【燭光】Knight in Nights

マスター:神宮寺飛鳥

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
  • relation
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/07/18 12:00
完成日
2015/07/24 08:05

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 オズワルドの繰り出した槍がゾンビの胸を貫き、また一つ死体が塵へ還っていく。
 混迷を極めるブルーネンフーフの戦場では、多数の歪虚がその進軍を妨害してきた。
「この暴食の数……これでは反乱鎮圧なのか歪虚討伐なのかわかりませんねぇ」
 肩を竦めながら飄々と歩いてくるナサニエルにオズワルドは眉を潜める。
「ヴルツァライヒが歪虚の力を借りているってなぁ知っていたが、ここまでとはな……」
 ヒルデガルドの演説はもう聞こえなくなったが、ブルーネンフーフ内の状況は未だ不明だ。
 一部のハンターが先に突入したという噂を聞いたが、それも確かめる術はない。
「……まあいい。恐らくはシグルドの奴が手引したんだろう」
「副師団長がですか? 何故わかるんです?」
「あいつの来歴を思えば当然の事だろうぜ」
 首を傾げるナサニエル。そうか。そういえばこの男は当事者ではないし、この話題に興味も持っていなかったか。
「そういうおまえさんは何しに来たんだ?」
「新型の剣機系が幾つか確認されていると聞きまして。それに、旧帝国の末裔なんて面白そうじゃないですか」
 オズワルドもナサニエルも、あの革命戦争で革命側についた人材だ。
 しかし二人は共に当時から帝国組織の一員だった。つまり、旧体制を裏切った者同士という事になる。
「既に終わった出来事に興味はありませんが、どのように歪虚と結びついたのか、その馴れ初めは気になりますねぇ」
「……全くだな。ヒルデガルド……あの時に死んだとばかり思っていたが」
 過去の苦い記憶に頭を振る。ともあれ、今はこの反乱を速やかに収束させる事が先決。
「それがあの子を救う事にも繋がる、か」

 オズワルドは部下とハンターを率い、敵陣を突破。ついにブルーネンフーフを目の前に捉えた。
 いよいよこのままブルーネンフーフへ駆け込もうとしたまさにその時。小さな城門の上から声が降る。
「ほう……? 少しは骨のある武人が混ざっているようだな」
 声の主はハンター達の行方を塞ぐように降り立つと、ゆっくりとその両腕を組んだ。
「……出向いているという噂は聞いていましたが、やはりあなたでしたか」
 槍を下ろし、神妙な面持ちで語りかけるオズワルド。
 生半可な歪虚とは桁外れの負のオーラを纏ったデュラハン。それは不破の称号を与えられた四霊剣、ナイトハルトである。
「貴様は……そうか。生きていたのだな、オズワルド」
「不破の剣豪ナイトハルト。オズワルドさんは知り合いでしたね」
「六年ぶりですかな?」
「我は貴様らとは違い、時の流れ等気にも留めぬ」
 オズワルドはふっと笑みを作り、部下を下がらせると槍を構えた。
「だが老いたな、オズワルド。今の貴様の槍で我に届くとでも?」
「無理は承知の上。それでも俺は一人の武人として……そしてこの国の歴史を壊した一人として、あなたと向き合うさだめにある」
 二人の間には奇妙な親しみのような空気が感じられた。
 高位の暴食の歪虚、それも戦いにのみ関心を抱く剣豪が見せる僅かな緩み。それがナサニエルには不思議だった。
「ヒルデブラントさんと共にオズワルドさんがアレとやりあったのは知っていますが、どういう関係で?」
「おまえも話くらいは聞いた事があるだろう。お伽話に語られる、伝説の騎士を」
 それは、あらゆる武人が夢に見た“最強”の称号を持つ者。
 嘗て王国に忠誠を誓い、祖国を守る為に人類の守護者として亜人を駆逐した勇者がいたという。
 その者は刃の輝きを以って数多の闇を切り払い、広大な領土を勝ち取り、そこに自らの城を築いた。
「“勇者”ナイトハルト。ナイトハルト・モンドシャッテ。後に初代皇帝と言われた男の名だ」
 きょとんと目を丸くし、そのまま剣豪を見やる。
「コレですか?」
「コレだ」
「“元”がつくがな」
 特に興味もなさそうに剣豪は顎を上げ。
「我は既に個にあらず。数多の騎士、数多の武人の成れの果てよ」
 どんな達人であったとしても、人の身で極められる武術など高が知れている。
 しかし男達は夢見た。最強の二文字を。あらゆる武を極め、その頂点に立つ夢を。
 不可能を可能にする為に、人々が作った騎士皇のお伽話。それは一つの信仰を成し、一つの英霊を成した。
 それは初めは小さな力しか持たなかったが、武人達がそれを信じ、祈りを成し、死してその一つに溶け込む事で力を増したという。
「故に“武神”。この御方は比喩ではなく、正真正銘武神の英霊なのだ」
「それも、“元”がつく」
「今は歪虚、と」
 納得したように頷くナサニエル。
「それ、兵たちには言えませんね」
「ああ。緘口令が敷かれている」
 まさかこのバケモノの正体が、国作りの英雄だなんて。そんな噂が広まれば、混乱は必至。
「しかし、そういう事なら剣豪が反乱に加担するのは自然ですか。なにせ自分の末裔なわけですし」
「勘違いをするな。我は我の子孫がどうなろうと興味はない」
 深い溜息混じりに、剣豪は肩を落とし。
「これもあの売女……オルクスの指示なのだ。何故我が好き好んでこのような陳腐な戦場に立たねばならぬのか……」
「おや。乗り気ではないと」
「弱者を蹴散して胸躍るほど安い男ではない」
 そう言ってマントを翻すと、剣豪の鎧の内側から青い血が滲みだし、鎖型の結晶となってその体に巻き付いた。
「あの女に作らせた新たな封印だ。我は自分の意志で加減が出来ぬからな」
「ナメられてますねー。でも情報を得る丁度いい機会です」
 ナサニエルが取り出したのは掌大の四角い結晶だ。マテリアルを込めるとふわりと浮かび、ガントレッドの上で回転している。
「奴の波長を記録します。そうすれば次回から動きが読みやすくなる」
 そんなナサニエルへ突如光の矢が降り注いだ。
 危なげなく背後へ跳んでかわすナサニエルの視線の先、城壁から二体の小さなデュラハンが降りてくる。
「主様に」「無礼を働くな」
「きひひひ……ずるいですぞ、武神様。わしらにも施しを頂戴したいですぞ」
「貴方が相手をするまでもない。ここは我々が」
 次々に現れた不気味なデュラハンが更に二体。剣豪を守るように立ちはだかる。
「こいつは……報告にあったグロル・リッターってやつか。部下を持つとは変わりましたな?」
「我の意志ではない。これもあの女がだな……」
 困ったように呟く剣豪を遮り、二体の小さなデュラハンが手を繋ぎ。
「“対光”の」「デーゲン・ボーゲン」
「わしは“腐炎”のゼンゼじゃ」
「私は“閃雷”のランツェ。我々グロル・リッターが相手だ」
 何か言いたげに片手を伸ばした後、思い直すように剣豪は背後へ跳んだ。
「いや、我は……まあ良い。お前達の好きにするがよい……」
「う~ん。面倒くさいですねぇ~」
「だが、これだけの戦力をここに釘付けにできるのならば旨味はある」
 オズワルドの言う通り、ここで剣豪を押さえられればそれだけ妨害が減るという事だ。
「ヒルデガルドの事は頼むぜ……シグルド」

リプレイ本文

●英霊かく語りき
「やっとこさブルーネンフーフを脱出したと思いきや、これっすか……」
 げんなりした様子で思わず肩を落とす神楽(ka2032)。
 ブルーネンフーフでの戦いは事実上既に終了した事を彼らは知っている。だが砦の外ではあちこちで戦火が上がったままだ。
「アレ? 神楽君達、今中から出てこなかった?」
「色々事情があってねぇ」
 オキクルミ(ka1947)の問いかけに浮かない表情でヒース・R・ウォーカー(ka0145)が肩を竦める。
「ある意味、既に決着はつきました。詳しいお話はまた後にしますが、このまま事態は収束するでしょう」
「こいつらがいなくなれば、だけどな」
 摩耶(ka0362)の言葉に続き、リュー・グランフェスト(ka2419)がじっとグロル・リッターを睨む。
 ハンター達は知っている。この戦いの裏では歪虚が糸を引き、人間同士を争わせている事を。
 この反乱は、ヴルツァライヒという組織を使った茶番劇だ。その役者に祭り上げられた少女は、つい先程命を落とした。
「もう人間同士で殺しあう必要なんかないんだ。なのに、こいつらがいるせいで戦いが終わらない」
 ブルーネンフーフからの一般人の避難は始まっているが、この状況が全てのヴルツァライヒ兵に伝わるには時間がかかる。
 そしてその避難と状況把握、伝達を行う為には、各地の歪虚を排除する必要があった。
「ナイトハルト……モンドシャッテの祖が、本物の英雄が、なんだって自分の子孫にあんな酷い事をさせるんだ!」
 リューの叫びには怒り、そして悲しみが満ちている。
 目の前の亡霊はれっきとした勇者。彼が憧れたモノの成れの果てである。
「我はモンドシャッテの血に興味はない。どうなろうと知った事ではないわ」
 腕を組み一瞥する、ただそれだけの所作で剣豪からは強烈な威圧感が迸る。
「ひっ、やっぱりハンパねーっす!」
 慌てて後退した神楽はそのままナサニエルの後ろに隠れる。が、これは作戦。
「俺達が時間を稼ぐんで、その間に核の在処を探って欲しいっす」
「ええ。もうやってますよ」
 何もしていないようにしか見えないのだが、やっているらしい。
 ともあれ、核の場所を観測する為には時間がかかる。今は会話で場を持たせなければならない。
「剣豪ナイトハルト、一武人として聞きたい。あんたは部下を使って小賢しく戦うのと純粋なる闘争、どちらを望むんだ?」
「私たちは一つしかない命を懸けて戦場に立っています。然るにゼンゼが魂たる核を他者に預けて戦った事を貴方はよしとするのですか?」
「そんな事を訊いてどうする? 随分と悠長なのだな……貴様達は」
 春日 啓一(ka1621)と摩耶の問いは純粋に理解できない。そんな風に剣豪は首を傾げ、しかし素直に答える。
「我は純粋なる闘争を望む……が、それは既に不可能だ。何故ならば、貴様らとは文字通り闘いにならん」
 それは本当に残念そうな、退屈そうな声であった。
「そして我は我以外の事はどうでもよい。武とは己の内に求める物だ。自分以外はどうでもよかろう」
「部下が何をどうしようが興味ないってことか」
「戦争において先駆け闇討ちは定石。勝てば正義。卑怯だなんだというのは、敗者の言い訳に過ぎん」
 グロル・リッター達は振り返り、剣豪の言葉に各々反応を示す。
 半ば呆れているようだが、剣豪が“自分がどうか”以外に興味がないのは承知の上である。
「では、嘗て亜人や歪虚と戦い人類を救おうとしたのも自分の為ですか?」
 摩耶の言葉に首を傾げる剣豪。まるで「どうすればいい?」と言わんばかりに部下に視線を送ると、ランツェが頬を掻き。
「あの……特に相手にせずともよろしいかと」
「そうです」「戯言です」
 しかし剣豪は腕を組んだまま前に出ると、部下を押し退け、ハンター達の前にどっかりと胡座をかいた。
「話をするなら座れ。何か準備があるのであろう? 付き合ってやる」
 ぎょっとした様子で仰け反る部下達。ハンター達は顔を見合わせ、微妙な表情で剣豪の前に座った。
「……何なのこれ」
「わからん……」
 遠い目で冷たい地べたに座るユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)。啓一は険しい表情で正座している。
 遠くでは火の手があがり、銃声と悲鳴が響く戦場において、ここだけ異様な雰囲気を醸していた。
「そも、我は人など救っていない。王国の騎士として敵を滅ぼし領土を拡大した。それだけだ」
「そうか。帝国は元々王国の領土だったんだから、お前も王国の騎士ってことか」
 複雑な表情のリュー。彼にとってナイトハルトは聞けば聞くほど憧れるべき存在だ。
「ねえねえ、オルクスとはいい関係なの? 出撃の度に手ずから封印結んでもらうとか奥さんにネクタイ結んでもらう旦那みたいだけど」
「貴様が何を言っているのかさっぱりわからん」
「不本意に、剣妃に従うのは何で……?」
 唇を尖らせるオキクルミの横でじっと剣豪を見つめるシェリル・マイヤーズ(ka0509)。
「何故……何故、か」
「……貴様は何を未練に残している? そんなモノに成り下がってまで、抱えていたい核があるのか?」
 静かに座したレイス(ka1541)が続けて問うと、剣豪は僅かに笑い。
「戦いは暴食の本能だ。そこに大した意味等無い。オルクスは我に戦場を与えてくれる優秀な軍師だ。それに、アレはどうあれ女だからな」
「つまりオクさんって事? ね~オクさんとはどうなの?」
「貴様らはどうやら我が何か理由があって歪虚になったと考えているようだが、それは思い違いだ。何故なら我は常に望まれる事でその形を成すのだからな」
 無視されながらもまだ何か言っているオキクルミ。一方シェリルは膝を抱え。
「戦うには……歪虚の方が都合がよかったんじゃなくて?」
「それはある。何故ならば、我は“自分の意志では戦えなかった”からな」
「前皇帝も……そうして喰らったの?」
 何か思う所があるのか、シェリルをじっと見つめる剣豪。そこへひょっこりナサニエルが手を上げた。
「あの~、結構前に観測終わってるんですけど~」
 その言葉を切っ掛けに剣豪は立ち上がり、ハンターに背を向ける。
「最後に一つだけ。あなたの不敗伝説は、今尚続いているのですか?」
「ああ。何故ならば我は――“戦ってはいけない武神”。故に、常に不敗なのだ」
 摩耶の問いかけに答えながら歩いて行く剣豪。その背中を見つめ、レイスは違和感を覚えていた。
 何かを思い違えている気がする。だがその違和感の正体は、結局わからないままだった。
「グロル・リッターは全員核を保有しています。場所は胸のあたりです。ただ――デーゲン・ボーゲンだけ、核は二体で一つのようです」
 ナサニエルがハンターにそう伝えてもグロル・リッターは誰も焦りもしなかった。
「ひひひ、武神様もお戯れになられる」
「随分待たせてしまったな。我が許す――殺せ」
 亡霊達が負のマテリアルを放ち臨戦態勢を見せる。神楽は剣豪の背中を捉え言い放つ。
「ここはこの国の未来を決める戦場っす。ここに立っていいのはこの国で未来を生きる生者だけで、戦っていいのは弁舌を持って民にこの国の未来を示せる王だけっす! しかも勝者はもう決まったっす! 未来の無い死人も戦うだけの武人もお呼びじゃないんっすよ! 死人の自覚か武人の誇りか空気読み機能が欠片でもあるならこれ以上恥を晒す前に帰れっす!」
 しかし、武神は距離を取ると振り返り。
「知った事ではない。目の前の敵と自分、この世界はそれだけで十分だ。自らの理は、力を以って押し通せ」



●流星の如く
 奇妙な対話の時間は終わり、殺し合いが始まった。
「では始めようかのぅ……愉快な武の競い合いを!」
 立ちはだかる騎士はどれも強い負のマテリアルを有した、生半可ではない敵だ。
 鎌を手にしたゼンゼが大地を滑るように駆け出すと、デーゲン・ボーゲンの片方が変形。大きな弓を外見を作る。
 収束させた力は光の矢を作り、それは天高く打ち上げられた。直後、雨となって降り注ぐ。
 散開するハンターへ体ごと回転しつつ突っ込んだゼンゼの鎌が襲う。
「久しぶりだな、爺」
「この間は良くもやってくれたのぅ、小僧!」
 ナックルで鎌を弾き、啓一が視線を交わす。そこへ突撃準備を整えたランツェが槍を回し、雷を纏い加速する。
「見よ、我が雷鳴の一撃!」
 ランツェは直線に大地を刳りながらハンターの間を駆け抜ける。咄嗟に飛び退いたユーリは受け身を取り、背後に視線を送る。
「ちょっと、何よあの加速……殆ど瞬間移動じゃない!」
「文字通り、雷の霊体ってわけだぁ」
 光を目で追うヒース。再度の突進を回避するが、殆どそれと認識した直後、敵は背後に通過している。
「これはまともに連携されると厄介だね~」
「分散して抑えこむしかあるまい……行くぞ」
 呆れたように苦笑を浮かべるオキクルミ。レイスは二対の槍を手に駆け出した。
 向かう先では啓一がゼンゼと接近戦を繰り広げている。ゼンゼの攻撃は素早く力強く、そして奇妙だ。
 亡霊型に共通する概念として、彼らは非常に身軽である。大釜を振り回してもそれは例外ではない。
 重力を、重さを感じさせない斬撃。防戦一方とは言え、啓一はそれを良く凌いでいた。
 過去の戦闘経験もあり、今彼はゼンゼの攻撃をある程度予測していた。元より予測出来ない攻撃は防げないのだが。
 上半身を回転させる薙ぎ払いを屈んで回避し、拳を打ち込む啓一。そこへレイスが投擲した槍が飛来する。
 槍はゼンゼの腹を貫き大きく突き刺さる。その後ひとりでに引き抜かれると、回転しながらレイスの手に収まった。
「ぐっ……天衣無縫が発動せぬ……小奴ら揃いも揃って」
「それにしてもあっさり貫通しましたね。どうやら、弱点属性があるようです」
 駆けつけた摩耶が冷静に頷く。
「にーさんの槍が有効ってわけか。勝ち目はあるんだ、ここで決着をつけてやる」

 デーゲン・ボーゲンは片方を大弓にしたまま、番えた矢を放ちハンターを攻撃する。
「弓になるのは……わかってた」
 光の矢を回避し、八握剣を投げつける。鎧に命中はするが、大きな打撃は与えられない。
「お前の相手はこの俺だ!」
 駆け寄り距離を詰めるリュー。すると弓が人型に戻り、代わりに今度は片割れが大剣に変化する。
 黒い光を帯びた刃を繰り出すと、リューはこれにモルドゥールを打ち付け対抗する。
 互いのマテリアルが明滅し、衝撃でお互いの刃が弾かれた。
「やっぱり闇属性か……だったら闇の剣で受け、光の槍で攻める!」
 ディバインランスによる反撃を大剣で受けるが、やはりパワーでリューが勝る。
 雄叫びと共に繰り出した一撃に吹き飛ばされ、双子は同時に人型に戻った。
「こいつ」「二つの力を使いこなしてる」「僕らと同じだ」
 顔を見合わせる双子に距離を大きく取ったΣ(ka3450)の銃弾が命中する。
 気にもかけていなかったが、鎧に傷がついた事実に驚き。
「天衣無縫」「効いてない」
 跳躍したリューが左右の武器をそれぞれに振り下ろすと、双子は背後へ飛び退きながら手を繋ぎ、回転するようにして合体する。
「……別に、待つ必要ない……」
 そこへシェリルは手裏剣を投げ入れる。左半身と右半身の繋ぎ目に手裏剣が挟まり、デーゲン・ボーゲンはぎこちなく首を傾げた。
「「邪魔」」
 手裏剣を引っこ抜いている間にリューは左右の得物を突き出す。騎士はそれを左右の手でそれぞれ掴み、リューを放り投げた。
「属性が逆だったか……ややこしいぜ」
 右腕を変形させボウガンを作ると、光の矢を連射する。最早矢というよりは機銃に近い速射だ。
 これをリューはディバインランスを構え防御。次々に着弾する矢が弾かれ、彼の周囲の地形が変わっていく。
「この程度の攻撃で倒れるかよ!」
「……すごい」
 唖然とその背中を見つめるシェリル。だがこちらもぼんやりはしていない。
 投げつけたのは先程とは別の手裏剣、朧月。弧を描きボウガンに命中した手裏剣は闇属性。今度は明確にダメージが通っている。
 ボウガンの射線がずれるとリューは距離を詰めモルドゥールを振り下ろす。敵は左手を闇の剣に変形させ、これを受け止めた。
 そのまま左右が分離し、左半身が大剣となりリューを斬りつけると、大弓に変形した半身が光を収束させる。
 まずい、と思った直後、駆け寄ったシェリルが刀で弓を打つ。微妙にずれた射線はリューを逸れ、地べたを刳り荒野をを突き抜けた。
 一旦背後へ跳んで距離を取る二人。デーゲン・ボーゲンは再び双子に変形する。
「さっきからメチャクチャな動きしてるぜ……これがデュラハンか」
「威力もなんか……わけがわからないね」
 再び光の半身が弓を作る。今度は闇の半身が片腕を接続し、ずらりと光と闇の矢を並べた。
「これなら?」「どうする?」
 思わずぎょっとする。あれでは光と闇、どちらで受ければいいか判断できない。
 纏めて番えた矢が広範囲を薙ぎ払う。シェリルはこれに左右の手から手裏剣を放ち、相殺を狙う。
 空中で衝突した無数の光が爆散し、それでも全ては消せない。何度も矢は番え放たれる。超高速、超広範囲攻撃。
 地面が吹き飛び、また地形が変わっていく。リューは左右の武器を十字に構え、シェリルを庇い光に飲み込まれた。

「うわわっ、ちょっとちょっと!?」
 デーゲン・ボーゲンの弓撃は他のハンター達も巻き沿いにしようとしていた。
 慌てて走って逃げるオキクルミ。光に飲み込まれた二人を心配する間もなく、ランツェが大きく跳躍する。
 上空で槍を掲げたランツェは、文字通り雷撃となってハンターへ襲いかかる。
 散開するハンター達の中心に雷鳴と共に落下したランツェの槍は大地へ突き刺さり、亀裂を走らせ、地中から無数の光を迸らせる。
 赤熱し吹き飛ぶ土。ランツェは槍を引き抜き、再び跳躍する。
 再度の着弾から飛び退く神楽。正直、逃げの一手である。
「あんな技無制限に出せるんすか!?」
「流石は剣豪直属の部下……伊達じゃないって事ね」
 冷や汗を流すユーリ。妙な笑いがこみ上げてくる。
「あの個体、どうやらグロル・リッターの中でも特に強力なようですね」
 観測装置をしまい、ナサニエルが笑みを作る。
「とにかく足を止めねェ事には手の打ちようないな」
「帝国最強の槍使い、オズワルド師団長。共に戦うのがボクの様な無様な道化で申し訳ないねぇ」
 流麗な槍を肩にかけ、オズワルドはヒースを一瞥する。
「ボクに出来るのは無様に踊って敵を斬る事だけ……悔いるのも償うのも目の前の敵を全て斬った後にするさぁ」
「上出来だ。奴の攻撃直後の隙に打って出るぞ。俺とお前で後に続けるんだ。やれるな?」
 腰から提げた鞘から二振りの刀を抜くヒース。
 悲劇は止まらなかった。唯一この戦いを止められる戦場に立ち、男は幸福な結末を勝ち取れなかった。
「今は語るよりも刃を振るう。それがボクの役割、だねぇ」
 クレーターから再び上空に舞い上がるランツェ。黄金の光を放ち、騎士は槍を掲げる。
 その速度は銃弾よりも早く、天を翔ける星のようだ。しかし動きは直線的で、そして大雑把でもある。
 体に雷を纏い――否。その身を構成する雷を攻撃に回しての落雷。それは直撃よりも着弾地点周辺を薙ぎ払う為の技だ。
 轟音と共に槍が降る。神楽の魔導銃もナサニエルの機導砲も物ともしない威力で、止まらない流星は落ちてくる。
 矛先は大地を穿ち、衝撃が迸る。それをスタートダッシュの合図として、ヒースは大地を蹴った。

 先の戦いでとある男が言った。亡霊との戦いではパーツを見ろと。
 亡霊は人ではないからこそ肉体の限界、基本設計に囚われない。それは啓一も身を持って体験してきた事だ。
 鎌という本来ならば戦闘に適さない得物が脅威となっているのは、担い手の手足の先端であるかのようにしなやかに弧を描くから。
 絶え間なく変化するリーチと有効射程は疲労を知らず、常に全力で繰り出される。
「どうした小僧、凌ぐのがやっとか?」
 距離を取り、乱舞攻撃から逃れ続ける啓一。だが前回より動きは見えている。
「確かに俺の機動力じゃあんたについていくのは難しいな。だが、今はレイスのにーさんもいる」
 側面に回り込んだレイスが霊槍グングニルを振りかざす。再びの投擲を警戒するが、そこへ啓一のロケットナックルが横っ面を殴った。
 実際にレイスは槍を投げなかったのだ。怯んだ所へ摩耶がショットアンカーを打ち込むと、腕の付け根辺りに突き刺さる。
「そんなにこの槍が恐ろしいか?」
 ぐっとアンカーを引いて摩耶が啓一へ敵を引き寄せるが、その拳は空を切る。
 空中でバラバラに分解されたゼンゼの体が啓一の背後で再構築され、蠍の姿を取ったのだ。
「ひひひ。手の内を把握しているのはお互い様よ」
 その場で回転するように、尾の先端でもある鎌で周囲を薙ぎ払う。その一撃には黒い炎が纏われていた。
 衝撃波となって火炎がハンターを襲う。それに毒の効果がある事は承知の上。大きく距離を取らざるを得ない。
 接近する炎へ拳を打ち込み、衝撃で吹き飛ばす啓一。レイスは背後へ一度跳び、跳躍するとグングニル振り上げる。
 一瞬その瞳が赤く輝き、青い光を纏った槍が空を翔ける。
 怪物は尾の一撃でこれを受ける。衝突する光が甲高い金属音と共に爆ぜると、そこへ再び摩耶がアンカーを打ち込む。
 狙いは尾を抑えこむ事。だが、ゼンゼは尾の部分に該当するパーツを細かく分離。無数の刃として摩耶へ放った。
 黒い炎を纏った刃が降り注ぐ。その多角攻撃を避けきる事は出来ない。剣で弾くも、しなやかな肢体に赤く線が刻まれていく。
「狡賢いおなごよのぅ」
 尾の部分はゼンゼの下半身が該当する。下半身を飛ばしたまま人型に変形したゼンゼは。脇腹から生えていた無数の隠し腕を同じように射出する。
 それぞれが自我を持つかのように浮遊し、接近する腕。これをレイスは二槍で、啓一は拳で打ち払う。
 だがそれぞれの掌からは黒炎が湧き出し、ハンターへと放たれた。周囲を取り囲む炎は直撃はせずとも体の自由を徐々に奪っていくだろう。
 舞い戻った鎌を手に取り、騎士は空いた左手に火炎を集める。
 投擲された光は爆発すると同時に巨大な火柱を起こし、眩い光が空を照らし上げた。

 黄金の輝きは大地を溶かし、土を吹き飛ばす。
 その衝撃波に臆さずヒースは飛び込んだ。狙うは着弾直後のランツェ。槍はまだ地面に刺さっている。
 左右の刀を連続して繰り出すと、ランツェはそれを腕で受け止める。
 特別左右の刀の威力に変化は感じられないが、天衣無縫を突破し傷をつける事は可能だ。
 槍を引きぬいたランツェは手首ごとそれを高速回転させ、削岩機のように周囲を吹き飛ばしながらヒースを薙ぎ払う。
 そこへオズワルドが駆けつけ槍を繰り出す。穂先が騎士の胸を突くと僅かに狙いが逸れた。
 接していないというのに剣圧でヒースの頬から血が吹き出す。
「攻めるなら今しかないっす!」
「祖霊様の力を借りて! 今必殺のファミリアアタック!」
 駆け寄りながら神楽とオキクルミはそれぞれ鼠とフクロウにマテリアルを纏わせる。
 光を帯びた二体の獣がランツェに直撃。特に神楽のマテリアルは天衣無縫を貫通し余りある程の輝きを放つ。
「獣に攻撃させるだと……!? それが真っ当な騎士のする事か!」
「お生憎様、ボク達は騎士じゃないし~」
「俺は卑怯な三下っすから!」
 左右の剣を揃え、体ごと回転するように斬撃を放つヒース。更にオズワルドが槍を投擲し、脇腹を食い破る。
「嗤え」
「舐めるな!」
 胸の前に槍を掲げたランツェから周囲に雷が迸る。
 ヒースとオズワルドを吹き飛ばすと騎士は馬に変形。頭部に折りたたんだ槍を装着し嘶く。
 雷を纏っての突進攻撃が神楽とオキクルミを跳ね飛ばす。その勢いは目で追うのがやっとで、武器を構えて受けるくらいしかできない。
「早すぎる……!」
 冷たい汗がユーリの頬を伝う。再びの突進、今度はユーリが標的だ。
 回避は出来ない。咄嗟に振動刀で受け流すが、衝撃は凄まじくその場に留まる事も出来ずに地べたを転がった。
 流れる血に構わず立ち上がり敵を目で追う。どう冷静に考えても相手が早すぎる。常識的な突進力ではない。
 しかし深呼吸を一つ、ユーリは刃を強く握った。
「意識の手綱を手放すな、神経を研ぎ済ませろ、恐怖を超越しろ……」
 それは以前の戦いで剣豪がハンターへ告げた言葉。
 そう、怪物を討ち滅ぼす為に必要なのは意志の力。恐怖に負けては端から勝負にもならない。
 追いつくのは明らかに不可能。ならばあの突貫に合わせ、カウンターで刃を打ち込むしかない。
 チリチリと大気を軋ませ、地を焼きながら光が飛んでくる。その一瞬に全てを賭け、鞘から刃を解き放つ。
 二つの閃光がすれ違った瞬間、一瞬遅れてユーリの腕から血が背後に向かって吹き出した。
 そして同時に転倒した馬が人型に変形し、失った右腕を探しているのが見えた。
 この時、誰も目で認識することは叶わなかったが、実は接触の直前にナサニエルが障壁で微妙に敵の攻撃を逸らしていたのだが……。
「誰も気づいてないですよね~」
 馬の前足は人型の腕に該当する。左手で槍を構えるランツェだが、隙は十分にあった。
「中からズタズタにしろっす!」
 再びマテリアルを帯びた鼠を放つ神楽。これをランツェは槍で弾くが、逆に槍の方が弾き返される。
「どうなっている……!? この私の武より、奴が上回るとでもいうのか!?」
 仰け反った所へオキクルミが距離を詰め槍を放つ。
 狙いは胸と腹の継ぎ目。槍は見事鎧を貫き、その衝撃はランツェの動きを鈍らせる。
 刃には魔力が込められている。この状態の槍であれば、霊体に直接打撃を与えられる。
 即ち、通常であれば槍で鎧を貫いただけであるところが、生身の人間にきちんと攻撃を行ったのと同じ効果があるのだ。
「もう一丁!」
 槍で鎧を歪ませ、胸の装甲を引き剥がすと、拳にフクロウと魔力を乗せて体の内側に打ち込む。
 激しい衝撃にランツェが大きく仰け反ると同時、背中の装甲が内側から吹き飛んだ。
 一緒に零れ落ちた槍の一部がランツェの核。これを神楽が遠くから撃ち抜くと、ランツェは胸に手を当て膝を着く。
「まさかこの私が破れるとはな……。現世の武人も、存外にやるものだ……」
 どこか穏やかな声と共に霊体が消失する。カランと音を立てて地に落ちた鎧も、遅れて塵と消えて去った。
「ふうっ。皮むき終わり!」

 黒い炎に包まれ、地を転がり消化する啓一。だがその体に痺れが始まっていた。
「こいつ相手に長期戦は不利だ。にーさん、一気に決めるぞ」
 頷くレイス。まず先に摩耶が距離を詰め、斬撃を放つ。
 ゼンゼはこれを鎌で受け、間髪入れずにレイスが飛び込むとボロフグイを突き刺し、そのままゼンゼに密着し動きを封じにかかる。
「その程度でワシを止めたつもりか?」
 パーツを分離すれば抜け出す事は容易い。かつ、浮遊させた手でレイスを背後から斬る事も可能だ。
 しかし摩耶はパーツが分離し、胴体部分に剣を突き入れる隙を待っていた。こちらの攻撃を防ぐのに手を使うと、レイスはその場に屈む。
 背後から駆け寄った啓一が拳を打ち込んだのは刺さったままのレイスの槍だ。拳からの衝撃波を伝達する媒介となり、ゼンゼの体を内側から揺らす。
「ぬぐぅ!?」
 更にグングニルを突き入れると、背中のパーツに押し当てたまま投擲。
 レイスの槍と共に背中のパーツが吹っ飛んでいく。これは部位を操れるとしても直ぐには戻せない。
「ワシの背中が!?」
「借りるぜにーさん!」
 刺さったままのボロフグイを両腕で掴み、啓一は胸部分の鎧を破壊する。
 胸部分はがら空きになり、核は明らかだ。麻耶が剣を突き入れ、刃の先端のような核を貫くと、ゼンゼの体が光を放つ。
「この苦しみ、死の感覚……懐かしいのう。ふひひ、愉快じゃったぞ……にん……げん」
 炎が吹き出し、空っぽの鎧が転がる。勝利の余韻……いや、毒の効果もあり三人はその場に膝を着いた。

「いてて……大丈夫か、シェリル?」
「うん……むしろ、リューの方が平気……?」
「俺はあれだ。鍛えてるからな!」
 傷を癒やしながらリューは握り拳を作る。とは言え、その体は見るに痛ましい。
 そこへバイクに跨ったΣがやってくる。彼は元々離れており、かつバイクで横移動し射程距離からギリギリ離脱出来た為、特に傷は負っていなかった。
「そんな」「まだ生きてる」
 困惑し顔を見合わせるデーゲン・ボーゲン。三人はそれぞれ距離を詰め、接近戦を挑む。
 三人の中では特にリューがデーゲン・ボーゲンを上手く抑え込む。攻めの決め手にはかけているが、多彩な攻撃を次々に打ち込まれても見事に捌いていく。
 闇の剣をリューが剣で弾くと、シェリルとΣが斬撃を放つ。天衣無縫も破られ、デーゲン・ボーゲンは傷だらけになっていく。
「ちっ。負けはしないが勝ちにも持ち込めないな」
 汗を拭いながら構え直すリュー。そうしていると、仲間がランツェとゼンゼを撃破する光が見えた。
「まさかここまでグロル・リッターが苦戦するとはな……」
 残ったデーゲン・ボーゲンの元へ剣豪が歩み寄る。腕組み姿勢のままの敵を見つめ、シェリルは剣を向けた。
「見てるだけで……いいの? 自分の鎧でも、剣妃の部下なんて……身体の戒めより……いらない鎖だよね?」
「我は部下を戒めとは思わん。全てはただあるがままだ」
 双子は慌てて剣豪の背後に隠れる。リューは好機と見て三体を巻き込むようにランスで突貫するが、剣豪はこれを片手で握って受け止める。
「武とは本来、物事に無頓着な物だ。意味や理由を着せるのは人間の悪癖と言って良い」
 ぱっと手を離すとリューが慌てて身を引く。再びを腕を組むと、剣豪はシェリルを見つめ。
「貴様、ウランゲルの関係者か?」
 唐突な質問だった。
「ヒルデブラントの行方を知っているのか?」
「カッテや陛下の父様は……ナイトハルトが殺した……違うの?」
 剣豪は答えない。そうしているとランツェと戦っていたハンター達が集まってくる。
「ランツェは倒した。辿り着いたわよ、剣豪ナイトハルト」
「また貴様か……。何故女子供が好き好んで我に挑んでくるのだ」
 ユーリの言葉に首を傾げる剣豪。それから背後のブルーネンフーフを見やり。
「約束の時まではまだ猶予がある。弱った獲物を嬲る趣味はないが、相手にはなってやろう」



●人造神
「――正直に言うと、我は今貴様らを殺したくはない」
 オルクスの封印は正常に機能している。剣豪はそれを確認し、拳を握る。
「この身は暴食の本能に支配されている。ナイトハルトとしての自我等、本能の前では意味を成さない。せっかくの獲物を味わう暇もなく食い散らかしてしまう」
「そう思うのならさっさと引き返したらどうっすか?」
「そうしたいのは山々だが……武神としては挑まれて全く相手をしないというのも無礼であろう」
 神楽の言葉にハンターを見渡し、剣豪は右手を掲げ指を鳴らす。
「それにこれ以上部下を減らされるのも困らんわけではない」
 するとデーゲン・ボーゲンが変形し、飛び出した核を剣豪が手に取る。
 双子はその背に接続され、光の翼を広げる。核を食らうと、剣豪は腕を振るい、翼をマントのように纏った。
「我は人が望むからこそ人の壁としてあり、そして人の敵として在り続ける。“英雄”に“化物”は必要なのだから」
「人は人のままで強くなる権利と義務がある。結局の所、貴様はそこから逃げたのだ……そう思っていた」
 痺れる体を引きずりやってきたゼンゼ班の中からレイスが声を投げかける。
「だが貴様の話を聞いていて思った。貴様はその強さが紛い物だと理解しているのはないか、と」
「何をそんな当然の事を」
 その言葉にハンター達は少なからず衝撃を受けた。
「いいか。英雄とはそもそも奴隷なのだ。愚かな民衆に祭り上げられた人間に過ぎん。我は勇者だの王だのと後には言われたが、そんな事は別に頼んではいない」
 初代騎士皇が現在の帝国領を拓いたのは、そもそも王国の為だった筈だ。
 彼は王になることも、英雄になることも望んではいなかった。それを勝手に騎士皇にしたのも勇者にしたのも、後世の人間の仕業である。
「王も英雄も、全ては民が必要として作り上げた幻想に過ぎん」
「伝説の英雄……騎士皇の祖。ではあなたを歪めたのは……」
「そう。“人間”の祈りだ」
 摩耶は静かに目を細める。思っていた通り。目の前のコレは、帝国の歪みの象徴だ。
 伝説の英霊は不敗のまま歪虚となった。その答えがなんなのか、少しずつ見えてきた気がする。
「我は本物のナイトハルト・モンドシャッテではない。それをベースに貴様ら人間が作り上げた、空想上の英雄」
「つまり……人が造った神……」
 ぽつりと呟くシェリル。彼らは本物のナイトハルトを知らない。伝説はとっくに歪められ、真相は闇に消えた。
 都合のいい王と、理想的な英雄。数多の民が救済を祈り、武人が不可能を可能にする為に捏造した神。
「小娘。貴様は強くなりたいのだろう? その為に我に立ち向かう。それは“祈り”に他ならない。“壁”を必要とする貴様のその祈りが、我に力を与えるのだ」
 目を見開いたユーリの切っ先が僅かに揺れる。
「貴様らもまたいつかは英雄と呼ばれる頂に登るだろう。その時になって知るのだ。英雄とは、愚民に浪費されるだけの消耗品に過ぎないとな」
「なんだよそれ……納得行かねぇ」
 ぐっと拳を握り締めるリュー。目の前の英雄は、自分が思い描いた理想とはあまりに違いすぎる。
 だがきっとそうだ。彼の一部となった者達は誰もが思った筈なのだ。“こんなはずじゃなかった”と。
 “こんな事の為に戦ったわけじゃない”――と。
「全然納得いかねぇよ!!」
「それが英雄の現実だ。そして英雄は貴様らの為にこそ存在する。貴様ら――いつか我に取って代わるであろう者の為にな」
 負のマテリアルを放出し、剣豪はその瞳を青く輝かせる。
「“怪物”を望むのは人の心。貴様らが“英雄”足る存在であるならば……超えてみせろ、神話を!」
 左の翼の一部を引き抜くとそれが光の剣を成す。剣豪はそれを間近にいたリューへと振り下ろした。
 デーゲン・ボーゲンとは比べ物にならない圧力の攻撃に同じく闇の剣を当てて耐える。
「戦いは暴食の本能であり、同時に人の本能でもある。武は何れ同じ場所に到達する」
「俺は認めないぜ……! モンドシャッテの成れの果てが、お前みたいな化物だなんて!」
 剣豪の一撃がリューの剣を掌から弾き飛ばす。すかさず蹴りがリューの腹に減り込んだ。
「いくよ……ウスサマ。堕ちた神なら……人でも斬れる」
「命尽きるまで戦い続ける。これがボクが選んだ道で、ボクが望む罰だからねぇ」
 シェリルとヒースは同時に斬りかかるが、刃が届く前に剣豪の翼から放たれた光が突き刺さる。
 ジグザグに曲がりながら光の矢は吸い込まれるように二人を貫通。そこへ剣豪が剣を一振りすると、剣圧で地が抉れ、吹き飛ばされる。
「だーもう、デタラメっす!」
 地を滑りながら銃を連射する神楽。剣豪がこれを剣で切り払う間にオキクルミとユーリが襲いかかる。
「前に言った事忘れてないよね剣豪ナイトハルト。キミがボクを潰すといったんだよ? ならボクも言おう、キミの世界に亀裂を刻んでやるってね!」
「あの時届かなかった高みへ……あなたと同じ武の域へ到達して見せる!」
 オキクルミの槍を左手で掴んで止め、ユーリの剣は剣で止める。
 全力で力を込める二人だが、武器はそれ以上進まない。
「確かに腕を上げたようだ。他に道もあるだろう、女の身でよくやる」
「女だからって馬鹿にしちゃって~!」
「そうではない。そもそも騎士というのは、女を守……」
 そこでピタリと停止し、直後負のマテリアルが二人を吹き飛ばした。
 先ほどまで普通に言葉を交わす事が出来た筈の剣豪が、突然雄叫びを上げる。強すぎる負の波動からか、崩れた岩が浮き上がり、ハンター達の体まで一瞬ふわりと舞った。
「そうだ……力を求めよ! 祈りを捧げよ! 我が愛しき闇の子らよ!!」
 反撃も意に介さず突っ込んできた剣豪がユーリの首を掴み、大地へ叩きつける。背中にオキクルミは槍を繰り出すが、剣豪は首を回し、頭部の鎧で噛み付いて受け止める。
「ユーリ! くそ、痺れは残ってるがほっとけるかよ!」
 駆け出した啓一がロケットナックル、レイスが槍を投げ摩耶がアンカーを打ち込むが、剣豪は攻撃を受けても怯まない。
 勢い良く突進したリューのランスが剣豪をユーリから引き剥がすが、剣豪はふわりと回転し空に舞い上がる。
 黒白の翼を広げた剣豪にマテリアルが収束していく。危険は察知できたが、その攻撃はだからどうにかできるというものではなかった。
 翼から無数の光と闇の光線が降り注ぎ、着弾地点から光の柱が立ち昇る。
 目も見えず耳も聞こえない程。前後左右すらわからなくなるような衝撃の中にハンターの姿は飲み込まれたのだ。

 激しい痛みの中ヒースは瞼を開くと、そこには側に倒れているシェリルの姿があった。
「シェリル……」
 その服は真っ赤に染まり、口からも沢山の血が溢れている。
「ヒース……無事?」
 体を起こせず腕だけ伸ばしシェリルの手を握る。
「護って上げたかったけど……間に合わなかった……ごめん、ね」
「どうしてボクなんかを……」
「私……欲張り……だか、ら……」
 動かなくなったシェリルにヒースの目が見開かれる。
「おまえまで失ったら……ボクは……」
 他のハンターも軒並み倒れ、起き上がれない状態にあった。
 全員が瀕死の状態に追い込まれてもおかしくなかったが、何人かは遠い仲間の加護のお陰で耐えられたに過ぎない。
「なんかすごい音がしたと思ったらやっぱりハルトねぇ。何やってるのよもう~……帰るわよぉ」
 空から声が聞こえ、背を向けていた剣豪が青い光を纏って浮かび上がる。
「待て……俺は、お前を……」
 立ち上がろうとしたリューがそのまま気絶する。剣豪が去っていくのを、ユーリは座り込んで見つめていた。
「また届かなかった……ううん」
 追いかけた分だけ、まるで遠ざかったような気がする。
「力を求め、戦いを挑めば強くなる……それってつまりどうすればいいのさ?」
 仰向けに倒れたまま呟くオキクルミ。
 戦いの終わりを察知し、恐る恐る下がらせていた兵達がやってくる。
 倒されたグロル・リッターはその最期をまるで望んでいたかのように、安らかに消えていった。
 人が望む英雄。力を追い求め、武を極める事の意味。
 救助されながら堕ちた英霊の言葉を反芻してみても、答えは見えないままだった。

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  • 約束を重ねて
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参加者一覧

  • 真水の蝙蝠
    ヒース・R・ウォーカー(ka0145
    人間(蒼)|23才|男性|疾影士
  • 龍奏の蒼姫
    ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239
    エルフ|15才|女性|闘狩人
  • 光の水晶
    摩耶(ka0362
    人間(蒼)|15才|女性|疾影士
  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズ(ka0509
    人間(蒼)|14才|女性|疾影士
  • 愛しい女性と共に
    レイス(ka1541
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • 破れず破り
    春日 啓一(ka1621
    人間(蒼)|18才|男性|闘狩人
  • 答の継承者
    オキクルミ(ka1947
    エルフ|16才|女性|霊闘士
  • 大悪党
    神楽(ka2032
    人間(蒼)|15才|男性|霊闘士
  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェスト(ka2419
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人

  • Σ(ka3450
    人間(蒼)|17才|男性|疾影士

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/07/13 00:26:09
アイコン 質問卓
摩耶(ka0362
人間(リアルブルー)|15才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2015/07/17 22:54:18
アイコン 相談卓
摩耶(ka0362
人間(リアルブルー)|15才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2015/07/18 05:45:03