ゲスト
(ka0000)
【深棲】大海の捕食者たち
マスター:えーてる

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/07/25 19:00
- 完成日
- 2014/08/02 20:34
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
小型船が数隻、港へ向けて全速力で進んでいた。
「全員急げ! 港まで帰るぞ!」
「おやっさん、来ます!」
「相手をするな! 身を屈めてやり過ごせ!」
言うが早いか、それは海面から飛び出してきた。鮫にも似た雑魔がだ。
数匹群れを成して襲いかかるそれらに、漁師たちはパニックに陥った。
「くそっ、なんだってこんなとこに!」
バチン! と頭上で鋭く閉じる顎に肝を冷やしながら、リーダーは悪態をついた。
彼らはいつもどおりに沿岸まで漁をしにきた。仕掛けた網を回収し、その網がいくつも食い破られていることに気付いた段階で、リーダーは撤退を叫んだ。それでも遅かった。
辺りの魚は雑魔が全て食い荒らしていた。それに飽きたらず、奴らは水中から飛び出し船上の漁師たちへと襲いかかったのだ。
鮫の胴体に、タコの腕を尾のように垂らし、トビウオの翼のようなヒレを持つ、異形の雑魔。
今まで誰も欠けずにここまでこれたのは幸運でしかなかった。
「うわああっ!? 来るな、来るなぁ!」
「ジャック慌てるな! 蹴落とせ!」
船上で鮫の巨体が暴れ回り、その鋭利でおぞましい顎を何度も閉じて、執拗に漁師を狙っていた。船が危うい揺れを繰り返し、舵がブレる。
リーダーの言葉に男は必死で足を動かし、いくつかの撒き餌や漁獲した魚と共にそれを水中へと蹴落とした。素早く軌道を修正した小型船は、どうにか転覆せずに済んだようだった。
「ジャック、大丈夫か!」
「はぁーっ、はぁーっ……えぇ、なんとか大丈夫っすよ」
「他に被害は!」
「マルクが肩をやられました!」
「う、腕、俺の腕が……!」
呻く漁師の遥か向こうで、ひたすらに咀嚼された後に吐き捨てられた腕が、ぷかりと浮かんだ。
奴らの噛み付きは食事行動ではない。奴らはただ、物を噛んで引き裂くことだけが存在意義なのだ。だから捕らえた獲物は吐き捨てるし、また腹が満たされることもない。
「狂ってやがる……!」
被害が大きい。このまま襲われていたのでは保たない。リーダーは必死にどうするかを考えるが、妙案は思い浮かばなかった。
「リーダー、あれを!」
その時、一人の漁師が先程蹴落とされた雑魔の辺りを指差した。
蹴落とされた撒き餌や魚に雑魔が群がり、その進軍が遅れていた。所詮は獣、目の前に餌があるなら食いつかずにはいられないのだろう。
「――こいつぁいい。ジャック、よくやった!」
「へっ?」
「お前ら! 魚も餌も丸ごと海にぶち撒けろ!」
反応は即座にあった。
海中へと落とされた餌へと一斉に群がる雑魔たち。注意は明らかに漁師から魚や餌へと移っており、追跡はそれらを食いつくすまで中断された。
「今のうちに帰るぞ! こいつらのことを伝えなきゃならん!」
漁師たちの歓声に大声で答え、リーダーは舵を切った。
雑魔討伐の依頼がハンターオフィスに届けられたのは、それから半日が過ぎた頃だった。
「今回の依頼は、沿岸海域に出現した雑魔の討伐になります」
メガネの麗しい受付嬢は、そう話を切り出した。
「鮫に似た形状の雑魔が、沿岸の漁場を荒らしているようです。個々の性能は決して高くありませんが、普段は水中にいるため、手出しがしづらくなっています。加えてそれなり以上の数の群れで行動しているようです」
目撃情報から類推された特徴は以下の通りだ。
鮫型であり、ヒレと牙を持つ肉食の雑魔。食料に対して見境なく直進していく。生前の食事行動の模倣のようで、物を噛み千切る行為自体に重点が置かれていると推測される。空腹を満たすわけではないため、牙による殺傷行為に終わりはない。
水面からのジャンプで小型船を飛び越えられるほどの距離と高さを出せる。これにより水上の獲物に対しても攻撃が可能。そうでありながら、普段はこちらの手の届かない水中へと身を潜めている。
少なくない人数が怪我を負い、漁師たちはほうぼうの体で港へと逃げ帰ってきた様子。
「何よりの問題は、これら雑魔の縄張りは優れた漁場にあるという点です。このまま雑魔の占拠を許した場合、沿岸・沖合漁業に大きな影響が予想されます。また周辺区域の魚を狩り尽くした後には移動することが予想されますが、そこからどこへ向かうかは不明です。被害拡大の前に、早急な対処が求められています」
そこで討伐の方法ですが、と受付嬢はメガネを押し上げた。
「漁師組合から、小型船を三隻借り受ける手筈となっております。動力は一般人でも操作可能な機導装置ですから、皆様にも操縦は可能でしょう。これにより件の海域まで出た後、撒き餌によって敵を海上におびき寄せ、討伐するというのがこちらが提示するプランとなります」
付け加えるように机に置かれた書類には、雑魔は単純により簡単な食料へと群がる性質があるとの目撃情報が書き記されていた。即ち、水上と水中では水中の獲物を優先的に狙う。
「ですが小型船では撒き餌を積み込める量にも限界があります。一隻につき二回分の撒き餌が限度でしょう。撒き餌一度に対して五匹程度が寄ってくるようですので、一度ごとに確実な殲滅を推奨します」
そこまで語り終えると、受付嬢は追加の書類を机に置いて一礼した。
「対処を間違えなければ難しい依頼ではありません。受注するならば、こちらに署名をお願い致します」
「全員急げ! 港まで帰るぞ!」
「おやっさん、来ます!」
「相手をするな! 身を屈めてやり過ごせ!」
言うが早いか、それは海面から飛び出してきた。鮫にも似た雑魔がだ。
数匹群れを成して襲いかかるそれらに、漁師たちはパニックに陥った。
「くそっ、なんだってこんなとこに!」
バチン! と頭上で鋭く閉じる顎に肝を冷やしながら、リーダーは悪態をついた。
彼らはいつもどおりに沿岸まで漁をしにきた。仕掛けた網を回収し、その網がいくつも食い破られていることに気付いた段階で、リーダーは撤退を叫んだ。それでも遅かった。
辺りの魚は雑魔が全て食い荒らしていた。それに飽きたらず、奴らは水中から飛び出し船上の漁師たちへと襲いかかったのだ。
鮫の胴体に、タコの腕を尾のように垂らし、トビウオの翼のようなヒレを持つ、異形の雑魔。
今まで誰も欠けずにここまでこれたのは幸運でしかなかった。
「うわああっ!? 来るな、来るなぁ!」
「ジャック慌てるな! 蹴落とせ!」
船上で鮫の巨体が暴れ回り、その鋭利でおぞましい顎を何度も閉じて、執拗に漁師を狙っていた。船が危うい揺れを繰り返し、舵がブレる。
リーダーの言葉に男は必死で足を動かし、いくつかの撒き餌や漁獲した魚と共にそれを水中へと蹴落とした。素早く軌道を修正した小型船は、どうにか転覆せずに済んだようだった。
「ジャック、大丈夫か!」
「はぁーっ、はぁーっ……えぇ、なんとか大丈夫っすよ」
「他に被害は!」
「マルクが肩をやられました!」
「う、腕、俺の腕が……!」
呻く漁師の遥か向こうで、ひたすらに咀嚼された後に吐き捨てられた腕が、ぷかりと浮かんだ。
奴らの噛み付きは食事行動ではない。奴らはただ、物を噛んで引き裂くことだけが存在意義なのだ。だから捕らえた獲物は吐き捨てるし、また腹が満たされることもない。
「狂ってやがる……!」
被害が大きい。このまま襲われていたのでは保たない。リーダーは必死にどうするかを考えるが、妙案は思い浮かばなかった。
「リーダー、あれを!」
その時、一人の漁師が先程蹴落とされた雑魔の辺りを指差した。
蹴落とされた撒き餌や魚に雑魔が群がり、その進軍が遅れていた。所詮は獣、目の前に餌があるなら食いつかずにはいられないのだろう。
「――こいつぁいい。ジャック、よくやった!」
「へっ?」
「お前ら! 魚も餌も丸ごと海にぶち撒けろ!」
反応は即座にあった。
海中へと落とされた餌へと一斉に群がる雑魔たち。注意は明らかに漁師から魚や餌へと移っており、追跡はそれらを食いつくすまで中断された。
「今のうちに帰るぞ! こいつらのことを伝えなきゃならん!」
漁師たちの歓声に大声で答え、リーダーは舵を切った。
雑魔討伐の依頼がハンターオフィスに届けられたのは、それから半日が過ぎた頃だった。
「今回の依頼は、沿岸海域に出現した雑魔の討伐になります」
メガネの麗しい受付嬢は、そう話を切り出した。
「鮫に似た形状の雑魔が、沿岸の漁場を荒らしているようです。個々の性能は決して高くありませんが、普段は水中にいるため、手出しがしづらくなっています。加えてそれなり以上の数の群れで行動しているようです」
目撃情報から類推された特徴は以下の通りだ。
鮫型であり、ヒレと牙を持つ肉食の雑魔。食料に対して見境なく直進していく。生前の食事行動の模倣のようで、物を噛み千切る行為自体に重点が置かれていると推測される。空腹を満たすわけではないため、牙による殺傷行為に終わりはない。
水面からのジャンプで小型船を飛び越えられるほどの距離と高さを出せる。これにより水上の獲物に対しても攻撃が可能。そうでありながら、普段はこちらの手の届かない水中へと身を潜めている。
少なくない人数が怪我を負い、漁師たちはほうぼうの体で港へと逃げ帰ってきた様子。
「何よりの問題は、これら雑魔の縄張りは優れた漁場にあるという点です。このまま雑魔の占拠を許した場合、沿岸・沖合漁業に大きな影響が予想されます。また周辺区域の魚を狩り尽くした後には移動することが予想されますが、そこからどこへ向かうかは不明です。被害拡大の前に、早急な対処が求められています」
そこで討伐の方法ですが、と受付嬢はメガネを押し上げた。
「漁師組合から、小型船を三隻借り受ける手筈となっております。動力は一般人でも操作可能な機導装置ですから、皆様にも操縦は可能でしょう。これにより件の海域まで出た後、撒き餌によって敵を海上におびき寄せ、討伐するというのがこちらが提示するプランとなります」
付け加えるように机に置かれた書類には、雑魔は単純により簡単な食料へと群がる性質があるとの目撃情報が書き記されていた。即ち、水上と水中では水中の獲物を優先的に狙う。
「ですが小型船では撒き餌を積み込める量にも限界があります。一隻につき二回分の撒き餌が限度でしょう。撒き餌一度に対して五匹程度が寄ってくるようですので、一度ごとに確実な殲滅を推奨します」
そこまで語り終えると、受付嬢は追加の書類を机に置いて一礼した。
「対処を間違えなければ難しい依頼ではありません。受注するならば、こちらに署名をお願い致します」
リプレイ本文
●
「海の魔物かぁ……キモそうだなぁ……」
膨らませたバナナボートを船に押し込みながら、ジング(ka0342)はぼやいた。
その隣で、エルレーン(ka1020)は持ち込んだ浮き輪から口を離して大きく息をついた。
「……ふくらますの、しんどいよぅ」
浮き輪にロープを括りつけただけの簡易的な救命具だが、あるに越したことはない。
不慣れな水上戦だ。めいめい、不測の事態に備えたなにがしかの物品を用意してきている。
不安げに押し黙るアーニャ・リーニャ(ka0429)もその一人だ。
「……実は、泳いだ事がなかったり……。落ちたら……助けてね……?」
簡単に武装への防水処理を施しはしたが、水中仕様ではない。水に落ちればほぼ無力だ。水を吸って重くなったローブは脱ぎ捨てるつもりで、中にビキニの水着も着ている。
「そのための準備だろ?」
ジングはボートをどうにか固定すると、機導装置に手をかけた。十分な機械知識を持つジングは船の操縦役だ。
真田 八代(ka1751)は、囮用に干し肉を括った浮き輪を持ち込んだ。
「海水浴にしては物騒な日になったよなー……」
故郷の人食い鮫の映画を思い出して、魔導銃の表面をそっと撫でた。自分たちは映画の中で無残に食われる無力なキャストではない。それら脅威を狩るハンターだ。
「まあ、鮫程度に遅れは取らないさ、多分」
返り討ちにしてやる、と八代は努めて強気に言ってのけた。
「もちろんだぜ、相棒」
同じく操舵を担当するリック=ヴァレリー(ka0614)が、八代の肩をぽんと叩いた。
二人は拳を打ち合わせて、別々の船に乗り込む。ジングと同じく彼らも機械に関する知識は豊富であり、操舵手を買って出た。
「そっちは準備出来たか?」
「おう。出発進行と行こうぜ、みんな!」
ジングに問いかけられて、リックは声を張り上げた。
三隻の船が出港するのを、漁師たちが不安げに見送っていた。
もしもの事を考えて、移動中はなるべく船を近づけることになっていた。
揺れる船の上で、マイペースに構えるのはレーヴェ・W・マルバス(ka0276)である。彼女は自分の装備を整えてきたタイプだ。
ほぼ水中用で揃えられた武具一式だ。ダイビングアーマーに水中銃、お守りも完備している。もしも水中へ落とされたとしても、戦闘は十分続行可能だ。用心して命綱まで括りつけてある。
「今日の我等は海女ちゃんということじゃ」
「いえ、今回は潜水しませんよ?」
ココネ・ブランシャール(ka0279)は静かに突っ込んだ。が、彼女も結構マイペースな方だった。
「潮風に当たると冷えますから……皆様、紅茶をどうぞ」
波に揺れる船上をひょいと飛び渡りながら紅茶の一滴さえ零さず給仕を行う姿は非常に様になっていた。
「わーい紅茶ー。クッキー、ある? ある?」
真っ先に食いついたのはエルレーンだった。
「えぇ、勿論ありますよ」
「やたー!」
その横で、神楽(ka2032)は項垂れた。
「釣れねーっす……」
「動く船の上で素人がそうほいほい魚を釣れるわけないじゃないですか……」
斜め四十度ほど後ろへ流されている浮きを睨む神楽に、ココネは苦笑しながら紅茶を差し出した。
「網だったら早かったかもな」
八代の言葉に、神楽は諦めて竿を放り出した。
連れてきた虎猫の頭を撫でて、餌をやる。漁場の魚を失敬してきたものだ。
「今日までお前を養ったのはこの為っす! いざって時は立派に死に花咲かせるっすよ!」
非道である。
「それは流石に可哀想よ」
リーニャが思わず抗議した。少なからず非難の目線が集中する。
「も、勿論冗談っすよ、冗談。やだなぁははは」
彼の染み付いた三下根性は、リーニャの高貴な風格を敏感に感じ取った。しかも美人である。三下的に逆らわぬが吉と彼は判断した。
●
ややあって、船は件の海域へと到着した。
「これはひどいね……」
八代は呻いた。
そこかしこから漂う血の香り。点々と斑に赤い海面。噛みちぎられた魚の死体が散乱浮遊している。生物の気配は、最早ない。
「うう、こりゃ怖いな」
「こ、こえーっつか、くせぇっすね……」
ジングと神楽が別々の理由で顔をひそめる。
「りょうしさん、かぁいそうなの……」
エルレーンも眉根を寄せて、ズタズタにされた魚の死骸を見送った。
その時、赤い波間を縫うように、黒い影が蠢いた。
「……どうやら、お出ましのようじゃ」
この海域において海中に潜む動体は、考えうる限り一つである。レーヴェは水中銃を水面へ向けた。
リックが剣を大きく構え、精霊の力を解き放つ。
「海での戦いは初めてだが……これ以上被害を出すわけにはいかねぇ!」
薄く金色のオーラを纏って、リックが吠えた。
「いくぜみんな!」
応、と上がる鬨の声。めいめい覚醒を終えるそばで、海中では狂気がにたりと笑ったように見えた。
船上から迸る闘気に当てられたのか、あるいはそれが肉だと判断したのか、海魔の群れに意が篭もる。
即ち咀嚼。
狂気の理念に従って、雑魔は牙を剥き出した。
撒き餌による敵の誘導、その後一斉攻撃による殲滅。今回のプランはそれだけだ。単純明快である。
明快であるからか、動き出しも早かった。
「撒き餌一回目、行くぞ!」
「お願いします!」
ココネの応答を待って、ジングは撒き餌を放り込んだ。稚魚やワームではなく、それなりのサイズの魚の詰まった網である。
ハンターの筋力をもってそれを海中へと落としたジングの横で、レーヴェが海中の鮫へと発砲する。
狙いは近くのものの頭部か胴部。その技量故か水中銃のおかげか、見事に胴部をぶち抜いた。
ココネの銃弾は避けられる。水中への攻撃に慣れないせいだろうか。エルレーンの投擲も惜しくも外れる。
アーニャと八代は己自身にマテリアルを巡らせ、機を伺っている。
「避けるっすよ~」
神楽は虎猫を胸元に押し込むと、ひとまず動物霊の力を宿して敵の攻撃に備えた。
近接攻撃主体のリックは待機だ。囮になれるよう、じっと剣を構えて水面を睨む。
一同が海面を睨む中で、ついにそれらが動き出した。
「来るぞ!」
我先にと五匹の雑魔が餌へと群がる。それに続いて、海中の餌を諦めた鮫型の異形が、次々と海面から飛び出しては規則性もなくハンターたちを狙って飛びかかってくる。
「おいおい、こりゃ」
「数が多すぎる……!」
四方八方、縦横無尽に行われる鮫の突撃が、ハンターたちに少なくない傷を負わせていく。
リックは立て続けに三度の飛びかかりをいなしきれず、腕に噛み付かれた。
「かかったな……どうだ!」
「ナイス囮っす!」
隙あらば船に打ち上げてやろうと考えていたリックは、ダメージを承知で雑魔を振り回し、船上に落とした。
鮫の体にトビウオのヒレ、半身や下腹部からはイカやタコの触手を蠢かせる、悪趣味なコラージュを思わせる左右非対称の姿。
「飛びかかられるとますます怖いな!」
「怖がっている暇もなさそうですよ!」
「違いねぇ!」
ココネとジングは共にその場を飛び退いた。鼻先を掠めた触手からは血臭と死臭が漂っている。
「当たらねーっすよ!」
神楽も三匹に狙われたが、いずれも回避に成功した。回避力を高めていなかったら危なかったかもしれない。
他の面々も二、三匹に狙われたが、殆どはどうにか大きなダメージはなくやり過ごす事に成功した。
失敗したのはレーヴェである。
「んな」
ハンターの体はマテリアルにより守られている。雑魔とはいえ、鮫に噛まれた程度で噛み千切られるほど柔ではない。あるいはそれが仇になったか。
「レーヴェさん!」
不意をついて突進してきた鮫に直撃したレーヴェは、その強烈な勢いに負けて船から叩き落とされた。
「大丈夫じゃ、傷は浅い」
噛み付かれたわけではない。命綱のおかげで遠くまで吹き飛ばされたわけでもない。レーヴェは冷静に水中銃を構えて引き金を引いた。撒き餌に群がる雑魔のうち一体の鼻先を吹き飛ばした。
「ちぃっ! 何とか足止めするからなー! さっさと上がれー!」
八代はレーヴェに寄ろうとする鮫の近辺へ、餌を括りつけた浮き輪を投げた。標的がより近い獲物へと切り替わる。
「捕まってください!」
その隣で、アーニャがエルレーンの持ち込んだ浮き輪を投げ込んだ。上がってくるレーヴェに、エルレーンはにこっと笑った。
「えへ……つくっといてよかったでしょ、ねぇねぇ」
「あぁ、礼を言うぞ」
瞬間、アーニャの魔導銃が火を吹いた。レーヴェに食らい付こうした鮫が海中へと没する。
「ミイラ取りがミイラになる、そんな事態になる事は避けたいところです」
アーニャが呟く横で、レーヴェが船上へと戻ってきた。
●
「よし、攻撃再開だ! ぶっ叩くぜ!」
リックが船上の鮫へと強烈な一撃を叩き込み、雑魔に二度目の死を与えた。
それをきっかけに、全員揃って海面へと武器を向けた。先程撒いた餌はもう殆どが食べつくされ、雑魔は水中へ帰ろうとしている。
「頭隠さず何とやらってね……!!」
「鳥さんでもないくせに空を飛ぶとか、なまいきなんだよぅ」
魔導銃が火を吹き、手裏剣が舞い、機導砲が唸りを上げる。だが倒せたのは二体だけだ。残る三体は餌を貪り終えると、すぐさま潜水した。次の攻撃に備えるつもりだろう。
これはまずいな、と誰もが感じた。一回の撒き餌では先程と同じ状況に陥るだろう。あれだけの手数で攻められて今無事なのは、落水したのが対策済みのレーヴェだったからだ。この先同じ攻勢が続くならば被害は否応なしに増える。誰かが落ちればその救助に回らざるを得ず、ダメージがかさめば治療するしかない。そうして攻撃の手が緩めば、敵の攻勢も激しくなる。
神楽は撒き餌を海面にぶち撒けながら、ココネへ叫んだ。
「ココネさん、撒き餌を頼むっす!」
「ですが……いえ、分かりました!」
複数体による一斉の飛びかかり攻撃はかなり危険だ。とにかく奴らの足を止めねばならない。先程多くの味方が回避に成功したのは、運が良かっただけだ。
総じて十体分の餌を海面に放り出す。結果はすぐに現れた。先程八代が囮として投げ込んだ餌付きの浮き輪も含めて、十一体の雑魔が食事に群がる。
「これで噛んだら歯が欠けたりしないっすかね~」
中でも神楽が撒き散らした餌には鉄片が混ぜ込まれていた。
が、雑魔は苦もなくそれを噛みちぎった。
「しないっすよね……」
「神楽、来るぞ!」
「うひゃぁ!?」
「任せろ!」
八代が叫ぶのに合わせて、一匹だけが海面を飛び出した。リックは先程のように飛んでくる雑魔を打ち上げようとするが、今回は失敗。逆に噛み付かれ、少なくないダメージを負う。
「クッ……魚の癖になかなかやるじゃねぇか……!」
先と合わせて二度の攻撃を受けたリックは、マテリアルを活性化させ治療を行う。
「悪いおさかなさん、えいっえいっしんぢゃえっ」
エルレーンの手裏剣がトビウオのようなヒレを狙って鋭く飛ぶ。切り落とすには至らないが、明らかに雑魔はバランスを崩していた。
レーヴェは先の落水で懐からこぼれたポテトチップスの袋を引っ張りだした。傷ついた雑魔の視線が一瞬だけその袋に向く。彼女は無造作にそれを投げ込む。
「あぁ、ポテチか? やるわ」
その袋ごと、弾丸が鮫をぶち抜いた。レーヴェは口元を歪めてそれを見送る。
「あーあ、散らかしおって」
「ひゃっはー! 鴨撃ちっす~!」
神楽も調子に乗って拳銃を連射する。
「これでも食らって、ぶっ飛べ!」
自己強化を経た八代の機導砲が、無傷の雑魔を一撃で貫通せしめる。八代は魔導銃の狙いを次の敵へと向けた。
一転攻勢を仕掛けるハンターたちの前で、しかし雑魔は餌を噛むことをやめようとしない。この狂気の雑魔に敵という区分はないのだ。肉か否か、近いか遠いか、判断基準はただそれだけだ。故に、餌を刻み尽くした雑魔は、次の撒き餌へ我先にと向かっていく。
ついに、全ての雑魔が餌へと向かった。
最早難事は存在しなかった。ケチらずに撒き餌を行い敵の動きを制限し、集中砲火に徹しさえすれば、難しい相手ではない。
その数が十を割り、六となり、三となるまでの間に、ハンターたちに被害は全く出なかった。
「おさかなさんは、お肉とお魚、どっちが好みなんだろう?」
撒き餌はとうに切らしているが、敵の数が少ないが故に問題はない。エルレーンは持ち込んだ干し肉と干し魚をロープに括りつけて、海中に投げ込んだ。
程無く、咀嚼対象を見つけた雑魔がそれを噛みちぎる。ロープごと。
「……うー」
「せめて針が必要でしたね」
不貞腐れたエルレーンが憂さ晴らしとばかりに手裏剣を投げつける隣で、ココネは呆れた顔でつぶやき、ナイフを放った。突き刺さったナイフと手裏剣で剣山のようになった鮫が海中に浮かぶ。
破れかぶれか――雑魔にそんな思考はないが――最後の一匹が海面から特攻を仕掛ける。
「ジングさん!」
ジングは回避しようともせず、敵を真正面から見据えてデバイスを向けた。
光の槍の如き機導砲の一撃が、最後の雑魔を正面から貫いた。
「……ああ、いやだいやだ」
デバイスをおろし、頭をぼりぼりと掻きながら、ジングはぼやいた。
「ああいう怖いのは大嫌いだ」
殲滅、完了である。
●
「結局、使いませんでしたね」
行きと同じく、紅茶と茶請けを振る舞いながら、ココネは船に押し込めたバナナボートを見やった。
「保険だもの。使わないに越したことはないわ」
アーニャがそう諭すと、ココネは「それもそうですね」と微笑んだ。
「やったな、八代!」
「おつかれ、リック」
パンッ、と小気味よく手を打ち合わせて、親友二人は互いの無事に安堵した。互いに一人の体ではないのだ。
「なぁ、気になったんだが……鮫って不味いのか? 緊張が解けたら腹が減ったぜ……」
「お前なぁ……。旨いだろうけど、あの鮫は無理だぞ?」
「いや、雑魔は食わねぇから!」
「おふたりとも、クッキーでよろしければ」
その言葉に二人は笑い合って、ココネの差し出すクッキーに手を出した。
神楽は懲りずに釣りを試みた。
「今日の晩飯っす~!」
「今度こそ釣れるの?」
「全く釣れねーっす……いや! 帰るまでには!」
無邪気なエルレーンに突っ込まれてしょげるも、神楽はすぐに発起した。立ち直りが早い。
「ちゃんとお前の分も釣るから安心するっす!」
さっきまで囮に使うつもりだった虎猫の鼻をくすぐって、彼はもう一度海へと向かい合った。
「帰ったら、魚をツマミに一杯やりたいのう」
「ツマミはねぇが、ウィスキーならあるぞ。どうだ?」
「ありがたい」
ジングは持ち込んだウィスキーをグラスに注いで、レーヴェに差し出した。
「おぉ……勝利の美酒じゃな」
「そうだな、航海安全と大漁祈願と、俺らの無事を祝って」
打ち合わされたグラスが、澄んだ音を海に響かせた。
「海の魔物かぁ……キモそうだなぁ……」
膨らませたバナナボートを船に押し込みながら、ジング(ka0342)はぼやいた。
その隣で、エルレーン(ka1020)は持ち込んだ浮き輪から口を離して大きく息をついた。
「……ふくらますの、しんどいよぅ」
浮き輪にロープを括りつけただけの簡易的な救命具だが、あるに越したことはない。
不慣れな水上戦だ。めいめい、不測の事態に備えたなにがしかの物品を用意してきている。
不安げに押し黙るアーニャ・リーニャ(ka0429)もその一人だ。
「……実は、泳いだ事がなかったり……。落ちたら……助けてね……?」
簡単に武装への防水処理を施しはしたが、水中仕様ではない。水に落ちればほぼ無力だ。水を吸って重くなったローブは脱ぎ捨てるつもりで、中にビキニの水着も着ている。
「そのための準備だろ?」
ジングはボートをどうにか固定すると、機導装置に手をかけた。十分な機械知識を持つジングは船の操縦役だ。
真田 八代(ka1751)は、囮用に干し肉を括った浮き輪を持ち込んだ。
「海水浴にしては物騒な日になったよなー……」
故郷の人食い鮫の映画を思い出して、魔導銃の表面をそっと撫でた。自分たちは映画の中で無残に食われる無力なキャストではない。それら脅威を狩るハンターだ。
「まあ、鮫程度に遅れは取らないさ、多分」
返り討ちにしてやる、と八代は努めて強気に言ってのけた。
「もちろんだぜ、相棒」
同じく操舵を担当するリック=ヴァレリー(ka0614)が、八代の肩をぽんと叩いた。
二人は拳を打ち合わせて、別々の船に乗り込む。ジングと同じく彼らも機械に関する知識は豊富であり、操舵手を買って出た。
「そっちは準備出来たか?」
「おう。出発進行と行こうぜ、みんな!」
ジングに問いかけられて、リックは声を張り上げた。
三隻の船が出港するのを、漁師たちが不安げに見送っていた。
もしもの事を考えて、移動中はなるべく船を近づけることになっていた。
揺れる船の上で、マイペースに構えるのはレーヴェ・W・マルバス(ka0276)である。彼女は自分の装備を整えてきたタイプだ。
ほぼ水中用で揃えられた武具一式だ。ダイビングアーマーに水中銃、お守りも完備している。もしも水中へ落とされたとしても、戦闘は十分続行可能だ。用心して命綱まで括りつけてある。
「今日の我等は海女ちゃんということじゃ」
「いえ、今回は潜水しませんよ?」
ココネ・ブランシャール(ka0279)は静かに突っ込んだ。が、彼女も結構マイペースな方だった。
「潮風に当たると冷えますから……皆様、紅茶をどうぞ」
波に揺れる船上をひょいと飛び渡りながら紅茶の一滴さえ零さず給仕を行う姿は非常に様になっていた。
「わーい紅茶ー。クッキー、ある? ある?」
真っ先に食いついたのはエルレーンだった。
「えぇ、勿論ありますよ」
「やたー!」
その横で、神楽(ka2032)は項垂れた。
「釣れねーっす……」
「動く船の上で素人がそうほいほい魚を釣れるわけないじゃないですか……」
斜め四十度ほど後ろへ流されている浮きを睨む神楽に、ココネは苦笑しながら紅茶を差し出した。
「網だったら早かったかもな」
八代の言葉に、神楽は諦めて竿を放り出した。
連れてきた虎猫の頭を撫でて、餌をやる。漁場の魚を失敬してきたものだ。
「今日までお前を養ったのはこの為っす! いざって時は立派に死に花咲かせるっすよ!」
非道である。
「それは流石に可哀想よ」
リーニャが思わず抗議した。少なからず非難の目線が集中する。
「も、勿論冗談っすよ、冗談。やだなぁははは」
彼の染み付いた三下根性は、リーニャの高貴な風格を敏感に感じ取った。しかも美人である。三下的に逆らわぬが吉と彼は判断した。
●
ややあって、船は件の海域へと到着した。
「これはひどいね……」
八代は呻いた。
そこかしこから漂う血の香り。点々と斑に赤い海面。噛みちぎられた魚の死体が散乱浮遊している。生物の気配は、最早ない。
「うう、こりゃ怖いな」
「こ、こえーっつか、くせぇっすね……」
ジングと神楽が別々の理由で顔をひそめる。
「りょうしさん、かぁいそうなの……」
エルレーンも眉根を寄せて、ズタズタにされた魚の死骸を見送った。
その時、赤い波間を縫うように、黒い影が蠢いた。
「……どうやら、お出ましのようじゃ」
この海域において海中に潜む動体は、考えうる限り一つである。レーヴェは水中銃を水面へ向けた。
リックが剣を大きく構え、精霊の力を解き放つ。
「海での戦いは初めてだが……これ以上被害を出すわけにはいかねぇ!」
薄く金色のオーラを纏って、リックが吠えた。
「いくぜみんな!」
応、と上がる鬨の声。めいめい覚醒を終えるそばで、海中では狂気がにたりと笑ったように見えた。
船上から迸る闘気に当てられたのか、あるいはそれが肉だと判断したのか、海魔の群れに意が篭もる。
即ち咀嚼。
狂気の理念に従って、雑魔は牙を剥き出した。
撒き餌による敵の誘導、その後一斉攻撃による殲滅。今回のプランはそれだけだ。単純明快である。
明快であるからか、動き出しも早かった。
「撒き餌一回目、行くぞ!」
「お願いします!」
ココネの応答を待って、ジングは撒き餌を放り込んだ。稚魚やワームではなく、それなりのサイズの魚の詰まった網である。
ハンターの筋力をもってそれを海中へと落としたジングの横で、レーヴェが海中の鮫へと発砲する。
狙いは近くのものの頭部か胴部。その技量故か水中銃のおかげか、見事に胴部をぶち抜いた。
ココネの銃弾は避けられる。水中への攻撃に慣れないせいだろうか。エルレーンの投擲も惜しくも外れる。
アーニャと八代は己自身にマテリアルを巡らせ、機を伺っている。
「避けるっすよ~」
神楽は虎猫を胸元に押し込むと、ひとまず動物霊の力を宿して敵の攻撃に備えた。
近接攻撃主体のリックは待機だ。囮になれるよう、じっと剣を構えて水面を睨む。
一同が海面を睨む中で、ついにそれらが動き出した。
「来るぞ!」
我先にと五匹の雑魔が餌へと群がる。それに続いて、海中の餌を諦めた鮫型の異形が、次々と海面から飛び出しては規則性もなくハンターたちを狙って飛びかかってくる。
「おいおい、こりゃ」
「数が多すぎる……!」
四方八方、縦横無尽に行われる鮫の突撃が、ハンターたちに少なくない傷を負わせていく。
リックは立て続けに三度の飛びかかりをいなしきれず、腕に噛み付かれた。
「かかったな……どうだ!」
「ナイス囮っす!」
隙あらば船に打ち上げてやろうと考えていたリックは、ダメージを承知で雑魔を振り回し、船上に落とした。
鮫の体にトビウオのヒレ、半身や下腹部からはイカやタコの触手を蠢かせる、悪趣味なコラージュを思わせる左右非対称の姿。
「飛びかかられるとますます怖いな!」
「怖がっている暇もなさそうですよ!」
「違いねぇ!」
ココネとジングは共にその場を飛び退いた。鼻先を掠めた触手からは血臭と死臭が漂っている。
「当たらねーっすよ!」
神楽も三匹に狙われたが、いずれも回避に成功した。回避力を高めていなかったら危なかったかもしれない。
他の面々も二、三匹に狙われたが、殆どはどうにか大きなダメージはなくやり過ごす事に成功した。
失敗したのはレーヴェである。
「んな」
ハンターの体はマテリアルにより守られている。雑魔とはいえ、鮫に噛まれた程度で噛み千切られるほど柔ではない。あるいはそれが仇になったか。
「レーヴェさん!」
不意をついて突進してきた鮫に直撃したレーヴェは、その強烈な勢いに負けて船から叩き落とされた。
「大丈夫じゃ、傷は浅い」
噛み付かれたわけではない。命綱のおかげで遠くまで吹き飛ばされたわけでもない。レーヴェは冷静に水中銃を構えて引き金を引いた。撒き餌に群がる雑魔のうち一体の鼻先を吹き飛ばした。
「ちぃっ! 何とか足止めするからなー! さっさと上がれー!」
八代はレーヴェに寄ろうとする鮫の近辺へ、餌を括りつけた浮き輪を投げた。標的がより近い獲物へと切り替わる。
「捕まってください!」
その隣で、アーニャがエルレーンの持ち込んだ浮き輪を投げ込んだ。上がってくるレーヴェに、エルレーンはにこっと笑った。
「えへ……つくっといてよかったでしょ、ねぇねぇ」
「あぁ、礼を言うぞ」
瞬間、アーニャの魔導銃が火を吹いた。レーヴェに食らい付こうした鮫が海中へと没する。
「ミイラ取りがミイラになる、そんな事態になる事は避けたいところです」
アーニャが呟く横で、レーヴェが船上へと戻ってきた。
●
「よし、攻撃再開だ! ぶっ叩くぜ!」
リックが船上の鮫へと強烈な一撃を叩き込み、雑魔に二度目の死を与えた。
それをきっかけに、全員揃って海面へと武器を向けた。先程撒いた餌はもう殆どが食べつくされ、雑魔は水中へ帰ろうとしている。
「頭隠さず何とやらってね……!!」
「鳥さんでもないくせに空を飛ぶとか、なまいきなんだよぅ」
魔導銃が火を吹き、手裏剣が舞い、機導砲が唸りを上げる。だが倒せたのは二体だけだ。残る三体は餌を貪り終えると、すぐさま潜水した。次の攻撃に備えるつもりだろう。
これはまずいな、と誰もが感じた。一回の撒き餌では先程と同じ状況に陥るだろう。あれだけの手数で攻められて今無事なのは、落水したのが対策済みのレーヴェだったからだ。この先同じ攻勢が続くならば被害は否応なしに増える。誰かが落ちればその救助に回らざるを得ず、ダメージがかさめば治療するしかない。そうして攻撃の手が緩めば、敵の攻勢も激しくなる。
神楽は撒き餌を海面にぶち撒けながら、ココネへ叫んだ。
「ココネさん、撒き餌を頼むっす!」
「ですが……いえ、分かりました!」
複数体による一斉の飛びかかり攻撃はかなり危険だ。とにかく奴らの足を止めねばならない。先程多くの味方が回避に成功したのは、運が良かっただけだ。
総じて十体分の餌を海面に放り出す。結果はすぐに現れた。先程八代が囮として投げ込んだ餌付きの浮き輪も含めて、十一体の雑魔が食事に群がる。
「これで噛んだら歯が欠けたりしないっすかね~」
中でも神楽が撒き散らした餌には鉄片が混ぜ込まれていた。
が、雑魔は苦もなくそれを噛みちぎった。
「しないっすよね……」
「神楽、来るぞ!」
「うひゃぁ!?」
「任せろ!」
八代が叫ぶのに合わせて、一匹だけが海面を飛び出した。リックは先程のように飛んでくる雑魔を打ち上げようとするが、今回は失敗。逆に噛み付かれ、少なくないダメージを負う。
「クッ……魚の癖になかなかやるじゃねぇか……!」
先と合わせて二度の攻撃を受けたリックは、マテリアルを活性化させ治療を行う。
「悪いおさかなさん、えいっえいっしんぢゃえっ」
エルレーンの手裏剣がトビウオのようなヒレを狙って鋭く飛ぶ。切り落とすには至らないが、明らかに雑魔はバランスを崩していた。
レーヴェは先の落水で懐からこぼれたポテトチップスの袋を引っ張りだした。傷ついた雑魔の視線が一瞬だけその袋に向く。彼女は無造作にそれを投げ込む。
「あぁ、ポテチか? やるわ」
その袋ごと、弾丸が鮫をぶち抜いた。レーヴェは口元を歪めてそれを見送る。
「あーあ、散らかしおって」
「ひゃっはー! 鴨撃ちっす~!」
神楽も調子に乗って拳銃を連射する。
「これでも食らって、ぶっ飛べ!」
自己強化を経た八代の機導砲が、無傷の雑魔を一撃で貫通せしめる。八代は魔導銃の狙いを次の敵へと向けた。
一転攻勢を仕掛けるハンターたちの前で、しかし雑魔は餌を噛むことをやめようとしない。この狂気の雑魔に敵という区分はないのだ。肉か否か、近いか遠いか、判断基準はただそれだけだ。故に、餌を刻み尽くした雑魔は、次の撒き餌へ我先にと向かっていく。
ついに、全ての雑魔が餌へと向かった。
最早難事は存在しなかった。ケチらずに撒き餌を行い敵の動きを制限し、集中砲火に徹しさえすれば、難しい相手ではない。
その数が十を割り、六となり、三となるまでの間に、ハンターたちに被害は全く出なかった。
「おさかなさんは、お肉とお魚、どっちが好みなんだろう?」
撒き餌はとうに切らしているが、敵の数が少ないが故に問題はない。エルレーンは持ち込んだ干し肉と干し魚をロープに括りつけて、海中に投げ込んだ。
程無く、咀嚼対象を見つけた雑魔がそれを噛みちぎる。ロープごと。
「……うー」
「せめて針が必要でしたね」
不貞腐れたエルレーンが憂さ晴らしとばかりに手裏剣を投げつける隣で、ココネは呆れた顔でつぶやき、ナイフを放った。突き刺さったナイフと手裏剣で剣山のようになった鮫が海中に浮かぶ。
破れかぶれか――雑魔にそんな思考はないが――最後の一匹が海面から特攻を仕掛ける。
「ジングさん!」
ジングは回避しようともせず、敵を真正面から見据えてデバイスを向けた。
光の槍の如き機導砲の一撃が、最後の雑魔を正面から貫いた。
「……ああ、いやだいやだ」
デバイスをおろし、頭をぼりぼりと掻きながら、ジングはぼやいた。
「ああいう怖いのは大嫌いだ」
殲滅、完了である。
●
「結局、使いませんでしたね」
行きと同じく、紅茶と茶請けを振る舞いながら、ココネは船に押し込めたバナナボートを見やった。
「保険だもの。使わないに越したことはないわ」
アーニャがそう諭すと、ココネは「それもそうですね」と微笑んだ。
「やったな、八代!」
「おつかれ、リック」
パンッ、と小気味よく手を打ち合わせて、親友二人は互いの無事に安堵した。互いに一人の体ではないのだ。
「なぁ、気になったんだが……鮫って不味いのか? 緊張が解けたら腹が減ったぜ……」
「お前なぁ……。旨いだろうけど、あの鮫は無理だぞ?」
「いや、雑魔は食わねぇから!」
「おふたりとも、クッキーでよろしければ」
その言葉に二人は笑い合って、ココネの差し出すクッキーに手を出した。
神楽は懲りずに釣りを試みた。
「今日の晩飯っす~!」
「今度こそ釣れるの?」
「全く釣れねーっす……いや! 帰るまでには!」
無邪気なエルレーンに突っ込まれてしょげるも、神楽はすぐに発起した。立ち直りが早い。
「ちゃんとお前の分も釣るから安心するっす!」
さっきまで囮に使うつもりだった虎猫の鼻をくすぐって、彼はもう一度海へと向かい合った。
「帰ったら、魚をツマミに一杯やりたいのう」
「ツマミはねぇが、ウィスキーならあるぞ。どうだ?」
「ありがたい」
ジングは持ち込んだウィスキーをグラスに注いで、レーヴェに差し出した。
「おぉ……勝利の美酒じゃな」
「そうだな、航海安全と大漁祈願と、俺らの無事を祝って」
打ち合わされたグラスが、澄んだ音を海に響かせた。
依頼結果
依頼成功度 | 普通 |
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面白かった! | 9人 |
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相談卓 神楽(ka2032) 人間(リアルブルー)|15才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2014/07/25 07:17:14 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/07/23 19:34:41 |