p831 『世界の音色』

マスター:のどか

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/07/08 19:00
完成日
2015/07/18 03:16

このシナリオは2日間納期が延長されています。

みんなの思い出

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オープニング

 『世界の音色』

 夜の繁華街にて、その男は苛立ちを隠せなかった。
 男が自らの職を失ってから1ヶ月。
 腕利きの楽器職人だった彼は、不慮の事故で聴覚にハンデを負ってしまい、音を正確に聞き取る力が弱くなってしまっていた。
 音を扱う職人である彼にとって、そのことは致命的であり、結果、職を追われる形になってしまったのである。
 職人として名を馳せた頃の蓄えで、質素にはならざるを得ないが生活自体に不自由はしていない。
 それでも自身を象っていた名声を失った彼にとっては、自暴放棄にならないわけが無い。
 音の薄れ行く世界で、ただただ彼を哀れみ、時に嘲るような視線だけが、日常を描き出していた。
 そんな日々の生活に、唐突に放り込まれた一介の人間が耐えられる事も無く、次第に人を避け、街の隅のほうでひっそりと暮らすようになるのに特別な理由など必要は無かった。

 そのような生活が続いたある日、彼がいつものように暗い路地を通って自宅へと帰る途中、不意にその後ろ髪を呼び止められた。
「――ずいぶんと、荒んでいるようだね」
 こんな路地に人が居るなんて露とも思わず、自分を呼び止めるその声にびくりと肩を震わせて立ち止まる男。
 よくよく目を見張ると、路地の片隅に投げ捨てられた木箱に腰掛けたヒゲ面の男が手に持った分厚い本を読みふけっているのである。
 頭からすっぽりと覆う白い衣装で顔はよく分からないが、おそらくは青年と言った顔つき。
「な、なんだ。俺は急いでいるんだ」
 どこかで虫に刺されたのか、赤く貼れた二の腕をポリポリと掻き毟りながら、男は答えた。
 人とかかわりたくは無い。それもこんな所に居る、見るからに怪しい青年なんかに。
 心の底からそう思い、男はそそくさとその場を立ち去ろうとする。
「まあ、待ちなさい。一つ、面白い話を語らせてくれないか」
「あいにく、そんな時間は無くてね」
 なぜこの青年は自分に絡んでくるのか。彼もまた、自分の身の上を知った上で哀れみか、蔑みを向ける者なのだろうか。
 そう思うと、わざわざこんなところで待ち構える手の込みように、無性に腹立たしさも感じ入るもの。
「そう、怒らないでくれ。私はただ、このせっかくの出会いを彩りたいだけなのだよ」
 気持ちを見透かされたのか、そう言葉を返す青年に対し、男はついには無視を決め込んでその場を後にする。
 否、そうしようと歩みを進めたところで、もう一言だけ青年の声が背後から響いていた。
「今夜、君はステキな体験をする事だろう。それを良しとするも悪しとするも、君次第だ――」
 それ以上、青年の声は路地に響かず、男も彼の事を振り向こうとはしなかった。
 その不可思議な出会いに、青年の言葉がなぜはっきりと耳に聞こえていたのか……その時の男には、疑問にすら感じる事は無かったのだった。

 その夜、強烈な痒みを伴う腕に苛まれながらも、男は家で不思議な夢を見た。
 いつものように街を歩くのだが、その視点が妙に高い。
 それだけではない、自らが足を踏み出す音、遠くに聞こえるケモノの泣き声、夜鳴きの赤ん坊。
 街を彩る音という音が、その耳に飛び込んで来る。
 自らが失った世界の色を、夢とは言えども取戻し、心が踊るが如く気分も高揚する。
 不意に、悲鳴のような雑音が耳にけたたましく響き渡った。
 視線を下ろすと、そこには腰を抜かした様子で地面に身を投げ出した中年の男の姿。
 この美しい音の世界に響き渡る不協和音に、男は内心の苛立ちを覚えた男は脳裏で念じる。
「黙らないかな」
 次の瞬間、地面の男の頭が何か大きなものに踏み潰され、パチンと潰れたトマトのようにはじけ飛ぶ。
 邪魔者を始末した事に対する、妙な満足感にその身を浸しながら、男は目を覚ました。
 日中、いつものように人目を盗んで街へと繰り出すと、通りがなにやら騒がしい。
 息を殺しながら様子を伺ってみれば、昨夜、中年の男が一人惨殺されたと言うではないか。
 その話を聞いて、昨晩の夢の事を思い出す。
 いや、そんなハズは無い……額に嫌な汗を垂らしながら、男は現場を後にする。

 夜、相変わらず痒い腕にもはや諦めを付けながら、男は再び夢を見た。
 沢山の音に囲まれて、幸せに満ちた街の夜。男の気分は年甲斐もなく耳をつんざく不協和音が一つ。
 苛立ちのままに見下していると、取り乱した若い男が懐からナイフを取り出して切りかかってきた。
 足先に感じる熱い痛み、思わずうめき声を上げる。
 切られた? 何もしていないのに?
 許さない――そう激しい感情が心に疼いた時、巨大な腕がチンピラらしい風貌の男をまっぷたつに引き千切った。
 次の日、繰り出した街でチンピラの死体が発見されたと言う話を聞いて、男の鼓動がどくりと高鳴る。
 いや、夢だ。自分は一歩も外には出ていない。
 ならばコレは何だ……?
 そう、正夢だ。
 そうに違いない。
 予知夢にも等しいその力を前に、もっともな理由を付けながら、男は気分が激しく高揚するのを感じていた。
 それは、掻きすぎて真っ赤に晴れ上がった腕の痛みをなおも吹き飛ばす、甘美なる世界への扉。
 男はあの日の占い風情の青年に、心の中で小さく感謝をしていた。

 その日の夜。
 道端で吠え立てる犬を一思いに潰してやった。
 その次の夜。
 街の景観を汚す、哀れな浮浪者を楽にしてやった。
 そのまた次の夜。
 日中にたまたま肩がぶつかって、しつこくいちゃもんを付けた男を見かけたので、憂さ晴らしに搾ってやった。
 夢を見る度に、次の日街に繰り出しては、現場を探して己の予知夢の結果に心を躍らせる。
 それまで人目を盗んでこそこそと生きていたのが嘘のように、男は日中から堂々と街を練り歩き、夜に奏でられていた世界の音色を思い出してうっとりとした表情を浮かべるのであった。

リプレイ本文

●不和の音色
 謎の連続怪死事件に暗雲立ち込める、工業都市フマーレへと降り立ったハンター達。
 眼前に広がる街の様子は普段の暮らしぶりと変わらないようには見えたが、どこかそわそわとした焦燥感に包まれたその雰囲気は、住人達の不安を如実に表していた。
「耳の巨人……かぁ。また例の依頼を引き当てちゃったかな」
 それはオフィスで依頼内容の詳細を聞いた時に、超級まりお(ka0824)が口走った言葉であった。
 このところ同盟各都市で起こっている変死事件の数々。
 それぞれには全く別個の事件であるハズなのだが、その本質は同じであると、彼女のハンターとしての勘―いや、人間としての本能が、そう告げていた。
「もしそれが本当だったとして、どうして顔のパーツが関係しているのかな?」
 そう疑問をぶつける時音 ざくろ(ka1250)であったが、ぶつけた所で今は推測以外の答えの出る話では無かった。
 暫く街を行きずると、広場に集まる人だかりを目にする。
「何の騒ぎだ、こりゃ」
 柊 真司(ka0705)が興味深げにのぞき込むその先に見えたのは――真っ赤に染まった石畳と“人であった”であろう変わり果てた人間の姿であった。
「……っ」
 一瞬顔を青ざめさせた来未 結(ka4610)の視線を、その身体ごと抱き留めるようにして遮るミューレ(ka4567)。
「……これが、この事件の犠牲者の姿なんだね」
 雑巾でも絞るかのように不格好にねじ潰された遺体を前にして、ミューレはこの事件の犯人に対してえも言われぬ嫌悪感を抱く。
「これだけの事件が起きて……目撃者も居て……それに比べたら犠牲者が少なすぎる気がする」
 それ自体は良い事だけれど、と念を押しながら、手にした街の地図を眺めてシェリル・マイヤーズ(ka0509)はふと呟いた。
 地図につけられた「×」印は今までの事件の場所。
 無差別に襲う歪虚にしては、それはあまりに少ない。
「裏でそう仕向けているヤツが居るかもしれないってことか……?」
 真司の疑問ももっともであるが、今は調査を進めるしかない。
「兎にも角にも、調べてみるしかなさそうだね。僕と結は“今夜の事”を街の人に話しながら、聞き込みをして来るよ」
「はい。あ、あと、目撃者の人にも会ってみたいです」
 方針を告げて、僅かに震える結の手を取ったミューレは、2人は街の喧騒へと消えて行った。
「ここ最近に街で見る人物や、様子のおかしい人物なんて居ないものでしょうか」
 メリル・E・ベッドフォード(ka2399)は、そう群がる野次馬達へと問いかける。
「さあな。この街も、入れ替わりが激しいからな」
 しかしながら、返って来る返答は得てしてそんな感じのもの。
 調査は難航するかに思えた。
「何かさ、耳に関係する事柄で心当たり無い?」
 ウワサの怪物の外見から何か気になる事があるのか、同じく野次馬に問いかけるまりお。
 声を掛けられた男はいくらかめんどくさそうな表情をした後に、くいと親指を指して見せた。
「耳っつったらあそこにいる男だよ。ほら、ピンクい髪の嬢ちゃんがぶつかった」
 視線を向けると、よそ見をしていたのか、猫背の男にリリア・ノヴィドール(ka3056)が思いっきりぶつかっている姿が目に映った。
 慌てて後ろを振り返り、ぺこりと頭を下げるリリア。
 しかし、男は何も反応を返されず怪訝な表情のみを浮かべて、それを無視する。
「あーあー、あれじゃダメだ。あいつベッペって言うんだけどよ、まともに聞こえねぇんだよ、耳が」
 そう言って「それぐらいだな」と立ち去ってゆく男を見送って、まりおはもう一度リリア達の喧騒へと視線を戻していた。
「どうしたの……?」
 ベッペの様子にムキになって話しかけるリリアに、シェリルが不思議がって声を掛ける。
「このおじさん、全然話を聞いてくれないのよ」
 そう言って、リリアは諦めたように溜息を吐いた。
「ねぇ、おじさん。最近、通常では有り得ない奇妙な体験してませんか?」
 歩み寄るまりおが、男へそう問いかける。
「――っと、そうだ、耳聞こえないんだった」
 口にして、ふと気づく。
 どうやって話しかけようかと。
「では、筆談で語り掛けてみましょう」
 そ言って、紙に文字を書き記すメリル。
『この事件の犯人は歪虚です。何か、見聞きした事はありませんか?』
 男はその文字をじっと見た後に、メリルに視線を写し、静かに首を横に振る。
 虫刺されか、ボリボリと自分の右腕を掻きながら。
『腕、大丈夫? いつから?』
 それに習って、筆を走らせるシェリル。
 男はその問いかけに対して何も反応を示さず、ダッと駆け出すようにその場を離れて行ってしまう。
「もう……なんなのよ」
 結局最後まで相手にされなかったリリアは、もう一つ大きなため息を吐いて見せたのだった。

●狂怖の音色
 夜の街はしんと静まり返り、昼の盛況な街並みも見る影が無い。
 ミューレと結が昼中街を歩き回って、今日この日の夜間外出を控えるようお願いして回ったためである。
「おじさん、夜は怪物が出るよ……?」
 そんな夜であったからこそ、街の暗がりに佇むその男に、シェリルは一抹の不審を抱いていた。
 屋根の上からひょいと飛び降り、彼の正面へと降り立つ。
 白い布を纏ったその青年は、彼女の存在に気づくとニコリと気さくな笑顔を浮かべる。
「なるほど、どおりで人が居ないわけだ」
 そう口にした彼は手元に持った本を暗がりの中ながらもはらりとめくり、目を落とす。
「何を……読んでいるの?」
「なに、一種の占いの書のようなものだ」
 言いながら、ぺらりぺらりと捲るページ。
 その姿は今宵この場に於いて、明らかに異質であるにも関わらず、どこか安心感すらも覚える。
「未来の結末は……決まっているのかな」
 そう、呟くように口にした彼女の言葉に、男は静かに笑みを浮かべた。
「仮に、その結末が悲惨なものであったとして、君はそれを信じるのか?」
「それは……」
 真っ直ぐに目を見つめ返され、思わず視線を反らすシェリル。
「所詮はそう言うものだよ」
 そう言って男は「私も帰ろう」と、立ち去って行った。
「どうかした?」
 不意に声を掛けられ視線を向けると、行動を共にしていたざくろが心配そうな視線を送っていた。
「……ごめん。まだ、人が残っていたから」
 シェリルが答えた時、不意にざくろの持つ短伝話から声が響く。
「――バケモンが見つかった。至急、応援に来てくれ」
 通話口の真司の言葉に、2人は顔を見合わせ頷くと、同時に夜の街へと駆けだしていた。

 深夜の大通りで、巨人がその大きな腕を振るう。
「何かしらねぇが……見るのも嫌な気分だぜ」
 照準を合わせながら直視する事となる敵を前にして、真司はそう吐き捨てていた。
 かつて味わった事があるようなその感覚に、奥歯を歯がゆく噛みしめる。
「こいつ……あたしの事を執拗に狙ってくるのね」
 チームを組んだリリアが、掴み掛りに来たその手をひらりと躱しながら、手にした円刃を閃かした。
 風鳴り音を立てて飛翔する円刃は、歪虚の腕に一筋の赤い線を浮かばせる。
「大丈夫ですか、リリアさん!」
 現場に駆け付けた結が、かすり傷を負ったリリアに暖かな治癒のマテリアルを振りかける。
「どうしてだろう……あの歪虚に、こうも歪な感情を覚えるのは」
 本能的に竦む足に鞭を撃ち、一歩を踏み出すミューレ。
 結の傍に立つと、優しくその肩を抱き留める。
「大丈夫、僕がついている。だから離れちゃだめだよ」
「はい……!」
 彼女の返事を聞いて、ミューレはワンドを振りかざした。
 走る紫電が、巨体の足を貫いてゆく。
 次いで、シェリルとざくろの組も合流すると、総勢6名のハンターが戦場に立ち並んだ。
「今迄も色んな怪物と戦ったのに、どうしてこんなに怖いって……ううん、負けないもん」
 狂怖を振り払うかのように頭を振って、ざくろは眼前に発生させた三角陣へと己のマテリアルを集中する。
 術の行使に入った彼を護るように、シェリルが前線へと飛び出した。
「この歪虚、どうしてリリアばかり……」
 大きく振るわれた拳の余波に軽く態勢を崩されながらも、眼前水平に刃を構えて注意深く目を走らせる。
「何か、心当たりは無いんですか……?」
「そう言われても……」
 少なくとも、この怪物に個人的に恨まれるような事をした覚えはない、とリリアは問いかけた結へと返す。
「事件解決の切っ掛けになるなら、思い出してくれ!」
 リリアに思案の時間を与えるためか、武器を刃に持ち替えて歪虚の正面へと肉薄する真司。
「お昼だって、変った事は耳の聞こえないおじさんとぶつかったくらいなのよ」
「耳……か。メリルさん、今の聞こえてたかな?」
 ぽつりと呟いたミューレが、短伝話へとそう語り掛ける。
「聞こえておりました。今、まりおさんと共に彼の家に向かっていますよ」
 受話機から漏れるその声に、ミューレは頷きだけで返すと、その眼光を眼前で暴れる歪虚の方へと戻していた。

「失礼いたします」
 そう言いながらも、バタンと扉を開け放ちベッペの家へと突入するメリルとまりお。
 突入時、一声に聞こえてきたのは男性の強い悲痛の叫びであった。
 通じた先の寝室に横たわる一人の男。
 否、昼間出会ったその人物は、悪夢にうなされるかのようにシーツの中で痙攣し、もがき苦しみながら、「痛い痛い!」と雄叫びのように繰り返している。
「何か手立ては……!」
 周囲を見渡すメリルは、ふとその視線の先に1挺のバイオリンを捉えた。
「まりおさん、少々うるさくいたしますよ」
「何をって……うわぁぁぁぁ!?」
 言うや否や、おもむろに手に取るとめいいっぱいに掻き鳴らしていた。
 響き渡る、壊滅的破壊音の波。傍のまりおも思わず耳を塞いぐ。
 そう長くは無い演奏の後、やりきった満足げな表情で楽器を手放すメリル。
 が……ベッペはその音にも耳を貸さず、変わらずベッドの上でもがき苦しんでいた。
「こ、効果ないみたい……?」
 不意に、まりおが視線の先に、赤く腫れあがったベッペの右の腕を捉える。
 大きく肥大したその腫瘍は、その腕を呑み込み、鼓動し、波打っている。
「まさか、寄生されてる……メリルさん、手伝って!」
 メリルの助力を得て暴れる彼を抑えつけ、その袖を引き裂いた。
 大きく露出したその腫瘍は、どくりどくりと鼓動しながら、徐々に徐々に身体の中心へと向かっていた。
「なんだか良く分かりませんが、良くないものである事は確かなようですね……どういたしましょう」
 そのメリルの問いかけに対し、まりおは一瞬言葉を詰まらせた。
 この状況を前にして、決断は二つに一つ。
 切るか、切らないか。
 しかし腫瘍は既に腕と一体化しており、切り離すには腕ごと切断する必要があるという事は明らかであった。
「……ごめん、切るよ!」
 振り下ろされたまりおのレーザー刃によって焼き切るように切断された彼の腕。
 瞬間、ベッペはその血走った瞳を見開き、言葉にならない叫びが部屋中に響き渡った。
 が、それも束の間。
 あまりの激痛に心身も追いつかなかったのか、パタリと気を失ったかのようにベッドに倒れ込む。
 同時に、苦しみもがいていたその姿もピッタリと収まったのであった。

「――分かりました、皆さんに伝えます!」
 メリル達からの連絡を受け、結は短伝話にそう言葉を返した。
「皆さん、背後の憂いは恐らく断てた……との事です!」
 叫ぶ彼女を前にして、ハンター達は一斉に頷き返す。
「狙われなくなったなら、こっちのもん。暴力反対ー、なの!」
 ターゲットから解放され、これ見よがしに背後を取って円刃を唸らせるリリア。
 その一撃に歪虚は小さく肩を震わせながらも、両の拳を頭上に掲げ、一思いに振り下ろす。
 石畳の地面に打ち付けられた拳の衝撃をもろに受け真司とシェリルの2人は、はじけ飛んだように距離を取った。
「大丈夫だ、大した怪我じゃねぇ」
「こっちも……なんとか」
 口内を切ったのか、口元から血を滴らせる真司と、奮える脚で立ち上がるシェリル。
「耳と一緒に、胸にある音も消えてしまったの……?」
 眼前の歪虚に、昼に出会った男の姿を重ね、そして自らをもシェリルは重ね合わせた。
「大切な音なら、きっと……ずっと心に在るものじゃないのかな」
 それは自分にも言い聞かせるように、確かなトーンの声で口にして、手にした刃を歪虚へと閃かす。
 固い皮膚を毛削り取るように、その閃きは巨体へと走ってゆく。
「その大きな耳が、飾りでないのなら……!」
 放つミューレのマテリアル光が、火炎の球となって、敵の顔面目がけてはじけ飛んだ。
「……切り落としてやるッ!」
 晴れた爆炎の先、歪虚の瞳が飛びかかる真司の姿を捉えていた。
 立て続けの連撃に回避の目も無く、レーザー光を放つその刃が特徴的なその耳を、引き裂いてゆく。
「剣よ今一度元の姿に……超・重・斬ッ!」
 大きく震える巨体にを前に、ざくろの姿が宙を舞う。
 流し込まれたマテリアルにより、その体積を肥大化させた彼の刃が、その重量感のままに、敵の頭上から降り注ぐ。
 大きく、その身体を抉り込むように引き裂いた刃を前にして、巨体は静かに、黒い霧となって霧散していくのであった。

●世界の音色
 歪虚を討伐し終えたハンター達は、一同、ベッペの家へと集まっていた。
 気を失ってから街の医者を叩き起こし、その間に済ませた応急処置。
 レーザーで焼き切られた腕の応急処置は済ませたものの、巻いた包帯からはじんわりと赤黒い血が滲む。
 唐突に、ぱっと彼の瞳が見開かれた。
 その瞳は赤く血走り、歪虚の汚染を受けていた頃の様子を浮かばせ、激しく痙攣させるようにして身を捩る。
「いけない……!」
 不意に駆け出した結が、彼の身体を抱きとめる。
 凛とした鈴の音と共に、抱き留めた自身の鼓動を、彼へと伝える。
 人間の、暖かい音色を。
「世界も音色も、ベッペさんも決して色褪せたりはしません。お願いだから……負けないでください!」
 その叫びは通じたのか否か、激しくのたうっていた痙攣は徐々に収まり、またその瞳がすぅと閉じてゆく。
 閉じ行く視線の先、その瞳が、一人の姿を捉える。
 瞳を射抜かれ、一瞬ドキリと肩を震わせるシェリル。
「――仮に、その結末が悲惨なものであったとして……君はそれを信じるのか?」
「……え?」
 虚ろな瞳でそれだけを言い残すと、男は再び、意識を失っていた。

 同時に、部屋へと駆けこんで来る街医者の姿。
 ハンター達も手伝って担架に乗せ、診療所へと運ばれてゆくベッペ。
「僕達の誰一人として、君の死を望んではいない。乗り越えた先にこそ未来がある。だから――」
 運ばれてゆく彼に、ミューレはそう声を掛けていた。
 それは彼の、彼らの心意――それでも、耳も腕も失ってしまった彼のその後の人生は、誰にも想像する事はできなかった。

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  •  ka0824
  • そよ風に包まれて
    来未 結ka4610

重体一覧

参加者一覧

  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズ(ka0509
    人間(蒼)|14才|女性|疾影士
  • オールラウンドプレイヤー
    柊 真司(ka0705
    人間(蒼)|20才|男性|機導師

  •  (ka0824
    人間(蒼)|16才|女性|疾影士
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • 闊叡の蒼星
    メリル・E・ベッドフォード(ka2399
    人間(紅)|23才|女性|魔術師
  • それでも尚、世界を紡ぐ者
    リリア・ノヴィドール(ka3056
    エルフ|18才|女性|疾影士
  • 共に紡ぐ人を包む風
    ミューレ(ka4567
    エルフ|50才|男性|魔術師
  • そよ風に包まれて
    来未 結(ka4610
    人間(蒼)|14才|女性|聖導士

サポート一覧

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依頼相談掲示板
アイコン 質問卓
メリル・E・ベッドフォード(ka2399
人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2015/07/05 08:54:14
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/07/06 02:40:54
アイコン 相談卓
シェリル・マイヤーズ(ka0509
人間(リアルブルー)|14才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2015/07/08 12:40:04