犬猿の挟撃

マスター:硲銘介

シナリオ形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/08/30 19:00
完成日
2015/09/07 06:26

みんなの思い出

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オープニング


 とある田舎町、そこへ招かれざる客がやってきた。
 その正体は町を出て東の方角へ暫くいった所にある、小さな森の住人だった。
 少し大きめではあるが猿の姿をした歪虚を目撃した、という噂は前々からあったのだが被害があった訳でもなし、特に騒ぎにもならずにいた。
 その猿――歪虚が一匹、町に現れたのである。幸いだったのはこの個体、直接的に人を襲う事はなかった。
 しかし、決して無害という訳にいかないのが歪虚たる所以か。猿の特徴が強く表れたらしいそいつはどうもかなりの悪戯好きで町の中を、主に青果を狙い荒らし回った。
 そうなっては当然放置しておく訳にもいかず、町民達はこれの討伐を決めた。
 基本が猿とはいえ、相手は歪虚。町の有志で構成された討伐隊員たちは随分と気を引き締めて事にあたった――のだが、蓋を開けてみればあっさりと、勝利の女神は人間の側に微笑んだ。
 ……まぁ、よくよく考えてみれば歪虚とはいえ相手はたかが猿一匹。特別戦闘経験のない一般人であろうと、大の大人が数人でかかってしまえば太刀打ちなどできなかった。
 かくして、町に現れた小さな歪虚は呆気なく始末された。
「あんな猿が人間様に勝てるものかよ。悔しければもっと大群で押しかけてみやがれ」
 などと、勝利の美酒を味わいながら討伐隊員達は大笑いしていた。

 さて。この田舎町に訪れたのは何も猿だけではなかった。
 町の西方、草原の一角でも野犬の姿をした歪虚の目撃情報が上がっていた。
 そして何の因果か、またまた一匹の歪虚が町へと入り込んでしまったのだ。
 こちらは肉食ゆえ、主に狙われたのは肉屋――だけでなく、小さな子供が襲われる事件にまで発展した。
 幸い命に別状は無かったが、この一件を放置する訳にはいかなくなり、討伐隊が再び集められた。
 猿とは違い、野犬を模したこちらは人肉を喰らおうと牙剥く凶暴性を見せる。故に、隊員たちも気を引き締めてかかった――のだが、結局のところ、数の利の大きさを知る結果となった。
 歪虚、肉食動物といえど、獅子や虎じゃあるまいし、一撃で人の腕や足を噛み千切る訳でもない。ハイエナよろしく、弱者を狙い狩りを行う野犬の顎はそれほど発達していなかった。
 素早い動きで隊員に襲い掛かり噛み付くも、食いついたところに別の相手からの横槍が入る。そんな状況ではその歯牙の脅威も半減だろう。
 なんてことはない。結局は猿と同じように、始末される事となった。
「犬畜生が人間を喰らおうなんてな。そのつもりなら、もっと頭数を揃えてもらわねぇとなぁ」
 などと、勝利の美酒を味わう隊員達はなお大きくその笑い声を響かせるのだった。

 彼等の勝利は間違いない。
 あぁ、この結果にケチをつけるつもりもない。ただ、彼等には知らない事があったというだけの話で。
 猿と犬。住処も食性も何もかもが違う二種には歪虚であるという以外にも一つだけ、同じ性質が存在する。
 彼等は基本的に群れで行動し、その仲間意識は非常に強い。さながら、人間のように。
 ならば、それぞれ町に現れた一匹はなんだったのか。彼等との意思疎通が出来ぬ以上想像の域を出ないが、おそらくはただ迷い込んだだけだったのだろう。
 死んだのははぐれ者などではない。一匹の力を過信し思い上がり、群れから飛び出した蛮勇の徒でもない。ただただ、群れからはぐれただけの迷子だった。
 低級の歪虚におよそ感情と呼べるものが存在するかは疑問だが――同族を討たれたのなら怒りを覚えたとしても無理はない。
 町を荒らされた人間がその犯人に抱いたのと、おそらくは同じ理屈だ。


 町の東――名も無き森から猿達の雄たけびが上がる。
 住処を飛び出したるは小柄な体に怒気を秘めた小型の歪虚――猿を模した影が三十。
 そして偶然にも同時刻、西方より野犬の遠吠えが響く。
 四の足で地を駆け彼等――十五匹の野犬の歪虚は真っ直ぐに町へと向かう。
 歪虚にカテゴライズされるものの、両者共、元来強い種ではない。食物連鎖のヒエラルキーが歪虚にも当てはまるなら、それぞれの立ち位置は底辺に近い。
 だが、町へと向かう姿からはその弱さを思わせない。獲物を定め、狩り取る間際の気迫を湛えていた。
 士気の高さは当然だ。人の言葉を借りるなら、これは弔い合戦――仲間を殺された怒り、その強さは人間であるならば、よりよくわかるだろう。

 東西より押し寄せる獣の群れ。高台よりその動きを察知した町の衆は討伐隊に招集をかけた。
 ――が、彼等の顔色は青ざめていた。その表情に、かつて酒場で見せた威勢の良さは微塵も残っていない。
 討伐隊の人員は十一、迷い込んだ一匹に対しては十倍以上の数で圧倒したが――ここにきて彼我の戦力差は逆転した。
 彼等は異形を狩るハンターなどではない。それでも勝利を収めたのは紛れも無く、数の利があってこそだった。
 討伐隊はその勝因を熟知している。それ故に、この先の戦いに待つ結果を知っていた。

 戦わずして、町の守りである討伐隊は敗北した。それすなわち、これより押し寄せる獣の群れに抗う術を失ったことを意味する。
 このままでは町は全滅――とまでいかずとも、壊滅的な打撃を受ける事は間違いない。
 たかだか一匹の迷子を仕留めた事、その因果が町を滅ぼす要因になろうとは。これを非運と呼ばずなんと呼ぶ。
 ――だが、その運も、最悪の出目という訳でもない。
 この時、町に立ち寄っていた者の中に、いたのだ。この状況を跳ね除けられる――正真正銘の狩人が。

リプレイ本文


「たまたま立ち寄った町で歪虚の襲撃に巻き込まれるとは運が悪いですね……まあ、引き受けた以上、守るつもりですが」
 己の置かれた状況を確認するかのように、エルバッハ・リオン(ka2434)は静かにそう呟いた。
 東西から押し寄せる敵に対し、戦力を分散させての対応が決まり、彼女は自身の担当である西側の守りへと向かっていた。
 道中、混乱する町人の中に分不相応な装備をした者の姿をちらほら見かけた。討伐隊――町の守り、であった筈の衆はただ青ざめた顔を浮かべていた。
 その戦意喪失した様に、エルバッハは情けないと感想を抱いた。
「……でも、一般人に自分を犠牲に戦え、というのも酷な話ですか。逃げ出したり錯乱して突撃したりしないだけ、まだマシですかね」
 その呟きはすれ違った隊員の耳にも届いていただろう。だが、それにも反応を見せない辺り、少女の言葉は実に的を射ていた。
 呆れながら歩くエルバッハ。そんな彼女の横を――町中を駆ける軍馬が追い抜いていった。
 ……青の毛並み、ゴースロン種だろうか。その背には同じく西の守りを担当する岩井崎 旭(ka0234)が跨っていた。
 主を乗せた馬は町民達に躓くことなく人並をすり抜け、すぐにその姿は見えなくなった。

「戦わなくていいのよ。盾をこう、しっかり構えて、敵の侵入を防いでくれるだけでいいの」
 町の西入口で牡丹(ka4816)が討伐隊に依頼をしていた。
 盾を持ち待機し、町への侵入を防ぐ最後の砦となる。直接の戦闘でないとはいえ、隊員達の表情は暗い。そこへ、
「助かる! 備えあったらなんとやら、だからな!」
 場違いな明るい声を響かせ、旭がやってきた。彼は愛馬の背から隊員達を見下ろし、緊張感の無い笑顔を見せて手を振った。
「んじゃ、お先! 全部倒しちまっても文句言うなよな!」
 その態度で隊員達を鼓舞する事が出来れば――旭は余裕を見せ付けるように言って町の外に出て行く。
 続き、アバルト・ジンツァー(ka0895)が隊員達の前に出る。
「……歪虚相手にハンター以外では荷が勝ちすぎる。おぬしらは自分が出来る役目を果たしてくれればそれで十分我々の手助けとなる――宜しく頼むな」
 軍人然とした容姿から飛ぶ落ち着いた声が響く。アバルトはそのまま背を向けると旭を追うように町を出て行った。
 その背中を見送った隊員達だが、その心中には僅かな変化が起こり始めていた。牡丹はその様子を黙って見つめ――やがて、他のハンター達へと続いた。


 ――冗談はよしてくれ。俺は覚醒者でもない弱い人間なんだ。
 ――だってさ、考えてもみろよ。あんな獣の群れに凡人が対抗できるとでも?
 ――あんたらは戦闘のプロなんだろ。なら、その力で俺達を守ってくれりゃそれでいい。
「――――――」
 俯き、腐った討伐隊員達の言葉にザレム・アズール(ka0878)は奥歯を噛み締める。
 彼等の言葉は間違いではない、歪虚を前にしては非覚醒者の力不足は否めまい。しかし、
「――冗談じゃないぞ。ここは誰の町なんだ? 今守らなくて、いつ守るんだ?」
 ザレムが反論する。
 不足はあっても、彼らは討伐隊の一員なのだ。その役目、その意志は――彼等の身近の、何かを守るためのものだった筈だ。
「家や子供を守るために一寸だけ動いてくれ! あんた達の町だろ!?」
 一見クールに見えるザレムが感情を露に叫ぶ。その熱意が伝わったのか、討伐隊の数人が立ち上がった。
 そうなってしまえば後は種火が燃え広がるように、次々と他の者もそれに続いていく。
「……そうだ、そうだぜ! 俺達の町だぞ、俺達が守らなくてどうするんだ!」
「戦わなくても出来る事はある。東西の入口へのバリケード構築を頼む。俺もやるけど、こういうのは人手が全てだからな」
 応、と威勢の良い声があちこちから上がる。ザレムの指示に従い動き始める隊員達、その顔には再び、かつての覇気が戻っていた。

 ――討伐隊の隊員達の声が聞こえる。つい先程見た時は目も当てられない消沈ぶりだったのだが。
 カーミン・S・フィールズ(ka1559)はその雄叫びに僅かに笑む。
 活気を取り戻した討伐隊員の一人を捕まえ、カーミンはとあるものを用意するように依頼した。
「逃げるにしても、戦うにしても、気を逸らせる可能性はあるわ……できたら、トランシーバーに連絡を頂戴」
 彼女の言葉に隊員は力強く頷き走り出す。
 その姿は正しいものだ。絶望し、静止していては、結末は死に違いない。
 それを打破するには、簡単だ。身体を動かせばいい。それがなんであれ、生きる為に行動する者は強い。
 ……戻った活気が蔓延し始めたのか、少し、町中が騒がしくなった。以前別の依頼で訪れた――糸に覆われた町は既に終わった場所だったが、幸いここはまだ生きている。
 はぐれ歪虚の話が気になり滞在していたが、どうやら無駄にならなそうだ。


 東西の両面より迫る歪虚の群れ。犬と猿、謂れの通りの仲かはさておき、両者の間に意思疎通があったなどという事はありえない。
 故に、この襲撃は偶然の産物だ――いや、そもそも今回の騒動は始まりからして偶然ではなかったか。
 二つの群れからそれぞれ逸れた個体が人の町に迷い込んだ事も。それが町民の手で討ち果たせる程度の力しかなく、退治された事も。
 そこまでの流れは紛れも無い不運だろう。風が吹けば桶屋がとは言うが、猿と犬が迷子になったあげくに町が滅ぶのでは洒落になっていない。
 だが、不運には同情が集まるものだ。そして同情の先は、無論人によりけりではあるが、何かしらの行動が待っている。そんな者の大半はお人好し、と呼ばれるのだろうが。
 まあ、つまり――これだけのお人好しが居合わせたのも、やはり偶然の結果なのだろうという話。
 仕事であるのも確かだが、何らかの思惑があるのもまた然り。巡り巡った因果は果たして、十人のハンター達により収束へと向かう。

「いやはや、数の利とは侮れないですよ。多少の個体差は覆せるものですからねえ……はてさて」
 西の方角から町に向かい猛進する犬の群れを眺め、マッシュ・アクラシス(ka0771)は言う。
 運河の如き――とは言い過ぎだが、十を超える歪虚は油断ならない。東方帰りに気紛れで立ち寄った先でこれとは、何とも言いがたい疲労感を感じる。
 アバルトの提案から、一行は町を出た先の草原で歪虚を迎え撃つ布陣を敷いた。最優先すべきは町への到達、この場で迎撃し殲滅するのが狙いだ。
 町の二つの入口のそれぞれに戦力を分けた結果、こちらの西側には五人。数の多い相手を取り逃がさない為にはそれぞれの役割を認識する必要があるだろう。

 先鋒――旭は愛馬シーザーに跨り、戦場を見渡す。
 前方には歪虚、野犬の群れ。そして後方には仲間達。旭を先鋒とし後方からの範囲攻撃や射撃で数を減らし、討ち漏らしを掃討する手筈となっている。
 万全の布陣。旭は笑み、
「後ろは魔法に射撃、援護が万全。なら、行くぜシーザー!」
 愛馬の咆哮と共に敵集団へと突撃する。
 旭の疾走と同時に、後方からの援護射撃も開始される。マッシュの弓、アバルトの銃、エルバッハの魔法――三種の遠距離攻撃が飛ぶ。
「さあ、吹き荒らすぜ! これが俺のガストネードだッ!」
 射撃に怯まず向かってくる野犬の群れ、その鼻先に突っ込んだ旭は全長三百メートルに及ぶ巨大な斧を振りかぶる。
 巨体、それ故の超重量。その暴力的な質量が一閃される。振り回された斧は先頭周囲の野犬諸共に、草原の土を打ち上げた。

 次いで、中衛――大地を割る豪快な旭の業の後方、牡丹は神経を研ぎ澄ませていた。
 その視線が土埃の中を突き抜け、最前の第一関門を抜けた一体を捉える。敵は大回りに迂回し、一行の側面へと回ろうとしていた。
 土煙のせいで初動が遅れた。牡丹の立ち位置からでは後一歩及ばず、抜かれる――だというのに、次の瞬間彼女の姿は野犬の目前へと移動していた。
「あら、逃げられるとでも思ったのかしら――……さようなら」
 水平に構えられた刀が揺れる。常人の踏み込みでは及ばぬ間合い、それを一手で殺し、刹那の一閃にて貫き斬る。疾風剣が奔り、野犬の姿は一刀の下に消え失せた。
 続く攻防、旭の重い一撃を生き延びた個体が牡丹に向かう。同時に別の一匹が彼女の脇を抜け、守るべき町の方へと走り抜けてしまう。
 だが、牡丹はそれを追おうとはしなかった。目前に迫る別の敵に注視し、後ろへ遠ざかる相手には目もくれずにただ、一言。
「そっちに向かったわ……任せていいんでしょう?」
 次なる守り手への確認を口にした。

 牡丹の問いに答えるように、牙を弾く盾の音が響いた。
 弓による遠距離射撃を中断し、マッシュは剣と盾を構え生き延びてきた敵と対峙する。
 新たな壁を越えようと、歪虚化し凶悪になった牙を剥き出しにする野犬。俊敏な動きで距離を詰め、獲物の喉元へ向かい噛みかかる――が、それを盾で妨げられ、打ち払われる。
 町とは逆に敵を吹き飛ばし、マッシュは足止めを遂行する。そうして止まった足を、
「――ファイアーボール」
 周囲を諸共に、エルバッハの撃つ火球が木っ端に吹き飛ばした。
 草原にぶすぶすと焼き焦げた痕だけを残し、魔法の炎は消失する。そこにあった筈の敵の姿さえも、消し炭と化していた。

 繰り返される連続射撃。一定間隔を置いて形成され続ける弾幕は複数の野犬の足を止める。
 旭の剛の一発にエルバッハの範囲魔法による焼却。広範囲を駆逐するそれらの攻撃をより効率的な殲滅へと変貌させる一手をアバルトは繰っていた。
 その行動の大半は支援に使われる。歪虚と化し魔物に変貌したとて、敵は犬畜生。歴戦のハンターを相手にしては、野良犬と大差ない。
 彼らは初戦より獣の群れを圧倒し続け――ついには、その全てを打倒す。
 後方を確認すると討伐隊の者達が歓声を上げている。一匹の討ち漏らしも無く、守りきる事が出来たようだった。
 アバルトは奥の手である氷狼の牙を残したまま、愛銃ペネトレイトを仕舞った。
 ――西の守りは完了した。東、猿の群れとの戦いも既に始まっている筈だが……


 東の戦線、その幕は放たれる一本の矢によって開かれた。
 三十の猿の歪虚。東の方角より襲来するその群れを視認するや否や、カーミンは弓矢を射た。
 超長距離を飛来する矢は、未だ外敵の存在に気づかない猿の群れの先頭の一体へと命中。その脳天を突き破った。
 仲間の死に。或いは敵の襲来に猿達は雄叫びを上げる。未だ距離は開いたままだが、戦いの火蓋はきって落とされた。

「それじゃ、ミオ。後はよろしく」
 カーミンは弓をしまうと、主武装である拳銃に持ち替え前衛を援護する位置へと向かう。その際、ミオレスカ(ka3496)の肩を軽く叩いていった。
 東の入口、ザレムの指揮で組まれたバリケードの前に立ち、陣形では最後尾に位置するミオレスカは友人の背を見送りながら弓を構えなおす。
 速度を上げて向かってくる猿の群れの威容に僅かに息を呑む。
「……改めて、凄い数ですね。頭数の差はそのまま戦力差ですが……なんとか覆しましょう」
 言って、高加速の矢を一射する。更に。更に。
 ――繰り返し放たれる高速の一矢は全てが必中。遠距離からの一方的な攻撃は突撃する猿の群れに確実に損害を与えている。
 だというのに、一向にその数は減らない。なにせ、猿の群れの数は東側を防衛するハンター達の六倍。個々の能力では圧倒していても容易く退けられる差ではない。
 ……遠距離攻撃を繰り返すミオレスカの前方では仲間達が防衛線を構築している。その守りは決して緩くは無いが、三十の敵が相手ではまれに抜けが生じてくるものである。
 ――しかし。
「こちらに向かってくるのは、おすすめしませんよ」
 ミオレスカがそれを正確に射抜く。矢を射る行為が幾度行われただろうか、されどその精度には幾ばくの衰えも見られない。
 決死の覚悟で前線の死線を越えてきた死に体の猿に、確実にとどめの一矢が浴びせられる。
 最後に位置する彼女は砲台のように、その場を動かず近づく敵を撃ち落していく。

 猿の群れの一部が東の入口から外れていく。
 迷ったのでも逃亡したのでもない。容易くは越えられない壁に向かって、彼らは誘導されたのだ。
「デルタレイ――!」
 ザレムの詠唱に従い光の三角形が形成、その頂点より延長される三条の線が猿達を襲う。
 そうして攻撃し、ザレムはジェットブーツの噴射で距離を取っていく。戦線から離れていくのは弱点である町の入口から遠ざけるのと――もう一つ、目的があった。
 猿達がざわめく。決して大きくはない微かな動揺だがザレムは見逃さない、なにせこれこそが狙いなのだから。
「犬猿の仲と言われる特徴は残っているか?」
 釣り出した地点は町の西方が視界に入る。そこには、別働隊と交戦中の犬歪虚の姿があった。
 歪虚化しても、遺伝子の心髄に染みた相性は僅かに生きていたらしい。猿達――歪虚は無である筈の己から湧き上がる正体不明の感覚に戸惑いふためいていた。

 八握剣の広角投射で距離を取ったカーミンは未だ尚数の多い猿達を睨みつける。
 攻撃を受けても怯まず向かってくるのは歪虚としての特性か、仲間を討たれた故の――弔いの為の特攻か。
「……歪虚にもそんな感情あったのね。けど、私は人の理に生きる者――そんなの知らないわ」
 猿達は駆逐する。その為の仕込み、それをカーミンは解き放った。
「弔い合戦? 果たしてその思い、一枚岩なのかしら?」
 合図によって討伐隊員たちが運んでくるのは大八車。その積荷は――そもそもの事件の発端だった青果の山。
 大八車は隊員達の手を離れ、カーミンの脇をすり抜け、そのまま猿達に向かい転がされていく。
 射撃とは比べるまでも無い鈍い台車の突撃だ。当然猿達はさっさと無視して――否、回避したはいいがそこから離れようとしない。
 食い意地の張った数体の猿は台車にくっついたまま動こうとしない、それは当然的になっているようなものだ。
 加えて、数匹が自由行動を起こしたが為に、猿の戦列は崩壊する。二匹三匹と、徐々に離脱していくにつれ、その脅威も薄れていった。
 纏まりの無くなった猿達、決め時は今だろう。カーミンの策を受けて、前衛の二人が攻めにかかろうとしていた。

 ――守屋 昭二(ka5069)が七十歳で転移してから二十年を過ごした東方の村を全滅させたのは、之より大型で強い狒々の歪虚だった。
「今回は向こうが被害者、前回と違うのはわかっとるが……戦争の現場には被害者も加害者もない。生き残るか、死ぬかじゃ」
 輜重隊として参加した戦争でこの手の感傷は吹き飛んだものと思っていた守屋だったが、助けが無ければ壊滅する者の傍にいるとどうにも昂るのを感じていた。
 故に、守屋はこの戦いに総身を懸ける。意志の強さに呼応するかのように覚醒の作用が全身に及んでいく。
 若返った身体は前線に身を置きながらも、猿の攻撃の一手一手に反応する。
 飛び掛る猿の拍子を外すように足を運び、鞘から抜き去った刀で首を横へ飛ばす。次いで後方左を突き、瞬時に間逆を向き直り――神速の居合い抜きを披露する。
「――――――」
 守屋の居合に芸は無い。何の捻りもありはしない、何処の流派であろうと存在する基本技に過ぎない。
 故に、それはただの居合。腰の捻りに合わせ、刀を振り抜く。ただそれだけの連続動作。
 剋目すべきは、その動作にある筈の一瞬の間――それが存在しない事だ。正確には、限りなく同時に動作を行うという境地の業――“前”というのが、神速の一刀の名だった。

 守屋と同じく最前線に立つ舞刀士がもう一人、麗奈 三春(ka4744)もまたその刀剣の妙技を披露していた。
「――二連之業」
 三春の剣閃に合わせ、彼女に飛びかかっていた二体の歪虚が消滅する。
 一撃目の命中する瞬間、彼女の刀は捻りが加えられそのまま二撃目に移行していた。
 ――無論、それらを視認など出来ようものか。繰り出されたそれは刹那の技、その道の達人ならともかく堕落した無の権化に見切れるものなどではない。
 加えてこの相手、数の利ばかりを頼みにした猿達には致命的な欠陥がある。
 通常の猿と異なる大きな身体を得た彼らは僅かばかりの筋力増強を得た代わりに、最大の武器である敏捷性を失ったのだ。
 耄碌した猿達の動きは野生のそれと比べても些か鈍い。それが加速された矢や神速の抜刀をかわせるものか。
 三春は前線にて、存分に刀を振るう。守屋がスタミナ配分を気にして下がる間も彼女は其処から退く事はない。
 微かな思考回路を残す猿達には退く事無く剣を振るう彼女はさながら、鬼神の様に見えた事だろう。


 多勢に無勢と思われた戦いだったが、ハンター達にはこの程度の数の利など無いに等しい、ということか。
 蓋を開けてみれば素晴らしい速度で殲滅は進み、あれだけの大群は瞬く間にその姿を消した。
 周辺の巣と見られた場所にも生き残りは見つからなかったが、今回の一件を危険視したハンター達の助言により町の入口には門が造られる事となった。
 討伐隊もその意義を思い出し、事後の防衛策も立てられた。町への損害も無く、敵を全滅させた。
 要するに一連の結末は文句の付け所もなく、見事なまでに解決されたのだった――――

依頼結果

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MVP一覧

  • 戦地を駆ける鳥人間
    岩井崎 旭ka0234
  • 花言葉の使い手
    カーミン・S・フィールズka1559
  • 戦場の舞刀姫
    麗奈 三春ka4744

重体一覧

参加者一覧

  • 戦地を駆ける鳥人間
    岩井崎 旭(ka0234
    人間(蒼)|20才|男性|霊闘士
  • 無明に咲きし熾火
    マッシュ・アクラシス(ka0771
    人間(紅)|26才|男性|闘狩人
  • 幻獣王親衛隊
    ザレム・アズール(ka0878
    人間(紅)|19才|男性|機導師
  • 孤高の射撃手
    アバルト・ジンツァー(ka0895
    人間(蒼)|28才|男性|猟撃士
  • 花言葉の使い手
    カーミン・S・フィールズ(ka1559
    人間(紅)|18才|女性|疾影士
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • 師岬の未来をつなぐ
    ミオレスカ(ka3496
    エルフ|18才|女性|猟撃士
  • 戦場の舞刀姫
    麗奈 三春(ka4744
    人間(紅)|27才|女性|舞刀士
  • マケズギライ
    牡丹(ka4816
    人間(紅)|17才|女性|舞刀士

  • 守屋 昭二(ka5069
    人間(蒼)|92才|男性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/08/29 09:50:38
アイコン 相談卓
麗奈 三春(ka4744
人間(クリムゾンウェスト)|27才|女性|舞刀士(ソードダンサー)
最終発言
2015/08/30 18:56:58