ゲスト
(ka0000)
鬼、愛づる乙女
マスター:紺堂 カヤ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 6~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 13日
- 締切
- 2015/09/10 12:00
- 完成日
- 2015/09/16 03:29
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
君子危うきに近寄らず、という言葉が、かの世界にはあるということである。
賢い人は自ら危険を冒すようなことはしない、という意味だ。
では私は賢い人ではないのだな、と乙女は思った。それでいい、とも思った。あの愛しき存在の近くにいられるのであれば、賢さを手放すのに躊躇いはしない。
黄色い瞳。緑の肌。意味をなさない呻きと咆哮。
どこがいいのか、などと誰にも問われたくはない。わかってもらおうなどと、最初から考えていないのだから。
乙女の心を一瞬にして奪った存在。
それは。
ゴブリンタイプの雑魔が出た、という知らせを受けて、ハンターたちはその町へ急行した。どうやら、町のはずれに捨て置かれた空き屋敷に潜んでいるらしい。荷車で通りかかった宿屋の主人が姿を見かけ、驚き慌てふためいてハンターに依頼をしたのだ。
つまりは、そいつを退治すればいいわけか、と支度をし始めたハンターたちであったが、事態はそう単純なものではないらしいことがわかった。
「実は……」
おそるおそる声をかけてきたのは、まだ年端もゆかぬ少年であった。
「ゴブリンの潜んでいる屋敷の中、もしくは屋敷の近くに、たぶん、僕の姉さんもいると思うのです」
聞けば、少年の姉は昨日、ひどく嬉しそうに勤め先の花屋から帰ってきたという。少年が話しかけてもうわのそらで、双眸は常時うっとりととろけていた。これはきっと、誰か素敵なお客さんにでも恋をしたのに違いない、と思った弟は、今朝、相手を確かめるべく、姉の後をつけたらしい。
「からかってやろう、とかそういうつもりはなくて、ただ、興味本位で……。そうしたら……」
姉はその空き屋敷の敷地内に入っていったのだ。
「僕が生まれる前から空き家になっていたのだそうです。盗賊のような人たちがねぐらにしていたという噂も、前はありました。姉さんは、そういう悪い人達にかかわってしまったんじゃないかと、僕、怖くて……」
驚きふためいてすっ飛んで帰ってはきたものの、下手に騒げば姉の為にならないかもしれない、と思うと両親にも言えずにいたところ、ゴブリンが目撃されたのだ。
「お願いです! 姉さんを、連れて帰ってきてください!!!」
大きな目にいっぱい、涙をためて、少年は頭を下げたのだった。
賢い人は自ら危険を冒すようなことはしない、という意味だ。
では私は賢い人ではないのだな、と乙女は思った。それでいい、とも思った。あの愛しき存在の近くにいられるのであれば、賢さを手放すのに躊躇いはしない。
黄色い瞳。緑の肌。意味をなさない呻きと咆哮。
どこがいいのか、などと誰にも問われたくはない。わかってもらおうなどと、最初から考えていないのだから。
乙女の心を一瞬にして奪った存在。
それは。
ゴブリンタイプの雑魔が出た、という知らせを受けて、ハンターたちはその町へ急行した。どうやら、町のはずれに捨て置かれた空き屋敷に潜んでいるらしい。荷車で通りかかった宿屋の主人が姿を見かけ、驚き慌てふためいてハンターに依頼をしたのだ。
つまりは、そいつを退治すればいいわけか、と支度をし始めたハンターたちであったが、事態はそう単純なものではないらしいことがわかった。
「実は……」
おそるおそる声をかけてきたのは、まだ年端もゆかぬ少年であった。
「ゴブリンの潜んでいる屋敷の中、もしくは屋敷の近くに、たぶん、僕の姉さんもいると思うのです」
聞けば、少年の姉は昨日、ひどく嬉しそうに勤め先の花屋から帰ってきたという。少年が話しかけてもうわのそらで、双眸は常時うっとりととろけていた。これはきっと、誰か素敵なお客さんにでも恋をしたのに違いない、と思った弟は、今朝、相手を確かめるべく、姉の後をつけたらしい。
「からかってやろう、とかそういうつもりはなくて、ただ、興味本位で……。そうしたら……」
姉はその空き屋敷の敷地内に入っていったのだ。
「僕が生まれる前から空き家になっていたのだそうです。盗賊のような人たちがねぐらにしていたという噂も、前はありました。姉さんは、そういう悪い人達にかかわってしまったんじゃないかと、僕、怖くて……」
驚きふためいてすっ飛んで帰ってはきたものの、下手に騒げば姉の為にならないかもしれない、と思うと両親にも言えずにいたところ、ゴブリンが目撃されたのだ。
「お願いです! 姉さんを、連れて帰ってきてください!!!」
大きな目にいっぱい、涙をためて、少年は頭を下げたのだった。
リプレイ本文
大きく、澄んだ眼にいっぱいの涙をためた少年の頭の上に、そっと乗せられた手があった。華彩 惺樹(ka5124)だ。
「大丈夫だ。お前の姉さんは必ず連れて帰ってくる」
彼の顔が、先ほどまでは苦しげであったことを、少年は知らない。ただ目の前にある優しい微笑みに、安堵の頷きを返す。そこへ、ザレム・アズール(ka0878)が質問を投げかけた。
「そういえば、君の名前は? それと、お姉さんの名前も教えてくれないか」
「僕の名前はロシェ。姉さんはアイリです。どうか、姉さんを、よろしくお願いします」
八人は、しっかりと頷いた。
「しっかし……、蓼食う虫も好き好きとは言うが、限度があると思うがねぇ……」
件の屋敷へ向かう道で、鵤(ka3319)はタバコをくわえた唇で呆れたように呟いた。状況から、ロシェの姉・アイリが恋に落ちた相手というのは、屋敷に潜むゴブリンであろうと考えられる。それに対しての困惑を抱いているのは鵤だけではないようだが、特に反感を持っていない者もいた。
「人の恋模様はそれぞれ、よ」
夢不見 沙華(ka5056)が静かに言うと、織宮 歌乃(ka4761)も穏やかに頷いた。
「何に慕情を募らせるかはその方次第。そういう意味では、恋とは夢に似て御座いますね」
まるで独り言のようにしっとりと言う歌乃とは対照的にはしゃいだ声を出すのは、黒の夢(ka0187)だ。
「じゃあ我輩、恋の応援しーちゃおっ♪」
目の前で展開される会話を聞き、黛・深墨(ka5318)はそっと首を傾げた。彼だけは、アイリの恋の相手がよもやゴブリンであるなどとは考えていなかったのである。屋敷にはアイリと逢引相手の、ふたりの救出対象がいるのだろうと思っていた。
「何にしても、俺たちのやることは変わらない。アイリ嬢を保護し、ゴブリンを退治する」
きっぱりと言ったロニ・カルディス(ka0551)の言葉が、一同に緊張感を与えた。空き屋敷の門前で立ち止まり、ロニは行動プランを整理する。
「まずは二手に分かれて捜索だな。黒の夢、ザレム、織宮、華彩は、庭を一周確認してから屋敷内へ入って来て欲しい。残りは俺と一緒に先に屋敷内へ入る。物陰に隠れていないかを虱潰しにあたろう。ゴブリン、アイリ嬢、どちらを見つけた場合も、すぐに連絡を入れてくれ」
皆から同意の返事を確認すると、ロニたちはいかにも陰気そうな屋敷の中へ入っていった。
「では、俺たちはまず庭を捜索だな」
惺樹が先頭を歩きだし、皆それぞれ四方を気にしながら荒廃した庭を捜索にあたった。荒れ放題ではあったものの、庭に大きな樹や岩はなく、生い茂った草のかげに何か潜んでいないかを注意するだけで問題はなさそうであった。
「実がついてる樹とかはなさそうなのなー」
心底残念そうに黒の夢が唇を尖らせた。その隣で、ザレムは器用にロープをほぐし、矢に結び付けている。余裕そうにも見える態度だが、それには理由があった。
「一応、一周はしてみるべきだとは思うが、足跡なんかを探ってみた限りでは、庭にはなにもいなさそうだぜ」
「では、できるだけ早めに屋敷内へ入った方が良いということですわね」
そう言ってから、歌乃はザレムの矢を一瞥して、ため息のようなものを漏らした。どのような恋をしようとも、何が幸せで何が不幸せかも、その人次第だ。けれども、叶わぬ恋というのはあるもので。
「夢から醒まそうとする無粋な輩で御座いますね。私も」
歌乃の呟きを聞いて、惺樹もひそかに目を伏せた。道ならぬ恋の経験を、思い出さずにはいられない。
「……ん?」
そろそろ庭を一回りし終えるという頃になって、何かを察知したらしく、ザレムが急に足早になった。申し訳程度にガラスの破片が残っているだけの窓から屋敷をそっと覗きこむ。
「何か、いたか」
惺樹が刀の柄に手をかけ、素早くザレムに並んだ。
「見えた、というより音がしたんだ。中で何かあったかもな」
「ここまで来たなら、玄関から入った方がいいと思うのなー」
口調はのんびりしているが、指摘は的確な黒の夢の言葉に従って、四人は足音を忍ばせつつ玄関から空き屋敷へ入った。ザレムが何者かの影を目撃したのは、玄関を入ってすぐ左側の応接間であった。朽ち果ててしまったのか、扉のない部屋の入り口からそろそろと中を覗く。応接間の奥は、キッチンへ続いているようだった。広間への出入り口から少し離れたところに、栗色の髪を腰までたらしたひとりの娘が佇んでいた。
「あれが、恋する乙女かなー?」
「だろうな」
黒の夢とザレムが頷き合った。驚かせないように声をかけなければ、と応接間へ四人が入って行こうとした、そのとき。
「待って!!!」
アイリと思われる娘は、突然そう叫ぶと、キッチンへ続く出入り口へ向かって走り出したのである。
先に空き屋敷の中へ入ったロニ、鵤、沙華、深墨は陰鬱にして埃っぽい空間で、傷んだ床板に苦しめられていた。穴がそこかしこに空いているうえに、残っている床もひどくきしむため、こっそり進むことが非常に困難なのである。
「ある程度は割り切って進むしかなさそうだなぁこりゃ」
トランシーバーを片手に歩く鵤は、そうは言いつつも四人の中では最も器用に足音を殺していた。
玄関から右へ入り、廊下を抜ける途中でふたつの寝室を覗いた。
「いない、な……」
深墨が軽やかに肩をすくめる。廊下を更に進むと、急に視界が開けた。全員が身構えたが、そこもまたがらんとしているだけで何もいない。
「大広間、でしょうか。家具がほとんど残っていないので部屋の用途がわかりかねますわね」
沙華がことん、と首を傾げる。そのとき、ガタン、と物音がした。
「奥だ!」
声を潜めていながらも鋭く、ロニが言った。ロニを先頭に、三人はそろそろと広間を突っ切って行く。広間を抜けた先は、キッチンであった。
全体的に物の少ない屋敷であったが、キッチンには残されているものが多く、調理台や食器棚などが生活の名残を見せていた。その、食器棚のむこうに、ずんぐりとしたシルエットが垣間見えた。
みつけた、と、誰もが声には出さずに頷き合った。鵤がそっと広間の中央付近まで下がり、トランシーバーで庭へ回っている四人への連絡を取ろうとした。が、そのとき。
ミシミシッ、と不穏な音がした。それは、キッチン近くに立った、三人の足元からだった。
「皆離れろ、立ち位置を分散するんだ!」
深墨が声を上げたが遅かったようだ。三人が飛びのいた、まさにその一帯の床が、丸い穴に変わった。
そして。
もちろん、と言うべきか、食器棚のむこうに見えていたずんぐりしたもの……、ゴブリンが姿を現し、四人をぎょろりとした目で睨んだ。
「しまった」
ロニが呻き、素早く全員が戦闘の姿勢を取った。まずは私が、と小太刀を持った沙華が集中を始める。少し距離を取って、深墨はいつでもマジックアローを放てるよう身構えた。
そうして沙華が、剣心一如にて攻撃を仕掛けたそのときに、ゴブリンの前に栗色の風が巻き起こった。
「待って!!!」
「!?」
全員が、ぎょっとした。
栗色の風、と思わせたのは、豊かな栗色の髪を揺らして駆け込んできた娘……アイリであったのだ。
「危ないっ!」
娘のさらに後ろから、惺樹が滑り込んできて、アイリごと、広間へ飛び込んできた。
「おいおい……!」
鵤がシールドの内側へとアイリを庇う。
幸い、沙華の攻撃がアイリを傷つけることはなかったが、ゴブリンを捉える事も出来ず、キッチンの調理台に大きな亀裂を入れただけとなった。
「びっくりしたのなー! 急に飛び出していくんだもん」
「お怪我はありませんか!?」
後を追ってきた黒の夢と歌乃がアイリに駆け寄った。アイリは驚きに大きく目を見開いて、こっくりとうなずいた。
「ゴブリンちゃんはまだキッチンにいるみたいなのなー」
黒の夢がそう告げる。ロニは最前衛に、深墨とザレムは中距離にと、次の一手のため、ゴブリンを取り囲むようにして陣形はすでに整い始めている。鵤と惺樹が頷いた。
「じゃ、お嬢さんは歌乃ちゃんたちに任せよう」
「そうだな。……弟が、ロシェが、とても心配していたぞ」
惺樹はそう言い置いて、鵤と共にゴブリンの方へ身を翻した。アイリの、肩が震える。
「まったく、無茶するのなー。好きな相手のためには捨身で、っていうのはわからなくもないけどなー」
場違いなほど屈託なく、黒の夢が笑った。
「えへへー、実は我輩も今は歪虚に恋してると言っても過言ではないのなー。あっ! あのゴブリンちゃんじゃないのなー、もっと黒くて大きくて……んーと……欲張りなドラゴンちゃん!」
黒の夢の話に希望を見たのか、アイリは縋るような表情で、悲痛なる声を出した。
「でしたら、お願いです、あのひとを、あのひとを傷つけないでください!!」
けれどその言葉に、色よい返事のできる者はいなかった。
深墨は、まさか本当に雑魔がお相手だったとは、とひとり内心で驚いていた。目にするまではとても信じられないと思っていたし、目の前にした今でさえ、信じられない気持ちでいる。
歌乃が、静かに口を開いた。
「弟君が、心配していたと、惺樹様が仰いましたね。その通り、なのですよ。恋する乙女が愚かであることは構いません。幸せも不幸せも、人様に決められたくはないでしょう。が、自分の愛の為ならば、他人を犠牲にしてもよいのですか?」
そうしている間に、ゴブリンが斧をひとつふるった。壊れかけていた調理台が吹き飛び、鋭い破片となって襲ってきた。深墨がマジックアローを放ち、破片を弾き飛ばしながらゴブリンを狙ったが、すべて避けられてしまう。舌打ちをこらえ、深墨は叫ぶように言った。
「例え恨まれることになっても、退治しないわけにはいかない!」
「奴は人間を餌としか見ない。あるのは愛じゃない。食欲だけだ」
ザレムもアイリを諭すべく言葉をかける。ロニが口を開くことはなかったが、厳しい顔つきがすべてを物語っていた。恋は盲目だ。だが、盲目のままでいることはできない。
すると、少し離れたところに移動してゴブリンの隙をうかがっていた沙華が、はっきりとした口調で言った。
「仕方のないことなのよ。だって、愛してしまったのだもの」
そのセリフが、一瞬、陰気な屋敷の埃をすべて吸い取ったように思われた。
「……伝えたい気持ちは、ハッキリと、言葉にしなさい。態度を示しなさい。あなたが納得するために、あらゆる手を打ちなさい」
沙華の眼差しが、真っ直ぐにアイリを捉えた。
「私は、見守っているわ」
アイリが、こくりと頷いた。黒の夢と、歌乃に挟まれるような形で守られながら、彼女は想いを口にした。
「愛してるの……、愛してるの、あなたを!!! お願い、私を見て!!!」
言葉通りに、ゴブリンは、アイリを見た。見た、けれども。
グワッ、と。
大きく顎を開き、斧を振り上げ、驚くべきスピードでアイリに襲い掛かった。
「危ないっ!」
アイリに覆いかぶさるようにして庇った歌乃の腕を、斧がかすめた。一瞬遅れて鵤がシールドにて斧を防ぎ、黒の夢がアースウォールで歌乃とアイリをゴブリンから物理的に遮断した。
それらが、すべて一瞬のことであった。
歌乃の腕から、鮮血が流れ出ていた。傷口をそのままに、歌乃は鋭い視線でアイリを正面から捉えた。
「血に染まった手で、貴女は抱きしめられたいのですか? 夢に酔うのはおよしくださいませ!」
アイリの目が大きく見開かれ、揺らいだ。そして、糸の切れた人形のように、うなだれた。
まるで、それを合図にしたかのように、ロニのレクイエムが、屋敷に響いた。恐るべきスピードで攻撃を避け続けていたゴブリンの動きが、にわかに鈍くなる。それを、逃さなかった。ザレムが、用意していたロープつきの矢を命中させたのである。ロープを思い切り引っ張ると、ゴブリンは脆い床にめり込むようにして倒れた。
「よし!」
ザレムは倒れたゴブリンの頭めがけて機導砲を打ちこんだ。
ギョアアア、と派手な叫び声が上がり、アイリが耳を塞いだ。
刀を閃かせて、惺樹がゴブリンの頸部を狙う。
「必ず連れて帰ると弟と約束した」
だから、と。
「討たねばならん」
そして、惺樹の刃が、ゴブリンの首を、落とした。
「ああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
空が張り裂けてしまうのではないかと思うほどの絶叫が、アイリの喉からほとばしった。
アイリは、深墨と惺樹の手によって抱えられるようにして屋敷の外へ出され、そっと寄り添った沙華に縋り付いて泣き続けた。
歌乃は黒の夢の手によって応急処置を受けた。幸い、傷はそう深くはないようだ。
「……落ち着いたかしら」
アイリの絶叫が、すすり泣きに変わったころに、沙華はそっと声をかけた。
「一つ、聞かせて。このゴブリンを、あなたは何と名付けたの?」
「名前は……、つけませんでした」
アイリは、ゆるゆると首を横に振った。
「恋人の名前は、知るものであって、付けるものではないでしょう?」
ああ、と誰かがため息をついた。
アイリが本当に、あのゴブリンを愛していたのだと、思い知った瞬間だった。たとえ、最初はただの思い込み、浮ついた一目ぼれだったにしろ。
「そう」
沙華は頷いて、ゴブリンの唯一の持ち物であった斧の柄に、刻みを入れた。『愛しき者』と。
アイリはそれを、優しく押し抱いた。
飄々とタバコをふかしていた鵤がかゆそうに頭を掻いたが、それでもその横顔はどこかやるせなさそうだった。
ザレムがアイリの前にかがみこんで手を差し伸べた。
「君みたいな綺麗な花には、いずれ運命の男性が現れるさ」
「……はい」
アイリはザレムの手を借り、ゆっくりと立ち上がった。
「帰ろう」
ロニが、背を向けて先頭に立つ。皆、それに続いてゆっくりと動き出した。気遣うように、アイリを振り返る。
「家族が、ロシェが、待っていますよ」
歌乃が、柔らかく告げた。
「はい」
アイリは、目じりに残っていた涙を指で拭った。
恋する乙女……、いや、恋に破れた乙女が、美しく微笑んだ。
「大丈夫だ。お前の姉さんは必ず連れて帰ってくる」
彼の顔が、先ほどまでは苦しげであったことを、少年は知らない。ただ目の前にある優しい微笑みに、安堵の頷きを返す。そこへ、ザレム・アズール(ka0878)が質問を投げかけた。
「そういえば、君の名前は? それと、お姉さんの名前も教えてくれないか」
「僕の名前はロシェ。姉さんはアイリです。どうか、姉さんを、よろしくお願いします」
八人は、しっかりと頷いた。
「しっかし……、蓼食う虫も好き好きとは言うが、限度があると思うがねぇ……」
件の屋敷へ向かう道で、鵤(ka3319)はタバコをくわえた唇で呆れたように呟いた。状況から、ロシェの姉・アイリが恋に落ちた相手というのは、屋敷に潜むゴブリンであろうと考えられる。それに対しての困惑を抱いているのは鵤だけではないようだが、特に反感を持っていない者もいた。
「人の恋模様はそれぞれ、よ」
夢不見 沙華(ka5056)が静かに言うと、織宮 歌乃(ka4761)も穏やかに頷いた。
「何に慕情を募らせるかはその方次第。そういう意味では、恋とは夢に似て御座いますね」
まるで独り言のようにしっとりと言う歌乃とは対照的にはしゃいだ声を出すのは、黒の夢(ka0187)だ。
「じゃあ我輩、恋の応援しーちゃおっ♪」
目の前で展開される会話を聞き、黛・深墨(ka5318)はそっと首を傾げた。彼だけは、アイリの恋の相手がよもやゴブリンであるなどとは考えていなかったのである。屋敷にはアイリと逢引相手の、ふたりの救出対象がいるのだろうと思っていた。
「何にしても、俺たちのやることは変わらない。アイリ嬢を保護し、ゴブリンを退治する」
きっぱりと言ったロニ・カルディス(ka0551)の言葉が、一同に緊張感を与えた。空き屋敷の門前で立ち止まり、ロニは行動プランを整理する。
「まずは二手に分かれて捜索だな。黒の夢、ザレム、織宮、華彩は、庭を一周確認してから屋敷内へ入って来て欲しい。残りは俺と一緒に先に屋敷内へ入る。物陰に隠れていないかを虱潰しにあたろう。ゴブリン、アイリ嬢、どちらを見つけた場合も、すぐに連絡を入れてくれ」
皆から同意の返事を確認すると、ロニたちはいかにも陰気そうな屋敷の中へ入っていった。
「では、俺たちはまず庭を捜索だな」
惺樹が先頭を歩きだし、皆それぞれ四方を気にしながら荒廃した庭を捜索にあたった。荒れ放題ではあったものの、庭に大きな樹や岩はなく、生い茂った草のかげに何か潜んでいないかを注意するだけで問題はなさそうであった。
「実がついてる樹とかはなさそうなのなー」
心底残念そうに黒の夢が唇を尖らせた。その隣で、ザレムは器用にロープをほぐし、矢に結び付けている。余裕そうにも見える態度だが、それには理由があった。
「一応、一周はしてみるべきだとは思うが、足跡なんかを探ってみた限りでは、庭にはなにもいなさそうだぜ」
「では、できるだけ早めに屋敷内へ入った方が良いということですわね」
そう言ってから、歌乃はザレムの矢を一瞥して、ため息のようなものを漏らした。どのような恋をしようとも、何が幸せで何が不幸せかも、その人次第だ。けれども、叶わぬ恋というのはあるもので。
「夢から醒まそうとする無粋な輩で御座いますね。私も」
歌乃の呟きを聞いて、惺樹もひそかに目を伏せた。道ならぬ恋の経験を、思い出さずにはいられない。
「……ん?」
そろそろ庭を一回りし終えるという頃になって、何かを察知したらしく、ザレムが急に足早になった。申し訳程度にガラスの破片が残っているだけの窓から屋敷をそっと覗きこむ。
「何か、いたか」
惺樹が刀の柄に手をかけ、素早くザレムに並んだ。
「見えた、というより音がしたんだ。中で何かあったかもな」
「ここまで来たなら、玄関から入った方がいいと思うのなー」
口調はのんびりしているが、指摘は的確な黒の夢の言葉に従って、四人は足音を忍ばせつつ玄関から空き屋敷へ入った。ザレムが何者かの影を目撃したのは、玄関を入ってすぐ左側の応接間であった。朽ち果ててしまったのか、扉のない部屋の入り口からそろそろと中を覗く。応接間の奥は、キッチンへ続いているようだった。広間への出入り口から少し離れたところに、栗色の髪を腰までたらしたひとりの娘が佇んでいた。
「あれが、恋する乙女かなー?」
「だろうな」
黒の夢とザレムが頷き合った。驚かせないように声をかけなければ、と応接間へ四人が入って行こうとした、そのとき。
「待って!!!」
アイリと思われる娘は、突然そう叫ぶと、キッチンへ続く出入り口へ向かって走り出したのである。
先に空き屋敷の中へ入ったロニ、鵤、沙華、深墨は陰鬱にして埃っぽい空間で、傷んだ床板に苦しめられていた。穴がそこかしこに空いているうえに、残っている床もひどくきしむため、こっそり進むことが非常に困難なのである。
「ある程度は割り切って進むしかなさそうだなぁこりゃ」
トランシーバーを片手に歩く鵤は、そうは言いつつも四人の中では最も器用に足音を殺していた。
玄関から右へ入り、廊下を抜ける途中でふたつの寝室を覗いた。
「いない、な……」
深墨が軽やかに肩をすくめる。廊下を更に進むと、急に視界が開けた。全員が身構えたが、そこもまたがらんとしているだけで何もいない。
「大広間、でしょうか。家具がほとんど残っていないので部屋の用途がわかりかねますわね」
沙華がことん、と首を傾げる。そのとき、ガタン、と物音がした。
「奥だ!」
声を潜めていながらも鋭く、ロニが言った。ロニを先頭に、三人はそろそろと広間を突っ切って行く。広間を抜けた先は、キッチンであった。
全体的に物の少ない屋敷であったが、キッチンには残されているものが多く、調理台や食器棚などが生活の名残を見せていた。その、食器棚のむこうに、ずんぐりとしたシルエットが垣間見えた。
みつけた、と、誰もが声には出さずに頷き合った。鵤がそっと広間の中央付近まで下がり、トランシーバーで庭へ回っている四人への連絡を取ろうとした。が、そのとき。
ミシミシッ、と不穏な音がした。それは、キッチン近くに立った、三人の足元からだった。
「皆離れろ、立ち位置を分散するんだ!」
深墨が声を上げたが遅かったようだ。三人が飛びのいた、まさにその一帯の床が、丸い穴に変わった。
そして。
もちろん、と言うべきか、食器棚のむこうに見えていたずんぐりしたもの……、ゴブリンが姿を現し、四人をぎょろりとした目で睨んだ。
「しまった」
ロニが呻き、素早く全員が戦闘の姿勢を取った。まずは私が、と小太刀を持った沙華が集中を始める。少し距離を取って、深墨はいつでもマジックアローを放てるよう身構えた。
そうして沙華が、剣心一如にて攻撃を仕掛けたそのときに、ゴブリンの前に栗色の風が巻き起こった。
「待って!!!」
「!?」
全員が、ぎょっとした。
栗色の風、と思わせたのは、豊かな栗色の髪を揺らして駆け込んできた娘……アイリであったのだ。
「危ないっ!」
娘のさらに後ろから、惺樹が滑り込んできて、アイリごと、広間へ飛び込んできた。
「おいおい……!」
鵤がシールドの内側へとアイリを庇う。
幸い、沙華の攻撃がアイリを傷つけることはなかったが、ゴブリンを捉える事も出来ず、キッチンの調理台に大きな亀裂を入れただけとなった。
「びっくりしたのなー! 急に飛び出していくんだもん」
「お怪我はありませんか!?」
後を追ってきた黒の夢と歌乃がアイリに駆け寄った。アイリは驚きに大きく目を見開いて、こっくりとうなずいた。
「ゴブリンちゃんはまだキッチンにいるみたいなのなー」
黒の夢がそう告げる。ロニは最前衛に、深墨とザレムは中距離にと、次の一手のため、ゴブリンを取り囲むようにして陣形はすでに整い始めている。鵤と惺樹が頷いた。
「じゃ、お嬢さんは歌乃ちゃんたちに任せよう」
「そうだな。……弟が、ロシェが、とても心配していたぞ」
惺樹はそう言い置いて、鵤と共にゴブリンの方へ身を翻した。アイリの、肩が震える。
「まったく、無茶するのなー。好きな相手のためには捨身で、っていうのはわからなくもないけどなー」
場違いなほど屈託なく、黒の夢が笑った。
「えへへー、実は我輩も今は歪虚に恋してると言っても過言ではないのなー。あっ! あのゴブリンちゃんじゃないのなー、もっと黒くて大きくて……んーと……欲張りなドラゴンちゃん!」
黒の夢の話に希望を見たのか、アイリは縋るような表情で、悲痛なる声を出した。
「でしたら、お願いです、あのひとを、あのひとを傷つけないでください!!」
けれどその言葉に、色よい返事のできる者はいなかった。
深墨は、まさか本当に雑魔がお相手だったとは、とひとり内心で驚いていた。目にするまではとても信じられないと思っていたし、目の前にした今でさえ、信じられない気持ちでいる。
歌乃が、静かに口を開いた。
「弟君が、心配していたと、惺樹様が仰いましたね。その通り、なのですよ。恋する乙女が愚かであることは構いません。幸せも不幸せも、人様に決められたくはないでしょう。が、自分の愛の為ならば、他人を犠牲にしてもよいのですか?」
そうしている間に、ゴブリンが斧をひとつふるった。壊れかけていた調理台が吹き飛び、鋭い破片となって襲ってきた。深墨がマジックアローを放ち、破片を弾き飛ばしながらゴブリンを狙ったが、すべて避けられてしまう。舌打ちをこらえ、深墨は叫ぶように言った。
「例え恨まれることになっても、退治しないわけにはいかない!」
「奴は人間を餌としか見ない。あるのは愛じゃない。食欲だけだ」
ザレムもアイリを諭すべく言葉をかける。ロニが口を開くことはなかったが、厳しい顔つきがすべてを物語っていた。恋は盲目だ。だが、盲目のままでいることはできない。
すると、少し離れたところに移動してゴブリンの隙をうかがっていた沙華が、はっきりとした口調で言った。
「仕方のないことなのよ。だって、愛してしまったのだもの」
そのセリフが、一瞬、陰気な屋敷の埃をすべて吸い取ったように思われた。
「……伝えたい気持ちは、ハッキリと、言葉にしなさい。態度を示しなさい。あなたが納得するために、あらゆる手を打ちなさい」
沙華の眼差しが、真っ直ぐにアイリを捉えた。
「私は、見守っているわ」
アイリが、こくりと頷いた。黒の夢と、歌乃に挟まれるような形で守られながら、彼女は想いを口にした。
「愛してるの……、愛してるの、あなたを!!! お願い、私を見て!!!」
言葉通りに、ゴブリンは、アイリを見た。見た、けれども。
グワッ、と。
大きく顎を開き、斧を振り上げ、驚くべきスピードでアイリに襲い掛かった。
「危ないっ!」
アイリに覆いかぶさるようにして庇った歌乃の腕を、斧がかすめた。一瞬遅れて鵤がシールドにて斧を防ぎ、黒の夢がアースウォールで歌乃とアイリをゴブリンから物理的に遮断した。
それらが、すべて一瞬のことであった。
歌乃の腕から、鮮血が流れ出ていた。傷口をそのままに、歌乃は鋭い視線でアイリを正面から捉えた。
「血に染まった手で、貴女は抱きしめられたいのですか? 夢に酔うのはおよしくださいませ!」
アイリの目が大きく見開かれ、揺らいだ。そして、糸の切れた人形のように、うなだれた。
まるで、それを合図にしたかのように、ロニのレクイエムが、屋敷に響いた。恐るべきスピードで攻撃を避け続けていたゴブリンの動きが、にわかに鈍くなる。それを、逃さなかった。ザレムが、用意していたロープつきの矢を命中させたのである。ロープを思い切り引っ張ると、ゴブリンは脆い床にめり込むようにして倒れた。
「よし!」
ザレムは倒れたゴブリンの頭めがけて機導砲を打ちこんだ。
ギョアアア、と派手な叫び声が上がり、アイリが耳を塞いだ。
刀を閃かせて、惺樹がゴブリンの頸部を狙う。
「必ず連れて帰ると弟と約束した」
だから、と。
「討たねばならん」
そして、惺樹の刃が、ゴブリンの首を、落とした。
「ああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
空が張り裂けてしまうのではないかと思うほどの絶叫が、アイリの喉からほとばしった。
アイリは、深墨と惺樹の手によって抱えられるようにして屋敷の外へ出され、そっと寄り添った沙華に縋り付いて泣き続けた。
歌乃は黒の夢の手によって応急処置を受けた。幸い、傷はそう深くはないようだ。
「……落ち着いたかしら」
アイリの絶叫が、すすり泣きに変わったころに、沙華はそっと声をかけた。
「一つ、聞かせて。このゴブリンを、あなたは何と名付けたの?」
「名前は……、つけませんでした」
アイリは、ゆるゆると首を横に振った。
「恋人の名前は、知るものであって、付けるものではないでしょう?」
ああ、と誰かがため息をついた。
アイリが本当に、あのゴブリンを愛していたのだと、思い知った瞬間だった。たとえ、最初はただの思い込み、浮ついた一目ぼれだったにしろ。
「そう」
沙華は頷いて、ゴブリンの唯一の持ち物であった斧の柄に、刻みを入れた。『愛しき者』と。
アイリはそれを、優しく押し抱いた。
飄々とタバコをふかしていた鵤がかゆそうに頭を掻いたが、それでもその横顔はどこかやるせなさそうだった。
ザレムがアイリの前にかがみこんで手を差し伸べた。
「君みたいな綺麗な花には、いずれ運命の男性が現れるさ」
「……はい」
アイリはザレムの手を借り、ゆっくりと立ち上がった。
「帰ろう」
ロニが、背を向けて先頭に立つ。皆、それに続いてゆっくりと動き出した。気遣うように、アイリを振り返る。
「家族が、ロシェが、待っていますよ」
歌乃が、柔らかく告げた。
「はい」
アイリは、目じりに残っていた涙を指で拭った。
恋する乙女……、いや、恋に破れた乙女が、美しく微笑んだ。
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/08/31 12:54:31 |
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相談場所 的場 小夜(ka5056) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|舞刀士(ソードダンサー) |
最終発言 2015/09/09 23:01:30 |