納涼、渓流キャンプ!

マスター:桐咲鈴華

シナリオ形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2015/08/11 19:00
完成日
2015/08/19 06:28

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

「…………ふぅ」
 ハンターオフィス内資料室。タロッキ族の代表であるエフィーリア・タロッキ(kz0077)は頭に被っているヴェールの隙間に指を入れて、手で扇いで風を送っている。
 クリムゾンウェストも夏季に入り、厳しい猛暑が続いていた。オフィス内も窓を開けたり、魔導機で空調を整えてはいるものの、直射日光の当たる方角にある部屋は未だ高い気温だ。特に辺境出身のエフィーリアは暑さに慣れておらず、じっとりと汗を滲ませながら資料を漁っている。
(……北方での作戦は無事終わったものの、『アルカナ』の活動も活発になってきているようですね……)
 エフィーリアは北方での戦いの事を思い出す。これまでの事例でもなかった、複数のアルカナの同時出現及び、同時の襲撃。ハンター達の尽力があったからこそ、ファリフが幻獣に会う事に影響が出ずに済んだのだが……。
(……それでも、やはり。……我々が守ってきた封印が綻び、世界へ影響が出始めていると思うと、些か焦りを感じてしまいますね……)
 『アルカナ』はエフィーリアの属するタロッキ族が代々封印してきた歪虚であり、それらがハンター達の作戦へ具体的な影響を与えたと思うと、部族の代表として責任を感じずにはいられず、エフィーリアは最近オフィスに篭もりきりで事件簿の纏めや調査、過去の事例の洗い出しなどを行っていた。
 そんなエフィーリアの頬にぴとっと感触が走る。
「きゃぁっ!?」
 びくぅっ! と肩を震わせて驚くエフィーリア。背後を振り向くと、いつも打ち合わせに付き合ってくれているハンターオフィスの受付嬢が飲み物を持って立っていた。
「根詰めすぎですよ、エフィーリアさん。少し休憩した方がよろしいんじゃないですか?」
 言いつつ、飲み物を傍らに置いて反対側に座る受付嬢。
「……すみません、そうですね。……ともあれ、やはり気になってしまうようで」
「だけどずっと気を張り続けてももちませんよ。休めるタイミングではしっかり休まないと。万が一の時にエフィーリアさんが倒れてたら、誰がアルカナの性質をハンターさんに説明するんです?」
 受付嬢の言葉にぐうの音も出なくなるエフィーリア。そこで受付嬢は一枚の依頼書をエフィーリアの前に出した。
「近くの山の渓流で、キャンプ場を経営するっていう人がいたんですって。正式な営業をする前に、ハンターさん達に一度来て貰いたいって」
「……キャンプ、ですか?」
「ええ。リアルブルーでは自然を楽しむ行楽の一環としてキャンプの文化があるんです。こちらのオーナーさんもリアルブルー出身みたいで、魔導機を使ってリアルブルーのキャンプ文化を再現したみたいなんです。こっちの世界の人達からしたら物珍しいでしょうし、転移者の私達としても楽しめるんじゃないかなって」
「ふむ、蒼の世界の……」
「渓流はとっても冷たいですし、木々に囲まれてて空気も綺麗。川岸でバーベキューをしたり、泳いだりできるみたいですね。夜は星空も綺麗だって聞きますし、大勢で寝泊まりして時間を共有する……きっと楽しいですよ」
 言いつつ資料を渡していく受付嬢。キャンプ場の諸注意やレンタル品などを丁寧に解説していき、エフィーリアに楽しさを伝えている。エフィーリアも新たに触れる文化に興味が湧いてきたようで、なかなか乗り気で資料を読んでいる。
「資料を纏めるくらいなら私がやっておきますから、エフィーリアさんは一度ゆっくり羽を伸ばして来て下さい」
 にこっ、と微笑みながらそう言う受付嬢。エフィーリアはその依頼書を受け取った。
「……そうですね。お世話に、なります」
 こうしてエフィーリアはハンター達を募り、キャンプ場へと赴く事にしたのだった。

リプレイ本文

●静かで涼しい夏の渓流

 脚を踏み入れると、そこはもう空気が違うことを実感できる。うだるような夏の暑さを忘れさせてくれる、涼しくて静かな場所、渓流。ハンター達は此度ここに、納涼目的のキャンプをする為に訪れていた。
「――はい、これでチェックインは完了ですな。チェックアウトの時間は翌日の15時で頼みますぜ」
「はい。ありがとうございます……」
 やや小太りなオーナーの男性と受付を済ませたのはエフィーリア・タロッキ(kaz0077)だ。辺境の部族出身の彼女だが、ハンターオフィスに常駐している為、それなりに俗世慣れしている。とはいえリアルブルー由来のプレハブ小屋のような場所はエフィーリアにとっても物珍しく、興味深そうに見渡している。
「クリムゾンウェストの人達には新たな刺激を、リアルブルーの人達には懐かしき様式を、がこのキャンプ場の売りでさ。楽しんで下せぇ」
 にかっと気のいい笑顔をするオーナーに、エフィーリアも同じく口角をあげて微笑み返した。

 エフィーリアがハンター達にバンガローの鍵を渡すと、各々が自由行動になる。木々に囲まれた渓流は底が見える程に透き通っており、美しい水と新鮮な空気が心地よかった。
エフィーリアもまた水着に着替え、麦わら帽子と薄手のシャツを羽織ってキャンプ場を歩いていた。

「大自然の中でキャンプとは、なんだか昔の事を思い出すのぅ……」
 ヴィルマ・ネーベル(ka2549)は昔、森深くの屋敷に住んでいた記憶を思い出しながら、靴を脱いで岩に腰掛けながら、せせらぐ渓流に足を浸していた。
(あの屋敷は、もう廃墟になってしまっているんじゃろうが、な……)
 たまたま近くを通ったエフィーリアは、どこか翳りのあるそんなヴィルマのどこか翳りのある横顔を見かけ、どうしたのだろうと言った風に声をかける。
「……あの、どうかなさいましたか?」
「んぉ、そのあた、エフィーリアといったかの? いやなに、少し昔の事を思い出しておっただけじゃ。ほれ、川の水がひんやりして気持ちいいのじゃよ~」
 何も気にする事はない、といった調子ではにかみながら水をぱしゃぱしゃと蹴るヴィルマ。「では……」とエフィーリアも履物を脱いで、渓流に足を浸けてみる。
「……本当、です。とても冷たい……辺境ではこのような場所はありませんでしたから、新鮮ですね……」
「辺境は寒そうじゃからのー。夏季の暑い時期に、冷えた川の水に触れるという体験もそう無かったのじゃろうの」
 冷たい水を興味深そうにぱしゃぱしゃ、とかき分けるエフィーリアと、それを楽しげに眺めるヴィルマの近くに、アイビス・グラス(ka2477)が近寄ってきた。
「や、エフィーリアさん。お取り込み中だったかな」
「おや……アイビス様」
 水着に身を包んだアイビスが手を振りながらエフィーリアに近寄る。
「よいよい。我はこれからゆっくり釣りをするところじゃ。構う事はないぞ~」
 言いつつ釣具を取り出し、にかっと笑うヴィルマ。エフィーリアはぺこりと会釈すると、アイビスに向き直る。
「何でしょうか、アイビス様」
「いやさ、折角一緒にお休みできる機会が来た事だし、一緒に遊ばない? ってね。水が冷たくて気持ちいいし、ちょっと渓流を探検したりしてさ」
 アイビスはエフィーリアとは面識があり、何度か依頼の説明を受けているが、こうして共に休暇を楽しむ機会は初だ。エフィーリアは快く返事を返す。
「ええ、喜んで。……私もこの日の為に、水着を買って参りましたから……」
「あ、今着てるそれ?」
 アイビスがエフィーリアのシャツの隙間に視線を落とす。エフィーリアの水着はフリルのついたビキニタイプだ。いつもはローブで着痩せしているだけか……とアイビスが思わず目を奪われてしまう。
「うん、とても似合ってるわ」
「ありがとうございます。では……お付き合いさせて頂きますね」
「可愛らしいですのーっ♪」
 そんな二人のやり取りに、笑顔で近寄ってきたのはチョココ(ka2449)。彼女もまた水着姿だ。
「あら、初めましての方でしょうか」
「はいっ、はじめましてですわ、エフィお姉さま、アイビスお姉さま。チョココ、と申します。以後お見知り置きを、ですの」
「元気な子ね。どう、一緒に遊ばない?」
 アイビスの提案に、チョココはぱっと笑顔を輝かせて答える。
「いいんですのっ!? 是非是非、ご一緒して欲しいですのー! 早速泳ぎますの!」
 チョココはそのまま笑顔でざぶーん! と渓流に飛び込んだ。少し深くなっている所に大の字で飛び込んだチョココは「きゃー! 冷たいですのー!」とはしゃいでる。
「あ、ちょ、まずは準備運動ー……って、遅かったかぁ」
「ふふ、元気なのは良い事ではないですか……」
 言いつつゆっくりストレッチして身体を解すアイビスと、微笑ましそうにチョココの様子を見るエフィーリア。やがて二人も渓流の深い所まで入っていく。胸元まですっかり水に浸かっている状態だ。
「それにしても本当に冷たいわね。山の水は綺麗で冷たいって聞くけれど」
「ええ、本当に……水の外が暑いので丁度良い納涼になりますね」
 流れる清流が身体の中の熱を洗い流してくれるようだ。そんな心地よい水温に涼みつつ上流していくと、足がつかなくなってウォーターウォークで水の上を走っていたチョココが声を張り上げる。
「わ、見てくださいですの、あれー!」
「ん? どうしたの……って、これは」
 チョココが指さしたそこには、切り立った壁が反り返り、洞窟のようになった場所があった。水に映る太陽の光が反射されて、壁にキラキラと美しい光の紋様が浮かび上がっている。
「凄いわね。プラネタリウムの中にいるみたい」
「このような素敵な場所も、あるのですね…」
 夏の強い日差しと、渓流の澄んだ水が創りだした大自然の美。エフィーリア達は改めて雄大な自然に感動を覚えたのだった。
「……よし、綺麗な場所も見つけられたし、あとは泳いで競争しない? ここからさっきの場所まで、先に戻った方が勝ち。どう?」
「わー! 面白そうですの♪」
「よし、それじゃあ……って、エフィーリアは泳げる?」
 アイビスの問いかけに、エフィーリアは頷いた。
「ええ、水泳の仕方も一応は体得しておりますので。……競争自体を、そこまでしたことはありませんので、些か気後れはしてしまいますが」
「気後れなんて考えない。競争は本気で勝ちに来てくれなきゃ嘘よ」
「は、はい。……では、不精エフィーリア、精一杯お相手させて頂きます」
「わたくしも負けませんのー!」
 そうして3人は、アイビスの合図で一斉にスタートを切る。勝敗の行方や如何に―――!



「ん……かかったか、よっと」
 ピクピクと竿が震えるのを感じ、ザレム・アズール(ka0878)は竿を引く。糸を、竿を伝って伝わる振動、魚の息遣いを心地よい。そんな魚との会合を楽しみながら、ゆっくりと竿を上げると、水からばたばたと暴れる川魚が引き上げられた。
「ん、なかなかいいサイズだ。焼いて食うと美味そうだな」
 丁寧に口から針を外し、バケツに入れる。バケツの中には既に釣った魚が何匹か泳いでおり、なかなかの収穫にザレムは機嫌良く次の餌をつけ、再び川に糸を垂らした。
「このへんですかね……おや?」
「ん?」
 背後から聞こえた声に振り向くと、そこには釣具一式を携えたエルバッハ・リオン(ka2434)が歩いてきていた。
「やぁ、あんたも釣りかい?」
「ええ。良く釣れそうなポイントを探していたのですけれど……どうやら先客が居たようですね」
 さりげなくザレムのバケツの中を覗きこむエルバッハ。大漁といった雰囲気に、興味深そうな視線を落としている。
「ああ。だが折角だから一緒にどうだ? ここは良く釣れる。一人くらい増えた所で問題はないさ」
「良いんですか? なら、折角なので」
 ザレムの誘いにを承諾したエルバッハは、近くに釣具を置いて準備を始める。そうしている間にもザレムの竿が再び震え、ヒットした魚が釣り上げられる。
「本当に良く釣れるのですね……では」
 準備を終えたエルバッハもまた餌を川に落とす。

「…………」
「…………お、釣れた」

 それから暫く時間が過ぎた。相変わらずザレムの方は好調なようだが、エルバッハの方は何故かさっぱりだ。
「おかしいな……餌も同じの使ってる筈なんだがな」
「こういう事もあるんですね……ふぁ……」
 不意に欠伸を漏らすエルバッハ。その様子を見てザレムが「手持ち無沙汰だと暇だよな」と何気なく言葉を投げかける。
「うぅん、依頼での突入の為の待機とかなら平気、なんですが……何故か、釣りだと退屈で眠くなります……」
「緊迫した場とは違うだろうからなぁ」
「かもしれませんね……この平穏な雰囲気のせいやもしれません……あ」
 そんなやり取りをしていると、エルバッハの竿に反応が。待ってましたと言わんばかりに竿を握る手に力を込め、丁寧に竿を引き上げる。
「やっと釣れまし、た……」
 歓喜の言葉が尻すぼみになる。というのも、釣り上げられた魚がとても小さい。まだ成魚未満といった感じだ。
「……流石に、食べるのは可哀想ですね」
 エルバッハは魚を引き寄せ、口から針を外して川に返してあげる。
「ま、こんな時もあるよな。そろそろ飯の時間だし戻るか。沢山釣れたし何匹かご馳走してやるよ」
「ん……ありがとうございます」



「よし、このあたりでいいかな……」
 そんなザレム達とはやや離れた釣りスポットで首を傾げているのはキアーラ(ka5327)だ。彼女は「折角川に来たんだからお魚が食べたい」と考えた……は、いいが、釣りをしたことない彼女はいざ釣りスポットに辿り着いて、どうしたものかと考えていた。裸足を川に浸からせてる彼女の足の近くをついっと魚が横切っていくのを見て、ふっと思いついたのは……。
「……いざ、手掴みチャレンジ」
 そう、手掴みだ。彼女の浸かっている川は流れも殆どなく、それに浅い。魚もあまり警戒した様子はなく近寄ってくる為、不可能ではない。そっと息を潜め、魚が近寄ってくるのを待った。
「……そこだっ」
 魚が射程距離に入ったのを確認し、ばっと飛びつく! バシャーン! と水しぶきをあげて身体ごと川に突っ込み、その手で魚を掴み取ろうとして……!
「……逃げられたぁ……!」
 が、駄目……! 見事にするりとすり抜けて逃げられてしまった。
「むぅ、でも諦めない……」
「その意気や良し!」
 急に頭上から聞こえてきた声にびくぅ! と肩を震わせるキアーラ。上を向くと、岩肌に仁王立ちで立つ小柄な少女が一人そこにいた。アルマ(ka3330)だ。
「……なに、してるんです?」
 岩肌で見下ろす彼女に、キアーラはおどおどと問いかける。
「うむ。キャンプといえば自然の美味い空気の中で食べる美味な料理こそ相場が決まっておる。そしてお誂え向きの渓流がここにあるではないか! ならば、この宝庫から馳走を持ち帰って喰らう事で、キャンプを満喫しよう! ……と考えたのじゃが」
「じゃが?」
「このアルマも、釣りの経験は無かったのじゃ!」
 ばーん! と高らかに宣言するアルマ。「あ、友達になれそう」とキアーラは密かに意気投合する。
「という事で……アルマの胃袋に入る馳走共よ、勝負じゃっ!!!」
 バッ! と岩肌を蹴り、勢い良く川へと飛び込むアルマ。その瞳はしっかりと獲物を見据えており、目標へ一直線! 外す道理はない!
「あ、待って、ここ浅……!」
「ぐはぁ!?」
 浅い、と言おうとする前に川底へ激突するアルマ。完全に捕捉していた魚にもするっと逃げられてしまう。
「ふ、ふふ……なんのこれしき! 美味い馳走の為ならば例え火の中水の中! 負けはせぬわ!」
「確かに実際に、水の中に突撃してますね……」
 強打した顔面に構うことなく、ばっしゃんばっしゃんと魚と格闘するアルマ。その懸命な姿に勇気を貰い、改めて水面を泳ぐ魚を狙い始めるキアーラ。
「……そこっ!」
 ばしっ! とキアーラが飛びつくと、アルマの動きに翻弄されていた魚が見事、キアーラの手中に収まった。
「おぉなんと、見事じゃ! アルマも負けてはおれんのう!」
 キアーラに賞賛を送りつつ、アルマも魚との戦いを継続する。やがて動きが一瞬鈍った魚の隙を見つけ、ばしっとそのボディをキャッチした。
「ふはははは、とったぞー!」 
 高らかにその魚を掲げるアルマ。その様子をキアーラもまた拍手で賞賛する。こうして釣りが出来ない二人の手掴みチャレンジは、苦闘の末に戦果を挙げたのであった。
 


「おっ、このあたりとか面白そうじゃないッスか?」
「わ、すごい……綺麗……!」
 大きな岩場に登って見下ろすと、そこは小さな滝と、滝壺があった。流れ落ちる水の激しさとは裏腹に、溜まった水は透き通っており、綺麗なエメラルドブルーの水色が太陽に照らされてキラキラと輝いている。そんな場所に訪れたのは長良 芳人(ka3874)と水着姿の逢見 千(ka4357)だ。
「暑かったけど、ここは涼しくていい感じ! ねえ、早く水に入ろう?」
「おう、行くッスよ!」
 ばっと上着を脱ぎ捨て、短パン姿になった芳人。「せーの!」の掛け声で二人一緒に飛び込む。大きな音を立てて水が跳ね、透明の水の中に二人揃って沈む。水の中ですら互いの姿が見える程だった。そうして二人共が水面に浮上し、顔を出す。
「ぷはっ、とっても綺麗! それにすごく冷たくて気持ちい……きゃっ!?」
 突如として顔に水をかけられて驚く千。芳人が手で作った水鉄砲で水を飛ばしたのだった。
「にしし、油断大敵ッスよ! 逃げるッスー!」
「もー、やったなー!」
 水を引っ掛けてすぐに踵を返して泳ぎ逃げる芳人。負けじとそれを追って泳ぐ千。深い所が続くこの場所は長い距離を泳ぐのに最適だった。
「このまま競争ッスよ! 子どもの頃は激流相手に酒の如く泳いでた俺を捕まえられるッスか!」
「だったらその鮭を捕まえる熊が私だー! 負けないよ、覚悟しろー!」
 お互いに凄いスピードでの競泳。逃げる芳人と追う千。両者互角に見えたその勝負だったが、後ろに一瞬気を取られた芳人が僅かに遅れる。
「そりゃー!」
「うおうっ!?」
 千足首を掴まれて水中に引き込まれる芳人。水中でふざけて取っ組み合ってるうちにやがて浅い所に辿り着き、二人揃って浜に打ち上げられたような形になる。
「げほげほ、あっちゃー、負けちまったッスね」
「ふっふーん、今日のところは私の勝ちだからねっ」
 子どもっぽく無邪気にはにかむ千の顔を、芳人は横たわったまま、どこか眩しそうに眺めているのだった。


「んぅ、窮屈です……」
 ユズ・コトノハ(ka4706)は、初めて着る水着を少し窮屈に思っていた。フレアトップビキニとショートパンツという、可愛らしくも活動的な出で立ちだ。
「……ユズ、似合ってる」
『』(ka5379)も同じく水着姿だ。こちらはモノクロ調のタンキニで、大人しい雰囲気ながら可愛らしさを演出したチョイスとなっている。
「二人共ごっつ似合ってるでー! 二人の可愛さにぴったりやー!」
 そんな二人の背後からわしっと抱きついて身体を寄せるのは城郷 菘(ka4384)。二人の水着は菘が一緒に買いに行って選んだものであり、そんな二人の様子を見てご機嫌な様子だ。
「勧められるままに買ったものですが……うん。城郷さんとナナシさんが似合っているというのならば、そうなんでしょう」
「……私はそういうのわからないから。でも、スズナが喜んでるなら、いい」
 抱き寄せられるも為すがままにされる二人。身体を密着させて十分なスキンシップを楽しんだ菘は、少し高い場所にある岩場にそのまま二人を連れていく。
「よっしゃ、ダイブやーーーっ!」
「わ……っ!?」
「……っ」
 そうして二人を抱えたまま、渓流の深くなっている場所へ飛び込む菘。当然腕を絡められた二人も一緒になって水の中へと飛び入る。足もつかない程に深い場所で、3人は透明な水の中に沈む。水泡が晴れたタイミングで3人は同時に水面から顔を出す。
「ぷはっ、もう、飛び込むなら飛び込むって先に言って下さいよ」
「あはははっ! ええやんええやん! 折角の休暇やねんから羽目外さな!」
「……ひんやり」
 水面から顔を出し、ふるふると頭を振って狼のように水を飛ばすユズ、すっかりテンションの上がった菘、ぷかっとマイペースに身体を浮かばせている『』という組み合わせだ。
「くぅーっ、冷たくて気持ちええな! ほらほら、いくでー!」
「ぷぁっ……いきなり水をかけないで下さ……ってナナシさんも……!」
「こういうものだと思って」
 菘がユズに思い切り水をかけ、『』もそれに便乗して水をかける。二対一の構図だ。ユズはたまらず反撃をするものの、数の利をとられてる以上濡れ鼠になるしかなく、堪らず水中に潜ってやり過ごそうとする。
「逃がさんでーっ!」
 菘も同じように潜り、潜っているユズを背後から捕まえ、抱き締める。
(……っ!?)
 そうして捕まえたどさくさ紛れに、わしわしとユズの胸を揉む菘。突然の事に驚いたユズは、暫く硬直してされるがままに揉みしだかれる。
「にゃはははっ、役得役得っ」
「……っ……!」
 水面から顔を出し、満足といった笑顔を振りまく菘と、真っ赤になって視線で抗議するユズ。『』はそんな様子を、気ままに水に浮かびながら眺めていた。


「……うん、こうしてゆっくり出来る、というのは……良いですよね」
 天央 観智 (ka0896)は渓流近くの木陰にて、ハンモックに横になって揺られていた。木の葉で常時木陰になるその場所は夏の暑さを幾分か和らげてくれる。渓流から吹き抜ける涼やかな風が頬を撫ぜ、静かに流れるせせらぎのが耳にも涼しげな音を届けてくれる。
 のんびり、ゆったりと森林浴。ふと横を見れば、岩と岩の隙間を流れてゆく透き通った水が自然の美を表現しており、流れの緩やかな場所には、ここからでも底が見える程に美しい水が溜まっている。
「素敵な場所ですね。遊ぶのもさぞ、楽しいでしょう」
 時折視線をそこかしこへ投げかける。水遊びをしている人達や、釣りをしている人達が見える。それぞれが楽しんでいる姿を、観智はのんびりと眺めていた。戦いの場から離れ、日常から切り取られたこの時間を、この景色を。慈しむように、静かに、のんびりと目に映していた。
「あぁ、少し眠くなってきました。……心地良い風に抱かれて、このまま微睡みに落ちてしまうのも……贅沢な時間の使い方、ですね……」
 そうしてすっと、目を伏せる観智。涼しげな川の音、木の葉の揺れる音。大自然の子守唄を聞きながら、静かに夢の世界へと落ちていった……。



「おーし真司、いい火加減になってきたぞこらぁぁぁぁぁぁっ! どんどん具材持ってこい!」
「まだ切れてねぇよ。もうちょっと落ち着け」
 キャンプ場の中心部、川に面した場所でバーベキューコンロを出し、木炭をこれでもかというテンションで扇いでいる紫月・海斗(ka0788)と、肉や野菜を包丁で丁寧に仕立て上げている柊 真司(ka0705)がいた。真司は切った野菜と肉に串を通してゆく。
「ほら、出来たぞ」
「よっしゃぁっ! 火力は既にMAXだ! アツくいくぜー!」
 コンロの上に敷かれ熱された網に串を置くと、じゅわあっと心地よい音と香ばしい香りを発し、肉が、野菜が焼けていく。
「まだまだスペースに余裕はあるぞ! どんどんもって来い! 」
「はいはい、鋭意準備中だから焦がさないようにしてくれよ」
 夏の熱気にも負けないアツいソウルで串焼きを焼いていく海斗と、冷静な職人気質でそれの補助をする真司。肉特有の腹の減る匂いがあたりに漂っていく。
「……おや、真司様に……海斗、様?」
「あら、バーベキューかしら」
「いい匂いですのーっ♪」
 水浴びから帰ってきたエフィーリア、アイビス、チョココがそこへと合流してきた。
「おうらっしゃい! 遠くから見てねーでこっち来て食え食え! ってかエフィーリア嬢ちゃんスタイル良いんですけどー! すっげぇ水着似合ってるぜ! 眼福イェアー!」
「え、えっと……ありがとう、ございます?」
「なんだろ、セクハラ発言なのに無駄に清々しいわ……」
 海斗の正直かつ熱く滾るパッションに気圧されつつ、なんとなく褒めて貰える事に対して礼をするエフィーリア。アイビスがやや冷めた目で海斗を見ながらも、差し出されたバーベキューの串を受け取る。
「よ、エフィーリア。うるさくてすまねえな。良かったらこっち、手伝ってくれないか?」
「あ、真司様……はい、喜んで。……何をお作りになってるんです?」
 真司に呼ばれたエフィーリアは調理している場へと赴く。そこでは真司が丸ごとの丸鶏を用意しつつ、野菜を切っていた。
「ローストチキンっていうんだ。蒼の世界の料理なんだが、ついでに作り方も教えるぜ」
「ほう、蒼の世界の料理、ですか……」
「あぁ、この切った野菜を鶏の中へ詰めていってくれ」
 真司が均等に切った玉ねぎやジャガイモ、人参を差し出してくる。エフィーリアは丸鶏のお腹の中へ、教えられるがままに具材を詰め込んでいく。
「あとはクレイジーソルト、胡椒で味付け、風味付けしてっと……。こっちに用意しておいたバーベキューグリルで、蒸し焼きにしよう」
 熱したグリルに仕立てた丸鶏を置き、蓋をする。
「成る程……美味しそうな料理ですね。丸ごとの丸鶏を使うのは少し吃驚しましたが、味付けを見ていると理に適っていて」
「あぁ、昔作った記憶を思い出しながらなんだがな。旨く出来てるといいんだが。……エフィーリアの故郷では、どんな料理を食べてたんだ?」
「タロッキ族は北方の、辺境の中でも更に辺境でしたからね……寒さの中でも逞しく育つ穀物を使ったパンや、雪の中でも育つ木の実、鹿、猪の肉を使ったお鍋などがが主でした」
「へぇ……北方の山脈は雪が多くて大変だと思ってたが、成る程。住んでる以上やっぱりちゃんとした食文化もあるんだな。いつか是非食べてみたいよ」
「ええ、落ち着いたら是非タロッキまでお越し下さい。真司様ならば、歓迎しますよ……」
「おーい! こっちもめっちゃ焼けてるぞ! 話してねーで、待ってるなら食ってけ! むしろ嬢ちゃん、ちょっとお酌してくれねーか!」
 話してる所へ飛び込んでくる海斗の声。エフィーリアは苦笑しつつも海斗の方へと行き、お酒をグラスに注いでお酌してあげることにした。
「おっとと! ありがとよ嬢ちゃん! やっぱ美人にお酌して貰うと酒は何倍もうめーしな!」
「それは、何よりで。……美人かどうかは判りかねますが」
 グラスをぐいっと煽り、中の酒を零しつつも豪快に飲み干す海斗。見事とも言える飲みっぷりに、エフィーリアも思わずおお……、と感嘆の声を漏らす。
「っかぁーうめー! くぅー、暑い中、美人と美味い酒と飯! 最高だな! 明日からのやる気になるぜい!」
 豪快に飲み、豪快に食べ、豪快に笑う海斗の溢れ出るパワーに、エフィーリアを始めとする周囲に居る皆も不思議な活力に包まれる。
「海斗おじさま、とっても美味しいですのー♪ お肉に野菜、沢山食べましたわー! わたくしも、食材としてリンゴを持参致しましたの! お返しに焼きリンゴをご馳走しますわね!」
 チョココが荷物から取り出したリンゴを切り、バターやハチミツなどで下拵えをしていく。
「あら? もうバーベキューは始まってしまっているのですかね」
「丁度いいな、これも焼いてくれないか」
 そこへエルバッハとザレムもまた合流してくる。大漁の魚をバケツごと海斗に渡す。
「おうイキのいい子が揃ってるじゃねーですかよぉ! 任せとけ、こんがり美味く焼いてやっからな!」
「アルマも捕まえてきたぞー!」
「ん、えっと、わたしも……」
 そこへ更にアルマとキアーラも、手掴みで捕ってきた魚をそのまま持ってきた。あれから粘りに粘った二人は、満足のいく大きさをした魚を厳選し、持参してきたのだった。
「これじゃあコンロが足りねえな。折角の川魚だし、焚き火で丸焼きにする方が旨そうだ。エフィーリア、ローストチキンはまだかかりそうだし準備手伝ってくれるか」
「ええ、勿論です……」
 その様子を見ていた真司が別の方法を提案し、エフィーリアもそれを手伝う事にした。


「……ふぁ、良い匂いが匂ってくると思えば、バーベキューをしていたのですね」
 微睡みから目を覚ました観智が、あたりに漂う肉や野菜、魚の焼ける匂いに気付き、バーベキューしているところを眺めている。
「はむはむ……なかなか美味く焼けたの……およ?」
「おや」
 木に刺した魚の丸焼きを両手に持ったヴィルマが、観智の近くを通りかかった。
「心地よさそうな場所で眠っておるのう。我も後でハンモックを用意するかのう」
「ええ、この場所はなかなかにお勧めですよ。近くにも木がありますし、試してみては?」
「よし、そうするかのう。そうじゃ、折角じゃから我の釣った魚、食わんか?」
 ヴィルマが持っていた焼き魚を観智の方へと差し出した。丁度腹が減っていた所に渡りに船だと、感謝をしながら観智は焼き魚を受け取った。
「ありがとうございます。……わいわいと騒ぐ渦中に入るよりは、のんびりとマイペースに楽しそうなのを眺めている方が性に合っているようでね」
「うむ、自分なりに愉しめばよいのじゃ」
 魚を齧りつつ、にししと笑うヴィルマ。彼女もまたマイペースに釣りに水遊びなりを堪能していたのだった。



 やがてバーベキューは様々な料理が立ち並ぶ。串で通したバーベキューに、真司特性のローストチキン、魚の丸焼き、チョココの焼きリンゴなど、ハンター達の工夫が集約し、バラエティに富んだ内容となっていた。
 皆でわいわい、派手に飲み食いしながら夏を楽しんでいる様子を見て、エフィーリアが思わず笑顔を見せる。
「ふふ……素晴らしい活気です。……キャンプとはこんなにも、楽しいエネルギーに満ち溢れているのですね」

 夏の暑さ。だが、それ以上に熱く、活気づくハンター達。暑さを忘れてしまう程の楽しげな活気を、エフィーリアは愛おしそうに眺めているのだった。



●夏の夜空に咲くものは

 昼も終わり、日は落ちる。やがて夜の時間が訪れる。しかし、キャンプはまだまだこれからが本番だ。昼ほどの活気はなく、夜の静かな時間、普段は寝静まるだけの時間だが、仲間と娯楽として寝食を共にするこの時間は……熱に浮かされるように、夢の中に踏み出すように、眠らずに楽しもうとする人達が居た。バーベキューの場所では焚き火を明かりに、ゆっくり酒を嗜んでいる者もいる。
 そんな場所から離れた場所。シャルル=L=カリラ(ka4262)が渓流に添って歩いていた。
「夜の渓流も、綺麗ダ……まさにこの僕にうってつけの舞台、と言っタ所かな」
 目を閉じ、川の流れる音を耳を通して自分の中に流し込んでゆく。大自然が奏でるリズムを堪能しながら、ゆったりと川の淵を登っていく。
「まぁ、これで隣に誰か居てくれたら言うこと無いケド……今は、この川が一緒に居てくれル」
 せせらぐ音を愛おしそうに身体の中に迎え入れ、月明かりを映し出す水を、恋人を見るような視線で愛でるシャルル。そんな鏡のような川にふと、とある人物の姿を映し出した。
(そういえば……この前、出会ったあのコは今頃、どうしてるカナ。この星空をキラキラと移す川のような瞳をした、あのコ……)
 シャルルは以前出逢った、吸い込まれるように美しい瞳の少女を思い出し、その姿に思いを馳せていた。この川の水はまるで彼女の瞳のよう。星を、月を、木々を、人を映し出す、鏡のように清廉で、光のように輝く。惹き込まれる程に美しく、蕩けてしまう程に夢中になる。だが、今ここにその彼女はおらず、あるのはただ……少女に似た、川の姿だけだ。
(また……会えたらイイよね。ま、新しい出逢いも尊く、美しいモノだけケド)
 くすっと苦笑し、少女の幻影を流れる川の水に溶かしていく。近場の岩に腰を下ろしたシャルルは、ギターを取り出した。こんな夜は、一曲弾いてみたくなる。
 そうして、静かなギターの旋律に乗せて、穏やかで優しい音色が紡がれる。唄声が山の中へと溶けていき、この瞬間、シャルルは自然と一体化する。キャンプ場中に、静かに響き渡っていった。

 このキャンプ場の中心には大きな組み木があり、夜暗くなると、オーナーの計らいでこの組み木に火がつけられ、大きなキャンプファイアがキャンプ場の灯りになる。周囲には木で作られたベンチが配置されており、ここで静かで暖かな夜を過ごす人も居た。
 キャンプファイアの近くで舞いを披露している十色 エニア(ka0370)もその一人だ。端正な容姿でのエニアがふわりふわりと舞い踊る。その様子を皆は堪能し、美しさに思わず溜め息を漏らした。
「……素晴らしい舞でしたよ、エニア様」
 やがて舞が終わり、ぱちぱちと拍手をするエフィーリア。戻ってくるエニアを隣に迎え、感想を伝える。
「ん、ありがとね~。前に酒場で踊った時に比べたら遥かにマシだけど、やっぱり人に見られると恥ずかしいね」
 やや朱に染まる頬をぽりぽりと掻きながら、照れくさそうにはにかむエニアは、そっと荷物からワインを取り出した。
「どうかな、付き合ってくれない?」
「ええ、喜んで。お供させて頂きます……」
 とくとく、とグラスに注がれる濃い色の酒。同じくエニアの取り出したクッキーを肴に、二人で乾杯をした。
「んー……なんだか綺麗な音色が聞こえてくるね。誰か弾き語りしてるのかな~」
「かも、しれませんね……。この静かな渓流に溶け込むような、優しい音色……」
 目を閉じ、仄かに聞こえてくる音を堪能するエフィーリアの横顔を眺める。静かに過ごす夜の時間がゆっくりと流れていく。交わした言葉は少ないけれど、それでも二人の間では確かな感情の交換が行われていた。
「……ふぁぁ……」
「ん……眠い、ですか? 無理せず、戻った方が」
「うぅん、だいじょうぶ……もうちょっと、お話してたいし……んゅ……」
 こくり、こくりとエニアが船を漕いでいる。昼間も水遊びをしたり騒いだりして、すっかり疲労が溜まっているのだろう。エフィーリアは心配そうに見ている。
「……ふにゃ」
 ぽすっ、と横に倒れるエニアを、慌てて受け止めるエフィーリア。完全に寝落ちてしまったようだ。
「…………」
 エフィーリアはそっと、エニアの頭を自らの膝に乗せて横たえる。そして
「……いつも、ありがとうございますね。……おやすみなさい……」
 他の誰にも聞こえないように小さく、そう呟いたのだった。


 
眠ったエニアをバンガローまで送り届けて、キャンプファイアまで戻ってきたエフィーリアに二人の巫女が話しかけてきた。星輝 Amhran (ka0724)とUisca Amhran (ka0754)の姉妹だ。
「よう、エフィーリア、こんばんはじゃ! 良い夜じゃの!」
「こんばんは、エフィーリアさん」
「キララ様、ウィスカ様……ええ、こんばんは……どうしたのですか?」
 木の椅子に腰掛けるエフィーリアの前に、ずいっとグラスが差し出される。咄嗟の事につい反射的に受け取ると、そのグラスにお酒が景気良く注がれる。
「あの……?」
「乾杯じゃ!」
「か、乾杯です」
 いつの間にか持っていた星輝のグラスに、反射的に乾杯を返すエフィーリア。ぐいっと勢い良く酒を煽り、星輝とウィスカも対面するようにエフィーリアの近くに座る。
「エフィーリアさん、アルカナについて少し話しませんか?」
「折角の休暇じゃが、会える機会もそう無くてのう。今のうちに話し合っておきたいのじゃ」
 アルカナ、という単語が聞こえてきて、エフィーリアはすっと顔を引き締めた。自分は休暇に来ているつもりだったが、こうしてハンターの方が気にかけてくれている以上、当人たる自分が気を抜いていては居られないと、本来の性格が暫しの仕事モードに移させた。
「『愚者』が話してた事……報告書を呼んで独自に考察したのです」
「『世界』の力。全てが終わると『愚者』は言う……かや?」
「……そうですね、『愚者』は確かに、そう言いました。どういう意味かまでは、推し量ることは出来ませんでしたが」
 エフィーリアは以前『愚者』と話し合った事を思い返しながら答える。
「私の仮説ですが、アルカナを封印した英雄さんが『世界』ではないでしょうか。もし、その封印が解けた時、他のアルカナが全て目覚め……『世界の終わり』となるのでは、と」
「いえ、それは無いでしょう。……伝承にある『アルカナ』はどれもこれもが厄介な力を持ってはいますが、それら総勢を束ねても、世界全てを塗り替える程の力は無い筈です。故に『愚者』の言葉の意味を捉えるならば、もっと別の……言葉では説明しえない脅威があるのではないかと」
「同じく『愚者』が言っとった事じゃが、彼奴らの目的は『未来を奪う』じゃったかの、これは『世界』の正位置の意味たる『完璧』を『闘争終えぬ世界の成就』として表しておるのかもしれん」
「それは、どういう事でしょうか」
「彼奴らの目的が『殺戮』なれば、人がおらぬ世界では存在意義がないという事じゃろう? 人がおらねば殺せぬからの。故に、常に戦いが終わらぬ世界……それを目指しておるのではないかのう」
「……どうでしょうね。あれらの目的が単なる闘争ではない……と思うのです。奴らは時に、特殊なルールを敷いてこちらと戦いますが、それは何か……単なる『戦い』を求めてるだけならば付加価値のない戦いをすべきではないでしょうか。私は……ああいった性質に何らかのメッセージがあるような、そんな気がするのです……」
 そこまで話した所で、エフィーリアに声がかかった。
「やぁやぁ、駄目ですぜ、こんな所で仕事の話しちゃな」
「オーナー様……?」
 エフィーリア達の近くに来たのは、このキャンプ場のオーナーだ。キャンプファイアはオーナーの運営であるが故に、こうして時に見回りをしにきているようだ。
「休暇ってなァ、仕事からスパッと切り替わって楽しんでるからこそ意味があんですよ。気持ちをスッキリ切り替えて次の仕事に臨む為の準備だ。その途中で仕事挟んじゃぁ、効果も半減ってもんでしょ」
「う、それは……」
 言われて、エフィーリアも黙りこむ。そもそもの話この休暇自体が、受付嬢が気を利かせて根詰めすぎていたエフィーリアを休ませる為の提案ではなかったかと思い返した。
「休暇中の仕事の話は、仕事中にサボってるのと同じさ。休む時は休む、仕事する時は仕事する。オンオフの切り替えはメリハリつけて、な」
 そう言って、オーナーは去って言った。
「……すみません、アルカナの事についてはまた改めて、機会を設けますので。……私も気にならないといえば嘘になるのですが……」
「いや、こっちこそすまぬの」
「考えてみれば、休む為の休暇ですものね……」
 星輝とUiscaもそれ以上の言及はせず、残った夜の時間はエフィーリアと共に酒を飲み交わして楽しむ事にするのだった。



「なんだか綺麗な音色が聞こえてきますね」
「ギター……?」
 シャルルの演奏が渓流の風に乗ってやってくるのを耳にして、ユズと『』が静かに耳を傾ける。
「誰かさんが洒落た事してくれてんやろうかなぁ、静かな夜の雰囲気にマッチしててええわぁ」
 そして菘もまた同じ場所にて、音楽に耳を傾けていた。ここはキャンプファイアの場所。エフィーリア達とは反対側の位置だ。
「星の綺麗な夜やなぁ、晴れた夜っちゅうんはほんまに幻想的やわぁ……」
 菘が空を見上げながら呟く。かつてリアルブルーに居た頃よりも鮮明に見える星空の綺麗さに、心が洗われるようだった。
「私は辺境以外の世界を、殆ど知りません。出会う全てが新鮮です」
「……私も、何もないから」
 ユズも『』も、出会う事柄全てが初体験のようなものだ。故に今回渓流で水遊びをしたことや、こうして娯楽としてアウトドアを楽しむ事もそうそうなかったのだろう。
「二人共こう、若いのに色々抱えてて大変やさかいなぁ……若い時分はな、やるときはきっちりやってそれ以外は好きなことやればええんや」
「好きなこと……」
「せやせや。根詰めすぎはよぉない。ま、いざとなったらウチがスキンシップで癒やしたるけどなー……?」
 菘が手をわきわきと怪しい動きをさせてニヤリとする。ユズは昼間の事を思い出して思わず胸元を隠し、『』は何故か同じように手をわきわきさせている。
「……ま、冗談はさておき、こう、星空の下でキャンプファイア囲いながら話する、って。ウチにとってもそうそうない経験やしな。こう、小さな宴って感じでなぁ」
「小さな宴といえば……月にまつわるお伽話が、私達の間で伝わっていますね」
 ん? と、何気ない一言から繋がって出たユズの言葉に耳を傾ける菘。
「満月の夜に、龍と狼が開く小さな宴。その絆を確かめ合い、心を通わす逢瀬の時間。それが私達、コトノハの始まりです」
「心を通わす逢瀬の時間、絆を確かめ合う、かぁ、なるほどな、今、この瞬間みたいやな」
「…………」
 菘の受け答えに、『』は不思議そうに首を傾げる。
「せやろ? 今この時間、ウチらはこうして一緒に話して、一緒の時間を共有しとる。気心が知れてるからこそ一緒に居たいと絆を実感してる。どや、今みたいやろ?」
「それは、確かに……」
 ユズの部族に纏わる話。龍と狼もまたこのように、気心の知れた仲間と共に何気ない談笑をしていたのだろうか。少なくとも菘はそう思ったからこそ、今の自分たちの力をその伝承に投影しているのだ。
「やから、ユズの部族が始まったみたいに……ウチらのこの時間もいつかは思い出になり、何かの礎になればいいんやないかなって……そう思うんや」
「城郷さん……」
 菘の言葉に深く頷きながら、ユズは感心した様子で受け答える。『』は、「思い出、か……」と小さく呟いていた。
「まぁ難しく考えんで、こうやって直接触れ合った方が繋がり実感できるけどな!」
 言うや否や素早くユズにむぎゅっと抱きつく菘。
「きゃ、っ……! し、城郷さんまたっ!」
「スキンシップスキンシップ~♪」
 わきわきと怪しく動く魔の手がユズに襲いかかる。彼女らの夜はまだまだ長いようだ。


 夜の山は静かに思えて、様々な音が聞こえてくる。川のせせらぎ、木々のざわめき。そして、虫の鳴き声だ。鈴虫の鳴き声も大自然のリズムの一つとして調和し、響き渡る音感が山の空気を彩っていく。
「いい雰囲気ッスねぇ……こうやってまったりするのもいいもんッス」
「夜の渓流も、なんだっけ、風情? はあると思うけど」
 芳人と千も二人でキャンプファイアの近くに居た。芳人が静かに虫の鳴き声に耳を傾けているのに対し、千は芳人の服の袖を引っ張って
「ね、それより花火しないかな、花火! ほら、売ってた!」
「あー、うん。そうッスね。よし、花火するッスよ!」
 花より団子な感じの千にやや苦笑しつつも、せっせと噴射型花火をセットしていく芳人。千はわくわくしながらその様子を見守っている。
「よーし、点けるッスよー!」
「待ってました!」
 芳人が着火していくと、導火線の燃える音が連続して聞こえ、そして一斉に噴射する。火がまるで光のシャワーのように吹き出て、種類によってはバチバチと点滅したり、色を変えたりしながら様々な演出が並行して披露されてゆく。
「わーすごい迫力っ! 打ち上げしか殆ど見たことないけど、こういうのも良いね!」
 間近で噴射花火を見てご機嫌になる千。今度は千も一緒になって多くの花火をセットし……そして一斉に着火!
「すごい! 綺麗ー!」
 色とりどりの火が夜の闇に閃光を放つ。地面から美しく噴き出るその様は、本当に花が咲くかのようだ。ひと通り堪能した千は満足といった様子で微笑んでいる。そうしてストックの花火が無くなるまで楽しんだ2人は、最後に残っていた花火に火をつけた。
「最後はやっぱこれだよね、線香花火」
「そうッスね。のんびりッス」
 パチパチ……と静かに点滅する線香花火。素朴で仄かな光が、小さく、されど確かに連続して光り続ける。
「花火、綺麗だねー……」
「そうッスね」
 そう言った後、芳人は一瞬だけ千に視線を移してから言葉を続ける。
「綺麗ッスね」
「うんっ」
 そうして千がこちらを向く前に、再び線香花火に視線を落とす。
 静かな夜の帳に、線香花火がパチパチと瞬く。
 まだ落ちないで、もう少し、もう少し。その綺麗な姿を見せていて。
 少しでも長く、その姿を眺めていたいから。
 夜を照らしてくれる、明るい光のような姿を。




 芳人と千が噴射型花火を楽しんで居た頃、同じ時間。ラディスラウス・ライツ(ka3084)とアリオーシュ・アルセイデス(ka3164)はもまたキャンプファイアの近くで、その様子を眺めていた。夜の渓流の散歩中、偶然近くに立ち寄ったのだった。
「おぉ、凄い……! あれがリアルブルーの花火なんですね。とても綺麗で鮮やかです。叔父上、見てますか?」
「ああ、見てるとも。見事なもんだ……」
 二人がセットしては点火し、その度に夜を切り裂く火の閃光が眩く景色を彩っていく。それを遠巻きながらアリオーシュとラディスラウスは二人で眺め、夏の夜を堪能していた。
「凄かったですね、叔父上。火も、あんなに綺麗な芸術になるんですね」
「あぁ、そうだな……」
 花火見物に折をつけて散歩を再開する2人。アリオーシュは新鮮な出来事を敬愛する叔父と一緒に見れた事を嬉しく思っているようだった。
 彼らは血縁上は叔父と甥の関係だが、ラディスラウスが幼い頃にアリオーシュを引き取った為に、親代わりとして世話をしてきた、言うなれば親子のような関係だ。
「こうしてお前が誘ってくれなければ、部屋に籠りがちな俺がこの景色を見ることはなかっただろう……ありがとうな」
「いえ、そんな……俺だって一緒に来れて嬉しかったですし……」
 互いに感謝の念を抱きつつ、ゆっくりと夜の渓流を散歩する。キャンプファイアから離れると、段々と光のない、暗闇が周囲を支配してゆく。極力森の中へは入らず、月明かりを頼りに夜の渓流を歩いていった。時折、街明かりのない夜空に煌めく星を眺め、星座を見つけては恒星の名前を思い出してみたり。のんびりとした時間を過ごしていた。
「……ふぁ、ん」
 出そうになる欠伸を噛み殺し、目を擦る。昼間、釣りや川遊びなどをしていたせいか、身体に溜まった疲労が、意識を睡眠へと引っ張っていく。
「そろそろ帰って休むか?」
 ラディスラウスがその様子を察して帰路を促すが、アリオーシュはラディスラウスの服の袖をきゅっと握って首を横に振る。
「やです……まだ遊ぶ……」
 まるで幼い子どもが寝たくないと親に言うような仕草で帰るのを渋るアリオーシュ。そんな姿が彼の幼い頃のままで、思わず苦笑するラディスラウス。
(最近酒を酌み交わした時は、大人になったなと思ったんだが……)
 我が子と酒を飲むというのは、親にとっては一つの理想のようなもの。それを叶えてくれたアリオーシュは立派になったものだと思ったが、やはり根っこの部分は変わっていなくて。同時に、どれだけ経っても変わらぬものがあるという実感をくれる。嬉しいような、ほっとしたような、呆れたような、何とも不思議な感情だ。
「今日だけじゃないさ。これからもまた、いつでも来れる。またの機会にまた来よう、な?」
 ポンポン、と頭を叩いて宥められ、アリオーシュは渋々それに頷いた。そうして、二人は帰路につく。
 アリオーシュは本当は、幼い頃のようにおんぶをして連れ帰って貰いたかった。だが、いつかは独り立ちしなくてはならない。いつまでも子どものままではなく、自らの成長した姿を見せる事。立派な聖騎士になる事が、ここまで育ててくれた叔父の厚意と、愛情に報いる事。そう自分に言い聞かせて。
 だから、これはほんの少しの甘え。親に甘えたいという子の意識の現れ。少しでも一緒にいる時間を大事にしたいと願い……叔父の服の裾を握って、ついていくのだった。
(……いつか俺ではなく、大切な友人や恋人と、この景色を見に行くのだろう)
 服の裾を握られ、ゆっくりと先導していくラディスラウスは考えていた。子が巣立っていくというのはそういうことだ。巣を発った雛鳥はやがて立派な成鳥になり、家庭を築いてゆく。
 だが……だが、せめて。
 せめて、その時が来るまでは。
 この子の隣で、見守っていよう。
 ラディスラウスは腕に感じるアリオーシュの甘えを、大切に受け止めながら歩いて行った。



●また明日へ、歩いてゆく為に

「……はい、それではこれでチェックアウトですね。お世話になりました」
「しっかり羽根を伸ばせたかい?」
 オーナーの問いかけに、エフィーリアは笑って頷く。
「ええ、とても。今まで感じたことのない、素晴らしい時間でした。……時にはこうして休む事も大事だということを、教えて下さいました」
 エフィーリアの言葉に、オーナーは満足そうににかっと笑む。
「また来年も来てくだせぇ。待ってますからね」
 その言葉に会釈で応えたエフィーリアは事務所を出ると、ハンター達を連れて山を降りていった。

 今回は確かに、自らの使命とは無関係な『寄り道』だ。
 だが、例え脇道でも寄り道でも、それらは全て『道』なのだ。どれもが自分が歩んできた軌跡であり、それら全てが今の自分を形作っている。
 より良い自分。より良い未来を作る為の礎。自らの友人たちと、楽しく幸せで、充実した時間を過ごせたこの機会を、エフィーリアは大切に胸にしまっておくのだった。

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  • セレナ・デュヴァル(ka0206
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • もふもふ もふもふ!
    ロジー・ビィ(ka0296
    エルフ|25才|女性|闘狩人
  • 【ⅩⅧ】また"あした"へ
    十色・T・ エニア(ka0370
    人間(蒼)|15才|男性|魔術師
  • 遙けき蒼空に心乗せて
    ユキヤ・S・ディールス(ka0382
    人間(蒼)|16才|男性|聖導士
  • オールラウンドプレイヤー
    柊 真司(ka0705
    人間(蒼)|20才|男性|機導師
  • 【魔装】の監視者
    星輝 Amhran(ka0724
    エルフ|10才|女性|疾影士
  • 緑龍の巫女
    Uisca=S=Amhran(ka0754
    エルフ|17才|女性|聖導士
  • 自爆王
    紫月・海斗(ka0788
    人間(蒼)|30才|男性|機導師
  • 幻獣王親衛隊
    ザレム・アズール(ka0878
    人間(紅)|19才|男性|機導師
  • 止まらぬ探求者
    天央 観智(ka0896
    人間(蒼)|25才|男性|魔術師
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • 光森の太陽
    チョココ(ka2449
    エルフ|10才|女性|魔術師
  • 戦いを選ぶ閃緑
    アイビス・グラス(ka2477
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • 其の霧に、籠め給ひしは
    ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549
    人間(紅)|23才|女性|魔術師
  • 安穏を願う道標
    ラディスラウス・ライツ(ka3084
    人間(紅)|40才|男性|聖導士
  • 誓いの守護者
    アリオーシュ・アルセイデス(ka3164
    人間(紅)|20才|男性|聖導士
  • 祭りの小さな大食い王
    アルマ(ka3330
    ドワーフ|10才|女性|闘狩人
  • 三下の闘狩人
    長良 芳人(ka3874
    人間(蒼)|20才|男性|闘狩人
  • 冒険者
    セシル・ディフィール(ka4073
    人間(紅)|21才|女性|魔術師
  • 麗しい海賊
    シャルル=L=カリラ(ka4262
    人間(蒼)|17才|男性|機導師
  • 心に鉄、槍には紅炎
    逢見 千(ka4357
    人間(蒼)|14才|女性|闘狩人
  • スキンシップは大事やで!
    城郷 菘(ka4384
    人間(蒼)|20才|女性|霊闘士
  • 満月の夜の静かな宴
    ユズ・コトノハ(ka4706
    人間(紅)|12才|女性|霊闘士
  • グレゴリーの人形術師
    キアーラ(ka5327
    人間(蒼)|14才|女性|機導師
  • 空白の心を埋めるものは
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    人間(紅)|20才|女性|舞刀士

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
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最終発言
2015/08/09 17:20:46
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エフィーリア・タロッキ(kz0077
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2015/08/08 18:21:21