ゲスト
(ka0000)
箱庭少女の小さな脱出大作戦
マスター:波瀬音音

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/07/25 12:00
- 完成日
- 2015/08/03 21:14
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
近くの街から一時間ほど平原を歩いた先に、一軒の屋敷がある。
とある商家が、都会の喧騒を避ける為にあえて僻地に建てたのだ。
「よく来てくださいました」
屋敷を訪れたハンターたちを、屋敷の主人――つまりは商家の現当主である男が出迎える。
それなりに資産を持つ家だという話だけれど、当主の物腰の柔らかそうな風貌からはそういった気配はあまり感じられない。
事実、取引関係でもあまり悪い噂は聞かないという。
ともあれ、その彼が今回の依頼主である。
『娘にハンターの皆様の武勇伝を聞かせてあげて頂きたいのです』
先日ハンターズソサエティに届けられた文書には、そう認められていた。
当主には大事に育てている一人娘が居るのだけれども、大事に育てすぎた反動か外への好奇心が強くなっているという。
屋敷の中にも、外界から運ばれてきたものも多くある。ただ、それだけでは満ち足りないようなのだと。
勿論当主とて、これまで屋敷の外に出たことが数えられる程しかない娘にも世間を学ばせることの必要性は理解している。
問題なのは、いまは彼自身の仕事が忙しいこともあり、なかなか娘を安心して外に出せる機会がないということだ。
ならば、屋敷の中にいながらも外の世界を学ぶにはどうしたらいいか。
ということで、ハンターたちに白羽の矢が立ったのである。
他の職業以上に色々な場所・場面を経験している彼らなら、きっと娘の好奇心を満足させてくれるだろう、と。
けれども、当主は一つ大きな誤算をしていた。
彼が思っていた以上に、娘――イルマは、その気になるとアクティブな性格だったことだ。
ソサエティ宛の文書には、恐らくはこっそり同封したと思われるもう一通の手紙が存在した。
『父に見つからないように、わたしを外に連れ出して欲しいんです』
と、手紙には書かれていた。
父のことは好きだし尊敬もしているけれど、このままだと自分は外の世界を殆ど知らずに育ってしまう。
勿論好奇心が強いこともあったけれど、彼女なりにそのことに尚早を感じていた。
機会がないのならば、自分で作ってしまえばいい。
但し父の自分を慮る気持ちを無碍にするつもりもないから、こっそりと、日帰りで外に出たい。
そんなことが書かれていた。
●
「この度はありがとうございます。……と、お嬢様が我儘を言ってしまい申し訳ありません」
屋敷の中でハンターたちを先導しているのは当主ではなく、イルマ専属の給仕だった。
リリトと名乗ったその女性は、何故か執事服だった。
そのことを問われると「お嬢様の意向です」と困ったように笑ったけれど、スラっとした長身、ショートに切り揃えた黒髪と中性的な顔立ちは、確かにメイド服よりは執事服の方が映えそうではある。
「お嬢様の手紙を同封させたのも私です。
つまり事情は把握していますので、何か手伝えることがありましたら仰ってください」
などと言っていると、そのイルマの部屋の前に到着した。
「待っていました」
リリトに先導されて部屋に入ってきたハンターたちの顔を見るなり、イルマは顔を輝かせた。
身長は150cm程、齢十四の少女である。身に纏っているのが余計な装飾の少ないワンピースだからか、商家の割には身なりに豪奢さはあまり感じられない。
「必要以上に財をひけらかすよりも、その分後世に残した方が何かと役に立つ」
というようなことを、同様に割と質素な身なりだった当主が言っていた。
それはそれとして、だ。
今いるのは屋敷の二階。屋敷の建物の外には高い塀があるし、門には門番がいる。
覚醒者ではないものの、彼らの目を潜り抜けないことには屋敷の外へ連れ出すこともままならないだろう。
さて、どうしよう――?
とある商家が、都会の喧騒を避ける為にあえて僻地に建てたのだ。
「よく来てくださいました」
屋敷を訪れたハンターたちを、屋敷の主人――つまりは商家の現当主である男が出迎える。
それなりに資産を持つ家だという話だけれど、当主の物腰の柔らかそうな風貌からはそういった気配はあまり感じられない。
事実、取引関係でもあまり悪い噂は聞かないという。
ともあれ、その彼が今回の依頼主である。
『娘にハンターの皆様の武勇伝を聞かせてあげて頂きたいのです』
先日ハンターズソサエティに届けられた文書には、そう認められていた。
当主には大事に育てている一人娘が居るのだけれども、大事に育てすぎた反動か外への好奇心が強くなっているという。
屋敷の中にも、外界から運ばれてきたものも多くある。ただ、それだけでは満ち足りないようなのだと。
勿論当主とて、これまで屋敷の外に出たことが数えられる程しかない娘にも世間を学ばせることの必要性は理解している。
問題なのは、いまは彼自身の仕事が忙しいこともあり、なかなか娘を安心して外に出せる機会がないということだ。
ならば、屋敷の中にいながらも外の世界を学ぶにはどうしたらいいか。
ということで、ハンターたちに白羽の矢が立ったのである。
他の職業以上に色々な場所・場面を経験している彼らなら、きっと娘の好奇心を満足させてくれるだろう、と。
けれども、当主は一つ大きな誤算をしていた。
彼が思っていた以上に、娘――イルマは、その気になるとアクティブな性格だったことだ。
ソサエティ宛の文書には、恐らくはこっそり同封したと思われるもう一通の手紙が存在した。
『父に見つからないように、わたしを外に連れ出して欲しいんです』
と、手紙には書かれていた。
父のことは好きだし尊敬もしているけれど、このままだと自分は外の世界を殆ど知らずに育ってしまう。
勿論好奇心が強いこともあったけれど、彼女なりにそのことに尚早を感じていた。
機会がないのならば、自分で作ってしまえばいい。
但し父の自分を慮る気持ちを無碍にするつもりもないから、こっそりと、日帰りで外に出たい。
そんなことが書かれていた。
●
「この度はありがとうございます。……と、お嬢様が我儘を言ってしまい申し訳ありません」
屋敷の中でハンターたちを先導しているのは当主ではなく、イルマ専属の給仕だった。
リリトと名乗ったその女性は、何故か執事服だった。
そのことを問われると「お嬢様の意向です」と困ったように笑ったけれど、スラっとした長身、ショートに切り揃えた黒髪と中性的な顔立ちは、確かにメイド服よりは執事服の方が映えそうではある。
「お嬢様の手紙を同封させたのも私です。
つまり事情は把握していますので、何か手伝えることがありましたら仰ってください」
などと言っていると、そのイルマの部屋の前に到着した。
「待っていました」
リリトに先導されて部屋に入ってきたハンターたちの顔を見るなり、イルマは顔を輝かせた。
身長は150cm程、齢十四の少女である。身に纏っているのが余計な装飾の少ないワンピースだからか、商家の割には身なりに豪奢さはあまり感じられない。
「必要以上に財をひけらかすよりも、その分後世に残した方が何かと役に立つ」
というようなことを、同様に割と質素な身なりだった当主が言っていた。
それはそれとして、だ。
今いるのは屋敷の二階。屋敷の建物の外には高い塀があるし、門には門番がいる。
覚醒者ではないものの、彼らの目を潜り抜けないことには屋敷の外へ連れ出すこともままならないだろう。
さて、どうしよう――?
リプレイ本文
●脱出開始
一度イルマの部屋を出たザレム・アズール(ka0878)は、リリトに教えられた当主の部屋を訪れた。
「おや、他の方々は?」
「お嬢様に、より世界のことを分かっていただこうと、少し準備を。
その合間に改めてご挨拶をと思いまして」
ザレムの来訪に少し驚いた様子を見せた当主だったけれども、彼の返答になるほど、と肯いた。
「公務の邪魔をするつもりはないので、これにて失礼致します」
「後は宜しくお願いします」
「おまかせください」
ハンター相手にも礼儀正しい当主を前に、ザレムは恭しく頭を下げてその場を後にした。
準備。
嘘は言っていない。
その足で体験してもらう為の準備だけれども。
その頃イルマの部屋では、既に作戦が始まっていた。
「エルフの家族を襲った巨大な魔獣を協力して倒したことがありました」
フリルワンピースを身に纏い、普段より少しお洒落に決めたアニス・エリダヌス(ka2491)はそう、イルマに向かって冒険譚を語る。
尤も、イルマはそれを黙って聞いているわけではない。
背丈も体格も近いティス・フュラー(ka3006)と、衣装を交換しながらだった。アニスの語る冒険譚も「ちゃんと当主の依頼を果たしています」アピールなのである。
(外の世界……か)
イルマへの贈り物と称してあえて当主にも分かるように持ち込んでいたローブを自ら着込みながら、ティスは小さく苦笑する。
元々姉との喧嘩から家出同然で外の世界へ飛び出したかつての自分の姿と、ずっと屋敷にいたらしいイルマの姿を重ねる。
話に聴くことだけでは、分からないことがある。
自分も色々学んだし、ほんの少しの時間だけれど、イルマにもそうあって欲しい。
そう思ったから、協力することにしたのだ。
「ウィッグ、ですか?」
「ええ、髪色を誤魔化せないかと思って」
ティスは僅かにドアを開き、部屋の前に立っていたリリトに相談する。
すると、ちょうどよくザレムが戻ってきたこともあって、リリトは「少し失礼します」と隣の部屋に姿を消した。
ややあって戻ってきたリリトの手には、本来のイルマの髪よりもやや長めの金髪のウィッグがあった。
「執務関係の方が屋敷に見えられた際の為のものですが、これで何とかなりますか?」
「ありがとう」
礼を言いながらティスはウィッグを受け取り、扉を閉める。
当然顔も違うけれど、これはローブ同様に贈り物としたシルバーマスカレードを被っておけば、万一の際にも誤魔化しは利くだろう。
そんなわけで、着替え完了。
イルマに成り代わったティスを部屋の中に、部屋の前にザレムを残し、一行は堂々と屋敷の門へと向かった。
「土産話に出た品と、ついでに街で頼まれた買い物をしてくる」
門番に対しオルドレイル(ka0621)がそう告げると、門番は若干訝しげな表情を浮かべたものの、
「まぁ、そういうことです。……勿論私はここに残りますが」
助け舟を入れたのは、ここまで同行していたリリトである。
屋敷を出る前に何かあっては面倒、というオルドレイルの考えからここまで同行してもらったのだけれど、どうやら正解だったらしい。そういうことなら、と門番はハンターたちを外へ送り出した。
ちなみにその間、ティスの服を着込んだイルマはずっとフードを被って髪色が見えないようにしていたけれど――、
「もう大丈夫ですよ」
屋敷から歩くこと暫し、門番からは視認さえも難しくなったところでアニスが声をかけると、「ふう」小さく息を吐いてフードを外した。
「自分から言い出しておいてこういうこと言うのも変かもしれませんが……凄く、ドキドキします」
と宣うイルマの目は、初めて踏み出す外の世界への期待と好奇で爛々と輝いている。
「世界は広いです……是非、楽しんでいただきたいですね」
アニスはそう微笑みながらも、この好奇心を今日まで我慢させるのにリリトさんは苦労しただろうなぁ、となんとなく思った。
その矢先、である。
「出たな」
以前の依頼で受けた怪我もあり馬に乗りながら周囲を警戒していたオルドレイルが、まずそれに気づいた。
一行から見て右斜前方から、全身が灰色、眼のみが赤く染まっている四本足が迫っている。
特筆すべきは、蛇のように異常に長いその尾か。
獲物とみなしたハンターたちへまっすぐ迫ってくるあたり、雑魔とみて間違いない。
「なんか変な緊張感があるけど……やらないとね」
ここでイルマに何かあってはならない。京島 虹花(ka1486)は日本刀「烏枢沙摩」を抜き、雑魔へ向かって駈け出した。
先手を取ったのは雑魔だった。虹花との距離がある程度縮まったところで接近を止めると、刀の届かない射程から長い尾を突き出す。
虹花はそれを刀身でそらすと、更に接近。尾を戻す間に隙だらけになった雑魔へと袈裟懸けの一閃を浴びせる。
言葉に表現し難い悲鳴を雑魔が上げる。
それを聞いたイルマの表情が流石にやや引き攣ったけれども、それも織り込み済みだ。
「わたしの故郷に伝わる歌を、是非」
イルマの隣で、アニスは余興と称して静かに鎮魂歌を謳い始める。
雑魔はそれきり思うように身動きが取れなくなり。
それによってイルマが一種の安心感を得た直後には、イルマの視界からは捉えにくい角度で虹花が雑魔にトドメを刺していた。
●偽装工作
一行を見送ったリリトがイルマの部屋の前に戻ってきたのを見計らって、ザレムはドア横の壁に背を預けるのをやめた。
「イルマ様は楽しんでるところで……とか理由をつけて、部屋に誰も入らないように」
ザレムがそう頼むと、リリトはほんの少し緊張の見える表情で肯いた。
「いざ送り出してみたものの、やはり少し心配になりますね。雑魔など、見たこともありませんから」
「大丈夫です。外出中は仲間達が守ります」
まさしくその会話をしている頃に雑魔と遭遇していたのだけれど、そんなことは当然二人は知る由もなかった。
今度はリリトを部屋の前に残し、ザレムはティスの待つイルマの部屋の中へと戻る。
ソファに座すティスと無言のまま視線を交錯させると、
「それでは俺の話を始めましょう」
わざと少し大きめの声で、そう言い放った。
そうして語り始めたのは、
「潜水具という……球体に空気が入ってる道具で俺達は船へと降りて……」
実際にハンターとして受けた依頼の話――を、やや脚色し、長編に仕立てあげたものだった。
「暗い船倉には美しい金貨や骨董品が……」
「でもそこに縄張りを侵されたと思ったのか海竜が!」
歌唱や楽器演奏のスキルも用い、まるで吟遊詩人のように謳うザレム。
イルマを演じるティスも、万一事情を知らない誰かが入ってきても不自然のないよう、彼の語りを聞き入ったり、時折小さく驚いたりする演技を見せる。
ザレムの語る物語は一つに非ず、話の種はそう簡単に尽きそうになかった。
●新鮮なる街の匂い
ハンターとしての働きの話は、実際にイルマを引き連れた一行の間でも行われていた。
「海には行ったことがあるかしら?」
鬼非鬼 ふー(ka5179)の問いに、「いえ」イルマは首を横に振る。
「本でしか見たことがありません」
筋金入りの箱入り娘である。
ふーは小さく苦笑すると、先日その海辺に赴いた依頼のことを話した。
彼女の口から語られる、海そのものの情景や、その依頼で倒すべき相手だった雑魔のことに、イルマは逐一感嘆する。
「百聞は一見に如かず、と言いますが、実際に実物を見てみないと分からないこともたくさんありそうですね……」
依頼の話を聞き終えた彼女は、また目を輝かせた。
この際だ。折角だから、リアルブルーのことについても知ってほしい。
そう思ったリアルブルー出身であるふーは、クリムゾンウェストとはまるで違う文化圏を持つ故郷について語る。
やはりこれも伝聞でしか知らなかったらしいイルマは、先程以上に驚きっぱなしだった。
さて。
雑魔を倒してからは特に何事も無く、一行は近くの街へとたどり着いた。
「どこか行きたい場所はありますか?」
アニスが問うと、「んー……」イルマは唇に指を当てて少し考え込んだ。
「ひとまず、この街の方々の食文化を見てみたいですね」
時刻は丁度、昼の十二時である。
屋敷では普段家族との決まった時間、つまりは三食の時以外に何かを食べることはないという。
それ故に、露天に並ぶジャンクフードの類は、適当なモノを選んで食べた味も勿論のこと、存在そのものが新鮮だったろう。
最終的に昼食の場所として入ったカフェも、彼女がいつもいる場所に比べれば(店主には失礼だけれど)やや小汚い。
食事として出てきたのは、ハムや野菜で彩られたパスタ。
もし店主がイルマの正体を知っていたならば口にあうかどうか緊張していただろうけれども、そんなことはないわけで、盛り付けもちょっと雑だった。
それでもイルマは興味津々な様子のままそれを口に運ぶと、
「……初めて食べる味です」
と、何とも形容しがたい感想を漏らす。
ただ、その口元は確かに綻んでいた。
カフェを出た後は、また露天を見て回ることにした。
と言っても今度は食べ物のためではない。
「折角なので、お土産を買って帰りましょう」
という、アニスの提案である。ちなみに彼女自身も、留守番をしているティスへのお土産を買うつもりだった。
「ねぇこれ、もうちょっと安くならない?」
イルマが興味を抱いたアクセサリーの値札を見、虹花がすかさず露天の店主に値切り交渉に入る。
値札通りの額を支払うつもりだったのだろう。イルマは慌てて虹花を制そうとしたけれど、逆にそれを斜め後方で彼女を護衛していたオルドレイルが制した。
「これも市民の暮らしの一つ、だそうだ。多少は自分の欲を出さないと、というな。
……街に関して私の持っている知識量は君と大差ないだろうから、伝聞になってしまって申し訳ないが」
「なるほど……そういうことでしたか」
心得たとばかりに、イルマは肯いた。
イルマが自身への、アニスがティスへのお土産を選んだ後は、街の生活ぶりを眺めるべく散策することにした。
歩き始めた当初は露天も数多い賑やかな通りに居たけれども、一度閑静な住宅街に入り、また大通りに抜けようかといったところで、
「あら……」
イルマが今まで見た景色とは違う光景に、目を奪われたようだった。
大通りに抜ける手前の路地裏。
日も当たらないその狭い空間に、数人の男が屯している。いずれもお世辞にも身なりを整えているとは言い難い。
そこへ向けられるイルマの視線を遮るように、ふーが間に割って入った。
「行く必要はないけど、あなたに害なす人や場所があるってことは覚えておいてね」
「は、はい」
イルマが少し慌てながらも納得したところで、一行はまた大通りへと向け歩き出す。
けれども――。
その時路地裏の男の中の一人が胡乱な視線を向けてきていたのを、ふーは見逃さなかった。
一行はまた人混みの中に入り込んだけれど、付かず離れずといった距離感でそいつはずっと彼女たちの後をつけてきていた。
「ちょっと話つけてくるわ」
「穏便にな」
「わかってる」
ともにイルマの後方で護衛をしていたオルドレイルに声をかけ、ふーは一度集団を外れる。
わざと自分だけ歩く速度を落として、男へ接近し――。
「そこのあなた、私達に何か用でも?」
人一人程度しか通れないような建物と建物の間に男を叩き出して、そう詰問する。
「用があったらどうだってんだよ!」
体格だけで言えば断然男の方が勝っている。男は立ち上がると、ふーに殴りかかろうとする。
そこでふーは長い金髪の中から拳銃を取り出すと、素早く男の顎へと突きつけた。
「立ち去りなさい、まだ命は惜しいでしょう?」
目に見えぬほどの素早い挙動と、両側頭部に生えた実体の無い紅色の角を見て、相手が覚醒したハンターであると悟ったのだろう。
男は数歩じりじりと後退した後、背中を向けて一気に駈け出した。
●帰還
屋敷に残った二人も、どうにか当主の目を誤魔化すことが出来ていた。
一番危機感を感じざるを得なかったのは昼食と夕食の呼び出しの時だったけれど、ずっと部屋の前に居たリリトが、
「今もまだ楽しんでいらっしゃいますので、食事をここに運んできてください」
と他の給仕に頼んだおかげで、イルマ役のティスは一歩も外に出ずに済んだ。
また、どうやら一度当主が部屋の前にやってきたようだったけれども、
「楽しんでいるようかね」
「それはもう。やはり色々な場所を見てきている方々は違いますね」
と、リリトと問答を繰り返していたので、
「では、次のお話です」
と、あえて外に聴こえるようにザレムが言ったのも、当主が部屋に立ち入り難くする要因になったろう。
街で流行っている歌をザレムがギターの弾き語りで演奏していたところ、懐に忍ばせていた魔導短伝話に反応があった。
『もうすぐ屋敷に着く。リリトを門のところへ向かわせてくれ』
「分かった」
オルドレイルからの通信に短くそう答える。
演技の時間ももうすぐ終わりを迎えそうだった。
辺りがすっかり暗くなった頃、一行は再び平原を抜け屋敷へと帰還した。
「お土産を買って参りました。お嬢様にお届けしたいのですが」
アニスが言うと、ザレムから帰還の話を聴いていたリリトの存在もあり、一行は再びイルマの部屋へと戻ることが出来た。
ティスとイルマが元の格好に戻った後で部屋の中に入ったザレムが、
「楽しかったかい?」
とイルマに尋ねると、彼女は、
「はい!」
満面の笑みで答えた。
「色々と知ることも出来ましたし、外に出てよかったと思います」
「そうか、それはよかった」
イルマの笑顔が、彼女の依頼の報酬だと考えながら、ザレムは僅かに微笑む。
「そうだ、これをあげるわ」
まだ興奮冷めやらぬ様子のイルマに、ふーが浮き輪と水着を手渡す。
「これは……?」
「せっかくならリアルブルー製のものが良いと思ってね。
いつでも外へ行けるようになったら、その水着を着てみんなで海へ行きましょう」
「――はいっ!」
ウィンクをしてそう提案するふーに、イルマは大きく肯いてみせた。
ティスが変装のために持ってきたローブやシルバーマスカレード、それからウィッチハットも、記念にとイルマが受け取り。
終始何も知らないまま、ただ娘の非常に満足そうな様子を見た当主もまた、ハンターたちの仕事に納得がいった様子。
「また何かありましたら、お願いします」
当主はそう言ったけれど、そのときにはイルマも外へ堂々と連れ出せたらいいとハンターたちは考えながら帰途へついた。
一度イルマの部屋を出たザレム・アズール(ka0878)は、リリトに教えられた当主の部屋を訪れた。
「おや、他の方々は?」
「お嬢様に、より世界のことを分かっていただこうと、少し準備を。
その合間に改めてご挨拶をと思いまして」
ザレムの来訪に少し驚いた様子を見せた当主だったけれども、彼の返答になるほど、と肯いた。
「公務の邪魔をするつもりはないので、これにて失礼致します」
「後は宜しくお願いします」
「おまかせください」
ハンター相手にも礼儀正しい当主を前に、ザレムは恭しく頭を下げてその場を後にした。
準備。
嘘は言っていない。
その足で体験してもらう為の準備だけれども。
その頃イルマの部屋では、既に作戦が始まっていた。
「エルフの家族を襲った巨大な魔獣を協力して倒したことがありました」
フリルワンピースを身に纏い、普段より少しお洒落に決めたアニス・エリダヌス(ka2491)はそう、イルマに向かって冒険譚を語る。
尤も、イルマはそれを黙って聞いているわけではない。
背丈も体格も近いティス・フュラー(ka3006)と、衣装を交換しながらだった。アニスの語る冒険譚も「ちゃんと当主の依頼を果たしています」アピールなのである。
(外の世界……か)
イルマへの贈り物と称してあえて当主にも分かるように持ち込んでいたローブを自ら着込みながら、ティスは小さく苦笑する。
元々姉との喧嘩から家出同然で外の世界へ飛び出したかつての自分の姿と、ずっと屋敷にいたらしいイルマの姿を重ねる。
話に聴くことだけでは、分からないことがある。
自分も色々学んだし、ほんの少しの時間だけれど、イルマにもそうあって欲しい。
そう思ったから、協力することにしたのだ。
「ウィッグ、ですか?」
「ええ、髪色を誤魔化せないかと思って」
ティスは僅かにドアを開き、部屋の前に立っていたリリトに相談する。
すると、ちょうどよくザレムが戻ってきたこともあって、リリトは「少し失礼します」と隣の部屋に姿を消した。
ややあって戻ってきたリリトの手には、本来のイルマの髪よりもやや長めの金髪のウィッグがあった。
「執務関係の方が屋敷に見えられた際の為のものですが、これで何とかなりますか?」
「ありがとう」
礼を言いながらティスはウィッグを受け取り、扉を閉める。
当然顔も違うけれど、これはローブ同様に贈り物としたシルバーマスカレードを被っておけば、万一の際にも誤魔化しは利くだろう。
そんなわけで、着替え完了。
イルマに成り代わったティスを部屋の中に、部屋の前にザレムを残し、一行は堂々と屋敷の門へと向かった。
「土産話に出た品と、ついでに街で頼まれた買い物をしてくる」
門番に対しオルドレイル(ka0621)がそう告げると、門番は若干訝しげな表情を浮かべたものの、
「まぁ、そういうことです。……勿論私はここに残りますが」
助け舟を入れたのは、ここまで同行していたリリトである。
屋敷を出る前に何かあっては面倒、というオルドレイルの考えからここまで同行してもらったのだけれど、どうやら正解だったらしい。そういうことなら、と門番はハンターたちを外へ送り出した。
ちなみにその間、ティスの服を着込んだイルマはずっとフードを被って髪色が見えないようにしていたけれど――、
「もう大丈夫ですよ」
屋敷から歩くこと暫し、門番からは視認さえも難しくなったところでアニスが声をかけると、「ふう」小さく息を吐いてフードを外した。
「自分から言い出しておいてこういうこと言うのも変かもしれませんが……凄く、ドキドキします」
と宣うイルマの目は、初めて踏み出す外の世界への期待と好奇で爛々と輝いている。
「世界は広いです……是非、楽しんでいただきたいですね」
アニスはそう微笑みながらも、この好奇心を今日まで我慢させるのにリリトさんは苦労しただろうなぁ、となんとなく思った。
その矢先、である。
「出たな」
以前の依頼で受けた怪我もあり馬に乗りながら周囲を警戒していたオルドレイルが、まずそれに気づいた。
一行から見て右斜前方から、全身が灰色、眼のみが赤く染まっている四本足が迫っている。
特筆すべきは、蛇のように異常に長いその尾か。
獲物とみなしたハンターたちへまっすぐ迫ってくるあたり、雑魔とみて間違いない。
「なんか変な緊張感があるけど……やらないとね」
ここでイルマに何かあってはならない。京島 虹花(ka1486)は日本刀「烏枢沙摩」を抜き、雑魔へ向かって駈け出した。
先手を取ったのは雑魔だった。虹花との距離がある程度縮まったところで接近を止めると、刀の届かない射程から長い尾を突き出す。
虹花はそれを刀身でそらすと、更に接近。尾を戻す間に隙だらけになった雑魔へと袈裟懸けの一閃を浴びせる。
言葉に表現し難い悲鳴を雑魔が上げる。
それを聞いたイルマの表情が流石にやや引き攣ったけれども、それも織り込み済みだ。
「わたしの故郷に伝わる歌を、是非」
イルマの隣で、アニスは余興と称して静かに鎮魂歌を謳い始める。
雑魔はそれきり思うように身動きが取れなくなり。
それによってイルマが一種の安心感を得た直後には、イルマの視界からは捉えにくい角度で虹花が雑魔にトドメを刺していた。
●偽装工作
一行を見送ったリリトがイルマの部屋の前に戻ってきたのを見計らって、ザレムはドア横の壁に背を預けるのをやめた。
「イルマ様は楽しんでるところで……とか理由をつけて、部屋に誰も入らないように」
ザレムがそう頼むと、リリトはほんの少し緊張の見える表情で肯いた。
「いざ送り出してみたものの、やはり少し心配になりますね。雑魔など、見たこともありませんから」
「大丈夫です。外出中は仲間達が守ります」
まさしくその会話をしている頃に雑魔と遭遇していたのだけれど、そんなことは当然二人は知る由もなかった。
今度はリリトを部屋の前に残し、ザレムはティスの待つイルマの部屋の中へと戻る。
ソファに座すティスと無言のまま視線を交錯させると、
「それでは俺の話を始めましょう」
わざと少し大きめの声で、そう言い放った。
そうして語り始めたのは、
「潜水具という……球体に空気が入ってる道具で俺達は船へと降りて……」
実際にハンターとして受けた依頼の話――を、やや脚色し、長編に仕立てあげたものだった。
「暗い船倉には美しい金貨や骨董品が……」
「でもそこに縄張りを侵されたと思ったのか海竜が!」
歌唱や楽器演奏のスキルも用い、まるで吟遊詩人のように謳うザレム。
イルマを演じるティスも、万一事情を知らない誰かが入ってきても不自然のないよう、彼の語りを聞き入ったり、時折小さく驚いたりする演技を見せる。
ザレムの語る物語は一つに非ず、話の種はそう簡単に尽きそうになかった。
●新鮮なる街の匂い
ハンターとしての働きの話は、実際にイルマを引き連れた一行の間でも行われていた。
「海には行ったことがあるかしら?」
鬼非鬼 ふー(ka5179)の問いに、「いえ」イルマは首を横に振る。
「本でしか見たことがありません」
筋金入りの箱入り娘である。
ふーは小さく苦笑すると、先日その海辺に赴いた依頼のことを話した。
彼女の口から語られる、海そのものの情景や、その依頼で倒すべき相手だった雑魔のことに、イルマは逐一感嘆する。
「百聞は一見に如かず、と言いますが、実際に実物を見てみないと分からないこともたくさんありそうですね……」
依頼の話を聞き終えた彼女は、また目を輝かせた。
この際だ。折角だから、リアルブルーのことについても知ってほしい。
そう思ったリアルブルー出身であるふーは、クリムゾンウェストとはまるで違う文化圏を持つ故郷について語る。
やはりこれも伝聞でしか知らなかったらしいイルマは、先程以上に驚きっぱなしだった。
さて。
雑魔を倒してからは特に何事も無く、一行は近くの街へとたどり着いた。
「どこか行きたい場所はありますか?」
アニスが問うと、「んー……」イルマは唇に指を当てて少し考え込んだ。
「ひとまず、この街の方々の食文化を見てみたいですね」
時刻は丁度、昼の十二時である。
屋敷では普段家族との決まった時間、つまりは三食の時以外に何かを食べることはないという。
それ故に、露天に並ぶジャンクフードの類は、適当なモノを選んで食べた味も勿論のこと、存在そのものが新鮮だったろう。
最終的に昼食の場所として入ったカフェも、彼女がいつもいる場所に比べれば(店主には失礼だけれど)やや小汚い。
食事として出てきたのは、ハムや野菜で彩られたパスタ。
もし店主がイルマの正体を知っていたならば口にあうかどうか緊張していただろうけれども、そんなことはないわけで、盛り付けもちょっと雑だった。
それでもイルマは興味津々な様子のままそれを口に運ぶと、
「……初めて食べる味です」
と、何とも形容しがたい感想を漏らす。
ただ、その口元は確かに綻んでいた。
カフェを出た後は、また露天を見て回ることにした。
と言っても今度は食べ物のためではない。
「折角なので、お土産を買って帰りましょう」
という、アニスの提案である。ちなみに彼女自身も、留守番をしているティスへのお土産を買うつもりだった。
「ねぇこれ、もうちょっと安くならない?」
イルマが興味を抱いたアクセサリーの値札を見、虹花がすかさず露天の店主に値切り交渉に入る。
値札通りの額を支払うつもりだったのだろう。イルマは慌てて虹花を制そうとしたけれど、逆にそれを斜め後方で彼女を護衛していたオルドレイルが制した。
「これも市民の暮らしの一つ、だそうだ。多少は自分の欲を出さないと、というな。
……街に関して私の持っている知識量は君と大差ないだろうから、伝聞になってしまって申し訳ないが」
「なるほど……そういうことでしたか」
心得たとばかりに、イルマは肯いた。
イルマが自身への、アニスがティスへのお土産を選んだ後は、街の生活ぶりを眺めるべく散策することにした。
歩き始めた当初は露天も数多い賑やかな通りに居たけれども、一度閑静な住宅街に入り、また大通りに抜けようかといったところで、
「あら……」
イルマが今まで見た景色とは違う光景に、目を奪われたようだった。
大通りに抜ける手前の路地裏。
日も当たらないその狭い空間に、数人の男が屯している。いずれもお世辞にも身なりを整えているとは言い難い。
そこへ向けられるイルマの視線を遮るように、ふーが間に割って入った。
「行く必要はないけど、あなたに害なす人や場所があるってことは覚えておいてね」
「は、はい」
イルマが少し慌てながらも納得したところで、一行はまた大通りへと向け歩き出す。
けれども――。
その時路地裏の男の中の一人が胡乱な視線を向けてきていたのを、ふーは見逃さなかった。
一行はまた人混みの中に入り込んだけれど、付かず離れずといった距離感でそいつはずっと彼女たちの後をつけてきていた。
「ちょっと話つけてくるわ」
「穏便にな」
「わかってる」
ともにイルマの後方で護衛をしていたオルドレイルに声をかけ、ふーは一度集団を外れる。
わざと自分だけ歩く速度を落として、男へ接近し――。
「そこのあなた、私達に何か用でも?」
人一人程度しか通れないような建物と建物の間に男を叩き出して、そう詰問する。
「用があったらどうだってんだよ!」
体格だけで言えば断然男の方が勝っている。男は立ち上がると、ふーに殴りかかろうとする。
そこでふーは長い金髪の中から拳銃を取り出すと、素早く男の顎へと突きつけた。
「立ち去りなさい、まだ命は惜しいでしょう?」
目に見えぬほどの素早い挙動と、両側頭部に生えた実体の無い紅色の角を見て、相手が覚醒したハンターであると悟ったのだろう。
男は数歩じりじりと後退した後、背中を向けて一気に駈け出した。
●帰還
屋敷に残った二人も、どうにか当主の目を誤魔化すことが出来ていた。
一番危機感を感じざるを得なかったのは昼食と夕食の呼び出しの時だったけれど、ずっと部屋の前に居たリリトが、
「今もまだ楽しんでいらっしゃいますので、食事をここに運んできてください」
と他の給仕に頼んだおかげで、イルマ役のティスは一歩も外に出ずに済んだ。
また、どうやら一度当主が部屋の前にやってきたようだったけれども、
「楽しんでいるようかね」
「それはもう。やはり色々な場所を見てきている方々は違いますね」
と、リリトと問答を繰り返していたので、
「では、次のお話です」
と、あえて外に聴こえるようにザレムが言ったのも、当主が部屋に立ち入り難くする要因になったろう。
街で流行っている歌をザレムがギターの弾き語りで演奏していたところ、懐に忍ばせていた魔導短伝話に反応があった。
『もうすぐ屋敷に着く。リリトを門のところへ向かわせてくれ』
「分かった」
オルドレイルからの通信に短くそう答える。
演技の時間ももうすぐ終わりを迎えそうだった。
辺りがすっかり暗くなった頃、一行は再び平原を抜け屋敷へと帰還した。
「お土産を買って参りました。お嬢様にお届けしたいのですが」
アニスが言うと、ザレムから帰還の話を聴いていたリリトの存在もあり、一行は再びイルマの部屋へと戻ることが出来た。
ティスとイルマが元の格好に戻った後で部屋の中に入ったザレムが、
「楽しかったかい?」
とイルマに尋ねると、彼女は、
「はい!」
満面の笑みで答えた。
「色々と知ることも出来ましたし、外に出てよかったと思います」
「そうか、それはよかった」
イルマの笑顔が、彼女の依頼の報酬だと考えながら、ザレムは僅かに微笑む。
「そうだ、これをあげるわ」
まだ興奮冷めやらぬ様子のイルマに、ふーが浮き輪と水着を手渡す。
「これは……?」
「せっかくならリアルブルー製のものが良いと思ってね。
いつでも外へ行けるようになったら、その水着を着てみんなで海へ行きましょう」
「――はいっ!」
ウィンクをしてそう提案するふーに、イルマは大きく肯いてみせた。
ティスが変装のために持ってきたローブやシルバーマスカレード、それからウィッチハットも、記念にとイルマが受け取り。
終始何も知らないまま、ただ娘の非常に満足そうな様子を見た当主もまた、ハンターたちの仕事に納得がいった様子。
「また何かありましたら、お願いします」
当主はそう言ったけれど、そのときにはイルマも外へ堂々と連れ出せたらいいとハンターたちは考えながら帰途へついた。
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鳥を鳥籠から出してあげましょう 鬼非鬼 ふー(ka5179) 人間(リアルブルー)|14才|女性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2015/07/25 02:21:11 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/07/24 12:50:26 |