ゲスト
(ka0000)
小さな森、秘められた命
マスター:DoLLer

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/08/17 07:30
- 完成日
- 2015/08/23 01:01
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
ドワーフのギムレットは黒ずんだ荒野を歩いていた。
以前、ここには豊かな森があったが歪虚との戦いで焼失してしまった。汚染された森は炭となった朽ち木などの残骸すら残さず全て塵となって消えていた。
歪虚の侵攻は止まったものの、負のマテリアルによる瘴気はまだ消え去らぬ。
故に残るは荒野ばかり。ハンターとして戦うギムレットでなければ、きっと誰も近寄らないことだろう。
「はぁ……はぁ……」
ギムレットは新鮮な空気を求めて喘いだ。まるで高山にいるような息苦しさだった。大きく空気を吸い込んでも吸い込んだ気にならない。風に含まれるマテリアルですら死滅しかかっているのだろう。
だが、進まねばならぬ。
塵として森は消えたが、その森に住んでいたエルフ達の遺体はまだ野に晒されたままだ。
一つでも拾って帰るのが彼の仕事であった。歪虚の先兵とならぬように。安らかに眠ってもらうために。
が、何日もこの大地を歩き続けた疲労と苦しみに耐えかねてついにギムレットは倒れてしまった。
水で冷やされた布の感触が顔に当てられ、ギムレットは目を覚ました。
「……大丈夫ですか」
ギムレットを覗き込んだ顔を見て、彼はぼやけた頭を一気に目覚めさせた。
つる草のような緑の巻き髪。重たるそうな目蓋の奥に見える翡翠の瞳。病的な白い肌に尖った耳。エルフだ。
随分と痩せこけた女エルフだったが、水桶をどかせる動きはけっして幽霊などではなかった。
ギムレットはすぐに起き上がると、周りを確認した。カーキ色のテントに光蟲をガラス瓶に入れて吊るした明かりがギムレットの動きが伝わってユラユラ揺れていた。
先ほどよりかはずっとマシだが、空気の質はそれほど変わっていないことから、自分が倒れた場所からそれ程離れていないことをギムレットは自覚した。
「助けてくれたのか?」
「ええ……ここはずっと前に歪虚との戦いで大きく傷ついた森です。無暗に立ち入らないでください」
エルフの言葉は淡々として抑揚にかけていた。命は助けたもののギムレット本人にはさして興味のないような。
ああ、歪虚の侵攻で生き残ったエルフなんだろう。ギムレットはすぐ直感した。
「森ったって、もうここには森なんてないだろう。こういうところは荒野っていうんだ。俺はギムレット。この森の供養にやってきたんだ。未だに成仏できねぇ遺体をちゃんと眠らせてやるようにしにきたんだよ。生きている奴がいるだなんて思いもよらなかったぜ。僥倖だな」
人懐っこい笑みを浮かべて挨拶したが、エルフは眉ひとつ動かす様子もなく、淡々と片付け、代わりに粗末な食べ物をギムレットに渡しただけだった。
「森は、まだあります」
それはギムレットと共に外に出ることを拒否する言葉でも、あった。
「おい、待てよ。ここのどこに森があるってんだ。森どころか木だってないんだぞ」
「あります。森は死んでいません」
かちん、と来たようだ。
一つの場所、一つのモノにこだわり続けるエルフらしい修正だと思った。
「こんな空気の悪いところ、人が住む場所じゃねぇよ。街にはエルフもいっぱいいる。他の森に行ってまた森作ればいいだろう。俺を救ってくれた恩人には悪いんだが、このままじゃあんたもいつか倒れ……」
パシン。
ギムレットの頬から乾いた音が響いた。エルフが平手打ちを放ったのだ。
「今が良ければそれで良いというドワーフの典型のようなお考えですね。私の住むところはここ以外有りません」
そしてどうぞ回復したのならお気をつけて。
と、エルフは立ち上がってテントから出て行ってしまった。
「~~~~!!! っの偏屈がっ! 今日生きられなきゃ明日はねぇだろ! 過去に縛られんな! 時間は逆向きには動かねぇんだ!!」
ギムレットは爆発してそう言うと、テントから飛び出てエルフの後を追った。
そしてそこで足が止まった。
「今日だけのことを考えて明日に思いが至らない。森は……ここにあります」
緑が芽吹いていた。
といってもそれは小さい。手のひらほどの若木の芽がエルフの前に顔を出していただけだった。
だが、この負のマテリアルが漂うこの地域で、その新緑の緑が生む正のマテリアルは輝くほどに美しく、そして爽やかな空気を生み出していた。
「これが、私の『森』です」
若木を見つめる翡翠の瞳の向こうには確かに豊かな森が映っていた。
馬鹿だと思った。
あんな芽吹いたばかりの若木を森だとか称して、自分の生活の不便さもかなぐり捨てて後生大事に育てるなんて。
そんなものに胸打たれるなんて自分も相当の馬鹿だ。
「どうしても、ここを離れねぇってのか」
「森はここにしかありませんので」
決然というエルフにギムレットは深くため息をつくと、しゃあねぇなあ。と頭をかいた。
「ちょっくら街に戻ってハンター呼んでやるよ」
「そんなの不要……」
断ろうとするエルフにギムレットは詰め寄るとしっかり睨みつけた。
「馬鹿野郎。こんな所で一人で頑張っても仕方ねぇだろ。祭祀で負のマテリアルを払おうってんだよ。その方が……森のためにもなるだろ。こんな陰気くさい土地なんだ。そのひょろこいのが病気になったり、枯れたりしたらそれこそ終わりじゃねえか。いいか、お前だって俺を助けたんだ。だったら、俺にも助けさせろ!」
価値観の違いはある。
だが、想いはそう違わないのだとギムレットは語った。
以前、ここには豊かな森があったが歪虚との戦いで焼失してしまった。汚染された森は炭となった朽ち木などの残骸すら残さず全て塵となって消えていた。
歪虚の侵攻は止まったものの、負のマテリアルによる瘴気はまだ消え去らぬ。
故に残るは荒野ばかり。ハンターとして戦うギムレットでなければ、きっと誰も近寄らないことだろう。
「はぁ……はぁ……」
ギムレットは新鮮な空気を求めて喘いだ。まるで高山にいるような息苦しさだった。大きく空気を吸い込んでも吸い込んだ気にならない。風に含まれるマテリアルですら死滅しかかっているのだろう。
だが、進まねばならぬ。
塵として森は消えたが、その森に住んでいたエルフ達の遺体はまだ野に晒されたままだ。
一つでも拾って帰るのが彼の仕事であった。歪虚の先兵とならぬように。安らかに眠ってもらうために。
が、何日もこの大地を歩き続けた疲労と苦しみに耐えかねてついにギムレットは倒れてしまった。
水で冷やされた布の感触が顔に当てられ、ギムレットは目を覚ました。
「……大丈夫ですか」
ギムレットを覗き込んだ顔を見て、彼はぼやけた頭を一気に目覚めさせた。
つる草のような緑の巻き髪。重たるそうな目蓋の奥に見える翡翠の瞳。病的な白い肌に尖った耳。エルフだ。
随分と痩せこけた女エルフだったが、水桶をどかせる動きはけっして幽霊などではなかった。
ギムレットはすぐに起き上がると、周りを確認した。カーキ色のテントに光蟲をガラス瓶に入れて吊るした明かりがギムレットの動きが伝わってユラユラ揺れていた。
先ほどよりかはずっとマシだが、空気の質はそれほど変わっていないことから、自分が倒れた場所からそれ程離れていないことをギムレットは自覚した。
「助けてくれたのか?」
「ええ……ここはずっと前に歪虚との戦いで大きく傷ついた森です。無暗に立ち入らないでください」
エルフの言葉は淡々として抑揚にかけていた。命は助けたもののギムレット本人にはさして興味のないような。
ああ、歪虚の侵攻で生き残ったエルフなんだろう。ギムレットはすぐ直感した。
「森ったって、もうここには森なんてないだろう。こういうところは荒野っていうんだ。俺はギムレット。この森の供養にやってきたんだ。未だに成仏できねぇ遺体をちゃんと眠らせてやるようにしにきたんだよ。生きている奴がいるだなんて思いもよらなかったぜ。僥倖だな」
人懐っこい笑みを浮かべて挨拶したが、エルフは眉ひとつ動かす様子もなく、淡々と片付け、代わりに粗末な食べ物をギムレットに渡しただけだった。
「森は、まだあります」
それはギムレットと共に外に出ることを拒否する言葉でも、あった。
「おい、待てよ。ここのどこに森があるってんだ。森どころか木だってないんだぞ」
「あります。森は死んでいません」
かちん、と来たようだ。
一つの場所、一つのモノにこだわり続けるエルフらしい修正だと思った。
「こんな空気の悪いところ、人が住む場所じゃねぇよ。街にはエルフもいっぱいいる。他の森に行ってまた森作ればいいだろう。俺を救ってくれた恩人には悪いんだが、このままじゃあんたもいつか倒れ……」
パシン。
ギムレットの頬から乾いた音が響いた。エルフが平手打ちを放ったのだ。
「今が良ければそれで良いというドワーフの典型のようなお考えですね。私の住むところはここ以外有りません」
そしてどうぞ回復したのならお気をつけて。
と、エルフは立ち上がってテントから出て行ってしまった。
「~~~~!!! っの偏屈がっ! 今日生きられなきゃ明日はねぇだろ! 過去に縛られんな! 時間は逆向きには動かねぇんだ!!」
ギムレットは爆発してそう言うと、テントから飛び出てエルフの後を追った。
そしてそこで足が止まった。
「今日だけのことを考えて明日に思いが至らない。森は……ここにあります」
緑が芽吹いていた。
といってもそれは小さい。手のひらほどの若木の芽がエルフの前に顔を出していただけだった。
だが、この負のマテリアルが漂うこの地域で、その新緑の緑が生む正のマテリアルは輝くほどに美しく、そして爽やかな空気を生み出していた。
「これが、私の『森』です」
若木を見つめる翡翠の瞳の向こうには確かに豊かな森が映っていた。
馬鹿だと思った。
あんな芽吹いたばかりの若木を森だとか称して、自分の生活の不便さもかなぐり捨てて後生大事に育てるなんて。
そんなものに胸打たれるなんて自分も相当の馬鹿だ。
「どうしても、ここを離れねぇってのか」
「森はここにしかありませんので」
決然というエルフにギムレットは深くため息をつくと、しゃあねぇなあ。と頭をかいた。
「ちょっくら街に戻ってハンター呼んでやるよ」
「そんなの不要……」
断ろうとするエルフにギムレットは詰め寄るとしっかり睨みつけた。
「馬鹿野郎。こんな所で一人で頑張っても仕方ねぇだろ。祭祀で負のマテリアルを払おうってんだよ。その方が……森のためにもなるだろ。こんな陰気くさい土地なんだ。そのひょろこいのが病気になったり、枯れたりしたらそれこそ終わりじゃねえか。いいか、お前だって俺を助けたんだ。だったら、俺にも助けさせろ!」
価値観の違いはある。
だが、想いはそう違わないのだとギムレットは語った。
リプレイ本文
どれだけの忍耐が必要なのだろうか。
リュカ(ka3828)は跡形すら見当たらぬ森のなれはてに立ってそう思った。淀んだ空気、乾いた大地、すえた水気の臭い。命ある者の音はない。正のマテリアルが死滅するとこんな大地になるのか。と改めて胸を痛めた。リュカは胸の中にだけ残る遠景を瞳の奥に映してしばく言葉少なく立ち尽くした。
「ひどい……」
馬のヴァニーユの首にそっと手を当ててエステル・クレティエ(ka3783)は呟いた。土づくりになるようにと持ってきた飼い葉も土に還らないかもしれない。兄から歪虚との戦いは聴いていた。様々な悪事を働くとは聞いていた。悲劇をもたらすとも。だが、歪虚の恐ろしさはそれだけにとどまらない。この大地すらを死なせてしまう。
「お世話になります」
死した大地を前に言葉少なにする皆の前でアガスティアはお辞儀した。彼女の身体は枯れ枝のようだった。元々艶やかだったろうつる草のような髪も傷んでいるのは女性ばかりのハンターにはよくわかる。ただ瞳の光と、一つ一つの所作に強い力を感じる。
「アガスティアお姉さま、よろしくお願いしますわ~」
皆に先駆けてチョココ(ka2449)は元気いっぱいの笑顔を向けてアガスティアに挨拶をした瞬間、表情を失ったアガスティアの顔が微かに揺らいだ。
「チョココ……ちゃん?」
「??? わたくしをご存知でいらっしゃいますの?」
どこかで。出会った?
湧き上がる不思議な感情に狼狽えるチョココの前で、アガスティアはそっと膝を折ってその髪を撫でた。
「生きていたのね。良かった……良かった。大きくなりましたね」
少しだけチョココは既視感に包まれた。
わたくし、この人を知っている。ずっとずっと前に。あの時はもっとふくよかで良く微笑んでくれた、あの人。
記憶の一部を覆い隠していた擦りガラスの一部が音を立てて弾けた。
「感動の再会~!! 嬉しいこといっぱいなのな」
黒の夢(ka0187)は目いっぱい手を叩いて、その様子を喜んだ。突然のことでみんな目を丸くしていたが黒の夢にとってはまるで枯れ枝のように表情を失っていたアガスティアの胸に悦びが芽生えていることが何よりも幸せであった。
喜びは大歓迎。黒の夢は横にいたルナ・レンフィールド(ka1565)をぎゅーっと抱きしめて、良かったのな~と喜びを分かち合う。
「うぷ、あの、息が、息が……!?」
豊満な黒の夢の身体に潰されそうになるルナは悲鳴を上げつつも。でも、黒の夢のいう『喜び』は確かに彼女を、周辺の空気を変えた事を感じていた。
きっとこの出会いは悪くはならない。ルナは頭の中で流れる調べに想いを馳せていた。
●
「うーむむむ。これは困りましたわ」
しゃがみこんだチョココは双眼鏡で足元の土を観察してそう言った。
豊かな大地であった形骸が土のように見えただけで、触れればボロボロと崩れ落ちる、土というより砂だった。
これでは草花の種を撒いたとしても芽は出ない。
「水をどこかから引いてくるとか」
「最寄りの水源は渡って来たあの川らしい。かなり距離があるから引き込むのはすぐには無理だろうし、これだけ乾いていては土を押し流すかもしれない」
不毛の大地にエステルもリュカも悩んだ。
「貯水と灌漑施設だな。なんか考えてみるぜ」
ギムレットは腕まくりして二人ににっと笑って見せた。機導士としてのアイデアが問われているとやる気になっているのだろう。だが、アガスティアがその言葉に水を差した。
「申し訳ありませんが人の手は不要です。人の手が入った環境は人の手がなければ生きられなくなります。それは『自然』ではありません」
「ったってお前さんよ。この土壌はもう自然じゃないんだ」
ギムレットが仲を取り持つような感じでそう言ったが、アガスティアは受け入れる様子はなかった。
この頑固さが彼女を支えている。リュカは本当に過去の同胞を見ているようだった。過去に固執して、外界の侵食を嫌い、変化を怖れる。長寿なエルフはとかく過去の因習を大事にして、今現在の世界の変化速度についていけない。
「何言ってんだ! それじゃどうやって……」
しゃらん。
ルナの持つリュートが勢いよく鳴らされた。その弦の響きは強く、途端に淀んだ空気がピンと張りつめると二人も思わず口を止めた。
これが音の力です。ルナは微笑みながらも指を複雑に動かして、音色を練り上げていく。
「音楽が、あります」
ルナはにこりと笑うと、シラカシを覆う土の前に腰かけて緩やかな、そしてしっかりとした響きの曲を奏でる。
最初はゆっくり。ささくれた二人の心を包み込むように。そしてゆっくり音のテンポを上げていく。奏でるはエルフに伝わる伝承の歌。
「ほーら、音楽が始まったらみんなすまーいる♪」
黒の夢が手拍子でリズムを作り、にこにことほほ笑む。突然の演奏会に目をぱちくりとさせる二人。
「音楽は人だけじゃなく、植物も聴くらしいですよ。きっと土も。同じ生きているなら……心の栄養があっても良いと思うんですよ」
二人とも響いてくるのは綺麗な音なのに何故か不協和音ばかり。
まず心を一つにしないといけないっぽい。
エステルは二人の様子を視界に収めながら、フルートを取り出し軽やかなメロディーをルナのリュートに添えていく。
「踊るのですわーっ。パルパルもおいでまし」
チョココはパルパムと一緒に手をつないで、くるくると空中を回転しながら舞い踊る。
ふるへ心よ 音を観たならば
潤ふむ心よ 世を蓋ふ 甘露の雫となりて
常ならざる我らをつながん
「さぁ、踊るのな~♪」
黒の夢がアガスティアの前にステップ一踏みで前に立つと、ゆるりと回る。
踊りは奔放だが正しい所作の組み合わせ。自由に見えても禊ぎの舞としての要素は決して外さない。その踊りが黒の夢が何者であるかをよく示していた。
「すげぇ」
ルナの音楽にシラカシは自然と揺れた。光り輝くマテリアルの波動を受けているのだろう。
ギムレットは目をしばたかせた。黒の夢の艶めかしい足がステップを踏むために着いた地面は濡れたように黒ずんだ。水分を失い砂漠のようになった大地が潤いを保ち、豊穣の色へと変貌していた。黒の夢の躰を流れるマテリアルが大地に降り落ちている。
息をするのも億劫な空気がルナのリュートの音色に触れると軽くなった。胸が自然と空いてくる。枯れ果てた空にマテリアルの輝きが含まれる。
アガスティアは目を閉じてマテリアルが流れ始めるのを感じ始めていた。
「さあ、アガスティアさんも。ギムレットさんもきっといいお声だと思うので、ぜひご一緒に」
フルートから口を離して、二人に声をかけた。
天清め 土浄め
大風に存るは元つ氣追うて
大地に在るは神つ氣還りて
災いもなく 禍つもなく
アガスティアの細く高く響き渡る声が空へ舞い。
続いてギムレットの太く低く唸る声が地に響いた。
ふるへ心よ 音を観たならば
潤ふむ心よ 世を蓋ふ 甘露の雫となりて
常ならざる我らをつながん
黒の夢が空に向かってウォーターシュートを放ったところで演奏がピタリと止まった。キラキラとした水しぶきがほんの少しだけ顔に当たって、そして消えた。
目を開ければ明るい空が浮かんで見える。踏み下ろす大地はしっかりと皆を支えてくれる。
「これなら、たくさんの緑が育ちそうですね?」
ルナはリュートをおろし、にこりと微笑んだ。
「浄化結界には及ぶべくもないが、歌というのはすごいものだな」
リュカは驚いていた。枯れ果てていた大地にマテリアルが確かに戻った。数日すればまた失われてしまうかもしれないが今漂う空気は森のそれだ。
そして何よりも。
「そうですよ。歌は同じでも人によって演奏方法は皆違うんです。同じ曲、同じ楽器でも。違ってていいんです。それを受け入れて上げてくださいね!」
ルナの説明する通り。
音楽による一番の力は、人同士がつながることだ。
まるで水と油のように遠かったアガスティアとギムレットの心が、手を取り合えるほどに近くなっているようにリュカは思えた。そして自分たちも同じように。
世の中は本当に驚かされる。自然とリュカの口元に微笑みが漏れた。
●
夜中になって。
規則正しい生活のアガスティアは日が没した後はすぐに眠りについてしまった。自分の時計をもっている人なのだろう。
「大型テントを持ってきたのでどうぞ。あ、ギムレットさんも詰めれば入れますよ」
「馬鹿野郎。俺、男だぞ? 外でいいよ、外で。エステルのお嬢の馬んとこで寝るわ。飼い葉も借りるな」
そう言って、ギムレットはテントからさっさと出て行ってしまった。
「意外と紳士なのな~」
「でも、一人って寂しくないのかしら。アガスティアさんも……」
エステルはふと家族の顔を思い出した。豊かな緑があって、家には母様がいつでもいてくれた。お父様は仕事で忙しい時もあったけれど、いつもヘンなもので喜ばせてくれた。兄様はふらりと森に出かけて一生懸命に追いかけると手を差し伸べてくれた。冒険に出ては色んな友人がいてくれた。
アガスティアは……きっと一人だ。もう存在しない過去を見つめ続け。他者を受け入れようとしていない。音楽を共にして少し気持ちが変わったようにも見受けるが一朝一夕で変わるタイプでもなさそう。
「チョココさんは寂しくない?」
「どうしてですの?」
エステルの問いかけにパルムを自分の髪にくるんで寝床を作ってあげていたチョココは首を傾げた。
「過去はどうあれ、故郷は見つけられましたし、失った記憶を知ってくれている人に撫でてもらえましたもの。幸せですわ?」
「アガスティアちゃんはこの森と共に暮らしているから、きっと寂しくないのな~。狭いけれど深い? そんな感じがするのな」
黒の夢はアガスティアが書いてくれた森のイメージ図を見てそう言った。
彼女のイメージは非常に詳細だ。時系列にも空間的にも非常に細かいイメージをもっている。エルフらしくかける時間は非常に長いが。
「きっと元の森のイメージなんでしょうね。全部はお手伝いできそうにありませんけれど、草花を植える方向はこれに基づいて決めても良さそうですね」
ルナの言葉にリュカも頷いた。
「しかし、元の森の植生をここまで覚えているのは、なかなかできることじゃない」
過去に囚われ、宿命に縛られ。
彼女が前を向けるようになる日はくるのだろうか。
●
「そういえば、同胞たちの亡骸は?」
次の日にリュカがアガスティアに尋ねた。焼かれた森の亡骸をギムレットは探し続けていたというし、きっとかなりの被害があったのだろう。
アガスティアはシラカシをちらりと見て、あそこにいくつか。と答えるだけだった。
「そうか……新たなる命の糧になるといいな」
とリュカは答えたものの、実際にはそれはごく一部にすぎないだろうと直感していた。
同胞の遺体を一人で埋葬するのは精神的にも相当辛かったに違いない。彼女の感情が乏しいのはそのせいだろう。そして『森』に極めて高い心入れをするのも、他者の介入を許さないのも。
「リュカさま」
そんなリュカを見て、チョココはくいとリュカの袖を引いた。
記憶は曖昧だし、故郷と呼べるものは何一つ残っていない。でもチョココはなんとなく呼ばれているような気がして。沢に向かう下り斜面へと導いた。
そこはまさしく白い礫岩が連なる賽の河原だった。
「真っ赤に光って熱くて。みんな水を求めて……」
小舟に乗ってそんな光景がフラッシュバックする。
誰に乗せられたのか、直前の記憶も、その後の記憶もあいまいだ。
「そう。よく教えてくれたね……」
リュカはしばし黙祷すると、地図に従って種を植えようとしていた仲間たち、そしてアガスティアを呼んだ。
「もしよければ、ここに草の種と、もう一度音による祭祀を行いたい」
逡巡を少ししていたアガスティアを見て、チョココが袖を引いた。
「いつか還る場所。生きるために前を向いて歩くためにも……」
「分かりました。お願いします」
「ギムレットさんも……あら?」
ルナはリュートを取り出して、はて、と依頼主がいないことに気が付いた。そういえば昨夜外で寝ると言ってそれきりな気もする。
と、後ろからエステルが買ってきた水瓶をギムレットをもって彼は笑った。
「あ、それ。アガスティアさんの生活に必要だと思って買ってきた……」
「お前さんたちの歌ってすげぇな。歌の力はアガスティアにも喜んでもらえているようだし」
そう言うとアガスティアは僅かに眉間にシワを寄せた。それを気にする様子もなくギムレットは運んできた水瓶に水を注ぎ込んだ。
タン
タン タタン
カン タン トトン。
水の雫が小さく音を奏でる。
「水も音楽を奏でるのな? おもしろーい」
黒の夢は響く水音に跳ねあがって喜ぶと、水音に従って軽々と跳ねた。
「水琴窟ってやつさ。濾過もかねてるし、ゆっくり外に染みだす仕組みだ。後で水路も作ってやるよ。俺はどうも歌が下手だ。湿っぽいのもな。だからこいつが俺の歌だ」
ギムレットはそう言うと、ルナに頷いた。
静かな水の音で鎮魂歌を奏でてやってほしいという意味だろう。ルナは難しい注文を投げかけられたものだと思い、苦笑しつつもゆっくりとリュートをつま弾いた。
規則的な水琴のリズムをベースに、つなぐようにリュートがフルートが音を重ねる。
「不思議な感じ……」
静かな時間が続く中、エステルがそっとアガスティアに言った。
「ね、草花だけじゃない。外から風が吹く、大地から水が湧く、空から太陽が照らす。色んな力が働いているんです。一人で抱え込まないでくださいね」
エステルの言葉にアガスティアはゆっくり頷いた。
「そうですね。芽吹くには私達自身の力が必要でしたが、これからは様々な力を借りて森は大きくなっていくんですね」
アガスティアの視線を感じてチョココはにこりと微笑み返した。
「そうですわ。これからは楽しいこと、悲しかったことも全部含めて育っていきますのよ」
「そう。これからはお友達と一緒にな~」
黒の夢がそう言うと、草花の種を撒くに合わせて、ルナがリュートをかき鳴らすと、光り輝き白骨の間に消えていった。
アガスティアの気持ちを全部氷解させたわけではないが、気持ちは伝わっている。そう確信できた。
「馬乳酒とティピーは置いていくよ。好きに使ってくれ。欲しいものはあるかな」
リュカの言葉にアガスティアは首を振る一方、代わりにギムレットがそれに答えた。
「じゃあ俺が使うぜ。火酒をよろしくっ」
「ギムレットさんは、水瓶を勝手に使った代わりに、新しい水瓶をお願いしますね」
エステルは笑ってそう言うと、ギムレットは咳払いをして誤魔化した。
次にくる時には森はきっと大きく育っている。そう信じてハンター達はその場を後にした。
リュカ(ka3828)は跡形すら見当たらぬ森のなれはてに立ってそう思った。淀んだ空気、乾いた大地、すえた水気の臭い。命ある者の音はない。正のマテリアルが死滅するとこんな大地になるのか。と改めて胸を痛めた。リュカは胸の中にだけ残る遠景を瞳の奥に映してしばく言葉少なく立ち尽くした。
「ひどい……」
馬のヴァニーユの首にそっと手を当ててエステル・クレティエ(ka3783)は呟いた。土づくりになるようにと持ってきた飼い葉も土に還らないかもしれない。兄から歪虚との戦いは聴いていた。様々な悪事を働くとは聞いていた。悲劇をもたらすとも。だが、歪虚の恐ろしさはそれだけにとどまらない。この大地すらを死なせてしまう。
「お世話になります」
死した大地を前に言葉少なにする皆の前でアガスティアはお辞儀した。彼女の身体は枯れ枝のようだった。元々艶やかだったろうつる草のような髪も傷んでいるのは女性ばかりのハンターにはよくわかる。ただ瞳の光と、一つ一つの所作に強い力を感じる。
「アガスティアお姉さま、よろしくお願いしますわ~」
皆に先駆けてチョココ(ka2449)は元気いっぱいの笑顔を向けてアガスティアに挨拶をした瞬間、表情を失ったアガスティアの顔が微かに揺らいだ。
「チョココ……ちゃん?」
「??? わたくしをご存知でいらっしゃいますの?」
どこかで。出会った?
湧き上がる不思議な感情に狼狽えるチョココの前で、アガスティアはそっと膝を折ってその髪を撫でた。
「生きていたのね。良かった……良かった。大きくなりましたね」
少しだけチョココは既視感に包まれた。
わたくし、この人を知っている。ずっとずっと前に。あの時はもっとふくよかで良く微笑んでくれた、あの人。
記憶の一部を覆い隠していた擦りガラスの一部が音を立てて弾けた。
「感動の再会~!! 嬉しいこといっぱいなのな」
黒の夢(ka0187)は目いっぱい手を叩いて、その様子を喜んだ。突然のことでみんな目を丸くしていたが黒の夢にとってはまるで枯れ枝のように表情を失っていたアガスティアの胸に悦びが芽生えていることが何よりも幸せであった。
喜びは大歓迎。黒の夢は横にいたルナ・レンフィールド(ka1565)をぎゅーっと抱きしめて、良かったのな~と喜びを分かち合う。
「うぷ、あの、息が、息が……!?」
豊満な黒の夢の身体に潰されそうになるルナは悲鳴を上げつつも。でも、黒の夢のいう『喜び』は確かに彼女を、周辺の空気を変えた事を感じていた。
きっとこの出会いは悪くはならない。ルナは頭の中で流れる調べに想いを馳せていた。
●
「うーむむむ。これは困りましたわ」
しゃがみこんだチョココは双眼鏡で足元の土を観察してそう言った。
豊かな大地であった形骸が土のように見えただけで、触れればボロボロと崩れ落ちる、土というより砂だった。
これでは草花の種を撒いたとしても芽は出ない。
「水をどこかから引いてくるとか」
「最寄りの水源は渡って来たあの川らしい。かなり距離があるから引き込むのはすぐには無理だろうし、これだけ乾いていては土を押し流すかもしれない」
不毛の大地にエステルもリュカも悩んだ。
「貯水と灌漑施設だな。なんか考えてみるぜ」
ギムレットは腕まくりして二人ににっと笑って見せた。機導士としてのアイデアが問われているとやる気になっているのだろう。だが、アガスティアがその言葉に水を差した。
「申し訳ありませんが人の手は不要です。人の手が入った環境は人の手がなければ生きられなくなります。それは『自然』ではありません」
「ったってお前さんよ。この土壌はもう自然じゃないんだ」
ギムレットが仲を取り持つような感じでそう言ったが、アガスティアは受け入れる様子はなかった。
この頑固さが彼女を支えている。リュカは本当に過去の同胞を見ているようだった。過去に固執して、外界の侵食を嫌い、変化を怖れる。長寿なエルフはとかく過去の因習を大事にして、今現在の世界の変化速度についていけない。
「何言ってんだ! それじゃどうやって……」
しゃらん。
ルナの持つリュートが勢いよく鳴らされた。その弦の響きは強く、途端に淀んだ空気がピンと張りつめると二人も思わず口を止めた。
これが音の力です。ルナは微笑みながらも指を複雑に動かして、音色を練り上げていく。
「音楽が、あります」
ルナはにこりと笑うと、シラカシを覆う土の前に腰かけて緩やかな、そしてしっかりとした響きの曲を奏でる。
最初はゆっくり。ささくれた二人の心を包み込むように。そしてゆっくり音のテンポを上げていく。奏でるはエルフに伝わる伝承の歌。
「ほーら、音楽が始まったらみんなすまーいる♪」
黒の夢が手拍子でリズムを作り、にこにことほほ笑む。突然の演奏会に目をぱちくりとさせる二人。
「音楽は人だけじゃなく、植物も聴くらしいですよ。きっと土も。同じ生きているなら……心の栄養があっても良いと思うんですよ」
二人とも響いてくるのは綺麗な音なのに何故か不協和音ばかり。
まず心を一つにしないといけないっぽい。
エステルは二人の様子を視界に収めながら、フルートを取り出し軽やかなメロディーをルナのリュートに添えていく。
「踊るのですわーっ。パルパルもおいでまし」
チョココはパルパムと一緒に手をつないで、くるくると空中を回転しながら舞い踊る。
ふるへ心よ 音を観たならば
潤ふむ心よ 世を蓋ふ 甘露の雫となりて
常ならざる我らをつながん
「さぁ、踊るのな~♪」
黒の夢がアガスティアの前にステップ一踏みで前に立つと、ゆるりと回る。
踊りは奔放だが正しい所作の組み合わせ。自由に見えても禊ぎの舞としての要素は決して外さない。その踊りが黒の夢が何者であるかをよく示していた。
「すげぇ」
ルナの音楽にシラカシは自然と揺れた。光り輝くマテリアルの波動を受けているのだろう。
ギムレットは目をしばたかせた。黒の夢の艶めかしい足がステップを踏むために着いた地面は濡れたように黒ずんだ。水分を失い砂漠のようになった大地が潤いを保ち、豊穣の色へと変貌していた。黒の夢の躰を流れるマテリアルが大地に降り落ちている。
息をするのも億劫な空気がルナのリュートの音色に触れると軽くなった。胸が自然と空いてくる。枯れ果てた空にマテリアルの輝きが含まれる。
アガスティアは目を閉じてマテリアルが流れ始めるのを感じ始めていた。
「さあ、アガスティアさんも。ギムレットさんもきっといいお声だと思うので、ぜひご一緒に」
フルートから口を離して、二人に声をかけた。
天清め 土浄め
大風に存るは元つ氣追うて
大地に在るは神つ氣還りて
災いもなく 禍つもなく
アガスティアの細く高く響き渡る声が空へ舞い。
続いてギムレットの太く低く唸る声が地に響いた。
ふるへ心よ 音を観たならば
潤ふむ心よ 世を蓋ふ 甘露の雫となりて
常ならざる我らをつながん
黒の夢が空に向かってウォーターシュートを放ったところで演奏がピタリと止まった。キラキラとした水しぶきがほんの少しだけ顔に当たって、そして消えた。
目を開ければ明るい空が浮かんで見える。踏み下ろす大地はしっかりと皆を支えてくれる。
「これなら、たくさんの緑が育ちそうですね?」
ルナはリュートをおろし、にこりと微笑んだ。
「浄化結界には及ぶべくもないが、歌というのはすごいものだな」
リュカは驚いていた。枯れ果てていた大地にマテリアルが確かに戻った。数日すればまた失われてしまうかもしれないが今漂う空気は森のそれだ。
そして何よりも。
「そうですよ。歌は同じでも人によって演奏方法は皆違うんです。同じ曲、同じ楽器でも。違ってていいんです。それを受け入れて上げてくださいね!」
ルナの説明する通り。
音楽による一番の力は、人同士がつながることだ。
まるで水と油のように遠かったアガスティアとギムレットの心が、手を取り合えるほどに近くなっているようにリュカは思えた。そして自分たちも同じように。
世の中は本当に驚かされる。自然とリュカの口元に微笑みが漏れた。
●
夜中になって。
規則正しい生活のアガスティアは日が没した後はすぐに眠りについてしまった。自分の時計をもっている人なのだろう。
「大型テントを持ってきたのでどうぞ。あ、ギムレットさんも詰めれば入れますよ」
「馬鹿野郎。俺、男だぞ? 外でいいよ、外で。エステルのお嬢の馬んとこで寝るわ。飼い葉も借りるな」
そう言って、ギムレットはテントからさっさと出て行ってしまった。
「意外と紳士なのな~」
「でも、一人って寂しくないのかしら。アガスティアさんも……」
エステルはふと家族の顔を思い出した。豊かな緑があって、家には母様がいつでもいてくれた。お父様は仕事で忙しい時もあったけれど、いつもヘンなもので喜ばせてくれた。兄様はふらりと森に出かけて一生懸命に追いかけると手を差し伸べてくれた。冒険に出ては色んな友人がいてくれた。
アガスティアは……きっと一人だ。もう存在しない過去を見つめ続け。他者を受け入れようとしていない。音楽を共にして少し気持ちが変わったようにも見受けるが一朝一夕で変わるタイプでもなさそう。
「チョココさんは寂しくない?」
「どうしてですの?」
エステルの問いかけにパルムを自分の髪にくるんで寝床を作ってあげていたチョココは首を傾げた。
「過去はどうあれ、故郷は見つけられましたし、失った記憶を知ってくれている人に撫でてもらえましたもの。幸せですわ?」
「アガスティアちゃんはこの森と共に暮らしているから、きっと寂しくないのな~。狭いけれど深い? そんな感じがするのな」
黒の夢はアガスティアが書いてくれた森のイメージ図を見てそう言った。
彼女のイメージは非常に詳細だ。時系列にも空間的にも非常に細かいイメージをもっている。エルフらしくかける時間は非常に長いが。
「きっと元の森のイメージなんでしょうね。全部はお手伝いできそうにありませんけれど、草花を植える方向はこれに基づいて決めても良さそうですね」
ルナの言葉にリュカも頷いた。
「しかし、元の森の植生をここまで覚えているのは、なかなかできることじゃない」
過去に囚われ、宿命に縛られ。
彼女が前を向けるようになる日はくるのだろうか。
●
「そういえば、同胞たちの亡骸は?」
次の日にリュカがアガスティアに尋ねた。焼かれた森の亡骸をギムレットは探し続けていたというし、きっとかなりの被害があったのだろう。
アガスティアはシラカシをちらりと見て、あそこにいくつか。と答えるだけだった。
「そうか……新たなる命の糧になるといいな」
とリュカは答えたものの、実際にはそれはごく一部にすぎないだろうと直感していた。
同胞の遺体を一人で埋葬するのは精神的にも相当辛かったに違いない。彼女の感情が乏しいのはそのせいだろう。そして『森』に極めて高い心入れをするのも、他者の介入を許さないのも。
「リュカさま」
そんなリュカを見て、チョココはくいとリュカの袖を引いた。
記憶は曖昧だし、故郷と呼べるものは何一つ残っていない。でもチョココはなんとなく呼ばれているような気がして。沢に向かう下り斜面へと導いた。
そこはまさしく白い礫岩が連なる賽の河原だった。
「真っ赤に光って熱くて。みんな水を求めて……」
小舟に乗ってそんな光景がフラッシュバックする。
誰に乗せられたのか、直前の記憶も、その後の記憶もあいまいだ。
「そう。よく教えてくれたね……」
リュカはしばし黙祷すると、地図に従って種を植えようとしていた仲間たち、そしてアガスティアを呼んだ。
「もしよければ、ここに草の種と、もう一度音による祭祀を行いたい」
逡巡を少ししていたアガスティアを見て、チョココが袖を引いた。
「いつか還る場所。生きるために前を向いて歩くためにも……」
「分かりました。お願いします」
「ギムレットさんも……あら?」
ルナはリュートを取り出して、はて、と依頼主がいないことに気が付いた。そういえば昨夜外で寝ると言ってそれきりな気もする。
と、後ろからエステルが買ってきた水瓶をギムレットをもって彼は笑った。
「あ、それ。アガスティアさんの生活に必要だと思って買ってきた……」
「お前さんたちの歌ってすげぇな。歌の力はアガスティアにも喜んでもらえているようだし」
そう言うとアガスティアは僅かに眉間にシワを寄せた。それを気にする様子もなくギムレットは運んできた水瓶に水を注ぎ込んだ。
タン
タン タタン
カン タン トトン。
水の雫が小さく音を奏でる。
「水も音楽を奏でるのな? おもしろーい」
黒の夢は響く水音に跳ねあがって喜ぶと、水音に従って軽々と跳ねた。
「水琴窟ってやつさ。濾過もかねてるし、ゆっくり外に染みだす仕組みだ。後で水路も作ってやるよ。俺はどうも歌が下手だ。湿っぽいのもな。だからこいつが俺の歌だ」
ギムレットはそう言うと、ルナに頷いた。
静かな水の音で鎮魂歌を奏でてやってほしいという意味だろう。ルナは難しい注文を投げかけられたものだと思い、苦笑しつつもゆっくりとリュートをつま弾いた。
規則的な水琴のリズムをベースに、つなぐようにリュートがフルートが音を重ねる。
「不思議な感じ……」
静かな時間が続く中、エステルがそっとアガスティアに言った。
「ね、草花だけじゃない。外から風が吹く、大地から水が湧く、空から太陽が照らす。色んな力が働いているんです。一人で抱え込まないでくださいね」
エステルの言葉にアガスティアはゆっくり頷いた。
「そうですね。芽吹くには私達自身の力が必要でしたが、これからは様々な力を借りて森は大きくなっていくんですね」
アガスティアの視線を感じてチョココはにこりと微笑み返した。
「そうですわ。これからは楽しいこと、悲しかったことも全部含めて育っていきますのよ」
「そう。これからはお友達と一緒にな~」
黒の夢がそう言うと、草花の種を撒くに合わせて、ルナがリュートをかき鳴らすと、光り輝き白骨の間に消えていった。
アガスティアの気持ちを全部氷解させたわけではないが、気持ちは伝わっている。そう確信できた。
「馬乳酒とティピーは置いていくよ。好きに使ってくれ。欲しいものはあるかな」
リュカの言葉にアガスティアは首を振る一方、代わりにギムレットがそれに答えた。
「じゃあ俺が使うぜ。火酒をよろしくっ」
「ギムレットさんは、水瓶を勝手に使った代わりに、新しい水瓶をお願いしますね」
エステルは笑ってそう言うと、ギムレットは咳払いをして誤魔化した。
次にくる時には森はきっと大きく育っている。そう信じてハンター達はその場を後にした。
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相談しましょう! ルナ・レンフィールド(ka1565) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2015/08/15 21:33:45 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/08/11 23:35:29 |