ゲスト
(ka0000)
ケーキを狙うゴブリン
マスター:江口梨奈

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 6~8人
- サポート
- 0~8人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/08/26 19:00
- 完成日
- 2015/09/08 18:18
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
リアルブルー人から聞いた話であるが、飲食店は『隠れた名店』が人気であるようだ。
人の行き来の多い大通りに面したものではなく、逆に街から離れてひっそりと。寧ろ少々行きづらい、分かりにくい方が良いらしい。外観は素朴な民家のようで、けれどドアを開けるときっちりとした店であることを匂わせる本格的な調度をしつらえておくのだ。並べる商品は、質がよければ少々高くても、それが逆に価値を示すものなのだそうだ。
そんなアドバイスを受けてミアは、子供の頃からの夢であったケーキ屋を開くのに、街中ではなく、はずれにある古いボロ家を借りることにしたのだった。それはもちろん、賃料の件が一番大きく影響したからなのだけれど。
アドバイスのとおりに、改装費はほとんどかけず、小さな看板をひとつ付けるだけにした。代わりに宣伝はしっかりすることにして、あちこちに開店日を記した案内を送った。並べるケーキは種類は少なめに、しかし材料は吟味して、腕によりをかけて。
さあ、いよいよ来週に開店である。
その前に予行練習だ、ミアは開店の日を想定して、オーブンをフル稼働させた。
店中にバターの溶ける甘い匂いがたちこめ、それは煙突を通って外へも溢れ出た。
売り棚に次々とケーキや焼き菓子が並んでいく。
「作りすぎちゃったかしら。ううん、このぐらい用意しなきゃ。きっとお客さんはいっぱい来てくれるわ」
などと独り言をいいながらミアは、整然と並んだケーキを眺め、満足そうに頷いた。
と、外がなんだか騒がしい。
どかどかと、複数の足音がする。
「何かしら? まさか、お客さん第一号かしら」
ミアが呑気な事を言っていられたのもそこまでだ。
乱暴にドアが開かれ、入ってきたのは……5、6匹のゴブリンだったのだ!
人気のない街はずれのボロ家、中にいるのはエプロン姿の小娘ひとり、そこから漂う食物のいい匂い。
どうぞ狙ってくれ、と言わんばかりの条件ではないか!
匂いにおびき寄せられたゴブリンは、遠慮無く中に入り込み、ずらりと並んだ色とりどりのケーキを食い散らかし始めた。
ミアに何が出来ただろう? ひたすら逃げて、満腹になったゴブリンがいなくなるのを待つしかなかったのだ。
静かになった店に戻ったミアは、呆然とした。泥だらけの足で入り込まれ汚され、売り棚は割れていたりクロスは破れていたり……ともかく好き放題に散らかされていた。
ああ、なんということだろう。
もちろん、掃除をすれば元通りにすることはできる。けれどこのままでは同じようにケーキを焼き続けることは出来ない。
これからもこの店を続けるか否かはさておき、まずは来週に迫った開店日だ。これはもう、あちこちに宣伝して回ったのだから、今更取り下げるわけにはいかない。
せめて開店を期待してくれている人たちを裏切ることのないよう、まずはあのゴブリンどもをどうにかしなくては!
人の行き来の多い大通りに面したものではなく、逆に街から離れてひっそりと。寧ろ少々行きづらい、分かりにくい方が良いらしい。外観は素朴な民家のようで、けれどドアを開けるときっちりとした店であることを匂わせる本格的な調度をしつらえておくのだ。並べる商品は、質がよければ少々高くても、それが逆に価値を示すものなのだそうだ。
そんなアドバイスを受けてミアは、子供の頃からの夢であったケーキ屋を開くのに、街中ではなく、はずれにある古いボロ家を借りることにしたのだった。それはもちろん、賃料の件が一番大きく影響したからなのだけれど。
アドバイスのとおりに、改装費はほとんどかけず、小さな看板をひとつ付けるだけにした。代わりに宣伝はしっかりすることにして、あちこちに開店日を記した案内を送った。並べるケーキは種類は少なめに、しかし材料は吟味して、腕によりをかけて。
さあ、いよいよ来週に開店である。
その前に予行練習だ、ミアは開店の日を想定して、オーブンをフル稼働させた。
店中にバターの溶ける甘い匂いがたちこめ、それは煙突を通って外へも溢れ出た。
売り棚に次々とケーキや焼き菓子が並んでいく。
「作りすぎちゃったかしら。ううん、このぐらい用意しなきゃ。きっとお客さんはいっぱい来てくれるわ」
などと独り言をいいながらミアは、整然と並んだケーキを眺め、満足そうに頷いた。
と、外がなんだか騒がしい。
どかどかと、複数の足音がする。
「何かしら? まさか、お客さん第一号かしら」
ミアが呑気な事を言っていられたのもそこまでだ。
乱暴にドアが開かれ、入ってきたのは……5、6匹のゴブリンだったのだ!
人気のない街はずれのボロ家、中にいるのはエプロン姿の小娘ひとり、そこから漂う食物のいい匂い。
どうぞ狙ってくれ、と言わんばかりの条件ではないか!
匂いにおびき寄せられたゴブリンは、遠慮無く中に入り込み、ずらりと並んだ色とりどりのケーキを食い散らかし始めた。
ミアに何が出来ただろう? ひたすら逃げて、満腹になったゴブリンがいなくなるのを待つしかなかったのだ。
静かになった店に戻ったミアは、呆然とした。泥だらけの足で入り込まれ汚され、売り棚は割れていたりクロスは破れていたり……ともかく好き放題に散らかされていた。
ああ、なんということだろう。
もちろん、掃除をすれば元通りにすることはできる。けれどこのままでは同じようにケーキを焼き続けることは出来ない。
これからもこの店を続けるか否かはさておき、まずは来週に迫った開店日だ。これはもう、あちこちに宣伝して回ったのだから、今更取り下げるわけにはいかない。
せめて開店を期待してくれている人たちを裏切ることのないよう、まずはあのゴブリンどもをどうにかしなくては!
リプレイ本文
●ミアの店
(いい匂い……)
店の外にまで溢れてくる甘い香りに、ユーリィ・リッチウェイ(ka3557)は鼻をひくつかせる。どうしてバターとバニラの混じった匂いというのは、こうも人を虜にするのか。
しかし扉を開けてユーリィたちは愕然とすることになる。
壊れた陳列台、破れた壁紙、食い散らかした時の食べかすがこびり付いたカーペット。
それらに囲まれて疲れ切った表情の、ぞうきんと箒を持っている女性、彼女が依頼主だ。自分たちがハンターだと名乗ると、ようやっと笑みを見せてくれた。
「食い逃げか……。これは許せん、な」
ハンターオフィスで聞き及んでいた事情よりもひどい有様を見て、オウカ・レンヴォルト(ka0301)は呟いた。彼も、菓子を商う家に生まれ、クリムゾンウェストに来てからも同じような店を構えている。そんな彼だから、丹誠込めて作った菓子が無造作に踏みつけられることの悔しさはよく分かる。
「大切なケーキをお金も払わずに食べるなんて、うらやま……」
「コホン」
「あ、違った、許せませんね!!」
うっかり本心を漏らしそうになるミオレスカ(ka3496)だったが、オウカの咳払いでいさめられる。「焼きたてのケーキが食べられると聞いて!」と続けて叫ぼうとしていたザレム・アズール(ka0878)も慌てて口をつぐむ。
「……あ、そうではなく、その、つまり……頑張るのでよろしく」
時間無制限食べ放題という言葉に心は動くがそれはそれ、美味しいものにはちゃんと対価が必要である。
「うーん、ゴブリンもケーキって食べるんだね」
とは、レイン・レーネリル(ka2887)の印象。ああいう亜人の好むものは、肉のようなワイルドな食べ物かと想像していたが。どうやら甘味で口福を得るのは生物共通の感覚であるようだ。
「それでだな、ミア。申し訳ないが、もう一度そのゴブリンどもの為に、ケーキを焼いて貰えないか」
「ええっ!?」
イレーヌ(ka1372)の申し出に一瞬、顔を歪めるミアだったが、その意図を聞いてすぐに納得した。この、外にまで溢れる香りでもう一度ゴブリンをおびき寄せ、そこで彼女らハンターが一網打尽にしてくれよう、というわけだ。
「あなたの作るケーキはたいへん魅力的らしい。それで、その……代わりと言っては何だが、後でケーキを御馳走してくれると嬉しいな」
「いくらでも食べてよ、いいえ、むしろぜひ食べて!」
お安い御用だ、とミアは間髪入れず答えた。ゴブリンの餌にするためにだけに粉を練ったモノを製造して何が楽しいか。こちらはこれから職人の看板を背負う身なのだ、作るとなればそれは人の舌を喜ばせるために腕を奮いたい。
ならば今から早速、自分のために急ぎ駆けつけてくれたハンター達をもてなすためにケーキを焼こうではないか。
「私も手伝うよ!」
レインはすかさず申し出た。
●迎撃準備
ミアが粉を篩い、卵を泡立て、バターを溶かし始めた。その間にハンター達は店の外へ出て、鼻の良いケダモノの襲撃を迎える準備をすることにした。
建物は、一見すると本当にただの民家だ。看板ですら小さく目立たない文字で、最初からここがケーキ屋だと知っている者でなければ見落とすに違いない。家の回りは草も刈り取られ花を整然と植えられているが、敷地をあらわす低い柵の向こうからはすぐにこの森本来の雑木や雑草に囲まれている。ゴブリンがどの方角から来たのかは、判別はし辛かったが、正面のドアから入ってきたのは間違いない。
出入り口は2箇所、正面玄関と、厨房と繋がっている裏口だ。
「ここは一時的に閉めさせてもらいますね、こっちからゴブリンが入ってこられないように」
ミオレスカが板と釘を持ってきて、裏口を打ち付けた。ここへ来るのが2度目になるゴブリンなら、家の構造を覚えていて、進入路を変えることがあるかもしれないという、念のためだ。
おもてでは、ユーリィがこういう場面では定番の鳴子罠を仕掛けている最中である。このような広い範囲でどこからくるのか分からないときに便利な仕掛けだ。木と木の間隔が広く開いている、通り道にされやすそうな箇所を巧みに見つけてはユーリィは罠を張る。
「……足下の方が、見えにくいかな?」
思いついて、ロープの位置をぐっと下に下げてみる。下草に紛れてロープは完全に隠れてしまった。もしゴブリンがこれに足首を引っかけたら? ……音を鳴らせることが目的の罠に違う用途を与えるという狡猾なことを思いつきながらも、ユーリィは無垢な天使の如く微笑んだ。
「やはりおまえも、ここに目星を付けたか?」
作業をしているユーリィに声を掛けたのはザレムだった。木々の無造作に生い茂る森とはいえ、好きこのんで足場の悪いところを通るのが趣味でなければ、おのずと通り道というのは選ばれる。この森に住むけものはゴブリンだけではないのだから、使われる道はもちろんいくつもあるだろう。ザレムもまたそういった箇所を捜しては、こちらは括り罠を仕掛けていた。目的は、ユーリィと同じである。
「ところで、ユーリィから見て、ゴブリンはどこを通ってきたと思う?」
「そうだね……ボクは、ここじゃないかと思うんだけど」
「意見が合ったな」
2人の視線の先には、草が踏み倒された跡の新しい道がある。土が踏み固められたようにも見える。2人はそこに重点的に罠を用意する。
「俺たちがうっかり踏まないようにしなきゃな」
ケーキの焼き上がる匂いが漂ってきたのは、丁度彼らの作業が終わった時だった。
「このスポンジケーキの匂いとか、バターの香りがいいよねえ」
ミアと一緒に作業をしていたレインは満足そうに頷く。粉と砂糖と卵とバターという単純な素材から、どうしてこんなにうっとりするものが出来上がるのか、まったく、料理とは面白いものだ。
「ゴブリンども、間違いなくこのケーキは美味しいぞー」
「さあ、飾っちゃうわよー。ふふふゴブリンどもめ、あたしのテクニックにひれ伏すがいいわ!」
打ちひしがれていたミアも、食い逃げゴブリンへの仕置きに自分も加担できるとなって、いつもの陽気さを取り戻してきた。クリームやフルーツで、見目鮮やかに色とりどりに飾り付ける。
その様をじっと見ていたイレーヌだったが、きっと顔に出ていたのだろう、ミアの方から「味見をしてよ」と言ってきた。
「そんなに、物欲しそうにしてたか?」
「少なくとも、あたしのケーキを食べさせてみたい、って思うほどにはね」
イレーヌの返事も聞かずミアは、ケーキを皿に乗せてフォークを添えた。ならば、と遠慮無くイレーヌはそれを受け取り、ミアの言いなりになってみる。
「私が、客第1号といったところかな?」
「そうね、記念すべきね。そして2号はオウカさん、どうぞ」
「頂こう」
外で待機している仲間には申し訳ないが、これも役得というものだ。しかし、のんびりお茶会を開いている余裕はなく、2人とも本当に味見程度に留まらせてもらった。
ミアの作るケーキは嬉しいことに、ゴブリンでなくとも何十個と食べたいと思えるようなものであった。
「オウカさん、そこの上の棚から盆を取ってくれる? ああ、それそれ、銀色のやつ」
それはオウカが腕を肩幅に広げて持つサイズのものだった。その上にびっしりと、味に太鼓判を押された出来上がったばかりのケーキを並べていく。銀色の面を全てケーキで埋め尽くすと、体格の良いオウカですら持ち運ぶのに力の要る重さになった。
華やかなトレーを抱えたままオウカは、腰でドアを開ける。ぶわっ、と匂いが表に溢れ出した。
(さて、近くにいるのか……)
店から距離を開け、しかし囮として目立つ場所を選んで立ち、オウカは周囲をぐるりと見回す。森の所々に小さく目印が見える、あの下にはザレムたちの仕掛けた罠があるはずだ。
しばらく待った。長いような、短いような時間が経過する。
……カラン。
小さく、鳴子の音がした。
その直後に。
ガランガランガランガラン!!
狙った獲物が低い位置にあったロープに気付かずに足を絡め取られ、派手に転倒したことを意味する音が響き渡った。
●ゴブリン
「やっぱりその道ね!」
ユーリィの見た先には、転んで突っ伏しているゴブリンが1匹と、それを囲んでいる5匹のゴブリン……皆、森に似つかわしくない音が鳴り響いたことに戸惑った様子だったが、ユーリィのしなるウィップが近付いてきて、状況を把握した。5匹のゴブリンは鞭の先端を避けるが、しかし転んでいたゴブリンは起きあがるのが遅れ、それをまともに喰らってしまった。
『ゲェッ!』
鼻と頬の皮膚を抉られ、反動で今度は後ろに転倒する。ギイギイとやかましい悲鳴と、それから何やら悪態らしい言葉を吐き、それに呼応するように残るゴブリンはそれぞれの武器を構えユーリィを取り囲んだ。遠くまで届く鞭は厄介だが、その先端はひとつしかない、こうして数の利で取り囲んでしまえば自分たちが有利だと考える知恵はあるようだ。
ユーリィはウィップを巧みに操りながら、ゴブリンの次の行動に構える。前後左右に素早く動かし、どのゴブリンからも攻撃されないように距離を作る。
膠着状態。
また、ユーリィは微笑んだ。
膠着状態。
この状態のまま、時間だけが経つ……。
仲間が到着するのに、十分な時間が。
突然、1匹のゴブリンの頭部が吹き飛んだ。凍てる水の精霊の加護を受けた弾丸は、薄汚れた亜人よりも勝っていたのだ。
「動かないでいてくれたから、狙いやすかったですよ」
『レイターコールドショット』を放ったミオレスカの銀の髪からは、七色の光が溢れていた。美しく輝く髪をなびかせたままミオレスカは、次なるターゲットに狙いを定める。
『ギィギィ』、『ガガガ』、『ギャッ』などと、ゴブリンは何か言葉を交わした。と、同時のタイミングでゴブリンは二手に分かれ、鞭を持つ者と銃を持つ者とそれぞれに飛びかかった。
「1対2、の状況を作ろうと思ったのね?」
的が俊敏に動き出し、先ほどのようにど真ん中を狙えない。しかも数は相手の方が多い。けれどミオレスカには余裕があった。
丁度良いタイミングで、光の弾がゴブリンを貫いた。
「……どうして、目の前にある数しか数えないのだろうな」
姿を見せたのは、まったく別人のような姿になったイレーヌだ。ケーキを頬張って顔をとろけさせていたあの子供のような姿とは違う、グラマラスな大人の女になっている。
「え? いつの間にケーキを食べたのですか?」
「美味だったぞ、楽しみにしておけ」
続けざまの『ホーリーライト』が、氷の銃弾に弱っていたゴブリンに止めを刺す。
「オウカちゃんも食べたの? こんなところにクリームが」
「! ……これは、さっき持っていたやつ、だ」
囮のケーキを片付けている時間分、遅れて合流したオウカは、その遅れを取り戻すべく刀を振るう。
「さて、と……。ミアの店での悪事は知って、いるぞ。よくもやってくれたものだ、な……」
反撃開始! 『機導剣』がゴブリンの数を減らすのに、さほど時間はかからなかった。
さあ、算数の問題だ。
ハンターとゴブリン、どちらが多い?
この程度の算数なら、ゴブリンにも出来るらしい。次々と現れて増えるハンターに、ようやっとゴブリンたちは自分たちの不利を知った。残る2匹のゴブリンは背中を向けて逃げ出した。
だが。
木の幹についてある小さな目印の意味をゴブリンが知っているはずもなく。
足下に置かれたロープの輪に足をはめたゴブリンどもは、締まる輪に足首を掴まれ、そのまま釣り針にかかった魚の如く跳ね上げられ、木に逆さ吊りにされてしまった。
何が起こったのかと騒ぐゴブリンだったが、自分たちの足を掴んでいるのが麻紐と分かると、それを切ろうとそれぞれが持っていたショートソードの刃を当てるべく体を曲げる。
けれどゴブリンの脱出は叶わない。なぜならロープが切れるよりも先に、ザレムの『デルタレイ』によって貫かれたからだ。
その隙に、最後の1匹は罠から逃れた!
高い位置から落ちながらも素早く体勢を戻し、倒れた仲間を尻目にひたすら逃げる。
逃げる、逃げる、‥‥レインが立ちはだかる形でそこにいた。
(うーん……、どうしようか。また来ちゃう可能性も不安要素だけど、必要以上に攻撃するのも……ねぇ)
腕を組み、などと考える。が、そんな暇をゴブリンは与えてくれなかった。
美味しい餌場を見つけて今日もここへ来てみたならば、5匹の仲間は次々と倒されてしまった。腹は減る、仲間は減る、足首は痛い、地面に叩きつけられた膝も痛い。その上、この目の前のエルフに尻尾を巻いて逃げるのか……そんなことをゴブリンは思ったかもしれない。棍棒に全体重を乗せ、レインの脇腹に叩き込んだ。
「が、がはっ!」
反吐が出る。結論は決まった。
「まぁ先に暴れたのはそっちだからね! どうなっても知らないよ!」
●解決
店に戻ったハンターは、誰が言い出したわけでなく、ぞうきんと箒を持ち始めた。
修繕と掃除を手伝ってやるのだ。
来週には開店する、そしてそれ以降もゴブリンのいなくなったここで店を続けたいだろう。
「男手だ、力仕事なら任せてくれ」
「こう見えて家事は得意なんだから!!」
ハンター達はそう言いながら、みるみる店を綺麗にしてくれる。
「こんな人里離れたところで危ないだろう」「またゴブリンが来たらどうするの」そんな説教をされるかと思っていた。けれど、ハンター達は皆、ミアの新しい店を応援してくれている。
がんばれる、と思った。
子供の頃からの夢が本当に叶うのだと。
いよいよ来週には開店だ。
(いい匂い……)
店の外にまで溢れてくる甘い香りに、ユーリィ・リッチウェイ(ka3557)は鼻をひくつかせる。どうしてバターとバニラの混じった匂いというのは、こうも人を虜にするのか。
しかし扉を開けてユーリィたちは愕然とすることになる。
壊れた陳列台、破れた壁紙、食い散らかした時の食べかすがこびり付いたカーペット。
それらに囲まれて疲れ切った表情の、ぞうきんと箒を持っている女性、彼女が依頼主だ。自分たちがハンターだと名乗ると、ようやっと笑みを見せてくれた。
「食い逃げか……。これは許せん、な」
ハンターオフィスで聞き及んでいた事情よりもひどい有様を見て、オウカ・レンヴォルト(ka0301)は呟いた。彼も、菓子を商う家に生まれ、クリムゾンウェストに来てからも同じような店を構えている。そんな彼だから、丹誠込めて作った菓子が無造作に踏みつけられることの悔しさはよく分かる。
「大切なケーキをお金も払わずに食べるなんて、うらやま……」
「コホン」
「あ、違った、許せませんね!!」
うっかり本心を漏らしそうになるミオレスカ(ka3496)だったが、オウカの咳払いでいさめられる。「焼きたてのケーキが食べられると聞いて!」と続けて叫ぼうとしていたザレム・アズール(ka0878)も慌てて口をつぐむ。
「……あ、そうではなく、その、つまり……頑張るのでよろしく」
時間無制限食べ放題という言葉に心は動くがそれはそれ、美味しいものにはちゃんと対価が必要である。
「うーん、ゴブリンもケーキって食べるんだね」
とは、レイン・レーネリル(ka2887)の印象。ああいう亜人の好むものは、肉のようなワイルドな食べ物かと想像していたが。どうやら甘味で口福を得るのは生物共通の感覚であるようだ。
「それでだな、ミア。申し訳ないが、もう一度そのゴブリンどもの為に、ケーキを焼いて貰えないか」
「ええっ!?」
イレーヌ(ka1372)の申し出に一瞬、顔を歪めるミアだったが、その意図を聞いてすぐに納得した。この、外にまで溢れる香りでもう一度ゴブリンをおびき寄せ、そこで彼女らハンターが一網打尽にしてくれよう、というわけだ。
「あなたの作るケーキはたいへん魅力的らしい。それで、その……代わりと言っては何だが、後でケーキを御馳走してくれると嬉しいな」
「いくらでも食べてよ、いいえ、むしろぜひ食べて!」
お安い御用だ、とミアは間髪入れず答えた。ゴブリンの餌にするためにだけに粉を練ったモノを製造して何が楽しいか。こちらはこれから職人の看板を背負う身なのだ、作るとなればそれは人の舌を喜ばせるために腕を奮いたい。
ならば今から早速、自分のために急ぎ駆けつけてくれたハンター達をもてなすためにケーキを焼こうではないか。
「私も手伝うよ!」
レインはすかさず申し出た。
●迎撃準備
ミアが粉を篩い、卵を泡立て、バターを溶かし始めた。その間にハンター達は店の外へ出て、鼻の良いケダモノの襲撃を迎える準備をすることにした。
建物は、一見すると本当にただの民家だ。看板ですら小さく目立たない文字で、最初からここがケーキ屋だと知っている者でなければ見落とすに違いない。家の回りは草も刈り取られ花を整然と植えられているが、敷地をあらわす低い柵の向こうからはすぐにこの森本来の雑木や雑草に囲まれている。ゴブリンがどの方角から来たのかは、判別はし辛かったが、正面のドアから入ってきたのは間違いない。
出入り口は2箇所、正面玄関と、厨房と繋がっている裏口だ。
「ここは一時的に閉めさせてもらいますね、こっちからゴブリンが入ってこられないように」
ミオレスカが板と釘を持ってきて、裏口を打ち付けた。ここへ来るのが2度目になるゴブリンなら、家の構造を覚えていて、進入路を変えることがあるかもしれないという、念のためだ。
おもてでは、ユーリィがこういう場面では定番の鳴子罠を仕掛けている最中である。このような広い範囲でどこからくるのか分からないときに便利な仕掛けだ。木と木の間隔が広く開いている、通り道にされやすそうな箇所を巧みに見つけてはユーリィは罠を張る。
「……足下の方が、見えにくいかな?」
思いついて、ロープの位置をぐっと下に下げてみる。下草に紛れてロープは完全に隠れてしまった。もしゴブリンがこれに足首を引っかけたら? ……音を鳴らせることが目的の罠に違う用途を与えるという狡猾なことを思いつきながらも、ユーリィは無垢な天使の如く微笑んだ。
「やはりおまえも、ここに目星を付けたか?」
作業をしているユーリィに声を掛けたのはザレムだった。木々の無造作に生い茂る森とはいえ、好きこのんで足場の悪いところを通るのが趣味でなければ、おのずと通り道というのは選ばれる。この森に住むけものはゴブリンだけではないのだから、使われる道はもちろんいくつもあるだろう。ザレムもまたそういった箇所を捜しては、こちらは括り罠を仕掛けていた。目的は、ユーリィと同じである。
「ところで、ユーリィから見て、ゴブリンはどこを通ってきたと思う?」
「そうだね……ボクは、ここじゃないかと思うんだけど」
「意見が合ったな」
2人の視線の先には、草が踏み倒された跡の新しい道がある。土が踏み固められたようにも見える。2人はそこに重点的に罠を用意する。
「俺たちがうっかり踏まないようにしなきゃな」
ケーキの焼き上がる匂いが漂ってきたのは、丁度彼らの作業が終わった時だった。
「このスポンジケーキの匂いとか、バターの香りがいいよねえ」
ミアと一緒に作業をしていたレインは満足そうに頷く。粉と砂糖と卵とバターという単純な素材から、どうしてこんなにうっとりするものが出来上がるのか、まったく、料理とは面白いものだ。
「ゴブリンども、間違いなくこのケーキは美味しいぞー」
「さあ、飾っちゃうわよー。ふふふゴブリンどもめ、あたしのテクニックにひれ伏すがいいわ!」
打ちひしがれていたミアも、食い逃げゴブリンへの仕置きに自分も加担できるとなって、いつもの陽気さを取り戻してきた。クリームやフルーツで、見目鮮やかに色とりどりに飾り付ける。
その様をじっと見ていたイレーヌだったが、きっと顔に出ていたのだろう、ミアの方から「味見をしてよ」と言ってきた。
「そんなに、物欲しそうにしてたか?」
「少なくとも、あたしのケーキを食べさせてみたい、って思うほどにはね」
イレーヌの返事も聞かずミアは、ケーキを皿に乗せてフォークを添えた。ならば、と遠慮無くイレーヌはそれを受け取り、ミアの言いなりになってみる。
「私が、客第1号といったところかな?」
「そうね、記念すべきね。そして2号はオウカさん、どうぞ」
「頂こう」
外で待機している仲間には申し訳ないが、これも役得というものだ。しかし、のんびりお茶会を開いている余裕はなく、2人とも本当に味見程度に留まらせてもらった。
ミアの作るケーキは嬉しいことに、ゴブリンでなくとも何十個と食べたいと思えるようなものであった。
「オウカさん、そこの上の棚から盆を取ってくれる? ああ、それそれ、銀色のやつ」
それはオウカが腕を肩幅に広げて持つサイズのものだった。その上にびっしりと、味に太鼓判を押された出来上がったばかりのケーキを並べていく。銀色の面を全てケーキで埋め尽くすと、体格の良いオウカですら持ち運ぶのに力の要る重さになった。
華やかなトレーを抱えたままオウカは、腰でドアを開ける。ぶわっ、と匂いが表に溢れ出した。
(さて、近くにいるのか……)
店から距離を開け、しかし囮として目立つ場所を選んで立ち、オウカは周囲をぐるりと見回す。森の所々に小さく目印が見える、あの下にはザレムたちの仕掛けた罠があるはずだ。
しばらく待った。長いような、短いような時間が経過する。
……カラン。
小さく、鳴子の音がした。
その直後に。
ガランガランガランガラン!!
狙った獲物が低い位置にあったロープに気付かずに足を絡め取られ、派手に転倒したことを意味する音が響き渡った。
●ゴブリン
「やっぱりその道ね!」
ユーリィの見た先には、転んで突っ伏しているゴブリンが1匹と、それを囲んでいる5匹のゴブリン……皆、森に似つかわしくない音が鳴り響いたことに戸惑った様子だったが、ユーリィのしなるウィップが近付いてきて、状況を把握した。5匹のゴブリンは鞭の先端を避けるが、しかし転んでいたゴブリンは起きあがるのが遅れ、それをまともに喰らってしまった。
『ゲェッ!』
鼻と頬の皮膚を抉られ、反動で今度は後ろに転倒する。ギイギイとやかましい悲鳴と、それから何やら悪態らしい言葉を吐き、それに呼応するように残るゴブリンはそれぞれの武器を構えユーリィを取り囲んだ。遠くまで届く鞭は厄介だが、その先端はひとつしかない、こうして数の利で取り囲んでしまえば自分たちが有利だと考える知恵はあるようだ。
ユーリィはウィップを巧みに操りながら、ゴブリンの次の行動に構える。前後左右に素早く動かし、どのゴブリンからも攻撃されないように距離を作る。
膠着状態。
また、ユーリィは微笑んだ。
膠着状態。
この状態のまま、時間だけが経つ……。
仲間が到着するのに、十分な時間が。
突然、1匹のゴブリンの頭部が吹き飛んだ。凍てる水の精霊の加護を受けた弾丸は、薄汚れた亜人よりも勝っていたのだ。
「動かないでいてくれたから、狙いやすかったですよ」
『レイターコールドショット』を放ったミオレスカの銀の髪からは、七色の光が溢れていた。美しく輝く髪をなびかせたままミオレスカは、次なるターゲットに狙いを定める。
『ギィギィ』、『ガガガ』、『ギャッ』などと、ゴブリンは何か言葉を交わした。と、同時のタイミングでゴブリンは二手に分かれ、鞭を持つ者と銃を持つ者とそれぞれに飛びかかった。
「1対2、の状況を作ろうと思ったのね?」
的が俊敏に動き出し、先ほどのようにど真ん中を狙えない。しかも数は相手の方が多い。けれどミオレスカには余裕があった。
丁度良いタイミングで、光の弾がゴブリンを貫いた。
「……どうして、目の前にある数しか数えないのだろうな」
姿を見せたのは、まったく別人のような姿になったイレーヌだ。ケーキを頬張って顔をとろけさせていたあの子供のような姿とは違う、グラマラスな大人の女になっている。
「え? いつの間にケーキを食べたのですか?」
「美味だったぞ、楽しみにしておけ」
続けざまの『ホーリーライト』が、氷の銃弾に弱っていたゴブリンに止めを刺す。
「オウカちゃんも食べたの? こんなところにクリームが」
「! ……これは、さっき持っていたやつ、だ」
囮のケーキを片付けている時間分、遅れて合流したオウカは、その遅れを取り戻すべく刀を振るう。
「さて、と……。ミアの店での悪事は知って、いるぞ。よくもやってくれたものだ、な……」
反撃開始! 『機導剣』がゴブリンの数を減らすのに、さほど時間はかからなかった。
さあ、算数の問題だ。
ハンターとゴブリン、どちらが多い?
この程度の算数なら、ゴブリンにも出来るらしい。次々と現れて増えるハンターに、ようやっとゴブリンたちは自分たちの不利を知った。残る2匹のゴブリンは背中を向けて逃げ出した。
だが。
木の幹についてある小さな目印の意味をゴブリンが知っているはずもなく。
足下に置かれたロープの輪に足をはめたゴブリンどもは、締まる輪に足首を掴まれ、そのまま釣り針にかかった魚の如く跳ね上げられ、木に逆さ吊りにされてしまった。
何が起こったのかと騒ぐゴブリンだったが、自分たちの足を掴んでいるのが麻紐と分かると、それを切ろうとそれぞれが持っていたショートソードの刃を当てるべく体を曲げる。
けれどゴブリンの脱出は叶わない。なぜならロープが切れるよりも先に、ザレムの『デルタレイ』によって貫かれたからだ。
その隙に、最後の1匹は罠から逃れた!
高い位置から落ちながらも素早く体勢を戻し、倒れた仲間を尻目にひたすら逃げる。
逃げる、逃げる、‥‥レインが立ちはだかる形でそこにいた。
(うーん……、どうしようか。また来ちゃう可能性も不安要素だけど、必要以上に攻撃するのも……ねぇ)
腕を組み、などと考える。が、そんな暇をゴブリンは与えてくれなかった。
美味しい餌場を見つけて今日もここへ来てみたならば、5匹の仲間は次々と倒されてしまった。腹は減る、仲間は減る、足首は痛い、地面に叩きつけられた膝も痛い。その上、この目の前のエルフに尻尾を巻いて逃げるのか……そんなことをゴブリンは思ったかもしれない。棍棒に全体重を乗せ、レインの脇腹に叩き込んだ。
「が、がはっ!」
反吐が出る。結論は決まった。
「まぁ先に暴れたのはそっちだからね! どうなっても知らないよ!」
●解決
店に戻ったハンターは、誰が言い出したわけでなく、ぞうきんと箒を持ち始めた。
修繕と掃除を手伝ってやるのだ。
来週には開店する、そしてそれ以降もゴブリンのいなくなったここで店を続けたいだろう。
「男手だ、力仕事なら任せてくれ」
「こう見えて家事は得意なんだから!!」
ハンター達はそう言いながら、みるみる店を綺麗にしてくれる。
「こんな人里離れたところで危ないだろう」「またゴブリンが来たらどうするの」そんな説教をされるかと思っていた。けれど、ハンター達は皆、ミアの新しい店を応援してくれている。
がんばれる、と思った。
子供の頃からの夢が本当に叶うのだと。
いよいよ来週には開店だ。
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
---|
面白かった! | 4人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!
MVP一覧
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/08/25 07:38:34 |
|
![]() |
相談卓 イレーヌ(ka1372) ドワーフ|10才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2015/08/26 07:57:02 |