50年の罪と父性

マスター:瑞木雫

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/06/28 19:00
完成日
2015/07/20 23:48

みんなの思い出

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オープニング

「……アト、これ、お前が作ったのか?」
 男は思わず手が震えた。
 息子のアトが作ったオブジェを見つめ、感銘を受けたのだ。
 何十年も職人として仕事一筋に生き、身を削って来た人間だからこそ、衝撃だった。
 粘土をこねて作ったそれは端から見れば、ただ子供が目一杯こねくりまわしただけのものに見えるだろう。
 しかしこの男、クレフは違った。
 このオブジェは類まれ無い才能を爆発させた芸術作品である、と。
「お前は天才だ……! ものづくりの道に進みなさい、きっと、いつか、お前はものすごいものを作れるはずだ……!」
 こうしてクレフがアトを褒めたのは、前にも後にもただこれ限り。
 息子の才能を見出し、いつか発揮できるものだと信じて瞳を爛々と輝かせていたのも、前にも後にも一度きり。
 だからこそ過去の想い出なのに、身が奮い立ったあの瞬間をアトは忘れることなく、生きてきていた。

 ――そして、50年後。
 アトは名誉ある賞を受賞することになる。

 世界的に有名である訳ではないけれど、アトらが住む地域でものづくりをしている職人であるならば誰もが欲しい賞だ。かつて職人だったクレフでさえ届く事のなかった、憧れであり、夢なのだ。

 芸術的な繊細さが何処か心を掴むような、立派なオブジェ。
 美しすぎて、どこか物悲しい。
 けれどじっくり見つめると幸福感が溢れだすような、
 薄水色の花がとても印象的である。

 受賞作品。
 そのタイトルの名は、『心覚え』。

 
●依頼
「クレフおじいちゃんと一緒にこっそり授賞式に忍び込んで欲しいのです……。お父さんには内緒で……!」
 ハンター達は、新人職員であるラフィーナに依頼されていた。
 彼女によると父であるアトという男は、ある地域に限定したものづくり職人にとっての名誉ある賞を受賞することになったそうなのだ。
 しかしその授賞式には『恥ずかしいから家族は呼ばない』ということになっていた。
 アトは強烈な程頑固者で、不器用な、恥ずかしがり屋だった。
 ラフィーナはというとそれ程ぴんと来る賞でも無かったのもあり、父が恥ずかしいというなら……と納得していたのだが、お爺ちゃんだけは(何も言わなかったけれど)残念そうにしていたのだそうで、出来れば見せてあげたいと思ったのだそうだ。
「クレフおじいちゃん……とても無口でちょっとお付き合いしづいらい感じもあるかもしれないですが、でも、本当は凄く優しいんです……! 悪い人じゃないので、あの、何かあったとしても、お気を悪くなさらないでくださいね……? ずっとずっと、私や家族にさえ、無口な人だったんです……」
 ラフィーナのフォローは要するに、クレフがハンター達に何も喋らない上で不愛想にしてしまうかもしれない事を見越してのもの。
 産まれてこの方、ずっと頑固一筋で無口を貫き通してきた性分だから、付き合いが悪く、人と衝突することも度々あったのだ。
 孫として心配だったのだろう。
「だから、宜しくお願いします……!」
 ――しかしその心配は意外にも、クレフの方から破ったのだった。

 当日。
 授賞式開始まであと二時間。
 とある村のクレフの自宅にて。

 ラフィーナに要請されて迎えに来たというハンター達を見つめたクレフは、満面の笑顔を浮かべていた。

●50年の罪と父性
 広大な街道を馬車で移動中。
 授賞式開始まであと一時間。
 ……到着まであと三十分の予定。

「本当に凄い賞なんだ……! 俺達ものづくりの職人にとっては喉から手が出るほど欲しくて、たまらなくなるほどのな……!」
 クレフは意気揚々と興奮気味にハンター達へ伝えていた。それがどんなに素晴らしい賞なのか、大変な賞なのかを、延々と語りながら。その様子はまるで息子を自慢する父親そのものだっただろう。
 
 ラフィーナから紹介されていた人物像とは異なるような饒舌さがあったが、普段、無口だというのは本当らしい。
 そればかりか今迄全くと言っていいほど、クレフは息子のアトを褒めた事が無いらしく、何があったとしても今のように素直な自分を曝け出すことは絶対にできない。
 父親として厳しく叱り、甘やかすことなく、強く在れと育ててきたのだ。
 その見本となるべく、人として、父として強く在るように生きてきたクレフは、アトの前で素直になることが何よりも難しい……。
「……アトは5歳の時に母親を亡くしてな。辛い想いも寂しい想いもいっぱいしてきただろうが、アイツは立派に育ってくれた。俺はというと、少し厳しく叱りすぎて、まったく甘やかせられなくて、良い父親では無かったのにな……。―――……。だが、本当に立派に育ってくれた……。楽しみだな………」
 その代り、ハンター達の前では、今だけ、不思議と素直になれていた。
 先ほどまでは上機嫌だったクレフが今度は泣きそうになりながらゆっくりと、呟く。
 本当に本当に心から嬉しいのだろう。
 そして同時に、今迄の育て方を悔いているところがあるのだろう。
 ハンター達にはクレフの想いがひしひしと伝わっていたかもしれない。

 しかし。
 ……そんな時間が突如、ある存在によってぶち壊されてしまった。


 ―――なんだあれは……!
 ハンターは遠くの気配を察して、気付いた。
 巨大かつ不気味な黒い影。
 蜘蛛を模した歪虚が此方へと向かってきている。

 ―――こんな時に……!
 何処で発生し、何処からやってきたかもわからない敵に遭遇してしまったのだ。
 クレフを授賞式まで送りたいところだったが、奴をこのまま放っておくことはできない。
 クレフの安全の為にも、だ。

 こうしてハンター達は戦闘を余儀なくされてしまったのだ。
 授賞式開始迄に間に合わせようとするならば、時間は掛けられそうにない―――!
 一刻も早い討伐を要求されていた!

●会場では……
 大きくて華やかな会場には、大勢の人々が集まっていた。
(やべぇ……緊張する……)
 こんなに大勢の前で表彰されるなんて絶対耐えらんねぇ……とか言ってこっそり隠れていたアトは、盛大な溜息を吐いた。
 そしてなんとなく、白いヴェールに包まれている受賞作品『心覚え』を見つめながら、物思いに耽る。
(親父……どうしてるかなぁ)
 まさかそのクレフが此方へ向かってきているとは露知らず、また大きな溜息を、はぁ、と吐いているのだった。

リプレイ本文


「息子さんの晴れ舞台ですか。それは楽しみですね」
 龍華 狼(ka4940)が言うと、気難しそうなクレフの顔が思わず緩んでいた。それもその筈……拝む事は叶わないものだと諦めていた息子の授賞式に連れて行ってくれる――それは何にも代えがたい喜びなのだ。
(なんだ、やっぱりお父さんなんじゃないか)
 クレフと面識があったルピナス(ka0179)は、話を聞きながらにこやかに。愛する妻を失い罪の意識に苛まれ続けて50年……その片鱗を知るからこそほっとしつつ、息子を誇りに想っている父親の愛を感じていた。
「……」
 ――父親はいない。いない事になっている。
 人形を操り音楽を奏でる大道芸人として旅をするルピナスには、騎士の名家に生まれた顔があった。だがルピナスは、元の姓や家名を名乗る事も無ければ実家に帰る事も無い。勘当、されているのだ。
(……上手く踊れないマリオネットは糸を切られてしまった。――それだけの話だ)
 でもそれはせいせいしている事であり、実家に戻りたい訳でもなくて。ただ少し、親子の絆が眩しく思えるのかもしれないだけで。心から想う気持ちは、レイレリア・リナークシス(ka3872)と一緒。
「あの日助けられて良かった……」
「そうですね……」
 二人はひっそりと声を潜め合う。
(アト様のことをこれ程までに誇り高く思ってらっしゃるのでしたら……背中を押して気持ちを伝えるお手伝いをして差し上げたいものです)
 大切な人の為にも生きなければならない――嘗てレイレリアは生に執着を持たなかったクレフにそう説いて、『生き続ける道』へと導いた。そうして繋いだ今日は、以前に逢った時よりも元気そうにしているようで、心から何よりだと思う。
(ですが恐らく、きっと。アト様の前ではこのように素直になられてはいないのでしょうね……)
 クレフが不器用で口下手な事は重々承知しているのだが、伝えないままでいる事はとても勿体無いことのような気もして。アトと話をする機会があればいいのだが、と内心考えるレイレリア。
 一方……話し相手となり、「息子さん、おめでとうございます。誇らしいですね」と祝福していた蘇芳(ka4767)はクレフの想いを深く理解し、共感しているようだった。何故なら彼も息子の事を想っている――父親だったから。
「恥ずかしながら……俺も、息子とはあまり話さない方なので……今は、悔いてしまうばかりだ」
 しかしその心残りを、もう伝える事はできないのだという。それはなぜかと問うと、蘇芳は自身が転移者であることを告げ――クレフは全てを察する。紅の世界から蒼の世界へと移る手段というのは、現状、発見されていないのだ。
「……俺も、いつか息子の誇らしい姿を見る事が出来れば……」
 ささやかな願いも、夢物語のようにしかならなくて。
 少し悲しげな蘇芳を見ていると、クレフは胸が苦しくなっていただろう。
 伝えたいのに伝えられない彼と、伝えられるのに伝えていない自分とを、重ね合わせていた――。
(父親ねぇ?)
 ロス・バーミリオン(ka4718)はフレンドリーに「はぁい? 私の事はロゼさんって呼んでちょうだいね? うふっ♪」と挨拶していたが、話題には何処か関心が薄く。
(最後に見たのはいつかしら。手術台の上だったかしら?)
 ――まぁ、私にはどうでもいい話ね。
 なぁんて。美しく整えられている爪を手入れをしつつ、なんとなくの心持ちで聞きながら。
 そしてルーエル・ゼクシディア(ka2473)が息子へ掛けていた今迄の苦労を悔やんでいたクレフに、首を振る。
(……何となくだけど。僕も母上は小さい頃からいなかったから、わかる気がする)
 アトと似た境遇だったからこそ、決して辛いだけでは無かったことを伝えたくて。
「こうして一人前になるまで支えてくれた人達には感謝してるよ。気恥かしくて、中々言葉にはできないけどね。
 ……御爺さんの息子さんも、そうなんじゃないかな」
 ルーエルが言うとクレフは眉根を下げた面持ちで見つめていた。――本当にそうなら、良いのだが。しかし自信が持てず俯くその時。
「……!」
 ハンター達は遠方からの気配を察した。こちらを目掛けてやってくる、あの存在に。


「やっだぁ! でっかい蜘蛛ねぇ!」
 目を爛々と輝かせるロスには畏怖の色等存在しなかった。
 そればかりか段々と興奮を覚えはじめ、興味を抱いていく。
 ルピナスは自身の懐中時計へと視線を落とし、溜息を吐きながら零していた。
「ああ……どうしてこうついてないかな」
 授賞式開始の時間を考えるならば相手にしている暇なんて無いのだ。
 しかし。
「仮に振り切れたとしても……誰かが被害に遭うのは確実だよ」
 ルーエルの言う通り、もしこのまま蜘蛛を見逃してしまうならばそれは避けられない。この蜘蛛は間違いなく虚歪であり、凶暴である事を見受けられるからだ。
「仕方ないね……」
 花を模した刺青が躰に浮かび上がったルピナスは戦闘の覚悟を決め呟きつつ、蜘蛛歪虚が接近するよりも早く――スリープクラウドを放ち命中させ、眠りへと誘う。……と同時に、ハンター達は馬車から降りて一斉に攻撃を開始する!

「時間がありません! 此処は一気に行きましょう!」
 バイクに乗り換えた狼はヒット&アウェイ戦法を用いながら、初手には先手必勝の一撃を。
 続くルーエルも敵を睨むように見据えてホーリーライトを放った。
「雑魔め……今この道を阻むというのなら、良い度胸だよ。粉砕してあげる」
(……聖導士として、見逃すわけにはいかないね。でも御爺さんのためにも手間取ってなんかいられない)
 ルーエルがハンターになった切欠の半分は、歪虚に対して自分が成せることを探すことだった。それを今に当て嵌め、最善の方法を考えながら。電子基板のような金色のラインが体中を走り、浮かびだす。
 そんなルーエルと共に、レイレリアは馬車を護衛しながらウォーターシュートを。
「クレフ様は馬車の中でお待ちください。私達が早急に、倒してみせます」
「……っ。……頼む」
 クレフは取り乱す事は無かったが一般人であり歪虚との戦闘に慣れている訳ではなく、動揺してしまうのは仕方の無い事だ。だが、レイレリアが言うならば安心するだろう。それに、仲間のハンター達はとても頼もしい。
(なるほどな……)
 狼は、バイクで蜘蛛歪虚の周りを動き回るならば、糸を吐き出された。どうやら捕獲する手段であると掴んだ狼は、その習性を利用しながら意識を此方へと向けさせて、決してクレフが乗っている馬車には向かわないようにと立ち回る。
「あぁ、中身はどうなってるのかしらぁ……こんな大きな蜘蛛見たことないわ!」
 ロスは刀を抜いて、鞭をしならせて。
 この場においても飄々としながら、にっこり、微笑んでいた。
「お医者さんなめんじゃないわよ。いい? ここからはロゼさんじゃなくてロスよ。クソ虫ちゃん? 解剖のお時間よ」
 蒼の世界での職業柄――こういった事には血が疼く。それに医者の知識もある為弱点を突く事にも長けていた。頑丈な足の、節を狙って。疾風剣を喰らわせる。そして蘇芳が続く。彼の躰には赤きオーラを纏わせていた。
「脚の一本二本……置いていってもらおうか? ……なんてね」
 冗談のように言って、ロスが狙った部位と同じ個所を。
「麻酔なんていらないわよねぇ? 虫に麻酔なんて聞いた事がないものぉ」
 ザッ! ザシュッ!
 蘇芳とロスの息の合った連携技は歩脚の節を砕くように攻め、部位を破壊すると、敵の態勢が崩れる。
 そして更に続くのは狼。
 二人の連携に重ねるように、剣を操る術に意識を配りながら精神を統一し……。
 ルピナスのエンタングルに合わせ、鋭い一閃で蜘蛛歪虚を薙ぎ払うのだった。


「おっと、君が行くのはそちらではないよ?」
 蘇芳は蜘蛛歪虚がクレフの方面へと移動しようものなら牽制するように、間合いを詰め貫くように切り裂く。戦況は優勢。しかし、敵の体力はどうやらやや高いようだった。
 戦闘が長引けば、会場に間に合わない可能性も浮上する――。
 ルピナスは立体攻撃で頭を、腹を、アクロバティックな動きで早期撃破を目指していた。
「間に合わせてあげたいんだよ。
 だってあんなに嬉しそうに笑っていたんだから!」
 虫なんてのは皆絶滅すればいいと思ってる――そんな想いもあるが、何より、クレフにアトの晴れ舞台を見せてあげたい想いは強く。
 万が一の為の手段としては自分が囮となって、クレフを乗せた馬車をそのまま先に行かせるのが賢明だろうか。
 そう考えた狼はもしもの時に動けるよう、念頭に入れる。
 ……だがしかしそれは最悪の場合に、であり、やはり会場に間に合う内に倒しきってしまう事が一番だ。
「あともう少しだよ。一気に畳みかけよう!」
 ルーエルの言葉に、仲間が頷く。
 そう、彼らは諦めたりはしなかった。結束し、連携し、全力で総攻撃を与え続け――そして。
「あー、ムカつくわねぇ。時間がねェんだよ。さっさと失せろ」
 男性的な低い声で吐き捨てたロスがとどめを刺し、蜘蛛歪虚は消滅していくのだった。


 薄水色の花。
 ルピナスとレイレリア、……そしてクレフには、その花に見覚えがあるだろう。
 アトにとって大事な、家族の想い出の象徴なのだ。

 授賞式には無事、間に合う事が出来た。

 ルーエルのヒールのおかげで戦闘での怪我は治癒されていて、クレフは蘇芳の背中に隠れつつ表彰するアトの姿を瞬きひとつせず見つめている。
「……」
 レイレリアは、ふと。ラフィーナと共に事前交渉をしていたおかげで、裏口から通してくれたスタッフの言葉を思いだす。『きっとアトさんも、本当はお父さんに一番見て貰いたかったんじゃないかなと思います。だってこの作品は――』。
「この作品は……クレフ様と、奥様と、アト様との、想い出をモチーフにお作りになられたそうですよ」
 クレフにだけ聞こえるように小さく、伝えて。
「……、 ……あぁ」
 拍手喝采に包まれながら居心地悪そうに照れている息子を見守りながら、目頭が熱くなりつつ充血させ、ただ一言、呟いていた。


「此度は受賞おめでとうございます。素晴らしい作品ですね」
「あ、あぁ、どうも」
 声を掛けられたアトは蘇芳を見ると、会場のスタッフだと認識した。蘇芳がスタッフの衣装を身に纏っていたからだ。
 ……本当は、クレフに会話を聞かせてあげれたらと思っていたのだが。
 クレフは授賞式が一段落するとそのまま帰ろうとしており、話す気は無いと断固としているのを今、仲間が説得している最中なのである。
 ならばせめて、アトの不器用な気持ちの方も揺れ動かせるようにと会話を続けて。自然な流れで、 作品について深く掘り下げ、アトの父親に対する想いを伺っていた。
「俺も、息子とあまり……。やはり、父と離れていると……上手くいかないのでしょうかね」
 傍に居て言葉にしなければ、伝わらない事は沢山ある。
 ――たとえ、血は繋がっていても。
「……そうなのかも、しれないな」
 アトはお互い素直になれない自分達親子を重ね合わせ、父を想い、どうしようもなく、胸が締め付けられていた。


「空っぽの心じゃ、こんなものは作れないよ」
 ――最初から愛情は沢山あって与えていた筈だ、と。
 妻への罪の意識と同様に息子への罪の意識も抱くクレフへとルピナスは諭しながら、「クレフさんはさ、不器用なだけなんだと思うよ」と語り、クレフが素直になるだけで……今からでも十分理解しあえることを示していた。
 狼も、このまま帰ろうとするクレフを引き止める。
「馬車で言っていた事の十分の一でもいいから伝えてあげて下さい」
 今迄に何があったかは知らないが……それでも息子を想い一生懸命育ててきたのであろう事は十分察したから、狼は羨ましくて、悔しくて。
「……いいや、そっとしとくのがアトにとって一番なんだ。そしてこれからも……今迄辛い想いをさせてしまったから、必要以上に干渉しないことがアイツにとって幸せだと思う」
 だから――そんなふうに間違った言い訳をしているクレフが、これ以上傷付きたくないからのように思えて妙に腹立たしくて。
 怒りで指が震え、
 思わず、声を荒げてしまうだろう。
 煮え切らない彼に、感情が爆発する。
「うざってぇな! 俺みたいに親に捨てられたり捨てた訳じゃねぇんだろ! 捨てられちまったら文句も何も言えねぇんだよ! 頑固って言葉に逃げんなよ! ただ意気地がねぇだけだろ! 違うならてめぇらの気持ちをちゃんと伝えろよ!」
 ――クレフはハッとした。
 感情的になった狼の睨むような眼差しを見つめながら、言葉に出来ないでいた。
 無自覚な内に狼の心を抉ってしまった上、彼の言う通り、通じ合えるかもしれない事を甘えて逃げてしまっているだけなのだ……。
 ルーエルも、優しく説得する。
「……僕だったら、家族に祝福されたら凄く嬉しい。……こんな機会、滅多にないよ。この作品について、一晩語り合ったって良いじゃない……親子なんだもの」
 ――だから、ちゃんと会って、祝福してあげて。
 その気持ちが届いたのかクレフは黙ったまま俯き、もう、このまま何も言わず帰ろうとはしなかった。
 それはクレフが心を改めたと受け取っていいだろう。
 すると、透かさずロスが肩を叩いた。
「オトコがそんなんでどうすんのよ! シャキッとしなさい!」
 突如のことに驚いたようで硬直しているクレフをそのまま押すと、「いいオトナなんだからもっとこう柔軟に生きなさいよ。このロゼさんのように!」とにっこり笑っている。
「ま、待ってくれ……まだなんと伝えるか決まってな――」
「そんなのは変に考え込まなくていーの! おじいちゃんのありのままの気持ちを伝えたらいいのよっ」
 オネェのパワフルな後押しでアトの方へとゆっくり歩み進みながら、クレフは戸惑っている様子だったが。これくらいしてくれた方が良いし、助かるだろう。
 クレフの不器用な部分を大胆さで補ってくれているのだ。
「今日は幸せな日になるね」
 ルピナスが言って、
「……。クレフさんが確り育てたからアトさんはこんな素敵な賞を授賞したんですよ、自信を持ってください」
 先程感情を爆発させた狼も、背中を押すように呟く。
「君達……」
 クレフは密かに、胸が熱くなっていた。
「さあ、行きましょう」
 レイレリアが手を差し伸べる。
 ……そして。

「な、なんで親父が此処に!?」
 蘇芳と話し込んでいたアトは、クレフがやって来ると驚きのあまり大きな声を出してしまうだろう。
「……アト、勝手に来てすまなかった。その……」

 ――おめでとう。

 クレフがちゃんと伝えるのを離れて見守っていた彼らは胸が温かくなっていた。
(少し眩しいな、なんだかちょっと傷が痛むよ)
 ルピナスは改めて想う。

 彼らはやっぱり親子なんだね、と――。

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MVP一覧

  • その心演ずLupus
    ルピナスka0179
  • 六水晶の魔術師
    レイレリア・リナークシスka3872

重体一覧

参加者一覧

  • その心演ずLupus
    ルピナス(ka0179
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • 掲げた穂先に尊厳を
    ルーエル・ゼクシディア(ka2473
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • 六水晶の魔術師
    レイレリア・リナークシス(ka3872
    人間(紅)|20才|女性|魔術師
  • Lady Rose
    ロス・バーミリオン(ka4718
    人間(蒼)|32才|男性|舞刀士
  • 遠き我が子を想う父親
    蘇芳(ka4767
    人間(蒼)|43才|男性|舞刀士
  • 清冽なれ、栄達なれ
    龍華 狼(ka4940
    人間(紅)|11才|男性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
レイレリア・リナークシス(ka3872
人間(クリムゾンウェスト)|20才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2015/06/27 22:54:37
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/06/24 21:22:19