ゲスト
(ka0000)
【深棲】Front Coast Line
マスター:墨上古流人

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~2人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/07/24 19:00
- 完成日
- 2014/07/31 23:35
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
◆
「はい、よーい……」
ぱんっ、と大きな手拍子が一拍、石造りの部屋に反響する。
冷たい床に伏していた男は、音と同時に立ち上がると、
体を捻って足に力を込め、一瞬で数m先に立っていた本を掴み取る。
「あ、そっちは……」
手を合わせたまま立っていた男は、
駆け抜けてゆく男の背中が、大きな本棚に突っ込み、本の雪崩に埋まっていくところまでを見届けていた。
「けほ……おいユウ……こんな所に本棚なんてあったか……?」
「瞬脚なんて使うからだよ」
「答えになってねぇ」
ぜってぇワザとだろ……とぶつくさ文句を垂れる男の横で、
ユウ、と呼ばれた男はへらりと笑っている。
窓から入り込む湿気た風は、整った顔立ちの長い銀髪をなびかせる。
幸の薄そうな、どこか虚ろで透明感のあるその男は、涼しい顔のまま椅子に腰をかけた。
ここは帝国第九師団―――フリデンルーエンと呼ばれる部隊の執務室。
帝国には皇帝配下に幾つかの師団があり、帝都の守備から戦闘特化、有翼種等を駆使した航空部隊、錬魔院の技術力を駆使した部隊等、
出来る事や畑が様々な部隊が揃えられている。
第九師団は『救援』を掲げ、団員の半分以上が治療・治癒に長けた者で構成されており、
有事の際には他師団からの要請や連携により、展開された前線へのヒーラー部隊の派遣や、
戦場での要救助人の護送、後方での救護キャンプの設営、
平常時には災害派遣や物資輸送、国内外の復興支援等、師団としてはある程度国民に近い場所での活動を行っている部隊だ。
「突然だけどリベルト。海水浴にいきたくない?」
「突然すぎて言葉も出ねぇ、と言いたいところだが、悪くないな。特にリアルブルーの水着は可愛いのが多くていつ見ても飽きないんだよ」
リベルト、と呼ばれた男は崩れた本を律儀に整理しながら、少しにやけてユウの話に耳を傾ける。
「じゃあ、お願いねっ」
「その心は?」
「騎士議会に出たんだけどさ」
「それ早く言えよ」
騎士議会―――師団長クラスか代理で副師団長が出席できる議会で、簡単に言えば帝国の行く末を決めるものだが、
やる事自体は重い会議でもある。
「同盟領土の方の海で、最近『狂気』の類と思わしき歪虚が頻繁に現れるんだってさ」
「狂気か……あいつら気持ち悪ぃんだよな。左右非対称で、ウェアウルフかと思ったらうさ耳生やして右手と左足が触手だったりとか、無茶に苦茶だ」
「ミ・パルティなのは帝国の正式装備もそうだよ?」
「あれはいーんだよ。帝国のは雑多な中に統一性があるし、個性が出てる。雑食な『狂気』と一緒にすんな」
帝国騎士団の正式装備は左右非対称なのが一般的で、装備の左側は各々のカスタマイズが許可されている。
武勲を挙げる事に旺盛な文化からか、装備の装飾等にはこだわりが深いのだ。
部屋の隅、ユウの物と思わしき軽装鎧を撫でながらうんうんと頷き、リベルトは話を続ける。
「んで、うちの皇帝様はその水辺の歪虚を蹴散らしてこいと」
「んーん、そんな事は言わなかったよ」
「へ?」
がくっ、とわざとらしく肩を崩して、リベルトが振り返る。
「猟兵や銃衛兵だろーと盾持ってるくらいの『帝国は人類の盾』って文化だろ? ここで同盟に恩売ってーとかそういうやり方すんじゃねーのか?」
帝国の兵士はほぼ全員が大小の違いはあるものの、盾を必ず持っている。
これは盾に個人認識票があるという理由も一つだが、騎士達の生存への意識を高めるという意味合いもある。
戦って死ぬことも名誉だが、生き残り多くの歪虚を殺すことの方が名誉であると言う事、
皇帝が、可能ならば決して犬死にはせずに生還する事、を尊んでいるからだ。
「ふふ、君が人類の盾とか言うと何だか皮肉だね?」
「からかうんじゃねーよ」
日差しに照らされて微笑むその顔は、
本当に無邪気のように見えて、それでいて皮肉めいてもいるから読めなかった。
「うん、まぁあの女帝様の事だから、何か打算的に動くんじゃないかなと思ったんだけど、どうやら僕らの計り知れない事を考えてのことなのかもね?」
「静観すんのか?」
「それ、誰かが同じこと言ったら『じゃあ貴様が行けば良い』だってさ。基本はハンター達に任せて、判断もその自主性を重んじるんだって」
「同盟の海戦力が整ってるからって、そりゃねーんじゃねぇのか?」
「うん、確かに同盟のお船が強いのもあるんだろうけど、そこは、やっぱり何か考えがあっての事なんじゃないかな」
「どーせよからぬこと企んでニヤニヤしてるだけだぜ……」
リベルトは後頭部をかきながら、窓際に寄る。懐から取り出した煙草に一本火をつけて、窓の外に煙を吐いた。
「と、いうワケで。僕としても人が襲われたりするとかわいそうだし、うちの師団だと理由つけて動きやすいしってことで、行くって言ってきたんだ」
「また勝手な事を……」
「僕たちのモットーは何だっけ?
「右手に淑女を、左手に熟女を」
「……アサっちゃうよ?」
「何だよアサるって」
「アサシネーション」
にこ、とほほ笑むユウの顔は、やはり何も考えず見れば無邪気なようで、
それ以外に何も窺えない表情は、どこか猟奇的にも見える。
「右手に救いを、左手に盾を。生きる意志ある者に等しくそれを与えたまえ……これでよろしゅうございますか?」
肩をすくめて溜息ひとつ、すらりとリベルトが読み上げれば、ユウは満足そうに頷く。
「そういうこと。基本は水難とかの警備、救援って体で派遣するね。変にガッシリ警備でーすって姿勢で行って怖がらせる事はないし、そっちも大事だし」
「で、いざ歪虚が出たら避難誘導しつつ対処、けが人が出れば救護と」
「うん、そんな感じだね」
資料は纏めておいたから、と書類の束を差し出すと、不精髭を撫でながらぱらぱらとリベルトが目を通してゆく。
「そうそう、ブルーの海岸警備隊は、皆さっきの変なダッシュのマスターなんだって。びーちふらっぐ、って言うらしいよ」
「本当かよ、それ……」
ちくり、とリベルトの不精髭が指に刺さる。
少しだけ血の滲む指を見て、軽く舌打ちしてローブの裾で払う。
「あーあ。舐めてあげようか?」
「女の子なら大歓迎」
「そんな汚いヒゲはやしてたら他の男も女も無理だよ?」
「汚くねぇ! オシャレひげだ!!」
残りの資料を引っ掴むと、ずかずかと部屋を出ていくリベルト。
ユウは、妖しく微笑んだままだった。
掌の上で転がる彼を見ての笑みか、それとも、この歪虚発生と、それに対する皇帝の動きを考えての事か―――
表情だけでは、窺い知れなかった。
「はい、よーい……」
ぱんっ、と大きな手拍子が一拍、石造りの部屋に反響する。
冷たい床に伏していた男は、音と同時に立ち上がると、
体を捻って足に力を込め、一瞬で数m先に立っていた本を掴み取る。
「あ、そっちは……」
手を合わせたまま立っていた男は、
駆け抜けてゆく男の背中が、大きな本棚に突っ込み、本の雪崩に埋まっていくところまでを見届けていた。
「けほ……おいユウ……こんな所に本棚なんてあったか……?」
「瞬脚なんて使うからだよ」
「答えになってねぇ」
ぜってぇワザとだろ……とぶつくさ文句を垂れる男の横で、
ユウ、と呼ばれた男はへらりと笑っている。
窓から入り込む湿気た風は、整った顔立ちの長い銀髪をなびかせる。
幸の薄そうな、どこか虚ろで透明感のあるその男は、涼しい顔のまま椅子に腰をかけた。
ここは帝国第九師団―――フリデンルーエンと呼ばれる部隊の執務室。
帝国には皇帝配下に幾つかの師団があり、帝都の守備から戦闘特化、有翼種等を駆使した航空部隊、錬魔院の技術力を駆使した部隊等、
出来る事や畑が様々な部隊が揃えられている。
第九師団は『救援』を掲げ、団員の半分以上が治療・治癒に長けた者で構成されており、
有事の際には他師団からの要請や連携により、展開された前線へのヒーラー部隊の派遣や、
戦場での要救助人の護送、後方での救護キャンプの設営、
平常時には災害派遣や物資輸送、国内外の復興支援等、師団としてはある程度国民に近い場所での活動を行っている部隊だ。
「突然だけどリベルト。海水浴にいきたくない?」
「突然すぎて言葉も出ねぇ、と言いたいところだが、悪くないな。特にリアルブルーの水着は可愛いのが多くていつ見ても飽きないんだよ」
リベルト、と呼ばれた男は崩れた本を律儀に整理しながら、少しにやけてユウの話に耳を傾ける。
「じゃあ、お願いねっ」
「その心は?」
「騎士議会に出たんだけどさ」
「それ早く言えよ」
騎士議会―――師団長クラスか代理で副師団長が出席できる議会で、簡単に言えば帝国の行く末を決めるものだが、
やる事自体は重い会議でもある。
「同盟領土の方の海で、最近『狂気』の類と思わしき歪虚が頻繁に現れるんだってさ」
「狂気か……あいつら気持ち悪ぃんだよな。左右非対称で、ウェアウルフかと思ったらうさ耳生やして右手と左足が触手だったりとか、無茶に苦茶だ」
「ミ・パルティなのは帝国の正式装備もそうだよ?」
「あれはいーんだよ。帝国のは雑多な中に統一性があるし、個性が出てる。雑食な『狂気』と一緒にすんな」
帝国騎士団の正式装備は左右非対称なのが一般的で、装備の左側は各々のカスタマイズが許可されている。
武勲を挙げる事に旺盛な文化からか、装備の装飾等にはこだわりが深いのだ。
部屋の隅、ユウの物と思わしき軽装鎧を撫でながらうんうんと頷き、リベルトは話を続ける。
「んで、うちの皇帝様はその水辺の歪虚を蹴散らしてこいと」
「んーん、そんな事は言わなかったよ」
「へ?」
がくっ、とわざとらしく肩を崩して、リベルトが振り返る。
「猟兵や銃衛兵だろーと盾持ってるくらいの『帝国は人類の盾』って文化だろ? ここで同盟に恩売ってーとかそういうやり方すんじゃねーのか?」
帝国の兵士はほぼ全員が大小の違いはあるものの、盾を必ず持っている。
これは盾に個人認識票があるという理由も一つだが、騎士達の生存への意識を高めるという意味合いもある。
戦って死ぬことも名誉だが、生き残り多くの歪虚を殺すことの方が名誉であると言う事、
皇帝が、可能ならば決して犬死にはせずに生還する事、を尊んでいるからだ。
「ふふ、君が人類の盾とか言うと何だか皮肉だね?」
「からかうんじゃねーよ」
日差しに照らされて微笑むその顔は、
本当に無邪気のように見えて、それでいて皮肉めいてもいるから読めなかった。
「うん、まぁあの女帝様の事だから、何か打算的に動くんじゃないかなと思ったんだけど、どうやら僕らの計り知れない事を考えてのことなのかもね?」
「静観すんのか?」
「それ、誰かが同じこと言ったら『じゃあ貴様が行けば良い』だってさ。基本はハンター達に任せて、判断もその自主性を重んじるんだって」
「同盟の海戦力が整ってるからって、そりゃねーんじゃねぇのか?」
「うん、確かに同盟のお船が強いのもあるんだろうけど、そこは、やっぱり何か考えがあっての事なんじゃないかな」
「どーせよからぬこと企んでニヤニヤしてるだけだぜ……」
リベルトは後頭部をかきながら、窓際に寄る。懐から取り出した煙草に一本火をつけて、窓の外に煙を吐いた。
「と、いうワケで。僕としても人が襲われたりするとかわいそうだし、うちの師団だと理由つけて動きやすいしってことで、行くって言ってきたんだ」
「また勝手な事を……」
「僕たちのモットーは何だっけ?
「右手に淑女を、左手に熟女を」
「……アサっちゃうよ?」
「何だよアサるって」
「アサシネーション」
にこ、とほほ笑むユウの顔は、やはり何も考えず見れば無邪気なようで、
それ以外に何も窺えない表情は、どこか猟奇的にも見える。
「右手に救いを、左手に盾を。生きる意志ある者に等しくそれを与えたまえ……これでよろしゅうございますか?」
肩をすくめて溜息ひとつ、すらりとリベルトが読み上げれば、ユウは満足そうに頷く。
「そういうこと。基本は水難とかの警備、救援って体で派遣するね。変にガッシリ警備でーすって姿勢で行って怖がらせる事はないし、そっちも大事だし」
「で、いざ歪虚が出たら避難誘導しつつ対処、けが人が出れば救護と」
「うん、そんな感じだね」
資料は纏めておいたから、と書類の束を差し出すと、不精髭を撫でながらぱらぱらとリベルトが目を通してゆく。
「そうそう、ブルーの海岸警備隊は、皆さっきの変なダッシュのマスターなんだって。びーちふらっぐ、って言うらしいよ」
「本当かよ、それ……」
ちくり、とリベルトの不精髭が指に刺さる。
少しだけ血の滲む指を見て、軽く舌打ちしてローブの裾で払う。
「あーあ。舐めてあげようか?」
「女の子なら大歓迎」
「そんな汚いヒゲはやしてたら他の男も女も無理だよ?」
「汚くねぇ! オシャレひげだ!!」
残りの資料を引っ掴むと、ずかずかと部屋を出ていくリベルト。
ユウは、妖しく微笑んだままだった。
掌の上で転がる彼を見ての笑みか、それとも、この歪虚発生と、それに対する皇帝の動きを考えての事か―――
表情だけでは、窺い知れなかった。
リプレイ本文
◆
同盟領某所の海岸線は、
建物や草木で視界を遮断されない、青と砂のパノラマが広がっていた。
高い空では、翼を広げた鳥が厚い雲を切り裂くように悠々と飛んでいる。
風が吹く度、爽やかな潮の香りを感じた。
「……暑い。いや……これは、熱い」
そんな爽やかさとは相反する風体を醸し出す、リベルト=アンスリウム。
帝国から派遣された第九師団の現場担当な副師団長は、
両足を氷水の張った桶に突っ込み、軽鎧はほとんど外して、
服の胸元をパタパタと煽っていた。
片方の手にあるのは、今しがた報告のあった資料の紙ではなく、よく冷えた炭酸飲料。
開け放たれた海の家の縁に座り、冷たい飲み物を煽りながら、流れてゆく景色を眺めていた。
「副師団長はルミナの指示できたのー?」
ひょこ、と海の家に顔を覗かせたのはテルヒルト(ka0963)
今回ハンターは、広い海岸を3つの班に分けて警備していた。
対ヴォイドもそうだが、表向きは湾岸の海難救護も兼ねている。
彼女は熱中症で具合が悪くなった若者を引き渡しにきたところだった。
「あいにく、我ら師団は働き者なもんでね。言われる前に動いてるぜ。次会ったら仕事しろって尻に芋でも投げてやってくれ」
テルヒルトを扇子であおぎながらそう答えるリベルト。
彼女は帝国皇帝のヴィルヘルミナと葡萄酒を酌み交わす仲なのだとか。
海の家の少し先、砂浜と海の境界線にて、綺麗な姿勢のまま立っているのはシルフィエット・アルヴェリチェ(ka1493)
まるで主人の帰りか何かを待っているように、潮風に髪を揺らしてそこにいた。
「……暑くないのか?」
同じくB班の楠葉 マコト(ka1053)が、ふとぽつりと話す。
「メイド服がですか? 別に問題ございません」
涼しい顔で答える彼女に、そうか……と一言、そしてマコトも海の方を見ながら歩いて警備に戻っていった。
「むっ、これは!!」
「現れましたか?」
「でっけぇ貝だ! 焼いたら美味いんじゃねぇか?」
砂の中に手を突っ込んでから、良い笑顔で取り出した貝をイレーナ(ka0188)に見せるボルディア・コンフラムス(ka0796)
ボルディアも遊んでいたワケではない。鋭敏感覚を使用していたら、たまたま砂浜に空く貝の大きな空気穴が目に入っただけだ。
小さな溜息混じり、イリーナが手の中のトランシーバーをくるくると持て余していた。
ぱしゃっ、と傍で遊んでいた子供の水飛沫が橘 遥(ka1390)の頬へと跳ねる。
(暑いと泳ぎたくなるのも解るけれど、ヴォイド発生の噂があるのに良く来るわねぇ)
心の中で一言、しゃがんで一息をつく。
手を突っ込んでるだけでも心地よい冷たい水の海は、ヴォイドの噂があれども人を引きつける魅力として充分足りえた。
「はい、了解です。こちらも異常ありません」
イリーナからの無線に応じているのはシヴェルク(ka1571)
彼はロイド・ブラック(ka0408)とC班として動いていた。
「海、楽しそうな人たちばかりですから……危険などないように僕も頑張らないとですね」
老若男女、海に潜ったり、日差しの心地に現を抜かしたり、綺麗な景色を見ながら友人たちとわいわい食事をしたり……
この場が壊されることは、何としても防がなくてはと思わせしめる光景がそこには広がっていた。
「確かに……何事も無ければ読書にも最適の仕事ではあるが、な」
シヴェルクの『下』の方から聞こえてくる声。
顔を向ければ、ロイドがビーチチェアにパラソルまでさして、優雅に本を読んでいた。
「寛ぎすぎじゃないですか……」
「唯でさえ日差しが強い、体力は温存しなくてはな。それに、ちゃんと仕事もしているさ……無線を取るんだ」
さっきまで使っていた無線を再び持ち直し、きょとんとするシヴェルク。
ロイドの目の端には、目から鱗な研究論文だとか、思わず感嘆の声を漏らすような歴史的事実の著述などではなく、
一瞬にして海の水を赤く変えてしまうような、笑えないB級ホラーの兆しが見えていた。
◆
海岸線のちょうど真ん中、まだ沖の方。
背びれを出してムードを出すなんて空気をこのヴォイドは読めやしない。
ぼこぼこと蠢く槌型の頭を振り回しながら、大きな水しぶきをあげて海の家へ一直線へと向かっていた。
普通のサメならまだしも、という訳ではないが、遊泳中の一般客はもちろん、
砂浜の人も『魔物』の出現にパニックを引き起こしていた。海の中の者は大丈夫なのか、ここは安全なのか、あの脅威はなんなのか―――
「騒ぐんじゃねぇ!」
得意の泳ぎで海の中にいた女性を連れ、浜辺へと引き上げたボルディアが周りの一般人へと一喝する。
「いいか、あのクソ歪虚共は俺らが倒す。お前らは海の家へさっさと避難しろ。野郎共は、周りの女子供に手ェ貸してやれ! こういう時くらい甲斐性見せやがれぇ!」
脅威に襲われた際、人は慌てたり止まったりするが、大抵が『どうしたらいいかわからなく』なる。
そんな真っ白い頭に流れ込んだ、ボルディアの熱い訴えは人々の目を覚ますことが出来た。
イレーナが親指に力を込めれば、ボルディアの言葉は無線を伝って遠隔地までも及んだ。
人々を助けたい、という情や正義に駆られた気持ちを、イレーナは抱いていなかった。
自分の夢の為の、足しになれば。この仕事のモチベーションはあくまでそこだ。
「それでも……」
水に浸かって座り込んだまま、泣きわめく子供の手を取り、もう片方の手ではロッドを確りと構える。
「目の前で貴方がたに喰われる者を見るのは、気持ちの良いものではありませんね……」
鮫を見据えてそう呟く。涙目の子供が首を傾げて彼女の顔を覗き込むと、イレーナは砂浜の方へとその子の手を引いていった。
「手ェ貸してやれってさ。ほれ、お前らもいってこい。今のところ慌てて足挫いたとかぐらいだから、ここはなんとかなる」
リベルトが随伴してきた師団のメンバーを顎で促し、若手が浜辺へと駆け出してゆく。
「人数揃うまで引きつけておくか……」
「そう慌てる事もない、もらっておけ」
サメ対応班が揃うまで引きつけようとしていたのか、マコトが少し海に入る。
駆けつけたロイドがマコトに防性強化をかけてから、弓を構えた。
いったん潜り、泳ぐ勢いで跳ねようとした所へ狙いすました一発。
鮫の眼前に矢を打ち込んで『危険である』と威嚇し方向転換させる狙いだった。
「さぁどうする?」
どうする―――判断という概念は、このヴォイドにはない。
『狂気』のヴォイドは、思考せず、逃げず、しつこく理不尽に襲いかかってくるのだ。
潮に流される矢を見てすぐ次の矢を番えるロイド。
「だったら当てれば……!」
シヴェルクのアルケミストデバイスが起動、先端で増幅されたエネルギーが夏の日差しにも劣らぬ眩さで一直線に飛んでゆく。
じゅっ、と海面と鮫の表皮の水分を飛ばす機導砲にも、猛進の威力は落ちてゆかない。
「最初はサメは任せるはずだったのに……さすがにこのフカヒレは食べきれないのかな?」
丁寧語から打って変わって、静かに、ただ口にするだけの静かな語調で話すシルフィエット。
大きな頭が水面から見えるタイミングで、猟銃を叩き込んだ。焦げた表面が抉れ、生々しく赤黒い肉が見える。
だが、どれだけ攻撃を打ち込もうとも、どれだけダメージを負おうとも、
鮫は、一切怯まず、臆せず向かってくる。
そして、その巨体は大きく勢いをつけて、水圧から宙へと解き放たれた。
「おいおい嘘だろ……!」
シヴェルク達に落ちる影。歪な円。
破滅のハンマーヘッドは確かな『狂気』を持って襲いかかってきた。
宙で数発、シルフィエットの銃弾がめり込んでいく。
駆け付けたテルヒルトがデリンジャーを抜く。祈るように、引き金を2回。
幾らかの体液の噴出を確認する、ダメージは通っているはず、だが、影はずれない。
シヴェルクがデバイスを2機起動、二条の機導砲が鮫の頭部を焼き打つ。
影を落とされたままのロイド、水と砂で足場が悪い。
遥がランアウトで駆け付けて鞭を一閃。抉るように肉を切り裂くが、衝撃で弾き飛ばすまではいかず―――
槌が、豪快に、振り下ろされた。
だが、ロイドの顔は『狂気』とは相反する静かな様子で、まったく怯んでいなかった。
頭上を睨み、迫る槌に向かって、機導剣を伸ばす。
そして刺さると同時に、槌から体を逸らすように捻って切り返した。
「焼く前に、串打ちが先だ」
本当は口内に熱々の串を突っ込みたかったが、口部がだいぶ体寄りにあった為咄嗟に断念した。
鮫はここで初めて、苦悶のような声をあげる。
イリーナのマジックアローが海面に縫い付けるように鋭く刺さり、その隙にロイドも距離を取る。
救護活動までは順調だったが、鮫が現れてからは苦戦しがちだった。
ハンター達の誤算は、敵の出現タイミングを考慮に入れなかった事だ。
海面は遠距離攻撃で対応し、砂浜に敵が現れた場合はそちらを対処し、終わったら海の援護。
仮に海の敵が先に出現した場合と、しばらくその状態が続いた時の想定が薄く、
そして、海に対して火力が足らなかった場合のフォローの段取りを、現地で臨機応変に判断しなければならなかった事である。
もちろん、黙って突っ立っている訳ではない。届く者は各自抜いた武器を懸命に振るっていく。
そして、運はハンター達に味方してきていた。
何故なら、一目散に向かってきた鮫は、既に浜のかなり浅い部分まで来ていた為、近接戦闘でも充分に対応可能だった。
そして―――
「待ちくたびれたよー」
テルヒルトの前方から、水をかき分けるように『せりあがって』くる巨体。
海の底から砂を踏みしめ、這い上がってきたその狂気の蟹は、
まるで獣が水を払うように体を震わせ、ハンター達へと向かってきた。
「これは……なるほどな。確かに狂気だ」
マコトの右手右足が黒く染まりだす。
持て余した武器達が、蟹を囲むように音を立てた。
◆
「ウッハハ! ヤベェ、ヤベェ外見してんなぁオイ! まあいい、さっさとぶっ潰してやるよ!」
ボルディアがわくわくした様子でとびかかってゆく。
蟹の腕が宙で彼女を捕えようとするが、間一髪交わして体の後ろへ。
「後ろにいりゃあ、デケェハサミも届かないだろう!」
正解だ。獣の足に、蟹の体、片方のハサミと片方の大きな人の腕。
腕こそ手が回れど、威力のある攻撃は繰り出せない。ボルディアは体を思う存分しならせて、
両手剣を蟹の殻へと叩き込む。
殻は堅いが、その重く余裕をもった一撃は、内臓まで揺さぶる衝撃を与える。
「気合入ってんなぁ……」
動きが鈍くなったカニへマコトが一気に駆け寄る。
体中を巡ったマテリアルが、踏み込む足、狙う目、そして振り下ろす腕へと満ち渡る。
足と殻の節目を刃が走った後、返す刃の勢いで半月を描くように鋏の節を撫で斬る。
「まだまだ終わらないよー」
マコトが作った隙、鋏と目が彼を追いかけているうちに、テルヒルトが詰め寄る。
叩き切るのに特化した直剣が、水面を割る勢いで獣の足元を断ち切る。
痛みに蠢き腕を振るう蟹。拳がテルヒルトを襲うが、幅広の刀身で受け止め、団扇のようにいなし回避。
過ぎた腕に傷をつけてまた間合いを取る、ヒット&アウェイで確実に傷をつけていった。
煩わしく動き回る彼女を目で、足で、追いかけてゆく。
「あんまり女の子をジロジロみない方がいいわよ」
駆ける勢いで飛び上がる遥。
足を攻められ体制を崩した蟹を見下ろし、殻から突き出た黒い目に鞭を振るう。
むき出しの急所は、その鋭い一閃に抗う術なく破裂してしまった。
咄嗟の反撃か、痛みに堪える為か、鋏と腕がまな板の上の魚のようにあっちこっちへと叩きつけられていく。
そして狙いの定まらない暴威が、遥の横から襲い来る―――
時が止まったかのようだった。
頭の中が一瞬白くなったように思える。脳裏をよぎるのは、街をぶらつく友人、柊 真司の姿。
『そういえば遥の奴は元気にやってるだろうか。依頼に出てるって聞いたがケガとかしてなきゃいいが……』
何気なくも友を、遥を思う祈りの奇跡が、大樹を振るわれたかのように横っ腹に喰らった腕の一撃を半減させた。
勢いこそ殺すことはできなかったが、吐き出したのは血ではなく塩水だけで済んだようだ。
「蟹は順調そうだな……おっと」
もう一度、鮫は体をうねらせて飛び跳ねる。
だが、既に海というより水たまりレベルの浅瀬、水の勢いをつけず体のバネだけでは限界がある。
ロイドが機導砲で撃ち落とし、そこへシヴェルクが駆け寄る。
鮫の鰭のようなスクアーロナイフを鰭に振りおろし、身体に縫い付けるように突き刺す。
「終わらせます……!」
シヴェルクの顔を照らす光、そして、両の腕からピストン運動のように連続で放たれてゆく機導砲。
止まらぬ猛攻、のたうちまわる鮫は砂煙と閃光に鮫は包まれていった。
蟹型は既に節と足を砕かれぼろぼろだった。
前衛のヒット&アウェイ、アウェイの一瞬をイレーナは見逃さない。
無造作に生え残った獣の足に、ファイアアローが飛びかかる。
何本も撃ち込まれた火種は毛と肉を轟々と燃やし、蒸発する体液と海水の匂いが辺りへ広がる。
殻の中で煮えたぎる体を抱える蟹へ、2丁の銃を向けるシルフィエット。
「私の知る蟹とも蟹鍋とも違う……動くと『痛い』よ……」
狙いすますその一瞬、狙うべきその一間、シルフィエットに閃きが舞い降りる。
『私のギルド員同士なら助け合いなさい。それが互助交流所のルールよ。1人では不可能なことも2人なら難しくても可能にはなるわ』
所属するギルドマスター、エリシャ・カンナヴィの言葉が頭を過ぎる。
アドバイスは、不思議な力を弾へと乗せて―――
太刀とダガーで連撃を加えていたボルディアが道を譲るように体を捻る。
2発の弾丸はひび割れた連撃の中心部へ飛び込み、殻を割る。
そして、真っ直ぐに威力を乗せたまま体を突き抜け、大きな穴を開けていった。
「いい空が見えんじゃねぇか」
蟹の体を通して開けた視界は、来た時と同じく高く青い空だった。
◆
「ちょーっとヒヤヒヤしたけど、ま、結果オーライっつーとこかね」
少し湿った書類にペンを走らせながら、リベルトが海の家の畳にあぐらをかいている。
一般人にはヴォイドによる被害は一切出ず、海岸もすぐに復旧できるだろう。
「ここはこんなもんか。さてさて、お次はどこに行かされるやら……」
とんとん、っと書き終えた書類をまとめてから海の先を眺める。
ただのぼやきではなく、それは、
まるで既にあちこちへ行くことが決まっているような、覚悟を決めた顔だった。
同盟領某所の海岸線は、
建物や草木で視界を遮断されない、青と砂のパノラマが広がっていた。
高い空では、翼を広げた鳥が厚い雲を切り裂くように悠々と飛んでいる。
風が吹く度、爽やかな潮の香りを感じた。
「……暑い。いや……これは、熱い」
そんな爽やかさとは相反する風体を醸し出す、リベルト=アンスリウム。
帝国から派遣された第九師団の現場担当な副師団長は、
両足を氷水の張った桶に突っ込み、軽鎧はほとんど外して、
服の胸元をパタパタと煽っていた。
片方の手にあるのは、今しがた報告のあった資料の紙ではなく、よく冷えた炭酸飲料。
開け放たれた海の家の縁に座り、冷たい飲み物を煽りながら、流れてゆく景色を眺めていた。
「副師団長はルミナの指示できたのー?」
ひょこ、と海の家に顔を覗かせたのはテルヒルト(ka0963)
今回ハンターは、広い海岸を3つの班に分けて警備していた。
対ヴォイドもそうだが、表向きは湾岸の海難救護も兼ねている。
彼女は熱中症で具合が悪くなった若者を引き渡しにきたところだった。
「あいにく、我ら師団は働き者なもんでね。言われる前に動いてるぜ。次会ったら仕事しろって尻に芋でも投げてやってくれ」
テルヒルトを扇子であおぎながらそう答えるリベルト。
彼女は帝国皇帝のヴィルヘルミナと葡萄酒を酌み交わす仲なのだとか。
海の家の少し先、砂浜と海の境界線にて、綺麗な姿勢のまま立っているのはシルフィエット・アルヴェリチェ(ka1493)
まるで主人の帰りか何かを待っているように、潮風に髪を揺らしてそこにいた。
「……暑くないのか?」
同じくB班の楠葉 マコト(ka1053)が、ふとぽつりと話す。
「メイド服がですか? 別に問題ございません」
涼しい顔で答える彼女に、そうか……と一言、そしてマコトも海の方を見ながら歩いて警備に戻っていった。
「むっ、これは!!」
「現れましたか?」
「でっけぇ貝だ! 焼いたら美味いんじゃねぇか?」
砂の中に手を突っ込んでから、良い笑顔で取り出した貝をイレーナ(ka0188)に見せるボルディア・コンフラムス(ka0796)
ボルディアも遊んでいたワケではない。鋭敏感覚を使用していたら、たまたま砂浜に空く貝の大きな空気穴が目に入っただけだ。
小さな溜息混じり、イリーナが手の中のトランシーバーをくるくると持て余していた。
ぱしゃっ、と傍で遊んでいた子供の水飛沫が橘 遥(ka1390)の頬へと跳ねる。
(暑いと泳ぎたくなるのも解るけれど、ヴォイド発生の噂があるのに良く来るわねぇ)
心の中で一言、しゃがんで一息をつく。
手を突っ込んでるだけでも心地よい冷たい水の海は、ヴォイドの噂があれども人を引きつける魅力として充分足りえた。
「はい、了解です。こちらも異常ありません」
イリーナからの無線に応じているのはシヴェルク(ka1571)
彼はロイド・ブラック(ka0408)とC班として動いていた。
「海、楽しそうな人たちばかりですから……危険などないように僕も頑張らないとですね」
老若男女、海に潜ったり、日差しの心地に現を抜かしたり、綺麗な景色を見ながら友人たちとわいわい食事をしたり……
この場が壊されることは、何としても防がなくてはと思わせしめる光景がそこには広がっていた。
「確かに……何事も無ければ読書にも最適の仕事ではあるが、な」
シヴェルクの『下』の方から聞こえてくる声。
顔を向ければ、ロイドがビーチチェアにパラソルまでさして、優雅に本を読んでいた。
「寛ぎすぎじゃないですか……」
「唯でさえ日差しが強い、体力は温存しなくてはな。それに、ちゃんと仕事もしているさ……無線を取るんだ」
さっきまで使っていた無線を再び持ち直し、きょとんとするシヴェルク。
ロイドの目の端には、目から鱗な研究論文だとか、思わず感嘆の声を漏らすような歴史的事実の著述などではなく、
一瞬にして海の水を赤く変えてしまうような、笑えないB級ホラーの兆しが見えていた。
◆
海岸線のちょうど真ん中、まだ沖の方。
背びれを出してムードを出すなんて空気をこのヴォイドは読めやしない。
ぼこぼこと蠢く槌型の頭を振り回しながら、大きな水しぶきをあげて海の家へ一直線へと向かっていた。
普通のサメならまだしも、という訳ではないが、遊泳中の一般客はもちろん、
砂浜の人も『魔物』の出現にパニックを引き起こしていた。海の中の者は大丈夫なのか、ここは安全なのか、あの脅威はなんなのか―――
「騒ぐんじゃねぇ!」
得意の泳ぎで海の中にいた女性を連れ、浜辺へと引き上げたボルディアが周りの一般人へと一喝する。
「いいか、あのクソ歪虚共は俺らが倒す。お前らは海の家へさっさと避難しろ。野郎共は、周りの女子供に手ェ貸してやれ! こういう時くらい甲斐性見せやがれぇ!」
脅威に襲われた際、人は慌てたり止まったりするが、大抵が『どうしたらいいかわからなく』なる。
そんな真っ白い頭に流れ込んだ、ボルディアの熱い訴えは人々の目を覚ますことが出来た。
イレーナが親指に力を込めれば、ボルディアの言葉は無線を伝って遠隔地までも及んだ。
人々を助けたい、という情や正義に駆られた気持ちを、イレーナは抱いていなかった。
自分の夢の為の、足しになれば。この仕事のモチベーションはあくまでそこだ。
「それでも……」
水に浸かって座り込んだまま、泣きわめく子供の手を取り、もう片方の手ではロッドを確りと構える。
「目の前で貴方がたに喰われる者を見るのは、気持ちの良いものではありませんね……」
鮫を見据えてそう呟く。涙目の子供が首を傾げて彼女の顔を覗き込むと、イレーナは砂浜の方へとその子の手を引いていった。
「手ェ貸してやれってさ。ほれ、お前らもいってこい。今のところ慌てて足挫いたとかぐらいだから、ここはなんとかなる」
リベルトが随伴してきた師団のメンバーを顎で促し、若手が浜辺へと駆け出してゆく。
「人数揃うまで引きつけておくか……」
「そう慌てる事もない、もらっておけ」
サメ対応班が揃うまで引きつけようとしていたのか、マコトが少し海に入る。
駆けつけたロイドがマコトに防性強化をかけてから、弓を構えた。
いったん潜り、泳ぐ勢いで跳ねようとした所へ狙いすました一発。
鮫の眼前に矢を打ち込んで『危険である』と威嚇し方向転換させる狙いだった。
「さぁどうする?」
どうする―――判断という概念は、このヴォイドにはない。
『狂気』のヴォイドは、思考せず、逃げず、しつこく理不尽に襲いかかってくるのだ。
潮に流される矢を見てすぐ次の矢を番えるロイド。
「だったら当てれば……!」
シヴェルクのアルケミストデバイスが起動、先端で増幅されたエネルギーが夏の日差しにも劣らぬ眩さで一直線に飛んでゆく。
じゅっ、と海面と鮫の表皮の水分を飛ばす機導砲にも、猛進の威力は落ちてゆかない。
「最初はサメは任せるはずだったのに……さすがにこのフカヒレは食べきれないのかな?」
丁寧語から打って変わって、静かに、ただ口にするだけの静かな語調で話すシルフィエット。
大きな頭が水面から見えるタイミングで、猟銃を叩き込んだ。焦げた表面が抉れ、生々しく赤黒い肉が見える。
だが、どれだけ攻撃を打ち込もうとも、どれだけダメージを負おうとも、
鮫は、一切怯まず、臆せず向かってくる。
そして、その巨体は大きく勢いをつけて、水圧から宙へと解き放たれた。
「おいおい嘘だろ……!」
シヴェルク達に落ちる影。歪な円。
破滅のハンマーヘッドは確かな『狂気』を持って襲いかかってきた。
宙で数発、シルフィエットの銃弾がめり込んでいく。
駆け付けたテルヒルトがデリンジャーを抜く。祈るように、引き金を2回。
幾らかの体液の噴出を確認する、ダメージは通っているはず、だが、影はずれない。
シヴェルクがデバイスを2機起動、二条の機導砲が鮫の頭部を焼き打つ。
影を落とされたままのロイド、水と砂で足場が悪い。
遥がランアウトで駆け付けて鞭を一閃。抉るように肉を切り裂くが、衝撃で弾き飛ばすまではいかず―――
槌が、豪快に、振り下ろされた。
だが、ロイドの顔は『狂気』とは相反する静かな様子で、まったく怯んでいなかった。
頭上を睨み、迫る槌に向かって、機導剣を伸ばす。
そして刺さると同時に、槌から体を逸らすように捻って切り返した。
「焼く前に、串打ちが先だ」
本当は口内に熱々の串を突っ込みたかったが、口部がだいぶ体寄りにあった為咄嗟に断念した。
鮫はここで初めて、苦悶のような声をあげる。
イリーナのマジックアローが海面に縫い付けるように鋭く刺さり、その隙にロイドも距離を取る。
救護活動までは順調だったが、鮫が現れてからは苦戦しがちだった。
ハンター達の誤算は、敵の出現タイミングを考慮に入れなかった事だ。
海面は遠距離攻撃で対応し、砂浜に敵が現れた場合はそちらを対処し、終わったら海の援護。
仮に海の敵が先に出現した場合と、しばらくその状態が続いた時の想定が薄く、
そして、海に対して火力が足らなかった場合のフォローの段取りを、現地で臨機応変に判断しなければならなかった事である。
もちろん、黙って突っ立っている訳ではない。届く者は各自抜いた武器を懸命に振るっていく。
そして、運はハンター達に味方してきていた。
何故なら、一目散に向かってきた鮫は、既に浜のかなり浅い部分まで来ていた為、近接戦闘でも充分に対応可能だった。
そして―――
「待ちくたびれたよー」
テルヒルトの前方から、水をかき分けるように『せりあがって』くる巨体。
海の底から砂を踏みしめ、這い上がってきたその狂気の蟹は、
まるで獣が水を払うように体を震わせ、ハンター達へと向かってきた。
「これは……なるほどな。確かに狂気だ」
マコトの右手右足が黒く染まりだす。
持て余した武器達が、蟹を囲むように音を立てた。
◆
「ウッハハ! ヤベェ、ヤベェ外見してんなぁオイ! まあいい、さっさとぶっ潰してやるよ!」
ボルディアがわくわくした様子でとびかかってゆく。
蟹の腕が宙で彼女を捕えようとするが、間一髪交わして体の後ろへ。
「後ろにいりゃあ、デケェハサミも届かないだろう!」
正解だ。獣の足に、蟹の体、片方のハサミと片方の大きな人の腕。
腕こそ手が回れど、威力のある攻撃は繰り出せない。ボルディアは体を思う存分しならせて、
両手剣を蟹の殻へと叩き込む。
殻は堅いが、その重く余裕をもった一撃は、内臓まで揺さぶる衝撃を与える。
「気合入ってんなぁ……」
動きが鈍くなったカニへマコトが一気に駆け寄る。
体中を巡ったマテリアルが、踏み込む足、狙う目、そして振り下ろす腕へと満ち渡る。
足と殻の節目を刃が走った後、返す刃の勢いで半月を描くように鋏の節を撫で斬る。
「まだまだ終わらないよー」
マコトが作った隙、鋏と目が彼を追いかけているうちに、テルヒルトが詰め寄る。
叩き切るのに特化した直剣が、水面を割る勢いで獣の足元を断ち切る。
痛みに蠢き腕を振るう蟹。拳がテルヒルトを襲うが、幅広の刀身で受け止め、団扇のようにいなし回避。
過ぎた腕に傷をつけてまた間合いを取る、ヒット&アウェイで確実に傷をつけていった。
煩わしく動き回る彼女を目で、足で、追いかけてゆく。
「あんまり女の子をジロジロみない方がいいわよ」
駆ける勢いで飛び上がる遥。
足を攻められ体制を崩した蟹を見下ろし、殻から突き出た黒い目に鞭を振るう。
むき出しの急所は、その鋭い一閃に抗う術なく破裂してしまった。
咄嗟の反撃か、痛みに堪える為か、鋏と腕がまな板の上の魚のようにあっちこっちへと叩きつけられていく。
そして狙いの定まらない暴威が、遥の横から襲い来る―――
時が止まったかのようだった。
頭の中が一瞬白くなったように思える。脳裏をよぎるのは、街をぶらつく友人、柊 真司の姿。
『そういえば遥の奴は元気にやってるだろうか。依頼に出てるって聞いたがケガとかしてなきゃいいが……』
何気なくも友を、遥を思う祈りの奇跡が、大樹を振るわれたかのように横っ腹に喰らった腕の一撃を半減させた。
勢いこそ殺すことはできなかったが、吐き出したのは血ではなく塩水だけで済んだようだ。
「蟹は順調そうだな……おっと」
もう一度、鮫は体をうねらせて飛び跳ねる。
だが、既に海というより水たまりレベルの浅瀬、水の勢いをつけず体のバネだけでは限界がある。
ロイドが機導砲で撃ち落とし、そこへシヴェルクが駆け寄る。
鮫の鰭のようなスクアーロナイフを鰭に振りおろし、身体に縫い付けるように突き刺す。
「終わらせます……!」
シヴェルクの顔を照らす光、そして、両の腕からピストン運動のように連続で放たれてゆく機導砲。
止まらぬ猛攻、のたうちまわる鮫は砂煙と閃光に鮫は包まれていった。
蟹型は既に節と足を砕かれぼろぼろだった。
前衛のヒット&アウェイ、アウェイの一瞬をイレーナは見逃さない。
無造作に生え残った獣の足に、ファイアアローが飛びかかる。
何本も撃ち込まれた火種は毛と肉を轟々と燃やし、蒸発する体液と海水の匂いが辺りへ広がる。
殻の中で煮えたぎる体を抱える蟹へ、2丁の銃を向けるシルフィエット。
「私の知る蟹とも蟹鍋とも違う……動くと『痛い』よ……」
狙いすますその一瞬、狙うべきその一間、シルフィエットに閃きが舞い降りる。
『私のギルド員同士なら助け合いなさい。それが互助交流所のルールよ。1人では不可能なことも2人なら難しくても可能にはなるわ』
所属するギルドマスター、エリシャ・カンナヴィの言葉が頭を過ぎる。
アドバイスは、不思議な力を弾へと乗せて―――
太刀とダガーで連撃を加えていたボルディアが道を譲るように体を捻る。
2発の弾丸はひび割れた連撃の中心部へ飛び込み、殻を割る。
そして、真っ直ぐに威力を乗せたまま体を突き抜け、大きな穴を開けていった。
「いい空が見えんじゃねぇか」
蟹の体を通して開けた視界は、来た時と同じく高く青い空だった。
◆
「ちょーっとヒヤヒヤしたけど、ま、結果オーライっつーとこかね」
少し湿った書類にペンを走らせながら、リベルトが海の家の畳にあぐらをかいている。
一般人にはヴォイドによる被害は一切出ず、海岸もすぐに復旧できるだろう。
「ここはこんなもんか。さてさて、お次はどこに行かされるやら……」
とんとん、っと書き終えた書類をまとめてから海の先を眺める。
ただのぼやきではなく、それは、
まるで既にあちこちへ行くことが決まっているような、覚悟を決めた顔だった。
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
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面白かった! | 8人 |
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相談などなど シヴェルク(ka1571) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2014/07/24 19:00:43 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/07/20 09:46:07 |