• 東征

【東征】隠の半藏/存亡の境界線

マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~9人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2015/07/20 22:00
完成日
2015/07/29 19:34

みんなの思い出

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オープニング


 山本五郎左衛門を討ち果たし、歓喜に湧いた東方が、再び絶望で塗りつぶされようとしていた。
 突如その姿を表した九つの蛇をその尾に宿した大狐。妖怪の首魁にして、憤怒の歪虚の至高存在。比喩抜きに山の如き巨体を誇る妖狐は既に展開されていた結界を抜け、東方の地を蹂躙しながら天の都へと至ろうとしていた。
 ――数多もの東方兵士たちの生命を貪りながら。
 同時に、妖狐は東方の守護結界に大穴を作っていた。今もその穴を通じ妖怪たちが雪崩れ込んでおり、百鬼夜行が成らんとしている。

 かつて無いほどの窮地に立たされながら、東方はそれでも、諦めなかった。
 最後の策は指向性を持った結界を作り九尾を止め、結界に開いた穴を新たなる龍脈の力を持って塞ぐこと。それをもって初めて、最終決戦の為の舞台を作る。

 そのために今必要とされるのは人類たちは九尾達の後方――かつて妖怪たちに奪われし『恵土城』の奪還と、可及的速やかな結界の展開。
 東方の民と東方の兵の亡骸を――僅かでも減らすその為に。


 暴れ回る大妖狐を大きく迂回し、漸く辿り着いた恵土城を遠方に見やったハンターと東方武士達は、言葉を無くしていた。美しき東方の城。その天守閣を覆うほどに黒々と広がった、『泥』。
 同道していた術士が呆然と呟いた。
「……龍脈が」
 喰われている、と。
 地下から吸い上げられた龍脈が天守閣の泥へと吸い上げられている。しかし、果たして、この戦場における狙いは定まった。

 地下と天守閣。その二つを、落とさなくてはならない。
 この局面での失敗は、即ち東方の終わりを意味する。だが、恐れずにハンター達は歩を進めた。
 ――運命に、抗う。
 ハンター達は、その言葉の意義を自ら証するためにこの場にいた。


 ぐずり、ぐずりと粘質な音が天守閣に響く。否。もはや天守閣とは呼べようもない。闇色の泥が渦を巻いて凝るだけの異界に近しい。泥は質量を増しては泡立ち、潰れ、凝り、流れ、爆ぜ、湧き上がり、そして潰れ、また溢れる。中央の空間は広い。おそらく、本来の天守閣よりも、遥かに。
 外界の光など届き得ぬそこは、しかし光で満ちていた。紫紺色の光芒が明滅し、泥の裡を仄かに照らす。
 『泥』は、その中央から湧いていた。
「あーーーーー」「あー」「Aaaa」「あぁぁ」
 唐突に、声。下手くそな輪唱。少年のような、少女のような。忍び装束に身を包んだ半藏イエが、そこに居た。
 一人ではない。だが、人とも言えない。なりそこないの人形のような者共が泥の彼方此方から湧き上がり、言葉を連ねる。
「退っっっっっっっっっっ屈だなあ…………」「退屈」「だなあ」「だ」「だねえ」「ユエ」「ユエ」「ユエ」
 膝を抱えて座り込み、泥を制御するイエは己が内包し、同時に己を形成している泥を次々と吐き出し、この地から沸き上がる龍脈――その正のマテリアルを取り込み、汚染し、腐敗させ続けていた。
 『二人』であることを維持するために、『彼』と『彼女』が取り込み、消化し、同一化した妖怪達の成れの果てが歪虚の本能に突き動かされるように、貪欲にマテリアルを喰らい続ける。
 その制御は困難に過ぎ、外界に目を向ける余力もない。彼の周囲で出来損ないがうだうだと喋り続けるのも、その表れと言えた。
「他の御庭はずるいよ。自分たちばっかり楽しんでさ」「ずるい」「御庭」「御庭」「楽しんで」「ユエ」「ユエ」
 本来であればこれは、歪虚として心踊る役目なのだろう。滅世の業炎たる九尾狐の命で、この地を滅ぼす為の要となっているのだから。
 けれど。
「…………退屈だよ。ユエ」「ユエ」「ユエ」「ユエ」「ゆエ」「ユえ」「ユエユエユエユエ」「ゆえ」
 イエは今、一人だった。もともとが男性体であるイエは、ユエほどに産む事に長けていない。半身たるユエであれば意識せずとも出来るのだが――ユエは今、此処には居ない。二人目のユエを産む事は今のユエの否定に近しい。だから今、イエは一人なのだ。
 龍脈という、馬鹿馬鹿しい存在を喰らい続ける。
「……誰かこないかな。そしたら、楽しめるのにさ」「楽しめるのに」「さ」「ユエ」「ユエと」「そしたら」
 ま、無理かな。
 イエは茫と、胸中でのみ呟いた。
 九尾はもう動いた。なら、この遊び場はもう終わりだ。
「はぁ。早くこんな場所終わらせて……次の場所にいきたいね、ユエ。西へ」「ユエ」「ゆえと」「西へ」「西」「ユエと」


「東方の城はマジでよくわかんねェな」
 城内。微妙に困憊している様子の赤髪の男が呟いた。ハンター達は夫々に息を整えている、その眼前。数多の戦場を無視して、散発的に寄ってきた妖怪たちは叩き伏せ、遮二無二駆け上がった先で――道が、無くなっていた。
「ンだこりゃ……これもシノビ的なアレってやつなのか? 何と言ったか……」
 騎士甲冑に身を包み、ひと目でいわくありと見える剣を携えた男はまるで恐れる様子もなく、行き止まりへとずずいと歩を進めると壁に向かって鞘に入ったままの剣を向けた。
 アホである。
 このアホの名前をダンテ・バルカザールと言う。
「そう、シノビハウスだ」
 訂正しよう。バカ猿である。
 ほにゃらら王国のナントカ騎士団の副団長らしいが、此処では身分を伏せての参加であった。独断での参加であり、ハンターの一群と同時に突入し、独自に進んだ挙句、ハンター達と合流したのがつい先ほど。九尾の侵攻を留める役回りを希望したのだが、東方首脳陣の強い反対にあり、さりとて各国軍向けに提示された各村の護衛やその他役回りに興が乗らず、この戦場を選んだのだ、と道中で語っていた。
 バカ猿は眼前にある“行き止まり”――即ち、闇色の泥の壁を剣先で突つき始めた。
「……音は固くねえな。シンカイに聞いたぜ。合言葉がいるんだろ?」
 咳払いを一つした後、自信ありげに言う。
「月見で一杯花見酒、山盛り谷間で花盛り、月と更科、星に禿……あとなんだったっけか……」
 ハンター達が夫々の表情で奇行を見守る中。


 壁は当然、開かなかった。


「…………話が違うぜ、シンカイ」
 暫し茫然とした後。バカ猿はいらだたしげに泥の壁を剣で斬り払う。と、ねちりぶつりと粘質な音を残して抉れる。抉れた先で、『泥』はすぐに黒ずみ、霞むように消えていった。削れた空間はゆっくりとその隙間を埋めていこうとしているが――遅い。
「……………………」
 剣を戻したバカ猿はハンター達を振り向いた。どこか楽しそうなのは、抉った先に、木製の『階段』を一部見てとったからか。
「どうするよ、これ」
 楽しげなバカ猿は兎も角、ハンター達は眼前にある泥の壁の由来を知っているかもしれない。東方戦線でこんな泥を使う存在は、今のところ『半藏イエ』と『半藏ユエ』しかいない。そして奴らは、人を喰った。

 ――此処を落とさねば、竜脈は使えない。時間は無い。
 進まねば、東方に先は無い。

 さて、どうするか。

リプレイ本文


 ぐちり、ぐちりと泥が鳴り、粘質で陰湿な音が響いた。闇色の泥を前にハンター達が足を止めたのはほんの数瞬。その数瞬の間に、様々なものが空間を撫でていく。
「……」
 過ぎて行った気配に、柏木 千春(ka3061)の柔らかな表情が曇る。少女の耳朶に、幾重にも音が響いた。火が、あるいは魔術が弾ける音。雷撃の気配。嬌声にも似た歓喜の狂笑。城内の彼方此方で末期の悲鳴が響き、それを呑み込むように気勢が弾ける。
「……急がなくちゃ」
「そう、ですね」
 この戦場の意味を、千春は知っていたからその瞳には迷いはなかった。同じものに心を痛めていたマリア・ベルンシュタイン(ka0482)にしても、そうだったのだろう。少女の金砂の如き髪が頷きと共に揺れる。
「天主おわすは泥柱の、と」
 二揃いのサーベルを携えたマッシュ・アクラシス(ka0771)が諳んじるように告げる。恐ろしげな全身鎧に覆われてはいるが、冷然とした気配が滲んでいた。戦場の只中でも緩がぬ平静。
「試したいことが、あるのですが」
 この少女も、似たようなものだ。レイレリア・リナークシス(ka3872)は、眼前の泥を見据えてそう言った。雪辱を果たすというにはあまりに冷えきった双眸のままに想定している魔術を告げると、ハンター達からは同意が返った。

 ――彼らはこの戦場に辿り着いたのだ。この場における、最果ての戦場の一つに。
 それはこの混沌の中で掴み取った、紛れもなき幸運。
 それがこの東方における物語において必然だったのか否かが、これから刻まれようとしていた。 


「この歳になって泥遊びに付き合う事になるとはなぁ」
 くつくつと嗤いながら、フィオナ・クラレント(ka4101)。槍をくるりくるりと回しながら、泥の壁の前に跪くレイレリアの傍らに立つ。傲慢を体現したかのような女は愉快げに目を細めると、短くこう言った。
「往くぞ」
 傲然たる言葉と同時。身を低くしたその手から、銀閃が奔る。長槍が泥を弾くように付きこまれ、そうして剥き出しなったのは上層へと続くと思われる――階段だ。
「はい」
 足場をむき出しにしたフィオナに続き、フィオナに応じたレイレリアは魔術を顕現。少女の眼前。正常の階段から突き立つように石壁が生まれた。一帯の泥を掻き分けて厳然と立つそれにレイレリアが頷くと同時、繊維の束を千切ったような音と共に泥が飛び散り、少女の身体を汚す。
「お、見事見事」
 後方で見守っていたダンテが愉快げに手を鳴らすのにも、『泥』に濡れたことにも、レイレリアは嫌な顔一つ見せなかった。
「だ、大丈夫ですか?!」
 泥の惨状を知る櫻井 悠貴(ka0872)が問えば。
「痛くはありません」
「へぇ。この『泥』死んでるんだ」
 遠火 楓(ka4929)は、レイレリアの頬についた泥を拭い、その黒々と凝固した様子を見て言う。
「死んでる?」
 天ヶ瀬 焔騎(ka4251)の問いに、楓は鼻を鳴らした。手甲に包まれた指の狭間で、チリチリと崩れた欠片が溶けるように消えていく。
「あのクソ女とかの『泥』は噛み付いてくるけど、死んじゃうとこうなるわけ」
「これは『半藏』でもありますから、気持ちがいいものではありませんが」
「ふむ……」
 土塊に近しいそれを身体から払うレイレリアは一歩退いた。続く手としてこの壁を破壊しなくては行けないが、非力な自分よりも適任な者がこの場には沢山居たからだ。
「っし、やるか!」
 ダンテや楓が前に進む中。
「あれ?」
 レイレリアと同じく、少し離れた位置から見守っていた逢見 千(ka4357)が不可解そうに目を細める。視線の先では――『泥』が、少しずつ、石壁を飲み込もうとしている。至極身に覚えのある光景だった。つい先日その身を襲った泥程の勢いはないが――如何せん、量が多い。
「急ぎましょう」
 マリアの言葉が、しんと響いた。張りつめた表情には不退転の強い意志の籠った眼差し。
 果たして。ハンター達は得物を壁へと向かって突き入れ、あるいは斬撃を加えるとはらはらと壁を構築していたマテリアルがほどけて、消えた。
 生まれた空隙――四方を『泥』に囲まれた不浄なる道に、ハンター達は飛び込んでいった。



 生まれた隙間は決して広くは無い。それでも、足がかりとしては十分に過ぎた。
 最初に飛び込んだのはマッシュ。全身甲冑を思わせぬ速度で踏み込んで、切って、払う。泥による浸食を厭うたか、得物は片方しか使わない。しかし、この泥に関して言えばさして問題にはならなかった。脆く、そして柔らかい。
 有機的な、奇異な手応えが残る。だが、男はさして気にはせずに、
「面倒な程に泥臭い、ですが……」
 泥の性状を冷たく見据えて。 
「その程度、ですね」
 能動的な脅威と言えるようなものではないと知れ、呟いた。次いで。紅い紅い爆炎が生まれた瞬後、焔騎が往く。
「――っ!」
 荒れ狂うのは、覚醒を示す焔だけではない。その胸中は既に、何かに突き動かされているようだった。男は最大限持ち手を伸ばして、最長の突き込みを放つ。ずずり、と。柄まで鈍い音とともに呑みこまれた。
「おいおい、大丈夫かよ」
「考えがある」
 かなり豪快に過ぎる様相だった。魔剣を振るダンテの軽い口調に、焔騎は生真面目な口調で返す。その背に、楓が言葉を投げた。
「穂先はどんな感じ? 抜けた?」
「まだ……だな」
「あ、そ」
 取り立てて期待もしていなかったのだろう。落胆する様子もなく、楓は刀を振るい、泥壁を殺すことに専念し始めた。
「……泥まみれというより、埃まみれ、ですね」
 機導術を紡ぎながら、どこか苦い声で悠貴。泥を蒸散させる光条に、炭化した『泥』が舞う。その様子に、こと、この場の泥に汚れる事に関しては先達である千やレイレリアに、淡い共感が零れた。
「すぐに消えますから……」
「でも、前と全然違うね。なんで、だろ」
「さてな。何かで消耗しているんだろう、が」
 レイレリアと千の言葉に、最後方から得物を突き込み、大きく振り払ったフィオナが応じた。
「違うとしたら何だ?」
 まるで試すような言葉だったが、千は『それ』を気にする性分でもないのだろう。素直に頷く。
「龍脈……かな」
「だろうな」
「マテリアルを消化しているところだから、脆くなってる……と言った所でしょうか」
 レイレリアの声に、千の脳裏である言葉と光景が過って、消えた。マテリアルの存在は確かに泥を阻む。その事は先日、十分に知った所だった。
 ――結局、わからなかったな。
 胸の中で呟いた、その時だ。
「……ッ!」
 焔騎の気勢が響いた。泥に呑まれた槍を手にしたまま、法術を紡ぐ。男が手にした槍の柄から穂先へとマテリアルが奔り――闇色の弾丸が放たれた。同時に、焼け焦げるように槍の周囲の泥が散り、空隙が広がる。
 その隙間を、北斗七星を戴いた盾を翳して千春が踏み込む。
「ひらけ……っ!」
 想いと共に。小柄な身体から、眩い光が奔った。半径5メートルにも及ぶ聖なる光が生まれる。次の瞬間にはそれも消えていったのだが。
 これが、効いた。
 一瞬にして拓けた空隙。通路の幅が広がる訳ではないが、その奥行きが目に見える成果となって飛び込んでくる。けれど、少女は感嘆の声をあげなかった。剥き出しになった階段と天井を見据える。
「……罠は、無いですね」
 凄まじいの一言に尽きる集中と決意が、少女に油断も安堵も赦さなかった。この戦場が、数多の命に直結すると、少女は知っていたから。
「穴があいてるね」
「あー。さっきのやつね」
 千の言葉の通り。仄暗い泥の向こうに、不吉な光が見えた。楓が焔騎に視線を送れば、男は僅かに顎を引く。
「いやはや、使いよう、だな」
「?」
 小春とレイレリアとを見回してダンテはそう言った。先ほどのセイクリッドフラッシュ、そしてアースウォールの使い方に、感嘆しているようだった。ハンター達の戦い方は、在りようからして騎士団とは隔絶している。良くも悪くも、こういう小手先は彼ら騎士が苦手とするところだった。
「……いつ閉じてくるか解りません、急ぎましょう!」
 意外な健脚を見せたマリアの声に、一同は疾走を再開。開いていた穴は縮まり、ついには塞がってしまってはいたが、大きく踏み込んだマッシュが大きくサーベルで薙ぎ払うと一挙に視界が広がった。そのままの勢いで、一同は通路を抜ける。

 ――そうして、相対は成った。


「おやぁ……ニンゲン達、じゃん」「オヤぁ」「おや」「やぁ……?」
 伽藍堂とした空間。煌々と仄光るその中央に、『半藏』が、居た。
「クソ女じゃないほうね」
「イエ……」
 遠目に、光る瞳の色を見て楓が言う。そうして、言葉を継いで、千。愉悦を滲ませた瞳は決して明るくはないが、遮るものもないこの場ではよく見えた。
「良く辿り着いたね、遠かったでしょ! 疲れてない? 大丈夫?」
 下半身を室内の泥に埋めていた『イエ』はそこから脱すると、幼い顔に笑みを刻んで口早に言う。
「退屈してたんだぁ、ねえ、遊んでくよね? そのつもりできたんだよね、此処を抑えないと、この国、滅んじゃうからね!」「滅んじゃう!」「遊んデ」「ネェ」
 少年の意識が闖入者に向いたことを示すように出来損ないのナニカが方々から沸き立ち始め、ハンター達を眺めている。
 戦場の只中でマリアは強い眼差しと共にイエを見据える。喪われた命を思った。これから喪われる命もまた。だから。
 何が起こっても。この闇を祓うと、決めていた。
「もう、これ以上、命を奪われるわけにはいきません! 必ず、止めてみせます……! 半藏イエ。貴方という闇から、東征の人々へ、救いの光を届けるんです……!」
「ふふっ!! やってみなよ!」
 言葉と共に、戦端が開かれた。


 先行したのはマッシュ、マリア、悠貴、フィオナの四人。露払いのために、往く。成れの果て共も同時に動いた。あるものは泥を投げ、あるものは取り付こうと近づいてくる。
「頭が高いぞ、木偶!」
 最前に立つは、投擲の間合いを踏み越えて進むフィオナ。向かってくる泥など意にも介さず、長槍が大きく振るわれる。衝撃に、身体の中程から断ち切られた成れの果て共。朽ち果てる寸前に、まるで天に唾吐くように出来損ないは泥を吐き出し、フィオナに浴びせる。泥は騎兵鎧を超えて、その身を侵すように浸潤。肉を喰まれる異痛がフィオナの脳髄を走るが、女は嗤った。
「精々足掻くが良い……!」
 愉しませてみせよ、と命令するような威勢で。
「あっちにも泥、こっちにも泥……泥まみれ、ですね」
 波濤の如き成れの果て達にから距離を取りつつ、魔導銃で銃撃を重ねる。攻撃は今、フィオナに集中していた。だから。
「行って下さい!」
 悠貴の声に後続が動く。フィオナの動きに引き出されるように、イエに至る空隙が出来ていた。
「ダンテ様はこちらへ」
 今まさに成れの果てに斬りかかろうとしていたダンテをレイレリアが止めた。
「おいおい……アイツ、『半藏』だろ? 速いンだろ? 馬もねェし俺ァ殆ど壁くらいにしかなれねェぞ」
「それでいいから、さっさと来る」
「ダンテ様……イエは痛みを感じません。また、身体の泥は可能な限り回避してください」
「へい、へい」
 楓に叱咤されレイレリア説明を受けるダンテを引き連れ、イエ対応の面々は追い抜いていく。
「……さて、さて」
 思考は冴えている。この場における生命線でもあるマリアを背負うように立つマッシュは次々と沸き立つ成れの果てを剣の腹で打ち付けた。
「やはり、此の方が安全、ですね」
 “面”で弾き飛ばしてしまえば泥を吐き出す事を物理的に留めることが出来そうだった。斬撃や刺突に比べると明らかに有効打であるように思われる……が、残念ながら、彼以外にそれがこなせそうな得物の者も居ない。
「少々泥臭いですが……仕方ない」
「あ、あの! もう少し、イエの方に寄れませんか」
 切り払うマッシュの背に、ホーリーライトの法術を紡いでイエ対応の道中の敵を撃ち抜いたマリアの声が届く。法術でイエ対応の周囲の敵を撃とうと思うと、距離を詰めなくては行けなくなる。
「イエは投擲武具を使いますから、余り勧められませんが」
「……」
 少しばかり思索する。戦場は近しくなるが、マリアの回復手段を思えば無事庇い切れれば治療効率の高さは十分に戦場の益となる。苦戦は必死。ならば、それを成し遂げれば。
「――分かりました」
「ありがとうございます!」
「いえ……私のためでもありますから、お気になさらず」
「はいっ」
 相応に重要な働きを示した事になるだろう、と判断したマッシュであった。『報酬』の為に受け容れられたとは思っても居ないだろうが、マリアは至極嬉しげに、追い抜いていったイエ対応達の後を追って走りだす。


「郷に入ればなんとやらってなァッ!」
 最初に踏み込んだのはダンテ。壁になれと言われると拘り無く従ったようだ。迷わず踏み込み、放たれた切り払いの一閃は易易と躱される。豪風に前髪をなびかせながら距離をとるイエは騎士の後方を見て取った。
「君達、前にも見たね」
「ええ、そうですね」
 静かな口調でレイレリアが応じた。その周りに浮かぶ水晶の幻影。次いで、回避に体勢が泳ぐイエに対して放たれたファイアアロー。通った射線は、イエにとっても同じこと。重ねるようにレイレリアへと投ぜられた苦無を「っとぉ!」と危うげな様子でダンテが撃ち落とした。
 転瞬。
 ダンテの魔剣とは反対側から、刃が奔った。
「クソ女じゃないのは残念だけど」
 刃は、女の形をしていた。
「楽しませてね?」
 楓。舞剣士としての全てを注いでの剣閃が――届いた。地を舐めるように低く放たれた剣撃が足を断つ。否。斬撃の瞬間、それに対して蹴り足が放たれていたか。断ち切られた泥が爆ぜ、びしゃり、と楓の半身を汚した。
 直後に襲ってくる痛みは無視。二戦目ともなれば覚悟はできている。それに。
「まだ続くわ」
 痛みを押し殺して不敵に言う楓に続き、千、それから、千春が距離を詰めていた。残る片足で地を蹴るイエ。着地の瞬間には消えた片足が再生している。構えを取る千は、後方の千春に届くように小さく言う。
「……どのくらい詰めればいい?」
「もう少し、です」
 千の小さな身体でも、千春の壁となることはできる。セイクリッドフラッシュの間合いを保とうとする千春としては最低でも5メートルの距離を維持する必要がある。
「ん」
 そも拒むことはこの少女にとっては稀有な事だったから了解を示す。
 ――構図は定まった。楓、離れた位置にレイレリアを背負うダンテと、千春の壁となった千が距離を取って二方面から。そして、後衛に位置する焔騎はそれらの中央でヒールを行いながら、動静を測る。

「んー」
 幾つか切り結んだ後。愉しげに状況を見回したイエは両手に持つ苦無をくるくると回した。そして。
「ふふ、ユエに悪いけど、楽しめそうだ、ねっ!」
 わざとらしく左足を掲げて、軽い様子でとん、と泥から成る床を踏んだ。その足がずぶりと埋まり、引き上げた、瞬後。
「……げ」
 果たして、声は誰のものだったか。だが、それすらも呑まれる程の粘質な音が爆ぜた。
 生まれたのは半円形に生じた泥の高波。イエの足元から湧いたそれらは、前衛として立っていたハンター達を呑み込んだ――かと、思われた。
「……っ!」
「離れて」
 ハルバートを振るって千春を庇おうとする千に、千春は首を振る。泥波に抗うように、術を紡ぐ。警戒はしていたが、カウンターで放つにはこの術は重い。故に反応が遅れかけていた。
「……負けられない……っ!」
 だが。不意に身の裡から湧いたマテリアルが、『それ』を成した。背を押されるように、護るべきを護るために、祈りと共に術を紡ぎきった。
 少女の小さな身から二度目の聖光が弾ける。泥を灼くそれは一瞬の均衡の後、押し寄せる泥と足元の泥共々に消え失せた。成果と、足元に触れた木々の感覚に安堵を得る千春。

 一方、ダンテと楓はもろに浴びていた。


「へぇ……!」
 感嘆するイエを他所に。
「うん、もう少し離れませんか」
「いえ、治療をしなくては……っ」
「ですよね……」
 泥の波濤を見て取ったマッシュの提案は一瞬で却下された。
 成れの果て対応の面々の位置取りもまた、随分とイエ対応の面々に近くなってきている。フィオナだけでなく、ダンテと楓に対して治療を施そうと思えば出来るくらいには。祈りと共に、法術を成す。溢れたマテリアルの粒子が円を成し、その内の者の傷を癒していく。
「撃っても撃ってもわいて来ますねこの泥……」
「確かに果てはない。周囲を泥で覆われてる現状、自明だがな」
 一息つく悠貴の声に、フィオナ。成れの果ての間合いは槍のそれよりも広い。その不利をマッシュは装甲とマントで受ける事で解消しているが、フィオナの消耗は少なくなかった。銃器が重く軽装の悠貴にしてもそうだった。泥に汚れ、苦無に抉られた傷が、疼く。
「あちらは順調とは言いがたい、か」
 横目に見据えるイエ側の戦況も、決して良いとはいえない。足を留めるための有効な策がない現状ではとにかくイエが良く動く。
 さて。どこまで時間が掛るか。この泥全てを殺すまで、イエは死なないのか。終わりは見えぬ。
「ならば、殺し尽くしてやるのも一興か」
「はい! 私達が、折れるわけにはいかないですから……!」
 不遜にもそう言うと、フィオナは光の円から飛び出す。苛烈な槍裁きは、女の有り様によく似合った。クスクスと嗤い「一興か」「殺し」「やる」「ユエ」と宣う成れの果て共の顔を残らず突き、吹き飛ばす。その背から、フィオナの間合いの外の敵を穿つべく悠貴の銃弾が放たれた。
 全ては、イエ対応の負担を少しでも減らす為に、だ。
「とはいえ、です」
 治療の光を見届けて、マッシュは呟いた。マントで払いきれなかった泥が、全身鎧の隙間から染み込んできている。
 ――少しずつ、私達への対応が変わってきている。
 十中八九、イエのが回っているものと思われた。泥と苦無。そして、時折足元から這い寄っては動きを阻害する、など。徐々にその頻度が増しているように思われ、
「……手が、足りませんね」
 ぞるりと湧き上がる成れの果て共。数の差を補うにはどうにも手札が足りなかった。


「……っとうに邪魔だなぁ!」
 心底愉快げに言うイエ。前衛の攻撃は一手遅れているが、レイレリアの魔術は届くようだった。
 かつてもそうだった。足を使うユエに対して、銃や魔法だけは届く。忍びの武門だけあって動きこそ素早く狙い難くはある。だが、前衛が追いつき、その動きを限定すれば手が届く。
 ――ここまでは上手く行っていました。
 少女はかつてを思う。イエの半身、ユエとの戦闘を。
 今回は、少しだけ違った。ダンテの足取りが効いている。成れの果てにおける手が足りない分は、此処で活きていた。とはいえ、成れの果ての流れ弾が主だが、それ故に被弾は嵩んでいた。ダンテを壁としようとする限り、離れた位置にいるレイレリアが移動に費やす負担は小さくなく、その過程でどうしても成れの果てに狙われる機会が増えていた事も影響している。
 だが。
「死に場所でも探してそうな亡者の行き着く先か……傍迷惑なヤツだ」
 更に、一人が往った。
「この世の未練ごと一切灰塵に滅する志士、天ヶ瀬だ!! 推して参る!」
 焔騎だ。紅色の槍を手に疾駆。後衛に位置し、《見》に徹したのは、機を図る為。見出したのは、再生のタイミング。距離を外し、着地。執拗に足を狙う楓のおかげで、次の行動も読める。
 眼前には、着地寸前の片足。
「その足、踏み潰す……ッ!」
 気勢が響いた。一息に間合いを詰めた焔騎は、自らを動かす衝動に任せて、槍でその脚を払う。
「……っと、」
 痛打とはいえない。だが。イエの体が逆さに返った。微塵の動揺も見せずともイエの手が大地に向かって『伸びた』のは、危機的な状況と察したが故のことか。
 そこに。踏み込みは、軽く。
「なんだ、追いつけるモンだな」
「言っとくけど、あんただけだと無理だから」
 ダンテと楓が、間合いを詰めていた。横合いから距離を保っていた千春と千も、また。
 魔剣が。刀が。斧槍が。そして、焔騎の槍がイエの身体に殺到する。
 しかし。
「あっは! 追いついんたんじゃなくて」
 泥に転じたイエの手が伸びるほうが、速い。
「飛び込んじゃっただけだよッ!」
 生じたのは先ほどの再現だ。イエの『手』に引き出されるように高波が顕現。至近故にハンター達とダンテの直下から湧いたそれは、頼りとしていた足場の変容に他ならぬ。体が崩れ、姿勢が傾いだ。
「喰われちゃいなァ!」
 イエの幼顔に狂喜が弾け、ぞぞりと音が轟く。巨大な大顎を思わせる泥は――。

「させません……!!」
 覚悟の滲む千春の声が、阻んだ。少女の身体を中心に光が爆ぜる。セイクリッドフラッシュ。千春の法術がユエの泥と再び拮抗。歯を食いしばりながら、千春は自らが生んだ光に祈りを重ねる。
 ――ここが、負けられない戦場だと、知っていたから。
「護る、ん、だから……!」
 決意の言葉を。

「あはっ! あはははっ!」

 イエは、嗤った。
「”それ”はさっき見たんだ、よ……っ!」
 先ほどと違い、泥は止まない。泥が朽ちるそばから続々と集まり、圧力を増してくる。千春の足を泥が呑み込み、その身を喰い始める。アカイロがはたはたと泥を汚し、飲み込まれていく。
 痛みに折れそうになる膝を奮い立たせながら――少女は。
「だからって、私達が諦める理由には、ならない……っ!」
 叫び、法術を紡ぎ続け――。

 一片の静寂を、貫いて。
「十分よ」
 声と共に。刃と焔が舞った。
「紅蓮に散りな」
 それは、楓の放った刃。あるいは、ダンテの魔剣の剣閃。あるいは、千の斧槍が刻んだ軌跡。あるいは、焔騎の、法術を編み上げながらの刺突。そして、レイレリアの炎の矢。
 それらが同時に、イエの身体を通り抜けた。
 斬撃によって少年の身体が四つに分かたれ、その頭を闇色の弾と炎の矢が撃ち抜く。
 拮抗するだけでも十分だったのだ。この一撃を、叩き込むには。
 代償もあった。足元の泥に身を進めなければ、この一撃は無かったから。
 手応えはあった。イエの、楽しげなままの生首が床に落ちる小さな音が響き――。
「やったか!?」
 バカ猿の声が、空間を叩いた。

「……ダンテさん、それ、フラグです……!」
 成れの果てを食い止めつづける悠貴は届いた声に対して、この時確かに憤慨した――かどうかは、定かではない、が。
「……?」
 リアルブルーに縁のないマッシュやマリアには解らなかっただろう。フィオナははなから気にしてはいなかった。
 何故なら。『成れの果ては今も湧き続けている』。
「……未だ終わって無い、か」
 出来損ないの頭部を槍で貫きながら、フィオナは呵呵と笑った。
「備えろ貴様ら! まだまだ続くぞ!」

●『星』
 ――足りない。足りない。足りない。
 竜脈の、命令のせいで全然足りない。全くの浪費だった。全部使えれば今頃、この城の妖怪達ごと喰らい尽くしていたのに。
 ――九尾様には悪いけど、と、『イエ』達は鳴動する。
 イエにとって大事なものは任務でも、主である九尾でも無かった。
 とん、と。頭部が床に落ちると同時、高波を成そうとしていた泥が集い、瞬く間に身体を成す。
「ヤメヤメ。モう、止め!」
 この時、イエは九尾も、御庭番衆としての務めも全て放棄した。不完全な声帯の代わりに泥そのものを鳴動させて、イエは、
「この国が、九尾様がどうなろーかもう、知ったこっちゃないね」
 いよいよ歓びを深めてそう叫ぶと、空間を形成していた泥が一斉に蠢き始めた――。
「僕は、僕達はもう、好きにする……!」

 ●
 天上天下全てが鳴動しているかのようだった。次いで、周囲の泥が吸い込まれるようにイエの小さな身体に修まっていく。床だけを残して、壁が、天井の全てが掻き消えた。『泥』の仄かな光りから目が慣れるまで数瞬。
「いやはや。晴天、ですね」
 ぽつりと呟くマッシュ。先ほどまでの陰惨さが嘘のような快晴。見るものによってはそれは、胸を衝く程の眩さで。あるいは――希望の『光』、であったかもしれない。

 眼前に『それ』さえ、居なければ。

 床の縁。陽光を背に立つ余りに巨大な大蛇。あるいは――夜色の泥から成るその身体は、蛭のようでもある。身を起こしたソレの先端には、その下半身を埋めたイエがいた。
「あー……『下』にもう誰か居たみたいだけど……ま、もういっか!」
 階下を見下ろしてそういったイエはハンター達に向き直る。視線を前に、マッシュは小さく嘆息。
「彼が龍脈の妨害をもう止めたのなら、私達の目的は達成したのでは?」
「だがヤツが見逃すか?」
 ――でなければ、あのような姿に成る理由もない。
 と、愉快げなフィオナに、悠貴は頷きを返す。
「……あんなに、楽しそうに人を殺す歪虚は、斃さなくてはいけません!」
 もはや成れの果ては湧かず故に、ハンター達とダンテ、計十名は全てが臨戦態勢のままだった。
 千は、眼前の敵の一挙一投足に集中しながら。
 ――あの時、武人たちは言っていた。
 どう、言葉をかけたらいいのか彼女には解らなかった。彼女のこれまでと、余りと乖離していたから。けれど、やるべき事は明らかだった。惑う事無く、槍を持つ事は出来る。
「アレが全部そうだったとしても、殺しつくしたらいいんでしょ。簡単じゃん」
 傍らで不敵に笑った楓に、千が頷きを返した――転瞬。

 イエが、動いた。
「あっは!」
 その身を大きく震わせ、撓らせる、と。
「『じゃあね、ニンゲン!』」
 巨大な蛭の身が猛烈な勢いで膨らむ。元々天守閣をなしていた質量が、ハンター達を飲み込まんと襲い掛かってきた。
「私の近くに……!」
「壁を張ります、隠れてください」
 動静を警戒していた千春が本日幾度目かの聖光を張り、レイレリアがアースウォールを喚ぶ。
 泥の波濤は、その質量で聖光を抜けた。そうして土壁が濁流を堰き止めたのは数瞬。土壁が決壊する寸前にマリアは癒やしの法術を紡ぐ。
「誰一人、死なせ、ません!」
 その身からアリア一人のものとは思えぬ程のマテリアルが溢れ、周囲の者達の傷を癒やす中。
「……これでは労力に報酬が見合わなくなってしまいますね」
 マッシュは更に一歩を踏み出した。いよいよ押し寄せる泥波に対して持ち手を変えたサーベルで大きく薙ぎ払うと、踏み込みの素早さにその威が噛み合い、空間が生まれた。
 側面から雪崩込む泥に対してマッシュと同じように削ぎ取るようにしてダンテは魔剣を打ち込んだダンテが、叫んだ。

「ハッタリだ! 逃げるぞ!」


 その言葉に対応出来たのは四人だけ。
 誰よりも早く動いたのは、フィオナ。マッシュとダンテが作った空隙に身を躍らせる。
「痴れ者が!」
 憤怒の歪虚に勝るとも劣らぬ形相で、泥へと槍を突き込む。イエの姿は泥から離れ、宙空にあった。後方――空へと、身を躍らせるようにして、ハンター達のあがきを面白げに見下ろしている。そのことが、フィオナの激情に火を点けた。
「――ッ!」
 万力を込めて槍を振るい泥を弾く。その、傍らで。
「ふざ、けるな……!」
「おわっ!」
 紅い翼の幻影が爆ぜる。翼の主、大きく踏み込んだ焔騎は怒声と共に槍を投じた。想定外の動きに空中のイエは対応できない。イエは姿勢を乱しながら、その身体を貫いた槍を見下ろす。
「あっは! こりゃ酷い、君に武人としての誇りは無いの?」
「その喧しい口を閉じろ」
 焔騎の言葉の通り、追撃は止まぬ。
 千、そして楓が、フィオナが広げた足場から跳躍。イエに一撃を叩きこもうと、得物を振るった。
 瞬後には、二人の少女は苦々しげに目を細める。
「はい、どうもー」
 此度ばかりは、イエはそれを懐から取り出した苦無で”受けて”見せた。力を受けて、イエの身体が容易く弾かれた。それこそが狙いだったとでも言うように、イエはそのまま、天守閣から放り出される。重力に曳かれ、加速に身を任せたまま、虚空へと消えた。
 追走しようとするも、泥の上に着地し足を取られた千と楓では、もはや追うことは叶わない。
「待て……っ!」
 どちらともなく、そう、声を張った。

 ――返ったのは、遠のいていくイエの笑い声だけだった。


 その後が大変だった。イエが離れると泥で出来ていた床が次々と朽ち果てて生き、土塊に転じて行く。本来の天守閣だけしか床は存在しなかった為、最後までイエを追った千と楓は図らずもイエの跡を追う事になりかけたのだが――フィオナの槍につかまって事なきを得た。
「……死ぬかと思ったわ」
「はい……」
 戦闘以外の所で消耗している二人はさておき、
「見事な逃げっぷりでしたね」
 マッシュがそう言えば、焔騎が頷きを返す。
「……忍びが、任を放棄するとはな」
 ――それだけ、執着がなかったか、と。苦々しく呟く。
「でも」
 マリアはそう言って、地上を見下ろした。彼方此方で響いていた戦場の気配は、次第に静まり帰ろうとしている。
「役目は、果たせました」
 陽射しは強く、眩いほどだ。目を細めながらも嬉しげなのは――それだけ少女が優しく、真摯だったから、なのだろう。
「……東方は、どうなるんでしょうか」
「さてな。聞く限りじゃ状況は最悪だが」
 不安げな悠貴の言葉に、ダンテはその頭を力強く――些か以上に豪快に撫でつけると、こう答えた。
「まァ……この分だと、なんとかなるんじゃねぇか」
 散々ぱら壁として利用された割に、その声は満足げだった。彼自身にとっても収穫があったのだろう。

 兎角、こうして御庭番衆の多くは撤退、一部は討伐され、恵土城は開放された。
 来る決戦に不可欠の大一番を、東方は乗り越える事が出来たのである。

依頼結果

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MVP一覧

  • 無明に咲きし熾火
    マッシュ・アクラシスka0771
  • 光あれ
    柏木 千春ka3061
  • 六水晶の魔術師
    レイレリア・リナークシスka3872

重体一覧

参加者一覧

  • 《思いやる》心の聖女
    マリア・ベルンシュタイン(ka0482
    人間(紅)|20才|女性|聖導士
  • 無明に咲きし熾火
    マッシュ・アクラシス(ka0771
    人間(紅)|26才|男性|闘狩人
  • 炎からの生還者
    櫻井 悠貴(ka0872
    人間(蒼)|18才|女性|機導師
  • 光あれ
    柏木 千春(ka3061
    人間(蒼)|17才|女性|聖導士
  • 六水晶の魔術師
    レイレリア・リナークシス(ka3872
    人間(紅)|20才|女性|魔術師
  • 傲岸不遜
    フィオナ・クラレント(ka4101
    人間(蒼)|21才|女性|闘狩人
  • 炎滅の志士
    天ヶ瀬 焔騎(ka4251
    人間(紅)|29才|男性|聖導士
  • 心に鉄、槍には紅炎
    逢見 千(ka4357
    人間(蒼)|14才|女性|闘狩人
  • 狐火の剣刃
    遠火 楓(ka4929
    人間(蒼)|22才|女性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
レイレリア・リナークシス(ka3872
人間(クリムゾンウェスト)|20才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2015/07/20 20:29:02
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/07/17 20:49:16