p903『地に蠢く』

マスター:のどか

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~11人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/09/12 07:30
完成日
2015/09/30 21:31

みんなの思い出

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オープニング

 薄暗い洞穴で、キアーヴェはランタンに灯した緑色の炎の灯りを頼りに本へと向かっていた。
 走らせるペンのインクは止まることを知らず、文字通り走り、流れるかのような速度で白紙のページを埋めてゆく。
 そうしてページの最後を「ピリオド」で締めくくると、一つ大きな息を吐いてパタリと表紙を閉じるのであった。
「――進捗はいかがなものかな?」
 不意に、洞穴に響いた男の声にピクリとその眉を動かすキアーヴェ。
 ザワリとインクが滲むかのように片目を真っ赤に充血させながら暗がりへと目を凝らし、そうしてまた一つ、今度は盛大にため息を吐いて見せた。
「何か御用かな。あいにく、作品の批評なら間に合っているんだが」
 そう口にして、手のひらに緑色の炎の弾を作り出すと、空中を滑らせるようにして声のした方向へと投げ放つ。
 炎の色に照らされて、暗闇の中へと浮かび上がる人影。
 仮面の紳士、カッツォ・ヴォイはコツリとステッキの先で地面を突くと、炎は風にでも掻き消えるかのように消失してしまった。
「演出家にスポットライトは掲げないものだよ」
「これは失礼」
 キアーヴェは両手を広げて謝って見せると、手元のランタンを取り上げて2人の間へとそれを滑らせた。
「戻って来ていると聞いたのでね。世界を旅し、随分と書き溜めたようだな」
 カッツォの存在しない視線の先に捉えるのは、怪しげに輝くタイトルの本。
 キアーヴェはその表紙を慈しむように撫でると、自らの懐へと仕舞い込んでいた。
「ああなに、取り上げようというわけではないよ。ただ、キミにしては珍しく人の記憶に触れたようだからね。忠告をしに来た次第だ」
 カッツォは仮面の前で人差し指をチッチと振ると、ハットを押さえて暗がりへと表情を落とす。
「裏方の人間が脚光を浴びるのは、作品が世に出、賞賛を受けてからだ。それまでは、我々の存在など舞台上の役者に比べれば何の価値も無いものだ。しかしだね、我々が舞台という箱庭を管理しているのは間違いの無い事実であり、そこに介入しようとする輩はすべからく敵であるという事は疑いようの無い真実であるのだよ」
「つまり、処分すべき対象であると。そう言うのかな?」
「いいや、そこまで暴力的に言うつもりは無い。ただ、関係者で無いものは舞台裏からつまみ出さねばなるまいと……そう言うことだよ」
 それだけ口にして、キアーヴェの返事も待たずにコツリコツリと暗がりへと姿を消して行くカッツォ。
 後に残されたキアーヴェは、もう一度のため息と共に小さく肩を竦めて、彼の消えて行って闇へと真っ赤な眼を向ける。
「全く、不躾な話だ。そもそも私とあなたとでは立場が違うというのに……」
 そう呟いてランタンの灯りを宙に、はらりと開いた白紙のページ。
「とは言え、嗅ぎまわられるのは確かに趣味じゃない。ならば私は私の方法で、始末を付けるだけだ」
 そこへ、ペンのインクを走らせて行きながら洞穴を歩き出すキアーヴェ。
 赤く染まる瞳の先には、とある少女の姿を捉えていた。

 『地に蠢く』

 エスト隊の控え室には、どうも忙しない空気が漂っていた。
 先の依頼でハンター達が接触したキアーヴェ・A・ヴェクターなる青年。
 その素性は計り知れないが、事件の重要な鍵となる人物である事は間違いの無い事。
 それを明らかにするためには現状、過去の事件の資料を漁るほか無く。
 それを除けば、迷子探しの要領で彼自身の行方を捜す他無いと言う、ある種同盟陸軍にはうってつけの仕事ではあったわけだが。
 それにしても相変わらず雲を掴むかのようなその調査対象を前に、難儀しているのは明白な事であった。
 現在、控え室にはアンナとフィオーレ、そしてバンの3名。
 ピーノは「迷子探し」の方に当たっており、今は席を外している。
「はぁ……正直な話よ、また事件でも起きてくれた方がとっ捕まえんのには楽なんだけどな」
 そう口にして、机に身を投げ出したのはバンであった。
 顔のすぐ横でぺらりと捲りあげた事件帳簿を指で弾くようにして閉じると、もう一度大きなため息を漏らす。
「とはってもそれが仕事でしょ~。ま~、めんど~なのは確かだけど~」
 言葉上は彼を諌めるように口にしたフィオーレであったが、釣られるようにして零れたため息がその心境をありありと物語っていた。
 そんな2人を前にして、アンナは何も言わずにただただ自らの担当分の確認に没頭する。
 上司として2人を諌めるのは簡単だ。
 だがそれ以上に、2人の気持ちが痛いほどよく分かるからである。
 ようやく手に入れたかに思った解決の糸口。
 しかしながらそれが余計に調査を泥沼へと引きずり込んでおり、果たして何者なのか、何が目的なのか、歪虚との関係は。
 疑問は次から次に増えるばかりで、その後、何一つ得る事のできる情報など有りはしなかったのだから。
 
 室内の集中が一気に解け始めていたその時、ばたりと扉を開け放ち、駆け込むようにして陸軍兵が部屋へと訪れた。
「え、エスト隊へ伝令……!」
 相当急いできたのか、息を切らして来た伝令兵を前に、すぐに何かあったと理解した面々は解けた緊張を無理やりに結びなおしていた。
「どうした?」
「わ、歪虚発生。おそらくは、狂気であるとの報告です」
「っしゃぁ、来たぜ来たぜ!」
 その言葉に、バンは目の色を変えて壁に立てかけたバスタードソードを背負った。
 思わず口に出してしまうほど待ちに待った動きなのだ、無理も無い。
「それで、発生地点は?」
「そ、それがその……」
 アンナの言葉に、兵士の表情が一層蒼白となった。
 その様子を見て、アンナも嫌な予感を感じ取っていたのか、背筋を冷たい汗が伝う。
「――ヴァリオス・ポルトワール間街道です」
「ヴァリオス・ポルトワール間街道……?」
 その言葉を前に、嫌な予感を感じながらも果たしてどんな不安点があったのかと、一瞬アンナの脳裏には何も思い当たる節が無かった。
 が、それはすぐに別の人間の言葉によって打ち砕かれる事となる。
「――パパ」
 思わず振り返るアンナ。
 視線の先には、肩を震わせて、兵士と同じように顔を蒼白にしたフィオーレの姿。
 そう、今日この時ヴァリオスとポルトワールを繋ぐ街道は、ポルトワールの海軍施設へと出かけた帰りの大佐――彼女達の上司であり、フィオーレの父でもあるその人が、同盟軍本部のあるヴァリオスへの帰路へと付いているハズであったのだ。
「っ……ピーノを呼び戻す時間は……いや、やむを得ん、出るぞ! 伝令兵は直ちにオフィスへ連絡を。兵も募るが、おそらくハンターを募った方が早い!」
「はっ!」
 アンナの指令に、自らのやるべき事を悟ったのか、伝令兵はキビキビとした動きで部屋を駆け出して行く。
 残された3人――アンナと、どこか急いた様子のバン、そして蒼白なフィオーレもまた、現場へ急行するために部屋を飛び出していくのであった。

リプレイ本文

●地に蠢く
 現場の街道へと急行したハンター達の目の前に広がっていたのは、散々たる有様であった。
 野鳥が食い荒らしたゴミの如く、散乱する自動車の残骸と蠢く人々。
 そして、その中央には険しい表情で気を張りつめるエスト隊の姿があった。
「車内に残る人を連れて、早く退避してください! 敵は我々が抑えます!」
 残骸の中で額や腕、足から血を流しながらも救助活動を続ける陸軍の士官達へと声を掛け合いながら、緊急の現場指揮に努めるアンナ。
「アンナさん!」
 馬で駆けつけた水城もなか(ka3532)は、馬上から彼女の名前を呼び上げた。
 その声にはっとしたように、後方を振り返るアンナ。
「お待たせ! 敵は引き受けたから、あなた達は救助に専念して!」
 後続に到着したクリス・クロフォード(ka3628)の声と共に、馬やバイクで次々と駆け付けるハンター達を前にして、略式的に敬礼を示した。
「協力感謝する!」
「それで、肝心の敵って言うのは?」
 馬から飛び降りながら問うた超級まりお(ka0824)は、ぐるりと周囲を一瞥した。
 彼女の問いにアンナが何事か告げようとした瞬間、ぐらりと、周辺の地盤が大きく揺れた。
「――下だ!」
 アンナが叫び、ハンター達が一斉に散開する。
 直後、地中から現れた巨大なワームが、まるで大海原を泳ぐ魚の如く、大地から飛び上がり、鈍い削岩音を響かせながら地中へと戻ってゆくのをその目で目の当たりにしていた。
「ああ……なるほど、面倒そうなやつだ」
 すっかり地面に潜ってしまった敵を前に、鈴胆 奈月(ka2802)はぽつりと呟く。
「まるで巨大な削岩機……だね」
「あれに襲われたのであれば、この惨状も頷けるよ」
 一瞬の事でまだ観察こそできなかったが、柔らかい土を掘るかのように固い街道の大地を掘り進むその姿にシェリル・マイヤーズ(ka0509)とテリア・テルノード(ka4423)は、現場の惨状を納得したかのように頷いた。
「早いとこお仲間を安全な場所に運んでやりな」
「……ここは、言葉に甘えさせて貰おう」
 大剣を抜き放ち、街道に立ちはだかるエヴァンス・カルヴィ(ka0639)へと、静かに頷き返すアンナ。
「フィオーレさんのお父上が巻き込まれていると聞いてますが……」
 本人に聞こえないように声を潜めるもなかに、アンナは小さく首を横に振って応えた。
 視線を配ったフィオーレの下には、ぽんとその肩を叩くイルム=ローレ・エーレ(ka5113)の姿が映っていた。
「大丈夫、深呼吸して無事を信じるんだ。ボクも付いているから!」
「逸る気持ちもあるでしょうが……それでは助けられるものも助けられませんし」
「そう言う事。きっと、お父さん待ってるわよ」
 イルムの後に続いて声を掛けたもなかとクリスの言葉。
「全員助けます……必ずっ」
 ミューレ(ka4567)に付き添われ、フィオーレに断固とした口調で告げる来未 結(ka4610)。
 どこか、焦点を合わせずに忙しないその視線に一抹の不安を感じるものの、フィオーレは曖昧ながらも頷いて見せていた。
 そんな彼女の様子を見て、クリスはアンナの方へ視線を戻すと『ヨロシク』と目配せする。
「いざという時、彼女を護れるのはキミだよ、バン君。男子ならどんと構えて女性に安心感を与えるんだ」
 エスト隊の去り際に、イルムはすれ違いざまにバンへとそう激を飛ばす。
「……わーってるよ。訳わかんねぇ野郎に、これ以上仲間をやらせるかってんだ」
 口にしたバンの表情は見えなかったが、その言葉に笑みを浮かべつつ、イルムはレイビアを抜き放つのであった。

「あまり猶予はなさそうだ。早々に引き離すとしたいが……」
 そこまで口にして、ロニ・カルディス(ka0551)は言葉を詰まらせた。
 いかんせん敵は地中を縦横無尽に進むのだ。
 簡単に気を引けそうなものではない。
「『任せろ』とはかっこつけてはみたものの……絶対捕まりたくない相手よね、アレ」
 苦虫を潰したように答えたクリス。
 その直後に足元が揺れ、歪虚がその歪な姿を現した。
 頭部の触手をウネウネと器用に唸らせて土を自らの中心に掻き込むように掘り進む。
 その中心にはのこぎり状の牙が顔を見せ、掻き込まれた岩石を噛み砕き、尾部から排出する。
 巻き込まれれば、ひとたまりも無いだろう。
「これが狂気……噂には聞いていたけれど」
 一目見てざわついた心臓を抑えるようにして、テリアは僅かに息を荒げた。
「せめて出現の兆しでも分かれば、いくらでも対応できるのだけれど」
「暗い地中。目は無さそうですが、何で敵――我々を知覚しているのでしょう。音……?」
「もしそうだとしたら、こうして話をしているのも危険行為になっちゃうんだよね――」
 自らに問いかけるように口にしたもなかの言葉にまりおが懸念を示した瞬間、予想を具現化するかのように足元の地面が揺れる。
 慌てて飛び退いた3人の間を、巨体が通過して行ったのである。
「策を練るにも、足を止めるのは危険だね。行くよ、結」
 結へと声を掛けたミューレは、現場へと訪れた際のバイクのエンジンに火を入れると一気に加速する。
「シロ、リーセちゃん。救助のお手伝い……できる?」
 抱えた柴犬と、肩に止まった妖精に問うように声を掛ける結。
 到着して、結はすぐにペット達を現場に放っては居なかった。
 彼女らがそもそも戦場に向いた生き物ではないからか、やや怯えたような表情を浮かべていたからだ。
 無理はしなくて良いと口にした結であるが、主人の期待には何とか応えようとしたのか、シロ達はやや恐々としながらも軍の残骸の方へと駆けだして行くのである。
「……音に反応してくるのであれば、いっそ騒いでしまうのも手かもしれませんね」
 もなかは口にして、手にした鉄パイプをガンと力強く地面に叩き付けて見せた。
 しばらくして、大きく足元が揺れたのを察知し飛び退くもなか。
 直後、巨大なイソギンチャクが地中から勢いよく突き出してくる。
「なるほど、あまり知能は高くないという事だな」
 飛び出した歪虚へ照準を合わせ、ロニは黒色のマテリアルを撃ち放った。
「OK、そう言う事ならボコんのは引き受けるわ。その分、デートのお誘いはヨロシク」
 その巨体が地面に戻る前に、一気に距離を詰めたクリスの拳がそのどてっぱらに打ち込まれる。
 確かな手応えで体表を抉りつつ、岩石とも軟体とも言い難い不気味な感触にゾワリと背筋を嫌な気が伝った。
「変な感じ……ですよね。食べたらどんな味がするんだろう」
 ボソリと口にしたもなかの言葉が他の人に聞こえていなかったのは幸いであったのだろうか。
「噂の通り、恐怖と好奇がごちゃまぜになって心がざわつくね……」
 顔をしかめ、やや吐き捨てるように言うテリア。
 見慣れた者には再三の感覚であるが、それでも毎度同じようにその『狂怖』は万人に共通して押し寄せる。
 抗うなどといった話ではない、まるで自分のもっとも深い部分、それこそ本能といったものに直接語り掛けるような嫌悪感に心象の芳しく無い者は多い。
「いい加減面倒だけど、それでもやりようはあるよ。根比べのミミズ釣り、始めようか」
 まりおは足元に転がっていた何かを拾い上げると、ぐっと拳の中に握りしめるのであった。

●深淵の帳
「これが件の瞳――」
 歪虚との戦闘区域から少し離れた街道上。
 停車したバイクの車上で、ミューレは静かに足元に転がったものを見下ろしていた。
 それは拳ほどの大きさをした目玉。
 以前の依頼の情報を持って探していた、解決のための糸口であった。
「相変わらず、悍ましく吐き気がする……グロテスクとかそう言う話では無く、ね」
 頬に汗の伝うミューレを、後部席から結がぎゅっと抱きしめる。
 その手に触れ、ミューレは負けるものかと心に言い聞かせた。
「――流石に、もうこの方法は古いようだね。別のものを考えなければ」
 そう、どこからともなく響いた声にはっとする。
 街道沿いの木の根元に、まるで初めからそこに居たかのように本を開くアラブ風の青年――キアーヴェは、ため息交じりにそう言葉を濁していた。
「見つけた……待ってた。待ってて……くれた?」
 焦がれたような声を漏らしたシェリルに、キアーヴェはペンをくるりと回してその先を彼女へと指し示す。
「キミ達の実力は相応に評価しているつもりだ。登場人物としてもね」
「くだらない。何が目的か知らないけど、はた迷惑なおっさんだ」
「君の物語は全く面白くないね。はっきり言って吐き気がする」
 奈月とミューレの辛辣な言葉に、乾いた笑みを見せるキアーヴェ。
「そうだとしたら光栄だね」
 どこか達観した、見下ろすような変わらぬ口調の先にシェリルが一気に駆け出していた。
 振り上げた刃であったが、キアーヴェの足元から緑炎が沸き起こるのを察知し、寸での所で身を翻す。
「前も言ったと思うが、こういうのは得意じゃ無いんだ」
 ぽんぽんと尻の汚れを払いながら、すくりと立ち上がるキアーヴェ。
 そんな彼の横っ面に巨大な影が迫った。
 激しい金属音と共に、キアーヴェはその影を本の「のど」から迫り出した大きな巨人の腕で遮る。
 影――グレートソードの主・エヴァンスは、握る柄に力を込めた。
「おまえは何モンだ。なんでこんな事をしやがる……!」
「キミ達は同時に読者でもあるんだ。なら、作家の意図は物語から辿るべきだと思わないかな……?」
 支える手に力は要らないのか、澄ました表情でキアーヴェは言葉を返す。
「あいにく、そういう面倒なのは嫌いでね」
 チカリと、一瞬彼の目元を照らしたLEDライトから放たれたマテリアル砲。
 奈月のその一撃をキアーヴェは巨腕を軸に大きく旋回するように避けながら、腕を書の中へと引きもどす。
 勢い余ったエヴァンスの大剣が、音を立てて空を切った。
「本は、何ページ書けたのかな……私は、その最初の1ページを知りたい」
 回避した先に詰め寄ったシェリルの俊足に、キアーヴェも僅かにその表情を曇らせる。
 間髪入れずに振るわれた刃を身を反らして回避しようとし、ギリギリでそのローブの袖を切り裂いていた。
「探求心に満ちた、良い眼だ。同時に、暗がりでもがく子供のようでもあるがね」
 キアーヴェの言葉の意味を推し量ったのか否か、それとも別の感情に囚われているのか、ニィと思わず口元を歪めたシェリル。
「語って聞かせるのは簡単だが、そう焦がれては焦らしたくなるのが人情と言うものじゃないかな」
 覗き込むような瞳で、彼はシェリルの返しの刃を鋼のペン先で器用に受け弾くと、右手に本を開いて大きく広げ上げた。
「させない……!」
 ミューレの放った風の刃に、キアーヴェは小さく舌打ちをしながら緑炎の壁でそれを遮る。
 自らの視界も遮るその壁が消え去った後、眼前に迫るエヴァンスの姿を目にしたのはその数瞬後の事であった。
「語る気がねぇなら問答無用だ……事件の首謀者は生かしちゃおけねぇ!」
 振り下ろした剣圧に、流石に目を見開いたキアーヴェ。
 思わず手にした本でその身を護ろうとし、刹那、はっとしたように本を抱きかかえ、反対の素手をその大剣へと掴み掛るように伸ばしていた。
 赤い飛沫が戦場を舞ったのは直後の事である。

●狂怖への誘い
 暫定的な攻略法を示し、歪虚へのプレッシャーにも慣れ始めて来た頃。
 ハンター達は一抹の違和感を、その脳裏に抱いていた。
 と言うのも、顔を出す度出す度、微妙にその動きや力に差異があるように感じられるのだ。
 それはまるで、現れる度に力の入れ具合を変えているかのように明確で、直接的な違い。
「おかしい……何だろうこの違和感は」
 一歩身を引いた位置から敵の出撃パターンの割り出しに勤しんでいたテリアは真っ先にその不和に感づく。
 それでも、熟考しているような余裕もあまり無く、再び戦場から現れた敵に瞬く間に注意を奪われる。
「いい加減、大人しくなってくれないかな!」
 叩き込まれたまりおの光刃。
 その一閃に歪虚は波打つように伸び上がり、やがてドスンと大地へと倒れ伏していた。
「クラッシャー・クラッシュみたいな?」
「これで終わった……んでしょうか」
 霧散して行く歪虚を前に、首を傾げるもなか。
 大きく吸った息を、一気に吐き出す。
 何とか倒せはしたものの、被害も少なくは無い。
 全員がこうして立っているのが奇跡にも思えるくらいである。
「気を緩めるにも早いな……終わったのであれば、救助の手伝いもせねば――」
「――待って!」
 諌めるように口にしたロニだったが、直後に声を上げたクリスの言葉に、一行は逸る意識を引き戻す。
「……コイツ、さっき私が殴った傷が無い」
 睨みつけるような瞳で見下ろす、消えかけの歪虚の胴部。
 最初に叩き込んだ渾身の一撃……その傷が、存在していなかったのだ。
「そんな、まさかこの短時間で回復したなんてこと――」
 困惑するもなかだったが、その疑問の答えを知るのにそう時間は必要とはしなかった。
 ぐらりと揺れた大地に、全ての答えは内包されていたのだから。
 盛り上がる地面に、突き出す触手。
 岩盤を砕いて飛び出した歪虚の存在が、その裏付けとなっていた。
「2体居た……!」
 違和感の正体に、テリアは思わず叫んだ。
 的確にダメージを与えているハズなのに、思うように敵が弱らない。
 それだけ体力のある敵なのかとも思ったが、その答えがこれであったのだ。
 歪虚は大きな身体をくねらせて、地上を這うようにして戦場を駆ける。
 その巨体は何かを目指すように自動車の残骸の方へと、音を立てて突進する。
「いけない――フィオーレ君!」
 街道沿いの樹木の根元へと救助者を下ろし労わっていたイルムが、現場で救助活動を続けるエスト隊の方へと叫んでいた。
 咄嗟に拳銃で注意を引こうと試みるも、それで止まる勢いでは無い。
 迫る怪物に目を見張るフィオーレ。
 開きかけた口が、何事か言葉を発しようとし――実際に何かを口にすることなく、通過する列車の如く巨体が通り過ぎ、地面へと潜って行った。
「そんな……!」
 慌てて駆け出すイルム。
 歪虚の通り過ぎた先、呆然とする同盟軍達の合間に、地面にへたり込むフィオーレの姿があった。
 その表情は恐怖に震え、カチカチと歯が鳴る。
 しかしながら、不思議な事に見た所外傷が全く無い。
 イルムが状況を呑み込めずに困惑の表情を浮かべると、フィオーレがぽつりと、ただ一言呟いた。
「……バンが、庇って」
 その言葉に、弾かれたように周囲を見渡すイルム。
 至る視線の先、歪虚が再び地中に潜り込んだ場所の傍らに、血まみれで倒れるバンの姿があった。
「……ッ!」
 まりおが、手の中に仕込んだ何かを街道上に勢いよく放っていた。
 コツンと乾いた音を立てて転がったのは、その辺に転がっていた小さな石。
 直後、それを呑み込むようにして歪虚の巨体が天を穿つ。
「やってくれたな……!」
 力強く構えたロニの大鎌が、タイミングを見計らって振り抜かれた。
 僅かにズレ、歪虚の尾先を切り裂くも、ダメージを受けた巨体はのた打つように地面を転がる。
「まだ僅かに震えるけどね……この程度でビビッて行く道引いてられっか」
 震える拳を強く握り締め、倒れた歪虚の横っ面に浴びせたクリスの鉄拳。
 2体居たなれどダメージの蓄積は確かにあったのか、その一撃に歪虚は大きくわなないて、先の1体と同じように大地へと倒れ伏して行った。
「大丈夫……!?」
 イルムが抱き起す血まみれのバンへと駆け寄り、治癒術を施すテリア。
 フィオーレの代わりに巨体の突進を真正面から受けたのか、腕はあらぬ方向に曲がり、吐く咳には血が混じる。
「なんて無茶を……」
 その有様に言葉を失ったもなかへと、バンは力ない笑みを浮かべて振るえる口を開いていた。
「俺じゃなきゃ……誰が護るってんだよ……」
「バン君、君は――」
 そう言って、イルムへと視線を配り、バンは意識を失った。
 それ以上の歪虚の出現は観測されず、事態の収束を悟った軍とハンターは直ちに負傷者の輸送へと任務を切り替え、街道の戦いは幕を閉じたのである。

 2体の歪虚が倒された頃、ハンター達が一足一刀の間合いで取り囲む中、キアーヴェは大きく息を吐きながら真っ赤な血まみれになった左の腕を強く抑え込んでいた。
 だらりと垂れたその腕は大剣の一撃でもはや肉片と言える状態に裂破しており、見るに堪えない有様である。
「……ここまでだな」
「逃げるのか!?」
 ローブを翻したキアーヴェに、エヴァンスは一歩間合いを踏み込むが、同時にキアーヴェを中心に立ち昇った火柱に咄嗟に踏み留まる。
「そうさせて貰うよ。私はまだ、死ぬわけにはいかないのでね」
 火柱は彼を取り囲むように収束し、細く棚引いて行く。
「――あなたが百の歪みを生むのなら、私は千の人を守ってみせます」
 不意に、ミューレの背後から結が声を張り上げていた。
 ずっと彼の背にしがみ付いていた彼女は、その強い意志を宿した瞳で、キアーヴェの背中を射抜く。
「だから……どんな物語になっても必ず書いてくださいね」
 そう言って、えへへと笑って見せた結。
 そんな彼女へとキアーヴェは視線だけ投げ返すと、そのまま口をきつく結んで、緑炎の先へと姿を消して行ったのであった。

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MVP一覧


  •  ka0824
  • 特務偵察兵
    水城もなかka3532
  • 共に紡ぐ人を包む風
    ミューレka4567

重体一覧

参加者一覧

  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズ(ka0509
    人間(蒼)|14才|女性|疾影士
  • 支援巧者
    ロニ・カルディス(ka0551
    ドワーフ|20才|男性|聖導士
  • 赤髪の勇士
    エヴァンス・カルヴィ(ka0639
    人間(紅)|29才|男性|闘狩人

  •  (ka0824
    人間(蒼)|16才|女性|疾影士
  • 生身が強いです
    鈴胆 奈月(ka2802
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • 特務偵察兵
    水城もなか(ka3532
    人間(蒼)|22才|女性|疾影士
  • 魂の灯火
    クリス・クロフォード(ka3628
    人間(蒼)|18才|男性|闘狩人

  • テリア・テルノード(ka4423
    人間(紅)|24才|女性|聖導士
  • 共に紡ぐ人を包む風
    ミューレ(ka4567
    エルフ|50才|男性|魔術師
  • そよ風に包まれて
    来未 結(ka4610
    人間(蒼)|14才|女性|聖導士
  • 凛然奏する蒼礼の色
    イルム=ローレ・エーレ(ka5113
    人間(紅)|24才|女性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/09/11 21:12:36
アイコン 質問卓
イルム=ローレ・エーレ(ka5113
人間(クリムゾンウェスト)|24才|女性|舞刀士(ソードダンサー)
最終発言
アイコン 相談卓
イルム=ローレ・エーレ(ka5113
人間(クリムゾンウェスト)|24才|女性|舞刀士(ソードダンサー)
最終発言
2015/09/12 05:37:10