ゲスト
(ka0000)
刻令への道 VSナサニエル/意見モトム
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/06/29 22:00
- 完成日
- 2015/07/09 19:26
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
辺境から王国に戻ったアダム・マンスフィールドは刻令術の研究を続けていた。
ヘクス・シャルシェレット(kz0015)の依頼の品をこなしながら、本願であるゴーレム作成の為の研究を、今日も。
王国の中でも一等騒がしい港町ガンナ・エントラータでの暮らしは、穏やかなものだった。ヘクス個人が抱えている第六商会のサポートもあり、生活には一切の不満はない。
望んでいた筈の、手厚い研究生活の中で。
――アダムは確かに、消耗していた。
●
今日は一つ前に進んだ。
だが。まだだ。まだ、遠い。
目指す所まで、一体、どれだけの時を要するのだろうか。
十年では足りまい。三十年? 五十年? 百年?
――あまりにも、遠い。
絶望に塗りつぶされる中で、進むと決めたあの時の激情が篝火となって、私を支えている。
まるで亡者の行進だ。胸に凝る泥岩のような湿った感情が、それでも私を駆り立てている。
いっそ歪虚に身を落とせば、永年の研究に身を置けるのだろうか。
いや、それも叶うまい。だが、心底馬鹿げていることに、私は堕落を厭うていない。
歪虚の身では、刻令術が汚染される。望む成果など、得られようもない。だから私は未だ人でいる。
冷静に、理性を以って、そう思う。そうでなければ、禁呪に手を伸ばしてなどいまい。
古の塔を『作った』であろう魔術師を思う。
彼か、彼女か。歴史と、研鑽の果てに辿り着いたであろう、超越存在。
覚悟だけでは、蛮勇だけでは、まだ足りない。
所詮、私だけでは、届かぬ道なのだろう、と。
心底、挫折していたのだった。
●
「……それで、辺境に戻りたいって?」
「ああ」
『ヘクス』を呼び出したアダムは、簡潔に望む所を言った。
「大霊堂が開放された今なら、行く価値がある」
「へぇ……」
「ファリフでは、スコール族ではできなかった事が叶えられる可能性は低くない」
「それは、魔術師としての意見かい?」
「……そうだ」
逡巡は一瞬の事だった。それでも、ヘクスは微かに目を細める。空隙に、迷いを見るように。
「刻令術に、限界を感じているのかい?」
「……」
曖昧に濁していた急所を突かれて、アダムは二の句が告げなくなった。
「僕の意見は逆だ。刻令術は今のままでも十分に有用だ、と思うよ。伝達効率を上げ、君じゃない他の誰かが刻令術が使いやすい環境を整えれば、機導術ほど便利じゃなくても、手軽さと汚染の有無で勝る何かになる、ってね。千年だか数千年だかわからないけれども、古来から存在するゴーレムを思えば――コレは本来『周囲を汚染しない』魔導だ」
「……」
怜悧な言葉は、残酷だった。退路を一つずつ、断ち切っていく。
「アダム。君は優秀な魔術師だけれども、今はすこしばかり冷静じゃないね」
「……」
「そうだなぁ。知見を得る、というのなら」
つい、と考える仕草を見せた後、へらり、とヘクスは笑って、こう結んだ。
「ナサニエル・カロッサ(kz0028)。彼なんかがちょうど良いんじゃないかい。アポイントメントは僕の方で取っておくよ」
●
ナサニエル・カロッサ。魔術師協会に居た時も、その後アークエルスに居を移した後にも聞いた名だった。ワルプルギス錬魔院の院長。変人、というのならばともかく、狂人、とも聞いたことはある。
魔導アーマーやCAMを動かす技術として――あるいは、世界に『変容』をもたらす者として、最も有力な存在だった。
「…………」
しかし、参った。
これから赴く先で、交渉をしなくてはいけない。
錬金術の成果を、よこせと。
およそ魔術師であれば発狂して手袋を投げつけながら印を組んで殲滅しかねない暴挙である事を、他ならぬ魔術師であるアダムは了解していた。
魔術には多少の覚えはあるが、そもそも勝利したからといって余裕の交渉決裂間違いなし。
幸いなことは、院長自らと交渉する機会がある、ということだ。部下の反感は間違い無いが、院長の認可となれば話は早い。
しかし。
「……いかんな」
どうにもこうにも、頭が回らない。盟友――とまでは呼べまいが、無条件に信用していたヘクスの手のひら返しに、止めを刺された心地だった。刻令術だけでは至ることが出来ない、その事実に挫折した直後でもあった。
――私は、こんなにも、弱かったのか。
かつて持て囃された程の才など、世界の突端に立つ者達と比べられるものではないのだ、と。認めた所で、思考は回らない。重く深い吐息が、溢れて足元へと落ちていく。
道は、まだ、あるのだ。
路銀としてヘクスから渡された金が、どうしようもなく、重く感じられる。
「……ん?」
そう言えば、と手元の金を見下ろす。路銀にしてはあまりに重く――あまりに、多い。
尤も、交渉の対価としては使えはしないだろう、が。
”外注したらいいのさ”、と。軽く言う男の口調が、思い出され。
「…………ふむ」
アダムは短く、息を零した。
●乳白のヲトメ亭
”錬魔院の院長との交渉について、相談したい”
そういう依頼を受けたハンター達が指定の場所を訪れたのは、黄昏を過ぎた宵の口。
店の前にたどり着くと、港町らしい、海の幸と酒の香りが色濃く漂ってきた。それらに負けじと、スパイスが効いているであろう肉料理の脂が爆ぜる音が耳朶を打つ中。
「あンら、何人様? ご予約かしらァ?」
濃すぎる化粧に露出の多い服。商売女も真っ青な”巨漢”が、毒々しいウィンクと共にハンター達を出迎えた。
★三=―
黒い星が彗星のようにハンター達を貫いた――かどうかは、定かではない。
店の名前は、否応なく目に入るだろう。乳白のヲトメ亭。間違いない。長い髪を風に靡かせた裸身の乙女の意匠を抱いた看板は、紛れも無く所定の店だった。
予約しているアダムですけど、と言ったかどうかも定かではないが、とにかくハンター達は店の中へと足を踏み入れた。
●
「……良く来たな」
店内でハンター達を迎えたアダム・マンスフィールドは重苦しい口調でそう言った。仕立ての良いソファに沈み込む厚い身体は、普段のような魔術師らしいローブではなく簡単な布仕立ての服で包まれている。
自然を装ってはいるが、アダムの表情はどこか硬い。ハンター達が室内を見渡すと、筋骨隆々のヲトメ達が豪快に給仕をしている姿が目についた。彼方此方で爆笑が湧き上がる。
正直、騒がしい。
「酒も料理も評判のいい店なんだ……その、私も来たことはなかったんだが」
言い訳がましい口調のアダムは、そのまま、こう結んだ。
「まあ、何だ。これからする話は騒がしい場所でするくらいがちょうどいい。人に聞かれたい話でもないからな……」
――あまりにも苦しい言い分を聞きながら、ハンター達は示された席につくのだった。
「とりあえず、乾杯しようか。好きな物を頼むといい」
辺境から王国に戻ったアダム・マンスフィールドは刻令術の研究を続けていた。
ヘクス・シャルシェレット(kz0015)の依頼の品をこなしながら、本願であるゴーレム作成の為の研究を、今日も。
王国の中でも一等騒がしい港町ガンナ・エントラータでの暮らしは、穏やかなものだった。ヘクス個人が抱えている第六商会のサポートもあり、生活には一切の不満はない。
望んでいた筈の、手厚い研究生活の中で。
――アダムは確かに、消耗していた。
●
今日は一つ前に進んだ。
だが。まだだ。まだ、遠い。
目指す所まで、一体、どれだけの時を要するのだろうか。
十年では足りまい。三十年? 五十年? 百年?
――あまりにも、遠い。
絶望に塗りつぶされる中で、進むと決めたあの時の激情が篝火となって、私を支えている。
まるで亡者の行進だ。胸に凝る泥岩のような湿った感情が、それでも私を駆り立てている。
いっそ歪虚に身を落とせば、永年の研究に身を置けるのだろうか。
いや、それも叶うまい。だが、心底馬鹿げていることに、私は堕落を厭うていない。
歪虚の身では、刻令術が汚染される。望む成果など、得られようもない。だから私は未だ人でいる。
冷静に、理性を以って、そう思う。そうでなければ、禁呪に手を伸ばしてなどいまい。
古の塔を『作った』であろう魔術師を思う。
彼か、彼女か。歴史と、研鑽の果てに辿り着いたであろう、超越存在。
覚悟だけでは、蛮勇だけでは、まだ足りない。
所詮、私だけでは、届かぬ道なのだろう、と。
心底、挫折していたのだった。
●
「……それで、辺境に戻りたいって?」
「ああ」
『ヘクス』を呼び出したアダムは、簡潔に望む所を言った。
「大霊堂が開放された今なら、行く価値がある」
「へぇ……」
「ファリフでは、スコール族ではできなかった事が叶えられる可能性は低くない」
「それは、魔術師としての意見かい?」
「……そうだ」
逡巡は一瞬の事だった。それでも、ヘクスは微かに目を細める。空隙に、迷いを見るように。
「刻令術に、限界を感じているのかい?」
「……」
曖昧に濁していた急所を突かれて、アダムは二の句が告げなくなった。
「僕の意見は逆だ。刻令術は今のままでも十分に有用だ、と思うよ。伝達効率を上げ、君じゃない他の誰かが刻令術が使いやすい環境を整えれば、機導術ほど便利じゃなくても、手軽さと汚染の有無で勝る何かになる、ってね。千年だか数千年だかわからないけれども、古来から存在するゴーレムを思えば――コレは本来『周囲を汚染しない』魔導だ」
「……」
怜悧な言葉は、残酷だった。退路を一つずつ、断ち切っていく。
「アダム。君は優秀な魔術師だけれども、今はすこしばかり冷静じゃないね」
「……」
「そうだなぁ。知見を得る、というのなら」
つい、と考える仕草を見せた後、へらり、とヘクスは笑って、こう結んだ。
「ナサニエル・カロッサ(kz0028)。彼なんかがちょうど良いんじゃないかい。アポイントメントは僕の方で取っておくよ」
●
ナサニエル・カロッサ。魔術師協会に居た時も、その後アークエルスに居を移した後にも聞いた名だった。ワルプルギス錬魔院の院長。変人、というのならばともかく、狂人、とも聞いたことはある。
魔導アーマーやCAMを動かす技術として――あるいは、世界に『変容』をもたらす者として、最も有力な存在だった。
「…………」
しかし、参った。
これから赴く先で、交渉をしなくてはいけない。
錬金術の成果を、よこせと。
およそ魔術師であれば発狂して手袋を投げつけながら印を組んで殲滅しかねない暴挙である事を、他ならぬ魔術師であるアダムは了解していた。
魔術には多少の覚えはあるが、そもそも勝利したからといって余裕の交渉決裂間違いなし。
幸いなことは、院長自らと交渉する機会がある、ということだ。部下の反感は間違い無いが、院長の認可となれば話は早い。
しかし。
「……いかんな」
どうにもこうにも、頭が回らない。盟友――とまでは呼べまいが、無条件に信用していたヘクスの手のひら返しに、止めを刺された心地だった。刻令術だけでは至ることが出来ない、その事実に挫折した直後でもあった。
――私は、こんなにも、弱かったのか。
かつて持て囃された程の才など、世界の突端に立つ者達と比べられるものではないのだ、と。認めた所で、思考は回らない。重く深い吐息が、溢れて足元へと落ちていく。
道は、まだ、あるのだ。
路銀としてヘクスから渡された金が、どうしようもなく、重く感じられる。
「……ん?」
そう言えば、と手元の金を見下ろす。路銀にしてはあまりに重く――あまりに、多い。
尤も、交渉の対価としては使えはしないだろう、が。
”外注したらいいのさ”、と。軽く言う男の口調が、思い出され。
「…………ふむ」
アダムは短く、息を零した。
●乳白のヲトメ亭
”錬魔院の院長との交渉について、相談したい”
そういう依頼を受けたハンター達が指定の場所を訪れたのは、黄昏を過ぎた宵の口。
店の前にたどり着くと、港町らしい、海の幸と酒の香りが色濃く漂ってきた。それらに負けじと、スパイスが効いているであろう肉料理の脂が爆ぜる音が耳朶を打つ中。
「あンら、何人様? ご予約かしらァ?」
濃すぎる化粧に露出の多い服。商売女も真っ青な”巨漢”が、毒々しいウィンクと共にハンター達を出迎えた。
★三=―
黒い星が彗星のようにハンター達を貫いた――かどうかは、定かではない。
店の名前は、否応なく目に入るだろう。乳白のヲトメ亭。間違いない。長い髪を風に靡かせた裸身の乙女の意匠を抱いた看板は、紛れも無く所定の店だった。
予約しているアダムですけど、と言ったかどうかも定かではないが、とにかくハンター達は店の中へと足を踏み入れた。
●
「……良く来たな」
店内でハンター達を迎えたアダム・マンスフィールドは重苦しい口調でそう言った。仕立ての良いソファに沈み込む厚い身体は、普段のような魔術師らしいローブではなく簡単な布仕立ての服で包まれている。
自然を装ってはいるが、アダムの表情はどこか硬い。ハンター達が室内を見渡すと、筋骨隆々のヲトメ達が豪快に給仕をしている姿が目についた。彼方此方で爆笑が湧き上がる。
正直、騒がしい。
「酒も料理も評判のいい店なんだ……その、私も来たことはなかったんだが」
言い訳がましい口調のアダムは、そのまま、こう結んだ。
「まあ、何だ。これからする話は騒がしい場所でするくらいがちょうどいい。人に聞かれたい話でもないからな……」
――あまりにも苦しい言い分を聞きながら、ハンター達は示された席につくのだった。
「とりあえず、乾杯しようか。好きな物を頼むといい」
リプレイ本文
●
「ここが乳白のヲトメ亭ですカ! スゴイ場所ですネー!」
ソファに身を沈めたクロード・N・シックス(ka4741)の楽しげな声が店内に響く。
「名前からしてcrazyな予感がありましたケド、ここまでブッ飛んでるとは思ってなかったネ!」
「ヲトメな御方ときゃっきゃうふふ……」
タダ飯、タダ酒、そしてタダヲトメ。小鳥遊 時雨(ka4921)の胸の裡で興奮が渦を巻いている。
「すごいですね!」
淡い吐息を零しながら触ったる、と決めた時雨に、ファティマ・シュミット(ka0298)もほぁぁぁ、と息を零しながら全力同意。
「ご案内ありがとうございます、お美しいレディ」
「ンあらヤダッ!!」
一方。案内役のヲトメに対して優美な礼を示したのはユージーン・L・ローランド(ka1810)。
「ひ、ヒュー」
気取った様子で口笛を吹き損ねたジャック・J・グリーヴ(ka1305)は怯えていた。綺羅びやかな服を纏った、この偉丈夫が。
――何なのこの店助けて怖い。
女はダメだ。だが、コイツらは。逡巡の末、関わらないでおこう、と決めた。
「中々、思い切ったことをするね」
エアルドフリス(ka1856)――エアは口の端を微かに釣り上げ、ユージーンの隣へと座る。訳知り顔の意図を汲めず、怪訝そうに眉を潜めた少年を余所にエアはメニューを眺め、嘯いた。
因果は巡るものだ、と。
●
飲み物が揃ったと同時、地を踏む音がフロア中に響く。毒々沼 冥々(ka0696)が――突然、立ち上がり、そして!
「うひひひひひひひッ!!」
狂気的な哄笑が店中に叩きつけられる。
「……まじかよ」
陽気さには定評のある役犬原 昶(ka0268)が、確かに引いた瞬間だった。
「うひひひひひひひひッ!!! うひひひひひひひひひひひひひ!! 酒は揃ったかァァ?」
「「「…………」」」
メロイックサインをかましながら睥睨する彼女は、心底楽しげだった。
一人だけ。
「毒々沼の冥々たんデェェエエ―――ッスぅうッ! 何黙ってんだキミらただのしかばねかァァァァい!? おら! 乾杯!! カンパァァァァァァイ!!!」
……何とも末期的な始まり方ではあったが、こうして作戦会議兼宴は始まった。
●
「折角の宴会だ! 飯食おうぜ飯!!」
「おなかが減って倒れそうデス!」
オススメを順番に持ってきてくれと叫ぶ昶にクロード。
「ほらほらアダム! 浮かない顔してないでぐぐいっと一杯っ! ねっ?」
「……」
美味そうに酒を飲み干した時雨に曳かれるように、アダムは手元の麦酒を呷るのだった。
「さて。交渉についてだったか」
存分にひとくち目を味わったエアの自然な言葉に、流れが生まれる。
「交渉の本質は交換だよ。自分の欲しい物の代わりに、相手の欲しい物を提供するんだ」
「理屈は、わかるが」
だろうな、とエアは苦笑。研究者気質の人間は彼の同業にも多い。そして、概して商売は下手だった。
「ナサニエル氏が欲するような何かに心当たりはおありですか?」
「いや。資本も、理念も何もかも違うからな」
相手を知るべき、というユージーンの問いに否定が返る。
「んー……汚染しない魔術ってだけでも向こうは興味あるんじゃない?」
前菜のサラダを頬張りながらの時雨の言葉に、エアが頷いた。
「そうだね。ワカm……ナサニエル院長にとっても、刻令術は魅力的な筈だ」
軽く首を傾げたままのアダムに、今度は冥々が言う。
「あんたとナサニエルの共通点。あんたは禁術と知りながら研究してる。理知的な外ッツラの内側にあるモンは何だ?」
「……」
「あんたは魔術師であり――そして同時に――或いはそれ以上に、研究者だ、違うか?」
ぶは、と酒臭い吐息が散らされる。勿論、自然すぎて誰も気にしていない。
「そう、だな」
アダムは応じるように麦酒を飲み干す。片手で追加を二つ、と示しながら。
「そうだな! それだよ!」
神妙に呟くアダムに、口の端に鳥肉の脂を付けた昶が言った。視線は次々とヲトメ達が運んでくる料理に釘付けである。
(やべぇ……ここの飯持って帰って師匠に食べて貰いたいわ)
昶。食い気が奔り、内容に理解が追いついていなかった。
「正直、意外だ。私には欠点ばかりが目につく」
「重要なのは伝え方だよ。勿論、魔術師協会の立場も意識した方が良かろうがね」
慨嘆に、エアは揚々と応じた。魔導アーマー、汚染の低減、その他諸々。使い道、共存のやりようはある、と。
「出来れば、最初に少し無理な要求をしておいて、譲歩するように見せかければ上々ですが……」
難しそうですね、と。ユージーンは薄く笑った。そんな腹芸ができるのか甚だ怪しかった。
「刻令術を、か」
アダムの意識が会話から逸れた、そこに。
「Heyアダム! 闘いに赴くときは、気持ちで負けちゃダメですヨー?」
挑むようにジュースの入ったグラスをアダムのそれにぶつけたクロードは満面の笑みで告げた。
「交渉も決闘も、気合いが満ちている方が勝ちマス! 東方の教えネ!!」
「……君は東方の生まれなのか?」
全身で西洋人を主張している出で立ちだけに違和感が勝った。
「え! yah、あー、No、違いマス!」
「……?」
「Anyway! それまでの努力の成果! 必勝を誓う強い意志! その二つが合わされば、最強なのデース! Don't worry!! 歩んだ道、積み上げた時間は裏切りマセン!」
ガッ! と立ち上がり、Cheer、と響いたクロードの音頭に幾多ものグラスが上がった。
●
ヲトメ達の大殿筋と大胸筋を目で追うファティマが、言う。
「錬魔院にも、魔術師気質の方はいらっしゃいますが……あんまり、多くないと思います。魔術って、例えると、深ーい深い森の奥に入って秘密の泉を見つけてその地図を隠して持っている感じで……錬金術は、森をばっさり伐採して泉までの道を作る感じ、で……あ」
「あ?」
言葉が切れた。
「あ、おね、おにーさん……すごくいい大胸筋してますね……!」
「あらほんと!」
ファティマと時雨の視線が絶妙に絡み合う先。豊かな大胸筋が跳ねるような足取りに合わせて弾む。
流れ弾を喰らわないように前屈しソファの背もたれに身を隠したジャックは、真面目そのものの表情で、告げる。
「ワカメが何好きか分かんねぇけどよ、頭使うし甘いモンとか好きなんじゃねぇの?」
「甘味か」
言葉に曳かれるように手元のメニューを眺めるアダム。
「ヲトメの乳白スウィートパイ……」
「そのシケた面で行くんじゃねぇぞ。ワカメは人の顔なんざ気にするタイプじゃねぇだろうけどよ、周りは違うだろうよ。愛想笑いで良いからしとけ」
「ふむ」
暫しの逡巡の後、
「……そういえば、久しく笑っていない」
そう言った、瞬後だ。厚切りの加工豚肉に齧りついていた昶は顔を上げ、
「あのなー……んな死人みてぇな顔してたら纏まるモンも纏まんねぇよ! 暗算するより電卓使えって昔から言うだろ! 深く考えんなよ!」
吠えた。
「考えるな、というがな、」
「考えんな!」
「……」
咆哮に俯くアダムに、何を思ったか。男の背を、ジャックは音が成程に力強く叩いた。
「結果を急ぎすぎんのもやめといた方がいいぜ。交渉は戦いだ、焦った方が負ける。どっしり構えてけ」
「あ、ああ……」
最早言いだせなかった。
久しく笑っていないという言葉が、彼なりのジョークだという事は……。
●
「だーっ!」
「!?」
声と同時、アダムの眼前で音が弾けた。
「ふふーん、びっくりしたー? 周り見えてないぞー? なんてね」
会心の猫騙しに悪戯な笑みを浮かべた時雨が、そこにいた。
「狭い部屋で篭りきりで独りで考えこんじゃうとさ、自然と俯いちゃって前見てるつもりが下見てたり、ってあるあるー」
「……すまない」
言えなかった。俯いて鬱々としていたのは冗句が滑ったからなどと。
だが、思い当たる節があって言葉を飲み込んだアダムに、時雨は「ま、そんだけっ」とカクテルを片手にヲトメ達の元へと小走りでかけて行った。大胸筋をツンツンしては歓声をあげ、頬を擦り合わせて「やん、おひげがじょりじょりー」と陽気に笑っている。
「三次元の女は分かんねえ……」と呟くジャックに、アダムは深く頷いたのだった。
「あ、すみませんビールください!」
二つ、と指をティンと立てて追加発注をかけたファティマは、こう続けた。
「あの。絶対ご自身が一番に成果を挙げたいなら、正直ナサニエルさんに頼るの、お勧めできませんあの方は目的の良いとか悪いとかもなくて、世界を本に見立てて、斜め見で次々ページをめくっている感じの人なんです」
「んだなー、アレは『僕の側』の人間さ。テメェのロックを持ち、テメェのロックで生きてる奴だ。そういう奴を誘う時は『歌いたい』と思わせなきゃ駄目さ」
引き止めなくちゃ大変だぜーと、いっそ愉しげに笑う冥々に、ねー、とファティマ。二人ともいい感じに酔っ払っていた。
ごきげんな二人を他所に、アダムは黙考した。
そこに。
「考えなくていいと思いますよ?」
言葉が落ちる。
「あなたが、紐で閉じられた本を解いてページを机にぶちまけるような。恥知らずに、世界の理をつまびらかにしちゃいたい、わたし達のような人間なら、スイッチとか、効率とか、考えなくても良いと思います」
きっと大丈夫、と。少女は笑った。
「ただあなたの研究をさらけ出して、どう思うか聞けばいいと思います……機導術っていうのはそういうものなんです」
傍ら。冥々は少女の言葉に頷いてクケケ、と嗤った。
「刻令術は禁術だが、そりゃ大昔の魔術師野郎共の研究の結果さ。だったら同じ方法で研究しても、同じ結果にしかなんねェよ」
奇っ怪極まる女は、どこか優しげな色を宿して、こう結んだ。
「今だから出来る曲を書き上げるべきなんじゃねーかにゃん?」
●
――どうして、こんな事に。
膝に乗ったヲトメから熱の篭もった眼差しを浴びたユージーンは混乱していた。
「力持ちなのね、ステキ」
「か、覚醒者なので」
顎に添えられた生温かい指先の硬さに震えながら、周囲に助けを求める。だが、誰も彼もがヲトメに囲まれていた。名状しがたきヲトメ達の惨状の根源は、店内ステージ上にあった。
クロードだ。
舞台上で意気軒昂の彼女は、ヲトメ達と激しくTACHIAIを交わしている。「SUMOUやりまショウ!」と駆けあがって以降、青色吐息のヲトメ達が殺到するのを受け止め続けていた。
クロード・N・シックス。生粋の『東方人』にして覚醒者のガチTACHIAIに、ヲトメ達は嬉しげにはじけ飛び、なよなよと意中の男達の元へと飛び込んでいたのだ――。
もう食えねえ。ひたすらに食べ尽くした昶は食後酒を流し込みながらヲトメの背を撫でつつ、こう問うた。
「そいやー、なんで刻令術は禁術指定になったんだ?」
「禁忌とされるものは一般に、『無限性』を有しているな。刻令術も、嘗てはそうだったのだろうが」
「ははー……其処までのスペックに至ってねぇから、要は恐れるに値しねぇんだろ」
「……」
少しだけ腹立たしげなアダムに、ゴキゲンな昶は気づかない。
「それに、使い方次第じゃあ一人で国落としができちまうし……ふへ」
手に着いた脂を舐め取った昶は頬を緩めた。
「つっても結局人類が滅んじまったら研究結果なんてあっても意味ねぇんじゃねぇか? 当たって砕けろでまずは突っ込んでみろよ!」
「……それでは振り出しじゃないか」
軽く頭を押さえるアダムに、エアは苦笑を零す、と。
「核は人でも良いそうだが獣でも良いのかね」
「ああ、可能だ。十分なマテリアルがあれば、だが」
転瞬。深、と。エアの目が沈んだ。
「――それが、例えば幻獣でも?」
「勿論。ただの人よりも、獣よりも向いているだろうな。問題は……辺境部族と幻獣自身をどう説き伏せるか、か」
「違いない」
くつくつと笑い返すこの男は、そう言えば魔術師だった、とアダムは思い返した。
「刻令術は……素晴らしい術だと僕は思います。
つ、と。見れば、ヲトメに抱擁されたユージーンが真摯さの滲む双眸でアダムを見つめていた。
「次代の子らに、汚染されない世界を遺してあげられるというのは素晴らしい事ではないでしょうか?」
言葉に、善人なのだな、とアダムの口の端が緩みかけた、が。
次の言葉が、それを止めた。
「例え己が届かなくても……己の弟子に、子供達に、継がせる価値があるものだと」
「――」
「そうすれば、きっと刻令術は千年の先まで残りますから……焦らずともいいのではないでしょうか?」
アダムは口元をグラスで隠し、深く、息を吐く。
「新しいものを取り入れる事は決して刻令術の敗北ではなく……むしろ錬金術すら受け入れられる……懐の広い学問の証明になるのではないでしょうか」
「……ああ、そう、だな」
震えた声を、酒を呷る事で誤魔化した。
――せめて、この善性を。傷つけぬように、と。
●Adam
目が覚めると、何故か自室にいた。
「……」
首を振って、記憶を辿る。幾つか、提案が合ったのは覚えている。
無人偵察機、だとか。発想自体は交渉にも使え得るシロモノだと思われた。問題は偵察を担う存在だが……パルムでもつければいいだろう。
「……っ」
――コレ見てくれ!
この声は……ジャック、か?
ギャル……ゲ……?
『てめぇがやる気出ねぇのはゴーレムに対する愛がねぇからだ。
見てくれその美少女達を! 仕草一つとっても愛らしい!
ソレを見て何とも思わねぇか? リアルにいて欲しいなぁて思わねぇか!』
『思わん』
――ああ。
『俺様は思う! ニ次元から三次元に来て欲しいって思う!
だから頼むこの子達をゴーレムにしてくれお願いします!』
……クロードは確か、アレを、DOGEZAと呼んでいたのだった……。
―・―
嘔気を引きずりながらアダムは交渉へと赴いた。
「……さて」
胸の奥底に滲むのは、熱だ。真に望む所を叶える。その為の。
一番でなくても良い。その願いが、叶えられるのならば。凡人の醜さで、愚直でも、この熱で、先に進もうと。
宴を経て。そう、決めた。
そして。
――交渉の末、その望むところは叶うこととなった。
●
アダムが酒に沈んだ時の事。
酒を呑ませる事にそれとなく注力していたエアは軽く診察し、問題ないだろう、とあたりをつける。脈を取っていた手を外し、
「――物が動きゃいいって訳でも無いんだろう?」
呟いた。禁忌を侵す動機。その執着に、興味を覚えていたのだった。
すると。
「……俺は、」
声が、響いた。酒に呑まれているが、それでも深い情念が篭った声だった。
ハンター達もまた、それを聞いていた。
「造り、たいのさ」
「……」
そして。誰よりも近くに居たエアは止めなかった。その独白を聞き逃すまいと、耳を欹ててすらいた。
――人を。
禁忌を侵す魔術師の告白。
それを聞いた彼もまた、魔術師だったからだ。
「ここが乳白のヲトメ亭ですカ! スゴイ場所ですネー!」
ソファに身を沈めたクロード・N・シックス(ka4741)の楽しげな声が店内に響く。
「名前からしてcrazyな予感がありましたケド、ここまでブッ飛んでるとは思ってなかったネ!」
「ヲトメな御方ときゃっきゃうふふ……」
タダ飯、タダ酒、そしてタダヲトメ。小鳥遊 時雨(ka4921)の胸の裡で興奮が渦を巻いている。
「すごいですね!」
淡い吐息を零しながら触ったる、と決めた時雨に、ファティマ・シュミット(ka0298)もほぁぁぁ、と息を零しながら全力同意。
「ご案内ありがとうございます、お美しいレディ」
「ンあらヤダッ!!」
一方。案内役のヲトメに対して優美な礼を示したのはユージーン・L・ローランド(ka1810)。
「ひ、ヒュー」
気取った様子で口笛を吹き損ねたジャック・J・グリーヴ(ka1305)は怯えていた。綺羅びやかな服を纏った、この偉丈夫が。
――何なのこの店助けて怖い。
女はダメだ。だが、コイツらは。逡巡の末、関わらないでおこう、と決めた。
「中々、思い切ったことをするね」
エアルドフリス(ka1856)――エアは口の端を微かに釣り上げ、ユージーンの隣へと座る。訳知り顔の意図を汲めず、怪訝そうに眉を潜めた少年を余所にエアはメニューを眺め、嘯いた。
因果は巡るものだ、と。
●
飲み物が揃ったと同時、地を踏む音がフロア中に響く。毒々沼 冥々(ka0696)が――突然、立ち上がり、そして!
「うひひひひひひひッ!!」
狂気的な哄笑が店中に叩きつけられる。
「……まじかよ」
陽気さには定評のある役犬原 昶(ka0268)が、確かに引いた瞬間だった。
「うひひひひひひひひッ!!! うひひひひひひひひひひひひひ!! 酒は揃ったかァァ?」
「「「…………」」」
メロイックサインをかましながら睥睨する彼女は、心底楽しげだった。
一人だけ。
「毒々沼の冥々たんデェェエエ―――ッスぅうッ! 何黙ってんだキミらただのしかばねかァァァァい!? おら! 乾杯!! カンパァァァァァァイ!!!」
……何とも末期的な始まり方ではあったが、こうして作戦会議兼宴は始まった。
●
「折角の宴会だ! 飯食おうぜ飯!!」
「おなかが減って倒れそうデス!」
オススメを順番に持ってきてくれと叫ぶ昶にクロード。
「ほらほらアダム! 浮かない顔してないでぐぐいっと一杯っ! ねっ?」
「……」
美味そうに酒を飲み干した時雨に曳かれるように、アダムは手元の麦酒を呷るのだった。
「さて。交渉についてだったか」
存分にひとくち目を味わったエアの自然な言葉に、流れが生まれる。
「交渉の本質は交換だよ。自分の欲しい物の代わりに、相手の欲しい物を提供するんだ」
「理屈は、わかるが」
だろうな、とエアは苦笑。研究者気質の人間は彼の同業にも多い。そして、概して商売は下手だった。
「ナサニエル氏が欲するような何かに心当たりはおありですか?」
「いや。資本も、理念も何もかも違うからな」
相手を知るべき、というユージーンの問いに否定が返る。
「んー……汚染しない魔術ってだけでも向こうは興味あるんじゃない?」
前菜のサラダを頬張りながらの時雨の言葉に、エアが頷いた。
「そうだね。ワカm……ナサニエル院長にとっても、刻令術は魅力的な筈だ」
軽く首を傾げたままのアダムに、今度は冥々が言う。
「あんたとナサニエルの共通点。あんたは禁術と知りながら研究してる。理知的な外ッツラの内側にあるモンは何だ?」
「……」
「あんたは魔術師であり――そして同時に――或いはそれ以上に、研究者だ、違うか?」
ぶは、と酒臭い吐息が散らされる。勿論、自然すぎて誰も気にしていない。
「そう、だな」
アダムは応じるように麦酒を飲み干す。片手で追加を二つ、と示しながら。
「そうだな! それだよ!」
神妙に呟くアダムに、口の端に鳥肉の脂を付けた昶が言った。視線は次々とヲトメ達が運んでくる料理に釘付けである。
(やべぇ……ここの飯持って帰って師匠に食べて貰いたいわ)
昶。食い気が奔り、内容に理解が追いついていなかった。
「正直、意外だ。私には欠点ばかりが目につく」
「重要なのは伝え方だよ。勿論、魔術師協会の立場も意識した方が良かろうがね」
慨嘆に、エアは揚々と応じた。魔導アーマー、汚染の低減、その他諸々。使い道、共存のやりようはある、と。
「出来れば、最初に少し無理な要求をしておいて、譲歩するように見せかければ上々ですが……」
難しそうですね、と。ユージーンは薄く笑った。そんな腹芸ができるのか甚だ怪しかった。
「刻令術を、か」
アダムの意識が会話から逸れた、そこに。
「Heyアダム! 闘いに赴くときは、気持ちで負けちゃダメですヨー?」
挑むようにジュースの入ったグラスをアダムのそれにぶつけたクロードは満面の笑みで告げた。
「交渉も決闘も、気合いが満ちている方が勝ちマス! 東方の教えネ!!」
「……君は東方の生まれなのか?」
全身で西洋人を主張している出で立ちだけに違和感が勝った。
「え! yah、あー、No、違いマス!」
「……?」
「Anyway! それまでの努力の成果! 必勝を誓う強い意志! その二つが合わされば、最強なのデース! Don't worry!! 歩んだ道、積み上げた時間は裏切りマセン!」
ガッ! と立ち上がり、Cheer、と響いたクロードの音頭に幾多ものグラスが上がった。
●
ヲトメ達の大殿筋と大胸筋を目で追うファティマが、言う。
「錬魔院にも、魔術師気質の方はいらっしゃいますが……あんまり、多くないと思います。魔術って、例えると、深ーい深い森の奥に入って秘密の泉を見つけてその地図を隠して持っている感じで……錬金術は、森をばっさり伐採して泉までの道を作る感じ、で……あ」
「あ?」
言葉が切れた。
「あ、おね、おにーさん……すごくいい大胸筋してますね……!」
「あらほんと!」
ファティマと時雨の視線が絶妙に絡み合う先。豊かな大胸筋が跳ねるような足取りに合わせて弾む。
流れ弾を喰らわないように前屈しソファの背もたれに身を隠したジャックは、真面目そのものの表情で、告げる。
「ワカメが何好きか分かんねぇけどよ、頭使うし甘いモンとか好きなんじゃねぇの?」
「甘味か」
言葉に曳かれるように手元のメニューを眺めるアダム。
「ヲトメの乳白スウィートパイ……」
「そのシケた面で行くんじゃねぇぞ。ワカメは人の顔なんざ気にするタイプじゃねぇだろうけどよ、周りは違うだろうよ。愛想笑いで良いからしとけ」
「ふむ」
暫しの逡巡の後、
「……そういえば、久しく笑っていない」
そう言った、瞬後だ。厚切りの加工豚肉に齧りついていた昶は顔を上げ、
「あのなー……んな死人みてぇな顔してたら纏まるモンも纏まんねぇよ! 暗算するより電卓使えって昔から言うだろ! 深く考えんなよ!」
吠えた。
「考えるな、というがな、」
「考えんな!」
「……」
咆哮に俯くアダムに、何を思ったか。男の背を、ジャックは音が成程に力強く叩いた。
「結果を急ぎすぎんのもやめといた方がいいぜ。交渉は戦いだ、焦った方が負ける。どっしり構えてけ」
「あ、ああ……」
最早言いだせなかった。
久しく笑っていないという言葉が、彼なりのジョークだという事は……。
●
「だーっ!」
「!?」
声と同時、アダムの眼前で音が弾けた。
「ふふーん、びっくりしたー? 周り見えてないぞー? なんてね」
会心の猫騙しに悪戯な笑みを浮かべた時雨が、そこにいた。
「狭い部屋で篭りきりで独りで考えこんじゃうとさ、自然と俯いちゃって前見てるつもりが下見てたり、ってあるあるー」
「……すまない」
言えなかった。俯いて鬱々としていたのは冗句が滑ったからなどと。
だが、思い当たる節があって言葉を飲み込んだアダムに、時雨は「ま、そんだけっ」とカクテルを片手にヲトメ達の元へと小走りでかけて行った。大胸筋をツンツンしては歓声をあげ、頬を擦り合わせて「やん、おひげがじょりじょりー」と陽気に笑っている。
「三次元の女は分かんねえ……」と呟くジャックに、アダムは深く頷いたのだった。
「あ、すみませんビールください!」
二つ、と指をティンと立てて追加発注をかけたファティマは、こう続けた。
「あの。絶対ご自身が一番に成果を挙げたいなら、正直ナサニエルさんに頼るの、お勧めできませんあの方は目的の良いとか悪いとかもなくて、世界を本に見立てて、斜め見で次々ページをめくっている感じの人なんです」
「んだなー、アレは『僕の側』の人間さ。テメェのロックを持ち、テメェのロックで生きてる奴だ。そういう奴を誘う時は『歌いたい』と思わせなきゃ駄目さ」
引き止めなくちゃ大変だぜーと、いっそ愉しげに笑う冥々に、ねー、とファティマ。二人ともいい感じに酔っ払っていた。
ごきげんな二人を他所に、アダムは黙考した。
そこに。
「考えなくていいと思いますよ?」
言葉が落ちる。
「あなたが、紐で閉じられた本を解いてページを机にぶちまけるような。恥知らずに、世界の理をつまびらかにしちゃいたい、わたし達のような人間なら、スイッチとか、効率とか、考えなくても良いと思います」
きっと大丈夫、と。少女は笑った。
「ただあなたの研究をさらけ出して、どう思うか聞けばいいと思います……機導術っていうのはそういうものなんです」
傍ら。冥々は少女の言葉に頷いてクケケ、と嗤った。
「刻令術は禁術だが、そりゃ大昔の魔術師野郎共の研究の結果さ。だったら同じ方法で研究しても、同じ結果にしかなんねェよ」
奇っ怪極まる女は、どこか優しげな色を宿して、こう結んだ。
「今だから出来る曲を書き上げるべきなんじゃねーかにゃん?」
●
――どうして、こんな事に。
膝に乗ったヲトメから熱の篭もった眼差しを浴びたユージーンは混乱していた。
「力持ちなのね、ステキ」
「か、覚醒者なので」
顎に添えられた生温かい指先の硬さに震えながら、周囲に助けを求める。だが、誰も彼もがヲトメに囲まれていた。名状しがたきヲトメ達の惨状の根源は、店内ステージ上にあった。
クロードだ。
舞台上で意気軒昂の彼女は、ヲトメ達と激しくTACHIAIを交わしている。「SUMOUやりまショウ!」と駆けあがって以降、青色吐息のヲトメ達が殺到するのを受け止め続けていた。
クロード・N・シックス。生粋の『東方人』にして覚醒者のガチTACHIAIに、ヲトメ達は嬉しげにはじけ飛び、なよなよと意中の男達の元へと飛び込んでいたのだ――。
もう食えねえ。ひたすらに食べ尽くした昶は食後酒を流し込みながらヲトメの背を撫でつつ、こう問うた。
「そいやー、なんで刻令術は禁術指定になったんだ?」
「禁忌とされるものは一般に、『無限性』を有しているな。刻令術も、嘗てはそうだったのだろうが」
「ははー……其処までのスペックに至ってねぇから、要は恐れるに値しねぇんだろ」
「……」
少しだけ腹立たしげなアダムに、ゴキゲンな昶は気づかない。
「それに、使い方次第じゃあ一人で国落としができちまうし……ふへ」
手に着いた脂を舐め取った昶は頬を緩めた。
「つっても結局人類が滅んじまったら研究結果なんてあっても意味ねぇんじゃねぇか? 当たって砕けろでまずは突っ込んでみろよ!」
「……それでは振り出しじゃないか」
軽く頭を押さえるアダムに、エアは苦笑を零す、と。
「核は人でも良いそうだが獣でも良いのかね」
「ああ、可能だ。十分なマテリアルがあれば、だが」
転瞬。深、と。エアの目が沈んだ。
「――それが、例えば幻獣でも?」
「勿論。ただの人よりも、獣よりも向いているだろうな。問題は……辺境部族と幻獣自身をどう説き伏せるか、か」
「違いない」
くつくつと笑い返すこの男は、そう言えば魔術師だった、とアダムは思い返した。
「刻令術は……素晴らしい術だと僕は思います。
つ、と。見れば、ヲトメに抱擁されたユージーンが真摯さの滲む双眸でアダムを見つめていた。
「次代の子らに、汚染されない世界を遺してあげられるというのは素晴らしい事ではないでしょうか?」
言葉に、善人なのだな、とアダムの口の端が緩みかけた、が。
次の言葉が、それを止めた。
「例え己が届かなくても……己の弟子に、子供達に、継がせる価値があるものだと」
「――」
「そうすれば、きっと刻令術は千年の先まで残りますから……焦らずともいいのではないでしょうか?」
アダムは口元をグラスで隠し、深く、息を吐く。
「新しいものを取り入れる事は決して刻令術の敗北ではなく……むしろ錬金術すら受け入れられる……懐の広い学問の証明になるのではないでしょうか」
「……ああ、そう、だな」
震えた声を、酒を呷る事で誤魔化した。
――せめて、この善性を。傷つけぬように、と。
●Adam
目が覚めると、何故か自室にいた。
「……」
首を振って、記憶を辿る。幾つか、提案が合ったのは覚えている。
無人偵察機、だとか。発想自体は交渉にも使え得るシロモノだと思われた。問題は偵察を担う存在だが……パルムでもつければいいだろう。
「……っ」
――コレ見てくれ!
この声は……ジャック、か?
ギャル……ゲ……?
『てめぇがやる気出ねぇのはゴーレムに対する愛がねぇからだ。
見てくれその美少女達を! 仕草一つとっても愛らしい!
ソレを見て何とも思わねぇか? リアルにいて欲しいなぁて思わねぇか!』
『思わん』
――ああ。
『俺様は思う! ニ次元から三次元に来て欲しいって思う!
だから頼むこの子達をゴーレムにしてくれお願いします!』
……クロードは確か、アレを、DOGEZAと呼んでいたのだった……。
―・―
嘔気を引きずりながらアダムは交渉へと赴いた。
「……さて」
胸の奥底に滲むのは、熱だ。真に望む所を叶える。その為の。
一番でなくても良い。その願いが、叶えられるのならば。凡人の醜さで、愚直でも、この熱で、先に進もうと。
宴を経て。そう、決めた。
そして。
――交渉の末、その望むところは叶うこととなった。
●
アダムが酒に沈んだ時の事。
酒を呑ませる事にそれとなく注力していたエアは軽く診察し、問題ないだろう、とあたりをつける。脈を取っていた手を外し、
「――物が動きゃいいって訳でも無いんだろう?」
呟いた。禁忌を侵す動機。その執着に、興味を覚えていたのだった。
すると。
「……俺は、」
声が、響いた。酒に呑まれているが、それでも深い情念が篭った声だった。
ハンター達もまた、それを聞いていた。
「造り、たいのさ」
「……」
そして。誰よりも近くに居たエアは止めなかった。その独白を聞き逃すまいと、耳を欹ててすらいた。
――人を。
禁忌を侵す魔術師の告白。
それを聞いた彼もまた、魔術師だったからだ。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
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交渉準備の準備【相談】 エアルドフリス(ka1856) 人間(クリムゾンウェスト)|30才|男性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2015/06/29 14:38:19 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/06/27 20:26:27 |