ゲスト
(ka0000)
夏の夜の肝試し
マスター:硲銘介

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/08/17 12:00
- 完成日
- 2015/08/25 06:35
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
息を切らした少年は咄嗟に物陰へと身を滑り込ます。汗まみれの理由は真夏の夜特有の蒸し暑さだけが理由ではない。
不意に、背中を預けた石の冷たさを少し心地良く感じる。それが本来なら好んで触れるべきではない――墓石であっても、今の彼には瑣末な事であった。
全力疾走で乱れた呼吸を口に手を当て必死に押さえ込む。死人が眠るこの墓場に、自分という生きた者がいる事を悟らせないように。
「――――」
足音が、近づく。否、果たしてそれは本当に足音なのか。
歩を刻む度に聞こえるものが足音なら、確かにこれもそうだろう。
だが靴底が地面を叩く音こそを呼ぶのなら、これは、違う。
その人影――に見えるもの――が前進する度に少年の耳が拾うのはコツコツという靴音ではない。裸足が鳴らすペタペタという音とも違う。
喩えるなら、それは熟れた果実が潰れたような音だった。
何故そんな音が――近づく音源に対し、恐怖の色を濃く浮かべた少年は既にその解を得ていた。
故に少年が墓石の陰からそれを覗き見たのは決して好奇心からではない。思考ではなく本能で、自身が生き残る為の情報を得んとした。
「――――化け物」
墓場を歩く異形を再び目にし、少年は思わずそう呟いていた。
その言は正しい。人型でありながらその顔を、目を鼻を口を腐らせたどう見ても人間ではない存在。
死者はただただ黙すべし。その理を反故にし、再び地上へと繰り出した生ける屍。不死者――アンデッドの代表格、ゾンビ。それは間違いなく、化け物にカテゴライズされるものだろう。
そいつは彷徨うように墓地の中をうろつく。アレが墓穴から這い出した理由も目的も分からないが、この徘徊の終着は知っている。
もう一刻ほど前になるか。そこそこの広さを誇る墓地に最高の――或は最悪のタイミングで訪れた数人の子供たち。
怯える者、励ます者、それを笑う者。多様な反応を見せた彼等だがその目的は皆同じだった。真夜中の墓地にやってくる理由は――まぁ、それほど多くはないだろう。
一人、また一人と肝試しという試練に挑むべく墓場に踏み込んでいく。先発が上げる鬼気迫る悲鳴に後の者は緊張を増しながらも、数分置きに続いていった。
友人間で行われるある種の儀式。度胸を測る、なんて名目は実際のところどうでもよくて、実態は印象に残るひと時を残す為の行為、娯楽に他ならない。
だから、彼等は皆遊びのつもりで墓地へと踏み込む。そして、幾らか進んだ先に――友人の死体を見つけたその瞬間、彼等は正しく実態を悟る。
荒い呼吸を懸命に押さえ込む少年も例外ではない。つい先程まで怯えた子をからかって笑っていた友人――その顔が引き攣った恐怖に固定され、地面に横たわり動かなくなっているのを見つけ悲鳴を上げた。
すぐさま逃げようとしたその矢先に目の前に化け物が現れ――出口を見失い闇雲に走った結果が今、ということになる。
「っ……ぅ……」
頭がおかしくなりそうだった。突如顔を変えた現実が不親切すぎて吐き気がする。網膜に焼きついた友人の姿を思うたび嗚咽を漏らす。
幸い、ゾンビの察知能力は低いらしい。堪えられず声を溢す少年を見つけられず、ぐるぐる周囲を這っている。目も耳も腐っているのだから、当然といえば当然なのだろうか。
鼻を啜りながら少年は思考を始めていた。生きてここを脱出する、その為にはどう動くべきか。
――答えはシンプルだ。低級の怪物とはいえまさか子供が叶う筈もない。ならば逃げる以外の選択肢は無い。
最初の遭遇を凌いだのは僥倖だった。一度逃げおおせたという成果は、少年にとって自信という大きな武器に繋がっていた。
足腰の腐った死体の動きは鈍重で、子供の駆け足にも追いつけなかった。だったら、簡単だ。あそこで間抜けにうろつくゾンビの隙を見計らって飛び出して、後は一目散に走り去るだけ。
作戦と覚悟を決めた少年は墓石の背に身を隠したまま、ゾンビの動きを観察する。
自分の命がかかった大一番。暑さにやられ額から滝の様に汗が流れるのを無意識に袖口で拭う。少年の全神経は眼前の敵に集中し――
「――――……え?」
――背後から近寄る別個体を見過ごした。
ぐしゃり、と。くっついてるんだかどうか怪しいゾンビの腕が少年の頭へと伸び――その小さな球体を握り潰した。
灯りの乏しい暗がりにいた少年は――目の前の鮮明な恐怖に釘付けになった少年は気づけなかったが、周りには十を越える程の不死の群れがいた。
……あぁ、しかし、少年は分かっていたはずだったのだ。
ここは墓地。死者の為の領域。そもそも異端は生きる者であり、場の占有権は始めから冥府の側へ与えられていた。
最初から間違っていたのだ。この場所は子供たちのような生きとし生ける者の遊び場ではなく――眠れぬ死者の揺り籠なのだから。
息を切らした少年は咄嗟に物陰へと身を滑り込ます。汗まみれの理由は真夏の夜特有の蒸し暑さだけが理由ではない。
不意に、背中を預けた石の冷たさを少し心地良く感じる。それが本来なら好んで触れるべきではない――墓石であっても、今の彼には瑣末な事であった。
全力疾走で乱れた呼吸を口に手を当て必死に押さえ込む。死人が眠るこの墓場に、自分という生きた者がいる事を悟らせないように。
「――――」
足音が、近づく。否、果たしてそれは本当に足音なのか。
歩を刻む度に聞こえるものが足音なら、確かにこれもそうだろう。
だが靴底が地面を叩く音こそを呼ぶのなら、これは、違う。
その人影――に見えるもの――が前進する度に少年の耳が拾うのはコツコツという靴音ではない。裸足が鳴らすペタペタという音とも違う。
喩えるなら、それは熟れた果実が潰れたような音だった。
何故そんな音が――近づく音源に対し、恐怖の色を濃く浮かべた少年は既にその解を得ていた。
故に少年が墓石の陰からそれを覗き見たのは決して好奇心からではない。思考ではなく本能で、自身が生き残る為の情報を得んとした。
「――――化け物」
墓場を歩く異形を再び目にし、少年は思わずそう呟いていた。
その言は正しい。人型でありながらその顔を、目を鼻を口を腐らせたどう見ても人間ではない存在。
死者はただただ黙すべし。その理を反故にし、再び地上へと繰り出した生ける屍。不死者――アンデッドの代表格、ゾンビ。それは間違いなく、化け物にカテゴライズされるものだろう。
そいつは彷徨うように墓地の中をうろつく。アレが墓穴から這い出した理由も目的も分からないが、この徘徊の終着は知っている。
もう一刻ほど前になるか。そこそこの広さを誇る墓地に最高の――或は最悪のタイミングで訪れた数人の子供たち。
怯える者、励ます者、それを笑う者。多様な反応を見せた彼等だがその目的は皆同じだった。真夜中の墓地にやってくる理由は――まぁ、それほど多くはないだろう。
一人、また一人と肝試しという試練に挑むべく墓場に踏み込んでいく。先発が上げる鬼気迫る悲鳴に後の者は緊張を増しながらも、数分置きに続いていった。
友人間で行われるある種の儀式。度胸を測る、なんて名目は実際のところどうでもよくて、実態は印象に残るひと時を残す為の行為、娯楽に他ならない。
だから、彼等は皆遊びのつもりで墓地へと踏み込む。そして、幾らか進んだ先に――友人の死体を見つけたその瞬間、彼等は正しく実態を悟る。
荒い呼吸を懸命に押さえ込む少年も例外ではない。つい先程まで怯えた子をからかって笑っていた友人――その顔が引き攣った恐怖に固定され、地面に横たわり動かなくなっているのを見つけ悲鳴を上げた。
すぐさま逃げようとしたその矢先に目の前に化け物が現れ――出口を見失い闇雲に走った結果が今、ということになる。
「っ……ぅ……」
頭がおかしくなりそうだった。突如顔を変えた現実が不親切すぎて吐き気がする。網膜に焼きついた友人の姿を思うたび嗚咽を漏らす。
幸い、ゾンビの察知能力は低いらしい。堪えられず声を溢す少年を見つけられず、ぐるぐる周囲を這っている。目も耳も腐っているのだから、当然といえば当然なのだろうか。
鼻を啜りながら少年は思考を始めていた。生きてここを脱出する、その為にはどう動くべきか。
――答えはシンプルだ。低級の怪物とはいえまさか子供が叶う筈もない。ならば逃げる以外の選択肢は無い。
最初の遭遇を凌いだのは僥倖だった。一度逃げおおせたという成果は、少年にとって自信という大きな武器に繋がっていた。
足腰の腐った死体の動きは鈍重で、子供の駆け足にも追いつけなかった。だったら、簡単だ。あそこで間抜けにうろつくゾンビの隙を見計らって飛び出して、後は一目散に走り去るだけ。
作戦と覚悟を決めた少年は墓石の背に身を隠したまま、ゾンビの動きを観察する。
自分の命がかかった大一番。暑さにやられ額から滝の様に汗が流れるのを無意識に袖口で拭う。少年の全神経は眼前の敵に集中し――
「――――……え?」
――背後から近寄る別個体を見過ごした。
ぐしゃり、と。くっついてるんだかどうか怪しいゾンビの腕が少年の頭へと伸び――その小さな球体を握り潰した。
灯りの乏しい暗がりにいた少年は――目の前の鮮明な恐怖に釘付けになった少年は気づけなかったが、周りには十を越える程の不死の群れがいた。
……あぁ、しかし、少年は分かっていたはずだったのだ。
ここは墓地。死者の為の領域。そもそも異端は生きる者であり、場の占有権は始めから冥府の側へ与えられていた。
最初から間違っていたのだ。この場所は子供たちのような生きとし生ける者の遊び場ではなく――眠れぬ死者の揺り籠なのだから。
リプレイ本文
●
「過去に化け物が出たか? はて、聞いた事はないが」
突如墓場に現れたゾンビ。その原因を解明するべく、ハンター達は町で聞き込み調査を行っていた。
初老の男性と話すフェイル・シャーデンフロイデ(ka4808)は手馴れた様子で情報を聞き出していた。
「そうですね、かなり昔の――それこそ伝承や童話として伝えられる様なものでかまわないのですが……ご存じないでしょうか」
「……いや、やはり覚えはないなぁ。すまないね」
「いいえ、お時間をいただいてしまい申し訳ありませんでした」
終始丁寧に柔らかな物腰を保ったままでフェイルは会話を終えた。相手が会釈し背中を向けると、笑顔から一転して気だるげな表情を覗かせる。
「……執事をやってた頃を思い出すな……まぁ、あれも暗殺の一環だったけれど」
誰にも聞こえないような小さな声でそう呟く。柔和な人柄を演技する事で過去の経験がふと脳裏に過ぎった。
「――すいません。少し、お話をよろしいでしょうか」
だがそれも束の間、傍を通り過ぎる女性に執事の――仕事の顔に戻って声をかけた。
「……成程、近頃余所者を葬った、と」
町の若者達の話を聞いていたトルステン=L=ユピテル(ka3946)は合点がいったと頷く。
「ああ……この間、どっかの戦場から延びて来た兵士をな。なぁ、誰か詳しく知らねぇの?」
「知るかよ。そいつ、町の入り口でくたばってたんだろ。そのまま野晒しも無いだろってんで弔って、それっきりとか」
情報提供の礼を言い、トルステンはその場を後にした。
これまで町にゾンビが現れた事は無かった。過去に遡っても伝承に類する話も無く、墓場そのものにも曰くありげな由来は無し。
とくれば、急な異常は外からやって来た可能性が高い。埋葬されたという余所者が発端だったのかもしれない。
次の情報を求め歩くトルステンは丁度子供を見つけ声をかけようとしたが、その場には先客がいた。
「……そう、話を聞けて助かったわ。わかってるだろうけど、面白半分で夜に出かけたりしない事。特にお墓にはしばらく立ち入り禁止、いいわね」
姿勢を低くして子供達と話していた牡丹(ka4816)が立ち上がり、手を振って立ち去ろうと踵を返す。と、丁度トルステンと目が合う。
「あ――……どう、そっちは」
「ん、そうだな――」
急な遭遇に気まずそうに言葉をかわす。本番の夜までまだ時間がある、落ち合うには少し早いようだ。
●
町に出た三人を除くハンター達は事件現場である墓場を訪れていた。
夏の太陽が注ぐ墓場の中を彼等は周る。前情報の通り、日中にゾンビの気配は無い。
「夜しか出ないなら、昼は……お墓に自分から戻ってるの? なら地面に跡がある筈だけど……」
暗くなった時間帯に出る、と言っても何も無い場所から突然沸く訳でもない。当然の疑問を持ってクレール(ka0586)は地面を検める――予想通り、墓石の傍にはそれと思わしき無数の跡が残っていた。
「やっぱりお墓の中に……? でも、お墓を暴く事は出来ないよね……」
一緒に地面を調べていたミコト=S=レグルス(ka3953)の言葉にクレールも頷く。さすがに罰当たりというか――正直、気が引けてしまう。
穴の跡、その全てに潜んでいる訳でもなし――仮にそうだとしても、広い墓場の全てを掘り返すなど時間が幾らあっても足りない。
「――ミコ、こっちに灯りが要りそうだ。手伝ってくれるかい?」
地面とにらめっこする二人にルドルフ・デネボラ(ka3749)が声をかける。
彼が示す方は周囲の灯りが少なく、夜になれば濃い暗闇に覆われることは容易に想像できた。
「わわ、ごめんね、ルゥ君! 今手伝うよ」
「あ、私もお手伝いします」
地面の下に潜むであろうゾンビ、その痕跡が多い箇所を気にかけるに留め二人はルドルフの手伝いに向かった。
手には灯りとなるランタンや松明がある。夜間戦闘になれば視界の確保は最優先となる為、ハンター達はそれぞれ視界確保用の道具を持参していた。
だが、実際にそれらを使う事はなかった。町の協力が得られないかとミコトが尋ねた結果、そちらから明かりが支給される事になったのである。
墓場には元々外灯が設置されてはいたが墓地の広さに対して数が少なく、光が満足に行き届かない場所が存在していた。
彼等が行っているのは後の憂いと成り得る、この領域を潰す作業である。ある程度の間隔を置き、出来るだけ暗がりを作らないよう留意しランタンと松明を設置していく。
「ふん、夜間の仕事ならば涼しかろうと思い受けたというに、わざわざ事前準備とは――無駄にやる気のある輩ばかりじゃな……」
忙しなく駆け回る三人を遠目に眺めアーデルハイト(ka3133)は呆れた様に呟いた。
適した高さにある枝を見つけランタンをぶらさげながら、アーデルハイトは額に浮かぶ汗を拭う。日陰でも和らぐ事ない炎天下での作業――まったく、誤算であった。
そう思いながらも直接文句を吐く事無く付き合っているのは何故だろうか。
例えば本当は真摯に、亡くなった子供達を不憫に思っているから――ではない。そのような事は全くない。ああ、全くないとも――と、いうのは本人の談だが。
ともあれ、アーデルハイトは確かにこの暑さに苛立ちながらも、誰に不満をぶつける事無く作業を続けていた。
●
墓場の光源確保と地形確認、そして町での情報収集。夕刻になり墓地の入り口で合流したハンター達はそれぞれの成果を共有し、いよいよゾンビ退治に繰り出そうとしていた。
「ゾンビか……歪虚なのかな。幽霊だったりしてね――なんにせよ、被害が出ている以上放置はできないね」
「は、ゆーれー? んな非科学的なもんいる訳ねーだろ」
冗談を交ぜながら意志確認をするルドルフとトルステン。口は開かないがフェイルとアーデルハイトも覚悟は出来ているらしい。
続けてルドルフは背後を振り返る。どう考えてもこの状況に不向きな幼馴染、ミコトの様子を窺うのが目的だったのだが、
「えっと、ミコ、だいぶ怖がってたけど大丈夫――って、クレールさんに牡丹さんも……大丈夫ですか?」
予想に反して、そこには青い顔が三つ並んでいた。ミコトだけでなく女性陣は皆仲良く震えていた。
「お、お墓に……ゾンビ……けど、子供が犠牲になんてヒーロー的にも見逃せないんだから……こ、怖くなんてないよっ!?」
ルドルフの問いに裏返った声で強がるミコト。動揺が透けて見える瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「子供だもん、夏だもん、肝試しくらいしますよ……! それが、こんな……絶対、見過ごせません……!」
クレールも必死に平静を装うが――直後、背後の物音に悲鳴を上げてしまう。
他二人と比べると牡丹は幾らか余裕があるように見えた。どことなくそわそわしているものの、前者二人が怯えきっている分しっかりして見える。
そんな姿を頼りに思ったのか、相変わらず怯えるミコトが助けを求めるように牡丹に尋ねる。
「ゾンビって……祟ったりとか、しない……?」
「ん、たたり? ……そ、そそそそんなもの、あああるわけないでしょ! ……べ、別に、怖い訳じゃないのよ!? ばかばかしいっ」
――訂正、彼女にも余裕は無かったらしい。
……一抹の不安を残しながらも、夜の帳は下りる。決着の時は迫っていた。
●
死者の領域の中を歩く異端は部外者に敏感なのか、遭遇は思いの外早かった。加えて、上がったのは悲鳴ではなく――実に愉しげな笑い声だった。
「ハハハハハッ!」
数体のゾンビに追われながら、フェイルは端から見れば唖然とするであろう笑みを絶やさない。
墓場を駆け、手にした刀を振りながら――尚も彼は笑い続ける。
「殴ればぶっ壊せるんだから何も怖いことねーよ? 呪い? 祟りぃ? ……あったら俺ちょー即死だから! 安心しろってェ」
誰に――おそらくは離れた位置にいる仲間に――届けるようにフェイルは叫ぶ。その間も手足は休めず、のろまな死体を嘲うように斬撃を重ねていく。
これだけを見れば、彼を異常嗜好の戦闘狂とでも思うだろう。だが街での紳士の振る舞いと同じく――その様は演じているだけのものでしかない。
事実、出鱈目な動きに見えて事前に確認した地形へと敵を誘導している。滅茶苦茶に見えた太刀筋は墓石の一つも傷付けてはいない。
おぞましいゾンビを前にして、彼は僅かも心乱す事無く、冷静であった。
「ゾンビの皆さんは安らかにおやすみなさーい。死体は死体らしく、静かにおねんねしとけっつーの!」
狂気の仮面を被ったまま、洗練された正確無比の一撃を繰り出す。腐敗したゾンビの身体が裂けるのを見下ろしながら、フェイルは嘲りの言葉を口にした。
先手必勝――高速の瞬突が腐った頭蓋を粉砕する。刀を振り抜き、牡丹は包囲の外へ跳ぶ。
距離を取った彼女を釣られる様にゾンビたちがゆらゆらと追いかける。
「鬼さんこちら、ってね……鬼じゃなくて、ゾンビだけど」
位置取りをしくじらない様に確認しつつ、着物を翻して舞い動く牡丹。その動きに怯えは無い。
――まぁ、鬼でもゾンビでも、音量じゃないだけマシだわ。斬れるもの。
単純だが真実である。目の前に在り、確かに両断し得るものに怯える必要がどこにあろうか。
戦意を充溢させ、大きく息を吸い込む。丹田よりマテリアルを全身に行き渡らせる構え、そして、
「――疾風剣ッ!」
駿足の踏み込みと、敵の胴を真っ二つに切り裂く真剣の一閃――刃は止まる事無く柔らかいアンデッドの肉を落とした。
そして、残るゾンビを――後方より飛来する一条の光が吹き飛ばした。
「――やけに怖がっておった者が多かった気がするが大丈夫なんじゃろうな……」
アーデルハイトは周囲を窺い、マテリアルを魔導拳銃へ注ぎ敵の到来に備える。周辺で接敵すれば此処に誘い込む手筈になっていた。
待つ事ほんの数分、仲間の一人が近づいてきた。不死者を連れ回し朽葉の着物を翻し立ち回る、牡丹の姿を確認した。
手筈通り、前衛と合流できた。ならば、やる事は一つ――集中するエネルギーを前面に向けて放つ。現れたる一条の光の矢、それは真っ直ぐに飛び去りゾンビの群れを吹き飛ばした。
自覚はあるが――元来自室に籠もり機械弄りに没頭する身に精密な援護など向いていない。正確に標的を撃ち抜くという大層な芸、披露するほどの自身は微塵も無かった。
故に、機導砲による一撃を選択した訳だ。閃光が晴れた先、人影は未だ健在である。
牡丹の位置を確認するや否や、アーデルハイトは第二弾をぶっ放した。
ジェットブーツで空を舞い、地に降り立てば機導剣を一閃し――クレールはゾンビの数を減らしていた。だが、
「――うぅ……夜の墓地、やっぱり怖い……祟りとか」
迫り来るゾンビ――というよりもこの空間に、怯え続けていた。
でも。それでも、とクレールは勇気を振り絞る。犠牲になった罪の無い子供達、その仇だと思えば退く事などあり得なかった。
意識を切り替え、眼前の敵を睨む。先には腐り果てた体を動かす死体が、三体。
「三体くらいなら纏めて蹴散らす!」
右の掌のそれと呼応するように、掲げた杖に輝ける青い月の紋章が浮かぶ。
「――月雫っ!!」
与えられた名を叫ぶと共に、媒介たる杖が振られる。同時に紋章の光が三本の、三日月状の刃と化す。
瞬間――光は奔り、三叉の剣は消失した。但し、その軌跡は確かに彼女の敵を貫いていた。
「お、御札も持ったし……いざとなればルゥ君やステン君が、いるもんね……っ」
「だって、頼られてるよステン」
「ハァ? ミコのサポートはルディの役だろ」
唯一、三人で行動する彼らは緊張感の無い会話を続けていた。それぞれが手にした武器さえなければそれこそ、仲の良い友人同士での肝試しの最中にさえ見えただろう。
後方を警戒するルドルフ。三人の中間に立つトルステン。そして先頭にミコトの布陣で彼らは墓地を進んでいた。
――周囲から戦闘音が聞こえる。他の音が廃された静かな空間ではそれらの喧騒は良く拾えた。
三人一組で進んでいた彼等もまた、既に戦いを始めていた。
最前線を走るミコトを援護するようにルドルフのリボルバーが銃弾を吐き出す。銃撃は聳え立つ墓石を避け、敵の体とその足元へ撃ち込まれる。
「ミコ、右にいる!」
声に従い、ミコトが跳躍する。ルドルフは後方、仲間達とゾンビの動きを見渡して仲間へと伝達する。
ゾンビの数は目に見えるだけで七――否、八か。こちらは三人、他に行かず敵が集中してくれるのは全体としては好都合だ。だが、数の多さはそのまま危険度に直結する。
「っ、ステン!」
「っひ……!」
墓石の裏側からトルステンの近くに飛び出したゾンビの存在を叫ぶ。トルステンは小さく悲鳴を上げながら距離を取り、
「な、なんでもねーし!」
何かを誤魔化す様に叫び、ホーリーライトで亡者を撃ち抜いた。
無事に襲撃をかわしたのを確認し、ルドルフは再び前方のミコトに視線を戻す。
「し、死んでまで攻撃しちゃって、ごめんなさい……っ! どうか、安らかに眠ってください……っ」
相変わらず怖がって謝りながら攻撃を繰り出す――なんとも妙な絵面だが、戦況は上々だった。
斬り、突き、多様な剣筋を素早い動きに乗せ繰り出すミコトにゾンビ達は翻弄されている。数の利は向こうにあるが、個々の能力値は比べるべくも無い。
そして、およそ知能と呼べるものまで腐り果てたゾンビ達はその利すらを棒に振る。動き回る、目立つミコトに集中し、一箇所に固まっていくのだ。
「――ステン!」
好機を見定め、ルドルフが叫ぶ。判断を同じくしたトルステンは既に、その準備に取り掛かっていた。ゾンビ達の背後を取るように移動し、
「――土を土に、灰を灰に、塵を塵に還し給え!」
その詠唱、聖なる祝詞を紡ぎ上げる。術者を中心に広がる鎮魂の唄は不浄の死者を虜とし、その場に動きを封じる。
レクイエムの旋律に射抜かれたゾンビ達は身動きが取れない、そして狩人達の攻撃が止む道理は無い――――
●
「……空っぽ、だねぇ」
掘り返した墓穴は僅かな腐敗臭を漂わせるだけで、中には何もいなかった。どこかつまらなそうにフェイルは吐き捨てる。
ゾンビを一掃した後、再発を防ぐ為に元凶となった死体の埋葬場所を掘り返した――結果が空の墓穴であった。
何も無い穴の底を見つめトルステンが呟く。
「……既にゾンビ化して這い出て、俺等が倒した……?」
「……そうかもね。何にせよ、元凶はもうここには無い。一応、暫くは警戒するよう伝えて、引き上げようか」
フェイルはそう言って墓地の外へと向かって歩き出し、トルステンも後に続いた。
不死者の怪物は滅び、墓地は再び死者の寝床としての姿を取り戻した。その眠りが再び妨げられる事があるのか――そんなの、誰が知るはずもない。
「過去に化け物が出たか? はて、聞いた事はないが」
突如墓場に現れたゾンビ。その原因を解明するべく、ハンター達は町で聞き込み調査を行っていた。
初老の男性と話すフェイル・シャーデンフロイデ(ka4808)は手馴れた様子で情報を聞き出していた。
「そうですね、かなり昔の――それこそ伝承や童話として伝えられる様なものでかまわないのですが……ご存じないでしょうか」
「……いや、やはり覚えはないなぁ。すまないね」
「いいえ、お時間をいただいてしまい申し訳ありませんでした」
終始丁寧に柔らかな物腰を保ったままでフェイルは会話を終えた。相手が会釈し背中を向けると、笑顔から一転して気だるげな表情を覗かせる。
「……執事をやってた頃を思い出すな……まぁ、あれも暗殺の一環だったけれど」
誰にも聞こえないような小さな声でそう呟く。柔和な人柄を演技する事で過去の経験がふと脳裏に過ぎった。
「――すいません。少し、お話をよろしいでしょうか」
だがそれも束の間、傍を通り過ぎる女性に執事の――仕事の顔に戻って声をかけた。
「……成程、近頃余所者を葬った、と」
町の若者達の話を聞いていたトルステン=L=ユピテル(ka3946)は合点がいったと頷く。
「ああ……この間、どっかの戦場から延びて来た兵士をな。なぁ、誰か詳しく知らねぇの?」
「知るかよ。そいつ、町の入り口でくたばってたんだろ。そのまま野晒しも無いだろってんで弔って、それっきりとか」
情報提供の礼を言い、トルステンはその場を後にした。
これまで町にゾンビが現れた事は無かった。過去に遡っても伝承に類する話も無く、墓場そのものにも曰くありげな由来は無し。
とくれば、急な異常は外からやって来た可能性が高い。埋葬されたという余所者が発端だったのかもしれない。
次の情報を求め歩くトルステンは丁度子供を見つけ声をかけようとしたが、その場には先客がいた。
「……そう、話を聞けて助かったわ。わかってるだろうけど、面白半分で夜に出かけたりしない事。特にお墓にはしばらく立ち入り禁止、いいわね」
姿勢を低くして子供達と話していた牡丹(ka4816)が立ち上がり、手を振って立ち去ろうと踵を返す。と、丁度トルステンと目が合う。
「あ――……どう、そっちは」
「ん、そうだな――」
急な遭遇に気まずそうに言葉をかわす。本番の夜までまだ時間がある、落ち合うには少し早いようだ。
●
町に出た三人を除くハンター達は事件現場である墓場を訪れていた。
夏の太陽が注ぐ墓場の中を彼等は周る。前情報の通り、日中にゾンビの気配は無い。
「夜しか出ないなら、昼は……お墓に自分から戻ってるの? なら地面に跡がある筈だけど……」
暗くなった時間帯に出る、と言っても何も無い場所から突然沸く訳でもない。当然の疑問を持ってクレール(ka0586)は地面を検める――予想通り、墓石の傍にはそれと思わしき無数の跡が残っていた。
「やっぱりお墓の中に……? でも、お墓を暴く事は出来ないよね……」
一緒に地面を調べていたミコト=S=レグルス(ka3953)の言葉にクレールも頷く。さすがに罰当たりというか――正直、気が引けてしまう。
穴の跡、その全てに潜んでいる訳でもなし――仮にそうだとしても、広い墓場の全てを掘り返すなど時間が幾らあっても足りない。
「――ミコ、こっちに灯りが要りそうだ。手伝ってくれるかい?」
地面とにらめっこする二人にルドルフ・デネボラ(ka3749)が声をかける。
彼が示す方は周囲の灯りが少なく、夜になれば濃い暗闇に覆われることは容易に想像できた。
「わわ、ごめんね、ルゥ君! 今手伝うよ」
「あ、私もお手伝いします」
地面の下に潜むであろうゾンビ、その痕跡が多い箇所を気にかけるに留め二人はルドルフの手伝いに向かった。
手には灯りとなるランタンや松明がある。夜間戦闘になれば視界の確保は最優先となる為、ハンター達はそれぞれ視界確保用の道具を持参していた。
だが、実際にそれらを使う事はなかった。町の協力が得られないかとミコトが尋ねた結果、そちらから明かりが支給される事になったのである。
墓場には元々外灯が設置されてはいたが墓地の広さに対して数が少なく、光が満足に行き届かない場所が存在していた。
彼等が行っているのは後の憂いと成り得る、この領域を潰す作業である。ある程度の間隔を置き、出来るだけ暗がりを作らないよう留意しランタンと松明を設置していく。
「ふん、夜間の仕事ならば涼しかろうと思い受けたというに、わざわざ事前準備とは――無駄にやる気のある輩ばかりじゃな……」
忙しなく駆け回る三人を遠目に眺めアーデルハイト(ka3133)は呆れた様に呟いた。
適した高さにある枝を見つけランタンをぶらさげながら、アーデルハイトは額に浮かぶ汗を拭う。日陰でも和らぐ事ない炎天下での作業――まったく、誤算であった。
そう思いながらも直接文句を吐く事無く付き合っているのは何故だろうか。
例えば本当は真摯に、亡くなった子供達を不憫に思っているから――ではない。そのような事は全くない。ああ、全くないとも――と、いうのは本人の談だが。
ともあれ、アーデルハイトは確かにこの暑さに苛立ちながらも、誰に不満をぶつける事無く作業を続けていた。
●
墓場の光源確保と地形確認、そして町での情報収集。夕刻になり墓地の入り口で合流したハンター達はそれぞれの成果を共有し、いよいよゾンビ退治に繰り出そうとしていた。
「ゾンビか……歪虚なのかな。幽霊だったりしてね――なんにせよ、被害が出ている以上放置はできないね」
「は、ゆーれー? んな非科学的なもんいる訳ねーだろ」
冗談を交ぜながら意志確認をするルドルフとトルステン。口は開かないがフェイルとアーデルハイトも覚悟は出来ているらしい。
続けてルドルフは背後を振り返る。どう考えてもこの状況に不向きな幼馴染、ミコトの様子を窺うのが目的だったのだが、
「えっと、ミコ、だいぶ怖がってたけど大丈夫――って、クレールさんに牡丹さんも……大丈夫ですか?」
予想に反して、そこには青い顔が三つ並んでいた。ミコトだけでなく女性陣は皆仲良く震えていた。
「お、お墓に……ゾンビ……けど、子供が犠牲になんてヒーロー的にも見逃せないんだから……こ、怖くなんてないよっ!?」
ルドルフの問いに裏返った声で強がるミコト。動揺が透けて見える瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「子供だもん、夏だもん、肝試しくらいしますよ……! それが、こんな……絶対、見過ごせません……!」
クレールも必死に平静を装うが――直後、背後の物音に悲鳴を上げてしまう。
他二人と比べると牡丹は幾らか余裕があるように見えた。どことなくそわそわしているものの、前者二人が怯えきっている分しっかりして見える。
そんな姿を頼りに思ったのか、相変わらず怯えるミコトが助けを求めるように牡丹に尋ねる。
「ゾンビって……祟ったりとか、しない……?」
「ん、たたり? ……そ、そそそそんなもの、あああるわけないでしょ! ……べ、別に、怖い訳じゃないのよ!? ばかばかしいっ」
――訂正、彼女にも余裕は無かったらしい。
……一抹の不安を残しながらも、夜の帳は下りる。決着の時は迫っていた。
●
死者の領域の中を歩く異端は部外者に敏感なのか、遭遇は思いの外早かった。加えて、上がったのは悲鳴ではなく――実に愉しげな笑い声だった。
「ハハハハハッ!」
数体のゾンビに追われながら、フェイルは端から見れば唖然とするであろう笑みを絶やさない。
墓場を駆け、手にした刀を振りながら――尚も彼は笑い続ける。
「殴ればぶっ壊せるんだから何も怖いことねーよ? 呪い? 祟りぃ? ……あったら俺ちょー即死だから! 安心しろってェ」
誰に――おそらくは離れた位置にいる仲間に――届けるようにフェイルは叫ぶ。その間も手足は休めず、のろまな死体を嘲うように斬撃を重ねていく。
これだけを見れば、彼を異常嗜好の戦闘狂とでも思うだろう。だが街での紳士の振る舞いと同じく――その様は演じているだけのものでしかない。
事実、出鱈目な動きに見えて事前に確認した地形へと敵を誘導している。滅茶苦茶に見えた太刀筋は墓石の一つも傷付けてはいない。
おぞましいゾンビを前にして、彼は僅かも心乱す事無く、冷静であった。
「ゾンビの皆さんは安らかにおやすみなさーい。死体は死体らしく、静かにおねんねしとけっつーの!」
狂気の仮面を被ったまま、洗練された正確無比の一撃を繰り出す。腐敗したゾンビの身体が裂けるのを見下ろしながら、フェイルは嘲りの言葉を口にした。
先手必勝――高速の瞬突が腐った頭蓋を粉砕する。刀を振り抜き、牡丹は包囲の外へ跳ぶ。
距離を取った彼女を釣られる様にゾンビたちがゆらゆらと追いかける。
「鬼さんこちら、ってね……鬼じゃなくて、ゾンビだけど」
位置取りをしくじらない様に確認しつつ、着物を翻して舞い動く牡丹。その動きに怯えは無い。
――まぁ、鬼でもゾンビでも、音量じゃないだけマシだわ。斬れるもの。
単純だが真実である。目の前に在り、確かに両断し得るものに怯える必要がどこにあろうか。
戦意を充溢させ、大きく息を吸い込む。丹田よりマテリアルを全身に行き渡らせる構え、そして、
「――疾風剣ッ!」
駿足の踏み込みと、敵の胴を真っ二つに切り裂く真剣の一閃――刃は止まる事無く柔らかいアンデッドの肉を落とした。
そして、残るゾンビを――後方より飛来する一条の光が吹き飛ばした。
「――やけに怖がっておった者が多かった気がするが大丈夫なんじゃろうな……」
アーデルハイトは周囲を窺い、マテリアルを魔導拳銃へ注ぎ敵の到来に備える。周辺で接敵すれば此処に誘い込む手筈になっていた。
待つ事ほんの数分、仲間の一人が近づいてきた。不死者を連れ回し朽葉の着物を翻し立ち回る、牡丹の姿を確認した。
手筈通り、前衛と合流できた。ならば、やる事は一つ――集中するエネルギーを前面に向けて放つ。現れたる一条の光の矢、それは真っ直ぐに飛び去りゾンビの群れを吹き飛ばした。
自覚はあるが――元来自室に籠もり機械弄りに没頭する身に精密な援護など向いていない。正確に標的を撃ち抜くという大層な芸、披露するほどの自身は微塵も無かった。
故に、機導砲による一撃を選択した訳だ。閃光が晴れた先、人影は未だ健在である。
牡丹の位置を確認するや否や、アーデルハイトは第二弾をぶっ放した。
ジェットブーツで空を舞い、地に降り立てば機導剣を一閃し――クレールはゾンビの数を減らしていた。だが、
「――うぅ……夜の墓地、やっぱり怖い……祟りとか」
迫り来るゾンビ――というよりもこの空間に、怯え続けていた。
でも。それでも、とクレールは勇気を振り絞る。犠牲になった罪の無い子供達、その仇だと思えば退く事などあり得なかった。
意識を切り替え、眼前の敵を睨む。先には腐り果てた体を動かす死体が、三体。
「三体くらいなら纏めて蹴散らす!」
右の掌のそれと呼応するように、掲げた杖に輝ける青い月の紋章が浮かぶ。
「――月雫っ!!」
与えられた名を叫ぶと共に、媒介たる杖が振られる。同時に紋章の光が三本の、三日月状の刃と化す。
瞬間――光は奔り、三叉の剣は消失した。但し、その軌跡は確かに彼女の敵を貫いていた。
「お、御札も持ったし……いざとなればルゥ君やステン君が、いるもんね……っ」
「だって、頼られてるよステン」
「ハァ? ミコのサポートはルディの役だろ」
唯一、三人で行動する彼らは緊張感の無い会話を続けていた。それぞれが手にした武器さえなければそれこそ、仲の良い友人同士での肝試しの最中にさえ見えただろう。
後方を警戒するルドルフ。三人の中間に立つトルステン。そして先頭にミコトの布陣で彼らは墓地を進んでいた。
――周囲から戦闘音が聞こえる。他の音が廃された静かな空間ではそれらの喧騒は良く拾えた。
三人一組で進んでいた彼等もまた、既に戦いを始めていた。
最前線を走るミコトを援護するようにルドルフのリボルバーが銃弾を吐き出す。銃撃は聳え立つ墓石を避け、敵の体とその足元へ撃ち込まれる。
「ミコ、右にいる!」
声に従い、ミコトが跳躍する。ルドルフは後方、仲間達とゾンビの動きを見渡して仲間へと伝達する。
ゾンビの数は目に見えるだけで七――否、八か。こちらは三人、他に行かず敵が集中してくれるのは全体としては好都合だ。だが、数の多さはそのまま危険度に直結する。
「っ、ステン!」
「っひ……!」
墓石の裏側からトルステンの近くに飛び出したゾンビの存在を叫ぶ。トルステンは小さく悲鳴を上げながら距離を取り、
「な、なんでもねーし!」
何かを誤魔化す様に叫び、ホーリーライトで亡者を撃ち抜いた。
無事に襲撃をかわしたのを確認し、ルドルフは再び前方のミコトに視線を戻す。
「し、死んでまで攻撃しちゃって、ごめんなさい……っ! どうか、安らかに眠ってください……っ」
相変わらず怖がって謝りながら攻撃を繰り出す――なんとも妙な絵面だが、戦況は上々だった。
斬り、突き、多様な剣筋を素早い動きに乗せ繰り出すミコトにゾンビ達は翻弄されている。数の利は向こうにあるが、個々の能力値は比べるべくも無い。
そして、およそ知能と呼べるものまで腐り果てたゾンビ達はその利すらを棒に振る。動き回る、目立つミコトに集中し、一箇所に固まっていくのだ。
「――ステン!」
好機を見定め、ルドルフが叫ぶ。判断を同じくしたトルステンは既に、その準備に取り掛かっていた。ゾンビ達の背後を取るように移動し、
「――土を土に、灰を灰に、塵を塵に還し給え!」
その詠唱、聖なる祝詞を紡ぎ上げる。術者を中心に広がる鎮魂の唄は不浄の死者を虜とし、その場に動きを封じる。
レクイエムの旋律に射抜かれたゾンビ達は身動きが取れない、そして狩人達の攻撃が止む道理は無い――――
●
「……空っぽ、だねぇ」
掘り返した墓穴は僅かな腐敗臭を漂わせるだけで、中には何もいなかった。どこかつまらなそうにフェイルは吐き捨てる。
ゾンビを一掃した後、再発を防ぐ為に元凶となった死体の埋葬場所を掘り返した――結果が空の墓穴であった。
何も無い穴の底を見つめトルステンが呟く。
「……既にゾンビ化して這い出て、俺等が倒した……?」
「……そうかもね。何にせよ、元凶はもうここには無い。一応、暫くは警戒するよう伝えて、引き上げようか」
フェイルはそう言って墓地の外へと向かって歩き出し、トルステンも後に続いた。
不死者の怪物は滅び、墓地は再び死者の寝床としての姿を取り戻した。その眠りが再び妨げられる事があるのか――そんなの、誰が知るはずもない。
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夜は墓場で運動会? ミコト=S=レグルス(ka3953) 人間(リアルブルー)|16才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2015/08/17 02:49:43 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/08/13 01:42:55 |