ゲスト
(ka0000)
【聖呪】手を取り合って
マスター:鹿野やいと

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/08/19 07:30
- 完成日
- 2015/09/10 13:18
このシナリオは4日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
茨小鬼を自称するメデテリは部下の仕事に満足気であった。部下40匹は大した損害を受けることもなく、人間たちの村一つを制圧した。人数の差から考えれば十分な戦果だ。茨小鬼達は抵抗するルサスール領を制圧こそできなかったものの、それ以外の土地では局地的な勝利を収めていた。城であれば防ぐこともできた侵攻だが、村や町程度の防備ではひとたまりも無い。その村の制圧に戦略的価値、あるいは戦術的価値はあるのかと問われれば、微妙なところだろう。だが元々が勝利すらおぼつかないゴブリン達にすれば、それは大いに意味のあることだった。彼らは口々にキングより派遣された新たなリーダーを称えた。ゴブリン達が集まった村の広場は、あっと言う間に歓声に包まれた。
「リーダー、すごい! 人間、あっと言う間に降伏した!」
「俺達は負け無しだ! もう人間怖くない!」
「リーダー!」「リーダー!」「リーダー!」
口々に自分を称える声を、メデテリは隠し切れない満面の笑みで押しとどめる。我ながら美しい流れの戦闘だった。
兵士と村の男を数人むごたらしく殺し、降伏を迫って村人のほとんどを捕縛した。
捕らえた人間達は倉庫と納屋に押し込んである。誰もがこちらを恐怖の目で見ており非常に心地がよい。メデテリは仲間が静かになるのを時間をかけて待ち、次の言葉を発した。
「ここの人間は、奴隷にする。俺たちの村で働かせる。俺たちが人間の支配者になる!」
「リーダー!」「リーダー!」「リーダー!」
メデテリは今度こそ周囲の歓声を止めなかった。メデテリは頭は回るが茨小鬼の中では体格も平均的で、二つ名を名乗るほどの強さもなかった。しかしこれでデルギン達のように切れ者としての地位を確立した。未来は明るい。メデテリはキングと共に支配者の階段を上る自分を想像し、遥か高みへとトリップする薔薇色の夢を見ていた。
メデテリはこの程度のゴブリンだった。
■
ゴブリンに村が占拠されて1日。青の隊の斥候は既にその陣容と戦力の大部分を把握していた。
「こいつは面倒くさいことになったな」
持ち運びの容易で簡素な天幕の中、部下の報告を聞きながらゲオルギウスはため息をついた。
現在、ゲオルギウスと青の隊の一部はパルシア村を離れ、ルサスール領の近辺まで来ている。
目的は茨小鬼を一体捕獲するためである。利用価値は幾つかあるが、ゲオルギウスにとって優先度が高い目的は、聖女の力の解明であった。
先般よりハンター達が主体で行ってきた聞き取り調査によって、おおよそ聖女が今回の異常の原因という推論が立つようになってきた。
アラン、リルエナ、そして茨の洞窟で出会った個体を含む茨小鬼達。共通点は皆、マテリアルを異様に上手く使うことと異様に多く保有すること。そして聖女とかかわりがあることだ。
最初にアランとリルエナを見たゲオルギウスは、ただの偶然と思い深くは考えなかった。しかしそれは茨の洞窟で出会った強力な個体が聖女の亡霊を自分の物だと言い張ったことで、意味のある情報へと姿を変えた。
聖女は何らかの鍵だ。変異の影には必ず聖女がいる。そこまで推論して、ゲオルギウスは最初の前提に阻まれる。
聖女と言うものはそもそも、儀式に必要な特殊な適性を指す言葉であり、覚醒者のような異能を保有する者という意味ではない。聖女の機能には周囲を変異させるものはないのだ。
相関はすれど因果無し。聖堂教会であれば何かしらの知識を保有しているはずだが、この情報量で協力を請えば、知らぬ間に情報を隠蔽される可能性もある。
ゲオルギウスは悩んだ。事件解決を優先して教会の暗躍を見逃すのか。
あるいは謎は謎のまま、暴力でまず事態を収束させるのか。
このときゲオルギウスは一箇所、まだ聞き込み調査をしていない相手を思い出した。
それが、茨小鬼達である。彼らは会話可能な程度の知性を有している。
ゲオルギウスは亡霊の守りをアランやハンター達に任せ、主力を率いてゴブリン捕獲に向かった。
しかし状況は思うように進まなかった。本来ならゴブリンが村に入る前に捉えることができたはずだった。
それが出来なかったのは政治的な制約に原因がある。騎士団は王国の剣として政治に対しては中立であり、且つ王国の剣として一挙手一投足に過失があってはならない。ここに来るまでに中庸のルサスール領には丁寧な断りの手紙を、非王国派貴族には貴族の権利を侵害をしない旨の宣誓を。
王命と騎士団の名を盾にはしないように慎重に立ち回っていた。その結果がこの出遅れだ。
遅れた分ぐらいは貴族の軍が抵抗していると思いその遅れも許容したつもりだったが、あろうことか貴族の軍は本拠地で守りを固めるばかりで、まともな戦力は残っていなかった。
「我々に後を託して……などということは無さそうだな」
道中で常備軍を見ることはなかった。運用の失敗か、はたまた守る気がそもそもなかったのか。ここを守る男爵に聞いて見なければわからないだろう。しかしそれは村の外に逃げ場所の無い人々には関係ないことだ。
「いかがなさいますか?」
「そうだな……。領主の私兵はいつ到着する?」
「早くて二日後です。我々の使者が見た常備軍が、その後間髪居れずに出発すればの話ですが」
「だが動いていない可能性が高い、か?」
「はい……」
ゲオルギウスは顔に手をあて、視線を泳がせた。しばしの黙考の後、彼の視線は控えていたハンター達の向けられる。
ふと、これまで触れれば切れそうな雰囲気を漂わせていたゲオルギウスが肩を竦ませ、表情を柔和なものへ一変させた。
「仕方あるまい。ふむ……ハンター諸君、ちと依頼の変更だが良いかな?」
ハンター達は揃って居住まいを正した。緊迫した空気を漂わせる一同に、ゲオルギウスは声を出して苦笑し、払うように手を振った。
「なに、依頼の内容に村の救出を足すだけじゃ。可能な限り早くとつくがな。本来は良くないのだがの、大事な民の命がかかっておる。仕方なかろう?」
確認するように問いかけるゲオルギウスの声にハンターは戸惑う。共通認識として何を伝えようとしているのか。
「村へはわしも直接向かう。騎馬隊の半数は共に村へ随伴せよ。残りの騎馬隊は周囲の他の村に危機を知らせ、避難を誘導せよ。歩兵と輜重は追って指示を伝える。それから大事なことだが……クラウス!」
「はっ!」
真面目くさった顔の騎士が応と答えるが、ゲオルギウスはその眼力溢れる顔を見てわざとらしくため息を吐いた。
「それでは村の者が怖がる。もっとこう笑顔を作れ」
「は、はあ……」
「にかっと笑うのだ。そうじゃそうじゃ。ハンター達も同じじゃぞ。村人には笑顔で接するのだ。
ゴブリンどもの侵攻で不安で夜も眠れぬだろうからな。おぬしらの笑顔で安心させてやってほしい」
ゲオルギウスの笑い方は底抜けに明るいが、どこか暗い笑いを含んでいるようにも聞こえた。
「リーダー、すごい! 人間、あっと言う間に降伏した!」
「俺達は負け無しだ! もう人間怖くない!」
「リーダー!」「リーダー!」「リーダー!」
口々に自分を称える声を、メデテリは隠し切れない満面の笑みで押しとどめる。我ながら美しい流れの戦闘だった。
兵士と村の男を数人むごたらしく殺し、降伏を迫って村人のほとんどを捕縛した。
捕らえた人間達は倉庫と納屋に押し込んである。誰もがこちらを恐怖の目で見ており非常に心地がよい。メデテリは仲間が静かになるのを時間をかけて待ち、次の言葉を発した。
「ここの人間は、奴隷にする。俺たちの村で働かせる。俺たちが人間の支配者になる!」
「リーダー!」「リーダー!」「リーダー!」
メデテリは今度こそ周囲の歓声を止めなかった。メデテリは頭は回るが茨小鬼の中では体格も平均的で、二つ名を名乗るほどの強さもなかった。しかしこれでデルギン達のように切れ者としての地位を確立した。未来は明るい。メデテリはキングと共に支配者の階段を上る自分を想像し、遥か高みへとトリップする薔薇色の夢を見ていた。
メデテリはこの程度のゴブリンだった。
■
ゴブリンに村が占拠されて1日。青の隊の斥候は既にその陣容と戦力の大部分を把握していた。
「こいつは面倒くさいことになったな」
持ち運びの容易で簡素な天幕の中、部下の報告を聞きながらゲオルギウスはため息をついた。
現在、ゲオルギウスと青の隊の一部はパルシア村を離れ、ルサスール領の近辺まで来ている。
目的は茨小鬼を一体捕獲するためである。利用価値は幾つかあるが、ゲオルギウスにとって優先度が高い目的は、聖女の力の解明であった。
先般よりハンター達が主体で行ってきた聞き取り調査によって、おおよそ聖女が今回の異常の原因という推論が立つようになってきた。
アラン、リルエナ、そして茨の洞窟で出会った個体を含む茨小鬼達。共通点は皆、マテリアルを異様に上手く使うことと異様に多く保有すること。そして聖女とかかわりがあることだ。
最初にアランとリルエナを見たゲオルギウスは、ただの偶然と思い深くは考えなかった。しかしそれは茨の洞窟で出会った強力な個体が聖女の亡霊を自分の物だと言い張ったことで、意味のある情報へと姿を変えた。
聖女は何らかの鍵だ。変異の影には必ず聖女がいる。そこまで推論して、ゲオルギウスは最初の前提に阻まれる。
聖女と言うものはそもそも、儀式に必要な特殊な適性を指す言葉であり、覚醒者のような異能を保有する者という意味ではない。聖女の機能には周囲を変異させるものはないのだ。
相関はすれど因果無し。聖堂教会であれば何かしらの知識を保有しているはずだが、この情報量で協力を請えば、知らぬ間に情報を隠蔽される可能性もある。
ゲオルギウスは悩んだ。事件解決を優先して教会の暗躍を見逃すのか。
あるいは謎は謎のまま、暴力でまず事態を収束させるのか。
このときゲオルギウスは一箇所、まだ聞き込み調査をしていない相手を思い出した。
それが、茨小鬼達である。彼らは会話可能な程度の知性を有している。
ゲオルギウスは亡霊の守りをアランやハンター達に任せ、主力を率いてゴブリン捕獲に向かった。
しかし状況は思うように進まなかった。本来ならゴブリンが村に入る前に捉えることができたはずだった。
それが出来なかったのは政治的な制約に原因がある。騎士団は王国の剣として政治に対しては中立であり、且つ王国の剣として一挙手一投足に過失があってはならない。ここに来るまでに中庸のルサスール領には丁寧な断りの手紙を、非王国派貴族には貴族の権利を侵害をしない旨の宣誓を。
王命と騎士団の名を盾にはしないように慎重に立ち回っていた。その結果がこの出遅れだ。
遅れた分ぐらいは貴族の軍が抵抗していると思いその遅れも許容したつもりだったが、あろうことか貴族の軍は本拠地で守りを固めるばかりで、まともな戦力は残っていなかった。
「我々に後を託して……などということは無さそうだな」
道中で常備軍を見ることはなかった。運用の失敗か、はたまた守る気がそもそもなかったのか。ここを守る男爵に聞いて見なければわからないだろう。しかしそれは村の外に逃げ場所の無い人々には関係ないことだ。
「いかがなさいますか?」
「そうだな……。領主の私兵はいつ到着する?」
「早くて二日後です。我々の使者が見た常備軍が、その後間髪居れずに出発すればの話ですが」
「だが動いていない可能性が高い、か?」
「はい……」
ゲオルギウスは顔に手をあて、視線を泳がせた。しばしの黙考の後、彼の視線は控えていたハンター達の向けられる。
ふと、これまで触れれば切れそうな雰囲気を漂わせていたゲオルギウスが肩を竦ませ、表情を柔和なものへ一変させた。
「仕方あるまい。ふむ……ハンター諸君、ちと依頼の変更だが良いかな?」
ハンター達は揃って居住まいを正した。緊迫した空気を漂わせる一同に、ゲオルギウスは声を出して苦笑し、払うように手を振った。
「なに、依頼の内容に村の救出を足すだけじゃ。可能な限り早くとつくがな。本来は良くないのだがの、大事な民の命がかかっておる。仕方なかろう?」
確認するように問いかけるゲオルギウスの声にハンターは戸惑う。共通認識として何を伝えようとしているのか。
「村へはわしも直接向かう。騎馬隊の半数は共に村へ随伴せよ。残りの騎馬隊は周囲の他の村に危機を知らせ、避難を誘導せよ。歩兵と輜重は追って指示を伝える。それから大事なことだが……クラウス!」
「はっ!」
真面目くさった顔の騎士が応と答えるが、ゲオルギウスはその眼力溢れる顔を見てわざとらしくため息を吐いた。
「それでは村の者が怖がる。もっとこう笑顔を作れ」
「は、はあ……」
「にかっと笑うのだ。そうじゃそうじゃ。ハンター達も同じじゃぞ。村人には笑顔で接するのだ。
ゴブリンどもの侵攻で不安で夜も眠れぬだろうからな。おぬしらの笑顔で安心させてやってほしい」
ゲオルギウスの笑い方は底抜けに明るいが、どこか暗い笑いを含んでいるようにも聞こえた。
リプレイ本文
青の隊の騎士とハンターが村に到着したのは夜半頃であった。その頃になるとゴブリン達は村の食料倉庫を漁り、家畜をほふって宴会を始めていた。
それは宴会というには下品で粗野で、略奪の延長で雄叫びをあげているにすぎない。
「見張りも立てておらぬとは……強くなってもゴブリンはゴブリンのままじゃのう」
ヴィルマ・ネーベル(ka2549)はうんざりした顔でゴブリンの狂態を眺めていた。今は襲撃のタイミングをはかって村の周囲の茂みに伏せているが、こちらに気づくような気配は欠片もない。隣には扼城(ka2836)が控えているが、そちらも表情は似たり寄ったりだ。
「しかしどいつもこいつも似た格好だな。どこを狙うべきか………ん?」
扼城は偉そうなゴブリンが何事かしゃべっているのを見つけた。周囲のゴブリンは気づいて話を聞く態勢になっているが、それ以外は気づいていないのかバカ騒ぎを改めもしない。
「あれをやろう」
「……うむ、よかろう」
ヴィルマは後ろに控えていた残りのメンバーに手で合図をする。金属の擦れ合う音がして、再び静寂が戻った。ラススヴェート(ka5325)のみ配置を変え、ヴィルマの隣に体を寄せた。
「後はお任せください」
「我が失敗することがあればお願いしようかのう。……スリープクラウド」
ヴィルマの杖が怪しく光り、眠りの雲が広場を覆う。効果は覿面であった。
「おやすみのぅ、睡魔と共に絶望へ墜ちていくのじゃ」
バタバタとゴブリン達は眠りに落ち、動けるものは2割に満たなかった。
「な、なんだ!?」
異変に反応した頃にはもう遅い。伏せていた残りのメンバーから近接戦闘を得意とするクローディオ・シャール(ka0030)、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)、扼城、龍華 狼(ka4940)、シャロン=フェアトラークス(ka5343)の五人が立ち上がれない者達を次々と屠っていく。
起きあがったゴブリンも寝起きで思うように身動きがとれず、ほとんど無抵抗で虐殺されていった。暴れまわるハンターはゴブリンを掃討しながらも、一匹たりとも逃がさないように包囲は忘れない。バイクに乗った龍華が広場を周回しながら、ハンターの攻撃を逃れた個体を一匹残らず狩っていく。
逃げ道を失い絶望するメデテリの前に、バレーヌ=モノクローム(ka1605)が静かに立ちふさがった。
「おとなしくしてください。……抵抗するなら命は保証できません」
血塗れた刃がメデテリに突きつけられる。メデテリは助けを求めて周囲を見るが、もはや仲間は壊乱状態だった。
「バレーヌ様、お話は終わりました?」
敵を薙ぎ払ったシャロンは返り血を浴びた姿のままバレーヌの前に現れた。その刃はバレーヌがいなければ何のためらいもなく残ったゴブリン達を屠っただろう。
「タ……助けてクレ」
搾り出すようなゴブリンの声に、バレーヌは笑顔で答えた。襲撃から降伏まで、10分もなかった。
■
人的被害は少なかったものの、それ以外で言えば壊滅的だった。ため込んだ食料と家畜が食い散らかされているのが非常に痛い。豚や牛は重要な労働力でもある。
周辺の麦畑がさほど荒らされていないのは救いだが、復旧は容易ではないだろう。
「先のことを思うとぱーっと宴会って雰囲気じゃないな」
龍華の視線の先には、家族の死に嘆く者達の姿がある。
特に若い男が優先的に殺されたのか、生きているのは非力な者達ばかりだ。柵を作りなおすのでさえ苦労するだろう。悲しみと不安で、合同の葬式は非常に重苦しい物になっていた。
「それも大きいのじゃが、他もちと計算外じゃったのう……」
村内の調査を終えたヴィルマが難しい顔で帰ってきた。ゴブリンならまあ荒らすだろうと目算もなんとなくついたが、途上の他の村でも購入は出来なかった。
どこも避難に備えての貯蓄を切り崩すことに難色を示したからだ。狩りをするにもゴブリンが大軍で動いた後で、食料になる動物はあらかた隠れていた。最終的には輜重隊の到着を待つ事になるだろう。
「それならば冷却期間と致しましょう」
「でもそれなら食材は? 輜重隊のは保存食が多いんだろ?」
龍華の疑問にラススヴェートは小さく笑みを作る。
「無ければ無いなりに工夫いたします。ご心配なく」
代わりにとラススヴェートは幾つかの指示を出す。肉は無理でも木の実の類は逃げない。方針を転換しつつ狩りに出る者達は再度森へと向かっていった。
ほかの者が村の復興に尽力する頃、クローディオと扼城は子供達に自転車の乗り方を教えていた。
作業に忙しく労働に使えない小さい子を相手してほしいと、親達から要請があったのだ。
「彼女は私の大切な相棒だ。名はヴィクトリアという」
真面目くさった顔で自転車を見せるクローディオ。
子供達は見慣れない道具に興味津々と言った体だ。
クローディオが器用に乗りこなして見せると歓声が起こった。
馬よりは遅いが馬が居なくても早く動く乗り物となれば、
理屈はわからずともおもちゃとしては充分だ。
子供達はクローディオの説明をこれまた真面目に聞いている。
乗馬の延長、あるいは剣を使う心構えを聞くような雰囲気だ。
「そういえば、扼城はまだ練習できていなかったな」
「ん?」
「手本にもするから乗ってくれないか」
「……まあ、構わんが」
コツは聞いていたが自信はない。それでもよければと前置きして扼城は自転車に跨る。
扼城が自転車に跨ると、クローディオは後ろから自転車を支えた。
最初からこれを子供にやらせるのは危ないと判断したのだろう。
「しかし上手くは走れないぞ?」
「心配ない。魂の声に耳を傾けるのだ。そして心を通わせることが出来れば、おのずと前に進むことが出来るだろう」
本当かそれは。扼城は怪訝な顔で見返すが、クローディオは至って真面目だった。
自転車に対する認識が根本的に違うのだろう。
扼城は覚悟を決めてペダルを踏む。慣れない人間からすればペダルとサドルの両方に気を使うのは難しいが、後ろで支えてくれるのですんなり進むことができた。
これは意外に大丈夫かと思った扼城だったが、ふっと何かの力が抜けた感触があった
「こんな風に後ろから支えるから安心してくれ」
クローディオはいつの間にか手を離していた。
「って急に離すな!」
扼城は文句を言う間にもバランスを崩し、危ないところで足をついた。
扼城がこけると子供達から明るい笑い声が起こった。
「にいちゃん全然ヘタじゃん」
「練習してなかったからな」
扼城は笑い声の変化に気づいた。子供達の笑いに釣られて大人達も笑っている。
道化を演じるつもりはなかったが、これはこれで良かったのだろう。
「よし、次に乗りたい子は?」
クローディオは真っ先に手をあげた子を自転車に乗せる。
もちろん今度は扼城にしたような意地悪はしなかった。
■
宴会とは言わずに食事会ぐらいのニュアンスで村長はハンターの提案を受け入れた。
辛いことを忘れる為に無理に宴会と銘打っても良かったのだが、村長自身もその判断に迷いがあった。決まってしまえばハンターの動きは早く、動ける村人を集めて夜の宴会に向けて準備を始める。
ラススヴェートは頭を悩ませながらも輜重隊の兵士や料理の得意な母親達と料理を仕上げていた。
調理場が一杯になってあぶれた人手は会場の準備に割り振られる。そろそろ会場に人が集まり始めたので、時間は少し遅いぐらいだ。村人と一緒に働く龍華は、その中で動きを止めている夫人を見つけた。
「大丈夫ですか?」
「……ええ……はい」
彼女は確か、夫を最初の襲撃で失っていた。夫人と言ったがまだ若い。聞けば結婚してそう月日が経っていないらしい。調理でも柵の補修でも、犠牲となり死んだ村人の家族で希望者があれば優先的に手伝ってもらった。目の前の苦難から紛らわせることも必要だからだ。
その選択は間違っていないと思いながらも、立ち止まってしまう気持ちも龍華には理解できた。
「少し休みましょう。ちゃんと食べてないのでしょう?」
「…………」
視線は泳ぎ、反応も曖昧だ。実際のところ、言葉でどうにかなると彼は思っていなかった。悲しみが癒えるには時間が必要で個人差がある。立ち上がるだけの準備ができた時、きっかけとなればそれで良い。静かに種を撒くような地道な行為であった。
(自分で解決するしかないことだけど、これぐらいはね)
一頻り夫人の涙が落ちた後、龍華はハンカチを差し出した。それで、彼女には充分だった。
作業が半ばまで終わった頃、集まった人が席につきはじめる。あわせて配膳も始まった。
作業の終わったラススヴェートはリュートを持ち会場に現れる。
忙しかったはずのラススヴェートだが、涼やかな顔で疲れを感じさせない。
シャロンは安心して会場の上座に進んだ。
「配膳が終わるまで、私どもより音楽を披露させていただきます」
シャロンが小さく頷くと、ラススヴェートはリュートの弦に指をかけた。確かめるように指を動かし終わると、2人の合奏が始まった。静かで優しい音色にあわせ、透き通るような歌声が夜空に響く。暗澹たる気持ちは明るい声によってのみ払拭されるわけではない。陰鬱とした心に寄り添う悲しみの歌もまた、傷ついた心を癒す。多くの村人が音楽を聞きながら顔を伏せていた。演奏が終わると、大きくはないが確かな拍手が聞こえた。
「さあ、食事にしましょう。明日からのことはわかりませんが、
まずはお腹を満たしてください。そしてゆっくり眠ってください」
2人が一礼して場を下がると、静かに食事が始まった。人々は黙って食べた。やがて言葉が戻り始めた。最初は子供達に、そして大人達に、老人達に。以前のように賑やかにとはいかないものの、会話には笑いが溢れていた。
ヴィルマが酒を持ち出したのは笑顔がようやく出た頃合だった。ヴィルマとほかの配膳係が出して回ったのは、それは輜重隊の運んでいた酒だが、グラスに入ったワインは色合いがすこし違っていた。
「薄めてはあるが飲みやすいように味付けしてあるのじゃ」
果実だけでなくハーブなども入れて割った酒は、アルコールが薄い代わりに爽やかな味わいに仕上がっている。
作ってそのまま飲むのが普通の人々は少し驚いているようだったが、ほどなくヴィルマと同じようにぐっと飲み干すようになった。
ワインの評判は中々のものだった。酒の効果は最初こそ見えなかったが、顔が赤くなってくると徐々に人々の口を饒舌にした。笑いが溢れた。涙も溢れた。抑制を外れた感情がそこに溢れている。
ヴィルマはにんまりとその光景を見守った。
「我は皆で飲む酒は好きなのじゃ。明るく楽しく、」
笑える者は笑えば良い。泣きたい者は泣けば良い。どちらも必ず明日への糧になる。
辛い思いをした者にとって、乗り越える過程は何であっても構わない。自分がそうであったように。
ヴィルマは自身もアルコールの熱を飲み下す。正しく宴会となったその会場は、日付が変わっても続いていた。
■
倉庫には村人達と入れ替わるように生き残りのゴブリンが押し込められている。
昨夜の片づけを始める村を眺めながらゴブリン達は怯えていた。人が散った今から、尋問が始まることを察知したからだ。
「リーダーはあんたか?」
先頭に立ったのはジャックだった。神妙な顔でゴブリンのリーダーに向かい合う。
「そ…そうダ」
「名前は聞かせてくれ、ゴブリンの戦士。あんたのような一角の戦士を、無碍に扱いたくない」
「………お…オレの名前はメデテリ、茨子鬼の1人だ」
ちょろい。ジャックは心の中で舌を出しつつ、正面では礼儀正しくゴブリンのリーダーを遇した。
よいしょしてやれば気分良くなって喋るだろうと予想していたが、あっと言う間に転び始めた。
事情を知ってるバレーヌは苦笑を浮かべており、ゲオルギウスは笑いがこらえ切れないのか後ろを向いていた。ゴブリンの絶滅を避けたのはバレーヌの優しさゆえだったが、それも上手く作用した。彼は今、人間の騎士に敬意を払われているゴブリンとして、仲間の尊敬を集めている。
ジャックは視線を低くしてまっすぐにゴブリンの目を見た。
「メデテリか。あんたの知ってることを教えてくれないか?
あんたが協力してくれるなら、あんただけでも逃がしてやれるかもしれない」
「……わ…わかった。しゃべる。だから、こ、コロさないでクレ」
「ああ、もちろんだとも」
ジャックの清々しい笑顔で、尋問はスムーズに始まった。問題があるとすれば、このゴブリン達の言語能力ぐらいだった。
「ボスを強くしたモノがある場所、オレはちゃんと見ていない」
不機嫌そうな顔になる一堂を前に、メデテリの声は自然と早口になった。
「ボス、強さのヒミツはあのイバラだ。オレも触ったことある」
「茨はあの洞窟の他にもあるのか?」
「オレ達の住処の近くにあると言ってた。でもオレ、近寄れなかった。怖いユウレイがいる」
聖女の亡霊は寄る辺の無いマテリアルが見せた虚像でもある。その本体となれば、未だに膨大なマテリアルを残している可能性がある。メデテリの恐怖は収まらず、質問は他の疑問の確認となった。その後、聖女の顛末は思いもかけない形で明らかになる。彼への尋問はその多くが意味を失ったが、一つ重要な情報が残った。夢と現実を繋ぐ道筋を、彼は知っていたのである。
「最後に聞かせてください。……僕らは本当に、相容れないのですか?」
バレーヌの問いに、ゴブリン達は顔を見合わせる。バレーヌが思い出したのは先日の一件、ゴブリンの王が配下を守ったことだ。仲間を思う気持ちが同じなら、通じ合えるのではないかと。
「……ムリだ。キングの怒り、おおきい。ナカマ、これまでたくさん殺された」
お互い様といえばそれまでだが、戦争状態の両者にありがちなことだ。
ゴブリンが弱いから、人間は今まで気にもしていなかった。仲間を思う気持ちを理解できるゆえに、彼らの感情も理解できてしまう。続く言葉が出せないバレーヌの肩を、ジャックが叩く。
戦争を終わらせなければ、断絶は終わりが無い。諦めと決意を胸、バレーヌはその場を後にした。
それは宴会というには下品で粗野で、略奪の延長で雄叫びをあげているにすぎない。
「見張りも立てておらぬとは……強くなってもゴブリンはゴブリンのままじゃのう」
ヴィルマ・ネーベル(ka2549)はうんざりした顔でゴブリンの狂態を眺めていた。今は襲撃のタイミングをはかって村の周囲の茂みに伏せているが、こちらに気づくような気配は欠片もない。隣には扼城(ka2836)が控えているが、そちらも表情は似たり寄ったりだ。
「しかしどいつもこいつも似た格好だな。どこを狙うべきか………ん?」
扼城は偉そうなゴブリンが何事かしゃべっているのを見つけた。周囲のゴブリンは気づいて話を聞く態勢になっているが、それ以外は気づいていないのかバカ騒ぎを改めもしない。
「あれをやろう」
「……うむ、よかろう」
ヴィルマは後ろに控えていた残りのメンバーに手で合図をする。金属の擦れ合う音がして、再び静寂が戻った。ラススヴェート(ka5325)のみ配置を変え、ヴィルマの隣に体を寄せた。
「後はお任せください」
「我が失敗することがあればお願いしようかのう。……スリープクラウド」
ヴィルマの杖が怪しく光り、眠りの雲が広場を覆う。効果は覿面であった。
「おやすみのぅ、睡魔と共に絶望へ墜ちていくのじゃ」
バタバタとゴブリン達は眠りに落ち、動けるものは2割に満たなかった。
「な、なんだ!?」
異変に反応した頃にはもう遅い。伏せていた残りのメンバーから近接戦闘を得意とするクローディオ・シャール(ka0030)、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)、扼城、龍華 狼(ka4940)、シャロン=フェアトラークス(ka5343)の五人が立ち上がれない者達を次々と屠っていく。
起きあがったゴブリンも寝起きで思うように身動きがとれず、ほとんど無抵抗で虐殺されていった。暴れまわるハンターはゴブリンを掃討しながらも、一匹たりとも逃がさないように包囲は忘れない。バイクに乗った龍華が広場を周回しながら、ハンターの攻撃を逃れた個体を一匹残らず狩っていく。
逃げ道を失い絶望するメデテリの前に、バレーヌ=モノクローム(ka1605)が静かに立ちふさがった。
「おとなしくしてください。……抵抗するなら命は保証できません」
血塗れた刃がメデテリに突きつけられる。メデテリは助けを求めて周囲を見るが、もはや仲間は壊乱状態だった。
「バレーヌ様、お話は終わりました?」
敵を薙ぎ払ったシャロンは返り血を浴びた姿のままバレーヌの前に現れた。その刃はバレーヌがいなければ何のためらいもなく残ったゴブリン達を屠っただろう。
「タ……助けてクレ」
搾り出すようなゴブリンの声に、バレーヌは笑顔で答えた。襲撃から降伏まで、10分もなかった。
■
人的被害は少なかったものの、それ以外で言えば壊滅的だった。ため込んだ食料と家畜が食い散らかされているのが非常に痛い。豚や牛は重要な労働力でもある。
周辺の麦畑がさほど荒らされていないのは救いだが、復旧は容易ではないだろう。
「先のことを思うとぱーっと宴会って雰囲気じゃないな」
龍華の視線の先には、家族の死に嘆く者達の姿がある。
特に若い男が優先的に殺されたのか、生きているのは非力な者達ばかりだ。柵を作りなおすのでさえ苦労するだろう。悲しみと不安で、合同の葬式は非常に重苦しい物になっていた。
「それも大きいのじゃが、他もちと計算外じゃったのう……」
村内の調査を終えたヴィルマが難しい顔で帰ってきた。ゴブリンならまあ荒らすだろうと目算もなんとなくついたが、途上の他の村でも購入は出来なかった。
どこも避難に備えての貯蓄を切り崩すことに難色を示したからだ。狩りをするにもゴブリンが大軍で動いた後で、食料になる動物はあらかた隠れていた。最終的には輜重隊の到着を待つ事になるだろう。
「それならば冷却期間と致しましょう」
「でもそれなら食材は? 輜重隊のは保存食が多いんだろ?」
龍華の疑問にラススヴェートは小さく笑みを作る。
「無ければ無いなりに工夫いたします。ご心配なく」
代わりにとラススヴェートは幾つかの指示を出す。肉は無理でも木の実の類は逃げない。方針を転換しつつ狩りに出る者達は再度森へと向かっていった。
ほかの者が村の復興に尽力する頃、クローディオと扼城は子供達に自転車の乗り方を教えていた。
作業に忙しく労働に使えない小さい子を相手してほしいと、親達から要請があったのだ。
「彼女は私の大切な相棒だ。名はヴィクトリアという」
真面目くさった顔で自転車を見せるクローディオ。
子供達は見慣れない道具に興味津々と言った体だ。
クローディオが器用に乗りこなして見せると歓声が起こった。
馬よりは遅いが馬が居なくても早く動く乗り物となれば、
理屈はわからずともおもちゃとしては充分だ。
子供達はクローディオの説明をこれまた真面目に聞いている。
乗馬の延長、あるいは剣を使う心構えを聞くような雰囲気だ。
「そういえば、扼城はまだ練習できていなかったな」
「ん?」
「手本にもするから乗ってくれないか」
「……まあ、構わんが」
コツは聞いていたが自信はない。それでもよければと前置きして扼城は自転車に跨る。
扼城が自転車に跨ると、クローディオは後ろから自転車を支えた。
最初からこれを子供にやらせるのは危ないと判断したのだろう。
「しかし上手くは走れないぞ?」
「心配ない。魂の声に耳を傾けるのだ。そして心を通わせることが出来れば、おのずと前に進むことが出来るだろう」
本当かそれは。扼城は怪訝な顔で見返すが、クローディオは至って真面目だった。
自転車に対する認識が根本的に違うのだろう。
扼城は覚悟を決めてペダルを踏む。慣れない人間からすればペダルとサドルの両方に気を使うのは難しいが、後ろで支えてくれるのですんなり進むことができた。
これは意外に大丈夫かと思った扼城だったが、ふっと何かの力が抜けた感触があった
「こんな風に後ろから支えるから安心してくれ」
クローディオはいつの間にか手を離していた。
「って急に離すな!」
扼城は文句を言う間にもバランスを崩し、危ないところで足をついた。
扼城がこけると子供達から明るい笑い声が起こった。
「にいちゃん全然ヘタじゃん」
「練習してなかったからな」
扼城は笑い声の変化に気づいた。子供達の笑いに釣られて大人達も笑っている。
道化を演じるつもりはなかったが、これはこれで良かったのだろう。
「よし、次に乗りたい子は?」
クローディオは真っ先に手をあげた子を自転車に乗せる。
もちろん今度は扼城にしたような意地悪はしなかった。
■
宴会とは言わずに食事会ぐらいのニュアンスで村長はハンターの提案を受け入れた。
辛いことを忘れる為に無理に宴会と銘打っても良かったのだが、村長自身もその判断に迷いがあった。決まってしまえばハンターの動きは早く、動ける村人を集めて夜の宴会に向けて準備を始める。
ラススヴェートは頭を悩ませながらも輜重隊の兵士や料理の得意な母親達と料理を仕上げていた。
調理場が一杯になってあぶれた人手は会場の準備に割り振られる。そろそろ会場に人が集まり始めたので、時間は少し遅いぐらいだ。村人と一緒に働く龍華は、その中で動きを止めている夫人を見つけた。
「大丈夫ですか?」
「……ええ……はい」
彼女は確か、夫を最初の襲撃で失っていた。夫人と言ったがまだ若い。聞けば結婚してそう月日が経っていないらしい。調理でも柵の補修でも、犠牲となり死んだ村人の家族で希望者があれば優先的に手伝ってもらった。目の前の苦難から紛らわせることも必要だからだ。
その選択は間違っていないと思いながらも、立ち止まってしまう気持ちも龍華には理解できた。
「少し休みましょう。ちゃんと食べてないのでしょう?」
「…………」
視線は泳ぎ、反応も曖昧だ。実際のところ、言葉でどうにかなると彼は思っていなかった。悲しみが癒えるには時間が必要で個人差がある。立ち上がるだけの準備ができた時、きっかけとなればそれで良い。静かに種を撒くような地道な行為であった。
(自分で解決するしかないことだけど、これぐらいはね)
一頻り夫人の涙が落ちた後、龍華はハンカチを差し出した。それで、彼女には充分だった。
作業が半ばまで終わった頃、集まった人が席につきはじめる。あわせて配膳も始まった。
作業の終わったラススヴェートはリュートを持ち会場に現れる。
忙しかったはずのラススヴェートだが、涼やかな顔で疲れを感じさせない。
シャロンは安心して会場の上座に進んだ。
「配膳が終わるまで、私どもより音楽を披露させていただきます」
シャロンが小さく頷くと、ラススヴェートはリュートの弦に指をかけた。確かめるように指を動かし終わると、2人の合奏が始まった。静かで優しい音色にあわせ、透き通るような歌声が夜空に響く。暗澹たる気持ちは明るい声によってのみ払拭されるわけではない。陰鬱とした心に寄り添う悲しみの歌もまた、傷ついた心を癒す。多くの村人が音楽を聞きながら顔を伏せていた。演奏が終わると、大きくはないが確かな拍手が聞こえた。
「さあ、食事にしましょう。明日からのことはわかりませんが、
まずはお腹を満たしてください。そしてゆっくり眠ってください」
2人が一礼して場を下がると、静かに食事が始まった。人々は黙って食べた。やがて言葉が戻り始めた。最初は子供達に、そして大人達に、老人達に。以前のように賑やかにとはいかないものの、会話には笑いが溢れていた。
ヴィルマが酒を持ち出したのは笑顔がようやく出た頃合だった。ヴィルマとほかの配膳係が出して回ったのは、それは輜重隊の運んでいた酒だが、グラスに入ったワインは色合いがすこし違っていた。
「薄めてはあるが飲みやすいように味付けしてあるのじゃ」
果実だけでなくハーブなども入れて割った酒は、アルコールが薄い代わりに爽やかな味わいに仕上がっている。
作ってそのまま飲むのが普通の人々は少し驚いているようだったが、ほどなくヴィルマと同じようにぐっと飲み干すようになった。
ワインの評判は中々のものだった。酒の効果は最初こそ見えなかったが、顔が赤くなってくると徐々に人々の口を饒舌にした。笑いが溢れた。涙も溢れた。抑制を外れた感情がそこに溢れている。
ヴィルマはにんまりとその光景を見守った。
「我は皆で飲む酒は好きなのじゃ。明るく楽しく、」
笑える者は笑えば良い。泣きたい者は泣けば良い。どちらも必ず明日への糧になる。
辛い思いをした者にとって、乗り越える過程は何であっても構わない。自分がそうであったように。
ヴィルマは自身もアルコールの熱を飲み下す。正しく宴会となったその会場は、日付が変わっても続いていた。
■
倉庫には村人達と入れ替わるように生き残りのゴブリンが押し込められている。
昨夜の片づけを始める村を眺めながらゴブリン達は怯えていた。人が散った今から、尋問が始まることを察知したからだ。
「リーダーはあんたか?」
先頭に立ったのはジャックだった。神妙な顔でゴブリンのリーダーに向かい合う。
「そ…そうダ」
「名前は聞かせてくれ、ゴブリンの戦士。あんたのような一角の戦士を、無碍に扱いたくない」
「………お…オレの名前はメデテリ、茨子鬼の1人だ」
ちょろい。ジャックは心の中で舌を出しつつ、正面では礼儀正しくゴブリンのリーダーを遇した。
よいしょしてやれば気分良くなって喋るだろうと予想していたが、あっと言う間に転び始めた。
事情を知ってるバレーヌは苦笑を浮かべており、ゲオルギウスは笑いがこらえ切れないのか後ろを向いていた。ゴブリンの絶滅を避けたのはバレーヌの優しさゆえだったが、それも上手く作用した。彼は今、人間の騎士に敬意を払われているゴブリンとして、仲間の尊敬を集めている。
ジャックは視線を低くしてまっすぐにゴブリンの目を見た。
「メデテリか。あんたの知ってることを教えてくれないか?
あんたが協力してくれるなら、あんただけでも逃がしてやれるかもしれない」
「……わ…わかった。しゃべる。だから、こ、コロさないでクレ」
「ああ、もちろんだとも」
ジャックの清々しい笑顔で、尋問はスムーズに始まった。問題があるとすれば、このゴブリン達の言語能力ぐらいだった。
「ボスを強くしたモノがある場所、オレはちゃんと見ていない」
不機嫌そうな顔になる一堂を前に、メデテリの声は自然と早口になった。
「ボス、強さのヒミツはあのイバラだ。オレも触ったことある」
「茨はあの洞窟の他にもあるのか?」
「オレ達の住処の近くにあると言ってた。でもオレ、近寄れなかった。怖いユウレイがいる」
聖女の亡霊は寄る辺の無いマテリアルが見せた虚像でもある。その本体となれば、未だに膨大なマテリアルを残している可能性がある。メデテリの恐怖は収まらず、質問は他の疑問の確認となった。その後、聖女の顛末は思いもかけない形で明らかになる。彼への尋問はその多くが意味を失ったが、一つ重要な情報が残った。夢と現実を繋ぐ道筋を、彼は知っていたのである。
「最後に聞かせてください。……僕らは本当に、相容れないのですか?」
バレーヌの問いに、ゴブリン達は顔を見合わせる。バレーヌが思い出したのは先日の一件、ゴブリンの王が配下を守ったことだ。仲間を思う気持ちが同じなら、通じ合えるのではないかと。
「……ムリだ。キングの怒り、おおきい。ナカマ、これまでたくさん殺された」
お互い様といえばそれまでだが、戦争状態の両者にありがちなことだ。
ゴブリンが弱いから、人間は今まで気にもしていなかった。仲間を思う気持ちを理解できるゆえに、彼らの感情も理解できてしまう。続く言葉が出せないバレーヌの肩を、ジャックが叩く。
戦争を終わらせなければ、断絶は終わりが無い。諦めと決意を胸、バレーヌはその場を後にした。
依頼結果
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- 清冽なれ、栄達なれ
龍華 狼(ka4940)
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/08/18 17:05:19 |
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相談卓 シャロン=フェアトラークス(ka5343) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|舞刀士(ソードダンサー) |
最終発言 2015/08/18 18:25:28 |