ゲスト
(ka0000)
羊たちの行方
マスター:湖欄黒江

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/08/04 19:00
- 完成日
- 2015/08/11 22:20
みんなの思い出
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オープニング
●
帝国中部・シュレーベンラント州に吹き荒れた、旧皇族ヒルデガルドの反乱。
反体制組織ヴルツァライヒの肝煎りで、更には歪虚をも巻き込んだ一連の事件は、
帝国軍及びハンターたちの奔走によって無事、収束しつつあった。
その片隅で起こった、シャーフブルート村の農民蜂起。
村を牛耳るシュレーベンラント紡績協会と、民間警備会社FSDが強いる過酷な労働は、
前領主にしてヴルツァライヒ構成員・ブランズ卿を旗印に掲げた、村人たちの武装蜂起を誘発。
帝国軍第一師団の依頼を受けたハンターが先行して現地へ潜入、
首謀者であるブランズ卿と村長を見事捕縛したものの、
最終的には農民レジスタンスによる紡績協会支部の占拠を許し、
翌朝、遅ればせに到着した第一師団の包囲によって、ようやく解決の目を見た。
そして後日――
●
「ハンターを協議に参加させる、と。誰の差し金だ……」
第一師団・ヴルツァライヒ専従捜査隊の責任者、ダネリヤ兵長が呻く。
面前に立たされた捜査隊長はふと、彼の肩越しに、窓越しに見える帝都の景色を眺めた。
見据えた先には、バルトアンデルス城の威容。隊長が答える。
「政府内務課の要請と聞きますが、具体的に誰か、というところまでは」
兵長は、蠅を払うような仕草で首を振り、
「陛下や皇子ではあるまい。共に、ハンターとの交流深くいらっしゃるが、
今回のような案件にまで連中を引き入れる程、優柔不断ではなかろう。
ソサエティとの協同路線を図る陛下のお心……と推測させて、こちらを牽制したつもりだろうか」
「内務課が、ですか?」
「こと、内政に関してまで二番手に甘んじていたくはない。
そういう気概のある者も、中には居たかもな。皮肉な話だが」
剣機を皮切りとした、歪虚勢力・四霊剣の出現が帝国を脅かしている――
というのは事実ながら、一方で、軍とハンターズソサエティがそのことごとくを撃退、
未だ帝国全土を揺るがすような、深刻な被害を受けてはいない、というのもまた事実。
「現体制は、歪虚の脅威を裏打ちにしている。革命の意義もそこにこそあった。
ヴルツァライヒが歪虚と通じていたのは、ある意味でこちらに好都合なのだ。その意味で……」
「歪虚の介入が見られなかったシャーフブルート村の蜂起こそ、むしろ危険だと?」
「同情は買い易い。悪評芬々の警備会社に、巨大な経済団体。
歪虚が去れば人間の悪役が残る。しかし体制維持の為にも、悪役は常に必要なのだ」
ダネリヤは机の隅に置かれていた木彫りの人物像を、片手で取り上げる。
事務仕事に使う、大きな瑪瑙の印章の隣に置き直し、
「おとぎ話だな。北風と太陽……協議では精々、風のほうを演じてみよう。
蜂起は防げなかったが、鎮圧には成功。ブランズ卿も押さえた。
専従捜査隊はシュレーベンラント周辺に拡散した反体制派へ潜入し、ヴルツァライヒ追跡を継続する。
本件の責任と始末は、私が引き受けた。報告ご苦労、君は仕事に戻りたまえ」
隊長を退席させた後。ダネリヤは、印章と並べた彫刻を見下ろし、呟く。
「しくじったとは言え、旧皇女を担ぎ出し、挙句歪虚とも通じていたとは。
ヴルツァライヒ――あの、貴族どものつまらんお遊びが、いつの間にやら随分と大がかりになったな?」
●
シャーフブルート村の住民約500名、及び村自体の処分に際しては、第一師団、政府内務課、司法課、
そして地主であるシュレーベンラント紡績協会の各担当者が集い、特別に協議を行うこととなった。
事件の証人兼、第三者の意見を募るという名目で、ハンター数名の出席も予定されている。
「胃が痛いよ。今回、僕は完全に悪役だ」
とぼやくのは、新任の紡績協会会長・シュトックハウゼン氏。
その日は帝都郊外の自宅にて、妻や執事と共に荷造りをしていた。
「悪いのは、FSDって会社じゃなくって?
今朝のバルツに出てましたよ、あまり素性の良くない人たちを雇ってるって……」
妻が言うと、
「でも、そのFSDを選んだのは紡績協会なんだよ。
前任のボッシュ会長が……いや、兎に角、僕もそのときは反対したりしなかったし」
「旦那様ほどの若さで、紡績協会の会長に選出されるとは、大変なことですよ。
旦那様の手腕があれば、この苦境を乗り越えられると、皆さんもそう期待しておられるのでは」
今度は執事。シュトックハウゼン氏は苦笑してかぶりを振り、
「生贄の羊ってところさ」
蜂起の責任を取る、という前会長の辞意を紡績協会が受け入れ、
代わりに会長職を任されたのがシュトックハウゼン氏だった。
若手ながら、彼の会社は協会内でも上位の収益を挙げている。
「あの村だけの問題じゃないんだ。いや、あの村ひとつでも、かなりの土地ではあるんだが、
ことは州全土、協会所有地全体の経営問題になるんだ。
FSDに代わる警備会社は中々見つからないだろうし、なし崩し的に軍の管轄下となれば、
土地の利用制限だとか、駐屯地への出資要求だとか……色々ややこしいのさ」
帝国経済に大きな影響力を持つ紡績協会ではあるが、それだけに、軍政との関係も複雑だ。
激化しつつある対歪虚戦線に備え、戦費調達に躍起な帝国軍。
大企業や資本家たちは将来の大幅増税を必至の事態と考えつつも、
そのタイミングをできるだけ遅らせたいというのが本音だ。
いち早く工業化・近代化路線へ舵を切った帝国諸企業といえど、
革命期の経済的混乱の余波は未だ消えず、外国資本に対する競争力強化は急務であった。
(あの革命が、西方世界にあっても政体は時にひっくり返る、と証明してしまったんだ。
そして、現体制下での経済的自立が失敗すれば、たちまち旧体制派、王国回帰派、同盟商人につけ入られる。
あるいはそれを防ぐ為、軍政による経済統制という目もある。どちらにせよ、帝国のブルジョワ層は吹っ飛ぶぞ)
不意に黙りこくって難しい顔をする夫へ、クローゼットから服を取って戻って来た妻が、声をかける。
「やっぱり、終わるまでは帰って来られないんですか?
帝都から家まで、車でたった1、2時間じゃありませんか。合間でも少しは帰って、お休みになって下さい」
「うん。できればそうする」
シュトックハウゼン氏は、妻が持ってきた、とっておきの背広とネクタイを確認する。
彼がいつか世話になったハンターたちも、こんな具合に、鎧や剣を選んでから戦いへ赴くのだろうか?
(紡績協会会長か。覚悟、しなくちゃな)
●
蜂起の首謀者であるブランズ卿は村長と共に、帝都某所の憲兵隊詰所にて拘束中だった。
最後に行われた尋問の折、捜査隊員は彼らに、
村に残されたレジスタンスが、鎮圧部隊に対して紡績協会支部を無血開城したと告げる。ブランズ卿の返事――
「良かった。ならば私も、ヴルツァライヒについてそろそろ話をしようか」
帝国中部・シュレーベンラント州に吹き荒れた、旧皇族ヒルデガルドの反乱。
反体制組織ヴルツァライヒの肝煎りで、更には歪虚をも巻き込んだ一連の事件は、
帝国軍及びハンターたちの奔走によって無事、収束しつつあった。
その片隅で起こった、シャーフブルート村の農民蜂起。
村を牛耳るシュレーベンラント紡績協会と、民間警備会社FSDが強いる過酷な労働は、
前領主にしてヴルツァライヒ構成員・ブランズ卿を旗印に掲げた、村人たちの武装蜂起を誘発。
帝国軍第一師団の依頼を受けたハンターが先行して現地へ潜入、
首謀者であるブランズ卿と村長を見事捕縛したものの、
最終的には農民レジスタンスによる紡績協会支部の占拠を許し、
翌朝、遅ればせに到着した第一師団の包囲によって、ようやく解決の目を見た。
そして後日――
●
「ハンターを協議に参加させる、と。誰の差し金だ……」
第一師団・ヴルツァライヒ専従捜査隊の責任者、ダネリヤ兵長が呻く。
面前に立たされた捜査隊長はふと、彼の肩越しに、窓越しに見える帝都の景色を眺めた。
見据えた先には、バルトアンデルス城の威容。隊長が答える。
「政府内務課の要請と聞きますが、具体的に誰か、というところまでは」
兵長は、蠅を払うような仕草で首を振り、
「陛下や皇子ではあるまい。共に、ハンターとの交流深くいらっしゃるが、
今回のような案件にまで連中を引き入れる程、優柔不断ではなかろう。
ソサエティとの協同路線を図る陛下のお心……と推測させて、こちらを牽制したつもりだろうか」
「内務課が、ですか?」
「こと、内政に関してまで二番手に甘んじていたくはない。
そういう気概のある者も、中には居たかもな。皮肉な話だが」
剣機を皮切りとした、歪虚勢力・四霊剣の出現が帝国を脅かしている――
というのは事実ながら、一方で、軍とハンターズソサエティがそのことごとくを撃退、
未だ帝国全土を揺るがすような、深刻な被害を受けてはいない、というのもまた事実。
「現体制は、歪虚の脅威を裏打ちにしている。革命の意義もそこにこそあった。
ヴルツァライヒが歪虚と通じていたのは、ある意味でこちらに好都合なのだ。その意味で……」
「歪虚の介入が見られなかったシャーフブルート村の蜂起こそ、むしろ危険だと?」
「同情は買い易い。悪評芬々の警備会社に、巨大な経済団体。
歪虚が去れば人間の悪役が残る。しかし体制維持の為にも、悪役は常に必要なのだ」
ダネリヤは机の隅に置かれていた木彫りの人物像を、片手で取り上げる。
事務仕事に使う、大きな瑪瑙の印章の隣に置き直し、
「おとぎ話だな。北風と太陽……協議では精々、風のほうを演じてみよう。
蜂起は防げなかったが、鎮圧には成功。ブランズ卿も押さえた。
専従捜査隊はシュレーベンラント周辺に拡散した反体制派へ潜入し、ヴルツァライヒ追跡を継続する。
本件の責任と始末は、私が引き受けた。報告ご苦労、君は仕事に戻りたまえ」
隊長を退席させた後。ダネリヤは、印章と並べた彫刻を見下ろし、呟く。
「しくじったとは言え、旧皇女を担ぎ出し、挙句歪虚とも通じていたとは。
ヴルツァライヒ――あの、貴族どものつまらんお遊びが、いつの間にやら随分と大がかりになったな?」
●
シャーフブルート村の住民約500名、及び村自体の処分に際しては、第一師団、政府内務課、司法課、
そして地主であるシュレーベンラント紡績協会の各担当者が集い、特別に協議を行うこととなった。
事件の証人兼、第三者の意見を募るという名目で、ハンター数名の出席も予定されている。
「胃が痛いよ。今回、僕は完全に悪役だ」
とぼやくのは、新任の紡績協会会長・シュトックハウゼン氏。
その日は帝都郊外の自宅にて、妻や執事と共に荷造りをしていた。
「悪いのは、FSDって会社じゃなくって?
今朝のバルツに出てましたよ、あまり素性の良くない人たちを雇ってるって……」
妻が言うと、
「でも、そのFSDを選んだのは紡績協会なんだよ。
前任のボッシュ会長が……いや、兎に角、僕もそのときは反対したりしなかったし」
「旦那様ほどの若さで、紡績協会の会長に選出されるとは、大変なことですよ。
旦那様の手腕があれば、この苦境を乗り越えられると、皆さんもそう期待しておられるのでは」
今度は執事。シュトックハウゼン氏は苦笑してかぶりを振り、
「生贄の羊ってところさ」
蜂起の責任を取る、という前会長の辞意を紡績協会が受け入れ、
代わりに会長職を任されたのがシュトックハウゼン氏だった。
若手ながら、彼の会社は協会内でも上位の収益を挙げている。
「あの村だけの問題じゃないんだ。いや、あの村ひとつでも、かなりの土地ではあるんだが、
ことは州全土、協会所有地全体の経営問題になるんだ。
FSDに代わる警備会社は中々見つからないだろうし、なし崩し的に軍の管轄下となれば、
土地の利用制限だとか、駐屯地への出資要求だとか……色々ややこしいのさ」
帝国経済に大きな影響力を持つ紡績協会ではあるが、それだけに、軍政との関係も複雑だ。
激化しつつある対歪虚戦線に備え、戦費調達に躍起な帝国軍。
大企業や資本家たちは将来の大幅増税を必至の事態と考えつつも、
そのタイミングをできるだけ遅らせたいというのが本音だ。
いち早く工業化・近代化路線へ舵を切った帝国諸企業といえど、
革命期の経済的混乱の余波は未だ消えず、外国資本に対する競争力強化は急務であった。
(あの革命が、西方世界にあっても政体は時にひっくり返る、と証明してしまったんだ。
そして、現体制下での経済的自立が失敗すれば、たちまち旧体制派、王国回帰派、同盟商人につけ入られる。
あるいはそれを防ぐ為、軍政による経済統制という目もある。どちらにせよ、帝国のブルジョワ層は吹っ飛ぶぞ)
不意に黙りこくって難しい顔をする夫へ、クローゼットから服を取って戻って来た妻が、声をかける。
「やっぱり、終わるまでは帰って来られないんですか?
帝都から家まで、車でたった1、2時間じゃありませんか。合間でも少しは帰って、お休みになって下さい」
「うん。できればそうする」
シュトックハウゼン氏は、妻が持ってきた、とっておきの背広とネクタイを確認する。
彼がいつか世話になったハンターたちも、こんな具合に、鎧や剣を選んでから戦いへ赴くのだろうか?
(紡績協会会長か。覚悟、しなくちゃな)
●
蜂起の首謀者であるブランズ卿は村長と共に、帝都某所の憲兵隊詰所にて拘束中だった。
最後に行われた尋問の折、捜査隊員は彼らに、
村に残されたレジスタンスが、鎮圧部隊に対して紡績協会支部を無血開城したと告げる。ブランズ卿の返事――
「良かった。ならば私も、ヴルツァライヒについてそろそろ話をしようか」
リプレイ本文
●
「河が匂う」
ジル・ティフォージュ(ka3873)が、開け放した窓から景色を眺める。
バルトアンデルス城の一室を間借りして行われる今回の協議だが、
第一師団の代表とハンター1名が所要で遅れるとのことで、他5人は待ちぼうけを食らわされた。
「夏場は仕方がない」
アウレール・V・ブラオラント(ka2531)が答える。
「流域の工業化、加えて革命後の人口流入で生活排水も増え、水が汚染されている」
「全く、酷い匂いだ」
「嫌なら、さっさと閉めれば良いのよ」
アウレールの隣席、ヴィンフリーデ・オルデンブルク(ka2207)が言った。
ジルは黙ってその通りにすると、ヴィンフリーデから席を離して座った。
緩衝地帯のように、間にドロテア・フレーベ(ka4126)と火椎 帝(ka5027)が並んでいる。ドロテアが、
「閉め切ると、今度は蒸すわね」
「住んでる人の気性かな、快適さより守りの硬さを優先したのかも。
窓も分厚いし、冬場は良いかも知れないけど」
帝がのんびりした口調で言う。ふと隣の空席を見下ろし、
「彼も遅いね。用事って何だろう?」
しびれを切らしたアウレールが立とうとした、ちょうどそのとき。
「申し訳ない、お待たせしました」
真田 天斗(ka0014)が、第一師団兵長・ダネリヤを伴って入ってきた。
続いて政府の人間2名と書記、それからシュトックハウゼン会長も現れる。
●
最初の議題は蜂起の首謀者、ブランズ卿と村長の処遇について。
兵長より、2名にかけられた嫌疑と捜査の現状に関して説明が行われると、
「卿と、面会させて頂くことはできますか?」
ヴィンフリーデの要求を、兵長はにべもなく断った。
「現在、師団の人間を除き一切の面会は許されていない」
「仕方ありませんね。では、この件については一言だけ。
逮捕が済んだ以上、速やかに司法課へ引き渡すのが道理と考えます。
帝国の兵は帝国の法に従い、非道に力は振るわない……」
そう言って、彼女は意味ありげに微笑んだ。
「俺も同じだ」
ジルが後を継ぐ。ヴィンフリーデと兵長を交互に見、
「まず……『特殊な政治犯』とはどういう意味だ?
確かに件の組織との関わりこそあれど、この協議においてのみ言えばその名は掲げておらん。
政治犯との言は、些か不適切なのでは?
それとも当局は、旧貴族を須らく『政治犯』と呼び習わすのであったかな」
政府の代表者と会長が一瞬、兵長の顔色をうかがうが、彼は眉ひとつ動かさない。今度は、
「あたしは無学で解らないんですけど……撃ち合いが終わったら、軍人は引っ込むべきと思いますわ」
ドロテアが言った。ハンター3人が司法課への早期引き渡しに賛成し、
司法課代表は我が意を得たり、とばかりに深く頷いてみせる。
「あのー、僕も馬鹿なんで良く分かんないんですけど、村人たちって本当に蜂起したんですか?」
帝のその言葉に、列席者全員が怪訝そうな顔をする。帝は頭を掻き、
「えっとですね」
村人たちは確かに武器を持ち、紡績協会支部前に集いはした。
だが村人は先んじて支部へ攻撃――放火等の破壊行為や、攻撃準備の為の斥候――を仕掛けた訳ではなく、
ただ、武装して集まっていた『だけ』だった。
「僕の世界だとこれ、凶器準備集合罪って言うんですけど。暴動を未遂で潰した際の罪を指します」
(良くそんな言葉憶えてたな? それとも誰かに聞いたんだっけ)
思いつつ、帝は話を続ける。
「つまり、実は蜂起は未然に防げていたんじゃないかって……さっすが、第一師団の手配ですよね。
ちなみに、先に撃ち始めたのはどっちでしたっけ? 攻撃されたら、つい身を守る為に応戦しちゃいますよね」
●
兵長はほんの少しだけ頬角を上げ、笑みらしき表情を見せた。
「面白い考え方だが……それ以前に別働隊が牧場を占拠し、FSDと戦闘していた筈だ。
FSDが撤退した後、協会支部を不当に占拠した件はどうなる?」
そこでシュトックハウゼン会長が手を挙げ、兵長を遮った。
「彼らの理屈は一部採用できると思う。蜂起は起こったかも知れないが、
必ずしも皇帝陛下の治世に対する反乱ではなかったという点です。
首謀者がヴルツァライヒという以外、国家への反逆という要素は不明確だ」
事実、第一師団の鎮圧部隊に対しては、レジスタンスも抵抗らしい抵抗をせず解散した。
「つまり、本質はあくまで我々と労働者の間のトラブルにあった、ということです」
「FSDによる村人への虐待は、あたしからも証言できます。
証拠はありませんが、蜂起以前に村人を殺害していた疑いも。ですが」
ドロテア、そしてアウレールが会長を見やり、
「蜂起の原因も、責任も全て紡績協会とFSDにある。協会の長たる貴方自身が、そう主張するのだな?」
会長は神妙な顔で頷くと、
「蜂起参加者の罪状は、司法官が決めることですが」
「まずは、ブランズ卿の話を聞いてみては如何でしょうか?」
天斗が言った。ブランズ卿は、ヴルツァライヒに関する貴重な情報源だが、
「その証言は精査せねば、かえってこちらを傷つける武器になる諸刃の剣。
偽情報に踊らされては危険ですし、司法課へ委ねる前に充分な調査が必要です。
ヴルツァライヒの根は何処まで伸びているか判りません。裁判途中で暗殺、と言うことも考えられるかと」
「引き渡し期日を設けるべきだろう」
と、アウレールが提案する。
「反体制取り締まりの専門家である第一師団の手で、捜査が行われるべきなのは間違いない。
しかし無用に拘留が長引けば、権限を逸脱した私刑と変わりなくなってしまう。
期日を設けた上での集中尋問。司法課には法的正当性の範囲内で、証言の見返りに刑の減免も考慮して頂き、
双方協力して円滑な捜査と法執行に努める……如何か」
●
アウレールの提案を叩き台にすることで、第一の議題がようやくまとまった。
師団は首謀者他、蜂起準備に深く関わった若干名を期間内で尋問後、司法課へ引き渡す。
「他の蜂起参加者は後日、一括して司法課へ。良いな?」
次の議題は、FSDにかけられた疑義とその処遇について。
「司法課に一任すべきだ」
「……私も同じく」
ジルとヴィンフリーデが、揃って手を挙げる。
「細かな事実については、実地潜入していた者に報告させれば良かろう」
「後は司法課が、きちんと中立の立場で判断してくれますよね?
住民感情を無視した司法官が、枕を高くして眠れるとは思わないし」
「新聞や民の下馬評は馬鹿にならんよ」
ふたり共に司法課を牽制すると、代表者は憮然として、当然だ、と答えた。
「違法換金事件については、今回の騒擾事件とは全く別個に立件すべき事案だろう」
アウレールが発言する。
「司法課が正式に立件するまでは、書類の証拠能力の鑑定と並行して、数日程度の事情聴取に留めるべきだ。
嫌疑の相当性が確保されない限り、社員の身柄は保釈するのが妥当と考える」
兵長は同意しつつも、
「証拠隠滅の恐れがある一部の者については、こちらで改めて拘束ないし保護する。必要な手続きは後ほど」
天斗はそこで兵長と目を合わせ、共に頷いた。
(自分が確保した証人――『同僚』の彼女との約束は、守らねばなりませんからね)
後、天斗とドロテアが違法換金の証拠押収の経緯を説明。
ドロテアは帝と共に、FSDの過剰防衛についても証言した。
ハンターに対する警告なしの発砲、村への放火、ひと通り話し終えるとドロテアが、
「放火に関し、区長から明確な指示が出ていたかは分かりません。
しかし、彼が執った作戦の概要は説明できますわ。自衛として妥当だったか……ただ」
机に手をついておもむろに立ち上がる。
「一般社員には酌量の余地があるかと思います。
彼らの人生を、革命が変えてしまったんですわ。故郷を失い、普通の仕事に馴染めず。
FSDが唯一の身の置き所と、やむなく良心を殺していた者も……」
不意に言葉を切り、すとん、と腰を下ろす。
「余計な話でしたわね」
(でも、きっと他に誰も言わないもの。彼らにも立場があったってこと)
会議はしばしの沈黙の後、最後の議題へと移った。
シャーフブルート村、解体か存続か?
●
「まずは会長が認めた通り、紡績協会には相当の責任がある。
今後の農村運営は行政が監督指導し、特に住民への直接の影響力行使は完全に禁止されるべきだ」
アウレールの言葉に、会長はただじっと耳を傾ける。
「シャーフブルートは軍の監視の下、村組織の再編と行政的改革を実行すべし。
反政府的な記号が村に与えられる可能性を考慮すれば、将来的な解体はやむなしだが、
蜂起参加者の一部については、再建の労役を以て刑に代えるのも一案かと思う」
一方、次に手を挙げたジルは、村の解体に反対を示した。
「解体と言えばつまり、住人を全て他所へ移し、新しい労働者と入れ替える訳だな?
そこまで聞き分けが良ければ、最初から蜂起などせんよ。
無理に引き離し移住などさせてみろ、それこそ今回の二の舞となるのが世の道理だ」
「どの道、村人の生活が自立できるよう支援はしなきゃならないのだし」
ヴィンフリーデ、そして天斗が彼の主張に乗る。
「今度は、穏便な声の上げ方なんかも教育しないとね。
それなら無理に場所を移すのは、要らぬ手間だと思いますけど」
「帝国の圧制に村を潰された、などと見られ、再び反体制派がつけ入る隙を作るのは得策ではないかと。
時には温情を以て統治することも、大事ではないでしょうか?
師団の監視は継続しつつ、労働条件の改善を協会にお願いしたいところですが」
「だが、待遇改善を蜂起の成果と思われれば本末転倒だ」
アウレールが言うと、ドロテアも、
「実際のところ、本当に村は改革できるのかしら。
協会の再発防止策が有効かつ、軍が駐屯し続けるのであれば別ですけど。
村人には補償をした上、移住させたほうが良いのでは? 人には、忘れる権利がありますのよ」
「では、我々の再発防止策を」
会長が、書類を卓上に広げた。紡績協会による提案――
新たな労働規定の設定、FSDに代わる協会独自の警備隊発足、
「労働者の債務については、一括で返済期限を引き延ばす。
シャーフブルート再建には政府内務課の監督を仰ぎ、以後、地域社会の自立性を尊重した経営に努める」
「そんなあやふやな文言で、村人は納得するかしら?」
「既に血が流れているのだ。なまじなことで恨みは消えんだろう」
そう呟くドロテアとジルに、会長は顔を上げ、
「警備隊新設に当たっては、ソサエティとその所属であるハンター諸氏へ協力を依頼するが、
今しばらくは第一師団に治安維持を全面的にお任せする。
駐屯部隊の為の用地供出、また、ブルーネンホーフ改修へも資金提供の用意が」
「内務課はこの提案を了承済みです。後は司法課と第一師団の方々に」
内務課の代表が上座をうかがうと、まずは兵長が、
「確かに、村の解体には弊害も多い。一帯には今なお反体制派潜伏の可能性もあり、
住人が移住先で取り込まれれば二度手間だ。存続させた上で監視するほうが、楽ではあるが」
「司法課としても、村組織を解体すべしという明確な法的根拠は存在しない。内務課が了承済みであれば……」
「何か、肝心の村の人たちが置いてけぼりじゃないですか?」
帝が出し抜けに言った。椅子にもたれ、視線を落として手遊びをしつつ彼は続ける。
「その再発防止策、村人を参加させて一から話し合ったほうが良いですよ。だって、村はもう限界だったんでしょ?
何が問題だったか、はっきりさせないまま残しても、物理的に存続しようがないんじゃないですかね。
存続するにはどうすれば良いか、彼らが一番分かってるんだから、
証人やアドバイザーにこれ以上相応しい人たちもないでしょ。ちゃんと話し合いましょうよ、『みんな』で」
●
「君の言ったことこそ、最大の原因だったんだろうね」
協議の終わった後、帝はシュトックハウゼン会長に声をかけられた。
「革命で崩壊した地方社会を力ずくで取りまとめていく内、
直にその土地で暮らし、働く人々の声を聞かないようになっていた。
我々資本家はそのツケを払うべきだ。遅過ぎたかも知れないが……」
「起こったことは仕方ないですよ、大事なのはこれから。月並みな言い方ですけどね」
「近い内、村を訪ねる。君の助言通り、村人を集めて一から話し合おう。
そして警備隊新設……いつ話がまとまるか分からないが、いずれ依頼をする。
そのときはまた、君たちに来てもらえると嬉しい」
会長の差し出した手を、帝が握り返す。
この男ならばきっと、村を再建する助けになろう。互いにそう思いながら。
「出来レースに付き合わされた気がするわ」
城外に出てイルリ河南岸へ向かう橋の上、ドロテアが天斗に零した。
「政府と協会はグル、軍と政府も裏で打ち合せ済みで、時間に遅れたのはそのせい?」
「自分が見つけた証人を保護してもらうよう、その話し合いもありましたから。
我々の役割は最初から、彼らが出した結論の見届け人だったのでしょう。
そう悪くない決着だったと思いますし、最後のひと押し、くらいにはなれたのでは」
天斗のフォローがあってなお、彼女の気はあまり晴れなかった。
革命以来、自分は才覚で自由を勝ち取り、生き延びてきた。
村人と、FSDの男たちは立ち直れなかった。彼らは弱かった、それだけのこと。しかし、
「弱さは、罪なのかしら?」
何か、と天斗が問うと、
「何でもない。お互い大変な仕事だったけど、それも今日で終わり。
面倒臭いことはもう、忘れちゃいましょう?」
「ブランズ卿に言ってやりたいわ――
今の状況を嫌だダメだって言うだけ? 楽で良いわね。反乱起こして今の体制を壊してはいめでたしめでたし、
で? その後、戦火で働き手も耕作地も減って産業も無くなった村で、
どうやって食べていくつもりだったのかしらね」
ヴィンフリーデが息巻く。連れ立つアウレールは答えず、橋から河を眺めている。と、
「13年前、革命軍がその通りのことをした。違うか?」
後ろから声がした。ジルだ。
きっとして振り返るヴィンフリーデ。しばし睨み合った後、
「回顧する全ての人に聞きたいのだけれど……革命が起きずに、歪虚に蹂躙された方が良かったのかしら?
13年! 赤ん坊だったあたしがハンターになるまでの間、帝国は歪虚から民を守ってきたのよ」
「それも事実だ。しかし」
次の句はなかったが、ヴィンフリーデはジルの眼差しにただならぬものを感じ、反論を止めた。
「……今の帝国が完璧でないことくらい、知ってるわよ。どうすれば良いか、ずっと考えてる」
アウレールが口を挟むことはなく、それからは3人とも黙って、歩き続けた。
日が落ち始めていた。河に吹く風から次第に暑気が失せ、淀んだ水の匂いも、ゆっくりと和らいでいった。
「河が匂う」
ジル・ティフォージュ(ka3873)が、開け放した窓から景色を眺める。
バルトアンデルス城の一室を間借りして行われる今回の協議だが、
第一師団の代表とハンター1名が所要で遅れるとのことで、他5人は待ちぼうけを食らわされた。
「夏場は仕方がない」
アウレール・V・ブラオラント(ka2531)が答える。
「流域の工業化、加えて革命後の人口流入で生活排水も増え、水が汚染されている」
「全く、酷い匂いだ」
「嫌なら、さっさと閉めれば良いのよ」
アウレールの隣席、ヴィンフリーデ・オルデンブルク(ka2207)が言った。
ジルは黙ってその通りにすると、ヴィンフリーデから席を離して座った。
緩衝地帯のように、間にドロテア・フレーベ(ka4126)と火椎 帝(ka5027)が並んでいる。ドロテアが、
「閉め切ると、今度は蒸すわね」
「住んでる人の気性かな、快適さより守りの硬さを優先したのかも。
窓も分厚いし、冬場は良いかも知れないけど」
帝がのんびりした口調で言う。ふと隣の空席を見下ろし、
「彼も遅いね。用事って何だろう?」
しびれを切らしたアウレールが立とうとした、ちょうどそのとき。
「申し訳ない、お待たせしました」
真田 天斗(ka0014)が、第一師団兵長・ダネリヤを伴って入ってきた。
続いて政府の人間2名と書記、それからシュトックハウゼン会長も現れる。
●
最初の議題は蜂起の首謀者、ブランズ卿と村長の処遇について。
兵長より、2名にかけられた嫌疑と捜査の現状に関して説明が行われると、
「卿と、面会させて頂くことはできますか?」
ヴィンフリーデの要求を、兵長はにべもなく断った。
「現在、師団の人間を除き一切の面会は許されていない」
「仕方ありませんね。では、この件については一言だけ。
逮捕が済んだ以上、速やかに司法課へ引き渡すのが道理と考えます。
帝国の兵は帝国の法に従い、非道に力は振るわない……」
そう言って、彼女は意味ありげに微笑んだ。
「俺も同じだ」
ジルが後を継ぐ。ヴィンフリーデと兵長を交互に見、
「まず……『特殊な政治犯』とはどういう意味だ?
確かに件の組織との関わりこそあれど、この協議においてのみ言えばその名は掲げておらん。
政治犯との言は、些か不適切なのでは?
それとも当局は、旧貴族を須らく『政治犯』と呼び習わすのであったかな」
政府の代表者と会長が一瞬、兵長の顔色をうかがうが、彼は眉ひとつ動かさない。今度は、
「あたしは無学で解らないんですけど……撃ち合いが終わったら、軍人は引っ込むべきと思いますわ」
ドロテアが言った。ハンター3人が司法課への早期引き渡しに賛成し、
司法課代表は我が意を得たり、とばかりに深く頷いてみせる。
「あのー、僕も馬鹿なんで良く分かんないんですけど、村人たちって本当に蜂起したんですか?」
帝のその言葉に、列席者全員が怪訝そうな顔をする。帝は頭を掻き、
「えっとですね」
村人たちは確かに武器を持ち、紡績協会支部前に集いはした。
だが村人は先んじて支部へ攻撃――放火等の破壊行為や、攻撃準備の為の斥候――を仕掛けた訳ではなく、
ただ、武装して集まっていた『だけ』だった。
「僕の世界だとこれ、凶器準備集合罪って言うんですけど。暴動を未遂で潰した際の罪を指します」
(良くそんな言葉憶えてたな? それとも誰かに聞いたんだっけ)
思いつつ、帝は話を続ける。
「つまり、実は蜂起は未然に防げていたんじゃないかって……さっすが、第一師団の手配ですよね。
ちなみに、先に撃ち始めたのはどっちでしたっけ? 攻撃されたら、つい身を守る為に応戦しちゃいますよね」
●
兵長はほんの少しだけ頬角を上げ、笑みらしき表情を見せた。
「面白い考え方だが……それ以前に別働隊が牧場を占拠し、FSDと戦闘していた筈だ。
FSDが撤退した後、協会支部を不当に占拠した件はどうなる?」
そこでシュトックハウゼン会長が手を挙げ、兵長を遮った。
「彼らの理屈は一部採用できると思う。蜂起は起こったかも知れないが、
必ずしも皇帝陛下の治世に対する反乱ではなかったという点です。
首謀者がヴルツァライヒという以外、国家への反逆という要素は不明確だ」
事実、第一師団の鎮圧部隊に対しては、レジスタンスも抵抗らしい抵抗をせず解散した。
「つまり、本質はあくまで我々と労働者の間のトラブルにあった、ということです」
「FSDによる村人への虐待は、あたしからも証言できます。
証拠はありませんが、蜂起以前に村人を殺害していた疑いも。ですが」
ドロテア、そしてアウレールが会長を見やり、
「蜂起の原因も、責任も全て紡績協会とFSDにある。協会の長たる貴方自身が、そう主張するのだな?」
会長は神妙な顔で頷くと、
「蜂起参加者の罪状は、司法官が決めることですが」
「まずは、ブランズ卿の話を聞いてみては如何でしょうか?」
天斗が言った。ブランズ卿は、ヴルツァライヒに関する貴重な情報源だが、
「その証言は精査せねば、かえってこちらを傷つける武器になる諸刃の剣。
偽情報に踊らされては危険ですし、司法課へ委ねる前に充分な調査が必要です。
ヴルツァライヒの根は何処まで伸びているか判りません。裁判途中で暗殺、と言うことも考えられるかと」
「引き渡し期日を設けるべきだろう」
と、アウレールが提案する。
「反体制取り締まりの専門家である第一師団の手で、捜査が行われるべきなのは間違いない。
しかし無用に拘留が長引けば、権限を逸脱した私刑と変わりなくなってしまう。
期日を設けた上での集中尋問。司法課には法的正当性の範囲内で、証言の見返りに刑の減免も考慮して頂き、
双方協力して円滑な捜査と法執行に努める……如何か」
●
アウレールの提案を叩き台にすることで、第一の議題がようやくまとまった。
師団は首謀者他、蜂起準備に深く関わった若干名を期間内で尋問後、司法課へ引き渡す。
「他の蜂起参加者は後日、一括して司法課へ。良いな?」
次の議題は、FSDにかけられた疑義とその処遇について。
「司法課に一任すべきだ」
「……私も同じく」
ジルとヴィンフリーデが、揃って手を挙げる。
「細かな事実については、実地潜入していた者に報告させれば良かろう」
「後は司法課が、きちんと中立の立場で判断してくれますよね?
住民感情を無視した司法官が、枕を高くして眠れるとは思わないし」
「新聞や民の下馬評は馬鹿にならんよ」
ふたり共に司法課を牽制すると、代表者は憮然として、当然だ、と答えた。
「違法換金事件については、今回の騒擾事件とは全く別個に立件すべき事案だろう」
アウレールが発言する。
「司法課が正式に立件するまでは、書類の証拠能力の鑑定と並行して、数日程度の事情聴取に留めるべきだ。
嫌疑の相当性が確保されない限り、社員の身柄は保釈するのが妥当と考える」
兵長は同意しつつも、
「証拠隠滅の恐れがある一部の者については、こちらで改めて拘束ないし保護する。必要な手続きは後ほど」
天斗はそこで兵長と目を合わせ、共に頷いた。
(自分が確保した証人――『同僚』の彼女との約束は、守らねばなりませんからね)
後、天斗とドロテアが違法換金の証拠押収の経緯を説明。
ドロテアは帝と共に、FSDの過剰防衛についても証言した。
ハンターに対する警告なしの発砲、村への放火、ひと通り話し終えるとドロテアが、
「放火に関し、区長から明確な指示が出ていたかは分かりません。
しかし、彼が執った作戦の概要は説明できますわ。自衛として妥当だったか……ただ」
机に手をついておもむろに立ち上がる。
「一般社員には酌量の余地があるかと思います。
彼らの人生を、革命が変えてしまったんですわ。故郷を失い、普通の仕事に馴染めず。
FSDが唯一の身の置き所と、やむなく良心を殺していた者も……」
不意に言葉を切り、すとん、と腰を下ろす。
「余計な話でしたわね」
(でも、きっと他に誰も言わないもの。彼らにも立場があったってこと)
会議はしばしの沈黙の後、最後の議題へと移った。
シャーフブルート村、解体か存続か?
●
「まずは会長が認めた通り、紡績協会には相当の責任がある。
今後の農村運営は行政が監督指導し、特に住民への直接の影響力行使は完全に禁止されるべきだ」
アウレールの言葉に、会長はただじっと耳を傾ける。
「シャーフブルートは軍の監視の下、村組織の再編と行政的改革を実行すべし。
反政府的な記号が村に与えられる可能性を考慮すれば、将来的な解体はやむなしだが、
蜂起参加者の一部については、再建の労役を以て刑に代えるのも一案かと思う」
一方、次に手を挙げたジルは、村の解体に反対を示した。
「解体と言えばつまり、住人を全て他所へ移し、新しい労働者と入れ替える訳だな?
そこまで聞き分けが良ければ、最初から蜂起などせんよ。
無理に引き離し移住などさせてみろ、それこそ今回の二の舞となるのが世の道理だ」
「どの道、村人の生活が自立できるよう支援はしなきゃならないのだし」
ヴィンフリーデ、そして天斗が彼の主張に乗る。
「今度は、穏便な声の上げ方なんかも教育しないとね。
それなら無理に場所を移すのは、要らぬ手間だと思いますけど」
「帝国の圧制に村を潰された、などと見られ、再び反体制派がつけ入る隙を作るのは得策ではないかと。
時には温情を以て統治することも、大事ではないでしょうか?
師団の監視は継続しつつ、労働条件の改善を協会にお願いしたいところですが」
「だが、待遇改善を蜂起の成果と思われれば本末転倒だ」
アウレールが言うと、ドロテアも、
「実際のところ、本当に村は改革できるのかしら。
協会の再発防止策が有効かつ、軍が駐屯し続けるのであれば別ですけど。
村人には補償をした上、移住させたほうが良いのでは? 人には、忘れる権利がありますのよ」
「では、我々の再発防止策を」
会長が、書類を卓上に広げた。紡績協会による提案――
新たな労働規定の設定、FSDに代わる協会独自の警備隊発足、
「労働者の債務については、一括で返済期限を引き延ばす。
シャーフブルート再建には政府内務課の監督を仰ぎ、以後、地域社会の自立性を尊重した経営に努める」
「そんなあやふやな文言で、村人は納得するかしら?」
「既に血が流れているのだ。なまじなことで恨みは消えんだろう」
そう呟くドロテアとジルに、会長は顔を上げ、
「警備隊新設に当たっては、ソサエティとその所属であるハンター諸氏へ協力を依頼するが、
今しばらくは第一師団に治安維持を全面的にお任せする。
駐屯部隊の為の用地供出、また、ブルーネンホーフ改修へも資金提供の用意が」
「内務課はこの提案を了承済みです。後は司法課と第一師団の方々に」
内務課の代表が上座をうかがうと、まずは兵長が、
「確かに、村の解体には弊害も多い。一帯には今なお反体制派潜伏の可能性もあり、
住人が移住先で取り込まれれば二度手間だ。存続させた上で監視するほうが、楽ではあるが」
「司法課としても、村組織を解体すべしという明確な法的根拠は存在しない。内務課が了承済みであれば……」
「何か、肝心の村の人たちが置いてけぼりじゃないですか?」
帝が出し抜けに言った。椅子にもたれ、視線を落として手遊びをしつつ彼は続ける。
「その再発防止策、村人を参加させて一から話し合ったほうが良いですよ。だって、村はもう限界だったんでしょ?
何が問題だったか、はっきりさせないまま残しても、物理的に存続しようがないんじゃないですかね。
存続するにはどうすれば良いか、彼らが一番分かってるんだから、
証人やアドバイザーにこれ以上相応しい人たちもないでしょ。ちゃんと話し合いましょうよ、『みんな』で」
●
「君の言ったことこそ、最大の原因だったんだろうね」
協議の終わった後、帝はシュトックハウゼン会長に声をかけられた。
「革命で崩壊した地方社会を力ずくで取りまとめていく内、
直にその土地で暮らし、働く人々の声を聞かないようになっていた。
我々資本家はそのツケを払うべきだ。遅過ぎたかも知れないが……」
「起こったことは仕方ないですよ、大事なのはこれから。月並みな言い方ですけどね」
「近い内、村を訪ねる。君の助言通り、村人を集めて一から話し合おう。
そして警備隊新設……いつ話がまとまるか分からないが、いずれ依頼をする。
そのときはまた、君たちに来てもらえると嬉しい」
会長の差し出した手を、帝が握り返す。
この男ならばきっと、村を再建する助けになろう。互いにそう思いながら。
「出来レースに付き合わされた気がするわ」
城外に出てイルリ河南岸へ向かう橋の上、ドロテアが天斗に零した。
「政府と協会はグル、軍と政府も裏で打ち合せ済みで、時間に遅れたのはそのせい?」
「自分が見つけた証人を保護してもらうよう、その話し合いもありましたから。
我々の役割は最初から、彼らが出した結論の見届け人だったのでしょう。
そう悪くない決着だったと思いますし、最後のひと押し、くらいにはなれたのでは」
天斗のフォローがあってなお、彼女の気はあまり晴れなかった。
革命以来、自分は才覚で自由を勝ち取り、生き延びてきた。
村人と、FSDの男たちは立ち直れなかった。彼らは弱かった、それだけのこと。しかし、
「弱さは、罪なのかしら?」
何か、と天斗が問うと、
「何でもない。お互い大変な仕事だったけど、それも今日で終わり。
面倒臭いことはもう、忘れちゃいましょう?」
「ブランズ卿に言ってやりたいわ――
今の状況を嫌だダメだって言うだけ? 楽で良いわね。反乱起こして今の体制を壊してはいめでたしめでたし、
で? その後、戦火で働き手も耕作地も減って産業も無くなった村で、
どうやって食べていくつもりだったのかしらね」
ヴィンフリーデが息巻く。連れ立つアウレールは答えず、橋から河を眺めている。と、
「13年前、革命軍がその通りのことをした。違うか?」
後ろから声がした。ジルだ。
きっとして振り返るヴィンフリーデ。しばし睨み合った後、
「回顧する全ての人に聞きたいのだけれど……革命が起きずに、歪虚に蹂躙された方が良かったのかしら?
13年! 赤ん坊だったあたしがハンターになるまでの間、帝国は歪虚から民を守ってきたのよ」
「それも事実だ。しかし」
次の句はなかったが、ヴィンフリーデはジルの眼差しにただならぬものを感じ、反論を止めた。
「……今の帝国が完璧でないことくらい、知ってるわよ。どうすれば良いか、ずっと考えてる」
アウレールが口を挟むことはなく、それからは3人とも黙って、歩き続けた。
日が落ち始めていた。河に吹く風から次第に暑気が失せ、淀んだ水の匂いも、ゆっくりと和らいでいった。
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/08/01 21:39:54 |
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仕事の時間です 真田 天斗(ka0014) 人間(リアルブルー)|20才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/08/04 00:48:52 |