ゲスト
(ka0000)
布の奪還!
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/07/21 07:30
- 完成日
- 2015/07/30 02:27
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
フマーレの東、職人街の真夜中。暗い通りを人の形をした白い影が歩いていた。
等身大の陶器の人形、その目に当たる部分には歯車とスコープを取り付けて、それは何かを探すように歯車を回してレンズを絞っている。三日月に削った口の中には、矢張り歯車や発条が覗いて、異様な機械音を奏でていた。
身体にも何カ所か歯車が打ち付けられ、動く度にそれが回っている。
球体の関節をぎこちなく動かして歩いていた。
歩く足の動きが止まると、陶器の中身が、かちゃと鳴って首が回って路地を覗いた。
その先の廃工場。しかし、以前そこに蔓延っていた歪虚の姿は無い。
右腕を持ち上げる。それは黒い淀みに変質した人間の腕。ワイヤーで雑に繋がれた肩から少しずつ、白い陶器に変わり掛けている。
「マダ、ちゃんと、ハ、なおって、イナイ、ですけれド」
白い人影、人形の歪虚は歯車の音を立てながら、再び歩き始めた。
●
明るい日差しの中、壮年の男性が2人固い握手を交わしていた。
「素晴らしい仕上がりです、先方にも満足頂けるとか存じます」
「いや、こちらこそ、珍しい仕事をさせて貰った。これからもよろしくご贔屓に」
そこへ響いた若々しい青年の声。
「――阪井さーん、戻りましたー!」
ここは、職人街のある織機工場。
壮年の1人、阪井と呼ばれた男は、紡績工場を営んでおりこの工場の懇意にしている取引先だ。
少し前、阪井の紡績工場にジェオルジのある研究施設――農業魔術研究機関、通称を「実験畑」という――から、炎に耐性のある特殊な繊維をもつ綿花が持ち込まれ、ハンターの協力を得てその紡績を終えた。
ハンター達の手で紡がれ「花の絆」と名を与えられた糸を織って布に仕上げる仕事がここへ持ち込まれ、それが今、終わったところだ。
青年はエンリコといい、阪井の工場の唯一の社員。後学の為にとこの工場内を見学していた。
阪井に彼是と感想を述べ、大袈裟な身振りではしゃいでいる。
明るく誠実な青年だ。
「それで、こちらはエンリコ君が?」
「はい、俺が責任を持って、次の場所に届けます!」
こちらを向いて満面の笑顔、若いとはいいものだなと、釣られて笑ってしまいながらしみじみと思う。
次の移送まで日があるらしく、その布は一度阪井の工場で預かることとなった。
1頭立ての小さな馬車の荷車に乗せ、阪井もその横に乗り込んで。
「では、また!」
エンリコが手綱を取って馬車を走らせる。
「――本当に広くて大きな工場でしたよ」
「――魔機導の織機、すごいですよね」
「――でも俺は、うちの水車式の紡績機も好きです。よく止まっちゃいますけど」
がたごととリズミカルな車輪の音。
話し続けるエンリコの声。小一時間も掛からずに阪井紡績へ帰れる。筈だった。
●
エンリコが目を覚ましたのは病院のベッドだった。
鮮烈な記憶が蘇る。馬車にぶつかってきた、黒い或いは他の何色もの色を混ぜて濁りきって淀んだ色の固まり。
馬が嘶いて倒れていく。思わず声を上げたがそれでどうにか出来るはずも無い。
馭者席が馬と一緒に傾いた瞬間に、荷車を離し、衝撃に備え目を閉じた。
放り出されて地面に身体を打ち付けながら転がった。
全身が熱く、ずきずきと鈍い痛みを発している。
霞んだ視界に、支えを失いながらふらふらと自走した荷車が横転し、阪井が倒れる姿が見えた。
阪井さん、そう呼んだ口の中に錆の味が広がった。
倒れた阪井の横に布が落ちる。
現れた白い人影、人の形に似ているものの明らかに人では無いと分かるそれは、左腕だけで器用に布を拾い上げ、ばさりとその身に纏って走り去った。
薄れていく意識の中、馬の断末魔が耳に残った。
「……っ、さ、さかいさんっ――っつぅ――……」
「気が付いたみたいだね、良かった、エンリコ君。私はここだ、無事だよ。人を呼んでくるから、まだ横になっていなさい」
布を取り戻さなくては、見舞いに来た工場絡みの依頼で親しくしているハンターオフィスの受付嬢にエンリコは告げる。
犯人、人では無いそれの特徴に受付嬢は顔を顰めた。
「――黒い固まりで、形は虫みたい……ですか? 丸い目玉があって細い足が六本、昆虫みたいで、チョウやトンボじゃなくって、カブトムシとか、そういうのを大っきくして丸くしたみたいな……」
「――人の形で、陶器っぽい白で、歯車がくっついていた。口は三日月型で、機械みたいな音と、笑い声みたいな音……」
手帳に転記した特徴を読みながら受付嬢は頷いた。
「どちらも、この辺りで目撃情報があります。虫の方は最近人的被害が出て、一斉駆除が行われました。人型の方は前に一度逃げられて、今も調査中ですね」
エンリコは固定された首を揺らし、取られた布を被る所を見たという。鮮やかな赤が閃く。
「他に、何か、見ませんでしたか?」
「右腕が、黒くて動いてなかった……すごく足が速くて……すぐ見えなくなった、けど、虫、みたいなのは、小さくなって……あとは、分からない、です」
この歪虚には、人間の右腕を持ち去った記録がある。それを義手にしているのだろう。
虫も、この歪虚が呼び出している、或いは操っているのではないか、と推察されている。
詳細は分からないが、この歪虚と離れると力は大きく減退するのだろう。
「持ち去られた物については?」
「エンリコ君も疲れているようだからね、その辺で。後は任せて、治るまで休暇だ。早くよくなるんだよ」
病室を出て、阪井が説明を引き継いだ。
「……つまり、持ち去られた布は、現在はまだ秘密裏に研究されている試験植物の繊維で作られた、炎に強い耐性を持つ物。この植物自体も量産が難しく……現状、この一枚しか、存在しない貴重品……織機を依頼したのは、軍にも縁のある織機会社で……ええと、つまり、滅茶苦茶大事で、滅茶苦茶丈夫、って、ことですね!」
首を捻って話を聞いていた受付嬢がぽんと手を打つ。
「即刻、出動を要請しましょう!」
『歪虚に持ち去られた布を取り戻して下さい!』
●
日のある内に動き回った歪虚の情報はハンターオフィスに多く集まっていた。
最後の目撃場所は職人街の細い路地らしい。
そこへ至るまで建物や住人への被害も幾つか出ているが、把握し切れていない。
路地の先上った月に照らされた荒ら屋、元は何かの工場だったであろうその建物の半分以上が崩れた屋根の天辺に、人の形の影が浮かんだ。
「アラアラァ、何だカ、イイもの、拾っちゃいマシタ、ネ」
頭から被った布を握って引っ張って、遊んでいる。白い陶器の指に握られた、椿のように赤い布。
「コレ、どのくらい、丈夫、なの、デショウ」
きゃはは、と幼い笑い声が響く。高く低く、様々な音の継ぎ接ぎした声で喋りながら、その歪虚は屋根の上でくるりくるりと踊っていた。
荒ら屋の前に置かれた3匹の甲虫型歪虚が、その大粒の目玉を動かした。
フマーレの東、職人街の真夜中。暗い通りを人の形をした白い影が歩いていた。
等身大の陶器の人形、その目に当たる部分には歯車とスコープを取り付けて、それは何かを探すように歯車を回してレンズを絞っている。三日月に削った口の中には、矢張り歯車や発条が覗いて、異様な機械音を奏でていた。
身体にも何カ所か歯車が打ち付けられ、動く度にそれが回っている。
球体の関節をぎこちなく動かして歩いていた。
歩く足の動きが止まると、陶器の中身が、かちゃと鳴って首が回って路地を覗いた。
その先の廃工場。しかし、以前そこに蔓延っていた歪虚の姿は無い。
右腕を持ち上げる。それは黒い淀みに変質した人間の腕。ワイヤーで雑に繋がれた肩から少しずつ、白い陶器に変わり掛けている。
「マダ、ちゃんと、ハ、なおって、イナイ、ですけれド」
白い人影、人形の歪虚は歯車の音を立てながら、再び歩き始めた。
●
明るい日差しの中、壮年の男性が2人固い握手を交わしていた。
「素晴らしい仕上がりです、先方にも満足頂けるとか存じます」
「いや、こちらこそ、珍しい仕事をさせて貰った。これからもよろしくご贔屓に」
そこへ響いた若々しい青年の声。
「――阪井さーん、戻りましたー!」
ここは、職人街のある織機工場。
壮年の1人、阪井と呼ばれた男は、紡績工場を営んでおりこの工場の懇意にしている取引先だ。
少し前、阪井の紡績工場にジェオルジのある研究施設――農業魔術研究機関、通称を「実験畑」という――から、炎に耐性のある特殊な繊維をもつ綿花が持ち込まれ、ハンターの協力を得てその紡績を終えた。
ハンター達の手で紡がれ「花の絆」と名を与えられた糸を織って布に仕上げる仕事がここへ持ち込まれ、それが今、終わったところだ。
青年はエンリコといい、阪井の工場の唯一の社員。後学の為にとこの工場内を見学していた。
阪井に彼是と感想を述べ、大袈裟な身振りではしゃいでいる。
明るく誠実な青年だ。
「それで、こちらはエンリコ君が?」
「はい、俺が責任を持って、次の場所に届けます!」
こちらを向いて満面の笑顔、若いとはいいものだなと、釣られて笑ってしまいながらしみじみと思う。
次の移送まで日があるらしく、その布は一度阪井の工場で預かることとなった。
1頭立ての小さな馬車の荷車に乗せ、阪井もその横に乗り込んで。
「では、また!」
エンリコが手綱を取って馬車を走らせる。
「――本当に広くて大きな工場でしたよ」
「――魔機導の織機、すごいですよね」
「――でも俺は、うちの水車式の紡績機も好きです。よく止まっちゃいますけど」
がたごととリズミカルな車輪の音。
話し続けるエンリコの声。小一時間も掛からずに阪井紡績へ帰れる。筈だった。
●
エンリコが目を覚ましたのは病院のベッドだった。
鮮烈な記憶が蘇る。馬車にぶつかってきた、黒い或いは他の何色もの色を混ぜて濁りきって淀んだ色の固まり。
馬が嘶いて倒れていく。思わず声を上げたがそれでどうにか出来るはずも無い。
馭者席が馬と一緒に傾いた瞬間に、荷車を離し、衝撃に備え目を閉じた。
放り出されて地面に身体を打ち付けながら転がった。
全身が熱く、ずきずきと鈍い痛みを発している。
霞んだ視界に、支えを失いながらふらふらと自走した荷車が横転し、阪井が倒れる姿が見えた。
阪井さん、そう呼んだ口の中に錆の味が広がった。
倒れた阪井の横に布が落ちる。
現れた白い人影、人の形に似ているものの明らかに人では無いと分かるそれは、左腕だけで器用に布を拾い上げ、ばさりとその身に纏って走り去った。
薄れていく意識の中、馬の断末魔が耳に残った。
「……っ、さ、さかいさんっ――っつぅ――……」
「気が付いたみたいだね、良かった、エンリコ君。私はここだ、無事だよ。人を呼んでくるから、まだ横になっていなさい」
布を取り戻さなくては、見舞いに来た工場絡みの依頼で親しくしているハンターオフィスの受付嬢にエンリコは告げる。
犯人、人では無いそれの特徴に受付嬢は顔を顰めた。
「――黒い固まりで、形は虫みたい……ですか? 丸い目玉があって細い足が六本、昆虫みたいで、チョウやトンボじゃなくって、カブトムシとか、そういうのを大っきくして丸くしたみたいな……」
「――人の形で、陶器っぽい白で、歯車がくっついていた。口は三日月型で、機械みたいな音と、笑い声みたいな音……」
手帳に転記した特徴を読みながら受付嬢は頷いた。
「どちらも、この辺りで目撃情報があります。虫の方は最近人的被害が出て、一斉駆除が行われました。人型の方は前に一度逃げられて、今も調査中ですね」
エンリコは固定された首を揺らし、取られた布を被る所を見たという。鮮やかな赤が閃く。
「他に、何か、見ませんでしたか?」
「右腕が、黒くて動いてなかった……すごく足が速くて……すぐ見えなくなった、けど、虫、みたいなのは、小さくなって……あとは、分からない、です」
この歪虚には、人間の右腕を持ち去った記録がある。それを義手にしているのだろう。
虫も、この歪虚が呼び出している、或いは操っているのではないか、と推察されている。
詳細は分からないが、この歪虚と離れると力は大きく減退するのだろう。
「持ち去られた物については?」
「エンリコ君も疲れているようだからね、その辺で。後は任せて、治るまで休暇だ。早くよくなるんだよ」
病室を出て、阪井が説明を引き継いだ。
「……つまり、持ち去られた布は、現在はまだ秘密裏に研究されている試験植物の繊維で作られた、炎に強い耐性を持つ物。この植物自体も量産が難しく……現状、この一枚しか、存在しない貴重品……織機を依頼したのは、軍にも縁のある織機会社で……ええと、つまり、滅茶苦茶大事で、滅茶苦茶丈夫、って、ことですね!」
首を捻って話を聞いていた受付嬢がぽんと手を打つ。
「即刻、出動を要請しましょう!」
『歪虚に持ち去られた布を取り戻して下さい!』
●
日のある内に動き回った歪虚の情報はハンターオフィスに多く集まっていた。
最後の目撃場所は職人街の細い路地らしい。
そこへ至るまで建物や住人への被害も幾つか出ているが、把握し切れていない。
路地の先上った月に照らされた荒ら屋、元は何かの工場だったであろうその建物の半分以上が崩れた屋根の天辺に、人の形の影が浮かんだ。
「アラアラァ、何だカ、イイもの、拾っちゃいマシタ、ネ」
頭から被った布を握って引っ張って、遊んでいる。白い陶器の指に握られた、椿のように赤い布。
「コレ、どのくらい、丈夫、なの、デショウ」
きゃはは、と幼い笑い声が響く。高く低く、様々な音の継ぎ接ぎした声で喋りながら、その歪虚は屋根の上でくるりくるりと踊っていた。
荒ら屋の前に置かれた3匹の甲虫型歪虚が、その大粒の目玉を動かした。
リプレイ本文
●
髪を戦がせる一陣の風。見上げた先にはあの日取り逃がした歪虚の姿があった。
マキナ・バベッジ(ka4302)は廃工場の崩れ掛かった屋根の上、布をはためかせて佇むその歪虚を睨む。あの時に逃がさなければ、こんなことにはならなかった、と。清廉な赤い眼を眇める。
歪虚の纏う布、夜目には暗いが、時折差す月明かりに映えると赤と分かる。椿の花のような色、それを知る、その製作に携わった来未 結(ka4610)とレイ・T・ベッドフォード(ka2398)も歪虚を睨んだ。
布の材料の綿花は「花の絆」と名付けられている。その絆の一端は彼等の手によって紡がれたのだから。
紡いだ綿の柔らかさが、得物を握り締めた手に蘇る。
ミューレ(ka4567)が青い瞳で静かに来未を見詰める。大切な彼女の唯ならぬ様子、屋根に佇むあの歪虚を逃がすわけにはいかない。無舗装の道に置いたバイクの振動が小柄な身体に響いてくる。唇を結び、ハンドルを引くとライトが廃墟の前に並ぶ3匹の歪虚を明るく照らした。
大切な物ならば。ケイ・R・シュトルツェ(ka0242)は白い喉にそっと触れる。歌みたいなモノかしら。片手の弾倉を回し、からからと乾いた音の響く中、不揃いの砂利を踏みしめた。
「絶対に取り返してみせるわ」
地形を見る。退路を塞ぎ、その上で布の奪還、歪虚達の撃退。ケイは引き金に指を掛けて、屋根へ続く瓦礫へとしなやかに駆る。
集まったハンター達へ歪虚が笑う。それは幼い子供のような声に老いたしゃがれ声が混ざる、不自然な継ぎ接ぎの声。こっちだと言う様に布を翻し、布の隙間からスコープが覗く。
「人の言葉を解する歪虚……」
ユズ・コトノハ(ka4706)は屋根を見上げて呟いた。手に負えそうにない力の差を感じるが、金の双眸は光を失わず、正対する虫を睨む。
「今の私に出来る事をやりとげましょう――シエロ」
マテリアルを巡らせる。その熱を感じながらダガーを強く握る。膝下に控える犬の名を呼ぶ。もしもの時は頼みます、尻尾を揺らして応じたその頭を撫でて、甲虫を睨み動きを見定める。
モーターの音が夜の静寂に鳴り響いた。
細かな砂利や砂埃を巻き上げ、ミューレのバイクが進む。並ぶ甲虫の歪虚の横まで走り込むと、一斉に爪を歯をむけるそれらに杖を向けて直線に捕らえる。
足下から渦巻く微風が、衣服の裾や袖を揺らし、髪を靡かせて吹き抜けていく。
虫の足止めに残る来未からの微かな合図を待った。
盾と剣を構える。ミューレの背を守るべく、来未も得物の先を虫へ据えた。
巡る思い出に波打つように煌めく幻影は、大地や清流を思わせる動物の姿を模して身体の周りを囲い寄り添う。水を思わせる藍と緑に髪が染まり、夜の風がさらりと揺らす。
地面を蹴って虫へと走る。
ミューレに視線を、その一瞬、彼の杖から放たれる雷に動きを止めた歪虚を光りの波に包み込む。
「邪魔は……させません! ミューレさんっ」
「うん、先に行くよ……信じてる」
応えはモーターの音に紛れる。瓦礫を迂回し、時に乗り越えてバイクを進めながら、一度肩越しの視線を来未へ送った。どうか彼女が無事であるように。無理はしないでね、とその一時青の視線を和らげて。
虫が動きを止めた隙に、ケイは銃を構えながら瓦礫を駆け上がり、マキナは退路を塞ぐように後方へと瓦礫を越えて走る。
いっそ優雅な歩みで瓦礫を上り、人形に正対したレイはその長身を越える戦斧を振り翳して口角を釣り上げた。
「……随分と、」
人形のスコープがレイを見る。煽る風に仕立てていない布は解けて、頭部が顕わになる。
三日月に切れ込んだ口、その中に覗く歯車や発条と、顔に打ち付けられてスコープを回転させる歯車。
「不細工な人形ですね?」
切っ先を揺らして哄笑、左右に首を揺らしてハンター達の動きを見ていた人形がその首の向きを正面に据えた。
「アラアラァ、ひどい、コト、言うん、ですネ」
誰と知れない継ぎ接ぎの声で言い返し、人形は片手で布を握り、肩だけを動かして右腕をレイに向けた。
レイはまだ動かない。
マキナの左手、手袋の中に時を刻んで回る針の幻影が動き始める。巡るマテリアルに呼応するようにその覚醒からの時を数えてゆっくりと針を進ませる。その手を強く握ると、左右の手それぞれの鞭を構えて瓦礫の坂を駆け上がった。
人形の斜めやや後方、鞭の機動に退路を据えるように走り込み、レイに誘われている人形から身を潜めた。
「さぁ、遊び、ましょ……さっさと、そっちは、潰シテ、仕舞エ」
人形の首が揺れて、スコープが虫へ向いた。
翻る布が月明かりに赤く映える。
●
雷と光りの中で藻掻く3匹の甲虫に来未とユズが迫る。
「私にも、出来ることがあります」
「絆は返して貰います」
人形へと駆ける4人を見る。邪魔はさせないと、得物を甲虫へ向けた。
祈りに騒ぐマテリアルを眼に、腕に。ユズはダガーを握り直し、甲虫が擡げる脚の関節を睨んだ。
濁った色の大粒の目玉がぎょろりとユズを見下ろしている。雷が収束し、光りの波が引いていくと、その爪を振り下ろしてユズへと迫った。
食いつく様に吐く粘液がその足下を掠め、そこへもう1匹の爪が振り下ろされた。
「……っ、身動きが、とれなくなるのは不味いですね」
鎧に掠めて捕獲を逃れた爪を僅かに安堵し、崩した体勢を立て直す。マテリアルを足でも高めて、視界を保って、次は避けるとその2匹を睨む。
もう1匹の攻撃を盾に弾き、来未はユズへと視線を向けて剣にマテリアルを込める。
光りの波に虫を照らし、その衝撃で藻掻く中、ユズがダガーで目玉と足を1つ斬り飛ばした。
来未の目が頷くように瞬いた。
最後の狙いは人形の持つ布、その狙いを悟らせない為にも、ここで余り言葉を交わしたくはない。
「――合わせます」
あなたの光りに、ユズはダガーを構え直して甲虫を、その先の人形を見る。
来未は光りの中を走り、甲虫へ剣を向け直す。背中の向こうに風の気配を感じる。
「私はどんなに傷ついたって構いません……けれどっ」
身に着けた石、刻んだ六芒星に込められた魔力が勇気を与える。皆で作った布を、その絆を取り戻す為なら、ここは通さない。
傷を負った甲虫たちが獲物を選ぶように、残った目をぐるぐると動かす。2匹はユズへ、もう1匹は来未をその目玉に映した。
「シエロっ」
放たれた粘液に足を取られ爪が掛かる。装束を貫き腕に刺さる脚を押さえながら、更に飛び掛かってくる1匹を睨み、ユズが柴犬を呼ぶ。身軽に地面を蹴って甲虫の背に飛び掛かると、吠え立てながら羽を1枚噛み切って狙いを逸らした。
誘うように下がった来未は放たれる粘液を躱しながらそこへ剣を向けた。剣先に僅かに絡んだその粘液は地面とを縫い止めるように滴るが、大振りに薙ぎ払うと容易く切れる。
「使えたらいいですが……」
それを見詰めて振り返らずに、貼り付くだろうかと布を気に掛ける。
粘液を外した甲虫が爪を振り上げるのを盾に受け止め、剣を掲げて光を放つ。ユズと彼女の連れたシエロを追っていた2匹もその光に巻き込まれ、爪の外れた隙へダガーを震うと残りの目玉を切り取った。
シエロも今度は脚をもぎ取っている。来未に迫っていた1匹も大分弱っているようだ。
「その布、頑丈そうですね」
レイが戦斧を大きく薙ぐ。見目は変わらずともその身の内にマテリアルは熱を上げて昂ぶっている。
その一薙ぎを布に掠めさせて一歩下がると、人形はぐらぐらと身体を揺らして笑う。布には傷一つ残っていない。
「そう……では、これならば」
戦斧を持ち直して手繰ると、人形の胸を狙って突き出した。
月明かりを映した緑の視線がマキナへ向いた。
その手から投じられた鎖が人形の身体を飾るように打たれた歯車に絡み、その足を捕らえる。歯車の回転に合わせて噛んでいく鎖を引くと動きを封じられた人形が藻掻くように身体を揺らした。
「今度は、逃がさないと……引き剥がせば、千切れます……」
赤の瞳が人形を睨んだ。鎖を引くとそれを噛む歯車が軋む音を立てて、陶器の体へひびを拡げる。
ひらりとドレスが翻る。瓦礫を踏み、人形の視界を掠めながら誘うように動き回ると、ケイは戦斧と鎖に逃げ場を無くした人形へ銃口を向ける。鎖を外そうと藻掻いた脚へと一撃、薬莢が高く跳ね上がった。
「退路も、塞いでしまいましょうか」
立っていた瓦礫から隠れるように降り、人形の気を散らすようにたたんと銃声を響かせる。踊る薬莢を越えて、ミューレの小柄な身体がふわりと飛んだ。
瓦礫を踏み台に跳ね上がったバイクを最後の一段で横倒しに、倒れる勢いのまま身体を屋根へ放り出し、地面へ向けて風を起こし、衝撃を和らげて着地する。
分かっている。それは、ボクの役目だと、退路になりそうな細い道へと杖を向けた。
軍への支給をも想定し防弾、防刃も考えて作っている。そう伝えられた布はケイの銃弾にも薄い跡を残しただけだ。
耐火の効果で焦げ跡も残っていない。
人形がそれを面白がって屋根の上で跳ねている。銃声で気を引けるのもそろそろ限界だろう。マキナの鎖も歯車と脚の陶器を割りながら外れそうだ。レイの戦斧は布を掠るが加減の為か布を破って、その攻撃を人形へ届かせることはない。
次の一撃へ転じる瞬間、ミューレは瓦礫を飛び降りるように進み道の前へ立って杖を構え直した。
背後には壁。他は何処も塞がれている。唯一の道を塞ぐと仲間の攻撃の気配を知った。
これでやっと援護に転じることが出来る。
「その布は、お前が遊び道具にして良い物ではない」
大切なものだときいた。多くの人の絆だと、失えないものだと。
澄みきった青が、壁の出現に驚いて体勢を崩し、左の指から狙いも定まらない黒い矢を放った人形を見た。
レイが戦斧で薙ぎ、マキナが合わせて2本目の鞭を叩き付ける。その衝撃は布の上からでも人形に届き、大きく屈んだり、仰け反ったりして避けてはいるが躱しきれずに身体にひびを入れ、綻びから歯車を零している。
ケイの銃弾がその動きを更に妨げて、首の横を掠めていった。
そこへ風が吹き抜ける。
ミューレが放つ風の刃は布を傷付ける以上にはためかせ、その端をひらりと大きく舞い上がらせる。
慌てた人形がそれを纏って取り戻そうとする隙を与えずに突き出された戦斧の穂先。レイが手首を捻り巻き取ると、人形の身体を離れて翻る。
「アア、もう。せっかく、面白そう、デシタ、のに」
人形がばたばたと足を鳴らす。歯車と脛を割って鎖から逃れると、ぐるりと首を回して退路を探した。
甲虫へダガーを突き立て、犬が噛み付く。息を上げてユズがその刃先を跳ね上げると、割れた傷口から歯車と捻子を吹き上げた。それを黒い霧に変えて散らしながら、甲虫は緩やかにその姿さえ黒い土塊に変えていく。
終わったのかとそれを見詰める傍らで来未も光りの中に2匹の甲虫を包み土塊に変えた。
これを、と屋根からひらりと布が舞う。
来未が消えかかる切っ先の粘液でそれを捕まえて、くるりと刀身に巻き取って受け取る。
見上げれば、屋根の上の戦いはまだ終わっていない。
想定していた道を閉ざされた歪虚が、甲虫さえ失せたこちらの道へ首を向けている。
「絶対に、護る……」
剣から離した布を抱き締めて、その身体で庇う。
たん、と銃声が響いた。
こちらと誘うには鋭い狙いで放たれた鉛は、既に割れている脚を更に砕いた。膝から歯車や発条が零れ、その隙を縫うように黒い土塊が垂れている。その黒に支えられるように佇んだ人形が、銃声の主を探した。
「逃がさないわ。……どう、出るかしらね……上? それとも」
ケイはマテリアルを込めた鉛が狙い澄まして胸を穿つ。遮るものなく歯車を砕かれ、陶器の体にもひびが入る。
ケイが瓦礫の影から移り、次の攻撃へ転じる、人形が足掻くように指を伸ばして矢を放とうと力を込めたとき、透き通るベルの音が響いた。
布を抱えた来未のその腕の前にユズがダガーを構えて立ち、その膝下で犬が呻る。もう片方の手はベルを握り、瓦礫のぎりぎりまで近付いて音を人形まで届かせた。
「――結!」
人形が倒れると、ミューレが瓦礫を上り、風の刃で斬りつけた。鞭の打撃と戦斧もそれに加わる。纏った歯車が弾かれて、陶器が粉々に砕けていった。
「終わり、でしょうか……右腕。右腕も返して貰います……」
マキナが人形の側へ、土塊に崩れていく中、朽ちかけたその人の腕は、腐敗しながらも形を保っていた。
●
布はと尋ねる言葉に来未が抱えていたそれを差し出す。傷を確かめてたたみ直し、廃工場を見上げてほっと息を吐いた。
布が仄かに暖かく、取り戻せたと実感が湧く。
集まるハンター達から一歩離れて、ケイも白んでいく空を眺める。戦いを終えたリボルバーは装填し直し、からりと弾倉を回してホルスターへ。
マキナは腕を見詰めて目を伏せる。あの時の腕を取り戻した、静かな黙祷を捧げた。
ミューレは黙って来未の側へ寄り添う。来未が気付いて、にこりと笑んだ。
「お見舞い、と。報告に行きませんか?」
ユズが呼び掛ける。レイがぽんと手を叩いた。
「はい、届けましょう」
無事だと伝えて、安心させてあげましょう、とハンター達を促した。
病室でそれを受け取ったエンリコは破顔して喜び、良かったと繰り返す。見舞いに来た阪井も来未の手から受け取ったそれに安堵の息を吐き、見覚えのあるハンター達の顔ぶれに皺の多い目を細めた。
髪を戦がせる一陣の風。見上げた先にはあの日取り逃がした歪虚の姿があった。
マキナ・バベッジ(ka4302)は廃工場の崩れ掛かった屋根の上、布をはためかせて佇むその歪虚を睨む。あの時に逃がさなければ、こんなことにはならなかった、と。清廉な赤い眼を眇める。
歪虚の纏う布、夜目には暗いが、時折差す月明かりに映えると赤と分かる。椿の花のような色、それを知る、その製作に携わった来未 結(ka4610)とレイ・T・ベッドフォード(ka2398)も歪虚を睨んだ。
布の材料の綿花は「花の絆」と名付けられている。その絆の一端は彼等の手によって紡がれたのだから。
紡いだ綿の柔らかさが、得物を握り締めた手に蘇る。
ミューレ(ka4567)が青い瞳で静かに来未を見詰める。大切な彼女の唯ならぬ様子、屋根に佇むあの歪虚を逃がすわけにはいかない。無舗装の道に置いたバイクの振動が小柄な身体に響いてくる。唇を結び、ハンドルを引くとライトが廃墟の前に並ぶ3匹の歪虚を明るく照らした。
大切な物ならば。ケイ・R・シュトルツェ(ka0242)は白い喉にそっと触れる。歌みたいなモノかしら。片手の弾倉を回し、からからと乾いた音の響く中、不揃いの砂利を踏みしめた。
「絶対に取り返してみせるわ」
地形を見る。退路を塞ぎ、その上で布の奪還、歪虚達の撃退。ケイは引き金に指を掛けて、屋根へ続く瓦礫へとしなやかに駆る。
集まったハンター達へ歪虚が笑う。それは幼い子供のような声に老いたしゃがれ声が混ざる、不自然な継ぎ接ぎの声。こっちだと言う様に布を翻し、布の隙間からスコープが覗く。
「人の言葉を解する歪虚……」
ユズ・コトノハ(ka4706)は屋根を見上げて呟いた。手に負えそうにない力の差を感じるが、金の双眸は光を失わず、正対する虫を睨む。
「今の私に出来る事をやりとげましょう――シエロ」
マテリアルを巡らせる。その熱を感じながらダガーを強く握る。膝下に控える犬の名を呼ぶ。もしもの時は頼みます、尻尾を揺らして応じたその頭を撫でて、甲虫を睨み動きを見定める。
モーターの音が夜の静寂に鳴り響いた。
細かな砂利や砂埃を巻き上げ、ミューレのバイクが進む。並ぶ甲虫の歪虚の横まで走り込むと、一斉に爪を歯をむけるそれらに杖を向けて直線に捕らえる。
足下から渦巻く微風が、衣服の裾や袖を揺らし、髪を靡かせて吹き抜けていく。
虫の足止めに残る来未からの微かな合図を待った。
盾と剣を構える。ミューレの背を守るべく、来未も得物の先を虫へ据えた。
巡る思い出に波打つように煌めく幻影は、大地や清流を思わせる動物の姿を模して身体の周りを囲い寄り添う。水を思わせる藍と緑に髪が染まり、夜の風がさらりと揺らす。
地面を蹴って虫へと走る。
ミューレに視線を、その一瞬、彼の杖から放たれる雷に動きを止めた歪虚を光りの波に包み込む。
「邪魔は……させません! ミューレさんっ」
「うん、先に行くよ……信じてる」
応えはモーターの音に紛れる。瓦礫を迂回し、時に乗り越えてバイクを進めながら、一度肩越しの視線を来未へ送った。どうか彼女が無事であるように。無理はしないでね、とその一時青の視線を和らげて。
虫が動きを止めた隙に、ケイは銃を構えながら瓦礫を駆け上がり、マキナは退路を塞ぐように後方へと瓦礫を越えて走る。
いっそ優雅な歩みで瓦礫を上り、人形に正対したレイはその長身を越える戦斧を振り翳して口角を釣り上げた。
「……随分と、」
人形のスコープがレイを見る。煽る風に仕立てていない布は解けて、頭部が顕わになる。
三日月に切れ込んだ口、その中に覗く歯車や発条と、顔に打ち付けられてスコープを回転させる歯車。
「不細工な人形ですね?」
切っ先を揺らして哄笑、左右に首を揺らしてハンター達の動きを見ていた人形がその首の向きを正面に据えた。
「アラアラァ、ひどい、コト、言うん、ですネ」
誰と知れない継ぎ接ぎの声で言い返し、人形は片手で布を握り、肩だけを動かして右腕をレイに向けた。
レイはまだ動かない。
マキナの左手、手袋の中に時を刻んで回る針の幻影が動き始める。巡るマテリアルに呼応するようにその覚醒からの時を数えてゆっくりと針を進ませる。その手を強く握ると、左右の手それぞれの鞭を構えて瓦礫の坂を駆け上がった。
人形の斜めやや後方、鞭の機動に退路を据えるように走り込み、レイに誘われている人形から身を潜めた。
「さぁ、遊び、ましょ……さっさと、そっちは、潰シテ、仕舞エ」
人形の首が揺れて、スコープが虫へ向いた。
翻る布が月明かりに赤く映える。
●
雷と光りの中で藻掻く3匹の甲虫に来未とユズが迫る。
「私にも、出来ることがあります」
「絆は返して貰います」
人形へと駆ける4人を見る。邪魔はさせないと、得物を甲虫へ向けた。
祈りに騒ぐマテリアルを眼に、腕に。ユズはダガーを握り直し、甲虫が擡げる脚の関節を睨んだ。
濁った色の大粒の目玉がぎょろりとユズを見下ろしている。雷が収束し、光りの波が引いていくと、その爪を振り下ろしてユズへと迫った。
食いつく様に吐く粘液がその足下を掠め、そこへもう1匹の爪が振り下ろされた。
「……っ、身動きが、とれなくなるのは不味いですね」
鎧に掠めて捕獲を逃れた爪を僅かに安堵し、崩した体勢を立て直す。マテリアルを足でも高めて、視界を保って、次は避けるとその2匹を睨む。
もう1匹の攻撃を盾に弾き、来未はユズへと視線を向けて剣にマテリアルを込める。
光りの波に虫を照らし、その衝撃で藻掻く中、ユズがダガーで目玉と足を1つ斬り飛ばした。
来未の目が頷くように瞬いた。
最後の狙いは人形の持つ布、その狙いを悟らせない為にも、ここで余り言葉を交わしたくはない。
「――合わせます」
あなたの光りに、ユズはダガーを構え直して甲虫を、その先の人形を見る。
来未は光りの中を走り、甲虫へ剣を向け直す。背中の向こうに風の気配を感じる。
「私はどんなに傷ついたって構いません……けれどっ」
身に着けた石、刻んだ六芒星に込められた魔力が勇気を与える。皆で作った布を、その絆を取り戻す為なら、ここは通さない。
傷を負った甲虫たちが獲物を選ぶように、残った目をぐるぐると動かす。2匹はユズへ、もう1匹は来未をその目玉に映した。
「シエロっ」
放たれた粘液に足を取られ爪が掛かる。装束を貫き腕に刺さる脚を押さえながら、更に飛び掛かってくる1匹を睨み、ユズが柴犬を呼ぶ。身軽に地面を蹴って甲虫の背に飛び掛かると、吠え立てながら羽を1枚噛み切って狙いを逸らした。
誘うように下がった来未は放たれる粘液を躱しながらそこへ剣を向けた。剣先に僅かに絡んだその粘液は地面とを縫い止めるように滴るが、大振りに薙ぎ払うと容易く切れる。
「使えたらいいですが……」
それを見詰めて振り返らずに、貼り付くだろうかと布を気に掛ける。
粘液を外した甲虫が爪を振り上げるのを盾に受け止め、剣を掲げて光を放つ。ユズと彼女の連れたシエロを追っていた2匹もその光に巻き込まれ、爪の外れた隙へダガーを震うと残りの目玉を切り取った。
シエロも今度は脚をもぎ取っている。来未に迫っていた1匹も大分弱っているようだ。
「その布、頑丈そうですね」
レイが戦斧を大きく薙ぐ。見目は変わらずともその身の内にマテリアルは熱を上げて昂ぶっている。
その一薙ぎを布に掠めさせて一歩下がると、人形はぐらぐらと身体を揺らして笑う。布には傷一つ残っていない。
「そう……では、これならば」
戦斧を持ち直して手繰ると、人形の胸を狙って突き出した。
月明かりを映した緑の視線がマキナへ向いた。
その手から投じられた鎖が人形の身体を飾るように打たれた歯車に絡み、その足を捕らえる。歯車の回転に合わせて噛んでいく鎖を引くと動きを封じられた人形が藻掻くように身体を揺らした。
「今度は、逃がさないと……引き剥がせば、千切れます……」
赤の瞳が人形を睨んだ。鎖を引くとそれを噛む歯車が軋む音を立てて、陶器の体へひびを拡げる。
ひらりとドレスが翻る。瓦礫を踏み、人形の視界を掠めながら誘うように動き回ると、ケイは戦斧と鎖に逃げ場を無くした人形へ銃口を向ける。鎖を外そうと藻掻いた脚へと一撃、薬莢が高く跳ね上がった。
「退路も、塞いでしまいましょうか」
立っていた瓦礫から隠れるように降り、人形の気を散らすようにたたんと銃声を響かせる。踊る薬莢を越えて、ミューレの小柄な身体がふわりと飛んだ。
瓦礫を踏み台に跳ね上がったバイクを最後の一段で横倒しに、倒れる勢いのまま身体を屋根へ放り出し、地面へ向けて風を起こし、衝撃を和らげて着地する。
分かっている。それは、ボクの役目だと、退路になりそうな細い道へと杖を向けた。
軍への支給をも想定し防弾、防刃も考えて作っている。そう伝えられた布はケイの銃弾にも薄い跡を残しただけだ。
耐火の効果で焦げ跡も残っていない。
人形がそれを面白がって屋根の上で跳ねている。銃声で気を引けるのもそろそろ限界だろう。マキナの鎖も歯車と脚の陶器を割りながら外れそうだ。レイの戦斧は布を掠るが加減の為か布を破って、その攻撃を人形へ届かせることはない。
次の一撃へ転じる瞬間、ミューレは瓦礫を飛び降りるように進み道の前へ立って杖を構え直した。
背後には壁。他は何処も塞がれている。唯一の道を塞ぐと仲間の攻撃の気配を知った。
これでやっと援護に転じることが出来る。
「その布は、お前が遊び道具にして良い物ではない」
大切なものだときいた。多くの人の絆だと、失えないものだと。
澄みきった青が、壁の出現に驚いて体勢を崩し、左の指から狙いも定まらない黒い矢を放った人形を見た。
レイが戦斧で薙ぎ、マキナが合わせて2本目の鞭を叩き付ける。その衝撃は布の上からでも人形に届き、大きく屈んだり、仰け反ったりして避けてはいるが躱しきれずに身体にひびを入れ、綻びから歯車を零している。
ケイの銃弾がその動きを更に妨げて、首の横を掠めていった。
そこへ風が吹き抜ける。
ミューレが放つ風の刃は布を傷付ける以上にはためかせ、その端をひらりと大きく舞い上がらせる。
慌てた人形がそれを纏って取り戻そうとする隙を与えずに突き出された戦斧の穂先。レイが手首を捻り巻き取ると、人形の身体を離れて翻る。
「アア、もう。せっかく、面白そう、デシタ、のに」
人形がばたばたと足を鳴らす。歯車と脛を割って鎖から逃れると、ぐるりと首を回して退路を探した。
甲虫へダガーを突き立て、犬が噛み付く。息を上げてユズがその刃先を跳ね上げると、割れた傷口から歯車と捻子を吹き上げた。それを黒い霧に変えて散らしながら、甲虫は緩やかにその姿さえ黒い土塊に変えていく。
終わったのかとそれを見詰める傍らで来未も光りの中に2匹の甲虫を包み土塊に変えた。
これを、と屋根からひらりと布が舞う。
来未が消えかかる切っ先の粘液でそれを捕まえて、くるりと刀身に巻き取って受け取る。
見上げれば、屋根の上の戦いはまだ終わっていない。
想定していた道を閉ざされた歪虚が、甲虫さえ失せたこちらの道へ首を向けている。
「絶対に、護る……」
剣から離した布を抱き締めて、その身体で庇う。
たん、と銃声が響いた。
こちらと誘うには鋭い狙いで放たれた鉛は、既に割れている脚を更に砕いた。膝から歯車や発条が零れ、その隙を縫うように黒い土塊が垂れている。その黒に支えられるように佇んだ人形が、銃声の主を探した。
「逃がさないわ。……どう、出るかしらね……上? それとも」
ケイはマテリアルを込めた鉛が狙い澄まして胸を穿つ。遮るものなく歯車を砕かれ、陶器の体にもひびが入る。
ケイが瓦礫の影から移り、次の攻撃へ転じる、人形が足掻くように指を伸ばして矢を放とうと力を込めたとき、透き通るベルの音が響いた。
布を抱えた来未のその腕の前にユズがダガーを構えて立ち、その膝下で犬が呻る。もう片方の手はベルを握り、瓦礫のぎりぎりまで近付いて音を人形まで届かせた。
「――結!」
人形が倒れると、ミューレが瓦礫を上り、風の刃で斬りつけた。鞭の打撃と戦斧もそれに加わる。纏った歯車が弾かれて、陶器が粉々に砕けていった。
「終わり、でしょうか……右腕。右腕も返して貰います……」
マキナが人形の側へ、土塊に崩れていく中、朽ちかけたその人の腕は、腐敗しながらも形を保っていた。
●
布はと尋ねる言葉に来未が抱えていたそれを差し出す。傷を確かめてたたみ直し、廃工場を見上げてほっと息を吐いた。
布が仄かに暖かく、取り戻せたと実感が湧く。
集まるハンター達から一歩離れて、ケイも白んでいく空を眺める。戦いを終えたリボルバーは装填し直し、からりと弾倉を回してホルスターへ。
マキナは腕を見詰めて目を伏せる。あの時の腕を取り戻した、静かな黙祷を捧げた。
ミューレは黙って来未の側へ寄り添う。来未が気付いて、にこりと笑んだ。
「お見舞い、と。報告に行きませんか?」
ユズが呼び掛ける。レイがぽんと手を叩いた。
「はい、届けましょう」
無事だと伝えて、安心させてあげましょう、とハンター達を促した。
病室でそれを受け取ったエンリコは破顔して喜び、良かったと繰り返す。見舞いに来た阪井も来未の手から受け取ったそれに安堵の息を吐き、見覚えのあるハンター達の顔ぶれに皺の多い目を細めた。
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
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面白かった! | 6人 |
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MVP一覧
- 共に紡ぐ人を包む風
ミューレ(ka4567)
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/07/18 18:05:07 |
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相談卓 マキナ・バベッジ(ka4302) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/07/20 19:25:13 |