ゲスト
(ka0000)
【東征】月に嗤う
マスター:葉槻

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 6~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/09/09 22:00
- 完成日
- 2015/09/17 01:18
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●暗雲低迷
「……まさか、獄炎様が負けるとはな……」
満身創痍の身体に薬を塗りながら風禅が溜息を吐いた。
「全くだよ……酷い目に遭っちゃったよ」
魅彩がうんざりとした様子で獣の形となった左腕をさすりながら同意する。
「あの着物気に入ってたのに……悔しい」
顔の右半分がイタチの顔になっている聖が袴の帯を締め直しながら呟く。
この鎌鼬三兄弟、先の天龍陣作戦時に狐軍に捕まり「お前らも闘え」と戦場に放り込まれていた。
正直あまり気乗りしない戦いだった為、適当なところでひっそりと去ろうと思っていたのだが、指揮官として現れたのが自分達よりも実力のある5尾狐だった為逃げ損なった。
結果、5尾狐が倒されるまで戦場から逃げることが叶わず、それぞれに大怪我を負うハメとなったのだ。
風禅はどこというより全身に切り傷が刻まれ、漸く何とか止血が終わった所だった。
魅彩は左腕を切り落とされた為、腕だけが本来の獣の姿へと変わっていた。
聖は火にまかれた為、顔の右半分がイタチの顔に、羽織っていた色打ち掛けと着物がなくなり、代わりに成人男性の上半身を惜しげも無くさらして居た。
「人を食べなきゃ。この際鬼でもいいんだけど。鬼のくせに俺たちから逃げようとか、ホント身の程知らず」
魅彩はイライラと爪で土を掻く。
「あと着物よ、着物。こうなったらもっと上等なの仕入れてやらなくちゃ」
「…………」
物凄く何か言いたげな顔で聖を見た後、風禅は2度目の溜息を吐いた。
「……そうだ、な。天ノ都を覆っていた結界も消えたしな。ちょいと一つ村襲ってやりましょうかね」
まだ多くのハンター達が彷徨いている為、都内へ入るのは上策では無いが、近隣の村なら運が良ければハンターに遭遇せずに略奪が出来るだろう。
「……運が、良けりゃあ、な」
風禅の呟きに、魅彩は「何か言った?」と首を傾げる。
「いや、何でも」
「よーし、暴れるぞ-!」と文字通り飛び跳ねる魅彩を見ながら、風禅は嫌な予感を拭えなかった。
●月下狂騒
煌々と満月の照らす、明るい夜だった。
まず、街道沿いの一軒が襲われた。
断末魔の悲鳴が寝静まった村に響き、初老の男は何事かと提灯を片手に外へ出た。
隣の家の玄関先、そこで見た物は、水たまりに沈んだ切り刻まれた人形と投げ出された帯。
……いや、水たまりでは無く血溜まりなのだと、切り刻まれているのはよく知る隣人で、帯に見えるのははらわただと気付いた瞬間、腰を抜かして尻餅をついた。
三日月のように口元をほころばせた人影が奥から出てきて、音も無く男へとあっという間に近付いた。
「……やだ、筋張って硬そう」
舌なめずりの音が耳朶を打った次の瞬間、男は首を落とされて絶命した。
返り血を美味しそうに拭い舐めながら、聖は微笑んだ。
「……でも、血の味は悪くないわ」
村の中心へと3体が足を踏み入れた時、気配に気付いた魅彩がくつくつと楽しそうに笑った。
「……あぁ、何だ、居たんだ、ハンター」
その声に応えるように、ハンターの1人が魅彩の前に立った。
「……聖姉、撤退しよう」
風禅が眉間にしわを寄せて、聖の肩に手を置いた。
しかし、聖はその手を払って、風禅を見ると唇の両端を釣り上げた。
「今日は血が騒ぐねぇ。やってやろうじゃぁないか」
聖のその笑みに、風禅は更に顔を歪めた。
これまでに蓄積された怒りが、普段なら誰よりも人らしく気まぐれで状況把握に長けている聖の理性を突破してしまったらしい。
人型を保つほどの体力の無さも恐らく関係しているのだろう。
――それとも、月の魔力か。
「魅彩、ミナゴロシだよ。いいね!」
「はい、姉様!」
「聖! 魅彩!」
制止する風禅の声など聞こえないように、2人は楽しそうに笑いながら刃を構えたのだった。
「……まさか、獄炎様が負けるとはな……」
満身創痍の身体に薬を塗りながら風禅が溜息を吐いた。
「全くだよ……酷い目に遭っちゃったよ」
魅彩がうんざりとした様子で獣の形となった左腕をさすりながら同意する。
「あの着物気に入ってたのに……悔しい」
顔の右半分がイタチの顔になっている聖が袴の帯を締め直しながら呟く。
この鎌鼬三兄弟、先の天龍陣作戦時に狐軍に捕まり「お前らも闘え」と戦場に放り込まれていた。
正直あまり気乗りしない戦いだった為、適当なところでひっそりと去ろうと思っていたのだが、指揮官として現れたのが自分達よりも実力のある5尾狐だった為逃げ損なった。
結果、5尾狐が倒されるまで戦場から逃げることが叶わず、それぞれに大怪我を負うハメとなったのだ。
風禅はどこというより全身に切り傷が刻まれ、漸く何とか止血が終わった所だった。
魅彩は左腕を切り落とされた為、腕だけが本来の獣の姿へと変わっていた。
聖は火にまかれた為、顔の右半分がイタチの顔に、羽織っていた色打ち掛けと着物がなくなり、代わりに成人男性の上半身を惜しげも無くさらして居た。
「人を食べなきゃ。この際鬼でもいいんだけど。鬼のくせに俺たちから逃げようとか、ホント身の程知らず」
魅彩はイライラと爪で土を掻く。
「あと着物よ、着物。こうなったらもっと上等なの仕入れてやらなくちゃ」
「…………」
物凄く何か言いたげな顔で聖を見た後、風禅は2度目の溜息を吐いた。
「……そうだ、な。天ノ都を覆っていた結界も消えたしな。ちょいと一つ村襲ってやりましょうかね」
まだ多くのハンター達が彷徨いている為、都内へ入るのは上策では無いが、近隣の村なら運が良ければハンターに遭遇せずに略奪が出来るだろう。
「……運が、良けりゃあ、な」
風禅の呟きに、魅彩は「何か言った?」と首を傾げる。
「いや、何でも」
「よーし、暴れるぞ-!」と文字通り飛び跳ねる魅彩を見ながら、風禅は嫌な予感を拭えなかった。
●月下狂騒
煌々と満月の照らす、明るい夜だった。
まず、街道沿いの一軒が襲われた。
断末魔の悲鳴が寝静まった村に響き、初老の男は何事かと提灯を片手に外へ出た。
隣の家の玄関先、そこで見た物は、水たまりに沈んだ切り刻まれた人形と投げ出された帯。
……いや、水たまりでは無く血溜まりなのだと、切り刻まれているのはよく知る隣人で、帯に見えるのははらわただと気付いた瞬間、腰を抜かして尻餅をついた。
三日月のように口元をほころばせた人影が奥から出てきて、音も無く男へとあっという間に近付いた。
「……やだ、筋張って硬そう」
舌なめずりの音が耳朶を打った次の瞬間、男は首を落とされて絶命した。
返り血を美味しそうに拭い舐めながら、聖は微笑んだ。
「……でも、血の味は悪くないわ」
村の中心へと3体が足を踏み入れた時、気配に気付いた魅彩がくつくつと楽しそうに笑った。
「……あぁ、何だ、居たんだ、ハンター」
その声に応えるように、ハンターの1人が魅彩の前に立った。
「……聖姉、撤退しよう」
風禅が眉間にしわを寄せて、聖の肩に手を置いた。
しかし、聖はその手を払って、風禅を見ると唇の両端を釣り上げた。
「今日は血が騒ぐねぇ。やってやろうじゃぁないか」
聖のその笑みに、風禅は更に顔を歪めた。
これまでに蓄積された怒りが、普段なら誰よりも人らしく気まぐれで状況把握に長けている聖の理性を突破してしまったらしい。
人型を保つほどの体力の無さも恐らく関係しているのだろう。
――それとも、月の魔力か。
「魅彩、ミナゴロシだよ。いいね!」
「はい、姉様!」
「聖! 魅彩!」
制止する風禅の声など聞こえないように、2人は楽しそうに笑いながら刃を構えたのだった。
リプレイ本文
●挑発
月明かりだけが静かに世界を照らす中。レイ・T・ベッドフォード(ka2398)はその緑の双眸を瞬かせてこの再会を驚きと共に向かえていた。
「おや……? 聖さま……でしたか。大層なオス型に……いえ、お姿になってしまったみたい、で……」
その声音には驚嘆と憐憫が半々といったところか。
ギリギリっと聖のまなじりがつり上がった所で、別方向から火球が真っ直ぐに聖に向かって放たれる。
3体はその爆風を浴び、聖は火球を放ったラシュディア・シュタインバーグ(ka1779)に向かって疾駆する。
「私の前で、歪虚が粋がるなよ。今すぐ浄化して上げるから、喜びに咽び泣くがいい」
その声と共に打ち込まれた光弾を両腕で受け止めて、魅彩はケラケラと笑う。
「随分な自信だね、おばさん」
その言葉を置き去るように次の瞬間にはセリス・アルマーズ(ka1079)へと刃を振り下ろす。
「聖! 魅彩!」
「貴方の相手は僕たちだよ!」
霧雨 悠月(ka4130)は聖を追おうとした風禅に素早く走り寄り白狼を振り下ろしたが、その一撃は刃で受け止められた。
ギンッという刃の摩擦音と共に2人は飛び退き、各々武器を構え直す。
「また会ったね」
悠月の言葉に風禅は左目だけを顰めながら悠月を見て首を傾げた。
「はてね。俺は美人以外は覚えちゃいないんで」
どうやら本気で覚えて居ないらしい風禅に、悠月は思わず苦笑する。
そんな風禅に向かって民家の陰からシルヴィア=ライゼンシュタイン(ka0338)による銃弾が撃ち込まれ、風禅の右肩を穿った。その隙に一気にジェットブーツで久我・御言(ka4137)が距離を縮めて炎を放つ。
「私の名前は久我・御言。宜しく頼む」
本当は二体以上纏めて焼き払いたかったのだが、自分より動きの早い仲間が先に挑発してしまった結果、どう動いても巻き込めない距離となってしまったのは想定外だった。
「俺は風禅だ。おぅ、よろしくしてやろう。大人しく死ね」
風禅はその炎を傍らにあった大八車を盾にして避けると、その懐に飛び込んで来た榊 刑部(ka4727)の太刀を反対の腕の刃で受け止める。
「……まさか、再び相見えるとは思ってもいませんでした。ですが、こうして相対する機会が得られたことは天の采配でしょう。いまだ未熟なれど、一太刀なりと浴びせて見せましょう」
刑部とにらみ合うと風禅は「あぁ」と呟く。
「お前は覚えて居るぞ。あの女と一緒にいたな」
にたり、と嗤うと同時にその腹部を蹴飛ばされ刑部は地面へと転がった。
その瞬間、家屋の陰に隠れていたUisca Amhran(ka0754)を中心にまばゆい光が周囲を照らした。
隠密により気配を殺して出るタイミングを計っていたのだが、自分の方へ風禅を引き寄せる方法を仲間内で打ち合わせる事が出来なかった為、不意打ちとしては効果が薄い。
光の衝撃を大八車を犠牲に打ち消し、風禅は周囲を伺う。
「……俺1人に5人……? 他に何人いるのか知らんが、まぁご苦労様なことだ」
唇の両端を釣り上げ、風禅は負のマテリアルを孕んだ風を纏う。
息苦しささえ覚える感覚……刑部は初めて風禅達と対峙した時のことを思い出した。
……あの時は聖から魅彩に向かって放たれた物だった。だが、今回は紛れもなく自分達に向けられた『憤怒』だ。
「さぁ、殺されたいヤツから相手にしてやろう」
刑部の顎から知らず流れ落ちた汗が、地面に暗い跡を残した。
ラシュディアの身体を生温い風が覆い、直ぐに霧散する。
「っち」
舌打ちした聖の様子から自分に向けて魅了を仕掛けたらしいことが分かって、先に抵抗力を上げてくれたセレスティア(ka2691)に感謝した。
直ぐにレイも聖を追ってその背後から電神斧を振り下ろすが、その攻撃を読んでいたように刃で弾かれる。
「今のお姿も、十分可愛らしいと私は思いますよ」
微笑むレイに、聖も微笑み返しながら「ありがと」と返す。
「……以前と比べると、少しばかり野性的な所ですとかっ」
続けて放たれた蹴りをひらりと後方へ飛び避け躱しながらもレイの表情は変わらない。
「相変わらずよくクチが回る。残念ながらあたしは無口な男のが好みでね」
口元と手の甲で隠しながら、艶やかに聖は微笑む。それは片側が獣であっても月明かりの下、不思議と美しさを伴っている。
セレスティアはレイにレジストを掛けると、レイピアを握り締めて油断無く聖を注視して次の攻撃に備えたのだった。
セリスに向かって突進する魅彩へ銃口が火を噴いた。
それに気付いた魅彩は素早い足捌きで銃弾を避け、地に低く身構えると射線上にいる人物を注意深く見た。
「皆殺しねえ、無差別なんざ面白くもねえだろうに、ったくオレの同類はどうしてこんなのばっかりなんだ」
溜息混じりにリカルド=イージス=バルデラマ(ka0356)は呟くと、銃を仕舞って振動刀を構え直す。
「すっかりボロボロだな、殺すにはちょうどいい。此処で惨めに死んで行けガキ」
リカルドの挑発に、魅彩はきょとんとした後、きゃらきゃらと楽しそうに笑った。
後方で光の衝撃が炸裂したのがリカルドとセリスにも見えた。
「オレたちをばらばらにすれば勝てると思ってるの? スゴイ自信だね。傲慢(アイテルカイト)って知ってる? 頼めば君達きっと良い歪虚になれるよ」
獣の腕を一振りすると、前腕部から無数の刃が生まれ、それが一斉にセリスとリカルドへと襲いかかっていった。
鋭く細かい刃を全身に浴びつつも、全身鎧に身を包んでいるセリスには殆どそのダメージは届かない。
その様子を見て、魅彩は吃驚したように両目を大きく瞬くとさらに楽しそうに笑った。
「凄いね、硬いんだ、おばさん」
「歪虚が世界に存在することを、エクラの光は許さない」
「あはは。身持ちが堅すぎると行き遅れるってホントなんだ。可哀想にね、おばさん」
「……藁のように死ね」
「アルマーズ!」
リカルドの制止の声も届かず、セリスは聖なる拳を振り上げて魅彩へと殴りかかる。
確かにセリスを盾にして攻撃していこうとは考えていたが、挑発する相手に挑発されてどうすると頭を抱えつつ、結果的に一対一で戦い始めた2人にリカルドは再び銃を取り出して構えたのだった。
●凶刃
「っ!」
聖を中心とした赤い砂嵐に襲われ、3人は思わず眼前を腕で覆って庇った。
ストレンジアイのレンズ部分を塞がれ、ラシュディアは乱暴にそれを拭ったが一度では綺麗に取れず、悪態を吐きながらゴーグルを外し、裸眼になるとクリアに周囲を見ることが出来た。
レイを見ると、痛む両目を開けることを諦め、耳を澄ませて斧を構えた所だった。
セラは、と視線を向けると、両目が痛むのか目元を抑えて俯いている。
ラシュディアは火矢を射掛けながらセレスティアの方へと走り寄る。
「セラ」
大丈夫か? と問いかけようとして、レイの叫び声と背後から襲い来る威圧感に思わず振り向き、直ぐ様スタッフを構えたその右上腕から鮮血が吹き出した。
「ぐっ!」
衝撃に、受け身も取れないままラシュディアは地面へと転がった。斬られたところが酷く熱く、肘から先が重い。
セレスティアは小さく悲鳴を上げて、音を頼りにラシュディアへと駆け寄ると、直ぐ様ヒールを唱える。
レイが超聴覚で足音から聖の位置を探り当てて斧を振るうが、聖はそれを易々と躱し、ラシュディアへと向かった。
ラシュディアは土壁を作ろうとスタッフを振ろうとして動かない右腕に愕然とする。
月明かりに煌めく白刃が振り下ろされる様を、ラシュディアの紅い瞳はスローモーションのように映していた。
その白と赤の間に金の髪と薄紅色の花吹雪が割り込んだ。
紅い飛沫がラシュディアの頬に降り注ぐ。
「セラァッ!?」
悲鳴にも似たラシュディアの絶叫と高らかな哄笑。
レイは聞こえすぎる耳を塞ぎたい衝動を抑えて、開かない瞳を無理矢理開けると聖へと斧刃を横薙ぎに振るう。
聖はそれを笑いながら横に跳んで避け距離を取る。
ひゅっ、とセレスティアの細い喉が鳴って「大丈夫」とラシュディアに笑いかけた。
刃は右鎖骨の下を貫通していた。
「貴方に、ヒールを」
「俺はいい」
事実、先ほどは動かなかった右腕が違和感はあるが動くようになっている。
「それより、早く自分を」
「いいねぇ。恋人同士なのかい?」
声の方向へ振り返ると同時に火矢を飛ばす。
それを聖は眉一つ動かさずに右腕一本で受け止める。
「なら、あたしに殺されるんじゃ無くて、あんたの手で殺しておやりよ」
再び生温い風がラシュディアを包むと、彼は無言のままスタッフを振り上げた。
その姿を見えない目に映しながらセレスティアは必死にラシュディアの名を呼んだ。
そのラシュディアの側頭部に遠慮の無い蹴りがめり込み、彼は糸の切れた人形の様に受け身もとれないまま地面へと転がった。
「あぁ、すみません。つい、思いっきりやってしまいました」
走り寄って斧を軸に回し蹴りを放った結果、これが思いの外綺麗にきまってしまい、レイはバツが悪そうにセレスティアに謝るとケラケラと笑い転げている聖の方へと斧を構えた。
「スゴイスゴイ。面白いっ!!」
「喜んでいただけて何よりです。ですが……」
斧の刃を下に構え、右足を後に引いた。
「私を無視されては、困ります」
一気に駆け寄り刃を振り上げる。それを聖は左手の刃で受け止め、弾き返し、右の長い刃でレイの腹部を狙う。しかしそれを見越してレイは盾でそれを受け止め、上段から刃を振り下ろす。
漸く視界を取り戻したセレスティアは、起き上がり自分の方へと向かってくるラシュディアの表情を見て、安堵の息を吐くとそのまま意識を手放した。
「セラ!」
駆け寄り、その身体に触れて、呼吸も脈もあることを確認して、その出血量に眉を顰めた。
「……直ぐに終わらせるから」
強くスタッフを握り占めて、痛む身体に鞭打つと、ラシュディアは再び立ち上がった。
――その時、清涼な歌声が響き渡った。
轟音を伴いながらセリスの拳が空を斬る。
その腕をくぐり避け、魅彩は側面から刃で襲いかかるが、その刃は盾によって防がれる。
2人が一瞬離れた隙にリカルドが斬り込んでいくがそれも両腕の刃で防がれる。
攻めの構えで挑みかかっても防がれる……その速さと回避力にリカルドは正直舌を巻いていた。
『これで万全だったらどんな強敵だよ……』
出血や疲労を増加させての持久戦が目的だった。しかし、2人の方が息が上がりつつあった。
「いやまあ、盾が強いと本当に便利だねえ、正面戦闘苦手なんだよ俺は」
村の何処かで派手に木製の何かが壊れる音が響く中、肩をすくめて戯けたようにリカルドは呟く。
セリスは殆どの攻撃を盾と鎧で受け止めていたが、時折鎧の関節部分を狙って細い刃が穿たれる為、一瞬も気が抜けない戦いを強いられていた。
「……おばさん硬すぎ。切り刻めなくて面白くない」
盾をかいくぐって入れた一撃すら鎧に刃を弾かれて、うんざりしたように魅彩が呟く。
その瞳が刃のように鋭く光ると、一瞬にして両手から無数の刃を出現させ、その全てをリカルドへ向けて放った。
「がっ!?」
「お前の方が、やわらかそうだ」
「リカルド君!」
その一撃はリカルドの全身を切り刻み、思わずその場に膝を着いた。
地面に落ちる夥しい出血を見て、セリスはリカルドへとヒールを施す。
「くそっ!」
回復により出血を抑えたリカルドが黒い刃をかざして衝撃波を放つ。
それを笑いながら風を起こして相殺すると、魅彩は再びリカルドへ向かって無数の刃を放つ。
傷を抉るように刃が深く突き刺さり、リカルドは出かかった呻き声を喉の奥で殺した。
セリスはリカルドへと駆け寄ると再びヒールを唱え、彼と魅彩の間に立った。
ヒールのお陰で止血はされるが、出血が多い。リカルドは一撃を食らう度にごっそりと命そのものを削られているような気すらした。
そんなリカルドを背に庇い戦うセリスのその心中も穏やかでは無かった。
攻撃をしようにもリカルドのダメージが深刻で、回復をしなければ彼は立っていることも難しくなる事は荒い呼吸からも察することが出来た。
風禅撃破の報が来ないまま、もうどのくらいの時間が経ったのか。
その一瞬の逡巡を見逃さないように魅彩がセリスの目前へと迫る。
盾を構えるより早く、魅彩の手が顔前に迫っていた。
「つーかまーえたー」
嬉しそうな声音はセリスの背筋を粟立たせた。
「アルマーズ!!」
リカルドの叫び声と同時に、強く身体を地面へと叩き付けられる。瞬時に何が起こったのかを理解して、セリスは叫んだ。
「リカルド君!」
自分を庇い倒れたリカルドの顔は蒼白を通り越して土気色になっていた。
派手な音を立てて、薪や火興し用の枯れ木が積まれた一画に刑部は蹴り飛ばされた。
Uiscaの鎮魂歌が拘束する力を伴わないまま霧散した。悔しさに唇を噛みながら、倒れている刑部へと駆け寄ってその怪我の具合の確認を始める。
刑部が斬り込んだ左前腕から滴る血をぺろりと舐めて、風禅は次に挑みかかってきた悠月の攻撃を刃で受け止めた。
悠月も逃がすわけにはいかない、と刃を滑らせてその切っ先をねじ込むが、バックステップでその追撃を躱される。
その右足をシルヴィアの冷弾が撃ち抜き、瞬く間にその足は熱を奪われて凍りつく。
そこに御言と体勢を立て直した刑部が同時に走り込み、刑部の疾風剣が左脇腹を抉り、その後ろから御言が炎で焼き払う。
それでもなお立ったまま、両腕の刃で斬り付けられそうになって、御言は慌てて障壁を展開するがその鋭い刃先が障壁を貫いて御言の頬を浅く裂く。
「っ!」
イタチ狩りだと、彼らの態度を見てこちらを舐めきっていると思っていた御言だが、その強さは本物である事を痛感する。
予定では1番先に倒すべき相手……そのはずが、思いの外時間が掛かっていることに誰もが焦燥感を抱いていた。
それを見透かしたように風禅が口を開いた。
「魅彩や聖に比べたら俺の方が倒しやすそうだと思ったんだろう? だが、しぶといぞ、俺は」
風禅は冷静だった。この冷静さが、悠月に不安の影を落とす。
傷を負っているようだった、人型から獣のような姿になっていた他2体。それを助けに行くでも無く5人を一手に引き受けて立ち続ける、その理由。
「貴方は二人を見捨てて退かなかった……そう思っていたけど、違うんだね。あの二人が勝つって信じているから“待っている”んだね」
悠月の言葉を受けて、風禅は嬉しそうに目を細めた。
その時、Uiscaの澄んだ歌声がようやく風禅を捉え、その身体を戒める。
「今です!」
Uiscaの声に全員が一斉に風禅に向かって地を蹴った。
●月光
流石の風禅も動きを縛られては、避ける事が困難となった。
悠月が右肩、刑部が左肩へと斬り付け、久我が右足を焼き払う。
そして、シルヴィアの狙い澄ませた弾丸が風禅の鳩尾に風穴を開けた。
風禅はそれでもなお嗤って、刃を振るう。
Uiscaが光の衝撃を放ち、風禅の足が縺れた所を悠月が獣の牙の如き一撃をその胸部へと突き刺した。
はっ、と息を吐く音が聞こえ、ついに風禅の身体が塵へと還っていく。
しかし、一同はそれを見守ることなく、次の敵へと向かって走り出した。
Uiscaの歌声に縛られた聖に対して、レイもラシュディアも容赦の無い攻撃を浴びせた。
「いいねぇ、その目」
火矢を撃ち尽くし、デリンジャーを構えるラシュディアに向かって聖は嗤う。
「あたしが憎いかい? でもあんたのその姿もあたしたちと寸分変かわりゃしないよ。むしろもう、こっちに堕ちかけているんじゃないのかい?」
その言葉に、ラシュディアは驚愕と恐怖と憎悪と悲哀と様々に入り交じった色を紅い瞳に映して、硬く目を瞑った。
そして一つの深呼吸の後、真っ直ぐな瞳で聖を狙い引き金を引いた。
「少しだけ、痛ましいですね」
仰向けに倒れ込んだ聖を静かに見下ろしながらレイはそう呟くと、その首に斧刃を振り下ろした。
「――せめて、安らかに」
その石突きに額を預けるようにもたれると、祈りを捧げた。
ラシュディアより聖撃破の報が入り、5人は魅彩の元へと走った。
「……まさか風禅が負けたの?」
5人の姿を見て察した魅彩が憤怒の形相となり、全周囲に向かって刃を放つ。
それにより刑部と御言がついに膝を着いた。
それでもUiscaは回復よりも鎮魂の唄を歌い、その音に魅彩は頭を抑えて呻き始めた。
セリスはリカルドの傍らで光球を放ち、各々残っている力の全てを持って魅彩に挑んだ。
「くそぅ……」
「私の前で動くな」
伸ばされる細い腕を踏みつけ、睥睨しながらセリスは光の衝撃を放った。
「ふふ、おばさんいい歪虚になれるよ。保証する……」
最初から最後まで一発も外す事の無かったシルヴィアが迷い無く右眼を撃ち抜いて、漸く魅彩を塵へと還すことが出来たのだった。
「悪党とは言えせめて今後この世の迷い出ぬよう鎮魂の歌を歌いましょう。今はただ、あの美しい満月に清らかな魂として召されん事を祈ります……」
重傷者への応急処置と村の民への声掛けも終わり、Uiscaは借りた民家の一室で一人静かに月へと祈る。
――まだ、夜明けは遠い。けれど、明けぬ夜はないのだと信じて今は眠ろう。
月明かりだけが静かに世界を照らす中。レイ・T・ベッドフォード(ka2398)はその緑の双眸を瞬かせてこの再会を驚きと共に向かえていた。
「おや……? 聖さま……でしたか。大層なオス型に……いえ、お姿になってしまったみたい、で……」
その声音には驚嘆と憐憫が半々といったところか。
ギリギリっと聖のまなじりがつり上がった所で、別方向から火球が真っ直ぐに聖に向かって放たれる。
3体はその爆風を浴び、聖は火球を放ったラシュディア・シュタインバーグ(ka1779)に向かって疾駆する。
「私の前で、歪虚が粋がるなよ。今すぐ浄化して上げるから、喜びに咽び泣くがいい」
その声と共に打ち込まれた光弾を両腕で受け止めて、魅彩はケラケラと笑う。
「随分な自信だね、おばさん」
その言葉を置き去るように次の瞬間にはセリス・アルマーズ(ka1079)へと刃を振り下ろす。
「聖! 魅彩!」
「貴方の相手は僕たちだよ!」
霧雨 悠月(ka4130)は聖を追おうとした風禅に素早く走り寄り白狼を振り下ろしたが、その一撃は刃で受け止められた。
ギンッという刃の摩擦音と共に2人は飛び退き、各々武器を構え直す。
「また会ったね」
悠月の言葉に風禅は左目だけを顰めながら悠月を見て首を傾げた。
「はてね。俺は美人以外は覚えちゃいないんで」
どうやら本気で覚えて居ないらしい風禅に、悠月は思わず苦笑する。
そんな風禅に向かって民家の陰からシルヴィア=ライゼンシュタイン(ka0338)による銃弾が撃ち込まれ、風禅の右肩を穿った。その隙に一気にジェットブーツで久我・御言(ka4137)が距離を縮めて炎を放つ。
「私の名前は久我・御言。宜しく頼む」
本当は二体以上纏めて焼き払いたかったのだが、自分より動きの早い仲間が先に挑発してしまった結果、どう動いても巻き込めない距離となってしまったのは想定外だった。
「俺は風禅だ。おぅ、よろしくしてやろう。大人しく死ね」
風禅はその炎を傍らにあった大八車を盾にして避けると、その懐に飛び込んで来た榊 刑部(ka4727)の太刀を反対の腕の刃で受け止める。
「……まさか、再び相見えるとは思ってもいませんでした。ですが、こうして相対する機会が得られたことは天の采配でしょう。いまだ未熟なれど、一太刀なりと浴びせて見せましょう」
刑部とにらみ合うと風禅は「あぁ」と呟く。
「お前は覚えて居るぞ。あの女と一緒にいたな」
にたり、と嗤うと同時にその腹部を蹴飛ばされ刑部は地面へと転がった。
その瞬間、家屋の陰に隠れていたUisca Amhran(ka0754)を中心にまばゆい光が周囲を照らした。
隠密により気配を殺して出るタイミングを計っていたのだが、自分の方へ風禅を引き寄せる方法を仲間内で打ち合わせる事が出来なかった為、不意打ちとしては効果が薄い。
光の衝撃を大八車を犠牲に打ち消し、風禅は周囲を伺う。
「……俺1人に5人……? 他に何人いるのか知らんが、まぁご苦労様なことだ」
唇の両端を釣り上げ、風禅は負のマテリアルを孕んだ風を纏う。
息苦しささえ覚える感覚……刑部は初めて風禅達と対峙した時のことを思い出した。
……あの時は聖から魅彩に向かって放たれた物だった。だが、今回は紛れもなく自分達に向けられた『憤怒』だ。
「さぁ、殺されたいヤツから相手にしてやろう」
刑部の顎から知らず流れ落ちた汗が、地面に暗い跡を残した。
ラシュディアの身体を生温い風が覆い、直ぐに霧散する。
「っち」
舌打ちした聖の様子から自分に向けて魅了を仕掛けたらしいことが分かって、先に抵抗力を上げてくれたセレスティア(ka2691)に感謝した。
直ぐにレイも聖を追ってその背後から電神斧を振り下ろすが、その攻撃を読んでいたように刃で弾かれる。
「今のお姿も、十分可愛らしいと私は思いますよ」
微笑むレイに、聖も微笑み返しながら「ありがと」と返す。
「……以前と比べると、少しばかり野性的な所ですとかっ」
続けて放たれた蹴りをひらりと後方へ飛び避け躱しながらもレイの表情は変わらない。
「相変わらずよくクチが回る。残念ながらあたしは無口な男のが好みでね」
口元と手の甲で隠しながら、艶やかに聖は微笑む。それは片側が獣であっても月明かりの下、不思議と美しさを伴っている。
セレスティアはレイにレジストを掛けると、レイピアを握り締めて油断無く聖を注視して次の攻撃に備えたのだった。
セリスに向かって突進する魅彩へ銃口が火を噴いた。
それに気付いた魅彩は素早い足捌きで銃弾を避け、地に低く身構えると射線上にいる人物を注意深く見た。
「皆殺しねえ、無差別なんざ面白くもねえだろうに、ったくオレの同類はどうしてこんなのばっかりなんだ」
溜息混じりにリカルド=イージス=バルデラマ(ka0356)は呟くと、銃を仕舞って振動刀を構え直す。
「すっかりボロボロだな、殺すにはちょうどいい。此処で惨めに死んで行けガキ」
リカルドの挑発に、魅彩はきょとんとした後、きゃらきゃらと楽しそうに笑った。
後方で光の衝撃が炸裂したのがリカルドとセリスにも見えた。
「オレたちをばらばらにすれば勝てると思ってるの? スゴイ自信だね。傲慢(アイテルカイト)って知ってる? 頼めば君達きっと良い歪虚になれるよ」
獣の腕を一振りすると、前腕部から無数の刃が生まれ、それが一斉にセリスとリカルドへと襲いかかっていった。
鋭く細かい刃を全身に浴びつつも、全身鎧に身を包んでいるセリスには殆どそのダメージは届かない。
その様子を見て、魅彩は吃驚したように両目を大きく瞬くとさらに楽しそうに笑った。
「凄いね、硬いんだ、おばさん」
「歪虚が世界に存在することを、エクラの光は許さない」
「あはは。身持ちが堅すぎると行き遅れるってホントなんだ。可哀想にね、おばさん」
「……藁のように死ね」
「アルマーズ!」
リカルドの制止の声も届かず、セリスは聖なる拳を振り上げて魅彩へと殴りかかる。
確かにセリスを盾にして攻撃していこうとは考えていたが、挑発する相手に挑発されてどうすると頭を抱えつつ、結果的に一対一で戦い始めた2人にリカルドは再び銃を取り出して構えたのだった。
●凶刃
「っ!」
聖を中心とした赤い砂嵐に襲われ、3人は思わず眼前を腕で覆って庇った。
ストレンジアイのレンズ部分を塞がれ、ラシュディアは乱暴にそれを拭ったが一度では綺麗に取れず、悪態を吐きながらゴーグルを外し、裸眼になるとクリアに周囲を見ることが出来た。
レイを見ると、痛む両目を開けることを諦め、耳を澄ませて斧を構えた所だった。
セラは、と視線を向けると、両目が痛むのか目元を抑えて俯いている。
ラシュディアは火矢を射掛けながらセレスティアの方へと走り寄る。
「セラ」
大丈夫か? と問いかけようとして、レイの叫び声と背後から襲い来る威圧感に思わず振り向き、直ぐ様スタッフを構えたその右上腕から鮮血が吹き出した。
「ぐっ!」
衝撃に、受け身も取れないままラシュディアは地面へと転がった。斬られたところが酷く熱く、肘から先が重い。
セレスティアは小さく悲鳴を上げて、音を頼りにラシュディアへと駆け寄ると、直ぐ様ヒールを唱える。
レイが超聴覚で足音から聖の位置を探り当てて斧を振るうが、聖はそれを易々と躱し、ラシュディアへと向かった。
ラシュディアは土壁を作ろうとスタッフを振ろうとして動かない右腕に愕然とする。
月明かりに煌めく白刃が振り下ろされる様を、ラシュディアの紅い瞳はスローモーションのように映していた。
その白と赤の間に金の髪と薄紅色の花吹雪が割り込んだ。
紅い飛沫がラシュディアの頬に降り注ぐ。
「セラァッ!?」
悲鳴にも似たラシュディアの絶叫と高らかな哄笑。
レイは聞こえすぎる耳を塞ぎたい衝動を抑えて、開かない瞳を無理矢理開けると聖へと斧刃を横薙ぎに振るう。
聖はそれを笑いながら横に跳んで避け距離を取る。
ひゅっ、とセレスティアの細い喉が鳴って「大丈夫」とラシュディアに笑いかけた。
刃は右鎖骨の下を貫通していた。
「貴方に、ヒールを」
「俺はいい」
事実、先ほどは動かなかった右腕が違和感はあるが動くようになっている。
「それより、早く自分を」
「いいねぇ。恋人同士なのかい?」
声の方向へ振り返ると同時に火矢を飛ばす。
それを聖は眉一つ動かさずに右腕一本で受け止める。
「なら、あたしに殺されるんじゃ無くて、あんたの手で殺しておやりよ」
再び生温い風がラシュディアを包むと、彼は無言のままスタッフを振り上げた。
その姿を見えない目に映しながらセレスティアは必死にラシュディアの名を呼んだ。
そのラシュディアの側頭部に遠慮の無い蹴りがめり込み、彼は糸の切れた人形の様に受け身もとれないまま地面へと転がった。
「あぁ、すみません。つい、思いっきりやってしまいました」
走り寄って斧を軸に回し蹴りを放った結果、これが思いの外綺麗にきまってしまい、レイはバツが悪そうにセレスティアに謝るとケラケラと笑い転げている聖の方へと斧を構えた。
「スゴイスゴイ。面白いっ!!」
「喜んでいただけて何よりです。ですが……」
斧の刃を下に構え、右足を後に引いた。
「私を無視されては、困ります」
一気に駆け寄り刃を振り上げる。それを聖は左手の刃で受け止め、弾き返し、右の長い刃でレイの腹部を狙う。しかしそれを見越してレイは盾でそれを受け止め、上段から刃を振り下ろす。
漸く視界を取り戻したセレスティアは、起き上がり自分の方へと向かってくるラシュディアの表情を見て、安堵の息を吐くとそのまま意識を手放した。
「セラ!」
駆け寄り、その身体に触れて、呼吸も脈もあることを確認して、その出血量に眉を顰めた。
「……直ぐに終わらせるから」
強くスタッフを握り占めて、痛む身体に鞭打つと、ラシュディアは再び立ち上がった。
――その時、清涼な歌声が響き渡った。
轟音を伴いながらセリスの拳が空を斬る。
その腕をくぐり避け、魅彩は側面から刃で襲いかかるが、その刃は盾によって防がれる。
2人が一瞬離れた隙にリカルドが斬り込んでいくがそれも両腕の刃で防がれる。
攻めの構えで挑みかかっても防がれる……その速さと回避力にリカルドは正直舌を巻いていた。
『これで万全だったらどんな強敵だよ……』
出血や疲労を増加させての持久戦が目的だった。しかし、2人の方が息が上がりつつあった。
「いやまあ、盾が強いと本当に便利だねえ、正面戦闘苦手なんだよ俺は」
村の何処かで派手に木製の何かが壊れる音が響く中、肩をすくめて戯けたようにリカルドは呟く。
セリスは殆どの攻撃を盾と鎧で受け止めていたが、時折鎧の関節部分を狙って細い刃が穿たれる為、一瞬も気が抜けない戦いを強いられていた。
「……おばさん硬すぎ。切り刻めなくて面白くない」
盾をかいくぐって入れた一撃すら鎧に刃を弾かれて、うんざりしたように魅彩が呟く。
その瞳が刃のように鋭く光ると、一瞬にして両手から無数の刃を出現させ、その全てをリカルドへ向けて放った。
「がっ!?」
「お前の方が、やわらかそうだ」
「リカルド君!」
その一撃はリカルドの全身を切り刻み、思わずその場に膝を着いた。
地面に落ちる夥しい出血を見て、セリスはリカルドへとヒールを施す。
「くそっ!」
回復により出血を抑えたリカルドが黒い刃をかざして衝撃波を放つ。
それを笑いながら風を起こして相殺すると、魅彩は再びリカルドへ向かって無数の刃を放つ。
傷を抉るように刃が深く突き刺さり、リカルドは出かかった呻き声を喉の奥で殺した。
セリスはリカルドへと駆け寄ると再びヒールを唱え、彼と魅彩の間に立った。
ヒールのお陰で止血はされるが、出血が多い。リカルドは一撃を食らう度にごっそりと命そのものを削られているような気すらした。
そんなリカルドを背に庇い戦うセリスのその心中も穏やかでは無かった。
攻撃をしようにもリカルドのダメージが深刻で、回復をしなければ彼は立っていることも難しくなる事は荒い呼吸からも察することが出来た。
風禅撃破の報が来ないまま、もうどのくらいの時間が経ったのか。
その一瞬の逡巡を見逃さないように魅彩がセリスの目前へと迫る。
盾を構えるより早く、魅彩の手が顔前に迫っていた。
「つーかまーえたー」
嬉しそうな声音はセリスの背筋を粟立たせた。
「アルマーズ!!」
リカルドの叫び声と同時に、強く身体を地面へと叩き付けられる。瞬時に何が起こったのかを理解して、セリスは叫んだ。
「リカルド君!」
自分を庇い倒れたリカルドの顔は蒼白を通り越して土気色になっていた。
派手な音を立てて、薪や火興し用の枯れ木が積まれた一画に刑部は蹴り飛ばされた。
Uiscaの鎮魂歌が拘束する力を伴わないまま霧散した。悔しさに唇を噛みながら、倒れている刑部へと駆け寄ってその怪我の具合の確認を始める。
刑部が斬り込んだ左前腕から滴る血をぺろりと舐めて、風禅は次に挑みかかってきた悠月の攻撃を刃で受け止めた。
悠月も逃がすわけにはいかない、と刃を滑らせてその切っ先をねじ込むが、バックステップでその追撃を躱される。
その右足をシルヴィアの冷弾が撃ち抜き、瞬く間にその足は熱を奪われて凍りつく。
そこに御言と体勢を立て直した刑部が同時に走り込み、刑部の疾風剣が左脇腹を抉り、その後ろから御言が炎で焼き払う。
それでもなお立ったまま、両腕の刃で斬り付けられそうになって、御言は慌てて障壁を展開するがその鋭い刃先が障壁を貫いて御言の頬を浅く裂く。
「っ!」
イタチ狩りだと、彼らの態度を見てこちらを舐めきっていると思っていた御言だが、その強さは本物である事を痛感する。
予定では1番先に倒すべき相手……そのはずが、思いの外時間が掛かっていることに誰もが焦燥感を抱いていた。
それを見透かしたように風禅が口を開いた。
「魅彩や聖に比べたら俺の方が倒しやすそうだと思ったんだろう? だが、しぶといぞ、俺は」
風禅は冷静だった。この冷静さが、悠月に不安の影を落とす。
傷を負っているようだった、人型から獣のような姿になっていた他2体。それを助けに行くでも無く5人を一手に引き受けて立ち続ける、その理由。
「貴方は二人を見捨てて退かなかった……そう思っていたけど、違うんだね。あの二人が勝つって信じているから“待っている”んだね」
悠月の言葉を受けて、風禅は嬉しそうに目を細めた。
その時、Uiscaの澄んだ歌声がようやく風禅を捉え、その身体を戒める。
「今です!」
Uiscaの声に全員が一斉に風禅に向かって地を蹴った。
●月光
流石の風禅も動きを縛られては、避ける事が困難となった。
悠月が右肩、刑部が左肩へと斬り付け、久我が右足を焼き払う。
そして、シルヴィアの狙い澄ませた弾丸が風禅の鳩尾に風穴を開けた。
風禅はそれでもなお嗤って、刃を振るう。
Uiscaが光の衝撃を放ち、風禅の足が縺れた所を悠月が獣の牙の如き一撃をその胸部へと突き刺した。
はっ、と息を吐く音が聞こえ、ついに風禅の身体が塵へと還っていく。
しかし、一同はそれを見守ることなく、次の敵へと向かって走り出した。
Uiscaの歌声に縛られた聖に対して、レイもラシュディアも容赦の無い攻撃を浴びせた。
「いいねぇ、その目」
火矢を撃ち尽くし、デリンジャーを構えるラシュディアに向かって聖は嗤う。
「あたしが憎いかい? でもあんたのその姿もあたしたちと寸分変かわりゃしないよ。むしろもう、こっちに堕ちかけているんじゃないのかい?」
その言葉に、ラシュディアは驚愕と恐怖と憎悪と悲哀と様々に入り交じった色を紅い瞳に映して、硬く目を瞑った。
そして一つの深呼吸の後、真っ直ぐな瞳で聖を狙い引き金を引いた。
「少しだけ、痛ましいですね」
仰向けに倒れ込んだ聖を静かに見下ろしながらレイはそう呟くと、その首に斧刃を振り下ろした。
「――せめて、安らかに」
その石突きに額を預けるようにもたれると、祈りを捧げた。
ラシュディアより聖撃破の報が入り、5人は魅彩の元へと走った。
「……まさか風禅が負けたの?」
5人の姿を見て察した魅彩が憤怒の形相となり、全周囲に向かって刃を放つ。
それにより刑部と御言がついに膝を着いた。
それでもUiscaは回復よりも鎮魂の唄を歌い、その音に魅彩は頭を抑えて呻き始めた。
セリスはリカルドの傍らで光球を放ち、各々残っている力の全てを持って魅彩に挑んだ。
「くそぅ……」
「私の前で動くな」
伸ばされる細い腕を踏みつけ、睥睨しながらセリスは光の衝撃を放った。
「ふふ、おばさんいい歪虚になれるよ。保証する……」
最初から最後まで一発も外す事の無かったシルヴィアが迷い無く右眼を撃ち抜いて、漸く魅彩を塵へと還すことが出来たのだった。
「悪党とは言えせめて今後この世の迷い出ぬよう鎮魂の歌を歌いましょう。今はただ、あの美しい満月に清らかな魂として召されん事を祈ります……」
重傷者への応急処置と村の民への声掛けも終わり、Uiscaは借りた民家の一室で一人静かに月へと祈る。
――まだ、夜明けは遠い。けれど、明けぬ夜はないのだと信じて今は眠ろう。
依頼結果
依頼成功度 | 普通 |
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面白かった! | 5人 |
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相談卓 リカルド=フェアバーン(ka0356) 人間(リアルブルー)|32才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2015/09/08 23:46:53 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/08/31 08:29:30 |