ゲスト
(ka0000)
ユグディラは日頃の行いが悪いので……
マスター:秋風落葉

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 6~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/08/10 07:30
- 完成日
- 2015/08/14 10:51
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●森の中で
リンダールの森の奥、一本の木に頭をもたれかからせて寝そべる者がいた。頭上で生い茂る緑の葉っぱの隙間から覗く青い空を、物憂げに見つめてため息をついてみたり。
そこに、がさ、と小さな音を立てて茂みの中から現れた者達がいる。総勢三名。皆、寝ている彼と同族の者であり、さらに言うと顔なじみでもあった。
内一体が、彼らの種族にしか理解できない言葉で話しかける。
(なあなあ、一盗り行こうぜ!)
そう口にしたのは茶トラの毛並みを持つやや大柄な個体。
まだ寝転がったままの、黒い毛並みを持った個体は心ここにあらずといった様子で答える。
(……やめておくニャ。あまり気分が乗らないニャ)
彼らの姿は、一言で表現すると猫だった。つれない返事に、茶トラの猫は露骨に顔をしかめる。
(ちっ……なんだよ、最近付き合い悪いなあ……)
茶トラの隣にいる、いかにも腰ぎんちゃく然とした猫が囁いた。
(なんだかこの前からこいつ様子がおかしいんですよ)
(ああ。そういえば人間に捕まりそうになったって話を聞いたぜ。まさか怖気づいたのか?)
(……そんなことはないニャ)
挑発にも乗らず、黒猫は言葉短かに答えるのみだ。
彼らの正体はユグディラ。猫にそっくりの外見の、時折二足歩行する小さな幻獣である。人並みの知恵を持っており、さらにちょっとした幻術やテレパシーといった不思議な力を行使することが可能だ。
ユグディラはよく人間の社会に出没しては食料品などを盗み、人間に追い掛け回されることもしばしばある。しかしそこは猫のように素早い彼らのこと。そうそう捕まったりはしないのであるが。
なお、一盗り行こうぜ! とは、盗みに行こうぜ! という意味である。
茶トラは黒猫のやる気のなさに舌打ちした。
(まあいいや。俺達は行って来るからな。美味いもんが手に入ってもお前には分けてやらねーぞ)
そう捨て台詞を残し、三体のユグディラはそれぞれ去っていった。あとにはまだ寝そべったままの黒い猫が取り残される。
(……)
先日。この黒ユグディラがとあるハンター達と出会った時、その中の一人が彼に対し、人間の社会で盗みを行っているとその内害獣として討伐されてしまう、ということを真摯な表情でこんこんと語って聞かせるということがあった。
黒ユグディラはその時しおらしく聞いていた――ように見せかけて半分ほど聞き流していたのだが、今になってその言葉が気になりだしていたのである。
黒ユグディラは気だるげに起き上がると、歩き出した。
●街の中で
結局リンダールの森近くの、人間達の街に来てしまった黒ユグディラ。通りには露店が並び、人がはげしく行き交っている。
黒ユグディラの注意を引くのは、もちろん露店に陳列されている美味しそうな食べ物だ。全身がうずうずするものの、なんとかこらえるユグディラ。
そんな折、彼の目に興味深い光景が映った。
一人の人間が、露店の売り物である綺麗なアクセサリーをこっそりと懐に納め、そのまま立ち去ったのである。
「……ん? あ? な、ないぞ!? 盗まれた! くそっ! どこのどいつだ!!」
窃盗にあったことに気付いた店の主が騒ぎだし始め、周囲は騒然とし始めた。盗みの当事者は一瞬びくりと首をすくめたものの、足の速度はそのままに立ち去ろうとする。
そこに飛び出したのはかのユグディラだ。
彼は二本脚で立ち塞がると、肉球のついた前脚を、その盗みを行った不届き者にびしりと突きつけ、ニャアニャアと大声で騒ぎ立てた。たちまち人々が集まり、周囲を取り囲む。
窃盗をした男は驚愕の表情とともにユグディラを見返すのみだ。
ユグディラは得意げににやりと笑うが、なにやら周囲の反応が芳しくない。
盗みは悪いこと→発見した自分は凄い→周囲が褒めてくれる→美味しいものをいっぱい貰えるかも。
という目論みだったのだが。
ユグディラは辺りを見回す。なぜか人間達は真犯人ではなく、彼の小さな体をじっと見つめていた。
その中の一人、被害にあった店のおやじが怒りの形相で口を開く。
「まさか犯人が自分から出てくるとはな……ユグディラの仕業だったか!」
「ああ。しかも他人に罪をなすりつけようなんざ、ふてえ野郎だ!」
「姿を見せたのが運の尽きだわ! 逃がさないで!」
――ニャアアアアアア!?
とユグディラは慌てふためき、脱兎のごとく逃げようとするがもう遅い。周囲を完全にふさがれた状態ではいくら彼でも逃げおおせることは出来ず、あっさりと捕まってしまった。
疑いが晴れた――というかユグディラ以外はまったく気にもとめてなかったが――男は口元にぎこちない笑みを浮かべた。
「まったく何て奴だ。俺に罪を着せようとするなんて……本当にどうしようもない連中だな。ユグディラというのは」
「ああ。災難だったな」
「違いない……さてと。では皆さん。コイツにはしっかりとした仕置きをお願いするよ。見届けたいのはやまやまだが、俺は旅の途中で急いでいてね」
「おう任せとけ!」
男はユグディラを一瞥すると、そそくさと立ち去り始める。
ユグディラは必死で鳴き始めるが、真犯人はそのまま逃げていくし、人間達の怒りがおさまった様子もない。
最終手段。
ユグディラはテレパシー能力を用い、簡単なビジョンを周囲の人間たちに無差別に送り込んだ。それは以前彼が出会ったハンター達のイメージだ。もしかしたら彼らがこの街にいて、ちゃんと事情を分かってくれるかもという期待を込めて。
人々は突然見えたイメージに戸惑い、やがて一人が恐る恐る口を開いた。
「これってひょっとしてひょっとすると……ロザリーさんじゃないか?」
銀色の長い髪を持った少女の幻影を見た一人がぽつりと呟いた。
ロザリーことロザリア=オルララン。彼女は最近この街を拠点にしており、街の人達はユグディラが見せた幻影の一つである彼女のことをよく知っていた。
猫を捕まえている者とその周囲にいる者達はそれぞれ顔を見合わせる。
「こいつ、ロザリーさんの知り合いなのか?」
「はっはっは、そんなわけないだろう。きっとこれもこいつの作戦だ!」
「だよねー!」
「まったく、ロザリーさんまで利用しようだなんて本当に救いようがない奴だ!」
――ニャアアアアアア!?
状況がどんどん悪化していく。
ユグディラの視線の先では、真犯人である男はさっさと路地裏に入り込み、ついに姿が見えなくなってしまった。
「さて、どうしてくれようか?」
人間達は険しい顔で手の中の黒猫を見下ろしている。
哀れを誘う声で今度は人間達の情に訴えかけるユグディラであったが……。
先日のように、全身をモフられる程度で終わることはなさそうであった。
――ちなみにその頃。
「このクレープ美味しいですわ! もう一ついただきますわ!」
噂のロザリーはこの街の屋台で一人、クレープをぱくついていた……。
リンダールの森の奥、一本の木に頭をもたれかからせて寝そべる者がいた。頭上で生い茂る緑の葉っぱの隙間から覗く青い空を、物憂げに見つめてため息をついてみたり。
そこに、がさ、と小さな音を立てて茂みの中から現れた者達がいる。総勢三名。皆、寝ている彼と同族の者であり、さらに言うと顔なじみでもあった。
内一体が、彼らの種族にしか理解できない言葉で話しかける。
(なあなあ、一盗り行こうぜ!)
そう口にしたのは茶トラの毛並みを持つやや大柄な個体。
まだ寝転がったままの、黒い毛並みを持った個体は心ここにあらずといった様子で答える。
(……やめておくニャ。あまり気分が乗らないニャ)
彼らの姿は、一言で表現すると猫だった。つれない返事に、茶トラの猫は露骨に顔をしかめる。
(ちっ……なんだよ、最近付き合い悪いなあ……)
茶トラの隣にいる、いかにも腰ぎんちゃく然とした猫が囁いた。
(なんだかこの前からこいつ様子がおかしいんですよ)
(ああ。そういえば人間に捕まりそうになったって話を聞いたぜ。まさか怖気づいたのか?)
(……そんなことはないニャ)
挑発にも乗らず、黒猫は言葉短かに答えるのみだ。
彼らの正体はユグディラ。猫にそっくりの外見の、時折二足歩行する小さな幻獣である。人並みの知恵を持っており、さらにちょっとした幻術やテレパシーといった不思議な力を行使することが可能だ。
ユグディラはよく人間の社会に出没しては食料品などを盗み、人間に追い掛け回されることもしばしばある。しかしそこは猫のように素早い彼らのこと。そうそう捕まったりはしないのであるが。
なお、一盗り行こうぜ! とは、盗みに行こうぜ! という意味である。
茶トラは黒猫のやる気のなさに舌打ちした。
(まあいいや。俺達は行って来るからな。美味いもんが手に入ってもお前には分けてやらねーぞ)
そう捨て台詞を残し、三体のユグディラはそれぞれ去っていった。あとにはまだ寝そべったままの黒い猫が取り残される。
(……)
先日。この黒ユグディラがとあるハンター達と出会った時、その中の一人が彼に対し、人間の社会で盗みを行っているとその内害獣として討伐されてしまう、ということを真摯な表情でこんこんと語って聞かせるということがあった。
黒ユグディラはその時しおらしく聞いていた――ように見せかけて半分ほど聞き流していたのだが、今になってその言葉が気になりだしていたのである。
黒ユグディラは気だるげに起き上がると、歩き出した。
●街の中で
結局リンダールの森近くの、人間達の街に来てしまった黒ユグディラ。通りには露店が並び、人がはげしく行き交っている。
黒ユグディラの注意を引くのは、もちろん露店に陳列されている美味しそうな食べ物だ。全身がうずうずするものの、なんとかこらえるユグディラ。
そんな折、彼の目に興味深い光景が映った。
一人の人間が、露店の売り物である綺麗なアクセサリーをこっそりと懐に納め、そのまま立ち去ったのである。
「……ん? あ? な、ないぞ!? 盗まれた! くそっ! どこのどいつだ!!」
窃盗にあったことに気付いた店の主が騒ぎだし始め、周囲は騒然とし始めた。盗みの当事者は一瞬びくりと首をすくめたものの、足の速度はそのままに立ち去ろうとする。
そこに飛び出したのはかのユグディラだ。
彼は二本脚で立ち塞がると、肉球のついた前脚を、その盗みを行った不届き者にびしりと突きつけ、ニャアニャアと大声で騒ぎ立てた。たちまち人々が集まり、周囲を取り囲む。
窃盗をした男は驚愕の表情とともにユグディラを見返すのみだ。
ユグディラは得意げににやりと笑うが、なにやら周囲の反応が芳しくない。
盗みは悪いこと→発見した自分は凄い→周囲が褒めてくれる→美味しいものをいっぱい貰えるかも。
という目論みだったのだが。
ユグディラは辺りを見回す。なぜか人間達は真犯人ではなく、彼の小さな体をじっと見つめていた。
その中の一人、被害にあった店のおやじが怒りの形相で口を開く。
「まさか犯人が自分から出てくるとはな……ユグディラの仕業だったか!」
「ああ。しかも他人に罪をなすりつけようなんざ、ふてえ野郎だ!」
「姿を見せたのが運の尽きだわ! 逃がさないで!」
――ニャアアアアアア!?
とユグディラは慌てふためき、脱兎のごとく逃げようとするがもう遅い。周囲を完全にふさがれた状態ではいくら彼でも逃げおおせることは出来ず、あっさりと捕まってしまった。
疑いが晴れた――というかユグディラ以外はまったく気にもとめてなかったが――男は口元にぎこちない笑みを浮かべた。
「まったく何て奴だ。俺に罪を着せようとするなんて……本当にどうしようもない連中だな。ユグディラというのは」
「ああ。災難だったな」
「違いない……さてと。では皆さん。コイツにはしっかりとした仕置きをお願いするよ。見届けたいのはやまやまだが、俺は旅の途中で急いでいてね」
「おう任せとけ!」
男はユグディラを一瞥すると、そそくさと立ち去り始める。
ユグディラは必死で鳴き始めるが、真犯人はそのまま逃げていくし、人間達の怒りがおさまった様子もない。
最終手段。
ユグディラはテレパシー能力を用い、簡単なビジョンを周囲の人間たちに無差別に送り込んだ。それは以前彼が出会ったハンター達のイメージだ。もしかしたら彼らがこの街にいて、ちゃんと事情を分かってくれるかもという期待を込めて。
人々は突然見えたイメージに戸惑い、やがて一人が恐る恐る口を開いた。
「これってひょっとしてひょっとすると……ロザリーさんじゃないか?」
銀色の長い髪を持った少女の幻影を見た一人がぽつりと呟いた。
ロザリーことロザリア=オルララン。彼女は最近この街を拠点にしており、街の人達はユグディラが見せた幻影の一つである彼女のことをよく知っていた。
猫を捕まえている者とその周囲にいる者達はそれぞれ顔を見合わせる。
「こいつ、ロザリーさんの知り合いなのか?」
「はっはっは、そんなわけないだろう。きっとこれもこいつの作戦だ!」
「だよねー!」
「まったく、ロザリーさんまで利用しようだなんて本当に救いようがない奴だ!」
――ニャアアアアアア!?
状況がどんどん悪化していく。
ユグディラの視線の先では、真犯人である男はさっさと路地裏に入り込み、ついに姿が見えなくなってしまった。
「さて、どうしてくれようか?」
人間達は険しい顔で手の中の黒猫を見下ろしている。
哀れを誘う声で今度は人間達の情に訴えかけるユグディラであったが……。
先日のように、全身をモフられる程度で終わることはなさそうであった。
――ちなみにその頃。
「このクレープ美味しいですわ! もう一ついただきますわ!」
噂のロザリーはこの街の屋台で一人、クレープをぱくついていた……。
リプレイ本文
●
「何の騒ぎかと思えば……あれって、この前のユグディラかしら。さっきのイメージはあの時の記憶……よね。ふうん……?」
キサ・I・アイオライト(ka4355)はリンダールの森近くの街を散歩中、あるイメージが脳内に突然浮かんだ。どうやら、幻獣であるユグディラがそのテレパシー能力を行使したらしい。彼女がそれに気付いた理由は、キサがユグディラと出会ったことがあり、さらにイメージの中に、彼女のものと思われる像が映っていたからだ。
突然の事態に立ち止まったのは彼女だけではない。
「……なんか厄介事に巻き込まれたのかもしれないな。まあ、ここで見捨てるのも後味が悪い話だし、協力してやる事にしようか」
ちょうど同じタイミングで通りかかったAnbar(ka4037)もかのユグディラをよく知っている。
「あ、幻覚に俺がいるっすね。このままじゃ共犯にされかねねーから助けてやるっすか」
買い食い中、騒ぎに気付いて近づいてきた神楽(ka2032)もユグディラのテレパシーを受け取った。ユグディラの見せた幻影はあくまでもぼんやりとしたものであったが、先日の事件の関係者ならば誰のことをイメージしているかはっきりと分かる。神楽もその中の一人であった。
「まずはロザリーさんを探すっす」
神楽はこっそりとこの場を去った。
「目の前の事件は黒いユグティラが起こしたっぽいが、どうもさっきのイメージが気になる。丁度イメージに出てた当人達がいるし事情を聞いてみるかな」
イメージに似ている人物がこの場に何人かいることに気付いた柊 真司(ka0705)も、この件に介入することに決め、足を騒ぎの方へと向けた。
●
「何をしているのかしら。たかが猫一匹に、大人が群がって……。野良猫を苛める子供と一緒よ。恥を知りなさい」
人の輪の中、大の大人達が一匹の猫を囲んでいることを異常に思い、首を突っ込んできたのは夢不見 沙華(ka5056)だ。
「幻獣、なんて。初めて、見た」
シュメルツ(ka4367)も黒ユグディラが街の人の私刑にあうことを防ぐため、騒ぎの中心に身を投じた。
さらに、三人目の人影も悠然とこの渦中へと飛び込んでくる。
「皆様、まずは落ち着いてください」
「ああ? みかけねえ顔だが、何者だよ?」
「呼び名? ジェーン、ジュディ、ジェニファー、どれでもどうぞ」
冷静になることを呼びかけた女性、J(ka3142)が凄む男に動じずにあっさりと答えた。男は口をぱくぱくさせ、勢いをそがれた。改めて事情を尋ねるJ。
闖入者に驚いたものの、猫を捕まえている男は彼女らに対して口を開く。なお、街人達の表情に後ろめたさといった感情は一切ない。
「うちの店から指輪が盗まれたのさ。きっとこのユグディラの仕業に決まってる。あんたらは知らないかもしれんが、こいつらはこの街でしょっちゅう盗みを働きやがるんだ」
周りの人々も同様に頷いた。どうやら、この街でのユグディラの心証はかなり悪いようだ。ユグディラ達の悪行にいつも悩まされているのだろう。
「なら、調べればいいだけのことよ」
そう言い返す沙華。
「疑う、ものは。疑うよ」
シュメルツも介入はしたものの、あくまで中立的な立場であり、初めて見た幻獣のことを完全に信用しているわけではない。
――旅人も。妙、だったけど。
騒ぎの中、早足で立ち去っていった旅装束の男のことを気にしてはいる彼女だが、今はユグディラが問題だ。
ユグディラの体をあらためる為、街の人から黒い猫を受け取ったシュメルツはゆすぶったり全身をまさぐったりして指輪を持っていないかと確かめ始める。
「……もふもふ」
なにやら嬉しそうに、小さな声でぼそっと呟くシュメルツ。J、沙華も同様にユグディラの全身をまさぐるが、装飾品は出てこない。
「見える、場所には。持って、ないね」
街の人々は顔を見合わせる。しかし、まだ彼らはユグディラへの疑いを解いてはいない。
「口、開いて。無理矢理、だと。痛い、よ?」
ユグディラには悪いと思いつつも、口の中も調べることにしたシュメルツ。彼女は喉も指で調べるつもりである。
しかしそこにも盗品は隠されていなかった。ユグディラの犯行を示す証拠は皆無と言っていい。それでも街の人々は納得できていないようだ。
その時、新たに数人の男女がこの場に割って入って来た。
「すまない、先のイメージに心当たりがあるんだが、こいつは何かしたのか?」
黒ユグディラの知り合いであるヴァイス(ka0364)が人波をかきわけ、騒ぎの中心に割って入った。見知った顔を見つけたユグディラは、まさに天の助けが来たかのような表情で鳴き始める。
ヴァイスは先日、このユグディラに対して盗みはいけないことだと教えた本人だ。事態の説明を受けた彼は黒ユグディラの瞳をじっと見た。
キサも周りの人々を無視し、ユグディラのところへとまっすぐにやってくる。
「あなた。盗んだの?」
演技なのかどうかは分からないが、彼らに向かっていつも以上につぶらな瞳を見せる黒ユグディラ。哀れを誘う鳴き声を添えるのも忘れない。
「……違うのね。わかったわ」
「お前のその目を信じるぜ」
キサ、ヴァイス共に黒ユグディラが決して盗みを行っていないと確信すると、改めて街の人々を見返した。
「私はこの子を信じる。この子には、以前私たちハンターがお灸を据えてあげたのよ。それで改心してくれたって、信じる」
「俺達がこのユグディラと接点があるのは事実だ。もちろんロザリーもこいつと知り合いだ」
「……さっきの映像には私も居たでしょ。何ならロザリーにその時のことを聞いてもらっても良いわ。彼女のことは知ってるのよね?」
この黒ユグディラとロザリーが本当に知り合いであると分かり、ざわつく街の人達。
黒ユグディラの正邪はともかく、事情を理解した真司は通信機をお互いの送受信先に設定し、知り合いであるロザリーを探す役を買ってでる。
Anbarも一介のハンターの言葉では街の人々に届きづらいと考え、この街でそれなりの人望があるらしいロザリー本人を連れてくるべきだと考えた。
●
「ロザリー姐さん」
道行く人々からロザリーの居場所を聞き出し、存外簡単にロザリーの姿を見つけたAnbarと真司。
ロザリーは自分を呼ぶ声に振り向き、目をしばたかせた。
「あら、Anbarさんに真司さん。ごきげんよう」
屋台でクレープに舌鼓をうっていたロザリー。今もその手にお菓子が握られている。
「久しぶりだな、悪いが緊急の用なんだ。食いながらで構わないから一緒にきてくれ!」
「え? え? 何かあったのですか?」
ただ事でない様子の真司に、ロザリーは問い返しながらも立ち上がる。もちろんクレープはその手に握ったままだ。
Anbarは事情を簡単に説明する。
「……というわけで、あの時のユグディラが騒ぎに巻き込まれているようだ。思うところがあるかもしれないが、罪無き者が疑われるというのはあまり気分が良くない。街の人達を落ち着かせる為にも協力して貰えないか」
「なるほど、分かりました。そういうことでしたら喜んで協力いたしますわ」
ロザリーは残りのクレープを急ぎ食べつくすと、彼らに従い屋台を後にした。
ちょうどそこにやって来たのは神楽だ。彼はサンドイッチを売る屋台を重点的に探しており、たどり着くのが少し遅くなってしまった。
「あ、ロザリーさんチーっす! 今日はビキニ着てないんすね」
「ビキニアーマーのことでしたら着たことはないと言っているではありませんか!」
神楽の挨拶に顔を真っ赤にするロザリー。最近神楽は彼女に会うたびにこの手の挨拶をしていた。
――オルララン家の者であるわたくしがビキニアーマーなどという露出度の高い鎧を着る事なんて、きっと未来永劫ありえませんわ!
そんなロザリーの内心を知ってか知らずか、神楽は彼女の反応を気にした様子もなく言葉を続けた。
「つーわけでこのままだといつぞやの泥棒猫がシチューにされちゃうんで出来れば助けて欲しいっす!」
「……分かりました……」
なぜかぐったりしているロザリーであった。
●
ユグディラを間に、ハンター達と街の人達は未だやりとりを続けていた。
「そもそも、ユグディラが今まで指輪のような装飾品を盗んだことがあるのですか?」
Jの指摘に街の人たちは顔を見合わせる。確かに、記憶にある限りではこの街のユグディラによる被害は食料品ばかりだ。
「わざわざ自分の犯行をなすりつけるために人前に出てくる必要はないんじゃないか? そのまま逃げてしまえばいいんだから」
ヴァイスも自分の考えを述べた。Jも結果的な便乗犯がいたのでは、と疑問を提起。街の人々の心に浮かんだのは、もちろんあの時の旅装束の男だ。
そこに複数の足音が近づいてくる。
「お待たせしましたわ」
ロザリーの到着に、街の人々は驚き、通す為の道を開ける。その先には、確かに彼女も見覚えのある黒猫がいた。
ロザリーは公平さを保つ為にも街の人を含めたこの場の男女から改めて話を聞き、頷いた。
「確かにこのユグディラはかつて盗みを行ったことがあります。しかし、その際この子にはしっかりとお説教をしておきました。お話をお聞きした感じでも、今回の事件の犯人とは思えません。もしこの子が犯人だったなら、きっと誰も手の届かない場所にとっくに逃げていたはずですわ」
沙華の手で抱っこされているユグディラが頷く。
――もし食料品が盗まれていたら、わたくしも真っ先に疑ったかもしれませんが、と内心呟くロザリー。食べ物の恨みは中々忘れられないものだ。
キサは正面からユグディラの瞳を覗き込む。
「真犯人の顔はわかる? ……そのイメージ、ここにいる人たちに教えてあげて」
ユグディラは頷き、意識を集中した。
ハンター達の脳裏に、旅装束の男の幻影が浮かび上がる。あくまでイメージであり、はっきりとした顔形が分かるわけではないが、衣装の色などが分かるだけでも十分だ。
「今の男は……この輪の中にはいない。逃げたのかしら。追ってくれる人、いる?
「ここまで来たなら最後まで付き合ってやるっすかね」
「通信機はある? とっ捕まえた時に連絡してくれたら嬉しいわ」
ハンター達は頷き、各自の手段で追跡を開始する。それを不安げに見守るユグディラ。
「大丈夫よ、安心しなさい。あなたが胸を張って、己の無実を主張するのなら、真実は必ず目の前に転がってくるわ」
沙華は自分の手の中の黒猫にそう囁いた。
●
自前の通信機でそれぞれ連絡を取り合い、街の人々からも聞き込みをし、少しずつ真犯人へと近づいていくハンター達。
Jは伝波増幅のスキルを使いながら仲間へと情報を送り、やがてバイクの速度を加速させた。
着々と包囲網が狭まっていることに気付かない男は脇道へと入る。やがて十字路に差し掛かった時、人影が男の前に立ち塞がった。
「そこのアンタ、悪いがご同行願おうか」
真司が銃を手に旅装束の男へと声をかける。
事が露見したと気付いた男はごまかし笑いを浮かべながら、こっそりと左手への逃げ道を窺う。しかし、そこにはすでにヴァイスがいた。
「懐のものを抜けば容赦はしない」
男の手が動いたのを見、ヴァイスは忠告した。男がナイフを隠し持っている事に気付いたのである。
「追いついたっす~。こっちはハンターなんで無駄な抵抗をやめてお縄につけ~っす!」
後ろから馬で駆けてきたのは神楽。男は唯一誰もいない右手の道へと飛び込んだ。しかし男が出口にたどり着こうという時、迂回してきたJの魔導バイクが脱出口を塞いだ。もちろんJの手には拳銃が握られている。ついに男は観念し、お縄についた。
●
「……今回はすまなかった」
真犯人が官憲に引き渡され、盗まれた指輪も店の主の手に戻った。
街の人々は一斉に黒ユグディラへと頭を下げる。
ついに自由の身になった黒ユグディラは、二本足で街の人達の前に立っている。しかし、その表情はまだ陰があった。
「怖かったわよね。でも、あなたは頑張った。だから、気を荒立てることはないわ。少し、楽にしていなさい」
沙華が優しくユグディラを撫でる。黒猫は頷いた。
「今後は種族だけで判断しないようにな。あとお前も。行いが正しくても過去の例で信用されないこともあるんだ。気をつけることだな」
街の人たちに説教しつつ、ユグディラに注意を促すのは真司。
Jも人間とユグディラが対立していくのは好ましくないと思い、今後の為にもユグディラ族の窃盗行為を改めてもらえないかと黒猫に提案する。
猫は難しそうな顔をしている。なにしろ『一盗り行こうぜ!』が彼個人の仲間達との合言葉なのだ。
しかし、今回の件はひとまず落着したと言えるだろう。
●
ハンター達は食事処の屋台が並ぶ通りへと足を運んでいた。
今回たまたま居合わせたハンターたち、そして事件に巻き込まれた黒ユグディラへの労いの為である。
ヴァイスは隣に座った黒猫に今回の件は身から出た錆だという忠告を行いながらも、盗みを防ごうとした手柄をモフりながら褒めた。好きなものを頼んでいいというヴァイスの言葉に、黒ユグディラは目を輝かせて前足で食べたいものを示す。
「……さっきは、ごめん、ね」
猫を挟んで反対側に座ったシュメルツは少々手荒な身体検査を行ったことを気にしていたのかユグディラに謝罪する。お詫びとばかりに、懐からうなぎの白焼きを取り出し、うなぎアイスを店に注文した。
「ん……大丈夫。君の、分、だよ。偉かった、ね」
目の前に出された初見のものを、興味ぶかげに見るユグディラ。
「……せっかくの自由な時間を変な騒ぎに巻き込んでしまって申し訳なかった。お詫びと言ってはなんだが、何でも好きなものをおごらせて貰うぜ」
Anbarの言葉にロザリーはクレープの注文を行う。
真司も手伝ってもらった御礼として、ロザリーにクレープを買ってきて彼女の下へとやって来た。今日会った時、彼女がとても美味しそうにクレープを食べていたことが印象に残っていたのだ。
「わたくし、普段はこんなに食べないのですけど……せっかくですしありがたくいただきますわ!」
言葉とは裏腹に、左右の手に持つクレープを嬉しそうに食べ始めるロザリー。
そんな中、神楽が食べ物を手にユグディラの側へとやって来た。
「今日は災難だったっすね~。まぁ、これを喰えっす」
神楽が持ってきたものを受け取るユグディラ。すると、なぜか神楽は荷物をごそごそと探り始めた。出てきたのはビキニアーマーである。
「ところでこれ着たロザリーさんの幻覚を見せてくれないっすかね。あ、これ以外に何も着てないでお願いっす」
ユグディラに頼み込む神楽。なぜか、ユグディラは怯えた顔で神楽の背後を見つめている。疑問に思って振り向く神楽。
そこにはメイスを握り締めた銀髪の……。
「何の騒ぎかと思えば……あれって、この前のユグディラかしら。さっきのイメージはあの時の記憶……よね。ふうん……?」
キサ・I・アイオライト(ka4355)はリンダールの森近くの街を散歩中、あるイメージが脳内に突然浮かんだ。どうやら、幻獣であるユグディラがそのテレパシー能力を行使したらしい。彼女がそれに気付いた理由は、キサがユグディラと出会ったことがあり、さらにイメージの中に、彼女のものと思われる像が映っていたからだ。
突然の事態に立ち止まったのは彼女だけではない。
「……なんか厄介事に巻き込まれたのかもしれないな。まあ、ここで見捨てるのも後味が悪い話だし、協力してやる事にしようか」
ちょうど同じタイミングで通りかかったAnbar(ka4037)もかのユグディラをよく知っている。
「あ、幻覚に俺がいるっすね。このままじゃ共犯にされかねねーから助けてやるっすか」
買い食い中、騒ぎに気付いて近づいてきた神楽(ka2032)もユグディラのテレパシーを受け取った。ユグディラの見せた幻影はあくまでもぼんやりとしたものであったが、先日の事件の関係者ならば誰のことをイメージしているかはっきりと分かる。神楽もその中の一人であった。
「まずはロザリーさんを探すっす」
神楽はこっそりとこの場を去った。
「目の前の事件は黒いユグティラが起こしたっぽいが、どうもさっきのイメージが気になる。丁度イメージに出てた当人達がいるし事情を聞いてみるかな」
イメージに似ている人物がこの場に何人かいることに気付いた柊 真司(ka0705)も、この件に介入することに決め、足を騒ぎの方へと向けた。
●
「何をしているのかしら。たかが猫一匹に、大人が群がって……。野良猫を苛める子供と一緒よ。恥を知りなさい」
人の輪の中、大の大人達が一匹の猫を囲んでいることを異常に思い、首を突っ込んできたのは夢不見 沙華(ka5056)だ。
「幻獣、なんて。初めて、見た」
シュメルツ(ka4367)も黒ユグディラが街の人の私刑にあうことを防ぐため、騒ぎの中心に身を投じた。
さらに、三人目の人影も悠然とこの渦中へと飛び込んでくる。
「皆様、まずは落ち着いてください」
「ああ? みかけねえ顔だが、何者だよ?」
「呼び名? ジェーン、ジュディ、ジェニファー、どれでもどうぞ」
冷静になることを呼びかけた女性、J(ka3142)が凄む男に動じずにあっさりと答えた。男は口をぱくぱくさせ、勢いをそがれた。改めて事情を尋ねるJ。
闖入者に驚いたものの、猫を捕まえている男は彼女らに対して口を開く。なお、街人達の表情に後ろめたさといった感情は一切ない。
「うちの店から指輪が盗まれたのさ。きっとこのユグディラの仕業に決まってる。あんたらは知らないかもしれんが、こいつらはこの街でしょっちゅう盗みを働きやがるんだ」
周りの人々も同様に頷いた。どうやら、この街でのユグディラの心証はかなり悪いようだ。ユグディラ達の悪行にいつも悩まされているのだろう。
「なら、調べればいいだけのことよ」
そう言い返す沙華。
「疑う、ものは。疑うよ」
シュメルツも介入はしたものの、あくまで中立的な立場であり、初めて見た幻獣のことを完全に信用しているわけではない。
――旅人も。妙、だったけど。
騒ぎの中、早足で立ち去っていった旅装束の男のことを気にしてはいる彼女だが、今はユグディラが問題だ。
ユグディラの体をあらためる為、街の人から黒い猫を受け取ったシュメルツはゆすぶったり全身をまさぐったりして指輪を持っていないかと確かめ始める。
「……もふもふ」
なにやら嬉しそうに、小さな声でぼそっと呟くシュメルツ。J、沙華も同様にユグディラの全身をまさぐるが、装飾品は出てこない。
「見える、場所には。持って、ないね」
街の人々は顔を見合わせる。しかし、まだ彼らはユグディラへの疑いを解いてはいない。
「口、開いて。無理矢理、だと。痛い、よ?」
ユグディラには悪いと思いつつも、口の中も調べることにしたシュメルツ。彼女は喉も指で調べるつもりである。
しかしそこにも盗品は隠されていなかった。ユグディラの犯行を示す証拠は皆無と言っていい。それでも街の人々は納得できていないようだ。
その時、新たに数人の男女がこの場に割って入って来た。
「すまない、先のイメージに心当たりがあるんだが、こいつは何かしたのか?」
黒ユグディラの知り合いであるヴァイス(ka0364)が人波をかきわけ、騒ぎの中心に割って入った。見知った顔を見つけたユグディラは、まさに天の助けが来たかのような表情で鳴き始める。
ヴァイスは先日、このユグディラに対して盗みはいけないことだと教えた本人だ。事態の説明を受けた彼は黒ユグディラの瞳をじっと見た。
キサも周りの人々を無視し、ユグディラのところへとまっすぐにやってくる。
「あなた。盗んだの?」
演技なのかどうかは分からないが、彼らに向かっていつも以上につぶらな瞳を見せる黒ユグディラ。哀れを誘う鳴き声を添えるのも忘れない。
「……違うのね。わかったわ」
「お前のその目を信じるぜ」
キサ、ヴァイス共に黒ユグディラが決して盗みを行っていないと確信すると、改めて街の人々を見返した。
「私はこの子を信じる。この子には、以前私たちハンターがお灸を据えてあげたのよ。それで改心してくれたって、信じる」
「俺達がこのユグディラと接点があるのは事実だ。もちろんロザリーもこいつと知り合いだ」
「……さっきの映像には私も居たでしょ。何ならロザリーにその時のことを聞いてもらっても良いわ。彼女のことは知ってるのよね?」
この黒ユグディラとロザリーが本当に知り合いであると分かり、ざわつく街の人達。
黒ユグディラの正邪はともかく、事情を理解した真司は通信機をお互いの送受信先に設定し、知り合いであるロザリーを探す役を買ってでる。
Anbarも一介のハンターの言葉では街の人々に届きづらいと考え、この街でそれなりの人望があるらしいロザリー本人を連れてくるべきだと考えた。
●
「ロザリー姐さん」
道行く人々からロザリーの居場所を聞き出し、存外簡単にロザリーの姿を見つけたAnbarと真司。
ロザリーは自分を呼ぶ声に振り向き、目をしばたかせた。
「あら、Anbarさんに真司さん。ごきげんよう」
屋台でクレープに舌鼓をうっていたロザリー。今もその手にお菓子が握られている。
「久しぶりだな、悪いが緊急の用なんだ。食いながらで構わないから一緒にきてくれ!」
「え? え? 何かあったのですか?」
ただ事でない様子の真司に、ロザリーは問い返しながらも立ち上がる。もちろんクレープはその手に握ったままだ。
Anbarは事情を簡単に説明する。
「……というわけで、あの時のユグディラが騒ぎに巻き込まれているようだ。思うところがあるかもしれないが、罪無き者が疑われるというのはあまり気分が良くない。街の人達を落ち着かせる為にも協力して貰えないか」
「なるほど、分かりました。そういうことでしたら喜んで協力いたしますわ」
ロザリーは残りのクレープを急ぎ食べつくすと、彼らに従い屋台を後にした。
ちょうどそこにやって来たのは神楽だ。彼はサンドイッチを売る屋台を重点的に探しており、たどり着くのが少し遅くなってしまった。
「あ、ロザリーさんチーっす! 今日はビキニ着てないんすね」
「ビキニアーマーのことでしたら着たことはないと言っているではありませんか!」
神楽の挨拶に顔を真っ赤にするロザリー。最近神楽は彼女に会うたびにこの手の挨拶をしていた。
――オルララン家の者であるわたくしがビキニアーマーなどという露出度の高い鎧を着る事なんて、きっと未来永劫ありえませんわ!
そんなロザリーの内心を知ってか知らずか、神楽は彼女の反応を気にした様子もなく言葉を続けた。
「つーわけでこのままだといつぞやの泥棒猫がシチューにされちゃうんで出来れば助けて欲しいっす!」
「……分かりました……」
なぜかぐったりしているロザリーであった。
●
ユグディラを間に、ハンター達と街の人達は未だやりとりを続けていた。
「そもそも、ユグディラが今まで指輪のような装飾品を盗んだことがあるのですか?」
Jの指摘に街の人たちは顔を見合わせる。確かに、記憶にある限りではこの街のユグディラによる被害は食料品ばかりだ。
「わざわざ自分の犯行をなすりつけるために人前に出てくる必要はないんじゃないか? そのまま逃げてしまえばいいんだから」
ヴァイスも自分の考えを述べた。Jも結果的な便乗犯がいたのでは、と疑問を提起。街の人々の心に浮かんだのは、もちろんあの時の旅装束の男だ。
そこに複数の足音が近づいてくる。
「お待たせしましたわ」
ロザリーの到着に、街の人々は驚き、通す為の道を開ける。その先には、確かに彼女も見覚えのある黒猫がいた。
ロザリーは公平さを保つ為にも街の人を含めたこの場の男女から改めて話を聞き、頷いた。
「確かにこのユグディラはかつて盗みを行ったことがあります。しかし、その際この子にはしっかりとお説教をしておきました。お話をお聞きした感じでも、今回の事件の犯人とは思えません。もしこの子が犯人だったなら、きっと誰も手の届かない場所にとっくに逃げていたはずですわ」
沙華の手で抱っこされているユグディラが頷く。
――もし食料品が盗まれていたら、わたくしも真っ先に疑ったかもしれませんが、と内心呟くロザリー。食べ物の恨みは中々忘れられないものだ。
キサは正面からユグディラの瞳を覗き込む。
「真犯人の顔はわかる? ……そのイメージ、ここにいる人たちに教えてあげて」
ユグディラは頷き、意識を集中した。
ハンター達の脳裏に、旅装束の男の幻影が浮かび上がる。あくまでイメージであり、はっきりとした顔形が分かるわけではないが、衣装の色などが分かるだけでも十分だ。
「今の男は……この輪の中にはいない。逃げたのかしら。追ってくれる人、いる?
「ここまで来たなら最後まで付き合ってやるっすかね」
「通信機はある? とっ捕まえた時に連絡してくれたら嬉しいわ」
ハンター達は頷き、各自の手段で追跡を開始する。それを不安げに見守るユグディラ。
「大丈夫よ、安心しなさい。あなたが胸を張って、己の無実を主張するのなら、真実は必ず目の前に転がってくるわ」
沙華は自分の手の中の黒猫にそう囁いた。
●
自前の通信機でそれぞれ連絡を取り合い、街の人々からも聞き込みをし、少しずつ真犯人へと近づいていくハンター達。
Jは伝波増幅のスキルを使いながら仲間へと情報を送り、やがてバイクの速度を加速させた。
着々と包囲網が狭まっていることに気付かない男は脇道へと入る。やがて十字路に差し掛かった時、人影が男の前に立ち塞がった。
「そこのアンタ、悪いがご同行願おうか」
真司が銃を手に旅装束の男へと声をかける。
事が露見したと気付いた男はごまかし笑いを浮かべながら、こっそりと左手への逃げ道を窺う。しかし、そこにはすでにヴァイスがいた。
「懐のものを抜けば容赦はしない」
男の手が動いたのを見、ヴァイスは忠告した。男がナイフを隠し持っている事に気付いたのである。
「追いついたっす~。こっちはハンターなんで無駄な抵抗をやめてお縄につけ~っす!」
後ろから馬で駆けてきたのは神楽。男は唯一誰もいない右手の道へと飛び込んだ。しかし男が出口にたどり着こうという時、迂回してきたJの魔導バイクが脱出口を塞いだ。もちろんJの手には拳銃が握られている。ついに男は観念し、お縄についた。
●
「……今回はすまなかった」
真犯人が官憲に引き渡され、盗まれた指輪も店の主の手に戻った。
街の人々は一斉に黒ユグディラへと頭を下げる。
ついに自由の身になった黒ユグディラは、二本足で街の人達の前に立っている。しかし、その表情はまだ陰があった。
「怖かったわよね。でも、あなたは頑張った。だから、気を荒立てることはないわ。少し、楽にしていなさい」
沙華が優しくユグディラを撫でる。黒猫は頷いた。
「今後は種族だけで判断しないようにな。あとお前も。行いが正しくても過去の例で信用されないこともあるんだ。気をつけることだな」
街の人たちに説教しつつ、ユグディラに注意を促すのは真司。
Jも人間とユグディラが対立していくのは好ましくないと思い、今後の為にもユグディラ族の窃盗行為を改めてもらえないかと黒猫に提案する。
猫は難しそうな顔をしている。なにしろ『一盗り行こうぜ!』が彼個人の仲間達との合言葉なのだ。
しかし、今回の件はひとまず落着したと言えるだろう。
●
ハンター達は食事処の屋台が並ぶ通りへと足を運んでいた。
今回たまたま居合わせたハンターたち、そして事件に巻き込まれた黒ユグディラへの労いの為である。
ヴァイスは隣に座った黒猫に今回の件は身から出た錆だという忠告を行いながらも、盗みを防ごうとした手柄をモフりながら褒めた。好きなものを頼んでいいというヴァイスの言葉に、黒ユグディラは目を輝かせて前足で食べたいものを示す。
「……さっきは、ごめん、ね」
猫を挟んで反対側に座ったシュメルツは少々手荒な身体検査を行ったことを気にしていたのかユグディラに謝罪する。お詫びとばかりに、懐からうなぎの白焼きを取り出し、うなぎアイスを店に注文した。
「ん……大丈夫。君の、分、だよ。偉かった、ね」
目の前に出された初見のものを、興味ぶかげに見るユグディラ。
「……せっかくの自由な時間を変な騒ぎに巻き込んでしまって申し訳なかった。お詫びと言ってはなんだが、何でも好きなものをおごらせて貰うぜ」
Anbarの言葉にロザリーはクレープの注文を行う。
真司も手伝ってもらった御礼として、ロザリーにクレープを買ってきて彼女の下へとやって来た。今日会った時、彼女がとても美味しそうにクレープを食べていたことが印象に残っていたのだ。
「わたくし、普段はこんなに食べないのですけど……せっかくですしありがたくいただきますわ!」
言葉とは裏腹に、左右の手に持つクレープを嬉しそうに食べ始めるロザリー。
そんな中、神楽が食べ物を手にユグディラの側へとやって来た。
「今日は災難だったっすね~。まぁ、これを喰えっす」
神楽が持ってきたものを受け取るユグディラ。すると、なぜか神楽は荷物をごそごそと探り始めた。出てきたのはビキニアーマーである。
「ところでこれ着たロザリーさんの幻覚を見せてくれないっすかね。あ、これ以外に何も着てないでお願いっす」
ユグディラに頼み込む神楽。なぜか、ユグディラは怯えた顔で神楽の背後を見つめている。疑問に思って振り向く神楽。
そこにはメイスを握り締めた銀髪の……。
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相談卓 エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142) 人間(リアルブルー)|30才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2015/08/09 18:22:44 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/08/08 12:08:51 |