ゲスト
(ka0000)
時計塔の町
マスター:西尾厚哉
- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
- 1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/07/16 22:00
- 完成日
- 2015/07/24 03:30
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
この町は水源が遠かった。
細い水路は町の発展を促すには乏しく、当時の町長が錬金術師組合に相談した。
錬金術師達は調査の末、町の中央に地下水を汲み上げる装置を設置することにした。
できる限り耐久性があるように作られた装置だが、時折故障も生じる。そのサインとして動力を利用して動く時計塔を作りつけた。
時計が狂うと故障が分かる。
時計塔の四面の時間が変わって来ると、人々は装置の修理が完了するまでの水を溜め置く準備をした。
ピア・ファティは立ち止って、広場の真ん中に立つ時計塔を見上げた。
「ベンカーさん」
ピアは振り返る。
「ノアでいいよ」
相手は笑う。
「ノアさん、この時計塔、上に鳥がとまってるの、知ってました?」
ノアと呼ばれた男は眩しそうに目を細めて上を見る。
「鳥くらいいるだろ?」
「違うの。本当の鳥じゃなくて……彫刻かな、そういうのがあるの」
「へー。それがどうかしたの?」
「ん、ちょっとね……」
答えたピアの胸に下がるペンダントには緻密に彫り込まれた鳥の文様があった。
広場の時計塔から西に2ブロック行った先を右に折れて、2本目の路地を左側に。
そこに『ベル時計店』がある。ピアは宿屋の主人に教えてもらった。
ノア・ベンカーという男とピアが一緒にいるのには訳がある。
実はピアはとんでもない失態をしたのだ。宿賃が足りなかった。
ひょいと代わりに支払ってくれたのが居合わせたノアだったのだ。
「ベンカーさんは帝国通信社の記者だよ。よくうちに泊まってくれる」
宿屋の主人に言われ、キシャって、何だろう? と思いつつ、ピアは有難く厚意に甘えることにした。
とりあえず、借りたお金は返さないといけない。
そしてこの町に住むところを探したい。
時計店という限りは時計を売っているのだろうし、修理なんかもするのだろう。
そういうことは得意だった。錬金術師の祖父が作っていたのをよく見ていたからだ。
いいかもしれない。
「君、機導師ならハンター稼業すればいいじゃないか。でも、面白そうだ」
ノアが悪戯っ子のように目を輝かせる。
「俺はこの町に何度も来てるけど、路地に時計屋があるなんて知らなかった。それって、いいネタかもしれない」
ひょこひょこついて来るノアと一緒に、ピアは小さな路地の壁に『ベル時計店』の看板を探す。
そして見つけた。
表通りではないせいか、普通の木の扉があるだけだ。
そっとドアを開ける。
「うわぁ……」
店の中の光景は想像もしていないものだった。
高い天井まで埋め尽くされた壁一面の時計の数々。
四角い箱のようなもの、扇型のようなもの、大きな振り子を揺らすもの、いくつもの突起がくるくると回るもの……
「いらっしゃい。気に入ったものがあれば取りますよ?」
男性に声をかけられ、ピアが返事をしようとした途端、ひとつの時計が時を知らせた。
あっという間に方々から音が続く。
驚いたのは、ひとつひとつがからくり時計だったことだ。
窓から顔を出して揺れる子供、文字盤からか顔を出す小鳥、躍り出す娘、抱擁を交わすカップル。あちこちでオルゴールが鳴る。
「すごいな……」
呟くノアの声もかき消された。
ピアはぐるぐると顔を巡らせながら、ふと、高いところにある沈黙する時計を見た。
数分後、ようやく静かになった時、
「どうですか?」
声をかけられてピアははっと我に返る。
「あ、違うんです。私、ここで働けるって聞いて……」
「ああ!」
聞くなり男性の顔が輝いた。
「そりゃ有難い! 父さん!」
声に奥からのっそりと男が現れた。
白髪交じりの深い髭に片目に嵌められた拡大鏡。
「父のヘルマン・ベルです。僕は息子のテオドール。テオでいいですよ。父さん、ええと……」
「ピア・ファティです!」
ピアはぺこりと頭を下げ
「あ、俺はただの付き添い」
目を向けられてノアが手をあげる。ヘルマン・ベルはむっつりとしたままだ。
「妹が結婚して町を出たので困ってたんです」
顔を輝かせるテオにピアは
「すみません、あの、一番上の時計……壊れてるんですか?」
ピアの指差す方向を見て即座にヘルマンが
「そうじゃない」
不機嫌そうに言う。
「見たい?」
テオが慣れた様子で壁に立てかけた梯子を登り、時計をとってするすると降りて来た。
「一応これもからくり時計なんだけどね」
少し埃を被ったシンプルな四角い時計だ。
テオから受け取り、ピアはそっと時計を裏に返して嵌めこまれた板を外した。後ろからノアが覗き込む。
小さな鳥が奥にいた。きっと時間がくればこれが出てくるのだろう。
「歯車が一個……足りないみたい?」
ピアの言葉にテオが目を丸くした。
「時計のこと、分かるんだ?」
「祖父が……時計を作るのが好きでよく見てたから……あの、修理しましょうか」
こういうのはすぐにでも直したいのがピアの性分。
しかしヘルマンは
「その歯車は決まったものがある」
「え?」
「手に入らんよ。時計塔の中だ」
時計塔? あの広場の?
これにはノアがキラリと目を輝かせた。ネタの匂いだ。
「どうして時計塔の中に?」
早速ポケットから手帳を出す。
「あの時計塔は錬金術師が作った。当時、わしはまだほんの若造で。錬金術師に憧れていたわしは工事を毎日眺めていた。そうしたら1人が顔を覚えてくれたんだ」
昔を思い出すような表情でヘルマンは話す。
錬金術に興味があるならと誘われたが、彼は既に家業の時計店を継ぐことが決まっていて断ったのだという。
ヘルマンは初めて作った時計の歯車のひとつを彼に渡した。
『これを時計塔の中に入れてください。一人前になったら歯車の場所を聞きに行きます』
テオがうんうんと頷いている。この話を父親から聞いていたのだろう。
「それで……聞いたんですか?」
ピアの問いにヘルマンはかぶりを振って背を向けた。
「それは、あれですかね、自分はまだ一人前じゃないとかいう……」
うずうずした様子でノアが尋ねる。
「違う」
ヘルマンは背を向けたまま答えた。
「忙しくて忘れとった」
「あら」
「ええっ!?」
ノアだけではなくテオも声をあげる。
「父さん、そんな風に言わなかったじゃないか」
「弟子で息子のお前にそんなかっこ悪いこと言えるか!」
親子喧嘩勃発。
「あ、あの、その錬金術師って誰ですか?」
私なら聞いてあげられるかもとピアは思う。
「……聞いておらん……」
みんなでがっくし。
「ベルさん!」
ノアが叫んだ。
「その歯車、探しましょう! 彼女、機導師です! 時計塔の中に入ってもらってですね、数十年ぶりに時計が動く! ロマンだ!」
「ちょっ……ノアさん」
困惑するピアにノアが素早く囁く。
「一人が難しいなら仲間募れ。俺が費用出すから」
「でも……」
「無事、歯車が見つかったら借金帳消し、俺はネタを手に入れる。ギブアンドテイク」
「うっ……」
借金帳消しにつられてしまったピアだった。
細い水路は町の発展を促すには乏しく、当時の町長が錬金術師組合に相談した。
錬金術師達は調査の末、町の中央に地下水を汲み上げる装置を設置することにした。
できる限り耐久性があるように作られた装置だが、時折故障も生じる。そのサインとして動力を利用して動く時計塔を作りつけた。
時計が狂うと故障が分かる。
時計塔の四面の時間が変わって来ると、人々は装置の修理が完了するまでの水を溜め置く準備をした。
ピア・ファティは立ち止って、広場の真ん中に立つ時計塔を見上げた。
「ベンカーさん」
ピアは振り返る。
「ノアでいいよ」
相手は笑う。
「ノアさん、この時計塔、上に鳥がとまってるの、知ってました?」
ノアと呼ばれた男は眩しそうに目を細めて上を見る。
「鳥くらいいるだろ?」
「違うの。本当の鳥じゃなくて……彫刻かな、そういうのがあるの」
「へー。それがどうかしたの?」
「ん、ちょっとね……」
答えたピアの胸に下がるペンダントには緻密に彫り込まれた鳥の文様があった。
広場の時計塔から西に2ブロック行った先を右に折れて、2本目の路地を左側に。
そこに『ベル時計店』がある。ピアは宿屋の主人に教えてもらった。
ノア・ベンカーという男とピアが一緒にいるのには訳がある。
実はピアはとんでもない失態をしたのだ。宿賃が足りなかった。
ひょいと代わりに支払ってくれたのが居合わせたノアだったのだ。
「ベンカーさんは帝国通信社の記者だよ。よくうちに泊まってくれる」
宿屋の主人に言われ、キシャって、何だろう? と思いつつ、ピアは有難く厚意に甘えることにした。
とりあえず、借りたお金は返さないといけない。
そしてこの町に住むところを探したい。
時計店という限りは時計を売っているのだろうし、修理なんかもするのだろう。
そういうことは得意だった。錬金術師の祖父が作っていたのをよく見ていたからだ。
いいかもしれない。
「君、機導師ならハンター稼業すればいいじゃないか。でも、面白そうだ」
ノアが悪戯っ子のように目を輝かせる。
「俺はこの町に何度も来てるけど、路地に時計屋があるなんて知らなかった。それって、いいネタかもしれない」
ひょこひょこついて来るノアと一緒に、ピアは小さな路地の壁に『ベル時計店』の看板を探す。
そして見つけた。
表通りではないせいか、普通の木の扉があるだけだ。
そっとドアを開ける。
「うわぁ……」
店の中の光景は想像もしていないものだった。
高い天井まで埋め尽くされた壁一面の時計の数々。
四角い箱のようなもの、扇型のようなもの、大きな振り子を揺らすもの、いくつもの突起がくるくると回るもの……
「いらっしゃい。気に入ったものがあれば取りますよ?」
男性に声をかけられ、ピアが返事をしようとした途端、ひとつの時計が時を知らせた。
あっという間に方々から音が続く。
驚いたのは、ひとつひとつがからくり時計だったことだ。
窓から顔を出して揺れる子供、文字盤からか顔を出す小鳥、躍り出す娘、抱擁を交わすカップル。あちこちでオルゴールが鳴る。
「すごいな……」
呟くノアの声もかき消された。
ピアはぐるぐると顔を巡らせながら、ふと、高いところにある沈黙する時計を見た。
数分後、ようやく静かになった時、
「どうですか?」
声をかけられてピアははっと我に返る。
「あ、違うんです。私、ここで働けるって聞いて……」
「ああ!」
聞くなり男性の顔が輝いた。
「そりゃ有難い! 父さん!」
声に奥からのっそりと男が現れた。
白髪交じりの深い髭に片目に嵌められた拡大鏡。
「父のヘルマン・ベルです。僕は息子のテオドール。テオでいいですよ。父さん、ええと……」
「ピア・ファティです!」
ピアはぺこりと頭を下げ
「あ、俺はただの付き添い」
目を向けられてノアが手をあげる。ヘルマン・ベルはむっつりとしたままだ。
「妹が結婚して町を出たので困ってたんです」
顔を輝かせるテオにピアは
「すみません、あの、一番上の時計……壊れてるんですか?」
ピアの指差す方向を見て即座にヘルマンが
「そうじゃない」
不機嫌そうに言う。
「見たい?」
テオが慣れた様子で壁に立てかけた梯子を登り、時計をとってするすると降りて来た。
「一応これもからくり時計なんだけどね」
少し埃を被ったシンプルな四角い時計だ。
テオから受け取り、ピアはそっと時計を裏に返して嵌めこまれた板を外した。後ろからノアが覗き込む。
小さな鳥が奥にいた。きっと時間がくればこれが出てくるのだろう。
「歯車が一個……足りないみたい?」
ピアの言葉にテオが目を丸くした。
「時計のこと、分かるんだ?」
「祖父が……時計を作るのが好きでよく見てたから……あの、修理しましょうか」
こういうのはすぐにでも直したいのがピアの性分。
しかしヘルマンは
「その歯車は決まったものがある」
「え?」
「手に入らんよ。時計塔の中だ」
時計塔? あの広場の?
これにはノアがキラリと目を輝かせた。ネタの匂いだ。
「どうして時計塔の中に?」
早速ポケットから手帳を出す。
「あの時計塔は錬金術師が作った。当時、わしはまだほんの若造で。錬金術師に憧れていたわしは工事を毎日眺めていた。そうしたら1人が顔を覚えてくれたんだ」
昔を思い出すような表情でヘルマンは話す。
錬金術に興味があるならと誘われたが、彼は既に家業の時計店を継ぐことが決まっていて断ったのだという。
ヘルマンは初めて作った時計の歯車のひとつを彼に渡した。
『これを時計塔の中に入れてください。一人前になったら歯車の場所を聞きに行きます』
テオがうんうんと頷いている。この話を父親から聞いていたのだろう。
「それで……聞いたんですか?」
ピアの問いにヘルマンはかぶりを振って背を向けた。
「それは、あれですかね、自分はまだ一人前じゃないとかいう……」
うずうずした様子でノアが尋ねる。
「違う」
ヘルマンは背を向けたまま答えた。
「忙しくて忘れとった」
「あら」
「ええっ!?」
ノアだけではなくテオも声をあげる。
「父さん、そんな風に言わなかったじゃないか」
「弟子で息子のお前にそんなかっこ悪いこと言えるか!」
親子喧嘩勃発。
「あ、あの、その錬金術師って誰ですか?」
私なら聞いてあげられるかもとピアは思う。
「……聞いておらん……」
みんなでがっくし。
「ベルさん!」
ノアが叫んだ。
「その歯車、探しましょう! 彼女、機導師です! 時計塔の中に入ってもらってですね、数十年ぶりに時計が動く! ロマンだ!」
「ちょっ……ノアさん」
困惑するピアにノアが素早く囁く。
「一人が難しいなら仲間募れ。俺が費用出すから」
「でも……」
「無事、歯車が見つかったら借金帳消し、俺はネタを手に入れる。ギブアンドテイク」
「うっ……」
借金帳消しにつられてしまったピアだった。
リプレイ本文
この町は代々ブラント家が町長で、現在の町長はまだ30歳そこそこ。
時計塔が建てられたのは彼の祖父の時代だ。
技術の発展と共に改良を加えられて現在に至るとルシオ・セレステ(ka0673)が町の資料館で調べて来たが、それ以外の情報はない。
水資源を担う重要な建物というのもあるのだろうが、それにしても素っ気ないね、というのがルシオの感想。
ヘルマンにも会った。
マキナ・バベッジ(ka4302)が聞くと、ピアの祖父の名前はヴォルフガング・バウワー。
母方の祖父であったらしい。
そしてピアの大切にしているペンダント時計の蓋の裏には写真があった。
しかし小さな写真でノアが「写りが悪い」と言うほど状態が悪かったためヘルマンは首を傾げるばかり。
そして、町長ももちろん分からない。
ウィルフォード・リュウェリン(ka1931)が図面か何かにサインがないかと尋ねるも
「名前は錬金術師の総代署名ですっ」
カキンコキンに緊張して答える。ハンターと話すのは初めてなのか?
事情を伝え、誠実味溢れるレオン・フォイアロート(ka0829)とマキナの声でまずは様子を見る。
機導師で、この町に滞在希望しているピアなら時計塔の異状も報告できる。彼女のような人材確保は町にとってもメリットになるのでは?
「内部構造を知っていたらできることも多そうだよね? ピア」
バジル・フィルビー(ka4977)が振ると、当のピアが
「え、あ、う、うん……」
そこは「はい」と即答してよと皆で脳内突っ込み。
「彼女が時計塔の点検を専属契約するために今回は無料点検サービスという考えも」
ウィルフォードが何気なく言うと
「え、無料ですか」
町長、反応するのはそこか。
彼はいそいそと分厚く大きな本を開く。覗き込んでみれば時計塔の立面図。
「時々、木部の点検をするみたいで。鼠が入り込んでしまうとまずいので、穴があれば塞いでもらえます? ここから水を汲み上げています」
ここと指されても全体が複雑に入り組んでいてすごい状態だ。
「これ、鳥がいないわ」
ふとイリアス(ka0789)が口を開いた。
ああ、とブラントが頷く。
「見晴台の上の鳥ですよね。動力以外は現場でつけた部分が多いんです」
「あの……これ、貸し出しは無理ですよね。スケッチしてもいいですか?」
バジルが言うと、少し躊躇したのち、いいですよとブラントは答えた。
「でも、終わったら焼却してもらえます? 皆さんも内部のことは報告書以外に外部に漏らさないで欲しいんです。そういう決まりで……」
なんだか妙に厳重な管理だ。
バジルは皆を振り返った。
「一時間くれる? 現場で分かるように何とか描くよ」
時計塔の下で待っていたヘルマンから件の時計を預かった。
渡した歯車は直径が2cmほど。錬金術師の指示で煉瓦の板に挟んで渡したのだという。手に乗るくらいの大きさだ。
とりあえず機械に巻き込まれないよう皆が服の袖や髪を結ぶ。
ピアも髪を纏めるとバジルのスケッチを広げて睨む。さて、どう進むか。
「歯車はやはり時計の近くではないかと。ヘルマンさんが取りに行くことを考えると、機械の奥ではないでしょう」
レオンの言葉にルシオも同意する。
「そうだね。私は鳥の彫像も気になるが、そのからくり時計が歯車の在りかを示していないだろうか。ピア、渡した歯車は時計のどの辺りになる?」
「上です。鳥は上の小窓から出るの」
「上ね。鳥さんが待ってるわ」
イリアスが望遠鏡を出して時計塔を仰ぎ見た。
ピアは皆の顔を見回す。
「専用の架台があるのかもしれませんが、分からないので今回は水平なまま動くアームを選って足掛かりに登っていくしかないかなと」
「中で状況を確認して登る順序を決めましょう」
レオンの言葉で行動開始だ。
時計塔の扉に向かいながらウィルフォードがふとノアに目を止めた。
「2割6段くらい確保してくれよ。中? ああ、今から俺も……」
ノアは声を途切らせる。後ろからウィルフォードが近づいたからだ。
「残念だが、新聞記者は入れないと思うぞ」
「えっ、なんで。取材し……」
言いかけてノアは彼の表情に肩をすくめた。
「はいはい、了解」
ちぇ、と不貞腐れたように離れていく。
(新聞記者が短伝話か。……まあ、あり得ない話じゃないが)
ウィルフォードは不機嫌そうなノアの背を見送った。
時計塔の内部は小窓があるとはいえ薄暗くひんやりとしていた。
規則正しく動く巨大な影と共に低い唸りが聞こえる。
「すごいね、これは」
ライトをつけたルシオが唸る。扉を開けてすぐは多少空間があるが、壁と機械の隙間は60cm程度だ。上を見上げれば遙か上に格子状になった天井。
マキナがアームに目を凝らす。
「体重は支えてくれそうですね……足を滑らせないよう気をつけないと」
考えた末、ウィルフォード、ピア、ルシオ、レオン、イリアス、バジル、マキナの順に動くことに。
最初にウィルフォードがピアの示した先に。次に同じ場所にピアが。
ウィルフォードが次に行けばルシオが来る。
その後同じように一人が上に行けばもう一人が、というピストン状態を続ける。
件の時計はマキナがベルトで自分の体に固定した。
機械はずっと規則正しい動きをする。タイミングを逸したら次に近づくまで待つのが基本。危うい時は前後で補助をする。
ルシオと同じ場所に立った時、ピアはライトで手元を照らしてもらって次の場所をスケッチで確認した。
それにしてもけっこう怖い。
黙々と動くのはレオンとマキナくらいで、つい「うっ」とか「わ」という声が漏れる。
だがそれも30分程すると無くなった。規則性のある動きはハンターにはさほど難しいことではなかったのだ。
途中で足場を見つけたので、そこでヘルマンが言った煉瓦を探した。ルシオとイリアスがライトを、バジルはシャインを使う。
でも、見当たらない。周囲は煉瓦が一切使われていなかったから、あればすぐにわかるはずなのだが。
ルシオは足場が壁に向かって伸びているのを見た。本来は足場を繋ぐ方法があるのだろう。
そしてとうとうウィルフォードが格子天井の真下に到着。様子を確認する。
「ピア。アームのタイミングでこの格子天井の端に掴まって、あとは腕力で登るしかない。レオンとマキナを呼んでくれ。2人が先に上がらないと無理だ」
呼ばれて上にあがってきたマキナからピアは時計を預かる。
レオンはタイミングを見てジャンプする小柄なマキナを押し上げた。
その後レオンは自力で。
「引き揚げます。とにかく掴まるところまで頑張って」
レオンの声にウィルフォードが動く。
順に引き上げてもらい、全員が格子天井の上に到着してほっと一息ついた。
足元が動いていないのは有難い。
上を見ると小さく開いた部分から梯子が降りていた。
ここはたぶん時計の部分なのだろう。下の機械よりも部品が小さく、壁に丸い形があるためにそれとわかる。上は見晴台だ。
「しかし君もいろいろ背負い込む。手持ちを確かめず宿に泊まるとは、なかなか図太い」
早速周囲を探しながら言うウィルフォードにピアが「うっ」と声を漏らす。
「パ……パイタルトが美味しかったんですっ」
「パイタルト?」
横にいたルシオの耳がピクリと動く。
「美味しいんです、角のお店。クリーム一杯で10皿いけました!」
「10皿?!」
全員で声をあげた。パイ10皿がこの時計塔サバイバルの原因?
「……ご、ごめんなさい……」
「まあ、パイ10皿で文無しにならないよう、早く食い扶持を得ることだな」
「はい……」
恐縮するピアの頭をウィルフォードがぽふぽふ叩く。
「ファティさん、これ、何でしょう」
マキナが声をあげた。壁に作りつけられた半身ほどの大きさの箱に気づいたのだ。横にレバーがついている。
ピアが慌ててスケッチを確認するが、そこには何も描かれていない。
「図面にもなかったよ」
バジルが言う。
「レバー、引いてみます? ここから機械に通じてる気配はないようですし……」
ピアは逡巡したのち頷いた。マキナはぐっとレバーを引いてみる。
ガコン、と音がして床の一部が開き、梯子が一気に下まで伸びて行く。ルシオが足場の連結はこれかと頷いた。
「下からは何か操作するのかもしれないな。帰りに使おう」
「こっちの箱は何だと思います?」
イリアスが上の方を指した。
時計盤に向かって伸びている。こちらはかなり大きい。
「でも……触らないほうがいいかな」
呟くイリアスにマキナも頷く。
「そうですね……動力に連結してます」
それ以外は何も見つからず、ピアは見晴台に続く梯子に手をかけた。
「上、行きましょう」
薄暗さに慣れていたせいか、見晴台は痛いほど眩しく感じられた。
「うわ、すごい」
腰壁から下を見下ろしたイリアスが声をあげる。彼女の指差す方を見て皆も少し呆然とした。
広場はものすごい人だかり。町中の人が集まったのではと思えるほどだ。
「新聞記者だな。大事件にしようとしてる」
ウィルフォードが言い、
「ノアさんったら……」
ピアが困惑した。
改めて見晴台を見る。
床は石と煉瓦のモザイク模様。中央にぽつんと腰台らしきもの。それ以外は何もない。上を見上げれば太い柱に支えられた尖塔の内側。1本の柱の上のほうに鳥がいた。
「思ったより大きい鳥だね」
ルシオが言う通り、下から見上げているスケール感とは違う。
「手が届かないわ。肩車して誰かが……ってわけでもないわよね……」
イリアスが顔を巡らせた。鳥まで床から3mはあるが、台になりそうなものもない。
「でも、煉瓦はたくさんあるよ」
バジルは床のモザイクを指差した。
「なるほどざっと数百」
と、ルシオ。何か当りをつけねば日が暮れてしまう。
レオンがピアの顔を見た。
「ピアさん、錬金術師の中では自身の作品に鳥の彫刻の刻む作法があるんですか? あるいはサイン代わりに鳥の紋章を刻む有名な方がいたとか」
ピアは首を振る。
「決まりはないと思うけど、何人かで活動するときチームの代名詞として動植物をモチーフに使う人がいたみたい。祖父が好んで使ったのはツグミよ。あれ、ツグミかしら」
大きさの違いと何十年も風雨にさらされた姿にさすがにそれは判別できない。
「でも……」
レオンは「失礼」とピアのペンダント時計に手を伸ばし、
「この形は……鳥の巣のようですよね」
と、鳥の下にある文様を見て呟く。
バジルが急に走り出すと、中央の台の上にぴょんと飛び上った。
「あるよ、鳥の巣。俯瞰で見るとよくわかる。中心からの対称模様だけど、見るならそっち」
鳥のついた柱の下を指差す。
「鳥の巣……巣にあるものは……」
ルシオが呟き
「卵!」
イリアスがぽんと手を打つ。
「フォイアロートさん」
マキナが巣の中央にある円形に囲まれた煉瓦を示した。
レオンが示された煉瓦と隣の石の隙間に刀を差し込む。それを見てピアが慌てた。
「大事な刀が欠けちゃうわ!」
「大丈夫」
レオンは答え、
「指、入りますか」
マキナが細い隙間に指先を差し込む。そしてそれをそっと持ち上げた。
ウィルフォードがスタッフで煉瓦を突くと、鈍い音を立てて割れた煉瓦から小さな歯車が転がり出た。
あった! 歯車。
「卵を割って『生まれた』ね」
ルシオが笑みを溢し、バジルとイリアスが嬉しそうにハイタッチした。
中央の台に時計を置いて、ピアは歯車をヘルマンの時計に嵌めこんだ。
ぴたりと合ったのを確認し
「あとはゼンマイを巻いて……」
呟いた途端、ガコンと音がして台の奥に時計が吸い込まれる。
「えっ!」
全員で硬直する。
伝わる振動。まさか時計塔崩壊?
警戒していると、
―― ザアッ……!
4辺の腰窓から水が噴水のように噴き出した。
なんだこれは……。呆然とする。
水の粒が散った後、下で再び音がした。
音楽が響き、広場から歓声が沸き起こる。
腰窓に走り寄ると、眼下に鳥のからくりが音楽に合わせて踊っているのが見えた。
「あの、四角い箱だわ……錬金術師がヘルマンさんにお祝いを残したのよ」
イリアスが目を輝かせる。
バジルがすぅと息を吸い込んで、よかった、というように遠くを眺めた。
高い見晴台。本当に遠くまで見える。
イルリヒトの宿舎も森も……
そう思ってバジルはふと目を細める。
森の遙か向こうで何かが光る。いや、動いている?
「誰か双眼鏡か望遠鏡持ってない?」
「あるわ。どうしたの?」
イリアスが望遠鏡を取り出す。
「あの森の先見てくれる? 何か動いてない?」
マキナも双眼鏡を取り出して言われた先を確かめる。
イリアスは鋭敏視覚も使った。
「んー……遠くてよく分からないわ……」
マキナもうんと頷く。
「気のせいだったのかなあ……」
バジルの呟きを聞きながらルシオは見晴台を見回した。
ふとかちあったレオンの目に彼も同じことを考えているなとルシオは思う。
「ここは見晴台ではなくて」
「見張台ですね……」
ピアが2人の顔を見た。
「考えてもごらん、ピア。誰も使えない見晴台など意味がない。町長は動力部分以外、現場で作ったと言った。何らかの事情で見張台を作ることになったんだよ。武器もきっとどこからか持ち込めるのだろう」
ルシオは息を吐いた。情報が機密になっている理由がやっとわかった。
「錬金術師は時計塔が戦いに使われたくはなかっただろう。ここに歯車を置いて祝いのからくりをつけたのは、彼らの密かな願いと抵抗であったのかもしれんな」
ウィルフォードが言った。
イベントが終わるとヘルマンの時計も戻ってきた。
町長に言われた穴の点検を手早く済ませ、やっと外に。
わっと歓声に迎えられる。
「写真撮るよ、写真! みんな並んで!」
ノアが魔導カメラを構えて叫んだ。
「待って」
ピアは時計のゼンマイを巻いて時間を12時1分前にする。
からくり時計を動かしてみなければ。
そして時計の針が合わさった時、
―― ピッ
一瞬鳥が出て引っこんだ。
暫く皆で待つ。12時だし。
「……」
「……」
「これだけ?」
えーっ、とその場にいた全員の顔がヘルマンに向いた。
「はっ、初めて作ったんだっ!」
ヘルマンは顔を真っ赤にして怒る。
くすくすと笑い声が沸き起こり、そして次第に拍手が。
「これもまたいいネタだ。さ、写真撮るよ」
ノアに促されヘルマンは赤い顔のまま時計を抱え、テオはその横に。
ピアはバジルと、少し抵抗して照れ臭そうにキャップを目深にするマキナと腕を組んでその後ろに。
レオンは控えめに端に立ち、ルシオとイリアスは優しい笑みで。
ウィルフォードはちょっと面倒臭そうな表情で、周囲に写りきれなかったが町の人達が。
その写真は『鳥の時計塔』というタイトルで新聞紙面を飾ることになった。
この町が『時計塔の町』として有名になるのはもう少し先のことである。
時計塔が建てられたのは彼の祖父の時代だ。
技術の発展と共に改良を加えられて現在に至るとルシオ・セレステ(ka0673)が町の資料館で調べて来たが、それ以外の情報はない。
水資源を担う重要な建物というのもあるのだろうが、それにしても素っ気ないね、というのがルシオの感想。
ヘルマンにも会った。
マキナ・バベッジ(ka4302)が聞くと、ピアの祖父の名前はヴォルフガング・バウワー。
母方の祖父であったらしい。
そしてピアの大切にしているペンダント時計の蓋の裏には写真があった。
しかし小さな写真でノアが「写りが悪い」と言うほど状態が悪かったためヘルマンは首を傾げるばかり。
そして、町長ももちろん分からない。
ウィルフォード・リュウェリン(ka1931)が図面か何かにサインがないかと尋ねるも
「名前は錬金術師の総代署名ですっ」
カキンコキンに緊張して答える。ハンターと話すのは初めてなのか?
事情を伝え、誠実味溢れるレオン・フォイアロート(ka0829)とマキナの声でまずは様子を見る。
機導師で、この町に滞在希望しているピアなら時計塔の異状も報告できる。彼女のような人材確保は町にとってもメリットになるのでは?
「内部構造を知っていたらできることも多そうだよね? ピア」
バジル・フィルビー(ka4977)が振ると、当のピアが
「え、あ、う、うん……」
そこは「はい」と即答してよと皆で脳内突っ込み。
「彼女が時計塔の点検を専属契約するために今回は無料点検サービスという考えも」
ウィルフォードが何気なく言うと
「え、無料ですか」
町長、反応するのはそこか。
彼はいそいそと分厚く大きな本を開く。覗き込んでみれば時計塔の立面図。
「時々、木部の点検をするみたいで。鼠が入り込んでしまうとまずいので、穴があれば塞いでもらえます? ここから水を汲み上げています」
ここと指されても全体が複雑に入り組んでいてすごい状態だ。
「これ、鳥がいないわ」
ふとイリアス(ka0789)が口を開いた。
ああ、とブラントが頷く。
「見晴台の上の鳥ですよね。動力以外は現場でつけた部分が多いんです」
「あの……これ、貸し出しは無理ですよね。スケッチしてもいいですか?」
バジルが言うと、少し躊躇したのち、いいですよとブラントは答えた。
「でも、終わったら焼却してもらえます? 皆さんも内部のことは報告書以外に外部に漏らさないで欲しいんです。そういう決まりで……」
なんだか妙に厳重な管理だ。
バジルは皆を振り返った。
「一時間くれる? 現場で分かるように何とか描くよ」
時計塔の下で待っていたヘルマンから件の時計を預かった。
渡した歯車は直径が2cmほど。錬金術師の指示で煉瓦の板に挟んで渡したのだという。手に乗るくらいの大きさだ。
とりあえず機械に巻き込まれないよう皆が服の袖や髪を結ぶ。
ピアも髪を纏めるとバジルのスケッチを広げて睨む。さて、どう進むか。
「歯車はやはり時計の近くではないかと。ヘルマンさんが取りに行くことを考えると、機械の奥ではないでしょう」
レオンの言葉にルシオも同意する。
「そうだね。私は鳥の彫像も気になるが、そのからくり時計が歯車の在りかを示していないだろうか。ピア、渡した歯車は時計のどの辺りになる?」
「上です。鳥は上の小窓から出るの」
「上ね。鳥さんが待ってるわ」
イリアスが望遠鏡を出して時計塔を仰ぎ見た。
ピアは皆の顔を見回す。
「専用の架台があるのかもしれませんが、分からないので今回は水平なまま動くアームを選って足掛かりに登っていくしかないかなと」
「中で状況を確認して登る順序を決めましょう」
レオンの言葉で行動開始だ。
時計塔の扉に向かいながらウィルフォードがふとノアに目を止めた。
「2割6段くらい確保してくれよ。中? ああ、今から俺も……」
ノアは声を途切らせる。後ろからウィルフォードが近づいたからだ。
「残念だが、新聞記者は入れないと思うぞ」
「えっ、なんで。取材し……」
言いかけてノアは彼の表情に肩をすくめた。
「はいはい、了解」
ちぇ、と不貞腐れたように離れていく。
(新聞記者が短伝話か。……まあ、あり得ない話じゃないが)
ウィルフォードは不機嫌そうなノアの背を見送った。
時計塔の内部は小窓があるとはいえ薄暗くひんやりとしていた。
規則正しく動く巨大な影と共に低い唸りが聞こえる。
「すごいね、これは」
ライトをつけたルシオが唸る。扉を開けてすぐは多少空間があるが、壁と機械の隙間は60cm程度だ。上を見上げれば遙か上に格子状になった天井。
マキナがアームに目を凝らす。
「体重は支えてくれそうですね……足を滑らせないよう気をつけないと」
考えた末、ウィルフォード、ピア、ルシオ、レオン、イリアス、バジル、マキナの順に動くことに。
最初にウィルフォードがピアの示した先に。次に同じ場所にピアが。
ウィルフォードが次に行けばルシオが来る。
その後同じように一人が上に行けばもう一人が、というピストン状態を続ける。
件の時計はマキナがベルトで自分の体に固定した。
機械はずっと規則正しい動きをする。タイミングを逸したら次に近づくまで待つのが基本。危うい時は前後で補助をする。
ルシオと同じ場所に立った時、ピアはライトで手元を照らしてもらって次の場所をスケッチで確認した。
それにしてもけっこう怖い。
黙々と動くのはレオンとマキナくらいで、つい「うっ」とか「わ」という声が漏れる。
だがそれも30分程すると無くなった。規則性のある動きはハンターにはさほど難しいことではなかったのだ。
途中で足場を見つけたので、そこでヘルマンが言った煉瓦を探した。ルシオとイリアスがライトを、バジルはシャインを使う。
でも、見当たらない。周囲は煉瓦が一切使われていなかったから、あればすぐにわかるはずなのだが。
ルシオは足場が壁に向かって伸びているのを見た。本来は足場を繋ぐ方法があるのだろう。
そしてとうとうウィルフォードが格子天井の真下に到着。様子を確認する。
「ピア。アームのタイミングでこの格子天井の端に掴まって、あとは腕力で登るしかない。レオンとマキナを呼んでくれ。2人が先に上がらないと無理だ」
呼ばれて上にあがってきたマキナからピアは時計を預かる。
レオンはタイミングを見てジャンプする小柄なマキナを押し上げた。
その後レオンは自力で。
「引き揚げます。とにかく掴まるところまで頑張って」
レオンの声にウィルフォードが動く。
順に引き上げてもらい、全員が格子天井の上に到着してほっと一息ついた。
足元が動いていないのは有難い。
上を見ると小さく開いた部分から梯子が降りていた。
ここはたぶん時計の部分なのだろう。下の機械よりも部品が小さく、壁に丸い形があるためにそれとわかる。上は見晴台だ。
「しかし君もいろいろ背負い込む。手持ちを確かめず宿に泊まるとは、なかなか図太い」
早速周囲を探しながら言うウィルフォードにピアが「うっ」と声を漏らす。
「パ……パイタルトが美味しかったんですっ」
「パイタルト?」
横にいたルシオの耳がピクリと動く。
「美味しいんです、角のお店。クリーム一杯で10皿いけました!」
「10皿?!」
全員で声をあげた。パイ10皿がこの時計塔サバイバルの原因?
「……ご、ごめんなさい……」
「まあ、パイ10皿で文無しにならないよう、早く食い扶持を得ることだな」
「はい……」
恐縮するピアの頭をウィルフォードがぽふぽふ叩く。
「ファティさん、これ、何でしょう」
マキナが声をあげた。壁に作りつけられた半身ほどの大きさの箱に気づいたのだ。横にレバーがついている。
ピアが慌ててスケッチを確認するが、そこには何も描かれていない。
「図面にもなかったよ」
バジルが言う。
「レバー、引いてみます? ここから機械に通じてる気配はないようですし……」
ピアは逡巡したのち頷いた。マキナはぐっとレバーを引いてみる。
ガコン、と音がして床の一部が開き、梯子が一気に下まで伸びて行く。ルシオが足場の連結はこれかと頷いた。
「下からは何か操作するのかもしれないな。帰りに使おう」
「こっちの箱は何だと思います?」
イリアスが上の方を指した。
時計盤に向かって伸びている。こちらはかなり大きい。
「でも……触らないほうがいいかな」
呟くイリアスにマキナも頷く。
「そうですね……動力に連結してます」
それ以外は何も見つからず、ピアは見晴台に続く梯子に手をかけた。
「上、行きましょう」
薄暗さに慣れていたせいか、見晴台は痛いほど眩しく感じられた。
「うわ、すごい」
腰壁から下を見下ろしたイリアスが声をあげる。彼女の指差す方を見て皆も少し呆然とした。
広場はものすごい人だかり。町中の人が集まったのではと思えるほどだ。
「新聞記者だな。大事件にしようとしてる」
ウィルフォードが言い、
「ノアさんったら……」
ピアが困惑した。
改めて見晴台を見る。
床は石と煉瓦のモザイク模様。中央にぽつんと腰台らしきもの。それ以外は何もない。上を見上げれば太い柱に支えられた尖塔の内側。1本の柱の上のほうに鳥がいた。
「思ったより大きい鳥だね」
ルシオが言う通り、下から見上げているスケール感とは違う。
「手が届かないわ。肩車して誰かが……ってわけでもないわよね……」
イリアスが顔を巡らせた。鳥まで床から3mはあるが、台になりそうなものもない。
「でも、煉瓦はたくさんあるよ」
バジルは床のモザイクを指差した。
「なるほどざっと数百」
と、ルシオ。何か当りをつけねば日が暮れてしまう。
レオンがピアの顔を見た。
「ピアさん、錬金術師の中では自身の作品に鳥の彫刻の刻む作法があるんですか? あるいはサイン代わりに鳥の紋章を刻む有名な方がいたとか」
ピアは首を振る。
「決まりはないと思うけど、何人かで活動するときチームの代名詞として動植物をモチーフに使う人がいたみたい。祖父が好んで使ったのはツグミよ。あれ、ツグミかしら」
大きさの違いと何十年も風雨にさらされた姿にさすがにそれは判別できない。
「でも……」
レオンは「失礼」とピアのペンダント時計に手を伸ばし、
「この形は……鳥の巣のようですよね」
と、鳥の下にある文様を見て呟く。
バジルが急に走り出すと、中央の台の上にぴょんと飛び上った。
「あるよ、鳥の巣。俯瞰で見るとよくわかる。中心からの対称模様だけど、見るならそっち」
鳥のついた柱の下を指差す。
「鳥の巣……巣にあるものは……」
ルシオが呟き
「卵!」
イリアスがぽんと手を打つ。
「フォイアロートさん」
マキナが巣の中央にある円形に囲まれた煉瓦を示した。
レオンが示された煉瓦と隣の石の隙間に刀を差し込む。それを見てピアが慌てた。
「大事な刀が欠けちゃうわ!」
「大丈夫」
レオンは答え、
「指、入りますか」
マキナが細い隙間に指先を差し込む。そしてそれをそっと持ち上げた。
ウィルフォードがスタッフで煉瓦を突くと、鈍い音を立てて割れた煉瓦から小さな歯車が転がり出た。
あった! 歯車。
「卵を割って『生まれた』ね」
ルシオが笑みを溢し、バジルとイリアスが嬉しそうにハイタッチした。
中央の台に時計を置いて、ピアは歯車をヘルマンの時計に嵌めこんだ。
ぴたりと合ったのを確認し
「あとはゼンマイを巻いて……」
呟いた途端、ガコンと音がして台の奥に時計が吸い込まれる。
「えっ!」
全員で硬直する。
伝わる振動。まさか時計塔崩壊?
警戒していると、
―― ザアッ……!
4辺の腰窓から水が噴水のように噴き出した。
なんだこれは……。呆然とする。
水の粒が散った後、下で再び音がした。
音楽が響き、広場から歓声が沸き起こる。
腰窓に走り寄ると、眼下に鳥のからくりが音楽に合わせて踊っているのが見えた。
「あの、四角い箱だわ……錬金術師がヘルマンさんにお祝いを残したのよ」
イリアスが目を輝かせる。
バジルがすぅと息を吸い込んで、よかった、というように遠くを眺めた。
高い見晴台。本当に遠くまで見える。
イルリヒトの宿舎も森も……
そう思ってバジルはふと目を細める。
森の遙か向こうで何かが光る。いや、動いている?
「誰か双眼鏡か望遠鏡持ってない?」
「あるわ。どうしたの?」
イリアスが望遠鏡を取り出す。
「あの森の先見てくれる? 何か動いてない?」
マキナも双眼鏡を取り出して言われた先を確かめる。
イリアスは鋭敏視覚も使った。
「んー……遠くてよく分からないわ……」
マキナもうんと頷く。
「気のせいだったのかなあ……」
バジルの呟きを聞きながらルシオは見晴台を見回した。
ふとかちあったレオンの目に彼も同じことを考えているなとルシオは思う。
「ここは見晴台ではなくて」
「見張台ですね……」
ピアが2人の顔を見た。
「考えてもごらん、ピア。誰も使えない見晴台など意味がない。町長は動力部分以外、現場で作ったと言った。何らかの事情で見張台を作ることになったんだよ。武器もきっとどこからか持ち込めるのだろう」
ルシオは息を吐いた。情報が機密になっている理由がやっとわかった。
「錬金術師は時計塔が戦いに使われたくはなかっただろう。ここに歯車を置いて祝いのからくりをつけたのは、彼らの密かな願いと抵抗であったのかもしれんな」
ウィルフォードが言った。
イベントが終わるとヘルマンの時計も戻ってきた。
町長に言われた穴の点検を手早く済ませ、やっと外に。
わっと歓声に迎えられる。
「写真撮るよ、写真! みんな並んで!」
ノアが魔導カメラを構えて叫んだ。
「待って」
ピアは時計のゼンマイを巻いて時間を12時1分前にする。
からくり時計を動かしてみなければ。
そして時計の針が合わさった時、
―― ピッ
一瞬鳥が出て引っこんだ。
暫く皆で待つ。12時だし。
「……」
「……」
「これだけ?」
えーっ、とその場にいた全員の顔がヘルマンに向いた。
「はっ、初めて作ったんだっ!」
ヘルマンは顔を真っ赤にして怒る。
くすくすと笑い声が沸き起こり、そして次第に拍手が。
「これもまたいいネタだ。さ、写真撮るよ」
ノアに促されヘルマンは赤い顔のまま時計を抱え、テオはその横に。
ピアはバジルと、少し抵抗して照れ臭そうにキャップを目深にするマキナと腕を組んでその後ろに。
レオンは控えめに端に立ち、ルシオとイリアスは優しい笑みで。
ウィルフォードはちょっと面倒臭そうな表情で、周囲に写りきれなかったが町の人達が。
その写真は『鳥の時計塔』というタイトルで新聞紙面を飾ることになった。
この町が『時計塔の町』として有名になるのはもう少し先のことである。
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最終発言 2015/07/15 19:19:56 |
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相談用に バジル・フィルビー(ka4977) 人間(リアルブルー)|26才|男性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2015/07/15 19:36:30 |