岬の花

マスター:松尾京

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/07/02 19:00
完成日
2015/07/09 02:15

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 十歳の少女リリーは、その日も鏡の前で髪を整え、身だしなみをチェックする。
 そうして麻で編んだ籠を持つと、はきはきと家を出た。
「じゃあ、行ってきます」
「あら、リリー、また行くの?」
「またって、毎日行ってるんだから。いい加減にしてよね、お母さん」
 言うと、走り出すようにリリーは出発した。
 陽光の中、緑あふれる村で花を摘むと、森を抜け――岬へ。

 岬は高い崖の上にある。
 狭いが、海が見渡せてとても綺麗な場所だ。
 ただ、リリーがここに通っているのは、風景が美しいからというだけではない。
 リリーは摘んできた花を、石の周りに植え始めた。
 紫がかった蒼色が美しい花。リアルブルーではアズマギクなどと呼ばれる、と前に聞いたことがあるが、リリーは花に詳しくないので、名前を意識したことはない。
 植えていくと、今日も花畑は広がった。
 リリーが作った、小さな楽園。
「セオ。今日はとても、風が気持ちいいね」
 そうして、もう亡くなってしまった大切な人に、リリーは呼びかけた。

 同い年の少年セオは、リリーの初めて出来た友達だった。
 病気がちだったリリーにはじめて声をかけてきてくれた少年であり……彼も身体が弱かったけれど、穏やかで、優しくて、リリーは彼が好きだった。
 そうして最初に知り合ったときから、二人はずっと仲よく、一緒だった。
 けれど、病弱なセオはリリーより先に、死んだ。
 リリーは以前、よくセオと二人で岬に来ていた。邪魔が入らないからだ。
 だから、いつかセオが好きだと言った花を、セオが死んでから、リリーはここに植え続けている。
 ここに来れば、セオに会えるという気がした。

 ある日。
 出かけようとするリリーに、父が厳しい顔を向けた。
「リリー。もう、あそこへ行くのはやめなさい」
 父は、以前からリリーが岬へ通うことをよくないと繰り返していた。
 事実、最近はリリーを出かけさせない日も続いていた。
「……どうして」
「何度も言わせるんじゃない。知っているだろう。最近の森の異変を。……植物が枯れはじめている。危険な動物が出たという話もあるんだ。だから……」
「いやよ」
 リリーは震えた声で、拒否した。
 森が危険だというのは、事実だ。けがをして帰ってきた猟師もいて、何かの変異があるのは半ば疑いない状況だった。
 ただ、父はそれよりもリリーの行為自体をとがめるように、腕を掴んだ。
「リリー。聞きなさい。岬へ行くのは、もう駄目だ。あそこへ行くのに、毎日何時間もかけて……帰ってくる頃にはくたくたになっている。やつれているのが、自分でわかっているのかい」
「そんなこと、ない。離して。離してよ」
「リリー!」
「絶対に、いや!」
 リリーは、冷たいかたくなさで父をふりほどいた。
「もう、セオに会えないなんて。そんなの、許せるわけがないじゃない」
「セオ君は、もう亡くなったんだ」
 父は歯がみするリリーへ、厳しい言葉を重ねる。
「岬へ行っても、何かが変わるわけじゃない。どんなことをしても、彼が帰ってくるわけじゃない」
「セオは、いるわ! どうしてそんなに、心ないことが言えるの!」
 リリーは叫んだ。
「私が小さいとき。身体が弱くてみんなにいじめられてた時……セオだけが、優しくしてくれた。セオだけが、わかってくれたの。大丈夫、っていう、あの言葉を、私は一生忘れない。毎日泣いていた私を、セオが助けてくれたの。だから、私は元気になれたの」
 リリーは涙をこぼしながら訴えた。
「それなのに、どうしてそんなひどいこと言うの。セオを村の墓に入れて、それで全部おしまいにしようとするの……? 私は、いやよ。私だけは、セオを忘れない。消させない」
「――リリー!」
 しゃくり上げながら、リリーは家を飛び出していた。

 セオはもういない。そんなことは、リリーも自分でわかっていた。
 そのことから目をそらし続けていることも。
 父がそれを知っているのだって、わかってる。
 でも、認めれば、つらくて、何かが決壊してしまう。
 それをぎりぎりでつなぎ止めてくれるのが、岬だったのだ。
 リリーは岬へ着く。
 だが、そこで愕然とする。
「嘘……」
 花畑が、荒らされていた。だけでなく、花が、食い散らかされている。
 明らかに、人間の仕業ではない。
 リリーは、茫然としながらも、急いで花畑にかがみ込む。
 土に紛れた、まだ生きている花を、必死で整えた。土まみれになるのも構わず、息を上げながら、知らず知らずのうちに、嗚咽を漏らして。
「セオ。待ってて、今、元通りに……」
 ぐぉ、という、低い鳴き声が轟いた。
 リリーは、びくりと森の方を見る。
 暗がりの中、目を光らせる、異形がいた。
 原形は、蝶であろうか。元は美しかったであろう羽根は、禍々しい模様。身体は巨大にふくれており――それは醜い鳥獣のような化け物だった。
 リリーは、花畑を荒らしたのが何者か、理解する。
 化け物が咀嚼する口から、花畑にあった花の切れ端がのぞいていた。
 まだ生きている植物を、喰ってまわっているのか?
 直された花畑を見て、化け物は、また近づいてこようとする。
 リリーは、そこに立ちふさがった。
「こないで」
 両手を広げて、決死の表情で。

「ねえリリー。僕が死んだら……僕のことは忘れて、新しい友達を作りなよ」
「何言ってるのよ。セオは死になんてしないわ。それに、他に友達なんて……」
「リリーは元気になったんだからさ。明るくて、きれいだし。きっと、人気者になれるよ」
「冗談言わないで。私には……セオがいれば」
「まじめな話だよ。ねえ、僕にばかり構ってたら、駄目だよ。リリーには、新しい世界があるんだから」

 リリーはふと、そんなやり取りを思い出した。
 今も、それだけは拒否し続けている。
「死んでも、ここを、通さない」

リプレイ本文

●風吹く岬
 森を抜けたハンターたちは、歪虚と――岬の先端で追い詰められるリリーの姿を見た。
 父親が『リリー!』と呼びかける。だが、それも風音に遮られて届かない。
 Hollow(ka4450)は銃を手に、戦闘態勢に入った。
「一刻の猶予もありませんね。全力で、救出に当たりましょう」
「ま、言いたいことも、あるけどね。それはお仕事を終えてからかな……え?」
 南條 真水(ka2377)も武器を構えるが……ふとそこで止まる。
 ビッグアゲハを確認すると……すぐさま踵を返した。
「ごめん急用を思い出したからボクは先に帰るよ。おつかれさま」
「っていやいや、帰っちゃ駄目ですって! どうしたんですか!?」
 那月 蛍人(ka1083)が慌てて止めると、真水は暴れ出す。
「……あああなんだよアレ! 虫とかボクは聞いてないぞ!」
「虫? あの歪虚のことですか……。虫が苦手なんですか」
「契約違反だはーなーせー! ってうわぁ、こっち見た!? いいいやああああ! ボクは帰るううう!!」
「へぶし!」
 どさくさで真水のアッパーを喰らう蛍人だった。
 てんやわんやになりつつも……とりあえず真水が後衛になることで落ち着いた。
「……では、正面の敵へ行きます」
 シュネー・シュヴァルツ(ka0352)は、真水の為にも、とまずは目の前の一匹を狙う。
 遠火 楓(ka4929)も同じ敵に接近。そのビッグアゲハは、楓の身につける花に誘われて楓を向いた。
「……はぁ」
 楓は遠くリリーを視界に収めつつも、剣を眼前の敵へ向ける。
「ま、私は戦えればそれでいいし……。其処のゴミ、楽しませてよ?」
 瞳を紅に染めると、マテリアルを全身に巡らせる。日本刀を激しく地に擦らせ――ずおっ! 低い姿勢からの紅蓮斬。赤い剣線を直撃させた。
 ぐぉ、とうめくビッグアゲハ。その背後を、シュネーは北に回って取った。同時、Hollowがマテリアルを流入、シュネーに攻性強化を施していた。
「これで、短期決戦で行きましょう」
「ありがとうございます」
 小さく礼を言うシュネーは、瞳孔、虹彩までを赤く変える。雪のような白いオーラを纏わせながら――短剣型にした武器を振るう。ざんっ! と的確な部位狙いで、羽の一部を切り裂いた。

 南の敵が抑えられているうちに、蛍人とネフライト=フィリア(ka3255)は岬の先端を目指した。
 北のビッグアゲハは、リリーへと接近している。
 ネフライトは、先刻状況を聞き及んでから摘んでいた花を取り出す。
「お花さん、御免なさい。貴方のお友達を救う為、如何かお許しになって……」
 改めて語りかけるように言うと――ビッグアゲハは香りを感知して振り向いてきた。ネフライトは、正面から向き合う。
「……あぁ、本当に。歪虚は醜く愚かに御座いますね」
 祈る仕草と共に、鎖骨の下に綴られた文字が淡い光を帯びる。ネフライトは、手をのばした。
「美しき蝶々さんの姿を模し、お花を食い荒らすなど、愚の骨頂。……裁きの時間と致しましょうか」
 鋭い風の魔法、ウインドスラッシュを撃ち出す。
 ざざざっ! ビッグアゲハは尾を激しく切り裂かれる。そこに、蛍人も魔法を行使。瞳を金色に染め、全身にも一瞬淡い光を生むと――シャドウブリットを放った。
 どうっ! 蛍人のオーラと対照的な影が衝突、胴体に深いダメージを与えた。
「あなたたち、は……」
 そこで、リリーがはじめてハンターに気付く。
「大丈夫だ、こいつらは俺たちで全部、退治する!」
 リリーは緊張を残しつつも――それに頷いた。
 と、東を飛んでいた一匹が、蛍人達に近づくが――
 どっ! とその胴体へ矢が刺さった。最後方から、真水が放った一撃だ。
「こっち来るな、こっち来るな……」
 ずれた眼鏡の奥をぼんやりと発光させつつ、念仏を唱える真水。
 だが攻撃の結果として、東の一匹は南下してくる。
「うわああ何でこっちに来るんだ!」
 シュネーはそれを見て……早くやっつけてあげないと、と思うのだった。

●魔蝶
 そこでちょうど、南側の一匹が反撃に出る。花を求めるままに、羽ばたき――どごっ! と楓に体当たり。
「……っと」
 図体を活かした攻撃に、楓は防御しつつも、少々の後退を余儀なくされた。
 ビッグアゲハはさらに肉迫するが――追撃を許す楓ではない。
「――生意気」
 既に、その先手を取る構えは出来ている。Hollowの攻性強化によるエネルギーが流れ込むと同時、再び気息充溢で力を漲らせ、紅蓮斬。
 ずんっ! と焼け焦げたような傷を胴体に刻んでいく。
「……ありがと。助かるわ」
「少しでも助力になれば、何よりです」
 楓が顔を向けると、Hollowは凛々しい笑みを返している。
 大きなダメージに身もだえるビッグアゲハに、シュネーがさらに迫る。
 どっ、と胴体を足蹴にしてその身体に乗り上げると、立体的な軌道から斬撃。ずおっ! と長剣型にした剣が、羽に深い切れ目を入れた。
 そのとき、西を飛ぶ一匹が、北東の方角へ動くのが見える。
 これにいち早く反応したのも、Hollow。
「そちらへは、行かせませんよ」
 ちゃき、とカービンの照準をのぞいて、射撃。ぼっ! と発射された銃弾は狙い違わず命中。ビッグアゲハを空中で揺らめかせた。
 しかし、その個体はそのまま南へ向くと――ぎゅいいっ! Hollowへ超音波を放つ。
 だが――Hollowは既に射程外に飛び退いていた。超音波はただただ地を穿つ。
 油断せず、Hollowは敵を照準越しに注視する。
「一発や二発では、落ちませんか。わかってはいましたがタフですね」
「それでも、早く倒さないと……」
 シュネーは窺うように、ちらりと真水の方を見る。
「南条さん……。こちらはもう少しで終わりますから。多分……」
「あ、ありがとう……!」
 気遣うシュネーのことが、真水には天使のように見えているのだった。
 ただ、その間も北東の一匹が徐々に近づいて来るので、手はゆるめない。
「くぅ……出来れば視界にも入れたくないんだけど……」
 苦悶しつつも……真水の矢は狙いを外すことなく、どすどすと敵に突き刺さっていった。

 北側では、ネフライトを追うビッグアゲハが南下しつつあった。
 その一匹が眼前へと迫りつつも……ネフライトは全くひるまずに誘導を続ける。
「美しき花々に集る害虫さん――跡形もなく消し去ってあげますから、どうぞいらっしゃい」
 その声に誘われるように、ビッグアゲハは口を突き出す。
 ぎゅいっ! と超音波をネフライトへ当てた。
「ネフライトさん! 平気ですか」
「構いはしませんわ」
 蛍人の心配へも、ネフライトは毅然と返す。
 蛍人もひとまずは敵へ注力し、シャドウブリットを行使。どっ! と影の固まりを衝突させ、体力を減らしていく。だがこの一匹はまだ倒れず……ネフライトへ、ぶおっ、と鱗粉を撒き散らした。
「これは――」
 ネフライトは見下ろす。ダメージと麻痺が同時に身体を襲っていた。
 そこへ、ビッグアゲハが接近を試みるが――
 それには、蛍人の対処が先を行っていた。キュアの光が、ネフライトを包む。煌めくように光が消えると、ネフライトの麻痺もなくなっていた。
「大丈夫ですか?」
「ええ。感謝致しますわ」
 ネフライトは敵に向きなおる。その時点で既に、十分にリリーから距離を取れていた。
 当初の危機は去ったと言ってよい。
「……さて、此処からは私事による殲滅」
 ネフライトは手を掲げ、ファイアアローを生み出す。
「――赤き一閃よ。歪み虚ろな負を射貫き、枯れ地に灯る希望と成れ」
 ぼうっ! 放たれた炎の矢が、ビッグアゲハの胴体に突き立った。

●殲滅戦
 シュネーと楓に切り刻まれ、南側の一匹は動きを徐々に鈍くしていた。
 それでも、ぐぉ、ぐぉ、とうめきつつ、超音波を発射。シュネーを攻撃した。
「……当たりません」
 だが、シュネーはひらりと身を躱している。着地と同時、流れるような動きでワイヤーウィップを振るった。
 ばしっ! 空を裂くウィップは、羽をそのままもぎ取るように切断した。バランスが崩れ、敵はどうっ、と地に落ちる。
「じゃ、これで終わりね」
 ざざざっ、と楓がそこに走り込む。日本刀を大振りに振るい、威力を高めた紅蓮斬を正面から叩き込んだ。
「――灰燼と化しなさい」
 ずおっ! 烈火の剣線がビッグアゲハを断ち切り――その身体を消滅させた。
 楓は息をついて見回す。
「さて、他の敵は、と――」

 蛍人とネフライトが相対するビッグアゲハも、体力を大幅に減らしていた。
『ぐぉ……』
 苦しむような声をあげ、その一匹は北へ逃げる軌道を取る。それを防ごうとする蛍人を見ると、がむしゃらに体当たりをかましてきた。
 ごっ! 強烈な一撃だったが、蛍人は身体全体で防御。
 至近から歪虚を、睨んだ。
「こっちへは、一寸たりとも近づかせないよ」
「ええ。歪虚はこの場で滅びるのみ――」
 敵の背後から、ネフライトが炎の矢を発現。どすっ! と身体の中心に突き刺していく。
 ビッグアゲハは、瀕死になって空中を漂う。そこを、蛍人の魔法が襲った。
 ばしゅうっ! と黒い魔力に身体を貫かれ――ビッグアゲハは塵と消えた。
「これであと二匹……! もうすぐ安全になるから、待っていて!」
 蛍人の呼びかけに、花畑からリリーが、うん、と頷きを返していた。

「南条さん……あと半分です」
 シュネーの言葉に、真水はうん、と多少安堵したように答える。だが北東の一匹がさらに迫るので、矢はつがえ続ける。むしろどんどん近づいて来るのを見てまた嫌な気分になっていた。
「うぇぇなんか変な体液出てるよキモチワルイ……!」
 言いながら、ビッグアゲハをさらに狙撃していく。
 その間、西の一匹が南下し、超音波を放つ。
 だが、ターゲットとなったHollowはその攻撃を想定していた。即座に光の障壁を展開。ばりぃんっ、と超音波の威力を軽減した。 
 残りの二匹が誘導するまでもなく、こちらを狙っていると見て――Hollowは前に出て攻撃態勢を取る。
「あとは、殲滅をするだけです。抜かりなく、いきましょう」
 皆が頷き――敵に視線を向けた。
 まずはネフライトが、東の一匹へファイアアローを放つ。どっ! と燃えさかる矢が命中したところに、蛍人もシャドウブリットを叩き込んだ。敵はふらつく。
「こっちの一匹ももうすぐです!」
「……じゃあ私はこっちをやらせてもらう」
 蛍人に答えつつ楓が接近したのは、西の一匹。気息充溢により力を強め、紅蓮斬を袈裟懸けに喰らわせる。
『ぐぉっ……!』
 敵が態勢を保てなくなったところに、シュネーが駆け込み――ばしゅっ! とウィップでの強烈な一撃。飛行する力もなくなったビッグアゲハは地面上で藻掻いた。
 東の一匹が、あがくように鱗粉を撒き散らすが――それも、蛍人とネフライトが倒れる程のダメージはなかった。
「ええいっ――虫退散!」
 そこへ、真水が矢を放つ。どっ! と身体を貫かれたビッグアゲハは――その一撃で消滅した。
「それでは、これで最後としましょう」
 Hollowがカービンを最後の一匹へ向ける。ぼっ、と飛んだ銃弾が、地に落ちたビッグアゲハをまっすぐに撃ち抜き――その身体を塵にした。

●未来
 戦いが終わると――
 リリーは、地面に座り込んでいた。涙をこぼしながら。
 魔物を目の前にしていた恐怖が、緊張が解けた今になって襲ってきたのだ。
「リリー! 大丈夫かい! リリー……」
 そこへ、父が急いで走ってくる。リリーをしっかりと抱きしめた。
 リリーは少しだけ驚いた顔になった。それから、ごめんなさい、と声を出した。
「ありがとう……」
 それからハンターたちに頭を下げた。
 蛍人はしゃがみこんでリリーを見つめる。
「こんな無茶は、もう駄目だぞ。この花畑は、大切なものかも知れないけど……君に何かあったら、君を大切に想ってる父さん達が悲しい思いをするんだ」
「そうなれば、きっと、彼も哀しい――」
 シュネーも続けると、リリーは父と、花畑を見て……ゆっくりと頷いていた。
 それから、ひとまず帰ろう、と父が提案したが――リリーはそれでも動かない。名残惜しそうに花畑を見ていた。
「やっぱり、このままはいや……」
 このままセオを忘れなければいけないなんて、と。
「……その花。アズマギクの花言葉、知ってる?」
「……?」
 振り向くリリーに、楓は退屈そうに、しかしかすかに物思うように続けた。
「尊い愛。また会う日まで。それに……『別れ』」
 リリーははっとして花畑を見た。
 セオが、そのことを知っていたかはどうか、それはわからない。
「でも、あんたがここに通い詰めて、それで危ない目に遭ったりして――それを、セオは喜ぶのかしらね」
「……」
「あんただって、本当はわかってるんでしょ」
 セオは死んだ。いつかは別れを認めなくてはいけないことを。
「セオは、あんたになんて言ってた? 好きなやつの言うこと、少しくらいは聞いてやってもいいんじゃないの」
「……セオ……」
 リリーはぽろぽろと、涙をこぼす。
「それでも、私は……」
「せめて、花畑をここから移してはどうでしょうか」
 ぐずるリリーに、シュネーは言った。リリーは、迷ってから、それを承諾する。

 花畑は、自宅の庭の前に移った。シュネー達はその作業を、手伝った。
「これで少しは、変わるだろうか」
 それを眺める父に――真水は横から言った。
「きっと、まだ無理だよ。場所を変えてもね。あの子が振り切れていないから」
「……しかし、それではリリーは、ずっとセオ君のことを……」
 父は心配げに見てくるが、真水は飄々としたままに、続ける。
「いいじゃないか。もう少し夢を見ていたって」
「……」
「――それはきっと甘くて幸せな悪い夢」
 空を仰いでから、真水は花畑を見た。
「けれど夢は覚めるものさ」
 ねぇ? と、語りかけるように。

 ネフライトは、岬から移した花を丁寧に植えていく。そして戦いのために摘んだ花も、一緒に植えていた。
 新しい花畑を見つめるリリーに、Hollowは優しく言った。
「……セオさんのことを、忘れる必要はありませんよ」
 それは皆が思う言葉だ。
 セオはもういない。岬の花畑は、消えた。
 でも、セオを心から消す必要はない。
「あなたにはこれからがある。セオさんの知ることが出来なかったたくさんのものを、あなたが見聞きして――セオさんに伝えてみては、どうでしょうか?」
「いつか、また会う日までの土産話くらいは必要だわ」
 楓も続ける。
 リリーは、しばらく黙っていた。それからしゃがんで、花畑を見た。その瞳にはほんの少しだけ、今までと違う光がある。
「とても、お美しいですわね」
 ネフライトは言った。
 新しい花畑は、色彩豊かだった。世界が広がったように。
 それは別れだけではない、この先のリリーが歩む人生にあるものを――祝福しているかのようでもあった。

依頼結果

依頼成功度大成功
面白かった! 5
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 癒しへの導き手
    シュネー・シュヴァルツ(ka0352
    人間(蒼)|18才|女性|疾影士
  • ガーディアン
    那月 蛍人(ka1083
    人間(蒼)|25才|男性|聖導士
  • ヒースの黒猫
    南條 真水(ka2377
    人間(蒼)|22才|女性|機導師
  • それは愛と共に在る
    ネフライト=フィリア(ka3255
    エルフ|26才|女性|魔術師
  • 復興の一歩をもたらした者
    Hollow(ka4450
    人間(紅)|17才|女性|機導師
  • 狐火の剣刃
    遠火 楓(ka4929
    人間(蒼)|22才|女性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談用
南條 真水(ka2377
人間(リアルブルー)|22才|女性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2015/07/02 00:09:17
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/06/29 19:50:31