• 聖呪

【聖呪】其の後悔は、茨にも似て

マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態
ショート
難易度
不明
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/07/28 19:00
完成日
2015/08/07 00:52

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オープニング


 戦略的な動きを見せるゴブリンたち。
 亜種――茨小鬼(ホロム・ゴブリン)の目撃情報も増え、王国も対策に本腰を入れざるを得なくなった。
 比較的平穏な土地。王国北部ルサスール領。
 その領主カフェ・W・ルサスールも、頭を悩ませていた。
 王族と貴族間の政治的な動き、領民の不安緩和への施策、戦力の確認……。
 やらねばならぬことを頭に、王都での会合を終えたのだ。

 だが、カフェが帰ってすぐに事態は一変した。
 深く考えるだけの時間を、ゴブリンどもは与えてくれはしなかったのだ。
「騎士団の編成はどうなっている? 住民の避難と受け入れ先の確保を……占領された場合に備えて前線基地を築く準備はしておけ」
 矢継ぎ早に指示を飛ばすカフェの顔色には、疲れが見える。
 ルサスール領内でも北端に位置する町、オーレフェルト。そこを目指して、ゴブリンの軍勢が動き出したというのだ。
「あそこは領の関門にもなっている場所だ。何としても、死守しなければっ」
 カフェの息子たちは政治的外遊のため不在。騎士団も散発するゴブリンへの対処で手薄となっていた。
 時間も、戦力も足りてはいない。
「すぐに、緊急事態を発令させろ……戦えるものを全てオーレフェルトへ集めるのだ」
 せめて、教会だけでも死守しなければならない。
 精神的拠り所として、あそこは領北部の村々にとっても重要な位置を占める。
「間に合ってくれればよいのだが……」

 オーレフェルトは、空気が変わるのを感じていた。
 そよぐ風も、飛び立つ鳥のさえずりも、嵐の前の静けさという言葉を思い起こさせる。
 少女は空を見上げ、母の袖をぎゅっと掴んで楽しそうに言う。
「鳥! 大きな鳥がいっぱい!」
 次の瞬間、鳥が何かを落とした。いや、そいつらは降り立ったのだ。
 ゴブリンの眼が少女をとらえる。
 母は叫び、娘は呆然と立ち尽くす。暴虐が、始まろうとしていた。


「……冗談じゃない」
 街中から上がった民の絶叫に跳ねるように窓際に立った聖堂教会の法術研究者、オーラン・クロスは頭上を見上げて茫然と零した。その背に、すぐに装備を整えた聖堂戦士団の古兵、フォーリ・イノサンティが言葉を投げた。
「オーラン。すぐにハンターの皆さんと避難を」
「逃げるたって、どこに!」
 街は悲鳴に溢れている。その中で、安全な場所なんて、何処にあるというのだ。
「……違う、そうじゃない、そうじゃないだろう……」
 どうする。どうする。どうする。オーランは思考する。至近にはハンター達と、フォーリがいる。次の実験を目前にしての強襲に、既に臨戦状態に入っている姿に、少しずつ平静を取り戻しながら――オーランはつと、息を止めた。
 暫しの、逡巡。その後に、オーランはまずフォーリにこう告げた。
「フォーリ。僕のことはいい。君は住民を助けに行け」
「…………」
 フォーリはオーランの実験の為の護衛として、正式に異動となって此処に居る。オーランの技術、知識は聖堂教会の中では得難く、その価値はフォーリとは比較するまでもない。
 けれど。オーランはフォーリの友人として、彼の望むところを知っていた。
 フォーリの思考は然程長くは続かなかった。自らの装備を整えながら、すぐに身を翻す。「……すみません、契約内容の変更は後日追って行いますので……彼の事、頼みます」
 そう言って足早にその場を後にした。疾駆し、跳躍する気配を残して、室内には沈黙が残る。

 ――街は混乱に包まれている。

 その中で、オーランは薄く笑った。自嘲の混じった、いやに菲薄な笑みだった。
「……さて。事態は急を要する、けど」
 突き動かされていたのだった。
 かつての実験の時に聞いた、ひとつの噂に。
「僕たちにできる事を、やろう。悪いけど、付き合ってくれるかい」


 儀式をする、と。オーランは言った。
 既に準備されていた陣に少しだけ書き込みを重ねると、すぐにそれは始まった。陣の中央に立つオーランの足元に据え置かれたのは紅く古ぼけた布。

 それが尋常ならざるものだという事はすぐに知れた。

 煌々と。
 蒼い光輝が陣を中心に満ちていき、弾けるようにハンター達を透過し、室内を覆い、遠く、遠く彼方まで突き抜けていく。
 あまりにも清浄な蒼光の奔流はすぐにハンター達の知覚の外へと流れて行く。
 ――その行く末を、遠く見つめていたオーランはしかし、硬く、首を振った。
 彼方。外部に響く、轟々たる悲鳴は些かも衰えはしていない。
「……駄目、か」
 沈鬱に過ぎる言葉に籠る色は、苦い。顔面は蒼白で、だらだらと脂汗を流すオーランは、吐き捨てるように告げる。
「ひとつだけ、はっきりしたね。あのゴブリン達は『歪虚』じゃない」
 そしてこの儀式は無駄だった、と。オーランは。
「いやはや、聖遺物を一個無駄にしてしまったね。こりゃあ絞られるなぁ……」
 そう、嘯いた。努めて軽い口調には――震える程の自己嫌悪が、混じり込んでいた。


 その時。フォーリはゴブリン達と戦闘していた。突如として湧いた光に、兵士たちも、ゴブリンたちも動きが鈍る。
「……っ!?」
 フォーリにしても、そうだった。だが、彼だけは此の結界の正体を知っていた。
 だから。
「畏れずに! 法術による結界です!」
 兵士たちの混乱を解くよう声を張り、メイスを振るう。我に返った兵士たちがゴブリンたちを切り払う事で、僅かだが物理的、精神的余裕が生まれる。
 ――オーラン。
 友人が、敢えて結界を張った心中をフォーリは察するしかなかった。
 確かめずには、居られなかったのだ、と。それだけの痛みを今も感じているのだ、と。
「……この難局。良き形に凌がねばなりませんね」


 さてどうするか。

 ――逃げるか。闘うか。

 オーランは前者を主張した。戦局は決して明るくなさそうだ。その証拠に、現在もゴブリン達は降下し続けており、街は混乱に包まれている。
「あの巨大な鳥は確かに厄介だけど、アレは外からゴブリンを投げ込む事に専心してる。有る意味、恐ろしい事だけどね……だからこそあの鳥が逃げる僕らを追うとは……思えないんだ。このゴブリン達には明らかに、何らかの意図がある」
 闘い方が奇妙だ、と。そこまで呟いて、重く深く、溜息をついた。
「これは、僕の我儘だけど。避難をするのならば……いや、戦うにしても。逃げ遅れている街の人々を避難させたいんだ。できるだけ多くを、死なせずに」
 胸の凝る自嘲を吐きだしながら、オーランはハンター達に頭を下げた。
「……まだ僕は、死ぬわけにはいかない。だけど、街の人も、徒に死なせたくは無いんだ。
 頼む。君たちに無理を強いるつもりはないし、君たちに、任せるよ。ただ……ただ」
 真摯な言葉から溢れて見えるのは、暗い色だった。背負ったままに進むには痛みを伴わざるをえない――茨のようにオーランを縛りつける、後悔。

 それらを受けて、ハンター達が出した答えとは……。

リプレイ本文


 彼方此方であがる悲鳴が、此処が戦場だと告げていた。
「――ジル。くれぐれも命を賭けるような真似はしないでね」
 予感を覚えたように、ジト目で告げるユージーン・L・ローランド(ka1810)にジル・ティフォージュ(ka3873)は軽薄な笑みを浮かべた。
「無論だ……心配せずとも、お前を残してなぞ死んでも死にきれん」
「……」
 不信の眼差しで見据える少年に、ジルは肩を竦めた。根負けしたのはユージーンの方だった。
「その言葉、信じたからね。約束破ったらド派手なお墓を立てて、その前で泣き暮らしてやる」
「信じるのならば、この俺が賭けに勝つ所まで信じてくれればいいものを」
「ジル?」
「解った、解った。そう睨むな」
「……おぉぅ」
 こいつら最高に盛り上がってんなーって顔で眺めていた龍華 狼(ka4940)が零す中、アンバー・ガルガンチュア(ka4429)は淡い微笑みをオーランへと向ける。
「貴方は、見ず知らずであろう街の民草たちも救いたいと……貴方の選択肢はもっとも困難で、下手をすれば他者を含め自身の命すらも危険に晒す選択肢ですよ?」
「解ってる」
 焦燥した様子のオーランは固い表情のまま頷いた。
「勿論、無理にとは言わない、が」
「……ふふ、いいでしょうその願い、私の全身全霊をもって成し遂げましょう」
 君たちならできるだろうと、言外に告げられたアンバーは心底愉快げだった。振動刀の柄に手を置きながら、一つ、礼を示す。
「それに、その気持ちは嫌いではないです。かって我が父が民を救う為……死地へただ一人赴いた感情に近しいものなのですから」
「それは――」
 騎士の誓いに返ったオーランの視線は険しい。頭を下げていたアンバーは気づかなかったが、ラル・S・コーダ(ka4495)はその変化に気づいたようだった。
 柔らかな、慈しみにも似た表情を浮かべた女は、
 ――心の傷が、開かないように。
 と、想いを固める。市民を助ける事と、オーランの心苦を除く事は同じと了解しているようだった。
「ねえ、おじいさんは早く行かないの? 鬼ごっこを始められないわ」
 雨音に微睡む玻璃草(ka4538)――フィリアの言葉に、一同は頷きを返す。
 去り際、ジルはオーランに言葉を投げた。
「オーラン殿。悔いという奴は、死神よりも足が速い物だと、貴殿は存じていよう」
「存外詩人だね、君は」
「これでも育ちは良くてな。この騒ぎが静まった暁になるだろうが。我等で良ければ、茶会でも開いて話をしよう。その為に、必ずや生きてこの死地を抜けられよ」
「……解った。君も、気をつけて」

 こうして。オーランの望み。そして果たすべきことを果たすために、ハンターたちは二手に別れる。


 忸怩たる想いを抱きながら、リーリア・バックフィード(ka0873)は通りへと出た。オーラン宅の周囲は安全が確保されているようだ。フォーリが一仕事をしていったらしい。だが、彼方から聞こえる悲鳴や怒声がハンターたちの胸を掻き乱す。
「街を奪われるのです。せめて、住民の生命は護りましょう」
「ええ……」
 噛みしめるような言葉に八原 篝(ka3104)は頷いた。その心境は苦い。この戦況も護衛対象である男が抱えている苦しみも全てが痛ましい。だから。
「オーランさん。茨小鬼って何かの魔法公害が絡んでるんじゃないの?」
「……それは」
「後で知っている事を教えて。わたしに出来る事なら、何でも協力する」
「――」
 懊悩すると解っていてもそう告げたかった。そうして篝はするすると民家の屋根へと登っていった。視界を確保し、同道する形。
「はじまりましたわね」
「私たちも急ぎましょう……誰一人欠かさずに、生きるんです」
 彼方を見てのリーリアの呟きに櫻井 悠貴(ka0872)は頷き、そう言った。市民を助ける為に、少女たちは往く。


 他方。陽動を役目とする班にはプラチナ・ランブランシュ(ka0604)、ジル、アンバー、ラル、狼。フィリアはどこぞへと消えた。大通りに出た四人は彼方此方から響く音の中で不利な場所を探す。亜人の咆哮は人のそれとは違う。音が鳴る方へと急いだ。騎馬とバイクで先行する一同に、ラルが追従する形。
 馬蹄に駆動音をまき散らす、些か以上に騒がしい攻勢となった。
「我が名はアンバー・ガルガンチュア! この剣の煌きを恐れぬのなら掛かってくるがいい亜人たち!」
 更に、この名乗りである。兵士や民を襲う亜人たちと真向から切り結ぶ形になった。尤も、本隊から突出しているのだろう。散り散りに兵士たちと切り結んでいる亜人たちでは纏まったハンターたちを留められるわけもなく、血の華が咲く。
「大通りを南と向かって下さいませ。仲間が避難誘導を行っております」
「あ、ありがとうございます……っ!」
 馬を駆って民と亜人の間に入ったプラチナは亜人の雑な斬撃を盾でいなし、剣で切り払いながら告げた。ハンター達の後背には道が――彼らが切り開いた安全路がある。
「こちらはお任せ下さい。良き旅路を」
 駆け出す彼らを背に、プラチナは鐙だけで馬を操ると、ゴブリンたちを追い立てていく。
 ――おっさんを頼む、と頼まれた。
 バイクを駆る狼には亜人を轢き捨てながら思考する余裕があった。想起されるのはその、余裕のない表情だった。それ故にこの道は『ダチ』の願いに通ずると信じ、剣を振るう。兵士を躱し、車体を傾けながら地を擦るような一閃で亜人を切り裂く。手にかかる衝撃に驚きながらも、往く。

 ――。

 つと、窓硝子が割れる鈍い音した。遅れて、家の中からも続々と市民が飛び出してくるの狼は目にした。見ると、返り血を浴びたフィリアが自らが杙殺した亜人を掲げている。血の雨に濡れる少女に怯えたのか、はたまた亜人たちに襲われて助けられたのかは解らない。
「♪~」
「……」
 ただ、フィリアは至極愉しげだった。異質さに狼が目を離し、真正面を見据えると、徐々に亜人たちの密度が増していく。否。続々と、というべきか。相対する兵の及び腰も嫌でも目に入った。
「――茨小鬼。いらっしゃいましたね」
 亜人の向こうにメイドドレスに身を包んだプラチナは目を細めて、こう結んだ。
「フォーリ様はいらっしゃいません、か」
「……仕方ないな。この状況では留めなければ、市民が後背を突かれる」
 軽い調子で応じたのはジルだ。陽動のために大通りを南下するオーランたちから離れようとすると、東西の通りを往かざるを得ぬ。故にそこにフォーリが居なかった時点で、彼らを無視する事はできなくなるのだった。
 逃げる市民たちが、襲われてしまう。
「篝さま。フォーリ様は……?」
『こっちからは見当たらないわ』
 追いついたラルが息急きながら無線で問うが、返事は芳しくなかった。
 だから。
「一気に片付けます! 連携していきましょう!」
「アズライル!」
 狼のバイクが加速し、アンバーの馬が疾走。折り重なるように並ぶ亜人たち、その道を開くべく、往く。
 亜人は獰猛に笑い、得物を構えてこれを迎え撃った。


 陽動班が進んだ先から、続々と、人が流れてくる。
「こちらです! 大丈夫です、皆で生き残りましょう!」
 悠貴の声に、市民達が合流を果たしていく。オーランを中心に周囲を警戒する一同は大通りを南下していた。その過程で、動きと呼びかけに従って人が集まる。
「随分集まってきましたわね」
「でも、まだまだ、です」
 通路上、兵士と交戦中のゴブリンを切り伏せて戻ってきたリーリアに、どこか硬い表情で悠貴は応じた。この世界へと転移してきた少女にとっては、現状はどこか記憶を掠める光景なのかもしれない。リーリアは剛毅ですらある笑みを浮かべ、悠貴の肩に手を置いた。
「ならば、その悉くを救いましょう」
「……はいっ!」
 その時だ。足元に、影。反射的に見上げるハンターと市民たち。たちどころに上がった悲鳴は、そこに狂騒の支配者――巨大な鳥と、彼らに捕まる市民を見つけたから。
 屋根上に居る篝もまた、空を仰いでいた。ただしこちらは動勢次第では撃ち抜くつもりである。
「まずいわね」
 鳥達が直ぐに離れていった上でそう呟いたのは民の動きが鈍っていたからだ。無理もない。戦場の只中だ。
 そこに。
「子供、怪我人、女性はなるべく中央へ! 健康な方でなるべく挟んで、逸れたり遅れたりしないよう見てあげて下さい!」
 ユージーンの声が響く。具体的な指示が効いたか。怯懦を押しのけなんとか歩が進み始めたのを見て、篝は安堵の息を零した。
「ここまでは順調……でも」
 言いながら、進路方向上にゴブリン達の一団を見つけ、眉を潜めた。兵士が対応しているが、数の不利に加えひょろ長い身体のゴブリンが高速で撹乱するのにてんで追いつけない。
「……茨小鬼」
 篝は直ぐに連絡をいれた。どうにかして、これに対応しなくてはいけない。進むべきは、その先にしかなかったから。


「――ッ!」
 一気呵成に三騎が往った。狼とジル、アンバーだ。寡兵を恐れること無く、踏み込んでいく。速力と慣性で強引にこじ開けた先で、三筋の剣閃が舞う。
 そこをこじ開けるように、プラチナとラルが踏み込んでいった。進む先は明快。茨小鬼への道だ。騎馬とバイクが抜けた間を疾駆する。
 舞うように――否、正しく、舞っているのだろう。戰場に置いて、女の動きは優美に過ぎた。身の丈を遥かに超える斧槍を振るい、時に支えに進む女、ラルは高らかに、謳う。
「さあ、楽しい踊りを!」
 Cantabile。パートナーを茨小鬼へと定めたラルはふわりと舞う。瞬後、回旋して届いた斧槍の刃は断頭台の如き鋭さをもって茨小鬼の足元に至る。
「■■■!」
 大柄な茨小鬼はこれを真っ向から受け止めた。踏み込み、柄を足裏で受けると、そのまま岩のような拳で殴打。柄で受けてもなお、豪風と衝撃がラルの髪を揺らす。
「あは」
 揺れる視界の中、ラルは艶然と笑い、
「貫いて圧し斬って愛してあげる」
 そうして、謳いあげた。
「だから、わたしの胸で眠りなさい……っ!」
「兵の皆様は住民の護衛に回って下さい」
 馬を繰り、兵士たちにそう告げたプラチナもまた、茨小鬼へと斬りかかっていく。
「此処は私達が預かりますので」
 盾を構え、背に向けた言葉に、兵士たちが駆けていくのを見届ける。
「……少し、時間がかかりそうでしょうか」
 そうして、ぽつりと呟いた。フォーリとの合流が為せぬ、という焦りもあった。
 ――彼らが失念していたのは、フォーリの所在についてだ。
 転戦する男は往く先々で亜人を討伐して移動している。彼を探すのであれば、例えば亜人たちの遺体や目撃情報を辿るべきだった。
 尤もこれは二つの点で利点もあった。一つは馬を持たぬフォーリでは足並みを揃えられぬ事。もう一つは数ある戦線を効率的に支える事が出来る事。
 現状では合流していた方が被害は大きかったかもしれない。


 少女は室内を駆けまわっていた。彼女を追うゴブリンを相手に、家屋内を優美に遊び回る。小麦粉を投げかけては自らも粉まみれになるが、隙を見ては更に杙殺せしめた後。
「めちゃくちゃね。お腹が空いたら我慢しなくちゃだめだわ、おじいさん」
 微笑とともに呟くと、そのまま、窓の外へと身を躍らせた。

 衝突は鈍く。しかし確実に。
 そして、居並ぶ全員に衝撃を伴って成された。だが、誰よりも衝撃を受けたのは茨小鬼に他なるまい。そして――その巨体が慣性で崩れるのを見逃すハンター達では、無かった。
 殺到、と呼ぶに相応しい強襲。
「■■■――ッ!」
 茨小鬼の咆哮は、憤怒か、あるいは号令だったか。ゴブリン達が身をすくめる中で、プラチナがその盾で更に姿勢を崩し、狼の剣が、アンバーの振動刀が、ジルの長剣が剣閃を描き、抵抗が出来ぬ茨小鬼の四肢を断つ。舞いに沿ったラルの殲撃が、その首を叩き切る。
「貴様等の将は……ま、そのなんだ、我らに討たれた! 仲間を連れ、この場を退け!」
 ジルが途中で口ごもったのは、紛うことなき奇襲で討ち取ったから勝ち誇り過ぎるのも些か躊躇われてのことだったが、小鬼達には関係なかったようだ。蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
 その姿を見て、いち早く茨子鬼から離れたフィリアは薄く笑っていた。
「――ほら、『歯車仕掛けの蛇』だってそう言ってるわ』

 篝から連絡が来たのは、その時のことだった。


「――止まって」
 四人だけでは、対応は困難だった。数の差に加え、市民達を連れての戦闘など叶うわけもない。結局のところ、篝達は足を留めざるを得なかった。
「リーリアさん、西方、逃げ遅れた人がいるわ」
 無線に告げたのは、見張りに付かねばならず、動けなかったからだ。足が早く単騎で戦えるリーリアが適任との判断だった。
「解りましたわ!」
 勿論、ノブリスオブリージュを掲げるリーリアはそれを受け容れた。幸い、状況は悪くはなかったし、彼女の信頼できる友がその場にいるのも大きかった。駿足を活かして脇道に入っていくリーリア――彼女が離れていく事に住民たちが怯えぬよう、直衛にユージーンと悠貴が残った。援軍が届くまで、暫しの時を凌ぐ中、ユージーンは、
「今日10人を犠牲にして明日100人を救っても、10人を喪った痛みが消える訳じゃない」
 オーランに、そう告げた。周囲を警戒するその表情は固い。
 彼自身もまた、茨に苛まれているのだろうかと、オーランは思う。
 けれど、彼には踏み込む事はできなかった。それ以上を抱え込む余裕は、彼には無かったから。
「それでも、僕は100人を救えば何かが購われると信じたいのです」
「そう、だね」
 それでも――その言葉には、頷く事ができた。
「……そうであればいいと、僕も思うよ」

 ゴブリン達の動きを高所から見張る篝の指示の元、慎重に見つからぬように立ちまわった結果、なんとか陽動班の合流まで待つことが出来た。
 市街地での戦闘故に、奇襲し、共同しさえすれば討伐は容易。そのまま南下し、リーリアが回収してきた住人を連れて、撤退することもまた、大した支障もなく果たせたようだった。
「……どうか、したのですか?」
「いえ――」
 戦闘の後。足を止めた狼に、ラルが言葉を投げた。唄い尽くした女の身体に浮かぶ汗が目に毒だったから、目を逸らす。
 切り込み、道を開く事に専心していた狼は『それ』を目にしていた。
 兵士達が、死んでいた。遺体としても無残な有り様だ。その遺体は幸いにして亜人達のそれと混じって折り重なり、住民たちは気づくことはなかったようだった、が。
「彼らは、立派に戦ったのですね」
 同じものに気づき、馬上からアンバーが告げ、黙祷を捧げる。混乱を呼ばぬよう最小限の仕草だが――彼女の本質は守護者に近しい。それ故に、短くとも真摯な祈りだった。
「ですかね……」
「――今は、彼らを護りましょう」
 複雑な表情で頷く狼に、プラチナが短く告げた。優先すべきを断ずる声に少年は頷きを返す。視線の先。市門の向こうに開けた大地には戦禍の気配は欠片もありはしなかった。
「出口です! もう少しです……頑張って!」
 嬉しげな悠貴の声に、住民たちの表情に、希望が差し込んだ。進む足に力が篭もり――想定と異なる形ではあったが、兎角こうして、ハンター達はオーランと住民達を市壁外へと釣れ出す事が出来た。オーラン達と同時に避難できなかった住民達も全てではないものの、後に市内へと戻ったハンター達が救出する事は出来たのだった。

 そうして、傷だらけのフォーリ・イノサンティとハンター達が合流した、後のこと。


 何故か粉塗れのフィリアとの合流にオーランは面食らっていたのだが――。
「この前、大きい鬼が言ってたの。セイジョのおねえさんはニエって」
「……フィリアさん」
「あら、ほんとの事だわ?」
 窘めるラルの言葉も、フィリアは聞きやしない。だが、それで十分だった。オーランが抱く後悔。街の惨状。救った街の人々の、不安げな表情。そして、ハンターたちのささやかな追求や、尽力。少女が告げた言葉に――オーランは撃ち抜かれたのだった。
「……ゴブリンたちは、大峡谷から現れたんだろう」
 俯いたオーランの声は、確かに、震えていた。
「そこで彼らは力を手に入れた。これまでに現れた三つ首の魔犬、巨大な鳥にしたってそうだろう」
「オーラン」
 フォーリが止めようとするが、オーランは気にも留めずに喋り続ける。
「魔法公害と、君は言ったね。言い得て妙だ。彼らはそんな環境に適応したんだろう」
 篝を見据えながら息を吐く。胸の奥に淀む澱と、一緒に、吐き捨てるように。
「マテリアルだ。茫漠で、生物の姿形を変えて知性と力を与えても尚余り在るほどのそれが、彼処にはある」
「オーラン!」
 終にフォーリはその手を取った。言葉そのものよりも籠められた力の強さにオーランは目を見開く。それ以上は禁忌に触れる、と。その強さが語っていた。
「そこまでです」
「……すまない」
 オーランはそれきり黙り込んでしまった。ハンターたちが慮るも、何の応答も返らなかった。優しさは、今のオーランにとっては正しく毒であったから、彼自身がそれを拒むようですらあった。

 この時、ハンターたちは誰一人として予想していなかった。
 このやり取りがオーランを駆り立て――後の“事件”に繋がる事など、誰も。

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MVP一覧

  • 弓師
    八原 篝ka3104
  • 囁くは雨音、紡ぐは物語
    雨音に微睡む玻璃草ka4538
  • 清冽なれ、栄達なれ
    龍華 狼ka4940

重体一覧

参加者一覧

  • 戦場の侍女
    プラチナ・ランブランシュ(ka0604
    人間(紅)|17才|女性|聖導士
  • 炎からの生還者
    櫻井 悠貴(ka0872
    人間(蒼)|18才|女性|機導師
  • ノブリスオブリージュ
    リーリア・バックフィード(ka0873
    人間(紅)|17才|女性|疾影士
  • はるかな理想を抱いて
    ユージーン・L・ローランド(ka1810
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • 弓師
    八原 篝(ka3104
    人間(蒼)|19才|女性|猟撃士
  • 亡郷は茨と成りて
    ジル・ティフォージュ(ka3873
    人間(紅)|28才|男性|闘狩人
  • 琥珀の麗人
    アンバー・ガルガンチュア(ka4429
    人間(紅)|22才|女性|闘狩人
  • 戦場の蝶
    ラル・S・コーダ(ka4495
    エルフ|27才|女性|闘狩人
  • 囁くは雨音、紡ぐは物語
    雨音に微睡む玻璃草(ka4538
    人間(紅)|12才|女性|疾影士
  • 清冽なれ、栄達なれ
    龍華 狼(ka4940
    人間(紅)|11才|男性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質問卓
ジル・ティフォージュ(ka3873
人間(クリムゾンウェスト)|28才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2015/07/28 09:26:31
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/07/26 03:02:25
アイコン 相談卓(逃走or闘争?)
リーリア・バックフィード(ka0873
人間(クリムゾンウェスト)|17才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2015/07/28 08:21:21