ゲスト
(ka0000)
君と見る星
マスター:桐崎ふみお

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/06/30 19:00
- 完成日
- 2015/07/07 07:26
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
窓際に置かれたベッドの上、エーリクは枕に背を預け本を読む。
外は風が吹いているのだろう、レースのカーテンから差し込む陽光が作り出す木陰がページの上に複雑な模様を作りだす。そのせいで字は追い難いが別段急いで読む必要はない、むしろ退屈しているエーリクにとって光と影のダンスは見ていて面白かった。
まもなく15回目の誕生日だ。
本を傍らに置き、ブランケットの上からそっと足を撫でる。
ベッドから一人で起き上がれなくなってどれくらい経っただろうか……数えようとして止めた。エーリクの体は原因不明の病におかされていた。時折一族に発症する病である。
十歳の誕生日を過ぎたころ、急に立ち止まることができなくなったのが最初だった。そのうち歩けなくなり、今は背筋をまっすぐに保つことも辛い。こうして徐々に体が動かなくなり、最終的に死に至る。病の進行速度は人それぞれだが、一度発症すれば治ることはない。
手をゆっくりと握って開く、それを数度繰り返した。
今年は誕生日を迎えることができそうだが来年はどうだろうか……。
「最近外に出ていないなぁ」
苦笑を零し窓の外へと顔を向ける。コツンと何かがガラスに当たる音。
ベッドの上を腕だけで進み、窓を押し開いた。
「エーリク」
下から聞こえる彼を呼ぶ小さな声。幼馴染の少女エッダが手を振っている。
「ちょっと待ってね」
口の動きだけでそう伝えたエッダは近くの木を登り始め、あっという間に二階のエーリクの部屋の窓の近くの枝に腰掛けた。
「危ないよ」
「だいじょーぶ。私が木登り得意なの知っているでしょ」
少し呆れた様子のエーリクにエッダはそばかすの浮かんだ顔をくしゃりと崩して笑う。そろそろ女の子らしくしてもよい年齢だろうに、泥だらけになって遊んでいた子供のころと変わらない。
「これお土産、マルガさんに活けてもらって」
そう言うとエッダはベルトに挟んでいたアジサイの枝をエーリクの膝の上に投げてよこした。エーリクが寝たきりの生活になってからというものエッダはこうして遊びに来ては外のことを話してくれる。
日がな一日ベッドで寝るか本を読むか家政婦のマルガと話をするしかないエーリクにとってそれはとても楽しみな時間であった。
「そろそろエーリクの誕生日だね。何かほしいものある?」
話の途中、エッダが尋ねる。
「欲しいもの……」
問われて脳裏に浮かんだのが病になる少し前、10歳の誕生日のこと。毎年エーリクの誕生日近くになると流れ星をたくさん見ることができる。10歳の誕生日の夜、家族が寝静まった後、二人で近くの丘まで流れ星を見に行ったのだ。結局、家を抜け出したことが双方の家族にばれて大目玉を食らったが、真夜中の冒険、あの夜二人で見上げた流れ星はエーリクにとって大切な思い出だった。
「ながれぼし……」
言いかけて飲み込む。
「ん? 何?」
「あ……うん、エッダは絵が得意だろ。だから丘から見た街を描いてよ」
エッダが先ほどの呟きを聞いてなかったことに胸を撫で下ろす。もしも聞いていたら彼女のことだ、無理をしてでもエーリクに流れ星をみせようと頑張ってくれるだろう。そんな迷惑かけることはできない。
「りょーか……あっ!」
カチャリと部屋の戸が開く。お茶のワゴンとともに家政婦のマルガが顔を覗かせた。
「坊ちゃま、お茶を……。エッダ!!」
「エーリク、ちゃあんと額縁用意しといてね。マルガさんもお元気そうで何より!」
エッダは慌てて木から飛び降りると「またねー」と庭を走って横切っていく。
「まったくあのお転婆ときたら……。そういえば先ほど先触れがやってきて、明後日旦那様がお戻りなるそうですよ」
「ああ、だから今日は賑やかだったのか」
「誕生日プレゼントは期待してくれと旦那様からの伝言です」
エーリクは街で古くから続く商家バルテン家の末っ子だ。上には兄と姉が一人ずつ。
商人である父アルノーは家を空けていることが多い。今回も王都まで使用人と護衛のハンターを連れ商談に出掛けていた。
毎回、帰ってくると同行した皆を労うため宴を開くのが常だ。今、屋敷内ではその準備に追われているのだろう。
「ねぇ、マルガ、今年の誕生日少しでいいから星を見にいけないかな?」
「だめですよ、夜の風はお体に悪いと旦那様も仰っていたじゃないですか」
決して治ることのない病に今更体に悪いも何もないだろうにと思うが自分のことを心配してくれる相手に当たるわけにもいかない。エーリクは「そうだね」と微笑むとアジサイを差し出した。
「これを花瓶に活けておいてくれないかい?」
「エッダからのお土産ですか。すぐに活けてきましょうね」
ベッド脇のテーブルにお茶を置いたマルガがアジサイを持って部屋から出て行く。
カップを取り上げる。手が震えなかなかうまく持つことができない。
「……もう流れ星をみることはできないだろうなぁ……」
溜息がカップの中、漣を立てた。
●
商隊の護衛任務も無事終了。商隊の主であるアルノーが開いてくれた宴も終わった夜更け、酔い覚ましに外を散歩していると荷車を引く人影を見かけた。
その人影は辺りを伺うと人通りの少ない屋敷の裏手に回り込む。どう見ても怪しい。
「泥棒でも怪しい者でもないの!!」
何をしているのかと声をかければ、慌てたその人物が頭に巻いていた布を取り顔を見せる。10代半ばくらいの少女だ。
「お願いです。見なかったことにして下さい」
エッダと名乗る少女は顔の前で手を合わせた。
「理由?……」
エッダは躊躇いつつも口を開く。10歳の誕生日を過ぎて間もなく幼馴染のエーリクが不治の病にかかってしまったこと。その病は年々悪くなり、来年の誕生日まで生きているかどうかと使用人たちが話しているのを聞いてしまったこと。
そして彼が見たいと言っている流れ星をもう一度見せてあげたいこと。そのために明日、彼の誕生日の夜に屋敷から連れ出そうとしていること。
「アルノーさんもマルガもエーリクの体に外の空気が悪いと思っているから連れ出すことを許してくれないし……」
エーリクといえば、アルノーがその子のために本や図鑑を買い集めていたのを思い出す。なんでも重い病気という話だ。
「……ひょっとして皆さんはアルノーさんが護衛を頼んだハンターさんですか? もしもハンターさんなら力を貸してくれませんか」
お願いします、と涙を浮かべエッダが頭を下げた。
窓際に置かれたベッドの上、エーリクは枕に背を預け本を読む。
外は風が吹いているのだろう、レースのカーテンから差し込む陽光が作り出す木陰がページの上に複雑な模様を作りだす。そのせいで字は追い難いが別段急いで読む必要はない、むしろ退屈しているエーリクにとって光と影のダンスは見ていて面白かった。
まもなく15回目の誕生日だ。
本を傍らに置き、ブランケットの上からそっと足を撫でる。
ベッドから一人で起き上がれなくなってどれくらい経っただろうか……数えようとして止めた。エーリクの体は原因不明の病におかされていた。時折一族に発症する病である。
十歳の誕生日を過ぎたころ、急に立ち止まることができなくなったのが最初だった。そのうち歩けなくなり、今は背筋をまっすぐに保つことも辛い。こうして徐々に体が動かなくなり、最終的に死に至る。病の進行速度は人それぞれだが、一度発症すれば治ることはない。
手をゆっくりと握って開く、それを数度繰り返した。
今年は誕生日を迎えることができそうだが来年はどうだろうか……。
「最近外に出ていないなぁ」
苦笑を零し窓の外へと顔を向ける。コツンと何かがガラスに当たる音。
ベッドの上を腕だけで進み、窓を押し開いた。
「エーリク」
下から聞こえる彼を呼ぶ小さな声。幼馴染の少女エッダが手を振っている。
「ちょっと待ってね」
口の動きだけでそう伝えたエッダは近くの木を登り始め、あっという間に二階のエーリクの部屋の窓の近くの枝に腰掛けた。
「危ないよ」
「だいじょーぶ。私が木登り得意なの知っているでしょ」
少し呆れた様子のエーリクにエッダはそばかすの浮かんだ顔をくしゃりと崩して笑う。そろそろ女の子らしくしてもよい年齢だろうに、泥だらけになって遊んでいた子供のころと変わらない。
「これお土産、マルガさんに活けてもらって」
そう言うとエッダはベルトに挟んでいたアジサイの枝をエーリクの膝の上に投げてよこした。エーリクが寝たきりの生活になってからというものエッダはこうして遊びに来ては外のことを話してくれる。
日がな一日ベッドで寝るか本を読むか家政婦のマルガと話をするしかないエーリクにとってそれはとても楽しみな時間であった。
「そろそろエーリクの誕生日だね。何かほしいものある?」
話の途中、エッダが尋ねる。
「欲しいもの……」
問われて脳裏に浮かんだのが病になる少し前、10歳の誕生日のこと。毎年エーリクの誕生日近くになると流れ星をたくさん見ることができる。10歳の誕生日の夜、家族が寝静まった後、二人で近くの丘まで流れ星を見に行ったのだ。結局、家を抜け出したことが双方の家族にばれて大目玉を食らったが、真夜中の冒険、あの夜二人で見上げた流れ星はエーリクにとって大切な思い出だった。
「ながれぼし……」
言いかけて飲み込む。
「ん? 何?」
「あ……うん、エッダは絵が得意だろ。だから丘から見た街を描いてよ」
エッダが先ほどの呟きを聞いてなかったことに胸を撫で下ろす。もしも聞いていたら彼女のことだ、無理をしてでもエーリクに流れ星をみせようと頑張ってくれるだろう。そんな迷惑かけることはできない。
「りょーか……あっ!」
カチャリと部屋の戸が開く。お茶のワゴンとともに家政婦のマルガが顔を覗かせた。
「坊ちゃま、お茶を……。エッダ!!」
「エーリク、ちゃあんと額縁用意しといてね。マルガさんもお元気そうで何より!」
エッダは慌てて木から飛び降りると「またねー」と庭を走って横切っていく。
「まったくあのお転婆ときたら……。そういえば先ほど先触れがやってきて、明後日旦那様がお戻りなるそうですよ」
「ああ、だから今日は賑やかだったのか」
「誕生日プレゼントは期待してくれと旦那様からの伝言です」
エーリクは街で古くから続く商家バルテン家の末っ子だ。上には兄と姉が一人ずつ。
商人である父アルノーは家を空けていることが多い。今回も王都まで使用人と護衛のハンターを連れ商談に出掛けていた。
毎回、帰ってくると同行した皆を労うため宴を開くのが常だ。今、屋敷内ではその準備に追われているのだろう。
「ねぇ、マルガ、今年の誕生日少しでいいから星を見にいけないかな?」
「だめですよ、夜の風はお体に悪いと旦那様も仰っていたじゃないですか」
決して治ることのない病に今更体に悪いも何もないだろうにと思うが自分のことを心配してくれる相手に当たるわけにもいかない。エーリクは「そうだね」と微笑むとアジサイを差し出した。
「これを花瓶に活けておいてくれないかい?」
「エッダからのお土産ですか。すぐに活けてきましょうね」
ベッド脇のテーブルにお茶を置いたマルガがアジサイを持って部屋から出て行く。
カップを取り上げる。手が震えなかなかうまく持つことができない。
「……もう流れ星をみることはできないだろうなぁ……」
溜息がカップの中、漣を立てた。
●
商隊の護衛任務も無事終了。商隊の主であるアルノーが開いてくれた宴も終わった夜更け、酔い覚ましに外を散歩していると荷車を引く人影を見かけた。
その人影は辺りを伺うと人通りの少ない屋敷の裏手に回り込む。どう見ても怪しい。
「泥棒でも怪しい者でもないの!!」
何をしているのかと声をかければ、慌てたその人物が頭に巻いていた布を取り顔を見せる。10代半ばくらいの少女だ。
「お願いです。見なかったことにして下さい」
エッダと名乗る少女は顔の前で手を合わせた。
「理由?……」
エッダは躊躇いつつも口を開く。10歳の誕生日を過ぎて間もなく幼馴染のエーリクが不治の病にかかってしまったこと。その病は年々悪くなり、来年の誕生日まで生きているかどうかと使用人たちが話しているのを聞いてしまったこと。
そして彼が見たいと言っている流れ星をもう一度見せてあげたいこと。そのために明日、彼の誕生日の夜に屋敷から連れ出そうとしていること。
「アルノーさんもマルガもエーリクの体に外の空気が悪いと思っているから連れ出すことを許してくれないし……」
エーリクといえば、アルノーがその子のために本や図鑑を買い集めていたのを思い出す。なんでも重い病気という話だ。
「……ひょっとして皆さんはアルノーさんが護衛を頼んだハンターさんですか? もしもハンターさんなら力を貸してくれませんか」
お願いします、と涙を浮かべエッダが頭を下げた。
リプレイ本文
●
「モンデュー!」
ああ、女神はなぜかくも過酷な運命を科すのか、イルム=ローレ・エーレ(ka5113)は額を押さえ天を仰いだ。少女の想いが胸に痛いほどに届く。
「私は七夜・真夕。よろしくね」
耳慣れない言葉に驚くエッダをフォローするように七夜・真夕(ka3977)は名乗るが、とっさに言葉が続かない。
それでもできるだけの事はしてあげたかった。だって少女は泣きながら自分達に頼んできたのだ。その気持ちに応えたい、と共にいる仲間たちの顔を見渡す。誰一人、難色を示している者はいない。
「いいわ、協力してあげる」
大丈夫、そう伝えるように微笑むとエッダの固く握り締めた手に自分の手を重ねる。ありがとうございます、涙で滲むエッダの声。
「泣かないで、可愛いお嬢さん。ボクらは君の騎士となろう。そして見事、王子様をさらってくるよ」
ダンスを申し込む紳士のように胸に手当ておどけるイルムにエッダが初めて笑みを見せた。
もう遅いから、とイルムに付き添われ帰るエッダの小さな背が宵闇の向こうに消える。
星降る夜に二人で……その夢を叶えてあげたい、エステル・クレティエ(ka3783)は友人の真夕と目を合わせ頷きあった。
「星が見たいと言うナラ行こう。
ソレが彼らの望みでアルナラバ……」
不意に降ってくる詩のような言葉。アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)がエステルの視線に気づいて「ネ」とウィンクを寄越す。彼はエステルの兄がとってもお世話になっている人だ。
「とは言え、保護者に内密は頂けナイ」
もしも不測の事態が起きエーリクの身に何かあったら、エッダの責任が問われることになるかもしれない。
「ここは一つ、アルノーさんとマルガさんを正々堂々と説得といきましょうぜ」
パシッと手を鳴らした鬼百合(ka3667) が声を潜めて「もちろんエーリクさんには内緒でさ」と付けたす。二人にとって大事な幼い日の冒険も大切にしたいのだ。
「誰も後悔のナイ形でイコウ」
アルヴィンの言葉に皆頷く。
●
翌日、朝食の後、医者の診察の時間にエステルとアルヴィンはエーリクを訪れた。
「エーリク少年とお話をしたいのダケド、大丈夫カナ?」
旅の話は沢山あるカラネ、とアルヴィンはさり気無く医者からエーリクの体調や体調が悪くなった時の対処を聞き出す。
「奪われた荷馬車を取り戻しにいったお話に、魔術師協会で会長さんと……」
まだまだハンターになって経験は浅いですけど……などとその間エステルはエーリクに依頼の話や異国の話を始めた。
悪党退治の活劇に喜んだりエーリクも少年である。だが何より彼が目を輝かせたのは遠い異国や辺境部族の話。
「エーリクさん、もし外に……」
言いかけた言葉をエステルは飲み込む。その唇に寂しそうな笑みが浮かんだのをみてしまったのだ。
(私と同じ位なのに……)
きゅっと胸の辺りが苦しくなる。エステルはワンピースのスカートを握った。
「皆の心配や思い遣り……確かに大事なモノかも知れない」
頃合を見計らったように医者との話を終えたアルヴィンが輪に加わる。
「ケレド、ソレが君の気持ちを殺す理由になってはイケナイんダヨ」
「ありがとうございます。でも無理はしていません」
模範のようなエーリクの回答。
ちょっとイイカナ、とエーリクの額にアルヴィンが触れる。口の中で何事か呟くと指先が淡い光に包まれた。
「素敵な一日を過ごせますヨウにというおまじないダヨー」
光が収まった後、エーリクに変化が訪れた様子はない。この病にヒールは有効ではないようだ。
目の前で見た魔法にエーリクは興奮した様子でアルヴィンを見上げた。
二人の視線が重なる。
「君は自由に飛びたいと願うのカイ?」
エーリクが困ったように微笑む。それからその言葉に思うところがあったのだろう窓の外を見て「もう一度……」と独り言のように呟いた。
書斎にやってきたハンターをアルノーは笑顔で迎え入れる。
「息子さんについてお話があります」
そう切り出した真夕はエーリクの誕生日に流れ星をみせてやりたいと言うエッダのことを話す。そして自分たちができうる限り支援するから許してやってくれないか、とアルノーに訴えた。
「道中の揺れや寒さには気ぃつけますし、時間もなるべく短くします」
鬼百合も支援。
星の話に懐かしそうに目を細めるアルノーの横でマルガも頷く。屋敷中大騒ぎでしたよ、と。だが息子の体調を思えば承諾はできない、というのがアルノーの答えだった。
身を案じる気持ちはわかります、真夕が前置き、
「病は気からといいます。病に向き合うには何より気持ちが重要ではないでしょうか?」
幼馴染と過ごす時間、もう一度流れ星を見ることができた喜び、それらはきっとエーリクの心の活力となる、と重ねて訴える。
「皆様の気持ちはとても嬉しく思います。ですがもしも息子に何かあったら……」
「籠の鳥にしてオケバ、確かに危険無く長生きも叶うカモ」
出された茶を片手にアルヴィンがちらりとアルノーを見た。
「ケレド、ソコに命の煌きはアルのカナ? 少年の願いはドコに?」
生きてイルって何、首を傾げるアルヴィンにアルノーが言葉を失う。
「エーリクさまは迷惑かけまいとずっと我慢しているように感じました」
ソアレ・M・グリーヴ(ka2984)が一歩進み出る。
あの子はとても良い子なのです、とアルノーは聊か苦しそうだ。
「でもまだ14歳……ずっと見たがっている星空を、お誕生日の贈り物にしてあげられませんこと……?」
ふわりと柔らかい金色の髪が揺れる。
「商人である貴方だからこそ分かるはずです。時にお金で買うことができないものがあることを……」
エッダと話している時とは別人のような落ち着いた口調のイルム、真夕も同意する。
「私達の話や本も慰みにはなると思います。それに外の世界への憧れも……」
でも、と眉を寄せるエステルの脳裏に浮かぶのはエーリクの寂し気な笑顔だ。周囲に心配かけまいとする少年の精一杯であり、自分に何かを言い聞かせているようでもあった。
「それらも自分を省みて諦めてしまえばそれまでです」
唇を引き結んだアルノーに、言い過ぎたかもしれないと思ったがエステルは続ける。
「星降る夜の思い出が、気持ちのお薬になるのなら私は……私達はそれを叶えるお手伝いをしたいのです」
沈黙の後「少し時間をください」アルノーが搾り出す。
部屋を退出する際、イルムは「マルガさん」と振り返った。
「エーリク君が最後に我侭を言ったのはいつか覚えてますか?」
はっと表情を改めるマルガ。
「彼はとても優しくて敏い子ですね」
多くは語らずにイルムは部屋を出る。
「願わくば、少年と少女の、ささやかな煌きを見守ってアゲテ欲しいネ」
最後にアルヴィンが扉を静かに閉めた。
丘までの道の確認と荷車を引く練習をしようとエステルはエッダと仲間を誘う。アルヴィンとイルムはエーリクを下ろす担架を作るから、と別行動。
ソアレの水牛フランボワーズがエッダを乗せた荷車を引き坂道を登る。
馬と水牛、どちらが荷車を引くのに適しているか確認中だ。
「乗り心地はどうですか?」
「思ったより……揺れます」
エステルの問いかけにエッダがお尻を摩る。
「エーリクさまを乗せる時は、上着や毛布を沢山積んでクッション代わりにいたしましょう」
水牛の手綱を引くソアレが小さく手を叩いた。
道に突き出した石の下に棒を宛がいエステルは力をこめた。
「よぃ……っしょ!」
愛馬ヴァニーユが心配そうに覗き込み、真夕が「手を貸すわ」と棒に手を添える。
音を立て転がった石はすぐに拾って道の脇に。
先では鬼百合が穴を埋めている。道の安全確保も重要だ。
最終的に真夜中とはいえ街中で水牛は目立つという事で荷車を引くのは馬となった。
昼下がり、アルノーを探すソアレと鬼百合は庭でエーリクの部屋を見上げる彼を見つけた。その横顔に覗く苦悩。
「みんなエーリクさんのこと、好きなんですねぃ」
鬼百合が呟く。エッダもアルノーもマルガも皆彼のことを想っている。
二人はアルノーに声を掛けた。
「オレのかーちゃんも病気で死んじゃったんでさ……。そのずっと後にハンターになって、いろんなものを見ました」
きれいな星、光る花……指折り数える鬼百合。
「かーちゃんにも見せてやりたかったなぁって……」
ふっと崩れた表情に笑み以外のものを見てアルノーが目を眇める。鬼百合が部屋を仰いだ。
「もしこのままエーリクさんに何かあったら、みんなは流れ星をみるたびに、もう一度みせてあげたかったなって思うんですぜ」
ピクリと震えるアルノーの手。
「私もお母様は幼いころに……。それにお父様もお仕事でお忙しかったので、小さい頃はずっとお家でお留守番でしたの」
「お家に?」
「はい。絵本を読んだり、幼馴染とお話したり……」
それはそれで楽しかったですわ、とソアレは笑う。
「でもそのときに知った外の世界を初めて自分の目で見たときは、それはもう嬉しくて……」
その光景を思い出すようにソアレは胸に両手を重ねた。
「とても大切な思い出ですの」
宝物でしてよ、と少し得意そうな表情。
「ですから彼が傍にいる間に、できるだけ素敵な思い出をあげて欲しいんですの……」
それはずっと胸に輝く温かで大切なものとなるから、と。
「オレも見てもらいてぇ」
鬼百合もじっとアルノーを見つめる。だって……、握る拳。
「エーリクさんは、今だって生きてんでさぁ!」
「エーリクは……まだ生きてる……」
弾かれたようにアルノーが繰り返す。
再び皆書斎に集まった。
「改めてお願いがあります。息子の願いを叶えてやってはくれないでしょうか」
ハンターを前に深々と頭を下げるアルノー。
「僕らカラも一つお願いシテモ?」
「勿論」
「叶うならアルノー氏達も後から着いて行き、見守って欲しいナ」
「少しでも家族での思い出を作ることができたら、と思いますの」
アルヴィンとソアレの願いにアルノーは頷いた。
●
屋敷が寝静まった頃。庭を歩く犬が突然倒れる。
「ワンコさん、ごめんなさい」
エステルは二匹の犬が寝たのを確認すると背後に声を掛けた。
茂みからエッダ、イルムそして最後に「イッテキマース」と小声でアルヴィンが飛び出す。エーリクの体調も悪くなさそうなので、子供の頃に倣い窓から連れ出す作戦だ。使用人には予めアルノーから話は伝わっている。
今日は誕生日、そして星が降る夜だ。エーリクはカーテンを開け外を眺めていた。
「そういえばエッダは来なかっ……」
窓の外の光景に目を丸くするエーリク。
樹上にエッダとアルヴィンとイルムがいた。
「どうしたの?」
窓を開けるエーリクに「行こう」とエッダが手を差し出す。
「……?」
「流れ星を見に!」
エーリクは自分の手に視線を落とした。
「君の望みはナンダイ?」
「心配ならば一緒に怒られてあげる」
イルムが「なぁに、報酬が貰えなくなるくらいさ」と大袈裟に肩を竦める。
「決めるのは君ダヨ」
「僕は……」
エーリクがエッダの手を取った。
イルムとアルヴィンが協力してエーリクを連れ出しマントで作った即席釣り担架に乗せる。
白い光が道を照らす。真夜中の街を行く冒険家達。隊員はエッダとエーリク、そして馬の引き手と護衛に一人ずつ。冒険家からは見えない場所で何か起きた時のために前を真夕が後ろをソアレと鬼百合が固めている。
「ヴァニーユ、宜しくね」
ライトを手にエステルはヴァニーユの首を優しく叩く。
「馬車だなんて遠くに旅に行くみたいだ」
荷車でふっかふかに設えた毛布のクッションに埋もれエーリクがはしゃぐ。動物に触れたのはいつ振りだろう、と彼を寒さから守るために膝の上に陣取っているソアレの猫シャルロットと、そっと寄り添う鬼百合のフクロウほー助も撫でた。
「以前の冒険はどうだったのかな?」
尋ねるイルムにかわるがわる話し出す二人。
街を見下ろす丘の上。
「リアルブルーでの言い伝えなんだけど……」
真夕はエッダを呼び止めた。
「流れ星に願い事を三回唱えると、叶うんですって……まぁ、おまじないみたいなものだけれど、ね」
少し照れたように笑ってから、エーリクと一緒に願うの、素敵じゃない、とこそりと内緒話。
「貴方の思いが伝わりますように」
「えぇ?!」
エッダの背をぐいっと押して送り出した。
灯りを消すと途端に広がる星空。
一つの毛布に包まるエッダとエーリクの影。
大きな尾を引き流れる星を見守るソアレの隣で鬼百合が息を飲む。
「リアルブルーのねーさん曰く、流れ星はお願い事叶えてくれるんだそうですぜ」
「何をお願いしますの?」
「エーリクさんが元気になるようにお願いしまさ!」
「じゃあ、私は……そうね」
星は次々と流れていく。
どうか……目を閉じるソアレ。
(この日が皆様にとって素敵なものになりますように……)
エーリクの、そして大切な人たちの顔を浮かべ祈った。
鬼百合は無言で空を見上げる。煌く星はとても綺麗だ。
(人は死んだら星になるらしいですけど……)
赤いの青いの白いの、大きいの小さいの。
(かーちゃんもあそこにいるんですかねぃ)
鬼百合の口の端に僅かに浮かんだのは郷愁だろうか。
風が吹く。真夕は二人の風上に土の壁を作った。
肩を寄せ合う二人は楽しそうだ。
(皆、幸せになりたいだけなのに……)
エーリクを蝕む病。本人だけでなく周囲もどれほど辛いだろうか。
せめて幸せな時間を二人に。
流れる星に真夕は家族の健康とそして二人の日々が少しでも永く心安くありますようにと願った。
(家族の健康と二人の日々が少しでも永く安くありますように)
祈るエステルの耳に蹄の音が届く。
アルノー達がやってきたのだろう。エーリクを乗せて帰るため馬車で来てくれるように頼んだのだ。
御者台で二人の護衛をしていたアルヴィンが手を振る。
手前で降りたアルノーとマルガが足音を忍ばせて息子達の背後に近づいた。
「まったく……」
「また勝手に抜け出して」
「父さん?」「マルガさん!」驚く子供たちの声が響く。
「一緒に星を見てもいいだろうか?」
きょとんとしたまま頷く二人の隣にアルノーとマルガが座った。
御者台から四人を見守るアルヴィン。
「二人とも、知ってる? リアルブルーでは流れ星に三回……」
得意気に語るエーリクの声。
(イツカ思い出した時、この時間が胸に煌く星の一つにナルとイイネ)
ふふ、と笑みが零れた。
皆から少し離れイルムは筆を走らせる。
(この瞬間を宝物に……)
描くのは流れ星を見るエッダとエーリク、そしてアルノーとマルガ。
「タイトルは……」
君と見る星、画面の端にサインを入れ完成だ。
エッダに支えられエーリクが空に手を伸ばす。
「ずっと忘れないよ」
ゆっくりと閉じる手。
「ありがとう……」
その手が流れ星を掴んだように見えた。
「モンデュー!」
ああ、女神はなぜかくも過酷な運命を科すのか、イルム=ローレ・エーレ(ka5113)は額を押さえ天を仰いだ。少女の想いが胸に痛いほどに届く。
「私は七夜・真夕。よろしくね」
耳慣れない言葉に驚くエッダをフォローするように七夜・真夕(ka3977)は名乗るが、とっさに言葉が続かない。
それでもできるだけの事はしてあげたかった。だって少女は泣きながら自分達に頼んできたのだ。その気持ちに応えたい、と共にいる仲間たちの顔を見渡す。誰一人、難色を示している者はいない。
「いいわ、協力してあげる」
大丈夫、そう伝えるように微笑むとエッダの固く握り締めた手に自分の手を重ねる。ありがとうございます、涙で滲むエッダの声。
「泣かないで、可愛いお嬢さん。ボクらは君の騎士となろう。そして見事、王子様をさらってくるよ」
ダンスを申し込む紳士のように胸に手当ておどけるイルムにエッダが初めて笑みを見せた。
もう遅いから、とイルムに付き添われ帰るエッダの小さな背が宵闇の向こうに消える。
星降る夜に二人で……その夢を叶えてあげたい、エステル・クレティエ(ka3783)は友人の真夕と目を合わせ頷きあった。
「星が見たいと言うナラ行こう。
ソレが彼らの望みでアルナラバ……」
不意に降ってくる詩のような言葉。アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)がエステルの視線に気づいて「ネ」とウィンクを寄越す。彼はエステルの兄がとってもお世話になっている人だ。
「とは言え、保護者に内密は頂けナイ」
もしも不測の事態が起きエーリクの身に何かあったら、エッダの責任が問われることになるかもしれない。
「ここは一つ、アルノーさんとマルガさんを正々堂々と説得といきましょうぜ」
パシッと手を鳴らした鬼百合(ka3667) が声を潜めて「もちろんエーリクさんには内緒でさ」と付けたす。二人にとって大事な幼い日の冒険も大切にしたいのだ。
「誰も後悔のナイ形でイコウ」
アルヴィンの言葉に皆頷く。
●
翌日、朝食の後、医者の診察の時間にエステルとアルヴィンはエーリクを訪れた。
「エーリク少年とお話をしたいのダケド、大丈夫カナ?」
旅の話は沢山あるカラネ、とアルヴィンはさり気無く医者からエーリクの体調や体調が悪くなった時の対処を聞き出す。
「奪われた荷馬車を取り戻しにいったお話に、魔術師協会で会長さんと……」
まだまだハンターになって経験は浅いですけど……などとその間エステルはエーリクに依頼の話や異国の話を始めた。
悪党退治の活劇に喜んだりエーリクも少年である。だが何より彼が目を輝かせたのは遠い異国や辺境部族の話。
「エーリクさん、もし外に……」
言いかけた言葉をエステルは飲み込む。その唇に寂しそうな笑みが浮かんだのをみてしまったのだ。
(私と同じ位なのに……)
きゅっと胸の辺りが苦しくなる。エステルはワンピースのスカートを握った。
「皆の心配や思い遣り……確かに大事なモノかも知れない」
頃合を見計らったように医者との話を終えたアルヴィンが輪に加わる。
「ケレド、ソレが君の気持ちを殺す理由になってはイケナイんダヨ」
「ありがとうございます。でも無理はしていません」
模範のようなエーリクの回答。
ちょっとイイカナ、とエーリクの額にアルヴィンが触れる。口の中で何事か呟くと指先が淡い光に包まれた。
「素敵な一日を過ごせますヨウにというおまじないダヨー」
光が収まった後、エーリクに変化が訪れた様子はない。この病にヒールは有効ではないようだ。
目の前で見た魔法にエーリクは興奮した様子でアルヴィンを見上げた。
二人の視線が重なる。
「君は自由に飛びたいと願うのカイ?」
エーリクが困ったように微笑む。それからその言葉に思うところがあったのだろう窓の外を見て「もう一度……」と独り言のように呟いた。
書斎にやってきたハンターをアルノーは笑顔で迎え入れる。
「息子さんについてお話があります」
そう切り出した真夕はエーリクの誕生日に流れ星をみせてやりたいと言うエッダのことを話す。そして自分たちができうる限り支援するから許してやってくれないか、とアルノーに訴えた。
「道中の揺れや寒さには気ぃつけますし、時間もなるべく短くします」
鬼百合も支援。
星の話に懐かしそうに目を細めるアルノーの横でマルガも頷く。屋敷中大騒ぎでしたよ、と。だが息子の体調を思えば承諾はできない、というのがアルノーの答えだった。
身を案じる気持ちはわかります、真夕が前置き、
「病は気からといいます。病に向き合うには何より気持ちが重要ではないでしょうか?」
幼馴染と過ごす時間、もう一度流れ星を見ることができた喜び、それらはきっとエーリクの心の活力となる、と重ねて訴える。
「皆様の気持ちはとても嬉しく思います。ですがもしも息子に何かあったら……」
「籠の鳥にしてオケバ、確かに危険無く長生きも叶うカモ」
出された茶を片手にアルヴィンがちらりとアルノーを見た。
「ケレド、ソコに命の煌きはアルのカナ? 少年の願いはドコに?」
生きてイルって何、首を傾げるアルヴィンにアルノーが言葉を失う。
「エーリクさまは迷惑かけまいとずっと我慢しているように感じました」
ソアレ・M・グリーヴ(ka2984)が一歩進み出る。
あの子はとても良い子なのです、とアルノーは聊か苦しそうだ。
「でもまだ14歳……ずっと見たがっている星空を、お誕生日の贈り物にしてあげられませんこと……?」
ふわりと柔らかい金色の髪が揺れる。
「商人である貴方だからこそ分かるはずです。時にお金で買うことができないものがあることを……」
エッダと話している時とは別人のような落ち着いた口調のイルム、真夕も同意する。
「私達の話や本も慰みにはなると思います。それに外の世界への憧れも……」
でも、と眉を寄せるエステルの脳裏に浮かぶのはエーリクの寂し気な笑顔だ。周囲に心配かけまいとする少年の精一杯であり、自分に何かを言い聞かせているようでもあった。
「それらも自分を省みて諦めてしまえばそれまでです」
唇を引き結んだアルノーに、言い過ぎたかもしれないと思ったがエステルは続ける。
「星降る夜の思い出が、気持ちのお薬になるのなら私は……私達はそれを叶えるお手伝いをしたいのです」
沈黙の後「少し時間をください」アルノーが搾り出す。
部屋を退出する際、イルムは「マルガさん」と振り返った。
「エーリク君が最後に我侭を言ったのはいつか覚えてますか?」
はっと表情を改めるマルガ。
「彼はとても優しくて敏い子ですね」
多くは語らずにイルムは部屋を出る。
「願わくば、少年と少女の、ささやかな煌きを見守ってアゲテ欲しいネ」
最後にアルヴィンが扉を静かに閉めた。
丘までの道の確認と荷車を引く練習をしようとエステルはエッダと仲間を誘う。アルヴィンとイルムはエーリクを下ろす担架を作るから、と別行動。
ソアレの水牛フランボワーズがエッダを乗せた荷車を引き坂道を登る。
馬と水牛、どちらが荷車を引くのに適しているか確認中だ。
「乗り心地はどうですか?」
「思ったより……揺れます」
エステルの問いかけにエッダがお尻を摩る。
「エーリクさまを乗せる時は、上着や毛布を沢山積んでクッション代わりにいたしましょう」
水牛の手綱を引くソアレが小さく手を叩いた。
道に突き出した石の下に棒を宛がいエステルは力をこめた。
「よぃ……っしょ!」
愛馬ヴァニーユが心配そうに覗き込み、真夕が「手を貸すわ」と棒に手を添える。
音を立て転がった石はすぐに拾って道の脇に。
先では鬼百合が穴を埋めている。道の安全確保も重要だ。
最終的に真夜中とはいえ街中で水牛は目立つという事で荷車を引くのは馬となった。
昼下がり、アルノーを探すソアレと鬼百合は庭でエーリクの部屋を見上げる彼を見つけた。その横顔に覗く苦悩。
「みんなエーリクさんのこと、好きなんですねぃ」
鬼百合が呟く。エッダもアルノーもマルガも皆彼のことを想っている。
二人はアルノーに声を掛けた。
「オレのかーちゃんも病気で死んじゃったんでさ……。そのずっと後にハンターになって、いろんなものを見ました」
きれいな星、光る花……指折り数える鬼百合。
「かーちゃんにも見せてやりたかったなぁって……」
ふっと崩れた表情に笑み以外のものを見てアルノーが目を眇める。鬼百合が部屋を仰いだ。
「もしこのままエーリクさんに何かあったら、みんなは流れ星をみるたびに、もう一度みせてあげたかったなって思うんですぜ」
ピクリと震えるアルノーの手。
「私もお母様は幼いころに……。それにお父様もお仕事でお忙しかったので、小さい頃はずっとお家でお留守番でしたの」
「お家に?」
「はい。絵本を読んだり、幼馴染とお話したり……」
それはそれで楽しかったですわ、とソアレは笑う。
「でもそのときに知った外の世界を初めて自分の目で見たときは、それはもう嬉しくて……」
その光景を思い出すようにソアレは胸に両手を重ねた。
「とても大切な思い出ですの」
宝物でしてよ、と少し得意そうな表情。
「ですから彼が傍にいる間に、できるだけ素敵な思い出をあげて欲しいんですの……」
それはずっと胸に輝く温かで大切なものとなるから、と。
「オレも見てもらいてぇ」
鬼百合もじっとアルノーを見つめる。だって……、握る拳。
「エーリクさんは、今だって生きてんでさぁ!」
「エーリクは……まだ生きてる……」
弾かれたようにアルノーが繰り返す。
再び皆書斎に集まった。
「改めてお願いがあります。息子の願いを叶えてやってはくれないでしょうか」
ハンターを前に深々と頭を下げるアルノー。
「僕らカラも一つお願いシテモ?」
「勿論」
「叶うならアルノー氏達も後から着いて行き、見守って欲しいナ」
「少しでも家族での思い出を作ることができたら、と思いますの」
アルヴィンとソアレの願いにアルノーは頷いた。
●
屋敷が寝静まった頃。庭を歩く犬が突然倒れる。
「ワンコさん、ごめんなさい」
エステルは二匹の犬が寝たのを確認すると背後に声を掛けた。
茂みからエッダ、イルムそして最後に「イッテキマース」と小声でアルヴィンが飛び出す。エーリクの体調も悪くなさそうなので、子供の頃に倣い窓から連れ出す作戦だ。使用人には予めアルノーから話は伝わっている。
今日は誕生日、そして星が降る夜だ。エーリクはカーテンを開け外を眺めていた。
「そういえばエッダは来なかっ……」
窓の外の光景に目を丸くするエーリク。
樹上にエッダとアルヴィンとイルムがいた。
「どうしたの?」
窓を開けるエーリクに「行こう」とエッダが手を差し出す。
「……?」
「流れ星を見に!」
エーリクは自分の手に視線を落とした。
「君の望みはナンダイ?」
「心配ならば一緒に怒られてあげる」
イルムが「なぁに、報酬が貰えなくなるくらいさ」と大袈裟に肩を竦める。
「決めるのは君ダヨ」
「僕は……」
エーリクがエッダの手を取った。
イルムとアルヴィンが協力してエーリクを連れ出しマントで作った即席釣り担架に乗せる。
白い光が道を照らす。真夜中の街を行く冒険家達。隊員はエッダとエーリク、そして馬の引き手と護衛に一人ずつ。冒険家からは見えない場所で何か起きた時のために前を真夕が後ろをソアレと鬼百合が固めている。
「ヴァニーユ、宜しくね」
ライトを手にエステルはヴァニーユの首を優しく叩く。
「馬車だなんて遠くに旅に行くみたいだ」
荷車でふっかふかに設えた毛布のクッションに埋もれエーリクがはしゃぐ。動物に触れたのはいつ振りだろう、と彼を寒さから守るために膝の上に陣取っているソアレの猫シャルロットと、そっと寄り添う鬼百合のフクロウほー助も撫でた。
「以前の冒険はどうだったのかな?」
尋ねるイルムにかわるがわる話し出す二人。
街を見下ろす丘の上。
「リアルブルーでの言い伝えなんだけど……」
真夕はエッダを呼び止めた。
「流れ星に願い事を三回唱えると、叶うんですって……まぁ、おまじないみたいなものだけれど、ね」
少し照れたように笑ってから、エーリクと一緒に願うの、素敵じゃない、とこそりと内緒話。
「貴方の思いが伝わりますように」
「えぇ?!」
エッダの背をぐいっと押して送り出した。
灯りを消すと途端に広がる星空。
一つの毛布に包まるエッダとエーリクの影。
大きな尾を引き流れる星を見守るソアレの隣で鬼百合が息を飲む。
「リアルブルーのねーさん曰く、流れ星はお願い事叶えてくれるんだそうですぜ」
「何をお願いしますの?」
「エーリクさんが元気になるようにお願いしまさ!」
「じゃあ、私は……そうね」
星は次々と流れていく。
どうか……目を閉じるソアレ。
(この日が皆様にとって素敵なものになりますように……)
エーリクの、そして大切な人たちの顔を浮かべ祈った。
鬼百合は無言で空を見上げる。煌く星はとても綺麗だ。
(人は死んだら星になるらしいですけど……)
赤いの青いの白いの、大きいの小さいの。
(かーちゃんもあそこにいるんですかねぃ)
鬼百合の口の端に僅かに浮かんだのは郷愁だろうか。
風が吹く。真夕は二人の風上に土の壁を作った。
肩を寄せ合う二人は楽しそうだ。
(皆、幸せになりたいだけなのに……)
エーリクを蝕む病。本人だけでなく周囲もどれほど辛いだろうか。
せめて幸せな時間を二人に。
流れる星に真夕は家族の健康とそして二人の日々が少しでも永く心安くありますようにと願った。
(家族の健康と二人の日々が少しでも永く安くありますように)
祈るエステルの耳に蹄の音が届く。
アルノー達がやってきたのだろう。エーリクを乗せて帰るため馬車で来てくれるように頼んだのだ。
御者台で二人の護衛をしていたアルヴィンが手を振る。
手前で降りたアルノーとマルガが足音を忍ばせて息子達の背後に近づいた。
「まったく……」
「また勝手に抜け出して」
「父さん?」「マルガさん!」驚く子供たちの声が響く。
「一緒に星を見てもいいだろうか?」
きょとんとしたまま頷く二人の隣にアルノーとマルガが座った。
御者台から四人を見守るアルヴィン。
「二人とも、知ってる? リアルブルーでは流れ星に三回……」
得意気に語るエーリクの声。
(イツカ思い出した時、この時間が胸に煌く星の一つにナルとイイネ)
ふふ、と笑みが零れた。
皆から少し離れイルムは筆を走らせる。
(この瞬間を宝物に……)
描くのは流れ星を見るエッダとエーリク、そしてアルノーとマルガ。
「タイトルは……」
君と見る星、画面の端にサインを入れ完成だ。
エッダに支えられエーリクが空に手を伸ばす。
「ずっと忘れないよ」
ゆっくりと閉じる手。
「ありがとう……」
その手が流れ星を掴んだように見えた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/06/27 16:17:35 |
|
![]() |
流星に願いを イルム=ローレ・エーレ(ka5113) 人間(クリムゾンウェスト)|24才|女性|舞刀士(ソードダンサー) |
最終発言 2015/06/30 14:09:31 |