ゲスト
(ka0000)
亡き友の意思を継ぎ
マスター:T谷

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/07/24 19:00
- 完成日
- 2014/08/02 19:45
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
にゃあ、と鳴き声が聞こえた。
山奥に巧妙に隠された、廃坑を利用したトンネルを抜けた先、両脇を鬱蒼とした森林に挟まれた山道を二台の魔導自動車が走る。共に荷台を牽引し、そこには商品がしっかりと括られている。
ここからしばらく進めば、細い街道に出る。滅多に人も通らないその道を使えば、山奥の村までもうすぐだ。
ハンターではないため頼りないが、それでもそれなりの腕を持った護衛も雇った。魔導自動車を使って素早く抜ければ、それほど危険もない道のはずだった。現に、ここを安全に通ったのは、一度や二度ではない。
簡単に言えば、慢心していたのだろう。こんな、比較的平和なリゼリオの領内で、それほど危険なことが起こるはずがないと。
しかし、それが間違いだった。一見可愛らしいその鳴き声は、駆動するエンジン音に満たされた車内にも不思議とはっきり聞こえていた。全員が、その鳴き声に気を取られたその瞬間。
ズドンと頭上に衝撃が走り、金属で作られたその強固なはずの天井を、平行に並ぶ巨大な三本の爪が切り裂いていた。
にゃあ、と鳴き声が聞こえた。切り裂かれた天井の隙間から覗く、均等に並ぶ鋭利なナイフにも似た牙の奥から、その鳴き声が響いていた。
●
「……軌道に乗り始めてたんだよ」
ハンターズソサエティを訪れたひげ面の中年男性は、沈痛な面持ちでそう語りだした。
「密かに山脈に穴を掘ったんだ、廃棄された鉱山を利用してな。山奥の村まで行くことは、山を迂回するよりも数倍楽になった。俺達だけの、秘密のルートだった。海のものは、足が速い。例え氷で〆ても、従来なら鮮魚を運ぶことなんて難しかった。だから、俺はそこが狙い目だと思った。廃棄された鉱山を買い、時間を掛けて山に穴を開け、道を整備し……金と時間を惜しみなく投資して、ようやく……全てが上手く行っていた。新鮮な、塩漬けや干物になっていない魚を見たことがない人間はたくさんいる。ああ、高値で売れたさ。魔導自動車だって買って、更に効率よく稼げるようになった」
そこまで言って、男は大きくため息を付いた。
「だが、魚が、あんなものまで呼び寄せるとは思っていなかった。護衛だって、ちゃんと雇っていた。もちろん、ハンターじゃなかったが。あの時の俺は、ハンターに払う賃金さえ惜しかった。とにかく、稼ぐことしか頭になかった。だから、そんなだから……昔から一緒に、俺の事業を支えてくれていた親友を、失うことになった」
目の前で車体を切り裂かれ、為す術もなく炎上する魔導自動車を見て、男は逃げ出した。命を失うことが、何よりも恐ろしくて。
親友のことなど、頭のどこにもなかった。
そうして逃げ切って初めて、男は自分の犯した罪に気がついた。
「俺は、親友を見殺しにしたんだ。一旗揚げてやるって、貧しい村から一緒に飛び出した幼なじみをだ」
その瞳に、涙が浮かぶ。
「だから俺は、あいつに報いるため、仇を取ってやらなくちゃならない。あいつの犠牲を無駄にしないため、初めて海を見た時、美味い魚を食った時の感動を、みんなに教えてやらなくちゃならない」
だから、ここを訪れた。自分には、何の力もない。残ったのは、それなりの富と、一台の魔導自動車だけ。
「頼む、親友の仇を……取ってくれ」
男は、大きく頭を下げた。
山奥に巧妙に隠された、廃坑を利用したトンネルを抜けた先、両脇を鬱蒼とした森林に挟まれた山道を二台の魔導自動車が走る。共に荷台を牽引し、そこには商品がしっかりと括られている。
ここからしばらく進めば、細い街道に出る。滅多に人も通らないその道を使えば、山奥の村までもうすぐだ。
ハンターではないため頼りないが、それでもそれなりの腕を持った護衛も雇った。魔導自動車を使って素早く抜ければ、それほど危険もない道のはずだった。現に、ここを安全に通ったのは、一度や二度ではない。
簡単に言えば、慢心していたのだろう。こんな、比較的平和なリゼリオの領内で、それほど危険なことが起こるはずがないと。
しかし、それが間違いだった。一見可愛らしいその鳴き声は、駆動するエンジン音に満たされた車内にも不思議とはっきり聞こえていた。全員が、その鳴き声に気を取られたその瞬間。
ズドンと頭上に衝撃が走り、金属で作られたその強固なはずの天井を、平行に並ぶ巨大な三本の爪が切り裂いていた。
にゃあ、と鳴き声が聞こえた。切り裂かれた天井の隙間から覗く、均等に並ぶ鋭利なナイフにも似た牙の奥から、その鳴き声が響いていた。
●
「……軌道に乗り始めてたんだよ」
ハンターズソサエティを訪れたひげ面の中年男性は、沈痛な面持ちでそう語りだした。
「密かに山脈に穴を掘ったんだ、廃棄された鉱山を利用してな。山奥の村まで行くことは、山を迂回するよりも数倍楽になった。俺達だけの、秘密のルートだった。海のものは、足が速い。例え氷で〆ても、従来なら鮮魚を運ぶことなんて難しかった。だから、俺はそこが狙い目だと思った。廃棄された鉱山を買い、時間を掛けて山に穴を開け、道を整備し……金と時間を惜しみなく投資して、ようやく……全てが上手く行っていた。新鮮な、塩漬けや干物になっていない魚を見たことがない人間はたくさんいる。ああ、高値で売れたさ。魔導自動車だって買って、更に効率よく稼げるようになった」
そこまで言って、男は大きくため息を付いた。
「だが、魚が、あんなものまで呼び寄せるとは思っていなかった。護衛だって、ちゃんと雇っていた。もちろん、ハンターじゃなかったが。あの時の俺は、ハンターに払う賃金さえ惜しかった。とにかく、稼ぐことしか頭になかった。だから、そんなだから……昔から一緒に、俺の事業を支えてくれていた親友を、失うことになった」
目の前で車体を切り裂かれ、為す術もなく炎上する魔導自動車を見て、男は逃げ出した。命を失うことが、何よりも恐ろしくて。
親友のことなど、頭のどこにもなかった。
そうして逃げ切って初めて、男は自分の犯した罪に気がついた。
「俺は、親友を見殺しにしたんだ。一旗揚げてやるって、貧しい村から一緒に飛び出した幼なじみをだ」
その瞳に、涙が浮かぶ。
「だから俺は、あいつに報いるため、仇を取ってやらなくちゃならない。あいつの犠牲を無駄にしないため、初めて海を見た時、美味い魚を食った時の感動を、みんなに教えてやらなくちゃならない」
だから、ここを訪れた。自分には、何の力もない。残ったのは、それなりの富と、一台の魔導自動車だけ。
「頼む、親友の仇を……取ってくれ」
男は、大きく頭を下げた。
リプレイ本文
薄暗く埃っぽいトンネルの中を、ハンター一行と、魚を詰めた木箱を荷台に乗せた魔導自動車は走っていた。道はとりあえず整備されているものの、ガタガタと揺れる荷台はとても乗り心地のいいものとは言えない。
そろそろ森に出るという依頼主からの警告もあって、一行は揃って武器を準備し気持ちを整える。
「それにしても、トンネルまで掘ったのね。これ、割りと大変だったでしょうに。金のためとは言え、生鮮食品の流通を開拓できたなんて立派な事よね」
紐に干物を括りつけながら、Jyu=Bee(ka1681)は感心するようにトンネルを見渡した。荒く削られた壁面は組まれた木材で補強され、そこそこの頼もしさを感じさせる。
「お魚を待ってる猫ちゃんたちのためにも、退治しちゃわないといけないの!」
ペットの三毛猫やパルムと戯れながら、リラスティ(ka1001)は二つの盾をすぐに構えられる位置に置いた。
「魚を少し分けてもらってもいいか? もちろん代金は払う」
蒼聖(ka1739)が、運転を務める依頼主に尋ねる。敵の気を引くために使いたいと申し出れば、二つ返事で了承を得た。
そもそも魚は敵をおびき寄せるための餌であるから、代金はいらないと依頼主が言う。蒼聖は商品をもらう以上そういう訳には行かないと断ったが、依頼主は譲らず、根負けした蒼聖は好意に甘えることにした。
●
車はトンネルを抜け、左右を鬱蒼とした森に挟まれた山道に出た。背の高いそれらの木々は、その幹から大量の枝葉を生やし、見通しを極端に悪くしている。正面と頭上だけはそれなりに開けているため道は明るく、戦闘に支障はなさそうだ。
「そろそろか。どこから来るのか分からんが、全力で排除するのみじゃのぉ……」
ゲルド・マルジェフ(ka0372)は、改めて拳銃のセーフティを外し、照準越しに流れ行く森を見る。
エンジンの駆動音と、車体が揺れるガタガタという音以外、森は静まり返っているようだ。野生動物の声さえ聞こえない。
「問題の猫のことなのだけれど、色や模様はどんな感じなのかしら」
ジェーン・ノーワース(ka2004)は槍を肩に預け、臨戦態勢で周囲を気を配りつつ依頼主に尋ねた。依頼主の記憶によると、その猫は白と黒の縞模様だったそうだ。
「アメリカンショートヘア、のような感じでしょうか」
いつでも魔法を使えるようロッドを握り、マリエル(ka0116)はクリムゾンウェストでも聞くことのある名を呟いた。
襲撃を警戒しながら、静かな森の中を車は走って行く。切り開かれた道はお世辞にも車に適した道とは言えなかった。進むたびに、凹凸にタイヤが引っかかってガタガタと忙しなく荷台は揺れる。
その中で、一行は左右に注意を向ける。どこから来るのか、それが分からないことが一番の問題だった。
あそこだ、と依頼主が少し興奮した様子で言った。車の正面に、申し訳程度に道の脇に寄せられた金属の残骸と、焼け焦げた地面が見えてきた。左右の森にも多少燃え移ったのだろうか。所々、炭化し崩れ抉れた木が見て取れる。
――森の中から、にゃあと鳴き声が聞こえた。
全員が瞬時に覚醒する。雑音を貫通し、不思議と耳に届く透き通った鳴き声はしかし、森の木々に反射してどこから聞こえてくるのかさえ分からない。ともすれば、撹乱が目的なのだろうか。
「上よ!」
音もなく、一つの大きな影が太陽を遮った。
頭上に注意を払っていたJyuがいち早く反応し、瞬時に魔導銃を振り上げ引き金を引く。だが、対象が跳びかかってくるその一秒にも満たない刹那に、完全に狙いを定めることは難しい。咆哮と共に放たれた弾丸は、猫の首元を浅く裂いて虚空へと吸い込まれる。
そして瞬く間すらなく、ズドンと、車体を軽くない衝撃が襲った。運転席の天井は鋭い爪で切り裂かれ、衝撃でコントロールを失った車はスリップし、木の幹に車体を擦りつけて止まる。
猫は車の天井に降り立ち、誇らしげににゃあと鳴くと、敵意を向ける存在を品定めするような目でハンターたちを睥睨した。虎のように大きな体躯から見下され、一行に緊張が走る。
「この!」
咄嗟に、ジェーンは槍を振るった。体内で瞬時に練り上げたマテリアルを体に満たし、穂先は大気を斬り裂いて翻る。
それを、猫はとんと軽く足場を蹴ることで軽々と跳び越えた。
跳んだ先は、荷台に積まれた木箱の山。
猫に殺気は感じられない。まるで、雑魚には興味がないと言わんばかりに。
だがそれは、むしろこちらに好都合だ。魚に気を取られているならば、その隙に撃破できるかもしれない。
「やあっ!」
「離れるの!」
マリエルとリラスティが、着地を狙って同時に杖と盾を振るった。全身を活性化させた一撃は、しかしひらりと躱されて猫は車の背後に向けて再度跳ぶ。追って放たれたゲルドの弾丸も、いくつかは猫の体を掠めたが、毛皮に阻まれ大きなダメージを与えた感触はない。
猫はそのまま、車の背後に音もなく着地し、こちらを振り返る。ゆっくりとした動きと裏腹に、その目には、ぎらりとした殺意が生まれ始めていた。
猫は威嚇するように、にゃあと甲高い声を上げた。尾を引いて響くその声を合図に、ハンター達は荷台から飛び出していく。
「みなさん、お気をつけて!」
後方で車を守るマリエルが、先頭に立つゲルドにプロテクションを唱える。
「ほら、あなたの大好物をプレゼントしてあげるわ!」
「あたしからもプレゼントなの!」
マリエルの横で、Jyuは紐に結んでおいた干物を頭上で振り回し、遠心力を込めて投げ放つ。遅れてリラスティも、持参した干物と蓋を開けたツナ缶を思い切り投げる。二つの干物とツナ缶は、猫の左右を通って背後に落ちる軌道を描き、猫の鼻が、ぴくりとその芳醇な香りを捉えた。突然現れたご馳走は三つ。猫は、そのどれを先に追うかという一瞬の葛藤を覚えたように見え、それは明らかな隙となった。
「今よ!」
Jyuが叫ぶ。ゲルドはその場で鞭を構え、蒼聖とジェーンは側面や背後を突くべく駆け出した。マリエルとリラスティは、万が一前線が崩れた場合に猫と車の間で防衛に徹する位置を取る。
「さあ、戦闘の始まりじゃ! ここが年貢の納め時だと知れぃ!」
Jyuの声に呼応し、ゲルドは携えた鞭に祖霊の力を込めて大きく振るう。風を切る鞭の乾いた破裂音が森に木霊する。
鞭の先端は、音の速度を遥かに超えた。魚に気を取られた一瞬を狙われた猫に、避けることなどできるはずもなく。鞭は的確に猫の鼻先を捉え、弾かれた猫はぎゃんと悲痛な鳴き声を上げた。
「攻め時だな!」
猫の側面に回っていた蒼聖は、その瞬間を見逃さなかった。一息で自分の間合に詰め寄ると、高めた闘争心を刃に乗せて薙刀を振り下ろす。胴体を狙った一撃は、まず機動力を奪うためだ。
体勢を崩したところに迫る凶刃を目に、猫は慌てて、使える手足で必死に地面を掻いて飛び退いた。
刃が猫の脇腹を裂く。しかし、その手応えは薄い。
そして、腹を裂かれてなお、猫の動体視力は飛び退いた先で待っていたジェーンの姿を見逃さなかった。空中で猫は器用に体を捻り、背後からの一閃を刃の上で転がるように避けると、今度こそしっかりと地面に降り立った。
「今のを躱されるのね」
厄介だわ、とジェーンが槍を引き戻しながらぼやく。
猫の怒りは、頂点に達したらしい。姿勢を低く、地の底から湧き上がるような唸り声を上げる。前菜にお前達を食ってやると言わんばかりだ。
完全に敵だと認められ、もう魚で気を引くことは難しいだろう。
ギラリと怒りに燃えるつぶらな瞳をハンター達に向け、ナイフのような牙を剥き出しにした猫がにゃあと鳴く。次の瞬間、猫の強靭な筋肉は、消えたかと錯覚するような速度でその巨体を撃ち出した。最も自分にダメージを与えたゲルドをターゲットに、鎌のような両爪が半月を描いて襲いかかる。
その速度は、想像以上だった。ゲルドは反射的に回避行動を取る。
「ぬおおっ!」
何とか身を反らし、直撃だけは避ける。しかし爪が頬を掠ったその衝撃だけで、ゲルドの体は大きく傾いだ。光の膜が爪を受け止めてくれたが、視界が揺れ、一瞬の空白が生まれる。
猫の動きは流れるように、次の攻撃へと移っていた。ほぼ全ての生物の弱点である喉元へ、その鋭い牙を突き立てるべく再び地面を蹴る。
「させるかぁっ!」
間一髪、両者の間にJyuが割り込み、盾で牙を受け止めていた。しかしその衝撃は軽くなく、Jyuは思わず膝をつく。
「うぐ、おもっ……!」
受け止められ、それでもなお猫は引くことなく、今度は盾ごとJyuを押し潰そうとする。
蒼聖とジェーンは、咄嗟に武器を振りかぶっていた。盾を食い破らんとする猫の無防備に見える脇腹に、挟みこむように斬撃を放つ。
二人の手には、確かな手応えがあった。攻撃は確かに猫の体に吸い込まれ、その柔らかい毛皮に亀裂を作る。
だが、猫はJyuへの攻撃を止めなかった。牙と爪が盾の表面をガリガリと音を立てて引っ掻き、数百キロはあろう体重がJyuに伸し掛かる。
「ジュウベエちゃんから離れるの!」
車の防衛に当たっていたリラスティは、事態を見て飛び出していた。全身を活性化させ、手にした盾で猫の頭を力の限りぶん殴る。盾の角が、猫の鼻を強く叩く。
ほんの一瞬だけ、猫の力が弱まる。二つの斬撃と今の衝撃は、間違いなく猫にダメージを与えていた。
「……重いって、言ってるでしょっ!」
そしてその一瞬の隙は、Jyuが盾の影から刀を突き出すのに充分な時間だった。マテリアルを込められた刀身は、毛皮を突き破って猫の脇腹深く埋もれていく。悲鳴が上がり、盾にかかっていた重さが消える。
思わず猫は飛び退った。ばしゃりと、吹き出した鮮血が地面に赤く色を足す。
「ゲルドさん、大丈夫ですかっ?」
マリエルは、ゲルドに治療を施す。放たれた淡い光が、ゲルドに染み込んでいった。
「う、むぅ……済まぬ、油断してしもうたわ。あれほど素早いとはのう」
ゲルドが頭を振って、体勢を立て直す。
「ジュウベエちゃんも、お疲れ様なの!」
肩で息をするJyuに、リラスティもヒールをかける。傷を受けたわけではないが、それでも多少なりとJyuも元気を取り戻した様子で、ありがと、と礼を言い刀を握り直す。
全員が再び猫に向き直ると、視線に晒された猫に若干の及び腰が見て取れた。このままだと、自分が狩られてしまうかもしれない。多量のダメージからそんな本能が働いたのか、猫はじりじりと後ずさりを始める。
「弱肉強食は世の習いなれど、人を手にかけた以上捨ててはおけず。貴方に恨みは無いけれど、友を失いし者の代わりに、このジュウベエちゃんが成敗いたす!!」
「ジュウベエちゃん、がんばるの!」
口上を述べるJyuの体を、リラスティのプロテクションが包んでいく。光の膜が体を覆い――次の瞬間、Jyuはドンと音が響くほど強く踏み込み地面を蹴った。
生存本能を全開にして身を低く構える猫に向け、Jyuは矢のように駆け、矢尻のように刀を寝かせる。
大気を穿つような刺突は、飛び退って躱そうとする猫の肩を追うように貫いた。
「……逃げてくれるなら、ありがたいわね」
「いや、確実に仕留めるべきだ」
「あら、手負いの獣ほど厄介なものもないと思うけれど」
もはや、猫は完全に逃げ腰だった。
旨いものを口にしたいという欲求は、命を天秤に掛けるほどのものではないのだろう。いきなり踵を返すと、一目散に駆け出した。
ジェーンは、逃げに入った猫を睨みつけて槍を構えるも、追い詰めるのは危険だと判断し車両と依頼主の安全を最優先にする。
その横で蒼聖は、追撃をかけるべく猫の背中を追う。
「駄目だ、追いつけない!」
だが、逃げると決めた猫の足は途轍もなく速かった。森に飛び込んだ猫の姿はすぐに木々に紛れ、ゲルドとJyuが銃撃を仕掛けるも、当たった様子はない。
森に静寂が戻ってくる。一行は緊張を解き、武器を下ろした。
地面を見れば、そこら中に猫の血が飛び散っている。与えたダメージは、決して少ないものではないだろう。野生の動物とはいえ、学習はする。奇襲はほぼ失敗し、獲物を狩るどころか狩られかけたのだ。もう、ここで狩りをしようとは思わないだろう。
依頼主が車から抜け出し、ハンター達に感謝し頭を下げる。
「さてと……終わったみたいだし、墓参りにでも行く?」
Jyuの言葉に、一行は同意した。
●
車は天井の風通しが良くなったものの、多少の修理で問題なく駆動してくれた。猫の襲撃もなく、魚は無事に山村に届けられ、村人の笑顔を見ることも出来た。
そして一行は、トンネルの入り口の近くに作られた依頼主の友人の墓にやってきていた。墓は、木の棒を十字に組んだだけの簡素なものだった。トンネルを開通させた偉大な人物として、今度、立派な墓を作ってもらうのだと依頼主は語る。
「これからも、この仕事を続けるのか?」
蒼聖の言葉に、依頼主は強く頷く。亡き友人のためにも、自分にできることを続けるのだと。
「……そうか。あまり自分を責めるなよ……というのは簡単だな。だが、無理はするな。お前が運んでくれる新鮮な魚を望む人たちのためにもな」
そう言って、蒼聖は依頼主を励ますように小さく微笑んだ。
「ご友人との思い出を、大事になさっているのですね」
その横で、魚の干物を墓に備える依頼主の背中を見つめて、少し嬉しそうにマリエルは呟いた。
これからも、彼は魚を運び続ける。人々の笑顔のため、そして亡き友の意思を継ぐという、小さくも、とても大事なもののために。
そろそろ森に出るという依頼主からの警告もあって、一行は揃って武器を準備し気持ちを整える。
「それにしても、トンネルまで掘ったのね。これ、割りと大変だったでしょうに。金のためとは言え、生鮮食品の流通を開拓できたなんて立派な事よね」
紐に干物を括りつけながら、Jyu=Bee(ka1681)は感心するようにトンネルを見渡した。荒く削られた壁面は組まれた木材で補強され、そこそこの頼もしさを感じさせる。
「お魚を待ってる猫ちゃんたちのためにも、退治しちゃわないといけないの!」
ペットの三毛猫やパルムと戯れながら、リラスティ(ka1001)は二つの盾をすぐに構えられる位置に置いた。
「魚を少し分けてもらってもいいか? もちろん代金は払う」
蒼聖(ka1739)が、運転を務める依頼主に尋ねる。敵の気を引くために使いたいと申し出れば、二つ返事で了承を得た。
そもそも魚は敵をおびき寄せるための餌であるから、代金はいらないと依頼主が言う。蒼聖は商品をもらう以上そういう訳には行かないと断ったが、依頼主は譲らず、根負けした蒼聖は好意に甘えることにした。
●
車はトンネルを抜け、左右を鬱蒼とした森に挟まれた山道に出た。背の高いそれらの木々は、その幹から大量の枝葉を生やし、見通しを極端に悪くしている。正面と頭上だけはそれなりに開けているため道は明るく、戦闘に支障はなさそうだ。
「そろそろか。どこから来るのか分からんが、全力で排除するのみじゃのぉ……」
ゲルド・マルジェフ(ka0372)は、改めて拳銃のセーフティを外し、照準越しに流れ行く森を見る。
エンジンの駆動音と、車体が揺れるガタガタという音以外、森は静まり返っているようだ。野生動物の声さえ聞こえない。
「問題の猫のことなのだけれど、色や模様はどんな感じなのかしら」
ジェーン・ノーワース(ka2004)は槍を肩に預け、臨戦態勢で周囲を気を配りつつ依頼主に尋ねた。依頼主の記憶によると、その猫は白と黒の縞模様だったそうだ。
「アメリカンショートヘア、のような感じでしょうか」
いつでも魔法を使えるようロッドを握り、マリエル(ka0116)はクリムゾンウェストでも聞くことのある名を呟いた。
襲撃を警戒しながら、静かな森の中を車は走って行く。切り開かれた道はお世辞にも車に適した道とは言えなかった。進むたびに、凹凸にタイヤが引っかかってガタガタと忙しなく荷台は揺れる。
その中で、一行は左右に注意を向ける。どこから来るのか、それが分からないことが一番の問題だった。
あそこだ、と依頼主が少し興奮した様子で言った。車の正面に、申し訳程度に道の脇に寄せられた金属の残骸と、焼け焦げた地面が見えてきた。左右の森にも多少燃え移ったのだろうか。所々、炭化し崩れ抉れた木が見て取れる。
――森の中から、にゃあと鳴き声が聞こえた。
全員が瞬時に覚醒する。雑音を貫通し、不思議と耳に届く透き通った鳴き声はしかし、森の木々に反射してどこから聞こえてくるのかさえ分からない。ともすれば、撹乱が目的なのだろうか。
「上よ!」
音もなく、一つの大きな影が太陽を遮った。
頭上に注意を払っていたJyuがいち早く反応し、瞬時に魔導銃を振り上げ引き金を引く。だが、対象が跳びかかってくるその一秒にも満たない刹那に、完全に狙いを定めることは難しい。咆哮と共に放たれた弾丸は、猫の首元を浅く裂いて虚空へと吸い込まれる。
そして瞬く間すらなく、ズドンと、車体を軽くない衝撃が襲った。運転席の天井は鋭い爪で切り裂かれ、衝撃でコントロールを失った車はスリップし、木の幹に車体を擦りつけて止まる。
猫は車の天井に降り立ち、誇らしげににゃあと鳴くと、敵意を向ける存在を品定めするような目でハンターたちを睥睨した。虎のように大きな体躯から見下され、一行に緊張が走る。
「この!」
咄嗟に、ジェーンは槍を振るった。体内で瞬時に練り上げたマテリアルを体に満たし、穂先は大気を斬り裂いて翻る。
それを、猫はとんと軽く足場を蹴ることで軽々と跳び越えた。
跳んだ先は、荷台に積まれた木箱の山。
猫に殺気は感じられない。まるで、雑魚には興味がないと言わんばかりに。
だがそれは、むしろこちらに好都合だ。魚に気を取られているならば、その隙に撃破できるかもしれない。
「やあっ!」
「離れるの!」
マリエルとリラスティが、着地を狙って同時に杖と盾を振るった。全身を活性化させた一撃は、しかしひらりと躱されて猫は車の背後に向けて再度跳ぶ。追って放たれたゲルドの弾丸も、いくつかは猫の体を掠めたが、毛皮に阻まれ大きなダメージを与えた感触はない。
猫はそのまま、車の背後に音もなく着地し、こちらを振り返る。ゆっくりとした動きと裏腹に、その目には、ぎらりとした殺意が生まれ始めていた。
猫は威嚇するように、にゃあと甲高い声を上げた。尾を引いて響くその声を合図に、ハンター達は荷台から飛び出していく。
「みなさん、お気をつけて!」
後方で車を守るマリエルが、先頭に立つゲルドにプロテクションを唱える。
「ほら、あなたの大好物をプレゼントしてあげるわ!」
「あたしからもプレゼントなの!」
マリエルの横で、Jyuは紐に結んでおいた干物を頭上で振り回し、遠心力を込めて投げ放つ。遅れてリラスティも、持参した干物と蓋を開けたツナ缶を思い切り投げる。二つの干物とツナ缶は、猫の左右を通って背後に落ちる軌道を描き、猫の鼻が、ぴくりとその芳醇な香りを捉えた。突然現れたご馳走は三つ。猫は、そのどれを先に追うかという一瞬の葛藤を覚えたように見え、それは明らかな隙となった。
「今よ!」
Jyuが叫ぶ。ゲルドはその場で鞭を構え、蒼聖とジェーンは側面や背後を突くべく駆け出した。マリエルとリラスティは、万が一前線が崩れた場合に猫と車の間で防衛に徹する位置を取る。
「さあ、戦闘の始まりじゃ! ここが年貢の納め時だと知れぃ!」
Jyuの声に呼応し、ゲルドは携えた鞭に祖霊の力を込めて大きく振るう。風を切る鞭の乾いた破裂音が森に木霊する。
鞭の先端は、音の速度を遥かに超えた。魚に気を取られた一瞬を狙われた猫に、避けることなどできるはずもなく。鞭は的確に猫の鼻先を捉え、弾かれた猫はぎゃんと悲痛な鳴き声を上げた。
「攻め時だな!」
猫の側面に回っていた蒼聖は、その瞬間を見逃さなかった。一息で自分の間合に詰め寄ると、高めた闘争心を刃に乗せて薙刀を振り下ろす。胴体を狙った一撃は、まず機動力を奪うためだ。
体勢を崩したところに迫る凶刃を目に、猫は慌てて、使える手足で必死に地面を掻いて飛び退いた。
刃が猫の脇腹を裂く。しかし、その手応えは薄い。
そして、腹を裂かれてなお、猫の動体視力は飛び退いた先で待っていたジェーンの姿を見逃さなかった。空中で猫は器用に体を捻り、背後からの一閃を刃の上で転がるように避けると、今度こそしっかりと地面に降り立った。
「今のを躱されるのね」
厄介だわ、とジェーンが槍を引き戻しながらぼやく。
猫の怒りは、頂点に達したらしい。姿勢を低く、地の底から湧き上がるような唸り声を上げる。前菜にお前達を食ってやると言わんばかりだ。
完全に敵だと認められ、もう魚で気を引くことは難しいだろう。
ギラリと怒りに燃えるつぶらな瞳をハンター達に向け、ナイフのような牙を剥き出しにした猫がにゃあと鳴く。次の瞬間、猫の強靭な筋肉は、消えたかと錯覚するような速度でその巨体を撃ち出した。最も自分にダメージを与えたゲルドをターゲットに、鎌のような両爪が半月を描いて襲いかかる。
その速度は、想像以上だった。ゲルドは反射的に回避行動を取る。
「ぬおおっ!」
何とか身を反らし、直撃だけは避ける。しかし爪が頬を掠ったその衝撃だけで、ゲルドの体は大きく傾いだ。光の膜が爪を受け止めてくれたが、視界が揺れ、一瞬の空白が生まれる。
猫の動きは流れるように、次の攻撃へと移っていた。ほぼ全ての生物の弱点である喉元へ、その鋭い牙を突き立てるべく再び地面を蹴る。
「させるかぁっ!」
間一髪、両者の間にJyuが割り込み、盾で牙を受け止めていた。しかしその衝撃は軽くなく、Jyuは思わず膝をつく。
「うぐ、おもっ……!」
受け止められ、それでもなお猫は引くことなく、今度は盾ごとJyuを押し潰そうとする。
蒼聖とジェーンは、咄嗟に武器を振りかぶっていた。盾を食い破らんとする猫の無防備に見える脇腹に、挟みこむように斬撃を放つ。
二人の手には、確かな手応えがあった。攻撃は確かに猫の体に吸い込まれ、その柔らかい毛皮に亀裂を作る。
だが、猫はJyuへの攻撃を止めなかった。牙と爪が盾の表面をガリガリと音を立てて引っ掻き、数百キロはあろう体重がJyuに伸し掛かる。
「ジュウベエちゃんから離れるの!」
車の防衛に当たっていたリラスティは、事態を見て飛び出していた。全身を活性化させ、手にした盾で猫の頭を力の限りぶん殴る。盾の角が、猫の鼻を強く叩く。
ほんの一瞬だけ、猫の力が弱まる。二つの斬撃と今の衝撃は、間違いなく猫にダメージを与えていた。
「……重いって、言ってるでしょっ!」
そしてその一瞬の隙は、Jyuが盾の影から刀を突き出すのに充分な時間だった。マテリアルを込められた刀身は、毛皮を突き破って猫の脇腹深く埋もれていく。悲鳴が上がり、盾にかかっていた重さが消える。
思わず猫は飛び退った。ばしゃりと、吹き出した鮮血が地面に赤く色を足す。
「ゲルドさん、大丈夫ですかっ?」
マリエルは、ゲルドに治療を施す。放たれた淡い光が、ゲルドに染み込んでいった。
「う、むぅ……済まぬ、油断してしもうたわ。あれほど素早いとはのう」
ゲルドが頭を振って、体勢を立て直す。
「ジュウベエちゃんも、お疲れ様なの!」
肩で息をするJyuに、リラスティもヒールをかける。傷を受けたわけではないが、それでも多少なりとJyuも元気を取り戻した様子で、ありがと、と礼を言い刀を握り直す。
全員が再び猫に向き直ると、視線に晒された猫に若干の及び腰が見て取れた。このままだと、自分が狩られてしまうかもしれない。多量のダメージからそんな本能が働いたのか、猫はじりじりと後ずさりを始める。
「弱肉強食は世の習いなれど、人を手にかけた以上捨ててはおけず。貴方に恨みは無いけれど、友を失いし者の代わりに、このジュウベエちゃんが成敗いたす!!」
「ジュウベエちゃん、がんばるの!」
口上を述べるJyuの体を、リラスティのプロテクションが包んでいく。光の膜が体を覆い――次の瞬間、Jyuはドンと音が響くほど強く踏み込み地面を蹴った。
生存本能を全開にして身を低く構える猫に向け、Jyuは矢のように駆け、矢尻のように刀を寝かせる。
大気を穿つような刺突は、飛び退って躱そうとする猫の肩を追うように貫いた。
「……逃げてくれるなら、ありがたいわね」
「いや、確実に仕留めるべきだ」
「あら、手負いの獣ほど厄介なものもないと思うけれど」
もはや、猫は完全に逃げ腰だった。
旨いものを口にしたいという欲求は、命を天秤に掛けるほどのものではないのだろう。いきなり踵を返すと、一目散に駆け出した。
ジェーンは、逃げに入った猫を睨みつけて槍を構えるも、追い詰めるのは危険だと判断し車両と依頼主の安全を最優先にする。
その横で蒼聖は、追撃をかけるべく猫の背中を追う。
「駄目だ、追いつけない!」
だが、逃げると決めた猫の足は途轍もなく速かった。森に飛び込んだ猫の姿はすぐに木々に紛れ、ゲルドとJyuが銃撃を仕掛けるも、当たった様子はない。
森に静寂が戻ってくる。一行は緊張を解き、武器を下ろした。
地面を見れば、そこら中に猫の血が飛び散っている。与えたダメージは、決して少ないものではないだろう。野生の動物とはいえ、学習はする。奇襲はほぼ失敗し、獲物を狩るどころか狩られかけたのだ。もう、ここで狩りをしようとは思わないだろう。
依頼主が車から抜け出し、ハンター達に感謝し頭を下げる。
「さてと……終わったみたいだし、墓参りにでも行く?」
Jyuの言葉に、一行は同意した。
●
車は天井の風通しが良くなったものの、多少の修理で問題なく駆動してくれた。猫の襲撃もなく、魚は無事に山村に届けられ、村人の笑顔を見ることも出来た。
そして一行は、トンネルの入り口の近くに作られた依頼主の友人の墓にやってきていた。墓は、木の棒を十字に組んだだけの簡素なものだった。トンネルを開通させた偉大な人物として、今度、立派な墓を作ってもらうのだと依頼主は語る。
「これからも、この仕事を続けるのか?」
蒼聖の言葉に、依頼主は強く頷く。亡き友人のためにも、自分にできることを続けるのだと。
「……そうか。あまり自分を責めるなよ……というのは簡単だな。だが、無理はするな。お前が運んでくれる新鮮な魚を望む人たちのためにもな」
そう言って、蒼聖は依頼主を励ますように小さく微笑んだ。
「ご友人との思い出を、大事になさっているのですね」
その横で、魚の干物を墓に備える依頼主の背中を見つめて、少し嬉しそうにマリエルは呟いた。
これからも、彼は魚を運び続ける。人々の笑顔のため、そして亡き友の意思を継ぐという、小さくも、とても大事なもののために。
依頼結果
依頼成功度 | 普通 |
---|
面白かった! | 4人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!
MVP一覧
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
相談卓 Jyu=Bee(ka1681) エルフ|15才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2014/07/24 17:47:26 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/07/19 18:42:27 |