ゲスト
(ka0000)
【燭光】罪と罰
マスター:朝臣あむ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/07/13 12:00
- 完成日
- 2015/07/21 08:51
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●記憶
慣れ親しんだ家が燃え、悲鳴にも似た声が響き渡る中、幼いニカは父の腕に抱かれて村からの脱出を試みていた。
「大丈夫、大丈夫だ」
震える父の顔は煙で良く見えない。近くには母もいるのだろうが、煙を吸わないように口を押えているのか声は聞こえなかった。
昨夜、村には旅人だと名乗る男達が数名宿を求めてやって来た。人の良い村長も父も、宿はないが空き家はあると彼らにそれを提供した。
だがそれが間違いだった。
「金目のもんなんざありもしねぇ! こんな村はあっても無駄だよなァ!!」
男たちは家を物色した後に火を放った。女子供は金になるからと奪い、男は邪魔だからと殺す。
その慣れた手口から、奴らは根っからの悪党で犯罪者なのだと子供ながらに悟った。
「親分、この近くにもう1つ村があるらしいでずぜ」
「おう、ここを片付けたら次行くぞ!」
ゲラゲラ笑う声が耳に付く。奴らは次々と村人を襲い、言葉の通り女子供を確保していった。
そしてニカたちにもその手が伸びる。
「おいおい、てめぇらだけが逃げようってのかぁ? そりゃダメだろう~?」
男はニカとニカの母に狙いを定めると、父をあっさり斬り捨て去った。
「逃げなさい!」
「おとうさんっ、おかあさんっ!」
突き飛ばした母は泣いていた。それを目にしたニカの耳に母の悲鳴と倒れる音が響く。
「……あぁ、あ……」
怖くて足が動かなかった。恐怖から腰が抜け、涙も鼻水も出て、ただ迫る大きな男を見ることしか出来なかった。
もうダメだ。
そう覚悟を決めて目を閉じたその時、野太い呻き声が聞こえた。
恐る恐る目を開いた彼女が目にしたのは、風に流れる真っ赤な髪と地面に倒れた大男の姿。
「遅くなって申し訳ありませんわね」
振り返った顔が炎の逆光で見えない。それでも目を凝らすと、視界が眩む気配がした。
声は誰かの名を呼んでいた気がする。だが意識が遠退いて聞き取れない。
この声を最後に、ニカは意識を手放した。
遠い昔の、遠い記憶。これが彼女の――
●今
「ニカさん、ニカさん!」
いつの間に眠りこけていたのだろう。デスクに広げた報告書の山が視界に飛び込み、慌てて顔を上げた。
「……エリノラ、先輩?」
見覚えのある司法官の顔を見て夢に呑まれかけた意識が戻る。
ここはニカの執務室。目を通していた資料は先日の検挙した反政府組織に関する報告書だ。
中身はハンターの進言で行った司法課内部の調査で、ニカが拉致された当日に司法課を出入りした者について書かれている。
調査結果は予想した通り。ニカを拉致した者が出入りした事は判明したが、それ以外の事実はなかった。
「大丈夫? もしかしたらあまり眠れていないのかしら」
「大丈夫ですので……ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。それでエリノラ先輩の用件は何でしょう?」
不器用な笑みは司法課に来て彼女にしか見せていない。そんな笑みを見てエリノラが零す。
「今回は止めておいた方が良いかしら」
「何がでしょう?」
「これよ」
差し出されたのは指令書だ。今度こそ本物のオットー長官の印が押された紙面には「反政府組織一斉検挙」の文字があった。
「各所で反政府組織の検挙に乗り出しているわ。ニカさんにも出向いて欲しいと長官が……」
「……わかりました。急ぎ準備をして現地へ向かいます」
「ねえ、ニカさん。無理に行かなくてもいいのよ?」
拉致されてから日も浅い。心配するエリノラだったが、ニカは護身用の銃を懐にしまうと司法官の制服に袖を通した。
「大丈夫です。奴らを検挙すれば私の記憶も薄れるでしょうから」
そんなのは嘘だ。どれだけ犯罪者を捕まえようと、どれだけ監獄送りにしようと、記憶が薄れた試はない。
「……そう。貴女が行くと言うのなら止めはしないわ。現地には第十師団とハンターが待っているはずよ。貴女は現地で捕縛した反政府組織の人間の対応をしてちょうだい」
エリノラはそう言うと、師団の名前を聞いて固まったニカの目をじっと見詰めた。
●罪と罰
「貴様の刑期は300年だ。死が与えられなかっただけ有り難く思え」
ニカはそう冷たい声で判決を下すと、目の前にある書類に可決の印を押した。
ここはシュレーベンラント州にある駐屯地ブルーネンフーフの近くの簡易拠点だ。第十師団が検挙した犯罪者を置く為に用意した場所で、いくつかのテントが張り巡らされている。
ニカはそのテントの1つで次々と捕縛されてくる犯罪者の判決を行っていた。
本来は捕縛後にしかるべき場所で対処するのだが、今回は数が多いと言うことで急遽このような運びとなった。
「凄いッスね。ほぼ即決ッスよ」
次々と罪状を確定してゆくニカを見て、彼女の護衛に派遣された第十師団三階層の囚人兵――ジュリが囁く。その先に在るのは同じ第十師団の囚人兵、マイラーだ。
2人はマンゴルトの指示でニカとこの場に留まっていた。
「貴様の罪は疑うまでもない。しかも自らの子まで巻き込んで犯罪に及んだ事実……刑期400年でも足りないくらいだぞ」
「私は生活の為に仕方なく……」
「黙れ! 一時生活が潤うとも貴様が成した事は罪だ。その姿を見て育つ子供が罪人にならない保証は何処にある! 貴様の行為は子供すらも犯罪者に染める悪質なものなんだぞ!」
語尾を荒げて放たれる言葉に、対峙する男の目が見開かれる。そして下された判決は。
「貴様の刑期は400年――」
「刑期は100年もあれば充分だろ。寧ろそれでも多いくらいだ」
「何ッ!」
「ま、マイラーさん、マズイっすよ!」
慌てたように止めに入るジュリを制し、マイラーは続ける。
「さっきから気になっていたが、彼の村の財政は劣悪と言って良い。つまり生活の困窮によって犯罪に手を染める可能性は大いにあった訳だ。政府がそれを知らずに放置していたとすればそれも罪だよな。そもそもあんたも知っての通り、彼には子供がいる。子供のために生きる糧を得ることの何がいけない? まさか何もせずに飢え死にさせろってのか? 違うだろ」
確かに、集められた資料では村の財政が殆どない状態まで追い詰められていた事が伺える。
「だが罪を犯して良い理由にはならない! 罪人がわかったような口を効くな!」
「そう、罪を犯して良い理由にはならない。けど、罪を犯した理由を理解してあげることなら出来る。親がいなくなった子供がどうなるか……知らないはずもないと思うが?」
何を。そう口にした所でテントが開かれた。そして慌てた様子の兵士が飛び込んで来る。
「マイラー、ジュリ! 至急応援に来てくれ、拠点の近くに歪虚がッ!!」
「旦那の予想が当ったか。全員じゃなくて良い。あんたたちも一緒に来てくれ」
マイラーはニカから視線を外すと、帯刀している武器に手を添えて駆け出した。その背に「待て!」と声が掛かる。
「……っ貴様、何者だ!」
「マイラー・トレポフ。第十師団親衛隊の雑用係だ」
慣れ親しんだ家が燃え、悲鳴にも似た声が響き渡る中、幼いニカは父の腕に抱かれて村からの脱出を試みていた。
「大丈夫、大丈夫だ」
震える父の顔は煙で良く見えない。近くには母もいるのだろうが、煙を吸わないように口を押えているのか声は聞こえなかった。
昨夜、村には旅人だと名乗る男達が数名宿を求めてやって来た。人の良い村長も父も、宿はないが空き家はあると彼らにそれを提供した。
だがそれが間違いだった。
「金目のもんなんざありもしねぇ! こんな村はあっても無駄だよなァ!!」
男たちは家を物色した後に火を放った。女子供は金になるからと奪い、男は邪魔だからと殺す。
その慣れた手口から、奴らは根っからの悪党で犯罪者なのだと子供ながらに悟った。
「親分、この近くにもう1つ村があるらしいでずぜ」
「おう、ここを片付けたら次行くぞ!」
ゲラゲラ笑う声が耳に付く。奴らは次々と村人を襲い、言葉の通り女子供を確保していった。
そしてニカたちにもその手が伸びる。
「おいおい、てめぇらだけが逃げようってのかぁ? そりゃダメだろう~?」
男はニカとニカの母に狙いを定めると、父をあっさり斬り捨て去った。
「逃げなさい!」
「おとうさんっ、おかあさんっ!」
突き飛ばした母は泣いていた。それを目にしたニカの耳に母の悲鳴と倒れる音が響く。
「……あぁ、あ……」
怖くて足が動かなかった。恐怖から腰が抜け、涙も鼻水も出て、ただ迫る大きな男を見ることしか出来なかった。
もうダメだ。
そう覚悟を決めて目を閉じたその時、野太い呻き声が聞こえた。
恐る恐る目を開いた彼女が目にしたのは、風に流れる真っ赤な髪と地面に倒れた大男の姿。
「遅くなって申し訳ありませんわね」
振り返った顔が炎の逆光で見えない。それでも目を凝らすと、視界が眩む気配がした。
声は誰かの名を呼んでいた気がする。だが意識が遠退いて聞き取れない。
この声を最後に、ニカは意識を手放した。
遠い昔の、遠い記憶。これが彼女の――
●今
「ニカさん、ニカさん!」
いつの間に眠りこけていたのだろう。デスクに広げた報告書の山が視界に飛び込み、慌てて顔を上げた。
「……エリノラ、先輩?」
見覚えのある司法官の顔を見て夢に呑まれかけた意識が戻る。
ここはニカの執務室。目を通していた資料は先日の検挙した反政府組織に関する報告書だ。
中身はハンターの進言で行った司法課内部の調査で、ニカが拉致された当日に司法課を出入りした者について書かれている。
調査結果は予想した通り。ニカを拉致した者が出入りした事は判明したが、それ以外の事実はなかった。
「大丈夫? もしかしたらあまり眠れていないのかしら」
「大丈夫ですので……ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。それでエリノラ先輩の用件は何でしょう?」
不器用な笑みは司法課に来て彼女にしか見せていない。そんな笑みを見てエリノラが零す。
「今回は止めておいた方が良いかしら」
「何がでしょう?」
「これよ」
差し出されたのは指令書だ。今度こそ本物のオットー長官の印が押された紙面には「反政府組織一斉検挙」の文字があった。
「各所で反政府組織の検挙に乗り出しているわ。ニカさんにも出向いて欲しいと長官が……」
「……わかりました。急ぎ準備をして現地へ向かいます」
「ねえ、ニカさん。無理に行かなくてもいいのよ?」
拉致されてから日も浅い。心配するエリノラだったが、ニカは護身用の銃を懐にしまうと司法官の制服に袖を通した。
「大丈夫です。奴らを検挙すれば私の記憶も薄れるでしょうから」
そんなのは嘘だ。どれだけ犯罪者を捕まえようと、どれだけ監獄送りにしようと、記憶が薄れた試はない。
「……そう。貴女が行くと言うのなら止めはしないわ。現地には第十師団とハンターが待っているはずよ。貴女は現地で捕縛した反政府組織の人間の対応をしてちょうだい」
エリノラはそう言うと、師団の名前を聞いて固まったニカの目をじっと見詰めた。
●罪と罰
「貴様の刑期は300年だ。死が与えられなかっただけ有り難く思え」
ニカはそう冷たい声で判決を下すと、目の前にある書類に可決の印を押した。
ここはシュレーベンラント州にある駐屯地ブルーネンフーフの近くの簡易拠点だ。第十師団が検挙した犯罪者を置く為に用意した場所で、いくつかのテントが張り巡らされている。
ニカはそのテントの1つで次々と捕縛されてくる犯罪者の判決を行っていた。
本来は捕縛後にしかるべき場所で対処するのだが、今回は数が多いと言うことで急遽このような運びとなった。
「凄いッスね。ほぼ即決ッスよ」
次々と罪状を確定してゆくニカを見て、彼女の護衛に派遣された第十師団三階層の囚人兵――ジュリが囁く。その先に在るのは同じ第十師団の囚人兵、マイラーだ。
2人はマンゴルトの指示でニカとこの場に留まっていた。
「貴様の罪は疑うまでもない。しかも自らの子まで巻き込んで犯罪に及んだ事実……刑期400年でも足りないくらいだぞ」
「私は生活の為に仕方なく……」
「黙れ! 一時生活が潤うとも貴様が成した事は罪だ。その姿を見て育つ子供が罪人にならない保証は何処にある! 貴様の行為は子供すらも犯罪者に染める悪質なものなんだぞ!」
語尾を荒げて放たれる言葉に、対峙する男の目が見開かれる。そして下された判決は。
「貴様の刑期は400年――」
「刑期は100年もあれば充分だろ。寧ろそれでも多いくらいだ」
「何ッ!」
「ま、マイラーさん、マズイっすよ!」
慌てたように止めに入るジュリを制し、マイラーは続ける。
「さっきから気になっていたが、彼の村の財政は劣悪と言って良い。つまり生活の困窮によって犯罪に手を染める可能性は大いにあった訳だ。政府がそれを知らずに放置していたとすればそれも罪だよな。そもそもあんたも知っての通り、彼には子供がいる。子供のために生きる糧を得ることの何がいけない? まさか何もせずに飢え死にさせろってのか? 違うだろ」
確かに、集められた資料では村の財政が殆どない状態まで追い詰められていた事が伺える。
「だが罪を犯して良い理由にはならない! 罪人がわかったような口を効くな!」
「そう、罪を犯して良い理由にはならない。けど、罪を犯した理由を理解してあげることなら出来る。親がいなくなった子供がどうなるか……知らないはずもないと思うが?」
何を。そう口にした所でテントが開かれた。そして慌てた様子の兵士が飛び込んで来る。
「マイラー、ジュリ! 至急応援に来てくれ、拠点の近くに歪虚がッ!!」
「旦那の予想が当ったか。全員じゃなくて良い。あんたたちも一緒に来てくれ」
マイラーはニカから視線を外すと、帯刀している武器に手を添えて駆け出した。その背に「待て!」と声が掛かる。
「……っ貴様、何者だ!」
「マイラー・トレポフ。第十師団親衛隊の雑用係だ」
リプレイ本文
「この襲撃、反政府組織がヴォイドに利用され始めている可能性があります。どうか、お気を付け下さい」
マイラーが出て行くの姿を見送っていたニカは、辻・十字朗(ka4739)の差し出した通信機を受け取ると、考え込む様に視線を落とした。
その姿を視界に納め、自分とマンゴルトの分の通信機をポケットにしまうとテントを飛び出してゆく仲間に目を向けた。
「慈姑君、行きましょうか。貴女の強みを見せてください」
「はい」
頷きながら慈姑 ぽえむ(ka3243)はニカを見た。
「ニカさんも罪人への態度と判決以外は素直に尊敬できると思うんだけど……」
そこまで零してニカをここへ寄越した司法課の上司を思う。彼女が周囲からどう思われているのか承知で送り込んだ上司。何か良くない事を企てているのでは、と言う憶測が胸を過る。
だがそれを振り払い、幼少期より信頼を寄せている十字朗に向き直った。それと同時にぽえむの目と髪が桃色に染まる。
そうして外に飛び出すと、彼女の眉間に皺が刻まれた。
「ゾンビ型のヴォイド……これも噂の反政府組織の仕業……?」
拠点に攻め入ろうとする歪虚を見る。腐敗した体と赤い瞳の歪虚の中には、生前の鎧を纏う者も見える。
「これがヴルツァライヒの……彼が歪虚の力を借りているというのは本当のようですね」
生きる場所が違えば想いも違う。誰もが日々の糧に感謝して生きられるのなら、乱など起きないし、虚偽と結ぶ必要もなかっただろう。
「帝国の人間として、この事実から目を背けてはいけないのでしょうね」
レオン・フォイアロート(ka0829)はそう零すと刀に手を伸ばした。その隣にはナハティガル・ハーレイ(ka0023)の姿もある。
「おい、マイラー。『旦那の予想が当った』ってのは一体全体どういう事だ? こんな簡易拠点を襲撃する連中の狙いは一体……」
シュレーベンラント州が反政府組織の拠点になっている事は知っている。だがこのような簡易拠点を狙う理由はわからない。
「まさか敵の狙いは――」
「ニカじゃないぞ。奴らの狙いは捕縛した仲間だ。生死問わず奪い返せれば兵力は上がるからな」
「彼らを奪還した上で歪虚化するのが目的と言う訳ですね。ならば反政府の人間であろうと、帝国の臣民であることに変わりはありません。ならば、我が剣は、盾は、彼らをも守るためにある」
いざ。そう声を上げ、抜刀直後に停めていた戦馬に跨るレオンにナハティガルも愛馬に手を掛ける。
「チッ、また屍人かよ……!」
心底嫌そうに吐き捨てたナハティガルの声を拾い、イルム=ローレ・エーレ(ka5113)は思案するようにモノクルの位置を整えた。
「確かに覚えのある範囲では多い方かな」
先日もゾンビと闘ったばかり。その記憶も薄れぬうちに再び同じような歪虚と戦闘とは何か縁でもあるのだろうか。
『レオンとナハティガルが防衛線に到着したぜ。十字朗とぽえむももう直ぐだ』
携帯型の無線通話機から聞こえる声に彼の目が上がる。
「了解したよ。アーヴィン君はそのまま全体を警戒して状況を伝えてもらえるかな。マンゴルトさんへも伝言はしてもらえたのだよね?」
『拠点内の囚人指揮とニカの安全確保なら伝えた』
「うん、充分だ」
周辺の指揮は思った以上に取れているようだ。満足げに頷くイルムもまた、戦場に向かって駆け出す。
「……他人の心配なんざぁ柄じぇねえってのに」
舌打ちを零した呟いたアーヴィン(ka3383)は、仲間の動きを見ながら囚人を納めた魔導トラックの上で無線機を転がしていた。そこに声が届く。
「政府の犬め! 貴様らなどヴルツァライヒ様に――ヒッ!」
「元気があるならちょっと罪滅ぼしに手伝っていけよ。減刑を上申してやるぜ? それとも今ここで裁判の続きをしてやろうか?」
檻の中に撃ち込まれた矢が、囚人の脚の間に突き刺さる。それに腰を抜かす姿を見ながら、アーヴィンはニッと口角を上げて冷たい視線を注いだ。
●
「……マイラー君、パープル君、武器を出したまえ」
簡易拠点の周囲に張られたロープの前で、チマキマル(ka4372)は自身の杖を構えて言った。
彼が紡ぎ出すのは炎の精霊が与える加護だ。共に行動するパープル(ka1067)やマイラーの武器に炎を纏わせ、覚醒したことで現れたローブの幻影の下で前を見る。
「こちらではまだ敵が見えないが油断はしない方がいい。見えたら即動きたまえ」
言葉にパープルが守りの構えを発動する。そして隣に立つマイラーに目を向けると、彼の口角が少しだけ上がった。
「マイラー……久しぶりだな。頼りにしてるぜ?」
『チマキマル、パープル、そっちに行ったぞ』
無線機から響く声にマイラーが飛び出した。これにパープルもロープを越えて矢を番える。
そして2人の足が前戦に差し掛かると、風の刃が飛んで来た。
「ほう、術を扱うのか」
面白い。そう零すチマキマルは詠唱を開始した。この間にパープルとマイラーは敵との間合いを詰める。
「死体型か……自由を奪われ、自分の意思も無く、殺戮に利用されるのは忍びない。せめて、俺達の手で解放してやろう」
腐敗した肉体と赤い瞳を持つ歪虚。鼻を突く異臭は明らかに屍人の物だ。
パープルは弦をギリギリまで引くと一気に放った。これに合わせてマイラーが飛び込む。
素早い身のこなしで屍人の腕を叩き落して攻撃手段を奪う。そして周囲に目を飛ばすと、すぐさま別の敵へ斬り込んだ。
「パープル君、遠距離型の敵を優先して殺すぞ」
詠唱終了と同時にチマキマルの炎弾が森を突き抜ける。そこにいたのは新たな屍人だ。
「数が多いな……っ!」
想像以上に敵の数が多い上に速い。パープルの間合いに踏み込んで来た敵に彼の反応が遅れる。
「チマキマル、援護を!」
チャクラムに武器を切り替える隙に斬り込んで来た短剣。それをマイラーの刃が受け止めると、後方から新たな炎が飛んで来た。
「ふむ、私とした事が少々慌てていたか」
本来ならここで風の刃を――と思っていたのだがスキルの適応を忘れてしまったらしい。
「一応、歪虚の暴食専門のハンターを名乗っているなので少しはいいところを見せてやりたかったが……」
前衛で刃を振るうパープルとマイラーを見る限り心配はなさそうだ。
マイラーと背を合わせる形で「すまない」と述べたパープルは武器をサーベルに持ち変える。そんな彼にマイラーが囁く。
「引き離すまで接近戦で頼む」
言ってマイラーが再び敵の懐に飛び込んだ。それに習ってパープルも飛び込むと、渾身の一撃を屍人に見舞う。
『グァァァアアッ!』
足を狙った一撃が敵の体勢を崩す。そこにチマキマルの援護が飛ぶと、パープルの目に浮かんだ文様が紫の色を濃くした。
「静かに眠れ!」
首を落として崩した相手。その背後ではマイラーも別の敵を倒している。
「マイラー、チマキマルのフォローに回ってくれ」
敵の陣が崩れ始めている。
声を上げたパープルにマイラーが目だけで頷く。それを見止めて矢に持ち変えると、パープルは新たな敵に狙いを定めた。
その頃、アーヴィンの指示で動いていたイルムは、糸を手繰るように引き寄せられた屍人の姿に苦笑いを浮かべていた。
『前方に4体。1体は杖を持って詠唱準備中だ』
魔導トラックの上は見通しが良いのだろう。次々と飛んでくる的確な指示に感謝はしつつ、イルムの内心は複雑だ。
「仕方がないね。麗しのお嬢さん、もう少しボクと一緒にダンスを踊ってくれるかな?」
「あっし、そう云うのはちょっと……」
本当のダンスと思ったのか、真面目に返すジュリに無線機の向こうから微かな笑い声が響いて来た。その声に咳払いしながら苦笑する。
「真面目に断らないでくれるかな?」
行くよ。そう地面を蹴ったイルムにジュリの目が瞬かれる。だが直ぐに彼女に続くと彼女の目が別の意味で見開かれた。
「おおー、すごいッス!!」
脚と神経の双方にマテリアルを巡らすことで生まれた余裕。それに伴って見えた僅かな隙に白銀の刃が迫る。
『グガァアッ!』
顎を割られて蹲る屍人。それを視界に、次のステップを踏む。狙うのは今正に法撃準備を整える遠距離タイプの歪虚だ。
「ジュリ君、行けるね?」
「勿論ッス!」
まるでスタートを切るように体勢を低くしたジュリが勢い良く飛び出す。これにイルムのデリンジャーが火を噴くと、弾丸と斬撃の双方が屍人の腕と胴を斬った。
「とどめッスよー!」
再び届く弾丸が敵の額を撃ち抜き、ジュリのナイフが首を削ぐ。そうして崩れ落ちた亡骸を一瞥し、2人は新たな敵に向き直った。
四方に展開するハンターたち。残る2カ所の内の1カ所で迎え討っていたナハティガルは、手綱を咥えながら無線機の声に眉を上げた。
『ナハティガル、試したい事がある。射程に入らないように動けるか?』
前方に見える敵はだいぶ減った。その成果はナハティガルが撃つ大弓と、レオンが放つライフルの成した物だがまだ敵は残っている。
ナハティガルは拠点中央で様子を伺うアーヴィンを横目に見ると、合点云ったように「あぁ」と零した。
「レオン、手前の敵を掃うぞ」
「承知しました」
片手で手綱を操り状況を確認。レオンはナハティガルと左右を護るように馬を展開させ刃を掲げる。
「私の剣は守る者のために――」
迫る長剣に馬が嘶きを上げる。だがそれを片手で制すると金の髪が風に舞った。
「やるねぇ」
口笛を吹いたアーヴィンの視界に、馬上から凄まじい一撃を放つレオンの姿が映った。
馬上であることを感じさせない精練された動きで、氷のように美しい色の刃を薙ぐ。これにより先に攻撃を仕掛けた屍人の胴が剥がれた。
「……良い感じに放れつつあるな」
アーヴィンは大弓を空に向かって構えると、複数の矢を番えた。そうして全ての矢にマテリアルを浸透させてゆく。
『今だ』
合図と同時にナハティガルが戦槍で敵を掃うのが見えた。それを見止めてギリギリまで力を溜めこんだ矢を放つ。
次々と、まるで雨のように射った矢がナハティガルとレオンの居た場所へ降り注ぐ。
「レオン。残った奴を始末するぞ」
「はい!」
無数の矢は、距離を置いて様子を伺っていた敵を傷付けた。残るのは負傷した敵と前衛で難を逃れたモノのみ。
「“飛んで火に入る夏の虫”、ってな。リアルブルーの諺知ってるか?」
後方を討たれて退路を閉ざされたと思った屍人が一気に攻め込んでくる。それに槍を構えると、ナハティガルは静かに闘志の燃える瞳で彼らを捉えた。
「アイドルレクイエム疾風居合プロデユーサー斬り!」
大太刀を構えた状態から抜き取って斬りかかる居合斬り。これに疾風剣を混ぜ、十字朗が刃を鞘に戻す。
目の前には接近し、斬撃を咥えようとしていた屍人の姿がある。敵は彼の攻撃に崩れ落ちると、虚しい音を立てて短剣を落とした。
「慈姑君、大丈夫ですか?」
横目に振り返るぽえむの額には汗が浮かんでいる。リアルブルーで転移前から面識のある彼女は、先ほどからレクイエムを奏でて屍人に対抗している。
「はい。効果は一瞬だけど……それだけあれば十分だよね。もっと戦場に癒しを届けるよ!」
頷き、大きく息を吸い込む。そうして紡ぎ出すのは新たな旋律だ。
研ぎ澄まし、静かに響く鎮魂歌。その脳裏にニカの姿が浮かび彼女の表情が少しだけ曇った。
(ニカさん、思い詰めているように見えた……少しでも気持ちが癒されれば……)
はたして人に対してそうした効果があるかはわからない。それでも紡ぎ続ける歌はニカのいるテントにも届いているはずだ。
「次っ!」
抜刀の勢いで再び斬り伏せた敵。その背後にはまだまだ健在の歪虚がある。十字朗は後ろを振り返ると、ぽえむと頷き合う。
「アーヴィンさん、敵の状況を教えてください」
『……残り3体。後方に杖を構えた敵がいる』
「慈姑君」
「はいっ!」
声を上げ、ピンク色の杖を掲げたぽえむがマテリアルに意識を集中する。
次第に集まる光。それが彼女の中で1つの弾に変じると、後方の敵目掛けて放った。
「アーヴィンさん、お願いします!」
無線機に声を寄せながら飛び出す十字朗。その脇を凄まじいまでに正確な一矢が通り過ぎると、歪虚の持つ杖が吹き飛び、同時に敵の胴に光の弾が直撃した。
「まずは1体……」
居合いを使うのはこれが最後。接近と同時に引き抜いた刃で長剣を構える敵の足を薙ぐ。そして怯んだ所に刃を突き入れると、彼の目が側面に飛んだ。
「しまっ!」
「ふせてぇッ!」
声に咄嗟にしゃがんだ。と、直後。十字朗の視界に歪虚が崩れて来るのが見えた。
肌に焼跡を残す敵が受けたのは、ぽえむのホーリーライト、そして戦馬で駆け付けたナハティガルとレオンの刃だった。
●
「光よりも炎の方が効果がありそうだったな」
そう零し、アーヴィンはニカを囲むハンターたちを見た。
「何か歪虚から狙われる心当たりはないのか?」
「人間ならまだしも歪虚に狙われる覚えはないな」
ナハティガルの問い掛けに答えたニカの眉間には皺が寄っている。その顔を見ながらアーヴィンは問うた。
「なあ。人に恨まれてる自覚があるんなら何で殺してやらねえんだ? どんなに苦しめたって、償いになんかならねえだろ」
「アーヴィン君。ボクは浅識だけれど帝国騎士爵だったこともあるし、帝国法も理解しているから答えるが、この国の法に死刑はないんだ」
イルムの言うように、帝国に死刑制度がない。その代り重すぎる刑期を課し、それを減らして減刑してゆく更生制度が採用されている。
「とは言え、ボクも少し行き過ぎだと思うよ。司法官は罪を裁くのではなく、人を裁くということを忘れてはいけないよ」
「そうですね。真に勇気ある行いと言うのは赦すことではないでしょうか」
判決を下す時に何を見るのか。それを改善しなければ恨みは減らない。そう語るイルムとレオンにニカの眉間の皺が濃くなった。
そこに十字朗の困った声が飛んでくる。
「貴方の容赦のなさは、私は好きですよ。それに貴女の憎しみは『正しい憎しみ』だ」
だからこそ、無駄遣いしては勿体ない。そう肩を竦める彼。その彼に同意するようにぽえむも言う。
「急いてはことを仕損じるとも言いますし……あまり無理はなさらないでください。私達はいつでも貴女の力になりますから」
子供も大人も1人では生きていけない。だからこそ困った時には助けあう。
そう言葉を添える彼女にニカの目が上がった。
「そこの囚人兵……貴様はどう思う」
声を掛けられたのはマイラーだ。彼はテントに顔を出したマンゴルトと外に出る直前だった。その動きを止められた彼の顔に苦笑が浮かんでいる。
「まあ、ハンターの言葉を信じてみれば良いんじゃないか?」
そう言い残しマイラーは出て行った。その背を見送りニカは脱力した。
「……貴方もそう言うのか」
トレポフ司法官。そう極々小さな声を零して。
マイラーが出て行くの姿を見送っていたニカは、辻・十字朗(ka4739)の差し出した通信機を受け取ると、考え込む様に視線を落とした。
その姿を視界に納め、自分とマンゴルトの分の通信機をポケットにしまうとテントを飛び出してゆく仲間に目を向けた。
「慈姑君、行きましょうか。貴女の強みを見せてください」
「はい」
頷きながら慈姑 ぽえむ(ka3243)はニカを見た。
「ニカさんも罪人への態度と判決以外は素直に尊敬できると思うんだけど……」
そこまで零してニカをここへ寄越した司法課の上司を思う。彼女が周囲からどう思われているのか承知で送り込んだ上司。何か良くない事を企てているのでは、と言う憶測が胸を過る。
だがそれを振り払い、幼少期より信頼を寄せている十字朗に向き直った。それと同時にぽえむの目と髪が桃色に染まる。
そうして外に飛び出すと、彼女の眉間に皺が刻まれた。
「ゾンビ型のヴォイド……これも噂の反政府組織の仕業……?」
拠点に攻め入ろうとする歪虚を見る。腐敗した体と赤い瞳の歪虚の中には、生前の鎧を纏う者も見える。
「これがヴルツァライヒの……彼が歪虚の力を借りているというのは本当のようですね」
生きる場所が違えば想いも違う。誰もが日々の糧に感謝して生きられるのなら、乱など起きないし、虚偽と結ぶ必要もなかっただろう。
「帝国の人間として、この事実から目を背けてはいけないのでしょうね」
レオン・フォイアロート(ka0829)はそう零すと刀に手を伸ばした。その隣にはナハティガル・ハーレイ(ka0023)の姿もある。
「おい、マイラー。『旦那の予想が当った』ってのは一体全体どういう事だ? こんな簡易拠点を襲撃する連中の狙いは一体……」
シュレーベンラント州が反政府組織の拠点になっている事は知っている。だがこのような簡易拠点を狙う理由はわからない。
「まさか敵の狙いは――」
「ニカじゃないぞ。奴らの狙いは捕縛した仲間だ。生死問わず奪い返せれば兵力は上がるからな」
「彼らを奪還した上で歪虚化するのが目的と言う訳ですね。ならば反政府の人間であろうと、帝国の臣民であることに変わりはありません。ならば、我が剣は、盾は、彼らをも守るためにある」
いざ。そう声を上げ、抜刀直後に停めていた戦馬に跨るレオンにナハティガルも愛馬に手を掛ける。
「チッ、また屍人かよ……!」
心底嫌そうに吐き捨てたナハティガルの声を拾い、イルム=ローレ・エーレ(ka5113)は思案するようにモノクルの位置を整えた。
「確かに覚えのある範囲では多い方かな」
先日もゾンビと闘ったばかり。その記憶も薄れぬうちに再び同じような歪虚と戦闘とは何か縁でもあるのだろうか。
『レオンとナハティガルが防衛線に到着したぜ。十字朗とぽえむももう直ぐだ』
携帯型の無線通話機から聞こえる声に彼の目が上がる。
「了解したよ。アーヴィン君はそのまま全体を警戒して状況を伝えてもらえるかな。マンゴルトさんへも伝言はしてもらえたのだよね?」
『拠点内の囚人指揮とニカの安全確保なら伝えた』
「うん、充分だ」
周辺の指揮は思った以上に取れているようだ。満足げに頷くイルムもまた、戦場に向かって駆け出す。
「……他人の心配なんざぁ柄じぇねえってのに」
舌打ちを零した呟いたアーヴィン(ka3383)は、仲間の動きを見ながら囚人を納めた魔導トラックの上で無線機を転がしていた。そこに声が届く。
「政府の犬め! 貴様らなどヴルツァライヒ様に――ヒッ!」
「元気があるならちょっと罪滅ぼしに手伝っていけよ。減刑を上申してやるぜ? それとも今ここで裁判の続きをしてやろうか?」
檻の中に撃ち込まれた矢が、囚人の脚の間に突き刺さる。それに腰を抜かす姿を見ながら、アーヴィンはニッと口角を上げて冷たい視線を注いだ。
●
「……マイラー君、パープル君、武器を出したまえ」
簡易拠点の周囲に張られたロープの前で、チマキマル(ka4372)は自身の杖を構えて言った。
彼が紡ぎ出すのは炎の精霊が与える加護だ。共に行動するパープル(ka1067)やマイラーの武器に炎を纏わせ、覚醒したことで現れたローブの幻影の下で前を見る。
「こちらではまだ敵が見えないが油断はしない方がいい。見えたら即動きたまえ」
言葉にパープルが守りの構えを発動する。そして隣に立つマイラーに目を向けると、彼の口角が少しだけ上がった。
「マイラー……久しぶりだな。頼りにしてるぜ?」
『チマキマル、パープル、そっちに行ったぞ』
無線機から響く声にマイラーが飛び出した。これにパープルもロープを越えて矢を番える。
そして2人の足が前戦に差し掛かると、風の刃が飛んで来た。
「ほう、術を扱うのか」
面白い。そう零すチマキマルは詠唱を開始した。この間にパープルとマイラーは敵との間合いを詰める。
「死体型か……自由を奪われ、自分の意思も無く、殺戮に利用されるのは忍びない。せめて、俺達の手で解放してやろう」
腐敗した肉体と赤い瞳を持つ歪虚。鼻を突く異臭は明らかに屍人の物だ。
パープルは弦をギリギリまで引くと一気に放った。これに合わせてマイラーが飛び込む。
素早い身のこなしで屍人の腕を叩き落して攻撃手段を奪う。そして周囲に目を飛ばすと、すぐさま別の敵へ斬り込んだ。
「パープル君、遠距離型の敵を優先して殺すぞ」
詠唱終了と同時にチマキマルの炎弾が森を突き抜ける。そこにいたのは新たな屍人だ。
「数が多いな……っ!」
想像以上に敵の数が多い上に速い。パープルの間合いに踏み込んで来た敵に彼の反応が遅れる。
「チマキマル、援護を!」
チャクラムに武器を切り替える隙に斬り込んで来た短剣。それをマイラーの刃が受け止めると、後方から新たな炎が飛んで来た。
「ふむ、私とした事が少々慌てていたか」
本来ならここで風の刃を――と思っていたのだがスキルの適応を忘れてしまったらしい。
「一応、歪虚の暴食専門のハンターを名乗っているなので少しはいいところを見せてやりたかったが……」
前衛で刃を振るうパープルとマイラーを見る限り心配はなさそうだ。
マイラーと背を合わせる形で「すまない」と述べたパープルは武器をサーベルに持ち変える。そんな彼にマイラーが囁く。
「引き離すまで接近戦で頼む」
言ってマイラーが再び敵の懐に飛び込んだ。それに習ってパープルも飛び込むと、渾身の一撃を屍人に見舞う。
『グァァァアアッ!』
足を狙った一撃が敵の体勢を崩す。そこにチマキマルの援護が飛ぶと、パープルの目に浮かんだ文様が紫の色を濃くした。
「静かに眠れ!」
首を落として崩した相手。その背後ではマイラーも別の敵を倒している。
「マイラー、チマキマルのフォローに回ってくれ」
敵の陣が崩れ始めている。
声を上げたパープルにマイラーが目だけで頷く。それを見止めて矢に持ち変えると、パープルは新たな敵に狙いを定めた。
その頃、アーヴィンの指示で動いていたイルムは、糸を手繰るように引き寄せられた屍人の姿に苦笑いを浮かべていた。
『前方に4体。1体は杖を持って詠唱準備中だ』
魔導トラックの上は見通しが良いのだろう。次々と飛んでくる的確な指示に感謝はしつつ、イルムの内心は複雑だ。
「仕方がないね。麗しのお嬢さん、もう少しボクと一緒にダンスを踊ってくれるかな?」
「あっし、そう云うのはちょっと……」
本当のダンスと思ったのか、真面目に返すジュリに無線機の向こうから微かな笑い声が響いて来た。その声に咳払いしながら苦笑する。
「真面目に断らないでくれるかな?」
行くよ。そう地面を蹴ったイルムにジュリの目が瞬かれる。だが直ぐに彼女に続くと彼女の目が別の意味で見開かれた。
「おおー、すごいッス!!」
脚と神経の双方にマテリアルを巡らすことで生まれた余裕。それに伴って見えた僅かな隙に白銀の刃が迫る。
『グガァアッ!』
顎を割られて蹲る屍人。それを視界に、次のステップを踏む。狙うのは今正に法撃準備を整える遠距離タイプの歪虚だ。
「ジュリ君、行けるね?」
「勿論ッス!」
まるでスタートを切るように体勢を低くしたジュリが勢い良く飛び出す。これにイルムのデリンジャーが火を噴くと、弾丸と斬撃の双方が屍人の腕と胴を斬った。
「とどめッスよー!」
再び届く弾丸が敵の額を撃ち抜き、ジュリのナイフが首を削ぐ。そうして崩れ落ちた亡骸を一瞥し、2人は新たな敵に向き直った。
四方に展開するハンターたち。残る2カ所の内の1カ所で迎え討っていたナハティガルは、手綱を咥えながら無線機の声に眉を上げた。
『ナハティガル、試したい事がある。射程に入らないように動けるか?』
前方に見える敵はだいぶ減った。その成果はナハティガルが撃つ大弓と、レオンが放つライフルの成した物だがまだ敵は残っている。
ナハティガルは拠点中央で様子を伺うアーヴィンを横目に見ると、合点云ったように「あぁ」と零した。
「レオン、手前の敵を掃うぞ」
「承知しました」
片手で手綱を操り状況を確認。レオンはナハティガルと左右を護るように馬を展開させ刃を掲げる。
「私の剣は守る者のために――」
迫る長剣に馬が嘶きを上げる。だがそれを片手で制すると金の髪が風に舞った。
「やるねぇ」
口笛を吹いたアーヴィンの視界に、馬上から凄まじい一撃を放つレオンの姿が映った。
馬上であることを感じさせない精練された動きで、氷のように美しい色の刃を薙ぐ。これにより先に攻撃を仕掛けた屍人の胴が剥がれた。
「……良い感じに放れつつあるな」
アーヴィンは大弓を空に向かって構えると、複数の矢を番えた。そうして全ての矢にマテリアルを浸透させてゆく。
『今だ』
合図と同時にナハティガルが戦槍で敵を掃うのが見えた。それを見止めてギリギリまで力を溜めこんだ矢を放つ。
次々と、まるで雨のように射った矢がナハティガルとレオンの居た場所へ降り注ぐ。
「レオン。残った奴を始末するぞ」
「はい!」
無数の矢は、距離を置いて様子を伺っていた敵を傷付けた。残るのは負傷した敵と前衛で難を逃れたモノのみ。
「“飛んで火に入る夏の虫”、ってな。リアルブルーの諺知ってるか?」
後方を討たれて退路を閉ざされたと思った屍人が一気に攻め込んでくる。それに槍を構えると、ナハティガルは静かに闘志の燃える瞳で彼らを捉えた。
「アイドルレクイエム疾風居合プロデユーサー斬り!」
大太刀を構えた状態から抜き取って斬りかかる居合斬り。これに疾風剣を混ぜ、十字朗が刃を鞘に戻す。
目の前には接近し、斬撃を咥えようとしていた屍人の姿がある。敵は彼の攻撃に崩れ落ちると、虚しい音を立てて短剣を落とした。
「慈姑君、大丈夫ですか?」
横目に振り返るぽえむの額には汗が浮かんでいる。リアルブルーで転移前から面識のある彼女は、先ほどからレクイエムを奏でて屍人に対抗している。
「はい。効果は一瞬だけど……それだけあれば十分だよね。もっと戦場に癒しを届けるよ!」
頷き、大きく息を吸い込む。そうして紡ぎ出すのは新たな旋律だ。
研ぎ澄まし、静かに響く鎮魂歌。その脳裏にニカの姿が浮かび彼女の表情が少しだけ曇った。
(ニカさん、思い詰めているように見えた……少しでも気持ちが癒されれば……)
はたして人に対してそうした効果があるかはわからない。それでも紡ぎ続ける歌はニカのいるテントにも届いているはずだ。
「次っ!」
抜刀の勢いで再び斬り伏せた敵。その背後にはまだまだ健在の歪虚がある。十字朗は後ろを振り返ると、ぽえむと頷き合う。
「アーヴィンさん、敵の状況を教えてください」
『……残り3体。後方に杖を構えた敵がいる』
「慈姑君」
「はいっ!」
声を上げ、ピンク色の杖を掲げたぽえむがマテリアルに意識を集中する。
次第に集まる光。それが彼女の中で1つの弾に変じると、後方の敵目掛けて放った。
「アーヴィンさん、お願いします!」
無線機に声を寄せながら飛び出す十字朗。その脇を凄まじいまでに正確な一矢が通り過ぎると、歪虚の持つ杖が吹き飛び、同時に敵の胴に光の弾が直撃した。
「まずは1体……」
居合いを使うのはこれが最後。接近と同時に引き抜いた刃で長剣を構える敵の足を薙ぐ。そして怯んだ所に刃を突き入れると、彼の目が側面に飛んだ。
「しまっ!」
「ふせてぇッ!」
声に咄嗟にしゃがんだ。と、直後。十字朗の視界に歪虚が崩れて来るのが見えた。
肌に焼跡を残す敵が受けたのは、ぽえむのホーリーライト、そして戦馬で駆け付けたナハティガルとレオンの刃だった。
●
「光よりも炎の方が効果がありそうだったな」
そう零し、アーヴィンはニカを囲むハンターたちを見た。
「何か歪虚から狙われる心当たりはないのか?」
「人間ならまだしも歪虚に狙われる覚えはないな」
ナハティガルの問い掛けに答えたニカの眉間には皺が寄っている。その顔を見ながらアーヴィンは問うた。
「なあ。人に恨まれてる自覚があるんなら何で殺してやらねえんだ? どんなに苦しめたって、償いになんかならねえだろ」
「アーヴィン君。ボクは浅識だけれど帝国騎士爵だったこともあるし、帝国法も理解しているから答えるが、この国の法に死刑はないんだ」
イルムの言うように、帝国に死刑制度がない。その代り重すぎる刑期を課し、それを減らして減刑してゆく更生制度が採用されている。
「とは言え、ボクも少し行き過ぎだと思うよ。司法官は罪を裁くのではなく、人を裁くということを忘れてはいけないよ」
「そうですね。真に勇気ある行いと言うのは赦すことではないでしょうか」
判決を下す時に何を見るのか。それを改善しなければ恨みは減らない。そう語るイルムとレオンにニカの眉間の皺が濃くなった。
そこに十字朗の困った声が飛んでくる。
「貴方の容赦のなさは、私は好きですよ。それに貴女の憎しみは『正しい憎しみ』だ」
だからこそ、無駄遣いしては勿体ない。そう肩を竦める彼。その彼に同意するようにぽえむも言う。
「急いてはことを仕損じるとも言いますし……あまり無理はなさらないでください。私達はいつでも貴女の力になりますから」
子供も大人も1人では生きていけない。だからこそ困った時には助けあう。
そう言葉を添える彼女にニカの目が上がった。
「そこの囚人兵……貴様はどう思う」
声を掛けられたのはマイラーだ。彼はテントに顔を出したマンゴルトと外に出る直前だった。その動きを止められた彼の顔に苦笑が浮かんでいる。
「まあ、ハンターの言葉を信じてみれば良いんじゃないか?」
そう言い残しマイラーは出て行った。その背を見送りニカは脱力した。
「……貴方もそう言うのか」
トレポフ司法官。そう極々小さな声を零して。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/07/09 02:42:09 |
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正義の名の下に イルム=ローレ・エーレ(ka5113) 人間(クリムゾンウェスト)|24才|女性|舞刀士(ソードダンサー) |
最終発言 2015/07/13 02:39:42 |