ゲスト
(ka0000)
暗雲
マスター:湖欄黒江

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 少なめ
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/08/18 15:00
- 完成日
- 2015/08/27 05:58
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
「ねぇ、マティ。エミールとクルトだけど、ジンプリチシムスに取られちまったって」
「え?」
バラックの掃除をしていたマティは手を止め、奥の毛布の上に伏せっていた老婆のほうを振り返る。
「3丁目の親父から聞いたんだ。
新入りらしい子供がふたり、連中にくっついて歩いてるのを見た、ってさ……」
帝都・バルトアンデルスの貧民街。
そこに暮らす芸術家の女性・マティは、河原の浮浪者仲間のバラックを、数日振りに訪れていた。
このところ、何人かの仲間と後見人の画商に手伝われつつ、
アトリエに泊まり込みで開設準備をしていたのだが、
河原のリーダーである老婆が体調を崩したと聞いて、帰って来たのだ。
「いつから居ないの、あの子たち」
「1週間前から……人を探しにやったけど、最近はまた物騒な噂もあってね。
子供や爺さん連中に、あまり無茶はさせられないしねぇ」
「もっと早くに言ってくれれば!」
そこで、老婆が咳き込みつつ身体を起こした。
「マティ。あんたは今忙しい身じゃないか、余計な心配かけたくなかったんだよ。
居場所は見当がついたんだし、私が話をつけにいくつもりで……」
マティは腰に両手を当て、大きく溜め息を吐いてみせる。
「私たちは仲間、そう言い出したのは貴方でしょうに。
仲間を助ける為なら、私が出すもの出すのは当然のことよ。私に任せて。
物騒な噂があるなら尚更、ふたりをそんな危ないところに置いておけない。すぐ帰させなきゃ」
老婆は何ごとか答えようとしたが、かぶりを振り、また毛布に寝転がった。
「夏場はどうしてもね、河の水が悪くなるよ。
風に混じった湿気が身体に良くないのかもね。毎年のことさ。じき治る」
老婆はそう言うが、マティは心配だった。医者を呼ぶべきかも知れない。
しかし近頃は忙し過ぎて、何もかもへは手が回らない。
先日、帝都の美術展覧会にマティの画が飾られ、お蔭でパトロン以外からも新しい注文が舞い込んだ。
加えて、ハンターの勧めで開くことになったアトリエの準備もある。
資金面でもぎりぎりだ。アトリエ用の倉庫を買い、仲間たちの食事を賄い、
更には貧民街の外での人付き合いも増えたので、恥ずかしくない身なりをするにも何かと入用だった。
今までに受け取った画の代金だけでは、そう贅沢はできない。
(仲間を助けるのが先か、その為の資金を稼ぐのが先か……しばらくは自転車操業になりそうね)
兎に角、まずはエミールとクルトの一件だ。
ふたりともまだ10歳を越えたか越えないかの子供で、とてもギャングに預けてはおけない。
今回はマティも躊躇なく、ハンターたちを頼るつもりになった。
●
「シュタートゥエの連中、そろそろ限界ですよ。
この1か月と少しで、8人は殺られてますからね。その内、死体が見つかったのはふたりだけです」
帝都某所の事務所にて、実業家・フリクセルは、
自身が肩入れしていた貧民街ギャングの一方・シュタートゥエの旗色がどうも悪い、と報告を受けていた。
「うちの兵隊は」
「誰も、傷ひとつ付けられちゃいません。シュタートゥエの者だけ狙って、ひとりずつ消してる様子で」
「嫌味な餓鬼だ」
フリクセルは火をつけたばかりの葉巻を、苛立たしげに灰皿へ押しつける。
彼がバルトアンデルス市長、そして銀行家のヴェールマンと組んで計画中の、貧民街再開発。
街を完全に掌握する為には、得体の知れない少年ギャングのジンプリチシムス団より、
古参で御し易そうなシュタートゥエを支持するのが、当初は賢明と思われたのだが、
「餓鬼どもは大して稼ぎもないだろうに、金の流れさえ抑えれば、と考えたのがいけなかった」
「ここは腹を括って、火を入れますか? 憲兵隊も、反体制組織のほうに注意が向いているようですし」
「その『反体制組織』が! 俺に厄介の種を持ち込んどるんだろうが、今……!」
先日発生した、シュレーベンラント州のヴルツァライヒ蜂起。
その巻き添えを食って、フリクセルが経営する警備会社・FSDは窮地に立たされている。
蜂起のどさくさで明るみに出た、革命債の違法換金と、反抗した労働者たちに対する過剰防衛の事実。
「紡績協会は遅かれ早かれ、うちとの契約を打ち切る腹積もりだ。
州外での契約も危うい。そんなときに俺の周りで、また荒事を起こせばどうなるか。
憲兵や役人に嗅がせる鼻薬にも限度がある。この上、帝都で戦争なんてのは、なしだ!」
「では」
報告中だった部下は、ふと後ろを振り返り、
「方針を切り替えて、ジンプリチシムスと組みますか? 奴らもひとまず、我々と戦争する気はないようですし。
その気なら、とうにシュタートゥエの酒場へ殴り込んでますよ」
フリクセルは渋面を作って呻きつつ、新しい葉巻を金のケースから抜き出した。
部下がさっとマッチを取り、1本擦って火を差し出そうとしたとき、
「ボス」
「ブラウか。入れ」
ジンプリチシムス団との交渉役を務めていた別の部下が、神妙な顔をして入って来た。
「連中のリーダーが、ボスと1度会って話がしたい、と」
フリクセルとふたりの部下は、しばし顔を見合わせる。それから、フリクセルが葉巻を突きつけて、言った。
「分かった。お前らで段取りしろ」
●
少年ギャングのリーダー・ライデンの手元にあるのは、1本の絞首索。
腹心のひとりで筋骨隆々の大男・ドラッヘが、これを使ってシュタートゥエ6人を殺した。
「後のふたりは?」
「マヌエルがへまをして、逃げられかけた。
相手は賭場の上がりを回収した帰りで、近くを客がまだうろついてた。時間がない……」
ドラッヘは肩をすぼめ、
「殴って首を折った。死体は隠す暇がなかった、済まない」
「良いさ。フリクセルの使いが上手くやったんだろ、新聞沙汰にゃなってねぇ。
ま、これであの親父も考えを変える頃合いだ。警備会社のごたごたもあって、奴の手札は限られてる」
「まさか、あの反乱ともタイミングを合わせたのか? そこまで――」
「そこまでじゃねぇよ、俺も」
ライデンはにやりと笑って応え、
「あっちの勝手さ。ヴルツァライヒの」
絞首索を投げ出して立ち上がり、ドラッヘと共に廃屋の一室を出れば、
戸口の横にエルフの拳銃使い・ヴァイデが控えていて、後ろからついて来た。
3人が階段を下りて、崩れかけたアパルトマンの中庭へ出ると、
ギャングの中でもとりわけ幼い子供たちが、玩具もなしに何やら遊んでいる。
「締まらねぇな」
ヴァイデが欠伸混じりに呟いた。
「いつまでお守りをしてりゃ良いんだ? ジンプリチシムス団、本格始動じゃなかったのかよ」
「あんまり長く続くと、飯代も馬鹿にならないぞ。
馬車も止めて、有り金だけじゃそうもたない。考えはあるんだろうな?」
ドラッヘが問うと、ライデンは自分の懐に手を差し入れ、小さなガラス瓶をふたりに見せる。
瓶の中身は、薄紫色をした何かの液体。
「こいつが次の手だ」
「ねぇ、マティ。エミールとクルトだけど、ジンプリチシムスに取られちまったって」
「え?」
バラックの掃除をしていたマティは手を止め、奥の毛布の上に伏せっていた老婆のほうを振り返る。
「3丁目の親父から聞いたんだ。
新入りらしい子供がふたり、連中にくっついて歩いてるのを見た、ってさ……」
帝都・バルトアンデルスの貧民街。
そこに暮らす芸術家の女性・マティは、河原の浮浪者仲間のバラックを、数日振りに訪れていた。
このところ、何人かの仲間と後見人の画商に手伝われつつ、
アトリエに泊まり込みで開設準備をしていたのだが、
河原のリーダーである老婆が体調を崩したと聞いて、帰って来たのだ。
「いつから居ないの、あの子たち」
「1週間前から……人を探しにやったけど、最近はまた物騒な噂もあってね。
子供や爺さん連中に、あまり無茶はさせられないしねぇ」
「もっと早くに言ってくれれば!」
そこで、老婆が咳き込みつつ身体を起こした。
「マティ。あんたは今忙しい身じゃないか、余計な心配かけたくなかったんだよ。
居場所は見当がついたんだし、私が話をつけにいくつもりで……」
マティは腰に両手を当て、大きく溜め息を吐いてみせる。
「私たちは仲間、そう言い出したのは貴方でしょうに。
仲間を助ける為なら、私が出すもの出すのは当然のことよ。私に任せて。
物騒な噂があるなら尚更、ふたりをそんな危ないところに置いておけない。すぐ帰させなきゃ」
老婆は何ごとか答えようとしたが、かぶりを振り、また毛布に寝転がった。
「夏場はどうしてもね、河の水が悪くなるよ。
風に混じった湿気が身体に良くないのかもね。毎年のことさ。じき治る」
老婆はそう言うが、マティは心配だった。医者を呼ぶべきかも知れない。
しかし近頃は忙し過ぎて、何もかもへは手が回らない。
先日、帝都の美術展覧会にマティの画が飾られ、お蔭でパトロン以外からも新しい注文が舞い込んだ。
加えて、ハンターの勧めで開くことになったアトリエの準備もある。
資金面でもぎりぎりだ。アトリエ用の倉庫を買い、仲間たちの食事を賄い、
更には貧民街の外での人付き合いも増えたので、恥ずかしくない身なりをするにも何かと入用だった。
今までに受け取った画の代金だけでは、そう贅沢はできない。
(仲間を助けるのが先か、その為の資金を稼ぐのが先か……しばらくは自転車操業になりそうね)
兎に角、まずはエミールとクルトの一件だ。
ふたりともまだ10歳を越えたか越えないかの子供で、とてもギャングに預けてはおけない。
今回はマティも躊躇なく、ハンターたちを頼るつもりになった。
●
「シュタートゥエの連中、そろそろ限界ですよ。
この1か月と少しで、8人は殺られてますからね。その内、死体が見つかったのはふたりだけです」
帝都某所の事務所にて、実業家・フリクセルは、
自身が肩入れしていた貧民街ギャングの一方・シュタートゥエの旗色がどうも悪い、と報告を受けていた。
「うちの兵隊は」
「誰も、傷ひとつ付けられちゃいません。シュタートゥエの者だけ狙って、ひとりずつ消してる様子で」
「嫌味な餓鬼だ」
フリクセルは火をつけたばかりの葉巻を、苛立たしげに灰皿へ押しつける。
彼がバルトアンデルス市長、そして銀行家のヴェールマンと組んで計画中の、貧民街再開発。
街を完全に掌握する為には、得体の知れない少年ギャングのジンプリチシムス団より、
古参で御し易そうなシュタートゥエを支持するのが、当初は賢明と思われたのだが、
「餓鬼どもは大して稼ぎもないだろうに、金の流れさえ抑えれば、と考えたのがいけなかった」
「ここは腹を括って、火を入れますか? 憲兵隊も、反体制組織のほうに注意が向いているようですし」
「その『反体制組織』が! 俺に厄介の種を持ち込んどるんだろうが、今……!」
先日発生した、シュレーベンラント州のヴルツァライヒ蜂起。
その巻き添えを食って、フリクセルが経営する警備会社・FSDは窮地に立たされている。
蜂起のどさくさで明るみに出た、革命債の違法換金と、反抗した労働者たちに対する過剰防衛の事実。
「紡績協会は遅かれ早かれ、うちとの契約を打ち切る腹積もりだ。
州外での契約も危うい。そんなときに俺の周りで、また荒事を起こせばどうなるか。
憲兵や役人に嗅がせる鼻薬にも限度がある。この上、帝都で戦争なんてのは、なしだ!」
「では」
報告中だった部下は、ふと後ろを振り返り、
「方針を切り替えて、ジンプリチシムスと組みますか? 奴らもひとまず、我々と戦争する気はないようですし。
その気なら、とうにシュタートゥエの酒場へ殴り込んでますよ」
フリクセルは渋面を作って呻きつつ、新しい葉巻を金のケースから抜き出した。
部下がさっとマッチを取り、1本擦って火を差し出そうとしたとき、
「ボス」
「ブラウか。入れ」
ジンプリチシムス団との交渉役を務めていた別の部下が、神妙な顔をして入って来た。
「連中のリーダーが、ボスと1度会って話がしたい、と」
フリクセルとふたりの部下は、しばし顔を見合わせる。それから、フリクセルが葉巻を突きつけて、言った。
「分かった。お前らで段取りしろ」
●
少年ギャングのリーダー・ライデンの手元にあるのは、1本の絞首索。
腹心のひとりで筋骨隆々の大男・ドラッヘが、これを使ってシュタートゥエ6人を殺した。
「後のふたりは?」
「マヌエルがへまをして、逃げられかけた。
相手は賭場の上がりを回収した帰りで、近くを客がまだうろついてた。時間がない……」
ドラッヘは肩をすぼめ、
「殴って首を折った。死体は隠す暇がなかった、済まない」
「良いさ。フリクセルの使いが上手くやったんだろ、新聞沙汰にゃなってねぇ。
ま、これであの親父も考えを変える頃合いだ。警備会社のごたごたもあって、奴の手札は限られてる」
「まさか、あの反乱ともタイミングを合わせたのか? そこまで――」
「そこまでじゃねぇよ、俺も」
ライデンはにやりと笑って応え、
「あっちの勝手さ。ヴルツァライヒの」
絞首索を投げ出して立ち上がり、ドラッヘと共に廃屋の一室を出れば、
戸口の横にエルフの拳銃使い・ヴァイデが控えていて、後ろからついて来た。
3人が階段を下りて、崩れかけたアパルトマンの中庭へ出ると、
ギャングの中でもとりわけ幼い子供たちが、玩具もなしに何やら遊んでいる。
「締まらねぇな」
ヴァイデが欠伸混じりに呟いた。
「いつまでお守りをしてりゃ良いんだ? ジンプリチシムス団、本格始動じゃなかったのかよ」
「あんまり長く続くと、飯代も馬鹿にならないぞ。
馬車も止めて、有り金だけじゃそうもたない。考えはあるんだろうな?」
ドラッヘが問うと、ライデンは自分の懐に手を差し入れ、小さなガラス瓶をふたりに見せる。
瓶の中身は、薄紫色をした何かの液体。
「こいつが次の手だ」
リプレイ本文
●
「あんたのアトリエ目当てに来た奴は、その周辺の店に金を落とす。
雇用も、金も回り始めるし……ガキどもにもちったーマシな生活さしてやれるだろ」
河原のバラック前にて、ウィンス・デイランダール(ka0039)が計画を説明するが、
マティの反応は芳しくなかった。
「新聞での宣伝は構いません。しかし警備会社のことは」
「気に入らねぇか」
ウィンスは肩をすぼめると、河のほうへそっぽを向いてしまった。
「FSDを巻き込むアイデアはレイ・T・ベッドフォード(ka2398)、あの男のもんだ。
俺らの中じゃ、あいつが一番あんたと付き合いが長い。それでも信用できねぇか?」
マティは険しい顔をしつつも、最後には提案を受け入れた。
ウィンスの隣に屈んでいたウォルター・ヨー(ka2967)が、ひょいと立ち上がり、
「へへ……そいじゃ納得して頂けたとこで、あたしらも行ってきやすよ」
「エミールとクルトのふたりを、取り戻して参ります。
……どうしてもお気に召さないのであれば、弟へはわたくしから止めるよう言いつけますが」
ガーベラ・M・ベッドフォード(ka2401)が尋ねると、
「良いわ。彼にも考えがある筈、それを信用します。
フリクセルは嫌いだけど、今、敵に回して勝てる相手じゃないのは分かってる」
ガーベラは頭を下げつつ、ウィンスとウォルターに続こうとする。
去り際、河原に残ったマティが顔を背けて、言った。
「前に働いていた店がフリクセルの傘下で、最初の客も奴だった。
奴は私のことなんか、憶えてもないでしょうけどね」
●
「憶えてたんだな、その男が」
帝都のとあるカフェ。新聞記者・ドリスとメリル・E・ベッドフォード(ka2399)が、
人相書きを手がかりに見つけた、ライデンの情報について話し合う。
「5年前、アネリブーベでライデン――
に良く似た少年と会ってるらしい。当時、奴はまだ10代前半だった」
「第十師団が治める、監獄都市でしたね。子供も入れられることがあるんですか?」
「あんまり凶悪犯の場合はね。多分、殺しだろう。
エルフを相棒にして、同じような年少の囚人の中で番張ってたって。
悪餓鬼どものリーダーにしちゃ線が細いってんで、印象に残ってたとさ」
ライデンと腹心のエルフは、アネリブーベ以来の仲間か。
残るスキンヘッドの大男については、未だ手がかりなし。
メリルはメモを取りつつ、手を挙げてウェイターを装った真田 天斗(ka0014)を呼び出した。
彼女は瀟洒なドレスに身を包み、適度に注文をして、
視線だけは周囲に気を配りつつも、極力ハンターと怪しまれない素振りを心がけていた。
天斗はドリスをちら、と見て済まなそうな顔をすると、テーブルを離れていく。
「うん?」
「その、例の約束……」
メリルが言うと、
「ああ……あれね! ま、あんたたちも仕事上、通さなきゃいけない仁義があるんでしょ。
こっちゃ充分良い思いさせてもらったから」
以前、天斗がドリスにもたらした、シャーフブルート村の一件。
お蔭でドリスは他紙に先駆け、農民蜂起やFSDのスキャンダルを記事にできた。
更に詳しいネタを、と天斗は約束していたのだが、
第一師団の依頼で事件に関わった身として、その意に沿わぬリークは難しい。
司法課の介入もあり、捜査にまつわる情報は現状、天斗の自由にならなかった。
「その上、今度も図々しいお願いなのですが」
メリルが、マティのアトリエ開設を報告する。
先日帝都で行われた展覧会で、彼女の作品は目玉のひとつだった。
「是非別の作品も見たい、買いたいという方がいらっしゃる筈です。
しかしマティ様はまだ常設展もなく、閲覧や購入の手段は少ない。
そこで、アトリエのほうを宣伝して頂けたらと」
「需要はあるだろうね。良いよ、任された!
こっちとしても、彼女への取材機会は前々から狙ってたんだ」
●
面会が終わって店を出がけ、
「弟さん元気? まだこの件には関わってんでしょ?」
メリルは弟・レイの訪問先として、とある事務所の住所を告げた。
ドリスは少し遅れて意味に気づくと、面白がっているような顔で、
「遂に対決って訳?」
「荒事にはならないと思うのですが……巻き込んでしまったこと、申し訳ありません」
「ご心配どうも。色々気を回させちゃったみたいだけど」
と、店の中を振り返るドリス。ウェイターの天斗は、いつの間にやら店内から姿を消している。
「まだ危ない目は見てないよ。用心はするけどね」
「サイン、ありがとうございました! お帰りも気をつけて……」
ドリスのサイン入り新聞を胸の前に抱えつつ、メリルはその場を立ち去った。
一方のドリスは仕事場へ戻っていく。少し離れた路地で、
「雑貨屋の角、鳥打ち帽と茶色のチョッキ」
「了解」
天斗はレイとすれ違いざま、ドリスを尾けていた男の監視を引き継ぐ。
ドリスが新聞社に入っていくと、男は小1時間ほど表をうろついた挙句、移動を始める。後を追った。
相手は自身が尾行されることを予測しておらず、気づかれる心配は少ない。
(さて、どんな魚が釣れるのでしょうね、この川では)
小男だった。肩を揺すって大股で歩く仕草からして、やくざ者だろう。
武器の携帯は確実だが、ドリスに対して脅迫や攻撃の意図は見られなかった。
(今は彼女が何処へ行くか、誰と会うか、それだけ確かめたいということか)
●
エミールとクルトは、貧民街北の廃墟群入口で、他の子供たちと屯しているところをガーベラに発見された。
(具合の悪い様子もありませんし、服もまともなものを着ていますね。ですが)
気になったのは、グループの頭らしき少年が拳銃をズボンに差して歩いていること。
他の子供たち、エミールとクルトも、腰から棍棒やナイフを提げている。
(あんな子供も、戦力に数えているのでしょうか)
ウィンスはジンプリチシムスの縄張りについて、改めて情報を集めている最中だった。
しかし安酒で買収した浮浪者も、廃墟群が連中の根城だ、というところまでしか知らなかった。
噂程度だが、周辺の路地や家屋は彼らによって改造され、迷路と化しているとの話も。
シュタートゥエの酒場を訪ねようともしてみたが、殺気立った男たちが店の前に固まっており、
下手に近づいても面倒が増えるだけ、とウィンスは判断した。
「上手く行かなかったようでやすね」
ガーベラから連絡を受け、彼を呼びに来たウォルターが言うと、
「……変わんねーな、ここは」
ウィンスは人気のない街並みを眺めつつ、呟いた。
「建物も道も相変わらず狭っ苦しくて、何処行っても出口のねぇような街だ」
「あたしらみたいなのには、落ち着けるとこでやすよ。
日向ばかりが住み良い場所じゃなし。世の中、暗がりの必要な人間も居る訳で。
風通しはちょいと良くしたほうが、マティの姐さんみたいな人たちには便利とは思いやすがね」
廃墟群の入口前で、ガーベラと合流。情報を共有する。
「この先の路地にふたりは居るようです。拘束されている様子は見られません。
ただ、河原で聞いた限りではどうも近頃、
区内の靴磨きの縄張りを取られて稼ぎが減ったのを気にしていたそうで……」
「成る程、金目当てでねぇ」
ウォルターがひょこひょこと路地へ進み、現れた見張りの子供たちと交渉を始める。
●
とある事務所の上階に、フリクセルは詰めていた。訪れたレイに椅子を勧めつつ、
「君にはいつか世話になったな。酒でもやるかね?」
「結構です。差し出がましいことではありますが、
どうも貧民街のギャングの抑え、芳しくないように思えまして……」
レイの交渉材料は、ジンプリチシムス団。
ライデンの出自について情報を掴んだ、と前置きして、
「我々の狙いはヴルツァライヒです。
シュレーベンラント州の反乱を始め、彼らの悪行は我々ハンターの目にも余る。
そしてライデンもまた、彼らの陰謀に関わっているのではないか、と疑われています」
「証拠があるのかね?」
「いえ。しかし、子供ばかりの彼らに、似つかわしくない重武装……、
反体制派が資本となって、帝都に混乱をもたらす目的、との推理は筋が通るかと」
「だとしたら、全く度し難い連中だな。そうだろ?」
とぼけた顔で葉巻を燻らすフリクセルに、レイが言う。
「シャーフブルートでは残念でしたね」
「やれやれ、君も知ってるか。
反体制派が煽った蜂起を、会社のせいにされてはな! とんだ迷惑だよ」
「紡績協会と契約が切れて、置場のないFSD社員。貧民街へ移してみては如何ですか」
突然の提案に、フリクセルが眉をもたげる。
「我々の知り合いで、マティ、という画家が居ます。今、帝都で話題の若手芸術家なのですが」
貧民街近くに近日設けられる、マティのアトリエについて説明した。
「訪れる客は富裕層が大半でしょう。まずは彼らの警護をFSDで請け負って頂ければ、と。
ライデンが反体制派としての正体を現した場合、実力行使の大義名分にもなる」
「そして行く行くは、街の治安維持全体をFSDが預かる訳だな?」
フリクセルは立って机を回ると、座ったままのレイの肩に手を置いた。
「素晴らしい、願ってもない話だよ! 君は紹介料を取るのかな? いくらでも払おう」
フリクセルの様子を見るに、貧民街へのFSD投入は以前から計画に含まれていたようだ。
(そこへ丁度良い口実を、絶好のタイミングで私が持ち込んだ、という恰好でしょうね)
レイは部屋を出がけに、メリルを介してドリスから得た、ライデンの過去について教える。
本当に彼がアネリブーベ出身だとしたら、
フリクセルのほうがより広く情報を集められるかも知れなかった。
「では、失礼致します」
「ちょっと待った」
フリクセルが呼び止める。
「こないだ、ヴェールマンを訪ねて慈善金がどうのと言った……あれは、君の仲間かね?」
レイは曖昧な笑みを返して、部屋を去った。その背中に、
「慈善金は私が払おう。君への仲介料代わりということで、どうかな」
ふと、レイは考える。フリクセル――マティとハンターたちの動きを、何処まで知っているのか?
●
貧民街北部、ジンプリチシムス団の縄張り。
ガーベラら3人が通されたのは、路地を抜けてすぐ、瓦礫が広がる空地だった。
手下の少年たちに周囲を囲わせつつ、空地の中央の石壇にライデンが座る。
それが通例の交渉スタイルだったが、いつもと違ったのは、
(何だか、おめかししちゃってまさぁね)
ウォルターが見立てた限り、その日のライデンの服装は、
帝都一の高級店にも上がれるような高価な、新品の正装だった。ガーベラが言う。
「ふたりを返して頂けるのでしたら、こちらはそれ以上を望みません。
彼らを預かっていた間の経費、その他金銭的補償についても可能です」
ウィンスはそれとなく彼女を守る立ち位置に就き、
「俺たちは何もあんたらを潰しに来た訳じゃねーし、仕事にケチつけに来たわけでもねーよ。
ガキさえ綺麗なまんまで送り届けられりゃもうオフだ。休日の趣味に悪党退治を嗜んでる訳でもない」
「そういや、お宅はどうしてふたりを囲い込んだんでやすかね?
や、随分若い人たちの集まりと見えたもんでね。好奇心で」
ウォルターが尋ねると、ライデンは尊大な身振りで石壇の上に立ち、
「ふたりに訊けよ。前も言ったが、俺たちゃ勝手に集まって、勝手につるんでるだけだぜ?
入りたきゃ入る、抜けたきゃ抜ける。入ってる間は食い扶持の分、仕事もする。
抜けるなら手前の持ちモンと稼いだ給料抱えて、好きに出てきゃ良い。そら」
ライデンが顎で指すと、少年たちの後ろに隠れていたエミールとクルトが、
エルフの拳銃使いに押されておずおずと前に出てくる。ガーベラは溜め息を吐きつつ、
「マティ様が心配してらっしゃいますよ。他のみんなも。
もし、稼ぎのないことを気に病んでらしたのなら。いずれアトリエが完成します、
そうすれば、貴方たちもきっとマティ様のお役に立てるでしょう。
例えここを離れたくなくとも、今まで世話になった方々へ説明する義務はある筈です」
ふたりは緊張した面持ちでライデンを振り返るが、ボスは何も言わない。
やがて、ふたり共に持っていた棍棒を置くと、
「あの、御免なさい、僕ら……勝手に出てきちゃったから」
「手前らの、元のボスと話をつけて来い。俺は知らねぇ。
行きたきゃ行け、帰りたきゃ帰って来い。
補償だ何だも要らねぇし……今更、改めて口止めもしねぇよ」
一瞬、ふたりが怯えた表情を見せる。
が、揃ってハンターたちのほうへ歩み出るのを、誰も止めはしなかった。
そうして思いの外あっさりと、ふたりの子供の身柄は取り戻された。
「ありがとうございます」
ガーベラが礼を言うと、
「全く、入れ替わり立ち替わり、忙しいこった。
ハンターなんざ雇う金があったら、俺ならもっとマシなこと考えるがね。ヴァイデ!」
ウォルターは、エルフの拳銃使いと睨み合いの最中だった。
エルフが下がると、彼も腰に伸ばしていた手を戻し、
「その懐のもん使って、ギャングごっこはご自由におやんなさい。
ただし、子供を弄んだら、僕が敵になるからね」
言い捨てて、仲間たちが子供ふたりを連れて立ち去るのに続いた。
●
天斗が尾行した男は、イルリ河南岸の『ラングハイン水運』なる事務所に入っていった。
しばらく待って、男が再び出てくる様子のないことを確かめると、天斗も貧民街へ戻った。
「尾行は疲れますね。撒く方が楽なのですが」
既に日が落ち、河原では炊き出しが始まっていた。
子供たちを取り戻した3人、それにレイとメリルも顔を見せる。
「尾行者の素性は、改めて調べるとして」
鳥打ち帽の男について、天斗が話した。
「今しばらくは、直接危害を加えるつもりはないと見ました」
「ドリス様に、悪いことがなければ良いのですが」
メリルが心配げに呟くと、炊き出しを手伝っていたレイが振り返る。
「フリクセルの手の者でしょう。じき、我々にも監視がつくかも知れませんが」
そこでマティを見やり、
「首尾良く行けば、彼はライデンたちに注視する。利用し、出し抜いて下さい」
マティは浮かない顔で、それでも微笑んでみせた。ウォルターが割り込んで、
「姐さん、宗教画描いてみるってなどう?
福祉も教会の役目、一口乗ってもらうのも悪い手じゃないでやすぜ」
「アトリエが落ち着いたらね。まずは、今入ってる注文を捌かないと……」
「あと、今晩ヒマ?」
一拍置いて、マティの鋭い蹴りがウォルターの脛に入った。
早足で去っていく彼女を、ハンターたちは気まずそうに見送るが、
「あ、あたた……」
周囲の子供たちは、片脚を押さえて跳ね回るウォルターを指差して、けらけらと笑った。
その中には、連れ戻されたエミールとクルトも。
今夜、まずは河原のバラックも平和だった。
「あんたのアトリエ目当てに来た奴は、その周辺の店に金を落とす。
雇用も、金も回り始めるし……ガキどもにもちったーマシな生活さしてやれるだろ」
河原のバラック前にて、ウィンス・デイランダール(ka0039)が計画を説明するが、
マティの反応は芳しくなかった。
「新聞での宣伝は構いません。しかし警備会社のことは」
「気に入らねぇか」
ウィンスは肩をすぼめると、河のほうへそっぽを向いてしまった。
「FSDを巻き込むアイデアはレイ・T・ベッドフォード(ka2398)、あの男のもんだ。
俺らの中じゃ、あいつが一番あんたと付き合いが長い。それでも信用できねぇか?」
マティは険しい顔をしつつも、最後には提案を受け入れた。
ウィンスの隣に屈んでいたウォルター・ヨー(ka2967)が、ひょいと立ち上がり、
「へへ……そいじゃ納得して頂けたとこで、あたしらも行ってきやすよ」
「エミールとクルトのふたりを、取り戻して参ります。
……どうしてもお気に召さないのであれば、弟へはわたくしから止めるよう言いつけますが」
ガーベラ・M・ベッドフォード(ka2401)が尋ねると、
「良いわ。彼にも考えがある筈、それを信用します。
フリクセルは嫌いだけど、今、敵に回して勝てる相手じゃないのは分かってる」
ガーベラは頭を下げつつ、ウィンスとウォルターに続こうとする。
去り際、河原に残ったマティが顔を背けて、言った。
「前に働いていた店がフリクセルの傘下で、最初の客も奴だった。
奴は私のことなんか、憶えてもないでしょうけどね」
●
「憶えてたんだな、その男が」
帝都のとあるカフェ。新聞記者・ドリスとメリル・E・ベッドフォード(ka2399)が、
人相書きを手がかりに見つけた、ライデンの情報について話し合う。
「5年前、アネリブーベでライデン――
に良く似た少年と会ってるらしい。当時、奴はまだ10代前半だった」
「第十師団が治める、監獄都市でしたね。子供も入れられることがあるんですか?」
「あんまり凶悪犯の場合はね。多分、殺しだろう。
エルフを相棒にして、同じような年少の囚人の中で番張ってたって。
悪餓鬼どものリーダーにしちゃ線が細いってんで、印象に残ってたとさ」
ライデンと腹心のエルフは、アネリブーベ以来の仲間か。
残るスキンヘッドの大男については、未だ手がかりなし。
メリルはメモを取りつつ、手を挙げてウェイターを装った真田 天斗(ka0014)を呼び出した。
彼女は瀟洒なドレスに身を包み、適度に注文をして、
視線だけは周囲に気を配りつつも、極力ハンターと怪しまれない素振りを心がけていた。
天斗はドリスをちら、と見て済まなそうな顔をすると、テーブルを離れていく。
「うん?」
「その、例の約束……」
メリルが言うと、
「ああ……あれね! ま、あんたたちも仕事上、通さなきゃいけない仁義があるんでしょ。
こっちゃ充分良い思いさせてもらったから」
以前、天斗がドリスにもたらした、シャーフブルート村の一件。
お蔭でドリスは他紙に先駆け、農民蜂起やFSDのスキャンダルを記事にできた。
更に詳しいネタを、と天斗は約束していたのだが、
第一師団の依頼で事件に関わった身として、その意に沿わぬリークは難しい。
司法課の介入もあり、捜査にまつわる情報は現状、天斗の自由にならなかった。
「その上、今度も図々しいお願いなのですが」
メリルが、マティのアトリエ開設を報告する。
先日帝都で行われた展覧会で、彼女の作品は目玉のひとつだった。
「是非別の作品も見たい、買いたいという方がいらっしゃる筈です。
しかしマティ様はまだ常設展もなく、閲覧や購入の手段は少ない。
そこで、アトリエのほうを宣伝して頂けたらと」
「需要はあるだろうね。良いよ、任された!
こっちとしても、彼女への取材機会は前々から狙ってたんだ」
●
面会が終わって店を出がけ、
「弟さん元気? まだこの件には関わってんでしょ?」
メリルは弟・レイの訪問先として、とある事務所の住所を告げた。
ドリスは少し遅れて意味に気づくと、面白がっているような顔で、
「遂に対決って訳?」
「荒事にはならないと思うのですが……巻き込んでしまったこと、申し訳ありません」
「ご心配どうも。色々気を回させちゃったみたいだけど」
と、店の中を振り返るドリス。ウェイターの天斗は、いつの間にやら店内から姿を消している。
「まだ危ない目は見てないよ。用心はするけどね」
「サイン、ありがとうございました! お帰りも気をつけて……」
ドリスのサイン入り新聞を胸の前に抱えつつ、メリルはその場を立ち去った。
一方のドリスは仕事場へ戻っていく。少し離れた路地で、
「雑貨屋の角、鳥打ち帽と茶色のチョッキ」
「了解」
天斗はレイとすれ違いざま、ドリスを尾けていた男の監視を引き継ぐ。
ドリスが新聞社に入っていくと、男は小1時間ほど表をうろついた挙句、移動を始める。後を追った。
相手は自身が尾行されることを予測しておらず、気づかれる心配は少ない。
(さて、どんな魚が釣れるのでしょうね、この川では)
小男だった。肩を揺すって大股で歩く仕草からして、やくざ者だろう。
武器の携帯は確実だが、ドリスに対して脅迫や攻撃の意図は見られなかった。
(今は彼女が何処へ行くか、誰と会うか、それだけ確かめたいということか)
●
エミールとクルトは、貧民街北の廃墟群入口で、他の子供たちと屯しているところをガーベラに発見された。
(具合の悪い様子もありませんし、服もまともなものを着ていますね。ですが)
気になったのは、グループの頭らしき少年が拳銃をズボンに差して歩いていること。
他の子供たち、エミールとクルトも、腰から棍棒やナイフを提げている。
(あんな子供も、戦力に数えているのでしょうか)
ウィンスはジンプリチシムスの縄張りについて、改めて情報を集めている最中だった。
しかし安酒で買収した浮浪者も、廃墟群が連中の根城だ、というところまでしか知らなかった。
噂程度だが、周辺の路地や家屋は彼らによって改造され、迷路と化しているとの話も。
シュタートゥエの酒場を訪ねようともしてみたが、殺気立った男たちが店の前に固まっており、
下手に近づいても面倒が増えるだけ、とウィンスは判断した。
「上手く行かなかったようでやすね」
ガーベラから連絡を受け、彼を呼びに来たウォルターが言うと、
「……変わんねーな、ここは」
ウィンスは人気のない街並みを眺めつつ、呟いた。
「建物も道も相変わらず狭っ苦しくて、何処行っても出口のねぇような街だ」
「あたしらみたいなのには、落ち着けるとこでやすよ。
日向ばかりが住み良い場所じゃなし。世の中、暗がりの必要な人間も居る訳で。
風通しはちょいと良くしたほうが、マティの姐さんみたいな人たちには便利とは思いやすがね」
廃墟群の入口前で、ガーベラと合流。情報を共有する。
「この先の路地にふたりは居るようです。拘束されている様子は見られません。
ただ、河原で聞いた限りではどうも近頃、
区内の靴磨きの縄張りを取られて稼ぎが減ったのを気にしていたそうで……」
「成る程、金目当てでねぇ」
ウォルターがひょこひょこと路地へ進み、現れた見張りの子供たちと交渉を始める。
●
とある事務所の上階に、フリクセルは詰めていた。訪れたレイに椅子を勧めつつ、
「君にはいつか世話になったな。酒でもやるかね?」
「結構です。差し出がましいことではありますが、
どうも貧民街のギャングの抑え、芳しくないように思えまして……」
レイの交渉材料は、ジンプリチシムス団。
ライデンの出自について情報を掴んだ、と前置きして、
「我々の狙いはヴルツァライヒです。
シュレーベンラント州の反乱を始め、彼らの悪行は我々ハンターの目にも余る。
そしてライデンもまた、彼らの陰謀に関わっているのではないか、と疑われています」
「証拠があるのかね?」
「いえ。しかし、子供ばかりの彼らに、似つかわしくない重武装……、
反体制派が資本となって、帝都に混乱をもたらす目的、との推理は筋が通るかと」
「だとしたら、全く度し難い連中だな。そうだろ?」
とぼけた顔で葉巻を燻らすフリクセルに、レイが言う。
「シャーフブルートでは残念でしたね」
「やれやれ、君も知ってるか。
反体制派が煽った蜂起を、会社のせいにされてはな! とんだ迷惑だよ」
「紡績協会と契約が切れて、置場のないFSD社員。貧民街へ移してみては如何ですか」
突然の提案に、フリクセルが眉をもたげる。
「我々の知り合いで、マティ、という画家が居ます。今、帝都で話題の若手芸術家なのですが」
貧民街近くに近日設けられる、マティのアトリエについて説明した。
「訪れる客は富裕層が大半でしょう。まずは彼らの警護をFSDで請け負って頂ければ、と。
ライデンが反体制派としての正体を現した場合、実力行使の大義名分にもなる」
「そして行く行くは、街の治安維持全体をFSDが預かる訳だな?」
フリクセルは立って机を回ると、座ったままのレイの肩に手を置いた。
「素晴らしい、願ってもない話だよ! 君は紹介料を取るのかな? いくらでも払おう」
フリクセルの様子を見るに、貧民街へのFSD投入は以前から計画に含まれていたようだ。
(そこへ丁度良い口実を、絶好のタイミングで私が持ち込んだ、という恰好でしょうね)
レイは部屋を出がけに、メリルを介してドリスから得た、ライデンの過去について教える。
本当に彼がアネリブーベ出身だとしたら、
フリクセルのほうがより広く情報を集められるかも知れなかった。
「では、失礼致します」
「ちょっと待った」
フリクセルが呼び止める。
「こないだ、ヴェールマンを訪ねて慈善金がどうのと言った……あれは、君の仲間かね?」
レイは曖昧な笑みを返して、部屋を去った。その背中に、
「慈善金は私が払おう。君への仲介料代わりということで、どうかな」
ふと、レイは考える。フリクセル――マティとハンターたちの動きを、何処まで知っているのか?
●
貧民街北部、ジンプリチシムス団の縄張り。
ガーベラら3人が通されたのは、路地を抜けてすぐ、瓦礫が広がる空地だった。
手下の少年たちに周囲を囲わせつつ、空地の中央の石壇にライデンが座る。
それが通例の交渉スタイルだったが、いつもと違ったのは、
(何だか、おめかししちゃってまさぁね)
ウォルターが見立てた限り、その日のライデンの服装は、
帝都一の高級店にも上がれるような高価な、新品の正装だった。ガーベラが言う。
「ふたりを返して頂けるのでしたら、こちらはそれ以上を望みません。
彼らを預かっていた間の経費、その他金銭的補償についても可能です」
ウィンスはそれとなく彼女を守る立ち位置に就き、
「俺たちは何もあんたらを潰しに来た訳じゃねーし、仕事にケチつけに来たわけでもねーよ。
ガキさえ綺麗なまんまで送り届けられりゃもうオフだ。休日の趣味に悪党退治を嗜んでる訳でもない」
「そういや、お宅はどうしてふたりを囲い込んだんでやすかね?
や、随分若い人たちの集まりと見えたもんでね。好奇心で」
ウォルターが尋ねると、ライデンは尊大な身振りで石壇の上に立ち、
「ふたりに訊けよ。前も言ったが、俺たちゃ勝手に集まって、勝手につるんでるだけだぜ?
入りたきゃ入る、抜けたきゃ抜ける。入ってる間は食い扶持の分、仕事もする。
抜けるなら手前の持ちモンと稼いだ給料抱えて、好きに出てきゃ良い。そら」
ライデンが顎で指すと、少年たちの後ろに隠れていたエミールとクルトが、
エルフの拳銃使いに押されておずおずと前に出てくる。ガーベラは溜め息を吐きつつ、
「マティ様が心配してらっしゃいますよ。他のみんなも。
もし、稼ぎのないことを気に病んでらしたのなら。いずれアトリエが完成します、
そうすれば、貴方たちもきっとマティ様のお役に立てるでしょう。
例えここを離れたくなくとも、今まで世話になった方々へ説明する義務はある筈です」
ふたりは緊張した面持ちでライデンを振り返るが、ボスは何も言わない。
やがて、ふたり共に持っていた棍棒を置くと、
「あの、御免なさい、僕ら……勝手に出てきちゃったから」
「手前らの、元のボスと話をつけて来い。俺は知らねぇ。
行きたきゃ行け、帰りたきゃ帰って来い。
補償だ何だも要らねぇし……今更、改めて口止めもしねぇよ」
一瞬、ふたりが怯えた表情を見せる。
が、揃ってハンターたちのほうへ歩み出るのを、誰も止めはしなかった。
そうして思いの外あっさりと、ふたりの子供の身柄は取り戻された。
「ありがとうございます」
ガーベラが礼を言うと、
「全く、入れ替わり立ち替わり、忙しいこった。
ハンターなんざ雇う金があったら、俺ならもっとマシなこと考えるがね。ヴァイデ!」
ウォルターは、エルフの拳銃使いと睨み合いの最中だった。
エルフが下がると、彼も腰に伸ばしていた手を戻し、
「その懐のもん使って、ギャングごっこはご自由におやんなさい。
ただし、子供を弄んだら、僕が敵になるからね」
言い捨てて、仲間たちが子供ふたりを連れて立ち去るのに続いた。
●
天斗が尾行した男は、イルリ河南岸の『ラングハイン水運』なる事務所に入っていった。
しばらく待って、男が再び出てくる様子のないことを確かめると、天斗も貧民街へ戻った。
「尾行は疲れますね。撒く方が楽なのですが」
既に日が落ち、河原では炊き出しが始まっていた。
子供たちを取り戻した3人、それにレイとメリルも顔を見せる。
「尾行者の素性は、改めて調べるとして」
鳥打ち帽の男について、天斗が話した。
「今しばらくは、直接危害を加えるつもりはないと見ました」
「ドリス様に、悪いことがなければ良いのですが」
メリルが心配げに呟くと、炊き出しを手伝っていたレイが振り返る。
「フリクセルの手の者でしょう。じき、我々にも監視がつくかも知れませんが」
そこでマティを見やり、
「首尾良く行けば、彼はライデンたちに注視する。利用し、出し抜いて下さい」
マティは浮かない顔で、それでも微笑んでみせた。ウォルターが割り込んで、
「姐さん、宗教画描いてみるってなどう?
福祉も教会の役目、一口乗ってもらうのも悪い手じゃないでやすぜ」
「アトリエが落ち着いたらね。まずは、今入ってる注文を捌かないと……」
「あと、今晩ヒマ?」
一拍置いて、マティの鋭い蹴りがウォルターの脛に入った。
早足で去っていく彼女を、ハンターたちは気まずそうに見送るが、
「あ、あたた……」
周囲の子供たちは、片脚を押さえて跳ね回るウォルターを指差して、けらけらと笑った。
その中には、連れ戻されたエミールとクルトも。
今夜、まずは河原のバラックも平和だった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/08/17 21:13:29 |
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仕事の時間です 真田 天斗(ka0014) 人間(リアルブルー)|20才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/08/18 08:55:12 |