ゲスト
(ka0000)
【燭光】悪意の産物
マスター:T谷

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/07/15 19:00
- 完成日
- 2015/07/23 19:39
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
深い森の奥。鬱蒼とひしめき合う木々。木の枝で乱雑に組まれた小屋とも言い辛いあばら屋は、元々はゴブリンか何かの住処だったのだろうか。
その小屋の入り口付近に立たされた男は、何故自分はこんなところにいるのだろうかと思う。かつての帝国を取り戻す、その理想に向けて人生を捧げた終着点が、こんな場所なのだろうか。
鼻に感じるのは、圧倒的な腐臭。草木の香りなど容易く打ち消す濃密に過ぎる死の臭いは、まるで巨大な生物の死骸に飲み込まれてしまったかのようだ。今にも目の前が真っ赤に染まり、足下がぐずぐずに崩れていってしまう錯覚を覚える。
辺りを見渡すことは出来なかった。見たくない光景が広がっているだろうから……という思いもあるが何よりも、視界の真ん中に途轍もない印象で居座るものから、目を離すことが出来なかったからだ。
――白色の浴槽で優雅に湯を浴びる、金糸のような髪を揺らす一人の女。
粗末な小屋の中で素通りする風と陽光を受けるその白磁の肌は、ともすれば自ら光を放っているかのように幻想的で、
「何、ちょっと誘拐されたくらいでそんなビビってんの? ブルドッグみたいな顔してるくせに超震えててウケんだけど。きゃはははっ!」
その実、莫大な邪悪を孕んでいることが一目で見て取れた。
紅の引かれた唇が紡ぐのは、極めて軽薄で甘ったるい耳障りな笑い声。併せて切れ長の眼窩の奥で蠢く赤い瞳が、血に飢えた蛇のように男の心臓に絡みつく。
呼吸は知らず浅くなり、全身を苛む強烈な重圧に男は視線一つ動かせない。
「そんな固くなんなくていいっての。別に痛い事なんて何もしないんだから」
そもそもあんたなんかに興味ねえし、と女は吐き捨て、詰まらなそうにちゃぷちゃぷと湯を弄ぶ。――その湯の色が濁った赤で、浴槽の上に二つの人間のようなものが吊り下げられていることなど、最早どうでもいいことだった。
「ワルだかヴァルだか知んないけどさー、頼まれちゃったらやんないとだしぃ。まあ、ちょい面白そうだなーとは思ってんだけどねぇ」
「……なんで、俺を」
渾身の力で、男はか細い声を絞り出す。
「くふっ、聞きたいのぉ?」
女の唇が歪み、そこに悪戯な笑みが生まれる。一輪の可憐な毒花が咲くように。
「いいこと、してあげようと思ってね」
そして、男はその表情から、ますます視線が逸らせなくなっていく。
いや、逸らしてはいけないという脅迫感、と言った方が正しいかもしれない。
逸らしたいという思いが欠片もない、というのも当て嵌まる。
しかしそれは、逸らしたくない、という思いも含んでいるようで。
――女の瞳が、陽光の中でも仄赤く怪しげな輝きを増したことに、男は最期まで気がつかなかった。
●
「仕立屋ちゃーん、どんな感じ?」
「ハイ、ジュンチョウデス。アトニジカン、トイッタ、トコロデショウカ」
小屋の中から届いたエリザベートの声に、色あせた巨大なデッサン人形――仕立屋が抑揚の欠けた声で応えた。そのつるりとした手はちくちくと、その間にも絶え間なく針と糸を操っている。
素材と素材を縫い合わせ、一つの作品に変えていくこの瞬間が、仕立屋は好きだった。しかも、今回は過去に見ない量の、腐るほどの素材が集められている。
楽しい。楽しい。楽しい。
針を一つ通すごとに、仕立屋の心は躍る。
●
内部に充満した有毒ガスが、巨大な肉の塊に浮力を与える。重力を断ち切るには足りなかったが、それでも、ずりずりと無作為に残った腕で地面を掻きむしるように進むことを可能にさせた。
辺りに撒き散らされる悲鳴のような音は、押し出されたガスがいくつもの気管を通って噴き出す音だ。それの表面を覆う、無数の腐り崩れた人の顔。だらりと舌を垂らす無数の口元から、絶望と怨嗟の声は絶えず吐き出されている。
数十ものゾンビを繋ぎ作られた楕円の怪物――それは、地獄から這い出てきたようだと言っても全く過言ではない風貌で。
『我らの悲願を、叶えるためにぃ』
悲鳴と同時に、言葉が聞こえた。
『かつての帝国をぉっ、取り戻すためにぃっ!』
ブルーネンフーフの包囲へと向かう帝国兵の列に向けて、森の中から木々の合間を縫って怪物が悲鳴を伴い襲いかかる。数人の兵が為す術もなくその下敷きとなり、至近距離で吹き付ける毒に侵され瞬く間に肌がどす黒く変色していく。そして次の瞬間には、無数の腕に掴まれ、無数の口に噛みつかれて肉片と化した。
「な、なんだこいつは!」
『ぐ、ふふふ、素晴らしいぃだろう! これならば、皇帝などと騙る小娘も恐るるに足らぁず!』
声は内側から、表面の口を通して叫ぶ。
『全ては、我らヴァルツァライヒと――エリザベート様の望みのままにぃっ!』
深い森の奥。鬱蒼とひしめき合う木々。木の枝で乱雑に組まれた小屋とも言い辛いあばら屋は、元々はゴブリンか何かの住処だったのだろうか。
その小屋の入り口付近に立たされた男は、何故自分はこんなところにいるのだろうかと思う。かつての帝国を取り戻す、その理想に向けて人生を捧げた終着点が、こんな場所なのだろうか。
鼻に感じるのは、圧倒的な腐臭。草木の香りなど容易く打ち消す濃密に過ぎる死の臭いは、まるで巨大な生物の死骸に飲み込まれてしまったかのようだ。今にも目の前が真っ赤に染まり、足下がぐずぐずに崩れていってしまう錯覚を覚える。
辺りを見渡すことは出来なかった。見たくない光景が広がっているだろうから……という思いもあるが何よりも、視界の真ん中に途轍もない印象で居座るものから、目を離すことが出来なかったからだ。
――白色の浴槽で優雅に湯を浴びる、金糸のような髪を揺らす一人の女。
粗末な小屋の中で素通りする風と陽光を受けるその白磁の肌は、ともすれば自ら光を放っているかのように幻想的で、
「何、ちょっと誘拐されたくらいでそんなビビってんの? ブルドッグみたいな顔してるくせに超震えててウケんだけど。きゃはははっ!」
その実、莫大な邪悪を孕んでいることが一目で見て取れた。
紅の引かれた唇が紡ぐのは、極めて軽薄で甘ったるい耳障りな笑い声。併せて切れ長の眼窩の奥で蠢く赤い瞳が、血に飢えた蛇のように男の心臓に絡みつく。
呼吸は知らず浅くなり、全身を苛む強烈な重圧に男は視線一つ動かせない。
「そんな固くなんなくていいっての。別に痛い事なんて何もしないんだから」
そもそもあんたなんかに興味ねえし、と女は吐き捨て、詰まらなそうにちゃぷちゃぷと湯を弄ぶ。――その湯の色が濁った赤で、浴槽の上に二つの人間のようなものが吊り下げられていることなど、最早どうでもいいことだった。
「ワルだかヴァルだか知んないけどさー、頼まれちゃったらやんないとだしぃ。まあ、ちょい面白そうだなーとは思ってんだけどねぇ」
「……なんで、俺を」
渾身の力で、男はか細い声を絞り出す。
「くふっ、聞きたいのぉ?」
女の唇が歪み、そこに悪戯な笑みが生まれる。一輪の可憐な毒花が咲くように。
「いいこと、してあげようと思ってね」
そして、男はその表情から、ますます視線が逸らせなくなっていく。
いや、逸らしてはいけないという脅迫感、と言った方が正しいかもしれない。
逸らしたいという思いが欠片もない、というのも当て嵌まる。
しかしそれは、逸らしたくない、という思いも含んでいるようで。
――女の瞳が、陽光の中でも仄赤く怪しげな輝きを増したことに、男は最期まで気がつかなかった。
●
「仕立屋ちゃーん、どんな感じ?」
「ハイ、ジュンチョウデス。アトニジカン、トイッタ、トコロデショウカ」
小屋の中から届いたエリザベートの声に、色あせた巨大なデッサン人形――仕立屋が抑揚の欠けた声で応えた。そのつるりとした手はちくちくと、その間にも絶え間なく針と糸を操っている。
素材と素材を縫い合わせ、一つの作品に変えていくこの瞬間が、仕立屋は好きだった。しかも、今回は過去に見ない量の、腐るほどの素材が集められている。
楽しい。楽しい。楽しい。
針を一つ通すごとに、仕立屋の心は躍る。
●
内部に充満した有毒ガスが、巨大な肉の塊に浮力を与える。重力を断ち切るには足りなかったが、それでも、ずりずりと無作為に残った腕で地面を掻きむしるように進むことを可能にさせた。
辺りに撒き散らされる悲鳴のような音は、押し出されたガスがいくつもの気管を通って噴き出す音だ。それの表面を覆う、無数の腐り崩れた人の顔。だらりと舌を垂らす無数の口元から、絶望と怨嗟の声は絶えず吐き出されている。
数十ものゾンビを繋ぎ作られた楕円の怪物――それは、地獄から這い出てきたようだと言っても全く過言ではない風貌で。
『我らの悲願を、叶えるためにぃ』
悲鳴と同時に、言葉が聞こえた。
『かつての帝国をぉっ、取り戻すためにぃっ!』
ブルーネンフーフの包囲へと向かう帝国兵の列に向けて、森の中から木々の合間を縫って怪物が悲鳴を伴い襲いかかる。数人の兵が為す術もなくその下敷きとなり、至近距離で吹き付ける毒に侵され瞬く間に肌がどす黒く変色していく。そして次の瞬間には、無数の腕に掴まれ、無数の口に噛みつかれて肉片と化した。
「な、なんだこいつは!」
『ぐ、ふふふ、素晴らしいぃだろう! これならば、皇帝などと騙る小娘も恐るるに足らぁず!』
声は内側から、表面の口を通して叫ぶ。
『全ては、我らヴァルツァライヒと――エリザベート様の望みのままにぃっ!』
リプレイ本文
表面に無数と浮かんだ頭部から、色の付いたガスが悲鳴と共に吐き出される。この短い時間でぐずぐずに崩れた兵士の残骸から、それが尋常でない毒素を含んでいることなど容易に推測できた。
「全員、そいつから離れろ! 後退、後退だっ!」
運良く生き残った兵達は、浸食するガスから逃れるように這々の体でその場を離れる。
「……また、こういう相手か。……まあ良い、慣れた臭いだ」
隊に同道していたイヴァン・レオーノフ(ka0557)は、咄嗟に辺りの風向きを確認した。はっきりと臭気を嗅ぎ取れるということは、ここは風下に近いらしい。
「帝国兵、風上に回れ。こちらだ。……大丈夫だ、下手を打たなければ、殺せる」
イヴァンは愛馬に飛び乗り、帝国兵に声を向ける。その頼もしい言葉に兵達は若干の平静を取り戻すと、慌てて装備を確認し、
「ああ、ちょっと待って」
額のゴーグルを下ろしながら、大剣を背負うサナトス=トート(ka4063)がそのうちの一人にトランシーバーを渡す。
「ついでに風や気付いたことの報告を。上からなら何か見えるでしょ? 不審者とか、敵の動きとか」
兵が頷く。
「伝達はイヴァンに。軍人って奴は報告のし合いは得意だろう? よろしく」
「ふむ、分かった」
情報の有用性は理解している。イヴァンは頷き、兵に渡されたトランシーバーと周波数を合わせた。
「……哀れな。仮に悲願が成ったとて、そのような御姿でかつてと同じように過ごせるとお思いですか」
同じく歪虚から距離を取りながら、フランシスカ(ka3590)の声には怒りがこもっているようだった。
構えた斧の柄を強く握りしめる。歪虚のその姿に、あの狂笑女を思い出していた。
「……見た目からして規格外のゾンビに、『国を取り戻す』って言われてもなあ」
それは冗談にしても、笑えるものではない。拳銃を手に、イェルバート(ka1772)もまたガスを浴びないよう距離を取る。
「本当に、悪趣味の塊ね……」
森から這い出すその姿に、フェリア(ka2870)は眉をひそめずにいられなかった。
「帝国の一員として、あの様な冒涜の存在を許す訳にはいかないわ。銃を持つものは銃を取って。共に戦いましょう」
フェリアの言葉に、イヴァンについて風上へ移動しながら、兵達は当たり前だと力強く返す。
また、フェリアは歪虚を森から離す事も提案した。
「ああ、これ以上森を汚させるわけにもいかねえしな。まだ見ぬ景色を汚されてたまるかよ!」
魔導バイクに跨がって、レイオス・アクアウォーカー(ka1990)はライフルを片手に勢いよくスロットルを回した。ギャリギャリとタイヤが砂を噛み、一瞬の間を置いて一気に加速する。
レイオスは大きく弧を描いて風下に向かいながら、すれ違い様に歪虚の側面に弾丸を撃ち込んだ。粘ついた破裂音と共に、濁った体液が撒き散らされる。その瞬間、大きな悲鳴と共にぐるりと無数の目がレイオスを睨んだ。
成功だ。巨体の割に短い手足で地面を掻くように、歪虚はレイオスの後を追い始める。
「おや、思ったより動きが速いですね」
さらにその歪虚の後を追うように、佐久間 恋路(ka4607)が銃を構えていた。バイクに追いつくほどではないにしろ、無数の手足をがさがさと動かす姿はダンゴムシなどを連想させるような素早さだ。
恋路の銃が、赤い軌跡を残して弾丸を放つ。狙いは、歪虚の移動を阻害する牽制の意味合いだ。
宙に走った赤い線を見咎めたのか、一部の目が恋路を睨む。
「ああ、これはこれは……ぞくぞくするほどおぞましい作品、ですね」
「ふん、美しさの欠片もない。俺から見れば失敗作だね」
無数の殺意に晒されて、どういう理由か身を震わせる恋路に向け、併走しながらサナトスは吐き捨てる。
「毒ガスがマイナスよね。せっかくの素敵な腐った臭いを、全部掻き消してるもの」
追従するブラウ(ka4809)も、サナトスと同意見のようだ。
感想を言い合うのもそこそこに、恋路は足を止め、後衛に留まる。サナトスとブラウはそのまま、歪虚の懐に飛び込むべく大きく地面を蹴って速度を増した。
●
ちょうど良いことに、風上を目指せば荒野のど真ん中を突っ切る形になる。
歪虚は砂煙を上げ辺りを汚染しながら、ハンター達に向けて悲鳴を上げる。どうやら、彼らを獲物と判断したようだ。
『帝国のぉ、ためにぃいい!』
無数の口が、相変わらずそんなことを叫ぶ。
「……こんな化け物に、まともな事を考えることが出来るとは思わないけど……」
その様子を離れて見ながら、フェリアは呟く。だが、もしそこに明確な意識があるならば、その憎悪を利用できるかもしれない。
フェリアはウィンドガストを纏い、一歩前に飛び出すと大きく声を上げる。
「我はフェリア! フェリア・シュベールト・アウレオス! 皇帝の剣なり! 陛下に害を成そうと言うなら、まずは私を折ってみるがいい!」
叫び、フェリアは前衛の方へ向けて地面を蹴る。その大声に反応したのか、歪虚の目は今度はフェリアをぎろりと睨む。だが、口上に対する返答はない。同じようなことを叫びながら、腕を振り回し毒を撒き散らすだけだ。
「こんな失敗作に、名乗りなんて上げても意味ないでしょ」
フェリアの声を聞き、彼女とすれ違いながら、サナトスはふんと鼻を鳴らす。そして迫ってきた腕を大剣の腹で受け止め弾くと、返す刀で斬りつける。
「……毒ガスさえなければ、腐臭を存分に嗅げたのに」
ブラウはため息をつく。
バンダナで口元を覆ってはいるが、歪虚の周りにはガスの膜が出来ている。風上を取っているとはいえ、ここまで近づけば臭いを嗅がないというのは不可能だった。
憂鬱を振り払うように、一息に歪虚に詰め寄ったブラウは鞘に収めた刀にマテリアルを込める。
「……援護する」
「穴を開ければ、移動もし辛くなるのですかね」
駆け寄るブラウの背後から、イヴァンと恋路が銃撃を叩き込む。狙うのは、叫ぶゾンビの頭部、そしてゾンビとゾンビの繋ぎ目だ。
数発の銃弾は過たず、それを撃ち抜く。だが、ゾンビはより悲鳴を大きくしただけで毒の噴射は止まる気配を見せなかった。
「うーん、銃弾は効きづらいのかな」
イェルバートの放った弾丸も、大した効果を見せていない。ならばと、イェルバートはマテリアルを練り上げる。
現れたのは、光で出来た三角形。
「さっさと止まってくれるとありがたいね」
三角形の頂点三つが、光を放つ。三条の光は、それぞれに違う歪虚の腕を狙い――そして容易くそれを引き裂いた。
「なるほど、魔法の効きは良いようですね……暴力で為せることなど破壊のみ、明日を生きるに相応しくありません。何も為せずに死ぬがいい」
追って、腕を失い絶叫するゾンビへ向けてフランシスカがシャドウブリットを撃ち込んでいく。黒い塊が炸裂し、避けることも衝撃を緩和することも出来ないゾンビの頭部が弾け飛ぶ。
歪虚が吼える。いくつもの目が、ぐるりとイェルバートとフランシスカを睨み付ける。
「風よ! 我が剣となりて切り裂け!!」
歪虚がそちらへ移動する素振りを見せれば、フェリアのウィンドスラッシュがゾンビの頭を二つに裂く。
「お前の相手はそっちじゃないぜ!」
それを見計らったように、バイクで遠距離組と対角の位置に回り込んでいたレイオスが銃を構える。
「理想か野望か知らないが、そういうことは人間だったうちにやっとけよ!」
掃射。無数の弾丸が突き刺さる。
単純な思考しか持っていない、そう考えたレイオスは正しかったらしい。突如背後から襲った攻撃に、歪虚はまんまとそちらに注意を向けた。
ほんの一時、前後から攻撃を受けて意識のばらけた歪虚の動きが止まる。
「あら、狙い易くなったわね」
ブラウは小柄な体を更に沈ませ、歪虚の脇を駆け抜ける。目の前には、巨体を支える無数の腐れた腕部。
すれ違い様に、鯉口を切る。マテリアルで加速した刃は閃光のように、いくつもの切創を刻んでいった。
●
ハンター達の立ち回りに、帝国兵は感嘆を覚える。
しかし、だからといって自分達の練度が負けているというわけではない。そう言い聞かせ、支給品の銃を構えて援護に徹する。
「……おい、あれって」
そのとき、異変に気がついた。
●
「……何、後部のガスが薄くなってる?」
イヴァンは帝国兵からの報告を聞く。瞬時に情報を整理し、目の前の光景と照らし合わせる。
「……まずいな。サナトス、ブラウ、気をつけろ! レイオス、聞こえるか!」
愛馬の腹を蹴り、イヴァンは急ぎ前衛へと向かう。
「ああ、何か仕掛けてきそうだな」
後輪を滑らせターンを決めると、レイオスもまた前線へと向かった。
敵の攻撃を凌ぐことが、次第に困難になっていた。腕を斬り落とし、頭を潰し、順調にダメージを与えているのだが、毒ガスの影響は小さくない。
「ちっ、体が重いね」
イヴァンの声を聞いてからも、サナトスは攻撃の手を緩めない。魔法で毒を取り除き、強引とも言える攻撃を繰り出していく。
「毒が、臭いわ……」
ブラウは、今にもバンダナの上から鼻を押さえたかった。やはりバンダナでは毒の侵入を完全に防ぐことは難しい。
二人の動きが鈍っている事に気付いたのか、歪虚はこれまで以上に素早く腕を振り回してくる。
それは殴るよりも、掴む動き。
後衛からの銃撃、魔法の援護が何とか押さえているが、これだけの巨体に決定的な隙を見いだすことが出来ない。
――そして、
「危ない!」
ぼんっ、と爆発するような音が響いた。直後、歪虚の影が一気に大きくなる。大量のガスの噴出を利用して、歪虚は巨体の後部を大きく跳ねさせていた。
咄嗟に前衛の二人が後ろに飛ぶも、ガスの圧力で半円を描く動きは速く、押しつぶそうと迫る巨体が一気に目の前を覆い尽くす。
「させるかあっ!」
そこへ、フルスロットルで爆音を響かせレイオスが飛び込んだ。ごうと迫る腐肉の塊に、渾身の力を込めて盾を押しつける。
圧倒的な重量が全身の骨を軋ませる。手に入れた時間は一瞬に過ぎなかったが、たった一歩、前衛が思いきり範囲の外へ蹴り出すには十分な時間だった。
そしてそれを見届ける余裕など無く、バイクから投げ出され転がりながら何とかレイオスも歪虚の下敷きを逃れる。
「今ので、大分動きが鈍ったようですね」
轟音と共に巨体が地面を叩き、毒ガスと砂利が放射状に弾け飛ぶ。
そして、巻き上がる砂煙の向こう、歪虚は新たな動きを見せる気配がなかった。どうやら、今の攻撃に毒ガスを使ったせいで、浮力が弱まっているようだ。ゾンビはうめき声を上げながら、表皮は重力に従いだらりと広がり始めていた。
ようやく明確なチャンスが訪れた。全員が、負傷も気にせず武器を構える。
いくつもの銃声が上がり、次々に弾丸が叩き込まれていく。魔法が光り、衝撃と刃がゾンビを襲う。近接組は一息に肉薄すると、闇雲に振り回されるゾンビの手足を引き千切る勢いで自らの刃を振るった。
歪虚も黙っている訳ではない。腕が斬られればその隙を狙って頭が伸び、それも躱されれば悲鳴と共に毒ガスを吹きかける。
「顔が気持ち悪いのよね、本当に」
ブラウが、ゾンビの腕を蹴って飛び上がった。その手には、先端を斜めに切り落とした鉄パイプが握られている。
「さっさと穴開けて、一気に萎ませてやるわ」
嫌悪感たっぷりな表情で吐き捨て、ブラウは力なく舌を垂らしながら伽藍堂の眼窩を覗かせるゾンビの頭部に、思い切り鉄パイプを突き刺した。
全体重と覚醒者の膂力で以て深く深く突き刺さった鉄パイプから――一拍を置いて、毒ガスが勢いよく吹き上がる。
「負けてらんねえな!」
レイオスが叫び、次いで、更に銃声が重なっていく。
「死してなお生けるのも、辛いでしょうに」
銃弾は効きづらいが、それでも一点に集中させれば話は別のようだった。恋路の精緻な射撃は確実に同じ場所に突き刺さり、次第に腐肉は剥げていき、最後には内圧で弾けるように穴が開く。
「かつてのぉ……帝国をぉぉぉぉ……」
その穴から、声が聞こえた。ゾンビの口を介す事の無い、弱々しい何かの声。しかし、その姿はガスと中の暗さで全く見えない。
「おや、丁度良い」
そこで、サナトスが呟いた。穴に駆け寄り、その縁に大剣を突き刺すと、力任せにこじ開ける。
そして、人一人分の大きさまで広がったところで――ひょいと、躊躇いもなくその中へと飛び込んでいった。
「ええ……よく入ってくなぁ」
イェルバートは呆然と、その姿を見送る。内部に多少の興味はあるが、あの毒の中へ自ら突っ込む気にはなれない。
「……いや、感心している場合ではないだろう」
イヴァンの視線の先で、既に穴が閉じ始めている。そして中が暗くて見えない状態で、ガスの元凶ごとサナトスを撃つ訳にもいかない。
となれば、とにかくまた穴を開けて後を追うべきだ。
ゾンビはまだ悲鳴を上げている。その勢いが戻ってきたことを思うと、他のダメージも回復しつつあるのかもしれない。
●
そこは酷く暗く、酷い臭いが充満していた。足下には何かの液体が溜まり、周囲はうめき声で埋め尽くされている。
息を止めようとも、圧倒的な濃度の毒が肌から体内に侵入してくる。魔法での回復も追いつかない。
しかしサナトスは、そんな状況にあってにやりと口元を歪ませた。
大剣を振りかぶる。見えないなら、全て破壊してしまえばいい。
●
唐突に、ガスの噴出が止まった。歪虚は完全に支えを失い、穴の開いた風船のように萎んでいく。
そうなってしまえば、可動範囲の狭いゾンビなど問題ではなかった。
ハンター達は急いで外殻を裂き、中心辺りで倒れていたサナトスを引きずり出す。虫の息だが、まだ心臓は動いているようだ。
外殻の処理には、それなりの時間がかかった。何せ、数十体のゾンビを倒さなければならない。楽しくもない作業だったが、それも依頼の一部であれば、ハンター達に選択肢はない。
そして全ての処理が終われば、全員で森を中心に索敵を行う。何か残っている敵がいないだろうか、危険なものは落ちていないだろうか。
その中で、ハンター達の数人が、不意に空を見上げる。
「……あの女の気配を感じたが、気のせい……いや、まさかな」
「全員、そいつから離れろ! 後退、後退だっ!」
運良く生き残った兵達は、浸食するガスから逃れるように這々の体でその場を離れる。
「……また、こういう相手か。……まあ良い、慣れた臭いだ」
隊に同道していたイヴァン・レオーノフ(ka0557)は、咄嗟に辺りの風向きを確認した。はっきりと臭気を嗅ぎ取れるということは、ここは風下に近いらしい。
「帝国兵、風上に回れ。こちらだ。……大丈夫だ、下手を打たなければ、殺せる」
イヴァンは愛馬に飛び乗り、帝国兵に声を向ける。その頼もしい言葉に兵達は若干の平静を取り戻すと、慌てて装備を確認し、
「ああ、ちょっと待って」
額のゴーグルを下ろしながら、大剣を背負うサナトス=トート(ka4063)がそのうちの一人にトランシーバーを渡す。
「ついでに風や気付いたことの報告を。上からなら何か見えるでしょ? 不審者とか、敵の動きとか」
兵が頷く。
「伝達はイヴァンに。軍人って奴は報告のし合いは得意だろう? よろしく」
「ふむ、分かった」
情報の有用性は理解している。イヴァンは頷き、兵に渡されたトランシーバーと周波数を合わせた。
「……哀れな。仮に悲願が成ったとて、そのような御姿でかつてと同じように過ごせるとお思いですか」
同じく歪虚から距離を取りながら、フランシスカ(ka3590)の声には怒りがこもっているようだった。
構えた斧の柄を強く握りしめる。歪虚のその姿に、あの狂笑女を思い出していた。
「……見た目からして規格外のゾンビに、『国を取り戻す』って言われてもなあ」
それは冗談にしても、笑えるものではない。拳銃を手に、イェルバート(ka1772)もまたガスを浴びないよう距離を取る。
「本当に、悪趣味の塊ね……」
森から這い出すその姿に、フェリア(ka2870)は眉をひそめずにいられなかった。
「帝国の一員として、あの様な冒涜の存在を許す訳にはいかないわ。銃を持つものは銃を取って。共に戦いましょう」
フェリアの言葉に、イヴァンについて風上へ移動しながら、兵達は当たり前だと力強く返す。
また、フェリアは歪虚を森から離す事も提案した。
「ああ、これ以上森を汚させるわけにもいかねえしな。まだ見ぬ景色を汚されてたまるかよ!」
魔導バイクに跨がって、レイオス・アクアウォーカー(ka1990)はライフルを片手に勢いよくスロットルを回した。ギャリギャリとタイヤが砂を噛み、一瞬の間を置いて一気に加速する。
レイオスは大きく弧を描いて風下に向かいながら、すれ違い様に歪虚の側面に弾丸を撃ち込んだ。粘ついた破裂音と共に、濁った体液が撒き散らされる。その瞬間、大きな悲鳴と共にぐるりと無数の目がレイオスを睨んだ。
成功だ。巨体の割に短い手足で地面を掻くように、歪虚はレイオスの後を追い始める。
「おや、思ったより動きが速いですね」
さらにその歪虚の後を追うように、佐久間 恋路(ka4607)が銃を構えていた。バイクに追いつくほどではないにしろ、無数の手足をがさがさと動かす姿はダンゴムシなどを連想させるような素早さだ。
恋路の銃が、赤い軌跡を残して弾丸を放つ。狙いは、歪虚の移動を阻害する牽制の意味合いだ。
宙に走った赤い線を見咎めたのか、一部の目が恋路を睨む。
「ああ、これはこれは……ぞくぞくするほどおぞましい作品、ですね」
「ふん、美しさの欠片もない。俺から見れば失敗作だね」
無数の殺意に晒されて、どういう理由か身を震わせる恋路に向け、併走しながらサナトスは吐き捨てる。
「毒ガスがマイナスよね。せっかくの素敵な腐った臭いを、全部掻き消してるもの」
追従するブラウ(ka4809)も、サナトスと同意見のようだ。
感想を言い合うのもそこそこに、恋路は足を止め、後衛に留まる。サナトスとブラウはそのまま、歪虚の懐に飛び込むべく大きく地面を蹴って速度を増した。
●
ちょうど良いことに、風上を目指せば荒野のど真ん中を突っ切る形になる。
歪虚は砂煙を上げ辺りを汚染しながら、ハンター達に向けて悲鳴を上げる。どうやら、彼らを獲物と判断したようだ。
『帝国のぉ、ためにぃいい!』
無数の口が、相変わらずそんなことを叫ぶ。
「……こんな化け物に、まともな事を考えることが出来るとは思わないけど……」
その様子を離れて見ながら、フェリアは呟く。だが、もしそこに明確な意識があるならば、その憎悪を利用できるかもしれない。
フェリアはウィンドガストを纏い、一歩前に飛び出すと大きく声を上げる。
「我はフェリア! フェリア・シュベールト・アウレオス! 皇帝の剣なり! 陛下に害を成そうと言うなら、まずは私を折ってみるがいい!」
叫び、フェリアは前衛の方へ向けて地面を蹴る。その大声に反応したのか、歪虚の目は今度はフェリアをぎろりと睨む。だが、口上に対する返答はない。同じようなことを叫びながら、腕を振り回し毒を撒き散らすだけだ。
「こんな失敗作に、名乗りなんて上げても意味ないでしょ」
フェリアの声を聞き、彼女とすれ違いながら、サナトスはふんと鼻を鳴らす。そして迫ってきた腕を大剣の腹で受け止め弾くと、返す刀で斬りつける。
「……毒ガスさえなければ、腐臭を存分に嗅げたのに」
ブラウはため息をつく。
バンダナで口元を覆ってはいるが、歪虚の周りにはガスの膜が出来ている。風上を取っているとはいえ、ここまで近づけば臭いを嗅がないというのは不可能だった。
憂鬱を振り払うように、一息に歪虚に詰め寄ったブラウは鞘に収めた刀にマテリアルを込める。
「……援護する」
「穴を開ければ、移動もし辛くなるのですかね」
駆け寄るブラウの背後から、イヴァンと恋路が銃撃を叩き込む。狙うのは、叫ぶゾンビの頭部、そしてゾンビとゾンビの繋ぎ目だ。
数発の銃弾は過たず、それを撃ち抜く。だが、ゾンビはより悲鳴を大きくしただけで毒の噴射は止まる気配を見せなかった。
「うーん、銃弾は効きづらいのかな」
イェルバートの放った弾丸も、大した効果を見せていない。ならばと、イェルバートはマテリアルを練り上げる。
現れたのは、光で出来た三角形。
「さっさと止まってくれるとありがたいね」
三角形の頂点三つが、光を放つ。三条の光は、それぞれに違う歪虚の腕を狙い――そして容易くそれを引き裂いた。
「なるほど、魔法の効きは良いようですね……暴力で為せることなど破壊のみ、明日を生きるに相応しくありません。何も為せずに死ぬがいい」
追って、腕を失い絶叫するゾンビへ向けてフランシスカがシャドウブリットを撃ち込んでいく。黒い塊が炸裂し、避けることも衝撃を緩和することも出来ないゾンビの頭部が弾け飛ぶ。
歪虚が吼える。いくつもの目が、ぐるりとイェルバートとフランシスカを睨み付ける。
「風よ! 我が剣となりて切り裂け!!」
歪虚がそちらへ移動する素振りを見せれば、フェリアのウィンドスラッシュがゾンビの頭を二つに裂く。
「お前の相手はそっちじゃないぜ!」
それを見計らったように、バイクで遠距離組と対角の位置に回り込んでいたレイオスが銃を構える。
「理想か野望か知らないが、そういうことは人間だったうちにやっとけよ!」
掃射。無数の弾丸が突き刺さる。
単純な思考しか持っていない、そう考えたレイオスは正しかったらしい。突如背後から襲った攻撃に、歪虚はまんまとそちらに注意を向けた。
ほんの一時、前後から攻撃を受けて意識のばらけた歪虚の動きが止まる。
「あら、狙い易くなったわね」
ブラウは小柄な体を更に沈ませ、歪虚の脇を駆け抜ける。目の前には、巨体を支える無数の腐れた腕部。
すれ違い様に、鯉口を切る。マテリアルで加速した刃は閃光のように、いくつもの切創を刻んでいった。
●
ハンター達の立ち回りに、帝国兵は感嘆を覚える。
しかし、だからといって自分達の練度が負けているというわけではない。そう言い聞かせ、支給品の銃を構えて援護に徹する。
「……おい、あれって」
そのとき、異変に気がついた。
●
「……何、後部のガスが薄くなってる?」
イヴァンは帝国兵からの報告を聞く。瞬時に情報を整理し、目の前の光景と照らし合わせる。
「……まずいな。サナトス、ブラウ、気をつけろ! レイオス、聞こえるか!」
愛馬の腹を蹴り、イヴァンは急ぎ前衛へと向かう。
「ああ、何か仕掛けてきそうだな」
後輪を滑らせターンを決めると、レイオスもまた前線へと向かった。
敵の攻撃を凌ぐことが、次第に困難になっていた。腕を斬り落とし、頭を潰し、順調にダメージを与えているのだが、毒ガスの影響は小さくない。
「ちっ、体が重いね」
イヴァンの声を聞いてからも、サナトスは攻撃の手を緩めない。魔法で毒を取り除き、強引とも言える攻撃を繰り出していく。
「毒が、臭いわ……」
ブラウは、今にもバンダナの上から鼻を押さえたかった。やはりバンダナでは毒の侵入を完全に防ぐことは難しい。
二人の動きが鈍っている事に気付いたのか、歪虚はこれまで以上に素早く腕を振り回してくる。
それは殴るよりも、掴む動き。
後衛からの銃撃、魔法の援護が何とか押さえているが、これだけの巨体に決定的な隙を見いだすことが出来ない。
――そして、
「危ない!」
ぼんっ、と爆発するような音が響いた。直後、歪虚の影が一気に大きくなる。大量のガスの噴出を利用して、歪虚は巨体の後部を大きく跳ねさせていた。
咄嗟に前衛の二人が後ろに飛ぶも、ガスの圧力で半円を描く動きは速く、押しつぶそうと迫る巨体が一気に目の前を覆い尽くす。
「させるかあっ!」
そこへ、フルスロットルで爆音を響かせレイオスが飛び込んだ。ごうと迫る腐肉の塊に、渾身の力を込めて盾を押しつける。
圧倒的な重量が全身の骨を軋ませる。手に入れた時間は一瞬に過ぎなかったが、たった一歩、前衛が思いきり範囲の外へ蹴り出すには十分な時間だった。
そしてそれを見届ける余裕など無く、バイクから投げ出され転がりながら何とかレイオスも歪虚の下敷きを逃れる。
「今ので、大分動きが鈍ったようですね」
轟音と共に巨体が地面を叩き、毒ガスと砂利が放射状に弾け飛ぶ。
そして、巻き上がる砂煙の向こう、歪虚は新たな動きを見せる気配がなかった。どうやら、今の攻撃に毒ガスを使ったせいで、浮力が弱まっているようだ。ゾンビはうめき声を上げながら、表皮は重力に従いだらりと広がり始めていた。
ようやく明確なチャンスが訪れた。全員が、負傷も気にせず武器を構える。
いくつもの銃声が上がり、次々に弾丸が叩き込まれていく。魔法が光り、衝撃と刃がゾンビを襲う。近接組は一息に肉薄すると、闇雲に振り回されるゾンビの手足を引き千切る勢いで自らの刃を振るった。
歪虚も黙っている訳ではない。腕が斬られればその隙を狙って頭が伸び、それも躱されれば悲鳴と共に毒ガスを吹きかける。
「顔が気持ち悪いのよね、本当に」
ブラウが、ゾンビの腕を蹴って飛び上がった。その手には、先端を斜めに切り落とした鉄パイプが握られている。
「さっさと穴開けて、一気に萎ませてやるわ」
嫌悪感たっぷりな表情で吐き捨て、ブラウは力なく舌を垂らしながら伽藍堂の眼窩を覗かせるゾンビの頭部に、思い切り鉄パイプを突き刺した。
全体重と覚醒者の膂力で以て深く深く突き刺さった鉄パイプから――一拍を置いて、毒ガスが勢いよく吹き上がる。
「負けてらんねえな!」
レイオスが叫び、次いで、更に銃声が重なっていく。
「死してなお生けるのも、辛いでしょうに」
銃弾は効きづらいが、それでも一点に集中させれば話は別のようだった。恋路の精緻な射撃は確実に同じ場所に突き刺さり、次第に腐肉は剥げていき、最後には内圧で弾けるように穴が開く。
「かつてのぉ……帝国をぉぉぉぉ……」
その穴から、声が聞こえた。ゾンビの口を介す事の無い、弱々しい何かの声。しかし、その姿はガスと中の暗さで全く見えない。
「おや、丁度良い」
そこで、サナトスが呟いた。穴に駆け寄り、その縁に大剣を突き刺すと、力任せにこじ開ける。
そして、人一人分の大きさまで広がったところで――ひょいと、躊躇いもなくその中へと飛び込んでいった。
「ええ……よく入ってくなぁ」
イェルバートは呆然と、その姿を見送る。内部に多少の興味はあるが、あの毒の中へ自ら突っ込む気にはなれない。
「……いや、感心している場合ではないだろう」
イヴァンの視線の先で、既に穴が閉じ始めている。そして中が暗くて見えない状態で、ガスの元凶ごとサナトスを撃つ訳にもいかない。
となれば、とにかくまた穴を開けて後を追うべきだ。
ゾンビはまだ悲鳴を上げている。その勢いが戻ってきたことを思うと、他のダメージも回復しつつあるのかもしれない。
●
そこは酷く暗く、酷い臭いが充満していた。足下には何かの液体が溜まり、周囲はうめき声で埋め尽くされている。
息を止めようとも、圧倒的な濃度の毒が肌から体内に侵入してくる。魔法での回復も追いつかない。
しかしサナトスは、そんな状況にあってにやりと口元を歪ませた。
大剣を振りかぶる。見えないなら、全て破壊してしまえばいい。
●
唐突に、ガスの噴出が止まった。歪虚は完全に支えを失い、穴の開いた風船のように萎んでいく。
そうなってしまえば、可動範囲の狭いゾンビなど問題ではなかった。
ハンター達は急いで外殻を裂き、中心辺りで倒れていたサナトスを引きずり出す。虫の息だが、まだ心臓は動いているようだ。
外殻の処理には、それなりの時間がかかった。何せ、数十体のゾンビを倒さなければならない。楽しくもない作業だったが、それも依頼の一部であれば、ハンター達に選択肢はない。
そして全ての処理が終われば、全員で森を中心に索敵を行う。何か残っている敵がいないだろうか、危険なものは落ちていないだろうか。
その中で、ハンター達の数人が、不意に空を見上げる。
「……あの女の気配を感じたが、気のせい……いや、まさかな」
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/07/14 10:34:59 |
|
![]() |
作品を壊しに サナトス=トート(ka4063) 人間(クリムゾンウェスト)|24才|男性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2015/07/15 02:36:43 |