。
珈琲を注文し、本をそっとテーブルの上に移動させ座った。
(怒るというのも変だしな)
自由奔放なだけだ。捜し歩いて乱れた呼吸を整えながら浮かべたのは苦笑い。彼女のこれはいつも通りなのだと考えていたら力が抜けた。
せっかくの珈琲の味が少しわからなくなっているけれど。
「マスター、おすすめはあるかい?」
「シーラ、私にも分けて頂戴?」
「……二人分で」
「貴方のを貰うわよ?」
「エア、今日何か食べたかい?」
「……ないわね」
「なんだか疲れてしまったな……」
「二人とも、きちんと食べなくてはいけないわ」
エアが言う事ではないと思っても口には出さない。ユレイテルに話をふった。
「そういえばきみはどうしてここに?」
「休暇でな。……友人に街を連れ回して貰っていた」
「あら。改めてこの街を見て回るのは良い経験だったのではないかしら?」
「……確かに。そうか、そんな意図が」
なるほどと頷くユレイテル。その様子である事を思い出したシーラは届いたばかりの料理を一皿差し出した。
「一品奢るよ」
「?」
「今日は特別な日だろう? ……偶然目にして覚えていたのでね」
休日の過ごし方が分からないと聞くと、とある言葉が思い浮かぶ。
「それってしゃち……ううん、なんでもないよ」
エルフハイムの情報を探してマーフェルスに来ているリクがそれを言っていいのか。
「僕のいた国にもそういう人割りと居たからあれだけど、そればっかりじゃ体壊しちゃうし肝心なときに動けなくなっちゃうからね」
静かなところで1人、寝そべって瞳を閉じて……風の音を聞いてみるとか。
「その時だけ、柵の全てを忘れられる感じが僕は好きだったから」
今度試してみてよ。
「どうして師団長になったか聞いても?」
ふと聞いたリクにカミラが目を細めた。
「私は元々主計兵希望でな」
軍の胃袋を掴めば食事事情の改革が進むだろうと軍に入り無差別に腕を振るっていたら、現陛下に代替わりした頃に料理を献上する機会を得た。
「感想を直接伝えたいと呼ばれて謁見したら、辞令がな」
「カミラ様の武勇伝として有名ですよね!」
イサークがきらきらとした目でカミラを見ている。大ざっぱな説明だが、冗談でも笑い話でもない、らしい。
(……武勇?)
胃袋をばっさばっさとなぎ倒し……違うか。
「鍋もあるってさっすがぁ……あー日本酒恋しぃ」
どれだけお目にかかってないだろう。一度辛めのワインに変えていた鵤だが。鍋のお供はこっちだとジョッキに戻っている。
「アクアヴィットもねー悪くないんだけどねー……きゅっと燗でいきたいわー」
小鉢に取り分けた鍋をすすりながら〆の空気、のはずだけれど。
(飲み足りなくなって来たから、帰りも一杯ひっかけるかねぇ)
●
「偶の休日にする事がないのはいかんの」
何処かぼんやりとしていたユレイテルが今日、何をしていたのか。それを聞いたイーリス・クルクベウ(ka0481)の感想である。
「折角じゃ、これを機に着道楽でも始めるのはどうじゃ?」
これから先必要が出てくるはずだと指摘する。
「急に必要になってからでは遅いのじゃ。立場からして既製品では格好もつかん。オーダーメイドとなれば時間も掛かる故、偶にしか休みが取れないユレイテルには公私共に最適ではないかの?」
特にスーツが必須だとも告げた。
「っと、お主に伝えてねばならぬ事があった」
そろそろ帰る頃合いではあるが、大事な話だ。すぅと声を潜めた。賑やかな時間帯はそれだけで互いの声しか聞こえなくなる。
「どうも帝国の研究者の1人に、浄化術の理論が漏れておる様じゃ」
ヴォールによって簡単な手解きを受けたらしいこと、共同研究のための進言をしたこと等を告げる。
「……別口からもその名は聞いている、今は私の一存では難しいが……」
動けるよう働きかけてみよう、常よりも低い声。
(やはり枷はあるようじゃのう……)
「そういえば前に御礼がしたいと話しておったのう」
「ああ、決まったなら是非教えてほしい」
姿勢を正そうとするユレイテルに、こんなところまで真面目なのかと苦笑が零れる。
「別に不用じゃが。……気にする様なら此処の会計はそっち持ちでチャラでどうじゃ?」
「イーリス、それだけでいいのか?」
「勿論じゃ。わしの期待に応えてくれれば、それで……」
ふと、我に返った。
(……今、これは逢い引きになるのかのう?)
これまでも似た機会はあったように思うけれど。
(酒の席じゃ、少し大胆に行くかのう)
言葉だけではない何かをしなければいけない気になった。
「……じゃから」
肩に手を置いて、またな、と言うだけに見せかけて。すれ違うその瞬間、頬に唇を寄せた。
「これからも期待しておるぞ」
「少しばかり寝過ぎちまったぜ。取り敢えずは飯を……くぁ」
欠伸を噛み殺したナハティガル・ハーレイ(ka0023)が戸をくぐる。
「ユレイテルじゃねーか。珍しく1人で昼飯か?」
「休暇になったのだが……手持無沙汰でな」
「休暇の過ごし方が分からずにボサッとしてたって訳か。全く、不器用な野郎だぜ」
お前らしいなと苦笑を向けた。
「やあ! 同席しても構わないだろうか?」
表情と同じく朗らかな声の主はリアム・グッドフェロー(ka2480)。
「勿論」
二人の食事が何かを尋ねてから店員を呼ぶ。
「これとそれと……このステーキも足してもらおうかな」
皿が倍に増えた。
「それ全部どこに消えてるんだ?」
増えた皿はリアムが一人でたいらげている。
「よく言われるんだけど、どうしてだろうね?」
笑顔のまま、手は止まっていない。
「食べ物には感謝の心だよ、美味しいものを美味しく食べないのは糧となった命に対して失礼だからね!」
ステーキを食べやすいサイズに切り分けながら答える。
「貴殿の体格は」
見積もってもナハティガルの半分くらいでは、という言葉は飲み込まれた。
「ユレイテル君、食事の時くらい難しい事を考えるのはやめないかい?」
腰を浮かせ手を伸ばし、眉間のあたりを指の腹で押す。
「繰り返すけど、美味しく食べなくちゃ。皺つきランチなんてご法度だよ!」
「たまには小難しい事は考えず、風の向くまま気の向くままに過ごす! 誰にだって魂の洗濯は必要だぜ?」
この後行ってみようぜと誘うナハティガルに続き、リアムは少し論点を変えた。
「私が一つアドバイスするとしたら、自分の感情は無視しない事かな」
自然は森や動物などの“ヒト以外”に限った言葉ではない。ヒトもまた自然の一部。『あるがままの状態』なのだから。
素直に、嘘をつかず、目を逸らさないままで。
(それだけの事でも、難しくはあるけどね)
知らず苦笑いが浮かぶ。
「あくまでこれは私自身の心得さ、いつ何処でどうなるか分からないからね」
リアムがこうして言葉にして誰かに伝えるのは、予防線でもあった。
自分が信じている考え方が普通ではない自覚はあるのだ。だからいつか道を逸れた時に。誰かが気付いてくれるように。
そして嘘は得意ではないから、素直に生きる道を選んだ証を、出会った人に少しずつ残していく。
(これが私の自然だからね)
「頼もー! ですのー」
元気いっぱいの声を響かせて。干しパルムになりそうなパルパルを支えながら、チョココ(ka2449)は店内を見渡した。
「あ、ユレイテルお兄さま、ごきげんようですのー」
笑顔で手を振る。彼のいる四人用の卓はまだ一つ空いていた。
「お二方もお久しぶりですの。皆さんで会食ですの?」
言いながら再び周囲を見渡し、ユレイテルに視線を戻した。
「シャイネお兄さまはご一緒じゃないんですね、わたくし、お二人は一心同体だと思ってましたの」
「それは知らなかったな!」
「面白いなそれ……っくく……」
「……恐れ多い話だ」
三者三様の反応に首を傾げるチョココだった。
「むむー」
メニューの一覧を眺めるチョココ。
「困った時の最強呪文はこれですわ! 全メニュー! 全部お願いしますの!」
ナハティガルがむせた。
「チョココ君とはいい友人になれそうだね。あとで試作料理が出るらしいのだけど、一緒にどうかな」
「素敵ですの。勿論、試作料理も所望致しますわ。全部ー!」
リアムの誘いにチョココだけでなくパルパルの目も輝きはじめる。
「ああ、でもそれは夕方になるらしいよ」
「そうなんですの? それじゃあやっぱりこのメニューの……」
「一度に頼んではテーブルに乗り切らないと思うのだが」
「全部食うのか?」
「一人で食べるより大勢で、ですの」
少なくともこの卓の3人は数に入れていると言えば、ナハティガルがにやりと笑う。
「俺らこの後出てくるぜ?」
メニューに夢中で耳に入って居なかった。
「夕方には戻ってこよう」
すまないが今は満腹だからとユレイテル。
「そうですのー……」
「ふむ、ではチョココ君、こうしようか」
しゅんとした所にリアムの助け舟。上から順に一品ずつ順に出してもらうようにして。食べきれなくなったらそこで中断……ということで話がついた。
●
最終巻をパタンと閉じる。エルティア・ホープナー(ka0727)の読後感は最高潮に達していた。
(とても充実していたわ)
読み終えたシリーズ全巻はすぐ横に積み上がっている。
立ち上がろうとしたところでうまく力が入らないことに気付く。
「お腹が空いたのかしら?」
頁を捲り続けたい欲求が他の全てを忘れさせていたのだ。
「……シーラ……も、来てないのね……」
幼馴染の姿もない。だから、ふらふらとした足取りでその場を後にした。
「何事も見聞を広げておいて損は無い。何かを『変えたい』と願うなら、先ずは知る事から始めねえとな」
「来た事くらいあるのだが……」
抗議に聞こえないふりをしたナハティガルはやや強引に連れまわした。賑わいを見せる市場を冷やかし、屋台も並ぶ公園の方角へと向かって歩き回る。
(悪いことじゃないが、仕事に真面目すぎるんだと思うぜ)
目的が無いだけで視点も変わるものだ。それは、ユレイテルにとってもプラスとなるはずだ。
「エア。餓死してないか」
シルヴェイラ(ka0726)がそう声を掛けて幼馴染が返事をしなかったことなど一度もない。だからいつも通りに様子を見に来たのだが。
図書館からは、ページを捲る微かな音さえもしなかった。
「どこに行ったんだ?」
四六時中共にいるわけではない。彼女だって一人で出かけることもある。
(待っているか)
クッションのすぐそばに積み上げられたままの本を棚に戻した後。最後の一冊、シリーズの一巻を手に椅子へと座った。
しばらくは読んでいたのだが。
「……行くか」
物語が詰まらなかったわけではない。シルヴェイラは幼馴染の本へ愛情を理解しているし、その選ぶセンスも認めている。
(なにしてるんだか……)
子供じゃあないことくらいわかっている。これは心配などではない。他にやる事もないから、暇つぶしに探しに行くだけだ。
「……その本も頂くわ」
エアは本の為なら労力を惜しまない。それが空腹を通り越した限界状態であっても。
食事の為の外出も本を買い漁る時間と化した。積み上げた本の一番上、開いた状態の本を読みながら、前を見ず歩く。
(あら、美味しそうな香りと……森の匂いがするわね……?)
奇跡的に足を止め、金槌亭へと入っていく。
「喉乾いただろ」
「感謝する」
飲み物を渡し、ナハティガルもコロッケを頬ばる。
「ああやって……遊ぶものなのか」
ユレイテルの視線を追えば、キャッチボールをする親子。家族連れが多い時間帯らしい。
(息子が生まれていたら……あいつが傍に居たら……)
記憶にある姿を重ねて見てしまうのは、それが実現しないものだから。
「……家族、か」
振り切るように、無意識に零れ出た言葉が現実に戻す。隣に座る友人は聞こえていないふりをしたようだ。
「ユレイテル」
「ああ」
「お前は家族を護り抜ける男になれよ……」
「……肝に銘じておこう」
「あー……そうねぇ、とりあえずエールとヴルストセット貰えるぅ? 後なんかお勧め系そして灰皿」
長居する気はちっとも隠さずどっかり座る鵤(ka3319)。
灰皿と共に届いたエールはすぐにぐびり、一息で飲み干した。
「っあー、やっぱ初めの一杯は格別だわぁ。あ、もう一杯貰える?」
ヴルストの焼ける匂いに期待しながらジョッキを揺らす。
(繁盛してるみたいだしぃ?)
どこかそわそわとした空気もある気がするが。
「ねーね―お兄ちゃん、今日なにかあるのぉ?」
隣の卓に声を掛ける、既に酔っぱらいモードだ。
「ギルドフォーラムのメニューレシピを元にした新作料理が出るらしくてよぉ」
それを待っているらしい。試食扱いのそれらは感想をくれれば振る舞い扱いだそうで。
「そうなのぉいい話ー♪ でも新作ならどんなのかわかんないんじゃないのぉ?」
「ここらで一番の腕利き様が調理するのにハズレはねぇな!」
「へぇー、ついでにお兄ちゃんのお勧め教えてくれなぁーい? おっさん今日初めてでぇー」
「いいぜいいぜ、コレとかうめぇぞ、味見するか?」
「ありがとー……女子向けかと思ったけど結構ジューシィー」
定番のカレーとプレーンと一緒に並べられた野菜入りヴルストのことだ。今日のはニンニクが効いている。
「他もいろいろあるぜ!」
「どれどれー」
そのまま仲良く呑み始める、既に隣の卓に合流していた。
(空腹だったと思うんだが)
キッチンを使った痕跡もなかったので、近場の飲食店から順に回るシルヴェイラ。道中の書店ではエアの風貌を伝え聞き込みも重ねる。
「まったく、倒れてはいないだろうけどね」
脳内ではすでに本を読んでいるいつもの姿が浮かぶ。財布の中身の方が心配になってきた。
●
試作料理が並ぶカウンター。集まる客の流れに混ざりながら、キヅカ・リク(ka0038)は記憶に引っかかるものを覚えた。
(なんか見たことあるって思ったら、前に参加した戦闘にいた……第三師団長……!)
エプロンつけてカウンターの奥に居るとか、馴染み過ぎてスルーしそうになったけれど。
「マスター……? あの人って」
視線で確認を取れば、頷かれる。今回のメニューは自ら腕を振るったものでもあるらしい。
「……ここまで熱心なんだ」
話は聞いていたが予想以上だ。
(とりあえず香辛料ぶっぱして食べるルミナちゃんとは大違い……)
程度にもよるけれど、それは帝国民の一般的な食べ方なので異常なのはカミラの方と言う説もあるが。
隣の席に積み上げられた本、困り顔で声を掛けている店員。全ての感覚を目の前の物語に向けているエアには他の誰の声も届かな……
「エルティア殿?」
「あら、ユレイテル……森の匂い……貴方だったのね……」
「エア!」
思わず呼びかけたシーラは、不思議そうな二人の視線を受けて我に返る。
「あ、いや……珍しいな、エア。外で食事なんて」
きみも偶然だね。これはユレイテルに向けてだ。
珈琲を注文し、本をそっとテーブルの上に移動させ座った。
(怒るというのも変だしな)
自由奔放なだけだ。捜し歩いて乱れた呼吸を整えながら浮かべたのは苦笑い。彼女のこれはいつも通りなのだと考えていたら力が抜けた。
せっかくの珈琲の味が少しわからなくなっているけれど。
「マスター、おすすめはあるかい?」
「シーラ、私にも分けて頂戴?」
「……二人分で」
「貴方のを貰うわよ?」
「エア、今日何か食べたかい?」
「……ないわね」
「なんだか疲れてしまったな……」
「二人とも、きちんと食べなくてはいけないわ」
エアが言う事ではないと思っても口には出さない。ユレイテルに話をふった。
「そういえばきみはどうしてここに?」
「休暇でな。……友人に街を連れ回して貰っていた」
「あら。改めてこの街を見て回るのは良い経験だったのではないかしら?」
「……確かに。そうか、そんな意図が」
なるほどと頷くユレイテル。その様子である事を思い出したシーラは届いたばかりの料理を一皿差し出した。
「一品奢るよ」
「?」
「今日は特別な日だろう? ……偶然目にして覚えていたのでね」
休日の過ごし方が分からないと聞くと、とある言葉が思い浮かぶ。
「それってしゃち……ううん、なんでもないよ」
エルフハイムの情報を探してマーフェルスに来ているリクがそれを言っていいのか。
「僕のいた国にもそういう人割りと居たからあれだけど、そればっかりじゃ体壊しちゃうし肝心なときに動けなくなっちゃうからね」
静かなところで1人、寝そべって瞳を閉じて……風の音を聞いてみるとか。
「その時だけ、柵の全てを忘れられる感じが僕は好きだったから」
今度試してみてよ。
「どうして師団長になったか聞いても?」
ふと聞いたリクにカミラが目を細めた。
「私は元々主計兵希望でな」
軍の胃袋を掴めば食事事情の改革が進むだろうと軍に入り無差別に腕を振るっていたら、現陛下に代替わりした頃に料理を献上する機会を得た。
「感想を直接伝えたいと呼ばれて謁見したら、辞令がな」
「カミラ様の武勇伝として有名ですよね!」
イサークがきらきらとした目でカミラを見ている。大ざっぱな説明だが、冗談でも笑い話でもない、らしい。
(……武勇?)
胃袋をばっさばっさとなぎ倒し……違うか。
「鍋もあるってさっすがぁ……あー日本酒恋しぃ」
どれだけお目にかかってないだろう。一度辛めのワインに変えていた鵤だが。鍋のお供はこっちだとジョッキに戻っている。
「アクアヴィットもねー悪くないんだけどねー……きゅっと燗でいきたいわー」
小鉢に取り分けた鍋をすすりながら〆の空気、のはずだけれど。
(飲み足りなくなって来たから、帰りも一杯ひっかけるかねぇ)
●
「偶の休日にする事がないのはいかんの」
何処かぼんやりとしていたユレイテルが今日、何をしていたのか。それを聞いたイーリス・クルクベウ(ka0481)の感想である。
「折角じゃ、これを機に着道楽でも始めるのはどうじゃ?」
これから先必要が出てくるはずだと指摘する。
「急に必要になってからでは遅いのじゃ。立場からして既製品では格好もつかん。オーダーメイドとなれば時間も掛かる故、偶にしか休みが取れないユレイテルには公私共に最適ではないかの?」
特にスーツが必須だとも告げた。
「っと、お主に伝えてねばならぬ事があった」
そろそろ帰る頃合いではあるが、大事な話だ。すぅと声を潜めた。賑やかな時間帯はそれだけで互いの声しか聞こえなくなる。
「どうも帝国の研究者の1人に、浄化術の理論が漏れておる様じゃ」
ヴォールによって簡単な手解きを受けたらしいこと、共同研究のための進言をしたこと等を告げる。
「……別口からもその名は聞いている、今は私の一存では難しいが……」
動けるよう働きかけてみよう、常よりも低い声。
(やはり枷はあるようじゃのう……)
「そういえば前に御礼がしたいと話しておったのう」
「ああ、決まったなら是非教えてほしい」
姿勢を正そうとするユレイテルに、こんなところまで真面目なのかと苦笑が零れる。
「別に不用じゃが。……気にする様なら此処の会計はそっち持ちでチャラでどうじゃ?」
「イーリス、それだけでいいのか?」
「勿論じゃ。わしの期待に応えてくれれば、それで……」
ふと、我に返った。
(……今、これは逢い引きになるのかのう?)
これまでも似た機会はあったように思うけれど。
(酒の席じゃ、少し大胆に行くかのう)
言葉だけではない何かをしなければいけない気になった。
「……じゃから」
肩に手を置いて、またな、と言うだけに見せかけて。すれ違うその瞬間、頬に唇を寄せた。
「これからも期待しておるぞ」
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/06/26 00:06:36 |